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2024-03-19

今更「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想

この本しんどいな。

「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想がそれだった。

土曜の夜23時、昼間参加した友人の結婚式の疲れを引きずりながら、少し暗くした部屋でベットに寝そべりダラダラと読んでいた。隣のリビングからは、夫が録画した刑事ドラマを見ている音が響いてくる。あしたは日曜で何も予定がなく、深夜までドラマを見続けるのだろう。美咲も多分、明日は午前中はダラダラと寝て過ごし、パンカップスープ適当昼ごはんを食べ、夕方なんとなく近くの駅ビルの買い物に出かけ、夕食は作るのが面倒になって外食で済ませて帰ってくるのだろう。結婚して1年近く続く何もない週末のいつもの過ごし方。

鈴木美咲1990年まれ28歳。生まれ山梨県で、大学上京するまでは地元自営業を営む両親のもとで特に大きな反抗もなく健やかに育ったと自分では思っている。勉強は小さい頃から得意で、地元進学校に進学した際には、東京に行くことが当たり前の選択肢になっていた。市内の一番偏差値が高い大学はいわゆる”駅弁”の大学で、進学校の中でも勉強のできる子は上京するのが当たり前だった。彼女の両親は東京大学を出て地元に帰ってきた人だったため自分大学上京することに特に違和感は抱かず、自然東京大学を目指した。根が真面目な彼女高校時代勉強に多くの時間を割き、国立大学不合格となったものの、無事都内私立大学合格し、18歳の春に上京した。今年で上京して10年目になる。


彼女母親時代女子が進学するといえば短大だったそうで、その時代東京の4年制大学卒業した美咲母親はそれを誇りに思っている節があり、娘にも上京を勧めた。母が20代の頃、美咲の母方は酒の卸業を営んでいた。当時はだいぶ繁盛しており経済的に余裕があったためか。美咲の母は就職活動をせず地元に帰り2-3年ほど家業を手伝い、美咲の父となる人物お見合い出会い結婚した。父は口下手で商売が上手なタイプではなかったが、家庭の中では優しい父親だった。母がよく癇癪を起こしているのに対し、父が言葉を荒げているのは美咲記憶にはない。花が癇癪を起こすのは大抵父が全く家事を手伝おうとしないからだった。母は父を一生懸命教育しようとしていたが、家事女性がやるものと思っていた父はなかなか身につかなかった。60代になりようやく自分で皿を洗うようになったと最近母が言っている。

美咲に対して、母は今後は女の人も外で働く時代なのだから一生懸命勉強しなさいと強く進めた。美咲の成績が上がると母も喜んだ。東京大学に行くことを賛成し、美咲英語が得意だとわかると英会話塾のパンフレットをたくさんもらってきては彼女能力を伸ばすことに力を注ぎ、美咲外国語大学志望だと進路希望で話すとその大学出身卒業生のエッセイなどを買ってきては彼女の夢を応援した。美咲自身は多感な年頃ならではの母親へのウザさのようなものは感じていたが、基本的には嫌いではない母親だった。


美咲地元にいた頃から一貫して共学で育ってきた。自分自身があまりまれ容姿ではなく、自分ニキビからかわれ、「ニキビ」という知性のかけらも無いそのままのあだ名をつけられてから男子が嫌いになりずっと距離を置いていたため共学ならではの彼氏ができるとか放課後一緒に男子と帰るといった甘酸っぱい青春を過ごすことはなかった。しかし、男子が身近にいることは普通だったし、2つ離れた年下の弟もいた。美咲勉強ができたが、それに対して男子比較されて何か不都合を感じたことはなかった。勉強ができる人は男女関係なく一目おかれたし、男女関係なく進路を好きなように決めたし、母のように女子短大といった時代でもなかった。ただ文系クラスの方が女子が多かった。男子があまり得意ではなかった美咲にとって、女子が半数を占める文系クラスは過ごしやす環境だった。国立に落ち第二志望で進んだ私立大学も、外国語教育に力を入れており文系がメインの大学だったため、全体的には女子の方が多い大学だった。大学の間も相変わらず彼氏はできなかったが、多摩地域のんびりしたキャンパスで4年間を過ごし、休みの間には短期海外留学経験して、語学力を向上させながらやりたかった海外分野の勉強をして過ごした。



自分女子であることに違和感のようなものを感じるようになったのは、就職してからだった。震災後に採用を抑えていた2012年就活戦線はなかなか苦戦し、50社以上のエントリーシート、20社の面接を受け、最終的に内定が出たのは2社だった。当初地元に帰ろうかなと思っていたものの、内定した会社は誰もが名前を知るIT企業メーカーで、大手企業就職が決まったことで、彼女自身家族もホッとし、東京に残ることを納得した。結局新しいことができそうなIT企業への就職を選んだ。IT業界リモートワークなどの制度を生かして女性活躍しています、と先輩社員セミナーで語っていたのも理由の一つだった。メーカーの方は男性ばかり出てきて少し古い印象を持ったことを美咲は覚えている。



美咲ソフトウェア製品営業職として2013年4月社会人生活スタートさせた。自分の同じ部門認識できる範囲には100人ほどの人がおり、女性の先輩も2割ほどいたので全くいないわけではなかったが、営業職の先輩は、みな独身か、結婚していても子供がいなかった。既婚子ありの女性の先輩は業務部門でひっそりと仕事をしている印象があり、営業職の美咲ほとんど関わりがなかった。営業部門は8割が男性で、かつ半数以上は50代だった。夜の飲み会は大抵自分以外はおじさんという状況が多く、美咲はその場ではじめて焼酎水割り・お湯割の作り方を覚えた。飲み会では大体業務部門の人たちは営業できないお荷物、という言い方をされ、美咲はただ笑って過ごすしかなかった。いずれ子供を産んだら自分もそこに行くのかな、という思いもある中、関わったことのない業務部門の人たちについて何かをかばうことも出来ないし、やり過ごすほかなかった。



その会社でのソフトウェア事業は、正直言ってメイン事業ではなく、ハードウェアのおまけのような扱いの部門であった。営業職として客先に行くには、まずは社内営業ハードウェア営業に客先の同行をお願いし、OKが取れたらやっと客先に行き、自分製品を紹介する。ある女の先輩は言っていた。「飲み会に誘ってもらえるのは女子特権なんだから若いうちの飲み会は全て断らずに参加しなさい」と。先輩のアドバイスは正しかった。美咲お酒は弱かったが、飲み会のような場は嫌いではなかったため、最初の2年ほどは結果も出せず苦労したが、もともと人と関わるのが好きな彼女は社内の飲み会にも積極的に顔を出し、仲のいい人を多く作って行くことで仕事も徐々に自分で結果が出せるようになっていった。


入社して5年目、一通りの経験をこなし、大きな案件複数経験して自信が出た美咲は、社内異動制度に応募してハードウェア部門へ異動した。ある意味傍流から本流に異動したわけで、彼女としても意気揚々の再スタートだった。前の部門でおじさんと飲むことに慣れていた美咲は、異動初日飲み会で、やはり50代の男性が多い同じチームのメンバーに対して「私はセクハラ大丈夫なんで」と笑って宣言した。意外だったのは、部門である優秀な40代マネージャーが、「そういう発言はやめたほうがいい」とはっきり言ったことだった。彼は今後役員まで上がるだろうと期待されている、社内のエースのような存在だった。えらい人からそのようにキッパリ言われたことで少し美咲ビビったが、その発言はそのほかのメンバーには笑って流された。


「82年生まれキム・ジヨン」を読んで、美咲には何かが刺さった。これまでの彼女人生の中で、キム・ジヨンのような思いをした経験が、同じ世代日本人女性なら1度や2度はあるはずだ。と、こんな風な長々した文章を書いてしまうくらい、何かを伝えなければ、声を上げなければと感じた。しかし何を言えばいいのかがわからない。何か目の前の明確な不平等を変えて欲しいわけでは無い、自分はむしろまれているほうだと思う、でもそれでも何度か自分のせいだけとは思えない壁にぶつかり、しんどい思いをした、ように思う。何が変えられるのかよくわからないが、とりあえず自分の思いを言葉にしないことには始まらない。

90年生まれで一番多い名前の、数多くの美咲に変わって、中途半端ですが、ひっそりとここに吐き出します。

今更「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想

この本しんどいな。

「82年生まれキム・ジヨン」を読んだ最初感想がそれだった。

土曜の夜23時、昼間参加した友人の結婚式の疲れを引きずりながら、少し暗くした部屋でベットに寝そべりダラダラと読んでいた。隣のリビングからは、夫が録画した刑事ドラマを見ている音が響いてくる。あしたは日曜で何も予定がなく、深夜までドラマを見続けるのだろう。美咲も多分、明日は午前中はダラダラと寝て過ごし、パンカップスープ適当昼ごはんを食べ、夕方なんとなく近くの駅ビルの買い物に出かけ、夕食は作るのが面倒になって外食で済ませて帰ってくるのだろう。結婚して1年近く続く何もない週末のいつもの過ごし方。

鈴木美咲1990年まれ28歳。生まれ山梨県で、大学上京するまでは地元自営業を営む両親のもとで特に大きな反抗もなく健やかに育ったと自分では思っている。勉強は小さい頃から得意で、地元進学校に進学した際には、東京に行くことが当たり前の選択肢になっていた。市内の一番偏差値が高い大学はいわゆる”駅弁”の大学で、進学校の中でも勉強のできる子は上京するのが当たり前だった。彼女の両親は東京大学を出て地元に帰ってきた人だったため自分大学上京することに特に違和感は抱かず、自然東京大学を目指した。根が真面目な彼女高校時代勉強に多くの時間を割き、国立大学不合格となったものの、無事都内私立大学合格し、18歳の春に上京した。今年で上京して10年目になる。


彼女母親時代女子が進学するといえば短大だったそうで、その時代東京の4年制大学卒業した美咲母親はそれを誇りに思っている節があり、娘にも上京を勧めた。母が20代の頃、美咲の母方は酒の卸業を営んでいた。当時はだいぶ繁盛しており経済的に余裕があったためか。美咲の母は就職活動をせず地元に帰り2-3年ほど家業を手伝い、美咲の父となる人物お見合い出会い結婚した。父は口下手で商売が上手なタイプではなかったが、家庭の中では優しい父親だった。母がよく癇癪を起こしているのに対し、父が言葉を荒げているのは美咲記憶にはない。花が癇癪を起こすのは大抵父が全く家事を手伝おうとしないからだった。母は父を一生懸命教育しようとしていたが、家事女性がやるものと思っていた父はなかなか身につかなかった。60代になりようやく自分で皿を洗うようになったと最近母が言っている。

美咲に対して、母は今後は女の人も外で働く時代なのだから一生懸命勉強しなさいと強く進めた。美咲の成績が上がると母も喜んだ。東京大学に行くことを賛成し、美咲英語が得意だとわかると英会話塾のパンフレットをたくさんもらってきては彼女能力を伸ばすことに力を注ぎ、美咲外国語大学志望だと進路希望で話すとその大学出身卒業生のエッセイなどを買ってきては彼女の夢を応援した。美咲自身は多感な年頃ならではの母親へのウザさのようなものは感じていたが、基本的には嫌いではない母親だった。


美咲地元にいた頃から一貫して共学で育ってきた。自分自身があまりまれ容姿ではなく、自分ニキビからかわれ、「ニキビ」という知性のかけらも無いそのままのあだ名をつけられてから男子が嫌いになりずっと距離を置いていたため共学ならではの彼氏ができるとか放課後一緒に男子と帰るといった甘酸っぱい青春を過ごすことはなかった。しかし、男子が身近にいることは普通だったし、2つ離れた年下の弟もいた。美咲勉強ができたが、それに対して男子比較されて何か不都合を感じたことはなかった。勉強ができる人は男女関係なく一目おかれたし、男女関係なく進路を好きなように決めたし、母のように女子短大といった時代でもなかった。ただ文系クラスの方が女子が多かった。男子があまり得意ではなかった美咲にとって、女子が半数を占める文系クラスは過ごしやす環境だった。国立に落ち第二志望で進んだ私立大学も、外国語教育に力を入れており文系がメインの大学だったため、全体的には女子の方が多い大学だった。大学の間も相変わらず彼氏はできなかったが、多摩地域のんびりしたキャンパスで4年間を過ごし、休みの間には短期海外留学経験して、語学力を向上させながらやりたかった海外分野の勉強をして過ごした。



自分女子であることに違和感のようなものを感じるようになったのは、就職してからだった。震災後に採用を抑えていた2012年就活戦線はなかなか苦戦し、50社以上のエントリーシート、20社の面接を受け、最終的に内定が出たのは2社だった。当初地元に帰ろうかなと思っていたものの、内定した会社は誰もが名前を知るIT企業メーカーで、大手企業就職が決まったことで、彼女自身家族もホッとし、東京に残ることを納得した。結局新しいことができそうなIT企業への就職を選んだ。IT業界リモートワークなどの制度を生かして女性活躍しています、と先輩社員セミナーで語っていたのも理由の一つだった。メーカーの方は男性ばかり出てきて少し古い印象を持ったことを美咲は覚えている。



美咲ソフトウェア製品営業職として2013年4月社会人生活スタートさせた。自分の同じ部門認識できる範囲には100人ほどの人がおり、女性の先輩も2割ほどいたので全くいないわけではなかったが、営業職の先輩は、みな独身か、結婚していても子供がいなかった。既婚子ありの女性の先輩は業務部門でひっそりと仕事をしている印象があり、営業職の美咲ほとんど関わりがなかった。営業部門は8割が男性で、かつ半数以上は50代だった。夜の飲み会は大抵自分以外はおじさんという状況が多く、美咲はその場ではじめて焼酎水割り・お湯割の作り方を覚えた。飲み会では大体業務部門の人たちは営業できないお荷物、という言い方をされ、美咲はただ笑って過ごすしかなかった。いずれ子供を産んだら自分もそこに行くのかな、という思いもある中、関わったことのない業務部門の人たちについて何かをかばうことも出来ないし、やり過ごすほかなかった。



その会社でのソフトウェア事業は、正直言ってメイン事業ではなく、ハードウェアのおまけのような扱いの部門であった。営業職として客先に行くには、まずは社内営業ハードウェア営業に客先の同行をお願いし、OKが取れたらやっと客先に行き、自分製品を紹介する。ある女の先輩は言っていた。「飲み会に誘ってもらえるのは女子特権なんだから若いうちの飲み会は全て断らずに参加しなさい」と。先輩のアドバイスは正しかった。美咲お酒は弱かったが、飲み会のような場は嫌いではなかったため、最初の2年ほどは結果も出せず苦労したが、もともと人と関わるのが好きな彼女は社内の飲み会にも積極的に顔を出し、仲のいい人を多く作って行くことで仕事も徐々に自分で結果が出せるようになっていった。


入社して5年目、一通りの経験をこなし、大きな案件複数経験して自信が出た美咲は、社内異動制度に応募してハードウェア部門へ異動した。ある意味傍流から本流に異動したわけで、彼女としても意気揚々の再スタートだった。前の部門でおじさんと飲むことに慣れていた美咲は、異動初日飲み会で、やはり50代の男性が多い同じチームのメンバーに対して「私はセクハラ大丈夫なんで」と笑って宣言した。意外だったのは、部門である優秀な40代マネージャーが、「そういう発言はやめたほうがいい」とはっきり言ったことだった。彼は今後役員まで上がるだろうと期待されている、社内のエースのような存在だった。えらい人からそのようにキッパリ言われたことで少し美咲ビビったが、その発言はそのほかのメンバーには笑って流された。


「82年生まれキム・ジヨン」を読んで、美咲には何かが刺さった。これまでの彼女人生の中で、キム・ジヨンのような思いをした経験が、同じ世代日本人女性なら1度や2度はあるはずだ。と、こんな風な長々した文章を書いてしまうくらい、何かを伝えなければ、声を上げなければと感じた。しかし何を言えばいいのかがわからない。何か目の前の明確な不平等を変えて欲しいわけでは無い、自分はむしろまれているほうだと思う、でもそれでも何度か自分のせいだけとは思えない壁にぶつかり、しんどい思いをした、ように思う。何が変えられるのかよくわからないが、とりあえず自分の思いを言葉にしないことには始まらない。

90年生まれで一番多い名前の、数多くの美咲に変わって、中途半端ですが、ひっそりとここに吐き出します。

anond:20240319152610

東京もまだまだそういうコミュニティはあるよ

無くなりつつはあるけど。

ニュータウン、タワマン団地など本当に終わってるコミュニティが増えてはいるけど

一部のお金持ち、上流階級はまだまだそういう意識を持っているし

子供にはそういう教育をさせている


自分高校時代、都外に下宿したし大学海外留学させてもらえたか

まだまだマシな感覚を持てていると手前味噌ながら思えてる


東京周辺にストロー現象で吸われている地方出身者は

本当にそのあたりを教育した方がいい

親も常識を学んでいないから教えられないし

社会も新しすぎて文化を持っていないから教えられない

イギリス産業革命くらいの文化破壊を受けたことを自覚したほうがいい

2024-03-17

アラフォー独身子なし借金持ち女だが夢を持っていいか

追記

トラバ!!!性別詐称疑惑かけるな!!

マジで最近はてな「これ書いたの女だ男だ」みたいな書いてないことを探ろうとするのよくないと思うわ

更年期アラフィフじゃね?設定甘いぞっていうのもマジでなんなんだ……

つーか「兆候がみられた」って書いただけで「閉経した」とは書いてないんだわ ちゃんと読んで

あとプレ更年期とかで調べて欲しい

ある日突然閉経した!終わり!じゃなくて順序があるんだよ

追記終わり】

追記2】

なんでアラフォー子なしなの借金持ちなんですか?

それは過去ブラック企業で働いていて生活費が足りてないのをクレカでどうにかして、しかリボ払いとかしたからだよ そして転職じゃなくてキラキラ女子セミナーみたいなので救われると思ってそういうところにお金入れちゃったからです!自己破産じゃなくて個人再生やってるけど今なら自己破産でもよかったかもしれないとか思ってる。ブラックリストに入ってることには変わりないし。で、今は転職したけどらそこもやーやーってなってる!人間欲望は尽きない。

あとホルモンバランス精神が〜とあるけど一応メンタルクリニックには行ってる。効果不明

親が食材くれるのは哀れみじゃないかもよ?

というのは単純にその視点がなかったから救いになった。そうかも。まあなんかイベント毎にLINEとかしてるけど顔見せる機会は年1とかだしなあ。

なんか兄弟は家買って子供作ってまともに生活してるのに自分だけこんなんだからなー!すまんな親!って思ってたわ

追記2 終わり】

最近更年期兆候が見られた。ついに来てしまった。老い。他にも老化はあるんだろうけれど、子なし希望なし独身女でも閉経が見えてくることへのショックはでかいのだなと感じた。(個人差はもちろんある)

そしてタイトルにも書いたけれど借金があり、毎月汲々としていて、資産形成?何それ?貯金すらままならないんだが?といった感じの生活で、はてなーの皆様の資産形成ハイソな話を聞くとやさぐれしまうが、しかしこうなったのはまあ自分のせいのでムカつくことに自分を殴るしかないんだよな。これが。

で、ずっと「自分はこうしてみすぼらしく一生を終えるんだ、それがお似合いなんだ、せめて姪たちに溶けた死体とか汚れた部屋は見られないようにしたい」とは思っていたんだが、更年期が来て、「本当にそれでいいのか?」ってなったんだ。

別にキラキラした生活がしたい訳じゃないし、ボロ儲けしてウハウハになりたいわけじゃない いやなりたいけど なんかもうちょっと夢見てよくないか?と思い始めた

今いる職場正社員でぼーっとしていても給料は入るけど、ずっと20年陰口に耐えなければいけないと思ったらすごく嫌になってきた。転職してるからどの仕事も苦労するって分かってるんだけど、仕事が大変!で愚痴じゃなくて「あいつのあい趣味キモいよね」みたいな中学生かな?みたいな陰口に耐えなきゃいけない、少なくとも5年10年、そしてそのコピーたちに囲まれなきゃいけないと気付いて普通に嫌気がさした。

別に陰口叩いても人並みならいいじゃん?と思われるかもだけど、普通に都内一人暮らし厳しい!世間賃上げ満額回答!だけどむしろ引き下げにかかろうとしてる会社だしいる意味とは……ってなるんだよね

で、自分には何もねえ手に職もマネジメント力も営業でこうしたクライアントと何かしたみたいな経験かいの。仕事内容言えないけどすげーニッチでさ

からしょぼくれた自分にはこんな仕事がお似合いだーってずっと思ってたんだよな 借金返しながら服一生買えないみたいな アラフォーでも実家が憐れんでたまに食材送ってくれるのマジで精神にキツいわ

なんだけど更年期入って自分の終わりみたいなのがちょっとだけ見えて、「このままじゃいや」って思い始めたんだよ 遅いか

正直20代でやっておけという感じたけど

まずはもっと人並みの生活できるところに転職したいし

海外行きたい 移住とは言わなくても いや一応夢はでっかく1年くらいは住んでみたいかもしれん カスみたいな経験でもやっておきたいわ 一応昔旅行とかプチ留学笑で差別とかあったし、単純に「やっぱ第二言語で話すのきちー!日本サイコー!」みたいなのあったけど 大人の今なら多少は受け流せそう

前60代の女ホームレスの人が頭殴られて死んだ事件あったけど、正直他人事みたいに思えなくて

自分もいつか家失って知らない人間に頭かち割られるかもしれない

まあ明日突然知らん人に刺されたり事故にあったりする可能性も普通にあるけど

でもなんかもっと夢やって死にたい

頭かち割られてもそれなら納得できる気がする

これ単なる躁鬱の躁みたいなのかもしれないけどネットに吐き出しておくね

これが中年の狂いかもしれん

越川俊之介くん、トロント大学盗撮たか去勢されるのおめでとう

留学できる英語力とお金、親の理解など

うらやましい才能が

盗撮でふきとんじゃったね

盗撮程度で名前晒されちゃって

ほんといいなーカナダは。

anond:20240316203642

パックンは昔福井留学経験あったからその縁で呼ばれたんだろ

それとは別に最近の傾向だけど地方ローカル情報番組東京コメンテーターが出てくると非常にがっかりするよね

出稼ぎしてんな!って

昔はご当地有識者なりご当地リポーターなんかがやってた夕方ローカル番組は全部吉本芸人に乗っ取られてしまったし

anond:20240317083942

どうせ日本でうまく行かないけど親がカネ持ってるから留学したんだろ

anond:20240317083942

留学して何してんだよ アホすぎんだろ…

2024-03-16

アメリカ留学した時に「この建物1960年のなんだぜ」って自慢された

とりあえずはしゃいでおいた

日本お土産渡したら「おいしくねえな」って言われたので頭かち割りたいなと思った。

2024-03-12

anond:20240312180218

留学したくらいで文化知れるんだったら観光で十分やろ

この時代に高い金払って先進国英語留学してるやつ

AI進化を信じてないの?

2024-03-11

欧米中韓先進国では「友達がいない奴=異常者」って考えられてるのに、なんで日本だけは「友達がいなくても大丈夫個性」って考えてるの?異常だよ

ちょっと前まで大韓民国留学していた増田だけど、

大韓では、「友達がいない奴=精神異常者に近い何か」って扱いだった


飲食店も1人で食いに行くやつはほとんどいないし、

たまにいてても日本で言うところのホームレスがお店にやってきたみたいな感じで、白い目で見られたり入店拒否とかされたりも当たり前って感じだった

現地で知り合ったアメリカ人中国人フランス人の人たちも皆

友達のいない奴は異常者」「1人で生きるのは社会迷惑をかけてるようなもん」と

皆口を揃えて言ってた


私が「日本人、特に日本の男は、友達がいない男がいっぱいいるんですよ」

って話と

「ウェ!?ウェェェェェェ!?」ってみんなドン引きしてた

「いやいや日本人は異常者だと思ってたけど、そこまでおかしかったんだなあ」とか「日本生産性が低い理由がわかった」とか

みんな言ってた

反論しようと思ったけど、当意即妙反論をおもいつかずに口を噤むだけだった

実際なんで日本人って「友達がいない=異常者」だと考えないんだ?

こっちから見ると異様だよ

2024-03-10

国立大に通って、性産業で稼いだお金留学行った身からすると親のお金私大に通ってる人に稼ぎ方について文句言われる筋合いはないかなって思っちゃう

2024-03-09

Xでフェミニズム恋愛婚活、反ミソジニー留学コスメなどについて解説して人気を博しているアカウント(裕福な家庭に生まれ育ち大学卒業後に外資系コンサル入社彼氏東大体育会系高身長の外銀勤務とのこと)の投稿を参照する限り、俺は社会的にも遺伝的にも底辺スペックらしい。

身長も低くガリガリで、顔もブサイクで、駅弁卒の地方公務員だが、俺だって決して怠惰に生きてきたわけではない。

自分なりには頑張ってきたんだ。

それでも俺は社会底辺

あのアカウント主の外銀彼氏が羨ましい。

俺もそういう男に生まれたかった。

低スペの遺伝子はここで止める。

2024-03-07

anond:20240307191727

フェミニズム意識の強い大学教授女も議員女も公務員女も官僚女も研究者女も医師女も帰国子女海外留学女も股開いて甘えてる奴なんてどこにもいないんだが?

どこにいるのか教えてくれよ

お前ら無能アンフェの大好きな統計ソース出せよ

中途半端中流エリート肉体労働したことがない

大手企業企画系に居るような中途半端中流エリートの話を聞くと

学生時代アルバイトとかしたことがなくて

起業ごっこしたり投資ごっこしたりして小遣い稼ぎしてたって話をめちゃくちゃよく聞く

しかも決まって「肉体労働なんてしたことないよー」という武勇伝を語りたがる

こういう奴らは親が強いわけでもないし貧乏でもなくてやっぱり中流

上流階級金持ちそもそもお金に困ってなくて留学したり海外修行という名の長期旅行したりしてるが

そういう人は意外と親の仕事を手伝うっていう名目で時給で働いたり

なぜか普通アルバイトをしたり引っ越しアルバイトしたりしてる(興味本位らしい)

一方で国立大から成り上がりエリート学生時代にアホみたいにいろんなバイトしてて

危うく反社系のバイトをさせられるとこだった、みたいな武勇伝もよく聞く

いろんな経験してる人が仕事では重宝されるし実際にも優秀で出世していくので

中流エリートはうざがられて成り上がりエリート成功していく

大企業に残らなくても転職したり新規事業したりして成功しているし人生謳歌している人が多い

肉体労働せずにごっこ遊びしてた奴らは中流エリートで留まってそれより上に行った人はいないし

転職しても学生時代ごっこ遊びの延長みたいなクソベンチャーで働いて緩い生涯賃金

FIREFIRE言ってるのはこの手の中流エリートで、こいつらの人生は何が楽しいのかさっぱりわからん

2024-03-05

anond:20240304161913

英語海外留学いかせろ

日本人友達のいないところな

一週間で号泣し一ヶ月も経てば話せるようになる

2024-03-04

anond:20240303015338

教養ってただ単に視点と考え方のコレクションだよ

からとある視点を持っていないと、まずそのコミュニティに入れない

これは非教養人を入れないようにしているわけではなく、そもそもそういうコミュニティに入ろうと思わないだけ

例えばフリーメイソンロータリーライオンズとかね


金持ち喧嘩せず、はここに起因する

金持ち同士で争っても利益が無いから争わないという理由も多少なり分かるが

それよりも多数の視点と考え方を知っているか

それを戦わせることの無意味さを理解しているだけ

から教養を身に着けることの大切さを上流階級ほど大事にする

海外留学にも行かせるし、リベラルアーツに通わせるのもそういうこと

2024-03-03

高学歴夫婦が良い会社に入って共働き湾岸にタワマン買って

子供をひとり産んで協力して仕事子育てを両立させて

子供を塾に入れて中学受験をさせて海外留学させて有名な大学に入れて

そんで卒業したら大企業就職するのかわからないけど

そも子供はいったい何者になるんだろうとふと思う。

また共働き湾岸にタワマンを買う人生を繰り返すんだろうか。

この輪廻世界から解脱させるにはどうすればいんだろう。

流されて海外移住するなよ

ゲロ吐きライオン国在住

X見ながらゴロゴロしてたら同じ国に住んでる日本人が「日本から出よう!海外から衰退する日本を笑ってやりましょう」みたいなこと書いて延々と日本揚げ足取りアンチポストしてた

海外移住する人って超ざっくり分けて

純粋海外というかその国が大好きで住みたかった

②なんらかの理由日本に住みづらかった

って感じだと思う

ちなみに自分は② ガチアスペなので「外国人」として生きるほうが楽だからという理由移住した しかしょっちゅう帰国してる

問題は②の一部で、なんか知らんけど「移住できた俺はえらい」「同じように苦しんでる人を救いたい」みたいな思考になりSNS日本叩きしまくり移住しまくりみたいな

そういう投稿見ると不安になるよね わかる

でも考えてみて そんなことしてる人がまともだと思いますか?控えめにいってもキ◯ガイだよね?自分家族恋人がやってたら嫌だよね?

というかディスになるけどさ そんなキ◯ガイに流されて移住したほうがいいのかなって思うくらいのバカなら母国以外では生きていけないからやめたほうがいいよ普通に

自分移住してみて文字通り世界が広がったか留学したり短期でも長期でも移住したりするのすごいオススメだけど

かに流されてネガティヴ理由で行動したり不安ななったりするのは頭おかしいよはっきり言って

移住してみて日本の良さがわかるようになった こんなこと書くとまた日本アンチが湧いてきそうだけどさ

2024-03-02

留学外国語が上手くなるのって大体女じゃね?

マンパワーやろなぁ

2024-02-29

男1人で韓日交流会に行ってはいけない

韓国留学から帰国

日本国内語学力を維持したいと思い

日韓交流会に勇気を出して一人で参加したところ

韓国人男性と日本人女性だらけのマッチングの場で、

日本人男性は誰から相手にされず空気となってしまった。


日韓交流会を装った宗教勧誘の場もまれにあるので注意しなければいけない

日本人韓国話者は圧倒的に女性が多いと思う

2024-02-25

地元最高!が1番幸せだけど、もう自分は戻れない。どうしよう。

小中学生の頃の自分はそこまで不満もなく生きていた記憶がある。

蓋を開ければ毒親祖父から性的虐待などそれなりに不幸だったのだけれど、当時はなんとなく嫌と思いつつ今ほどの絶望感は確実になかった。

んで、中学から高校に上がった時に、

通ってた中学自体の閉塞感やら、筋肉神話モリモリ、勉学への無関心さを実感して危機感を覚えた。

名前書けば入れるような高校クラスの大半が進学するような環境で過ごした自分からしたら、カルチャーショックがすごい。

高校にいったらみんな大学のことを考えていて、親から勉強しなさい!って言われて育てられたような子ばかりだった。

専門に行くにしてもやりたいことがあり、それを親と話し合えるような子たち。

このままじゃまずい!と思い、「大学なんて行っても無駄地元市役所職員を目指すのがいい」という親をおしきり、勿論塾なんて行かせてもらえなかった中でなんとか地方駅弁へ進学した。

更にそこでカルチャーショック

高校時代留学してたような子がちらほらいたり、親が同じ大学卒だったり。

うちの親は大卒どころか中卒。

もうこの時点で親は全く頼れなかった。

会話のベースになる知識(教養)量が自分と圧倒的に違った。みんながやりたいことを話していても半分はわからなかった。

COOP留学?じゃいか?とびたて?なにそれ?状態自分を置き去りに、同級生たちは続々とやりたいことに励んでいた。

自分バイトを頑張れるほどの熱意もなく、奨学金免除制度を使って生きるので精一杯で、あっという間に落ちこぼれた。酒とくだらない恋愛に酔って時間無駄にした。

それでもなんとかストレート卒業就職をしたけど、

次は自分空っぽさにカルチャーショック

就職先には趣味ゲーム日本〇位、とあるジャンルで有名ブログ運営海外教員をやっていた方、独立を目指す方など、仕事以外にもめちゃくちゃ面白い人ばかりだった。

お金を稼いで日々生きる以外のなにかをしてる人で溢れていた。

年1回は海外旅行にいけるお金の余裕、

優しいパートナー尊敬できる職場の仲間、趣味時間を得たのに、どんどん虚無感が増していく。

こんな自分は生きてる価値あるのか、みんなもっと頑張って何かを成し遂げているのに、自分は、とずっと追い立てられている感覚がある

金ない、教養もない、祖父性的虐待を受けている、それを自分のせいにしてくる親がいる状況より絶対今の方が幸せなはずだ

現に地元に帰れば、同級生のなかで自分が1番エリートな自信がある

でも満ち足りなさはステージを進めば進むほどましていく

このままの自分じゃ足りない、まだ何もできてないって

結局、似たような人たちで固まって、それしか知らずに地元最高!してる人たちの方が圧倒的に幸せなんだろう

海外旅行なんて行ったことない、センター試験なにそれ?(今は共テか)高卒すぐにデキ婚して親と同居!手取り15万でローンで車買いました!子供教育費?なにそれ?

そんなんばかりだけど、彼らは人生に満足してそうで虚無感、満ち足りなさなんて微塵も感じない

例えば世間の平均の箱が100だとして、その人が10しか持っていなくても、周りも10しかもってなきゃその人の中で10普通になる

100あることを知らなきゃ十分満たされる

自分身分不相応なところに来てしまったんだな、自分にそのポテンシャルはないのに、運良く100とか500とかな人たちに囲まれしまったと強く思う

でも100を知ってしまった以上地元にも戻れないし、100の周りにも追いつけない

から満足することなんて一生できないんじゃないかと思うと、もう終わりにしたくなる

いまは情報へのアクセスがしやすい世の中になったおかげで、努力と運次第で身分不相応な場所に来れるようになってしまった。

でも井の中の蛙井戸の底だけ見つめとくべきだったなって話。

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