はてなキーワード: 自己嫌悪とは
市内にある某総合アミューズメント施設の駐車場、車内で寝てたら職質された。
窓を叩く音で目が醒め、隣を見るとパトカーから降りた警官が三人。
話を聞くと、隣の市のアミューズメント施設の同じような場所で、寝ているかと思ったら死んでいたなんてケースがあり、それと同様ピクリとも動かない感じで眠ってたから気になったとのこと。
まぁそれだけならよかったんだけど、そのあと車内を見られたり、鞄やトランクを開けさせられたりしたのはちょっと嫌だった。
途中、一緒に探すところよく見ててくださいねって言われたから車内から眼鏡を取り出そうとしたら「何勝手に…!」みたいに制止されそうになったのはさらに気分が悪い。
……まぁ、多分そういう反応するだろうと思って勝手に動いたんだから自業自得だけれども。
それにしても、職質されたのなんて二年ぶりくらいだ。
昔、車を持たず自転車に乗ってた頃は、体格に合わない自転車に乗ってたこともあり、四回ほど職質を受けた経験があるが、まさか車で寝てても職質されるなんて思わなかった。
気晴らしに、どっかに良いM性感知らない?
いつもいつも連絡が来るのは金の請求ばかり。
奨学金も勝手に使い込まれ、返ってくる望みはなく利子も含めて肩代わり。
連絡が来る度に死にたくなる。
困り果てた祖父母が生活保護の手続きをしてくれるというのに頑なに拒否する。
借りた金を返せなくなるから、というけどそれなら先月5万くれと言ったのは何だったんだ。
祖父母が死んだら遺産で金返すとか、とことん他人頼りで意味がわからない。
大人しく生活保護を受けてくれ。
せめてこれ以上こっちに請求が来ないという安心をくれ。
親が生活保護だと子供たちが結婚しにくくなるから、と言うならまともに自活してくれ。
いっそ死んでくれたら結婚するときも揉めないし、可哀想な人で済むのに。
それはただの自己満だし、仕事中に露出に付き合わされる周囲の苦労もわかってほしい。
おばちゃんの露出はエゴ。飲み会でおっさんが延々と自分語りするのと同じ。
飲み会は聞き流せば良いけど、露出は視覚でアピールしてくる分、無音のテロ。タチが悪い。おっさん以下とも言える。
ほんとにもう!愚痴りたくもなるわ…!、いい年なんだから、もう勘弁してくれ!
うちの会社は公務員的な会社で、独身高齢女性が多い。昔は綺麗だったのかなって先輩社員もちらほら居る。
しかし、そのうちの3人ほどが、大胆に露出したり、きわどいラインの高そうなブランド服着たり、
ミニスカにセクシー(笑)柄のストッキング履いて出社してくる。
男なんで一瞬、目が行く、そして、あ、あのおばちゃんの足だったと気付いて自己嫌悪に陥る。
多少スタイルが良くても、仕事中なので意識して見ないようにするのがめんどくさい。
見たら見たでもっとめんどくさい。
あいつらは視線に敏感で大好物だから、若手の○○にジロジロ見られたって「被害」を同僚に話す。
そんで、気持ち悪いって相談するふりして、実は自分の足が綺麗だって暗に再認識したいようだ。
濃いめのメイクにちょい露出、これって社内に居ながら田舎のスナックに居るような気分になる。
女は30代後半になったら露出は自粛してほしい。これは逆セクハラです。
男がやるとセクハラで訴訟モノなのに、女がやっていいのって変だろ。
下着が浮き出すぎてるやら、黒のレース柄ストッキングも勘弁してほしい。
男→男視点で気持ち悪さレベルを喩えると、おっさんが下に着るシャツ無しで、Yシャツを第3ボタンまで開けて、乳首もほんのり透けてるくらい気持ち悪い。
女がセクシーストッキングで衰えない美脚をアピールしてもOKなら、男だってスキニーなスラックス履いて、衰えないもっこり感をアピールしてもいいって論法になるわ。
そんな修羅の国、いやだ。
頼むから、せめてチラリズムでお願いしたい。透け透けレースはアウトだが、上品なレース模様やらで、ちょい見せくらいで勘弁してほしい。
ふだんは隠してるのに、近くで見てみたら、実は良いもの持ってんじゃん、くらいのドキドキがちょうど良い。(一部のニーズがある人には)
年増の女性にセクシーにされても、仕事中なんだから、きれいなの見れてラッキーとか全然思わんし、
出勤前の朝の40分、松井証券での一日信用デイトレでの損失を記録し、反省と技術向上を促す日記です。
今までにも大きな損失は何度か経験しているが、数ヶ月たって喉元過ぎると熱さを忘れてしまっている現状。
これを撲滅して同様の失敗を繰り返さないようにせねばならない…!
はてなでは定期的にトレード手法に関する記事がホッテントリしては
「そんなにうまくいくわけないじゃん」的ブコメがよく付くけど、実際トレードしてる人って少ない気がする。
負け組トレーダーの実態、こんな感じのもありますよと思ってくれれば幸いです。
過去2回、増担保の日に逆行S高しており、規制解除の今日は逆に下がるのではと予想。
しかもクレディ・スイスが格上げ出したのも、なんだかフラグ臭い…。
ということでプレミアム空売りでのショート攻撃でエントリを狙った。
前日からGUした始値6300に対して、ちょっと下げた6270でショートエントリ。
しかしこれが反発し、6360でカット。(ちなみにこの日の高値が6380)
ここでカットしただけならまだ良かったのだが、何をファビョったかドテン買いを実行してしまう。
これが酷すぎる… 6360買い→6260売りのLC(ロスカット)。結果往復ビンタに。
その後は当初の読み通りに下げて、この日の安値は6070、終値も6210で終了。
・日足は読み通りに陰線になったのに、日中の値動きにファビョって損失。あろうことかドテンの往復ビンタまで食らう。
・デイトレで扱うには、最小投資単価&ボラティリティが自分の技量にあってないのではないか?
その後、初めてDMPを触ってみて、損失をすこし減らすが、ここでも翌日の損失につながる失敗があったので後で書く。
キチガイ上げを続けてきたDMP、今まで触ったことが無かったのだが、前日にS高→S安をキメたことでリバを狙ってみた。
ちょっと今松井証券がメンテナンスしてて、値段が分からないんだが
リバ狙いで買ったら200円位UP→買値付近まで下げ→結局+20円で確定…
したらそこから超絶上げでS高つける。これを指くわえてみていただけ…
(最終的には、そこからストップ安までズルズル下げていったわけだが、プレ空はとっくに売り切れ)
これ、凄く悔しかったんだけど、自分がどう考えていたかというと
「自分はでかい値幅取れてたはず! 取れなかったのはたまたま運が悪かったから」
→「明日もDMP触れば、儲けを取れるだろう」という満身に繋がったわけで。
そして案の定翌日はDMPで損失を被ることになりました。
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翌日のDMP、翌々日のソディック空売り握力不足失敗についても記録しとかんと。
1000円付近をウロウロしていたので、節目だと思って売りでエントリしてしまった。
もちろん突破されるようなら20ティックくらいで撤退かな…と思ってたんだが
あろうことか、前場が11時30分で終了することを失念しており、そのまま後場へ持ち越し。
これ、自分もやってしまったんだが、空売り勢がパニック買い戻ししてるよね…
って事は、皆が寄りで買い戻すってことだから、その後は下がるってことだ。
どうせ損はしてるんだから、あと30ティックくらいは我慢して
カラ売りをホールドすればよかったんだよな…
「昼休み株価チェックサラリーマンのぶん投げGD」の正反対バージョンだよな…
だから素直に売り向かえばいい。
ってことは握りっぱなしでも助かったし、
後場寄りで100枚だけでも売りナンピンで、背筋を1180にしても良かったし
俺が実際にやった、1150×200枚の売りを1050までホールドしてたら
4000円はトータルでプラスに出来てたわけで…
ホント、前場で買ったイナゴたちよりもよっぽど下手くそな立ち回り。
これは超反省。
また、鉄建も490円で買ってたんだが、その後サポートの480を割った時はドテン売りのタイミングだったな。
結果論だが…
470でナンピンし、460で損切り。コレは計画通りだったけど、正にそのとおりになった…。
何でこれを自分に相性の良さそうなIGポートやGCAサヴィアンでやってないんだろうという自己嫌悪が今頃…
今日は5万くらい吹っ飛んだな。
おれ自己嫌悪すごいし、人の心読むのすごく得意だわ。
おそらくとか絶対統計とってないだろ!と笑った。
筋トレは効果なかったが、「パックじゃない海外旅行に一人で行く事」というのは他ではあまり見たことが無い方法な割にやりやすいから試してみる価値はあるかな。
その人達の統計を取ってみるとおそらく自己嫌悪している人が多い。
そして人の心情を読もうとし過ぎている人が多い。
自己嫌悪について…
嫌いな自分(例えば話下手、知識不足)を悟られたくなくて、防御(話している最中に心の中では人を見下したり)に走った結果、
それから、「うまくコミュニケートしている自分」(理想)をガッツリ固めていて、スマートにコミュニケートしようとし過ぎていることがある。
人の心情を読もうとし過ぎている点については「自分だったらこんなの言われたら嫌だなリスト」があって、コミュニケートの際にそれを避けようとしていることに疲れている。
人とコミュニケートする時は事前にシミュレートしたり、うまく出来なかった時に人と比べて落ち込みが激しかったり、
「今の大丈夫だったかな?」などと後で過剰に反芻したりしている。結果、気疲れによって一人でいた方が良い、と結論づけてしまう。
このような自体に陥ってしまうのは、結局「コミュニケートによる成功体験」が少ないからだと思う。
「対話」と「理解(する・される)」という部分の「理解(する・される)」の経験が足りないということだ。
思い出してみて欲しい、幼少期に人間不信に陥ってしまう事件があったり、親と会話が少なかったことなどは無かっただろうか。
自分の心情を察してくれる理解のある人間と対話した経験があるだろうか?「対話」が無いと「理解」も無いのだ。
これは、成人してから解決するのは大変難しい。まず話す前に相手も多様な心情を持っているために、
その多様な心情を考えないこと(度胸や勇気と言い換えてもいい)も必要になってくる。
解決策としては、自分に自信をつけることで精神的な余裕をもち、相手を「理解する」下地を自分の中に整えることだと思う。
シャイな人は「(自分が嫌いで自分自身と向き合っていないため)自分自身すらあまり理解ができていないのに、相手を理解する余裕がない」
と本気で考えている。
ここからは自分の話になるが、自信をつけるために自分に効果があったのが「パックじゃない海外旅行に一人で行く事」「体を鍛えること」がシャイや人見知りの改善に効いた。
前者は恐らく、ネットも街中では繋がらない、頼るのはガイドブックのみという状況で必死にコミュニケートし、
もっと根源的な「対話」と「理解」の経験を積んだために、度胸がついたのだと思う。
自分は特に異性と会う前には100m程度を全力疾走している。これが結構効くのだ。
これだけでも効果があるので騙されたと思ってやってみて欲しい。
最近はナンパしてセックスという過程を踏めばシャイが改善するのではと考えて、
追記:「シャイは異性と会える状況にそもそもならない」と言われるかもしれないが、何故か女友達の方が一緒にいて楽でそんな事になっている。
http://blogs.bizmakoto.jp/teppeitakahata/entry/20694.html
この解決法、万人には勧めない。
自分は挨拶とか敬語とか、一般的な常識はおさえているが、細かい性格の人には不快感を与えるようだ。
何かに集中しはじめると崩れていくし、待ち合わせには遅れる。
打ち合わせなど、絶対に遅れてはいけない場合、30分前から近所をウロウロしている。
最近になって軽いADHDらしいと悟ったが、だからなんだ、という話なので保留。
とりあえず、社会人として、飛び込んでみるがいい。
だが、これから書く三点は忘れるな。
1:
飛び込んで失敗するのは、二人までにしておけ。
三人目でお前の個性が潰れ、四人目で自己嫌悪で鬱になり社会から消される。
2:
怒っている人の本音は
が半分で、
「『こいつは人に不快感を与えている』のがわかるのを我慢している状況が不快だ」
がもう半分。
3:
怒られて「ああ、自分のここがいけないんだな」と、毎回反省できるか?
それなら、お前は生きるのが下手なだけで、人としてはまともだ。
本当に怒られるべき人間は、自分のどこかがおかしいことを認めない。
2chまとめによくいるだろ。
だめなら飛び込まなくていい場所を探せばいい。
大抵の場合、安定した人生か、夢を追う人生か二者択一になる事が多い。
言い換えれば恥ずかしくない人生か、自己嫌悪しない人生かという事だ。
つまり自分の心の中で「人に言って恥ずかしくない」「振り返って自己嫌悪しない」を
天秤にかけてどちらかを選ぶという事だろうだ。
復職か転職か?はたまたずるずるとこの状況になるのか分からないが、
選択を迫られる時期だ。
いまだ答えは出ない。
悩め若人というほど若くはないし、諦めろというほど老いているわけではない。
どちらを選んでも、考え方次第でこれで良かったんだと思える、ということだ。
なるようになることを信じて、いまできることから始めようと思う。
増田に垂れ流すのもどうかと思うけど、何やら溢れてくるので。
最近、自分結婚できるのか、と思う。かつて長い付き合いだった女性がいて、でも自分としては一旦仕事をストップして大学院でしっかり勉強したかった。大学院の2年が終わったら結婚しようって言って、その時は喜んでくれたんだけど、そのあとやっぱり我慢できなくなったみたいでフラレてしまった。彼女には心から感謝してるし、幸せになってほしい。むしろ相手の気持ちはすごく理解できるから、こちらが申し訳なかったなぁ、と責任感じてたりもする。
ただそれはそれとして、やっぱ適齢期の女性ってだいたい結婚を考えてる彼氏がいるんだよね。ふとしたことから仲良くなっても、そういう人がいるって話になると応援したいと思うと同時に少しがっかりしたり。んでそんなこと思ってる自分が嫌になって自己嫌悪に陥ったり。(寝たら治るからいいんだけど)
女性は勿論だけど、男性にとっても年齢って結構リスクだと思う(当方男性)。やっぱり狙う的が小さくなるし、顔も良いわけでなければ就職後もそんなに給料があるわけでもない男としてはちょっと辛いものがあるな、と。
根拠の無い自分への自信の無さがつらい。根拠が無いことも、客観的に見れば自分がどちらかと言えば周囲にも恵まれ、持って生まれたステータス等も平均より上回る項目がいくつかある、ということも知っている。
理性ではわかっている。
でも自分が嫌いで、いらだたしいクズだという思いが抜けなくてつらい。だから人間関係がつらい。こんな自分でごめんなさい、付きあわせてごめんなさい、接点が会ってごめんなさい、そういう気持ちを押し殺して、にこやかにフレンドリーにすごす。
たぶん最近忙しいので疲れているんだと思う。だから理性で感情にフタをするのがしんどくなって、こういう愚痴を、ただの卑屈な甘ったれた様子を書き連ねているんだと思う。でも、疲れたんだ。ああ、つらい。
以前やっぱり増田に同じようなことをかいたら、「毒親育ちでしょ」みたいなことを言われたけれど、毒親では、ない。どちらかと言えば、恵まれた家庭で甘やかされ気味に育てられたと思う。…けれど、反抗期も過ぎて独り立ちをしてしみじみと思うのは、とくに父親と、ひとりの人と人として相性が悪いということだ。例えば言葉の選び方や、現代社会や政治への考え、趣味、そういったものが、(おそらく、お互い)「違う」というかんじなのだ。無いわぁ~とまでは言わないけれど、ふ~ん私だったらそういうのは選ばないなぁ、くらいの。
私のこの自己否定感が親にあるというのならば、私が人と人として、大人と大人としてあまり”合わない”人と親子関係にあったことが原因なのだろうか。それくらいのことで。だったらどうすればいいんだろう。これからどうすれば。
前いた会社を辞めた時に、部下がくれたアドバイスを思い出した。
同僚の三倍程度の仕事量をてきぱきとこなし、涼しい顔で毎日定時に帰っていく。上司の俺が何も指示していないときに、社内を歩きまわって、同僚や先輩に仕事を「お願い」していた。
けれども、そいつを悪く言うやつはいなかった。笑ったときのえくぼが印象深い奴だった。
経験だけはあったが、他にその役につく人間がいないという理由で、ロケット鉛筆のように押し出されてそのポジションに付いた。
かつて新人だった頃は、プログラマーとして四苦八苦しながら、作る喜びを糧にしていたものだった。
だが月日が経って、机の位置が変わった。プロジェクトを指揮するようになった。部下が増えた。いつしか俺はコードを離れ、代わりに人間を扱うようになっていた。
責任が増えると共に、やりがいも増えた。チームをまとめて、目標に向かっていく。自分一人ではできないことを、仲間たちと力を合わせて達成する。砂漠の中にピラミッドを建てるように。
プロジェクトを完遂すると、メンバーがガラリと変わった。力になってくれた仲間たちは、別のチームでその才能を発揮することになる。俺の元には営業がやってきて、新しいプロジェクトの発足を告げる。
程なくして新しいメンバーがやってくる。俺は別なチームとともに、別のピラミッドを建てるのだ。
そんなループを何度か繰り返したある日、プロジェクト終了直後の閑散とした社内を眺めて、缶コーヒー片手にボンヤリしている時に気がついた。
味がしない。缶コーヒー、ジョージア・エメラルドマウンテン・ブレンド(つめた〜い)の味がしない。
いやもちろん缶コーヒーなので、本来そんなに旨くない。街の喫茶店はおろか、スターバックスで女子高生がカップで飲んでるやつにも及ばない、いわゆる”コーヒー飲料”なのだが、初めの頃はうまかったのだ。
入社当時、Visual Basic の教本を片手にキーボードにしがみついていた時に机に並べていたエメラルドマウンテン・ブレンドは、もっとスカッとした味だった。
抜けた空のような味。
何かが違う。そう感じた。
iPodを作った天才、スティーブ・ジョブズはかつてこう言った。
私は毎日、自分に問いかけてきました。「もし今日が人生最後の日だとしたら、今からやろうとしていることをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、何かを変えなければならない時期にきているということです。
一週間の後、俺は退路を歩むことを決めた。
退社まで残りひと月と迫って、引き継ぎが一段落したある週末に、俺は例の、できる部下と酒を飲むことになった。
そのときの部下は会社の期待のエースとして注目を集め、人より多くの責任と仕事を与えられていた。しかし本人はプレッシャーに怯むことはなく、むしろ水を得た魚のように、やる気に満ちていた。テカッテカだった。
酒の席に誘うと忙しいにもかかわらず、嬉しそうに快諾した。へんなやつだ。
その夜、俺は柄にもなく酔っぱらい、いつのまにか部下に向かってだらだらと仕事上の愚痴をこぼしつづける、情けない中年オヤジになっていた。
聞くと部下も結構酔っていると言ったが、俺は知っていた。こいつは顔は真っ赤になるが、それでいて実態は”ザル”だ。笑顔を崩さず、俺の話に機械的に相槌を打っている。
俺の話が一段落したときに、すべりこむように部下が横槍を入れた。「でもね上司さん。そういうのって上司さんが悪いんですよ。」
失礼ですけど。
顔を上げて確認すると、部下は笑顔の目元に困ったような表情を乗せていた。俺が息を呑むと、覚悟を決めたように、話を続けた。
何から何まで自分のアタマで考えないと気が済まない、そんなタイプの人間がまれにいます(ご指摘の通り、俺がそうだ)。
確かに、自分のアタマで考えるということは、ものすごく気持ちがいいですよね。なにかすごく『意味のあることをした感覚』を得られます。
最高責任者とか芸術家とかでない限り、自分のアタマで考えたことは「誰かに説明して納得してもらう」というフェーズが必要です。
相手が上司さんの上司さんであるなら、例えば説得はこんなふうに行われます…
お偉いさんの元を尋ねて、現状の問題を分析するとこういう構造になってて、どこがどう問題と考えられるので、このようにやりかたを変えれば、このくらいよいことが起こるでしょう、みたいなのを説明して、話の前提をちゃんと共有しないと理屈が通らないから、考えに至る前提条件とかを事細かに説明して、相手との認識が合わなかったら合うように、考え方の違いに注意しながら調整して、ようやく自分のアタマで考えたこと、を分かってもらえたら次は、それって絶対・100%・間違ってたら責任取るの? とか聞かれます、でもそんなん100%なんて世の中にありえないだろ、と思っても言い出したのは自分だし、時間をかけて分かっていただいた手前もあるし、それら有象無象を踏まえて相手のプライドを考慮しつつ、こちらの責任が大きくなりすぎないように、うまく首を縦に振ってもらうように、知略の限りを尽くして言いくるめるんです。
一方で、去年と同じで行きましょう、ならサラッと通ります。
競合他社と同じ戦略で行きましょう、偉い人の方針をまるごと継承しましょう、とかでも。
冷静に、比べてみてください。自分のアタマで考えた場合のコスト。
説明のために、ものすごいコストや苦労をかけてストレスをためこみ、結果自分の責任が増しただけ。
自分のアタマで考えようとして、なんにも結論が導き出せなくなることがあります。
どの因子がどう関わってるのか整理しきれない。どこの範囲まで前提として考慮に入れるべきかがわからない。「Aと言う視点なら正しいとも言えるし、Bという視点なら間違いとも言える」みたいな項目ばかり。
なにを考えても「他人が出した別案」に引っ張られる。なんとかごまかしつつ、ちょっと甘いかな、って思いながら考察した結論を他人に見せる。でも、アタマの鋭い人はどこでもいるもので。
ピンポイントでその弱いところを突かれちゃったりする。自分でも「俺バカなのかな」と薄々感づいてる点を、改めて他人にも認識させられることになります。痛恨の一撃です。大ダメージです。
ゼロから考え直すなら、誰だって結論を間違えたり、推論を見失ったりすることがありえるんですけど、『自分のアタマで考えている俺』に酔っていると、そういう基本的なことは、忘れちゃうんです。
根拠のない自信を持ってる人ほどひどい結果になりがちです。
「自分は天才とまでは言わないけども、周囲の中でまあまあ使える、ほうだし、今は流されてるけど、本気出せば自分で考えて結論出すようなこともできるもんね!」
そんな自信は崩れ去ります。
失った自信を取り戻すのには、より多くの時間が必要です…。ご年配の方ほど、必要な苦労は過酷なものになるでしょう。
その仕事が得意な人、エキスパートに全部お任せする、というのでも。
挫折が無ければ、その間仕事ができた。挫折があるから、周辺分野へ再び手を伸ばすことが、おっくうになった。
例えば、さっきお酒持ってきてくれたの店員さん。カウンターで寂しそうにひとりで飲んでるオジサン。自分のアタマで考えているように見えますか?
たいていの人たちは、流されています。考えが浅いし、近視眼的です。リスク管理の面から見ても、脆弱です。
でも、その人たちって、不幸ですか?
かなり幸せそうじゃない? 自分はすごいという自信のもとに楽しく過ごし、うまくいかなかったことは運が悪かった、また次があるさ、と片付けてポジティブに生きてる。掘り込んだ原因分析なんてしないで、場当たりに生きてる。若者から人生訓を聞かれたら嬉々として語っちゃう、的な幸せさに溢れてるw
偉そうにw 生意気言うやつだなw とその晩は軽くたしなめて別れたけど、
よくよく思い返すといい話ではあった。なんだか、ずっと温めていた感もあるし。
俺は今まで、自分のアタマで考えてきた。それを誇りにしていたというほどではないけど、出来る限り自分でやってみる、が俺のモットーだった。
けれども、それで、何が残っただろうか。
すり減ったり、焦ったり、自己嫌悪に陥ったり。紆余曲折を経て、何が残ったのか。
ひょっとすると、俺は自分の人生の将来や、手に入れられる幸福や可能性から、目を逸らしていたかっただけなんじゃないか。
実感を求めて効率を犠牲にする。それで誰かの足を引っ張る。あるいは、身の程をわきまえて、歯車として、自分に与えられた役割を果たす。その分岐路で立ち尽くしている。アタマで考えても前に進めない。思考停止すれば進める。『結果』を手に入れる。上手く行けば成功できるかもしれない。彼女のように。慣性は惰性だ。だから、プライドは捨てる。直感は捨てる。生き方を変える。
(以上。なんかディティール盛り過ぎてる感があるけど、部下の言いたかった、本筋のところは外していない?)
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後書き:
id:uxlayman さんの元エントリ、分析エントリです。
俺の考えでは、元となるアイデアが良ければ、読みやすくするためにストーリーを与えて、読んでて途中で躓かないように、注意深く、入念に推敲すれば、ある程度伸びます(俺はこの文章の推敲に6時間かけました。ヒマスギシヌ)。
コアとなるアイデアはなんでもいいわけではないようです。というのも、同じようなストーリーで同じような語り口の記事を過去に書いたことがあるんですけど、そっちは全然伸びませんでした。
追記 (7/30 1:35時点):
頂いたコメントより
自分のアタマで考えようという本があったと思います(未読)が、自分のアタマで考えるのをやめる選択肢もあんじゃね?というお話。わりかし実話。
最高責任者とか芸術家とかでない限り、自分のアタマで考えたことは「誰かに説明して納得してもらう」というフェーズが必要なわけですが、これが超めんどくさい!
去年と同じで行きましょう!とか競合他社と同じ戦略で行きましょう!とか、偉い人の方針をまるごと継承しましょう、ならサラッと通ることに対して、「現状の問題を分析するとこういう構造になってて、どこがどう問題と考えられるので、このようにやりかたを変えれば、このくらいよいことが起こるでしょう」みたいなのを説明するがすんごくすんごく面倒。
話の前提をちゃんと共有しないと理屈が通らないので、考えに至る前提条件とかを事細かに説明して、相手との認識が合わなかったら合うように調整して、、、と、この過程も面倒。それで分かってもらえればいいけど、認識や考え方の違いにより分かってもらえなかったりすることも多々あってかなりストレスがたまる。
それでようやく「自分のアタマで考えたこと」を分かってもらえても、今度は責任論になる。それって絶対?100%?間違ってたら責任取るの?去年と同じやり方なら去年と同じ結果になる、ってのは共通意見だけど、お前のはどうなの?的な。
そんなん100%なんて世の中にありえないだろ、と思いつつも言い出したのが自分であるし、時間をかけて“分かっていただいた”手前、しぶしぶ了承せざるを得ないという。
客観的にまとめると、自分のアタマで考えた結果、説明のためにものすごいコストや苦労をかけてストレスをためこみ、結果自分の責任が増しただけ。なにこれ?自分で考えるのなんてやめて、他人の、いつものやりかたに乗っかったほうが楽じゃね?
これ、人によると思うけど「よし、この件は自分のアタマで真面目に考えてみよう!」と思い立った結果、、、、なんにも結論が導き出せねえ・・・ってなったこと、ないですか?
やべえ、どの因子がどう関わってるのか整理しきれねえ。そもそもどこの範囲まで前提として考慮に入れるべきかが全然わかんねえ。「Aと言う視点なら正しいとも言えるし、Bという視点なら間違いとも言える」みたいな項目ばっかりで、結論を下せねえ・・・。なにを考えても「他人がだした別案」に引っ張られちまう。あれ?もしかして自分バカなのかな?みたいな。
そのへんなんとかごまかしつつ、ちょっと"甘い"かなって思いながら考察した結論を他人に見せると、もうなんていうのかな、アタマの鋭いやつってのはどこでもいるもので、ピンポイントでその迷い点みたいのを突かれちゃったりする。自分でも「自分バカなのかな」と薄々感づいてる点を、改めて他人にも認識させられるという、この痛恨の一撃的な大ダメージ!
これの根本的な原因は「世界は自分のアタマで整理しきれるほど単純ではないし、不確実性に満ちている」ってことで、そこからすると結論を間違えたり、推論を見失ったりすることは別に恥じることでもないんけど、そういう大きなこと忘れちゃうのよね人は。
それで、結構多くの人は「自分は天才とまでは言わないけども、周囲の中でまあまあ“使える”ほうだし、今は流されてるけど、本気出せば自分で考えて結論出すようなこともできるもんね!」みたいな根拠のない自信を持ってしまう。それが根こそぎ崩れるのはでかい。歳をとってるほどでかい!
これも客観的にみると、自分のアタマで考えたばっかりに、自分がバカであると発見して勝手に凹んでる、ってだけ。あれ?なにしてんだろうねこの人。
さて、親とか親戚とか近所の八百屋さんとか、そういう身近な大人を見てみよう。自分のアタマで考えてる人って、ものすごく少ない。浅いし、近視眼的だし、人生綱渡りだな、的な印象を持つことすらある。
でも、その人たちって、不幸ですか?かなり幸せそうじゃない?自分はすごいという自信のもとに楽しく過ごし、うまくいかなかったことは運が悪かった、また次があるさ、と片付けてポジティブに生きている。掘り込んだ原因分析なんてしないで場当たりに生きてる。若者から人生訓を聞かれたら嬉々として語っちゃう、的な幸せさに溢れてる。
それに対して、真面目に自分のアタマで考えて、結果すり減ったり自己嫌悪に陥ったりするのって、あまり人生を幸せにする行為ではないんじゃなかろうか。どうだろう?
注:これはある種の実験です。なにかに気づいた人はそっとしておいてください
「家に上げろ」=「やりたい」って意味にとられるのか・・。知らんかった。
おれ、やる気はまったくなかったけど、良いなと思った子との3回目のデートでどうしても告白したくて、先輩に相談したら、家(相手は一人暮らし)に上げてもらってお茶とかもらったときに告白した方が成功率上がるよ。って言われたから、確かにそうかなあと思って、執拗に「部屋見せてよ」とか言っちゃってた。
まぁ「散らかってるから」って断られたんだけど。
俺も「ただ、やりたかった」とだけ思われてんのかな。そうだったらちょっと残念。時間をかけて好きになってほしかったんだけど。
デートだけでバイバイしたら、「言い寄ってこない」とか言われるし、「部屋みたい」っていったら、「やりたいだけ」とか思われるみたいだし、女の人って難しい。
っていうか、何なんだよ。なぁ、女。マジ何なんだよ。
それで「だから結婚できない」とか言われちゃうの? 俺もそう思われてんのか。
あー、もう面倒くさいよ。こんな世の中で恋愛なんて出来るわけないだろ。こんな世の中で、どうやって彼女作れってんだよ。
女は何様なんだよ。ただただ自己嫌悪。
少子化でいいよ。もう、滅べばいい。○国、○国に侵略されてしまえ。むしろ、○国○国に侵略してもらいたい。
それで、レイプされても「強引で素敵!」とか言って日本人男をまたさげすむんだろ。
男と女の関係なんて、どう考えても50:50で責任があるのに、なんで100:0で男が悪いみたくなるんだよ。
なんでこんなツライ思いしてまで、彼女作らなきゃならないんだか、自分でも笑っちゃう。
諦めれば楽になれるのにね。自分。
僕はメレ子さんのキモいファンだが、勝手に東大文学部出身だと思い込んでいた。しかし、実際は日本の文系の頂点に君臨する東大法学部卒であり、僕は内心驚いてしまった。
この思い込みの理由としては、メレ子さんが文化系だということもあるが、やはりメレ子さんが女性だからというものも大きい。
・同じく文化系アルファブロガーで似た趣味を持つココロ社さんは東大文学部出身である。
つまり、女性だから文学部だと決め付けるのは差別かもしれないし、また、女性だから文学部=偏差値が低いまで考えるのなら、これは明らかに女性を劣性に見ている悪質な女性差別主義者と言える。
だが、ココロ社さんのイメージから文学部を想像していたなら、これは差別とは言えない。
つまりだ、女性に対し「文学部出身だと思った」とか、「文学部っぽいね」とか言うのは差別につながるのか?
もしくは、工学部の女性に対して、「文系かと思った」とか、「工学部っぽくないね」と言うのは差別につながるのか?
東京に来た理由はとくになく、単純に就職したくなかったから両親に無理を言って短大から東京の系列校に編入させてもらった。
印象はすごいというよりも、純粋に怖かった。ナンパすごいし、ものすごい勢いでティッシュを渡せられる。
大学も3年からだったので、サークルも入れず一緒に編入した子とばっかり一緒にいた。ゼミには入ったけど、何となく壁を感じ結局最後まで馴染めなかった。
私って意外と社交性がないんだなと生まれて初めて実感した。
就活では、一応学部が観光系だったからそっち方面の企業を受けていたけど、別にどうしても観光業界がいいわけじゃなく、高校生の時に何となく旅行が好きだったから選んだだけ。
面接では東京の女の子ってなんであんなにハキハキ受け答えできるのか、本当に不思議だった。
案の定、面接ではなかなか通らないし、日によって気分が乗らず辞退することも多々あって自己嫌悪のループ。
本当は地元で就職したかったけど、受けれる企業も少ないし、面接の度に帰るのが面倒くさくて結局2〜3回受けただけでやめてしまった。
途中から、全然受からないから一般職も受け始めたけど、やる気のなさをたぶん見抜かれ結局お祈りされて、8月以降はもはや就活をしなかった。
でも、卒業間近になってある日両親が東京に来て進路のことを聞かれたと思う。何でそんなに、印象が薄いのかというと、その後すぐにお姉ちゃんが来てめちゃくちゃ怒られた…
こんなに怒られることあるのというくらい怒られた。やっぱり、何もしてなかったのがバレていたみたい。
それで、やっぱり地元に帰るかなと考えていたんだけど、地元に帰ってもきっとパートの仕事しかないだろうし、男も地元に残っているのはあまり稼ぎが悪そうな人しか残って
ないな(東京で地元の男は大したことないなと実感した)と思って悩んでいるうちに卒業までいってしまった。
本当に優柔不断。
結局、当時働いてたアルバイトと親の仕送りでダラダラとした生活の日々。
でも、ある日またお姉ちゃんが東京に来るという話を聞いてマジ焦る。なにか言い訳をしないと思ってバイト先で仲良かった子がWEBのことを勉強していて、よく話をしていたので
そのままその話を膨らませて実はこれがやりたいと適当に話した。お姉ちゃんは意外にも感心してくれて、学校に行くように勧めて来て、学生の身分に戻りたい私はとりあえずそれに乗った。
学校は半年だったけど、結構真面目にやっていたと思う。その後、WEB系制作会社にコーダーとして運良く入社した。
とくに実力はなかったけど、女の子が珍しかったから受かったんじゃないかと今でも思う。
でも、その会社はとてもキツくてみんな帰るのが23時以降が普通で、特にエンジニアが辞めたせいで私が兼務することになった時が本当にキツかった。
Linux?、Ruby?、とかとか何それという感じ。いやいや誰か他に雇ってよと思ってたけど、断れない私の性格のせいでそのままやることに。
何だかんだ上手くいったり、いかなかったりして疲れで頭が回らない私はそのまま続行して仕事した。これが洗脳かと今になって思う笑
だけど、ちょうど案件が終わったタイミングで転職サイトに登録したら、オファーが沢山きて覚醒した。
その中で一番福利厚生が良さそうな上場企業の今度はエンジニアで内定GETして働き始めて今に至る。
たぶんこれが受かったのも女の子で珍しかったからじゃないのかな笑
なんかつらつらと書いてみたら、適当に流されてきた自分が嫌いだったけど、最近それでいっかと思うようになった。
あと今はお姉ちゃんとは仲良しです。
塩村議員に対する野次。
隊長や某コラムニストらのゲスい「塩村ビッチ論」はおいといても、塩村議員がどう感じ何に涙したのかはわからない。
だけど、このニュースは不妊に悩む女性にとってはショッキングなことであったことは間違いないと思う。
かくいう私も都内在住で30代不妊に悩む女性として憤ったり悲しかったり。
不妊って、本当にしんどい。「子供ができなかったなら仕方ない」と覚悟を決めないとやってられない。
数ヶ月前から不妊治療のクリニックに行き始めた。日本の(というより東京都の)不妊治療の現状を知って衝撃を受けた。
時間予約ができないので2時間待ちは普通。いつ行っても待ち合いスペースは20代〜40代の女性であふれている。
こんなにたくさんの女性が不妊に悩んでいるんだ、と衝撃的だった。
第二に、保険が利かない診療科目が多いので当然ながら治療費が高額。
通常なら1回の通院で3000円〜10000円以上かかる。
これが週に数回かかるとなるとかなり痛い。
もちろん、体外受精をすると1回につき数十万円が飛んでいきます。
そして、どれだけ高額の治療を受けても、それが必ずしも「結果」(=妊娠・出産)に結びつく訳ではない。
第三に、時間の融通が効かないということ。
初期のタイミング指導なら、排卵日1週間前くらいから毎日のようにクリニックに通って、超音波で卵子の育ち具合を見て、十分な大きさになってきたら医師から「今晩タイミングとってくださいね〜(=sexしてね)」と指導される。
困るのは、「じゃあ、明日の朝、もう一度来てください」と言われること。
働いている身としては「いや、無理です!」としか言えない。
私は教員をしている。授業計画に沿って授業をしているので、突然「授業を休む」なんてとんでもない。今日の明日で、代わりの人に授業をやってもらうわけにもいかない。
もちろん「私、不妊治療してるんで突然休むことあります!」と宣言すれば、受け入れてくれる職場ではあると思う。(学校にもよるだろうけど、教育現場は出産・育児に関することについては割と寛容です)
だけどその場合、授業を頻繁に休講にする理由として、生徒や保護者にも「不妊治療宣言」をする必要があるだろう。保護者からは「そんなにすぐ休む人をうちの子の担当にするな」というクレームも来るだろう。
結局、仕事を休む訳には行かないので、不妊治療クリニックの通院は今のところやめている。
私のように、仕事の都合で不妊治療を続けられない女性って少なくないと思う。
長々と書いてしまいましたが、とにかく不妊って「しんどい」ってこと。
不妊治療の一番辛いところは「私が悪いのか」と自己批判・自己嫌悪に陥りがちなところだと思います。
妊娠できない自分が悪い、妊娠するための治療も受けられない自分が悪い、と。(科学的には、不妊の原因は男性と女性で半々だけどね)
そういう実感を持ちつつ、件の野次のニュースを見ると「あぁ・・・」って絶望しかないですよ。
おっさん世代には「産めない女性が問題」という認識が未だにあることとか、そして今後不妊治療が受けやすくなるような社会制度が作られたり、社会的な認知が広がることはないだろうこととか。
というわけで本題ですが、そういうおっさんに同じような痛みを持たせられるセクハラ野次って何がありますか?!
「お前のくされチンポ、いつ勃つんだよ!」みたいな?
今24歳童貞なんだけど、mixiで知り合ったブサイク女21歳OLから積極的なアプローチを受けてる。
顔はaikoを劣化させたような感じ。胸は大きいけど足もふとい。
最近よく二人でご飯に誘われるし、LINEも返信が途切れることなく続いている。
正直タイプではないんだけど、でも童貞のままだと自信ないしこれ以上の女とは付き合えなさそうな気がする。
性格はまあ合う。というか話してて苦じゃない。女の子と話すのは基本的に疲れるけどセックスだけしたい。
ただドキドキしないし一緒に歩いてて結構恥ずかしいと思う時もある。ボディタッチ激しいんだけど自分もブサイクだからなんか馴れ合いみたいで。
いちゃいちゃしてるブサイクカップル見ると内心馬鹿にしてたから、なんか自己嫌悪。
http://www.amazon.co.jp/dp/B000NZ9M60/
使う相手がいない
Amazon.co.jpで購入
買った後に、こんなに大量に所持してどうするのかと自己嫌悪です。
もしもの時のために
気まぐれに買ってみた
こんなに必要無かったです。
安かったのでまとめ買いしましたが、こんなに買っても使う相手が居ないので、衝動買いに近いです。使用感は特にこれはと言う様な感じは無く普通のゴムです。
省スペース
やはり、無人島にひとつだけ持っていけるならという話にもあるように
なるべく少ない荷物でいかなければいけないのでこちらの商品は大変役に立ちます
良品
初めて購入しましたが丈夫で使用時の感度も良好でした。
………自分には使用する相手がいませんがね。
何でこんなに買ったんだろう(';ω;`)
なかなか