はてなキーワード: FGoとは
FGO5年ユーザーだが正直今の落ち着き具合いを維持したまま2部終了を迎えてほしい
一時期バカスカ売れている時本当になんというか民度が低くて何しても荒れてたので
あと人口が減ったのは運営がまぁまぁやらかしてたからだからだと思うが
勢いを取り戻したい金を稼いでほしいならFGOの場合fate世界観に合わないコラボは論外だしあのそんなに面白い訳ではないオートじゃないスキップ出来ないあの戦闘でないと難しいと思う
「辛い課金ガチャと面倒な周回に耐えてる自分すげー!」みたいなので作品愛を証明するような輩ばっかりで
作品がどのように面白いのかっていう話が全然外から見えてこない。
そりゃ蛸壺化するし、誰も見向きもしなくなる。
周回については
https://twitter.com/i/moments/983001620081295361
で答えが出てる
まじでクソデカでびっくりしてる 12cm なんで気づかなかったんかな??
確率がFGOの星5なのか、プリコネの星3なのか、あんさんぶるスターズの星5なのか、全然話が違ってくるなあなどと思っていた
抗がん剤治療の話とか聞いてびっくりしたよ
なんかおしっこするときに痛いから膀胱炎かな〜つって泌尿器科行ったんだよ 昨日ね
何年腹で育ててきたんだ 食べても全然太らなかったのってもしかしてキミのせい?
子供の頃から痩せてて食への執着も薄くて、運動音痴だから体力なくて疲れやすいし、なんにも気づかなかった
そういえば就職したあたりから(ちなみにわたしはいま29ちゃい)なんか疲れるとお腹張るなあとは思ってた でも過敏性腸症候群だと思ってたんだよね 当時ずっと仕事のストレスやばかったし
実家の親に電話して伝えたら泣かれた そりゃそうだよな 未婚の娘が卵巣腫瘍、がんかもしれないなんて聞いたら泣くよ
申し訳ねえな
婚活が順調に進んでたから、次は交際相手の顔見せするつもりだったんだけどね。とんだ親不孝になってしまいそう
わたしも病院では怖くて泣いてたけどこうやって文章にしたり家族と話すときはやたら陽気になっちゃう
割とポジティブな方だとは思うけど、本当にこうなるんだなって思った 笑い話とかめっちゃしちゃう(別にそんなにおもしろくないけどね)
腹を開けて腫瘍取ってバラしてみないとわかんないんだって。がんかどうか。
やだなあ。抗がん剤治療したらやっぱ髪の毛抜けちゃうんだって。どうせなら好きなウィッグ買って、これまでできなかった色とかしちゃおっかなとか思うけど、最近わりと頑張ってケアしてやっと髪質良くなってきたところだったのになーとか。ずっと喪女だったのに、婚活のために人生でいちばんかわいくなったのに、全部ぼろぼろになっちゃうかもしれないんだなあって。
わかんないんだ。これは悪ければの話だし、良性だったら手術だけで健康体に戻れる。子供も望めるかもしれない。可能性の話でしかない。
婚活うまくいって、ようやく結婚を考える相手ができたばっかりだったんだ。病院行く2日前だった。わたしが最後に健康だった日。
親に良い報告をしたかった。結婚してみたかった。もしかしたら子供も作れたかもしれない。
そういうの全部なくなるかもしれないんだね。
わたしは2月に30歳になるんだけど、友達が今年続々と30歳になって、みんな楽しく30代生きてこうねって約束してたのに、なんかほんとに洒落にならないというか本気の約束になっちゃいそうなのがさ。そういうのじゃないじゃん。なんでそうなるのかな。
まだやりたいこといっぱいあるよ。怖いよ。終わりたくない。まだまだ幸せに生きていきたいよ。
ねえ。もし良性だったら、あんなのただの杞憂だったねって言って笑い飛ばしてね。
(追記)
ブコメ!!!!!!トラバ!!!!なんかいつもと雰囲気違うじゃん!!!!!!!!!!!!!!!
いつも創作だろとかしか言ってくれなかったのになんだよ!でもそういうのもひっくるめて好きだよ!!
普段は追記とかしないしこの文章に追記するのも余韻ぶち壊し感あるけど、お礼言いたいから今回だけさせてください。
お祈りしてくれたみんな、励ましてくれたみんな、ありがとう!とってもうれしいです!!
最近見た大好きな作品に「神様はいるんだ、僕らはみんなひとりじゃない」ってメッセージもらってたの思い出した。それはお米の話で伏見稲荷の神様なんだけどね、でもなんかわたしもひとりじゃないっぽいし、きっと神様もいるよねって改めて思ったよ。そんでこんなに祈ってもらったら聞かないわけにいかないでしょ。
まだまだ元気に生きていきたいよ!さくっと退院してのろけダイアリー書いてやる!!!ほんとに創作じゃないやつ書くから絶対読めよ!!!
本とか参考になるページとか制度とかいろいろ、教えてくれた人ありがとう!
余計な妄想して落ち込みそうだったから詳しく調べられてないんだけど、気持ちと折り合いつけながら見ていくね。検査もそこそこに転院することになったので、妊孕性の話とかはまだしてないんだ。これから参考にさせてもらう。諦めなきゃいけないって決まったわけじゃないもんね。
経験者の人、家族が似た病気をした人たちもエピソード教えてくれてありがとう!思ったより経験者が多くてびっくりした。違う。びっくらぽんだ。
悪性疑いと言われて結構ビビってたので、取ってみたら良性だったよって話には結構励まされました。わたしもそれになりたい。
いま同じように腫瘍があったり疑いがあったりする人も、不安だけど一緒にがんばりましょう。お互いに良くなりますように、わたしも祈ります。
これまで大病したことなくて病院はわりと縁遠いものだったし、なんとなく不調だけれどもそれが日常になっていく感覚はよくわかります。でもやっぱり同じ思いはしてほしくないし、月並みだけれども、身体の不調があるようだったらぜひ検査してね。
あとはわたしも入院前に神社行くつもりなので、自分の健康はもちろん本気で祈るけど、優しい言葉をくれたみんなの無病息災も祈っておきます!!
この通り、結構ほんとに元気出たよ。みんなありがとね大好き!良いクリスマスを!良いお年を!きっと来年も楽しい一年にしようね!
スマートフォンゲーム「FGO」の勢いが鈍っている。セルランベースの月次売上予測を出している「Game-i」を見ると、2018年は100億超えの月が7カ月、2019年は4カ月あったが(ほぼ100億までゆるめると2018年は9カ月、2019年は5カ月)、2020年は1月もない。それどころか30億円前後の月が6カ月もある。
運営のディライトワークスの決算(決算公告より)も芳しくない。20年7月期の最終利益は81%減の13.3億円(19年7月期は69.8億円)。「FGO」以外のタイトルの開発・リリースが順調ではなさそうだったことが減益の理由の一つには挙げられようが、シンプルに「稼ぎ頭のFGOの勢いが鈍った」というところが大きそうだ。
FGOのリリースは2015年。さすがにピークアウトしているし、5年前のゲームがまだトップランカーというのもオバケじみた話であるので、正直しょうがないところではある(モンストやパズドラはいまも売り上げを保っているが、常識を外れた超オバケゲームなので比べるのも微妙)。しかし私はFGOをプレイしていて、今でもそれなりに楽しませてもらってはいるので、どうやったら鈍りを和らげることができるのだろうと最近考えている。のでそれを書く。
同じくプレイヤーの友人に「どうすればFGOは少しは持ち直せると思うか」と聞くと、配信を控えている2部6章~7章のエピソードが面白く、1部クライマックスのときのような盛り上がりがあれば…という答えが返ってきた。が、正直私はそれは甘い見込みだと感じる。FGOプレイヤーでストーリーを最新まで追いかけているユーザーは全体の何割だろうか? そして離れているユーザーが戻ってきたところで、「今盛り上がっている」ストーリーに追いつくまでプレイしてくれるだろうか? 私にはとても無理に感じられる。
結局あらゆるサービスは、「新規を獲得する」か、「既存にお金を使ってもらう」かの二択しかない。そして現在のFGOは、前者の手がほぼ止まっている。毎度イベントや新章開幕ごとにリッチなCMを作ってユーザーにアピールしているが、完全に既存ユーザー向けのものであり、かつどんどんリーチする層が狭くなってきている。やや金がもったいなく見える。
新規ユーザーを(いまさら)増やすにはどうすればいいのか。私は「第1部ライト版」を作ってほしいと思っている。
(1)FGOの1部はいまさら始めるには重すぎるので、ライト版を作ってほしい
現在FGOは第2部の5.5章まで配信している。FGOのウリのひとつは重厚なストーリーだが、いまから始めようとする人にとっては完全に“壁”になっている。またこれらはファンも開発側も認めるところだと思うが、1部の1章~4章の出来はあまりよくない。私も友人に勧める時に「我慢して6章までやってくれ」と頼み込んだ。この苦痛をいまさら乗り越えられるユーザーはほぼいない。
FGOは過去の季節イベントを復刻するときに「ライト版」として配信しているが、第1部の1章~4章くらいまでをライト版として配信してほしい。まず戦闘の数を減らす、戦闘を入れるための冗長なテキストをカットする、プレイアブルのストーリーNPCを強くして何も考えずに勝てるようにするなど(できればストーリーも整理してほしい…)。なんだったらダイジェストでもいいくらい…。2日くらいちょっと気合入れれば5章までクリアできるくらいにしてほしい。
奈須きのこは以前インタビューで「FGOは2部で終わり(にするかも)」という主旨の発言をしているが、実際2部でいったん終わらせてアプリを分けたりしないと新規は期待できない。既存は消えていく一方のため。
(2)バトルシステムをもう少し今風に
いまのスマホゲームの潮流は「スキップができる」「放置しながらできる」というもので、たびたびポチポチしないといけないFGOはそれだけでちょっとだるい(時間のかかる)ゲームになっている。宝具スキップは長いこと要望が上がっており、ずっと拒まれ続けているが、もう一足飛びでオート戦闘や一度クリアした(一定基準を超えた点数を出せた)ステージのオートクリアを実装してほしい。
今私はこの増田を書きながらソシャゲのイベントをまわしている。基本はオートで進んでいて、文章の切れ間切れ間でタップしている。FGOイベントを周回しながら増田を書くことはまあできなくはないけど、もうちょっと面倒だろう。
アニプレックスが「第2のFGO」として期待をかけていて女性向け方面で絶好調なのが「ツイステッドワンダーランド」だが、「ツイステ」もリズミック(音ゲー)以外はほぼ周回がオートだ。以前オタク女の友人と遊んだとき、彼女がスマホを横に完全放置し流れるようにオート周回しながらフツ~におしゃべりしていて、現代日本人、忙しいしこれくらいじゃないとイベントまわせないよな~と思った。
もちろんこういったオート周回はゲームそのものへの飽きも招きやすいといったネガティブ要素もある。ただFGOは(汚い言い方をすると)もう飽きられているのだから、飽きの中でせめてプレイしやすくあってほしい。ソシャゲは可処分時間を食うものであることには間違いないが、食うにしても上品な食い方を偽装するようになってきているのだから。
(3)コラボ
結局パズドラとモンストがもっているのはなぜかというと、外部コンテンツとコラボしているから。しかしFGOは外部とのコラボはしない方針のようだ。この方針はいまさら変わらないと思うので、一応書いてみるだけ書いてみたけど実現は望み薄だと思う。待望されているのは月姫コラボで、どうも年末年始にアーネンエルベ関連でなんかありそう。ただこれで盛り上がるのは一部ユーザーで、アルクェイドが実装されれば売り上げはどーんと立つだろうが、ただこれが再ブーストになるかというと厳しい気がする。
新サクラ大戦が発売されてから一年が経った。発売日に買ったゲームのパッケージは、封を切られることなく本棚の中で埃を被っている。
私は15年近くサクラ大戦のファンを続けている。いや、続けて「いた」と言っていいかもしれない。2006年にPSPで発売されたサクラ大戦1&2にドはまりし、ドリキャスとPS2を買って3,4,5をプレイした。一日の受験勉強を終えた後、深夜0時~3時までドリキャスを起動し、3時間だけ睡眠を取って学校と塾へ行き、帰ってからまたサクラをやる。大学受験という過酷な生活の中で、サクラだけが生きがいであった。
ゲームをプレイした自分は次々に派生作品へと手を伸ばしていった。OVAと旧アニメ、活動写真を鑑賞し、小説と漫画を買い漁り、CDを聞いて武道館ライブにも足を運んだ。あらゆる公式作品では飽き足らずに、ネットに転がっている二次小説を片っ端からガラケーで読んだ。サクラにはまって宝塚も鑑賞した。私にとってサクラとは、自分の青春を賭けたコンテンツであったのだ。
サクラに熱を挙げていた私とは裏腹に、サクラ自体にはほとんど進展がなかった。Vの発売以降も定期的なショウは開かれていたものの、公式的な動きはパチンコや他ゲーとのコラボ程度であり、ジャンルを前進させるコンテンツ――本編の続編は止まっていたに等しかった。1年、また1年と歳月が流れるにつれ、私も他のジャンルに手を広げていく。サクラは依然として好きであったが、あくまで懐かしい思い出の中の1つという立ち位置になっていった。
しかし、2018年4月のセガフェスでついにその瞬間が訪れる。
「新サクラ大戦始動」――太正29年の帝都東京を舞台に新しい花組が復活する。Vから13年経ってのナンバリング続編が満を持して発表されたのだ。
あの瞬間の興奮を今でも覚えている。アパートを着の身着のまま飛び出し、家の前の川沿いを下流のほうへ歩いては折り返し上流のほうへ歩いてはまた折り返し、何度も何度もあてどなく歩き続けた。頭の中に溢れて来る激情が身体をじっとさせてくれなかった。
私がサクラ大戦を初めてプレイした時は、すでに当時のシリーズ最終作であったVが発売されていた。私にとってサクラ大戦は出会った瞬間から最終回であり、ずっとナンバリングの続編を望まれながらも、決して叶うことはない幻のゲームであった。
それが、ついに、叶う。サクラの続編を遊べる日が来るなんて、本当に夢だと思った。忘れかけていた青春時代の熱狂と興奮が心をかき乱す。たまらずに開いたTwitterのタイムラインは狂乱の渦に包まれていた。
2019年3月末、セガフェスにてサクラ大戦の続報が発表される。メインキャラクターデザインを久保帯人氏が、ストーリーをイシイジロウ氏が、そして音楽を田中公平氏が手掛ける。檄帝にコーラス等のアレンジを加えたメインテーマは、今までのイメージを踏襲しながらも新しい風を吹き込もうとしている。私の心は歓喜と期待に溢れていた。Twitterでは友人がPVを見て考察を巡らせていた。発売日は2019年12月12日――もう一度あの世界が味わえると思うと自然と気持ちが昂った。
同年の6月から、「帝劇宣伝部通信」というコーナーがセガのyoutubeチャンネルで始まった。公式が新規情報を発売日まで随時公開していく番組である。プレイ動画、キャラクター、世界各地の華撃団の紹介、グッズとメディア展開など、様々な情報が発信されていく。
私はそれらを欠かさずにチェックしていった。しかしながら、一か月、また一か月とカレンダーをめくるにつれ、自分の心の中には言い知れない不安のような影がよぎっていった。
「果たしてセガは、サクラ大戦を未来へと続く作品にできるのだろうか?」
今の時代、美少女たちと触れ合えるゲームはそこらに無料で溢れている。歌う少女も戦う乙女も、20年前とは比べ物にならないほど多くなった。群雄割拠のゲーム業界でサクラというジャンルは生き残ることができるのだろうか?
サクラ大戦は時代とともにあった。当時のアドベンチャーゲーム、ありていに言えばギャルゲーの中で、サクラは独特の地位を占めていた。歌劇とスチームパンクの融合、セガサターンという機種だからこそできた恋愛ゲームの一般向け展開――あの頃のサクラを不動の地位に置いていたものと言えば、新規性と物珍しさによって時代を先取りしたコンテンツ力であったことは疑いない。
しかし、時代は変わった。ゲームは何でもアリになった。アイドル物のゲームが世間一般にまで浸透するとともに、きちんと遊べるゲーム性を核としてギャルゲーさながらの恋愛要素を取り入れる作品はいくつもリリースされている。
サクラ大戦は初代から24年の歳月を経た。その年月は時代性という重りになってサクラ大戦にのしかかっている。
気づけばそう問いかけていた。プレイ映像が公開されていくにしたがって、自分の中の情熱が冷静なものに変わっていくのが分かった。
そして2019年12月12日、私のもとにAmazonからパッケージが届いた。そのときは仕事が忙しく、届いてから3日ほどやる時間が取れなかった。
極力ネタバレは控えていたものの、つい気になってTwitterを覗いてしまった。
そこには、「熱」がなかった。
新作発表、主題歌公開のときに賑わいのあったタイムラインは嘘のように静かであった。ストーリーに言及するどころか、面白さやつまらなさを語る人もいない。ぽつぽつと流れる呟きは、まるで腫物に触るような言葉の数々であった。
好きの反対は嫌いではなく無関心である。本当に面白いコンテンツであれば、人々は誰に先導されるでもなく自然と語り始める。それはネタバレであれ考察であれ妄想であれ、大きな熱となりジャンルを強く後押ししていく。しかし今は、その熱がどこにも見えなかった。栄華を極めたかつてのコンテンツを前にして、友人たちは出来の是非を問うこともなく、ただ当たり障りのないことを呟くばかりであった。
――ああ、そういうことなんだ――
その様子を見た私の心の中に、言い知れないほどの寂しさが襲った。それは悲しみや怒りといったハートを揺れ動かす激情ではなく、まるで亡くなった親友を前にした時のような、涙も出ない喪失感であった。
私はそれを見て、新サクラ大戦を遊ぶことを止めた。プレイしたらそこで終わりになってしまう。20年以上続いたシリーズの行く末を見届けてしまえば、「いつか続編が発売されたらいいなあ」と心を躍らせることもできなくなってしまう。
「ああ、こんなもんだったよなあ」という気持ちで終わらせることが嫌だった。ゲームの面白さに興奮することも出来の悪さに嘆くこともなく、ただただ現状を受け入れて観念することがたまらないぐらい恐ろしく感じた。
こうして私は、サクラ大戦というシリーズを思い出のまま取って置こうと決めた。私にとってサクラ大戦は、続編を望まれながらも決して作られない希望のゲームである。あのころのノスタルジーを終わらせもせず続かせもせず、優しい思い出のままそっとしておこうと心に決意した。
そんな私とは対照的に、漫画、テレビアニメ、舞台と、次々にメディア展開が進められていく。ユーザーとの熱量の違いは目に見えており、ゲームの中古価格がそれを如実に表していた。
そして2020年12月15日、新サクラ大戦から約1年後、ゲームアプリ「サクラ革命」がリリースされた。開発はソシャゲ業界最大手のFGOを手掛けるディライトワークス。リリース初日にも関わらず、タイムラインでは話題にすら挙がっていない。PVを見て考察を巡らせていた友人は、FGOのカルナサンタに熱を上げていた。
もう、誰もいなくなっていた。
そして私はまだ、「新サクラ大戦」をプレイできていない。15年前の思い出にずっと閉じこもり、夢の続きを見ることを拒否しているのだ。
「ラブライブ自体は好きだけどラブライバーが嫌いなのでラブライブも好きじゃない」というような事だ
当時の自分がまだ若く
いわゆる「厄介」の流れを少し汲んだ恐ろしいほど周りの人間がいるから自分の行いは正しいと信じて止まない
そういう人間だった
「オタクは虐げられている」
むしろ自分がラブライブを好きにならない奴らに迷惑なほどに布教し虐げていたような
今振り返ると「あ、俺が嫌われてもしゃーなしやな」ってわかる
けいおんで知り合った仲間を罵った
人が去ってラブライブからも人がさって4000のフォロワーの誰からもいいねされなくなってようやく気がついた
だが遅すぎた
家族に謝った
けいおんで知り合った仲間に泣きながら謝った
晴れて俺はラブライブというコンテンツに張り付きながらも生きる事を許された
2年ぐらい前ならFGOか 一年前ぐらいならVtuberだろう 今なら皆さん言わなくてもわかるだろう キメハラなんて言葉もつくられてしまって
もちろんそのコンテンツのファン全員がそんな厄介なわけではない
事実そのFGOやVtuberに自分みたいな人間はいなくなり もしかしたらキメハラしてるのかもしれない
自分はラブライブ一筋ってずっといってるのにアニメがやっちまったもんだからまぁマウントとられるわとられるわ 売上とかどうでもいいじゃん(なお昔の自分は他のものに売上でめっちゃマウントとってたもよう)
キメなんとかのヤイバなんて見たこともないけど一瞬で嫌いになった
でもわかるよ
もし本当にそれに呪縛されるぐらいハマって周りの人間が他のコンテンツに行った時
自分みたいにならんことを祈る
でもならんやろうね
7~10年もあればやっぱ変わる
毎週月曜日になるたびに!!チェンソーマンの!!!ネタバレ感想ツイートする奴ら!!!!
やめて!!!ください!!
自分は漫画は単行本派。途中何度か電子版契約して本誌追おうかと悩んだが、単行本と本誌との間の話が補完できなさそうで諦めた。
ただこれを落ち度と言われるとちょっと反論したい。単行本派のツイッタラーはネタバレを享受しろといわれても困る。
そしてツイッターでネタバレ踏みたくない話すると「ツイッターみるなよ」といわれる。
まあ分かる。言いたいことはわかる。分かるが、ツイッターはチェンソーマンのネタバレ感想ツイート以外の用途もあるのですよ。
いや一応ネタバレ避けの努力はしてるつもり。なるべく月曜日はツイッター見ないようにはしてるんよ。でもリプライ通知とかDM通知きたら開かなあかんのよ。そこでトレンドワード見ちゃったりフォロワーがキャッキャしてたりするのが入ってきたりすんのよ。
しかも火曜になっても水曜になってもネタバレ前提の話は流れてくんのよ。もうツイッター見れないねえ……というわけにもいかんのよ。
でこれは個人的に今恨んでるフォロワーへの恨みを直接言えないからここに書くんだけど!!というか特定の2,3人とかじゃなくてた〜〜〜くさんいるからいちいちリプ飛ばしてらんないんだけど!!!
FGOのネタバレにはふせったー使ったりしてめっちゃ厳格なフォロワーども!!!何でチェンソーマンのネタバレはふせったー使ってくれへんねん!!!??つかえや!!!
ちなみに鬼滅の時も似たような感じで最終話ネタバレ食らった。まるで成長していない。あのとき本誌買う決意しときゃよかったね。ぴえん。
そもそも今から20年前、自民党様の小泉閣下With麻生閣下が「今の日本人の数は多すぎるから減らすべき」とか堂々と公言してた政策今も引き継いでるだけじゃん
だから子供一人に教育投資を極振りできる上流階級やパワーカップルやアッパーマス層が貴族教育レベルで教育を施すか、考えなしの底辺DQNが娯楽としてセックスするしかないのでその余波でポンポン子供増やして半グレ化か学生時代の内に将来絶望して自殺か青葉予備軍作ってるだけの二極化をしているわけで
冷静に考えたら、前者に入れるように目指したうえでチャンスが叶えば子作りや結婚を狙うしか普通かやや平均より上の大卒労働者程度の人間は狙える方法がない
大多数の日本人や日本の金持ちや上級国民が持ってなくて、少数しか保持し得ないスキルがあるとかそんなのがあるにしたって、犯罪スレスレもしくは裏稼業的な怪しいグレービジネスやって上流入りを狙うか
それさえない人間はウシジマくんみたいな世界に徒手空拳で半グレやって奇跡を信じて、戦争でも天災でもおこって小〇元首相の祖父とかみたいに言い方悪いがヤクザの犯罪稼業が当たって上がるくらいしか上流階級に入れる方法がない
なのに、自分たちが発達障害や毒親育ちとかそういう奴ほど、異常にハードルが高い虚構の「普通」に憧れるから、そこに付け込んでやれ恋愛工学がとか婚活ビジネスがとかそんなものに惑わされる。
普通に考えたら結婚ができるっていう段階で現代ではもう普通を飛び越えた異常で、結婚できないのが一般国民の「普通」になってるのに、それに狂って最後は青葉コースかポリコレ棒振り回すキチガイフェミになるか、狂って女子高生や幼児を誘拐して速攻警察にとっ捕まるキモカネオッサン化して破滅していく
それなりに賢い普通の増田は、男も女も口に出さないだけで、そこそこ家同士のつながりや共働きの財を合わせて結婚して、子供は育てるとか、セフレ関係でとどめてとっかえひっかえした後消去法で嫁や夫を選ぶ「古い」とか「悪い」とバカにされる方法を取って、承認欲求に狂った発達や毒親育ちの増田が奇行のような試行錯誤を繰り返すのを愉悦をもって見ている
そういう「本音側の残酷な現実側の人間」にならないと、増田や女増田が血涙流して渇望するほどやりたいと思っている刀剣乱舞とかみたいなイケメンや、FGOとかアズレンとか艦これみたいな女子校生とか女子中学生くらいの美少女と付き合うなんてスタートラインに立てないのに
本音と建て前という文化が薄まったから、建前信じて不幸になる奴がいるわけだが、このコロナ禍で犯罪や他者に危害を加えるほど煮詰まった「建前信じた側」の人間が大量に出てきている
いつの時代も、ありもしない青い鳥を追う人間ってのは、他者の食い物にされるんだなと思うと、俺はそういう増田たちが憐れにさえ思えてくる
しかし、残念なことにFGOでは、もう、そのシナリオマンネリが見えてしまったのだということ。
FGOは1章までで完結させて、そこからは全く別の話を続けるべきだったように思う。
2章に入ってから、シナリオとキャラクターはワンパターンでマンネリ化し、偽りの苦悩に支配されてしまった。
「世界を滅ぼすための苦悩」
をエンドレスに繰り返されて、鬱陶しいのだ。
4回も同じ苦悩を見せつけられて、涙を流すとともに「もう割り切ってくれよ」とイライラと嫌気もあったのである。
ソシャゲというのは、数年に渡ってそのキャラクターと付き合わなくてはいけない。
世界の謎や悪役の暗躍よりも、シナリオとキャラクターの爽快感が欲しいのだ。
しかし、FGOは、ここ最近とかく、バカなギャグシナリオにも暗くてどんよりとした情念をひたすら混ぜたがる。
ぐだぐだのようなイベントにすら混ぜてくるので、正直なところいい加減にして欲しい。
どんな料理にもタバスコやマヨネーズが入っているようなもので、全て結局その味に塗りつぶされることになる。
同じ味の料理ばかり出されては、どんなに旨い料理でも飽きてしまう。
「苦悩するマシュ」
「戦う現地サーヴァント」
「圧倒的などうしようもない力を持った敵」
だが、「もう勝てないほどの強大な敵」も、もう飽きたのだ。
毎回毎回同じ味の組み立てばかりをやられると、流石につらい。
そうではなかったろう。
それが売れてヒットするというのは、構わない。
同じキャラクターに同じシナリオと苦悩を何度も味合わせるようでは、なにを食っても同じ味、ということになる。
新しい体験や鮮烈な感動を奈須きのこに求めていた自分は困ってしまうのだ。
まず、文豪の作品。政治家は常に大きな影響力をもつ。文豪が直接人を害する数とは比べ物にならない。ここが近代文豪を取り扱ったものとこの企画の違いだと思う。
そして、FGO。織田信長や始皇帝がかわいいキャラ化されても、現代の政治へのプロパガンダにはならない。その点がFGOは薄皮一枚違う。
黄帝の子孫である中華民族がうんたらかんたら、っていう理屈で少数民族への同化政策を進める国が横にあるのに始皇帝は現代政治へのプロパガンダにならないとかちゃんちゃらおかしい。
たとえばちょっと前にコロコロコミックでチンギス・ハーンに落書きしたらモンゴル政府が出てきて抗議したことがあったけど、あれも現代モンゴルでは政府主導でチンギス・ハーンの神格化を進めててその歴史認識を日本にも押し付けようとしてきたっていう側面があるわけでな。
オタクへ
似たような作品はあるのに(文豪やFGO)?前に作者は日記に同じネタをあげてたのに?
急に怒るゴリラのように荒れててこわい…。
という声を見た。
確かに、そう思うと思う。私もヘタ楽しんでた時には界隈のルールが厳しくて(今思えばゾーニングのためのルールだった)なんで?と思ってた。今では自分を100叩きしたい。
我々ゴリラが何にそんなに怒っているのか整理することで、「もしかして私を襲ってくる?」と不安な人が、我々の怒りの矛先と気持ちを分かって安心してくれたらと思う。
この国じゃない、近代じゃない政治家(織田信長や始皇帝)なら問題にならない。もし同じ作者同じネタでも同人誌なら、きっとそんなに問題視されない。じゃあ、どうしてこんなに声が上がっているかと言うと、
以下で、少し詳しく説明する。
①この国の近代政治家のかわいいキャラ化が駄目なのは、その政治家が踏みにじった人とその子孫」をもう一度傷つけるから駄だ。政策(戦争含む)で傷ついた人、差別に苦しむ人、そしてその子孫のまだ痛む傷口を、「辛い〜でも尊い🙏」と消費してしまう。だから、近代のキャラ化は慎重にしなくてはいけない。
例えば、星野源の横で犬を撫でている総理を、キャラ化にして「かわいい💞」と萌えている人が隣にいたらどうか。私なら「おまえをもやす」と言いたくなってしまう。この企画が進行することで、これのもっともっとキツイやつを感じる人が、たくさん出る。在日コリアンの方の苦しみと不安は、いかばかりかと思う。本当に辛い。(詳しくは、この本がおすすめです。
レイシズムとは何か https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E3%81%8B-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A2%81-%E8%8B%B1%E8%81%96/dp/4480073531)
また、現体制へのプロパガンダとなる危険が大いにある。過去の総理のキャラ化を皮切りに、今の総理をキャラ化したくなるのは想像に固くない。私も年季の入ったオタクなので、その状況になったら絶対創作する。そして、創作したら愛着が湧く。創作する前よりも、現総理と現政権へ好意的な気持ちに変わってしまう。
税金で桜を見られようと、ヘイトスピーチを容認されようと、ひとたび萌えれば必ず現体制に好意的になってしまう。私は見境のないオタクなので分かる。あなたはならないかもしれないが、一定数のオタクは絶対なる。
まず、文豪の作品。政治家は常に大きな影響力をもつ。文豪が直接人を害する数とは比べ物にならない。ここが近代文豪を取り扱ったものとこの企画の違いだと思う。
そして、FGO。織田信長や始皇帝がかわいいキャラ化されても、現代の政治へのプロパガンダにはならない。その点がFGOは薄皮一枚違う。
さて、戻って、②日本全国の本屋コンビニに並ぶこと。これが一番本当に駄目。
私はアイディアや創作は自由であるべきだと思うし、ねほりんぱほりんで言ってた「裾野が広いからこそ山は高くなる」っていうのがその通りだと思う。デボン紀のようにあらゆる方向に向かって作品が生まれる中で、今までになかった素敵なものが生まれると思っている。作者は想像力やキャラデザインの魅力のある人だし、どんどんアイディアを出したらいいと思う。
だからこそ、出て来たアイディアを日本全国の本屋コンビニに並べていいか、出版社には倫理観に則って考えるのは出版社の仕事ではないだろうか。
作者に落ち度がないとは言わないが、自省にはある程度限度がある。(その点、最近の漫画家さんの作品の自省や価値観のアップデートは素晴らしいと思う。)
繰り返しになるが、ジャンプSQに掲載して日本全国の本屋コンビニに並べていいか、まだその政治家について予備知識のない10代に見せるものか倫理に照らして出版社でしっかり考えるのが仕事ではないだろうか。18歳から選挙権はある。
いだてん面白かったしゴールデンカムイ面白いし、近代作品もっと増えてほしい。
でも、安易で思慮の少ないかわいいキャラ化は、その無配慮故に笑いながら誰かを刺すことになる。私がそうだった。今になって自分の思慮の無さを猛烈に悔いている。だから同じようになる人は増えないでほしい。
分別のある人は、易易とは取り扱わないか、しっかり調べて練ってから作るか、ゾーングするかする。
そのどれも怠っている様子が見られるから、心配だし不安だし、怒れるゴリラのように荒れている。
もしあなたが、あの企画を見るときには「かわいいイラストコーティングをされた現総理への惚れ薬」を食べることをイメージして心して食べてほしい。でも、見るも見ないもあなたの自由なので私には止められない。
ここまで読んでくれた方がいたなら、ありがとうございます。あなたは、いい人です。今度会ったらバナナあげます。🍌