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はてなキーワード: 米寿とは

2019-11-06

父が亡くなって半年過ぎた。

闘病中の時の方がわんわん泣いたけど(私が)

いざ亡くなって、お葬式終わって、もろもろの手続きも無事済み、ああお父さん苦しくなくなってよかったなぁ、亡くなったあとのほうが泣かへんってどうなん、私めっちゃ薄情もんじゃない?

って普段考えて

今ふと あー、お父さんの古希とか喜寿とか米寿のお祝いとかすると思っとったのになぁ、還暦しかしてないなぁ、て浮かんだら

まーそら涙ボロボロ

親不孝な娘でごめん

2019-04-04

anond:20190404111257

言うて日本にも「八十八歳で米寿」とか「百から一を引くから九十九歳は白寿」とかあるしな…

2018-10-10

道徳科は修身の復活ではない

米寿の親父に聞いた。

彼は、日中戦争から太平洋戦争にかけて尋常小学校に通っていた世代

修身って何やってたの?」

「行儀みたいなもんやな。ふつうにやってること」

「戦陣訓みたいなのは?」

「高学年になったらちょっとはそういうのもあったけど、だいたいは行儀のことばっかりやったな」

まあ、年寄り記憶なんでいいかげんなところもあるだろうけど、そういう内容だったらたぶんいまは小学校低学年の生活科と、あとは通常の学級活動でやることだろう。

まり、「道徳科」は、修身の復活ではない。そういうイメージでいる人は、右でも左でも、だいぶと事情勘違いしているのかもしれない。

もうちょっと裏をとってくれよ、だれかひまなひと。

2018-10-05

皆が憧れる「死」というイベント

皆「死にたい」って言ってる

それほど皆やりたいイベントなんだ

死んだことあるやつは鼻が高いよな

俺はまだ死亡童貞

60まで死亡童貞なら還暦、88まで死亡童貞なら米寿って言われいじられるらしい

さすがにそれまでには捨てたいもの

2017-09-18

私の家族在日家族

私の母親在日ドイツ人三世である

祖父叔父在日ドイツ人

祖母祖父結婚した際に夫婦別姓は…という祖母実家意見ドイツ人になった。

祖父戦争捕虜日本に来て、日本人の曾祖母結婚

以降ドイツの土を踏むことなく沢山の子供をこさえて日本で死んだ。

当然曽祖父は1度もドイツに帰らなかったので、祖父も母も叔父日本まれ日本育ちのドイツ人である

全員インターナショナルスクールに行ったので英語は喋れるが、ドイツ語徴兵ドイツに行きドイツ系会社就職した叔父以外喋れない。

選挙権は誰も持っていないが、商売をしていた家なので税金は人より多く収めたし、祖父米寿を迎えるちょっと前までその商売職人として働いていた。(米寿を迎えた今もあまり病院の世話にもならず、元気にビール350ml毎日飲んでいる。)

家族公用語は勿論日本語(難しい単語英語である

日本人ではないが、私の家族は100年程日本暮らしている。

国籍は違えど、わたし家族は生まれ育った日本への誇りをもち、産まれてもいない自分たちルーツドイツへの誇りも持っています

さて、特定在日外国人を忌み嫌っている皆様

正直目に余る事もたくさんあるのは事実だけど、国籍在日に関して無条件に差別ヘイトするのであれば、うちのような家族も仲間に入れてくださいね

うちの家族も無条件に差別ヘイトするならほかの在日外国人への差別ヘイトも立派な主張になると思うんですが

正直あんまりされないんですよね。

変わらない在日家系なんですけどね。

全てを助けたいなんてアホみたいな事は思ってないんだけど

なんかモヤモヤするんですよね。

2017-05-24

70台って死に直面する年齢だ。

母親は75歳。

父親は73で死んだ。

一般的な流れだと母親は70台のとこかで死ぬのだろう。

俺的には米寿を迎えて欲しいと思う。

世の中にはまだ見てない景色経験、色、音楽、人、いっぱいある。

これからは二人で色々見て歩きたいと思う。

できれば嫁さんも見せてあげたいけど、こればっかは無理な気がする。

とにかく1日でも長く元気で生きて欲しいと思う。

2016-05-13

ばあちゃんが転んだ

米寿を越えた足の悪いばあちゃんが自宅でコケ入院した

大腿骨頸部の複雑骨折らしい

手術をしないと歩けるようにならないらしいが、現状でばあちゃんは手術に耐えられるだけの体力がないらしい

しばらく入院して弱った身体機能回復させ、それから手術の可不可を判断するとのこと

手術ができなければもう歩くことはできないだろうとの見込みだ

ばあちゃんは軽い認知症で、もし寝たきり生活にでもなってしまおうものなら

さらに症状が進んでしまうだろう

俺が結婚するのを心待ちにしているばあちゃんは、いつ来るか分からないその日まで俺を覚えていられるのだろうか

頼むから元気になってくれ俺も頑張るから

2016-03-05

荒法師米寿にいたり皇帝論議はまはる戦陣をまへに

2016-02-19

いやだいやだ親戚いやだ

会いたくない行きたくない行きたくない

おばあちゃんの米寿のお祝い、おめでたいおめでたいねえ

でもうちの家族だけいつものものにされてたのに

今更会ってお祝いとか言われても

そもそもおばあちゃんからうちの母親は超嫁いじめされてたし

うちら兄弟も親戚の中でお前らはかわいくないとか言われてたし

今更好きにもなれないし

そもそも痴呆で何もわからない状態だし

親戚集まったら子供自慢大会が始まるんだろうなあ

うちの夫婦だけ子供いないから子供はまだかとか子供いないと半人前とか

色々グチグチ言われるんだろうなあ

ああああイヤダイヤダ嫌だ

風邪ひけばいいのに

明日台風来ればいいのに

逃げたい逃げたい行きたくない行きたくない

親戚とか超いや、大嫌い

2015-08-02

ディズニー行ったらピーターパンがいっぱいいた。

この暑いディズニーランドに行ったんだけど、

中にはピーターパンがいっぱいいた。

還暦くらいのお母さんに、息子が

暑いアイス買って」

とせがんでいる。

米寿くらいのお父さんに、40歳位の孫が、

「おじいちゃんいっぱい稼いでこれ全部買って」

とせがんでいる。

本物のピーターパンはいなかった。

あれもキャストの一人なんだろうか。

2015-02-11

認知症でも安心して暮らせる地域を作ろう』

米寿を迎えた祖父母を見舞った帰り道、スローガンをたたえた幟が個人雑貨店の出入り口に立てかけられていて、思わず呻いてしまった。

つくし野、という高度経済成長期に作られたニュータウンならどこにでも見かける名前に合わせるかのように、

確かにまたつくし野に戻ろうとしているのが肌に感じられたから。

近くに出来たマンション群の甲斐あってリフレッシュ成功した駅前と変わって、

かつての田畑宅地造成した住宅街はそこに住む住人とともに歳を静かに重ねていくように見えた。

住宅街を抜けると、その昔から変わらない田畑風景に変わる。

もっともその風景の半分は家庭菜園という趣味景色の一端を担っていて、

静か過ぎる平坦な休農地の隣で騒がしくしていた。

休日今日は色々な人が出入りしていたけど、それに合わせるかのように田畑もいろいろなモノが植えられている。

きっと上空からモザイク画のように見えるのだろう。

年の瀬しか来ない弁財天でお参り。楼門を支える白く塗ったコンクリを品がないと思うのはいものこと。

裏手に回って祖父母の名前確認して安心を覚えるのもいつものこと。

橋に来た。よく伸びる冬の日差し川面に落とした自分の影を辿ると、

ふと子供の背丈しさない欄干を乗り越えたい誘惑に駆られる。思わずよろけた側を、ごめんなさいと風に乗った自転車が通り過ぎていった。

長い。長すぎる。早く行きたい。ちょうど側を追い抜いていったランナーについていって十秒で息が切れた。

そしてたどり着くは辺境、もといちょっと田舎目な二郎店……時間が悪いのか開いてない。

2キロ先のスタバ時間を潰して戻ると、日も暮れて良い時間になっていたがやはり開いていなかった。

悪い予感がしてスマホ検索すると二郎botにお休みするの店長の声。結局二軒隣の吉野家で散財した。

駅までの帰り道、住宅街にありつつ、いい感じのスイーツのお店を見つけて入る。

成瀬台という郊外に住んでいた昔、キャトルというお店で、

嬉しいことがあるたびによくクッキーケーキを持ち帰ったことをつかの間思い出した。

後々、原宿で偶然入った同じ名前のお店が姉妹であることを知って、

そっちにある方が失礼ながら違和感が絶えなかったのを思い出す。

残念ながら原宿店は閉じてしまったけど成瀬の方は無事妹と同い歳を迎えたはず。

このお店はどうだろう。

軽く10キロ以上歩いた後のくたびれた気持ちをコートで軽くガードして、

カウンター横のコーナーを物色しながら、半目でチョコレートコーナーを視界からガードする。

職場への良い土産が買えた。

カウンターでお会計を待つ。

包装のセンスに、女子校を感じた。

二郎の口直しにまた買いに来よう。

GoogleMapは人を知らない。

初めての道が幹線道路を外れてついでに街灯も外れてるのだけど、どうなの。

夜道モードがあれば、良いのにと思う。

いじめのように視界から離してくれなかった、青白い葬儀場の看板が光る横を足早に駆け抜けると駅だった。

2013-05-07

今年米寿を迎えた祖父は、たぶん日本でも最長老クラス自作厨(元)なんだが、

視力の衰えには勝てなくて、20inchの正方形モニター最近すごいことになってきた。

ブラウザの文字サイズを最大限にあげて、圧迫感が半端ない状態。

俺には文字がでかすぎてなんなのかわからないんだけど、

祖父にとってはこれが自然らしい(--; 

十年前、膝を並べてPC教わったときは少なくとも普通だったのに...

ぼけてもないし、会話は普通にできるし、毎週家庭菜園に欠かさず出かけている祖父だけど、

PCモニターと祖父の使い方を見ていて思ったのが、一度に取得できる情報量

無意識のうちに抑えているのかもしれないということだった。

短期的に記憶できる量、マジック7を3か4ぐらいまでスケールダウンしてる感じ。

さらに言えば、端から端へ目線を移動させることも苦痛しかった。

なんでモニター大きいのに交換しないのかと聞いたときの返事から

結果として、日本最初うつったブラウン管の文字みたいなスライド

ブラウザを見てるんだが、これはこれで中身をちゃんと理解しているらしく、

先日は、電脳戦の話をスマホPCモニターでそれぞれ見ながら局面について会話したけど、

全然齟齬がないのが逆に怖かった。(祖父は棋譜を見ていたので、自分動画を見ながら

三浦八段の様子など教えてあげた)

PCに強いじじいは、たぶん今だけ通用するステータスなんだろうけど、

歳取ったら自分も祖父みたいになりたい。そう、思う。

ハフィントンポスト米国版のそれが、

老眼持ちの高齢者向けに設計されたUIじゃないかしらと勝手妄想から祖父のモニターへ。

決してPinterestオマージュではないと思うのだけど。。。

http://anond.hatelabo.jp/20130507095452

 
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