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2017-03-27

納豆うまい

東京一人暮らしをしていた頃、私は週に3日〜4日、晩御飯にメイン扱いで納豆を食べていた。何年も続けてだ。

どんぶりにご飯を盛り、納豆は2パック、それに生卵を一つ、一味唐辛子を少々。それがいつものやり方だった。

たまねぎと溶き卵の味噌汁も好きで、納豆ご飯に合わせてよく作っていた(卵&卵になってしまうが・・・)。

他に豆腐野菜がある場合は、適当具材を入れる。たまねぎと卵のやさしい甘みが好きだった

実に質素なのだが、納豆の凄いところは、質素かつ安価であるにも関わらず、

この生活を送っている何年もの間、食べたくないなどと思ったことがないことだ。

それどころか、疲れて仕事から帰る道すがら、”よし、今日も美味しい納豆ご飯を食べるぞ!”とすら、思っていたこである

今では日本国外居住するようになり、納豆は手に入るものの、冷凍であるため、あまり美味しくなく、

生食用の卵も、日本とくらべて手に入りづらい環境になってしまった。

次、実家に帰ったら何食べよう。

いつも変わらず思うのは、納豆ご飯だ。もちろん、生卵付きで。

2017-03-26

上京して

今日上京して一人暮らしを始めたけど、コンビニとか飯屋の定員の声が小さくて「これが都会か……!」と思った

あとSuicaには勝てなかったよ……

1年目を乗り越えた社会人から就活生へ

俺はこの文章を、これからエントリーシートや、OB訪問や、面接に挑む就活生が、一人でも読んでくれればと思って書く。


俺は昨年、とある企業新卒入社した。社会人1年目がもうすぐ終わる。

その間に、俺の友人たちは多くが退職し、転職し、また心を病んだ。

それを眺めながら、俺は多くのことを学んだ。それを、少しでも誰かが役立ててくれればいいと思って書く。


君が会社入社して、働き始める。そこで何か致命的な不都合が起こる。そういうときに君は仕事を辞めるとか、違う仕事を見つけるとか、休職するとか、そういうことになる。

俺の知る、ブラック企業入社して、転職したやつらは、みんな楽しそうにやっている。それは良いことだ。転職は悪いことではない。

そしてやつらは、「2度目だから社会人を一瞬でも経験たから、良い仕事に就けた」と言う。それは一理あることだ、というか当然のことだ。

それでも、退職転職ものすごくパワーと時間を要する。そしてそこに前の職場で過ごした時間プラス、とんでもなく無駄時間だ。

(前職を無駄だとは思わない!というような転職の話は今回したい話ではない)

できれば、その会社に1度で入れるにこしたことはない。


これから書くのは、「どんな職場が生きやすいか」ということについて、一年見聞きしてきたことの感想だ。

身も蓋もない話だが、これを知っていたからといって、やばい状況を確実に避けられるというわけではない。

ただ、少しでもリスク回避ができるかもしれないとか、泥沼を泥沼と判断できるのが早くなるかもしれないとかそういう話だ。


最初に言っておくが俺はいわゆる典型的オタクだ。

家で一人で過ごすのは苦にならないし、あまり喋るのは得意ではない。パリピの対極に存在する。

というわけで、俺は大卒の中でも、どちらかと言えば同類の方のことを考えて話をしようと思う。パリピは頑張って生きて欲しい。君たちは大丈夫だ。


そんな、大勢でわいわい、体育会系のノリにはついていけない、という人間が、就活サイトとにらめっこをしながらどんな条件の場所で働きたいかを考えたとする。

「土日祝日休み残業はなし」

「小規模でアットホーム職場

上司との距離が近い、フラット職場

転職がない」

こういう文句に、君は惹かれるかもしれない。

趣味時間を使いたい。大企業大勢の中に溶け込むのはしんどい体育会系上下関係は苦手。できれば同じところでずっと働けた方が楽。それはその通りだ。


「この条件さえ揃っていれば、どんな仕事でも暮らしていけるだろう。私の生きがいは趣味にあるから仕事人間になる気はないし」

そういうふうに考える人もいるだろう。


しかし、ここには大きな落とし穴があると思う。



万が一、何か問題が起きたとき、逃げ場がないのだ。



まず1つめの「土日祝休み残業なし」。そもそもこれはけっこうな会社が条件に挙げている。しかし、本当にこれが徹底されている企業は多くはないと俺は思う。

残業めっちゃあります!土日も仕事してもらうぜ!」と看板にかかげる会社普通ない。(ぼかしてそう書くところはある)

職種によるところはあっても、完璧に条件通り、ということはないと思っていたほうがいい。


1つめの砦は早々に崩れるものだと思おう。そんな時、「それさえあれば、あとはなんとかなる」という発想で仕事を選んだ者は簡単に折れる。

二兎を追えないからと一兎を追おうとしたのに、その一兎すら捕まえられないのだ。

君がそのために生きようとしていた趣味は、もはや君を支えてくれるかどうかも危うい。


2つめの「小規模でアットホーム職場」「フラット職場

これは間違いなく危険だ。気をつけたほうがいい。

君は同じ職場の人とうまく人間関係を築けるだろうか。うまくいけば何の問題もない。

しかし、もしもうまくいかなかったらどうだろうか。

これは別に周囲の全員と、という話ではない。

1人、どうしてもうまくいかない人がいたとしよう。または、君をめちゃくちゃにいじめてくる先輩がいたとしよう。

前述したような場所で、誰かに相談をするのはそう簡単ではない。

そこそこの規模の企業というのは、相談先が多いのだ。

上司がひどいことをしてくるなら、別の部署上司でもいい、とりあえずたくさんいる同期にでもいい、どこかしらに逃げ場がある。

また、序列がはっきりしているなら、先輩がヤバイ人ならもっと偉い人に、もっと偉い人がヤバイなら同じランクの偉い人に、など、相談先の道ができる。


「小規模でアットホーム」な職場と言われて、極端に言えば銀魂の万事屋みたいなのを想像する、これが悲劇の始まりなのだ


そういう場所がないわけではないと思うが、まず新卒では入れないだろう。



3つめの「転職がない」も同じ理由だ。

会社だって簡単に辞められたくはない。

大きい会社場合、何か問題を抱えた人間がいると、一旦別の部署へ異動させたり、本人や問題人物を支社へとばしたりする。

そういう選択肢が、選べないということだ。

仕事内容ならなんとか対応できても、人間関係などに病巣があると、やめるか続けるか、0か1か、みたいなことになる。



たぶん、これらのことを忘れがちになるのは、俺たちがその人生ほとんどを学校で過ごしてきているからだと思う。

隣の席の人とうまくいかない、それでも半年もすれば席替えがあるだろう。

クラスちょっとなじめなかった、1年待てばクラスは変わるだろう。

別に仲良くする必要なんてない。やることだけやってれば文句はないだろう。


本当にそれをあと30年以上続けられると思っているのか?


こんな後ろ向きの話をするのもどうかと思うが、逃げ道というものを考えて、就職活動をしてもらいたい。



とは言っても、なかなかに難しい。入ってみないとわからないことも多いし、別に前述したような企業が悪いわけでもない。

ただ言えるのは

「これさえあればいいから」

というような心持ち職場を決めると死ぬぞ、ということだ。


今のこの日本では、人生の多くの時間仕事をして過ごす事になる。

それを、ただ金がもらえさえすれば(しかももらえないかもしれないのがこの時代だ)という気分だけで過ごすのはあまりもったいない

考えろ、サボるな、欲張れ。

「金」「やりがい」「得意分野」「人間関係」「休暇」「仕事量」「社会的ステ」

保険をできるかぎり多く持て。万が一どっかが欠けても、とりあえずいきなり心を折らないだけの支えを持て。


俺が言いたいのは理想論かもしれない。

けれど、頭のどこかに置いておいてくれたら嬉しい。

来年の俺が同じことを言えるか、それはまだわからない。けれど、自分自身のための保険として、こう言いたい。

社会人は、楽しい

良い結果が出ることを祈っている。




PS.ついでなので、そこそこ元気に社会人してる俺が、どういう点で生き延びられているか簡単に書いておく。参考になるかはわからない。

・前述したような逃げ場がある会社だということ

実際に別の場所しんどい目にあって、異動して別の仕事を楽しそうにしている人を見ると、まぁ生きてはいけるかなという気がしてくる。この余裕はでかい

上司が強い

社長世襲じゃない感じの、そこそこのサイズ会社なので、偉い人はそこそこすごい人。当たり前のようだけれど、案外人の話を聞くとそうでもないのだ。

護廷十三隊想像して欲しい。偉い人はなんとなく偉いのではなく、間違いなく強いのである。それを時々見て、うおお!卍解だ!強ぇえ!ってなるのはテンションがあがる。

ついでにちょっと他の部分で難があっても、まぁでもこの人卍解使えるしな……ってなるのでこころが穏やかになる。

一人暮らし

クッソ疲れて帰ってきても部屋が寒いし夕飯もない。それはつらいかもしれない。しかし、自由だ。俺が稼いだ金は俺のものなのだ。俺が捻出した時間は俺のものなのだ

というか正直、家族関係仕事で磨り減ったなけなしの精神強度を更に持って行かれている社会人をよく見る。そこそこの年齢の大人が狭いところに集まっていたら問題がおこるのは当然のことだぞ。家を出ろ家を。



以上。幸運を祈る。

2017-03-23

ずぼら向けの独り暮らし衛生手順書

1.古くなった食べ物トライする前にとりあえず電子レンジ加熱で2分以上殺菌しろ

 →香りが立つのヤバいもののヤバさが際立つ。かぎ分けやすい。たいていの菌も死ぬ(毒素は死なない)

 →古くなる前に冷凍庫にいれれば永久に保つ食べ物食パン納豆、炊いた米などたくさんあるから冷凍庫活用しよう。

 

2.うんこおしっこよりも土のほうがずっとキタナイ。土仕事・庭いじりはお前にはまだ早い。

 →とくに念願の一人暮らしに浮かれて彼氏彼女を呼び寄せエッチなことをするまえには土仕事軍手手袋で。

  くわしくはウェルシュ菌とか破傷風菌をググれ。土にいるやつらはやばい。マジ死なない。

  あとエロビ薄い本を真に受けないこと。

 

3.排水口のぬめり、便器掃除するときの強い味方はプール塩素

 →ハイターとかの緑のボトルピンク蓋の塩素漂白剤を、薬局で100円しないから1本買っておく。

  宅飲みにきた友達が、あとで下痢などを発病したときは自宅のトイレをよくこいつらで漂白殺菌すること。

 (ノロがいるとわかっている場合に限ってはうんこ>土かも)

  うんこつけちゃったパンツ洗濯にも下洗いしてから洗濯機用洗剤にこの漂白剤を少し足してまわす。

  うんこしっこゲロ触っても漂白すれば自分自身エンガチョしないですむとおもえばなんということはない。

 

4.窓を開けて花粉ほこりを入れる必要のないほど換気ありすぎな日本住宅が多い。

 →たばこ練炭備長炭マニキュア漂白剤と染髪剤を使うときだけ窓あけろ。

 →布団の下に桐すのこを敷けば万年床でもカビにくい。

 

5.電磁波に気を付けろ。真上が高圧電線通ってる(鉄塔の足元)とか、ベッド真下の階下がコンビニレストラン電子レンジコーナーの家は借りない。

  人によるが、充電しながらスマホつかってるとスマホもってる手がかすかに痛い(ビリビリしてくる)人間電磁波にかなり弱い。

  そういう人がワンディーケーの枕元に充電器を置いて充電しながら(目覚ましに使うために)寝たら1年もたずに他人理解されにくい病気客観的にはうつが一番あてはまる)になって朝がた、体が動けなくなる(一晩中、6~8時間みっちり脳みそめがけて電磁波あびてるわけだ。これは下手すると健康にとって職場よりキツい状況だ)。

  とにかく廊下とかで充電しろ。安い目覚まし時計廊下に置くのもいい。彼氏彼女との長電話固定電話機をつかえ。どうせ光回線とセットでそのほうが安いし。

  3G4Gよりwifiもまあ電磁波によわい人にはお勧めではあるが、まず充電時がヤバいからね。

 

健康第一

男だけど、メンヘラ不倫OL気持ちが痛いほどわかった

長くなるので短くまとめるが、今年初めに自殺未遂病院医療保護入院をした。

家族離婚し、一人暮らしになり色々悲観した結果だった。結局生き残ってしまったが




その前から少し精神科看護師都内病院でどこがいいか相談した事があった。

過去高校時代から6年間付き合っていた女性がその人なのだが、どっちかと言うと相談よりも会話自体が懐かしくて嬉しかった。


その女性学校卒業して東京に行ってから振られたので、ずっと「東京いって邪魔になった」ものだと思ってずっと恨んでいた。

彼女友達と悔しくて付き合ったり(最悪ですね)、色々それでも気になってネットでどこに居るか調べたこともあった。




Facebook経由で相手と繋がり、そしてそこで彼女は「鬱病になりどうしようもなくて逃げてしまった」という事をつい先日知ってしまった。

相手自身申し訳なく思っており、私の過去記事会社HPPR写真)とか色々見ていたようで、ずっと思ってくれたようだった。

けど恨んでいた私は母の死に焦り、当時付き合っていた彼女結婚子供を作っていたため、彼女は諦めて別の男性結婚した。




長くなったがここからが本題だ。

私はこの15年以上(妻には申し訳ないけど)忘れる事ができず、そんな状況でこんな話を聞いて色々と過去感情が蘇ってきた。

一人になってしまっていたし、またよりを戻したいと思った。しか彼女子供ができたばかりでそれはできないと言う。

しかし「親友として居たいし、カフェランチで一緒に過ごす事はできないかな?生きているって感じあえないかな?」と言う。


私はもうどうしようも無くてまた自殺未遂をした。今回は本当に本気だった。離婚のことも含めすべてに疲れてしまった。悔しくて彼女にはメール遺書だけ送った。

けど冗談のようで笑えるようだが、吊った紐がベルトだったので見事に切れて結局生き残ってしまった。

自殺未遂で吊った人はわかるかもしれないが、落ちた瞬間?は自分自殺した状況も何が起きているかもすっかり忘れている不思議状態だった。



その後メールを見ると、彼女は今入院中のようだった。詳しくは省くが「そんな状況の私を苦しめないで」という内容だった。

本当に申し訳無かった。そして見舞いに行けないか?という事でOKだったので5時間かけて行ってきた。



15年以上前彼女だったが何も変わってなかった。小さな子供と一緒だったけど、昔見た彼女のままだった。

本当は抱きしめたかったけどできなかった。私はこれからどうすれば良いのだろうか。



カフェランチ」をして満足できるのだろうか。

旦那がいる相手とそんな事をしてもいいのだろうか。本当は奪いたい。けど自殺未遂入院するような私に相手が付いてきてくれるとも思えない

そんな事を考えている時に、冒頭の「メンヘラ不倫OL」を思い出した。




「私にするの、それともその女(と家族)どっちがいいの!!(ナイフラー



では無いか。私はどうしようもなく悲しくなった

2017-03-21

どうすれば彼女を作ろうと思えるというのか

俺は一人暮らしだ。

ずっと一人暮らしだ。

マンガは好きだが割っている。

アニメも好きだが割っている。

エロ漫画なんて割ったことしかありません。

こんなクズと誰が付き合いたい思う。

こんな本性知って誰が付き合い続けてくれる。

でも待って、みんな実はそうなんじゃないの?

俺以外みんな割ってんじゃないの?

割れ厨叩いて自分は棚にって。

そうやって生きてんじゃないの?

もしかして俺だけなの?

じゃなきゃ彼女なんて作れないよな。

そうか、みんなやってないか彼女いるんだ。

そうか。

そうか。

そうか。

わかったよ。

頑張るよ。

未来彼女に逃げられぬよう、

未来の我が子に蔑まれぬよう、

この割れコレクション

今度のゴミの日に捨てるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170320222848

身体が悪い人が無理して働かざるを得ないっていうところが一人暮らしヤバイところだよなぁ。

ルームシェア自分も苦手なので人にすすめるもんじゃないと思うんだけど、共同生活出来るような友人がいれば多少でも楽にならんかなぁ、と思ったり。

金銭的にもメンタル的にも。

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170319211850

東京に出るのがベストか否かとは別問題で、

実家を出て一人暮らし絶対してみた方がいいよ。

あとシェアハウスで一月だけとか、なんらかの手段

1ヶ月だけ東京暮らしをしてみるのもオススメ

http://anond.hatelabo.jp/20170320222845

地方民で「都内大学に進学するため」という大義名分があったか一人暮らしを許してもらえたけど

都内実家ある人はどうやって家出るのかわりと気になってた

http://anond.hatelabo.jp/20170320222845

東京でその手取りでその近さで、一人暮らしする意味がない気がする

家賃だけで年間何十万かかるしわざわざ通勤ラッシュに乗るの?

 

やるなら転職とか、男をつくって同棲とかそういうのとセットになったときにやったほうがいいよ

(追記しています)

頑張っていれば、努力していればいつか報われるなんて言うのは嘘だよ。努力したって一生懸命頑張ったって報われない事の方が多い。

生きていればいい事があるというのもほぼ嘘。ただ生きていたって良い事など何もない。

平等っていう言葉も嘘だよね。人間は生まれながらにして不平等なんだし。

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でも、無駄だと言って頑張るのをやめたりうまく行かない事を何もかも全部自分のせいにしていたら生きているのが嫌になってしまう。

そんなの悲し過ぎる。一生懸命頑張ってる自分を認めてあげないと、いつか歪んでしまうよ。

って誰かに話しかけてるけど結局これって自分に言ってるんだ。

実は私、雇い止め仕事がなくなったんだ。

部署人達は◯◯さんにしか出来ない仕事も有るからいなくなったら困ると上に抗議してくれたけれど、部署の統廃合の都合でなので、上の決定は絶対だった。

それでずっと就職活動をしてた。面接の為に仕事を休む事が出来ないか面接を入れてもらうのは仕事が終わった後の夜遅く

対応してもらえる会社も少なくそれだけで面接を受けさせてもらえないこともあった。

それでもなんとか書類が通った所の面接に行き、毎日毎日少しでも分母を増やさないとと応募件数を増やす為に昼休みには携帯求人サイトに入り浸り。

でもメールをチェックする度に届くのはお祈りメールばかり。

面接までしたのにスキルや年齢ではねられることも多い。人柄はいいんだけど経験がねぇと面接で言われた時には流石に参った。

持病(身体的なもの)を理由に落ちる事も多い。それでも最初の内は仕方ないと思えてた。まだまだこれからだと思えてた。

でもお祈りメールが100通を超えた辺りからどんどん堕ちて、2月の頭には「今の仕事が終わるまでに次の仕事が見つからなかったら死のう」と思っていた。

甘い考えだというのはわかってる。でもその時はどうしようもなかった。そう言う風にしか考えられなかった。

不安を口に出す事も出来ず頼れる人もいない。時間けが進んで行き、仕事は見つからない。

就職活動が長引きそうだから事前に窓口で失業手当について聞いてみたけれど派遣は出ないと言われた。

何の為の雇用保険なの?と思ったけれど窓口の人には言えず、薄ら笑いでお礼を言って帰ってきた気がする。

役所相談しに行った際には仕事が無くなってからまた来いと言われた。

それでも凹む訳に行かないから人前ではずっと笑顔でいた。当たり前の話だけれどこれが結構辛かった。頭の中は常に不安でいっぱいだった。

一人暮らしから仕事が無ければ家賃を払えない→家賃を払えないならここを出なければならない→ここを出たら行く所がない・・・

マイナス方向へどんどん連想ゲームをして「そうか、死ねばいいんだ。なんだ簡単なことじゃないか」となった。

その考えにたどり着いた時に私は笑ってた。清々しい気分ですらあった。

でも今はもう少し頑張ってみようと思えてる。状況は何も変わってないけれど、もう少し足掻いてみようと思ってる。

死ぬことはいつでもできるけど、生きる事は今しかできないから、生きることを諦めないでみようと思う。

■追記■

先程これを書いた後にメールチェックをしたら、希望の会社ではないけれど1社から合格通知が来てた。

収入は今の3分の2になるけれど全くないよりマシだと思った。

残業も多く休日出勤も多いと言われているから実際にお願いするかどうかは病院身体の状況を詳しく聞いてからだし、

そこで働くとしても時給900円のバイトと変わらない金額からそれだけ暮らしていけない。副業も探さないと。

この仕事をどう思うかを相談出来る人もいない。

薄々は自分でもこの仕事ヤバいんじゃないかと思ってはいるけど、背に腹はかえられないという思いも大きい。

ちなみにその会社面接を受けたのは「ダメだったら死のう」と清々しい気持ちで思った直後だった。

諦めてしまたか自然体で面接を受けられたのかもしれない。笑い話にすらならないな。

今、凄く凄くやりたい仕事案件に応募している。

書類が通らないと面接に行けないし恐らくリミットを超えてしまう気がするけど、諦めないでアピールしていきたいと思う。書類で落ちたらどうにもならないけど。

■死の扱いについて■

ブコメトラバ死ぬことについて苦言をいただいておりますが、確かに皆様の仰る事はもっともです。

ただ私は昔から身体が弱く通院し続け薬を飲み続けていないと生きるのすら困難なので、仕事がなくなれば薬を飲めない→薬を飲めなければ・・・

健康体になりたいですがこの病気は完治しないため健康体にはなれません。

普通な一人暮らしなどしてはいけないそうですが、諸々の事情により一人暮らしせざるを得ません。

身内はいません。こういう事を話せるような友人はいません。

私の病気を知っている人は「薬を飲み続けなければ死ぬような人といるとこっちが滅入る」と言って離れていきました。

何回か友人の前で薬を飲んだことが嫌だったようです。

一時は生きるために必死に恥を恥と思わず色々な所に相談に行ったりしました。

何もしていない訳ではないですが、きっと私の努力が足りないのでしょう。それでも今自分が出来ることを必死にやっています

正直なところ、この状況で諦めずにいるだけでも精一杯です。

どうしてこう人生って苦難ばかりなのかな・・・勿論このご時世苦労しているのも苦しいのも私だけではないだろうけど・・・

いつから一人暮らしすれば良いと思う?

30代彼氏なし。(結婚、この後もきっと無し)


母と妹弟の4人暮らし

母は病気をし、現在働いてないが

兄弟普通に働いてる。

東京下町暮らし手取り20

貯金現在給料5か月分。

(遊び過ぎたw)

職場から自転車で5分。


そろそろ一人暮らしした方が良いのか考え中。

はっきり言って、職場が近いので

メリットが無いし

もう少し貯金してから動きたい。

でも、一度も一人暮らししないのは

どうなのか?とも思う。

でも寂しくなるだろうなぁ~とか

母さん残して家でるなんてヒドイ!とか

でもこのまま、40代、50代になっても家にずーっといるの私?とか

色々考えてぐるぐるしちゃう

増田達はどのタイミングで家を出た?

元増田だけど副流煙については

もともと外では喫煙所

家ではベランダしか吸わないので

あんまり変化はないかと思う

居酒屋なんかだと俺が吸わなくても他に吸う人いたら関係ないし

家の中や車でも吸ってる人だと家族への影響はだいぶかわるんじゃないかなあ

俺の場合そもそも禁煙によって摂取する副流煙の量が劇的に変わるという人がいなかった

まあ、もともと副流煙(喫煙)での病気リスクなんて遺伝喫煙意外の生活習慣が与える影響に比べればは誤差みたいなものだと考える人からよくわからん



匂いに関しては

妻が二ヶ月目にこちらから禁煙を伝えたら

「そういえば…」

ってレベル

会社ではもともと喫煙者が多く

俺の吸ってた銘柄臭いがつきにくいものだったということもあり

増田君って(タバコ臭いつけてるときあんまないけど)いつタバコ吸ってるの?」

非喫煙者から言われたレベルだったのでやはり気づかれない


からすると健康被害臭いがなくなったことよりも

出先でタバコによる定期的な数分間のタイムロスがなくなったのが嬉しいとのこと






ついでに禁煙効果?としてよく挙がる

非喫煙者以上にタバコが嫌いになる」というのもウソだと思う

ニコチンが抜けてる(禁断症状らしきもの経験してないので抜けてるのかどうかわからないけれど)今でも

クソコミュ障でも仲良くしてもらえるタバコという強力な「ツール」への欲求はあるし

例えば「喫煙席子供が近くにいるのに喫煙する喫煙者」なんかに対しては

以前は「オイオイ。同じ喫煙者としてまた白い目で見られるからやめてくれよ」と思っていたけれど

今では「まあ喫煙席なんだから自由だよね」と思うようになった

喫煙行為のものに対しても

禁煙して改めてタバコにも「六十利」くらいはあると感じているので

「どうせ世間の鼻つまみ者で、脳細胞死滅した中毒者ですよ」と自虐的感覚だったけど

今ではマナー守ってる限りは自由に吸えばいいよねと思うようになった

(俺は吸うつもりはないが)



タバコ臭いに敏感になるってのはホントだけど

(父がヘビースモーカーで幼少期から煙を吸い続けた人間からかもしれないが)せいぜい1.2倍程度

喫煙者喫煙所臭いが今までよりちょっと強く感じる程度で

今までまったく気にならなかったところからタバコ臭いを嗅ぎ付けるようにはならないし

タバコ臭いに極端に不快感を感じるようになったということもない





こんなこと言うと禁煙なんて意味ないと言ってるみたいだけど

俺は禁煙してよかったと思ってる

まず一番は妻が喜んでくれたこと

(関係いかもしれないけど)禁煙したら子供ができたこと

年間数万円の節約になること

そして

喫煙者非喫煙者わず禁煙して偉い!」と褒めてくれることだ

これに関しては不思議しょうがない

からすれば今までの人生この超ストレス社会で一度もタバコに頼らなかった人のほうがよっぽど偉いと思うんだが

ヤンキー捨て猫理論みたいなもんだろうか


anond:20170320000108




※なお我が家マンションですが

ちょっと特殊事情マンション

(詳しく言うと特定されるかもしれないので言えないけど)

我が家以外の入居者は誰もベランダの扉を開けたり洗濯物を干したりしない。そもそも我が家以外はほとんどの時間帯で無人

といったマンションです

自分たち洗濯物をベランダに干してるときタバコ我慢しておりました

ベランダ側の隣接建物は目測20メートルほど先までありませんし、20メートル先にあるのはとある会社事務所です

学生時代一人暮らししていた時は屋内で喫煙しておりました

なので、どうか、何卒、ベランダ喫煙していたことをお許しください

2017-03-18

専業主夫になりたい

(希望条件)

・年齢:32歳まで

年収:400万以上(将来性のあるお仕事をされてる方)

包容力のある方

(僕のスペック)

年齢:26

年収:360(残業込み)

学歴:関関同立

容姿:普通です

身長:176

料理:就職してから一人暮らしなので、割となんでも作れる

専業主夫と書きましたが、パートなら応相談です。

子供は僕はどちらでも良いですが、あなた妊娠希望場合子供が産まれるまでは僕も働き続けます

・朝のお弁当は週2までならお作りしま


僕と結婚してくれる方おられないでしょうか。

※年齢についてご指摘があったため修正しました。お弁当ですが、毎日作って貰っている家庭なんて逆に珍しいと思いますよ。

万物の霊長主義

人間万物の霊長と考える事は傲慢と言われるが、しかし生きる上では一番楽で都合の良い考え方なのではないだろうか。



2017-03-17

電気よ、ありがとう

電気にはほんと感謝してる。

だって電気が無かったらさっき食べたベーコンエッグも作れなかったもんなぁ。

あったかいお風呂のお湯に浸かれるのだって電気湯沸かし器が動くから

今日寒いな。ヒンヤリとした部屋を暖める暖房だって電気

まり返った一人暮らしの部屋。

パソコン付けてラジオを流せるのも電気のおかげ。寂しくない。

電気って当たり前すぎて感謝を疎かにしがちだけど、今、改めて感謝してる。ありがとう電気くん。

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-03-16

特に何もしていないが疲れている。

自分ニート日雇い労働求職者の間をさまようの実家パラサイト正社員経験なし。

しいて書くならお金が無い事に疲れたのだと思う。


ネット求人会社のお祈り通知が早くてありがたかった。最短1日。

選考も何もあったもんじゃないとは思うが待ってる間は緊張状態が続くのではやいに越した事は無い。


日雇いはあまり働いている方でなかった事と時期的なもの案件が減っている。

コンビニに入らなくなった。500円の課金もしていない。来月も変わらないか減るなら今月行きたかった交通費込みで食費も落として6000円位かかる予定もキャンセルしようか迷ってる。


学校で学んだ関係仕事は割とやりがい搾取薄給ブラックだったり、一人暮らしできるほど稼げなかったり。

楽な事に流れ続けた結果ではあるけど、なんだろう、疲れた

2017-03-15

最新の冷蔵庫に感動した

ステマだと思われるの嫌だからメーカー名出さない。

10年以上前に買った一人暮らし用の2ドアの小さな冷蔵庫使ってたんだけど、

引っ越しを機に最新の冷蔵庫を買った。

本当にびっくりした。最近冷蔵庫すごい。

野菜が1週間くらい余裕で元気。

しかしたら1週間以上持つのかもしれないけど、食べきっちゃうからわかんない。

あ、長ネギ10日くらい野菜室ある。全然平気。

レタスとか葉物野菜もずっとパリパリピーマンもシワシワにならない。

今までレタス冷蔵庫に入れた翌日にはぐったりしてたか

レタスがシャキシャキになる裏技」とか知ってるんだけど、もう必要なさそう。

よくテーブルフォトとか料理雑誌とかで野菜の種類が豊富サラダや付け合せ添えてる食卓見て、

「凄いなー、すぐダメになるのにこんなに沢山の種類の野菜買えるなんてお金持ちだなー、

食べ切れんのかなー、うさぎ何羽か飼ってるんかなー」

って思ってたけど、あれ違うんだね、良い冷蔵庫持ってたんだね。てかこれが当たり前なのかな。

毎日野菜買わなくても、毎日シャキシャキの野菜食べられる。

めちゃくちゃ嬉しいし本当に驚いたんだよ。

でも勝手に氷できる機能全然慣れなくて、

突然「ガガゴッ」って音出るのビクってなるからこの機能あんま好きじゃない。

2017-03-14

メンヘラたちよありがとう

結婚して2年になる。

3年間付き合った末の結婚ということだが、2年目から同棲していたので新鮮味はないが、今でも毎日「こいつと結婚できてよかった」と感じる。

妻は私を「気が利いてなんでもしてくれる優しい旦那」というようだが、そんな自分になったのも、これまで付き合った2人のメンヘラ元カノたちのおかげだろうと考えている。

1人目は高校生の頃だったろうか。

背丈は小さいが、しっかり者でクラスのまとめ役をこなせる、適度に発達した胸が特徴的な女性だった。

彼女と付き合いはじめた当初は、部活終わりに一緒に帰って彼女の家の近くの公園で談笑したり、週末に繁華街へ出かけたりと、普通生活をしていた。

私はしっかり者の彼女が時折見せる甘えた表情が好きだった気がする。

そんな彼女を(高校生ながら)愛おしく感じ、日々一緒にいる時間を増やしていった。

そうして付き合ってから数ヶ月たったある日、家に呼ばれる。可愛らしい妹が迎え入れてくれ、「実は両親が共働きしているが離婚寸前で家庭内DVも当たり前なのだ」というを話をされた。

ショックを隠し切れないながらも話してくれたことに感謝し、泣きそうな顔をする彼女を受け入れると「あなたなしでは生きていけない」と言われ、そのままベッドへ。

そこから毎日電話なりメールなりは必須で、連絡を少しでも怠るとすぐに着信が10件ほど入る。

これは困った、と思い別れを告げると、「今すぐ話がしたい」と言われ、よく訪れた公園に呼び出される。

最後からと向かうと(その日は確か夏で、大雨だった)、裸足で泣き崩れている彼女がいた。

さすがに鬼畜野郎ではないので落ち着くまで隣にいて、その場はとりあえず収めようと、別れないという選択肢を取ったが、そんなもの一時的なそれなだけであって、

すぐに別れた。



2人目は大学生ときだ。

彼女もまた、小柄で胸のふっくらした子だった。顔は少しきつく、その顔に見合った性格であった。

1人目と同様、対大勢と対自分での態度の違いに優越感を感じていた。


そんな彼女とは大学が同じで、かつ彼女大学近くに一人暮らしをしていたので、彼女の家に行き泊まることも多かった。

しかし、情緒不安定というか、自分の思い通りにならないことがあると、すぐに不貞腐れする部分に、少し疲れを感じざるを得なかった。

ある日、私が自宅から大学に向かっている途中、彼女寝坊をしてしまったようで、自分遅刻してもいいから一緒に大学へ行こう、というと、

「先に行って」

と言われ、そのとおりにした。すると、10分後くらいに

「どうして先に行っちゃうの?」

という。

仕方なく大学講義は諦め、彼女の家に行くと、それはそれでイライラが募るようで怒り出し、しばらくしてから泣いて詫始める。

そんなことがあった。

ただ、それでも可愛らしく見えてしま自分もおり、なんだかんだで2年は付き合った気がする。



2人のメンヘラ一部の人からするとメンヘラではないと思われるだろうが)を通じて、この程度が女性スタンダードだと感じるようになり、

相対的に軽度であれば耐えられるし、それが女性側の期待値であれば、比較的良好な関係を作れるようになった。

自分女性経験豊富にあるわけではないが、優しい彼氏としての立ち位置をしっかりと確立できるようになったのは、彼女たちのおかげと言っても過言ではない。

ただやはり、女性経験豊富にあるわけではなく、セックスも一人の女性と何度も、というスタイルが多かったので、その点においては改善する余地があるだろう。


今の妻はメンヘラとは程遠いも、やはり女性は甘えたい生き物なのだろう、甘えたいときには思いっきり甘えさせてあげるようにしている。

妻を見ていても、元カノたちの付き合う前を思い返しても、メンヘラに落ちるまでのあと一歩というのがあり、その瀬戸際を見極めるのは、男性側にも責任が大きかろうと思うのである

まりは、メンヘラは男を育てることに寄与する部分が多分にあると考える。

否定論者はそもそも付き合わないのだろうが、多少の耐性がありそうな男性は、一度メンヘラと付き合っても良いだろう。

取り返しのつかないことにならない限りは、後々感謝する場面が、現れることもある(かもしれない)のだから

彼女は嘘つきだ

付き合いだして半年最初の頃は毎日のように会ってたし、実家暮らしだった俺は彼女もっと一緒にいたくて実家を出て一人暮らしまでするようになったのに、ここ三ヶ月ほど週に一度くらいしか会わなくなった。

俺はリーマン20台半ば、彼女大学生

付き合う以前から友達期間も何年かあったので、彼女性格はそこそこ知ってて、浮気とかはするかもしれないが、きっちりしたところがあって他に好きな人が出来たのならはっきり言うタイプ

から、分かれるとかの心配あんまりしてなかったのだけど、それにしてもここ三ヶ月ほど「色々と忙しくて」と言う。

理由を聞くと「大学友達飲み会があって」だの、「実家を手伝わないといけない」だの、「バイトで他の子が辞めちゃったから」だの色んなことを言ってくる。

最初のうちは、俺も「色々彼女も忙しくて大変なんだなぁ」と思っていたが、こうも続くと流石にちょっとおかしいと思うようになった。

そんなある日、ふとうちに来ていた彼女の指先に目が止まった。

彼女マニキュアなんかつけたことは無かった筈なのに、右手薬指に僅かにそれが残っていたのを見逃さなかったのである

それに、なんか香水っぽい匂いも僅かにする。

彼女の事は高校生時代から知っているが、そんなに化粧するようなタイプではなかったし、それに俺は香水臭が好きじゃないとも伝えていた筈。

それで「なんか香水匂いがするけど?」って尋ねたら、少し慌てた感じで「ああ、ゴメン、友達香水付けるすぐ横にいたか匂い付いちゃったのかな?」って。

それ以上は尋ねなかったが、それではマニキュア説明が付かない。

嘘だと直感した。

それでその発見の翌日、彼女大学生友達にそれとなく彼女の事を聞いてみたら、驚愕理由が判明したのである

彼女SM女王様だった。

その友人はてっきり俺がそのことを知っていると思ったのであろう、驚いた俺の反応に友人も驚いていた。しかも、それとは別にクラブバイトまでしているという。

で、彼女にそのことを問い質したら自白したのが昨日の事。

俺と海外旅行たかったので、お金を稼ぎたかったんだと。

でもクラブはまだしも、どうしてSM女王様までしてるのか?と聞くと、クラブに来ていたどっかの社長に紹介されたかなのだとか。

抵抗は無かったのか?と聞くと、あっさり「面白そうだと興味を持ったw」と悪びれずに告白した。

なんで俺に黙って嘘突いてたのか?については「そんな女の子だとは思われたくなかった」んだって

いやいや、十分すぎるほど俺も興味深いよ、彼女SM女王様だったなんて。

から根掘り葉掘りSM世界について教えてもらったわけだが、どっかの社長さんとか重役さん、市会議員さんとかがいっぱいくるそうで、世間で良く聞くような世界がほんとにあるのだなぁと感心したわけである

ちなみに、そのバイト先では1、2を争うほどの人気者SM女王彼女であるそうで、本気でやるつもりは無いがかなりハマってるんだってさ。

ちなみに、きわどい格好はしても胸などを見せる事もなく性行為は一切無いそうである相手のイチモツを見たり踏みつけたりする事はあるらしいが。

ともあれ彼女の稼ぎで来月辺りにヨーロッパ旅行計画している。

2017-03-13

学歴コンプレックスを抱えているので、

大学に通うのに実家からは遠いか一人暮らししただとか、

学生時代はとにかく勉強漬けでとか聞くと、

支援出来るだけの裕福さが親にあってえぇですなぁって思う。

親には一ミリの期待も出来んから勉強漬けの前にまず収入を得る為に働かなきゃいけない。

働かずに学校に行ける環境がとても恵まれている事を、大人になって気が付いた。

中高時代もっと真面目に勉強すればよかった。

増田活躍する11人の増田たち

増田の一日は長い。

朝は5時から、夜は明け方の4時過ぎまで。

ほぼ24時間シフト制で誰かしら働いている。



ここで増田活躍する増田たちを紹介しよう。

増田1 35歳 男性 会社員郊外新築を買ったため、片道2時間かけて職場に向かう。満員電車の中で増田を書く。

増田2 30歳 男性 会社員。きままな独身一人暮らしマイペース職場に向かい仕事中に増田を書く。

増田3 40歳 女性 会社員。唯一の女性増田アニメが大好きだが変態男は嫌い。仕事から帰ってから増田を書く。

増田4 21歳 男性 大学生研究室に配属され、研究漬けの日々。その合間を縫って就活にいそしむ。3日に一回くらい増田愚痴を書く。

増田5 24男性 大学院生。かなり優秀ですごい研究をしている。何がすごいのかは分からないが、論文など数多く執筆しているようだ。増田4が愚痴るとやって来る。

増田6 32歳 男性 無職。夜に起床。明け方まで増田に書き込む。

増田7 33男性 会社員変態下ネタが大好き。一日中増田下ネタを書く。

増田8 23男性 新卒。慣れない仕事が多く、上司や同僚の悪口増田で書く。

増田9 45歳 男性 会社員。最高齢。しかし、年齢の割には大したことを書かない。精神年齢実年齢より10歳くらい遅れている。

増田10 28男性 会社員仕事にも慣れ、いっぱしの社会人を気取る。人生経験は浅い。実は童貞

増田11 38歳 男性 無職社会へのいらだちから、すぐに他の増田を煽る。



以上、総勢11人の増田たちが交代で増田を書いている。

時には人数が足らずに自演することもあるが、基本的にどの時間帯でも一人は駐在しているので暇なときはかまってもらおう。

2017-03-12

毒親持ちのシステムエンジニアSC合格するまで

こんにちは

私(♀)は今、北日本のどこかにある某システム会社システムエンジニアをしています

20歳就職し、今年で5年目になります

小さいときからパソコン電子工作が好きで、高校卒業後は情報系の専門学校入学しました。

飛びぬけて優秀というわけではありませんが、進学の推薦に困らない程度の成績は維持していました。

卒業がせまったときに進学か就職かを決めることになりました。

私子ちゃんの成績なら進学なんでしょう?」「私子は進学のほうが向いてるよ」と周りからは言われました。

私も進学したいという気持ちがありました。

親に相談したところ、母は「ダメとは言わない。進学するなら奨学金を借りてほしい」と言いました。

父は「四大を卒業した女はすぐに結婚して辞めると思われる。四大なんて女が行くところじゃない」と言いました。

父が言うならそうなのだろうと思いました。

奨学金を背負うだけの覚悟もなかったので、就職を選びました。

今のシステム会社入社し、同期の1人と一緒に運用系の部署に配属されました。

学生時代はCやJavaの基本について学んではいましたが、その部署ではプログラミングをすることはほとんどありませんでした。

代わりにLinux,TCP/IP,ネットワーク構築の技術が求められました。

LinuxTCP/IP,ネットワーク構築は初めて見る知識で先輩が教えてくれる業務をこなすの必死でした。

一緒に配属された同期は性格の明るさと器用さでどんどん仕事を覚えていき、私と差がついていくのがわかりました。

のし我が家

同期と差がつけられるのが悔しかった私は、勉強をはじめました。

とりあえず応用情報(AP)を取得しようと思いました。

基本情報学生時代に取得済み)

そのころ、我が家祖母介護めぐりよく父と母がけんかしていました。

母が「殺せ!殺せ!私を殺せ!」とはさみを持ってよく叫んでいました。

私と弟が母親をよく羽交い絞めにして止めました。

祖母は、父に対しかなりの毒親っぷりを発揮&クソトメであったため、介護も大変だったようです。

家族喧嘩を見つけたら止めなくてはいけなかったので、

喧嘩を見なければいいと思った私はよく図書館勉強していました。

その秋のAPは落ちました。

パワハラおばさんとの出会い

配属されて1年ほどたったころ、私はある女性40代、既婚)の下で働くことになりました。

ほぼ男性部署で、私が入社する前は部署唯一の女性でした。

以下おばさんと呼ぶことにします。

「なぜわからないの?」「かんがえたの?」「もう1回調べて」とよく言われたので、言うとおりにしました。

厳しいなぁと思いましたが、私の成長を思ってしてくれているのだと思いました。

自分なりにがんばってみるものの、つき返される日々がつづきました。

そのうちに、夜眠れなくなりました。

おでこにきびで埋め尽くされました。

出社前に嘔吐するのが日常になりました。

毎日倦怠感がありました。

仕事 がんばる 方法」「仕事 落ち込み 立ち直る」でぐぐることが多くなりました。

いろんなにきび治療方法を試したので、にきび治療に詳しくなりました。

元気出す系のドーピングアイテムにも詳しくなりました。(レッドブルからプラセンタまで)

ある日、おばさんが言いました。

あなたを見てるとイライラするのよ。あなたの成長なんて知ったこっちゃないのよ。さっさとやってよ。」

その後、うつ病と診断され、1ヶ月会社休みました。

うつ病になってから

我が家うつ病理解があるとは言いがたい家庭です。

土日出勤・給料未払いというブラック企業勤めの弟が居たので、相対的ホワイト企業勤めの私がうつ病、ちゃんちゃらおかしかったのでしょう。

夕食のときに、父が「会社を休むのなら学校にでも行け」といいました。

私はおもわず泣きました。

「飯がまずくなる」と父にしかられたため、自分の部屋で食べました。

休んでいる間の家族の目がつらかったので、1ヶ月で仕事に復帰しました。

「つらかったら半日で帰ってもいいんだよ」と上司男性、おばさんとは別人)に言われましたが、家に帰ってもろくなことがないので、定時まではたらきました。

そんな中、弟が交通事故で重傷を負いました。

弟は障害者手帳を持つようになりました。

弟の日常生活を、家族サポートするようになりました。

ある日、私が自分と弟の夜ご飯を作るよう言われていましたが

用事があり作りませんでした。

弟は帰るなり私を殴り、「なぜ俺の飯がないんだ」と叫びました。

さすがに理不尽だと思い親に訴えました。

母は「あの子やかんみたいな子だからね。すぐに沸騰するのよ」といいました。

その後親から弟にお叱りがあったようです。

弟は私に会うたびににらむようになりました。

親に言いつけたことへの報復が怖くて、夜は自分の部屋の扉に、机やいすでバリケードを作って寝ました。

一人暮らしをはじめる

APは5回ぐらい落ちました。

親の怒号や弟の報復におびえることな勉強できる場所がほしいと思いました。

実家暮らしで、うつ病趣味もなくなっていたので、お金はありました。

親は、一人暮らしをすることについては何も言いませんでした。

引っ越したのは大通り沿いの木造アパートでした。

隣の部屋のおじさんの声、車の音がうるさかったですが、親の怒号や弟におびえた日々に比べたら天国でした。

好きな時間にご飯が食べられる。

好きな時間勉強ができる。

好きな時間に帰ってこられる。

家事料理も楽しくて苦になりませんでした。

引っ越しからAPに受かりました。

調子に乗ってSCも受けたら、受かりました。

以上です。

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