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2021-04-29

anond:20210429123309

下方婚しろ上方婚をするなの間には絶望的な差がある


年収100万でまともに会話成り立たないブサイク結婚しろとは思ってないけど、ハイスペ男1人に何十人もわらわら群がってって百人斬りされるのは止めろやと思っている

2021-03-22

赤い部屋

異常な興奮を求めて集った、七人のしかつめらしい男が(私もその中の一人だった)態々わざわざ其為そのためにしつらえた「赤い部屋」の、緋色ひいろの天鵞絨びろうどで張った深い肘掛椅子に凭もたれ込んで、今晩の話手が何事か怪異物語を話し出すのを、今か今かと待構まちかまえていた。

 七人の真中には、これも緋色の天鵞絨で覆おおわれた一つの大きな円卓子まるテーブルの上に、古風な彫刻のある燭台しょくだいにさされた、三挺さんちょうの太い蝋燭ろうそくがユラユラと幽かすかに揺れながら燃えていた。

 部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かな襞ひだを作って懸けられていた。ロマンチック蝋燭の光が、その静脈から流れ出したばかりの血の様にも、ドス黒い色をした垂絹の表に、我々七人の異様に大きな影法師かげぼうしを投げていた。そして、その影法師は、蝋燭の焔につれて、幾つかの巨大な昆虫でもあるかの様に、垂絹の襞の曲線の上を、伸びたり縮んだりしながら這い歩いていた。

 いつもながらその部屋は、私を、丁度とほうもなく大きな生物心臓の中に坐ってでもいる様な気持にした。私にはその心臓が、大きさに相応したのろさを以もって、ドキンドキンと脈うつ音さえ感じられる様に思えた。

 誰も物を云わなかった。私は蝋燭をすかして、向側に腰掛け人達の赤黒く見える影の多い顔を、何ということなしに見つめていた。それらの顔は、不思議にも、お能の面の様に無表情に微動さえしないかと思われた。

 やがて、今晩の話手と定められた新入会員のT氏は、腰掛けたままで、じっと蝋燭の火を見つめながら、次の様に話し始めた。私は、陰影の加減で骸骨の様に見える彼の顎が、物を云う度にガクガクと物淋しく合わさる様子を、奇怪なからくり仕掛けの生人形でも見る様な気持で眺めていた。

 私は、自分では確かに正気の積りでいますし、人も亦またその様に取扱って呉くれていますけれど、真実まったく正気なのかどうか分りません。狂人かも知れません。それ程でないとしても、何かの精神病者という様なものかも知れません。兎とに角かく、私という人間は、不思議な程この世の中がつまらないのです。生きているという事が、もうもう退屈で退屈で仕様がないのです。

 初めの間うちは、でも、人並みに色々の道楽に耽ふけった時代もありましたけれど、それが何一つ私の生れつきの退屈を慰なぐさめては呉れないで、却かえって、もうこれで世の中の面白いことというものはお仕舞なのか、なあんだつまらないという失望ばかりが残るのでした。で、段々、私は何かをやるのが臆劫おっくうになって来ました。例えば、これこれの遊びは面白い、きっとお前を有頂天にして呉れるだろうという様な話を聞かされますと、おお、そんなものがあったのか、では早速やって見ようと乗気になる代りに、まず頭の中でその面白さを色々と想像して見るのです。そして、さんざん想像を廻めぐらした結果は、いつも「なあに大したことはない」とみくびって了しまうのです。

 そんな風で、一時私は文字通り何もしないで、ただ飯を食ったり、起きたり、寝たりするばかりの日を暮していました。そして、頭の中丈だけで色々な空想を廻らしては、これもつまらない、あれも退屈だと、片端かたはしからけなしつけながら、死ぬよりも辛い、それでいて人目には此上このうえもなく安易生活を送っていました。

 これが、私がその日その日のパンに追われる様な境遇だったら、まだよかったのでしょう。仮令たとえ強いられた労働しろ兎に角何かすることがあれば幸福です。それとも又、私が飛切りの大金持ででもあったら、もっとよかったかも知れません。私はきっと、その大金の力で、歴史上の暴君達がやった様なすばらしい贅沢ぜいたくや、血腥ちなまぐさい遊戯や、その他様々の楽しみに耽ふけることが出来たでありましょうが、勿論それもかなわぬ願いだとしますと、私はもう、あのお伽噺とぎばなしにある物臭太郎の様に、一層死んで了った方がましな程、淋しくものういその日その日を、ただじっとして暮す他はないのでした。

 こんな風に申上げますと、皆さんはきっと「そうだろう、そうだろう、併し世の中の事柄に退屈し切っている点では我々だって決してお前にひけを取りはしないのだ。だからこんなクラブを作って何とかして異常な興奮を求めようとしているのではないか。お前もよくよく退屈なればこそ、今、我々の仲間へ入って来たのであろう。それはもう、お前の退屈していることは、今更ら聞かなくてもよく分っているのだ」とおっしゃるに相違ありません。ほんとうにそうです。私は何もくどくどと退屈の説明をする必要はないのでした。そして、あなた方が、そんな風に退屈がどんなものだかをよく知っていらっしゃると思えばこそ、私は今夜この席に列して、私の変てこな身の上話をお話しようと決心したのでした。

 私はこの階下のレストランへはしょっちゅう出入でいりしていまして、自然ここにいらっしゃる御主人とも御心安く、大分以前からこの「赤い部屋」の会のことを聞知っていたばかりでなく、一再いっさいならず入会することを勧められてさえいました。それにも拘かかわらず、そんな話には一も二もなく飛びつき相そうな退屈屋の私が、今日まで入会しなかったのは、私が、失礼な申分かも知れませんけれど、皆さんなどとは比べものにならぬ程退屈し切っていたからです。退屈し過ぎていたからです。

 犯罪探偵遊戯ですか、降霊術こうれいじゅつ其他そのたの心霊上の様々の実験ですか、Obscene Picture の活動写真や実演やその他のセンジュアル遊戯ですか、刑務所や、瘋癲病院や、解剖学教室などの参観ですか、まだそういうものに幾らかでも興味を持ち得うるあなた方は幸福です。私は、皆さんが死刑執行のすき見を企てていられると聞いた時でさえ、少しも驚きはしませんでした。といいますのは、私は御主からそのお話のあった頃には、もうそういうありふれた刺戟しげきには飽き飽きしていたばかりでなく、ある世にもすばらしい遊戯、といっては少し空恐しい気がしますけれど、私にとっては遊戯といってもよい一つの事柄発見して、その楽しみに夢中になっていたからです。

 その遊戯というのは、突然申上げますと、皆さんはびっくりなさるかも知れませんが……、人殺しなんです。ほんとうの殺人なんです。しかも、私はその遊戯発見してから今日までに百人に近い男や女や子供の命を、ただ退屈をまぎらす目的の為ばかりに、奪って来たのです。あなた方は、では、私が今その恐ろしい罪悪を悔悟かいごして、懺悔ざんげ話をしようとしているかと早合点なさるかも知れませんが、ところが、決してそうではないのです。私は少しも悔悟なぞしてはいません。犯した罪を恐れてもいません。それどころか、ああ何ということでしょう。私は近頃になってその人殺しという血腥い刺戟にすら、もう飽きあきして了ったのです。そして、今度は他人ではなくて自分自身を殺す様な事柄に、あの阿片アヘン喫煙に耽り始めたのです。流石さすがにこれ丈けは、そんな私にも命は惜しかったと見えまして、我慢我慢をして来たのですけれど、人殺しさえあきはてては、もう自殺でも目論もくろむ外には、刺戟の求め様がないではありませんか。私はやがて程なく、阿片の毒の為に命をとられて了うでしょう。そう思いますと、せめて筋路の通った話の出来る間に、私は誰れかに私のやって来た事を打開けて置き度いのです。それには、この「赤い部屋」の方々が一番ふさわしくはないでしょうか。

 そういう訳で、私は実は皆さんのお仲間入りがし度い為ではなくて、ただ私のこの変な身の上話を聞いて貰い度いばかりに、会員の一人に加えて頂いたのです。そして、幸いにも新入会の者は必ず最初の晩に、何か会の主旨に副そう様なお話をしなければならぬ定きめになっていましたのでこうして今晩その私の望みを果す機会をとらえることが出来た次第なのです。

 それは今からざっと三年計ばかり以前のことでした。その頃は今も申上げました様に、あらゆる刺戟に飽きはてて何の生甲斐もなく、丁度一匹の退屈という名前を持った動物ででもある様に、ノラリクラリと日を暮していたのですが、その年の春、といってもまだ寒い時分でしたから多分二月の終りか三月の始め頃だったのでしょう、ある夜、私は一つの妙な出来事にぶつかったのです。私が百人もの命をとる様になったのは、実にその晩の出来事動機を為なしたのでした。

 どこかで夜更しをした私は、もう一時頃でしたろうか。少し酔っぱらっていたと思います寒い夜なのにブラブラと俥くるまにも乗らないで家路を辿っていました。もう一つ横町を曲ると一町ばかりで私の家だという、その横町何気なくヒョイと曲りますと、出会であいがしらに一人の男が、何か狼狽している様子で慌ててこちらへやって来るのにバッタリぶつかりました。私も驚きましたが男は一層驚いたと見えて暫く黙って衝つっ立っていましたが、おぼろげな街燈の光で私の姿を認めるといきなり「この辺に医者はないか」と尋ねるではありませんか。よく訊きいて見ますと、その男自動車運転手で、今そこで一人の老人を(こんな夜中に一人でうろついていた所を見ると多分浮浪の徒だったのでしょう)轢倒ひきたおして大怪我をさせたというのです。なる程見れば、すぐ二三間向うに一台の自動車が停っていて、その側そばに人らしいものが倒れてウーウーと幽かすかにうめいています交番といっても大分遠方ですし、それに負傷者の苦しみがひどいので、運転手は何はさて置き先ず医者を探そうとしたのに相違ありません。

 私はその辺の地理は、自宅の近所のことですから医院所在などもよく弁わきまえていましたので早速こう教えてやりました。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点ついた家がある。M医院というのだ。そこへ行って叩き起したらいいだろう」

 すると運転手はすぐ様助手に手伝わせて、負傷者をそのM医院の方へ運んで行きました。私は彼等の後ろ姿が闇の中に消えるまで、それを見送っていましたが、こんなことに係合っていてもつまらないと思いましたので、やがて家に帰って、――私は独り者なんです。――婆ばあやの敷しいて呉れた床とこへ這入はいって、酔っていたからでしょう、いつになくすぐに眠入ねいって了いました。

 実際何でもない事です。若もし私がその儘ままその事件を忘れて了いさえしたら、それっ限きりの話だったのです。ところが、翌日眼を醒さました時、私は前夜の一寸ちょっとした出来事をまだ覚えていました。そしてあの怪我人は助かったかしらなどと、要もないことまで考え始めたものです。すると、私はふと変なことに気がつきました。

「ヤ、俺は大変な間違いをして了ったぞ」

 私はびっくりしました。いくら酒に酔っていたとは云いえ、決して正気を失っていた訳ではないのに、私としたことが、何と思ってあの怪我人をM医院などへ担ぎ込ませたのでしょう。

「ここを左の方へ二町ばかり行くと左側に赤い軒燈の点いた家がある……」

 というその時の言葉もすっかり覚えています。なぜその代りに、

「ここを右の方へ一町ばかり行くとK病院という外科専門の医者がある」

 と云わなかったのでしょう。私の教えたMというのは評判の藪やぶ医者で、しか外科の方は出来るかどうかさえ疑わしかった程なのです。ところがMとは反対の方角でMよりはもっと近い所に、立派に設備の整ったKという外科病院があるではありませんか。無論私はそれをよく知っていた筈はずなのです。知っていたのに何故間違ったことを教えたか。その時の不思議心理状態は、今になってもまだよく分りませんが、恐らく胴忘どうわすれとでも云うのでしょうか。

 私は少し気懸りになって来たものですから、婆やにそれとなく近所の噂などを探らせて見ますと、どうやら怪我人はM医院の診察室で死んだ鹽梅あんばいなのです。どこの医者でもそんな怪我人なんか担ぎ込まれるのは厭いやがるものです。まして夜半の一時というのですから、無理もありませんがM医院はいくら戸を叩いても、何のかんのと云って却々なかなか開けて呉れなかったらしいのです。さんざん暇ひまどらせた挙句やっと怪我人を担ぎ込んだ時分には、もう余程手遅れになっていたに相違ありません。でも、その時若しM医院の主が「私は専門医でないから、近所のK病院の方へつれて行け」とでも、指図をしたなら、或あるいは怪我人は助っていたのかも知れませんが、何という無茶なことでしょう。彼は自からその難しい患者を処理しようとしたらしいのです。そしてしくじったのです、何んでも噂によりますとM氏はうろたえて了って、不当に長い間怪我人をいじくりまわしていたとかいうことです。

 私はそれを聞いて、何だかこう変な気持になって了いました。

 この場合可哀相な老人を殺したものは果して何人なんぴとでしょうか。自動車運転手とM医師ともに、夫々それぞれ責任のあることは云うまでもありません。そしてそこに法律上処罰があるとすれば、それは恐らく運転手の過失に対して行われるのでしょうが事実上最も重大な責任者はこの私だったのではありますいか。若しその際私がM医院でなくてK病院を教えてやったとすれば、少しのへまもなく怪我人は助かったのかも知れないのです。運転手は単に怪我をさせたばかりです。殺した訳ではないのです。M医師は医術上の技倆が劣っていた為にしくじったのですから、これもあながちとがめる所はありません。よし又彼に責を負うべき点があったとしても、その元はと云えば私が不適当なM医院を教えたのが悪いのです。つまり、その時の私の指図次第によって、老人を生かすことも殺すことも出来た訳なのです。それは怪我をさせたのは如何にも運転手でしょう。けれど殺したのはこの私だったのではありますいか

 これは私の指図が全く偶然の過失だったと考えた場合ですが、若しそれが過失ではなくて、その老人を殺してやろうという私の故意から出たものだったとしたら、一体どういうことになるのでしょう。いうまでもありません。私は事実上殺人罪を犯したものではありませんか。併しか法律は仮令運転手を罰することはあっても、事実上殺人である私というものに対しては、恐らく疑いをかけさえしないでしょう。なぜといって、私と死んだ老人とはまるきり関係のない事がよく分っているのですから。そして仮令疑いをかけられたとしても、私はただ外科医院のあることなど忘れていたと答えさえすればよいではありませんか。それは全然心の中の問題なのです。

 皆さん。皆さんは嘗かつてこういう殺人法について考えられたことがおありでしょうか。私はこの自動車事件で始めてそこへ気がついたのですが、考えて見ますと、この世の中は何という険難至極けんのんしごくな場所なのでしょう。いつ私の様な男が、何の理由もなく故意に間違った医者を教えたりして、そうでなければ取止めることが出来た命を、不当に失って了う様な目に合うか分ったものではないのです。

 これはその後私が実際やって見て成功したことなのですが、田舎のお婆さんが電車線路を横切ろうと、まさに線路に片足をかけた時に、無論そこには電車ばかりでなく自動車自転車や馬車や人力車などが織る様に行違っているのですから、そのお婆さんの頭は十分混乱しているに相違ありません。その片足をかけた刹那に、急行電車か何かが疾風しっぷうの様にやって来てお婆さんから二三間の所まで迫ったと仮定します。その際、お婆さんがそれに気附かないでそのまま線路を横切って了えば何のことはないのですが、誰かが大きな声で「お婆さん危いッ」と怒鳴りでもしようものなら、忽たちまち慌てて了って、そのままつき切ろうか、一度後へ引返そうかと、暫しばらくまごつくに相違ありません。そして、若しその電車が、余り間近い為に急停車も出来なかったとしますと、「お婆さん危いッ」というたった一言が、そのお婆さんに大怪我をさせ、悪くすれば命までも取って了わないとは限りません。先きも申上げました通り、私はある時この方法で一人の田舎者をまんまと殺して了ったことがありますよ。

(T氏はここで一寸言葉を切って、気味悪く笑った)

 この場合危いッ」と声をかけた私は明かに殺人者です。併し誰が私の殺意を疑いましょう。何の恨うらみもない見ず知らずの人間を、ただ殺人の興味の為ばかりに、殺そうとしている男があろうなどと想像する人がありましょうか。それに「危いッ」という注意の言葉は、どんな風に解釈して見たって、好意から出たものしか考えられないのです。表面上では、死者から感謝されこそすれ決して恨まれ理由がないのです。皆さん、何と安全至極な殺人法ではありませんか。

 世の中の人は、悪事は必ず法律に触れ相当の処罰を受けるものだと信じて、愚にも安心し切っています。誰にしたって法律人殺しを見逃そうなどとは想像もしないのです。ところがどうでしょう。今申上げました二つの実例から類推出来る様な少しも法律に触れる気遣いのない殺人法が考えて見ればいくらもあるではありませんか。私はこの事に気附いた時、世の中というものの恐ろしさに戦慄するよりも、そういう罪悪の余地を残して置いて呉れた造物主の余裕を此上もなく愉快に思いました。ほんとうに私はこの発見に狂喜しました。何とすばらしいではありませんか。この方法によりさえすれば、大正の聖代せいだいにこの私丈けは、謂わば斬捨て御免ごめんも同様なのです。

 そこで私はこの種の人殺しによって、あの死に相な退屈をまぎらすことを思いつきました。絶対法律に触れない人殺し、どんなシャーロック・ホームズだって見破ることの出来ない人殺し、ああ何という申分のない眠け醒しでしょう。以来私は三年の間というもの、人を殺す楽しみに耽って、いつの間にかさしもの退屈をすっかり忘れはてていました。皆さん笑ってはいけません。私は戦国時代の豪傑の様に、あの百人斬りを、無論文字通り斬る訳ではありませんけれど、百人の命をとるまでは決して中途でこの殺人を止めないことを、私自身に誓ったのです。

 今から三月ばかり前です、私は丁度九十九人だけ済ませました。そして、あと一人になった時先にも申上げました通り私はその人殺しにも、もう飽きあきしてしまったのですが、それは兎も角、ではその九十九人をどんな風にして殺したか。勿論九十九人のどの人にも少しだって恨みがあった訳ではなく、ただ人知れぬ方法とその結果に興味を持ってやった仕事ですから、私は一度も同じやり方を繰返す様なことはしませんでした。一人殺したあとでは、今度はどんな新工夫でやっつけようかと、それを考えるのが又一つの楽しみだったのです。

 併し、この席で、私のやった九十九の異った殺人法を悉ことごとく御話する暇もありませんし、それに、今夜私がここへ参りましたのは、そんな個々の殺人方法告白する為ではなくて、そうした極悪非道の罪悪を犯してまで、退屈を免れ様とした、そして又、遂にはその罪悪にすら飽きはてて、今度はこの私自身を亡ぼそうとしている、世の常ならぬ私の心持をお話して皆さんの御判断を仰ぎたい為なのですから、その殺人方以については、ほんの二三の実例を申上げるに止めて置き度いと存じます

 この方法発見して間もなくのことでしたが、こんなこともありました。私の近所に一人の按摩あんまがいまして、それが不具などによくあるひどい強情者でした。他人が深切しんせつから色々注意などしてやりますと、却ってそれを逆にとって、目が見えないと思って人を馬鹿にするなそれ位のことはちゃんと俺にだって分っているわいという調子で、必ず相手言葉にさからたことをやるのです。どうして並み並みの強情さではないのです。

 ある日のことでした。私がある大通りを歩いていますと、向うからその強情者の按摩がやって来るのに出逢いました。彼は生意気にも、杖つえを肩に担いで鼻唄を歌いながらヒョッコリヒョッコリと歩いています。丁度その町には昨日から下水工事が始まっていて、往来の片側には深い穴が掘ってありましたが、彼は盲人のことで片側往来止めの立札など見えませんから、何の気もつかず、その穴のすぐ側を呑気そうに歩いているのです。

 それを見ますと、私はふと一つの妙案を思いつきました。そこで、

「やあN君」と按摩の名を呼びかけ、(よく療治を頼んでお互に知り合っていたのです)

「ソラ危いぞ、左へ寄った、左へ寄った」

 と怒鳴りました。それを態わざと少し冗談らしい調子でやったのです。というのは、こういえば、彼は日頃の性質から、きっとからかわれたのだと邪推して、左へはよらないで態と右へ寄るに相違ないと考えたからです。案あんの定じょう彼は、

「エヘヘヘ……。御冗談ばっかり」

 などと声色こわいろめいた口返答をしながら、矢庭やにわに反対の右の方へ二足三足寄ったものですから、忽ち下水工事の穴の中へ片足を踏み込んで、アッという間に一丈もあるその底へと落ち込んで了いました。私はさも驚いた風を装うて穴の縁へ駈けより、

「うまく行ったかしら」と覗いて見ましたが彼はうち所でも悪かったのか、穴の底にぐったりと横よこたわって、穴のまわりに突出ている鋭い石でついたのでしょう。一分刈りの頭に、赤黒い血がタラタラと流れているのです。それから、舌でも噛切ったと見えて、口や鼻からも同じ様に出血しています。顔色はもう蒼白で、唸り声を出す元気さえありません。

 こうして、この按摩は、でもそれから一週間ばかりは虫の息で生きていましたが、遂に絶命して了ったのです。私の計画は見事に成功しました。誰が私を疑いましょう。私はこの按摩を日頃贔屓ひいきにしてよく呼んでいた位で、決して殺人動機になる様な恨みがあった訳ではなく、それに、表面上は右に陥穽おとしあなのあるのを避けさせようとして、「左へよれ、左へよれ」と教えてやった訳なのですから、私の好意を認める人はあっても、その親切らしい言葉の裏に恐るべき殺意がこめられていたと想像する人があろう筈はないのです。

 ああ、何という恐しくも楽しい遊戯だったのでしょう。巧妙なトリックを考え出した時の、恐らく芸術家のそれにも匹敵する、歓喜、そのトリックを実行する時のワクワクした緊張、そして、目的を果した時の云い知れぬ満足、それに又、私の犠牲になった男や女が、殺人者が目の前にいるとも知らず血みどろになって狂い廻る断末魔だんまつまの光景ありさま、最初の間、それらが、どんなにまあ私を有頂天にして呉れたことでしょう。

 ある時はこんな事もありました。それは夏のどんよりと曇った日のことでしたが、私はある郊外文化村とでもいうのでしょう。十軒余りの西洋館がまばらに立並んだ所を歩いていました。そして、丁度その中でも一番立派なコンクリート造りの西洋館の裏手を通りかかった時です。ふと妙なものが私の目に止りました。といいますのは、その時私の鼻先をかすめて勢よく飛んで行った一匹の雀が、その家の屋根から地面へ引張ってあった太い針金に一寸とまると、いきなりはね返された様に下へ落ちて来て、そのまま死んで了ったのです。

 変なこともあるものだと思ってよく見ますと、その針金というのは、西洋館の尖った Permalink | 記事への反応(0) | 22:33

2021-03-13

タンクトップ男を見るとやっぱ鳥肌が立つよ、きもよきもい

餃子屋でアルバイトしているアラサー女です。

前もどこかで書いて盛り上がったんですが、男のタンクトップ姿が許せません。

だいたいやつら勘違いも甚だしいです。お前の青白い肌や臭そうなワキ毛なんか見たくねえんだよ、ボケ、何色気アピールしてんだ、と心底思うのです。

女の大半は男のタンクトップ姿にめちゃくちゃ厳しいし、見たくもないはずなのに、肝心の男が気が付いていない。あの鈍感さはどこから来るのかな。

だいたいお兄系タンクトップ一枚で銀のネックレスを着けた男子勘違い系が多いです。去年の夏もすごいの気持ち悪いのがが店に来ました。

二十歳くらいの色白のモヤシみたいな眼鏡男子学生で、もう一人の連れがいて彼はマトモだったんですが、その眼鏡のほうは黒くて光沢のあるおお兄系タンクトップ来てました。

なんかビジュアル系バンドが来てそうなやつなんですが、こんな眼鏡モヤシ野郎が着るともう眼も当てられません。

もちろんファッションもめちゃくちゃださくて、下は高価そうな白のスキニージーンズしかダメージあり)で、ブツブツのついた高価そうな派手なベルト締めて、靴は先の尖がった高価そうな革靴でした。

ジーンズもパツンパツンだから股間とか盛り上がってて公害レベルでした。いやお前は誰にヤリチンアピールしたいんねん

飲食店なのにわき毛もモサモサで、たぶんもうひとりのほうはサークルの先輩だったんのでしょうが、先輩にむかって一方的にやたら女の下品な声で話ばかりしていました。

駅でいい女いたかナンパしてリズミカルセックスしまくったとか、また前みたいに百人斬りやりたいっすよ、先輩も毎日いい女相手に腰振らないと精力落ちますよ(もてない先輩へのマウンティングです)、とか神経疑うレベルです。お店に人少ない時間だったからまる聞こえです。帰ったあとはとうぜんその勘違い男子をめぐって悪口合戦です。一人の女子大生アルバイターそいつの座っていた椅子を何重にも消毒してました。

あんな格好して平気な男だからあんレベルの話しか出来ないんだな」と心から納得しました。こんな男と寝たがる女もろくな女ではないでしょう。でもあんな男にだまされる女もいるんですよね。

外でどんな下品な顔してヤリチン自慢してるか、その女に見せてやりたいです。女をなめんなわき毛野郎。きめえんだよ。

いまだに思い出すとムカムカしてきます。このムカムカをこういうところで吐かないとやってけません。

ちょっと乱暴な書き方で、すみません

2020-11-17

anond:20201117170211

中国の旅』にて、「2人の日本軍将校百人斬り競争を行った」との当時の報道を紹介したことに対し、その将校の遺族3人から事実無根報道をされたとして、朝日新聞社等と共に謝罪損害賠償を求める訴訟を起こされた(百人斬り競争#名誉棄損裁判)。2005年8月24日東京地裁は、『両少尉が「百人斬り競争」を行ったこ自体が、何ら事実に基づかない新聞記者創作によるものであるとまで認める

中国の日本軍』において、「中国婦女子を狩り集めて連れて行く日本兵強姦や輪姦は幼女から老女まで及んだ」とキャプションをつけた写真掲載している[要ページ番号][注 4]。産経新聞によれば、この写真は『アサヒグラフ』の1937年11月10日号に掲載された写真で、農作業を終えて兵士に守られながら帰宅する女性子供が写ったものであった

2020-09-19

anond:20200919144939

百人斬り競争「無実だ。ここから出してくれ

東条英機「無実だ。ここから出してくれ

2019-10-06

anond:20191006230002

ベルセルクでいうガッツ百人斬りみたいなもんだよ

鎧着て10人も斬ったらボロボロだろ、そう言われればそりゃそうだ

しかしだからこそその限界を超えた姿に興奮するわけ

2018-06-06

「5000人斬り」問題

『二度目の人生異世界で』については、なんというか話が錯綜しているので、自分の中であれの何が問題なのかを整理しておきたいと思う。

作者が差別発言をしていたこ

論ずるに値しない。非難されてしかるべきである

作品荒唐無稽であること

これについては『二度目の人生異世界で』がファンタジーであることを考慮する必要がある。

主人公が5000人斬りをしたのは異世界ではなく、現実世界だ」という反論があるかもしれない。だが、そもそも現実世界ならそこから転生して異世界に行くことなどできないのであって、「異世界転生もの」における「非異世界」は現実世界ではない。『聖戦士ダンバイン』の「地上」は異世界であるバイストンウェルに比べて現実世界により近い世界として描かれているけれども、そもそもオーラロードによってバイストンウェルとつながっている時点でそこは現実世界ではないのだ。でなければ、「地上」でオーラバトラーが普通に稼働して大戦争を繰り広げるようなことは起こり得ない。そういう世界観に対する好き嫌いはあっていいが。

異世界転生もの」のようなファンタジーでないのならば、作品によっては荒唐無稽さが非難されることは当然あり得る。例えば歴史小説においてストーリーのために史実を曲げるような描写があれば、それは作者の不誠実として責められることがあるかもしれない。NHK大河ドラマ主人公を「正しい人」として描きすぎることなどはもっと非難されていいと思う。『新選組!』で近藤を持ち上げるために伊東甲子太郎侮辱されたことなどは許しがたいと感じる。

また、ファンタジーであっても、その作品によって許容しうる荒唐無稽さのレベルというものはある。リアリティラインというやつ。ある部分はリアルなのにある部分は荒唐無稽であるようなリアリティのチグハグさもまた、作品論として批判対象にはなり得る。「異世界なのにジャガイモ」「異世界なのにシャワー」みたいな批判である。ただ、「異世界転生もの」というのは大抵「テキトーに転生させてくれる恣意的な神」の存在を前提としており、その神がそうあれと創った世界なんだからシャワーヘッドがあっても別にいいじゃんとも感じる。特に、『二度目の人生異世界で』はそもそも要求されるリアリティレベルが相当低いと言うべきである

作品政治的に正しくないこと

一番の問題はやはりこれだろう。確かに、「戦時中に数千人斬りました」なんて設定、どう考えても「百人斬り」を彷彿とさせずにはいられないわけである。「斬ったのは日中戦争下と限定されていない」という論もあるけれども、思い浮かべることまではどうやっても否定しようがない。まして大陸黒社会にいたなんて設定も付随しているので、これを見たら不快にはなるだろう。

個人的には、「政治的に正しくない」ことを以て作品自体抹殺されるべきではないと思うが、「政治的に正しくない」作品を無邪気にそのまま出版アニメ化しようとした出版社その他の無能非難したい。どうしても世に広めたいなら、ヴァーホーヴェンあたりを監督に据えてアニメ化するべきであった。

2018-04-09

anond:20180409225056

サリンで殺された命は日本人から尊重されるけど

百人斬り競争で殺された捕虜韓国人から虐殺はなかったとか犠牲者おちょくる言論をしていいと考えるんでしょう?

普通の日本人」さま

anond:20180409115854

百人斬り競争だとか言ってぐるぐる巻きで反抗できない捕虜日本刀で惨殺する民族が、

裁判とき事情聴取されたくなくて連中を擁護せず連合軍が去って安全になってからようやく反論する様な連中が、

横断幕悪口かかれた程度のことが許せないと?

2017-03-09

震災報道が苦しい

津波でぐちゃぐちゃになって、自衛隊活躍したわけよな。

最初の2週間位で、避難所では自衛隊死体から財布盗んでるのを見たという目撃談を複数から聞いた。

そんなアホな、という気持ちもあるし、そんなこと言うもんじゃない、という気持ちもあるからみんな黙ってたけど。

でも、まあ多分やるよな、と思ったし、今でも思ってる。

規律を守っている自衛隊がそんなことするわけない、という話はタテマエとして、

現場が極限状態で、戦場と変わりないから、キャリアの足りない自衛官精神おかしくしたとも聞くし。

もちろん自衛官でさえそうだとしたなら、一般人でも同じことよな。

何体も重なる濡れた死体から、財布を抜き取る人の気持ちを考えると、暗い気持ちになるんだわ。

戦場だと精神おかしくするから、略奪もレイプ百人斬りも、ああ、やっぱあり得るのだろうなあと。

規律が厳しいとか関係なくて、そういう人は出てくるんだろうなあと。

から自衛隊ありがとう、いえいえ自分たち任務でやってますから、みたいな報道見るとなあ。苦しい。

同じように朝鮮人がどうしたこうしたっていう噂も聞いたが、そっちのほうは明らかに嘘っぽかった。

なんだかなあ。

とりあえず、戦争はよくないなと思った。

2016-07-18

オフパコ嫉妬死ね

オフパコしてない奴って何のためにSNSやってんのかわかんない。

mixiモバゲーGREETwitterあたり全部通算で20人以上とパコってる。

よっぽどのブスだったらパコらずにリリースしたこともあるから

本当にヤリ目だったらもっと人数いけただろうけど、個人的には百人斬りとか全然興味ないんで、こんなもんでいいかなと。

パコらない奴、もしくはパコれない奴がたまにネットでの出会い否定してくるのがすげームカつく。

結局は嫉妬だろ?

こっちは合意の上でお互いヤッてるんだからさ、何も問題はないわけ。

2016-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20160624173239

健全AV業界」という言葉が「安全戦争」くらいアホらしくて笑った

元増田が何十年AV業界仕事してるプロ中のプロか知らないが、AVにも明らかにカーストがあるだろ?

蒼井そらとか麻美ゆまとか上原亜衣とかくらいのAVに詳しくない女でも名前くらいは知ってるくらいに有名になれる人ならそれは何百人の中から勝ち抜いた人間かもしれないが、

極悪なネタ物のスカトロとか百人斬りとかうっ血するくらいの乳縛りとかまでウン百人も志願者がいるとは到底思えないぞ。

そもそもどんな業界になった日の当たる道と日陰のアンダーグラウンド世界とがあるんだから一緒くたに扱うこと自体ナンセンスなわけで。

実際無理やり出演させられて心を病んだ人がいるっていうのにそんな話はない!とか、出るほうが悪いとかはあまりにも暴論。

2014-04-17

小保方さんを百人斬り達成したと言い張る童貞に喩えてみた


stapナンパ術はアメリカのバカンティクンが考えた画期的方法で、アメリカ帰りのリケン大学生・小保方クンが日本にもたらした

同じ大学の先輩の若山クンは確かに小保方クンがナンパしている現場を何回もみたし、喫茶店居酒屋に連れ込む現場を何度も見ていた

さらに小保方クンの紹介してくれた軽い女とセックスし「stapナンパ術」は凄いと思うようになった

ナンパ権威で著作もある笹井クンがライティング指導

若山クンや大和クン、丹羽クンのアドバイスも加えて「stapナンパ術で200人の女を抱く方法」を出版することに!

しかし実際に出版されてみると誰もその方法ではナンパ成功しなかった。

そのうち小保方君は以前から話を盛る事が多く、嘘ばかりつく人物だという事が明らかになった。

ついには小保方君はナンパの達人ではなく、童貞なのではという疑惑が持ち上がった。

「stapナンパ術はありまぁす。200人くらいとヤリました」と涙ながらに訴える小保方クン。

よくよく話を聞いてみると彼は確かに200人に声をかけていたようだが、セックスまで到達したかは確認できなかった。

ナンパの達人笹井くんは、本の出版を取りやめることには同意したもの

「確かに小保方は童貞だし嘘つきだけど、stapナンパ術で女とやれる可能性は高い」と主張している。

2013-09-12

よくあるはなし

わりとブラック職場で、ガマンしながら必死に働いてたんだけど、やっぱストレス半端ないんスよ。それで、ツレと二人で、ちょっと職場でヤンチャしたわけ。何をしたかはここでは言わないけど。あんまりおおっぴらにやるとマズいかな、とも思わないでもなかったけど、まあちょっとした冒険気分?

で、その話がとあるメディアに流れたのね。したら、これが意外と身内に受けてさ。武勇伝ってやつですよ。一躍人気者よ、俺たち。

そうなるとこっちも調子乗るよね。第二弾とかやっちゃったりして。俺達のマネする奴らも出たみたい。

ところがこれが、ある時期を境に、急に…炎上っていうんですかね。手のひら返したみたいに、ひどく責められるようになって。もう死ぬしかないって感じ。

というか実際、死刑になったんですけど、俺たち。南京軍事法廷ってとこで。

百人斬り競争したなんて、吹かなきゃ良かった。

2013-08-15

世の中には「2種類」の百人斬りがある。

uncyclopedia(百人斬り)

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E7%99%BE%E4%BA%BA%E6%96%AC%E3%82%8A

やる夫で学ぶ百人斬り裁判

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12973/1373676357/

世の中には「2種類」の百人斬りがある。

1つ目は「武勇伝」としての百人斬り

藤原竜也が自ら知り合いやマスコミに自慢していたもの

1人の女性性交渉を申し出てOKを貰い、

それを100回繰り返して100人女性性交渉を持つこと。

俺達みたいな人間には実現不可能である

うらやましくてうらやましくてしょうがない。

2つ目は「戦争犯罪」としての百人斬り

野田少尉向井少尉がその罪で処刑され、本多勝一らが主張する百人斬り

捕まえた中国人捕虜民衆ゲーム感覚日本刀で斬っていく、というもの

上と違ってちょっとシャレになっていない。


百人斬り論争が混乱しているのは、この二つの意味を持つ「百人斬り競争

意味がごっちゃになっているせいであろう。

http://anond.hatelabo.jp/20130815185632

http://anond.hatelabo.jp/20130815115756

http://anond.hatelabo.jp/20130815115756

つか、「百人斬り」が仮に事実だったとして、それの何が問題なのかという所まで掘り下げないと。

百人斬り」をやる夫で学ぶ

wikipedia(百人斬り競争)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E4%BA%BA%E6%96%AC%E3%82%8A%E7%AB%B6%E4%BA%89

やる夫で学ぶ百人斬り裁判

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12973/1373676357/


世の中には「2種類」の百人斬りがある。


1つ目は「武勇伝」としての百人斬り

野田少尉向井少尉が自ら知り合いやマスコミに自慢した百人斬り

敵兵と日本刀で対決して斬った、それを百人達成した、というもの

自分たちで自慢するだけあって、プラスの印象のできごと。

ただし、常識で考えれば行うことは非常に難しい。

2つ目は「戦争犯罪」としての百人斬り

野田少尉向井少尉がその罪で処刑され、本多勝一らが主張する百人斬り

捕まえた中国人捕虜民衆ゲーム感覚日本刀で斬っていく、というもの

残虐で、マイナス印象のできごと。

無抵抗の相手を数ヶ月かけて日本刀メンテナンスしながら行えば

達成不可能なことではない。

稲田朋美山本七平右翼論者は

本多勝一は『1つ目の百人斬りがあった』と言っている!

 だがそんなことは実現不可能だ!

 だから百人斬りは嘘だ!」

と主張しているが、実際に本多らがあったと主張しているのは

2つ目の百人斬り


百人斬り論争が混乱しているのは、この二つの意味を持つ「百人斬り競争

意味がごっちゃになっているせいであろう。

2010-08-26

今日のトークまとめ

A 最近マイケル・サンデル流行ってるね。あの暴走列車の話なんかさ、哲学の導入の思考実験としては見事なもんだよ。

けどあのネタ自分の美徳の立場を規定しちゃう輩ってのが多いんだよ。

実際にあれに似た事件が起こったら思考実験では考慮されない誤差が重要だったり、

自分が以前に思考実験で規定した美徳の基準に束縛されない選択ができる事が重要だと思うんだよ。

B 「自分が以前規定した美徳の基準に束縛されない選択」をした奴は罪悪感を感じるべきだと思うよ。悪いことは悪いんだ。

それはつまり自分言葉責任を持たないってことだろ?

A いやそれよりも、自分が規定した言葉の重圧から開放されたほうが正しいものを追う姿勢として正しいはず。

間違えたら訂正をするフットワークこそが重要

B でも間違えたら悪いよね。

この後、平野綾非処女でファンを騙してた話、

宮台真司が若い頃女百人斬りをしてて、女の浮気相談には「旦那を寝取られるおまえが悪い」と返していた話など

A 平野綾に関しては「自分処女だ」と明言したわけではないので騙したという確証はないし

宮台がそういう話をしていたのなら物書きとして社会学者として論理的な説明が商売上必要だけど、

仮に間違えたのならそういう人はどこまで責任を取りゃいいの?

B まぁ許してもらえるまで。引退しろってことになるかも。

A じゃルールを守らない奴は全部悪いのね?なるほど思考実験をしましょう

信号があります。横断歩道を超えた先にあなたの息子が今にも死にそうな状態で

あなたの持ってる薬を待っています。でも横断歩道には青信号になるまで待っている人だかりで身動きができません。

車は全く走っていません。あなたは正しいことをしている信号待ちの人をじゃまだからと押しのけずに子供のもとまで行きますか?

B 行くかもね。すいません、どいてください、といって。

A じゃあなたは悪いんですね。

B そう。悪いものは悪い。

A マジで

=略=

A でさ、君、こういう原理主義的な話を他人と延々とやって、君にとってのゴールとメリットって何?

B ゴールは価値感のあわない相手より自分が正しいことを証明すること、メリットは相手を打ち負かすために勉強するモチベーションになる

A 僕とは真逆だよね。僕は話してても楽しくない価値感のあわない人間とは話したくないし、好きな人たちと楽しく話すための方が勉強

モチベーションになる。こういうと「島宇宙」だとか「何とかクラスタ」とか色々言われるんだけど、別にいいじゃん。社会ために生きているわけじゃねーし。

B 色々言われるんだけど、と意識している時点で気になっているんだよ。

A そう、気にはなっている。ただ君との違いはその人たちと積極的に話すかどうかだね、僕は話したくない。話す必要があるのであればルールを介して事務的に話す。

B 話していて楽しい人ってどんなの?

A 君と話していても楽しいし(※)、友人と好きな映画の話をするときも知識が豊富論理的に話してくれる人が好きかな。そうじゃない人と映画の話をするときもあって、そういう人は僕が◯◯監督論を語ると物凄く破綻した論法でぐちゃぐちゃにしてくるんだ。

B え?そういう時はその人に論理的に自分の話を聞かせればいいんじゃないの?

A そうできればいいんだけど、物凄く疲れるんだ。積み木崩しで。

そうなるのならもうこういう系統の話はやめて、もっとばかみたいな話をしよう、とか思う。

この人の魅力は別のところにあったりもするので。だからこういうタイプの人は僕の周りにいないけど

個人的に恩人だったりするとね。

B そこで話をするんだよ、論理的に。何でしないの?

A いや、過去論理的でも何でもない馬鹿話が楽しかったので、あえて面倒くさい冒険をしないんだよ・・・

※このトークにおいてこの時点でのA君は嘘を付いてるが、普段はBくんとの会話を楽しんでいる

****

A君の感想 どこかでこの面倒くさい話切ればよかったけど、疲れてて切れなかった。生き方正義について議論をするってのは「論破されても考えを曲げない」という心持ち一つで全く無意味になるのを、いい加減わかってよ…

B君の感想 こいつの話はどんだけスタンダードを抱えてるんだ?スタンダード一杯あってもいいじゃないか人間だものってか?ずるいよなぁ、俺みたいな真面目なのがいつも損する。しかも疲れた。

2008-03-24

女性の顔を憶えられない問題

@飲み会 近くの席の女子に対して

おれ「あ、どーもはじめまして。○○っていいます」

女子「えー。○○さんこないだの時もいたじゃないですかー」

おれ「え? そう?」

最近また久々に初対面〜数回顔を合わせたことのある女の子と飲む機会が多くなって、まあサークルみたいなものに入ったと思いねぇ。で、思ったこと。

おれ女性の個体識別が格別に苦手だわ。

元々「なかなか名前をおぼえられない」系の人ではあるという自己認識はあったのだが、特に女性になるともうダメ。で、なんでかって考えると、基本的に女性を軽視してるんだな、と。正確に言うと「人生において女性とあまり関わり合いになる意思とか可能性を感じてない」というか。

男の方は、今後いっしょに遊びの計画を立てたり、趣味の話をしたりとか、その人となりを知る必要がある、と判断したら顔と名前は一致しやすい。少なくとも顔と特性(趣味嗜好とか身分とか)はおぼえる。

でも女の子の場合は、顔すら覚えない。初対面か一度会ったことのある人か、の判断もおぼつかないくらい。

だからといって恐怖症とか顔も見れないとかじゃないんですよ? それなりにシャイボーイですが、それなりに女の子と話すのは好きですし。って思い返すと、女の子とは当たり障りのない叙述型の話、たとえば「どこ出身?」とか「何してる人?」とかしかしてない。chit chatっつーか「へー、でさー」みたいな、その場が楽しけりゃいいただのお喋り。「今度いっしょに何かしようよ(性的な意味でなく)」という遂行型の対話にならない。いや、すげー楽しいのよ?

そのへんが初対面〜2・3度の女子の顔を覚えない元凶なんだなぁ。

ダメだおれ。

典型的な似非フェミ男。ミソジニー

女性人格を認めてないってことだもんなぁ。

非モテの魂 百まで。表層の現象として会話は成立してるけど、根本的に「女子の顔を見れない」もしくは「百人斬り自慢」と同じじゃん。おれは非モテの自覚(DT的僭称)は保持したい。ただそういうマイナスまで含めて背負う覚悟もつもりはないというかむしろ積極的に捨てたいんだけどなあ。がんばろう。

 
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