はてなキーワード: 明晰夢とは
月曜から夜ふかしに出てた、ガノタの親から生まれたガノタの「義連」さん
凄まじい名前よな
親、やりたい放題だな
義勇が居るんだから義連が居ても良いと思うけど
それにしたってザビ家よ
全然関係ないけど、このあいだジオン水泳部3体を足して3で割ったみたいなモビルスーツと戦闘を繰り広げる夢を見たんよ
茶の間でこたつを挟んで闘ってたから、モビルスーツの全高は人の身長くらいしか無いってことだろうけど
そんでこっちは生身だったと思う
徒手空拳ぽいのにちゃんとモビルスーツに攻撃してた。たぶん素手で頭とかぶっ叩いてたよ
どこをどう攻めればいいか考えあぐねてたんだけど、「これ以上やると大変なことになる(殺られる)」と思ったところで目を覚ますことにした
あぶなかったわ
AIの遺伝子という漫画に「VRゲームをやっていても、ベッドで寝ているもう一人の自分がいる感覚はなくならないんだ」という話が出てくる。
この話を読んでしばらくしたある日、俺は夢の中でふとその感覚が自分にもあることに気づいた。
それまでの自分は夢の中で感じる平衡感覚の違和感に苦しんでいた。
でも夢の中で仰向けになっていることは滅多にない。
夢の中で空を飛んでいる時、腹を地面に向けて空を飛んでいるはずなのに重力を逆方向から感じていた。
立って歩いてるはずなのに重力は垂直に来るものだから地面がドンドンせり上がっていく。
上手く歩けない。
上手く走れない。
この「肉体が感じる重力が夢の中の自分の状態と一致しない」という状態が原因で脚がほつれたり空に吸い込まれたりして飛び起きたことが何度もある。
だが、俺は気づいてしまったのだ。
夢を見ていても本体がベッドの上にあるということを受け入れれば、むしろ重力の違和感こそが明晰夢のトリガーとして使えると。
明晰夢における自己認識は幽体離脱だと思えという伝統的な作法においては、なぜ幽体に意識が飛び出しているのに肉体の感覚が残っているのかという疑問が発生する。
幽体離脱とはそういうものであると考えらればいいのだが、自分はそこに違和感を持ってしまって躓いた。
他にも異世界に意識がワープしているという理論もあるのだが、この場合は重力の来る方向がおかしいのはそういう異世界だと割り切るにしてもかなり無理が来る。
そこで、「俺は今VRゲームを遊んでいるので、ベッドの上に自分の感覚が残っている」という新しい認識を導入してみたのだ。
現実の肉体の感覚が残っているのは当たり前で、その上で夢の中にある肉体の感覚も存在するのが当たり前という認識でいれば、2つの肉体感覚があるのは何もおかしくないことになる。
このルールに気づいたことで俺の明晰夢発生率は大きく向上した。
更にこれには副次効果で「自分が今どこで寝ているのかを夢の中で確認できる」という利点があった。
職場で机に突っ伏している時は淫夢を見るどころかヒーローごっこさえやるわけにはいかないが(独り言を聞かれたら恥ずかしいので)、家でベッドに寝ているならそういうのもアリになってくる。
夢の中でふと現実の体を意識してみて、今自分がどこから重力を受けているのかを確認してみる。
家で寝ているならベッドに身体が沈んでいる感覚や、身体に垂直にやってくる重力を感じ取れる。
更にベッドの横に置く消臭剤をアロマの香りにすることにより、アロマの香りがするから家の中にいるはずであるという確証も得られるようにした。
二重の肉体感覚を利用することで明晰夢への移行だけでなく、寝ている場所の確認もできるようになったのである。
電車や職場で寝ている可能性を感じたら耳の感覚を強めて周囲を経過しつつ、その状態でも夢の中に居続けられるように二重感覚トレーニングの時間に使う。
タイトル戦の対局場へ向かう竜王名人となぜか一緒にタクシーに乗った。
途中で休憩するために駐車場みたいな所で降りた。
駐車場の隣には石垣の上に建った立派な日本家屋があり、その石垣に水晶が生えていて、それを見た竜王名人がしゃがんで「これはですね…」と笑顔で解説を始めた。
その声は吹き荒ぶ風にかき消されて私には全然聞こえなかったが、運転手のおじさんには聞こえていたみたいだった。
耳が悪くなったのかな?と思った。
「まだ時間もありますから」と今度は運転手のおじさんも上機嫌で水晶を語り出した。
竜王名人が私の近くに来て、手のひらサイズの水晶を見せてくれた。「これがいちばん綺麗ですね」と竜王名人は嬉しそうに言った。
時計を見ると8時だった。
そろそろ時間がまずいのでは?と怪しく感じた私は運転手にそろそろ出発してはどうかと言った。
私は学校に行くだけなのだ。1時間目は確か体育だ。まだギリギリ間に合うが、サボって午後から出ようかなとも思った。
「先に対局場に向かってください」なぜか私が運転手を仕切り、我々は西へと出発、いつのまにか起床。
気付いたら俺はニューヨークにいて、そこのネカフェ的なところでオンラインゲームをしていた。
昔よく遊んでいたMMORPGだった。
とても英語が追っつかないのでボイスチャットで会話を交わしたが、これは正解だった。日本語がすごく上手な女性だった。
仕方がないので日本に帰ろうとした。
そもそもなぜニューヨークにいるのだ?パスポートはいつ作ったのか?費用は?仕事はどうした?
さまざまな疑問を抱えながらカフェを出て、やがてオフィスのカフェコーナー的な場所に迷い込んだ。
するとなぜか高校の友達や当時のバイト仲間など懐かしいメンツと再会した。彼らはここで勉強しているらしかった。空港に行くまでの道順を教えてもらい別れた。
途中で石段と、その左に用水路の壁面に付いているような埋め込みタラップがあった。梯子は3列あり、真ん中の列を女性が軽々と登っていくのが見えた。
俺も左端の列をおそるおそる登っていった。
最後の二段だけ、コンクリートで上からこんもり固められた形跡があった。嫌な予感がした。これ、一度抜け落ちたものを再度埋め直したんじゃないか?耐久性が不安に思われた。
予感は当たった。手をかけた瞬間に梯子は崩落、ヤバい、死ぬ、俺はとっさに真ん中のレーンに飛び移り、事なきを得た。
しかし、物を破壊したということで登り終わるとすぐに警官のような屈強な男複数人に囲まれた。男たちは皆短剣を持っていて、狩りをするみたいに俺に切りかかった。
普通に石段にしておけばよかったなあ、と悔やみながら意識が遠のく。
気が付くとホテルの一室に戻っていた。
部屋の中心に妹らしき後ろ姿があったので、話しかけようとして近づいたら、大きな目玉が7個ほどぎょろっと開いた。俺はたまげて転んだ。
すごい、こいつ、後頭部に目玉が7つあるぞ!
思えば、最近は部屋にこもりがちなのだと親から聞いていたが、なるほどこういう理由だったのかとやけに納得したところで、雨音が激しくなり起床。
20XX年。
無料の動画やゲームを楽しむと必ず、一定時間CMを視聴させられて、
多くの人が不満に思っていた中、登場したのが夢広告だ。
夢広告を採用した動画サービスやゲームは、楽しんでいる間にCMを挟みこまれることが無い。
代わりに、特定の夢を見るためのサブリミナルシグナルを刷り込まれる。
そして、寝つきの良かった日の朝に、夢の中で広告をみることになるのだ。
夢から覚めたM氏は呟いた。
夢広告は、対象商品やサービスについて詳しくなるとその夢を見なくて済むようになる。
夢広告の中で夢だと気づければ明晰夢として好き放題できるのだが、
地元の友人に「帰ってこねーの?」ってしつこく聞かれて
「ああ、帰ったところで仕事もないし金だってないし」と答えたら
「コレット使ってないの?」と常識ぶった態度で言われ、腹が立った。
コレットというのは新幹線の割引サービスらしい。簡単に解釈すれば回数券システムなのだが、それを利用すれば切符代をなんと通常の6分の1まで減らせてお得なんだそうだ。また、そのおまけ(返礼品?)として高級カレーとか高級肉が届く。
友人からそんな説明を受け、そのしたり顔がムカつくなあと思いながら半信半疑で駅に向かうとたしかにサービスの受付があり「何で今まで知らなかったんだろう」と不思議に思った。
いやでもあまりにも都合が良すぎないか?罠なんじゃないか?という懸念がぬぐい切れないまま、朝陽がまぶしくて起床。
あーあすぐに夢だと気づいていれば明晰夢として好き放題できたのになあ。
知らない小太りのおじさんに尻の穴を触られて最初はちょっと嫌だなって思うんだけど、ずぶっと奥まで入って快感が脳天をズキューン!とぶち抜いて、絶頂のあとも気持ちよさの余韻がじいんと襲ってくるみたいな。
触ってもないのに脳でイっちゃうわけよ…!!
混じり気のない純然たる快感そのものがカァーンと駆け抜けてきてめーちゃめちゃ気持ちよかった。
セックスどころの騒ぎじゃない。快感そのもの。雷どかーんですよ。
むかし中高生だったころ明晰夢を見るのにハマってたんだけど、この快感を狙って引き出せたら最高だろうな。
エロ漫画みたいだった…。
ども。
いるわけねーか。
ニチアサドアサを深夜3◯:00換算はNO
でもね飽きて来たんすよね。
「先が読めるけど面白い」ってのはあるんだけどやっぱこう限界があるんすよね。
ネトゲとか20戦ぐらいすると先がもう見えて辞めちゃうんだよね。
自分がどれぐらいの時間かければプラチナに行くのかとかまで分かってくる。
最近はオタク趣味も退屈になって瞑想とか明晰夢とか自炊とかに凝ってきてる。
でもこういうのをいくらやっても「俺はこういう人間なんだよな」っていう実感に繋がらない。
何十年も「俺はオタクだから俺なんだ」と思って暮らしてきたから、それが無くなると自分が何者かわからなくなるんだよね。
仕事もオタク趣味のためにコスパだけで選んだ全然好きでもなんでもない業界だし、業務中は心を殺して愛想笑いを浮かべて暮らしてるだけなんで「この仕事をしている俺が俺なんだ」という気持ちはまったくない。
1日のうちでアイデンティティを取り戻せる時間がほとんどなくなってきて、なけなしの興味で最新の超メジャーコンテンツにちょっとだけ触れている間だけオタク≒自分を自覚できる。
俺が俺であるという感覚が極めて薄くなってきて、これはワンチャン変なプライド減って楽になるかと思ってたんだが、そのうちに「わざわざ頑張って生きる必要とかないな」って気持ちが強くなってきた。
自己への執着が減りすぎて自分が生きていることに執着しなくなってきたんだよね。
もう別に死んでもいいやとなってきてる。
昔は「ガルパン最終章見るまで死ねねえよな!」みたいな謎の熱意によって生き延び続けていたのが、それを失って「なんかもうどれもそんな興味ねえし、生きるために働くのも辛いから死のうか」になってきてる。
自分は精神科に通っているのだが、特定の薬を飲んでいた時期だけ変な夢を見るようになる傾向があることを発見した。
夢の内容としてよくあるもの
睡眠に入るとき、リアルタイムで意識を失う過程を客観的に観察できるようになる
→そこで無理やり起きることもできなくはない
→→ただし無理やり起きたと思っても実は起きてない可能性がある(多重構造の夢に通じる話)
体がペラペラになって細いところを通り抜けられるようになったり、壁を通り抜けられるような感覚になる。
→現実世界と似たフィールドで、念能力で自分の体を動かしているイメージ
夢から覚めたと思ったらまだ夢だった(多重構造の夢)という現象が多発する。
→しかも階層が何層もある。3層は当たり前にある。数えたことはない
随分ファンタジーな夢を見たのでその内容の一部を書いてみよう。
左右上下が壁に囲まれたダクトのような長い長い空間にいる。ただしダクトほどは閉塞感がなく地下鉄ぐらいの広さはあった。
俺らはそこでずっと向こうにいる相手と魔砲とでもいうべきものを撃ち合っていた。
相手のビーム、こうたとえると間抜けな感じがするが、ところてんのように隙がない。空間と全く同じ太さの極太ビームが迫ってくるのだ。
空間の中にいる人間から見れば高エネルギーという名の壁が迫ってくるようにしか見えない。確実にこちらを後方へ押し出さんとしていた。
そんな中で相手に近づくにはこちらも絶えず同じ火力のビームを放って相殺しながら近づくしかなかった。
こちらに対して相手は遥か少数の精鋭で同等の火力を放っている。しかも余力があることまで目に見えていた。
なんで俺らはこんなに弱いんだろうみたいに言うと、これが夢特有の支離滅裂さと言うものなのだろうが、キングダムハーツの主人公みたいなのが「異世界人がこの世界で強力な力を持つにはこの世界で役割が与えられていなければならないんだ」とか言う。つまり勇者なり魔王なりといった役割をおそらく世界の構築者(メタ的に言えば俺のはずなんだけど)から与えられなければならないってことらしい。
そうだ。この四方を覆っているものを突き破って外へ出ればいいんだ。そうして広々とした上空へと出る。
ここから先までその内部にいた建造物に沿って音を頼りに相手方の位置を特定し、奇襲をかければいい、という考え方だ。
俺はこの戦いに必死だった。
ここで死ぬとリスポーンはされるのだが、現実に目覚めた時にその死と復活に対応して俺と全く同じ人間が一人ずつ増えていくという情報が俺の頭にあった。今から考えればどういう原理であれば想定可能かもめちゃくちゃなそんな荒唐無稽な情報をなぜか信じていたのだ。しかも「現実に」とあるようのこれが夢という認識まであるのにだ。明晰夢では自由自在に行動できると言うが、しかもそも何が明晰夢なのかということ自体一筋縄ではいかないということを示唆している。
この場面の至るまでに俺は空を飛んでいたこともあったのだが、ここに来て空を飛ぶための呪文を忘れた。
この世界ではフライみたいな簡単すぎる言葉では呪文として効力が出ない。これも夢が記憶の整理の副産物という理論に基づくならばこれはおそらくオーバーロードを鑑賞した時の記憶の影響だろう。ある程度それっぽい呪文じゃないとダメみたいな無意識の形成が夢の世界観にも作用しているのだ。(今思えばungravityみたいなこと言えば空を飛べたと思う)
とにかく俺は空を溺れるようにあがき、高度を保って進もうとするが、確実に落ちていく状況にあった。その自由自在に行かないところへ相手の首領みたいなのがやってくる。
首に鋭い手刀を放つ。なんか三人称視点で俺が落下していくのが見える。即死だったのだろうと察した。そしたらゲームのクエスト選択画面みたいなのが視界いっぱいに表示されて、さてさっさと選択してみんなのところに戻ろうかとしたところで目が覚めた。
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この夢でのような奇襲のやり方や、役割がなければ力を持てないみたいな今思えばrpgの村人あたりが力を持ってることなんてそうそうないよなというなるほどな考え方は、今まで意識的には浮かんだことのない発想だった。少なくともそういう発想が出たことがあるという記憶はない。
単なる記憶の整理の結果に過ぎないのか、はたまた別の現象なり原理が働いているのか…
それと薬物で決まっている人間は壁にありもしない鯨がいるのを認識しなぜこいつは動かないのかとマジメに疑問を感じたり外に出れば月が三つ見えたという人もいるらしい。
薬物が現実に別のレイヤーで情報を付加するものなら、夢は現実と無関係にいちから情報が構築されている空間だと感じた。
いわば拡張現実と仮想現実のような関係で両者に近しいものを感じた。脳の動きも案外似てるのかもしれない。夢を見ている人間の脳はキマってる人のそれとそう変わらないのかもしれない。
自己催眠で明晰夢の中に入って夢の中で変態行為に及んだり、そういうテーマのゲームやって満足すれば良いんじゃねえのか?
幸い日本は表現の自由が滅茶苦茶保証されているから同性愛ペドフェリアによる肉体改造リョナみたいなのでもいくらでも見つかるじゃんけ。
リスクや精神的コストに対してリターンが微塵も釣り合ってないだろ。
実存主義拗らせてるから理想をコネコネして生み出した空想の世界じゃなくて、現実に存在する理想的な本物の人間相手じゃないとリビドーしたくない的な奴なんだろうか?
そこにこだわって人生失敗するぐらいなら考え方を宗旨変えして、それぞれの魂の中に存在する理想的性癖の影を共有するための空想の中でチンチンやマンマンをシュッシュッして過ごしたほうが幸せなんじゃないのか?