はてなキーワード: 孤立とは
漫画雑誌も、ゲームもCDも、全部他人の借りて楽しんで、違法DL上等なスタンスで居るんだが、
貯金がどんだけ溜まったか、その投資配当でなにを無料で楽しめてるか、周りに自慢しやがる。
この間、職場の仲間でそいつに娯楽を与えるの止めようって話をして、実行に移したら、「減らねぇし、ケチんなよ」とか言い出してる。
いやいや、ケチってるのはおまえだろと。
そもそも、なくても困らない娯楽だったんだろ、続きが気になるなら、金払えよ。
「友達だろ」とか使い始めたから、「貸すのが友達の条件?」って聞いたら「うぜぇ」とか言って離れてった。
これ書いてて思ったけど、普通利益考えたら、貧乏な振りするよな。
反感かわないしさ。
http://anond.hatelabo.jp/20111110111334
これの従弟だけど補足してみるよ
元増田の記事を読んで心配してくれた人のために現在の状況を書くと、従姉は退院して仕事復帰、従姪は平日は俺の家で預かり週末は従姉の家に戻る形で生活することになっている
生活費についてはこちらから特に援助はしていないが、従姪が俺の家にいる間にかかる費用を請求してないので、その分は浮いているはず
一緒に暮らしていない元増田が把握していなかったことを補足する
従姉のところの問題の源は元夫のDVと虐待
娘が気に入らないことをしたら「母親なんだから躾けろ」と妻に命じて体罰を強要
号泣したところで慰めて自作自演で娘の好感度稼ぐというのが従姉の元夫の手口
これを人間関係全方位で展開して孤立した相手を自分に依存させて支配していたわけだ
従姉は自分が子供に手を上げたことをとても悔いていて罪悪感をもって娘に接している、従姪は虐待された記憶を打ち破って何とか母親を愛そうと頑張っている状況
従姪は幼い頃母親が身体に触れようとするとビクッとなって目を瞑るような状態で、心や体が弱っている時にはその傾向が特に強かった
病気になった時など、母親が側にいるとリラックスできないので看病は他人に頼まざるをえない状況だった
親戚とはいえ恋人でも夫でもない独身一人暮らしの男性に娘の身の回りの世話を頼んだり、契約社員が正社員に仕事休んで自分の子の看病してくれと頼んだり、そういう選択をせざるをえない時点で崖っぷちなのは子育て経験がある人は想像できると思う
この手の話で従姉が凹んでいたのは母親スキルの低さを実感してよりも、虐待の結果を再認識してしまうからという理由が強い
時間の経過と共に母子関係も少しずつ回復していき、最近ではお互いうまくやっていけてるんじゃないかと思っていた従姉と従姪だが、そこで従姉の入院事件が起きた
距離をおいた途端に従姪の体調が良くなったことから、従姪にとって母親と一緒に暮らしていることがストレスだったことが浮き彫りになってしまった
それに従姉が気が付いてショックを受けたところに元増田が居合わせたわけだ
後に従姪もそのことに気がついて精神的にずいぶん荒れた
本人の認識では、拒絶意識は過去のもので今は母親のことを好きでいるつもりだったので精神的ダメージが強かった
その後話し合った結果、少し距離を置きながらゆっくり母子関係を回復させた方がいいだろいうということになり、現在の週末のみ母娘で暮らすという方法いこうということになった
あれは目の前で母親が倒れてショックを受けている従姪を元気付けるため無理してやっていた時期の話なので、365日継続できるものじゃない
二年目にして既に仕事辞めたくて迷ってる。
医者からは「辞めるなり休むなりするなら診断書書くよ」とは言われている。
今の仕事のいいところは、
▲年収400万弱あるから一人暮らしで貯金しながら十分遊んで暮らせる
いやなところは
▼残業が多い(1年平均で月100時間超、半年以上日付変わる前に家に帰れていない)
▼土日返上がしょっちゅうある(代休はない、運がよければ休出手当てをつけてもらえる)
▼年末年始・大型連休も仕事(リリース、保守作業があるから当番で出勤)
▼女の人がいないので部署内で孤立している
良くも悪くも
■仕事内容は嫌いではない
■上司・先輩からはしょっちゅう怒られるが原因は自分にあるのでそこは腹を括っている
■同僚とは距離があるものの、たまに一言二言仕事に関係ない雑談をすることはある
どうしたらいいんだろうかと迷えば迷うほど気持ちが沈んで悪循環。
転職エージェントみたいな人に会う予定は立てたけどどうなることやら・・・
(日本は人件費の高い無資源国家であり、肉体労働・単純労働の需要は今後も減り続けるので、教育レベルの低い子供は要らない)
(気分障害や人格障害を抱えた親は、モラル・ハラスメント等によって子供の人生を長期間にわたって苦しめる可能性が格段に高い)
(保育所等の子育て支援環境が現状整っていない上、孤立した核家族による子育ては育児ノイローゼ・虐待につながる可能性が高いので必要になる)
これは狙い過ぎ
今の若い人達は「日本は悪い事をしたと教えられた」と言っているが、自分(現在30代前半)のときはそうでもなかった
自分の頃にやったのは
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⇒「数年後、日中戦争開始。辞めどころがなくズブズブに。」
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ってな感じだけど、今見返しても別に間違っていないと思う。
教科書にだってハルノートは書かれていたし、高校受験でも範囲内だった。
確かに近代史の頃には学年末で殆ど飛ばされた感はあったけど、今の歴史の授業ではこの辺もごっそり抜けちゃってるんでしょうか?
それとも歴史を勉強してなかった人達が「俺達は学ばなかった」と言っているのでしょうか?
なんとなくその原因もわかる気がして、それは綱渡りの競争で勝者にならなければならない義務感が全面化していることなのではないかということだ。
職場はもちろん、親、兄弟姉妹、配偶者、恋人、友人、あらゆる人間関係で安心できる場所が少ない。
もちろん、子供でもない限り「無条件に自分自身を受け入れてくれる場所」なんていうものが誰にでも用意されているわけではないのは当り前だけど、
今の日本の社会って「失敗できない」という感覚が強過ぎやしないだろうか?
「あいつは使えない。使えないやつとはつるまない方がいい。いつ自分の評判に響くかわからない」。
実際、中学生あたりの年頃に、いじめる側にまわるかいじめられる側になるのか戦々恐々とする構造とあまり変わらない。
裏で働いているのは利害関係の論理で、この利害の理屈があらゆるところに顔を出している。
でも、個人的な関係まで悪化するかはともかくとして、ビジネスの場ではある程度それは仕方の無いのことだ。
しかし、恋愛関係が損得勘定なのは珍しくないとしても、親兄弟や利害が無いはずの友人関係までもが損得で勘定されかねない今の状況はどうなんだろうか。
いけてるやつとつき合いのあるいけてる自分、いけてないやつとつき合っているいけてない自分。
そして、自分は自分の友人や親兄弟や恋人から見て、いけてるのかいけてないのか?
あるいは実際はそういうわけでもないのかもしれない。
親兄弟・友人同士の関係における損得勘定感覚、利害の論理はもしかするとそれほど前面化しているわけではないのかもしれない。
だけど、ここで重要なのは「そう感じられる」ということだ。不信の種にはそれだけで十分だ。
社会生活を送るにあたって「失敗できない」という緊張を延々と強いられたらどうなるだろう?
誰に対しても「へまをすれば自分は徹底的に見捨てられる。だから決してミスをしてはいけない。この綱を踏み外してはいけない」
という強迫観念を持って日々を生きなければならないとしたらどうなるだろう?
そして、失敗してしまった人間が「自分はへまをしてしまった。綱から落ちてしまった。だから自分は見捨てられても仕方ない存在だ」
と感じているとしたらしたらどうだろうか?
恐れる人間は当然のようにその恐れの原因である自分の物差しを、そのまま他人を評価する物差しとして使う。
この場合「へまをしないようにそこに精力を傾けて努力している私は、へまをした人間を切り捨ててもいいのだ」という感覚だ。
こうして実感された全方向における関係性の「綱渡り感」は社会的現実になり、再生産され、綱から落ちた者への容赦ない冷笑・蔑視・罵倒は正当化される。
とにかく明るく元気で前向きにいることが義務づけられているこの空気の中、
少しでも気鬱な表情を見せれば途端に敗者の匂いが漂い、それだけであらゆる場面で敬遠の対象になってしまう。
今までの日本社会ならば、失敗したとしても、明るく元気で前向きにいることが可能だった。
社会全体が経済的な繁栄を享受する中で一度二度つまづいたとしても、もう一度立ち上がってライフコースを再構築するくらい日本社会の路は太く安定していたからだ。
「なあになんとかなるさ。死ぬわけじゃあるまい。人が人でなくなるわけがあるまい」が現実だったのだ。
だけど、今や日本社会の路は一本の綱になってしまった。誰かがどこかで失敗することは避けられない。
そんな社会で私たちは「一度躓いたら徹底的に孤立する」という「綱渡り感」から逃げられない。
「みんながやっている綱渡りなんだ。敗者が孤立するのは当然だ」という声があらゆるところから聞こえる。
でも果たして本当にそうなんだろうか?本当に失敗した人間は孤立しなければならないんだろうか?
目の前の路は、落ちたらまっさかさまに孤立へと落ちる、一本の綱なんだろうか?
実は、目の前の路を「綱渡り」にしているのは僕たち自身なのではないだろうか?
僕の弟は今大学4年生で、本命ではないけれども、某企業から内定を頂いている。だけど本人はひどく落ち込んでいるようだ。
大企業へ就職する者が多いという周りの友人に比べた時、弟は、既に失敗している、綱から落ちてしまった、という思いがするのだそうだ。
驚いたことに、留年してもう一度本命の企業(某広告代理店)に挑戦したいと言い出す始末。正気の沙汰とは思えない。
挙句の果てに、弟は僕に対しても卑屈な態度をとるようになってしまった。
僕の会社は弟の内定先よりもはるかに知名度の低い会社だというのに、だ。そんな弟を見るのは軽くショックだった。
だけど、自分の周りを見てみても、もしかしたらそういう感覚は、この日本社会ではもう当り前なのかもしれないと思うようになった。
共に氷河期の就職戦線を生き残った大学時代の友人が、弟とまったく同じ卑屈な態度をしていたからだ。
失業をきっかけに鬱になってしまった彼の元を彼の妻は去っていった。幸か不幸か彼らには子供はいなかった。
そして友人は変わった。ひどく自分を卑下し、まるで「まともな人達」と同じ場所で生きていること自体が申し訳ないことかのように振る舞うようになった。
彼の失業や離婚に心を痛める人間は世界で彼ひとりしかおらず、他の誰一人として彼の心痛を共有できるものはいないかのような物言いをするようになってしまった。
氷河期世代の割に比較的のんきに生きてきた僕は、今とても恐ろしくなっている。
今まで考えたこともなかったけれども、もし僕が会社から解雇を告げられたら、あの卑屈な表情を僕に向けてきた弟や友人は僕を嘲るだろうか。
僕の恋人は負け犬を見る様な目で僕を見て、そして僕から離れていくだろうか。何より僕はそんな態度をとり始めた周りの人間を恨まずにいられるだろうか。
人生の苦しい状況で、支え合うことよりも、蜘蛛の糸を奪い合った亡者達と同じように蹴落とし合うことを選び、
ひたすら損得と利害だけで行動するような餓鬼の如きなにかに成り果ててしまうのだろうか。
綱の下に広がる網は、綱の上を歩いている時にははっきりと見えるけれど、一度綱から足を踏み外した瞬間に消えてしまうのかもしれない。
なんという恐ろしさ。徹底的に孤立するから綱から足を踏み外せない、でも誰かは足を踏み外さなければならない。
ならば蹴落とす、自分が落ちない為に。落ちたやつには目もくれない。
こんな緊張があらゆる人間関係で全面化してしまったら、そりゃ狂うわ。
綱をうまく渡れている時でも生きている心地がしないもの。
「もし、お前の一番の希望が通らなかったとしても、その時は僕がどこかにコネをつけてやるから。そのくらいはなんとかなるから。だから後悔の無い様に思いっきって挑戦してください」と。
そして、友人にはこうメールする。「元気?お前が暇なうちに久しぶりにまたオールナイトでも見に行こうぜ」。
彼女にもメールを送る。「お仕事おつかれさん。今度、温泉でも行っておいしいごはんでも食べて一日中ぼーっとしてゆっくりしよう」。
多分、会社の同僚にも送るだろう。今はもうあんまり顔を合わせなくなった大学時代の友人や高校時代の友人にも。父と母にも送ろう。
少なくとも、僕にできる部分だけでも常に網を張っておこうと思う。
きっと今は、そういうひとりを思いつめさせないように気遣う努力がひとりひとりにとって必要な時代なんだと思う。
そうじゃなきゃ、みんな悲惨な気分を内に秘めて、そして隠しきれずに卑屈な顔をしながら生きていかなければならなくなってしまう。
いいことがあれば共に喜び、わるいことがあったら共に悲しみ、そしてまた再スタートを切ることをお互いに後押しし合わなければダメなんだと思う。
これだけ厳しい時代なんだから、経済的な意味でも、人間的な意味でも、そのくらいのことができなければ、僕たちは人間でなくなってしまう。
障害認定されるほど空気読めないわけじゃないけど、明らかに人より空気が読めないアスペルガー障害もどき
私です。
動物たちが宴をすることになった。
動物たちがグループごとに宴の準備をしている中、準備が面倒くさいと思ったコウモリは宴だけを楽しもうと策を考えた。
コウモリは獣グループに対しては、「自分は翼があるから鳥グループだ」といい、
鳥グループに対しては「自分は牙があるから獣グループだ」といった。
準備が終わって宴が始まろうとした頃、コウモリは獣グループに入れてもらおうとした「自分は牙を持っているから獣グループに入れてくれよ」
獣たちは「君は翼を持っているから鳥グループだろう?」と言ってコウモリを追い返した。
次にコウモリは鳥たちに「自分は翼を持っているから鳥グループに入れてくれよ」
ただ、童話のコウモリと違うのは、私は両方のいいとこどりをしようとなんて全く思っていなかったにもかかわらず、各コミュニティから私の性質が判断され、排除されてしまっているところだ。
障害者コミュニティ「あなたが気にしていることは障害ではない。(普通に暮らしなさい)」
一般人コミュニティ「こんなの常識でしょ?これくらい空気読んでよ。(もしくは私たちに近寄らないでよ)」
私はどうすればいい?
http://d.hatena.ne.jp/iammg/20111102/p1
まず、ニートと無職を一緒にするな、ボケ。働く気がないのが、ニートだっつーの、ボケ。
自立する気がなくて寄生しているから、ニートなんだろうが、カス。
ニートが1人暮らししたら、生きるためにガッツリ働くっつーの、カス。
だから、一緒にするな、ウンコ。ニートやったことないくせに、語るな、ウンコ。
主体的に働きかけずとも、気配で感じてもらう。このような何気ない価値をニートやフリーランスはもっと意識してもいいのではないでしょうか?
一緒にして語るな、臭い。
最後になりましたが、ニートを目に留めて頂き、ありがとうございました。
と、思ったんだが、ニートの皆さんはどう感じたよ?
さっきの後半部
さらには、人殺し里親の弁護士費用の募金までしていたw この違いww (元里子の意見は下の方) http://members.jcom.home.ne.jp/ankikin/16-2.htm 養育里親の意見 http://foster-family.jp/utsunomiya/utsuomiya-news.html 新聞報道(新聞も庇ってるなあと、自分には読めてしまう) 宇都宮事件を考える会 検索結果 http://www.google.co.jp/#sclient=psy-ab&hl=ja&source=hp&q=%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E3%82%92%E8%80%83%E3%81%88%E3%82%8B%E4%BC%9A&pbx=1&oq=%E5%AE%87%E9%83%BD%E5%AE%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6&aq 宇都宮事件を考える会 HP http://foster-family.jp/utsunomiya/index.html - キャッシュ 私たち里親有志は、翌月の12月8日に宇都宮里親傷害致死事件を考える緊急集会を中野ゼロで開催しました。そこで、愛着形成の難しい子どもや育てにくい子どもを委託されながら、支援もなく孤立し、養育の責任のみを負わされる里親の実態などを話し合い、「 ... Ⅰ・宇都宮里親傷害致死事件の控訴審を傍聴して .......... .......... (養育 ... http://members.jcom.home.ne.jp/ankikin/16-2.htm - キャッシュ この事件は、順子ちゃんが生後すぐに乳児院に収容され、また別の里親家庭への委託も失敗し、3歳で被告人夫妻のところへ委託、正式委託から4ヵ月も経たず虐待死するという ... http://foster-http://parent.hp.infoseek.co.jp/utsunomiya/ (宇都宮事件を考える会) ... 宇都宮事件を考える会 HP - シドさんの里親のホームページ(人間の) http://www.foster-family.jp/utsunomiya/ugoki/ugoki-index.html - キャッシュ 主催の「宇都宮事件を考える会(以下「考える会」)」は、東京周辺の里親と関係者・支援者で構成された団体です。 基調報告「宇都宮里親傷害致死事件の経過報告」では、宇都宮事件の裁判を全て傍聴した、考える会事務局長の竹中氏が事件の発端から、裁判 ... 宇都宮事件を考える会 HP http://www.foster-family.jp/utsunomiya/.../2nishin-index.html - キャッシュ 最寄駅 営団地下鉄有楽町線桜田門駅下車徒歩約3分 営団地下鉄丸の内線,日比谷線,千代田線 霞ヶ関駅下車 徒歩約2分~5分 JR線 有楽町駅・新橋駅下車徒歩約15分. 裁判所HP http://www.courts.go.jp/. ※宇都宮事件を考える会では、控訴審に向けて ... 宇都宮事件を考える会 HP http://foster-family.jp/utsunomiya/chisai/1shin-index.html - キャッシュ 宇都宮 里親傷害致死事件 初公判の報告. 2月6日(木)、宇都宮地方裁判所で行われた「養育里親傷害致死事件」の初公判の傍聴に行ってきました。事件番号は「平成14年(わ)第832号傷害致死」で、裁判官は、飯渕進裁判長と二人の女性裁判官でした。 ... 宇都宮事件についての、皆さんの考え方|はばたけ! 養護施設出身者 http://ameblo.jp/ganbare-sisetu/entry-10512053380.html - キャッシュ 2010年4月18日 – シリーズになってきていますが、宇都宮事件についての資料は. 「宇都宮事件を考える会」. というものの資料を、みなさんはご覧になって判断する事になると思います。 しかし、これは里親制度を推進する団体による、里親を擁護する為の会 ... Twitter Trackbacks for 宇都宮事件を考える会 HP [foster-family.jp ... http://topsy.com/www.foster-family.jp/utsunomiya/index.html - キャッシュ 2010年6月16日 – kobayashi_masa: RT @ponkotufukurai 施設内虐待よりはまだ、家庭内虐待の方が明るみに出やすいようです。子どもたちが施設で育つ副作用として重篤の愛着障害問題があります。http://www.foster-http://family.jp/utsunomiya/index.html ... 【里親による里子殺し】事件に見る、里親団体の体質 « 里親家庭を「家」と ... http://gladiolus2009.wordpress.com/.../... - キャッシュ 2010年4月18日 – 宇都宮事件を考える会】のレポートは、 故意かどうかは分かりませんが、 里親側に都合の良い方に【誤読】を誘う文章構成をされています。 この【宇都宮事件を考える会】は、 里親団体が運営している会のサイトです。 公平中立な第三者機関 ... 资料集会场 - docin.com豆丁网 http://www.docin.com/p-21731495.html - キャッシュ 2009年5月28日 – 資 料 集 会 場 神楽坂エミール 日 時 2003年12月23日(火)午後1時∼ 5時 主 催 宇都宮事件を考える会 〒162-0823 東京都新宿区神楽河岸1− 1 東京ボランティア・市民活動センター メールボックスNo.84 ※郵送される ... 日本財団図書館(電子図書館) 里親だより 第69号 http://nippon.zaidan.info › 社会科学 › 社会 - キャッシュ 主催の「宇都宮事件を考える会(以下「考える会」)」は、東京周辺の里親と関係者・支援者で構成された団体です。 基調報告「宇都宮里親傷害致死事件の経過報告」では、宇都宮事件の裁判を全て傍聴した、考える会事務局長の竹中氏が事件の発端から、裁判 ...
最近、子供は社会が見るものとか言って、自分達親の面倒を見させようとする人がいると、怒る人もいるようだが(togetterで見た)
こういうのは、どうなるんだろう?
これで、情状酌量されるんだろうか?
被告の心情ばかりを切々と書き綴ったり、お兄ちゃんは良い子だったとかw 思いやりがあったとかw 幼児に思いやりを求める大人って・・・
こんな事いくら言っても、かわいそうな大人と言う風に、見られるというより、異常な大人 として見られる気がする。
外国に来て、助けが求められない状態で、一種異様な精神状態に陥ったんだろうけど、やっぱり異様な人に変わりは無いんじゃないかと思う。
圧倒的弱者を前にすると、こういう状態になる人間もいるとよく覚えて、見張ったり風通しをよくしたり、子供に意見を聞いたり、子供の意思を尊重したりする事も、考えなくてはいけない。
里親の孤立を心配する意見ばかりで、里子の孤立を心配する意見が無い
これ→http://anond.hatelabo.jp/20111014112713 を書くのを忘れていた
http://anond.hatelabo.jp/20111014110033
ナマポ叩きする人なんか、こっちに興味を持てばいいのにと思う
里親というのは、どうしても必要な人たちではない
虐待とも関係ない
今うまく行ってる里子と里親を引き離す事はしなくて良いと思うけど、これ以上増やす事に力を入れる必要もないと思う
里親会は増やしたくて仕方ないみたい
おかしい
http://members.jcom.home.ne.jp/ankikin/16-2.htm 養育里親の意見
http://foster-family.jp/utsunomiya/utsuomiya-news.html 新聞報道(新聞も庇ってるなあと、自分には読めてしまう)
http://foster-family.jp/utsunomiya/index.html - キャッシュ
私たち里親有志は、翌月の12月8日に宇都宮里親傷害致死事件を考える緊急集会を中野ゼロで開催しました。そこで、愛着形成の難しい子どもや育てにくい子どもを委託されながら、支援もなく孤立し、養育の責任のみを負わされる里親の実態などを話し合い、「 ...
Ⅰ・宇都宮里親傷害致死事件の控訴審を傍聴して .......... .......... (養育 ...
http://members.jcom.home.ne.jp/ankikin/16-2.htm - キャッシュ
この事件は、順子ちゃんが生後すぐに乳児院に収容され、また別の里親家庭への委託も失敗し、3歳で被告人夫妻のところへ委託、正式委託から4ヵ月も経たず虐待死するという ... http://foster-http://parent.hp.infoseek.co.jp/utsunomiya/ (宇都宮事件を考える会) ...
宇都宮事件を考える会 HP - シドさんの里親のホームページ(人間の)
http://www.foster-family.jp/utsunomiya/ugoki/ugoki-index.html - キャッシュ
主催の「宇都宮事件を考える会(以下「考える会」)」は、東京周辺の里親と関係者・支援者で構成された団体です。 基調報告「宇都宮里親傷害致死事件の経過報告」では、宇都宮事件の裁判を全て傍聴した、考える会事務局長の竹中氏が事件の発端から、裁判 ...
http://www.foster-family.jp/utsunomiya/.../2nishin-index.html - キャッシュ
最寄駅 営団地下鉄有楽町線桜田門駅下車徒歩約3分 営団地下鉄丸の内線,日比谷線,千代田線 霞ヶ関駅下車 徒歩約2分~5分 JR線 有楽町駅・新橋駅下車徒歩約15分. 裁判所HP http://www.courts.go.jp/. ※宇都宮事件を考える会では、控訴審に向けて ...
http://foster-family.jp/utsunomiya/chisai/1shin-index.html - キャッシュ
宇都宮 里親傷害致死事件 初公判の報告. 2月6日(木)、宇都宮地方裁判所で行われた「養育里親傷害致死事件」の初公判の傍聴に行ってきました。事件番号は「平成14年(わ)第832号傷害致死」で、裁判官は、飯渕進裁判長と二人の女性裁判官でした。 ...
宇都宮事件についての、皆さんの考え方|はばたけ! 養護施設出身者
http://ameblo.jp/ganbare-sisetu/entry-10512053380.html - キャッシュ
2010年4月18日 – シリーズになってきていますが、宇都宮事件についての資料は. 「宇都宮事件を考える会」. というものの資料を、みなさんはご覧になって判断する事になると思います。 しかし、これは里親制度を推進する団体による、里親を擁護する為の会 ...
Twitter Trackbacks for 宇都宮事件を考える会 HP [foster-family.jp ...
http://topsy.com/www.foster-family.jp/utsunomiya/index.html - キャッシュ
2010年6月16日 – kobayashi_masa: RT @ponkotufukurai 施設内虐待よりはまだ、家庭内虐待の方が明るみに出やすいようです。子どもたちが施設で育つ副作用として重篤の愛着障害問題があります。http://www.foster-http://family.jp/utsunomiya/index.html ...
【里親による里子殺し】事件に見る、里親団体の体質 « 里親家庭を「家」と ...
http://gladiolus2009.wordpress.com/.../... - キャッシュ
2010年4月18日 – 宇都宮事件を考える会】のレポートは、 故意かどうかは分かりませんが、 里親側に都合の良い方に【誤読】を誘う文章構成をされています。 この【宇都宮事件を考える会】は、 里親団体が運営している会のサイトです。 公平中立な第三者機関 ...
资料集会场 - docin.com豆丁网
http://www.docin.com/p-21731495.html - キャッシュ
2009年5月28日 – 資 料 集 会 場 神楽坂エミール 日 時 2003年12月23日(火)午後1時∼ 5時 主 催 宇都宮事件を考える会 〒162-0823 東京都新宿区神楽河岸1− 1 東京ボランティア・市民活動センター メールボックスNo.84 ※郵送される ...
http://nippon.zaidan.info › 社会科学 › 社会 - キャッシュ
主催の「宇都宮事件を考える会(以下「考える会」)」は、東京周辺の里親と関係者・支援者で構成された団体です。 基調報告「宇都宮里親傷害致死事件の経過報告」では、宇都宮事件の裁判を全て傍聴した、考える会事務局長の竹中氏が事件の発端から、裁判 ...
http://anond.hatelabo.jp/20111014085505
まず、さっきも載せたこれ↓リンク切れてるのもある
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元里子の人と里親の集団や個人と、それぞれネットでサイトを運営されてますが、どうして意見がこうも違っているのでしょう?
検索ワード 「試し行動 里親会」 「里親 名称」 で検索してみて下さい。
まず、最近の「試し行動」については、某大手A新聞が記事にしてしまっているというのを知恵袋の質問で読んだから、検索する事になりました。
hatenaやtwitterや、北海道信の社説にまで、それがある事になっていて、驚きました。
巧妙に里子側をかばっているように見せながら、「試し行動がある」のを前提に話を進めている。
「試し行動の存在」は確定事項みたいですが、確定して得をするのは誰でしょう?
虐待された子供は養育里親には委託されない。虐待された子供は専門里親の元に預けられ、専門里親はごく僅かしかしない。
というのは、神戸新聞の虐待事件と関係ない時期の里親の人を好意的に取材した記事にも確認できるので、事実でしょうけど
そうすると、里親の一部の団体や一部の個人の主張は、妙だと言わざるを得ない・・・と思うのですがどうでしょう?
2年ほど前の「里親 名称」問題でもなかなか香ばしい方々もおられるようで。。。
わんにゃんななしさんたちと揉めてます。
http://logsoku.com/thread/yuzuru.2ch.net/dog/1250786840/
神戸新聞該当記事 http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/kurashi/200805kazoku/04.shtml
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0917-1859-33/www.kobe-np.co.jp/rentoku/kur...
検索画面 http://www.webpagescreenshot.info/img/689658-916201170826PM
北海道新聞 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/editorial/314000.html
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0825-1422-34/www.hokkaido-np.co.jp/news/ed...
里親に紹介されてるものの画像保存 http://www.webpagescreenshot.info/img/811417-917201110445PM
新聞でも里子さん虐待の発覚しにくさを指摘した人の意見を取り上げたものも
産経新聞 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110614/crm11061417000034-n1.h...
魚拓 http://megalodon.jp/2011-0821-0024-13/sankei.jp.msn.com/affairs/new...
一日にメール数千通の実力を持つ人もおられるようだから・・・(本当かどうかはわかりませんが、わんにゃん名称の時に数千通のメール送る集団も居ると上の方に貼った某巨大掲示板過去ログにあります)
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抜粋
なぜ、こんなに違うか、このカテゴリーのネットのサイトに詳しい方々はどう考えますか?
それぞれ、サイトを運営して啓蒙活動?に励まれていらっしゃいます。
どうして、意見が180度違ってくるんでしょう?
「試し行動 里親会」 http://goo.gl/klBX3
http://logsoku.com/thread/yuzuru.2ch.net/dog/1250786840/
わんにゃん名無しさんによると、一日に数千通のメールを送る実力があるらしいですが、それってすごくないですか?
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朝日のサイトに試し行動があるとすぐに載せられる。庇いつつあるかないかわからない事を載せるところに何らかの意図を感じる。里子ではない人との比較実験して、統計を取っているのだろうか?
http://astand.asahi.com/magazine/wrnational/2011083000015.html
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里親支援の人は、はてなブログからtwitterまで、幅広く居る。
このあたりにも、主体が子供じゃなくなっている事が現れている。
なぜ、公費で、親子ごっこを支援してやらねばならないのだろう?
里子も迷惑してるのに。虐待ほどではなくても、居づらかった話や、虐待的な過去の扱いやつらさの書き込みもあるのに。
公費で親になるというエゴを満たさせている。
http://anond.hatelabo.jp/20070827203504
他人の明らかな好意を無下にしてるとこを見ると、何様だと腹が立つことはある。自分のことだと腹が立たない。よっぽどのことだと気色悪くて相手を遠ざけたい気分になる。しかしやっぱり憤慨するところまで上がってこない。
自分は頭が悪すぎて感情の整理がつかないのかと思っていた。知人曰く、私の人付き合いはえらくドライでいつでも切れてしまいそうらしい。
つまりあれだ。怒るところまで他人のことを考えてない。真正面から向き合わない。テレビでも見ているかのように現実を見てる。
その証拠か、どこに行っても浮いてる気分。誰と話していても失敗している気分。
私だけホテイアオイよろしくぽっこり浮かんでいるような気がする。
ぶらぶらと気楽にやっていたら、いつの間にかクラスメートに敬遠され先生からも嫌われている(挨拶無視)完全孤立状態ができあがっていた。
連日のHRでの吊るし上げで監視恐怖になった。パニック発作になった。
相手を観察してみると、自分の受け答えを相手が快く思っていないことに気がついた。相手の表情が一瞬固まる。話が転がらない。私が思った通りに振舞うのはどうやら一般的ではないらしい。ありのままでいたらいけなかったのかとやっと気付いた。
その後は自分の考えや感情を表に出さなかったら人付き合いがうまくいったから、自制心と精神力で一生懸命自分を抑え込んでいった。
高校に上がってからはなかなか具合よく事が運んでけど、パニック発作とうつ病で通学できなくなり結局退学。
当時は精神的におかしくなってはいるものの、身の回りのことがうまくいっていて自分には問題がないと思っていた。
あとから母に聞くと、兄が「妹、おかしい」と言っていたらしい。
この頃の距離感と抑制癖がとれなくなっている。そんな気がする。
人に対してそこまでいれこんでない。どうでもいいのかもしれない。
当然、自分のこともどうでもいい。部屋も散らかる一方。手をつけても、何をどうすればいいのかさっぱり分からなくなってしまったりする。
料理も掃除も途中で飽きる。仕事や授業でのメリハリも一切ない。日常や自分の部屋での延長のよう。全く集中できない。
うつ病とは違うと思う。人とは朗らかに話せるし、楽しいことがあれば爆笑する。
他人の感情のポイントがわからない。何に怒って何に笑うのかがいまいちわからない。相手は私と対峙したら手応えがおかしいことに気がつくに違いない。だから友達もできないんだよ…たぶんだけどな。
スウェーデンの福祉今と昔:
「貧しい人達の家」からサービスハウス廃止まで、その歴史を簡単に記載します。
1920年代:
1918年に、貧困介護法が新しく制定されました。そしてまず国がしたことは、高齢者のために特別住宅計画を立てました。「貧しい人たちの家」と呼ばれた、いわゆる現在の高齢者住宅施設の初期のものであり、建築基準や設備の基準もだんだんと改善されました。
1950年代:
高齢者住宅の基準がさらに改善され、家庭介護援助(現在のホームヘルパーの前身)を受けることにより、自分の家庭で生活が出来るようにしました。ただし、病人または重度の身体障害を持つ者は、以前からの医療手当てを病院で受けていました。
1960年代:
高齢者と身体障害者への福祉施設に対する社会的な見方が、病院治療を主体とした考え方から、個人に必要な介護や擁護はなにかを考えるべきだと変わってきました。それは同時に高齢者住宅施設の見方も変えました。そしてサービスハウスと呼ばれ、それは介護職員がいて必要な時に介護が受けられる、しかも自己管理の生活ができるアパートが多くなりました。
1970年代:
ホームヘルパー組織が設立され、身体障害のある者に対する、補助器具センターも改善されました。身体障害のある人も、自分のアパートで生活できるようになりました。
1980年代:
社会福祉援助法が設立され、援助を必要とする者および障害者等に、ノルマリゼーション、自己決定などについて、コミューンの福祉事務に位置付けることになりました。コミューンによるグループホームの管理が進められました。同時にサービスハウス、シュークヘムの建設は少なくなり、その反面、施設ではなく家庭で高齢者が、介護と医療治療を受けることにより生活出来るようにしました。
1990年代:
経済不況が続きました。そして医療部門を除いた介護部門が、国からコミューンに移籍されました。(1992年のエーデル改革)。当初は高齢者のために、特別住宅が新しく建設されたり、従来の施設が改造されました。しかし、これらの住宅は、痴呆高齢者と身体障害者のための施設となりました。
コミューンは高齢者が家庭で生活できるようにと計画ししましたが、現実には例えばアパートにはエレベーターの設備無いとかの問題が多くなり、改善されないまま今日にいたっています。これは同時にサービスハウスに住んでいた時は、ヘルパーの援助により散歩や買い物など外出できたのが、車椅子利用の高齢者や障害者は外出が出来なくなり、一日中部屋の中に閉じ困れるという状況となりました。これは同時に高齢者が、家庭介護を受けて生活出来る可能性を困難にしました。
2000年代:
高齢者特別住宅(サービスハウス、グループホーム等)の廃止が、早いテンポで進められています。これは同時に家庭介護(ホームヘルパー)が増加し、家族の負担も増加しています。一人住まいの高齢者は社会から孤立させられ、高齢者および身体障害者への福祉待遇は、悪化への道を進み始めました。
http://fukushi-sweden.net/welfare/fukusi.joho/2005/faktaservicehus05.html
http://fukushi-sweden.net/welfare/fukusi.joho/kazoku.kaigo.hakai.04.html
スウェーデンは理想的な福祉を提供している国として神格化されていた
でも、それは昔の話
経済不況とともに理想的な福祉が提供できなくなり、民間への委託など、福祉受給者への待遇悪化など切り下げが始まっている
題から見て分かるとおり、http://anond.hatelabo.jp/20110929232831のパクリです(書き終えてみれば、パクったのは題名だけですが)。
栄養学科版です。それほどメジャーな学科ではないと思う。管理栄養士になりたい人が行くところと捉えて頂ければ十分です。
そもそも、栄養士という職(資格)を知っていても、具体的にどんなことをするのか分からない方も多くいらっしゃると思います。
悲しいけれど、「給食のオバちゃんのボス」という言葉がしっくり来る現状です。
仕事は多岐に渡るのだけど、後にさらりと触れるので、ここでは省きます。
筆者は栄養学科に行きはしたが、結局は別の道を選んだ脱落者です。
これから書く内容は、現状には即していないかもしれませんが、恐らくそう外れたことでもないでしょう。
筆者がなぜ栄養士として働かなかったのか、ということについても後程述べます。
栄養士を夢見る女学生の方や、栄養系の学科ってどんなことやるの?と思う方、その他お暇な方向けです。
長い序文となりました。本文も長くなりますが、お付き合い頂ければ幸いです。
他の学部学科ならば、大学生活は割りと時間に余裕があるのではないでしょうか。人生の夏休みとも言われるほどですし。
空きコマがあるのは当たり前、丸々休みの日もある、というのが私のイメージです(他の学科について正直よく分かりませんが)。
栄養学科の場合、たまに空きコマがあっても、休みの日なんてありません。時間割がみっちり詰まっています。月曜日の朝から金曜日の夕方まで何かしらあります。
取りたい資格が少なければ、少しは余裕が生まれますが、逆にひとつでも多く資格を取りたい!となると遊ぶ時間が消えます。
衛生の資格に加え、栄養教諭の資格も取得した友人は、1年生から4年生の間まで、ずっと忙しそうでした。死にそうな顔していました。
また、実験や実習も多くあるので、それらがある日は時間割通りに行かないことも少なくはなく。
管理栄養士になるために必要な科目が必修科目になり、その量が膨大……とまでは行かなくとも(膨大なんて言ったら医師や看護師に失礼だわな)、
かなり多い部類には入るので、他の学科のように単位選択に困るわー、取得に困るわー、なんてことはありません。ここは利点かな……?
1,2年生まではみっちり勉強そして実習、3年生になると時間割の上では余裕が出来ますが、臨地実習に行かなくてはなりません。
給食施設実習(ここでの給食施設とは、保育所、学校、及び老人福祉施設などを指す)、臨床栄養実習(病院)、公衆栄養実習(保健所)の3箇所全て。
準備、臨地実習本番、報告書作成、報告会準備などに追われ、ひとつ終わったと思ったら次の実習が始まるので、3年生は結構忙しい。夏休みは半分くらい潰れました。
4年生になれば、授業ほっとんどねーや解放されたぜイヤッホゥゥ!!だが世の中そんなに甘くない。就職活動と卒業論文(実験)が待っている。
授業もそこそこそれなりにあって、臨地実習もある3年生が恐らく一番忙しい学年です。そんなだからまともな就職活動が出来るのは2月くらいからかな。
ちなみに栄養教諭を目指す人は、そのための実習があるので、さらに遅れます。
(管理)栄養士になりたくない、って人は実習等も適当に乗り切って、時間が出来る12月くらいから始めます。それでも遅いんだろうけどさ。
さて、栄養学科は文系に属するのでしょうか、理系なのでしょうか。
理系の知識がなければまずやっていけませんが(化学と生物、特に化学については高校でしっかり学んでおく必要がある)、
まるっきり理系というわけでもなく、文系のような?こともやります。
管理栄養士は、食事を作ることだけが仕事ではなく、人の相談に乗ったり(カウンセリング)、教育したりなどもします。そのための技術も必要です。
保育所や学校の栄養士の場合、最近は児童生徒等に対し、食の知識について教えることが多くなりました(いわゆる食育、何度か出てきている栄養教諭は食育専門の教諭)。
自治体の栄養士になれば、管轄地域の住民全体の健康について考えなければなりません。収集したデータをどのように統計し、解釈し、どんな計画を立てるか。
また、給食を作ると言ったって、タダで出来るわけじゃないから、経営についての知識も必要となる。あとは福祉についても少しだけやったかなあ。
前述のとおり、実験や実習も多くあります。実験は理系の学科であれば大抵やっていると思うので省きます。
食品や栄養について学ぶ学科なので、調理実習はたくさんあります。1年次はただ指定されたものを作るだけ(それはそれで楽しいしラク)ですが、
2年次から自分で献立を考えて作らなくてはならなかったり(たとえば、腎臓病の方向けの食事の場合、低蛋白高カロリーの献立を実際に考えて作らなくてはならない)、
実際の給食施設のように大量調理し、客(に見立てた学生)に配膳、アンケートを取る実習があったり、一筋縄では行かないものばかりです。
調理ではない実習もあります。たとえば低学年の児童を対象にした栄養教育を計画書から作って(児童に見立てた学生に)実演してみたりとか、カウンセリングの実習であるとか。
リーフレット作ったり、商品開発の実習をしたり、パソコンの実習もありました。
前の項と合わせて、必修の課目が多いし、分野も広い。期末はレポートの山に囲まれ、レポート作成と並行してテスト対策もしなければならないので、大混乱です。
レポートの期日が重なるなんて当たり前。テストは持ち込み不可のことが多い。劣等生は追試の山……。
ちなみに、実習の際はグループ行動が多く、グループ分けも大概教授が指示するので、ひとりぼっちになることはありません。
そういう機会に知り合いや友人が出来るので、他県から一人だけで入学したという場合も、孤立することはまずないかと。
栄養士になった人がキツくなるのか、それともキツい人が栄養士になるのかは分かりませんが、授業中にキツいことを言われることもしばしば。厳しい方が多い。
「あなたたちは即戦力となるために~」なんてのは耳にタコが出来るほど言われます。
実際、管理栄養士として就職したならば、初めての社会人経験であっても管理職として扱われます。
その時にまったく戦力にならないのでは困る、ということ。
調理員のオバちゃんをこらしめる方法を教わったときはどうしようかと思いました。
献立でダメ出しくらうの当たり前、授業中の雑談が思いの外キツいことだったりすることも当たり前(患者さんが亡くなってしまった話とか、派閥の話とか)。
むしろ、こういうことを耳にして、覚悟完了できるかできないかが、栄養士として働くか働かないかの分かれ目である。
筆者は覚悟完了出来ませんでした。これから下記に書く実情もあり。
ここまで栄養学科の話を書いてきましたが、どのように感じたでしょうか。
大学生にしてはずいぶん忙しそうだな、とか、こんなヌルい内容でキツいだなんて笑わせてくれるなど、様々な意見があるかと思います。
私も当時の思い出を振り返りながら書いているので、昔の自分であればキツいと感じたことも、今であれば当たり前と感じるのかもしれません。
それはそれで置いておいて、管理栄養士が実際に管理栄養士として働くと、
他の医療系資格よろしく(管理栄養士をコメディカルと見ない人もいるが)、常に求人はあり、その意味では困らず、食っていくに困りません。
だけど、食っていくことしか出来ません。自分の時間が取れない。食べて寝て仕事して寝て食べての繰り返し、というのが管理栄養士として就職した友人の生活。
ただ、管理栄養士はやりがいがあります。そして責任があります。誰かがやらなければならない、いのちの基本、食事に関わる職業です。
そのことにやりがいを感じ、そのために生きていける人ならば、きっとやっていけるでしょう。
それか、何でも要領よくこなせる人とか、切り替えが早い人とか。
私はそのいずれにも該当しなかったし、あとは早い段階で(ただ入学した後の話でしたが)2ch等を見て、栄養士は基本的にブラックな職業だと判断し、事務職に就きました。
何が言いたかったかというと、栄養士を夢見るお嬢さん(高校生以下)、理想と現実はかなり違うから、考え直すならば今のうちだぜ、ということです。
それから、栄養士の労働環境を知ってほしかった。他の方も様々な場所で腐るほど語っています。
テレビに出る栄養士なんて雲上の人、1000人に1人いるかいないかの超好待遇の人なので、管理栄養士が全員そうだとは間違っても思わないでくださいませ。
それではここまで読んでくださってありがとうございました。
・自己都合退職の場合、退職金は殆どでないし、失業手当も数ヶ月後から、とかになる。そんなものあてにしてると、非常に痛い目を見る(体験談)。働きながら転職活動して、転職先が見つかって入社日が確定してから会社をやめ、1週間後には新しい会社に移る、ぐらいの計画性がないと駄目だ。寮生活だと働きながら転職活動は厳しそうだけど、もともとボッチなら、この際その方が内緒に事を進めやすいだろ。
・貯金は100万有ればギリギリかな。ただし本当に最低レベルの狭くて古い賃貸しか借りれないと思ったほうがいい。
・最悪の場合に、親に資金面で助けてもらえるかどうか相談はしといた方がいい。下手に東京に出て失敗して孤立すると、マジでホームレスに成りかねない。
・東京では人付き合いにとにかく金がかかる。高い家賃を払いながら、人並みに人付き合いをするのは正直かなり難しい。
・人付き合いが出来ず、お金も無いなら、結局は会社と狭いアパートを往復するだけの生活で、普段の生活は実は田舎と大して変わらない。通勤電車がいくら満員でも、それで友だちが増えるわけでもなければ彼女が出来るわけでもない。今居る環境で友だちが作れないなら、東京に来ても同じかもしれない。
・今寮生活なら、家賃負担は軽いほうなのかな? それで貯金して、たまに東京のOFF会やなんかに遊びに行く、ぐらいのほうが楽しいかもしれないぞ。家賃負担と交通費負担のバランスをよく考えてみ。
私はアスペルガー症候群だ。
①さびしさを紛らわす。
③他の発達障害者はどうやって障害とともに生活しているか知りたい。
この3点ぐらいだと思う。
ではその当事者会に実際に参加してみて、感じたことを書いてみる。
①さびしさを紛らわす。
発達障害者といってもさまざまな人たちが存在する。活動的な人もいれば内気な人もいる。
趣味だってまるで違う。こういったところは発達障害者以外でも同じだと思う。
問題は話がまるでかみ合わないということだ。
他人の話を聴こうとせず、自分の趣味の話ばかりしてしまう人が多い。
たぶん、この文章を読んでいる人は自閉傾向を持っていたとしても比較的軽い場合が多いだろう。
私は同じ発達障害者であっても、ここまで違うのか、話が通じないのかと孤立感を味わった。
よって、さびしさを紛らわせることはできなかった。
この点については確認できる。
参加している発達障害者の1割ぐらいはある程度会話することが可能だ。
ただ、だれもかれも自分のコミュニケーション能力の低さによって
社会から孤立しているという話ばかりでワンパターンで嫌になってくる。
③他の発達障害者はどうやって障害とともに生活しているか知りたい。
これについては話さない障害者が多い。
話したとしても、飲み会で上司が部下に話すような説教の内容くらいのもので、
「発達障害者なので特に○○について気をつけよう」といったような具体的なものではなかった。
あとはそもそも社会と折り合いをつける気のない発達障害者が多いことに驚いた。
発達障害者のいいところを伸ばせばいいと考えている当事者や支援者が多く、
なので、障害とともにどのように生活をしているかについては知ることができなかった。
あと、問題点として感じたのが、
多くの発達障害者の当事者会で未診断の人も参加を受け入れているという点だ。
参加人数が集まらないのはわかるが、未診断の人を参加させる前に
また、発達障害者の当事者会に参加しても、一度きりで何度も参加する人が多くないのは、
・他人の話を聴かず一方的に話してしまう人がいる。
・単なる傷の舐め合いになってしまう。
十津川村の場所知ってる?
十津川村のどこで水が溢れて、どこが土砂崩れになってるのか一言も言わない。
地図出せば5秒で終わる事なのに伝えない。
人口何人いて、何人が孤立してるのか、ヘリで行けるのかどうか、
温泉や谷瀬の吊り橋はどうなったのか、
そんな事も伝えずにバカみたいにインタビューをだらだら流すだけ。
「食べる物ありません」って言ってる爺さんの後ろには、小屋に玉ねぎが山ほどぶら下がってる。
今の時期なら他の野菜も米も十分あるだろ。
十津川村の水害の被害者が北海道に移住して、新十津川町を作ったって言えよ。
しかも当時の水害の原因の台風も今回と同じで高知に上陸、北上して日本海に抜けて行った。
過去にあった災害を伏せたら駄目だと東北の津波で学んでないのか?
NHKはバカだ。
あなたはすでに奈良県の十津川村が雨で大変だということを知っているのに、どうしてこの上更にNHKからの情報を求めているの?
わざわざ9時のニュースで取り上げて、
新しい情報もない、
これまでの情報のまとめもない、
過去の出来事の話も無い、
あるのはインタビューだけだと思わないだろ。
みんな結構印象で読んでるな、例の記事。
親子関係に端を発すること書いてんだからそこんとこフォーカスした内容になるのは必然。
むしろ「親のせいにしている」「こじつけている」という読み方が多いのが気になる。
優先順位のつけかたに不満があるという批判ならともかく、外を大事にすることを無条件に否定的に捉えているあたり、下手くそだなぁと思う。
無条件に否定なんかしてない。というか、母親のやり方では大事にされてるのは外ではなくて対外的な母親自身像だ。っていう話でしょ。
具体例が出ててそれに対する批判という形で書かれてるから、感覚的に具体例側に近い人が反論したくてたまらんみたいだけど。
ブログの人、自分の対人関係の問題を分析して原因を突き止めて、親子関係を何とかしようとしてるじゃん。適切な対処じゃん。
逃げで親がどうこう言ってるわけじゃあないよ。
というか、「親がどうこうとか言ってればそれは全部逃げ」みたいな認識してる増田の方がヤバイ予感。
相手が真顔なのに「殴る」とまで言うか普通。「肯定するかしないかはおいといて」一旦相手の言い分を受け取る技術が足りないんじゃないの?w
失敬失敬w
言わねーよりマシw
正直自分がこの人の親だったらこの子は社会で生きて行けるんだろうかと心配でしょうがない。
絵に描いたような「大きなお世話」。
そこまで言うならこういう人間が周囲に居て案の定失敗した時に助けてやるんですよね?