はてなキーワード: 遊園地とは
(書きなぐりでごめんなさい)
全く情報なしに観に行ってきた。
涙腺がかなり緩い方なので、観賞中、何回か泣いちゃうんだろうな……とか予想していたが、
結局、全く泣けなかった。
すぐ物語に入り込み、即座に泣くタイプの私が、ここまで感情移入できないのは珍しい。
口直しと言ったら失礼だけど、「大人が観ても楽しい子供映画」を観たい気分になった。
良い作品を進めてもらえると嬉しい。
◎結論
傑作ではない。良い映画とも言い難い。
「子供向けだと思って大人が泣かされる」と評された映画はいくつもあるけど、
そうした作品と同レベルを期待していくと、とてつもなく落胆すると思う。
【以下、ネタばれ有り】
◎見どころ
良かったのは、冒頭のすみっコぐらしのキャラ紹介の場面。
トンカツ(すみっコぐらしのキャラの一人)の端っこは、肉が少なくていつも残されちゃう。
二人とも、いつか食べてくれる人に出会えるといいな、と思っている。
このあたりで、「すみっコぐらしってそういうコンセプトのキャラ達なんだ。面白い!」と感心した。
でも、ここがこの映画の最高到達地点だった。
◎キャラ
オオカミ(コミカルでカワイイ)、キツネ(カワイイ)、鬼(ほぼどーもくん)のキャラは
とても可愛らしく、好きになった。
似たような見た目、似たような性格で、劇中もほとんど個性が描かれず、魅力を感じなかった。
元がゆるキャラ(?)なのが不幸の元だったのかもしれない。
のんびり、まったりがコンセプトの彼らに、強い意志を持たせたり、自らの考えを語らせたりするような表現を
させたくなかったのかもしれない。
例えば、自分探しをしているというペンギンが、仲間を探しているひよこにシンパシーを感じるシーンがある。
だが、自分探しも、ひよこへの協力も、訪れる別れも、すべてが空々しく見えた。
なぜなら、ひよこをどうしても助けたいという意思、そう決意する経緯、
ひよこのことを心配する素振りも、一切何も描かれてこなかったからだ。
ラスト間際の別れのシーンで、急に別れのつらさを表現されても、口先だけというか、
制作側が場面を盛り上げるために用意されたセリフとしか、私には見えなかった。
トンカツ&エビフライとか、トカゲ&ニセつむりとか、設定は好きだし、
ネコの爪とぎとかモーションは可愛らしいんだけどね。
キャラ紹介の導入は良かったものの、平板な展開がだらだらと続く。
終盤まで退屈という声がしばしば聞かれるが、全く同感。
「どこを楽しめば良いの?」という思いながら観てた(後述)
終盤には、とってつけたようなピンチにおちいる。
そして、100人中100人誰でも思いつくような、ありきたりな展開で皆はピンチから脱出する。
◎驚いたところ
観ている方は「さあどうなる?」と期待するのだけど、何も起きない。
時間が来ると、勝手に別の物語の世界にキャラたちは飛ばされるだけ。
まるで遊園地のアトラクションを赤の他人が体験しているところを見せられているようだった。
だから、「これ、どこをどう楽しめばよいの?」という感想しか出てこない。
※2つのシーンは良かった。
1つ目は、赤ずきんちゃんの世界で、トンカツ&エビフライがオオカミに食べられそうに
なって喜ぶギャグシーン。
2つ目は、人魚姫の世界で、ニセつむり(カタツムリに化けたナメクジ。塩水は苦手)が
海水に落ちそうなところを、トカゲ(実は恐竜の生き残り。正体を隠している二人は仲良し)が
体を張って助けたシーン。
制作者が物語の見どころを作る必要性があると認識していることが確認できた点で
映画を観ようという気力が湧いた。
突然メールが来たり送ったりして、そこから一か月くらいめちゃくちゃ仲良くなって遊んだりして、その後しばらくフェードアウトしてまたやり取り始まって復活、みたいな状態を何年も続けてた女友達
LINEしても連絡つかなくなったなーブロックされたかーと思って普段見ないtwitterの垢見たら結構前に自殺してたの知って、整理ついたので書いた
高2の終わりに知り合った当時、こっちは進路と親との不仲でとにかく最悪な精神状態だった時期で、向こうも色々荒んでたみたいで同い年、しかも誕生日も近くて謎に意気投合した
ネットからの繋がりだから気兼ねなく言えないことを暴露して相談に乗ってもらってた。相談だけじゃなく、普通の高校生みたくゲーセンやショッピングモール、海岸で遊んだりもあって。
向こうの方が先に浪人終わらせて遠方に進学してからも泊まりに行ったりしてたんだけど、こっちが逆側の遠方に進学してからはLINEで定期的に「今どうよ」みたいな連絡とる感じ。
情緒不安定の思春期を共に戦った戦友みたいな?そんな存在だった
死んだこと知った時も悲しいとか寂しいとかより、喪失感?「あー、お前の方が先だったか」って感じだったけど、国際通りのカラオケで一緒に歌った曲聴いた時はちょっと泣きそうになった。今は無き夜の首里城とか行ったら涙腺崩壊しそう
自殺未遂がどうとか人生はクソとかも沢山愚痴ってたけど、最後に会った時は大学生活も順調そうで「メンタルも安定した!」って言ってて、当時宅浪ニートで社会不適合まっしぐらの自分と比較したらとてもキラキラして見えた。お前めっちゃ女子大生してんじゃねえか!とか煽った記憶がある。
彼女が自殺した夏は何してたっけと思って過去の写真を見たら飲み会海水浴遊園地デート、完全にキャンパスライフと夏休みを謳歌してた。
何故死んだか、首吊りか飛び降りかも知らないし正確に何月何日か、そんなことも知ることが無い希薄な関係性だった。
でも当時相談に乗ってもらったからこそ、アドバイスで背中押してもらったからこそ、今は自殺という同じ選択肢を遠ざけられていると思う。
例えば実家出た方がいいとアドバイスされた通り、北海道の学校に進学してから本当に精神が安定するようになった。
同い年なのにいつ会っても話しても常に自分の先を行かれてるような感覚で、型にはまらないような自由さは、色々な"すべき論"で凝り固まっていた自分にはとても新鮮で、憧れであり、目標でもあった。
実際その目標は達成できたかはわからないけど、昔よりはだいぶ自由になれたんじゃないかな
お礼は言いたかったのに言えずじまいだしということで一応、漫画みたいに夜の海に向かってありがとうございましたと叫んでおいた
ていうか沖縄行った時借りてた二万返したいんだけど、北洋銀行からあの世には送金できねえんだわ
旅籠屋2部屋2泊が32000円が身の丈にあってるけど、数年に1度の旅行で別部屋もちょっと。
9万円は確かに高い。交通費や昼食代、娯楽施設代であと3-4万ぐらいはかかりそう。
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妻が三日の休暇を取り、子どもにどこに遊びに行きたいか聞いている
「泊まる必要はないんじゃないか」宿代がもったいないので妻に確認する。
「私3万出すから、温泉旅館予約しといて」とかのたまってきた。
俺は家族4人で2泊の部屋、どう考えても10万以上するだろと思ったが、
妻の真意(旦那の俺が多く出すのが当然か、3万で充分だろ)を確かめるのも面倒なので、
何とか安めの部屋、大人2人、子供2人、2泊3日朝夕食付93000円を探して妻にメールした。
妻は明らかにテンションが低くなり、「9万円て大丈夫?もっと安い部屋無いの?」
大人一人一泊6000円ぐらいで考えてたらしい。
こんな安いホテル嫌だとか言われなくてよかった。
ニュースを知ったとき、私は母親と「7歳の子がキャンプで行方不明だって!かわいそうだね!」って言い合ってたんだが
私の母親は知的障害か発達障害でもあるのかなーと思うくらいのキチガイで
私は子供のときに何回も迷子になったが、母親は別に自分の子供が迷子になっても平気だった。
遊園地で迷子になったとき、母親はいとこが私の面倒を見てくれてると思い込み、私のことなど気にせず大人同士で遊園地を楽しんで、私の様子が見えなくてもずっと平気で
私はずっと迷子の子供のために用意された部屋で待機してたことは一生忘れない。
日がとっぷり暮れて真っ暗になって、母親がようやく迎えにきて、「いとこと一緒にいるんだと思ってた!」と言われたときには腹がたったし、惨めだった。
あのときの感情を私は一生忘れないけど母親は、忘れている。この他にも母親の毒親エピソードの思い出はたくさんある。
毒親って子供に、やった酷いこと平気で忘れてマトモな人間ぶるから。
美咲ちゃんにはどうか生存しててほしい。美咲ちゃんが一人で遭難したのか、誰かに連れ去られたのか、どこかに滑落してしまったのかわからないけど
どうか生きて見つかってほしい。
エアコンはつけるな。
うなぎは食うな。
牛肉は食うな。
夜に街に明かりをつけるな。
飛行機は使うな。
市民の娯楽や、人によっては勤務先を脅かす内容ばかりじゃないか。支持されるわけがないんだよ。
熱烈に支持しているのは、禁欲主義者か他人の娯楽をとりあげて喜ぶ奴らばかりに見える。
地球温暖化が起こっていることと、気温上昇幅を科学的に示せば、市民は説得されるはずと考えてる人がたくさんいるようだが、そんな「科学」に脅し以上の説得力はない。
科学者だって日本が得意な、エネルギー大量消費な素粒子観測や宇宙開発・スパコンは停止させられる可能性を考えれば、日本が競争力を失う可能性を危惧するだろう。
エアコンをつけない生活と、外の気温が少し上昇するのどちらを選べと言われたら普通は後者を選ぶし、毎日牛を食べられるわけではないが、今日は焼き肉やすき焼きをしたいという日に、環境のために我慢しろと言われるのは不愉快だ。
都心部は仕事する大人の為の場所であって、騒ぐ子供とか害悪以外の何者でもないと思う。100歩譲って休日に都心部に子供連れてくるならともかく(それでも、都心部より子供にお似合いのSCやら遊園地やらがある郊外で過ごせやとも思うけど)、平日に都心部に子供連れ込んでくる親って一体何考えてるんだろう。迷惑ですよ、あんたら。
平日の都心部は皆生産性を高めるために努力してる場所なの。そこにぎゃーぎゃー泣きわめく子供がいることがどれだけ邪魔なのかなんで分からないかな。あんたら普段の子育てで耳が狂ってるから子供の声が気にならないんだろうけど、大人にとって子供の騒ぐ声はひたすら不快で邪魔なの。
子供の鳴き声が一定のデシベル超えたら迷惑禁止条例で捕まえるとかしてくれないと、国の生産性が低下して本当に迷惑。日本中いくらでも場所があるんだから、都心部に立ち入らないでも子供はいくらでも生きていける。お願いだから子供を都心部に連れてこないでください。
男が一人でいるとめちゃくちゃ目立つ立地だし
アナウンサー学校の授業のように妙にはっきりとした発音で「あ」と発した正面の座席の女子中学生は、顔面からバタンと倒れて動かなくなり車内は一瞬で鎮まりかえった。彼女の隣に座っていた警察官風の男が慌てて窓を開けると、床に散らばっていたプリント類が窓の外に吸い込まれ、紙吹雪が車窓を通して一枚の襖絵になった。もし10年後にこの日の事を思いだすとすれば、この瞬間のこの光景かもしれない。私は涙が止まらなくなり、隣の人にリュックサックを預け、車掌を呼びにその場を離れた。2つ車両を移り一番先頭のダクトテープで完全に密閉されていた車掌室に着く頃には、時計の針は午後4時を指していた。やはり車両が前に行くにつれて時間の進みが早くなっている気がする。電車の進むスピードを考慮に入れても、明らかに加速している。一抹の不安を抱きながらエレベーターで地下4階に降りると、かつて駐車場だった場所にはミニサイズの遊園地ができていた。小さい頃に一度だけ行ったことがあるが、その時は一番の幼なじみだった友人が取り残された。今もあの時のままの姿でいるかもしれない。ブルーベリーに含まれる鉄分が有効だと一般的に言われていたが、それらの資源は20世紀前半にほとんど彫り尽くされてしまった。やはり最初の段階で心音に耳を澄ませておけば良かったと後悔している。これが今日のハイライト。
コナー編とカーラ編がよかっただけに、マーカス編のイマイチさがキツい
他編に比べて何を楽しみにプレイすればいいのかよくわからなかったのがデカい
アンドロイドとしてどうする的問いはコナー編の方がよかったし、倫理観試練と逼迫感もカーラ編の方がよかった
周囲を細かく調べても何もないわ何も変わんねーわで、ゲームをすすめるにつれマーカス編がくるとガッカリするようになった
見えてる選択肢だけで平和or暴力が大体決められるからゲーム性をあまり感じなかったのもある
ストーリーにしても、アンドロイドの思想や行動の多様性とか全然ないし、とにかく解放が大正義で逡巡皆無だし、自由意志喚起のはずなのに全員戸惑いゼロだし、即マーカスに従うから洗脳に見えるし、アンドロイドの死の定義がされないからなんか死の危機がふわっとしてるし。どこ負傷したら死んでどこなら平気なの?自己の連続性についてはどういう認識?定期的に生体部品を交換しないと機能停止するっぽいのになんで遊園地のアンドロイドは稼動できてるの?アンドロイドにとっての生と死って何だったの?そこら辺を説明するのはマーカス編の役目だったはず
アンドロイド差別やゲーム内妨害はコナーの方がじっくり受けてるのと、カールがいい人過ぎてアンドロイドヘイトの辛さが吹き飛ぶので、「ダントツで尊重されてたのに急に俺めっちゃ辛かったわとか言い出した」感が拭えない。というか思考の変化についていけない。思想の変化に重要な事を匂わせ程度にしないでほしい
コナー編の出来からして絶対マーカス編だって良くできたはずなのに、安易にキリスト的救世主路線になり過ぎ
ロボットを奴隷制の比喩にして物語を作るのは駄目じゃないが、それで「ロボやAI特有のアイデンティティ」を語った気になられるのはちょっと
いつまで経っても「AI描写は攻殻機動隊の方が良かったな」と思いたくないんだけど、アメリカ文化からそっちの発展性って生まれないのかねぇ
サークルで遊園地に行った。そこの本格派お化け屋敷に行こうとなり、運のめぐり合わせで好きな人とペアで行けることになった。
この先この人と付き合えなくても、この日の思い出を胸に生きていける。それくらいハッピーな出来事だった。でも私は幽霊フォビアとも言うべき、もう自分ではどうにもならない恐怖心があった。
小学生の頃に母がファンだった地獄先生ぬ~べ~やらゴーストハントなどの漫画、リング、螺旋などの映画を見て育ったものだから、あり得ない怪物や幽霊というものをどこか信じてるような、根源的恐怖を抱くようになっていた。特にゴーストハントは怖くて、今も真っ暗な天井から、髪を垂らした女が出てくるのではと怖くなることがある。
私はそういう恐怖心を抑え込んで憧れの先輩との束の間の時間を楽しもうとしたのだが、まあ、駄目だった。ガチでもうトラウマスイッチ入っちゃって、もうねそこに津波でも来てんのかよみたいに必死に泣き叫びながらリタイアした。死ぬほど恥ずかしくて消えてしまいたいと思ったよねマジで。夏になると思い出す。辛い。
分かるなぁ、こりゃ出会いが悪過ぎるよw
なのにみんなしてドラクエドラクエ言ってるし、やらない奴はRPG好きじゃないみたいな風潮だもんな。
誰かに聞いて欲しいみたいのはあるだろうし、ドラゴンボールが駄作だって評論して滅多打ちになってた記事が少し前にあったけど、ああいう逆張りじゃなくて普通に嫌な記憶ばっかりなんだからこう感じるのは仕方ないと思うぜ?
ただまぁこれってDQ6が悪いんじゃなくて、セーブ方法が原因じゃん? 素晴らしかったって自分でも書いてるし、心の傷が癒えるまで待つしかないよな。
助けになるか分からんが、リアルタイムでRPGが拡まっていくのを思春期に経験してたオッサンの長ーーーい話でもポテチ食いながら読んでくれ。暇な時でいい。
「あー、ピコピコやるやつですごろくみたいの始めたのか。ちゃんと勉強もしろよ?」
「しょーがねえなぁ少年ジャンプとガキ共は。まーた欧米かぶれの下らないゲームで盛り上がって」
「まぁ子供の入門wwにはいいだろw RPGは難し過ぎるし、アラレちゃんの奴(笑)が絵を描いてるんだろ? エンガチョだよなw」
体感、一つ目が7割、二つ目が2割、最後の意見が1割弱って感じだな。尤もゲームを多少は知ってる人間の話で、半分以上の人はもっと批判的か無関心だ。
興味ないとか不良のやる物とか面白そうだけど目が悪くなるとか、どうせファミコンなんて一過性のブームだろうとか、放っておけば飽きる、とかな。
大人がどうしてファミコンを許してくれたかっつーと、ゲーセン行かせるよりマシだったからなんだよ。
ゲーセンってのは不良とヤクザと仕事をしないサラリーマンの営業と、後は風俗か水商売の女が男に連れられて行くもんで、要はインベーダー喫茶に毛が生えたヤツな?
おもしれーだろ? スペースハリアーとかグラディウスがあるのに世間はインベーダーなんだよ。それに毛が生えた程度にしか思われてねーの。
もうちょい詳しいとギャラガとかパックマンくらいか? ゼビウスもあったけど「まぁ若い子の一部には変なモノが流行ってるな、マイコンマニアは無害だしエレクトロニクスの時代だからそのうち使い物にはなるかもしれない、放っておけばいい」って感じだよ。
大人たちは高度経済成長からバブル真っただ中で忙しいんだけど、マジメな人がゲームは無害かどうか見守ってた空気だな。
っつーのはさ、『みんなそんなに遊ばない』んだよ。
子供だからピコピコやってても見逃して貰えるけど、基本的にまともな大人は遊びの話を人前でするものじゃねーワケ。悪い事だったんだよ、それ。
庶民の娯楽として市民権があったのはボーリングと映画だな。運動は身体を鍛える物だからスポーツはキホン除外で。
釣りは生活の一部(の延長)で、テニスとゴルフは限られた金持ちの趣味で、健全な奴はキャンプとか山登りとかか? いやネクラ君達には卓球もあったなw
まぁオッサンもガキだったから勘違いもあるかしれんが、遊びってのは『大人の許す範囲でやるもので、豊かになったから恵まれた子供達を好きにさせてやってる』って感じだった。街を作るのに忙しかったんだよ、大人は。後はその弊害を処理するとかな。あ、夜の遊びは例外な?
どう言ったらいいか難しいんだが、別に今を否定しようとかってんじゃなくて、大人と若者には明確な溝があって気楽に口を利いて貰えないっつーのかな?
俺は都会の人間だからかしれんが、道路も上下水道も電気もガンガン整備しなきゃいけないからガキはどいてろって空気なんだよ。日本中。
…んで、激しい仕事が終わった連中だけが飲んで騒いでよくて、仕事付き合いしながら店で歌ったり踊ったりしつつ駅とか公園とか会社で寝てまた仕事するワケよ。
それが当たり前なの。w スゲーだろ?
日曜日に休める幸運な大人はテレビだな。ちゃぶ台とビールで。だらしない人は横になって。
上に書いた娯楽は会社の許可が必要(申請書はいらない)みたいな感じでさ、家族サービスとしてデパート、遊園地、動物園なんかも認められてはいた。
長いけどジーサンバーサンと会話が弾むかもしれないから、もうちょい我慢して付き合ってくれ。
そういう中でのゲームってのは、娯楽のオコボレとしてひっそり発展してた。
例えばバッティングセンターの片隅に。
ボーリング場や温泉やゴルフ場の待ち時間潰しや、遊園地の片隅。
毛色の違うものにとしてLDゲームもあったが、まぁそれは置いとこう。
大人には相手にされない子供騙しのゲームは、ユダヤ人貿易商のテコ入れもあってインベーダーブームでヤクザの懐を大いに潤したが、“ほんの5、6年”で下火になって行った。
一部のエレクトロニクスマニアは自分で作ったり改造したりもしていたが、技術屋さんが変わり者なのは仕方ないってのと、将来のメカトロニクス産業を支えるかもしれないから、って見逃されてた感じだ。
あと、パチンコ産業も大きく関係してるが複雑過ぎるし知識が足りないからそれも省く。
ともかくそういう中でマニア(オタクじゃねーぞ?)の趣味としてブロック崩しが一時期売れたりしたんだが、それは大人の玩具って位置付けで高級パーティーグッズに近かったかな。8トラとかみたいにさw
めんどくせーから時系列を丁寧に整理しないが、縁日の射的や温泉卓球のオマケとしてブロック崩しが拡まり、インベーダーで日本中の100円が足りなくなり、家庭用単機能ゲーム機が玩具として売れ始め、パックマンやギャラクシアンやドンキーコングとかマリオブラザーズとかゲームウォッチなんかのブームもあって不良少年が社会問題化したので子供のゲーセン出入りが禁止され、ヤクザと無線屋とジューク屋と興業屋がシノギを削ってそこにマイコンブームが来て、玩具屋も巻き込んで産業スパイ使って殺し合いをしながら兎にも角にもファミコンは誕生した。
「一家に一台、ファミリーコンピューター!」
https://www.youtube.com/watch?v=gguhhdbXD7A (当時のCM動画)
ってな具合よ。
大してして話題になってねーけどな。
マイコンブームってのはまぁパソコンと同じで若者が勉強するなら仕方ないって面があってだな? アメリカから技術や文化を学ぶために赦されていて、ウルティマだのウィザードリだのをマイコン好きやその開発者がこっそり持ち込んで研究してたらしい。主流はパズルとアドベンチャーゲームな。息抜きにアクション、暇潰しにシューティング。変態野郎がエロゲ。
んで、ハイドライドやドラスレが出て、そういうのに関われない可哀想な子供の為に何とかごまかしてジャンプが無理矢理宣伝して売ったのがドラクエってワケだ。
いやー辿り着くまで長かった。ww
当時のマイコン誌とか全然詳しくないんだが、エロと一緒にRPGブームを作ろうって盛り上がってて人気はロマンシアだな。
都築和彦 大浦孝浩 山根ともお 佐藤善美 なんて出てるが、この辺が一流のイラストレーター様で鳥山なんざアメコミカブレのギャグ漫画家で、偶々アラレちゃんで当てたロリコン野郎だったんだ。
分かるな? 子供向けだから許される変態スレスレの漫画家ってポジションだ。
本人がどうかは知らんが小児性愛者スレスレの際どいシュール漫画をヒットさせてて、コメディだから許されてた。本格的な変態はうる星やつらを読んでたから、それで被害を免れてた部分もある。
宮崎事件はまだだから大してバッシングもされてないし、手塚や水木一郎みたいにグロくないからまぁ読ませといてやるかってレベルだ。
高尚なイラストレーター様達はマイコンゲームを上流の趣味として仕掛けていなさったんだよ。っつうか、それに加わってらっしゃった。
少なくとも俺や俺の周囲の視点ではそうだったって話かしれんが、テクノブームとゼビウスがなければファミコンはあんなに受け入れられてないし、マイコンマニアがそんなに御大層なモノかっつーとガキの遊びよりはマシだが「ちゃんと育ってくれればいいけどねぇ」ってのが世間の目。そして市場的にはキャプテンシステムの復興なるか? スーパー301条でまたやられなきゃいいけど…、ってのがあって家電を支えるから変人の趣味として黙認されてた状態だ。
そのごく一部だぞ? そういう不真面目な研究家っつかーの中のホンの一部が、西洋ファンタジーを輸入する事にした。
ガキの遊びで性能はそこそこだがアタリショックの後だから「どうせ消えるでしょw って言うかコンピュータじゃないじゃんww」みてーな。
結論としてはだな?
マイコンマニアが愉しんでいる残りカスを下らん少年誌の連中が怪しいソフトハウスと組んで出来損ないの子供騙しを売り出したのがドラクエで、当時は殆ど売れなかったんだ。
ファミコンを最強にしたのはスーパーマリオであって、それにビウスブームが加わり、ナゼか狂ったように売れたジャンプの力があってようやくドラクエ2が少し話題になっただけなんだ。
ゲームの出来としてはFFの方が上だし、ストーリーはヘラクレスの栄光の方が評価されてた。
ちゃんと世界背景が練られてないじゃないか、と。なんだこの雑なグラフィックは、と。
パスワードとか拷問だよなww でもマイコンプログラミングに比べたら単純だし、子供の文字を覚える勉強くらいにはなるだろww
ファンタジーなのにタケヤリが武器屋で売ってるんだから、やっぱギャグだよなぁ…。
まぁ鳥山は独自の味があるしギャグ漫画家だし、ともかくガキの遊びだから許してやろうぜ、と。
そうして大人と若いお兄さん達に見逃して貰いながら、戦後最大のパワー(他の世代の倍の人数だ)を持った団塊の世代の子供達は「きっと次はもっとすごくなる」とか鬱屈した思いを抱えつつ、ようやくセーブ機能を実装されたドラクエ3に狂喜乱舞する事になるワケだ。
この当時には受験戦争って言葉もあってな? まぁもうドラクエやってる時点で大半は負け組なんだが、そういうストレスが子供の逃避として機能してたのもあるかもしれねー。
それから小・中学生が初めて見るファンタジー世界の冒険を嬉々として大人に語ってたら、中々ぶん殴って勉強しろって言い辛いだろ?
修学旅行にファミコン隠して持って行って旅館のテレビでみんなで遊んだとかどーしようもねぇバカもいたみたいだけど、そこまでするくらい好きなら勉強すれば許してやるかって笑いになるだろ?
うわーもう超なげーわw
軽く見直したけどなんだよコレw オッサンどんだけ語りたいんだよ?ww って感じだけど、でもまぁオッサン達にとってサクっとこれくらい書けるくらいの思い入れは結果としてできちまったんだ。ネットで対立煽りが盛り上がるように、苦労したり批判されると人間ってムキになるだろ? その方が熱意も強くなるんだよ。
それから人口比ってのはデカくてさ、マイコンのお兄さん達には遊んでばっかりでごめんなさいって部分もある(でもバブルは恨んでるけどなw)んだが、元増田みたいに感じてる若い子が出てくるんじゃねーかと最近不安になってたらやっぱりねって感じで、それでも思ったよりマイルドだし、きちんと自分だけの問題として語ってるから「もういい加減に叩くのやめてくれよ」って気分にならずに済んでて、俺達世代としては「ゴメン無理矢理押し付けたりしないから頼むからもう批判しないで」って言いたい。キミに、じゃなくて世間になんだけどな。
もしかしたらそれがメインでこんなに長く書いてるのかもしんねー。
感じ方は自由だし、言うのももちろんだし、それを否定する気はない。
ただ、オッサンらは戦争も知らないし高度経済成長には貢献してないし豊かさの頂点で育たせて貰ったから、負け組世代として罰を受けてるのかもしれない、とかもちょっと思ってる。
ゲームばっかりしてて悪かった。
マンガもたくさん読んでてすいません。
子供も作れてないし収入は低いし老いた親を満足に面倒見る蓄えもなくて申し訳ない。(っつってもそういうヤツの比率や世代差がどれくらいかまで知らねーけど)
だけど、それだからせめて精一杯楽しんだゲームで辛い思いをしたりして欲しくないってのは割とあって、スマホゲー禁止とか言わないし弾圧されるんだったら助けてやる。
助けてやる力は碌にねーんだけど、そうしたいと思ってる。
唐突だけど終わる。言いたい事は書いた。