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はてなキーワード: モチベーションとは

2016-09-29

戦闘に勝つ」と「戦争に勝つ」は違う

一個前の投稿でも書いたけど、タイトルの内容。



日米中ロ、どこも北にいったん「戦闘で勝つ」ことはできるかもしれない。でも「戦争に勝つ」ことができるかね? マッカーサーは一度、北朝鮮に「戦争で勝とう」としたわけだが、それでどういうことになったか知らないわけじゃないよね。北相手に「戦争に勝つ」ってのは、国際政治も含めた全体の中で「勝つ」ということでなくてはならない。その意味あの国に「勝てるから攻め込もう」という国があるかね。

そして戦中戦後に大量に発生するだろう難民、それにまぎれたゲリラテロリスト、そして不安定管理の下にある核ミサイル発射の危機…そのどれ一つとっても、実行された時点で、実行された側の政治主導者は、危険戦争自国民を巻き込んだ見通しの甘さを激烈に批判されるだろうね。それだけのリスクを冒して得られるメリットを示せなければ、戦争自体継続できないのでは。だが、一体どんなメリットが示せるだろうか? ……事前に「北の脅威」を過剰に宣伝して「脅威の排除」をメリット国民が感じるようにする? なるほどそれは一つの手だ。だがその宣伝は同時に、北からの「反撃リスク」を実際以上に高い効果のあるものと感じさせるという意味では、結局宣伝効果相殺されるのではないだろうか。イラクの時のように「大量破壊兵器があるから」とやる? 残念ながら「ある」と本人らが宣伝しまくってる現状を見ても、それが戦争へのモチベーションとして働くよりは、抑止力として働く効果の方が大きそうだね。

ならば「非人道的政治体制転覆」それ自体目的とする? それほどの「正義」感と人類愛、人権意識の高い国(笑)アメリカ以外にあるかなあ。そしてそのアメリカは……過去経験というトラウマに襲われてる、その上イスラム原理主義と同様の泥沼戦争継続中……ときたら、まあ手を出す気自体が起きないだろ。



結局あの国については、ゆるやかに崩壊を待ちつつうまくお隣の韓国に吸収してもらうのを待つ……くらいしか対応のしようがない。正直「戦争で北に勝つ」なんて、あなたのあげたどの国にとっても夢物語だ。あの国に勝ち、あの国自分のいわば「領土」として引き取りたいと積極的に思う国はない。そして、勝ちたいと思わない限り戦争には勝てない。オレが言ってるのは最初からそういう話。あの国は当分あのままだ。それは、誰もあの国に「勝ちたくない/勝てない」からだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160927144855

2016-09-28

http://anond.hatelabo.jp/20160928173516

感情抜きにどれだけモチベーションを維持できんだよ。

できないから、冷静な意見とやらは通らないんだよ。

感情論価値があるというよりは、感情を伴わない綺麗事には力がない。

IoT化ってもう日本は手遅れなのかも

電動スケボーやら電動ベッドやら睡眠デバイスやらと、いろいろなIoTデバイスが登場し始めて数年

まだまだいろいろ出るだろうけれど

最近海外のほうがよっぽど革新的製品を小さなメーカーがつくっている

日本メーカー資金力があるのに全然スピードも何も遅すぎる

まじめに、すぐに耐久性とか言うけど、そんなにもたなくてもいいんじゃないの?

結局、電動スケボーでも全然乗れる場所ないし

電気用品安全法や消費生活製品安全法などの障害もあるのだろうけど

とにかく日本では開発が遅れがち

せっかく作っても使えないのであれば、作る人もモチベーションあがらないよね

日本で開発が進まないのはIoT関連の法整備の遅れが原因という部分もありそう

なんか、人のこころが温まるような何かみたいな、心拍センサー使ってやる何かくらいの緩い方向性デバイス作るくらいしか日本は戦えていないのは本当につまらない。

電化製品関連だけではなく、道路交通法などいろんなものを早くまきこまないと、すぐ手遅れになるだろうし、もう既に手遅れなのかもしれない。

エンジニアの心を折るタスク

基本中の基本

穴掘って埋めるだけみたいな作業エンジニアに限らず嫌がるものだが

ITではそういうタスクを生み出しやす

 

無意味作業だけでは足りない

無意味作業を非常に頑張ってやらせることが重要である

 

  • 全く糧にならない作業

エンジニア勉強し続けないとどんどん時代から取り残されていく

全くどの方向に対しても勉強にならない作業をさせると

焦燥感勝手に折れていく

 

エンジニア理論的に、効率を求める職業

なのでどう考えても非効率だとか、どう考えてもおかし仕様実装していると

徐々にモチベーションが下がり病んでいく

 

どの職業でも同じだが、無駄に金や人命やクリティカル機能担当すると

普通に消耗していく

 

ここらへんは普通

俺何やってんだって考え始める

 

 

まとめると

シビア責任を伴う、非常に複雑で難しい仕様を、納得しないまま押し付けられ

スキルも上がらず、待遇もよくなく、事業的にもあまり価値のないタスク

金融系のエンジニア疲弊してる理由がよく分かるね

 

これらを逆にすると、エンジニアパラダイスに近づくだろう

2016-09-27

互助会ブログが鬱陶しい

内容がない。ブログ本編に限らずそのブコメも「参考になります」「最高です(笑)」「よくわかりますw」といったものばかり。いつも同じ人同士でブクマしあっている。

鬱陶しい。

はい弱者の戦略としては理解できる。

そうして互いの承認を得ることはすなわちモチベーションを得ていることとほぼ等しい(そのモチベーションの先にはアフィリエイトでの金欲が大きいのだろうとは感じるが、それも否定するものでもない)。

時たま、互助会の外からブクマする人も出てくればモチベーション流入数の正のフィードバックも得られるだろう。

互助会の中にもきっと様々な理由でやめる人も出てくるはずであるから、続けていさえすれば相対的につまらないものが淘汰され、そのうち文才を花開かせた者が私を、あるいは社会を楽しませる記事を書くようになる可能性も当然ある。たとえ今、ブログの中身がスカスカであろうともしかしたらという将来を見ればすぐさま否定する必要もないだろう。テキストサイト時代Flash時代YouTube時代、何度も繰り返されていたことだ。

が、ここしばらく(1週間程度)露骨商品アプリの紹介を始めた互助会ブログがいくつかある。テメーらはダメだ。つまらないだけでなく、ホッテントリにつまらないものを垂れ流すのだから

と怒りを感じたが、こうして文字に起こしてみると何に怒っているのかよく分からないのである。私が何に怒っていたのかを心の中で整理し直すと、単純にステルスマーケティングアフィリエイトに対する忌避感が中心にあるようにも思うが、それは上に書いたようにモチベーションの一つとして否定する気はない。美学問題とまとめることもできる気がするが、美学こそ誰と共有できるものでもなかろう。

それにホッテントリにつまらないものが流れたからといってなんだというのだ。そもそもホッテントリなんてものを見るほうがおかしいのかもしれない。よく、はてブは気に入ったブックマーカーお気に入りに入れるのがよい、という意見を見るから、それを実践していない怠惰自分がいけないと考えてもよいはずだ。そもそもつまらないならはてブなんて見ずにいつも通りPCから離れて本でも読めばいいのだ。なぜとやかくいう必要があるのか。

互助会が互いをブクマすることでブクマ価値基準を根幹から変化させるのがいけないようにも思う。

となると自分にとっていつの間にかブクマが高い価値を持っていたのだな、と気付かされたのだった。

つの間にか互助会に対して感じていた怒りが徐々に浄化されたのでひとまずここまで書いてメモとしておく

2016-09-21

[]9月21日

○朝食:ヨーグルト

○昼食:おにぎり(しらす、昆布、シャケ)

○夕食:回転寿司納豆納豆タマゴ、ハマチサーモンサーモンマグロネギとろ)



調子

はややー。

お仕事適当にこなした。

雨が上がって、ようやく気分も上向いてきたかなあ、と思ったんだけど

なんと傘を電車に忘れるというミスをしてしまい、ちょっと嫌な感じ。

まあ、傘ぐらいいいか、買おう。

明日はお休みなので、はややーっとしようと思う。



妖怪ウォッチ

五章をクリアして、現在六章を攻略中。

RPGとしてのバトル部分のゲーム性や、集めゲーとしてのキャラクタ収集要素とか、フィールド探索要素とか、

ゲーム部分はぶっちゃけマンネリ化が進んでるポケモンよりも新鮮で面白い部分があるかも? とか思ってるけど、

ストーリーが……

いや、対象年齢考えればこれで良いのかもしれんけど、さすがにモチベーションを維持できる展開ではないなあ……



バッジとれ〜るセンター

ノー課金

ポケとる

ポケモンサファリ攻略中。

残りは、エテボースハハコモリ

ボールを投げる投げないどころか、遭遇すら出来ない。

サファリ、楽しくないなあ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

オナニー風俗の違い

手淫を何度繰り返しても、オナホールに何度出しても、モチベーションはあがらない。

風俗女性と触れ合うと、一度の射精だけでもモチベーションがあがる。

やる気を出すための最終手段としての風俗は、アリだと思うんだ。

成人の発達障害者でも、発達障害児向けの情報が役に立った話

俺は成人して就職してしばらく頑張ってたんだけど、

ある時二次障害発症して家を出られませんみたいな状況に陥ってから治療過程で色々検査をしてADHDアスペを併発していますねと診断された。



それ自体は、ああ、やっぱり俺はおかしかったのか。と割と素直に受け止めて、それならそれで親からもらった顔や体の特徴みたいなものだし、

そこでゴネても何も変わらないからあるもので何とかやっていかないと仕方ないよねと考えて、自分でも症状について調べたり、自分用の対策を考えて試したりするようにしている。

まあ、うまくハマる方法を見つけるまでは劇的に変化があったりはなかなかしないし、いい変化があってもそれを継続するのは難しいので、

なんだかんだと仕事をクビになりそうだったりならなさそうだったりしながらどうにか日々を凌いでいる感じだ。



ともあれ、自分でも色々と情報を探していたわけだけれど、診断された当初は、とりあえず最近話題の成人の発達障害だとか、発達障害のもの記述ばかり読んでいた。

本も数冊読んだけれど、ネットの方がやっぱり手軽なので手の空いたときにふらふらと検索している。

そして最近になって、発達障害児関連の情報に割と有用ものが多いことに気付いた。



最初は内心「そうは言っても、もう俺成人してるしな……」と思いつつ読んでいたのだけれど、

「こういう部分が理解しづらくてつまづくことがあるので、その場合はこうやって教えていくと理解やすいかも」といった記述を読んで、

そういうことだったの!?それでいいの!?と驚いたり腑に落ちたりすることが、とても多かったのだ。

そこには、幼少期にいくら言い聞かせられても、なぜそうしなければならないのかピンとこなかったようなことについて、

「それならそうと初めから言ってくれればよかったのにー」と言いたくなるような、すんなりと頭に入ってきて自然に受け止められる言葉の数々が並んでいた。



このことから考えると、どうやら自分の発達レベル幼児レベルで早々につまづいていて、

なんとなく腑に落ちないまま表面上だけ誤魔化してきたけど、実際の理解はそのままそこで止まっていたということらしい。

30歳近くなって、自分の発達レベルがところどころ幼児レベルだと思い知らされるのは正直なかなかクるものがあるが、現実なんだから仕方ない。

というか、いくつかの情報を得たときの目の前のモヤが晴れていくような感覚がショックすぎたので、60や70になる前に気付いただけいいじゃないかと開き直って考えている。



この調子で目から鱗がボロボロ落ちていくようだと、俺は自分でも気付いてないだけでまだまだたくさん取りこぼしてきているのだろう。

現在直面している不都合の直接的な解決策ではないけれど、そういった問題が起こる根本の原因として、

どうやら自分はここでつまづいていたようだ、ということが段々わかってくるので随分と助かっている。

夜な夜な一人で幼稚園小学校をやり直しているような気分だ。



というわけで、似た様な状況で、なんとかしたいなーと「発達障害 成人」とかでググってみても「あー、あるある」以上のものがあまりみつからない人は、

発達障害児向けの療育の事例について具体的に書いている記事に触れてみると、俺のように思いがけない発見があるかもしれない。



それにしても、何度かあった療育を受けるチャンスを、親が「ウチの子はまだマシでそこまでする必要はない」と判断せずにいれば、

人生もっと早い段階でこういったことに気付けて習得できていたかもしれないなというのは、少しだけ口惜しい。




(追記)


これだけ書いて一つも例を出さなものアレだなあと思いつつ、

でも誘導とかしたいわけじゃないし、既に長いし、というか正直ちょっと恥ずかしいし……と思っていたのだけれど、

ブコメでも例がないとイメージしづらいという指摘をもらったので、やっぱり一番強烈だったやつを一つだけ追記しておく。



衝動性が強くルールが守れない子にルールを守る大切さを理解させるには、

 衝動を抑えてルールを守ることが、結果的自分利益になる。と利益を強調して伝えてみます。」



こんな一文を読んで、誇張ではなく涙があふれてきた。

うわー!なるほど!なるほど!!確かに考えてみれば利益になる!なってる!うわぁ!そう言われるとめっちゃルール守りたい!!もうルール守る!俺がんばる!!

と泣きながら机をバンバン叩きそうになったけど、夜中だったからハッとなって机を叩くのをギリギリ我慢した。

先生、俺衝動を抑えられたよ……!こうすることで階下の住人からヘイトを集めることが回避できるんだね……!不利益を受けないという利益を!!



いい年したおっさんが何言ってんだとか、そう考えないとルールも守れないのかよ……と引かれるかもしれないが、

俺のようなタイプは本当に「こんなレベルのこと」が「わかってない」まま大人になってしまっている可能性があるのだ、恐ろしいことに



それまで自分にとって法律も含めた他者との間のルールというものは、

「なぜか押し付けられて守らないとやたら怒られるからしょうがないのでよくわかんないけどなるべく守っとくもの

しかなくて、言ってしまえばなにかと我慢を強いられる障害であり敵だった。

ああしろこうしろ。あれはするなこれはするな。本当に窮屈で仕方ない。世紀末はよこい。でも、ルール別に敵じゃなかった。

(中には完全に制約をかける側だけに有利で、制約を受ける側にとって純粋に"敵"なルールも世の中にあるとは思うけど、そういう力関係の不平等さえなければキレてよさそうな案件は一旦おいておく。)



「とにかくルールを守れ!」「ルールとはそういうものだ!」「みんな守っている!」「なぜルールを守れないんだ!」

(怒鳴られる度に、思い出せませんでした!とか、守る意味がわからいからです!と正直に返事をしていたのはいつだったか……)

というようなことだけを何度も何度も言われたから、まあ世の中的にはそんなものなんかな?よくわかんねーな。みんな我慢して守ってるのすげーな、謎だわー。とだけ思って、

なんだったらルール違反を咎められない範囲ギリギリを突いたり、想定外のことをするのに血道を上げる感じで生きてきた。

そうやって、ルールや制約によって我慢を強いられるストレスと、ルールを守れなかった時の不利益ばかりに注目していたけれど、

ルールを守ることで自分にどんないい影響があるかとか、ルールを守ることで何らかのメリット享受できるとか、そんな視点では一度も考えたことがなかったことにこの一文で気付かされた。

そうか、ルールルールから守るとかじゃなくて、内心自分のためってモチベーションでも、ルールを守っていいんだ!!



翌日から俺は、自分意志に反することをルール強制されたときに、そのルールを守ることのメリットについて考えられるようになった。

そうして、昨日まではなかった視点自分生活点検することで、いくつかの問題行動に繋がる心理障壁消滅した。

まれてもいないのにやることが能動的(積極的)に動くってこと

言われたことをちゃんとこなすこと大事で、

これちゃんとこなせないと評価はされない。

いや、もうちょいいうと、

そこそここなせたらそこそこな評価をもらえるんだけど、

本当に言われたことの範囲しかやらないと、評価は大したことない。

まれたことををやりつつ、頼まれ範囲外のことをすると、そこそこ評価をもらえるんだよね。

で、翻って、

全然誰にも頼まれていないことを誰が喜ぶかもわからないのにやる。

これ、すごい。

周りはわからいかもしれないし、失笑しかしないかもしれないけど、

その人のそれをやるモチベーションが生まれた経緯を考えると、

から有を生み出している。マインド的には起業家と同じ。

自己実現意味もあるかもしれないが、根底にあるのはサービス精神だと思う。

誰かを喜ばせるためにやる、誰にも頼まれてない仕事

これをできる人間出世するんだろうなぁと思う。

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160920175954

それだけ読解力がないと日常生活にも支障をきたすレベルかと思うが一応解説するぞ。

恋人ですとも事前に定義されてなくて、ただの同級生って散々書いてた

まず「書いてた」のが、超越的な三人称書き手による語りなのか、それとも登場人物に擬した一人称語りなのか、それによって違う。

おそらく後者判断するが、前者の場合「事前定義」という言い方でもいいが、小説で多く用いられる後者場合一見定義に見える地の文は実は一人称語り手自身の心情描写だ。

芝居のト書きで「この人物主人公の単なる同級生である」と書いてあるなら「事前定義」だが、お前の友達が会話中に特定同級生のことを話題にして「まあ、ただの同級生なんだけどね」と言ったならそれは「事前定義」ではなく彼個人の心情の表現だ。分かるか?

さらにそれが「散々書いてた」という。この時点でもう気付きたい。

「ただの一同級生に過ぎない」というのが真なら、その同級生のことばかり何度も言及するのは不自然であり、明らかに矛盾する。ゆえに「ただの同級生」という発言は偽。

もう一歩進めれば、やや上級の読みとなる。

だが、一人称語り手が積極的に偽の情報を語るモチベーションがない(示されていない)。よって「自分自分感情に気付いていない」ことを表現していると推察できる。

自分自分感情を押し隠す理由としては、恐怖、嫌悪羞恥など自分が負と感じる状態に陥ることから自分を守ろうとしてあえて正視するのを避けている感情があると推測できるだろ。



バスに飛び乗ったら奥に座ってた同級生を見て急に動悸がして頬があつくなった

同級生を見て」「急に動悸が」と書いてあるんだから、「走ってきたせいやろ」という理解いかに不自然で読解力に欠けた読みか気付こう。走ってきたなら

・走った→動悸がした→見た

だろうが。だが、

・走った→見た→動悸がした

とわざわざ書いてあるんだから、間の可能性をすっ飛ばして「走った」と「動悸」を結びつけるのが無理ありすぎるだろ。先の言及状況と併せて考えてみても、素直に「同級生」理由と考えるべきだろ。



なんというか、増田個人青春恋愛状態距離を置くのは勝手だが、「そうあってほしい」という自分勝手な願望で周囲のさまざまなフラグを片っ端からへし折って読むべき文脈を全部無視してるだけだろ? 一般存在する青春やら恋愛やらの感情からいくら目を背けようとしても、一般理解できて当然な文脈とか行動が読めない人間扱いされて、この先社会との距離が開く一方だぞ。もう少し他人感情や行動原理に興味をもち寛容になった方がいい。つーかそれ自分非コミュであることから発生する問題現代文問題によって露呈しただけだろ。それを現代文問題すり替えたところで問題は何一つ解決してないからな?

思い出話をしよう



むかしたまたま野球中継を見た

勝利したあと監督が嬉しそうに活躍した選手を褒めるコメントをしていた

その監督人間味に惹かれて横浜DeNAベイスターズ野球を見るようになったんだ



さくねんのペナントレースは春先何かと調子が良かった

しか交流戦で失速しそれから動力を失った飛行機の如く落ちる一方

二週間ほど野球を見ないうちにDeNAベイスターズ最下位になっていた

自分野球を見るきっかけになった監督は辞任してしまった



ことしは監督が変わった

先勝てない日々が続いたときは酷く自身モチベーションが下がった

その分と言ってはなんだが当然5月の気分はハイだった

このチームは借金を返したのちまた借金をするが沈むことなく戦い続けた



きのうついに横浜DeNAベイスターズCS進出を決めた

9月19日は奇しくも友人の誕生日だったが今の今まで忘れていた

J.ロペス選手が捕球した後のガッツポーズ

三浦大輔選手笑顔

これらは私の記憶に長く残るだろう



DeNAベイスターズに入れ込むきっかけになった中畑清監督

あなたは私に様々なものを与えてくれた

本当にありがとう

2016-09-19

出処進退

このところ会社を辞めようかなーとかばかり考えてる。

次のあてが無いわけではないが確実ではないし、そもそもそこで働きたいというわけでもない。

ただ今の会社で続けていくことにモチベーションがもてない状況。会社というか上司が信頼できなくなったというか。

後ろ向きな転職 or 後ろ向きな現状維持、どっちにしても気持ちが上向かない。

妻も子もいて家のローンも抱えた現状、これでは精神衛生にわるい

2016-09-18

http://anond.hatelabo.jp/20160918030231

もらって嬉しいもの→人によって違うからカタログというのはアリに思えるが、やっぱり欲しい物がないし、欲しくない物の中から無理矢理選ぶ作業って苦痛商品券というのも考えられるが結構使いにくいし、結局現金渡すしかないのではないか

結婚式においては、今のご時世でご祝儀というシステム負担が大きすぎるという問題が深刻化しているが、引き出物という形で現金バックすれば、ご祝儀のシキタリは形を残したまま参加者負担減にできるのではないか

結婚する側もご祝儀をアテにして式に無駄な金をかけるモチベーションが減って、正常化に近付くだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20160918125757

愛のためだよ。

猫を愛する者、二次元嫁を愛する者、家族を愛する者、

皆、愛をモチベーションに生きている。

生きる目的ってなんだろう

みんな何をモチベーションに生きてたり働いてたりするんだろう。

2016-09-17

http://anond.hatelabo.jp/20160917012129

それはそうなんだけどさ

こう、「いくら稼いだら○○するぞ!」がないと、レベルアップのモチベーションが沸かない

 

実際に湧いてない人の方が多いと思う

もっと目の前に人参ぶら下げて欲しい

 

ソシャゲとかでも同じなんだよね 最終的にランキングとかになるけどつまら

ヤギログ(+石田)を馬鹿にする「彼ら」もまたアホである

問題の中心にあるエントリー

4ヶ月で大学中退起業します。レールに沿ったつまらない人生はもう嫌だ。

http://www.ishidanohanashi.com/entry/2016/09/15/193000


そして馬鹿にする彼ら

イタイケナ大学生人生台無しにする「八木仁平のブログカレッジ」!?

http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2016/09/16/120000

【実録】これが大学中退者の末路だ!

http://goldhead.hatenablog.com/entry/2016/09/16/202811

では、君が失敗したら思いっきり笑ってさしあげようぞ。

http://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20160916/1473994591

マジで失敗して欲しい】大学中退起業石田くんから相談を受けて思ったこと

http://www.buntadayo.com/entry/2016/09/16/185043

大学中退を経て起業記事を見て感じたこと

http://titi.hatenadiary.jp/entry/2016/09/16/010922

レールはいいぞ、お前をどこまででも運んでくれる(追記が本編)

http://kyoumoe.hatenablog.com/entry/20160916/1474006969

話題になってないがいい記事

自由そうに見えるけど、フリーランスも見えないレールの上を走っている!会社員と違うのはそれが見えてるか、見えないかの違いだけです。

http://cards.hateblo.jp/entry/freelance-walk-ontherailways/

炎上は良い燃え方をすれば、最終的に資産になっていくのでオススメはしないが推奨する。

特に中小ブロガー(100万PV以下)に関してはしなければ、ただの雑魚である

難しいのは絶えず火を保ち続けることなので一瞬の花火のような輝きで100万PVを超えるようなことは楽勝である

しかしながら、100万PVを維持するのは新しいことを書き続けなければならないし、モチベーション情報収集さらに倍以上しなければならない。

花火ならは石田成功と言える。

追記 私のブログは4つ(同じジャンル

1つめ 月300,378PV

2つめ 月46,671PV

3つめ 月6,380,590PV

4つめ 月2,563PV

全部のブログは見きれていない。基本Search Console管理スマホアナティクス管理している。

世間話題になるか、先行記事オンリーしか記事を書いていない。

ものだと思って記事を書いているだけなので維持が難しい。

ブロガーになりたい人がいれば欲求は絶えないし疲れるので、やめたほうがいい。

2016-09-14

びっくりするぐらい仕事への情熱がわかない

今の自分モチベーションの無さにびっくりする

この感覚10数年ぶりだなー

あー仕事したくない

2016-09-13

自分を変えてぇ。。。でも変わらねぇ。。。

自分が変われない理由、わかった気がする。それは、「自分人格否定されるのを極度に怖がる」からだ。

 自分を変える、というのは、一種自己否定的な側面がある。「今の自分ダメからもっといい自分になる」。前提には、「今の自分ダメ」というのが入る。


 ただ、これはあくま見方の一つで、「今の自分サイコーだけど、もっとサイコー自分になるために変わるんだ!」という見方だってできるわけだ。これなら、自己否定が入る余地はない。


 では、なぜわざわざ自己否定をしてしまうのだろうか。それは、明らかに「自己肯定感が足りない」からだ。


「今の自分」「ありのまま自分」を認めてもらった経験が少ない、もしくは成功体験がなく、自己否定を重ねてきた人の場合自己肯定感が低くなってしまう。そうなると、自己否定に過剰に敏感になってしまい、自己変革が抱える自己否定的な面に注目してしまう。


 これを解消するためには、やはり成功体験を積んだり、他者から認めてもらったりして、自己肯定感を養うことが必要だろう。ただ、他者承認コントロールすることが難しいので、成功体験を積む、ということの方に着目したい。


 成功体験を積むには、やはり、ものごとを小さく始めて、小さい成功体験を重ねていくことが最初の一歩だ。モチベーション観点から自分の好きなことだとなおよい。とにかく、欲張らず、小さく、小さく始めることだ。


 自己肯定感が低いと、どうしても「大きなモノを達成できないといけない」と、小さい成功無視してしまうか、最初から大きいことを飲み込もうとして窒息してしまうことが多々ある。そうではなく、ものごとを小さく始めて小さく成功していく、これが、自己肯定感を得るためだけでなく、大きなものごとを達成することの一番よい道のりだ。


 あと、小さいことでも、達成したら、ちゃんとその成功を認めること。自分を褒めること。どんなにショボいことでもいい。ちゃんとにその成功を、お祝いしてやること。


 結論: 変わるためには、ある程度自己肯定感必要。そのために、ちいさ〜くちいさ〜く何かをしてみること。達成できたら、盛大に祝ってやること。


 余談: ちいさくやる、という点において、ポモドーロテクニック有効かも。タスクを1ポモドーロというとても小さい単位に分割しているし、達成した記録がはっきりわかる。最初のうちは、1ポモドーロ分でもできたら成功、みたいにして、少しずつハードルを上げていけば、安定して成長できる気がする。

2016-09-12

結果的に選んだ進路が親への当てつけになってしまたかも。親ごめん。

中学とき父がリストラされて、今でいう貧困家庭になりました。生活保護まで受けてはいなかったけど。

衣食住は大丈夫だったし、ひもじい思いはしなかったです。親に感謝

ただ、お金がないことによる制約や、格差社会に対する不満を同年代に比べ募らせたのは確かです。

それと正直、お金問題よりも生活が困窮したことで追い詰められた父から精神暴力がきつかった。

大学社会学を学べる学部を選びました。はじめは中高年のリストラ問題に興味があったから。父の問題ですねー。

ですがだんだん現代貧困格差社会児童虐待とかに関心が向いていきました。

結局、自分問題に帰ってきたわけです。

今それができる場にいて、楽しいです。しかし、これは思いっき中学の時の体験が影響してるわけで、それを私に味わわせてしまったと考えている親、特に父の代わりに働いてきてくれた母にとってはあまりこの経緯にいい思いは抱けないのかなあと思ったり。ごめんねー親不孝で。

でも契機が何であれ、今自分のやりたい勉強ができるのは嬉しいです。

逆にここまで強烈なモチベーションが生まれ体験ができて私ラッキーかもしれない。今は結構肯定的過去をとらえています

あんまり親に正面切って言えないので、ここで書いちゃった。すっきり。

http://anond.hatelabo.jp/20160912003758

もったいないって言われても高校卒業できるかどうか程度なら能力じゃなくてほぼモチベーション問題なんだから

精神を粉々に砕かれるような目にあってモチベーションを持てなくなったら終わり

お前は運が良かっただけ

2016-09-10

ライバル1964年』ってCM気持ち悪い

2016年度全国キャンペーン:ライバルは、1964年|ACジャパン

ACジャパンが今年7月1日より開始した『ライバル1964年』というCM

自分がよく聴く民放ラジオ基本的TBSラジオ)では結構な頻度でこのCMが流れている。

自分はこのCMを耳にする度に、得も言われぬ不快感に襲われる。

何故不快感を催すのか、自分なりに少し考えてみることにする。

はいえ単なる根拠に乏しい繰り言でしかないので、そこは留意してほしい。

 

その1.いたずらな過去の美化

あの頃の日本人に、笑顔で負けるな。

見る夢の大きさで、人を思いやる気持ちで、心の豊かさで、絶対負けるな。

ライバル1964年テレビCMより

このCMにおいては、「笑顔」「夢」、「思いやり」といった根拠の不確かな理由過去を美化している。

加えてこのCMには「あの頃の日本人と比べて笑顔や夢、思いやり、心の豊かさで負けているのではないか」という言外の意味も込められていると考えられる。

そうでなければ、律儀にあの頃の日本人と今の日本人を比べる必要なんてないはずだ。

まり居酒屋談義としての「昔はよかった」の変奏でしかない。

また、この10年ぐらい俗流の「昔はよかった」に対するカウンター的な言説も勃興している。

これらのカウンター的な言説の場合、だいたいは統計などのデータを用いた上で「昔はよかった」的言説の欺瞞を浮き彫りにしている。

ライバル1964年』で提示される「昔はよかった」を構成する要素のうち、「思いやり」は犯罪件数の推移をもとに論駁が可能であるかもしれない。

しか「笑顔」「夢」場合犯罪統計のような定量データ存在しない。そのため、「笑顔」や「夢(の大きさ)」を昔と今とで比較するのは至難の業である

結果「あの頃の日本人と比べて笑顔や夢で負けているのではないか」というCMメッセージに論駁することすら叶わなくなる。

論駁不可能概念を持ちだすということは、それだけ「昔はよかった」ことをゴリ押ししたいのだろう。そこにはある種の狡猾さすらも感じさせる。

 

その2.政治的意味合いが強いCMを流すACジャパンへの違和感

このCMにおいては、東京五輪が行われた1964年東京五輪が再度行われる予定の2020年とが対比されている。

2020年に向けて日本を考えようというのは、東京五輪に向けた行動をとれというメッセージを婉曲して表現しているということは容易に推測できる。

また、ACジャパン公式サイト記載より、「日本を考える」ことは具体的に「(東京五輪に向けた)ポジティブモチベーションと、日本人の活力を高める」を指すようだ。

今の日本において、五輪政治的意味合いが強いイベントとして意識されているようである

例えば、2012年に取りまとめられた「スポーツ基本計画策定について」には以下のような文言がある。

4.国際競技力の向上に向けた人材養成スポーツ環境の整備

(中略)

国際競技大会等における我が国アスリート活躍は、国民日本人としての誇りと喜び、夢と希望をもたらし、国民意識を高揚させるとともに、社会全体に活力を生み出し、国際社会における我が国存在感を高めるものである我が国アスリートによるメダル獲得は、その一つのあらわれである

4.国際競技力の向上に向けた人材の養成やスポーツ環境の整備:文部科学省

また、2009年には塩谷立文部科学大臣(当時)が以下のような発言を行っている。

2016年オリンピック招致については、立候補ファイル2月12日までに国際オリンピック委員会に提出することになっていまして、そのために今準備を進めているところですが(中略)やはり、国威発揚ということも含めて、ぜひ、招致を実現したいと思っています

大臣会見概要(1月27日):文部科学省

これらのことを踏まえると、今の日本において五輪政治的意味合いが非常に強いイベント位置付けられているようだ。

特に国威発揚」や「日本人の誇り」といったナショナリスティックな意識の醸成のための手段として強く意識されているようである

これは、IOCの掲げる「政治的商業的利用がなされない五輪」という理想とは大きくかい離したものである

さて、ACジャパンの行うCMの特徴として、政治的宗教的事柄は一切扱わないということがある。

実際にACジャパンの会則の中にも、以下のような文言がある。

<その4 団体活動について>

(中略)

4.特定政治的党派的、宗教的主張を標榜する団体支援しない。

支援キャンペーン実施諸規則|広告キャンペーン|ACジャパン

一方『ライバル1964年』においては、政治的意味合いが強いイベントである五輪に向けた行動をとれというメッセージ提示されている。

解釈によっては、「日本人の活力を高める」ということもナショナリズムと連関したかたちで捉えられる可能性もある。

このことから、『ライバル1964年』は政治的宗教的事柄は一切扱わないというAC方針とは大きくかい離したCMであるといえる。

このようなかい離が何故発生したかについては分からない。

可能性として一番高いのは、制作者サイドがIOC提示した「政治利用されない五輪」という理念を無邪気に信じ込んだということである

一方、五輪の持つ「国威発揚」や「日本人の誇り」といった事柄政治的事柄ではないと誤認している可能性も完全には捨てきれない。

愛国心の醸成といったイデオロギー丸出しの教育が「偏向ではない」と見做される時代である

 

なお、2002年にも公共広告機構(当時)は『ニッポン人には、日本が足りない』というCMを放映していた。

しかしこれは国際交流の推進を目的とするものであり、『ライバル1964年』とは似て非なるものである

 

その3.新聞広告

ACジャパン公式サイト新聞広告画像データ掲載されている。

小学生が作ったような(プロとしては)粗雑なコラージュに、テレビCMナレーション文章としてこれみよがしに綴られている。

そのくせ「昔はよかった」オーラ瘴気?)はびんびん流れ出てくるからまらない。

http://anond.hatelabo.jp/20160910202311

男が恋愛離れしてんのは、女が生意気になって女と付き合ったり結婚するメリットがなくなったからでしょ?

バブル時代トチ狂った女は別としても、昔に比べ権利意識強くなり過ぎてるでしょ、実際に。

だって無料家政婦が得られると思うから結婚に対するモチベーションか湧くわけで、

ロクに役にも立たないのに権利意識ばかり強いめんどくさい女と暮らしたくないわけよ。

なんとなくポケモンgoをやめた

2日間ポケモンgoを立ち上げていない。




レベルが22から23に上がった日に、

もういいかなと思って、自然ゲームから心の距離が離れた。




カイリューナッシーカビゴンも手に入れたし、満足したけど、

図鑑コンプリートするモチベーションはない。




この感覚は昔に感じたことがあるなと思い出した。




スーパーマリオをやらなくなった時期、ドラクエ2をやらなくなった時期、あの頃の感覚と似ている。

ゲームクリアした後、少しやり込んで、自然に別の遊びに向かう感覚




まったくdisる気持ちはないよ、

これから健康のためにたまにタマゴをかえそうと思っている。