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はてなキーワード: 号泣とは

2016-12-05

例のフリーランスおじさんについて

フリーランスになって、嫌な思い出 - Qiita

http://qiita.com/mesaka/items/41ec09a4dae3fba6dd6c



Qiita登録しているGitHubアカウントを見ると、たしかGitGitHubが苦手なんだなあというのを感じる。

https://github.com/mesaka



それはまあともかく、プロフにあるURLを踏むと合同会社設立されていることがわかる。

ついでに言うとWantedlyにも企業ページを作っていて、そこのプロフ等にも不穏なことが書かれているのだけれど割愛

http://nunatoi.jp/



ここまで公開している立場で、あのコメント欄の態度は自分の首を絞めていないか?という疑問はさておき、GitHub名前検索したらTwitterアカウントが出てくる。

https://twitter.com/mesaka2009

いろんな人間に裏切られて鬱病になりました。もう人生に疲れていますPHPは大好き!早く正社員になってもいいです!! ※このツイートフィクションが含まれています検挙件数稼ぎの警察の方の自宅に来襲はご遠慮下さい。

bioの内容が不穏すぎるがさておき、このTwitterアカウント検索するとDMM面接で落ちて逆恨みしたり、コロプラ面接号泣していたことが既に増田ヲチされていたことが分かる。

すでに指摘されているが、妻子持ちでTwitterにはこの時期かなり不穏なこともつぶやいていたらしい。



結局何が言いたいかというと、特にない。

件のQiita記事に関しては「書いてあることが事実ならチャットワーク社が反省すべきことはあるけど、この人の数年レベル普段言動から見ても、書いてある内容をそのまま鵜呑みにして語ることはできない」と思った。



ちなみに去年のカレンダーにはこんなこと書いてたのに、どうしてしまったんだろうなあ。

特定企業個人実名を悪意で晒すのはやめましょう。

http://qiita.com/advent-calendar/2015/free-engineer



(追記)該当の記事を見たら、コメントフリーランスおじさんを焚き付けてるおじさんが新たに登場してた。調べたらこの人も特定人物ケンカ売りたいだけの記事Qiitaに書いてた。



品位が問われるAdvent Calendar -- シェルスクリプトはどこでも動く! - Qiita

http://qiita.com/richmikan@github/items/5f53a14a79874d56a2ff


POSIX原理主義者の品位 - Togetterまとめ

http://togetter.com/li/1056218



ちなみにこの人は松浦智之氏で最近WindowsMacUNIX すべてで20年動くプログラムはどう書くべきか』という本を書いている。著作者情報によれば1975年まれ40代。ついでに言うと、件のフリーランスおじさんはWantedlyに生の職務経歴書pdfを公開していて、そこから年齢が40歳であることがわかる。なんだ、プログラマーは40超えたらこんな風におかしくなってしまうのか。プログラマー35歳定年説は正しかったのかもしれない。

2016-11-28

乙武さんは弱者なのか

乙武洋匡さん、離婚理由を語る

http://www.sankei.com/entertainments/news/161127/ent1611270010-n2.html

について。

実際見たのと記事では全然印象が違うのはいものこととして。

「これだけ身体的にハンディキャップあってバッシングされるのもすごいですね」というのはその通りで、このバッシングは、障害者という弱者に対するイジメ、というよりははるかに、強者に対するやっかみに近いと思います乙武さんがそこまでの存在になったことに関しては、本当にスゴイな、と思います

記事には出てきませんが番組では、乙武さんが実は話したかった話題、として相模原事件パラリンピックの他に、24時間テレビバリバラも挙げていました。かなり面白い話になったはずです。他にも今年は乙武さんに語ってもらうべき話題が多かったと思うので、非常に残念に思います

まあ、まだ怒っている方もおられると思うので申し訳ありませんが、個人的には人の家庭の不倫とかどうでも良いのですみません

あと、これは前から言いたかったことで、ついでに書いてしまますが、『五体不満足』は今、是非とも読むべき、読み直すべき本だと思います

というのも、私がこれを初めて読んだのは、Twitterで「手も足も出ない。あ、初めからなかった」みたいな障害自虐ネタを連発しているのを知った後で、その頃にはすでに乙武さんは成功者であり強者側でした。

そうなってから読んでみると、スゴイな、とか、面白いな、とは思いましたが、感動する、とかましてや、号泣する、というような感じはありませんでした。というか、どちらかと言えば、一言でいうとあの本は「自慢」ですよね。My Way的な。

もちろん、それだけではないのはわかりますし、あえてそのような面を強調している意図理解しているつもりです。それでもさすがに号泣はしない。

そう考えると、本が出始めの頃に感動して号泣していた人がいたとすれば、それはおそらく、障害者弱者としてみなして、いわば感動ポルノ自分勝手に作っていたのではないか。そんな疑念があるのです。

そういう観点で、『五体不満足』を今、もう一度読んでみて欲しいと思います。初めて読む人もそうですが、昔読んだ人には特に、以前との感想の違いを感じて欲しいと思います

それが結局「差別」ということではないか、と思うわけです。

http://anond.hatelabo.jp/20161127201207

から戦争映画アニメの娯楽作品にするなって何度も言ってるわけで。そのあたりの空気を読めない奴が映画通を名乗るなと思ってる。

当時の悲惨さをポップなアニメにして「泣けた〜」とか号泣とか嗚咽が止まらないとかブログに書く奴はバカなんじゃないかと思う。

2016-11-27

四社目に受かりました

応援してくれたブクマの人たちありがとう

親身になって応援&面接練習してくれた先生ありがとう

内定くれた御社ありがとう

精神やられて路上号泣した僕を慰めてくれた母さんありがとう

http://anond.hatelabo.jp/20160920211109

2016-11-23

大好きなおじいちゃんおばあちゃん

母方のおじいちゃんおばあちゃんが大好き。

お母さんには弟がいたんだけど、お母さんが当時20歳前半のころ、母弟は20歳前後。雪が積もって地面も凍ってつるつるだった日の夜中に、車で友達と出かけて事故が起きて亡くなった。



私にはお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだけど、子供は2人をぐらいかと思ってた両親に、おじいちゃんが「弟が亡くなったのだから、もう1人ぐらい孫が欲しい」と言って産まれてきたのが私。

おじいちゃんおばあちゃんが居なければ、そしてお母さんの弟が死んでいなければ私は産まれてなかったんだなー。

なんやかんやあって、末っ子なこともあって、多分兄妹の中で1番甘やかされて育ってきた自覚はある。欲しいものはなんでも買ってもらってたし、なんでも食べさせて貰えた。(現在元気にピザ)



おじいちゃんは、10年ぐらい前に家で血を吐いて倒れた。その時、お姉ちゃんがおじいちゃんの家に泊まっていて、あの時の光景は今でもトラウマだってお姉ちゃんが言ってた。原因はお酒の飲みすぎで肝臓?に穴があいたとか、なんかそんな感じ。今でもアルコール制限かけられてる。けど、これがじいちゃんのガソリンなんや笑といいながらこっそり飲んでる。おばあちゃんにも怒られてるのに笑



おじいちゃんが、おばあちゃんが大好き。私のことを愛情たっぷりに育ててくれて、私が将来おじいちゃんおばあちゃんの家に住むことを期待してただろうに、現在私は仕事の転勤で上京してる。地元までは新幹線で片道4時間。なかなか帰れる距離ではない。



大学学費もおじいちゃんが全部出してくれた。奨学金借りたらお前が辛いやろって。車の教習所お金も全部おばあちゃんがだしてくれた。大学卒業旅行お金も2人がだしてくれた。金銭面でもいっぱいいっぱい迷惑かけて、支えてくれた。

いつでも家に行ったら嬉しそうに出迎えてくれる。私が免許とってから、おばあちゃんは私には運転を任せるようになった。おばあちゃんは運転するの怖いからって。「おばあちゃんの友達は、よく孫が一緒に買い物に行ってくれない、隣を歩いてくれないって寂しがってる。こんないい年のおばばと一緒に買い物にあってくれてありがとうなぁ」って言ってくれた時は、おばあちゃんと買い物に行くことが恥ずかしいなんて思ったこともなかったからなんだかお礼を言われるのも不思議だった。



おじいちゃんもおばあちゃんもありがたいことに今も元気に2人で暮らしてる。でも、お酒を飲み続けてるせいで数値が高くなったおじいちゃんが今月末から年末まで入院することになった。心配心配でならない。大丈夫かなって。おじいちゃんにもおばあちゃんにもずっとずっと長生きしてほしい。会うたびに120歳まで生きて、私がおばあちゃんになったら一緒に死んでね!笑、って言ってる。まだまだ恩返しができてない。私が東京に居る間に東京遊びに連れてってあげたい。美味しいものいっぱい食べさせてあげたい。田舎のおじおばであんまり出かけたこともないから、いろんなところ連れてってあげたい。ひ孫の顔を見せてあげたい。



あーーおじいちゃんおばあちゃん大好き!!ずーっと健康でいてくれ〜〜!!

おじいちゃんおばあちゃん好きすぎて死んだ時のこと想像して、想像するだけでボロボロ号泣ヤフーで「おじいちゃん 死んだ」「おばあちゃん 死んだ」って検索して知恵袋とか文章読んでボロボロボロボロ泣いてる!今も書きながら涙が止まってない!!笑



ずっとずっと長生きしてね。年末帰るから、一緒に年越ししようね。

2016-11-19

まだ君を愛してる、好きではないかもしれないけど。

世間仮装で盛り上がっている日の昼下がり、絶望した俺は君やみんなからの連絡を断ってちょうど一週間だった。俺がSNS藤村操の巌頭之感を書き残していたので心配した君が俺の家まで来たんだ。

「部屋には上がらないから。」

少し憤った声色で、シャワー上がりにクロネコヤマトだと思ってインターホンをとった俺にそう言った。待ってて、と無愛想に返したが内心俺はパニックだった。俺はその日君に会いに行こうかと考えてたんだ。どんな顔するんだろうと思いを巡らせながら。

予定が狂った、と思いながら近頃冷えてきたから君に着せられるように上着を羽織って急いで家を出た。

「なんか大人っぽくなったね。メイク変えた?」

吉祥寺駅に向かいながらなにごともなかったかのように振る舞った。君のこわばった顔が少し引き攣った笑顔になった。俺は普段通りの調子で話を続けた。途中、通行人邪魔にならないよう腰に腕を回し引き寄せたが腕を解かれた。俺のくだらない話は続く。

「なんだ、こんな元気だったんだ。」

空気が引き締まった。君の顔もどんどんこわばっていった。

「みんな、どれだけ心配してたかわかる?熊谷くんなんてあなたの親に言って捜索願出すとこだったんだからね。うちの親も警察に連絡したんだよ、娘さんが原因で自殺とかされてたら気が気じゃないですよねって。」

俺がバカだったよ。

「もうこういう話したくないから。とりあえずあとでご両親と友達に連絡して。いい友達持ったね。」

君のおかげだよ。なにかが一気に溢れるかのように君は泣いた。

いつものファミレスに着いて、俺と君はまた普段通りの他愛のない会話をした。サークルでこんな歌を歌った、とか、こんな料理を作れるようになった、とか。俺がこれからその曲を聴きに行くことはあるのか、その料理を振る舞われることがあるのかと考えたのは普段通りではなかったけど。

ファミレスの飯を食べ終わって席を立った。会計では君がいつもより千円多く払った。

店を出て、穏やかな雰囲気を壊したのは俺だった。

「今からカラオケでも行こうよ。井上陽水練習したんだ。」

引き攣った笑顔でそう言った。

「ごめん、二人きりにはなれない。」

そう言われ焦った。

「話したいんだ、井の頭公園でもいいよ、話したら帰るから。」

ここからの俺はあまりにも無様だった。何度もこんなやりとりをしたところ、呆れたようにも憤っているようにも見える態度で、10分だけならいいと許可を得た。

結果、1時間程度は井の頭公園に居た。

「もう俺のこと好きじゃないのかい。」

「ごめん、もう一緒に居られないの。」

「俺は世界で一番君を愛してるぜ、ずっと前から、そして君がババアになっても。」

「私も一生で一番愛してたよ。ずっと忘れないよ。」

ポケモンGOに勤しんでいる人達仮装をしている私大生のなか、俺は君の胸で号泣した。君は俺の涙を舐めた。

「ほら、もう行くよ。」

「もうこれでお別れなのかい。」

「うん、まあ誕生日くらいは祝ってあげるよ。」

成人式、二人で写真撮ろうな。」

「うん。」

駅に着いても俺はまだ情けなく泣いていた。その後あっさりと別れた。

しか我慢できなくなり俺は改札をくぐる君を引き止めた。

「来ると思ってたけど。」

俺の行動は見透かされていたようだ。

耳をすませば、観ない?」

当然断られたがまた俺は無様に縋った。

「そういうしつこいとこ、好きだったけどあんまり酷いと、ちょっと。まあでもいいや、終電で帰るからね。」

家の近くのレンタルビデオ屋とコンビニカップ麺を買った。俺の頭のなかではただ、本名陽子カントリーロードが流れていた。

荒れきった部屋で布団に潜りながら、プレステDVDを入れる俺と、お湯を沸かす君。君との生活が蘇った。

君を抱きしめながら耳をすませばを観た。終わる頃には裸だった。

再生が終わり、閉め切った暗がりの部屋をプレステの暗い青が染めた。

「幻みたい。夢なのかな。」

君は幸せそうな顔だった。幸せそうな顔を見るたび俺は生を実感する。

その後一緒に風呂に入り眠りについた。

朝、近づく別れを実感しつつ俺は何度も観たガンダム劇場版を流していた。君も朝食を作りながら観ていた。

ランバ・ラル、かっこいいね。」

「だろ、ガンダムロボットアニメじゃなくてヒューマンドラマなんだ。」

君と食べる朝食は美味しかった。今だけは、ジョエル・ロブションより美味しいおばあちゃんの煮込みハンバーグよりも。

「そろそろ帰るね。」

「うん。」

そうだ、もうお別れなんだ。玄関で、出かける前にいつもしていたキスを、した。

最後になにかしたいことはあるかな。」

俺がそう言うと、恥ずかしそうに、手を繋いでほしいというように手を差し出してきた。

俺は素直に手を取り、ゆっくりゆっくりと駅に向かった。

追記

3日前からB'zのいつかのメリークリスマスがずっと頭のなかで流れている。だから女々しくなってこんなこと書いてる。原因は主にサビだよね。

君は誰にでも優しくて人一倍素直だから、俺よりももっともっといろんなことを考えたんだろう。

俺はもう悪あがきをしないよ。でも君のことを誰よりもずっと愛しているのは変わらないよ。好きとかそういうのじゃないかもしれないけど。

いつか君と同じ方向を見れればいいと思ってる。

安心してほしいというか伝えたいのは、俺はもう一歩ずつ前に進んでるよってこと。いままでごめんね、ありがとう

2016-11-17

べっぴんさん観てるとカーネーション観たくなる

カーネーションHuluに戻ってきたので3回目の視聴。

おっとり気の優しいすみれお嬢様世界も嫌いではないが

がむしゃらに自分だんじり勝負する(だいたい毎週シバかれてる)主人公の爽快さよ。


この二作を同時進行で鑑賞しているせいで、

店の売り物や展示のワンピースをええよええよと気前良くあげちゃうすみれ

この後善作ちゃんにシバかれないかと思わず余計な心配をしてしまう。


このお父ちゃんがまた頑固で偏屈

家族に怒鳴りつけるのはもうお決まりになってる。

糸子がクリスマスケーキを妹たちに買ってきた回でもやっぱり。

くるぞ、くるぞ、、あぁ、おばあちゃん早くケーキどこか持ってってー

はいちゃぶ台ドンクリスマスケーキバーン家族号泣っていう

もうコントですかっていう流れでもはや笑ってしまうんだけれども

グチャグチャになったケーキをおばあちゃんが必死に成形して

みんなで食べようとする所に泣けてもくるっていう。

そんなお父ちゃんも居なくなったら本当に寂しいんだから

今日もあの騒がしくも眩しい世界を覗きにいこうと

こたつ定位置に半径1メートル世界で過ごしたいと思います

2016-11-07

父を気持ち悪いと思った過去

先日話題になっていた増田

「娘が気持ち悪い」http://anond.hatelabo.jp/20161102211759

を読んで、昔の自分を見ているようでとても懐かしい気持ちになった。ちなみに私は娘さんの立場です。


私の父は私にとても愛情深く接してくれました。小学校の時、クラスメイト男の子ケンカをしてケガをした時、家に帰って来て母親から話を聞くなり、「うぉぉおお!!俺の娘に、何てことしてくれるんだぁぁああ!!」と突如絶叫して家を飛び出し、暫くして「相手の子の家に怒鳴り込もうと思ったけど、よく考えたら家の場所を知らない」としょぼくれて帰って来るような、私のこととなると見境のなくなってしまう、ちょっとお馬鹿な人でした。私はそんな父が大好きでした。


小学校中学校くらいはそんな父ととても仲良くしていたのですが、私が高校に上がったころ、ある時を境に何故だか父に対し、「気持ち悪い」という感情を抱くようになりました。父は同世代男性比較すると、適度にオシャレにも気を使うし、ハゲでもないし、デブでもないし、清潔感のある男性だったのですが、何故だか父親匂いが嫌だ、と感じるようになりました。次いで休日ちょっと伸びる無精髭が気持ち悪い、洗面所に置いてある髭剃り、歯ブラシ気持ち悪いと次々に父の所有物、如いては父自体嫌悪感を感じるようになりました。


ある日、部活が終わって家に帰ると父が先に帰宅していて、玄関に靴が置いてありました。私は瞬時に「あぁ、この靴と私の靴を近くに置きたくない」と感じ、父の靴を玄関の外に出しました。何の気もなしに、パパッとやってしまったんです。翌朝、父が出勤する際、「あれ?靴がないよ」と言い、母を呼びました。「ないよー?なんで?なんで?」と靴を探す父と母を、私は見て見ぬフリをし、リビングテレビを見ながら朝食を食べていました。暫くして、父を見送った母が戻ってきて、「あなた、お父さんの靴外に出した?」と私に聞きました。私は「臭かったから。外に出しておいた方がいいと思って。忘れてた」と答えました。母は「そうだったの」と、答えただけでしたが、母はあの時点で私の変化に気が付いていたのだと思います


その数日後、私は母に「洗濯するときは父の物と分けて欲しい」とお願いしました。母は私に、前述の増田についたブコメのようなことを一つ一つ教えてくれました。人間動物であり、父に嫌悪感を感じることは正常な働きであること、自分も昔同じ経験をしたから、私の気持ちも十分にわかるということ。最後に「でもお父さんはあなたが大好きだから。それを言うと絶対に傷つくから。なにかこうしたい、ということがあれば、母さんに言ってね」と言ってくれました。その後少しすると父専用の洗濯籠が登場しました。私と母の服はほぼ毎日、もしくは二日に一回洗濯機を回してましたが、父は洗濯籠に1週間分の洗濯物を溜め、週末に自分で洗って干していました。父は特に私に何も言わず淡々としていました。その時の私はそれを見て(いや、実際臭いし、気持ち悪いし、当然でしょ)という思いしかなかったのですが、その後、父の思いを、辛さを痛感させられることになります


ある夜、父がシュークリームを買ってきました。私の大好物です。「よかったら食べて」と言いながら、シュークリーム冷蔵庫に入れる父を私は無視しました。シュークリームは何日も冷蔵庫に入っていました。賞味期限がどんどん近づきますが、私は父の買ったものが食べたくないので放置していました。ある日の夜、キッチン飲み物を取りに行くと、父がリビングシュークリームを食べてました。チラッと一瞥をした私に、「ゴメン。賞味期限切れたから」と父は言いました。私は少し胸が痛くなりました。けれど、そこでも父を無視してしまいました。


父はどちらかと言うとインドア派で、休日は家で読書をしたり、レザークラフトをちょこちょこ作ったりする人でした。けれど私は父と同じ空間にいたくなくて、休日に父が家にいれば私は外出、父がいなければ私が家にいる、というような状態になりました。しかしあるタイミングから休日に父が家にいることがなくなりました。


そんな生活が続き、高校3年に上がる頃、父が事故に巻き込まれました。

土曜日のお昼に家の近くの交差点で、わき見運転をした車に突っ込まれ、頭を打って病院に運ばれました。家に電話が来て、母と大慌てで病院に向かいました。父はICUで呼吸器を付けて寝ていました。お医者さんが頭を強く打っていて、危険状態であり、意識が戻っても障害が残るかもと言いました。号泣する母を見て、私は「こんなドラマみたいな展開が自分家族に起こるなんて」と急な展開に放心しながらも、どうして父にあんなに冷たく当たってしまったんだろう」と激しい後悔に見舞われました。父は何とか一命をとりとめ、搬送から三日後に意識を取り戻しました。けれど障害として、右手の親指から人差し指にかけて痺れが残ってしまいました。一方でこの程度の障害で済んで本当に良かったと、車がガードレールにぶつかってから父に突っ込んだため威力が落ちていたが、場合によっては即死でしたとお医者さんが後から教えてくれました。


父が入院している最中、私は母に「お父さんはどうして事故に巻き込まれたの?」と聞きました。母は「自分で聞きなさい」と、それしか言ってくれませんでした。ある日、私だけで父を見舞いに行ったとき、父に前述のことを聞きました。父は「俺が家にいるとお前が休日家で休めないだろう。だから、外でブラブラしてたんだ」と言い、「俺インドア派だから外での過ごし方がイマイチからなくて、でも最近は水切りにハマってさ、昔よくやったんだけど、河原でこう…石を探すんだよ。できるだけ平べったいヤツを。それをな…」と説明しながら動かす右手が痙攣していて、それを見た私は堰を切ったように号泣してしまいました。相変わらず馬鹿な父にではなく、自分事故の原因だったと知って、それでも私を責めない父に申し訳がなさ過ぎて、私は子供のように、過呼吸寸前になりながら病室で泣きました。「ごめんなさい!ごめんなさい!」と繰り返す私に、父は「母さんから全部聞いていた。暖かく見守ってやってくれと言われた。父さんはお前が大好きだから、お前が頑張ってるなら、父さんも我慢しようと思って」と言いました。その瞬間、私は今まで何を父にしてきたんだろう、父がどんな思いで過ごしていたんだろうと自分が恥ずかしく、情けなくなりました。これが、私の父に対する嫌悪感の終わりです。


あれから10年程経ち、今では周りが不思議がる程、父親とは仲が良いです。父は私に「お前が責任を感じることは一切ない、むしろ不安にしてしまって申し訳なかった」と言っていますが、やはり当時のことには負い目を感じています。「娘が気持ち悪い」の増田さんも、別エントリで娘さんの行動に理解を示すことができた、と発言されていました。世の全ての娘が父親に対し、嫌悪感を抱くとは限りませんが、ブコメにもあった通り、やはり動物である限りは本能の上でしょうがないことだと思います。一方で、やはり人生の先輩である両親が、こういったことに理解を示し、適切な対応を行うことで乗り越えることができる、しかも乗り越えることで更に親子の愛情が深まる大切な時期(イベント)だとも思います。当該エントリを読んで、自身過去を思い出し、勝手に書いてみた次第です。自身過去正当化するつもりは更々ないですし、我が家対応が正しいかったともいえないですが、これが少しでも世のお父さん、娘さんのご参考になればと思います

追記(11/8)

一晩明けてみたら、とても多くのブコメが付いていて、初めてのことに驚いています。厳しいご意見ありがとうございます


私が父にしたことを本能から(議論はあるようですが)と正当化するような書き方をしてしまい、反省しています。私が父にしたことは最低なことで、それはゆるぎない事実です。私が書きたかったのは、そんな馬鹿娘を両親が両親なりにサポートしてくれた、そのことへの感謝でした。今こうして上のようなエントリを書けるのは、両親が「あの時はね」と私に話してくれたおかげでもあります


冗長になってしまうかと思い割愛したのですが、例えば父が自分洗濯をしたことに関しては、両親の話合いの結果だったと聞きました。母は洗濯物を分けるのなら、私の分だけを分けて、自分洗濯をさせると発言したそうですが、父が「自分理不尽発言のせいで、父親自分洗濯を行う姿を見て、何か感じてくれれば」と諭し、結果的にそうなったようです。


私自身、あんなに好きだった父を、何をされた訳でもないのに嫌悪感を抱くようになった時は戸惑いだらけでした。母は父を大好きでしたので、母に影響を受けた訳ではないですし、周囲の友人の中でも、父親と仲の良い子はたくさんいました。けれど、何故か父を気持ち悪いと感じてしまった。ちょうどあの頃「異性」というもの意識し始めて、一番身近にいた異性が父親で、どう接してよいかからなくなっていたのかも知れません。今となって後付けで理由を付けることはいくらでもできますが。


父は「親の立場を利用して、なりふり構わず娘にいう事を聞かす真似はしたくない。一つ一つ自分で気が付いてくれれば良いと思った」と母に言っていたそうです。私はこんなにも勝手なことをしていたのに、両親が一生懸命に考えて私を導いてくれた、そのことに感謝してもしきれません。


「父が事故に遭わなければ最後まで気が付かなかったのでは?」というご意見も尤もです。両親は「いや、いずれは気が付いてくれてたよ。少しづつ変わってたよ」と言っていましたが、我が家のケースは結果論しかありません。


今私は結婚して、男の子が一人います。夫にこの話をしたとき、「もしかたらこの子もすごい反抗期を迎えるかも知れないけれど、一緒に考えて解決していこう」と言ってくれています。こんな風に思え、考えられるのも両親の教えがあったからだと心から思います


意見いただきっぱなしなのも悪いなと思い、少しだけ追記させていただきました。たくさんのご意見ありがとうございました。

2016-11-02

夫、

自分の都合で起きて、

自分の都合で出かけて、

自分の都合でストレス発散して、

自分の都合で帰ってきて、

自分の都合で寝れて、

いいなあ。

仕事をするためでもストレス発散でも、

自分のために時間がいるときに、

まず「子どものことをどうしよう?」から考えるのに疲れた

夫は自分のために時間がいる時に、

子どものことをどうしよう?」と考えた事があるのだろうか。

あ、だめだ。

これノイローゼになりかけだ。

子どもの前で号泣してしまった。

2016-11-01

こういう教育ってどうなんだろう?

ネットサーフィンしてたら、こんな動画を見つけた。

https://youtu.be/yEcgfGp70fI

父親が4歳、5歳くらいの子供二人に包丁野菜を切らせて、カレー作りの手伝いをさせるって動画

一見微笑ましいんだけど、よくみると二人とも猫の手をしていない。しかも、大人用の大きな包丁で極太の野菜・・・

手を切っちゃうんじゃないかとこっちがヒヤヒヤする。一方で親父はカメラを回して涼しい顔(見えないけど)

案の定切っちゃって流血。弟の方は号泣

で、父親が言い放った言葉が「バーカ。ちゃんと猫の手しないからよぉ~?本当馬鹿だな~」

その言い草はないだろ、と思って腹が立った。

父親曰く「何はともあれとりあえず体験させることが重要。失敗から学ぶ事のほうが多い。」らしい。

言いたい事はよくわかるんだけど、「猫の手をして切る。」という基本知識を教えたり、子供包丁とか小さな野菜を使った簡単作業から始めさせない?

この親は自分の子供の指が切断されても、特に気にしないのだろうか。

私ならこういう事は絶対にさせないけど、過保護すぎるのかな?

完全に余談だけど、この家族、他にも突っ込みどころというか変な所がいっぱいあって、例えば晩御飯納豆ごはん味噌汁だけだったり(育ち盛りの男の子が二人いるんだよ?)、長男中学3年生なのに身長140cmくらいしかなくて、ガリガリだったり・・・栄養失調っぽくて見てられない。

こういうのってどこかに通報したほうがいいんだろうか?

他所の家庭の教育をいちいち気にしすぎかもしれないけど、子供を持つ一人の親として、そして何より子供っていう被害者いるから黙ってられない・・・

2016-10-26

君の名は。社会現象なのか? おっさん思う

登場人物

わたし……アラフォー、子持ち妻帯者、元漫画読み、アニメはちょいちょい見る(アニメよりラノベ派)、最下層のガンダム好き、アイドルオタク現在進行形

Hくん……アラサー? 子持ち妻帯者、サブカルにそこそこの知識

おっさん……そこらにいるおっさん

大将……焼き鳥屋。10席に満たないカウンターのお店。ひとりでやってる。ちょっと前までアラサー、ぼちぼちアラフォー



場所関西の寂れた駅チカの大将のお店



誰かが言いだした。「君の名は。大人気らしいね

大将「今度の休みに見に行こうと思ってるんです。わたしさん、見に行きました?」

わたし「見たけど、カップルばっかやったで、映画館

H「最近はおばさんとかも増えてるらしいですよ」

わたし「そうなんや、やけどおすすめするほどではないかなあ。シンゴジのほうが」

シンゴジまだやってましたっけ」

「そろそろ終わりそうかな」

しばらくシンゴジの話。

君の名は。に戻る。

大将「そんなに良くないんですか?」

わたし「いや、悪くはないんやけど、ちょいちょい引っかかるというか、素直に感情移入しにくいというか」

H「オタク系の人ってそんな印象ですね」

わたし「そうなん? え? Hは見たん?」

H「見てないですけど」

しばらくして。

大将君の名は。見んでもいいですか?」

俺「まあ、止めはしない。まあまあい映画やとは思う。泣いたし」

大将「泣けるんですか?」

俺「涙腺緩くなってるからなあ」(実際は、みつはの手に好きだって書いてあったとこ「これじゃあなまえわかんないよ」で号泣

大将「今度の休みに見に行ってみます

その後、おっさんが自社の社長に対して愚痴を吠えはじめる。



まあまあわたしの行くお店の客層って30~40代(50代も)にしてはまだ独身が多かったり元々オタクだったりで、新橋? みたいなサラリーマンよりかは感性? ワカメな人も多いんだけれど。

こういうところで話ができるくらいには、浸透してしまっていて、

なんかみておかないといけないかもぐらいには、興味を呼んでいる。

2016-10-20

オタクだけど今年は幸せだ。

KINGSGLAIVE FINAL FANTASY XV

シン・ゴジラ

君の名は。

聲の形

GANTZ:O

この世界の片隅に


どの映像作品も今まで見たことのないような世界を俺に見せてくれた。


キングスグレイブ日本映画がここまでの3DCGを作れるのかと驚き、そしてその超絶なアクションに興奮した。

シン・ゴジラでは戦車に興奮し、ハリウット映画とは違うヒーロー達の姿を見せてくれた。

君の名は。は極上の恋愛映画を堪能させてくれたうえに、日本中アニメを見ることを広めてくれた事に感謝したい。

聲の形では青春期のコミュニケーションの難しさや生き辛さを見て大いに共感した。

そしてGANTZ:Oではキングスグレイブとは違った方向性の驚異的な3DCGを見て、また驚かされた。


もちろんレッドタートルズートピア傷物語プリキュアコナン等の他のタイトルもみな素晴らしい。


そして11/12アニメ映画としておそらく今年最後の期待作「この世界の片隅に」が公開される。

予告を見ただけで泣いてしまった俺はおそらくこの映画を見て号泣するだろう。


どうか来年オタクにとって良き年でありますように。

2016-10-15

「おまえはケツにポッキー入れて食うやつと結婚できるのか?」

玉の輿狙いというか、結婚するなら相手収入は多いほうがいいし、優秀(将来安泰そう)な人ならわりと誰でもいいみたいに思ってたけど考えが変わった。

合コン相手電通マンだって聞いたら、今までならやばいって気持ちになってたけど、今ではもう「あ、こいつら全員ケツにポッキー刺してそれを食うんだ」って目でしか見れない。若い人なら今まさにケツにポッキー刺してるんだろうし、おじさんでも「この人も若いころはケツにポッキー刺して食ってたけど今では若手にケツポッキーさせてるんだ」っていたたまれなくなる。「どんな味でした?」って質問が喉まで出かかるのをぐっとこらえるのに精一杯でもう合コンどころじゃなくなってしまう。

ケツポッキーがかっこいいっていうシチュエーションがあるのはまあわかる。仕事ミスってヤクザ監禁されて「オトシマエどうすんだコラァ!!」とか言われてさ、自分と後輩が床に正座したり土下座したりする。でもヤクザ全然許してくれない。兄貴的な人が買ってきたお菓子を出していきなり「おまえ、ほんとに申し訳ないと思ってんならケツにこのポッキー刺して食えや」とか言い出すとするじゃん。これ拒否したら自分も後輩もどうなるかわからない、やるしかない、でもやりたくない、だいたいやったら許してくれるって保証もないしなあ、とか迷ってて、ふと後輩を見るともう目が据わってる。いますぐケツにポッキー刺すぞっていう気迫が漂ってる。あんなにがんばって電通に入って毎日マジメにやってきた後輩にそんなことさせるわけにはいかない。急に使命感が湧いてきて、己を恥じて、「わかりました」つってベルト外し始める。後輩は「オレがやります!」って言うけど、「バカ。後輩が謝ったって誠意は伝わんねえんだよ」って妙に冷静に止める電通マン。「今回のことはオレの責任です。オレがこいつの分も謝罪します。ポッキー2本ください」とか調子に乗ってかっこつけたら、1箱丸ごとやれっつってぽんと渡されてアホな自分発言に後悔しつつも、覚悟はもう決まってるわけだから粛々とケツにポッキー刺す。んで食う。変な味するしクサい。そのまま流れ作業みたいにケツにポッキー刺しては食う、刺す、食う、刺す、食う。後輩は涙目で、ていうか号泣しながら、すいませんっしたっ!!とか言いながらも、先輩のケツに吸い込まれてくポッキーから目を背けない。1箱分のケツポッキー食って、ごくんと飲み込んで、また改めて完璧土下座ヤクザもまあ飽きたし、いいやって感じで解放してくれる。帰り道、後輩がなんて声かけたらいいのかわからなくてもじもじしてるのを見て、「ポッキーメーカー、うちのクライアントなんだよな。今度ケツ味の提案してみようぜ」とか小粋なジョークを飛ばす。朝日を背にして。

でもさ、現実電通ケツポッキーマン全然違う。同じ会社の先輩とかが「おーい誰かケツにポッキー刺して食え」とか軽いノリで言うだけで、ケツポッキーマンたちは「はい喜んで〜」つってへらへら笑いながらケツにポッキー刺して食うだけじゃん。高学歴高収入大人はい喜んで〜つってケツにポッキー刺して食ってるんだよ。大学入学時点ではたしかに知能が高かったのかもしれないけど、もうそこらのヤンキーよりバカになってる。

まあバカでもケツポッキーでも電通勤務なわけだから高収入高収入かもしれない。じゃあもし電通のケツポッキーマン結婚したらどうなるか。普段から別にすごいミスしたわけでもないのに、軽いノリでケツポッキー食えって言われて、全然逆らえなくてはい喜んで〜つってケツポッキー食べてるくらいだから仕事はすごいストレスフルなわけ。するとストレスのせいで家ではひどいことになる。DVで済めばまだいいのかもしれない。「うちの旦那電通勤務で(毎日ケツ味のポッキー食ってるから職場ストレスがひどいみたいで家ではすごい暴力ふるわれるの…」とか言えば、まあ周囲は同情してくれるだろうし、ほんとに生命とかに関わりそうなら逃げ込む先だってあるだろう。でもさ「お前もオレみたいにケツポッキーしてみろよ!!」とか言って、電通宴会で仕込んだ無茶苦茶を嫁にやらせ可能性がすごい高い。これもDVなんだろうけどさ、「旦那にケツポッキー食えって強要されました」って相談するの、すごい難しくない? 殴られたとか、言葉暴力とかなら、まあ、相談相手も深く立ち入らずにいてくれるのに、「で、旦那さんにどういうことをされましたか?」って聞かれて、そこからケツにポッキー刺して食わされましたって言わなきゃいけない。私、そんなこと言える自信ない。でも電通マンはケツにポッキー刺して食えって間違いなく言ってくる。他にもわけわからないことをいろいろやらされる。相談相手も作れない。旦那会社でケツにポッキー刺して食う仕事してるし、家では私がケツにポッキー刺して食わないと旦那が安らかに過ごせない。子供なんて出来たらいったいどうやって育てればいいのか想像もつかない。

電通マン結婚したいっていう人を止めるつもりはないけど、そのことについてちゃんとよく考えておいたほうがいいと思う。旦那がケツにポッキー刺して食うときあなたもまたケツにポッキー刺して食うことになるんだってことを。

2016-10-08

青春叫び声、号泣純愛、死、感動みたいなのが苦手。滅びよ。

2016-10-06

いまだに絶対許さねえからなって思ってる

女の子グループ」のはなし。


専門学校入学して、入学式の前のオリエンテーションで同じ部屋になった4人組でずっと一緒にいました。

専門学校に行くぐらいだから趣味も一緒だし、何かと気が合ったので。

全員コミュ障だったけど、はじめまして!と話しかけてどうにかこうにか友だちになれました。

私はこの歳まで引っ込み思案で、小中高と同じクラスの幼馴染がいたこともあって友達が本当に少なくて専門学校に入ったら自分で話しかけて友達作るぞ!と息巻いていたので

からこそ、偶然同室になり学生時代をずっと共に過ごして卒業してからも遊びに誘ってくれる友達が大好きです。


話は戻り学生時代、そろそろみんなでご飯を食べに行こうかというぐらいの仲になった頃、

突然Aちゃんが私に「あっちのグループ孤立してしまたから、こっちに入れて」と言ってきました

まあ、端から見れば女の子が集まっているかグループなんだけれど、私含め全員が何となくグループという言葉違和感を感じましたが

もちろん拒否する理由もないので、ちょうどお昼の時間だし一緒に食べようよーと答えました。


Aちゃんは素直で天真爛漫で可愛らしく。そこは長所ではあるのだけど、とにかく自分勝手お子ちゃまでした。

まだ19歳、私も人のことは言えなかったが自分の思い通りにならねばすぐに拗ねる。

エレベーターが重量オーバーで乗れず、全員一緒に行動できなかっただけで拗ねる。

「何で私を一人で残したの?一緒に降りて、全員一緒に行きたかった」とずっと頬を膨らませるという具合。

物を貸したら返さないし、人が持っているものをすぐ「ちょうだい!」

インフルエンザで寝込んでいて「大丈夫?」とメールをもらったのですが(当時はLINEがまだ主流でなく、メールでした)

熱で朦朧としていた頭では返信もできず。

数分後「どうして返事返してくれないの!!私の事、嫌いなの!?」とお怒りのメールが来たときは、

正直、私は疲れ果てていてあの時、一緒にお昼食べようと返事しなければよかったとさえ思ってしまいました。


Aちゃんはとにかくグループ行動を好み、遊びに行く際自分ドタキャンしても「私がムリだから今日の予定はなしね」と言います

私抜きで行くなんて許せないという考えであるしかった。

Aちゃん抜きで遊びに行ったことがバレると、次の日学校号泣し私達が宥めるはめになるのが心底面倒で

どこでばったり会うかわからないので、その子の都合で私たちは遊ばねばならなかったのです。

いま就職して思うことは、毎日学校に行くだけで友達に会えるのって奇跡だということ。

もっと学校帰りの買い食いや、友達とのおしゃべりをしたいときに、自由に楽しみたかったなぁということ。

多分一生後悔すると思います

就職してから友達には会えますがやはり機会は減りますし、どうしても仕事の話になりがち。

箸が落ちただけで笑えるような年頃に、周りの人が聞いたら首を傾げるようなくだらない話で盛り上がることができるというのはとても尊いことだと思います


の子正義感が強く、クラス孤立している(ように見えるだけで、一人のほうが気楽だと言っていたけど)女の子Bさんを連れてきて

今日からの子うちらグループに入るから!!と鼻息を荒くしました。

正直、何でも打ち明けられる友達の輪に全く話したことの無い子が入ってきて、とても戸惑った。

連れてこられたBさんは「いや別にグループとか入りたくねえし」という感じで戸惑っているし、

別に友達なんていらないという考えだったのかただたんに私達が嫌いだったのか私達が話しかけてもつん、と無視をしていました。

挨拶をしても返ってきません。

ただ、BさんはAちゃんには気を許しているのかAちゃんとだけは喋っていました。

挨拶をしても無視するような、そんな相手と仲良くなろうと思えるでしょうか?少なくとも、私は全く思えませんでした。

無視をする子なんて私は死ぬほど嫌いです。悲しいことに私は今でもBさんのことが嫌いです。


前述のように、Aちゃんは遊ぶとき自分がいなければ発狂するのですがそこにBさんが加わりました。

6人もいると、さすがになかなか予定が合いません。

もう、予定合わない人がいれば、とりあえず予定が合うメンバーで遊べばよくないか?と話し合いをもちかけましたが

私は全員一緒がいいのっ!!と机を拳で叩いていたので、話し合うことも諦めました。

そのおかげで、学生時代最後の1年間はほとんど友達と遊びに行けませんでした。

ひっそり合流して遊ぼうにも、私は県外から通っていましたし、

皆バラバラのところから通学しているのでなかなか隠れて会うこともかないませんでした。


どうしてそんな子と卒業まで一緒にいたのか?と疑問におもう方もたくさんいらっしゃるかと思います

私も卒業してから数年たち、今冷静に考えると思うのですが

女の子ばかりのクラスってやはり独特の空気があって。

グループを抜けるだとか、何人で行動するのか?ということが一番大事だという空気が流れていたのです。

どうして、よそのグループの子と話すの?とか、そっちのグループに行くの?だとか、そんなことで騒ぎになるような雰囲気だったのです。

私たちは皆気が弱かったのか、誰もAちゃんの行動を咎められなかった。

いや、咎めたのですがAちゃんはどこ吹く風、何も改善されなかったのです。

話し合いの途中で泣いてしまえば、私達が折れて宥めるのがわかっているから。


結局、卒業してから四国や、関西関東へと散り散りになりましたが

卒業して2年ほどで全員がAちゃんと大喧嘩し絶縁してしまったとのこと。

ある人は仕事中にLINEが来て、返せなかった所「どうして返事くれないの」と電話がかかってきて怒っただとか

ある人は会いたいから今すぐ私のいるところまで来てと言われ、

県外なので「二人の中間地点で会わない?」と提案すると「いや、私の定期券そこまでないから」と言われキレただとか。

学生時代、誰かが今のようにキレてAちゃんといい加減にしなさいよ!!と大喧嘩でもすれば状況は変わったのかもしれない。

だけど、誰もそれができなかったし、多分今の精神状態であの頃に戻ったとしてもAちゃんにはかなわないと思います

そんなくだらないことだけれど、私はAちゃんを許せない。

何よりも大事な「学生時代青春」をごっそりと持って行かれた気がするので。

2016-10-02

Gラン大学でのエピソード

Fラン大学エピソードを見かけたので、Gラン大学エピソードも書いておくね。




すぐ喧嘩する

自分理解されないことに苛立って怒りだす。

入学当初、会話がへたすぎてこういうことが多い。



すぐ殴り合う

男女関係なくすぐ殴り合いになる。

1年終るぐらいまでこんな感じ。



うんこ漏らす

大小限らず漏らす。そしてそれを隠さない。

限度を知らず飲み過ぎて大小解放、口から解放という人がいた。死にかけていた。(女



女がすぐ脱ぐ

女が多いせいか、夏など下着姿でトイレから出て来たりする。

水辺を見つけると脱ぎだすのも大抵は女。



レポートコピペよりやばい

「ポップミュージック考察をしてこい」という課題に、「だんご三兄弟」の歌詞規定文字数に足りるだけリピート記述して出したやつがいる。(可

今思えば、リピート記述することで"考察してる感"を表現したのかもしれない。



課題を提出しない

「僕は"課題の提出を断る"という答えを提出します。先生はどう思う?」と言った。(可



テスト簡単すぎる

めちゃくちゃ簡単選択問題しか出ない。

もしくはテストも提出物もなしで出席数しかみていない。



でも授業中はとっても静か

しゃべってる人がいない。寝てる人はいる。

他の大学へ遊びに行ったら授業中しゃべっている人がいて驚いた。

また、興味のある授業に対しては生徒の熱中はすごい。



サークル活動?なにそれ

集団行動ができない(好まない)ので、サークルに入っている人なんて5%以下。

存在すらよく知らない。というかサークルはあったのか?部はあった。



就職しない

できないのかしないのか?

学年の3/4以上は就職しない。



女のノーブラ率が以上に高い

理由はないらしい。



虫を食べる

教室にドデカ蜘蛛が出現。

悲鳴をあげている女子のもとへ飛んで行き、つかまえてパクっと食べる。問題解決



自傷癖を持つ人が多い

ナチュラル系の小柄な女の子の腕ガァァァ!!!耳ガァァァ!!!なことが多い。

(多いぶん理解?受け止める人?というか気にしない人が多い。気にせず露出してる人が多い。)



イエスキリストになりたがる

「もうパンワイン以外は体にいれない!」と言い放ちベロベロで学校に現れる。



ブッダになりたがる

断食するがいつのまにか普通に学食にいる。



精神病になる率が高い

科にもよるが1/3〜1/5ぐらいの人は精神病になる。



全身ガムテープまみれの人がいる

身体を拘束した上で1日過ごす実験とのこと。もちろん授業もそれでうけていた。

ガムテ臭かった。



歯磨きを24時間してた人がいる

極限まで清潔にする実験をしていたとのこと。血まみれになっていた。

この人は危険実験を繰り返し何度か救急車を呼んでいる。



ガチで触ってはいけないものに触る

研修先の施設にあった国宝級の像によじのぼって怒られる、触っては行けない絵に触るなどする(なぜか出禁にはならない

すごくまじめな人だったので驚いた。本当にまじめに触りたくて触ったらしい。(わけがからない



全裸の女が校内を走っている

なにごとかと思うとダンス練習中とのこと。

尚、休憩中も全裸学食に出入りしてオバチャンに怒られるが、懲りずに出現。割と場になじんでいる。

男女問わず友達の1/5ぐらいの全裸は見たことがあるかも。(エロくない意味



元ヤンキーが多い

学祭になると、30はとっくに超えた金髪リーゼント院生登場。

学部生が作った神輿の最頂部に登場して大暴れ。それを一生懸命運ぶ1年生。

神輿最頂部は学内中の元ヤンが憧れる場所。超盛り上がる。



元ヤンはみんなのリーダー

元ヤンぐらいしか集団行動に長けた人がいないのでとっても助かる。

殴ってでもまとめてくれる。(本気で殴られるのでとても痛かったです。暴力反対!



就職したやつが懺悔する

「俺なんて裏切りものくそ野郎だ!(号泣」←電通勤務..



気軽に不法投棄する

授業で作った彫刻作品学内や道ばたに設置(放置)する。

だいたいは風化するが、たまに地域お地蔵さんになったり行政が設置したアートっぽくなっているものがある。




軽犯罪を犯す

学外で軽犯罪を犯すも警察で「アートです」と言い張り、大学に「アートなのかどうか」確認の連絡が来る。(アートじゃない



家宅侵入

学校から家まで直線距離で帰ってみたかったという人が、直線上にあった民家に侵入。(警察沙汰

本人曰く「ちょっと通った」「おしかった」



車を盗む

ホームセンターで資材運び用の軽トラを借りて、そのまま旅に出る。(裁判沙汰







これがGラン大学芸大での実話です。

こんな人ばかりじゃないけど、こんな人がわりといました。

ちなみにわたしは、いけないことはいけないとおもっています

2016-09-29

ある優しい人に依存している

依存といってもその人からコンタクトがあるまで極力接触は避けていた。

寄っかかられすぎるととうざいと感じるのは自分がそうだからよく分かっている。

たまに会って話を聞いてもらったり、好きなものを教えてもらったり。

辛い時や苦しい時、その人のくれた言葉を思い浮かべて頑張れる、お守りのような存在だった。

今日久々に会って、何となくよそよそしさを感じた。

きっと私の思い過ごしで、多分いつも通りに優しかったのに、帰宅して号泣した。

勝手に期待して勝手に傷ついて我儘だ。

その人がちょっと雰囲気が違うだけで、自分には生きている価値がないんだと思ってしまう。

もう依存したくないのに、その人以外の救いが見つからない。

2016-09-27

未来を託すとか育児教育に力を、じゃなくて30年前、50年前に未来希望だったオッサンらがまず希望を見せろ

無責任子どもに全部背負わせて何もせず引退しようとするな。

お前らまともな死に方できると思うなよ。

 

オッサンになるとガンダムユニコーンみたいにオッサンキラキラと光り輝く少年に夢を託し、

華々しく散って退場して少年号泣するようなアニメ小説漫画映画大好物になるだろうが、

お前らオッサンはこれら作品に登場する大人たちのように何も積み重ねてきてないから、

渡すバトンのものがない。

からお前から若者に引き継がれるのは負債しかない。

死んでも思い出されもしないし、尊敬もされない。

処分に困る粗大ごみとしてしか見られてない。

 

綺麗な散り方を望むのは諦めて、

チリトリと箒もって自分の後始末くらいしていけ。

2016-09-26

君の名は。

ハリウッド

落ちてきたのは流星ではなく侵略宇宙人攻撃だった!特に体は入れ替らないけど女が最初ツンケンしてて名前を教えてくれない。

邦画

流星の下で余命三ヶ月の主人公号泣。お互いの名前叫び今生きていることを噛み締める。

世界転生版

主人公は冴えない高校生、女主人公は姫騎士(かなり身分がいい)。

体が入れ替わるけど開始20分で流星が激突。二つの世界ひとつになる。最後は姫騎士魔王主人公を取り合うハーレムエンド。

ファインディング・君の名は。

すぐ忘れちゃうの。

吾輩の名は。

まだ無い。

2016-09-24

妹の結婚式で圧倒された

披露宴最後の方で「母への手紙」ってあるじゃん

号泣イベントだと思うけど、自分披露宴含め泣いたことなかったけど、妹の「母への手紙」で号泣した。



素直でストレートで「それ言っていいの!?」っていう内容に。



「私はお姉ちゃんと比べて出来の悪い子でした、大学も行かず彼氏も作らず」

これは母の言葉だろう。そういう事をいう人だ。でも若干母親disなっちゃってない?



フリーターになった時に『就職しろ!』と叱咤激励してくれたおかげで…」

結構黒歴史だと思ってたし、プロフィール紹介でも避けてくれていた部分だけど、言ってOKなのね。



こんなスタートで、全部が本音っぽくて、色々と思い当たる節もあって、胸に迫る内容だった。

父が亡くなって、最近母に彼氏が出来て第二の人生スタートしているけど、

その辺にも言及してた。



自分にはとても作れない内容だった。

自分披露宴では、まず普段呼んでる「パパ・ママ」はNGだと本で読んで、そうかとお父さんお母さん呼称にしたんだけど

まぁ全く気にせずパパママで呼んでるし、

フリーターのことや母の彼氏のこと、その他色々と自分にとって「当たり障りがあるかもしれない」内容を

素直な言葉で読んでいた。



私はできなかった。

手紙の内容も本当に思い付かなくて、テンプレ集みたいなのを買ってそれに沿った

当たり障りない内容だったと思う。

そういうものだと思っていた。他の人もそんなもんだろうと。

他人人生は知る由もないけど、妹のエピソードはそれが実際にあったことだと知っているか

すごくリアルで、さらに妹の素直な思いに泣けた。

私は号泣だが、母も出席者も大いに泣いていた。



母は私の手紙をどう思ったんだろうなぁ。

ふだん呼ばない「お母さん」とか言ってるし、内容も小奇麗だしで

うすら寒いと思ったのかな。それも含めてお姉ちゃんっぽいなと思ったかな。



うちは両親の仲が悪くて結構崩壊している家庭だったけど、なんでこんなに素直で屈託なく育ったんだ。



凄すぎた。圧倒されたし、正直打ちのめされた。

自分結婚式トラウマなんだけど、第二のトラウマになりそうな勢いだ。

でもこれ以上ないぐらいにいい式だったし、間違いなく妹は幸せになる。これは大丈夫だ。幸せを掴める人だ。

離婚した つらい

自分から言い出した

その時はこんな人とこれ以上もう無理って本気で思ってた

5年間一緒に暮らした 子供はいなかった

37才女で地元離れた一人暮らし フリーランスから誰とも接触しない毎日

直接会うのはスーパーですれ違う人だけ

SNSで繋がってるのはネトゲのフレ数人だけ

友達とか親友は居ない

寂しいむなしい毎日

こんなものが欲しかったのだろうか私は

気楽さ自由さ それと引き替えにもっとずっと重大なものを捨ててしまった

その事にもう取り返しがつかなくなってしまってから気がつくクソバカ女

これでいいやー 仕方なかった って開き直る日

この先生きててもなんも意味ねーわ って死にたくなる日

元夫との楽しかった事思いだして突然号泣する日

ローテーションでやってくる波

離婚のあとのこういう感情っていつになったらおさまってくれるんだろう

ネットカウンセラーとかにも散々相談して話聞いてもらって

大人大人に金払って迷惑かけていろいろやったけど

いったん大丈夫になったとおもっても

仕事や体調でちょっと気持ちに負荷かかったら、またぶりかえしてくる

時間を巻き戻してやりなおせる妄想

過去自分に会って自分説教する妄想

二人で暮らしてた家を最後に出て行くときの夫の姿が忘れられない

じゃあね、って言って

いつも会社行く時みたいにほほえんで手をふってくれた

どうしてなんだ

どうして私は

もうどうにもならないんだから早く消えてほしい

この感情

2016-09-21

君の名は。という大ヒット映画をどう見るか

遅れて鑑賞。若い子も多かったがカップル以外の客も増えていて、結構年齢層も公開初週よりは上がって来たのではないだろうか。以下、長い。



さて、売れている映画には二つの心配が付きまとう。

年間とかではなく今までの興行収入ランキングみたいなものを見たら分かると思う。

何故売れたのか?と疑問に思うものまでさまざまだ。

その点において、君の名は。はよくできた映画だったと思う。

少なくとも「スカスカ映画ではなかったし「何故売れたのか」という点でも完璧ではないが、ある程度説明つくのではないか

ステマだけではなく本当に評判が良い映画自分に響かないと、ただ普通にまらない映画を見たとき以上にガックリくる。

というわけで心配1、2はクリアした。



さて、増田自身のことを話すと、結構映画が好きだ。

この映画を見る今日まで、映画通やら映画通という名のアニメファンやら映画通という名のやり○ん騒動男やらの、いろんな批判を見た。

映画が好きな自分からすると、「そうか。食いつける映画なんだな」ということで、自分にとっては逆宣伝になった。

(まぁ信頼する映画通たちは結構試写時点で絶賛してたんだけど)

映画が好きだと書いたが、アニメ映画に関してはもっぱら円盤待ちの人間なので、その自分映画館に行かせたという効果は絶大だ。



映画を見て、その批判を改めて見た。

まず自称新海ファン評の「新海らしくない映画」だが、しっくりこない。

しろ海監督のファンサービスがちりばめられていて、過去作好きこそ振り回される映画ではないだろうか。

キャラストーリー構成から唐突感だったり、詩的な部分だったり、感覚的な部分。とても「新海らしい映画」だと感じた。

しろ新海らしくないというのなら、何らしいのか。

思いつかないので、やっぱり新海らしい映画だった。



次に「若い世代向け」という話。

隣りで見てた50オーバー号泣し、終わった後感想を熱弁していた。50オーバー若い世代という世界には住んでいない。

しかし確かに今まで見てきたアニメ映画とは、一味もふた味も違うのかもしれない。

ニュージェネレーションに対するギャップが、ある人にとっては大きかったのかもしれない。

例えば主役が高校生から高校生しか感動しない。というのは馬鹿な話である

じいさんが主役でも、子供が主役でも、感動するものは感動するだろう。無理なら想像力が欠如している、と言っているようなもんである



次に「RADWIMPSファンしか褒めない」という暴論。

RADWIMPSは嗜む程度だが、あまりRADWIMPSらしくもなかったので、激烈RADファンからすると絶賛はしにくいんじゃないか

自分のような嗜む程度のやつに、ちょうどよかった。

歌もしっかりはまっていたし、劇判にも仄かにRADらしさがあった。しかしやっぱりそんなにRADらしさは無かったかもね。

まりファン以外も満足しているということだ。(ファンもある種の初期RAD感が出ていて嬉しいのかもしれないが)

音楽映画は噛みあえば化学変化を起こす。

ここはとても「邦画」感が溢れていた。秒速~以外に、自称映画通なら何作品か思い浮かべたいところだ。

こういう音楽映画邦画は得意のはず。邦画の好きなところだ。



次に「物語薄っぺらい」という話。

昨今の邦画は設定を詰め込み、それを全て説明しようとしてくる。故に物語に勢いが無くなったりする。

しかしそこまで説明されずとも作りこまれている映画に傑作が多い。本家アカデミー賞受賞作などを見ると、設定をしっかりした上でとにかく勢いが凄くて、設定なんてどうでもよくなる。

その部分がエンタメ邦画には足りないなぁと常々思っている。(無いとは言わないし、説明カットし過ぎてダメなのも邦画あるある

結局作りこみすぎると、ヲタク解説したくなってしまうのだ。(ヲタク脚本家監督

君の名は。はその絶妙バランスにたどり着いた。日本人が受け入れられる塩梅での。勢いと説明狭間だ。

例えば、見てない人には分からないだろうネタバレだが、三つ葉が父を説得するシーンが今作には無い。しかし説得した、と分かる。

映画を見ている最中は、他の展開が忙しくてそこに気付けない。

でも後々…もしかしたら見終わった後で、もしかしたら2回見た後で「あ、そういえば説得してたな」と気付く仕組みになっている。

彗星軌道云々という批判があった。

見ても無い自分が「フィクションからさぁ…」と突っ込みたくなるような批判だったが、見た今なら「あれはこういう意味があったんじゃないかな?」と推測できる部分がしっかりある。むしろちりばめられている。突っ込んだ人はもっとストーリーをみるべきだった。

途中で出てくるラーメン屋おっちゃんも、ナイスだ。

きっとリピーターは血眼で探しているだろうし、他のそういう手品トリックみたいな演出も、多分2回見たいと思わせる構成だ。

男女入れ変わりと聞いたら、転校生を始めいろんな作品が頭をよぎるだろう。使い古された設定に見えるかもしれない。ボーイミーツガール王道だし。

その設定を使ったこういう構成脚本を、薄っぺらいと言うのか。本当にそう思ったのなら絶望的な感覚である。とまで言っちゃう

薄っぺらい」ではなく「説明なさすぎ」の言い間違いじゃないのかなあ。

これくらいで良いと思うけどね。商業映画は。(もう一度見て理解したいと思わせる技は必須



次に萌えヲタ向けという話。

おっぱい揉んだりパンツが見えたりしただけでヲタク向けになるのか。

パンチラは角度的にどうしても見えてるだけであって、逆に見えないのはあの画の中では大きすぎる嘘になってしまう。

パンツが見えないのはギャグだ。リアリティがない。むしろ日常萌えアニメミニスカ絶対見えるパンツを描かないことで、フィクション感をだしている。

ていうかパンツ一瞬しか見えない。コンマ何秒とかしか見えない。騙された。

この理屈と同じで、実際あの状況なら胸は揉むだろ。



そんなわけであがっている批判を見ても、「え?なんでそんな批判があがるの?」というものばかり。

(例えば漫画原作のように<漫画という神>と違うからという批判は、心情的に良く分かる。調理した方と見た方の問題根深い。)

是非まだ見てない人に、見てから判断してほしいと頼みたい。別に批判をする人がわるいわけではない。的外れ批判が溢れているだけだ。

どうも売れすぎて、色んな雑音が耳に飛び込んでくる状況になっている。

だけど是非ポジティブスイッチを使ってほしい。

これを読んでる人は、君の名は。のことが気になっているはずだ。素直に、自分がどう感じどう思うか?と映画で考える良いチャンスなのだ



君の名は。面白かったです。

絶望感と閉塞感。あれを思ってはいけない、感じてはいけない。

そういう空気が付きまとう世界情勢で、映画界、とくに邦画界にもある時点から閉塞感があった。

いつだって現実が向かってきたし、夢物語は無い。そう示してくる話が多く、心の片隅が窮屈な想いをしていた。

若者たち経済が少し上向いても無駄遣いをしない世代になった。夢を見るやつは、馬鹿だと思っていた。

でも「君の名は。」は希望のある夢を見せた。ここまでの大きな夢は、もしかしたらあの時の自粛ムードと共にタブーになっていたたのではないかと思う。

ずっとこんな映画を見たかった気がする。

フィクションからアニメから、一つの大きな嘘を内包することができた。

なにかの穴を埋めてくれたのかもしれない。

その功績はでかいし、言いたい。こういう映画を見せてくれて、本当にありがとう

2016-09-18

はじめての乳がん検診で学んだこと

6月から胸に違和感があったんだけど、逆流性食道炎になりかけていたからそっちの違和感だと思ってあまり気にしないようにしてた。

ネットで触診の仕方を調べて試すもしこりも触れないし、仕事上半身がよく凝るし肋間神経痛かもなぁとも思ったり。

でも6月小林麻央さんのこともあり、テレビ乳がんのことを見かけることが多かったので不安になることもあった。

そうこうしているうちに会社健康診断の時期になり、軽い気持ちオプション乳がん検診を受けることにした。

市の検診だと曖昧だったりすると聞いたことがあったので検診センターエラスグラフィ(硬さを調べられるやつ)の超音波検査(年齢的にマンモではわかりにくいため)を選んだ。実費で約6000円。

9月の初め、健康診断当日。初めての乳がん検診にドキドキしながら検診センターへ向った。これで胸の違和感のこともはっきりする、しこりもないし何もないはず。

受付を済ませ、先に超音波検査からと案内され検査室に行くとキレイでお若い女の技師さん。

冷たいゼリーのようなものを塗られ、まずは右胸から結構グリグリされて痛い。「エコーは痛くないんじゃなかったのか!?」と必死にこらえる。

するとモニターに黒い楕円形なものが映ったのが見えた。何もないと思っていたので一気に不安になった。カチカチとマウスクリックしたと思えば(おそらくデータを残してる)今度は色を変えている。

エラスグラフィはしこりが硬ければ青く映るというのを事前に調べていたため、見ないようにと思ったけど見てしまった。しこりは青く映っているように見えた。

その後4回くらいカチカチとマウスを動かしてから技師さんが「次、左です」と言った。左胸はくるくるスムーズに終わり、これで超音波検査は終わった。左胸がすぐに終わったことでますます不安になった。

その後、いつもの健康診断だったんだけど動揺を隠しきれなくて血圧測定では脈拍が90だったり視力検査で見えるものも見えなかったり散々。

すべての健康診断が終わったあと、車に乗り込んで速攻スマホで『乳がん検診 超音波検査 黒い影』でググりまくった。だけど時間がたつにつれて記憶曖昧になってしまってどれがどれに近いのかわからなくなり、これはもう絶対に精密検査だどうしようと泣いた。

この検診の翌日が休日だったのも悪かった。朝から晩までパソコンで調べまくった。まだ結果も来てないのに。調べれば調べるほど「乳腺のう胞」なんじゃないかと思ったけどエラスグラフィで青だったことがどうしても気にかかり、また泣いた。もし乳がんだったら?と思うと不安不安パソコンの前から離れられなかった。

この日、初めて闘病ブログというものがあることを知った。たくさんのがん患者の方がブログを書いていた。告知された日のこと、手術前日のこと、抗がん剤治療のこと、副作用のこと、治療費のこと、何気ない日常のこと。

たくさん闘病ブログを読んだけど、皆さん前向きだった。

それでもわたしは怖かった。まだ結婚だってしてないし子供だって今はほしくないけどほしくなるかもしれないし。

怖くて怖くて仕方がなくて、結果が来るまでだまっていようといたけど家族に「乳がん検診で黒い影が映ってた」と伝えた。結果が来るまで待ったほうがいいと思うけど、どうしても気になるなら乳腺外科に言ってみればと言われ、次の日会社を休んで乳腺外科へ行くことにした。

基本的にどこも乳腺外科は予約診療なのか受付で止められたけど無事受診できることに。

問診票に乳がん検診経験の欄があり、寸前まで経験無しにしようと思っていたけどどうしても嘘つけなくて3日前の日付を書いた。

案の定、問診室で「えええええ!?!?」と驚かれ、検診センターに連絡してもらえることになったけど、昨日の今日で結果は見れないらしい。

診察ではとりあえず触診され異状なし。先生には「技師さんに何か言われたの?」「年齢的にがんにかかるのはまれ」と。

しかしわたしは不安でいっぱい。「でも色が青かったんです」「最近若い人もなってる」と半泣きで訴えるも「触診では何もないしすぐにどうこうなるもんじゃいからとりあえず結果がくるまで待って下さい」と言われる。

診察室を出たわたし看護師さんに小部屋に案内され「落ち着くまでここにいて大丈夫ですよ」となぐさめられる。

この看護師さんはおそらく主に患者さんのお話を聞いたりする人だったと思う(泣いていたので記憶曖昧不安なこととかあったら言ってくださいねと声をかけられ、泣きながら2日間で調べまくって不安不安しょうがないことを伝えた。

同級生の身内の方が乳がんで亡くなったと書いてあったことも不安の一つだった。彼女フェイスブックには若ければ若いほど進行が早いと書いてあったし。

久々に人前で号泣したわたしは結果も出てないのにウィッグやら仕事不安定とか医療費とか家族心配かけたくないとか初対面の人によく話したな!と今思えば恥ずかしすぎて死にたくなるようなことをべらべら話した。

ひたすら看護師さんは優しく見守ってくれて、それが余計涙腺を刺激されて涙が止まらなかった。落ち着いては泣くを繰り返してなんだかんだでその小部屋に1時間以上篭ってしまっていた。

落ち着いたときに「結果も出てないのにこんな長時間篭ってるひといるんですか(;_;)」と聞いてみたら「いますますまれに」と。わたしやっぱりまれかよ、とまた泣いた。

不安でも悲しいことにお腹はすくのかお腹がなってしまい、何時か聞くとお昼すぎてしまっていてさすがにやばいと思って落ち着いた瞬間に御礼を言って帰ることに。

「ちゃんと水分取ってくださいね、売店が下にあるので」と優しくされて、泣きそうになったけどここは堪えた。

検診センターでの結果は異常があれば今週中に結果が届くと教えてもらえたので、今週を乗り切れば大丈夫、触診は大丈夫だったし大丈夫、もし精密検査になってもあの看護師さんがいるここならきっと大丈夫自分に言い聞かせた。

この週は家に帰るのが毎日怖かった。なんなら郵便屋さんのバイクの音も怖かった。

しかし土曜になっても結果は来なかった。でも何かの手違いで月曜に来るかもしれない、月曜まで油断できない。とまた不安になる。振り返ってもほんとに自分アホだと思う。

結局翌週の月曜になっても火曜になっても何も届くことはなく、検診日から二週間後に結果が届いた。

やっぱりというか「乳腺のう胞の疑い(一年後再検査)」だった。結果を見たときは「疑いってことはわかんないんじゃ」と思ったけどエコー画像で診断がつくと言うし、あの乳腺外科号泣したときにのう胞については聞いていたので、特に異状が現れなければ1年後でいいかなとすぐに落ち着いた。

今振り返ると心の底からどうかしていたと思うんだけど、あそこまでどうかしていた原因はインターネットに縋り付いていたからだと思う。朝から晩まで調べまくればそりゃ不安にもなるし、どれが正しくてどれが間違いなのかわからないしどうしても悪い方の情報ばかり見てしまうし。そんな調子で闘病ブログまで読み漁るとそりゃ不安でいっぱいになる。

乳腺外科医のQ&Aもたくさんあったけど、診てもないのにどうしてわかるの?と思ったし。

からしわたしのように検診で何か不安ものを見てしまっても、インターネットで調べるのは絶対にやめたほうがいい。

不安で調べたくなる気持ちはすごくわかるけど、結果が届くまでもストレスなのに余計にストレスが重なって本当に何か病気になってしまいそうになるよ(わたし逆流性食道炎が復活した)

ただ世の中にはこんなふうに不安な日々を過ごしたあとに告知された方がいるんだと思うと本当に自分が情けなくなるし申し訳なく思う。

こんなことを書いていいのかも迷うし、患者の方からしたら腹ただしく思うかもしれないし。

でもわたしみたいに(まれだとは思うが)なる人もいるかもしれないし。

今回の初めての乳がん検診でたくさんのことを学んだ。健康であることへの感謝。いつ自分病気になってもおかしくないということ。インターネットに頼りすぎないこと。乳がんは早期発見が大切、乳がんは完治するということ。前向きに治療に取り組んでいる患者さんがたくさんいるということ。

こんな不安気持ちを抱くことになるならわざわざ実費でしかも年齢的に必要ない検査を受けるんじゃなかったと思ったこともあったけど、今は受けてよかったと思う。

自分の心の弱さも知れて、大恥もかいて、もっときちんとした大人にならねばと再確認できた。

それからこの連休明けにでもお話を聞いてくれた看護師さんに電話で御礼を言うつもり。ちょっと恥ずかしいけど。


最後に全てのがん患者の皆様が少しでも早く穏やかな日々を過ごせますように。

http://anond.hatelabo.jp/20160917201032

そのキモヲタ妄想にJCJKが号泣しているのを見てNDK?NDK?