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はてなキーワード: パフォーマンスとは

2017-02-17

どんなバカでもできるようにマニュアルルールを充実させろなんていっても

運用コスト天井知らずで上がっていってパフォーマンスはすぐ限界に達する

個々人の意識能力を高めることでしか成功できない

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170216230608

せやな

でもまあ、せっかく書き込んでくれたんだから返信っていうパフォーマンスをしたいと思ったワイの心意気もくみ取ってくれーや。

http://anond.hatelabo.jp/20170216225853

なんだかんだでiMac 27inch は最高にパワフルなマシンやよ。自分が使ってるのは2014 lateのやつ(5Kディスプレイ)だけど、GPU以外は最新モデルパフォーマンス変わらんし。

ワイもこの先無職が続いて爪が燃えてきたらこiMac虎の子として売っ払おうと考えておる。Macって値段下がらないしね。

2017-02-13

もう二度とハワイいかない

募金詐欺にあったし

ポリネシア文化センターでは日本語馬鹿にするパフォーマンスしてるし

バカにすんのもいいかげんにしろ

2017-02-12

30代童貞彼女いない歴=年齢。本音

30代童貞女の子と付き合ったことない。

大学卒。

友達は少なくはない。

仕事では問題ないパフォーマンスは発揮している。

たまに本屋にある「これが高齢童貞キモさの実態だ!」みたいなターゲット不明醜悪漫画を読むと、描かれている童貞の様子が、自分とは当てはまらなさすぎて、笑うしかない。むしろ、これを描く人、売ろうとする人の心の醜悪さが、どこから来るのか。社会心配になる。

ぼくは「女の子と、どうにか関係を発展させていく」ことへの根本の願望があまり湧かない。

たまに興味本位デートマニュアルみたいなWebサイトを見て「2回目のデートではこう振る舞え」みたいなのを読むと、雑すぎだろ、と思えて仕方ない。どうして、そんなことわざわざがんばるのかというのが、自分事としてピンとこない。

この感覚を、正直に「非童貞=何かがおかしい」思考の人たちに伝えると、良くても余計なアドバイスを量産してくださる。下手すると(いや多くのケースでは)変人扱いされて、以後面倒くさい。

上記の人は、仕事先やら友人関係やらの中にもかなり多数いるので、そこを気をつけて会話を調整するのも、面倒くさいんだが、やってるよ。しょうがなく。

むかし正直に言ったら面倒なことになったから。生存のための、嘘をついている。

あれかな、20-30年前の喫煙者と吸わない人の関係に似てるのかも。

その時代喫煙者が主流派で、吸わない人は肩身が狭かったんだろう。

いまは副流煙健康被害とかの知識が広まって、世界レベルタバコやめろプレッシャーが浸透してきたことで吸わない人のほうが当たり前という空気になってきた。

ぼくは吸わないので、30年前くらいのオフィス映像を見ると煙だらけでゾッとする。

性のことに話を戻すと。

性(や家族)の多様性について、まったく社会的認知が足りてないのが、ぼくの生きづらさの根底にありそうだ。ゲイレズビアン性同一性障害とか、複数人と同時に性的関係を持つ(ポリアモリー)とか。色々あるわけでしょ。

派生でいうと、同性婚や、事実婚みたいな既存定型とは違う形のカップルを受け入れるための社会制度づくりの遅さも大きいかも。

実に多様な性の在り方を本来人類は持ってて当たり前なんだ、と思ってる。

ぼくのように、生まれつきに性的欲求が薄いとか、女の子口説こうと思えないとか、そういうのもひとつの在り方なんだよね。

同性愛者ってわけでもないんだ。

本人の努力うんぬんじゃない。先天的遺伝子の発現(エピジェネティクス)、育ちの環境と周囲の人間、そういう要素の組み合わせで、性の在り方が決まってくるんじゃないか

この複雑多様性にこそ、人類社会をここまで発展させた、そしてここから発展させる、コアの強みがあるんだろうと思ってる。

ここを理解できない、しようとしない人たち(上述)を

「性はかくあるべしクラスタ」と名付けた。

このクラスタの人と、性や家族多様性の話をしても無意味で、疲れるだけで、なんの得にもならない。

ぼくは、そのクラスタの人と、そういう話をしないように気をつけるしかないのだ。

仲の良い友人(同性、異性、もちろんどちらでも)が結婚するとうれしいよ。

ただ、夫婦間の悩みというのも常日頃にたくさん出てきている、と辛い思いをポロッとこぼしたりしてて。喧嘩したり、仲直りしたりを繰り返して、日々関係を作り続けていることが、すごいなと思う。

あと子供が生まれて。

子供写真とか見せてもらったり、あるいは子供連れてきたりしてると、かわいいなと思う。でもその裏で、本当に日々の育児は大変なんだろうなと思うし、何もできることはないけれど、ぼくに聞ける悩みであれば聞いたりしたいなと思っている。

時々感じるのは、そんな悩める彼らも、「性はかくあるべしクラスタ」の被害者なんじゃないかなと。

たとえば実家(あるいは相手)の親や、勤務先の上司など逃れられない距離関係の人が、「女性は早く子供を産まないとね」とか「奥さんがしっかり家を守ってね」とかプレッシャーをかけてくる。戦前かよみたいな古いパラダイムを振りかざしてくる。

まったく時代に合わない、かつ個別個人夫婦、家庭の特殊性に対する「ヒアリング」と「共感」抜きのアドバイスなんて、それはアドバイスじゃなくて多分ただの暴力なんだよ。

ああ、そう思うと、ぼくだけが被害者みたいな面してたけど、実は多くの人が被害者なんだろうか。

「共有空間での喫煙当たり前」が終わるのには、まるまる30年くらいかかっているのかな?

「性とはかくあるべし」クラスタを主流から追放できるのには何年かかるのだろう?

時間はかかるかもしれないが、「性の在り方は多様である家族の在り方も多様である」という認識が主流の世の中をつくれたらいいな。

というか、つくらないと、いけないよ。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-10

ツールが人を馬鹿にする

まあみろと思う。

「便利なツールによって人は馬鹿になった」とは、上司の口癖のひとつである

だが厳密にいうとこれは間違いだ。

便利なツール人間を均しているのだ。つまり馬鹿になっているのは、あたまのいい連中だけだ。ははは。ざまーみろ。

テラタームの普及により、新人からtelnet概念が掴めなくなった。

ffftpばっか使うからftpすらままならない。

環境変数存在するからjavaバージョンも変更できねえ。

みんなそうなんだ。ははははは。ざあまあみろ。ははははは。

かつて、コマンドとかカレントディレクトリとか、エンジニア界の絶対的概念理解できず躓いて、頭が悪い認識されたやつ

そんなやつが、それを明らかにせず、あたまのいいやつと同等のパフォーマンスを上げられる時代になったんだ。

そうして自分馬鹿であることに自覚がないやつは、ある程度の時期で気づく。浅い。考える力がない。

そして、できないやつとレッテルはっていた、自分バカにしてきた、

作業の遅いやつが、一番だいじな「思考力」をもってるのだと気づく。

便利な道具うんぬんじゃなくて、

それは経過にちょっと影響を与えるだけで、

本質はなにもかわってないんじゃないかなって、

わたしは思います

どう思いますか。上司さん。

人の死をいい話にする人たち

大好きなアイドルが亡くなりました。

18歳。詳細は明らかになってませんが病死だそうです。

およそ4年前にはまり、ずっと追い続けているグループの一人です。

「見た目は大人、中身は子供」のキャッチフレーズのとおり、モデルとしても活躍する端正な顔立ち、すらりと伸びた手足といったビジュアルとは裏腹に、番組ライブMCなどで見せる天真爛漫な姿が大好きでした。

から突然の訃報には驚き、悲嘆に暮れ、しばらく言葉になりませんでした。

Twitterには同じように悲しむ人たちで溢れており、その言葉を眺めて、自分気持ちを整理させようとしました。

しかし、それらの言葉に触発され、様々なことを思い返せば思い返すほど、悲しみは増し、言葉にならない想いが次々と胸に去来しました。

そんな中、リツイートで回ってきた2つの言葉がありました。

「若くして死んだ子は同世代に命の大切さや、死の身近さを気づかせる役目のため神様に選ばれた」

「すごいな。ジョン・レノン尾崎豊よりも若いうちに神様の前でパフォーマンスするために呼ばれたなんて」

とてもひどい言葉だと思いました。

誰の気持ちに寄り添ったらこんな言葉が出てくるのでしょうか。

大切な人を失って悲しむ友人や家族が隣にいたら、同じ言葉をかけるのでしょうか。

僕も最近プライベートで近しい人を亡くす経験しました。

でも「~~のために死んだ」とは決して思いませんでしたし、そんな言葉をかける人もいませんでした。

もっと長生きしてもらいたかったし、もっと色んなことをしてあげたかたから、もし何かのために死んだというなら、それが神様であろうと人殺しだと思うでしょう。

でも、そのツイートにはたくさんのリツイートいいねがついていました。

そんなことで大切な人を奪われてもいい人ばかりなのでしょうか。

「死」それ自体意味を与えて、「いい話」として消費されているような気がして、とても悲しくなりました。

そして、人の死が「いい話」を呟いた人の承認欲求の道具にされているような気もして。

あああああああああもうイライラMAXだわ

chromeのタブを30、40ひらくだけでいろいろ重くなってうぜええええええええええ

やpっぱ32bitWin7と数年前のノートPCときついな

1年はなんとかもったけど、やっぱりどんどんタブ開いての普段パフォーマンス考えたら買い換えたほうがいいなこれ

地味にストレスがつみかさなりすぎてる 

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170209002119

うーん、行間からいろんなものが漂ってくるな。

>在学中はC言語からプログラミングを学んだのだが理解できずJavaもまったく理解できない状態に陥った。

相談した講師からネットワーク関係DB関係知識を深めれば就職のあてはあると言われてCiscoCCNAとか

オラクルDB資格とかLinuxLPICまで取ってたのだが学歴の壁に苦戦。

専門学校に行っても全く理解できないってことは、素養が無かったんだろう。

あと、IT場合学歴あん関係なくて(DeNAみたいなところは除く)、結果的高学歴ハイスペック人材が成果を出しているだけなんだよね。資格も実際に使えないんじゃペーパー免許と一緒。

SE肩書倉庫での作業がメインでパソコンに触れるのが在庫管理表を更新する週に1回か2回ほどだった。

テスターとかコーダーとか底辺人材ですら人手不足のこのご時世に、そんな仕事を振られるってことはよっぽど使い物にならなかったんだろう。

会社あんたを雇ったときいくらなんでも専門学校まで出ているんだから、最低限使えるだろ」っておもったら、研修の段階で想定以上に使えなくて誰も行きたがらない現場に回したんだろう。

うちの職場にも、あなたみたいな人が高ギャラのエンジニアバーター派遣されてきているけど、そいつ教育管理する工数のせいで高ギャラエンジニアパフォーマンスが下がっている。

悪いことは言わない。他の業界に行ったほうがいい。SIerにしがみついたところで、あなた派遣先派遣元も誰も得しない。

2017-02-08

音楽番組最近よく見る巧妙なフェイ

・歌い出しとソロだけ生歌

生放送に中継と称してそれ風の録画を流す(中継と書かれたテロップはあるが生放送とは言っていない)



大きな音楽祭みたいなイベントだと、それだけの数のアーティストスケジュールを合わせるのが大変なのは仕方ないのだが、どうして録画ですと言えないのだろう。

そんなことを思いながら先日毎週放送している歌番組を見ていたら、これまた手の込んだフェイクを見つけてしまった。



アイドルグループが体を張ったパフォーマンスをするというものなのだが、組体操的な難易度の高いシーンだけ直前直後に不自然なフェードによるカメラワークがあった。

あれ?っと思い全録レコーダー再生をしてみると、どうやらそのシーンだけが録画が重ねられているだろうことがわかった。

それにしてもそのやり方が実に巧妙で、恐らく99%の人は気づかなかったろう。

恐らく現場では失敗しない難易度パフォーマンスが行われていて、その場にいる観客たちたちはそれがテレビに流れたと信じている。

しかテレビの前では、それよりも少し失敗の可能性のあるむずかしい録画されたパフォーマンスが、生放送として流されていたというわけだ。



これには恐れ入った。マジックショーで見られるカメラワークを使ったトリックと同じではないか

テレビの中が虚像しかないことはわかっていたが、それ以上自分たち期待値ばかりを引き上げたところで一生テレビから出てこられないだけである

マジックショーを見たければ自分意思で選びたいので、せめてそれがマジックショーであることは事前に教えておいてもらいたいものだ。

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170206225243

いやまったくその通り

しかし残念なことに、ハラスメント叩きで救われるのは基本かわいそうな順と決まっている

女性だったり子供だったり美しかったりするとその順位が上がる

パワハラなんてそこら中で起きてるはずなのに、女が一人過労死自殺した途端にこの大騒ぎ

結局、差別解消を訴えて始まったはずのこの動きも、今ではまた別の身分制度なわけだ

故にこれを徹底したリベラル社会では、私かわいそうでしょパフォーマンスのうまさこそ、

すべてに優先されるのである

2017-02-02

1日にアメリカ一般家庭20年分に相当する21万6000kWhを生み出す風力発電設備「V164-9.0MW」が登場

http://gigazine.net/news/20170202-denmark-vestas-v164-9mw/

だれかこの特大ニュースをしがらみの人に教えてあげて欲しい

  

2017-01-27

食べることは悪

食事制限が結局一番痩せるのは当たりまえ、でも、食事制限だけは基本的には危険基礎代謝が落ちて痩せにくく志望あ燃えにくい太りやすい体になる。(ただし、また食い始めればに限る)。そうなのだ、また食い始めないことを前提にすれば、結局食事制限ほどいいダイエットはないんだよ。

要は、食い物を嫌いになればいい。食欲を亡くせばいい。食べるは悪、食べることはこの世の害悪ゴキブリ以下、食い物はカス死ね、食べてる自分死ね、おなかは常にすかせていないと死刑。空腹状態が一番ハイパフォーマンスが出る。失言はしない失言はもう二度としな。朝ごはん昼ごはん夜ご飯もいらな。デブはこの世のカス。しね、わたし死ね

2017-01-22

ownership とシステムプログラミングその他に関する怪文書

この会話ログフィクションであり、実在人物地名団体とは一切関係ありません。

坂木

わろた

Rust vs. Go に対する @tanakh さんの発言まとめ

https://togetter.com/li/1072495

坂木

自分理解できないもの意味がないと思いこみたがるタイプの人だということがよく分かったので原文を読まずに済んだ。ありがたいまとめだ。

安原

NTPsec が,ownership を理解していない開発者たちの声が大きくなるようなコミュニティによって開発されているということが分かって大変有意義でした(こなみかん

宮森

今までCで開発してきたプロジェクトを移すなら極端な話ownershipを理解しなくても良いわけで、悪くないのではと思う。

宮森

……が、理解できないものに対して、理解を試みず~すべきだ~と設計しろ、っちゅう人が作るソフトとはちょっと関わりたくないと思う。

安原

いや,私は C で開発してきたプロジェクトであるならばなおさら ownership を理解していないといけないと思います. ownership に理解を示さなコミュニティが関わってきた一定規模以上の C によるプロジェクト……私の第一感は「こわ…近寄らんとこ…」です.

宮森

いや、Cで開発してきた人たちって、ownershipを自前でコントロールできると思っている(思い込んでいる)人たちですんで……こわちかは同意

安原

いや,私は C で開発してきた人たちの多くは,そもそも ownership の概念を獲得していないのではないか危惧しています.元々,私はもっと楽観的で,多くの C プログラマは ownership の概念を獲得していると思っていました.

宮森

あ、それはそうだと思います概念を獲得していない

リソース人間管理をすれば適切に管理できる、という思想の下に皆さん書いていらっしゃるので……。

安原

OpenSSL騒動の時,関数の途中で return したことによるリソース漏れ揶揄したことがありますOpenSSL のようなインターネットの基盤を支えるオープンソースプロジェクトにおいてさえ, ownership の概念を獲得していれば脊髄反射で気づくであろうバグが随所に見られたことには本当に絶望しました.

安原

ああ,はい人間を信頼しすぎているというのはいかにもありそうですね.

藤堂

C++er の方がその辺もっときちんとしているように見える

安原

しろ C++ によって ownership という概念が明確になり,その重要性が認知されるようになったのではないでしょうか? これについては,私は歴史的なことが分からないので真偽のほどは何とも言えませんが.

宮森

シニア開発者しかC++/Rustが受けないと思うの、まさにその点だと思っていて、人類を信頼したがために足どころか頭を吹き飛ばす経験を積んでいないからだろうなー、とか。

宮森

OSとかシステム系のプログラマの人々、基本的リソース人間が適切に管理するし管理できると考えている人が多い印象([検閲削除]社時経験)。言語側で安全を確保したい、的な話をしても相容れなかった記憶が。

坂木

[検閲削除] のコードには、間違って自分の足どころか頭を撃ち抜いてしまった偉大な先人たちの知恵が詰まっていて、開発していてとても勉強になります。なお [検閲削除] は頭がなくなっていることに気づかずゾンビとして生きている模様。

今井

自分が知っている C 「しか」書けない職業プログラマ基本的地雷だなぁ...。

今井

リソースどうこう以前に、そもそもちゃんと構造化されてるコードが書けるかも怪しい(個人の感想です。見識にバイアスがかかっている可能性があります)

安原

うーん,数値計算系のチームやコミュニティも ownership の概念の獲得,重要性の理解,その管理自動化することへの理解,これらを期待するのは難しいだろうなあ…….そもそも高度なリソース管理必要になる場面少ないし…….

坂木

コード品質が強く求められるプロジェクトとそうでもないプロジェクトがあるからなあ。クライアントサイドソフトウェアは割と品質が求められる気がする。

安原

OS 実装とかシステムプログラミングって,クライアントに直接接しないだけで,その上にクライアントサイドソフトウェアが載るわけで,コード品質が強く求められると思うのですがそれは…….まあ, API とかで切り離されているので,そこだけしっかりしていれば,という話はあるか.

宮森

そこはコードレビューテスト等でカバーっちゅう。まぁ確かにコードには実際assertが入りまくったりするわけですが。

坂木

品質が強く求められるからといって品質が高いわけではないのが問題ですね

今井

あとは、デモが作れればいい、的なのも同じかなぁ。

宮森

メモリ管理、freeせずに終了してOSに全て回収させれば管理しなくて良い。

宮森

メモリ管理コンパイル時に全て静的なサイズで確保すれば管理しなくて良い。(FORTRAN77並の感想)

安原

OSGC してくれる論, TPO をわきまえているならば普通にありですよね(TPO をわきまえているならば!).

今井

まー、 offline で動くバッチ、的なのはそこまでメモリ管理とか / パフォーマンスとかにもシビアにならなくていいし(最悪オーダーがほどほどならよい、的な)、そいう文化にいると、雰囲気にのまれる人が多い、というのはまぁわかる。

坂木

私は基本その文化で過ごしてきたので現在進行形でわりかし困ってますね……

今井

あれ、そうなんです? 私がかかわった人のなかでは、コード見ててもむしろカッチリしてるほうだと思ってたのですが...。

(つまり、ここから坂木さんのハードルめっちゃ高いという帰結が...)

宮森

いろいろ言っていますがワタクシ、そういう管理必要プログラムは全く書けなくなりましたので今書くと死にますプログラム顧客大事データが)

安原

しかし,システムプログラミング界隈に「人間リソースを適切に管理できる」という悪しき信仰がはびこっているの,何か構造的な原因があったりするのかなあ?

宮森

システム系、基本的に生のハードウェアが透けて見える言語を使う必要があって、そのために選択肢がCしかなくて、手段が限られているからこそ信仰が発生した、という認識

宮森

実際、Linuxカーネルとか、規模からすれば驚異的に少ない数のバグで動いているので、信仰心が生まれ気持ちも分かる。

宮森

他の言語OS書くっていうのも研究レベルではあるけど、実用になっているのは見たこと無いですねぇ……。

坂木

Linux カーネル、一体どうやったらあの規模のコードクオリティコントロール出来るのか本当に不思議

安原

Linux カーネルのアレは,属人性依拠しすぎていて全然スケールしないのでは…….

坂木

Linux カーネル属人性高そうではあるけどそれでも実際に十分スケールしているからなあ…… ヤバいレビュアーごろごろしているのかな

宮森

属人性依拠しさえすればできるので十分な数の開発者がいれば問題になりません(キリッ

安原

私も [検閲削除] のコミュニティを見てましたから,各々必要ドメインにおける圧倒的なタレント性を持った人たちが1ヶ所に集結して奇跡アンサンブルを奏でうる場合がありうるのは理解しているんですが,本当にただの奇跡しかないと思っています

宮森

つーても機械エンジニアリング町工場職人芸を必要であれば使うように、属人性を求めるのも一個の正しい戦略だと思うんですよね。

宮森

なおその対極がみずh(省略されました

安原

Linux カーネルにおけるスケール云々は, Linux カーネルコミュニティ自体におけるスケーラビティではなくて,(システムプログラミングコミュニティ全体(他のプロジェクト)へスケールするかどうかを言ったつもりでした.

坂木

まあ人外を集めるという手法一般にはスケールしないですからね……

宮森

C系がシステム系で優先されるの、ツールを変えるとツール独特の罠があるので、罠が全て分かっているツールを使う、っつうのもあるな。

安原

システム系、基本的に生のハードウェアが透けて見える言語を使う必要があって、そのために選択肢がCしかなくて、手段が限られているからこそ信仰が発生した、という認識

これが原因だとすると,やはり Rust だ……Rust しかない…….ツール周りとか,まだまだ未整備な部分たくさんあるけれど……そこをクリアすれば…….

坂木

Rust は 1.0 が出る直前くらいにちょっと触ってイテレータが作れなくて敗北したっきりだな。

坂木

イテレータっていうか Java でいう Scanner を作ろうとしたんだっけ。サードパーティライブラリも探してみたけどその頃は I/O 周りの API が unstable でビルドが軒並み壊れていたりしたな……

藤堂

1.0 以前のことは忘れましょう (本当に unstable)

安原

Rust,型でエラーを弾くだけではなくて質の低いプログラマまでも弾く印象.

坂木

一般に型の強い言語は質の低いプログラマを弾きますね(Haskell などを思い浮かべながら)

安原

「Rust 経験者」という条件でプログラマ募集して,それで入ってきた人材に C を書かせればよいのでは!(ピコーン!

藤堂

犯罪ですよそれは

安原

はい

藤堂

haskell 経験者を集めて php 書かせようとした会社がどこかにあったような (ヘイトけがたまる)

安原

まさにそれをイメージしていました.

宮森

どういう顛末になったか詳しく知りたいw

藤堂

うーん、それ以降の話は知らず

今井

Rust そして誰もいなくなった、にならないかが一番心配だったりする

安原

それな

宮森

もしかして、NTPsecの人がRustでミニサーバーを起こすのにすら苦労していたの、普段からバグありのコード生産しているからなのでは、という気がしてきた……。

(この辺で一同寝落ち

2017-01-20

うーん

http://anond.hatelabo.jp/20170120100828

マイノリティではないね

かといってダンスが上手ければ人気が出るわけではない。

(例:SPEED仁絵

トーク力で不人気メンから人気メンに成り上がった道重さゆみ(モーニング娘。)

美人ではないが人柄のよさで人気の須田亜香里SKE48

人気の出方にもいろいろある。

鞘師里保は圧倒的ダンスパフォーマンスエースになったいい例。

こうすれば人気アイドルになる、という鉄則はない。

一概には言えない。

2017-01-17

[]番外 「食漫画はこれからどこへ行くのか(前編)」

読み返してみたら「我ながら何書いてんだ」と思ったけれども、たくさん書いて勿体無かったので投稿しておく。



はじめに

歴史を辿るならば食べ物テーマにした漫画は以前からある。

けれども一大ジャンルにのし上がり、隆盛を極めようとしているのは現代だろう。

今回は関連する作品をいくつか挙げつつ、食漫画について考えてみようと思う(グルメ漫画表現しても便宜上問題いかもしれないけれども、一応は食漫画で)。

挙げる作品に偏りがあることは容赦して頂戴。



食のジャンル

差別化においてよく成されるのが、「食べ物ジャンルを絞ったり、特殊にする」ことだ。

『ごほうびおひとり鮨』は割烹や、『いぶり暮らし』の燻製

『メシ鉄』の駅弁や、『球場三食』は球場で食べられるもの

お嬢様アイスがお好き』のアイスや、『サチのお寺ごはん』は精進料理

『ほおばれ!草食女子』の草など、挙げていったらキリがない。

他にも“空想系”があるが、それに関しては気が向いたら語る。

ここで主張したいのは、食べ物ジャンルだけで絞ってもかなりの漫画が今はあるということ。



作る

漫画は大きく分けると「作ることに比重を置く」か、「食べることに比重を置く」かで、そこから更に様々な要素を付加して細分化されていく。

現在イメージとしては食べることに比重を置き、料理を作らない漫画の方が盛り上がっているように見えるが、作ることに比重を置いた漫画が少ないかといえばそんなことはない。

マンガ家 夜食研究所』や『カマドニアン』といった、作り方まで詳細に説明している実用性重視ものも今なお定期的に出てくる。

そこまで行かなくても、『甘々と稲妻』や『新米姉妹ふたりごはん』など、作ることに比重を置いた作品は多いのだ。

なぜかFateシリーズと組み合わせた『衛宮さんちの今日ごはん』といった節操のないものであるが、教養漫画に人気アニメ漫画キャラが登場するようなものなのだろうか。

いずれにしろ調理のものにも差別化は成されやすい。

『めしにしましょう』は初回から浴槽でローストビーフを作ったりしており、『桐谷さん ちょっそれ食うんすか!?』はゲテモノ調理というインパクトで引き付けてくる。

また、そういう作ることの極致ともいえるのが、いわゆる「料理バトル」だ。

料理競技化、ド派手なパフォーマンス、過剰なリアクション

一見するとエキセントリックに見えるプロットだが、エンターテイメントの基本は非日常性にある。

人間にとって身近な料理というものを娯楽漫画に仕立てあげるのに、そういった表現シンプルな答えであり、必然なのだ

今なお系譜はあり、『食戟のソーマ』などがその例である



食べること

料理を作らなかったり、調理工程ほとんど描写しない、「食べること」に特化した漫画も多い。

代表格は何度もドラマ化までされている『孤独のグルメであることは間違いないと思うが、あれは原作10年以上も前に世に出て、近年ブレイクした結果新作が発表された希有な例でもある。

最近のだと、初めに挙げた『ごほうびおひとり鮨』、『メシ鉄』などもそうだし、他には『ヒメの惰飯』や『君花さんのスイーツマッチ』とかもある。

あと『ワカコ酒』もそうだし、『おとりよせ王子 飯田好実』なんてのもあったっけ。

さて、このテの食べることに比重を置いた漫画ありがちな要素は何だろうか。

真っ先に思いつくのは、“メシ顔”である

食べ物を目の前にしたとき食べ物を食べたとき、食べたあとにする“あの顔”である

エンターテイメントの基本は非日常性にある』と前述したけれども、当然これは食べる際のリアクションである

エンターテイメントとして、“メシ顔”は漫画視覚表現として実に分かりやすいのだ。

例えば『鳴沢くんはおいしい顔に恋してる』の主人公は、女性料理を美味しそうに食べている時の顔(メシ顔)が好きという設定である

『めしぬま。』なんて、食べているとき主人公恍惚の表情がテーマという開き直ったプロットだ。

余談だけれども、欧米には「フードポルノ」という俗語があるらしい。

これは「感動ポルノ」みたいな「ポルノ」の使われ方のようであり、何もセクシュアルな要素が含まれていることを指している訳ではない。

しかし、実際にセクシュアルな要素まで主体にしてくる食漫画もあるのだから笑える。

そういえば『食戟のソーマ』では食べると服が弾けるイメージ表現お約束だし、セクシュアルと食べ物は相性がいいんだろうね。

ここらへんで一区切り後編に続く。

2017-01-14

http://anond.hatelabo.jp/20170114161559

はいはい

まあ、こちらとしては、女のパフォーマンス期待値が低いことが合意できていればそれでいいよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170114153319

ビジネスにおいて他人の器量を求めるのは「甘え」っていうんだよ。

仕事におけるパフォーマンス期待値が低い人間には、それ相応の扱いしかできない。

それが公正さってもんだ。

2017-01-11

スマホ果たして複数コアは有効だろうか

過去プロセッサ歴史もとい経験則からみて、アプリケーションハードウェアの変更のみで高速なる為の条件はというと、CPUクロックがあがる/メモリクロックがあがる/キャッシュメモリ増量する、の三つが主な要因だ。

複数コアでなおかつ高速化が達成される場合は非常に条件が厳しく、各コアにそれぞれ別のアプリスレッドが割り当てられて無駄なく動作した場合と、アプリ設計段階で複数コアを意識したコードを書いている場合の二種だ。



前者の場合は、たとえばAコアでシングルスレッド写真合成系ARアプリ動かしつつ、Bコアで音楽プレイヤー再生してみたりという感じ。

確かに1コアで二つの仕事を受け持たない以上、よその仕事をしなくてもいいぶん無駄は解消されて『1コアで最大のパフォーマンス』を叩きだす。

しかしながら当該ARアプリマルチスレッド考慮してない設計ならば、Bコアで動いている音楽プレイヤーを停止させても、『1コアx2』のパフォーマンスは出ないわけで、速度は『1コアの全速力』とまったく変わらない。



加えて後者の、複数コアに最適化したアプリだとしても、性能はリニアに上昇しないジレンマ現実にある。

詳しいことは省くが、複数コアの間で処理するためのデータを小分けに転送したり、演算タイミングを合わすために先に処理が終了したコアを待たせて同期を取ったりなどなどとか、その他もろもろを含め各CPUコアに演算に直接関係のない処理時間無駄アイドル時間が生じたりする。

この無駄オーバーヘッド~は、CPUコアが増えれば増えるほど無視できなくなる。

CPUコアが2個4個程度のときは1.5倍や1.9倍くらいに高速になったのに、調子こいて倍の8コアのシステムにしてみたらぜんぜんパフォーマンスがあがらない~ちくしょーOpteron金返せばかー~現象問題として浮上する。

いわゆる「アムダールの法則である



つらつらと長く書いてしまったが、スマホはもちろんのことPCでも大半のアプリ複数コアに対応していない。

プログラム開発の難度から複数コアに対応したゲーム数すくなく、巨大メーカーが開発したミドルウェアを使ってるごく一部の超メジャータイトルに限られる。

(だからシングルコアPC同然のシンプルハードウェア構成だったNAOMI基板やPSPは非常に長命だったし、PS-Vitaも大半のソフトウェアシングルスレッドアプリ~上から下に流れてまた上にループする~だ。)



ということで、スマホ必要な性能は、2コアを超える複数コアの搭載よりは、瞬間的な高速性のほうがありがたいはずだ。

Intelターボブーストのような、数秒間だけケツに火をつけるようなオーバークロック性能こそが、ブラウザ検索ワード入力エンターしてからレスポンスの向上をもたらし体感性能を上げてくれるのだ。



あ、最低限2コアいるのは、OSバックグラウンドプロセスはBコアで動いてた方が、Aコアに性能的な余裕ができるからぞなもし。

PS-Vitaも4コア中1コアはシステム占有してるみたいだし。

ラップバトルの不思議

ダラダラとRPGレベル上げをしている横でAbemaTVを流してるとちょくちょくラップバトルみたいな番組をやってる。

あの番組、会場にお客さんが入ってたり、その場で審査員が点つけたりしてるけど、字幕なしで聞いてる人たちは何言ってるかわかってるんだろうか?

はいえ割と聞き取れる部分も多いんだけど、ノってきた人が音に絡めて今まで出てなかった単語や、

独自色の強い言葉選びで韻を踏んだりすると、聞いてるだけだと「ん?今なんつった??」となりやすい。

でもそこが一番イイとこじゃねぇか!って思うのでわからないのが悔しい。

あと、単純に急に来るメッチャ早口英語の部分とかも、みんな聞き取れてるのだろうか?

実は業界内ではよくあるフレーズの組み合わせで構築されてるからだいぶ早口になってても通じる人には通じているものなのかな。

「ぷちゃはニャーォ」って聞こえたら「Put your hands up, Yo!」ぐらいのこと言ってんだろうなあ、みたいな。いや適当に作ってしまったけれど。



もう一つ見ていて気になるのが、番組基本的字幕がついている親切設計なのだけど、その字幕は一体誰が作っているのだろうかということ。

同音異義語の多そうな言葉造語クサいもの当て字っぽいものまできちんと字幕化されているので、

個人的には、パフォーマンスをしてた本人たちが後でVTRを見ながら

「あ、ココは『新鮮』でコッチが『神仙』次は新選組とかけて『新撰』で、

 中国地名の『深センから『神箭』とき最後は『SceneSense』ッス。アザッス!お疲れッシター!!」

などとスタッフ説明していたらちょっと面白いなーと想像している。



家でたまに流しているだけで普段まったく関わりのない世界ことなので、現場がどうなっているのか不思議でならない。

今更だけど、ユーリ!!! on ICEって、言われるほど面白かったか

アマゾンプライムで通しで観てみた。

スケートシーンのレベルの高さは認めるけど、話としてさして印象に残るものもなかったのは俺だけなのかな。

仕方ないのかもしれないけど、展開のひとつひとつが早すぎて、全体として薄っぺらものになっている感じがした。

そう、ジャンプで連載している漫画が、週刊誌ではそれなりに読めても、単行本で読んだときにまとまりがなくてつまらなくなるアレに近い。

リアルっぽいといえばそうなんだろうけど、勝生勇利のキャラは全12話でスケートシーン多めのアニメでは捉えどころがなさすぎて処理しにくいし、ヴィクトル競技者としての1年を棒に振ってまで日本に来たというのに、それに見合うパフォーマンスが出せたようには見えない。

スケートシーン以外の諸々が雑に作っている感じがして、あんまり良い印象なかったわ。

2017-01-10

たいへん残念ながら少女像無視するしかない

日本外交官最初に求めた合意内容は当然「撤去する」だったはずで、それが最終的に「適切に解決されるよう努力する」という表現妥協した時点で日本の負けである

現実にはその努力カケラさえ見えていないわけだが、韓国としては仮に何かの要因に圧されたとしても、「精いっぱい努力したけど、やはり撤去はできませんでした」というシナリオ政治的パフォーマンス披露することで「約束を果たす」こともできたのだ。

…そう考えていたわたしとしては、「努力する」で妥協した日本外交こそけしからん、という立場でこの問題を見てきた。



しかし、少女像を設置しているのは民間団体であるある意味、たとえ韓国政府努力とともに日本政府が望んだとおりに少女像撤去されたとしても、彼らは何だってできるのである

確かに日本に向けたメッセージとしていちばんインパクトが強いのは大使館前に少女像を設置することかもしれないが、それが無理でも、彼らは十分に効果のある手段いくらでも選ぶことができるのだ。

ということは、仮に日本政府が望んだとおりに少女像撤去されたところで、日本人が思い描くような意味での「最終的かつ不可逆的に解決」という状態には、日本にとっては残念な話だが、どのみち至り得ないのである

だとすれば、いま日本政府日本世論がことさら少女像問題について怒りをあらわにするのは、火に油を注ぎ、対日感情悪化させ、それはすなわち直接的には少女像を設置するような団体への寄付金の増大となり、ひいては日韓の長期的な利益も損ねていくのではないだろうか。



もちろん、「公館の安寧・威厳の維持を損ねる」として、少女像の設置に対して日本政府毅然撤去を求めるのは大切なことだ。しかし、それは韓国世論をむやみに刺激しないように、下品表現をすれば韓国世論へのおいしいエサとならないように、最大限慎重になされるべきである

くやしいかもしれないが、少女像について日本要人一言発するたびに、彼ら反日的団体寄付金が集まると言えるなら、逆に、黙殺することで彼らの資金力を削ぐことができるとも考えられるだろう。



日本にとっての日韓合意の真の意義は、少女像撤去ではなく「今後,国連国際社会において,本問題について互いに非難批判することは控える」として、韓国政府の態度を制限できたことではないだろうか。もっとも、これとて、「しない」ではなく「控える」という表現妥協してしまったとの見方もできるわけだが…果たして

参考

日韓両外相共同記者発表 | 外務省

http://anond.hatelabo.jp/20161229161258

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