はてなキーワード: ブロガーとは
増田はもう疲れた。毎日毎日釣り記事を書いて、ブコメを貰うことを唯一の生き甲斐としていた。けれど、ホッテントリ入りしても、はてなブックマークのトップ画面を飾っても、私の承認欲求が完全に満たされることはなかった。だから増田をやめることができない。
1ブクマつくと、脳の奥底に電流が走り、コーヒーを3杯飲んだあとのような恍惚感がほんのりと浮かび上がる。2ブクマつくとほろ酔い状態となり、心地良い酩酊感に包まれる。3ブクマつくと身体が火照ってきて、もう理性で感覚を抑え付けられない。10ブクマを超えたあたりでエクスタシーに到達する。麻薬と同じようなもので、増田がやめられない。
私は大学生の頃、就職活動にことごとく失敗した。内定が得られないままに卒業した、社会の負け組だった。そんなとき、ふと増田に足を運んだ。愚痴を書き込むと、ブックマーカーと呼ばれる人たちが私の側にやってきて「良い文章だ」と褒めてくれた。砂漠に一滴の水が零れ落ちるように、私の心は初めて承認されることの悦びを知った。
もっと、もっとだ。ブックマーカーの人たちに褒めてもらいたい。無職の私は、就職活動もそっちのけで増田投稿に熱中した。渾身の力を入れて書いた記事は、そのときは目に触れなくても、後から必ず増田ウォッチャーの人たちが拾ってくれ、人気記事に入ることができた。
私は今までにエントリーシートや履歴書を何枚も何枚も何百枚も書いた。100社以上にエントリーしたが、誰も私に目を向けてはくれなかった。けれど、増田は違う。増田に書いた文字は、みんなが見てくれている。増田こそが私の生きる道なのだ。悟ったんだ。私は清々しい開放感に包まれて、世界に自分のすべてが受け入れられたかのような気持ちになった。
そう宣言した日。
母は眉間に刻まれた悲壮なシワを両手で隠して、さめざめと泣いた。隣で聞いていた父は腕組みをしながら「そうか、それがお前の決めた道なら、俺は止めない。だが絶対に諦めるなよ。お前が増田プロになる日までは、うちの敷居を跨がせない」と厳かに言った。
私は家を追い出され、野に放たれた。はじめは何もかもが自由で、新鮮だった。私は誰にも縛られず、何を書いても許された。私は毎日毎日増田を書き続け、ブクマを積み上げていった。
それから1年が経った。なんだ、この虚しい気持ちは。自分が今まで努力してきた日々が、何もかも無意味に感じられた。見下していたはてなブロガーの人はAdSenseで月10万円を稼ぎ、すっかりプロブロガーとして独立している。対して私は1円足りとも稼げていない。結局のところ、私はなんのキャリアビジョンもなく「プロ増田」という甘い妄想、キラキラとした夢、幻想と承認欲求に衝き動かされて、3歳児が野原を駆けまわるようにふらふらと遊んでいただけなのだ。
Twiterのプロフ欄には「フリーランス」と声高々に書いていたし、増田プロとしてのポートフォリオサイトも構築した。Facebookに「俺は増田プロになったんだぜ」と書き込むと、イイネがたくさんついた。今までまったく友好のなかったフレンドから「増田さんはすごいですね! 会社の枠組みに収まらない人だとは思ってましたが、まさか増田プロになるとは! 今度一緒に飲みましょう」と、下心満載のメッセージが届いた。
高校では一言も口を聞いてくれなかった同級生から次々とフレンド申請が送られてくる。承認待ちリストには、かつて私が片思いした女性も含まれていた。違うのだ、私はいま「増田プロ」の虚しさに打ち震えているのだ。私が欲しているのは、ブクマでもはてなスターでもない。
ありのままの自分を認めてくれる、たった一言。愛情に飢えていたのだった。私はもう増田プロを騙るのをやめる。騙って語って偏っていくのをオシマイにする。惜しまずにお仕舞いとしてお終いの姉妹丼にするのだ。
私は自分のほんとうの気持ちに気がついた。私が今まで増田をやっていたのは、愛して愛されたかったから。だからもっと私を愛して、私だけを見て、私だけを褒めて、私だけにブクマをつけて、私だけにスターをつけて、私だけを承認して、私だけに顔を見せて、私だけに声を聴かせて、私だけに寄り添って、私だけに命を捧げて、私だけの愛を受け止めて、私だけの言葉を聴いて、私だけに抱かれて、私だけに快楽を頂戴、私だけの愛人になって、私だけの恋人になって、私だけの私だけに私だけ私に私私私私私、愛して。
炎上系や煽り系のブログははてなブログにも多くて、しかも最近はファンもアンチも同じ1PV(笑)というブロガーが増えてるのはご存じの通り。互助会やかまととぶった馴れ合いコミュニケーションでつまらない記事があがってくることも増えた。
安い正義感にかられてブコメで説教するのは、互助会が生ぬるいブクマするのと同じ、そのくだらないブログをホッテントリに押し上げる力にしかならない。だから、一番正しいアクションはスルーだ。
それでは気が収まらない?なら、そのブログ記事をスクロールして、AdSenseの広告を探そう。そして、広告右上の小さな「i」をクリック。AdSenseのヘルプページに飛ぶので、また一番下までスクロール。「ご覧になったウェブサイトや広告に関するご意見」の欄があるので、ウェブサイトを選択しよう。そこからGoogleに違反報告ができる。
nendのオーバーレイがうざいときは、あえてクリックして即離脱。これでブロガーのクリック単価が下がる。
それだけでは気持ちが収まらない?なら、はてなのお問い合わせページの一番下までスクロール。
http://www.hatena.ne.jp/faq/q/abuse
もしこのとき、違反の理由が見つからなかったら、それはあなたの独りよがりか、単なる価値観の違い、または嫉妬でしかない。ブラウザを閉じて寝よう。忘れるに限る。
http://anond.hatelabo.jp/20151128213320
互助会は存在しないなんてしらばっくれる中堅ブロガーも多いが、実際互助会は存在する。
よく互助会メンとして噂される人物たちのブログにブクマするのが近道なのはその通りだが、互助会警察が見張ってる昨今、ただブクマしても警戒されるだけだ。
1、ブクマ数が5以下の記事に、コメント付きでブクマする。間違っても10以上ついた記事にはしてはいけない
2、コメントは自分が新人であることを匂わせる(例 始めたばかりなのでこういう記事は参考になります!)
4、相手のTwitterをみて、絡めそうな話題なら絡む。ブクマのTwitter連携は、その記事主との会話用のため、勝手に横取りしないこと
5、ブログではオフ会に参加したい、副収入がほしい旨を書き、けしてはてなの話題はしないこと
これで3割、互助会候補と見なされるはずだ。後は、相手の記事を3回に1回ブクマすればいい。相手から互助会加入チェックが入る。正式に互助会員として認められた場合は、相手から読者登録が返される。
決め手は、あまり賢そうなことを書かないことだ。自分より賢そう、稼ぎそうな相手を互助会に入れるわけもない。
ジャンルかぶりもご法度。どうしても被せたいなら、相手から読者登録があるまでは相手より中身のある内容を書くべきではない。
では、良い互助会ライフを。たとえ非難されても、かまととぶって知らなかったといえばいい。1回までは許されるので、それまでにほかの武器をみつけろ!
【画像あり】めっちゃ抜ける一般漫画wwwwwwwwww : 暇人\(^o^)/速報 - ライブドアブログ
http://b.hatena.ne.jp/entry/himasoku.com/archives/51929961.html
http://b.hatena.ne.jp/taromalo0/20151125#bookmark-271958932
もう分かるだろ?ここのブログの他にどんなブログも運営しているか。自作自演
http://anond.hatelabo.jp/20151124212000
ごめん。
クソゲーオブザイヤーでも「虚無」がテーマの年があったけどまさに今そういうものを見させられてる気がするわ。
ひたすらに虚無しかない。
どうでもいい人間のどうでもいいやりとりを見せられてもどうでもいいとしか思わない。
これに興味があるって人間が理解できないわ。 どうせこれ書いた増田互助会メンバーの一員だろ?
おまえさ、いい加減自分たちの話題、互助会の内輪以外の人間は興味ないって気づけよ。
誰もお前らのスッカスカの中身なんて興味ないんだよ。ただつまらないくせにブログトップページに出てきて邪魔なだけ。
わかる?不快ですらないの。人間を感じないの。あんたらの扱いはBOTと同じなの。はてな村奇譚でもそう描かれてたでしょ。BOTでしかないの。
せめて何か不快になるようなことでも言ってみてくれよ。 ブコメで定型句以外のことを書いてみてくれよ。
こういうのははてな村民ウォッチスレの底辺のゴミ虫でも食わせてやれ。あいつら究極の暇人かつ人間の屑だから、こういうつまらないものでも喜んで喰うんじゃね?
いかにも仲良しっぽく振舞っている人気はてなブロガー同士だが、彼ら・彼女らが実際にやっていることは、「ホッテントリ」という限られたパイの奪い合いなのだ、ということを忘れてはならない。(紀元前の哲学者「リカルド・マルチネス」の言葉)
はてなブログをNGリストに入れているため、古参ブクマカーが気づけなかったであろう11.22互助会警察事件についてここに報告する。
【午前】某はてな女子がツイッターで、"非公開リストを作成するつもりが誤って(本人談)"公開でリストを作成。リストに入れられたはてなブロガーに通知。リスト名が「互助会」だったため、当人たちがツイッターでざわめきはじめる。リストに含まれていたのは陽気な熊さんや非積極行動主義などを中心としたメンバーであった模様
※すでにおおよそがリストから自主脱退しているため、当初のリスト完全版は把握不可
【11:06】「はてな村ご意見番」と名高く、「互助会」リストに入れられたネズミの妖精氏がブログで「お前に本当の互助会というものを教えてやろう」エントリを公開。内容は某はてな女子の吊るし上げ。新人はてなブロガーがこぞってブクマすることで、新着入り、ホットエントリとなる
【午後】"某はてな女子が、相互フォローになっているリスト相手に対しツイッターDMで謝罪するも無視され、フォローを外される(本人談)"※相互フォロー相手とは、ネズミの妖精氏を指す模様
【17:21】陽気な熊さんが「互助会警察うざい。コミュニケーションは自由にさせてもらう」エントリを公開。新人はてなブロガーがこぞってブクマすることで、新着入り、ホットエントリとなる
【19:39】某はてな女子がブログで謝罪及びブログ閉鎖を宣言
【20:00】某はてな女子はネズミの妖精氏エントリにブックマークコメントで、謝罪とともにDM経緯について問いただす。直後、ネズミの妖精氏はブックマークコメントを閉鎖。「ブクマは栄養。どんなに投げつけられても栄養(笑)」といっていたネズミの妖精氏らしからぬアクションに、新人ブロガーがツイッターでざわめきはじめる
【20:00過ぎ】某はてな女子がブログの謝罪エントリへの追記で、ネズミの妖精氏にブログへのコメントを非表示にされたこと、不誠実な対応にid転生後は報復する旨告げる
【20:00過ぎ】ネズミの妖精氏エントリ、メタブタワーが立つが速攻でコメントを閉鎖
【21:14】ネズミの妖精氏が反省エントリを公開。ホッテントリ後にブックマークコメントを閉鎖したのは某はてな女子のプライベートに配慮したためだと説明。仲間内で傷の舐め合いをはじめる
お祭りを愛するあなたたちが、このような揉め事を感知出来ず、惜しいとは思わないか?さあ、今すぐNGリストをやめるべきだ。
《ここから追記》自分が気づけなかった新参の事件を誰?とか内輪もめすぎとか情報感度が下がってる証拠だろ。したり顔で知ってたと書く方がまだまし。
あのね…年配者のインターネットはいかに面白いことするかなんだけど、僕の見てるネットはある年代以下の面白いやつほど貧しいし、ストイックなやつほど不幸なんですよ…。ぼくなんてレベルじゃないほどね。それは僕も含めてそうだよ。僕がしてるのはそういう話なんだよ
いいたかぁないが、一切合切のしがらみを捨てて面白いことだけをやれといえば、今のフォーマットにはしてないですよ。インターネットやブログがもっと世の中に認められたいし、そこに打ち込む若者の高い技術もまたしかりと僕は思ってる。でも、それを儲けと切り離せるのは年配者のネットなわけだよ
僕も一応はアフィリエイターにも、ブロガーにもライターにも全部のジャンルの人にお会いするルートがある人間だからそれらを見て言ってるんだよ。ある年代のネットをそのまんまやることは今の若い子には経済的にも体力的にも才能的にもムリなんだよ。押し付けても意味なんかないんだよ
どこにも属してないからこそ、どれもこれもの欠点と利点と前提条件がくっきり見えるんだよなぁ…。ネットに対する捉え方やネットでの生き方、それを可能にしている理由…舐められたものですよ。僕を超えるものを1つ2つ持ってて部分的に尊敬する人はいっぱいいる。でも、染まる気はないです
勉強不足からくる不安や、経験や知識で克服できるところを通り過ぎてない若さは、不純物が混じった石にしか見えないんですよね…。ちょうど26で、大学生の思いあがりな態度に一番カチンと来る歳だから…というのもあるかもしれないけど、なんか若さの意味をもっと絞ったほうがなぁ…
そういう意味で、全く共感できないわけじゃないですよ…間違えてもいいと思うんですよ。そこに対して、「(勉強不足を批判されたり、組織としてのスタンスを避難されることはあっても)存在自体が悪いとは思わないんですよ…ゆえに、あれに言及するのは難しいんです。
とりあえず、僕の中で絶対にムリなものがいくつかあることがわかった。でも、逆に言うと幾つかしかなくて、すごくカチンと来ることって僕の人生には意外と少ないってこともわかった。あんなブログ書いてるが1年中キレてるわけじゃない。せいぜい20日ぐらいしか本気でキレてはいない
アホが自分が学生の時にフジテレビデモに参加してたことを棚に上げてSEALDsに説教していることをツッコまれた瞬間過去の記事を消していてめっちゃ笑った。
残念ながら今のネット社会では記事を消して逃げることは不可能である。そんなことも知らずに炎上対策の記事を書いていたのかと思うと片腹痛いが説明しておく。
記事を消してしまうとここにURLを投入したら余裕で復活できてしまう。対策としては、記事を消さずに1文字か2文字だけの記事に書き換えてしまうことだが、これはこれで別の方法でサルベージできてしまうので無駄である。つまり何をやっても無駄だ。過去にアホなことを言った奴は必ずそのことをほじくり返される。過去をつつかれたくないなら自分が昔バカなことをやったらそれを覚えておき他人にも寛容になることだ。それができないならアホなことを言わないよう気をつけるしか無い。それも無理なら、記事を消さずに開き直れ。ちょっとツッコまれたくらいで自分のブログ記事を消すような雑魚はブロガー名乗るな。
物書きでもなく、ブロガーでもなく、毎日Twitterで「つかれた」とか「今日は寒い」とか「映画面白かった」とか呟いているだけの人間だけど、時々無性に文章を書きたくなることがある。
そんな時、増田はとても便利だ。
80年代オタクカルチャーを自己流で考察したりする後ろ向きな人。
みぐぞうの後ろ向き日記
昨今の若者の政治に対する意識の低さを嘆く姿も本編中に度々登場するのですが、2ちゃんねるマスコミ板・ニュース速報+・ハングル板住民や政治カテゴリの人気ブロガーさん達の政治に関する知識量と洞察力は、少なくともそこいらの団塊オヤジを凌駕するものがありますよ。
朝日新聞の内容を鵜呑みにするオジサン達よりも「主婦・無職・団体職員」の肩書きで読者欄に投稿してくる人たちをgoogle検索して化けの皮を剥がして晒し者にしている2ちゃんねらーの方がメディアリテラシーに長けているはずですから。
アイタタタタタタタ・・・・・・・・・・・・
一気書き怪文書こゎぃ
というわけで、ネット特有のスラングやネタ等が含まれるため、そういったものが苦手な方は
ブラウザバックか注意して読まれることをおすすめします。某手書き劇場じゃないけども。
24歳、学生です(大嘘)
そんなこんなで人生を歩んできたわけだが、一種の詰みという状態になっているわけだ。
具体的にどんな詰みなのかは、ここでは言及を避けておく。避けておくが、借金で首が回らない等の絶望的な感じではない。
感じではない、が、それだけに、ぬるま湯から少しづつ熱湯へと変わる水に気づかないで茹でられてしまうカエルのような、そんな最悪な気分であり状況であることは言及しておく。
そんな状況になったのも、色々な問題から逃げてきたせいだと思う。世の中すべてが自己責任なのだ。全ては自分のせいであり、他に原因を求めても仕方ないのだ。
思い返すに、一番最初に思い出せる逃げた経験は、進研ゼミのチャレンジ、特に赤ペン先生だったように思う。
一時はそれを取り返そうと、一年分の赤ペン先生提出用小テストを送ったものだ。懐かしい。
部活動の選択、いじめ・イジりからの脱却、文系・理系の選択、大学の選択、単位の取得、あらゆる勉強、交友関係、就活、エトセトラエトセトラ…
よくある感じのクズ人間だ。こうはならないようにと、心がけてきたつもりだったのにな、心がけてきただけで、実行できなかった。
なんだか怖かったんだな。実行に移すのが。まるで自分が食べることのできる大切なケーキがどんどんなくなっていくようで。
一方で、ネットにはハマった。これはもうホントに、見事にはまっていった。
まずは、中学生らしくG行為のネタだ。まずはそこら辺に転がってた18禁小説から。
クリスマスプレゼントかなにかで買ってもらったPSP1000をいじっていると、
どうやらネット機能を使えるということがわかり、若い時のドキドキを携えて恐る恐る「エ ロ」と検索したのだった。
検索エンジンが何かまでは覚えていないが、トップ近くに出てきた(であろう)18禁小説を適当に選択して読んでいた。
寒かったことも手伝って、布団に丸まって片方の手を股で挟んでいると…というテンケテキな精通を迎えたのであった、まる
今でも何故か覚えているが、最初に読んだのは姉妹のレズものだった。文体は単純なのに「ふ…ふみゅ!?」とかいった
それから、森の奥の吸血鬼姉妹のもとに仕えることになったメイドと姉妹のふたなりものとか(今でこそそれが東方Projectの二次創作だったとわかるが、当時は全く知らなかった)
社会人とヒモの物語とか、コナンの虹エロ小説のみを掲載してるサイトだとか、お寿司をホニャララに突っ込んでズルズル吸い上げるとかいう今から見ると嗚咽もののものまで、
情欲が満足するまで、ひとり夜のベッドの中で励みまくった。
そのうち小説では飽きたらなくなり、フリー公開のエロ漫画や、同人マンガっぽいものがうpされているようなサイトまで足を伸ばしていった。
そういえばえろまんがわーるどってサイトにだいぶお世話になった記憶がある。今どうなってるんだろうな。
そこから、他のネット文化に親しむ様になるのに時間はかからなかったように思う。
それこそ、上に書いたえろまんがわーるどでオナネタを探している最中に見つけた東方Projectの二次創作の同人マンガを見つけて感動し、
東方Projectとその二次創作郡(主に同人マンガ)に見事にはまっていったし、
もう黄金期は過ぎていたが、Flashのまとめ倉庫みたいなサイトを見つけて、Flash動画にはまっていったし。
2ちゃんねるへの書き込みとかも興味があったけど、なんだか殺伐とした雰囲気に「半年ROMれ」という格言も手伝って、ほとんど書き込みはしなかった。
受験勉強ほっぽり出して、冬でかじかむほど寒い中、東方星蓮船をひたすらキーボード使って、最後の白蓮の弾幕をよけながらクリアしてたっけ。
そうして辿り着いたのが、ニコニコ動画だった。
学校でいじられ続けて病み気味になっていた俺を元気づけてくれた、唯一と言っていいほどの存在だったのだろう。
そこで親なり担任なりいのちの電話なり、周りの大人に頼っていれば、道は違っていたのかもしれないが、
ドナルド、エア本、フタエノキワミ、チャー研、レスリング、最近では淫夢等、Flash動画時代を髣髴とさせるMADを食い漁るように探して見続けた。
東方にもはまっていたので、ニコニコで勢力を拡大しつつあった、同人マンガの延長線上のようなジャンルである「東方手書き劇場」も、ホント漁るようにして探して見続けた。
それだけだと飽きちゃうので、台頭し始めていたMMD系列や、サービス開始当初から人気だったVOCALOIDも時々見ていたけど、やっぱりMADと東方手書き劇場が主軸だったかなー。
みんなはどうなのかわからないが、俺の予測だとハマっているコンテンツがまずあって(つまり特定のアニメや漫画や音楽や小説があって)、
それを共有することや二次創作的な作品を見たい・作りたいって思いからニコニコ動画に登録し始めると思う。
俺も東方ProjectやFLASH動画で頭を金槌で打たれて人生が震えた人間なので、その一人といえば一人なのかもしれないが、
むしろニコニコ動画で昨今のサブカル(主にアニメ・漫画的な意味で)の流行を知って、それらにハマっていった記憶が強い。
イカ娘とか超電磁砲とか日常とか。あずまんが大王なんか、空耳ケーキのMAD見てなかったら存在も知っているかどうか怪しい…ってのは言いすぎかもしれないけど、多分「これは名作なんだな」なんて認識は
確実になかっただろう。
特に、深夜アニメ放送という概念が存在しない都道府県に生まれた身としては、身につきすぎたぐらい身についたのではないかと思う。
俺はそうして、サブカル(主にry)に関する基礎中の基礎となる知識を身に着けていったわけだ。
そんな生活をする中で、今までの勉強量という貯金を切り崩して見事よくわからん国立大学に合格したわけだが。
まわりが「よし!大学生活遊び放題だね!」と言ってくれる中、俺はそんな楽観的な観測はとてもできなかった。
その頃にはもう就活生の悲喜こもごもが聞こえ出していたし、そもそも大学選びの時点で俺はものすごく憂鬱だったのを覚えている。
「お前はこれから自分の足で立って、自分の足で生活して、自分の責任のもとで生きていくんだ」と宣告されているような気がしたから。
それを好意的に受け止める人種がいることも、今は知っているが、でも大体の、敗北を知っている少年少女たちは、青年たちは、不安と不安でいっぱいだったんじゃないか?
悲喜こもごもの悲に入ってはダメだ!、と自分なりに大学生活でやらなきゃいけないことを色々意識して、頑張って頑張っていい社会人になるんだ!
ぐらいには頑張ろうと息巻いていた。たくさん読書して、たくさん学部の専門科目を勉強して、できるだけ早く単位をとって、卒業研究も今のうちに足場を固めてしまって…
もうおわかりだと思うが、結局どれも実現しなかった。4年間通して。草生えますな。
機会損失という概念がある。なにか始めるのには、結局何かを、上で書いた例だとケーキを諦めなければならない。どのケーキがどれだけなくなるのかがわかっていればまぁあきらめも付くというものだが、なんと失ったケーキの種類も量も正確にはわからないというのがこの世のニクイところである。
俺は大学生活というあまりにも貴重だとわかりきっている時間に、勉強も遊びも将来の担保も全部全部つめ込まなければならないと思うあまり、何にも手が出せなくなってしまったのだ。何かを諦めるという、その勇気がどうしても出せなかった。
と書けばなんだかかっこが付いたふうだが、単にやる気がなかっただけだと思う。根性がないよね。だって全部詰め込んでる人は、それこそネットを探せばいくらでもいたし、周りにもそういう人はいたんだから。
一日一日を後悔しながら、ニコニコ動画を始めとしたネット文化・サブカルへはもっとハマっていった。そこで、俺はサブカルには詳しいんだぜという変な自負心も生まれかけたんだけど…
大学の友人たちが、そんな自分のちっぽけな自負心をも打ち砕いていった、という、またテンケテキテキなパターンになった。
一人は俺よりニコニコ動画歴が長く、尚且つ知っているジャンルもあまりに広く、信じられない程深かった。それに、プラモデル、ゲーム、その他のサブカルにも造詣が深く、もう尊敬せざるを得なかった。
二人は一つのジャンルを突き詰めに突き詰めていた。宇宙語と俺には思われる言語で会話して、なおかつ他のサブカルに関しても基礎的な知識をちゃんとおさえていた。
なにより、ひねくれた俺よりよっぽど常識があって、性格のいい奴らだった。
もう俺は、ひねくれて性格が悪い上に唯一ほかより得意で知識のあるネット文化・サブカルですら圧倒されているこいつらはなんなんだ。そんなことよりそれに比べた俺の価値の無さは何なんだ…唯一深い知識があると思っていたジャンルにすら引けを取る俺の価値の無さは…
そんな感じのタコツボ化でもう自分がいよいよ嫌になったり、ついでにニコニコばっかで学業をまともに修めていない自身の将来の不安がますます増えていったりした。
突然だが、俺の将来の夢はマンガ家だったりする。
上記の偏歴を見ればまぁ予想はつくだろうが、好きなマンガを描いて楽しく生きていきたい。そういう意味では、マンガ「家」ではなく、「趣味」マンガ、なのかもしれない。
その他にも、MADを作ったり、音楽で既存の好きなゲームリミックスを作ってみたり、SSみたいな小説を書いてみたり、3分くらいのアニメ作品を作ったり、スレを立ててコピペとして受け継がれる書き込みしたりと、そういう、ネット・サブカル文化に深く関わって生きていきたいと思って生きている。
そして、そういう活動を、大学のうちに出来たはずなのだ。出来たはずなのに…
思えば、学業も、ニコニコ・アニメ・マンガ・小説・絵その他ネット・サブカル文化に関する活動も、資格取得や就活等の将来に対する投資も
中途半端どころか、自分のやりたいこと・やるべきことが何も達成できない、真空もびっくりの空虚な生活になってしまった。
4年間だ。4年という歳月をだ。
願うなら、この後悔を一緒に大学入学のあの日に持って行って、もう一度やり直したい。
いやそれができるのなら、高校入学のあの日まで行って、部活選びをやり直して、もっと必死に勉強したい。
いや、やっぱりそれが叶うのなら、中学入学のあの日まで行って、やっぱり部活選びをやり直して、もっとまともな交友関係を築きたい…
思えば、俺がアニメにハマったのは、マンガにハマったのは、ニコニコにハマったのは、Flashにハマったのは、東方Projectにハマったのは、エロ同人にハマったのは、18禁小説にハマったのは、PSPでネットに助けを求めたのは、
結局何かから逃げ「続けた」からじゃないだろうか、と、今振り返って考えてみると思う。
なんだか、この文章を書く前と結論が違っているような気がするが、やっぱり文字に起こして出力してみるって違うんだね、と。
学校での日々のイジり(悲観的に捉えれば、いじめ?)や勉強からのストレス、将来への得も知れない不安から唯一開放されていた、このPCの窓。そこから広がるインターネッツ。
そういえば、今これを書いている時と同じような、肌寒さもいよいよな低音の中、ひたすら「インターネットしていた」な。あの頃の俺は、何かのバランス感覚を失っていたんだと思う。
そしてそれは、社会人として仕事に勤めている今にも、強い影響力を残している。
帰ってからもずっとネットにかじりついてるし、土日はほとんど外に出ないで、頭が痛くなっても構わずアニメを見て、マンガを見て、MADを見ている。
別にそれらは、異常なことじゃない。もともと、異常か正常かということを言い出すこと自体、なにかものさしを使っているということだ。
この場合、俺の今住んでいる地域で、コミュニティで、ちょっと異常だということが言えるくらいで、さして間違った生き方ではない、と俺自身は思う。
思うが、それは、きちんと仕事と趣味を両立して、充実した人生だと思えるような、色々な意味で自立した人間が生きるべき生き方であるとも、誰よりも俺自身が思う。
そして何よりも、俺自身が、今、そうではない。
今、実は岐路に立たされている。時間は1年と無い。始めの方に書いたように、具体的にどんな岐路なのかは書かないが、やっぱり岐路であることに変わりはない。
先日、俺が大好きなブログで、戦後70年をテーマ的なものにして、ブログ主がこういった趣旨のことを書いていた。
「戦後左翼思想家は、敗戦の総括をしないと前に進めないといって、政府が現実の問題を四苦八苦して解決している中、ずっと空論や理想論を掲げ続けてきた。戦争とは、平和とは、と。それも戦後半世紀近くずっと。それは、理想論を突然語り出す中高生と同じ。自身の親が抱える現実的な問題に、いつか自分もぶつからないといけないんだと知った時、現実逃避して、問題を先送りにしている。その中高生たちとおなじだよね。」
前半の思想家の部分が本当なのかどうかはともかく、大事なのは、後半の「問題を先送りにしている」という部分だ。
俺はおそらく馬鹿であるため、理想論など掲げることもなく、ただひたすら目の前の問題を見ないよう聞こえないようにするために、ひたすらネットとサブカルの世界に没頭し続けた。
そして、大人に「なってしまった」今、その先送りにした問題が、いま目の前に、もし解決していた場合と比べてとんでもなく性質を悪くして立ちはだかっている。
ところで、最近キルミーベイベー熱が再燃した。どしたのわさわさなんでもなーみん。あの歌詞にあんな深い意味が込められていたとはね…
そんなキルミーベイベーにハマるキルミストたちがいつも貼る、あのチャーリー・ブラウンのAAをみんな知っていると思う。
(崩れちゃうかな?)
,, _
/ ` 、
/ (_ノL_) ヽ
/ ´・ ・` l キルミーベイベーは死んだんだ
(l し l) いくら呼んでも帰っては来ないんだ
. l __ l もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ
> 、 _ ィ
/  ̄ ヽ
/ | iヽ
|\| |/|
| ||/\/\/\/| |
もう、死んだんだと思う。何とは言わない。言わないが、俺ももういい年なんだ。
もうあの時の、Flashやニコニコや東方Projectにハマっていたあの時の輝きに満ちた時間はもう終わっていて、もう死んでいて、もう腐っているんだと思う。
逃避し退避し、遠ざけていた人生と、強制的に向き合う時期が来てしまったんだと思う。
それに加えて、アニメも、マンガも、ニコニコも、ここ最近そこに割く色んな意味でのリソースなんか無いことに気づいた。
岡田斗司夫が、「強いオタク」と言っていたが、この定義からすると、ありとあらゆる中傷があっても、理論武装でも何でもして、自身がオタクであるということを保っていくことこそが「オタク」である条件だった時代があったらしい。
正直、それは今も変わらないところがあると思う。どんなに仕事が忙しくても、どんなに私生活が忙しくても、アニメを、マンガを、ラノベを、その他サブカルに使う時間と金だけは絶対に惜しまない、その体力だ。
俺には、そんな心の強さも体力も理論武装するような頭も、何もかもが資格不足だった。
もともと俺には、向いていない趣味であって、生き方であったということを、ここ数年間で、嫌というほど味あわされてしまった。こんなにネットとサブカルに関わるあらゆる物事が大好きなのに。
でも、資格が不十分だった。ちょうどある一定の身体条件を満たしていないと、宇宙に行くことができないように。目が見えないと、運転免許が取れないように。
俺には仕事と炊事洗濯等の基本的な私生活を送るだけで、どうやら大半の脳のリソースを使ってしまうようで、そこにネットとサブカルを放り込むと、何もできなくなってしまう。どんなに頑張っても。
現実は、そういうことだった。
俺は、大したことのない、ただの平凡の、平凡以下の、ただの、しがない人間だった。
一発逆転の、いきなり三千院状態にならない限り、俺は大好きなマンガにもラノベにもアニメにもゲームにもイラスト制作にもMADにものめり込むこともできない、まとめサイトで斜め上からのニヒルでひねくれて皮肉が効いたあの空気を共有することもやっとの、平々凡々とした、無趣味な人間だった。
とりあえず俺は、目についた片っ端のウェブサービスからアカウントを消していった。
TwitterやらPixivやら、ニコニコ動画でのチャンネルも次々退会していった。
思えば、高校からずっとの付き合いだった。
俺はニコニコで笑い、考えさせられ、知識と知恵を学んでいった。
ニコニコは俺の青春のすべて、とは言わないが、俺の青春の明の部分であり、花であり、やっぱりほぼすべてだった。
音楽も思考も動画コンテンツも、そしてそういったものの質の善し悪しも、全部ニコニコやそこから派生したものから学んだに他ならなかった。
ニコニコのネタを通じて大学で無二の親友たちができたし、どんな嫌なことがあっても、ニコニコがあったから笑って、なんとなく流して、なんとかやってこれた。
ニコニコは、やっぱり俺の人生を、とんでもなく支えてくれたと同時に、俺がダメなハマり方をしたせいで、こんな状況を招いてしまった。
俺はニコニコ動画を、退会した。
もちろんニコニコ動画と決別するわけではない。ましてや、俺の思考や趣味趣向の基礎基本を叩き込んで、教えてくれて、俺を最高に楽しく生かしてくれた、ネットとサブカルと決別する気なんか毛頭ない。
いつか、経済力も、思考力も、精神力も、色々なものが「大人」になってから、それから戻ってくる。それだけの話だ。
文字にするのはそれだけで、実行していくのは、きっととても遠い話だ。
もしかしたら、一生戻ってこれないのかもしれない。
それはそれで、そういう運命だったというだけもお話だと思う。運命という言葉がなんかアレなら、その程度の才能、身体、能力、DNAしか持っていなかった、というだけのお話なんだろう。
先ほど上げたブロガーの言を借りれば、人類の生きてきた何京通りのパターンの中で、たまたま幸せになれなかったパターンを引いてしまった、それだけなのだと思う。
それでも、俺はニコニコに戻ってくることを、ネットとサブカルの中で再び熱狂する日に戻ってくることを目指して、どんな手を使ってでも、(いくらかの倫理と法律を守った上で)脳みそパンパンになってはじけ飛んででも、突進していきたい。
とりあえずそのために卒業式を自作自演し、なんとか卒業していった。
24歳、学生でした。
そういえば、ニコニコ動画のアカウントを削除するにあたって、特に好きな東方手書き劇場動画と、懐かしのFLASH動画まとめ動画をみていたわけだが、
Flash動画の中でも、知っていたものは良くて半分くらいだったのが、ちょっと衝撃だった。
「おいおいこれを知らないとはモグリのにわかめー」と、Flash職人であるポエ山の作品「quino」を知らずに友人にからかわれたことが一度だけあるが、それもわかる。
ああいう態度で常に折れずにまっすぐツッコんでたらすぐにどこかにぶつかるだろうなと話していたらその翌日にいきなり突撃しててびっくりした。相手の文化や事情お構いなしな猪攻撃に見えるけどアスペルガーの告白があってなるほどと納得したものだけれど別に言ってることは間違ってるとは思ってない。指摘されたことについてちゃんと受け止められるあたり今までにはてなを騒がせてきたコミュ症アイドルやアスペルガーメンヘラを免罪符に好き勝手やってるクソブロガーと比べたら柔軟な姿勢や前向きな態度が感じられた。
せっかく面白い文章をかける人だけれど自分より他人のことが気になる性格が露骨に出ていたので人の話を聞かないサイバーメガネ界隈の炎上系ブロガーになるかそれともはてなで消耗してすぐ燃えつてしまうのどちらかになってしまうのではないかと危惧していたが今回乗り切ったことで今後は安心して見ていられそうだ。華々しいけれど一時で消える打ち上げ花火ではなくその場では多少曲げてでも他人の声に耳を傾けつつ持続可能なブロガーになっていただければ幸いである。
はてなはサツバツとしていると言われるが、炎上したところでちょっと痛いだけですむ。ヤフコメや2ちゃんでの炎上と違って実名や住所を暴き立ててリアルごと殺すようなことはない。すでに名前も学歴も住所も知られているブロガーに対してもそれを持ち出さない最低限の礼儀がある。まだ22歳らしいので一回完全燃焼して何度も復活しながら学ぶというやり方でも良いかもしれない。なんにせよ苦労したり失敗したりしてすごいブロガーになってくれればROMとしてはありがたい
無断引用(合法)ごときでギャーギャー言うなよ!!俺なんかツイートをもろに無断転載されて増田に投稿するヤツが何人かいるんだぞ。
最近の、ガキ(ブロガー)はちょっと叩かれたり、転載されただけでギャーギャーピーピー喚く。明らかに黒だった時に声を上げるのは必要なことだが、簡単にグレーゾーンで声を上げるなよ…。黒だった時にキッチリと取り締まらない時だけ「はてな運営ははてな女子をえこひいきしてる」とか書けばいいわけ
「これは抗議すれば判定が覆る」という絶対の自信がない限りはアンパイアに抗議したらイカンのです。アンパイアがかたくなになって、最悪こちらが退場ということもあるから、「退場させたら世紀の誤審だぞ」というぐらい観客に理解の得られる抗議をしなきゃ
僕だけの話じゃなくなったならそれはもう抗議すべきでしょう。僕への誹謗中傷であれば無視しますが、社会論としてデマに近い暴論が流れれば、それは抗議すべきです
ただ、1つだけ。そんな記事を本当に書く人がいたら僕がワーワー言う前に誰かが抗議するし、その誰かは少なくないと思います。「だれか」が多い場合は僕は敢えて乗っからない方向で行くようにします。
私怨や自記事への引用を抗議するものではなく、主張としてズレた(または悪意がある)動画に流用されたことに対する抗議…なるほど、それなら僕も似たような行動を取るでしょうなぁ…やり方は好きじゃないけれど、方向性は同じかもしれない
とある人気大学生ブロガーの記事を見た。死ぬほどつまらない。戦慄するほど面白くない。自分が面白いと思っているらしいのが、ことさらタチの悪いことだ。しかし人気である。あんなにも中身がない、何も残らない記事なのに。
オタクたちに「ウェイ系」と蔑まれる人種だろうか。しかし俺は知っている、本当にグループの中心にいることが出来る人間は話が上手いことを。また、閉じたコミュニティで満足し必死で線引きをするネット引きこもりよりも、あのブロガーのように各地を飛び回り様々な人と接する方がより人生の厚みを持っていることを。
だがあの記事群には微塵も面白さがない。伝わらないのではない、存在しないのだ。
自分よりもよほど素晴らしい体験をしている人間がどうしてつまらないのだろう。自分の方がユニークな存在だと思い上がるつもりはないが、いくらなんでもあれは酷すぎる。もしかして今まで感じてきたウェイ系の「面白さ」というのは、単なる表現力の問題だったのだろうか。そんなはずはないと信じているが。
ブログはサードプレイスみたいな古参ブロガーを紹介した記事を読むと
知的レベルの高そうなブログコミュニティのような印象を表面上は受けるんだけど
実際には古参ブロガーが新規参入ブロガーを吊るし上げて定期的にリンチしている印象もある
粛清する正当な理由はいろいろあるんだろうけど見てて気持ちいものではないと感じる
陰でやるなら目に入らないのだろうが目につくところにそうしたエントリーが幾つも
あがっているので目に入ってしまう。はてなを利用しなければいいんだけど
山盛りなんとか氏みたいに自分は俯瞰的な視点で物を見ているみたいなクソ中年の
意味の分からないこじつけブログ、しかも解決策も提案も無しのオチ無し記事、
こういうのが量産されることで神風に対する風評被害拡大と日本に対するイメージダウンの発生について問題視している。
「ちょっと待って?自爆テロは日本がやってきたカミカゼと一緒じゃないの?」
とかアホでゲロくさくて思慮が浅くてアクセス数欲しさに急いで書いちゃったブログのタケノコが蔓延しちゃったせいなわけだが。
神風特攻隊の人間は遺書を書いたが、そのどれもが死にたくないけど守るためにいかなくちゃいけないという思いが書き綴られている。
自爆テロのようなファッキューお前ら皆殺しみたいな動画投稿サイトのようなラリった精神で挑んでいない。
極めて人間的でかつ悲観的な中で実行されている。
その故人たちの行為と意志が弱くまともな対抗手段を思いつこうとせず脳死した中で実行される卑劣な自爆テロと同列に扱うとは、一体何事か。
特攻隊員の尊い犠牲のもとに今の日本がありGHQに完全支配されずに植民地化、アメリカ合衆国の州化されなかったというのに、