はてなキーワード: ありすとは
俺も増田に協力するために俺なりに思い出しながら書いた。
みんな突っ込んだり補足してくれ。
匿名掲示板。2000年代~2010年代初頭までは日本のネットの最大のプラットフォームだったが、
2014年の2chの分裂騒動などを経て現在は住民の高齢化と人口減少が続いている。そういった意味では日本社会の縮図の一つといえるかもしれない。
ニュー速は時事を絡めた書き込みを行う板であるが、他のニュース速報系の板と違い記者キャップ制度(特定のユーザのみがスレを立てる制度)が無く
一定の条件を満たすことでスレを立てることができるためにニュース系雑談板として長らく栄えた。
2006~7年に起こったVIPまとめブログ問題の影響でニュー速(嫌儲)が生まれ、2012年のステマ戦争の結果嫌儲板への移住者が続出した。
また旧2ch運営からは新機能の実験場として利用されており、それが下記のVIP板の誕生にも繋がっている。
VIPは2004年ニュー速から糞スレを隔離する「kuso機能」によって隔離されたスレを収容するゴミ箱のような板として誕生したが、
機能が悪用されたこともありすぐにkuso機能自体が停止しそれに伴い単なる雑談板となった。(掲示板カテゴリも「雑談系2」となっている)
2000年代後半の2chで最も大きな雑談板として様々なミームを生んだが、まとめブログ問題のようなその後のネットの問題の先駆けとなる騒動も起こった。
野球ch板の住民はなんでも実況Jという実況系の過疎掲示板を乗っ取ることで野球を絡めた雑談板として成立した。
また近年いろいろあってなんGに再移動を行った。
住民は猛虎弁と呼ばれる似非関西弁を使うのが基本だが、お嬢様スレなどではお嬢様言葉も使う。
特に2000年代前半は大規模MMO(特にラグナロクオンライン、FF11)の参加者が大規模MMO板に集まっており
様々なミームが生まれ拡散された。ブロントさんやぽこたんインしたお!はここが発祥。
誰かここ追記して
2000年代前半のFlash板ではFlash作成者が作品を発表することが多く、
他の板の出来事がFlash化されることでさらに拡散されるブースターの役割を担っていた。
衰退の原因はいくつかあるが、衰退を決定付けた出来事はオフラインイベントの分裂であるとされている。
ゲーム機のハードについて語る板だが、各ハードの信者が他のハードやその信者を罵倒する「ゲハ」の根拠地である。
元々はセガ信者が家庭用ゲーム板で暴れたためにゲハ板が誕生したという経緯があり(家庭用ゲーム板でセガが激しくバッシングされていたために誕生したとする説もある)、
さらに元を辿るとセガBBS(かつて存在したセガの公式掲示板)でのセガ信者とソニー信者の争いが原因であると言われている。
ゲハ板の成立から1年足らずでセガはハード事業から撤退し、その後は任天堂信者とソニー信者の争いがこの板のメインコンテンツとなった。
極めて治安の悪い板であるが、カルチャーブレーンスレ(概ね低品質のカルブレのゲームと社長の阿迦手観屋夢之助をひたすら誹謗中傷するスレ)のようなオアシスもある。
現在はマルチプラットフォームリリースが当たり前となり、またスマホの普及で携帯ゲーム機市場が事実上消滅しゲハという概念自体が急激に衰退している。
2ch各地で生まれたミームを収集・発展させる板で、専門板で生まれたミームもここから拡散されることが多かった。
画像掲示板。もともとは2001年8月の2ch閉鎖騒動(通称八月危機)の際に2chの避難所として生まれた。
法的リスクを逃れるためにログを残さないことが最大の特徴だが外部のログサイトも存在している。
古くから漫画やアニメのコラ画像の主な産地であり、そのことが知られないまま2chやTwitterで拡散されている。
ふたば最大の掲示板。名無しが「としあき」であるため住民はとしあきと呼ばれる。
スレ立て時だけでなく返信レスでも画像が張れるためコラ画像が生まれやすいのが特徴。
またスレッドによって文化やローカルルールが大きく異なるため、同じmayのスレでも雰囲気もスレによって違っている。
mayに次ぐ人口を抱えているがmayを街とすればimgは村であると言われ、ふたば掲示板のなかでも特に排他的な空気が強く、外部からの流入を嫌う。
比較的絵を描ける住民が多く、突発的なお絵かき祭りが発生する事がある。
動画配信サービス。動画にコメントを載せられることが最大の特徴。もともとはYoutubeの動画に寄生する形で誕生した。
2000年代後半から2010年代前半の日本のネットでの存在感は非常に大きかったが、投稿画像の高画質化や収益化などに分があるYoutubeに住民を奪われてしまった。
俺はよく知らないからだれか書いてくれない?
ニコニコ運営があまり表で扱いたくないアレなものを隔離するために生まれたタグ。人権侵害コンテンツが極めて多いが、ニコニコの特色のひとつであったのも事実ではある。
なお運営内部ではかなり丁重に扱われているジャンルでもあり、運営代表の栗田穣崇も淫夢厨である。
SNS。2010年代後半から現在の日本のネットのプラットフォームとなっているが今後どうなることやら
Twitterは2chにおける板やニコニコのタグのような機能が最近まで無かったので(最近コミュニティ機能というものができた)
基本的にはアカウント同士のつながり・クラスタによってミームが作られる。
胡乱界隈(イヌー界隈)が比較的有名。
真夏になんかイベントやればそりゃ暑さ対策について何らかの注意喚起されるのは当たり前だろうに
それすらなんか色々言われるコミケってなんかやっぱ普通じゃない世界を感じざるを得ないよ
コロナで色々ありすぎて忘れてるのかもしれんけど2019年えらいことになったんだし十分に対策するべきと考える人が出るのは責められることでは無いと思うんだけどなあ
意地悪をした人全員をサイコパス呼ばわりして、アマチュアの精神分析家ごっこをする罠にはまってしまう。
とはいえ、この分野は、実際に「自分の直感を信じる」ことができるかもしれないという研究結果もある。
研究によれば、サイコパスは本当に人を不安にさせる。なぜか?研究者たちは、それは "種内捕食者 "に対する進化的な反応ではないかと考えている。
最近の研究では、サイコ犯罪者と面談する際の「身体的反応」に関する、精神保健と刑事司法の専門家の反応が調査された。
その反応は様々で、胃腸(胃のむかつき、病気の感じ)、筋肉(震え、脱力感)、心臓血管(心臓のドキドキ)、肺(息切れ)などの感覚や感情を含んでいた。
この調査結果が、捕食者に対する原始的、自律的、恐怖的な反応の示唆的な証拠であると解釈できることを示した。彼らはサイコパスを「種内捕食者」と表現した。
悲しいことに、サイコパスにも「スパイディ・センス」がある。つまり連中は実際に、人を見ただけで、どの人がターゲットになりやすいかを見分けることができる。
そんなに簡単ならいいのだが...私が見たすべての情報源は、同じ主旨の提案をしていた。私生活であれば、それは可能だ。会社では、その選択肢はないかもしれない。
企業は、構造化された面接を複数回行うことで、潜在的サイコパスの採用を避けることができる。柔軟な面接方法は、魅力的な捕食者に影響力を行使する余地を与えすぎる。そして推薦状をチェックすること。サイコパスは履歴書に嘘を書く。よくあることだ。しかし、もしあなたが個人として連中と付き合わなければならず、逃げられないのであれば、連中のゲームに付き合わないことだ。連中は昔からそうしてきたので打ち負かされる可能性が高い。
サイコパスに対峙して、あなたはヒーローになったつもりかもしれないが、実際は連中の待ち伏せに突撃している。
ゲームに参加するな。陰謀は社会病質者の道具である。誘惑的な社会病質者と競争したり、連中を出し抜いたり、精神分析したり、あるいは連中と談笑したりする誘惑に抵抗すること。連中のレベルに自分を落とすだけでなく、本当に大切なこと、つまり自分を守ることから目をそらすことになる。たとえ勝ったとしても、どうなると思う?あなたは今、操作的なゲームを使っているのだ。あなたが連中のようになる確率は高いが、連中があなたのようになる確率は低い。連中を変えることはできない。もしそれが自分に合わないなら、うまくいくはずがない。
[対処法2: サイコの存在を「悪いニュース」でしかないことを受け入れる]
あなたはすべての人に良いところがあると信じているかもしれない。あるいは、どんな人でも直せると思っているかもしれない。
最初のルールは、文字通り良心のない人がいることを受け入れるという苦い錠剤を含む... 救われない人を救おうとしてはいけない。
連中を変えることはできない。あなたにできることは、連中がどう動くかを知り、自分自身をよく知ることだ。
自分の弱点がどこにあるのかを知ることだ。
サイコパスはそれを見つけ出す専門家だからだ。連中に弱点を突かれる前に、あなたの弱点に対処しろ。
これもすべての情報筋が同意したことだ。連中の得意な言い訳や合理化、明らかな嘘には耳を貸すな。連中が何をすると言っているかには耳を貸すな。連中が何をするかに注意を払うこと。
「1つの嘘、1つの約束違反、1つの責任放棄は、誤解かもしれない。2つなら重大な過ちかもしれない。しかし、3つの嘘は、あなたが嘘つきであり、欺瞞は良心のない行動の要であることを意味する」といった原則を使い、連中が常習的な嘘つきであるかを見極めろ。しかし、連中は執念深い集団だ。報復から身を守るにはどうすればいいか?
サイコパスは常に、上層部に無防備な "後援者 "を募り、連中の陰湿な行動に関する噂が流れたときに、知らず知らずのうちに連中の援護をしている。
そして連中はまた、自分たちの邪魔をしたり、脅威となる人物について、偽情報や嘘を広めるために、こうした人間関係を活用する。その中にはあなたも含まれるかもしれない。
だから、自分なりの人間関係を築き、働き者としての評判を保つよう心がけよう。非難されないように。不平を言わないこと。そうすれば、文句を言っても先輩は耳を傾けてくれる。
自分自身を守るためには、自分の評判を管理することにエネルギーを注ぎ、同僚や上司とオープンで誠実な関係を築き、自分の能力を最大限に発揮し、適用される方針や手続きに従うようにせよ。
また、私生活でサイコパスの可能性がある連中を相手にしている場合、人間関係は同様に重要である。
友人たちはしばしば、あなたよりも客観的に判断することができる。複数の親友が「アイツはダメだ」と言ったときに、あなたは注意を払うことができる。
サイコパスは攻撃的な性格である。連中は頭が悪いので勝ちたがる。連中があなたを陥れようとするよりも、あなたと一緒に仕事をする方が簡単で魅力的だと思わせることができれば、連中の冷酷さを抑えることができるかもしれない。
攻撃的な性格の異常者と交渉するときは、できるだけ多くのWin-Winのシナリオを提案するようにせよ。
これは非常に重要なことで、創造力と特別なマインドセットが必要だ。
[まとめ]
冷酷な怪物人間とのデスマッチの真っ只中にいるとき、皮肉屋であることは超能力を持っているようなものだ。色あせた視点は、相手の一歩先を行くことができる。しかし、長期的には毒になる。
本当に悪いやつを相手にしたからといって、すべての人間を見限らないでほしい。
大自然にはユーモアのセンスがある。一方には共感性ゼロのサイコパスがいる。一方で、ウィリアムズ症候群の人もいる。彼らは共感力がありすぎる。みんなを信頼する。みんなを愛している。
ウィリアムズ症候群の子供や大人は人が大好きで、文字通り病的に人を信頼する。社会的恐怖がない。これはおそらく大脳辺縁系、つまり感情を制御する脳の部分に問題があるためだろうと推論している。いつ信頼し、いつ不信感を抱くかを知らせる化学物質のひとつ(オキシトシン)に異常があるようだ。善人もいれば、悪人もいる。そして私たちのほとんどは、その中間にいる。誰か一人との嫌な経験でパーティーを台無しにしてはいけない。
良心のない人、あるいはそのような人が何人もいることで、人類は失敗だと思い込ませてはならない。ほとんどの人間は良心を持っている。ほとんどの人間は愛することができる。
幸せな人生を手に入れるためには、特定の人を見限る必要があるかもしれない。
スーパー銭湯の男子更衣室だけに監視カメラがついてる写真を上げ、女性警備員がエロい目で男の裸を見てるんだ!男差別だ!と騒ぐ人をTwitterで見た。
なにか起こったせいでは、男児の性犯罪被害対策、ハッテンバか盗難対策では、設置決めた上層部や警備員も大半が男では、汚い男の裸見ても嬉しくねぇ的なコメント付いたが、彼はカメラを設置したスーパー銭湯に問い合わせすらせず、被害妄想に取り憑かれてるようだった。
余裕あるな…。
もしも女子更衣室だけに監視カメラなんかついてたら、まず問い合わせる、カメラがないと犯罪が起こるほど危険なのだと聞かされたら絶対に二度と行かない。
男が入ってくる女湯なんかあったら抗議するし誰も行かない、男も抗議し聞き入れられないなら行かなければいい。
そうすれば銭湯も何とかして男性清掃アルバイトを確保しようとするだろう。
公園管理に携わっている者だけど、マジで最近盗撮が増えてて対策がしんどい
定期的にカメラが仕込まれていないか見て回ってるんだが、数年前に比べると見つけたカメラの数が倍くらいになってる
カメラ発見の効率が上がったせいもあるけど、それでも年間で100個を越える回収率には正直言って引くしかない
公園のトイレって設備が古いものが多くて、清掃も頻繁にはできないからカメラを仕込む隙がありすぎるんだよな
仕込んである部分だけど、例えば音姫とか水を流すセンサー部分だな
スピーカーのところに穴がたくさん開いてるだろ?そこに仕込んである
それからサニタリーボックス、掃除用具入れ、便器内、水タンク下など
フック状のものも確認されてるので、扉に妙なフックがついていないか注意して
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000181942_00001.html
SIDSは仰向けでも起こります。呼吸器の弱そうな子がうつ伏せになってたらSIDの発症率が高まるだけ。
つまり素養のある子がたまたまうつ伏せになってたら発症率がたかまることがあるだけ。素養のありすぎる子だと仰向けでも死ぬときは死ぬんだよ。
うちの子は仰向けにすると絶対にひどくぐずりつづけて寝られない様子だった(うつぶせでも寝ない子だったけど)のでSIDSとか以前の問題だった。
保育園でもお昼寝の時間(当然全員仰向け)にこの子だけはずっと起きてるっていわれてたし本人も水道の音が気になってずっと聞いてたってさ。
■1歳になるまでは、寝かせる時はあおむけに寝かせる
■できるだけ母乳で育てる
まあ残りの2つは満たしてたしね。ミルクのほうにもいってやれよな
年収三百万円すらない貧乏人だけど、何も考えずノリで子供作った
何で皆子供を作らないんだろうな?金なくても子供は育てられるんだし作ればいいのに
まともな教育を与えられないとか言うけど、学費なんて大して掛かんねぇじゃん
習い事だってバイオリンだのフィギュアスケートだのじゃなかったら安いしな
今はスタディサプリなどのネット教材が充実しているから、年に百万円くらいかかる塾なんて要らないし
貧乏人が子供を作ると子供が不幸になる!ってのがネットの世論みたいになってるけど思い込みじゃね?
確かに遺伝子はゴミだし環境も底辺だけど、虐待せずに普通に育てれば子供は勝手に育つっしょ
今年、娘が小学生になった。都内の公立小学校に通っている。そんな娘に「パパは小学校楽しかった?」と聞かれて、僕は「楽しかったよ」と答えたけど、これはハッキリ言って嘘だ。
娘に変な先入観を持ってほしくないから、ポジティブに答えたけれどパパは小学校が大嫌いだった。正確には学年が上がるとともに制度と先生が嫌いになっていった。
平成初期に生まれた僕は小学校3年生まで80年代に開発された所謂ニュータウンに住んでいた。比較的若い住民が多く、大きな電機メーカーの工場などが集積していたので、所得や教育水準もそれなりに高かったのだと思う。小学校も開校20年程度だったと思う。好きな先生もいたし、友達ともよく遊んだ。指の皮が剥けるまでスマブラ64をしていたと思う。
その後、両親の離婚を経て、僕は母方の祖父母の家に住み、かつて祖母や母が通ったという小学校に転校した。明治時代からある古い学校だった。
この学校に転校した時は激しいカルチャーショックに見舞われたので一部ご紹介する。
1.男女でトイレが分かれていなかった。壁際に小便器がずらっと並び、その後ろには個室が並ぶ。要するに男子便所と同じ構造だ。そして、この個室には男子も女子も関係なく入る。ジェンダーレストイレが話題になった今となっては時代の最先端なのかもしれないが、当時は本当に驚いた。
2.自転車に乗っていいのは小学4年生から自転車の解禁が小学4年生以降だった。何も知らずに毎日自転車乗っていたら、ある日学年集会でいきなり晒し上げられてルールを知った。
こういう一つ一つ、当時の自分が嫌なポイントが増えていったのだが、決定的だったのは先生の質の低さだ。
とにかくヒステリーをよく起こす人で、どうでもいいことで一々叫び散らす先生だった。クラスで少し問題があるとなんでもかんでも集団責任と言い、一々放課後に全員で居残りさせられて迷惑だった。クラスでいじめられている子がいて、僕は転校生でクラスのヒエラルキーの外にいたので、助けようとして喧嘩になったら怒られたり、その放課後に、このクラスにいじめはありません!とか宣言しててこの人もうダメだと思った。毎日上履きに泥を詰められたりして、◯◯菌とか言われてる奴がいじめられてなかったらなんなんだろう。
この先生はかなり変なおじさんだったが、好きだった。いつも扇子を持ち歩き、教室に畳を敷いて、カーテンを簾に変えていた。将棋が趣味で将棋を教えていた。その先生から将棋を教わって将棋を始めたクラスメイトはその後、当時史上最年少で女流棋士としてプロになったのでその一点だけでも凄い人だと思う。
30代半ば/男性
この人はマッチョな見た目そのままの脳筋だった。子供ながらこんなに頭悪いのに学校の先生になれるんだなぁ、と思ったものだ。悪気があるのか無いのかわからないが、事ある毎にうちが母子家庭であることをクラスで話し、当時は今ほどシングルマザーに理解も無かった時代、そして土地柄。そのせいでクラスメイトやその親から「お父さんいないってどんな気持ち?」と聞かれたり、煽ってくる奴がいた。
決定的におかしいと思ったのが、成績の評価だった。大前提として、僕は公立小学校程度のテストならばどの科目も殆ど100点以外取ったことが無かった。年に1回の県統一の学力テストでも成績は学年1位だった。そういうわけで国語、算数、理科、社会の通信簿は常に5段階中の5以外もらったことがない。
ところが、僕はこの先生に「3」を付けられたのだ。そして、自分より頭の悪い子が5を取っていた。この成績を見た母は「1学年1位の息子が何故3なのか?」と学校に問い合せた。実は当時、通信簿の評価がそれまでの相対評価から絶対評価に切り替わった。先生曰く、生徒一人ひとりの成長を元に点数を付けることになったが、100点しか取らない僕は成長が見られないので中評価だという説明だった。
それに加えて、各科目の課題や授業に対する態度が悪いということ。具体的にはドリルとか問題集とか、その学期を通して行うべき課題を最初の1週間で全部終わらせて提出したことが悪い、授業中騒いだり他のことをしたりするわけではないが、かと言って授業も真面目に聞いていないことも理由であったと。
学校の簡単なテストは100点以外取りようが無いのに、どうやって成長を示せばいいのか。簡単な宿題を早く終わらせて一体何が悪いというのか。教科書を読めば一瞬でわかることを延々と説明する授業の一体なにを聞けばいいのか。僕は授業の邪魔することもなく、ただただ黙って大人しく時間が過ぎるのを待っていたのに。
ちなみに結局その後、試しに中学受験に向けた全国模試を受けたら偏差値は55~60くらいしかなくて、中学受験組の中では精々中の上程度だとわかった。そして日能研の「シカクいアタマをマルくする」とかいう広告の問題は全然解けなかった。別に自分が頭が良いわけではないことを理解出来た。そして実際に市川という上の下くらいの中学校になんとか滑り込んだ、というのが僕の実際の実力だ。開成?筑駒?渋幕?全然無理、って感じ。
当時を振り返ると嫌いになった要素がいくつかあると思う。
まず第一に、制度の問題。日本の公教育は、基本的に出来ない子に合わせざるを得ない環境であり、そもそも人間としての最低限の指導しかしてもらえない。加えてその基準は非常に低い所にありすぎて、子どもたちの学力すらもまともに測れない。物差しすら用意していない。当たり前のことが出来るだけでメーターを振り切ってしまう。そして相対評価の謎運用で無駄な不平等を生み出している。
そして先生の問題。先生の魅力というのは、学力だけでなく教育への熱意や広く言えば人間力など様々な観点があると思う。そしてその仕事の過酷さが度々話題になるように大変な仕事なのもわかる。
しかし僕が出会った先生は今思い出してもヒステリーなオバさんや脳筋が多く、学歴的にも大凡、他人に物を教える事ができるようなレベルではない。人間力含めたって精々小学生くらいにしか教えを説けるレベルになかったと思う。
考えてみれば、そこそこの学歴を持つ友人を見渡した時、高校の教員や大学教員になった奴はいても小学生の相手をしている奴なんて殆どいない。
そんなことを考えると、子供を私立の小学校に入れる選択肢を考える親の気持ちもわかる。ただ、個人的には小学校の時に悪かった友達が大人になって逮捕されたりしてるのを見ていると、人種の坩堝に身を投じて色々な人がいるということを理解するのも大事な気がする。
娘よ、そういうわけでパパは小学校が嫌いだった。お前が思ってるよりしょうもない大人が先生をやっているからな。そういうことにも一つ一つ気づいていきながら人生を歩んで欲しい。