はてなキーワード: 就職しろとは
国立大理系中退でニート歴2年フリーター歴3年のガイジである(自己紹介終わり)。現在趣味が3つある。
「それで食えるわけがない」
「くだらんことに金をかけている」
「そんなことしてないで就職しろ」
フリーターという身分上、リアル、ネット問わず冷たい風当たりは避けられないが、成人してからようやく趣味を楽しめるくらいにはなったのでここに書き残しておく。
中流家庭の出で小さい頃は習い事をさせてもらっても、ガイジなので集中力はもとよりないし、先生の言っていることが分からず、時折癇癪を起こして、数年やっても初級者の域を出ないという状況だった。月謝を出してるパッパとマッマが泣くのも同情に値する、という習い事歴である。ちなみに趣味はさせてもらえなかった。
Twitterで若くして活躍している人たちを見ていると、ソウルジェムがガンガン濁っていき、交際相手にも無能と罵られる始末である。
以下読まなくていいです。
大学一年生のときに履修した位相幾何学の講義が面白かったので、学部生1,2年のカリキュラムに相当する教科書を3冊読んだ。今は足りない知識を中古で落とした教科書で補いつつ専門書を一冊、カリキュラムに相当する本を一冊読んでいる。
小学生のときに習っていたが、フォアとバックとツッツキしか打てるようにならなかった。成人してから二万円で用具を買い揃え、経験年数不問のチームを掛け持ちして週三回ほど練習している。ガキの時より遥かに短い期間でショート、プッシュ、フリック、バックドライブができるようになった。
サウンドクエストでハーモニー編を勉強中。聴音もどきをしている。キーボード買いたい。
総括
子供の頃に「無限の可能性という名の勝手な期待」を盾に説教され、テレビでは天才キッズたちが毎日のように映り、投資をされているから「何者かになる」ことを要求されてきた。その圧力も期待ももはやない。ただの無能になった。
「無限の可能性」のない大人になって、シンプルに物事を楽しむことができるようになった。コネもない蛇の道を歩いているから、上達する保証も低いしメシの種になる可能性はゼロである。
それでも「自分で決めたからその活動をしている」という感覚は、上達や称賛よりもはるかに尊いと思う。
タイトル通り,日本悲観論に揺れて漠然と国外に行かなきゃと考える学生に,金をかけずに国外脱出する方法を伝授する.
それはずばり,国外で大学院を卒業して現地就職を目指す方法だ.
実家が平凡,なんなら貧しくても問題ない.むしろ貧困は奨学金取りやすいので有利な場合もある.
文系は専門外だ.別の道をあたってくれ.
1. 学業に専念し,良いGPAを維持しろ.少なくとも3.5/4.0以上は欲しい.
2. 給付の奨学金に応募しまくれ.貧困対象でも成績優秀者対象でもいい.金銭的余裕を確保してバイトの時間を勉強に充てろ.
3. 海外とのコネクションがあるラボ,もしくは論文を書かせてくれそうなラボで卒研をしろ.
4. 国立の大学院に進学しろ.修士課程まででいい.同じ研究室でもロンダしてもいい.
6. 可能なら半年から1年くらい留学しろ.ラボのコネでもいいし協定校でもいい,ただし研究留学にしろ.
短期留学の場合は 給付の留学奨学金は結構充実してるので,応募して受かれば金銭的負担は少なくて済む.
7. アメリカ・もしくは欧州の博士課程に応募しろ.在学中は給料と授業料が出る.
おめでとう,完遂です.
【解説】
海外進学を目指すにあたり,海外の大学はGPAを何よりも大切にしているので,学業成績は高めを維持しなければならない.
日本の大学生は海外大生と比べて本当に勉強しないので,門前払いされたくなければ周りに流されず勉強しろ.
一方,日本の大学・大学院は授業より研究重視なので,これは逆に実績を積むのに都合がいい.
日本の修士卒業までに論文投稿,学会発表,奨学金の獲得(意外にもアピールになる),学術賞等を積み重ねれば他の国の受験者と大いに差別化できる.
更に更に,第1種奨学金は上に挙げたような実績が豊富だと半額もしくは全額が免除になる.利子もなく借り得なので借りておいたほうが絶対にいい.
研究留学はチャンスがあれば行っておいたほうがいい.将来の進学先候補になるし,違う大学院に行く場合にも海外研究者の推薦書が手に入る.ついでに英語も鍛えられる.
近年だと都道府県単位や大学ごとの奨学金,トビタテ留学JAPAN等々かなり幅広く給付の短期留学奨学金があるので全て応募するべし.
欧米の大学院,特に博士課程の学生は学費無料で給与が出るので競争が激しいが,
ここまでで履歴書を十分に彩れば,海外大学院応募でも十分に戦える.
日本のように博士学生=社会不適合者というレッテルもなく,むしろキャリアの一環という側面が強く劣等感を感じることも少ないだろう.
在学中も生きていけるだけの金を貰いつつ,良い就職先も見つかる.
英語が苦手?
英語も喋れず大した学位もない外国人を雇う国なんてないので,誇れる移民を目指しましょう.
以上,ここまでが地方出身者だろうが海外経験なしだろうが国外脱出できる方法だ.
学部卒から海外院→修士卒で就職も出来ないことはないが,さらに難しくなるのでここでは取り上げない.
また海外大学院応募にあたってはノウハウも勿論あるが,また長いテーマになるなので割愛する.
おめでとう.
お互い一人暮らし
家の備品の話で「高いのを買ってもすぐダメになるから100均のものでいい」という話をしたら「無印とかニトリで2000円くらいの安くていいのあるよ」って言われたんだけど、私が考えてたのは600円の玄関マット
友達の年収が私の3倍くらいあるのはお互いに認識してるのに平気でそんなことを言える神経がわからない
忙しすぎて自分がいないと仕事が回らないから無理だと言っても「バイトにそこまでの仕事は任せない。いなくてもなんとでもなるから早く就職活動はした方がいい。年齢的に難しくなるよ」というようなことを遠回しに伝えてくる
これが今の婚活男性のスタンダードと言う気はないが、年下に申し込みをかけるとこう言うのがヒットする可能性があるし、これからこう考える人が増えてくるだろうと俺は考えている。
俺が思うに、年齢が下がれば下がるほどこのようなことを考えている割合が高い。 ぜひ婚活女性は、自分が年下に申し込む時にこれに合意できるかよく考えてほしいと思う。
まず最重要なこと。 婚活で出会う男は原則として恋愛を捨ててる。 だから自分が恋愛したいとか思ってたりすると9割くらい死ぬ。
男は恋愛したいならマッチングアプリなり風俗なり、別のところに行く。 結婚相談所なんか行かない。
そもそも男にとって恋愛と結婚は別物である。 なので恋愛しようと思ってると絶対に結婚にたどり着かない。 逆に、恋愛さえ諦めれば結婚はとても近くなる。
そもそも恋愛は自分より優秀な人を掴むための手段であり、自分と対等あるいはそれ以下の人を捕まえるために行うものではない。
結婚は男女対等か男性が不利になる契約であり、さらに今結婚相談所には女性の方が多い。 男性の方が立場が低くなるような要素は、今結婚相談所にいる限り存在しえない。
故に、男性が選ぶ場であり、自分から目の前の女性に恋愛をさせるのは不適切だということは今の婚活男性はだいたい知っている。
よって恋愛と言う手札を切るのは女性からでなくてはならない。 故に婚活で出会う男と恋愛ができる可能性はほぼ0である。 そもそも年齢が30の大台に達した奴と恋愛はできない。
この前提をクリアしたうえで、まず最初にスクリーニングの話からしよう。
今の時代は男女平等になったのでちゃんとした仕事と収入は必須である。 年収100万を切っている女はだいたい対象外になる。
これはまず最初に就職しろとしか言いようがない。 ちゃんと働いてくれ。 男はちゃんと働いて頑張っているかどうか見ている。
後の足切り条件はせいぜい体重ぐらいである。 ご飯に麦を混ぜるとかご飯の量を少しずつ減らすとかした後、運動増やしてプロテインを取ろう。
だが、やばい女が来ても男は基本的にNGをそう簡単には出さない。 女性経験があればあるほどいい女を引きやすいことを知っているからだ。
故に、最低限さえクリアできれば後は時間を稼いで逆転できる。 チャンスはある。 魅力がなくても、勝ち方を知っていれば勝てる。 女の婚活はとても楽なものである。
この条件で、もしマッチング希望を出してお断りを貰ったら…… それは、自分がよほどヤバい女だと思われた、と言う意味である。
その場合ははっきり言って前提条件レベルの論外なので、希望年齢を上げるか希望年収を下げるか自分のグレードを上げるかどれかを選ぶしかない。
同じような条件の男性に申し込んでも、同じようにマッチングしないだけだ。 高望みがひどすぎるのであきらめろ。
次、前提条件をクリアした後…… つまり、マッチングしたらの話をしよう。 ぶっちゃけデートに行くまでに気を付けることなどほとんどない。
デート行くことぐらいは普通にできる。 デート中もほとんど気を付けることはない。 だが、料金の支払いに関しては死亡フラグがあるので、注意をしなければならない。
と言うのも、今の婚活男性はなんと女に甲斐性を求めている。 女が男に甲斐性を求めるように、男も女に甲斐性を求めているのだ。
なお、この甲斐性とは子供に投資するという意味である。 具体的には、なんか車の中に子供を置き去りにして熱中症で死んでしまったとか
子供いるのにまだ女の子でいたいとか言い出して子供放り出して旅行に行くとかそういう意味不明なことをやらかさない、と言う意味である。
この甲斐性を測るための手段として「割り勘ができること」に重きを置く。 自分のことしか考えてないような人間かどうかをチェックするのに絶対に必要なのである。
これは要するに、男は「いつも全額出させるような奴とは結婚したくない」と考えているということだ。 割り勘になったらNGとか言っていたら絶対に男性とマッチしない。
そんなことないもん元カレはうんぬんとか言う奴はたくさんいるだろうが、それについて男はこう考えている。 「恋愛と言うコンテンツの代金を支払っている」。
前も言ったが婚活は結婚を目的とする場所であり、恋愛をする場所ではない。 相手は恋愛をやめているのだから、割り勘は必須だ。
デートに行った後の挙動について少し有意義な情報をお知らせするが、今の時期の婚活男性の好感度は「お会計の紙を取る時間の遅さ」で測れる。
逆に言えば、席を立つ時にお会計の紙を速攻で取られてレジ前に行くようなことがあったらおそらく嫌われたということである。
なぜこうなったかと言うと、甲斐性の問題である。 婚活男性は今どきの女は支払いせずに逃げる可能性があると思っている。
女はそういうものだとフェミニストや婚活のプロ(笑)が宣伝した。
だから絶対に逃げられないように、逃げても絶対に捕まえられるような位置に立ってそこから考える。
相手がちゃんと働いて頑張っているか、人として敬意を持ってもいいかどうか。 もしここでNGが出たらこう言いだす。 「各自会計で」「割り勘でよろしく」。
これを食らうようなら論外だ。 同ランクの人とは絶対にマッチしない。
なお逆に言えば相手の婚活男性がいつまでも会計の紙を取らず、あなたがしびれを切らして取るような状況になった時、
さらに、相手の婚活男性が会計の時に自分の前に出ない場合…… 「全額を出してほしい」と言うのはアリである。
見苦しいという問題はあるが、これで一発NGを食らうことはない。
婚活男性はまず最初に恋愛を捨てて結婚相談所に来る。 ゆえに全額払ってもらいたいなら恋愛を思い出させる必要がある。
最後に、アドバイスがわりに、逆にこの人以上のランクの男性を引いてくることはもうないから何としても捕まえたい、と思っている時に最もやるべきことはなにかを話しておこう。
割り勘だ。 どんな時でも自分の分は自分で出す。 財布を出して私の分は私で払うと言うだけだ。
初回のデートからずっとこれを繰り返していれば、どれほど話題が合わなくても、デート中にどれだけミスを重ねようとも完全な論外と判定されることはなくなる。
後はデートプランも練ってこっちから誘うことで時間を稼ぎ、デートの回数を重ねる。 これを何か月か続けて他の女が蹴落とされたタイミングでプロポーズをやれば真剣交際が確定する。
この手順で男が落ちないなら、自分以上の女が同じことやってるから対象を切り替えるしかない。 この時は、その人にいい人を紹介してもらおう。 絶対に前向きに考えてくれる。
これを繰り返せば勝てる。 女の婚活は本来、このくらい楽なのである。
こんな楽なゲームに勝てずに、40まで婚活をしているような女はどういう奴だろうか? よく考えることだ。 どう考えても、性格に大きな問題があると言わざるを得ない。
「マスメディアや公共空間において不快な表現に接しない自由」とかいう文章書いたやつ馬鹿の中の馬鹿なのか人類を破滅に導く悪魔かなんかだよな。裕福で学歴のある馬鹿。
そもそも不快な表現ってのは考えの浅い50やら60やらのババアが嫌うエログロだけじゃねえんだよね。
90歳ぐらいのジジイから見たら女が外に働きに出るとか、女が学を付けるとか、イエの言う通り結婚しないとか、そういう表現やそういうことを推進する表現は猛烈に不快な表現ですよ。そういう人から見たら男女共同参画のポスターとか破り捨てたいよね多分。
そうじゃなくても40やら50ぐらいのおっさんおばさんにはそもそも大学に行くなんて無駄に決まってるとっとと就職しろ家の田んぼの面倒を見ろなんてのもイナゴぐらいワラワラいますよ。奨学金とか大学とか学問とか図書館とか全部不快なんで消してほしいよね。
ゲイ表現嫌ってる人もたっぷりいる。歌舞伎町にそれっぽい絵柄の人たちが仲良くしているイラスト看板だすのが取り下げになっちゃうんだぜ?蘇民祭のポスターであった程度の男臭い表現も嫌う人がいる。
そもそもワクチンをうちましょう!っていうのが不快で不快でしかたない馬鹿が石投げたらあたりそうなぐらいいっぱいいるじゃないこの世間。
こんなものは認めちゃいけないんですよ。分断のための道具。万人にとって不快じゃない表現なんてひとつもないんです。それをこらえてみんなで許容することが多様性なんです。
はじめに、これは母親と娘(私)の話です。ブログを書くことが本当に久しぶりなので、元々文才の無い自分が書くとさらに読みづらいと思います。すみません。
母親との関係に悩みが尽きないと感じるようになったのは、ここ最近のような気がしていた。
ずっと、"それ"は繰り返されていた。
諦めのような、虚無感を含んだったこの感情は、幼い時から繰り返し感じていた。
私は"それ"を知っていた。
いつも走っていて、時々転んでは汚れた服のまま、また駆け出しているような子だった。
あまり記憶が鮮明ではないが、おそらく仲の良い友人に彼が気になると話していたのだろう。
母は、私が彼を好きなことをいつの間にか知っているようだった。
ある日、お迎えに来た母に「〇〇くんはどの子?」と聞かれたのだ。
私は無邪気に指をさして母に教えた。
その時、左斜め下から見た母の顔を覚えている。
眉をしかめて、口を少し開けたまま、「そう。」とだけ呟いた母は、明らかに嫌悪を私に示していた。
悟った。ああ、母の機嫌を損ねてしまったと。
母の機嫌を損ねることは私にとって何よりの恐怖だった。
おそろしいことに、それは今でも。
小学生の頃、着て行く服は母が全部選んでいた。
天気、気温、行事、学校帰りの習い事。あらゆる条件をクリアする服装を毎日ぴったりと揃えて準備してくれる。
私は母の選ぶ服が好きだったし、母曰く「上品で程よくキュート」な洋服を友人に「似合っているね」と優しく声をかけられた日はとても嬉しかった。
きっと忙しい日もあったのに、毎日毎日準備をしてくれたことに感謝している。
ただ、一度私が着たいと思った服を「似合わない」と言われた時に、私はとても怖くなった。
可愛いな、と思って店内で無邪気に手にしたそのワンピースを「変よ」と一言、それだけで怖くなった。
「いいね」と言って、母もこちらに寄ってきて一緒にその服を手にしてくれると思っていた。
でも違った。
文章にしてみると、ただそれだけのことなのに、私は自分の感覚すべてが間違っている、と強く思った。
中学、高校は制服があったので母が毎日服を選んでくれる習慣は無くなったが、例えば友人と出かける時に服を選ぶと必ず私は母に「どうかな、この組み合わせ」とつとめて明るく聞いた。
「似合わない」「違うと思う」と言われたらどうしよう。
「いいと思う」と言われる日もあったし、「スカートの丈がおかしい(母は膝が見えるスカートのことをおかしいと言う)」とそっぽを向かれる日もあった。
たいていの場合、バツをつけられたアイテムはすぐに他のものに変更していたが、どうしてもそれを着たかった時、別の組み合わせでプレゼンする。
初めて言われた時、殴られた方がマシだと思った。
10代の私にとって、大きな壁を作られたような、それはそれはとても恐ろしい体験だった。
すぐにすがった。「やっぱそうだよね。どこかで見た感じをまねしたかったんだけど、違うよね」「やっぱり私センスないから、これやめるね」と。
ただ、ここで母の機嫌は元に戻らない。
もう、こちらの声は聞こえていないのだ。
ツーン、と。こちらの顔を全く見ない母の"それ"は大人になればなる程長くなる。
大人になると「もうその服は年齢的にきついと思う」とよく言われる。
気に入った服、お金を貯めてえいっと気合を入れて買った服、家族には話せていない思い出がつまった服。
みんな色がなくなったみたいにして、ゴミ袋に入っている。
私が些細と思っているだけで、母には大きな出来事かもしれないが、私にとってそれは静電気くらい、突発的にパチッと起きる。
金曜日、帰りにこれを買ってきてほしいと頼まれて、無事購入し帰宅してみると頼まれたものが冷蔵庫に入っていた。
「これ買ってきたよ?」と購入品を見せると、「たまたま出かけることになったから私が買っておいたの」と言う。
ここで、「そうなんだ。ごめん、私も買っちゃったから冷蔵庫いっぱいになっちゃうね」と謝るべきだった。
だけどその日ひどく疲れていた。
「連絡してくれたら買ってこなかったのに」と言ってしまった。
アウトだった。
この会話で、私は週末ずっと脅えながら過ごすことが決定した。
普段はテーブルにランチョンマットかお盆を置いて食べる夕飯時、私がそれらを準備する前に母はドン、と音を立てて食器を置く。
高校生の頃突然のことに驚いて何も言えず、立ち尽くす私に目もくれず、母は不機嫌をアピールするように食べ始めた。
時々、はあと大きなため息や、小さな舌打ちが聞こえる夕飯は心臓が苦しいだけだ。
「いただきます」と合掌しなさいと叱っていた子どもの前で、何も言わずに食べ始めた母は5分も立たずに完食し、「ごちそうさま」も無く、大きな音を立てて席を立ち、自分の使った食器を洗い始める。
私は一人静かに、なるべく音をたてないようにして夕飯を食べる。
こういう流れになったとき、自分で食事をつくると悪化するので、静かに皿の真ん中をみつめて、吐き気におそわれながら食べ進める。
リモコンを触ってチャンネルを変えると負けなのか、誰も見ていない番組が延々と流れる。
父の仕事の関係で、夕飯はいつも母と二人だったので夕飯時は好きなドラマや映画を見ることも多かったのに、あまり馴染みのない番組をBGMに冷たい時間が流れる。
そして、食後に甘いものを食べたり、一緒に片づけをする時間はもちろん無く、
食後に片づけを終えた後、私はすぐに歯を磨き、眠る準備を整え、頭を深く下げて「おやすみなさい」と伝えてから自室へ向かう。
しかし、いつもこう言われるのだ。
「何が?」と。
喧嘩ができない。
投げても返ってこない。
この冷戦期間、母がいるかもしれないリビングにはなかなか行くことができないので、薬が必要な時に飲めるように常備薬は自分の部屋に常に置いている。
自室へ行く前にコップかマイボトルに水を入れていくことも忘れないようにしている。
慣れてしまった気もしている。
気持ちが落ち着く香りがするものや好きな飴を自室にこっそり置いて、少しでもこの小さな部屋で快適に暮らせるように試行錯誤してきた。
でも、何度経験しても突然こちらを向いてくれない、口をへの字にした母の表情には慣れない。
おそろしいことに、アラサーになった今でもこわくてこわくて仕方がない。
こわがっていることが情けない。
でも、こわいのだ。
ずっとこわいなら、すぐに家を出ていたかもしれない。
でも気づいたら、大学も就職も県内で、はじめからそれ以外の選択肢は無かった。
母に「A大学へ行け」と言われたわけでも、「B社に就職しろ」と言われたわけではない。
それは多分、ずっとこわいわけではないからだと思う。
母はほんとうに優しい。
優しく、ときどきユーモアがあって、音楽が好きで、海外の映画が好きだ。
ごはんもとても美味しい。
私が作るごはんもすごく褒めてくれる。
働き始めて家にお金を入れる度に「自分の好きなものを買っていいのよ」と言った後、ありがとうと優しく受け取ってくれる。
優しい母が好きだ。
愛してもらった自覚がある。
あらゆるものから守ろうと、常に私のことを気にかけてくれたことに感謝している。
話は変わるが、通帳をしばらく紛失したことがあった。
仕事が忙しく、それどころではなかった時期なので、「家の中でなくしたのだからいつか出てくるだろう」としばらく放っておいた。
ある日、通帳がどうしても必要になり、家中を探した。どこにも無かった。
そんなはずはないと連日通帳を探す私を家族は心配そうに見ていた。
仕事に関して抱えている不安と、見つからないものへの不安がごちゃまぜになって、まるで狂ったかのように家中を探していた。
仕方ない、半休を取って通帳の再発行に行こうと思い、心配してくれた母にも報告した。
銀行に行き、「〇週間ほど、通帳を探したが見つからないので再発行したい」と伝えた。
対応して下さった行員の方の言葉に、私は鈍器で頭を殴られたかと思った。
おととい、つうちょうをつかっておかねをひきだされていますよ。
頭が真っ白になった。
何行かにわたって記された数字を見る。残高はほとんど無かった。
あまり覚えていないが、「勘違いかもしれない、すみません」と怪しまれる前にとにかく銀行を早く出たかった私は多分適当な言葉を並べて足早に去った。
私はまっさきに思った。
話してくれたら、いくらでも使っていいのに。
当時、あることでお金が必要だということはうっすら雰囲気で感じていた。
でも「私出すよ」と娘である私が言うと偉そうなのかもしれないと思っていたし、両親がそういうタイプの人間だと知っていたので、必要ではあるけど足りないという話はしていなかったこともあり、能天気に流してしまっていた。
いくらでも、あげる。
今までたくさんもらってきた。
私も参加させてほしい。
銀行の近くの本屋でなるべく人の少ない階の隅の椅子でこっそり泣いた。
立っていられなくなった。
あと少しで仕事に行かなければならないことと、家に帰ってどんな顔をすればいいのかわからないことで頭がぐちゃぐちゃだった。
話したらお金を出してくれない娘だと思われていたのか。
だから隠し続けたのか。
必死に探している時、不安でいっぱいな私をどういう気持ちで見ていたのか。
学生の時、同級生とのあるやりとりについて注意されてから、携帯のメールや通話履歴は見られるものだと思って使っていた。
話せないまま、外出が急に増えたことを不自然だと問い詰められる前に別れてしまう。
気になる人ができても、母に紹介する時のことをイメージしては〇か×を考えてしまう。
もう、こわい。
母ではない。
こわがっている自分がこわい。
今日も、"それ"は起きました。
来週、とても緊張することがあるから今週はとてもおだやかにすごすつもりでした。
そうしないと乗り越えられない気がしていたからです。
そのことを思うと怖くて眠れない毎日だったから、なんとか心のバランスをとって生きた今月でした。
でもだめでした。
私は家に帰り「言ってくれたらよかったのに」と言ってしまいました。
でも疲れていたのです。
言い訳かもしれませんが、ほんとうに心も体もふらふらだったのです。
ゴミ袋に入った気に入った自分の服を見て涙があふれてきたので、取り繕うこともできませんでした。
帰宅する旨の連絡をした時に返信で教えてくれたら助かりました。
もしくは「ごめんごめん」と笑って流してくれたら、もっと助かりました。
流れず、返されず、そっぽを向いて投げられたボールをずっと追いかけて走っています。
走る私の背中を監視するような目でずっと見ていますね、わかります、感じています。
だんだんと体が冷えてきました。
窓の外は本当に真っ暗で、でも部屋も真っ暗なので、まるで境がありません。
どちらが暗いのか、もうわかりません。
母から短大へ行ってすぐ就職しろ と言われていたので高校3年間、英語学科の短大を希望しますと 担任との二社面談をサクッと乗り切ってきたのだが
高3の夏、英単語の勉強 好きじゃねーなと気づいて音楽学部のある短大へ進路変更。
吹奏楽部の顧問、担任、母、とにかく全員から反対された。大して楽器が上手くなかったたからだと思う。
反対を押し切り 入学。楽器は両親が結婚資金を貯めてくれてたのを切り崩して購入。
大学でも 当たり前についていけなかった。
周りは幼少期から楽器やってるだの、全国大会金賞だの、まぁ当たり前に音楽で生きてきた人たち。
誰からも見捨てられたと思って、大学の外で一般のアマチュアと遊んだり 本番出たりしてた。
22歳、短大の同級生は就職した中 自分は研究生で大学に残っていた。マジで後輩から何してる先輩だろと思われてたと思う
近隣の吹奏楽部の非常勤講師をやらないかと声がかかる。それを機に大学を出る。(教授には当たり前に お前には早い やめろと言われた)
というか指導業でお金を稼ぐ(名ばかりフリーランス)で生きていくのに必死。
吹奏楽ガチでやってた人なら分かると思うけど、コンクールって労力ハンパなくて、結果出そうと思うと人生の時間ぜんぶ突き込む勢いでやらないといけなくて。
人生溶かしすぎて、自分何やってんだと鬱になっていたので これを機に部活指導を辞める。
ずっとクラシックよりジャズがやりたかったので演奏活動の夢を捨てきれず、いまチマチマと練習しているが、この20代をほぼ指導業に振ってしまったため ジャズなんて出来るはずもなく。
演奏する仲間もいない。
自分と同じ歳のking gnuやら石若駿やらの神世代を見るともう遅いのかな と思う。
これ、詰んだかな
それぞれ多かれ少なかれ、胡散臭さがにじみ出ている
「それでべつにいいです」っていうなら止めはしない
しかし、みずから「胡散臭い人間になりたいです」って人は少ないだろう
そうなのであれば、実直な製造業などに就職することをおすすめする
コンサルと製造業では、メンタリティが180度どころか720度ちがう
とにかく、「無形の商品」を扱い、かつ、
それに該当するのは受託専門のソフトウェアハウスとコンサルだけである
この3つの要素が、コンサルという存在を輪をかけて胡散臭くする
ホリエモンさんみたいな人間になりたければまずは実直な業界に就職しろ
若いころはまずその中で苦労したほうがいい
もともとコンサルは工場運営の相談役から始まったことを忘れてはいけない
ホリエモンの場合も大失敗(ライブドアショックと収監)があるが、
それを乗り越えた先にエヴァンジェリストとして説得力が増す存在になれたのである
もしホリエモンさんが実業の失敗をしていなかったら、今も胡散臭かったろう
すくなくとも実業で苦労して、それからコンサルなりに転業すれば、
詐欺を何十年も生業にして訴訟と課税から外国に逃げた結果として
ナチュラルににじみでてくる胡散臭さはとは無縁の人間にはなれると思う
早慶・東大以上であれば「到達性のない」空疎な議論でプロレスして
アクセス数で金を稼ぐ、というようなことをしなくても稼げるだろうから、
というオナニー人間になりたいか、それ以上に大切なものがある、
と気づけるかどうかの違いだと思う
以上である
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210611/k10013078681000.html
高橋さん 衛藤さん
「東大の文系の学生でコンサルを検討しない人はほとんどいないと思います。官僚になるのがかっこいいという価値観は通じなくなって東大生の就職活動では、とりあえずコンサル=『とりコン』という言葉もあります」