2014-08-01

自己嫌悪と、決して毒ではない親

根拠の無い自分への自信の無さがつらい。根拠が無いことも、客観的に見れば自分がどちらかと言えば周囲にも恵まれ、持って生まれたステータス等も平均より上回る項目がいくつかある、ということも知っている。

理性ではわかっている。

でも自分が嫌いで、いらだたしいクズだという思いが抜けなくてつらい。だから人間関係がつらい。こんな自分でごめんなさい、付きあわせてごめんなさい、接点が会ってごめんなさい、そういう気持ちを押し殺して、にこやかにフレンドリーにすごす。

たぶん最近忙しいので疲れているんだと思う。だから理性で感情にフタをするのがしんどくなって、こういう愚痴を、ただの卑屈な甘ったれた様子を書き連ねているんだと思う。でも、疲れたんだ。ああ、つらい。

 

以前やっぱり増田に同じようなことをかいたら、「毒親育ちでしょ」みたいなことを言われたけれど、毒親では、ない。どちらかと言えば、恵まれた家庭で甘やかされ気味に育てられたと思う。…けれど、反抗期も過ぎて独り立ちをしてしみじみと思うのは、とくに父親と、ひとりの人と人として相性が悪いということだ。例えば言葉の選び方や、現代社会政治への考え、趣味、そういったものが、(おそらく、お互い)「違う」というかんじなのだ。無いわぁ~とまでは言わないけれど、ふ~ん私だったらそういうのは選ばないなぁ、くらいの。

私のこの自己否定感が親にあるというのならば、私が人と人として、大人と大人としてあまり”合わない”人と親子関係にあったことが原因なのだろうか。それくらいのことで。だったらどうすればいいんだろう。これからどうすれば。

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