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2017-03-23

就活のせいで涙が止まらない

匿名日記が書けるサービスがあるんですね。

始めて知りました。

ちょっと長くなるかもしれないですけど、今思ってる事書かせて下さい。

就活が始まって1ヶ月経ってないけどもう既に辛い。

夜寝て、次の日が来るのがこわい。

こわいから何か不安に思うと調べずにはいられなくて、気付くと夜中に「就活 しんどい」「就活 死にたい」「就活 つらい」って検索かけてる。

文章読んでると涙が出てきて、止まらなくなって。

ここ3日くらいは泣き出すと止まらなくて3時間くらいずっと泣いてる。深夜の3時から6時くらいまで。

最後の方はなんで泣いてるのか分からなくなってる。

泣きたくないのに、もう寝たいのに、止まらなくて次の日には瞼が腫れちゃって。

夜涙止まらないって調べると、うつ病とか出てくるけど私はなりかけてるのかな?それとも思い違い?わかんないや。


短所っていう欄に書く言葉を使うと、私は心配症です。

内定もらえなかったら?

って思うとなんかもうこわくなって、駄目かもしれないって思っちゃうの。

駄目だった時の安心材料みたいなのが欲しくて母に、

就活駄目だったら院に行ってもいい?

就活駄目だったらどうしよう?

って聞いてみたの。

返答は、

あなたなら大丈夫

私が欲しい言葉はそういう事じゃないんだ。それはかえってプレッシャーになるだけ。だから今日も泣いてる。

嘘でもいい、嘘でもいいから、院に行ってもいいよ、とか、とりあえずやってみて駄目だったらそれでもいい、とか、何か逃げ道みたいなのが欲しかったんだ。

就活くらいで死にたいなんて大袈裟だ、社会にでたらもっと死にたくなる事がある。

なんてコメント見かけたりするけど、あなた尺度で私の辛さをはからないでって思う。

今本当に悩んでて、先の事なんて今眼中にないの。

こんなのも乗り越えられないなんて今後やっていけないよ、って言葉、すごく嫌い。

あなたにはこんなのかもしれないけど、わたしにはこんなにもつらい事なの。

から欲しいのはそういう言葉じゃなくて、就活が駄目でも違う選択肢はあるんだってそういう希望みたいなもの

ただの自己中なんだけど。


話がちょっと変わるけど、

ES書いてると、何でもかんでも体験談を入れなさいってなる。

自己PRにはプログラミングのこと

学業には学科主席のこと

課外活動には部活のこと

書いてみたよ。

じゃあ長所には?短所には?

もうネタが無いよ。

ううん、あるにはあるんだけど、

所謂オタク業みたいなやつ。

そういうのってなんで書いちゃ駄目なんだろうね?

だって私はそこから色々経験したんだよ?

部活にも入ってたし、バイトも1年くらいはやった。

でもそれ以上に好きなもの時間を費やしたと思う。

始発電車乗って物販並んで忍耐力鍛えたなぁとか、SNSで仲良くなった年上や年下の人と別け隔てなく会って遊んだりしたなぁとか、イベントだっていっぱい行って充実してたなぁとか。

特技?声優さんの声の聞き分けとか結構得意。CMとか流れると反応しちゃうよね。

でも書けない。

ついこないだ同人小説作ったよ。

全部自分計画して、表紙の依頼とかして売ったよ。

現実ってシビアだなぁって実感したよ。

企画から販売まで、それこそ宣伝まで自分でやったよ。

アンソロに参加してみたりもして。

なんでそういうの書くといい目で見られないの?

これって立派な経験じゃないの?

って、思うの。

職種によっては良い、とかあるけど、じゃあ駄目な職種では何を書けばいいのよ。

何もしてこなかったからじゃん、って言われたらそれでおしまいだけど、でも今の私を作ってるのはそういう経験なんだよ。

無駄ものなんてなかったと思う。

しかったり、たまに苦しかったり、そういうのを経験してきたから今の自分がいる。

別に学業を疎かにした訳じゃないし、ちゃんとオールS取ったりしたよ。主席だって2年連続でなったよ。

でもやっぱり頑張ったことは?経験したことは?そう聞かれると最初に思い付くのは世間的に言うオタクってやつ。

そういうのを堂々と言えない今の日本は嫌い。

好きなものを好きって言えないんだもん。

自分否定されてるみたいで辛い。

なにもない人間だって言われてるみたいで辛い。


なんだかまた泣けてきちゃった、

今日は何時間泣くことになるんだろう、


たぶんきっとまた書きに来ます

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-03-07

アゴラニュースで「貧乏人の馬鹿息子は大学に行かなくていい」という意見を見た。

言いたい事は分かる。やる気のない人に税金を使って大学に通われるのはやるせない。

でも、お金がなくて勉強が出来ないという人も一定数いると思う。そういう人を大学進学時もそうだけど、小中高と掬い上げられる仕組みが必要だと思う。

家が貧しいか高校に行きながらバイトに明け暮れる、中卒で働く。勉強したくても学業に集中出来ない環境の人もいる。その中にものすごい才能に溢れた人がいるかもしれない。

そういう可能性を貧乏人というくくりで切り捨ててしまうのは乱暴だと思う。

ヨゼフ・フォン・フラウンホーファーマイケル・ファラデーのように、出自が貧しい場合ものすごい努力幸運によって這い上がらなければいけないのか。

記事を読んでいて悲しくなった。

2017-03-04

学校で教えて欲しかったこと

小中高では「授業を真面目に受けて理解してテストで点を取る」技術は磨かれたけど、大学社会人になってからは「自主的勉強して他人コミュニケーションして技術を身に付ける」技術必要

そして前者の技術しか磨いてこなかったので大学入ってから落ちこぼれ社会人になってからも苦労している。

講師がいる研修では上位の成績を相変わらず取れてるんだけど、実務では優秀な人との差をいつも感じている。

 

 

 

小中高でも運動会とか文化祭とか学業関係ないところでそういった技術は磨かれるんだろうけど、逆にそういったのより学業を優先していたからなぁ…

学校や塾で授業を真面目に受けるだけでテストの点を取れたか自習も余りしなかったし…

自主的勉強して他人コミュニケーションして技術を身に付ける」技術子供の頃に培っておかないと社会人になってから大変だと、小中高の頃に教えて欲しかったな。

2017-02-27

大学教員からみた昨今の採用活動事情

経団連が発行する「採用選考に関する指針」では、以下のような文言がある。

http://www.keidanren.or.jp/policy/2016/081_shishin.pdf

採用選考活動開始時期

学生が本分である学業に専念する十分な時間を確保するため、採用選考活動については、以下で示す開始時期より早期に行うことは厳に慎む。

ところが3月前の時期であっても「インターン」や「OB懇談会」なる名のもとに事実上採用選考実施しているのが実態である。結局早く洗脳した者勝ちなので、年末から動いているところすらある。たちが悪いのは共同研究のための訪問を装って、その実は研究にはまったく興味はなく、学生へのコンタクトが目当てであるような企業恋愛でもこんな見え透いたアプローチ成功しませんよ。世の中には経団連会員ではない企業もあるし、指針には何の法的根拠もないので、「採用選考に関する指針」は事実上形骸化している。そんな中、真面目に指針を守っている企業は偉いのだけど、学生確保という意味では確実に出遅れている様子。完全に正直者が馬鹿をみる世界である

そしてこの日記問題にしたいのは企業人事部社員や、人事部配下リクルーターを任されている若手から中堅の社員はおそらく以下のことをまったく考えたこともないであろうということ。

専門性を追求するために大学院に進学した学生が一番力を発揮できる時期に「就職活動」に無駄忙殺され、研究活動がまったく進まなくなる。そしてそのことに頭を悩ましている大学教員は少なくないのである。今の時期教員仲間と会話すると、この話題がため息混じりに出てくる。

就職氷河期は過ぎ去り、就職率は大幅に改善したというのに学生企業採用情報学生間の情報に踊らされ、必要以上に就職活動に没頭し、長いと半年近くも研究学業から切手をひいてしまう。かくして本来であれば大学院在学中に成果が出たであろう研究は停滞し、結局修士課程を修了するまでに大きな成果を得ることはない。ましてや博士進学などをじっくり検討する時間的猶予すらない。せっかく時間をかけて研究のシードを育ててもこれではまったくの徒労に終わってしまう。そして学生からしてみれば大きな成果に向けて十分に時間をかけて日々積み重ね、最後までやりぬくという一連の経験を得る機会を喪失する。もう少し大きい視点で言えば国の研究開発力を測る尺度の一つである論文数も減ってしまう。

そんな悩みを抱える大学教員に対して「OB懇談会」と称して部屋の予約や学生の確保などをお願いしてくるあどけないリクルーター達がいる。学生から貴重な研究学業活動時間をとりあげた上、さら教員採用活動片棒をかつげというのである。お願いする方はちょっとしたお願いしているつもりだろうけど、依頼を受ける側は複数企業からお願いされるので、その対応に追われる。そして本来研究を進めてほしい学生に向かって就職活動のために時間を割いてほしいと頭を下げるという何とも欺瞞に満ちた行動を迫られるのである。そんな昨今の採用活動事情に対して苦々しく思っている教員は少なくないことを知っておいても良いと思う。言われるがままに業務遂行しているリクルーターではなく、裏にいる人事部に届いてほしいもの。

悪いのは一体だれか?企業人事部けが悪いということは決してない。根本的な問題は、企業高等教育機関である大学に期待していないこと、そして学生大学に期待していないことにある。結果として大学社会の期待に応えていない。このあたりは下記の考察が良くまとまっているのだけど、一言で言えばシステム問題がある。

http://toyokeizai.net/category/japan-university

海外大学日本大学システム比較すると恐ろしく事情が異なっているので、愕然としてしまう。例えば下記の書籍を参照するとそれが良くわかる。世界最高の大学教育システム確立したアメリカ問題がないわけではないのだけど、日本大学システム問題は更に根深い。

アメリカ大学の裏側 「世界高水準」は危機にあるのか? (朝日新書)

これでは技術競争で負けるのも必然。負の連鎖が断ち切れない限り、国際的通用する充実した研究教育は成し得ないし、研究開発力や発信力に関して海外との差はますます開くばかりだろう。昨今の採用活動を見るにつけ、この負の連鎖根深さを感じずにはいられない。

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170209190358

学位の授与ってのはあくま学業成績に大して与えられるもの就職無関係から

増田学業評価されて代表に選ばれるのならそれもまた一つの誉れの形なのでは。

すくなくとも普通の人はそんな偉い立場になれない現実があるわけだし。

2017-02-08

anond:20170207165933

ちゃうねん。別に13万仕送りもらっている事自体問題があるわけちゃうねん。

13万仕送りもらっていることに突っ込んでるやつもおるけど、本質はそこちゃうねん。

だって別に金持ってるやつ(親)が何使おうが勝手やん。むしろ娘(息子)が学生の本分である学業に専念できんのやったら仕送り結構やん。

Twitter晒し上げられてるやつが叩かれている理由はな「誰にも甘えられない環境に身を置きたかった」って太字で堂々とコメントしてるからやねん。

「13万もろてて、甘えられない環境て。ほんま何を言うとんねんコイツは!」ってことやねん。

まぁ、折角バイトとかせんでもいい、えー環境におんねんから、しっかり勉強しーやー。




P.S.京都の拝観料はほんま高いな。でも、高いだけあってええ庭のある寺が多いわ。

  学割効くところも多いからできるだけ今のうちに行っておいたほうがええで。

2017-02-06

プログラミング力が上がらない

プログラミング力が上がらない

一番の問題勉強継続できないこと

なぜ継続できないかと言うと、実装ですぐつまって、やめちゃうから


目標としては、数学的な問題が解けるようになりたいのと、データ分析してみたい、、、

はいつも思ってるんだけど

実装につまづいて何もできない

面白くない


言語簡単って聞くpythonを一応一通り勉強したけど(簡単python入門書を読んだ)、

かい使い方は頻繁につまる


言語を使いこなせるところまで到達したい、、、

基礎が身に付かない、、、、

悲しい


挫折しない基本問題ドリル的にやっていったら力つきそう、ないか

学業で使っている、shやらは一応使えるようになったし、やり続ければ分かるはずなんだが、、、、

dive into python3がよさそうと思って読んでるけど、完走できるかしら


調べる力っていうけど、一通り身に付くまでは大変だよう

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.学校で習う勉強は役に立ちますか。

学生ならば誰もがぶつかる問題だな。

例えば、君が大人になったとき自主的に行う習い事は役に立つものだろうか。これは半分YESである。なぜなら学校で習う勉学とは違い、その習い事は君が役に立つと思って勉強しているものからだ。だが、なぜ半分はNOかというと、例えばパソコン検定1級だとしても、それで培われたスキルを使えるような機会がなければ、君が役に立つと思っていてもそれは事実上「役に立っていない」のである。仮に活かせる機会があっても、それがなくなった時点で「役に立たなくなる」。つまり「役に立つもの」とは、それ自体は役に立つかどうかは決まっていないのである

そして人格成熟するにつれて、「役に立つ」というもの恣意的かつ限定的意味合いを多分に含んでいることに気づくのだ。環境自身の置かれる立場自分のやりたいこと、という前提のもと「役に立つもの」を決めているのである。側面が変われば役に立つものが変わるのならば、様々な事柄を習う学業がほぼ役に立たない、或いは役に立たなくなるのは必然である

だが、それを踏まえると、学歴社会というものある意味で実に分かりやすい。勉強の内容が(活用できるという意味合いで)役立つかどうかはともかく、それに対してどれだけ頑張ったかという大雑把な実績で測られるのだ。本来限定的かつ恣意的な「役に立つもの」を、より汎用的なものに仕立て上げている。その観点から見れば、学業は役に立っていないにも関わらず、事実上はとても役に立つものなのである。何が役立つか、何を役立てるべきか、何を役立てたいかからない、意志薄弱で未成熟人間にとってこれは案外悪いことではない。

というわけで、質問の答えとしては「学校で習う勉強が役に立つかどうかはともかく、悪いようにはしない」といったところだ。もちろん、より限定的かつ恣意的な“役立つもの”の前では霞むが。なので何かを見据えて、自分にとってよりやるべきことがあると信じているのならば、それを最適化するための「役立つもの」を手に入れようとすればいい。もし、そんなもの特に思いつかず、ただ目の前から逃避したいだけでそんなことを言うのなら、ぶつくさ言いながらも勉強したまえ。

なあに、仮にそれらが無駄になってしまっても安心するがいい。側面によって「役立つもの」が変わるのならば、いずれにしろ大多数の人間は培ってきた「役に立つもの」を、実質わずしか役立てていないことになる。勉学問わずほとんどのものは「役に立たないもの」なのである



Q.ネイティブアメリカンはどうやって生まれたのですか。

イエス・キリストを殺した罰として、イスラエル部族の肌を赤くしたのが由来だ。

キリストアメリカに爆誕したのは有名だが、なぜアメリカにいたかというのもそれが関係している。

当然、信心深い人間は啓示を受けているので、これを知っている人は多いと思うが。

私はクリスマスの予定を体よく誤魔化すためにユダヤ教ではあるが、やはり神というもの地元密着型の方が親近感が沸くのだろうな。

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203004342

そのままでいいと思うよ

あなた他人に興味を持てないのと同様に

他人あなたに興味を持っていない

仲良くする=お互いを深く知り合う、という意味だとしたら

双方にとって需要はないわけで

そんな無駄なことをするより今自分が興味のあることをやったらいいんじゃないかな

趣味なり学業なり仕事なり、興味を極めるうちに、他人への興味が出ることもあるんじゃないか

2017-01-30

年寄り女性学業否定するってのはまあ解るけど、

結婚適齢期ちょっと過ぎたぐらいの世代で今更女に学問はいらないとかマジで言ってる人って本当に考慮すべきぐらいの人数今でも存在するの?

自分観測範囲では、その年代以下でそういうことを言う人とか聞いたこと無いんだが。

2017-01-23

http://anond.hatelabo.jp/20170123041742

学業の傍ら適切にタスク管理しながら自発的に各種コンテンツを、たとえマイナーであろうと攻めの姿勢制作・発表している同人者たちはやはり優秀(会社員として優秀だとは言ってない)

ってブコメあるけど、同人者で優秀な人は学生の時点で既にプロになってたりするやん

(そのまま就職しないで創作で食おうと思ったら速攻売れなくなり同人で食いつなぐも年食って同人も売れなくなって路頭に迷うってのもあるあるだが)

会社員になる歳になってもクリエイターとして結果出てないなら、クリエイターとしても別に優秀じゃない

2017-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20170116163025

勉学や学業はフルイの役割を担ったツールであるなので面接官という仕事においては勉学は役に立っていると思う

2017-01-13

http://anond.hatelabo.jp/20170113103010

社会人になると、

給料のために長時間やりたくもないことに時間を費やす人生が定年まで、もしくは定年後衰えるまで続くんだからさ。

単位取得のために長時間やりたくもないことに時間を費やしたくない…というのは、我が儘のようにも思える。

ただ、私なんかは、化学系で大学院修士までエスカレーターで行っちゃったけど、学業的には落ちこぼれしまい、

就職IT企業で、大学院まで学んだ化学系の知識就職後、全く役に立ってない人生を送ってるので、

大学院中退するのも、その覚悟があれば良いんじゃないの?とも思うよ。

2016-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20161231131956

海外では新卒即戦力が求められる。大学学業が役に立たないとされている日本おかしいって言説を見たことあるけど

2016-12-19

学生社会人では評価尺度が逆転しま

http://anond.hatelabo.jp/20161219072939

増田と同じか、それよりひどかった人間から忠告です。

学生時代遅刻三昧。遅刻の累積が原因で留年しそうになったのでむしろ欠席して帳尻を合わせたくらいには遅刻魔でした。

増田と同じように成績は中の程度を維持。いくつかあった赤点は、その他の得意教科で相殺され無事留年なしで卒業しました。

人を待たせることも当然で、人に待たされることも全く苦ではありませんでした。

そんな生活も、学生時代では一見不都合がないように思えますが、いざ社会に出ると評価尺度が激変します。



学生が最も大切なものは成績です。

その中で最も優先されるべきは学業の成績で、次に出欠状況、生活態度が続きます

ところが社会にでると、この成績というものが実に曖昧評価になります

能力という言葉に置き換えられたりもしますが、この能力というもの評価を正しく数値化することがとてもむずかしいのです。

なぜなら、特別能力があればそれがお金に結びつくかは誰にもわからないことであり、能力が高くても売上に貢献できないなんてことがざらになってくるからです。

これがよく言われる答えがあるかないかの違いであり、結果ばかりが重視されて手段を選ばないことが不満として囁かれてしまう原因です。



そこで、社会では人を評価するときに信用という言葉を使います

企業個人の業績は信用という評価のうちの一つにしか過ぎず、その人の信用を判断するには数多くの尺度が用いられることになります

この辺りを最もシビアにチェックしているのが金融関係であり、ローンを組める金額=その人の社会的価値と置き換えてもほぼ差し支えがありません。



さて、不特定多数人間が集まる学生生活と違い、社会人生活というものは少なからず皆が同じ目的をもって集まります

言葉を変えると、不特定多数の中から自分にあった人間だけと付き合える学生生活に比べて、同じ目的を持って集まった以上人間を選ぶことができないのが社会人生活です。

そんな社会人生活の中で、能力という数値化が曖昧評価以上に大切にされるものがあります

それが、時間に対する誠実さです。

時間というもは、誰にとっても5分が5分であるように、最も価値共感できる尺度であると言えます

先程挙げた能力のように見方によっては評価が変わってしまものに対し、時間に対する誠実さというのは誰から見ても同じく評価できる尺度なのです。

まり社会人生活において、時間を守る守らないということはその人を評価する上での最もわかりやす尺度だといって差し支えがないわけです。

「君の能力は認めるのだが時間管理ができてない限り一緒には仕事を続けられない。」

同じ理由で3つほどの会社をクビになってやっとそのことの重要さに気がつきました。



そうした真っ先に信用に直結する尺度を捨てるか捨てないか増田自由ですが、現段階において増田勘違いしていること(もしくは当時の自分勘違いしていたこと)を2つ指摘しておきたいと思います

まず第一に、教師職業であり、教師が最も重視することは自分の成績にあるということです。

本人の精神状態が安定していると判断できる中では、成績が著しく悪い場合を除いて基本的に進学・卒業させることが優先されます

一番に大切なことはその結果によって生じる教師の評判で、そんな人間を進学・卒業させることと、自ら受け持つクラス留年が発生することとが天秤にかけられます

著しく成績が悪いわけでもなく、学校の評判にそれほど影響がないと判断できるのであれば、更生する手間をかける必要はないと判断されて遅刻問題放置されます

なぜならそのための労力はお金にならない無駄な労力だからです。

もちろんそんな不都合なことが言語化されることはありません。

そんな時教師は、共通して「君のため」という言葉を用います

本当は個人の評判のためなのに、当時の自分は優しい先生だところりと騙されてしまい、遅刻放置したことに対する批判封殺されてしまっていたわけです。



第二に、あなたが友人にしょうがないと受け流されていると思っている現実は、あなた遅刻が許容されている現実ではなく、あなた遅刻を許容できる友人だけが残っているという現実です。

まりあなたは、自覚がないままに友人に選ばているということになります

学生生活という出会人間の多い中であればその間違いが及ぼす影響は小さいものかもしれませんが、目的達成のために人を選ぶことが難しい社会人生活の中での影響は甚大です。

果たしてあなたから離れていった友人の中に、あなた遅刻が原因ではない人間が一人もいなかったと言えるのでしょうか。

いままで付き合いの無かった人間と何かをともにするときに、あなた遅刻はすべてが許されるのでしょうか。

そのことに気づくことができない限り、あなたあなたを許す人間のみで作られた狭い世界から抜け出すことができません。



しかしはじめに挙げた通り、時間に対する誠実さは、他の能力に比べて評価もされやすくそれでいて身につけることが他の能力に比べて圧倒的に容易なものでもあります

目の前に近道が用意されているとして、それを選ぶか選ばないか増田本人が決めるといいのではないでしょうか。

2016-12-06

また踏みとどまってしまった

生きてるのがつらい。とにかくつらい。痔下痢肩こり腰痛倦怠感睡眠不足過食よくわからないけど泣くなど心身の不調のオンパレードである

朝5時に飛び起きて始発に乗っては夜遅く帰ってくる日々。安い給料の割にプレッシャーはきつい。どれだけ早く仕事を片付けても何かにつけ拘束されたまま帰れない。

何かくいっぱぐれない技術がつくような仕事でもない。将来が見えない。

縁のない田舎での安いアパート一人暮らしでは洗濯も皿洗いも掃除も進まず、もう半年ぐらい置きっぱなしのゴミがある。

友達もいなければ恋人もいない。というか失恋した。

そもそも学生時代からまとめて精神を病んだ家族とけんかして実家と疎遠になったり、学業に打ち込もうと思っても上手くいかなくて鬱っぽくなって以来元気だったためしがない。

もういい加減なんとかしたい、そう思って心療内科に行ってみた。

ここならなんとかしてくれるんじゃないか、期待しすぎだと思いつつも藁にも縋る思いで予約した。

もう苦しまなくていいんだ、やっと元気になれるんだ、そう思っていた。

だが何かおかしい。診察の際に症状についてヒアリングされたのだが、なんか「聞き上手感」がない。自分言葉理解された気がしない。

最終的な結論としては「うつ病で何もできないという”ほど”ではないですね。軽めの薬で様子を見ましょう」だった。

いや、たぶんそれが正しい治療なのだろう。カウンセラーではない医者に多くを求めるのは酷かもしれない。

でもさ、正直なんで今まで生きてこれたのかわからないぐらい、ずーっとボンヤリ苦しかったんだよ。もう何年も耐えてきたんだよ。

それを「そんなに深刻ではない」みたいに軽く言わないで欲しかったんだよ。味方だと思ってたのになあ。

永田カビ『さびしすぎてレズ風俗……』に書いてあったと思うが、「うつ病になって病気だと認められてやっと堂々と休めるようになった」みたいな一節があったと思う。

おかしな話だが、もうはっきり「あなたうつ病です」って言われたほうが楽だった気がする。

いや、こんなことを言ってはうつ病の人に申し訳ないし、当人たちはそれこそ毎日死にそうになっているのを何とかしのいでいるのだ。今の自分よりもひどい状況と考えると、それはもうつらい。

その点まだなんとか食べて寝て仕事してというサイクルをへたくそながらも続けられている自分は甘えすぎなのかもしれない。

でも本当につらい。無理をしてはいけないと言われたがその無理はもう何年も続けてきたのだ。いいじゃない、甘えたって。

踏みとどまっていられるのは運が良かったり体だけは丈夫だったりしたおかげだ。今でこそこんな感じだけど、昔はすごく明るくて友達もたくさんいて毎日しかったんだよ。

そんな過去を思い出してなんとか踏みとどまってる。なんとかあっちへ行かずに済んでいる。

でもさ、どうしてこんな崖っぷちに立たされたままなんだよ。いっそのこと突き落としてくれよ。

そうすればもう悩まずに済むんだよ。

そんなことを考えながら明日も始発で出勤です。

勤務中に「客が全員死んで来なくなればばおれは働かずに済むのに」と毎日考えている接客業従事者ですが、恥を忍んで働きます

2016-12-05

本当に自分技術が好きなのかわからなくなった

高校時代からプログラミングに興味を持ち、ショボいCGIなんかを書いていた。

んで、大学時代バイト学業に勤しんでいた(情報科には行かなかった)。

就活自己分析してやっぱり自分ITだね!とか思ってSIerになった。

あれから10年、何もしていなかった。

Ajax関数型言語クラウドモバイル統計機械学習色んなトレンドが来たが、自分で何かをやろうとしたことはほぼなかった。

やろうとしたが、マシンスペックがしょぼいと言って何もしなかったり、失敗したり、身につかなかった。

致命的だったのは何かを作ろうという意欲が自分には全くなかった。あんツールがあったら便利だなとか、こんなサービスがあったら楽しそうだとかという気持ちがまったくなかった。

人見知りの性格と、何も作れていない自分が惨めでSNSにも勉強会にも参加できなかった。

この10年、仕事でやっていたプログラミング技術は少しは向上したけど、ただそれだけだった。

プログラマ定年説まで半年向上心も枯れて、人見知りは治らないし、仕事はできない。おまけに鬱持ち。

QiitaGitHubには毎日のように大量のポストが送られる。自分もそのうちの一人になりたかったなぁ。

2016-10-26

若い頃は不真面目な方が評価される

はてな民は知らないかもしれないけど、世の中若い頃は不真面目だったり、不良だったりした方が人生得するんだよ。

何でかって言うと、若いヤンチャしてた奴が大人になってから真面目になると、

そのギャップで周囲の人たちがそいつめっちゃ良い奴になったみたいに勘違いしてくれるんだよ。

少年漫画のサブキャラとかも、悪→改心→善のパターン主人公の仲間になるだろ?

人間って、元から真面目だった人より、昔は不良だった奴が真面目になる成長物語に魅せられるんだよ。



スポーツ選手とか、芸能人とかでもよくある話でしょ?

若い頃はヤンチャしていましたが、今では・・・」みたいな自分語り。で、みんなそういう話に簡単に感動しちゃう

はてな民子どもの頃からコツコツ真面目に生きてきたタイプが多そうだけど、

それであなたが真面目なことを評価してくれる人がひとりでもいましたか

うん、いないよね? そう、だってそういうキャラの扱いだもん。そこにギャップがない。



からね、世の中の多くの親が知らないというか、気付いていないんだけれども、

自分の子を「いい子」に育てようすると、かえってその子人生ハードルを上げてしまうことを知っておいた方がいい。

もちろん、学業なんかは取り返しがつかないから、勉強自体やらせた方がいいけど、

とりあえず一定の成績が維持できている限りは、悪い意味でも子どものやりたいようにやらせておいた方が良いんだよ。



昔の名門進学校って、大抵の場合、風紀がめちゃくちゃ荒れてたんだよ。先生も一緒になって悪いことしてたりした。

何でかというと、そっちの方が将来的に(本人の)社会的評価高まるって感覚的に分かっていたからなんだね。

地方世襲代議士なんかは、よく「あの放蕩息子が今では立派になって・・・涙」なんて評価されてることが多かった。



何でそうなのか、なんて知らないよ。でも、人間ギャップの大きいものに惹きつけられる本能がある。

真面目な恰好をした人が真面目なことをやっても驚かれないけど、不良っぽい恰好をした人が真面目なことをやったら、

真面目な格好をした人以上に高い評価が得られるんだ。この習性を利用しない手はないよね。

2016-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20161017031727

俺も身に覚えがあるような話だ。

俺は学生時代、他の増田が言ってるような「プログラミングで稼げば」っていうのを数年前に実際やってた。当時は工学系の学生だった。どことは言わないけど偏差値で言うと58程度の大学

借りてた奨学金学部時代が5万で、大学院時代研究に集中したかったので8万にしていた。どちらも2種。親から仕送り学費の分のみ。

ただ、どうしたって稼ぎ方を覚えるに従って「もう大学いる意味あるのか?」とか「授業出るより研究するよりプログラミングした方がよくないか?」といった風になる。

ただでさえ金のない中高生時代を過ごしていた俺にとって、少し頑張れば贅沢できるというのは麻薬だった。

そうして、学業がおそろかになり、大学院中退してしまったが、職も得て元気でやってる。

参考になるか分からんが、元増田には共感するし応援する。 10万稼いでるなら既にプログラミング系のバイトなのかな? 大学に行きながらそれだけ稼いでるなら大したもんだ。

応用情報を取ろうとしてるならそれも良いが、大学で学ぶべきことってのはそういう資格試験のような場当たり的な学びじゃなく、大きな事だ。

線形代数数学データ構造アルゴリズム信号処理、そういった知識を身につけるべき。

増田書き込みを見てると「大学勉強」と「バイト」だけじゃなく、将来の不安から資格試験勉強」をしようとしてるようだけど、それは今ゼッタイ必要なのか?

少し肩の力を抜いてみても良いかもしれない。今のITネットブラックブラック言われるほど酷い状況じゃない、良い会社に入れれば着実に実力を伸ばして、良い収入に繋がるはずだ。

健闘を祈る。

2016-10-12

http://anond.hatelabo.jp/20161012175006

人間10歳超えたら人格なんか固定化しちまって変わりゃしないよ。

脳科学だかなんだかの話と、孤児施設里親が引き取るとき10歳以下じゃないと、あとあと苦労するって経験則の二つがその根拠さ。



変わるとしたら人的他の環境要因によって明るくなるとか暗くなるとか、学業他が自身能力に合い活躍できたかかそうでないかなんかによる経験からあなたの今が決定するだけ。

多分、薬のん時間帯とか外の天気が良かったとかそうでなかったとかじゃない??



そういや、ちょっと前まで夏だったからあったかくで気持ちよかったろ。

2016-10-06

長谷川豊という人

この人の性格を表す言葉として「無明」ほどしっくりくるものはないですな。

根本的な視野の狭さは学業では補えないことがよく分かる。

2016-10-03

この時期の就活は、つらい。

もう10月にもなると内定式が始まり遊ぶ人も増えるけど、僕のことを気遣って誘いは来なくなるから友人もいなくなる。

就活時間が取られるから学業面でも精神的に追い込まれて、学位取るために頑張って研究まとめて論文書いて試験勉強も頑張りつつ平日は面接休日説明会

家に帰ると親から毎日小言を言われ、場合によっては説教

5月から都内就活始めたけど、落ち続けて資金ショート地元で始めても受からず、後期に突入

すべてを投げ出す選択は後で後悔しそうだから取れないしそもそも卒業できるのかとか何もかもが中途半端になって最悪の結果になるんじゃないかとか、いろいろ考えて毎日泣いてる。

今日役員面接就活アドバイスされて、グループディスカッションの議題は「就活に悩む友人へのアドバイス

しんで楽になるのも、今まで面倒見てくれた親、教授迷惑かけるし、無理。もう楽になりたい。

2016-09-22

じゃあ部活に何の意味が?

しろ別にプロ目指すわけでもないたか趣味の集いに、しかも「その趣味プロ」ではなく日給1万で雇っている「教育プロ」を実質ボランティア休日つぶして参加させ、買ったの負けたの学校名誉だの教育とは程遠い問題で振り回す「部活動」というものに何の意味が? と聞きたい。せめてそこに「教育的意義」くらい見出したいと思うだろう、教育プロなら。



教育観点から部活の意義を考えるときよくあるのは、大会コンテストでの勝利入賞を目指して勝ち取り達成感を味わわせることで努力や協力の尊さ大切さを実感させるというものがある。だがこれは、一面で勝つことや承認されることだけが目的化し、とにかく勝てばいいとか勝てなければ努力無意味だとかいった「勝利至上主義」を植え付けるとして近年批判対象となっているところである。また、大会のためにしか努力しない「コンテスト主義」が、日本学生純粋スポーツの喜びやジャンルのものの楽しさを味わうことをむしろ阻害しているという批判である



そもそも、地域文化活動社会体育が日本において十分でなく学校部活動がその代わりを担ってきたのは、単純に日本が貧しかった時代の名残だ。現状でこれを維持する意味ほとんどない。そのうえ、いたずらに生徒と教員疲弊学業にまで差し支えがでるのなら、部活動自体は今や「基本的には無意味活動」であり、その意義はせいぜい「みんなで一緒に努力する楽しさ」を味わわせることくらいにしかないと言って差し支えないのではあるまいか。たとえば学校における「校外学習」がいまや「学習」の意味を失い、行き場所にはほとんど意味のない単なるレクリエーション活動となっているように。



そう考えると「折り鶴」というこれ以上ないくらい明白に無意味な、しか特別の訓練も才能もいらず、「絶対やりたくない」といえる程の明白な反対理由を見出すのも難しい活動強制的やらせるその教員は、現在部活動本質を的確に見抜き、かつ勝利至上主義大会主義の弊に陥ることなく、費用もそれほどかけずけがなどの危険もなく、しかも指先を使ううことで脳を活性化させ学生本業たる勉強にまで役立たせている…しかも、大会で勝ったか負けたかに関わらず、全員で折った千羽鶴は確実に形となって残るため、これを見るたびに部員たちは、全員で協力して努力して何かを達成したことを思い出せるのだ! 大会至上主義に陥っている現今の部活動の在り方への批判意識も含め、「千羽鶴折り」活動はここでは「最適解」の一つとも言える。



この顧問、決してバカでないどころか、極めて優秀な教員であるかもしれない。部外者には測り知れないところだが、実際、常にそこは紙一重なのである(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20160921231051

2016-09-18

オタサーの姫の話をした者です。

http://anond.hatelabo.jp/20160917152918

ここで、オタサーの姫の話をした者です。

トラックバックのやり方がわからなかったので、うまくできていなかったらごめんなさい。

いただいたコメントトラックバック先での感想なども拝見しましたが、自分にも反省点があるのだろうと

思いました。有意義コメントを下さった方々、励ましてくださった皆様、叱咤くださった方もありがとうございます

本来であれば、一度話してそれでやめようと思っていたのですが、コメントへの返信でお礼に代えさせていただこうと思います

自分学問をオタサーと言われた点

私も、これに関しては理不尽だと感じました。「オタサー」の意味をしっかり理解していなかったのですが、オタクの人が多いサークルという意味なので間違いないですよね。

前述の通り、専攻にはアニメゲームの好きな男性は多いですし、女子も母数が少ないとはいえ、自己紹介オタクだと言っていた子が多いと思います

サークル活動に関しては、学業に専念するために今はほとんど参加していません。

ですが、大学全体から見ると女子部員がかなり多い方で、私だけが決して目立つような環境ではないと思います

男性が苦手と書いた点について

私情ですが、過去に怖い思いをしたのが後を引いて、未だにそこまで親しくない男性と話すのが苦手です。

(詳しくは割愛しますが、付きまといから発展した暴行未遂のようなものです。)

進学する際も、男性が多い学部心配はありましたが、それよりも勉強したい気持ちが勝ったので今の学部を選びました。

男性による女性蔑視無意識で受け入れていると指摘いただいて、思うところがありました。

男性から嫌なことや恥ずかしいことを言われることは当然起きてしまうことで、避けられないことだろうと思っていました。

相手を責めてもどうにもならないし、所詮異性のことは分からないので理解できなくても仕方ないのだろう、と。

女性から蔑視されたと感じて傷ついたのは、同性なのだから相手理解してもらえて当然、味方になってくれて当然

という先入観があったからだと思います。その点に関しては私の考えが至らなかったのだと思います

私は女性男性付属品だとは考えていません。本当に付属品だと思っていたら、主体的研究もしていないと思いますし、海外に行く選択も選ばなかったと思います

男性を過剰に立てているというつもりはありませんが、怒らせたら、或いは気に入られたら何をされるかわからないという恐怖心はあるかもしれません。

ですが、それらも少なくとも普段生活では出していないつもりです。事情を知っている一部の友人、家族恋人などを除いて、私に男性への苦手意識があると知っている人はほとんどいないと思います

プライベートでも周りに男しかいない

プライベートで関わっている同年代男性は、恋人だけです。

実験後・授業後は、用がなければ一人で帰るか研究室図書館に残って資料をまとめています

女友達がいれば、一緒にご飯を食べに行くこともありますが、親しいメンバーゼミ)以外との飲み会にはほとんど行きません。

ゼミには私以外にももう一人女子がいますが、彼女のこない飲み会には行きません。

休日は家で過ごしているか親友たちと出かけるか、恋人といることが多いです。

・オタサーの姫ファッションじゃないのか/見た目について

多分、違うと思います。オタサーの姫への理解が足りないので、いまいち自信はないのですが…。

髪はロングです。暗めのアッシュ系でパーマをかけています

化粧はとても濃い訳ではありませんが、基本的すっぴんでは大学はいかないようにしています

ファッション誌はRayJJが好きです。一応赤文字系だと思います

・ここに書いたことについて

すみません。どこか、匿名愚痴を言えるところがないかと探していて最初に見つけたのがこのサイトだったので、ここに決めてしまいました。

男性ユーザーさんが多いサイトなんですね。以降気をつけます。

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