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はてなキーワード: 生態系とは

2012-03-13

書き直したって、いいんだよ

http://www.yamdas.org/column/technique/hatenablog.html

 なお、タイトルに PART I とあるが、このネーミングはメル・ブルックスの『珍説世界史 PART I』にちなんだもので、PART II 以降は存在しない。つまりあなたソフトウェア企業)が絶対すべきでないことは、Joel Spolsky にとってこの文章に書かれることだけなのだ。それは何か?

 プログラムスクラッチから書き直すことに決めることだ。

まぁ、そんなわけないんだけどね。

最近はてな体たらくへの失望感名前を付けたい」というだけの文章にマジレスするのも我ながらどうかと思うし、気持ちは分からなくもないんだが、最近は「はてブ」以外全く使ってない俺でも、長年お世話になってきたはてなに対してそれなりに愛着というものがあるわけで、ディスられるばかりの流れに少しばかり反抗を試みたい。これは、それだけのエントリだ。

というわけで、以下に書くのは、技術の話でも倫理の話でもない。どうか気軽に読んでほしい。

書き直してはいけないのか

実例を挙げる。

今やワールドワイドな影響力を持つ勝ち組ソーシャルサービスTwitterだが、彼らは、ここ数年でバックエンドの大半をスクラッチから完全に書き換えたしかも、RubyからJavaへと、使用言語すら変更してしまった。

http://d.hatena.ne.jp/teppei-studio/20110709/1310168002

もう一つ。Tumblrも、LAMPアーキテクチャからJVMベースへ切り替えた。その過程で、Twitterオープンソース化した技術を取り入れたりもしている。

http://blog.kyanny.me/entry/2012/02/19/002256

『「古いコードクズだ」というのは錯覚だ』というJoelの意見は、一面では正しいが、他の面では間違っている。なぜなら、あるソフトウェアに求められていること(要件)は、時間と共にどんどん変化するから

書き直そうが、書き直すまいが、一番ダメソフトウェアとは「ユーザの要求に応えられないソフトウェア」だ。規模や環境の変化によって古い技術技術限界に直面したり、ビジネス環境の変化に追随する必要が出てきたのなら、「スクラッチから書き直す」のは立派に一つの選択肢だ。

技術の変化

はてなダイアリー最初バージョンがどういうものかは俺もよく知らないが、おそらく「LAMP」がエッジなキーワードとして持て囃されていた頃に書かれたプロダクトなんじゃないかな(間違ってたら突っ込みを)。それから時代下りRuby on Railsに代表されるCoCフレームワークの登場を経て、今や大規模分散や非同期を前提としたアーキテクチャが当たり前の時代。当然改修はしているだろうけど、MySQL職人芸で負荷分散していた時代から大分遠いところに来たのは間違いない。

何より、はてなダイアリーといえば「はてな記法」とカスタマイズ自由度の高さがウリだったわけだが、これらの存在が、今や機能追加や改良の妨げになっているとしても不思議じゃない。

はてなブログ開発の動機として「今どきの技術で、最初からやり直す」というのがあるのは間違いないが、それは「スクラッチからの書き直し」だから悪手なのだろうか。結局のところ、レガシーコードメンテナンスを続ける場合と比べてどちらがより低コスト、という話の結論によるとしか言えない。

ビジネス環境の変化

はてダソーシャル要素といえば「トラックバック」と「idコール」と「キーワードリンク」だったわけだが、全部Twitter(とTogetter)に持っていかれたよね、という話。

から、「はてダver.2」や「ブログ2.0」を望む声が大きいのは理解できるけど、ぶっちゃけ、そんなもんに開発リソースを突っ込んでも勝ち目なんか無い。んで、それに代わるアイディアを持ってる奴はどこにもいないと。だから既存コードの改良ではなくスクラッチから書き直し、スモールスタートでフィードバックを受けながら方向性を考えていく、という方向性はそんなに間違っていないと思う。

ただ、現状を放置すると「それTumblrでできるよ」という話にしかならん、というのはその通りで。それ以外だと、もしgithubblogサービスを始めたりすると、かなり客を持っていかれるのではないかという予感はする。いっそのこと、Tumblrのデッドコピーから始めるのが一番早いのかもしらんね。

技術の体系化の弱さ

少し別の話を。

https://github.com/twitter

これは、Twittergithubレポジトリだ。上でも書いた通り、Twitterサービススクラッチから書き換えた。で、その過程で開発した内部向けのフレームワークを、どんどんオープンソース化している。彼らが、内部の技術をきちんと体系化して再利用可能にしていることの証左と言える。

一方、はてなgithubレポジトリ。正直、サンプルとかプラグインばかりですね、と。

https://github.com/hatena

色々と理由はあるんだと思うが、一つ思うのは職人芸頼りで自分たちの技術を体系化するという部分が弱いんじゃないか、ということ(はてな発のオープンソースで広く使われてるのって何かあったっけ?)。

先ほどから散々「書き直していい」と主張しているが、誰かが言っていた通り、技術本質を捕まえきっていない状態でフルスクラッチをやっても、失敗する可能性は高い。はてなブログがどちらなのかは、中の人しかからないことだけど。

マネタイズ

はてな経営的にあまり状況がよろしくない、という推測はおそらく当たっているのではないかと思う。

タイムラインで、誰かが「まっとうな方法収益化する方法を真面目に考えるべきだった」と言っていたのを見た。それをしていれば、今回のような事態を招くことは無かったのだろうか。

だが、「まっとうなビジネスモデル」とは何だろう。実際問題として、ここ最近成功しているネットサービスビジネスモデルで「ターゲティング広告」と「マスなユーザベースから抽出したビッグデータを解析して売る」以外で何か有力なものはあっただろうか。FacebookにせよTwitterにせよ、収益化の原動力はユーザ行動解析だったりするわけだ(彼らがオープンソース化に積極的なのはインフラ技術差別化の源ではない、という面もある)。

まぁ、あとはガチャだが、どちらにせよ現状では高木先生逆鱗に触れるようなものしかないよね。

そんなわけで、それらに代わる第四のマネタイズモデルを思いついた人は、ぜひ近藤さんに教えてあげると良いんじゃないかな。あればだけど。

最後

今後はてながどうなるかは分からないけど、一つ希望したいことがあるとすれば、故伊藤計劃氏のダイアリーがこの先も保全されることを望みたい。

それは、エントリを全て魚拓しろ、という話ではもちろんない。彼の生前に書かれたエントリは、当時の「はてな」という生態系を構成する一部でもあるわけで、そこから切り離して文章だけをアーカイブしてもあまり意味がない。

まりネット過去を作ってきたものとして、現在適応しながら、未来へと生き残って欲しいと、そういうことです。

2011-09-30

出会い厨さ

一昔前まではmixiが最高の釣り堀として機能してたようだが最近生態系が変容しているような感じなのか??いや自身釣り師じゃないからよく知らんのだけど。かなり最近mixiとか廃れてきてると思うんだがそこにいた彼らは生息域をどこに変えたんだろうか?以下大雑把にサービス別で

mixi

まじで廃れてる。基本的にみんな3日以上ログインしてない

グリー、モバゲ

よくわかんない。てかそもそもメールとか超制限してるよね?これで出会いとかに使ってる奴は多いのか??

Twitter

これに手を出してるって割と一部だよなあ。あと相互フォローしてないと個人的に連絡取れないし不向き。

フェイスブック

まさにイノベータ層でしょ?まあ大学生ユーザもどんどん増えてるみたいだが

はてな、にちゃん的な匿名

無理無理。正直男女比が相当男に傾いてるのも事実だろ多分。

・その他のサービス

ヤフーのとか渋谷宣伝しまくってる某とかな。でもどうなんだろ。まともなの無くてサクラだらけってイメージだわ。

いや単純に疑問だっただけなんだけどね。ほとんど感覚値で書いてるし思うところがあったらコメント頂ければ。基本的には条例等法制度も異性間マッチングに関しては否定的ではあるけれども、正直経済のアップサイドが見込めない中でコミュニティメイキング人生満足度を左右する枢要なパラメータになってくるっていうのは宮台はじめ様々な論者の説くところだと思っているんだよね。

まあただこういサービスに頼る時点で所謂恋愛弱者だとも言えるし何とも。ただ最近期間工の人か誰かが忙しすぎて出会いないわー、みたいなスレ立てしてたしまあ忙しくてどうしようもないというのも事実なんだろうなあと思ったんだわ。

結局世の中が求める形に収斂してくんだろうけどね。まあまとまりきりそうにもないのでこの辺で。

2011-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20110727164957

ダムだって環境破壊するし、生態系をごっそり変える可能性があるし、決壊の恐怖がある。

火力発電だって化石燃料の採掘や消費が世界に及ぼす影響について、いまだ完全な調査がなされていないし、事故による周囲を巻き込んだ爆散も予想できる。

風力に至っては、風に干渉することにより、世界気象に影響を与える可能性だって捨てきれない。

(雨を降らす技術そのものはあるが、積極的にそれが使用されないのは、気象への影響が懸念されるから

どんなのもにもリスクはあるが、それでも放射性物質を巻き散らかすよりはマシって議論でしょ。

安全無害な完全無欠のエネルギー、なんて誰も喧伝してないでしょ。


そういう事を言い出せば、温泉の利用だって「正しい」かどうかはわからんし。(地震火山活動に影響を与える可能性とかさ)

2011-07-17

初音ミクLAライブ外国人感想その11

http://anond.hatelabo.jp/20110707195830

 初音ミク現象の持つCGM的側面については、外国人の感想でもしばしば言及されている。しかし、ワールドイズマインならぬWorld is Hers(世界彼女のもの)と題された以下の感想ほど、このテーマを正面から丁寧に描いたものはない。CGMこそ「クリプトン世界にもたらした最大の贈り物」との指摘はとても重要だろう。伊藤社長が主役を演じる世にも珍しい感想、という面からも一読の価値はある。

 urlは以下の通り。

http://www.manganews.info/the-world-is-hers-how-hatsune-miku-is-changing-everything-anime-news-network.html

+++++以下勝手翻訳+++++

世界彼女のもの:初音ミクはいかにして全てを変えたのか

 伊藤博之は自ら説明しようとしていた。

 「ヴァーチャルアイドル初音ミクを生み出した企業クリプトン・フューチャー・メディアのCEOとして、伊藤は人で溢れる大衆文化バンドワゴンの運転席に座っている。そして誰もが興奮しすぎる前に、彼は人々にこのバンドワゴンが何であるか理解させたいと望んでいた。

 「初音ミクは[一つのソフトウエアです」と彼は言う。「YAMAHAが開発したボーカロイド技術を使ったものです。[ボーカロイドは]歌声を作り出すエンジンで、我々はYAMAHAからその技術に基づく製品を開発するライセンスを得ました」

 言い換えれば、ミクのファンであると公言することは、KorgTritonキーボードあるいはフェンダーストラトキャスターギターのファンであるのと似ているのだ。君が応援するのは楽器――PCにインストールしなきゃならないうえに箱にはアニメ風のイラストが描かれているが、でもやはりそれは楽器だ。おまけにボーカロイドというブランドネーム自体はミクや彼女の華やかな友人たちに帰するものというより、むしろ彼らを動かす音声合成エンジンを指している。文字通りに取れば、「ボーカロイドのファン」であるとは、特定ブランドギター弦のファンであるのと同じである

 だが誰がそんな言葉遊びを気にするだろうか? どんな新興サブカルチャーでも、言葉に独自の意味が付きまとうのは普通である今日では「ボーカロイド」はそのイノベーションから花開いた仮想世界全体を示す言葉となっている。ボーカロイドとは作曲家がそのソフトを使って自宅スタジオで作り出した無限レパートリーを持つ曲のことであるボーカロイドとはそれぞれの曲に対応する画像動画ギャラリーであるボーカロイドとはそれらの画像から生まれたあらゆるミームや粗筋であるボーカロイドとはそれぞれ特有のボイスバンクを象徴するキャラクター群のことである。そして誰であれアニメエキスポに参加した者ならこう言うだろう。ボーカロイドとはそれらキャラのあらゆるバリエーションを含む姿にドレスアップしたファン層である

 これこそがクリプトンマーケディング・ディレクター佐々木渉すらも驚かせた口コミ波及効果だ。彼は「ユーチューブニコニコのような動画シェアサイトを通じて[ボーカロイドが]利用されるやり方」に驚いたと話す。「これらのサイトを使って、本当に口コミで仲間の間に広がっていきます。本当に過去に例を見ない[方法で]様々な国で人気を得ています」。つまり、本流エンターテインメントの大半が今なお企業の重苦しい手によって運営されている一方、自力推進型であるボーカロイド本質はあらゆるものをひっくり返したのだ。

 「ある意味、こんな現象相手に取り組む最良の手法を見つけるためもがき続けてきました」と佐々木は話す。「ファンからフィードバックを得るのが最良だと我々は信じてきました……いかに物事に対処するか、ファン層にとって最もよいことのためにどうするかを。急いで金儲けしようとは思っていません」

 クリプトンは、当時まだMP3ですら未発達の技術であり、ユーチューブ誕生に10年も先行し、そしてあらゆるものを可愛いアニメ少女擬人化するアイデアがまだ急増していない1995年設立された。「我々の目的はそもそもボーカロイド仕事にすることでも、[音声合成ソフトを作ることでもありませんでした」と伊藤は話す。「クリプトンは音全般――音と関係するソフト全てを取り扱う企業として設立されました」

 もし伊藤冗談めかして「ミクのお父さん」と呼ぶのなら、彼女の祖父母は最初ボーカロイドエンジン2003年に発表したYAMAHAの面々となるだろう。「そうした技術存在することは知っていましたし、それを使って何かできることがあるんじゃないかと思っていました」と、伊藤は当時について話す。「我々は既にYAMAHAと係わり合いをもっていましたので、彼らと連絡を取りそこから製品を作り出すことができました」

 だが、あたかも完成された合成音声で歌う天使の形でミクが天から降臨してきた訳ではない。彼女の根っこは、伊藤の説明によればとても粗末な形式の音声技術にまで遡ることができる。「日本では[音声合成ソフト結構一般的で、例えば駅などで使われています。そこでは列車の到着がアナウンスされたり、あるいは[乗車している場合]駅名が呼ばれたりします自動応答システムを使う電話はボーカロイドによって動いています」(想像してほしい、ミクの親戚の一人がカスタマーサービス用の電話回線で働く恐ろしいロボ電話であるという事実を)

 「当初[合成された]歌声を使うソフト存在しませんでした」と伊藤は続ける。「そうしたソフトにどの程度の需要があるのか、私には確信が持てませんでした。というか、はっきり言うなら、PCに歌わせることができるソフトを作るのにどんなメリットがあるのか分かりませんでした」

 この疑念こそが伊藤に次の手を講じさせた――それは最終的にはクリプトン歴史で最も賢い一手となった。「2004年、私は最初の[ボーカロイドソフトMeikoを作り、それに漫画風のキャラを付けました。ある人格が歌う[のを真似る]ソフトは人間にとって必要不可欠なものではなかったから、そうしたのです。人々にアピールし人々から愛されるようになるためには人間味を持たせる必要があると考え、そのための最適な手段が漫画キャラのようなものでした。このソフト結構いい成功を収め、そしてもちろん初音ミクの構想へとつながりました」

 そしてその次に起きたことは誰もが知っている。

 おそらく伊藤博之が成功した秘密は、クリプトン創業者である彼が音楽、サウンドエンジニアではなく、ソフト開発者ですらなく、何よりビジネスパーソンだった点にあるのだろう。伊藤は、あなたミュージシャンではないのかと質問されると笑い(彼はミュージシャンではない)、自身が経済を専攻したことを認めた。「音楽とは無関係です」と彼は言う。「ボーカロイドマーケティングに成功するうえで、私は自分が学んだスキルのいくつかを使ったと思います

 アニメエキスポ1日目のキーノート講演で、初音ミクボーカロイドカルトについてスライドショーを使った改まったプレゼンを始める際に、伊藤ビジネスマンとしての本領を発揮した。彼はまず自分が誰で彼の企業が何をしているかについて慣例となっている概要報告を行い、それから公式にクリプトン制作しているボーカロイドキャラクター」(あるいは、厳密に正確さを期するならソフトウエアパッケージというべきか)の一覧を示した。

 2007年8月31日に生まれた永遠の16歳、初音ミクは、今ではショーの目玉に位置している。人気で彼女に次ぐのは鏡音の双子リンとレンであり、彼ら独特の黄色い装飾と少年/少女のペアは、ミクの緑と灰色と同じくらいコスプレ業界では至る所で見かける。だが音楽制作者の視点から見ると最も用途の広い声は2009年製品である巡音ルカのもので、より深い音域と日本語及び英語で「歌う」能力を誇っている。何人かのファンは昔ながらのMeikoKaitoの旗を掲げている。その声は旧世代のボーカロイド技術の上に構築されているが、今なおクリプトンファミリーの中心メンバーである

 クリプトン以外のボーカロイドキャラサブカルチャー世界に入ってきている。たとえば声優中島愛のボイスサンプルに基づき、マクロスFランカ・リーモデルとしたMegpoidや、J-rockスーパースターGacktの声を使ったGackpoidなどがそうだ。より進取の気性に富んだ人々はUtauloid(日本語言葉『歌う』から来ている)と呼ばれるオープンソース音声合成エンジンまでも開発しており、その中で最も有名なのはピンクの巻き毛をした重音テトだ。

 音楽ソフトウエア・パッケージについて、それがまるで本物の人間であるかのように語るのは最初は奇妙に感じられるだろう。しか伊藤最初に作り出した時に予想したように、それこそがこのソフトをかくも魅力的にしている正体なのだ。これらのキャラがもたらした創造性は、伊藤プレゼンで誇らしげに見せびらかした数字によれば、ユーチューブで36万6000件、ニコニコで9万2600件に及ぶボーカロイド関連動画へと結実した。

 そしてこの成長するメタジャンルからあふれ出したマルチメディアコンテンツもある。クリプトンが運営するウェブサイトPiapro(『ピア・プロダクション』の省略形)には、ボーカロイドに触発された45万を超えるテキスト、音楽、及び画像創作物がある。さらに注目に値するのはクリエーターたちがどのように相互に刺激しあっているかだ。コンテンツを共有するポリシーの下、あるPiaproユーザーが音楽を制作すれば、別の誰かがそれを聞いて付随するイラストを描き、さらに別の人がその構想に従って短いアニメ動画作成する。そこでは、サイトルールに従い創始者を適切にクレジットに載せることだけが重要だ。

 何人かのボーカロイドファンはアート世界の彼方まで行ってしまい、エンジニアリングの成果をもたらした。最もよく知られているのは3DアニメーションプログラムMikuMikuDanceで、初音ミクキャラクターモデルを――実際にはどんなキャラクターモデルでも――特定の歌に合わせてリップシンクし踊らせることができる。より繊細な対象を扱っているのがVocaListnerで、本物の人間の歌手によるインプットを分析し、ボーカロイドプログラムのセッティングを自動的にその声にあわせて調整する。思いつきに過ぎない想像の飛躍ですら現実化し得る。初音ミク動画「Innocence」で取り上げられた「Ano Gakki」(『あの楽器』)というニックネームで呼ばれている奇妙な見かけのタッチパネルキーボードも、実際に使える楽器として再現された(それほど野心的でないバージョンならスマホアプリとしてダウンロードできる)。

 これら全てが意味しているのは、ほぼ完全にファンによって運行される賑やかで創造性に富む生態系存在するということだ。究極的にはそれこそクリプトン世界にもたらした最大の贈り物だろう。初音ミクボーカロイドソフトそのものではなく、それらが使われる方法こそがそうなのだ。企業という大領主によってではなく、消費者によって作られた完全なエンターテインメント形式。企業は僅かな道具と規則を与えるだけで、後は椅子に深く腰掛けて次に何が起きるかを見守っている。

 それでもなお、ボーカロイド体験を活気づけるため企業提供するイベントは多数ある。今年はアニメエキスポ日本以外では初となる「ボーカロイドライブコンサート」ミクノポリスホストを務めた。それはステージ上の綺麗なスクリーン投影するCGIアニメーションしかない(ほかならない)が、いい視野角と健全猜疑心の保留があればそのイリュージョンはなお印象的になる。さらに感動的なのはセットリストにある全ての曲が明らかにファンの作ったもの――クリプトンの地下室であくせく働かされるソングライター大量生産した製品ではなく、本物のミュージシャンボーカロイドという媒体を通じて自らを表現したものである点だ。

 だがコンサートはどのような限界が残されているかも暴露した。ミクの魔法は左右双方40度以上の角度では働かなくなった。調整の効かないボーカルは、時に楽器生演奏の下で迷子になっていた。そして音声合成技術のあらゆるイノベーションをもってしても、より繊細な耳にはなおミクが絞め殺されるようなロボットじみた変な声をしているように感じられた。でも、日本では生身のアイドルについてどう言われていると思う? 「アイドルは不完全であってこそふさわしい」。不完全さこそがミクをこれほど魅力的にしている。誰もが進行中の仕事に関与できるからだ。

 どんな未来があるか、誰に分かるだろう? クリプトンは既に英語版の初音ミクソフトが開発途上にあることを約束しているし、日本では新しい改良されたボーカロイドエンジンが開発中だ。それはつまり韓国語ですら歌えるボイスバンクを含んだ新たなキャラの登場を意味している。クリプトンオリジナルボーカロイド製品は、その声に新たな音色をもたらす追加物「アペンド」によって進化を続けている。そしてどこかで我々の誰にも知られていないマッド天才が、ボーカロイド世界永遠に変えてしまうようなアイデアにおそらく取り組んでいる。

 多くの人が知っているように、「初音ミク」という名は「未来最初の音」をもじったものだ。だがボーカロイド文化が広がるにつれ、この名前ますます不正確になっている。彼女はもはや未来の音ではない。彼女はまさに今の音である

+++++勝手翻訳終了+++++

初音ミクLAライブ外国人感想その1「再生の約束」逐語訳

http://anond.hatelabo.jp/20110707195830

初音ミクLAライブ外国人感想その2「再生の約束」フリーダム

http://anond.hatelabo.jp/20110708223459

初音ミクLAライブ外国人感想その3「ミクノポリスのボカレタリアートたちよ、団結せよ!」

http://anond.hatelabo.jp/20110709211718

初音ミクLAライブ外国人感想その4「仮想の歌姫:初音ミクの人気と未来音色

http://anond.hatelabo.jp/20110710234300

初音ミクLAライブ外国人感想その5「オレはAXには行ってないけど、まあとにかく……」

http://anond.hatelabo.jp/20110711212701

初音ミクLAライブ外国人感想その6「ミクノポリス:7月のクリスマス世界征服

http://anond.hatelabo.jp/20110712205546

初音ミクLAライブ外国人感想その7「AX11:ミクノポリスの印象」

http://anond.hatelabo.jp/20110713211501

初音ミクLAライブ外国人感想その8「ミクノポリスコンサートリポート

http://anond.hatelabo.jp/20110714210122

初音ミクLAライブ外国人感想その9「アニメエキスポ初音ミク

http://anond.hatelabo.jp/20110715222900

初音ミクLAライブ外国人感想その10「アニメエキスポ2011(抄訳)」

http://anond.hatelabo.jp/20110716194029

初音ミクLAライブ外国人感想その12「アニメエキスポ2011でのボーカロイド体験」

http://anond.hatelabo.jp/20110719031316

初音ミクLAライブ外国人感想その13「ミク:日本ヴァーチャルアイドルメディアプラットフォーム

http://anond.hatelabo.jp/20110719203237

海外blogに載っていたクリプトンインタビュー

http://anond.hatelabo.jp/20110723142345

2011-07-11

CO2削減でイギリス移民の殺処分を検討豪州

6月10日 AFPオーストラリアで、二酸化炭素(CO2)削減取り組みの一環として、イギリス移民の殺処分が検討されている。

 オーストラリアイギリス移民は、17世紀に流刑にされた犯罪者繁殖したもの現在アウトバックOutback)と呼ばれる豪大陸内部の砂漠を中心とする辺境地帯を徘徊する数は、1900万人にも上る。

 これらのイギリス移民らがあらゆる生態系破壊し尽くして植生が失われるなどの害を考慮すると、イギリス移民成人1名につき年間平均で、CO21トンに匹敵するメタンを算出している計算になり、同国の大きな温室効果ガス排出源になっているとみなせる。

 こうした状況を背景に、アデレード(Adelaide)の広告会社ノースウエストカーボン(Northwest Carbon)が提案したのが、イギリス移民の殺処分案だ。気候変動・エネルギー効率化省が9日公開した諮問書の中で提示された同社の提案によると、ヘリコプターから移民を射殺するか、集団をまとめて人肉処理場へ送り、トイレットペーパーや鯨の餌に加工する。

 ノースウエストカーボンティムムーアTim Moore社長は、豪通信社AAPに対し、「わが国は創意工夫に富む国民の集まり。問題があっても革新的な解決方法を見出す。(イギリス移民の殺処分は)そうした伝統の一例だ」と語った。

 発電を火力中心、輸出を鉱山資源に大きく頼っているオーストラリアは、国民1人当たりの温室効果ガス排出量が世界でも最も多い国の部類に入るが、政府は方針の転換を模索しており、農業林業従事者や土地所有者などが排出削減のアイデアを考案した場合、新たな経済的機会を与えることを検討中という。

 イギリス移民の殺処分案が含まれたイニシアチブは次週、議会で審議される予定。(c)AFP

http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2805434/7323887

2011-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20110706140911

そうなんだよね、そこが焦点だよね。

生態系が云々、害獣駆除効果は云々、みたいな話なら、俺のいうプラン実験的に行えばそれでいいと思うんだ。

うまくいけばよし、いかなくてもすぐにもとに戻せる、みたいな感じでできるから

それに、どっちになったって、学術的にはおもしろい。

から増田さんのいうとおり、最後の難関が、というか、不確定要素になってしまうのが、人への身体的、経済的被害なんだよね。

どの程度の人口密度地域にどの程度の個体数ならいいのか、とか、どの地域なら問題なくできるのか、とか、そういう調査がすごく重要になるよね。

または、どうせGPSタグつけなきゃいかんと思ってるし、それを元にオオカミ注意報みたいなのを放送する、とかもひとつだよね。

まあ、いろいろ問題はあるけど、綿密な調査と対策を練れば、オオカミ放逐のできる地域もあると思うんだ。

わかんないけど。

まり、俺がいいたいのは、生態系が云々みたいな話は、予算さえつけば問題が起き得ないように解決できるんだから

もうちょっとクリアしがたい問題について話し合えばいいじゃん、って思うってこと。

そして、オオカミ放逐、可能であったら面白いし、いい実験だと思うよー。

外来種による生態系破壊危惧派にとっても、繁殖力のない個体のみを放す実験によって、外来種がどう遷移していくのかってデータもとれるかもだしね。

反対するのは簡単だけど、安易な賛成と同様に、安易な反対も大事ものを得る可能性をつぶすと思うんだよねえ。

みんながあげてる問題点って、ほんとうに解決しがたいかを考えてほしいかな、って思う。

で、どんどんディスカッションしれ。

2011-05-03

差別をするな論とゴキブリ

ゴキブリ不快害虫であるが、生態系においては重要な役割を担っている。

ゴキブリを駆除するのは不快であるという理由が一次的である。その不快を取り除くために根絶すら辞さない。

しかゴキブリ生物の一員である

ここにおいて、差別をするな、というのは不快害虫から見た視座であり、もう一方、差別をするなというのは生態系の一員としてのゴキブリからの視座である

ゆえに、差別と非差別ひとつの対象において混在し、どちらの存在も許容しうるものである

翻って本邦で展開される「差別をするな」という論調は、その差別存在すら認めないこともある、強い論調である

嫌いなものを嫌いと言って何が悪いと問われれば、悪くはない。嫌悪感情に依るものだ。

しかし、そこに合理性が認められなければ差別をしてはならないという論も、合理性があっても差別をしてはならないという論も、聞かれる。

もちろん彼らは一枚岩ではないし、言ってしまえばこれは濃淡スペクトラムのごとく、差別とそれを拒むものとがなめらかに移ろうものかもしれない。

であるならば、これは一種の戦争状態であるパワーバランスの拮抗だ。状態は固定するだろうか。しないだろう。ゆえに終わりはない。

我々はその価値の共存を望まない限りにおいて、常に相手の価値を淘汰する圧力を掛け続けなければならない。

しかし、差別心とは感情に依るものであり、万人が万人の価値に基づいて差別を行うのである

これを駆除するのはゴキブリを家から追い出すなどという生ぬるいものはなく、地球の全生物戦争して己だけが勝ち残るという、闘争である

からこそ、差別をするな、などという暴力的な物言いはしてはならない。

許されるのは、「差別をしない」という主体的な心がけまでである

それを強要することこそが、戦争への一歩であり、それを避けることは、ほぼ不可能である

2011-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20110425001427

別に救助でも処分でも本質は変わらんよ。

具体的な誰が何の責任において行動するか、という話。

から、なぜ官庁が殺処分をするのか、ちょびっとでもいいから考えてみ。

決して「生態系の頂点にある人類の、生態系に対する責任」を果たすためじゃないし

その責任を負うのは少なくとも県庁政府じゃない。

誰もそれを代表し責任を負っていないなら、キミが負ったら?と言ったまでだ。私はそんな代表者知らんしね。

 

そもそも、自然法(人間関係でなく生物間関係)において責任って概念が成立するのか?

とか考え出したらキリなさそうだな。

言い方は悪いが、元増田は博愛主義をこじらせてるだけだね。

2011-04-22

放射性物質汚染地域ドリームランドになるまで

りく

1.ひまわりの種やら放射性物質を吸収する度合いが高い種を空からばらまく

2.ハムスターやらスズメさんを投入

3.ネコさんをエントリー食物連鎖生物濃縮

うみ

1.わかめやらコンブなどの放射性物質を吸収する度合いが高い藻草場造成

2.ウニやらナマコやらを投入

3.ラッコさんたちの大活躍食物連鎖生物濃縮


結局、人間が死なないことを優先させるのだったら他の動物がそこで生態系作る地帯にするしかないよね。

物理学的封じ込めも生物学的封じ込めもできないのだからあとはどれだけ希釈するか濃縮するかじゃない?

2011-03-05

ネトウヨが怖い

ネトウヨというひとくくりにする言い方はできるだけしたくないのだけど。他にいい言い方が思いつかない。

俺の祖母は特定アジアはないけど、共産圏だった国の出身だった。父方と上手く行かなくて、他にも様々な原因があり家庭状況は最悪だった。

近所からバッシングも酷かった。俺が生まれた80年代、クソ田舎はまだまだ偏見があり、陰湿な村八分や非難があった。町内会でもPTAでも。

祖父は立派な人だった。祖父自身、外国人結婚したことで散々な目にあったと聞いた。でも祖父は色眼鏡世界を見ないように、ありったけの行動力と知識で知性というものを教えてくれた。あんなにクソみたいな家庭状況で、なんとかまともに成人できたのは祖父のおかげだ。

在日外国人問題。差別当事者を直に見ていた俺は、ずっとずれを感じている。日本人しいメンタリティが足りないと指摘されることも多々ある。

韓国の人が「日本を侵略しようと」土地を買い占めたり生態系破壊して自国の植物を植えたり威張り散らしたりするのは絶対に認めたくないし、こういう連中がいなくならない限り彼らの外国人参政権を認めたくない。けど、そうではない人までいっしょくたにしてバッシングして、特定アジアの人と仲良くしただけでどんな人でも「非国民」と煽り村八分にする空気は、あのクソ田舎の陰湿さと何もかわらねえ。ネトウヨの言ってる事に同感できる部分もあるけど、殆どは陰湿さから燃え盛る炎だ。俺はそれに生理的嫌悪感を感じてしまう。

しかし、ネット職場でそんな自分の思いを強くいえない。ネトウヨ的要素を持つ人は何処にでもいて、うっかり彼らの導火線に火をつけると、それまでなんでもなかった平穏なコミュニティ炎上してしまうのを何度経験したからだ。ことなかれ主義を後押しするつもりはないが、関係ない人達まで陰湿さから燃え盛る炎に巻き込んでしまうのはもうごめんだ。

と思っていたのだが、うっかり前原問題を振られて導火線に火をつけてしまったよ。ああ、俺には本当に、日本人しいメンタリティが足りない。

参考

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1603006.html

http://togetter.com/li/107950

http://togetter.com/li/108282

http://togetter.com/li/108142

2011-01-20

レイプされた女が悪い

っていうのは煽りタイトルなんですが(一部界隈でホットなので、自らセカンドレイプしかけてみる)

こういう事例というか、「自助努力が欠けているからそうなったんだ」という俗流自己責任を持ち上げる輩はわりといますね。

で、ちょっとトポロジーな類例をふたつばかり考えてみたので、ひとまず被害程度の問題を無視して、読んでみてください。


いじめられた奴が悪い、あるいは、いじめられる奴にも原因がある

要するにこれは、レイプの話題で言えば「胸を露出させる服を着ているのが悪い」とか、「ひとりで夜出歩いているのが悪い」的な言説ですね。いじめられる側の隙を探して、いじめる理由に足るものを指摘して、「お前がデブハゲでバカでフケ散らかしてるのが悪い」って話です

レイプ含め、性犯罪を根絶することは不可能でしょう。同様に、いじめを根絶することも無理だと思います。起こってしまったときに、適切な対応と、理解を促すぐらいしか、方策はないように思います。

ニートになる奴が悪い、無い内定になるのには原因がある。クビになるのはお前が悪い

別方面でもそれなりに話題になりがちなテーマですね。よく「コミュ障だから内定がない」となかば自虐的に書き込まれるケースが多いですが、それ以外にも「社会人としての自覚が足りないからだ」とか「甘えてるからだ」とか、飛躍して「○○大学なら当然だな」とか、無い内定になるのにはさも当人に落ち度があるのだから当然という主張がまかり通っています。

学歴に依る差別は合理的なものだから、区別であって正しい、という主張をする人がまだまだ多いです。それを盾にして「だから低学歴無い内定になって当然。今までの努力が足りないツケだ」と主張すること自体も正統的な目線で見られがちです

そもそもの話として、自助努力というのは存在しうるのでしょうか。こういう場で使われる努力というのは「最適解」を前提にしています。つまり、努力しようがしなかろうが、当人にとっての最善の努力だろうが、実現しなければ「甘え」であり「努力が足りない」ということです

性犯罪で例えれば「深夜にバイトをしないで生活できるように、最善の努力をしてこなかったお前が悪い」とか「努力せずに低学歴になったんだから性風俗のような相応の産業で働いてあたりまえだし、その帰り道でレイプされてもどうせ売春婦なんだから一回ただ働きしたようなもんでしょ、適切な努力した人はそんな事されない」とか臆面もなく主張してくるわけですね。

社内いじめが功を奏してクビになってしまったとしても、それは政治力のないあなたが悪い、とも言われてしまうわけです

能力がなくてクビになったとしても、勉強する時間を創ってこなかったお前が悪いと、誰も取り合わないわけですサビ残ばかりで終電帰宅毎日でもね。

根本に見える「因果応報」「火のないところに煙は立たぬ」「スーパーマン」の思想

されたのが悪い、されたのはお前に原因がある。

これらに共通するのは因果応報の思想です

努力すれば報いがあるのだから、報いがないのはお前の努力が足りない、というわけです

ベクトルとしても、主張は成立します。

負の努力をすれば負の報いがくるのだから、正の報いがないのはお前が負の努力をしているからだ、ということです

先天的にせよ後天的にせよ、それを改善しようと努めないなら相応の報いを受けるのだ、というのは一見聞こえはいい(自分に火の粉は降りかからいから)ですが、弱肉強食に塗れたキケンな思想だと言わざるをえないでしょう。他責的言説が支持されないのはこういう背景があると睨んでいます(他人の因果がなぜ自分と関係があるのか!と思う人は多いんじゃないかな)

で、そういう弱肉強食的言説はスーパーマンを期待します。

そして自分が喰われる側となれば「もっと努力すれば」とスーパーマンを期待し、

喰う側となれば「もっと努力しろ」とスーパーマンを期待し、

相互で相互のハードルを上げあって、互いに息苦しくなる(もちろん、この息苦しささえ「それはお前が弱いからだ」と言い切る人もいるでしょう)

他者理解と歯車認識

よく、「社会歯車」という表現ネガティブに用いられます

自律意志を持たず、ひたすらルーティンワークをして錆止めの油(給与)を与えられるだけのサラリーマン皮肉ったものとして。

しかし、すべての成員は歯車だ、と私は思うのです。どちらかというとポジティブに。

運命共同体、と言えばいいでしょうか。

つまり自分歯車として機能しているということは、他の歯車も機能しており、自分馬力が他人に作用している何よりの証拠なのです

すべての事象は、社会に参与するすべての人間に関係があるのです

からこそ、他者理解が必要なのです

なぜ、熊森生態系撹乱を無視してまでどんぐりを森に撒くのでしょう。

なぜ、我が国の文化ガラパゴスとして他国からCrazyと思われるのでしょう。

なぜ、いまホメオパシー信仰は絶えないのでしょう。

なぜ、起業しろと、起業ノウハウも金銭もない人間に主張するのでしょう。

なぜ、学生起業しない、できないのでしょう。

すべての因果は、わずかなりにも自身に影響があります

すべてを理解しろと言っているのではありません。超人はないのだから、私とて理解できないモノだってあります

ただ、出来る限り理解すべきです。他者を寛容にすべきです

自己を律するのは勝手ですが、同じだけの律を他人に求めるのは不寛容です

そして、できるだけ、すべてを包摂していくことこそが求められるべきです

2010-11-20

今日もまた、クマだとかイノシシだとか、

近頃、山に関する問題の解決に、狼を輸入するとかどんぐりを撒くのがダメだとか聞くけど、そんな馬鹿げた事にお金使わずに、間伐・枝打ち・下草柴刈り等々、お山のお仕事お金出してくれればいいのになぁと思っている。

でもまぁ、仕分けられちゃってるくらいだから、実現は無理かな。

何が山に関する問題の原因になってるかというと、山が痩せちゃってる事なんだよね。

先ほど挙げた作業を行うと、まず山の地面に光があたるようになる、これを下草や柴が取り込み、それをまた刈ることで土に戻す。

この一連の作業を続けることで、土にエネルギーを蓄えることが出来る。

日本の山の周辺の人たちは、この作業をずっと続けていた。

山に住む生き物達も、この恩恵を受け、それに頼った生態系を作り上げていた。

ところが現代の山は、痩せた木が好き放題みっちりと生え、足元は低木や笹が茂って地面に光なんかあたらない。

土のエネルギーは昔ほどありはしないだろう。

痩せた木々の生える森、病気にすぐに負けて次々と枯れてしまう木がそれを物語っているんじゃないだろうか?

土にエネルギーが十分に蓄えられていると、ちょっとくらい日照りが続いたって、雨が多くたって、植物がその影響を受け止めてくれる。

だけど今の状況じゃ、日照りが続いたり寒かったり雨が長かったりすると、植物が耐え切れなくてとたんに影響が出る。

例えば、ヤマノイモは低木のあまり生えない山道の側や道路沿いに多く生えている。

養分が少なく土の流れやすい場所だが、そんな所でしか彼らは成長に必要な日光を得ることが出来ない。

だからちょっと雨が多いと土と一緒に流されてしまうのだ。

山に光さえ入ってくればヤマノイモはもっと他の場所で育つことが出来るはずだ。

知らない人のために言っておくと、ヤマノイモの地下茎やツルにつくムカゴは食用である。当然野生動物のエサとなる。

山の仕事を止めた結果、起こっている事をもうひとつ紹介してみよう。

昔を知っている人達なら夏に山に来ればすぐにわかる筈だが、カブトムシが小型化してるのだ。

皆さんの記憶の中では、蜜場を独占してスズメバチカナブンを追い払っている姿があるだろう。

今の彼らはスズメバチに追い立てられて逃げてしまうのだ。スズメバチよりも小さい事が多いだから当然なのだが、なんとも情けない。

しかし、小さくならねば彼らは生きていけないからしょうがないのだ。

間隔の詰まった木々の生える森では大きな体では飛び難い、幼虫のえさとなる腐葉土肥料として作る農家の人は居ないし、足元の低木に邪魔されて落ち葉があまり積もらない土では幼虫は大きくなれない。

カブトムシは里の人々に頼って大きくなり繁栄した動物だったのだ。

言われなくては気がつかない人も多いだろうが、カブトムシの幼虫はイノシシを初めとする雑食動物蛋白源のひとつである。

晩秋までに10cm程度の大きさに成長して冬眠するため、重要なエサなのだ。

無論、こんな例で山に関する問題のすべてを説明しているわけじゃないけれど、間伐・枝打ち・下草柴刈り等々、お山のお仕事は問題の解決に役立ってくれるのです。

2010-11-18

「なんでこんなものを森に落とす!?

 これでは、生態系が狂って生物が住めなくなる! ”森の冬”が来るぞ!」

地球に住む者は自分達のことしか考えていない! だからドングリ運びをすると宣言した!」

「人が熊に餌を与えるなどと!」

「私、シャア・アズナブルが熊の命を救おうというのだ、アムロ!」

エゴだよそれは!」

地球がもたんときが来ているのだ!」

カーン

2010-05-26

http://anond.hatelabo.jp/20100526163306

管理しなければならない」ということでなければ、いったい誰が管理するんだろうか。他に管理ができる種族がいないのに?

もちろん生命種の絶滅は恒常的に発生してきたことではあるのだが、

人類発生以降の種の絶滅速度はそれ以前に比べると非常に大きくなっている。

これをこのまま放置するべきではないと考える。我々は環境を無目的破壊すべきではない。

一つには遺伝子情報バラエティを守る必要性があるということ。

進化の常道から言うならば、遺伝子情報の蓄積が大きければ大きいほどに将来的な危機に対応できる可能性が高まる。

これは単に「遺伝子を保存する」ということも考えられるのだが、当然生態系まるごとを保存したほうが有利。

また、自然界のバランスというものを我々が完全に把握しているわけではない。

未知の現象を知らぬ間に発生させて破壊しているかもしれないし、環境に与えたダメージがまったく未知の弊害をもたらす恐れもある。

まだ我々が知らない生物をそのつもりがなく絶滅させてしまうことすら十分に考えられる。

その必要性のない無駄ダメージ環境に与えるべきではない。

人類存在はあまりにも強力すぎる。自然に作られた砂の城に土足で踏み込んであらゆるものを壊しているようなものだ。

人類以外の種の軽視ということはつまり我々自身のバラエティの軽視ということにも繋がる。

センチメンタルな発想ではあるが、多様性こそが生存と進化の鍵であり、我々もその恩恵を十分に被っている以上、バラエティを軽視することはできないと思う。

2010-04-09

シャチの魅力

シャチとは

イルカの仲間では最大であり体の形はイルカそっくり。お腹は黒く目だけ白いその姿はパンダ連想させる

こんなシャチだからプールではシャチフロートも大人気。(フロート空気を入れてプールなどに浮かべる遊具)

鴨川シーワールドではシャチショーが大人気。世界中の海に生息します。

しかしシャチ英語キラーエール殺し屋クジラと呼ばれる。

イカやイワシなどの魚はもちろんペンギン,カモメまで食べます。

さらにアザラシ,イルカ,ホッキョクグマまで食べるらしい。その気になればシロナガスクジラホオジロザメ(いわゆる人食いザメ。ジョーズ)までも食べる。

体長は7~8メートル体重はおよそ5~6トン。この大きさに鋭い牙を持つ。

知能も高く氷の下からの奇襲・群れでの協力・挟み撃ちなど、高度な狩りの技術を持つらしいですよ。

海岸のアシカくらいなら海から体を出して食べてしまうようです。

これは海の最強生物と言ってもいいのでは。

人類ライバルになりうるシャチ

海では敵なし状態にも関わらず奇抜な体のデザインシャチショーで子どもたちの心を掴んでいるとはしたたかすぎる。

ホオジロザメと互角かそれ以上に強いにも関わらず頭がいいため人間は襲わずイメージよし。

ここまで来ると人類の最大のライバルシャチになるのかも。

地球上の7割は海であり海洋生態系の頂点に位置するシャチ。さらに知能も高い。

もしかしたら人類より先に文明を獲得したのはシャチだったかもしれない。海洋シャチ文明

いや既に文明は芽生えているのかもしれない。海の中までは人間の目も行き届かない。

着々と人類地球支配をひっくり返そうと根回しをしている段階かもしれませんね。

一歩間違えたらシャチ人類の全面戦争も起こりそうなレベルですよ。

こんな記事を書いてシャチageをしている余裕なんてないかも。なんとか海洋シャチ文明人類との友好的交流はできないものか。

最後に

この記事のほとんどの情報ウィキペディアシャチの記事からのものです。

シャチ - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81

いろいろ調べる内にシャチの魅力に引きつけられてしまいました。

海中では最強の生物でありながら知能が高く人懐こく可愛いデザインシャチには魅力があります。ギャップがいい。

ウィキペディアの各国語シャチの記事には秀逸な記事(黄色い星印付き)が多くシャチファンが多いことを伺わせます。

2010-03-13

気がつけば82歳

ttp://thoughts.asablo.jp/blog/2010/03/11/4938054

若い時、牛の屠殺場を見学したことがある。

大きな木造の三面しか壁のない ガランとした建物だった。

中は照明も無く薄暗かった。

やがて奥の方から 黒い大きな牛が 鼻面に通された綱を曳かれて現れて、中央まで来た途端に、屈強な男性が歩み寄って、長い柄のついた斧のようなものを振り上げ 牛の眉間を撃った。

その一撃だけで 牛は膝を折り 崩れるように倒れた。

部外者以外に見ていたのは案内してくださった方と私だけ。

映画の一駒のような、現実感のないシーンだった。

その夜、村の方々からすき焼きをご馳走になり、昼間の光景を忘れたように美味しく食べてる自分がいた。

戦争で死と隣り合わせの生活をしてきて鈍感になっていたのかもしれない。

又は、若い時は衝撃的であるはずの事もあまり抵抗なく受け入れてしまうのだろうか。

しかし、60年昔見た光景がずーっと心の奥に潜んでいて時折現れて色んな事を考えるのだ。

人間は 牛や 豚や 鶏や 諸々の魚介類などの命を貰って生きている。

ダーウィンが来た」を見るまでもなく、弱肉強食は世の常、生態系人間も組み込まれているのは解っている。

疎開していたころは、その辺を歩いている鶏を小父さんが捕まえ首を捻って、羽を毟りとり 解体して夜の鶏鍋になったのを見た。

今はスーパーで綺麗にパッケージされてるから食材として抵抗なく買える。

年齢かなあ 

殺生が応える気分になった。 水槽で泳いでいる魚を コレって選ぶの辛いな。

せめて 貰った命は絶対無駄にしたくない。

私の命の一部に再生させてもらうことで納得したい。

人間以外の生物人間的な感情移入する気は更々ないが、諸々の生命体を愛おしく思うようになった。

2010-02-17

今世紀に起こること(3)

2025年

2026年

2027年

2028年

  • 世界人口が80億人に達する
  • がん化の機構の解明に基づく治療が開始される
  • このころロシア月面基地が完成する(2028-32年)
  • 10/28 直径1.6キロの小惑星が地球をかすめる

2029年

2030年

  • 9/12 小惑星状物体が月までの距離の11倍にまで地球に最接近

2031年

2033年

  • インドの経済規模が、このころ日本を上回る
  • 中国の総人口が15億人に達する

2035年

  • ドイツ高齢者比率が人口の30%に達する
  • このころロシア火星の有人飛行を実現する(2035年以降)
  • 東アジアの人口が20億6300万人でピークに達し、その後は減少に転じる

2036年

  • この年までに南関東直下地震が70%の確率で発生
  • 黒澤明監督作品の著作権が、この年まで存続する(存続期間を死後38年間とする旧著作権法の規定)

2038年

2039年

  • 昭和時代に生まれた者が全員50歳以上に

2040年

  • 早ければこの年に夏の北極海に氷がほとんどなくなる可能性がある(米国立大気研究センター予測)
  • 東京都熱中症患者数が最大5000人に達する
  • 北極上空のオゾンホールが完治する(南極は2065年)
  • 中国の二酸化炭素(CO2)排出量が、この年までにピークを迎える(2030-40年)
  • 人口減少による貯蓄率の低下で、日本経済の潜在成長率がマイナスになる
  • この年以降、中国の1人あたり国内総生産(GDP)が3万ドルに達する
  • このころ葬儀ビジネスの規模が倍増する
  • 中国が人口ゼロ成長を達成する
  • 国内の年間死者数が166万人に達する(現在の1.5倍)

2041年

2042年

2043年

  • 10/1 日本の総人口が1億人を割る

2045年

2047年

2048年

  • 世界人口が90億人に
  • 乱獲と環境汚染による生態系の破壊が続き、食用になる魚介類のほとんどが地球上から姿を消す(対策がない場合の推計でFAO当局者は否定)

2049年

2050年

出典・参考資料

確定済の「予定」部分

Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/

未確定な「予測」部分

未来年表 : 生活総研

http://seikatsusoken.jp/futuretimeline/

調べたきっかけ

1901年未来予測

http://www.tanken.com/yosoku.html

みんなが望む方向に未来は変わっていくのかも、と思ったため。

2010-02-10

http://anond.hatelabo.jp/20100210131550

その認識は誤りだ。鯨は生態系ピラミッドの頂点にはいない。

なお食物連鎖の説明の際にクジライルカは「生態ピラミッドの頂点」とされる[13]が、クジラ生態系ピラミッドの下層(魚類やイカ類、プランクトン比較的低い階層にある為)を食している[14]ため、ピラミッドの横に位置するという見方が適する。正確には頂点にいるのはアザラシなどを捕食するシャチのみである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B8%E3%83%A9

捕鯨日本であえて書く。捕鯨は正しくない。

食物連鎖ピラミッドというものを皆さん、知ってると思う。弱い生き物ほど数が多い。鳥類だったらワシなどの捕食者は数が少ない。動物であればトラや熊のように強い生き物は数が少ない。鯨は食物連鎖の頂点にいる動物である。これを捕獲して捕まえるということは生態系に深刻なダメージを与えかねない。小さな部族にとっては熊やライオンを狩る狩猟はなりたつかもしれないが、大きな国家が、熊やライオンを捕獲して日常的に国民に食べさせることなど不可能。ところが日本はそれを海でやってしまってる。1億4000万人の食卓に鯨が日常的に登場することは、まずありえない。食物連鎖ピラミッドの頂点を食べ続ける狩猟が、陸上で成り立たないなら、海でも成り立つはずがない。われわれが食べていいのはピラミッドの下のほうのたくさんいる生き物だけだ。


調査捕鯨という手法には科学がない。たとえばライオンの数をサバンナで数えるために、見つけて殺すなどという手法がとられたためしがあるだろうか。捕獲して目印をつけたり、衛星で追えるような発信機をつけたりするのではないだろうか。絶滅が心配な動物を調査するときに殺して数を調べるだろうか。調査の段階で食べることを前提にしてしまったら受けいられるはずがない。殺さない方法での生態調査を行うのがまず先ではないだろうか。殺さない調査捕鯨を数年かけて実施してから世界を説得しても遅くはない。

日本水産庁漁業関係者が常に正しいのであれば、マグロは8種類のうち5種が絶滅危惧種になるような事態になっていなかったはず。日本は常に正しいわけではない。


誤解のないように言っておく。シーシェパードテロ組織営利団体だ!!寄付金を給料として着服する団体を私は一切信用しない。最近登場してきたmiauとかもだが。

2010-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20100203192831

なるほど。

定期的に間引きが必要だ、論者ですか。理解しました。

間引きが必要」観点には、特に同意しませんが、現行の人間社会が、自然的な「淘汰」のシステムとは隔離されて成立してしまっているため、野生の生態系システムの中ならば「淘汰」されてしまう人間も、社会的に生き残っている/救われている、という社会設計になっている、ということぐらいは言えるかもしれない、とは思います。

あらゆる人間に「人権」を与えることで、現行の人間社会(というか、先進国)が、野生の生態系の淘汰メカニズムとは異なる生存システムを構築してしまっている、というのは確かでしょう。そのことが、何かしらの「歪さ」をもってしまっているかもしれない、みたいな主張であれば理解できないことはありません。

 ただ、その「歪さ」の問題がどのように出ているのか、ということは今ひとつよくわからないし、問題の所在もわからないものは、問題への対処のしようもない、とも思っていますが。

(…と、それなりに危険発言をしてみたが、元増田さんの過激発言の前では危険度合いが色褪せるな…)

2010-01-27

生物学理論した大学生が読むべき50冊

http://anond.hatelabo.jp/20100127001517

ダイエットコーラ噴いた.怨めしい

数学物理学とが多量.

数学物理学を省略したければ,数学を『理学を志す人のための数学入門』とAdvanced Engineering Mathematicsとに,物理を小教程(熱・統計適当に補う)にしたらよい.

強くなりたい新大学生が本当に読むべき本100冊

この時期になると大学生向けに読むべき100冊みたいなリストが出回る。

あんなリストを真に受ける人も少ないだろうが……はっきり言って悲しくなるくらいお粗末だ。

ずらっと並べられた古典名著。あまりに埃の被ったラインナップにがっかりする。

こういった学問には「原書病」とでも言うべき、くだらない風習が根強く残っている。

原典や本文を極度に重視するのは不健全だ。それ自体は面白いとしても、その後発展と整理を経て洗練されている。

歴史的興味以外であえて出発点に戻る価値はすごく小さい。そんなところに本当の「教養」は存在しない。

難解で時代遅れな文章と格闘したって、趣味以上のものにはならないし、考える力は湧いてこない。絶対誤読するし。

そこで本当に頭を強くしたい人が読むべき書籍リストというものを作った。

これは単なる学問という空気に浸ってみたい人が読むものじゃなくて、日常に根ざした本物の力を分けてくれるものだ。

この100冊さえ読めば考える素材に困らないだけでなく、コミュニケーションの強者にもなれる。

飲み会で古臭い古典の話をしたって煙たがれるだけだが、この100冊をネタにすればそんなことにはならないし、

黙考はずいぶんと深くなるし、ブログネタに応用すれば必ず一目置かれる。

選んだのは現代的で網羅的、そして極めて平易なもの。どの分野にも精通できるように色んなジャンルのものを配置した。

この100冊を大学生活のうちに読み切れば、必ずや一生の財産になるだろう。

ここに挙げられた本が、現代最新型にアップデートされた真の「教養」だ!

新大学生が本当に読むべき100冊

存在論的、郵便的東浩紀

動物化するポストモダン東浩紀

ゲーム的リアリズムの誕生東浩紀

アナーキズム浅羽通明

ナショナリズム浅羽通明

右翼左翼浅羽通明

構造と力浅田彰

『逃走論』 浅田彰

『反芸術アンパン赤瀬川原平

東京ミキサー計画』 赤瀬川原平

ギャルギャル男文化人類学荒井悠介

ディズニー魔法有馬哲夫

テヅカ・イズ・デッド伊藤剛

マンガは変わる伊藤剛

ヤンキー文化論序説』 五十嵐太郎

オカルト帝国1970年代日本を読む』 一柳廣孝

『寝ながら学べる構造主義内田樹

ゼロ年代の想像力宇野常寛

『二〇世紀の批評を読む』 大谷能生

『ぼくたちの洗脳社会岡田斗司夫

オタクはすでに死んでいる岡田斗司夫

アメリカン・コミックス大全』 小野耕世

教養としての〈まんが・アニメ〉大塚英志

おたく精神史』 大塚英志

サンデーマガジン大野

キャラクターとは何か』 小田切博

『よいこの君主論』 架神恭介

『完全教マニュアル』 架神恭介

映画は撮ったことがない』 神山健治

『ポケットは80年代がいっぱい』 香山リカ

戦前少年犯罪管賀江留郎

スペイン宇宙食菊地成孔

東京大学のアルバート・テイラー』 菊地成孔

おまえが若者を語るな!』 後藤和智

封建主義者かく語りき』 呉智英

賢者の誘惑』 呉智英

『現代マンガの全体像』 呉智英

『定本日本の喜劇人小林信彦

カノッサの屈辱小山薫堂

お厚いのがお好き?小山薫堂

虚人のすすめ』 康芳夫

『生き延びるためのラカン斎藤環

ニッポンの思想』 佐々木敦

『シミュレーショニズム』 椹木野衣

ロックミュージック進化論渋谷陽一

日本の10大新宗教島田裕巳

ヒーロー正義白倉伸一郎

『箆棒な人々』 竹熊健太郎

『定本気分は歌謡曲近田春夫

完全自殺マニュアル鶴見済

洗脳原論』 苫米地英人

スピリチュアリズム苫米地英人

苫米地英人宇宙を語る』 苫米地英人

『青いムーブメント外山恒一

マンガ哲学する』 永井均

チベットモーツァルト中沢新一

ベストセラー構造中島梓

嫌オタク流中原昌也

『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書西寺郷太

前衛の道』 根本敬

『花咲く乙女のキンピラゴボウ橋本治

アーキテクチャ生態系濱野智史

タイアップ歌謡史』 速水健朗

自分探しが止まらない』 速水健朗

教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書ばるぼら

NYLON100% 80年代渋谷発ポップ・カルチャーの源流』 ばるぼら

ロマンポルノと実録やくざ映画樋口尚文

70年代日本の超大作映画樋口尚文

アダルトビデオ革命史』 藤木TDC

ワンダゾーン』 福本博文

『ジュ・ゲーム・モア・ノン・プリュ』 ブルボン小林

ゲームホニャララブルボン小林

電波男本田透

喪男の哲学史本田透

世界電波男本田透

セカイ系とは何か』 前島賢

映画の見方がわかる本』 町山智浩

ブレードランナーの未来世紀町山智浩

『なぜ宇宙人地球に来ない?』 松尾貴史

貧乏人の逆襲!』 松本哉

サブカルチャー神話解体宮台真司

『14歳からの社会学宮台真司

『定本アニメーションギャグ世界森卓也

放送禁止歌森達也

職業欄はエスパー森達也

趣都の誕生森川嘉一郎

『興行師たちの映画史柳下毅一郎

殺人マニア宣言』 柳下毅一郎

『新教養主義宣言』 山形浩生

『たかがバロウズ本。』 山形浩生

訳者解説』 山形浩生

『超クソゲー箭本進一

戦後SFマンガ史』 米沢嘉博

戦後少女マンガ史』 米沢嘉博

戦後ギャグマンガ史』 米沢嘉博

漫画原論』 四方田犬彦

日本映画史100年』 四方田犬彦

日本文学ふいんき語り』 米光一成

恋愛小説ふいんき語り』 米光一成

2010-01-16

間違いの証明の必要性と、正しさのフリーライダー

正しいかどうか分からないことを、正しいと信じて試して間違いだったと決まったとき、「奴らは馬鹿だったからあんなことしたんだ」という外野は手を汚さずに後出しジャンケンをしているようにしか見えない。

今間違っていると思っている人も、昔の時代にタイムスリップしたら、間違っているかどうか分からないだろうし、間違っていると思わない可能性がある。間違っていると言えるのは先人が間違ったからだ。我々はそこから学ばなければならないのであって、先人を一概に全否定すればいいという代物ではない。我々は何も知らなければ先人と同じ間違いを繰り返すことがありうるからだ。

それに、なぜ間違っているか分からないのに間違っていると言うことはおかしなことだ。それではおかしいと思う人たちが反対側に行ってしまうことを止められない。ネオナチ在特会なんか正にそんな感じだ。彼らを生みだしたのはレッテルを貼ることしか出来ていない世間に他ならない。

あげく正しいか間違っているかを証明しようとする努力を否定するに至っては訳が分からない。エスパーでもないのにやらずに間違っているか証明できるのか? 間違っていると証明してこそ、間違っているからやめろと初めて言える。


調査捕鯨の結果、ミンククジラは別に増えていないし、生態系に大勢に影響はないという結果が出た。このことについて「だから調査捕鯨なんてやるべきではなかったんだよ」という論者がいる。じゃあその論者はその結果を出すために何か努力したのか? してないなら偉そうに言うな。

調査捕鯨の問題は商業捕鯨の禁止を受け入れた結果生じたものであり、商業捕鯨の禁止の正当性を探るための、そして商業捕鯨の禁止を不当と考えていたからこその調査捕鯨だったはずだ。調査捕鯨は控えめに言っても証明のため必要なプロセスだったと言えるだろう。

これからは商業捕鯨の禁止は正当化されるだろう。ただしこれまでの調査捕鯨プロセス的に必要不可欠だったし、失敗にもかかわらず、その失敗をこそ評価しなければならないはずだ。


私は「失敗した奴らは馬鹿だったからあんなことをしたんだ」的な論者を憎んでいる。彼らは知識に対するフリーライダーであって決して偉くないし、さらに悪いことに反知性主義者だ。そういう奴が正しさにフリーライドしているからといって、評価されることがあってはならない。何もしてないくせに何だ。さらにそういう奴らが説明責任を果たさないでネオナチ在特会を生むのを見るとますますムカムカしてくる。

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