はてなキーワード: 膀胱とは
我々は皆わいせつ行為の結果わいせつ物から生まれてきました。わいせつだと思う人の心が一番わいせつです。 - id:nori__3
ブコメページ - 3Dプリンタで性器の造形を出力できるデータ配布 漫画家「ろくでなし子」逮捕 - ITmedia NEWS
そろそろオナホとかバイブをジョークグッズって分類で売るの辞めてほしさある。こちとらジョークでオナニーなんかしたことねえんだよ。 - id:tecepe
ブコメページ - 大丸梅田店が女性向けアダルトグッズを販売する理由-SNSで変わる「夫婦愛」の価値観、予想以上の反響(1/3ページ) - 産経ニュース
「さすがに精子の話は旦那の沽券に関わるかな~と思って」実際関わってるのは股間なのにな。ガハハ! / ところどころで旦那をリスペクトしてて本当に好きなんだなと思いました(闇属性スマイル) - ブコメ削除
人はいつから漏らさないと慢心してしまうのだろう。幼い頃は誰もが漏らしていたというのに、年単位で漏らしていないだけで、なぜ自分は漏らさない側の人間だと思ってしまうのだろう。 - ブコメ削除
ダサいけど仕方ない気もする。放置するわけにも行かないし。おもらし膀胱に戻らず - id:buhoho
ブコメページ - note、Internet Archiveで保存できなくなる、古いドメインはブロック | スラド セキュリティ
子供を作ることは親のエゴでこの世に新たな不幸を当の本人に無断で生成することであり個人の尊厳とは相容れないので法律で禁止するべき - id:narwhal
反出生主義も納得の人生。頼んでもいないのにこの世に生まれて、その上親から虐待され殺される訳だ。子供は親を選んで生まれてくるって言ってる人間に聞いてみたいもんだ - id:suikax
自分のコンプレックスからの脱却を子どもに託す親って確かに存在する。僕はそれを呪いっていってるけど。 - id:ryosuke134
ブコメページ - 「子供を持てばわかる」で話を終わらせるのヤメて。 - Everything you've ever Dreamed
アラフィフの彼、前回致した時に本性が出てきたのか、めちゃめちゃ攻めてきた。
恥ずかしい言葉、体勢をとらせるのは良いとして、ガシマンと膀胱圧迫は流石にちょっと…となった。
あと、なんか痛いと思ったら指三本入れようとしていたのも…。
たくさん呑んでたので素直にお手洗いが近かったので、なんども尿意が近いことを伝えていたのだけど、そこを"感じてる"とか"潮吹きそう"と勘違いしたのか"出して"だと…?
そうじゃない…。
ガシマンして、挙げ句の果てに上から膀胱頑張って押さえてらっしゃったよ…。
本当に、そうじゃない…。
終わってからやんわり"お手洗い行きたいって言ったのに"と抗議したが、"聖水は出したら良いんだよ"とかわけのわからんことを…。絶対に勘違いしてると思う。
中はとても繊細なんだよ…。自分がかさぶたできるぐらい強いオナしてたからって、それが他人、ましてや女の扱いにも通用すると思わないで欲しい…。
まあ、なんだか愚痴っぽい投稿になりかけるけれど、どうやって今回の件を伝えるのが良いのかなあ…。
彼は悪気があったり、自覚があってやってるのでは無いと思う。むしろ、単なる知識不足だと思うんだよなあ…。それなりに交際経験はあるようだけれど…。
二人でイイところをどんどん探していきたいので無視するつもりもないし、こんなことで亀裂が入るとも思っていないのだけれど、プライドを傷つけてたたなくなったら嫌だなあと思って思い悩んでる。
なんだかんだ言って、この前のあれさあ、って単刀直入に言ってしまいそうな気もするけれど…笑
彼とはお互い高め合っていきたいし、そういうのが好きなら好きで要望に応える気はまんまんあるんだけど、流石に出血は見逃せない…。
あー、なんか、めちゃめちゃ適切な伝え方ないかなあー。
それは先月のことだ。
私は夢の中でトイレを探してさまよっていた。
猛烈な尿意の中、便座に腰を下ろした時、私は気づく、オシッコが出てこないのだ……。
そう、それは明晰夢。
明晰夢……夢を見ているのに意識はハッキリとしておりそれが夢であることに気づいている状態。
夢の中で夢に自覚的であるということは、見たい夢を見れるということである。
飛びたいと願った次の瞬間にはビルの谷間を滑空することも、好きな人と恋人になることを願えばデートの場面に突然移る。
だが、突然の場面転換による負荷により夢はアッサリと終わる。
巷には催眠音声というものも流行っているが、あれらは結局の所はドラマCDの域を出ておらず、人間に理想の夢を見せるほどの機能は有していない。
自分の理想を、自分の意志でリアルタイムに描ける最高の遊びである。
だが成功率は非常に低かった。
私が明晰夢を見ることを夢見たのは、まだ性欲に溢れた中高生の頃であった。
二次元のキャラクターとリアルな恋愛をしたいという願望から、私は明晰夢の世界へと足を踏み入れた。
結果から言えば、成功と言えるだけの夢が見れたことは数回しかなかった。
元々寝付きが悪いこともあり、明晰夢を意識しながら目を閉じれば2時間経っても眠りにつけないことなどザラにあった。
あえて限界まで体力を使い切ってからベッドに入って、意識を必死に保ってようやく明晰夢に入るところまではたどり着いても、加速する妄想によって夢の世界が一瞬で崩壊し目覚めることばかり。
夢の強度を維持したままの展開誘導を身につけることは結局できないまま一時の流行りで私の明晰夢ブームは終わった。
その後も何度か明晰夢を見ることはあったが、大抵の場合私が選んだのは「どうせもうすぐ目覚ましが鳴る時間なのだからさっさと起きてしまおう」という選択であった。
明晰夢は楽しむものではなく、単に寝起きの前に意識だけが少し先駆けただけのものになっていた。
話はここで冒頭に戻る。
その日、強烈な尿意によって覚醒した意識の中で、私は自分が夢の中にいることに気づいたのだった。
とっさに目覚ましの音に耳を澄ましてから、その日が土曜日で自分が二度寝をしたことを思い出した。
かつて夢見た理想郷にようやくたどり着いた歓喜とともに、股間は爆発寸前の尿意を訴えてくる。
お尻とお腹に力を入れて無理やり尿意を押さえつけるも、意識は尿意に引きずられ私を何度もトイレへといざなう。
職場のトイレ、家のトイレ、実家のトイレ、駅のトイレ、オムツ、様々な景色とその中で放尿する自分のビジョン、そして実際には放尿していないことを知らせる肉体の感覚、破裂寸前の膀胱。
流石にこれは不味い……いくらなんでもこう何回も夢の中で放尿すればいつかは本当にベットに尿をぶち撒けることになる……。
私は夢の中で夢小説を描くことを諦め必死に身体を起こそうとした。
金縛りにかかったことがある人な分かるだろうが、夢の中で起きようとして身体を起こすと突然身体は動かなくなる。(補足:明晰夢≒金縛り 肯定的に捉えるか否定的に捉えるかの違いだよ)
なんとかベッドから転がり落ちるビジョン、ようやく目を覚ますビジョン、そのたびに気づく、それはこうあってほしいという幻想を見ているだけで実際の光景ではないと。
起床のために藻掻くこと数分、ようやく実際に目覚めトイレに向かう。
膀胱、その無限の広がりをただただ股間に感じながら、オシッコ我慢式明晰夢法という魔法の鍵がこの手に握り込まれていたことに気づくのだった。
オシッコガマン式明晰夢法とは、オシッコを我慢することによって尿意により意識を叩き起こし、明晰夢へと突入する禁断の秘術である。
失禁や膀胱炎といったリスクと隣合わせの禁術であり、夢の中に辿り着いても尿意に意識を取られて妄想を広げる余裕など一切ない。
このままでは尿意を我慢することに性的興奮を覚える変態以外には全く役に立たない代物である。
(尿意を我慢することに性的興奮を覚える変態であったならば、多様なシチュエーションの中で尿意を我慢できるだけでなく、夢の中で無限に放尿することも可能、更には衆人環視下での失禁さえノーリスクな最高のオナニーと言えよう。ズルイ。俺も性癖を変えるか。)
俺はトイレの夢。
そういう夢を見るとき決まってリアル膀胱がピンチで、脳がトイレに行けと命じて出来た気持ちが夢の中に出てくる感じだ
トイレは、肝試しみたいな恐ろしい怖い場所として出てくる。これは俺が小学生の頃にトイレの花子さんや学校の怪談が大流行し、トイレに幽霊がいると信じていたことがあるからである。今思うとそんな臭いところに好んでいるわけねーよ……覗き魔だろそいつという感じだが。だからトイレも小学校のトイレだったり、遠足で行った先のトイレだったりすることが多い。
そこで恐る恐るトイレをする。だがスッキリしない。当然だ、リアル膀胱は尿を出せていないのだから。なので夢の中で何度も幽霊の出ると言われる恐ろしいトイレに行かなければならない。夢の中に幽霊は出てこないのが幸いだ。
異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異な物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。
七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。
部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチックな蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。
いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物の心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。
誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛けた人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。
やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。
私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。
初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。
そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易な生活を送っていました。
これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働にしろ、兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。
こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。
私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。
犯罪と探偵の遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアルな遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主人からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄を発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。
その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯を発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘンの喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢に我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。
そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。
それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事が動機を為なしたのでした。
どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います。寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町を何気なくヒョイと曲りますと、出会頭であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男は自動車の運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています。交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。
私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから、医院の所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。
「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」
すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。
実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。
「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」
私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。
「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」
「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」
と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しかも外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議な心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。
私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院ではいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。
私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。
この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車の運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上の処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが、事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますまいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながち咎とがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますまいか。
これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しかし法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上の殺人者である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。
皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。
これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車や自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。
(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)
この場合「危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものとしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれる理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。
世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律が人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。
そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対に法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。
今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。
併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法を告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます。
この方法を発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手の言葉にさからったことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。
ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水の工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。
それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、
「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)
「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」
と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、
「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」
などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、
「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。
こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人の動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。
ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。
ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外の文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。
変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33
最初に言っとくけど、今からご飯を食べようとか、なんなら今まさにこれからエッチしようとかしてる男性の方とかはこの下は読まないほうがいいかもしれない。女性の汚れものの話なので(知っていて損ではないとおもうけれどね)。
少なくとも一部の女性(私だよ)の自己肯定感をブチ上げてる、日陰物の話をさせてほしい。
====
簡単に言うと、ぱんつのクロッチのオプションとして使う当て布・当て紙である。
極々小さくて薄い生理用ナプキンみたいな形状をしていて、ナプキン同様にぱんつのクロッチ部分に貼りつけて使用する。
バラとかのいい香りがするやつもあるし、無香料のものもある。天然コットンを売りにしてるやつも、人工素材だけど機能的なやつだってある。
違いとしては、ナプキンよりずいぶん薄くて小さく、ナプキンに必需品であるポリマーの水分吸収体も大抵入っていない点が挙げられる(一部入っているのもある。ちょっと高い)。
何より主な出番が「生理じゃない日」というのが大きな違いである。
ところでなぜこのような当てが、しかも出血のない普通の日に必要になるのか。
おりものは子宮や膣から出る液状の分泌物である。健康であればふつう酸性の液性をしており、膣に入りがちな大腸菌などのバイ菌を殺菌したり、子宮内部の老廃物を排出したり、また潤滑液としての働きをしたりもする。
おりものがないと膣内部はゴミだらけのバイ菌だらけになってしまう。また完全に乾いたお股では摩擦で痛くておよそ歩けたもんではない。
人によって、また日によっても出る量や色、粘り気やにおいなどは様々であるが、大抵の女性のお股は常にしっとりしているのである。毎日である。生理がない日もである。女性の下半身は偉大なるおりものに守られているのである。
さて、そんな殺菌と洗浄と老廃物の運搬を担う偉すぎるおりものであるが、ひとつ問題がある。体内に溜めておく場所がなく、排出に際してコントロールも効かないのである。
おしっこであれば膀胱があるし、緊急事態ならお股を押さえておけばなんとか決壊を防ぐことができる(ような気がする)。大の方は……3日分くらい体内に留まるのは普通だし、緩い時だってストッパとかお薬がある。
おりものにはこれがないのである。垂れ流しである。行き着く先はクロッチである。
同じ垂れ流しの経血とは色も量も起きうる惨事の規模も違うが、クロッチが湿ったぱんつなんてのは穿けたものではない。
ズボンに染みないか、においが漏れないか気になって仕方ない。椅子に座るたびにお股がヒヤッとするし、毛についてぱんつと固まったりすると、トイレで脱いだ時に毛がブチブチ抜けて痛い。奮発して買ったお気に入りのぱんつだって汚れてすぐにいたむし、濡れていることに対して怒りさえ感じることもある。
クロッチが濡れて気持ち悪いのに、ニコニコして人当たりよく仕事や勉強をするなんて、どうしても私には無理である。
洗い立てのぱんつに装着して履いておく。体内から出たおりものはライナーがしっかりキャッチしてくれる。トイレに行ったときに汚れているようなら、すかさず新しいライナーに替えられる。そうすればそのぱんつのクロッチはもう洗い立てのそれと同じである。
個人的には多い日では1日に3回か4回くらい変えることがある。これが他の女性と比べて多いのか少ないのかわからないけれど、3回も4回もスッキリした気持ちになれる。「からりと乾いていて、汚れていないクロッチ」これがなかなか自己肯定感をぶち上げてくれるのである。
強気にもなれる。優しくもなれる。頑張ってもいいかなと思える。
「私もなかなかやるじゃん、ぱんつも濡れてないし」QoLが爆上げした瞬間である。
避難所で生理用ナプキンが猥褻物として扱われてしまうとか、今日もルナルナの件で炎上してたりとか、血が出る「生理」は印象として派手なので話題にものぼりやすいし、議論にもなるし、とりあえずの理解もされやすかろう。
そんな中で日常の生活を支えてくれるパンティライナーは完全に日陰者である。地味だし。話題にされているのを寡聞にして聞かない。
それでも濡れていないぱんつ、あたらしいクロッチをいつでも提供してくれるパンティライナーは、私の気持ちを人並みに人間にしてくれる救世主である。
とまあこう、人に知られざるパンティライナーを称え増田をしたためた訳だが、正直に言うと今日は完全にうっかりしていた。
毎日カバンには替えをいくつか持っているし、会社のロッカーにもストックがあるんだけど、今日はどちらも切らしていて一日中湿ったぱんつで仕事をする羽目になってしまった。
結果は散々である。
半身浴しながらポチポチ書いてたんだけど、そろそろのぼせちゃいそうだからお風呂出るね。読んでくれてありがとう。
超絶引きずっている。
ほぼ10年欠かさず寝る前に彼の事を考えてから寝る。「父」「子供」「家庭」のワードを見かけるとすでに結婚して妻子のいる彼を思い出す。彼の住んでいた町の近くを通り過ぎ、「この風景を見ていたのだろうか」と考える。
10年前、別れたのがショックすぎて大学に通えなくなり留年。卒業するも就職は決まらず、やっと小さい会社に就職が決まるが仕事ができなすぎて試用期間で辞めさせられ、以後繰り返し。発達障害と診断され、職業訓練として通っていた学校は元彼が住んでいた町だった。そこで1年間通うこととなり、「もしかして会えるかもしれない」と期待に胸を高鳴らせていたが一度たりとも再会することはなかった。
別れる直前は、元彼が就職で他県に移住するというので本人に言わず現地へ就活してみたり(落ちた)、仲良かった頃のデート先へ一人で出向いたりした。別れた直後はそんな外へ出る元気もなく、泣いて泣いて布団から出られず昼夜逆転生活。風呂に行く気力もなく真夏だというのに1カ月間で入った日は5回くらいだと思う。トイレさえ行くのが億劫だった(膀胱が強くなった)。
今は手帳を取得して障害者雇用でちゃんと働いていて、メンタルが回復したのは感じている。だが、日課のように毎週私は彼の住んでいた町へドライブへ行く。①身内が近くに住んでおり送り迎えをしなければないらない②車の運転が好き、という理由もあるのだが、毎週通らなくてよい回り道をする度、「何してんのかな…」と思う。
正直今も彼が好きなのかは分からない。ただあの頃に戻りたいと思う。この意味のない自傷のような行動を、誰かに知ってほしい。批判してほしい。異常だと言ってほしい。顔見知りには痛々しすぎて話せない。
まじでクソデカでびっくりしてる 12cm なんで気づかなかったんかな??
確率がFGOの星5なのか、プリコネの星3なのか、あんさんぶるスターズの星5なのか、全然話が違ってくるなあなどと思っていた
抗がん剤治療の話とか聞いてびっくりしたよ
なんかおしっこするときに痛いから膀胱炎かな〜つって泌尿器科行ったんだよ 昨日ね
何年腹で育ててきたんだ 食べても全然太らなかったのってもしかしてキミのせい?
子供の頃から痩せてて食への執着も薄くて、運動音痴だから体力なくて疲れやすいし、なんにも気づかなかった
そういえば就職したあたりから(ちなみにわたしはいま29ちゃい)なんか疲れるとお腹張るなあとは思ってた でも過敏性腸症候群だと思ってたんだよね 当時ずっと仕事のストレスやばかったし
実家の親に電話して伝えたら泣かれた そりゃそうだよな 未婚の娘が卵巣腫瘍、がんかもしれないなんて聞いたら泣くよ
申し訳ねえな
婚活が順調に進んでたから、次は交際相手の顔見せするつもりだったんだけどね。とんだ親不孝になってしまいそう
わたしも病院では怖くて泣いてたけどこうやって文章にしたり家族と話すときはやたら陽気になっちゃう
割とポジティブな方だとは思うけど、本当にこうなるんだなって思った 笑い話とかめっちゃしちゃう(別にそんなにおもしろくないけどね)
腹を開けて腫瘍取ってバラしてみないとわかんないんだって。がんかどうか。
やだなあ。抗がん剤治療したらやっぱ髪の毛抜けちゃうんだって。どうせなら好きなウィッグ買って、これまでできなかった色とかしちゃおっかなとか思うけど、最近わりと頑張ってケアしてやっと髪質良くなってきたところだったのになーとか。ずっと喪女だったのに、婚活のために人生でいちばんかわいくなったのに、全部ぼろぼろになっちゃうかもしれないんだなあって。
わかんないんだ。これは悪ければの話だし、良性だったら手術だけで健康体に戻れる。子供も望めるかもしれない。可能性の話でしかない。
婚活うまくいって、ようやく結婚を考える相手ができたばっかりだったんだ。病院行く2日前だった。わたしが最後に健康だった日。
親に良い報告をしたかった。結婚してみたかった。もしかしたら子供も作れたかもしれない。
そういうの全部なくなるかもしれないんだね。
わたしは2月に30歳になるんだけど、友達が今年続々と30歳になって、みんな楽しく30代生きてこうねって約束してたのに、なんかほんとに洒落にならないというか本気の約束になっちゃいそうなのがさ。そういうのじゃないじゃん。なんでそうなるのかな。
まだやりたいこといっぱいあるよ。怖いよ。終わりたくない。まだまだ幸せに生きていきたいよ。
ねえ。もし良性だったら、あんなのただの杞憂だったねって言って笑い飛ばしてね。
(追記)
ブコメ!!!!!!トラバ!!!!なんかいつもと雰囲気違うじゃん!!!!!!!!!!!!!!!
いつも創作だろとかしか言ってくれなかったのになんだよ!でもそういうのもひっくるめて好きだよ!!
普段は追記とかしないしこの文章に追記するのも余韻ぶち壊し感あるけど、お礼言いたいから今回だけさせてください。
お祈りしてくれたみんな、励ましてくれたみんな、ありがとう!とってもうれしいです!!
最近見た大好きな作品に「神様はいるんだ、僕らはみんなひとりじゃない」ってメッセージもらってたの思い出した。それはお米の話で伏見稲荷の神様なんだけどね、でもなんかわたしもひとりじゃないっぽいし、きっと神様もいるよねって改めて思ったよ。そんでこんなに祈ってもらったら聞かないわけにいかないでしょ。
まだまだ元気に生きていきたいよ!さくっと退院してのろけダイアリー書いてやる!!!ほんとに創作じゃないやつ書くから絶対読めよ!!!
本とか参考になるページとか制度とかいろいろ、教えてくれた人ありがとう!
余計な妄想して落ち込みそうだったから詳しく調べられてないんだけど、気持ちと折り合いつけながら見ていくね。検査もそこそこに転院することになったので、妊孕性の話とかはまだしてないんだ。これから参考にさせてもらう。諦めなきゃいけないって決まったわけじゃないもんね。
経験者の人、家族が似た病気をした人たちもエピソード教えてくれてありがとう!思ったより経験者が多くてびっくりした。違う。びっくらぽんだ。
悪性疑いと言われて結構ビビってたので、取ってみたら良性だったよって話には結構励まされました。わたしもそれになりたい。
いま同じように腫瘍があったり疑いがあったりする人も、不安だけど一緒にがんばりましょう。お互いに良くなりますように、わたしも祈ります。
これまで大病したことなくて病院はわりと縁遠いものだったし、なんとなく不調だけれどもそれが日常になっていく感覚はよくわかります。でもやっぱり同じ思いはしてほしくないし、月並みだけれども、身体の不調があるようだったらぜひ検査してね。
あとはわたしも入院前に神社行くつもりなので、自分の健康はもちろん本気で祈るけど、優しい言葉をくれたみんなの無病息災も祈っておきます!!
この通り、結構ほんとに元気出たよ。みんなありがとね大好き!良いクリスマスを!良いお年を!きっと来年も楽しい一年にしようね!
いつも冬になると、ちん竿の経路に関する問題が私を苦しめる。
寒さに弱い私はパンツの上にヒートテックのインナーを穿いてるが、おしっこするときに、うまくちん竿を出すことができないのだ。
漏れそうになるまで我慢しなければならない時、どうにか便器にたどり着けたとしても、ちん竿が出せずに漏らすということも多々ある。ちょい漏らしなんて、当たり前だのクラッカーだ。
ちん竿は自動的に出てくるものではない。手で引っ張り出さないとならない。
男性のパンツの前方のちん竿を出す穴は、「前開き」と言うらしい。これ豆。
チャックを降ろしてから、前開きに手を入れて、ちん竿を掴まなければならないが、まずそこがうまくいかない。Yシャツの裾が邪魔をすることもママある。
便器の前で安心し切っている膀胱。ヒートテックの「前開き」に指を入れ、さらにパンツの「前開き」を探す。ない? わたわたと、ちん竿を探す指。
ああああ。ないないないない。あ、あった! ところが、ちん竿が縮こまっていてうまく掴めない! あわわわわ。
ようやく指でちん竿をつかむ。布きれの迷宮から引っ張り出すが、いざ発射の段階になると、2つの「前開き」が柔らかなちん竿に上下左右から圧迫を加える。
親父たちが、変に腰を引いた状態で放尿しているのは、こういった理由からだ。そして、俺もその一人だ。
先日、おしっこ漏れそうになりながら、どうにか駅のトイレに駆け込んだ。膀胱の限界とのギリギリの攻防だ。
過去の経験に照らし、これは漏らすパターンだと判断した私は、トイレに人影がないというラッキーの後押しもあり、便器の前に到着するまでに、すでに外されていたベルトごと、ズボンもヒートテックもパンツも一気に膝まで降ろした。
私はとっさに、酔っぱらいの演技を始めた。
ケツ丸出しごときは日常茶飯事と言わんばかりのヘッドバンギングをカマしながら、クレイジーケンバンドの「クリスマスなんて大嫌い!!なんちゃって」をレロレロの呂律で歌ってその場を凌いだ。
こんな苦労は女にはわからんだろうなあ。
(追記)
この話を、コロナ自粛明けの9月、都内某所の小洒落た小料理屋のカウンターで、同僚相手に話して爆笑をかっさらった。
ふと美人女将に目をやると、恥ずかしそうに下を向き、堪え笑いをしている。本当は大声で笑いたいのだろう。
ふと、女将と目が合った。俺は思ったね。恋に落ちたって。