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2024-06-15

セクシー田中さん脚本家クレジットしなくていい」→「しろ

A氏は本件原作者執筆した脚本を本件脚本家に見せ、制作サイドで作成した脚本は認められないこと、これを飲まないと放送できないことを伝えたところ、本件脚本はいきなりの話であって驚愕したものの、A 氏から、「これを受け入れないと本編放送及び二次利用についてもすべて差し止めると小学館から言われているので受け入れて欲しい」と懇願され、やむなく 9,10話の脚本から降りる旨伝えた。

その際、本件脚本家は、あまりに突然のことにショックを受け、9,10 話に関しては最終的には執筆しないためクレジット表記をしなくていいという話だった。

しかし、A 氏はここまで本件ドラマを一緒に作ってきた本件脚本家をクレジットに入れる方法を続けて模索することとした。

上記にかかわらず、同月8日、本件脚本から A氏に、やはり 9,10話に本件脚本家のクレジット表記をしてほしい旨伝えられた。

本件脚本家によると突然本件原作者脚本を書くという話を告げられ降板ということになったため、そのときはショックでクレジット表示をしなくてもよいと言ったが、冷静になって、脚本を書くことを生業とするすべての人たちの権利を守るためにもクレジットは守らなければならないと思い直したということである

しかしなぜここに来てKADOKAWAはよくわからない報告するのか?

情報漏洩に関しては調査中です。なお、個人情報クレジットカード情報などの漏洩は現時点では確認されておりませんが、引き続き調査を進めてまいります

また、個人情報保護委員会に本件を報告済みです。

 

 

個人情報保護委員会に報告が義務なケース

次のような漏えい等の事案が発生した場合、又は発生したおそれがある場合は、個人権利利益侵害するおそれが大きいため、個人情報取扱事業者は、速やかに個人情報保護委員会に報告し、本人へ通知しなければいけません。

 

(1)要配慮個人情報漏えい

 

例1:従業者健康診断等の結果を含む個人データ漏えいした場合

例2:患者診療情報調剤情報を含む個人データを記録したUSBメモリーを紛失した場合

 

(2)財産被害のおそれがある漏えい

 

例1:ECサイトからクレジットカード番号を含む個人データ漏えいした場合

例2:送金や決済機能のあるウェブサービスログインIDパスワードを含む個人データ漏えいした場合

 

(3)不正目的によるおそれがある漏えい

 

例1:不正アクセスにより個人データ漏えいした場合

例2:ランサムウェアなどにより個人データ暗号化され復元できなくなった場合

例3:個人データ記載又は記録された書類媒体などが盗難された場合

例4:従業者顧客個人データ不正に持ち出して第三者提供した場合

 

(4)1,000人を超える個人データ漏えい

 

例:メールマガジン配信を行う際、個人データであるメールアドレス本来BCC欄に入力して送信すべきところ、誤ってCC欄に入力して1,000人を超える方々へ一斉送信した場合

 

なお、(1)、(2)、(3)は1件でも漏えい等の事態が発生したら報告と通知の対象となります

anond:20240625142114

2024-06-14

「一緒にいて恥ずかしいからやめてくれ」って難しい感情だなって思う。

基本的におれはそういうパターナリズムというか、最小単位コミュニタリアニズム的発想というか、とにかく自己領域他人にまで拡大するようなマネは徹底して嫌悪してる。

自分ではやらないし、されれば不快だ。

おれがおれの領域内で何をしようが勝手だし、それが気に入らないならどうぞ離れていってくれと思う。逆も然りだ。

そもそもそういうタイプ人間とは付き合わないようにしてるけど、とはいえ自分でもたまに素朴な感覚としてそういう感情を抱くことだってある。

実家に行けば、母は公共空間でもデカい声でベラベラ喋る。勘弁して欲しい。

とはいえこのパターンなら話は簡単だ。「連れ」として

恥ずかしいからやめろ、ではなくその場を共有する一個人としてうるせえと言えばいい。

レストランなりに行けば、説明が書いてあるだろうがって感じの事でもすぐ店員に聞きたがる。もっと言えば常識的に分かるだろって感じだけど、そこはまあおれの常識を強いるのも気が引ける。

店員バイトが要領を得ずまごつく事もあって、その得も言われぬ空気の中でなんだか自分まで気恥ずかしさを覚えてくる。

そんなんわざわざ聞かねえでも分かるだろっておれが説明しつつ制する事もできるけど、後でグチグチ言われるのは明白だしおれがそれを引き受ける道理もない。ので静観。

まあ説明要求するのは別に妥当権利だとは思うし、それを受け入れるか突っぱねるかは店側の都合であって、外野のおれがとやかく言うことではない。

そんな事を思いつつ、おれにも「迷惑教」だったり自分の見栄に他人を巻き込もうとする感覚がしっかりインストールされてんだなあ、って嫌な気分になる。

ブクマカって自ら表現の自由手放すんか?

私はあなた意見には反対だが、それを主張する権利は命がけで守るって

いつも言ってたじゃん

何でたかだか見ようによって植民地支配肯定してるように見えなくない程度の映像キャンセルちゃうのよ

そりゃあアーティスト好感度含めた客商売なんだから、叩かれたら引っ込めるしかないよ

それを命がけで守るのがお前らの立場なんじゃないの?

表現の自由であれだけ大騒ぎしてたのに、何で学んだことを忘れちゃうんよ

ニコニコ動画RE:仮)の懐かし動画が思ったよりも著作権侵害過ぎた

権利者の許可なんて一切取ってないであろう違法動画の嵐。

複数アニメ勝手に融合させた音MAD

既存楽曲ピッチ勝手に変えたFULL音源

サントラそのままアップロード

名シーンそのままアップロード

ゲーム動画そのままアップロード

放送内容そのままアップロード

創造性なんて一切なく、誰かがテレビの内容をTube勝手にアップしてそれを更に勝手ロンダリングしたような動画ばかりだ。

地獄か?

こんなサイトが何の権利で、プレミア会員やらなんやらでマネタイズしているんだ?

ランサムウェアに金なんて払わなくて良いけど、日本中権利者に対して儲けを配分して土下座してから溶鉱炉に沈むのが筋じゃないのか?

このサイトが存続することが「正義」だとか「善」だとは俺にはとても思えない。

つうかハッキリ言って「悪」のものだろ。

その中でしかまれなかった面白コンテンツもあるんだろうけど、それにしたってこの穢れた土壌が「害悪」でしかないのは変わらないと思うぜ

https://anond.hatelabo.jp/20240614204953勝手タグ付けソースだよ

1996年 (第1巻) 5月 特集:脳の科学こころ問題医療人間
1996年 (第1巻)11月 特集高齢者介護医療人間
1996年 (第1巻) 4月 (創刊号) 特集戦略研究と高度研究体制学術教育
1996年 (第1巻) 6月 特集:第3回アジア学術会議学術教育
1996年 (第1巻) 8月 特集日本国際賞受賞記念講演会から学術教育
1996年 (第1巻) 9月 特集:若手研究学術教育
1996年 (第1巻)12月 特集:第124回日本学術会議総会学術教育
1996年 (第1巻) 7月 特集地球環境問題を考える環境
1996年 (第1巻) 特集:転換期にある工業産業工学
1996年 (第1巻)10月 特集女性科学研究ジェンダー
1997年 (第2巻) 2月 特集パラダイムの転換学術教育
1997年 (第2巻) 3月 特集大学改革任期制学術教育
1997年 (第2巻) 6月 特集伝統と新しい地平 ―第4回アジア学術会議学術教育
1997年 (第2巻) 7月 特集:第125回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻) 8月 特集:第16期から17期へ学術教育
1997年 (第2巻) 9月 特集:第17期の発足 ―第126回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻)10月 特集:高度研究体制確立を目指して学術教育
1997年 (第2巻)11月 特集地域における学術活性化を目指して学術教育
1997年 (第2巻)12月 特集:第127回日本学術会議総会学術教育
1997年 (第2巻) 特集:2国間学術交流レイシア派遣団報告学術教育
1997年 (第2巻) 4月 特集地球食料問題を考える環境
1997年 (第2巻) 1月 特集平和共生歴史政治・国際
1997年 (第2巻) 5月 特集グローバリゼーション産業空洞化歴史政治・国際
1998年 (第3巻) 3月 特集クローン羊"ドリー":遺伝子科学のはかり知れないインパクト    化学生物
1998年 (第3巻) 特集クローン羊"ドリー":バイオテクノロジー最先端で今、何が、どうなっているか    化学生物
1998年 (第3巻) 2月 特集二国間学術交流 スイス及びスウェーデン派遣団報告学術教育
1998年 (第3巻) 6月 特集21世紀科学への視点 ―第128回日本学術会議総会学術教育
1998年 (第3巻) 7月 特集アジアにおける学術の直面する課題 ―第5回アジア学術会議学術教育
1998年 (第3巻)12月 特集:新たなる研究理念を求めて ―第129回日本学術会議総会学術教育
1998年 (第3巻) 1月 特集地球未来 ~人間の存続環境
1998年 (第3巻) 5月 特集地球惑星宇宙科学の現状環境
1998年 (第3巻)11月 特集食品研究の新領域をさぐる ―食とからだの科学を中心に環境
1998年 (第3巻) 4月 特集ジェンダー   ―社会的文化的性別」と現代ジェンダー
1998年 (第3巻) 8月 特集日本経済課題展望日本ビックバンに向けて社会
1998年 (第3巻) 9月 特集行政改革課題展望社会
1998年 (第3巻)10月 特集ライフスタイルの転換と新しい倫理 ―21世紀社会に向けて社会
1999年 (第4巻) 4月 特集生殖医療とその社会的受容医療人間
1999年 (第4巻) 1月 特集21世紀に向けた学術の新たな改革学術教育
1999年 (第4巻) 3月 特集国民の期待に応えて ―科学最前線から学術教育
1999年 (第4巻) 6月 特集:IGBPの研究成果の統合に向けて ―第130回日本学術会議総会学術教育
1999年 (第4巻)10月 特集日本学術会議創立50周年学術教育
1999年 (第4巻)12月 特集:わが国の大学等における研究環境改善について(勧告) -第131回日本学術会議総会学術教育
1999年 (第4巻) 2月 特集ごみを考える環境
1999年 (第4巻) 8月 特集海洋環境
1999年 (第4巻)11月 特集科学技術社会社会
1999年 (第4巻) 特集少子化問題社会
1999年 (第4巻) 5月 特集学会インターネット情報
1999年 (第4巻) 9月 特集学術からみた「美しさ」について人文
1999年 (第4巻) 7月 特集人口環境 ―持続的発展に不可欠なアジア役割 ― 第6回アジア学術会議歴史政治・国際
1999年 (第4巻) 特集科学技術の発展と新たな平和問題歴史政治・国際
2000年 (第5巻) 1月 特集学術研究の国際ネットワーク学術教育
2000年 (第5巻) 3月 特集:第7回アジア学術会議学術教育
2000年 (第5巻) 4月 特集世界科学会議21世紀のための科学学術教育
2000年 (第5巻) 7月 特集:第17期を締めくくる成果 ―第132回日本学術会議総会学術教育
2000年 (第5巻) 8月 特集:第17から第18期へ学術教育
2000年 (第5巻) 9月 特集:第18期始まる学術教育
2000年 (第5巻)10月 特集俯瞰研究プロジェクトへのアプローチ学術教育
2000年 (第5巻)11月 特集研究業績評価 ―実態問題学術教育
2000年 (第5巻)12月 特集:第18期活動計画の全容学術教育
2000年 (第5巻) 特集各部抱負学術教育
2000年 (第5巻) 特集:第8回アジア学術会議学術教育
2000年 (第5巻) 特集世界科学アカデミー会議学術教育
2000年 (第5巻) 2月 特集安全災害
2000年 (第5巻) 6月 特集男女共同参画社会における日本学術ジェンダー
2000年 (第5巻) 5月 特集司法改革課題展望社会
2001年 (第6巻) 2月 特集21世紀とヒトゲノム医療人間
2001年 (第6巻) 4月 特集21世紀と新エネルギーエネルギー
2001年 (第6巻) 1月 特集21世紀科学役割を問う学術教育
2001年 (第6巻) 3月 特集21世紀科学アカデミーデザインする学術教育
2001年 (第6巻) 5月 特集学術活動のための次世代育成学術教育
2001年 (第6巻) 6月 特集:「科学技術」の概念を人文・社会科学へと拡張学術教育
2001年 (第6巻) 7月 特集大衆化された大学での教育はいかにあるべきか学術教育
2001年 (第6巻)11月 特集日本学術会議改革に向けて学術教育
2001年 (第6巻) 特集:常置委員会の目指すもの学術教育
2001年 (第6巻) 特集日本社会の変容と教育の将来学術教育
2001年 (第6巻) 特集:第1回アジア学術会議学術教育
2001年 (第6巻) 特集特別委員会活動経過学術教育
2001年 (第6巻) 8月 特集遺伝子組換え食品をめぐる最近の動向環境
2001年 (第6巻)10月 特集:食から見た21世紀課題環境
2001年 (第6巻) 9月 特集10代は変わったか!こども
2001年 (第6巻)12月 特集データベースの新たな保護権利制度導入反対への初の声明情報
2001年 (第6巻) 特集21世紀IT社会情報
2002年 (第7巻) 5月 特集医療最先端医療人間
2002年 (第7巻) 8月 特集ナノテクノロジー化学生物
2002年 (第7巻) 9月 特集動物実験化学生物
2002年 (第7巻) 1月 特集新世紀の日本学術会議学術教育
2002年 (第7巻) 3月 特集科学技術新世学術教育
2002年 (第7巻) 6月 特集:新しい日本学術会議に向けて!学術教育
2002年 (第7巻) 7月 特集ノーベル賞100周年記念国際フォーラム創造性とは何か」学術教育
2002年 (第7巻)11月 特集:変革をめざす国立大学 ―学長たちは考える学術教育
2002年 (第7巻)12月 特集日本学術会議の今後の方向に向けて!学術教育
2002年 (第7巻) 特集:「大学の自立」と「学術経営」のあり方を探る学術教育
2002年 (第7巻) 特集:第2回アジア学術会議(SCA)学術教育
2002年 (第7巻) 特集学術科学研究の成果と社会学術教育
2002年 (第7巻) 4月 特集学術の再点検  ―ジェンダー視点から(1)ジェンダー
2002年 (第7巻) 2月 特集創造性と日本社会社会
2002年 (第7巻)10月 特集:「身体障害者との共生社会」の構築に向けて社会
2002年 (第7巻) 特集日本計画社会
2002年 (第7巻) 特集グローバル化時代対応する高等教育課題歴史政治・国際
2003年 (第8巻) 2月 特集研究教育現場から見た国立大学改革学術教育
2003年 (第8巻) 3月 特集科学社会 ―いま科学者とジャーナリストが問われている―学術教育
2003年 (第8巻) 7月 特集私立大学さらなる発展学術教育
2003年 (第8巻) 8月 特集:第18期から第19期へ学術教育
2003年 (第8巻) 9月 特集:第19期始まる学術教育
2003年 (第8巻)10月 特集:新しい学術の体系学術教育
2003年 (第8巻)12月 特集:第19期活動計画学術教育
2003年 (第8巻) 特集活動計画各部抱負学術教育
2003年 (第8巻) 特集:第3回アジア学術会議(SCA)学術教育

音MAD合作のRVC禁止に対するお気持ち表明

某作者の方が募集している合作レギュレーションの中に以下のような文言がある。

「今回、RVC(AIボイスチェンジャー)を用いた歌唱表現禁止とさせてください 歌唱表現を用いる際は”人力”ボーカロイドでお願いします(私情を持ち込むようで申し訳ないですが単純に私が音MADにRVCを使うのを是としない派の人間からです 普段使いしてる人ごめんね;;)

RVC使用疑惑がある提出物についてはプロジェクトファイルスクリーンショットなどを提示していただく場合があります(逆に言えば私が気づかなければ通っちゃうのでバレないように使えばワンチャンあるかも)」

これについて私のお気持ちを表明する。

まず、れっきとした1つの制作手法禁止するのはどうかと思う。しかも「音MADにRVCを使うのを是としない」という理由だけで。「私情を持ち込む”ようで”申し訳ないですが」ではない。私情を持ち込んでいるのである。考えの合わない技術であるのは理解できるし、主催から自由レギュレーションを設定できるのは当然の権利であるが、表現方法規制するというのはいかがなものかと。

さらに引っ掛かったのは、「バレないように使えばワンチャンあるかも」という点である。この文言レギュレーションを合わせると、「下手な歌唱表現は弾いておきたい」という意思すらあるのではと邪推してしまう。結局、クオリティ担保したいがためにRVCを禁止したのではないかと。

レギュレーションに組み込むまでRVCを嫌っているようだが、なぜそこまで人力にこだわるのだろうか。これも私のクソみたいな邪推だが、「これまで自分が頑張って習得した技術が、技術革新に追いつかれて誰でも手軽にかなりのクオリティを出せるようになるのが怖いから」ではないだろうか。私自身も4年間趣味でやっていたことについて、AIが同じレベルまで迫られたということが最近合って危機感を抱いている。時間をかけて自分の中で育ててきた誇りのようなものが、ポッと出の人に簡単再現されてしまうのは結構苦痛ものである。いやでもしょうがなくないか技術ってそういうもんだし。むしろ最新技術を気に入らないって理由だけで突っぱねる方がクリエイターとしてよくない気がする。

もう1つの人力にこだわる理由の予想として「人力の方がRVCよりも高いクオリティで作ることができるから」というのもある。人力をあんまりやったことがないのでよくわからないが、多分時間をかけて各種パラメータを調整するので、クオリティはRVCのそれより高いはずである。となると、まあ人力にこだわるのも納得できる。制限するのは納得できないが。

まあ、どんな事情があろうと、別に倫理的違反しているわけでもない(そんなことないけど…)ツール禁止するということについては甚だ疑問である。もし倫理的にだめだよーというのなら同じ理由音MADはもう作っちゃだめだねてなるし。もしそうでないなら私情だけでいち技術制限するというのはあまりにも暴挙であると言わざるを得ない。「普段使いしてる人ごめんね;;」の一言で済ませていいものなのか、と強く思う。

anond:20240614080204

権利を訴えた人間の一部が非常識だっただけでしょ。理想には価値があったよ。理想準拠するのは正しい。非常識まで受け入れたのは間違い。

anond:20240613173119

別に日本人祖先アメリカ先住民虐殺した訳でも何でもないのに、何故か白人と一緒になって反省会やってるのが本当に馬鹿馬鹿しい

こっちは同じく差別される側で、白人みたいな特権は何もないのに…

権利はないのに責任だけ負わされてるっておかしくない?

これがもし他のアジアの国で作ったMVだったら、無知なのは仕方ないねって思われて擁護されてたように思うんだよな

日本人だけ異様に厳しい目で見られてる

欧米人ってコロンブス批判する権利ないよね?

グローバル企業欧米人は「いかなる差別容認しない」と口にするけど

現在パレスチナ人大量虐殺してるイスラエルという国を擁護し、肯定し、支持し、支援している国はどこの誰だったけ?

コカ・コーライスラエル公然支援し続けているよね

イスラエル(ユダヤ人)はコロンブスとなんら変わらない同じことをパレスチナに対して行ってるわけだけど

そんな国を支援しながらコロンブスを叩くのは流石に無理があるよ。

差別容認しないなんて思ってもいないこと言わないでいい加減本音を堂々と宣言したら?

「我々白人有色人種を人だと思っていません。これから差別迫害に邁進してまいります」ってさ

まあ、欧米人に代わって必死コロンブス批判してる日本人もすんごい滑稽なんだけどw

そろそろ日本国民全員に総合商社見解偽証なしで問いただせるVAR的チャレンジ権利を与える法律を作れ

2024-06-13

歴史修正主義者が多すぎないかコロンブス先住民奴隷として搾取する行為文化的啓蒙であるかのように誇っていたのは事実だろ?

コカ・コーラがそれを通してどんな主張をしたかったのかは分からないけどさ、歴史を変えることは一切不可能だってことは気づいてる?

白人共がズカズカとアメリカ大陸侵略し、病気を持ち込んでインカ帝国を滅ぼしたり、大量の黒人奴隷にしたり、インディアン土地を奪ったり、自分たち文化侵略聖戦の如く美化したり、黒人奴隷を持つ権利を主張したり、そういった歴史は1ミリも変わらないだろ?

もう一度言うけど、起こってしまった歴史は変えられないんだから、それを描写することに何の問題もないと思うけど?

同時に、「これは歴史の正確な再現です」と語っているわけでもないなら、侵略されたインディアンも最高に幸せそうだったぜヒャッホー!!!みたいな描写をしたってそれは別に否定されるようなことじゃないんじゃなの?

そもそもインディアン類人猿の如く描いている時点でこれはアメリカの話ではないのでは?

たとえばセンチネル島のような何処かにまだ類人猿が住んでいる島があったとして、そこに人類史偉人が降り立ちコカ・コーラを広めたのだ!みたいな空想物語なのでは?

そういった空想でさえ駄目ならあらゆる文化を広める行為侵略であり悪となるのでは?

何度でも言うが、起こった事実は変えられないし、あの映像が「これが歴史真実である」と語ってなんていない。

既に起きてしまった歴史材料として、コカ・コーラの素晴らしい文化人類社会侵略してやろうというコーラみたいに真っ黒い情熱を描き出したPVであって、それを利用して何らかの政治的主張をしようって意図は一切ないでしょ?

コーラを飲んだことがまだないだって!?それは君、類人猿と変わらないよ?何世紀も止まっていた時間の針を盛大に動かそうじゃないかMr.ミラクルワールド ブッシュマン!!!

程度の意味しかないだろマジでこのPVなんて。

コレに対して本気で切れるって言うならそれは白砂糖排斥原理主義かなんだよもう

anond:20240613192142

結婚権利あなた他人から結婚する権利を奪おうとしてるんだよ。その自覚あるのかな。

なぜ人を殺してはいけないのか?←自分が損をするから

他にあんの?殺したら刑務所入るから死刑になるから自分が損するから

これ以外ないやろ

建前では

死んだ人にも家族がいてー

誰も人を殺す権利はなくてー

とか言うけどな

ぶっちゃけ他人とかどうでもいいだろ

自分が損をするから以外ないだろ

今のディズニーは気軽に入れなくなったという風潮について

夢の国から修羅の国に」ディズニーランドが“ガチ勢御用達ラーメン二郎テーマパークへと変貌か…

価格高騰・システム複雑化にファンからは悲しみの声も

https://news.yahoo.co.jp/articles/75d127af6d25c296037476626dfd2ec2d8f11087

こんな記事もあるしXでも文句言ってるのいるけどさ

じゃあ昔みたいに一律に新アトラクションには300分ならんで、アプリじゃなくてファストパス取るために走って並びに行けとかそんなのがいいのかっていうね

アプリがよくわからない→今の40代くらいだったらスマホ使ってんだしすぐに慣れるだろ

エリアに入れない→じゃあトイマニができたころみたいに500分待ちとかになればいいのか

有料パスについては並ぶ権利がないわけじゃないんだから金無いならおとなしくスタンバイに並んでりゃ今まで通りだろ

だいたいバケーションパッケージだってからあるんだし今さらだろうに

コロナ禍以降でアプリですべて完結するようになってむしろ昔より楽になってるんだよね

弱男は知能が小学生のままだからリベラル=お行儀のいい聖人君子でなきゃいけないみたいなイメージ持ってるんだよなあ

こっちはただ合理的社会のほうが効率よく発展してみんな得するよねって言ってるだけなのに、なんでそれに抵抗してる弱男みたいな底辺クソムシ権利まで面倒見なきゃいけないの😂

2024-06-12

映画「違国日記」は漫画とは別物 anond:20240610112303

削ぎ落されたのは〇〇や△△をめぐる本筋外のエピソードだけじゃなくて映画出演する権利を与えられたメインキャラクター性格描写となる部分も、であって

おかげで一部のマッチョ志向増田琴線に触れた「男性キャラクターは男らしさを降りないと存在を認められない」という特徴は、映画だけを観ている限りではほぼ消臭されている。瀬戸康史演ずるキャラクター普通の優しくかっこいいおじさんだ。

それは新垣結衣演ずる槙生も同じで、最初からやたら「良い人」だ。原作だと変人でとっつきにくいキャラクターが15歳の少女を引き取るという思いきった行動に出てくるというギャップ存在する。

だが、嫌々ながら売り言葉に買い言葉でやむを得ず引き取ってしまった後悔を内に秘めた「キツい」性格ワーキング成年女性である描写映画では存在しない。(執筆中は邪魔をするなと釘をさすくらいのやりとりが最初くらいはあってしかるべきだろうが、意外なくらい主人公二人の間には壁(映像表現では、部屋と部屋の間の扉にあたる)がない)

いきなり両親を亡くした中学生を引き取るのだからどう考えても善人に間違いないのだが、少女に、私を引き取ったのは自己満足のため?(大意)と問われて違うよ、愛しているよ(大意)と答えるのだからこてこての善人である

新垣結衣(槙生)は自宅を汚部屋にしていた。これを「良いのよこれで、私には」と開き直って見せれば傲岸不遜なキャラクター付けになるのだが、なんか申し訳そうな反応(てへぺろ系)を示すので、むしろメシマズキャラクター同様の「欠点のある女性カワイイ描写になっている。

 

そういったわけで観賞していて「ピンチの予感/ストレス→緩和」のふり幅が小さく軽い、低ストレスで見ることのできる映画となっている。去勢された男性や自信満々の女性を観たくない自分と向き合いたくない、という男性にも安心だ。

 

日本映画にはそれほど詳しくないが、例えば吉田恵輔作品を見る時のような圧・いたたまれなさを感じることはないだろう

批判する自由批判する権利みたいな主張にずっとキレてる

自由に好き放題文句をぶつけていい場面なんか現実存在しないだろ

オール東京オール沖縄

こう言う言葉で、暗に「自分達に従うもの以外はその地域住民権利がない」って言って圧迫をかけることができるので、反自民的な政党積極的オール〇〇を使っていくべきだと思う。自民党投票するような奴は村八分にされかねないような空気を作っていけ。

anond:20240612163133

じゃああなた安全平穏生活をしているので社会問題とか訴える権利を持たないことになります

anond:20240612155631

ウクライナロシアいくら男性戦死しても、日本の弱男が若い女SEXする権利とはなんの関係も無いぞ

もし

「いや自分若い女とのSEX権利などは全く主張していない、そんなものは求めていない」

というなら、そう宣言してね

趣味って大事

俺は学生時代からずっと楽器をやってて、社会人になっても惰性で続けていた。

楽器は、単音楽器だ。だからひとりでやっても音楽として完結しにくいしあんまり面白くない。だから、いつも何かしらのバンド所属していた。

バンドといっても、ロックバンドのような4ピースバンドとかそんな感じの規模感のものではない。

ビッグバンドとかスカバンドとか吹奏楽とかオーケストラとかそう言うイメージ

 

俺は社会人になってから、いつも平メンバーとしてどこかしらのバンド所属し、たまに雑務をやることもあったが、大体はただプレイヤーとして参加していた。

地方のこの界隈では俺は割とプレイングスキルがある方で、プレイヤーとして重宝されがちだった。

その一方で俺はめちゃくちゃコミュ障で、活動後の飲み会とかはあんまり参加しないor参加してもすみっこで延々と生ビールを舐めてるだけだった。

ただ、活動の時は割と大人数の中でも目立つくらいに「上手い側」の人間だったからか、そんな感じでも声をかけてくれる人がいたり慕ってくれる人がいたりした。

楽器自体はもちろんアクティティとして好きだったが、それ以上に対人スキルがなくても人と接するツールとして重要だった。仕事が忙しくてなかなか時間が取れないとき、辞めようと思うこともあったが、そのことを思うと辞められなかった。半ば惰性になっても、続けていた。

楽器は俺の居場所だった。

 

20代も後半に差し掛かった頃、ネットで新たにバンドメンバー募集があった。

そのバンドはこれから新規で立ち上げるバンドだそうで、設立メンバー募集していた。

そして、そのバンドがやるジャンルが、俺がずっとやってみたかったジャンルだった。

おもえば、長い年月ですっかり忘れていたけど、これがやりたくて、この楽器を手に取ったんだった。そんなジャンルだった。

俺は今までになく熱量を持って応募した。

初回の集まりはワクワクしながら向かった。

ジャンルが珍しかったためか、楽器経験はあるがバンド経験がないという人は多かった。このバンドの発起人自身もそう言う人で、とても驚いた。大人になってから楽器を始めた初心者もいた。

楽器経験も長く、バンドいくら経験があった俺は、右も左も分からないその烏合の衆に頼られて、俺は初めて「運営側」となってバンドに参加することになった。

 

運営側って大変だった。

これまで平メンバーとして参加していたバンドで、何となく知ったことや、耳に入ってきたこと、実際自分がやってきたこと、それらの知識を総動員して運営して行った。

 

まずは実務の部分。最初会計の整備、予算をざっくり出して会費などが決まったら、名簿や規約の整備、活動会場の選定や手配、地域施設を利用するための組織登録連盟(社会人サークルの互助会のようなもん)への登録申請

 

ある程度軌道に乗ったら、広報活動SNSWebサイト、チラシなどの運用メンバーはまだまだ足りなかったので、かき集めなければならなかった。募集要項のとりきめ。

 

演奏が様になってきたら、次は披露する場を設けたい。公民館はその手のイベントを各週末にやるために奔走してる場合が多いので売り込み。他にも自主開催のために箱を手配。また会計広報、そして楽曲の利用許可申請

 

バンド運営はそれだけでは足りない。

キモ演奏面。

珍しいジャンルバンドだったためか、ズブの素人から俺のように経験が長いのもいたし、セミプロみたいなのも入ってきて、メンバーカオス状態だった。

俺はプレイングの面でもメンバーを引っ張って行かなければならなかった。

まず、ガンガン高難度の楽曲に挑戦したい人、易しい楽曲を楽しく演奏したい人、それらの要望をなるべく公約数化してセットリスト作成。もちろん著作権などの権利的に可能範囲におさめなければならない。

そして、できるひと、できないひと、その人の得意なこと、苦手なこと、把握して、アンサンブルの整理と調整。

俺が今まで1プレイヤーとして肌感覚でやってきたことを言語化したり、音楽理論として頭に入っていることをわかりやすく噛み砕くなどして、わからない人にも伝える。そして、俺よりウエの腕っぷしの人からは、吸収したり、教えてもらったり。

 

バンドメンタル面へのフォロー

メンバーたちの不満の聞き取り。あの曲は難しすぎて苦痛とか、今回のセットリストは好きな曲が少なくてしんどいとか、あの人の演奏不快だとか、あの人が臭くてとなりで演奏するのが苦痛とか。

要望聞き取りもした。こんな音楽楽曲やってみたいと言う話から合宿をしたい、BBQをしたい、とかそんなことも。

対応できることできないことはあれど、今後の運営に活かす。

 

運営は大変だった。

俺には向いてないな、なんて思うこともいっぱいあった。

でも、ここでは俺がやりたかった音楽ジャンルができる。ずっとやりたかった音楽ができる。そのためなら、円滑に運営を転がすために、そしてできる限り良い演奏をするために、できることはなんでもやった。

 

色々やっていく中で、俺は成長した。

 

はいままで、「趣味音楽」と言ってきたが、そうで無かったことに気づいた。俺が今までやってきたのはアクティティとしての楽器に過ぎなかった。

まれも育ちも暮らし楽器経験も年齢も性別も違うまわりの人たちと一緒に、できるだけ「みんなが」納得できる演奏をするために必要調和。その結果出力される演奏が、音楽だった。と、個人的感想を得た。

これは、

ぶつかることは多いし、納得ではなく妥協を求めることも求められることもあるし、

アクティティとしての楽器演奏より、だいぶ不快で、難解で、不合理で、不条理で、とても楽しかった。

 

次に、対人コミュニケーション能力の向上。

立場上、大きなものから些細なものまでメンバー同士のトラブル第三者として接する機会が多かった。

コミュ障でもできる相手vs自分のとりあえず共感だけしておけばそれなりに円滑に進む(し円滑にならなかったら切れば良い)人間関係とは違って、

生々しい本音と建前と解決課題がある他人vs他人関係に目をくばせ時にバンドのために(と言う立場で)口を挟まねばならない状況で、人の心の機微というか、人間本質のようなものをたくさんインプットした。

このインプットによって、アウトプット=俺の対人技術も、それなりに向上したように思う。

 

ところで俺は社会人になってずっと、一日VSコードを触るタイプ仕事をしていた。言われたことを淡々とこなすだけと言って差し支えない仕事をしていた。

30にも差しかると、同じ会社に居座るにしても転職するにしても、ディレクション側というか、マネジメント側というか、そういう立場への進化を求められる気配がする。

ずっと「無理だなー嫌だなー俺には向いてないしなーでも一生ドカタの最前線(というほど先進企業でもないが)で新しい技術言語を身につけていかなければならないのもつらい」と思いながらグダグダitドカタをやっていた。

しかし、昨年、この「趣味」の経験から、「なんかいけそうじゃね?」と思えて、一歩踏み出すことができた。

 

かにも、このバンド恋人もできた。今までの俺の、卑屈で根暗で斜に構えた人生では望むべくもないような、

強く優しく気立てが良く、心の底を打ち明けられる素敵な恋人ができた。

 

思えば、俺は趣味自体はずっともっていたわけだが、このように「自分が本当にやりたい音楽ジャンル」に触れた瞬間、人生がこのように切り開いた。趣味も突き詰めれば自分人生の糧となる。

趣味は素晴らしいよ。はてなのみんなも、斜めや上から構えたはてな特有のセンテンスで集めたスターも確かに人生の素晴らしい糧ではあるが、

外に出て人と接する趣味もまた良い。

ウクライナロシア戦争悪者を一人上げろと言われたらNATOじゃないかっていう気がしてきた

戦前夜、ゼレンスキーNATO入りするかもーと言っていて、ロシアNATO当方拡大やめてくれよーとなっていたあたり、とはいえウクライナNATOに入ることをロシア内政干渉してまで止めることはできない程度にルールを守っていたのだろう(なので入ったら戦争という権利行使をしている)が、このときプーチンが言っていた

「だったらNATOロシアに対する敵対姿勢を解除してくれないか

黙殺されていた気がする。もともとNATOは対東側勢力として作られたもので、東側ワルシャワ条約だっけか、があって、東西冷戦時代にこれらがにらみ合いをしていたというのがある。

ソ連崩壊に伴ってワルシャワ条約はなくなりNATOけが残った。

NATO東側勢力に対する集団的自衛権だけを保持してアレヤコレヤとずっと延命をし続けている。

ソ連崩壊したときとかプーチン就任したときに「我々もNATOに入れておくれよ」と言っていた時期もあったがNATOはやっぱり入れていない。

結局東側勢力に対する敵対姿勢を崩さないことをずっとやってきているということでもある。

プーチンからしたら自分たち公然敵対する勢力、だけと資本主義的な先進国がたくさん参加している勢力自分たちのかつての子分が取り込まれて言っているさまを見てどう思うだろうか、プーチンじゃなくてもロシアはどう思うだろうか。

ゼレンスキーロシアに上等かました、ロシアはやる国だ、ウクライナが悪い、だとか、ロシアが悪いだとかっていう話はあちこちで見かけるんだが、NATOがもしウクライナちょっかいかけるなら承知しねーぞと事前に言っているわけでもない。

これについては核戦争リスクがあるとか、NATO諸国にはそもそも底までやる覚悟がないとか色々言われているのだが、とにかくNATO曖昧だった。

ただ、ウクライナがいざ戦争になったら、NATOウクライナ支援し始めた。

直接軍隊を送るのではなく、兵器をさしあげるという方法支援だ。

おかげで戦争がちっとも終わらない。

戦争が始まった以上決着がついてしまったら、仮に誰も助けないならロシアが勝つだろうと思うが、NATOにとっては好ましくない事態になるのだろう。だからNATO永遠に戦争を続けてもらうことにしたのかもしれない。

陰謀論だけどな。

まりウクライナNATO入りするときにでもウクライナ戦争しているじゃないかとか、ロシア要望である東側体制でなくなってほしいとかをマルムシするとかで渦中に居るくせに傍観者を気取ったNATOが結局一番悪いんじゃないかという気がしてきた。

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