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はてなキーワード: 免除とは

2017-02-17

東京23区から地方Uターンしたら国保が料金倍増してた。なんじゃこれ。

東京23区東部から仕事辞めて、地元に帰ってきた。役所手続きして支払い見たらビックリした。倍増は言いすぎた。正確には1,56倍。

国民健康保険自治体によって掛率が違って、支払う料金が違う。高齢化した地元は、財政的に悲惨だ。どの保険証を使っても、他の地域病院受診できるから保険証にその差はない。

もちろん支え合いの制度なのは分かってる。だが役所の窓口には免除減免行列だ。学校は統廃合で工場移転して、支える人は減少してる。そして少ない人に高負担のしかかり、みんな逃げる。

同級生はもう地元ほとんど残ってない。企業工場もない。そして国民健康保険に、もうすぐ介護保険料もくる。減免申請したが収入ラインが少なすぎて無理。


これも東京疲れた若者地方リクルートする理由の一つだ。

2017-02-14

社会制度に関する健全議論の為に

http://anond.hatelabo.jp/20170213135514

1.制度議論知識を持ってからやってね

この記事はいろんな論点がごちゃまぜになっていて、ブログ筆者の頭の中で整理されてないから結局なにを言いたいのか分かりにくいんだけど。

とか言って出てきた奴が、

税金社会保険区別もつかないし

応益負担応能負担議論の整理も出来ないし

きわめて曖昧ガバガバ頭というね。




2.税金社会保険区別ぐらいつけよう

日本では現状、「働かないママ」つまり専業主婦納税義務自動的免除される存在なんだよ。

(実際にはママでなくとも、子なし専業主婦ですらそう)

はあ?日本の税法にそんな規定存在しませんが?どの税目の話でしょうね?

この人が言ってるのはたぶん社会保険のことですね。

夫が勤め人であるとして、厚生年金健康保険

(一応世の中には国民健康保険税なんて言葉があるけど明らかここでは関係なし。)




別にさあ

いい歳してそのへん曖昧な人ごまんといるからいいんだけどさあ

自分が極めて曖昧知識しかもってない」っていう自覚は欲しいよね。

その自覚があれば、安易制度議論は遠慮するか、

どうしてもやりたかったら議論の前に勉強必要だって思えるじゃん。




3.こいつの代わりにこいつの論点を整理しましょう。

社会保険料を払わない専業主婦社会保険金を受け取るのはおかしいではないか

ということですね。




簡潔かつ正確になりましたね。これが整理です。

(こいつが自分で言ってた整理というのは

  「知識ガバガバ論点ガバガバなまま自分の言いたいことに集中する」

  ことなので、厳密には整理とは言いません。

  たとえば部屋を散らかしたまま「今日はこの仕事をする!」と打ち込んでも

  それは集中ではあっても整理ではないですね。)




ということで、まあこの論点自体はいいでしょう。

検討する価値はあります




4.思想のチェック

念のため言っとくと、私は保守ではないし専業主婦寄生虫とか呼ぶバカどもに賛同する気は毛頭ない。

働かないのは別にいい。でも税金を納めてないのに税金で賄われる社会福祉納税してる人と同じく受けたいというのは、どうなんだろう。

いやいや、お前は専業主婦寄生虫と呼ぶ人達と全く同じ論理だよ。

基本的社会福祉を応益負担1本だと思ってるわけでしょ。

社会福祉を受ける権利は対価で購うものだ、という考えかた。

ニートも老いぼれも障碍者休職者も社会福祉から追放しないとねーっていうお馴染みのあの論理じゃねーか

ブログ筆者は彼女なりに頑張っていると思うし、「働かない」というより「働けない」人たちまで働けなどと言うつもりもない。

病人障碍者には配慮するし!」っていうのは枝葉の議論であって、それさえ言ってたら心あるリベラルだとはなりません。

きょうび新自由主義保守でも「病人障碍者には配慮します」ぐらいは言うっつの

長谷川豊ですら「同情出来る病人は殺しません」って言ってただろ。




お前はソッチ系です。

別にそれはそれで一つの立場なのでいいし、嘘をついて誤魔化すのはやめろ。




5.「〇〇は寄生虫」論者の共通点

誰かを寄生虫とか言いたがる奴の共通点

制度議論を好む割に知識曖昧

・ズルをしてる奴がいて、そいつらをしばけばうまくいくという単純な思考

・強い被害者感情

というあたりであって、お前は明かに全部満たしてるだろ。




ちなみに重要なのは1番目な。

1番目の項目さえきちんとしてれば2番目3番目もそう安易な方向へ走らないから。

逆に1番目の項目をきちんとしないままお前と逆方向の感情に走るのがバカリベラルな。

こいつらも相当に有害

はてなはこれが一杯いる。 

制度がよくわかんねえまま良心リベラル心だけで吠える、これも立派な害悪




6.健全議論の為に

もう俺が求めてることは分かってくれただろう。

きちんとそれなりの知識をもってから議論を始めよう

だけだ。




それなりの勉強は決して軽いコストじゃない。

でもそれぐらい負担するのが暇と知性のある市民義務だろうが。




念のため言っとくと俺は保守だし男だしたぶん生涯独身になりそうだし

第三号被保険者制度時代に合わなくなって来てるとは思ってるよ。

でもそれはお前のような雑で未整理な寄生虫議論とは全然違うルート論理なんだ。




たとえば専業主婦なんてのは見方によっては「労働家事労働育児労働介護労働その他)してるのに金銭収入を得られず外で働く女性に比べ圧倒的に立場の悪い弱者」でしかない場合もあるが

お前はその程度のことも考えてないだろう。

結論が似た方向でもお前みたいなのと馬並べたくねーんだよ。

知的であらんとする保守として。

2017-02-13

http://anond.hatelabo.jp/20170213135514

第三号被保険者制度により免除される国民年金代より

保育園に費やしている税金の方が圧倒的に多いのでは?

yucoさんがどう答えるかは知らないが、

国民年金代なんて払ってもいいから、保育園に費やしている税金を無くして子育て家庭に平等に分配して欲しい」って「働かないママ」は多そう。

明らかにその方が「働かないママ」にとっては得になるもの



というと「働くママ」は税金払ってるから!って言うんだろうけど

保育園に費やしている税金以上に税金を納めている「働くママ」なんてほぼいないと思うけれど。

(そういうママは相当高収入だろうから認可保育園入れなさそうだし、名門私立幼稚園シッターとか使ってそう)

「働かないママ」は第三号被保険者制度についてどう考えているのか

「働かないママ」の味方 はどこにいるのか

育児お疲れ様です。

この記事はいろんな論点がごちゃまぜになっていて、ブログ筆者の頭の中で整理されてないから結局なにを言いたいのか分かりにくいんだけど。

少なくともこれらの問題をまず整理してから論じるべき話。

はいえ、この人に一番聞いてみたいことは別にある。



日本では現状、「働かないママ」つまり専業主婦納税義務自動的免除される存在なんだよ。

(実際にはママでなくとも、子なし専業主婦ですらそう)

働かないのは別にいい。でも税金を納めてないのに税金で賄われる社会福祉納税してる人と同じく受けたいというのは、どうなんだろう。



「働かないママ」でも保育園幼稚園などの育児サポート必要とする場合があるのは理解できる。

労働環境改善されて、ブランクがあっても復職転職が容易なように、それ以前に大企業正社員とそれ以外の労働者権利平等になるようになってほしい。

ただしそういうことを論じるなら、この筆者はまず第三号制度についてどう考えているのか明示すべきではなかったか



よく言われることだけど、高福祉社会北欧税金が非常に高い。

育児休暇は父母ともに取れるしサポートも手厚いが、半年から一年たてば元の職場に戻るか別の仕事に就いて働き始めるのが普通

そしてまた独身離婚した労働者と同じ高い税金を納める。

日本のように会社員結婚したら子供がいてもいなくても税金を納めずにすむ社会ではない。

そのうえ日本では、独身で通した人より多くの年金がもらえる。

専業主婦(夫)の立場になったら子供がいなくても成長して独り立ちしても一生納税しないですむっておかしいと思わないか



念のため言っとくと、私は保守ではないし専業主婦寄生虫とか呼ぶバカどもに賛同する気は毛頭ない。

ブログ筆者は彼女なりに頑張っていると思うし、「働かない」というより「働けない」人たちまで働けなどと言うつもりもない。

でも左が強いと思われるはてなにおいて、ある種の階級制度である三号制度についてのツッコミが上記記事ブコメにほぼないのは残念だ。

福祉社会を目指すなら心身に障害を持っているなど特別事情がないかぎり国民納税義務を負うことを受け入れなければならない。

働けないのであれば夫が二人分納めるとかの提案が「働かないママから出てこない現状で「味方」になるのは難しい(そもそもなぜ、どんな「味方」が必要なのだろう?)

そして当然、納めた税金の使い道をよくよく監視するリテラシー重要なんだけどね。



すべてのママとパパが安心して育児できる社会になりますように。

2017-02-11

教師との恋愛という罪の告白

 先生出会ったのは、わたし中学生の時です。彼は大学院卒業後、国語非常勤講師として赴任してきました。わたしと1周りほど年が離れていて、身長10cm程度高く、かわいい顔立ちをした、少し年齢不詳気味の人でした。


 当時のわたしは、授業中は寝ているか教科書の隅に落書きをしていて、学年下位をふらふらと彷徨っている、やる気のない生徒でした。そんなわたしに「やればできるから」と声をかけ、必死に授業に参加させようとする先生は、いかにも「教師になりたて」で。その熱い眼差しで見られる度に、わたしは居心地の悪い思いをしていました。どれだけ無視をしても「おはよう」と笑顔で手を振る先生、「わからないことがあればいつでも聞いてね」と教室を去る間際、席までわざわざ歩いてきて声をかけてくる先生わたしは、彼の笑顔がどうしても嘘くさく見えて、大嫌いでした。

 気持ちが変わったのは、制服シャツが半袖に変わり始めた頃でした。一週間遅れで課題を提出しに行った際に、とある難関大学過去問を意地悪のつもりで聞いてみたら、さらりと答えられてしまい、その際に知った彼の学歴の高さに意外性を感じたからです。先生はいま思い返してみても、とても頭の良い人でした。自分が頭の良いことを知った上で、きちんと、相手にあわせたレベルで話ができる、勉強を教えることのできる優秀な先生でした。彼の解説を聞きながら、初めて、答えを導き出す楽しさに気付き、勉強楽しいと思うことができたのです。

 いま思えば、わたしは彼のパフォーマンスの引き立て役のひとりでしかなかったのでしょう。後々、彼の鞄から発見した、クラスの成績表の書き込みを見れば分かります。伸びしろはあるがやる気がない、かつ、やる気になれば伸びるタイプわたしは「ちょうど良い生徒」に過ぎなかったのです。そして、幸か不幸か、彼の好きなタイプの顔立ちをしていました。


 先生は褒めるのが上手でした。たった10問の小テストで満点をとっただけでも「偉いなあ、嬉しいなあ」と、にこにこ頷いてくれました。自分で言うのもアレですが、わたし地頭は悪くなかったので、少し本腰をいれて勉強するだけで見る見る間に成績は上がっていきました。周りの教師が驚いた眼で答案を返してくるのが面白くて、わたしもっと良い点数が取りたいと思い始めていたのです。

 いや、違うかもしれません。分からない問題先生に聞きに行きたいがために勉強をしていたのかもしれません。先生担当教科の国語だけでなく、どの教科も教えることができ、また、教え方が上手だった。だから、分からないものがあれば、どの教科でも先生に聞きに行っていた。わざと分からない振りをしていると見抜かれてしまうので、本当に分からない問題を探し、解決していく内に、分からない問題は減っていき、どんどん難解になってしまった。わたし先生に会いたい、質問をしたい、話したい一心で、教科書に向き合っていたのです。


 たったの半年程度で、わたし順位は下の下から、上の上へと上がっていきました。先生は桁数の違う成績表を見比べて笑っていました。その彼の横顔を見ながら、わたしは少しだけ、意地の悪い考えを抱いてしまいました。言わなければ、幸せでいられた言葉を言ってしまったのです。


「1位を取ったらデートしてください」


 先生は、びっくりした顔でわたしを何秒か見つめた後、視線を宙に泳がせました。「お願い」。そう、一歩前に出たわたしから距離を開けるように後ずさり「1位は難しいよ?」と苦笑いしました。「無理だと思うなら、約束してください」。その時の彼の脳内には、きっと、学費免除をされている学年主席優等生の顔が浮かんでいたのだと思います先生は意を決したように「いいよ、ただし、全教科合計順位で」と小声で告げました。


 300人いない程度の学年でも、1位を取るのは簡単なことではありません。優等生は、わたし学校でも飛びぬけて頭の良い少女でした。しかし、わたしには彼女に負けない思いがある。恋心です。

 わたしは、先生とのデート権利をかけて彼女一方的勝負を挑みました。彼女の苦手科目であった生物攻略することで、大幅に点差をつけたわたしは、僅差で勝つことができました。学年末試験の結果が書かれたA4のペラ紙を持って、勝ち誇った笑みを湛えながら職員室に飛び込んできたわたしを見て、先生は少し罰の悪そうな顔をして「おめでとう」と返しました。



 誰かに見つかるのは避けたいと提案された場所は、あろうことか先生の自宅でした。少し驚きましたが、恋は盲目状態だったわたし先生からメールが届いた瞬間、秒速で返信しました。春休み、まだ蕾のままの桜並木を見ながら、ミスタードーナツの袋を下げて、先生の自宅への道を歩みました、人生で1番幸福な瞬間でした。私服姿の先生想像の何倍もおしゃれで、部屋も黒を基調とした、かっこいいものでした。

 わたしたちはドーナッツを食べながら「教師と生徒」という禁断の響きに似つかわしくないほど、平凡で下世話な話をして盛り上がりました。教室内のヒエラルキー職員室内のパワーバランスも変わらず馬鹿らしいと腹を抱えて笑いあいました。先生が録画をしていた、ただ絵面だけが派手な洋画を見ながら、作品とは全く関係ない話に興じました。


 映画を見終わった頃、先生が不意に真剣な表情で聞いてきたこと、その声音を、わたしは忘れることができません。「俺のこと好きなの?」。いつも飄々としていた先生が、こんなに真剣になるのを見たのは初めてでした。報われぬ片想い今日最後にするつもりだったわたしは、笑顔で「大好きです、結婚したいみたいな意味で好き」と頷きました。次に出てくる、哀れで馬鹿な生徒の恋心を突き放す言葉に怯えながら。

 しかし、先生の口から発せられた言葉は、予想の真逆をいくものでした。わたしのことがひとりの女性として好きなこと、これからもこうして会いたいこと。しかし、くれぐれも周りの人に気付かれてはいけないこと、それが守れなくなった時点で離れたいこと。彼の話していた言葉はよく覚えていませんが、約束事の多さだけは覚えています。「教師と生徒」の恋に怯える先生気持ちを手に取るようで、その真剣眼差しに促されるように、わたしは「はいはい」と頷いていました。

 先生が、なぜわたしのことを好きだったのかはわかりませんが、彼はよく「愛に飢えててかわいそう」とわたしを評しました。両親も健在ですし、人並みに可愛がってもらえていたはずですが、わたしは両親との関係性というものがどうしても希薄しか感じられなかった。そんな姿が、愛に飢えているように見えたのかもしれません。彼は小さなから過剰な愛、過干渉を受け育ったそうです。だから、その与えられすぎた愛を持たざる者(と彼が思うもの)に受け渡すことで、バランスを取っていたのかもしれません。


 先生わたしは、密かに逢瀬を重ねていきました。学校では、若いお気に入り教師に熱を上げる馬鹿な生徒を演じ続けました。その一方で、2人で会う時のわたしは、あまり騒ぎませんでした。先生に似合う、大人の女性に早くなりたかったので、静かに、黙っていました。

 高校生になり、バイトを始めると、わたしの身なりは少しずつ「ちんちくりんな子供」を脱却し始めました。大人になるにつれ、彼の熱が上がるのを感じ、気分が良くて仕方がなく、その感覚を味わう度に自分の箍が外れていく気がしました。己のアイデンテイティがうまく掴めなくなり、自分子供なのか大人なのか分からなくなる瞬間が増え、ぼーっとした日々を過ごしていました。誰にも言えないまま、大人になるストレスは存外厳しく、不安に泣いた日も多かった気がします。

 そして何よりも、わたしは頭が良くなってしまった、なりすぎてしまった。あんなにも尊敬していた彼の大学の合否判定は「A」しかでませんでした。学年1位は優等生からわたしの手に移ってしまった。彼が枕元で得意げに語る知識に、目を輝かせることは、もはやできなくなり、ただ黙って薄笑いを浮かべることで精いっぱいになりました。そういったわたしの変化を感じてか、彼はわたしの「人に言えない」ことに漬け込むようになっていきました。


共犯者だよ、君も捕まる」


 そんな言葉を言われる度に、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃにかき回され、嗚咽をあげて泣くか、へらへら笑うことしかできなくなりました。誰かに言わなくては、と思いつつも、その先に待つ破滅を考えると声が出せない。何よりも「淫行教師」と「可哀想女生徒」として衆目に晒されるのが耐えられませんでした。

 わたしは、先生のことを本気で愛していました。彼の未来は輝かしいものであってほしかった。たとえその先に、わたしがいなくても。先生がどれだけ汚い姿を見せてきても、教室の隅で燻っていたわたしを救ってくれた人に他ならないのですから。それが例え、先生の株をあげるためのパフォーマンスであっても、救いだったのですから


 物語の幕引きは、あっけないものでした。先生は、自分の罪を周囲に告白してしまったのです。2度目の冬のことでした。放課後、その曜日先生学校に来ていない日だったので、早めに家に帰って漫画でも読もうといそいそ帰りの支度をしていたわたし学年主任が呼び止めました。主任は、まるで化け物でも見たような、恐ろしい、それでいて悲しそうな目でわたしを見ていました。すべてを察しました。

 先生は、主任校長にだけわたしたちの関係告白しました。校外で2人で会っていた事実を認め、これ以上関係が深くなる前に学校を去りたいと告げたそうでした。主任校長は、わたしに深く頭を下げました。そんなことしてほしくないのに、する必要ないのにと焦るわたしを2人は涙を堪えた目で見上げてきました。そして、痛切な表情で「肉体関係はあったのか」と問うてきました。「ありません、断じて」とだけ答えると、先生たちは泣き出し、再び謝り始めました。わたし校長室の分厚い壁が、この大きな泣き声を外部に漏らさないかだけが心配でした。


 先生からはその数日後、直接、学校を去ることを告げられました。彼は、わたしが嘘をついたことを責めました。勝手な生き物だと、少し幻滅したのを覚えています一方的に罪を告白し、逃げ出すのはルール違反だと怒りたい気分でした、しかし、解放されたがっている自分がいたのも、また、事実でした。わたしたちは主任校長に話したこと「だけ」が2人の間にあった関係であることを確認会話し、男と女関係を辞めました。

 先生わたしは、3学期中をいつも通りに過ごしました。終業式で言い渡された先生退職を聞き、泣いている生徒の多いこと。別れを告げ、さよならを惜しむ生徒たちを横目に見ながら職員室に顔を出さずに、わたしは去りました。先生の机に重なった書類の多さは、1日やそっとで持ち帰れる量ではないと判断たからです。

 春休みわたし毎日のように学校に通いました。先生の机が見える、職員室と質問コーナーの境目に陣取って赤本を進めました。毎日うつもりでしたが、たったの1日だけ大雨が降り、行かない日がありました。その翌日、いつものように職員室に向かうと、先生の机はもぬけの殻になっていました。わたしはその瞬間、初めて人前で叫び声をあげ、怒り狂いました。教師たちの静止の声も聞かず、わたしは何度も横に立ち、椅子にもたれかかり、無意味に引き出しを開け閉めして遊んだ、彼の机を蹴り上げました。そして、糸が切れたようにしゃがみ込み、永遠と、わんわんと小さな子供のように泣いていました。


 高校3年生の時、知り合いか先生都内の某大学で働いていると知らされました。わたしは当時の志望校よりも幾分か偏差値の低いその大学第一希望に変更し、無事に合格しました。学びたい学問でもなんでもありません、ただ、先生いるからでした。何も言わず、大雨の中逃げるように去っていった彼に、文句の一つでも言ってやりたかたからです。大学生としてあらわれたわたしを見た先生は、怯えきっていました。「お金ならあげるから」と言われた瞬間、わたしは、あの日職員室で暴れた時のように先生の鞄を投げ捨て、近くのベンチを蹴り上げました。

 なぜか彼は土下座をして、許しを乞うてきました。わたしがしたかったのは、してほしかったのは、そんなことではありません。ただ「さようなら」とだけ言いたかっただけなのです。先生は、季節が夏になる前に海外へと去っていきました、何か月か後に届いたエアメールには「許してほしい」と何度も綴られていました。

 先生は、わたしのことが恐ろしくて仕方がないようでした。大学でふとすれ違っただけで、化け物を見るような顔をして踵を返されるたびに、わたしの心は潰れました。きちんと別れを言いたいだけだったのに、いつしか、互いに恨みが募っていってしまったのです。彼はすでに日本に戻ってきているようですが、わたしは、まだ会いに行けていません。会うのが怖いのです。あの目が怖いのです。


 わたしの家には毎年、主任校長から年賀状が届きます。他の生徒には届いていないようですが、わたしにだけは届くのです。罪を共有し合う仲間ですからわたしはその年賀状に、便箋3枚程度の手紙で近況や1年の振り返りを送るのが常でした。母は、特別親しくもなかった教師への手紙を綴るわたしを眺めては、毎年、不思議がっていました。

 はじめて家を出ることになり、年賀状の送付先が変わることを告げる手紙を綴る最中わたしはぽろりと母に罪を告白してしまいました、勿論、関係については「公然事実」のみ伝えました。母は「でも、好きだったんでしょう?」と聞いてきました。そうです、わたしは好きだったのです、先生のことが。そして、今でも好きなのです。「さよなら」を言えないまま、わたし片想いの渦にまだ囚われているのです。「なら、良いじゃない、世間はどういうか分からないけれど」。そうです、他人など、どうでもいいのです。どうでもよかったのです。


 冬になり、主任校長一人暮らしになったわたし年賀状を出すことなく、立て続けにこの世を去りました。わたしのことをずっと気遣ってくれた2人は、成人し、就職が決まったことをとても褒めてくれました。彼らが、あの日以降、罪について話題に出した日は一度もありませんでした。わたしを気遣う優しい文面、文化祭に遊びに行ったわたしを出迎えてくれた笑顔、どこまでも優しい2人でした。

 2人の葬儀には沢山の生徒、教師が集まりました。その中の誰も、わたしの罪を知る者はもういません。しかし、幼き日の思い出話に花を咲かせれば、誰もが「あなたは、あの先生が好きだったのでしょう?」と聞いてきますわたしはその質問をされる度に「好きです、今でも」と答えるのです。そう答えながら、喪服姿の先生を横目で探してしまうのです。ヒールはいわたしと同じぐらいの身長、年の割にかわいい顔立ちをした年齢不詳の人。わたしは、彼がどんな姿をしていたのかも、もう曖昧しか思い出せません。一緒に撮った写真はたったの1枚しかありませんでしたし、それもどこかに消えてしまいました。

 

 はじめて会った日から、気付けばもう10年以上の月日が流れてしまいました。あの頃急速に大人になってしまったわたしは、ひどくアンバランスな心を抱えて生きていますわたしの心は未だに、あの新しいようで古ぼけた校舎に囚われたままなのです。職員室を入って右側の島、奥から3番目の灰色の大きな机、先生の足元にしゃがんで、顎をひんやりとした板にのせて、話すのが大好きな子供のままなのです。

 しかし、わたしがいまいる場所は、生きている場所は、あの箱庭ではないのです。過去の罪に囚われる時代はもう終わりなのです。だからこそ、口に出さなくてはいけないのです。だからこそ、会いたいのです。会って、言いたいのです。


 せんせぇ、さようなら


 はいさようなら


 いつか終わりを迎える日に、罪を抱えた半身の行方を知らずに眠ることが、わたしはできそうにないのです。

2017-02-09

http://anond.hatelabo.jp/20170209095630

そもそも義務教育年齢の子供に、自分教育を受けるかどうかを決定する権利なんかない

教育を受けさせる義務保護者にかかるものだし、「子供が嫌だって言ってるから」ってだけじゃ義務免除されない

不登校なんてのも正当な理由がある場合保護者学校側の協議の元でようやく認められるものであって

ただ子供行きたくないと言ってるからってだけじゃ駄目



現に娘を学校に行かせなかった親が書類送検される事件あっただろ

娘は芸能活動をしていて学校に行きたがっていなかったらしいが

そんな理由じゃ義務教育免除されない

2017-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20170130100824

アメリカに住んで現地校に子供通わせてたけどね。

ガイジン」扱いで役員とかはスルーされてたし、実際子供は浮いてたけど、どうせ短期滞在駐在族だったのでそんなのどうでもよかったってだけ。

(こっちはそれより在米日本社会に溶け込む方が優先だから

永住族ならそうはいかない。



あとあちらはPTAの手伝い要員として働くなら犯罪歴がない事を示した誓約書みたいなのを書く必要があるんだよね。

全員強制参加ってのが無いのはそれもあるかと。

更に別に強制参加ではなく自由参加でもボランティアが多数来るってのもある。

寄付なんかも勿論するもしないも自由なのに多数集まる。



日本でも、そういう学校もあるけどね。

概ね裕福で教育熱心な人が多い学校だとそういう傾向で、PTAも自ら役員やりたがる人がいるし、行事手伝いも有志だけで確保出来たりする。

日本だと私立か、公立なら恵まれた学区だけだろうけれど。

逆に全員強制参加、貧困家庭だろうがシンママだろうが免除一切無しなんてのは、そこまでしないと誰もやらないようなアレな学校なわけで。

アメリカでも貧困地区公立校悲惨らしいが、そもそも銃犯罪だの薬物だのが横行している世界なのでPTAどころではない)



因みに、州とか地域によっても違うんだろうけど

子供が行ってたアメリカ学校PTA会合というと夕方五時半くらいからで、それでも大多数の親が来ていた。

まりその時間には学校に来られる働き方をしている人が大多数ってこと。

学童もそれくらいの時間に終わるし、子供だけで放置したら違法から当然だけど。シッターを雇える家庭ばかりではない)

日本PTAを変えるよりまず働き方を変えた方がいいんじゃないかな。

親共に朝から晩まで子供放置して社畜として働いてたら育児なんかそもそもまともに出来ねえよ。



PS

なんかトラバしてた増田(「アメリカPTAに関する話は伝聞な上に(ry」ってやつ)

が消されたので、ここにぶら下げとこっと。

2017-01-22

高認って一年程度しか高校通ってなくても必要科目の半分は免除になるし

あとは簡単な科目選んでやれば高校卒業より簡単に早く資格を取れると思うんだけど

なんでそういうルートって増えないのかね

一年早く卒業資格を取っても大学受けられないのかな

2017-01-19

http://anond.hatelabo.jp/20170118140238

役所ルールに則って手続き書類作れば速やかに処理してくれるけど、まさか窮状を嘆いたり相談して何もしてくれなかったなんて言ってないよね?

役所ルールというもので試したモノとしては

せいぜい自立支援医療か、所得が発生しなかったがゆえの所得税免除医療費の還付を受けたくらい。

生命保険精神疾患には使い物にならなかった。

公務員対応に思い出せば思い出すほど殺気しか湧いてこない。どうしろというのか。

以上のことから精神疾患労働災害なんて本人が死んでから、遺族がするもの認識している。

生きるのが苦しい。

手は打てるだけウチました。

また、精神疾患による労働災害にはひとつ厄介なものがあって

  • 既往歴

というものがあります。すなわち、パワハラによる精神疾患労災申請ができなければ、二度目は不利になります

事実上、二度目はないのです。なぜ骨折などの物理的なものには認められることはあるでしょうね。でも精神疾患にはひどく冷たい。

から、死んだほうがマシ。

2017-01-10

妻がバカで辛い

離婚しよう、と言われた。

 

1年間の単身赴任の後、赴任先に妻子が合流した。

合流後、そろそろ2年になる。

妻は5時台に早起きして朝食と弁当を作り、洗濯のあとパートに出かける。よくやってくれている。

 

増田40代、妻30代、子ども3人。

一番上の子高校受験関係で、夏までに妻の実家近くに戻ることにした。

増田単身赴任を続ける。

ここまでは双方合意

 

離婚理由を聞くと、

「働きたくないでござる」

 

 

詳しい聞き取りの結果はこうだ。

 

まあ、つまり、あれだ。

偽装離婚を持ちかけられているわけだ。

 

 

目下の悩みは、こんな思考の人と添い遂げられる自信がなくなったので、

本気で離婚したいと思っていることだ。

養育費はそれなりに払う。

 

その場合、どちらを選択すべきか、、、

正直めんどくさい。

 

 

参考までに、偽装離婚後の生活費を詳しく計算するとこうなる。

 

収入の部

婚費(家賃込) 200,000円

子ども手当    35,000円

児童扶養手当   58,330円

児童育成手当   40,500円

 

支出の部

学校幼稚園 15,000円(5000*3)

年金 0円

健康保険 0円

住民税 1,000円/月(もっといかも)

医療費 無料

家賃  3〜5万円(相場14万円前後

食費・被服費・雑費 それなり

 

 

(確かに妻が働かなくてもやっていけそうだ。。。)

 

 

 

追記

夫もバカだの何だの好き勝手書いてくれて、どうもありがとうございます

週末に、また妻と話せると思うので続報があればその頃に書きます

 

入れ知恵がどうの、と書いてくれた方がいましたが、

妻の親族地元の友人?に同様のことをしている人達がいるみたいです。

倫理観はその人の属する集団の平均に等しいといいますが、推して知るべし、です。

 

婚費という言い方は適切でないかもしれませんね。

出す側のこちらからすると養育費というつもりもないですし、

仕送り、と読み替えて頂ければ。

 

友人から公立の小中学校に行かせても給食費や教材費がかかる、と教えてもらいました。

修正しておきます

 

転居先の自治体では高校生から医療費応分負担があるそうです。(ひとり親家庭医療費無料

修正しておきます

 

 

13JAN/2017

みなさんへの返信をまとめました

http://anond.hatelabo.jp/20170113124025

2017-01-05

被災を欲の隠れ蓑にする被災者たち

3.11津波被害にあった地域に住んでいる。

まだ高校生だが、生まれも育ちもこの地域で、それなりに思い入れのある私のふるさと津波が来たときは驚いたし困惑した。

しかし全国から支援や励ましの言葉、国の対応によって次々に不便と不安はなくなっていった。

震災から5年以上たった今、その支援とそれにあやかろうとする被災者たちについて考える。

様々な支援。仮設の設置や金銭的、物資供給。さまざまな支払いの免除被災者への特別待遇

これらによって被災者は「特別扱いは当たり前」という傲慢感情を持つ結果となった。

それから私たち被災者は本当の地域の誇りをわすれ、自分の欲を援助という手段によって満たそうとする。

現在も仮設に暮らしている人たちの中には、仮設から出れないのは国の援助が少ないからだと思っている人たちがいる。

復興という言葉を使えば、さまざまなプログラム受験に有利だと思っている人たちもいる。

被災者である自己紹介して同情をほしがる人もいる。

しか東日本大震災から5年も経ち、世間一般では震災への関心は薄れたため、

傲慢被災者たちは思い通りに欲を満たせていない。したがって今でも「復興は進んでいない」と叫ぶのである

いくら道路が整備され、家が建ち、店が増えたとしても、

私たち被災者の心が地域自分自身への誇りを取り戻さない限り復興はできない。

被災者であるということを利用して、欲を満たそうとする人たちを多く見てきたし、

わたしもそのうちの一人だった。

自分のくだらない欲のために、思いつきを信念のように語っていた。

今思うと恥ずかしい。都合のいい言葉を吐くたびに自分故郷侮辱していたことになると思う。

こんな当たり前のことに気づくまで5年もかかってしまった。

ほかの人が努力して手に入れるものを、平然と奪ってしまった。

これから私は今後そのことを忘れないで生きようと思う。

2016-12-31

大学に入ってどれだけ周りが裕福か思い知らされた

国公立大学学生

ネットじゃ「授業料を払いながら大学に言っている人なんてたくさんいる!」なんて言っているやつをみるけど増田の周りは全くそんなことはない。

「車買ってもらった!」

パソコン買ってもらった!」

「親が家賃払ってくれてる(オートロック付きマンション)」

年金?知らない。親が払ってるんだよな」

仕送りは5万少ないよなこれ・・・

金の話になると自分貧乏さを知らしめられる。俺は授業料家賃年金、何もかも自分で稼いで払いながら大学へ行っている。授業料免除が通ったから今は心配していないのが救い。

何度か悩んでネット相談した。しんどいしんどい嫉妬しんどいと。

ネット住民は言う。「あなたはすばらしい」「それが普通」「買ってもらっているやつは甘えているんだよ」

甘える人が欲しい。普通じゃねぇよ何十人こういう恵まれたやつがいると思ってんだよ。すばらしいからなんだ。

金が欲しい金が欲しい金が欲しい。

1万でいいからほしい

しんどい

2016-12-24

月収0円のサンプル

国民年金保険料 16,260

住民税 0

国民健康保険 4,700

控除合計 20,960

さすがにマイナスだと俺がはてなで一番きついだろう。

嫁に収入あると年金免除もできないんだって

2016-12-16

応用情報取れた

午前免除のうちに高度チャレンジしたいけど、オススメありませんか

当方情報大学生修士出てから就職する予定

2016-12-15

親のことでしんどい ※12/21 0時頃再追記

父親が死んだとき生命保険金の半分を母親の額面にすることになった。兄弟の総意だしそれは問題ない。

受取人が俺になっていたから、俺が管理して毎月母親に送金することにした。月20万。でも10年も持たずに使い切ってしまう。

ところが母親は20万では足りないと言ってくる。ペット病気だの何だの。

から月22万送金するようになった。減りは早くなった。

でも働ける体じゃないし、大変そうだから、俺が地元に帰って家でも買って生活費用を抑えようと提案してみた。

家を探そうとしたけど、なかなか良いのが見つからない。1700万円ほどの家を見つけたら、そこは部落地区から止めろと言ってくる。

場所とのバランスを考えて母親が気に入ったのは2700万円ほどする場所。まあ、でもそれは俺のためもあって言ってるんだろう。だから怒るということはなかった。

他の地区と色々検討しているときに、「もし結婚したとして、子供のことを考えるなら、荒れていると評判の地区は困るなあ」と俺が言うと一言

「なんで公立に入れようとするの?私立に入れたら良いじゃん」

あのさあ…。俺の金を何だと思ってるんだ?

母親教育費に関してすごく厳しい人だった。

俺は中学生の時、公立の2番手校に行きたがった。それを言ったら1番手校じゃないなら学費は出さない、と怒鳴ってきた。これは完全に見栄だけの理由。後から公立高校学費なんて高校生自身でも全然問題なく払えるレベルだと知ったことは置いておく。

結局、私立特待生学費免除になったんだけど、それでも俺の教育費が高いと文句を常に言われた。バスの定期代が高いとも言われたから学期の途中から自転車で通うことにした。片道40分。

それだけなら普通だろうけど、小遣い1円もくれないかバイトもして、特待生を切られないために勉強もして、成績は学年トップ5には常に入っていた。

浪人はしたけど(浪人中の生活費受験に関する金は母親父親も一切払っていない)、良い大学に入って名のしれた場所で働いている。

俺は間違いなく努力して、悪くない結果を出していると思う。

でも勉学については昔からボロボロに言われていた。

勉強なんかしても何の役にも立たない。勉強しか取り柄のないお前は人間としての魅力がない。運動出来ないノロマ運動が出来る従兄弟は格好良いな。本当にお前は格好悪いな」

ずっと言われてきた。でも勉強を続けてきた。

やっと手に入れた俺の結果を、かつて俺を馬鹿にし続けてきた母親は当てにしている。

家でも買って、なんて言ったのが間違いだった。家を買った後の生活費は俺が中心で出すことになるだろうけど、そもそも現状の生活費の切り詰めからからしておかしいから、いくら持っていかれるか検討もつかない。

母親は「生活が苦しくて、おかゆだけの日が続く」とか言ってるんだけど、ウォーターサーバーをもう何年も置いている。解約を提案したら絶対に逆上して会話にならないから言わないけど。

この間なんか、携帯電話ショップに言われて家にWi-Fi接続を導入したらしい(俺は見ていない)。でも実家パソコン置いてないんだよ。通信機器母親スマホだけ。そのスマホはちゃんと回線繋がってる。Wi-Fi要りますか?

Wi-Fiの解約を提案したら「解約手数料がかかる」ってさ。Wi-Fiに金を2年払い続けるのとその解約手数料今すぐ払うのと、額面計算して比べてくれよ。

こういうのをポンポン契約されかねない。その解約の度に金がかかって、所得に対して支出馬鹿みたいになりそうだ。

逆に、前にトイレ換気扇を俺が付けっぱなしにしていたら(俺は自分の家でもずっと付けている)、凄く文句を言ってきた。付けないことによって節約しているらしい。それで一ヶ月の電気いくら浮くんだよ。付けっぱなしでも300円程度だろ。こういうところで自分節約上手の生き方上手であるかのように振る舞ってくるのも疲れる。

で、月20万円で過ごせないのが信じられないから、月の支出を見せてくれ、削れるところを見直していこう、と言うと「何でプライベートなことをお前らに教えないといけないんだ」とキレる。

一緒に暮らしてやっていける気がしないよ。

育ててくれた恩は感じているけどさ、俺が母親から受け取ったのって、一般的な家庭からすれば遥かに少ないんだよ。それもありえないレベルで。

暴力暴言虐待日常茶飯事だったしな。夫婦喧嘩仲裁子供たちでやったことなんて数え切れない。

すねて飯を食わないと言い出した母親におかゆを作ったら、「しつこいんじゃ!!!」と怒鳴ってお椀をゴミ箱に突っ込まれたこともある。

それなのに俺が、一般的な家庭における息子が親に渡すものよりも遥かに大きな世話をする必要ってあるんですかね?

というか、俺がいるか母親は俺の金を当てにしてくるんだよな。元々俺は家の中で存在するはずのなかった子供なんだし、いなくていいよな。

残額800万に俺の取り分を加えた1000万を全部送信して、バックレようか。


【追記】

予想以上の反響で驚いています応援言葉をくださった方にお礼を申し上げますありがとうございます

いくつか補足をしておきます


・他の兄弟

兄弟も手伝ってはくれています帰省ときに小遣いを母親に渡したりしているそうです。自分は小遣いは渡していません。

本文からも退場したわけではなく、見直し提案したときには同席してくれていました。母のセリフが「お前らに」となっていたのはそのためです。

ただ、結婚していたり、正社員ではなかったり、ということで面倒を見るのは自分以上に困難と思われます精神的にどうかは知りません。

年金

年金はありません。還暦まで数年あります

父親から評価

評価は受けていたと思いますが、受取人が自分だったのは評価されていたからではなく、母を受取人に出来ない理由があったからです。(法的にどうなのか分からないので書きません。役所からはこの回避方法問題がないという回答をもらっています。)

から母は自分本来の受取人であり、「管理してもらっているのではなく、預けているだけ、本来自分の金である」ことを主張します。

贈与税がかかるから一度には渡せない、ということで自分扶養に入れて、生活費を送っています。(ここは法に触れたら金を没収されるものなので母もすぐに言うことを聞いた)

税金の話をするまでは、「私が正当な所有者なのに、あいつは私に金を渡さない。100万ぐらい持ってくるのが筋だ!」と兄弟愚痴を言っていたそうです。これは傷つきました。

文章力

ごめんなさい。元々上手い方ではないのですが、それに加えて感情が爆発しそうになっていたので、何を書けば自分感情読み手に伝わるのかよく分かっていませんでした。

思い出したエピソードを詰め込んだ感じです。

10日ほど前に、やはり腹が煮えくり返って書いたものがありますので貼っておきます。ただ、一部ノイズをかけようとして情報齟齬があります。両方にリンクを書き加えたのを以て本人だと見なして下さい。

自分語りかいつまんだつもりですが長くなりました。ごめんなさい。

http://anond.hatelabo.jp/20161204200529

・「生んで~」

自分母親に生んでもらっていません。兄弟母親の実子ですが。自分母親養子縁組をして母親扶養に入れています。ちなみに実母は実母で嫌いです。



から逃れる努力を始めていきます

親の虐待発言、行動の備忘録

http://anond.hatelabo.jp/20161219005939



【追記2】

先々月に姉が離婚をすると宣言した。今は撤回しているが。

騒動最中に、母に「それなら増田じゃなくて姉と一緒に住むっていうことを考えてみても良いんじゃない?」と言ってみた。

母の回答は「それは私も考えたけど、すぐに良い人見つかったらって思うとなあ……(だから住むなら増田)」であった。

姉が母と一緒に住んだとして、再婚すれば母から再び独立する未来が見えている。

増田が母と一緒に住んだとして、結婚しても母の面倒を見なければならない未来になっているということである

これが長い間引っかかっていた。増田からは一生搾取しても問題ないという認識なのだ

2016-12-08

退職エントリ博士進学を考えるあなたに送る、進路に関するあれこれ

博士をとってから大学博士研究員として1年ほど働いたが、先日、民間企業から内定をいただいて大学を去ることになった。転職活動をする中で思ったことを書き残しておきたい。自分と同じ程度に何も考えず、ちゃらんぽらん博士課程に進もうとしている人の参考になればよいと思う。

1.スペック

男29 バイオ系 医学研究科所属(non-MD) 特筆すべき業績は無い

いわゆるピペド的な分野だけど、医学系に所属していたことが就職プラスとなった模様。

2.ポスドクを辞める理由

一般的基準で言ってブラック職場だったから。

1日6時間勤務で時給1670円。つまり日給1万円。額面20万程度なので、手取りは16~17万ほど。残業手当休日出勤手当についての規定はいろいろ事細かに書いてあるが、残業休日出勤存在しないことになっている。生物相手仕事なので6時間の中で全ての仕事を収めることが不可能である場合によっては夜中に始めなければいけない実験もある。また、生物には曜日関係ない。大学院生の頃、研究室に行かない日は年10日ほどだった。卒業前、ポスドクになってもそのペースで仕事ができると思っていたのだが、お金をもらう身分になるとそれができなくなった。給料が発生しないのに研究室に行くことが馬鹿らしくなってしまった。こういうことを言うと、休みがほしいと言ってるようでは研究者に向かない、と言われたりするのだが、そういう問題ではないだろう。だって、こちらは契約書を交わして雇用されている身分なのである。そういう意味では民間企業で働く人と同じだ。上の言い分がまかり通るなら、サービス残業ができないような会社員だって、その会社仕事に向いてないと言ってよいことになるのではないか。少なくともこれまではてブ等で言われてきた基準から考えれば、即退職すべき職場と言えるはずだ。

これはうちの大学だけの問題ではなく、どこの大学でも聞いてみると似たような人が居る。教授たちはポスドク生活について特になんとも思っていないし、月20万も出してやれば逃げていかないと思っているらしい。「サイエンスサティスファイ」していれば飲まず食わずでやっていけると思っているのだろう。

それでも、百歩譲って、自分の好きな研究をしているなら、お金をもらわずに働いてもまだ納得がいく。しかし、雑務に追われて研究ができない大学教員同様、ポスドクも上でオーバーフローした雑用をこなしているだけで時間が過ぎていく。毎週末出張に行かされたり、インターン学部学生の面倒を見たり、他大学学生スタッフ技術指導をしたり、シンポジウム運営を手伝ったり、種々の書類を書かされたり、というのが日々の業務である。それでいて、世間からは、研究者なんて劇団員とか芸人とかそういう類なのだから待遇が悪くても仕方が無いだろう、お金がもらえるだけいいでは無いか、というようなことを言われるので腹が立つ。

3.ポスドクから転職活動

活動期間はトータル4ヶ月。ただそのうち一ヶ月半ほど忙しすぎて何も動けない期間があった。覚えている限り、13社応募した。うち、3社は転職エージェント音信不通になった。2社は転職エージェントから応募を断られた。残りのうち、4社は書類で落ちて、4社で面接に呼ばれた。最終的に2社から内定をもらった。

専門知識が活かせそうな職であれば、研究職、非研究職に関わらず応募した。そのため、最初は何がやりたいのかもはっきり固まっておらず、書類審査に通りにくかった。後半は、希望業界職種が絞れてきたことと、求人から書類審査に通りそうなものがある程度わかるようになってきたので、思ってたよりもあっさり終わった。

巷では博士まで行くと就職が無い、特にバイオ系は終わっているというような話が多かったので、活動を始める前は心配していたが、別にそんなことはなかった。ただ、研究職に絞っていたらそう早く決まらなかったかもしれない。自分実験技術ニッチ職人芸で、企業研究で活かせるかというと微妙だったし、業績も研究職を目指すには寂しいので書類選考がかなり厳しかった。それに、やっぱり分子生物学を直接活かせる分野はまだそんなに無いというのも思った。

博士課程で身につけるべき専門性スキルは、研究以外にも活かせる道があると思うので、研究以外のことにも興味を持てる人だったら、博士まで出たからといって特に就職で不利になることはないと思う(能力的に博士として平凡な人でも)。

4.博士進学すべきか

私は博士進学したことを全く後悔していない。ポスドク期間は精神的につらかったが、大学院生の間は、研究を通じてエキサイティング経験ができたと思う。

博士を取るのは、学士修士に比べたらかなり大変ではあるが、その分、達成感がある。私は基礎研究分野なので、その視点に絞って言うが、博士というのは世界で初めて誰も到達してない場所まで登り、そこから新たな景色を見せることができた人に与えられる称号だと思っている。博士課程で行う研究なんて、そうたいしたものではないけれども、でもどんな小さなことであれ、世界で一番になる経験というのはなかなかできるもんじゃない。だから、もし学部修士課程研究面白いと感じているなら、その先の山まで登ってみることは悪い経験にはならないと思う。

もちろん、リスクデメリットはいろいろあるし、向いている向いていないもあるけど、条件が合えばリスクは限りなく小さくできる。博士課程に進学しようと思ったらお金必要であるが、親から全く援助が受けられなくても、プラス収支で博士課程を卒業することは不可能ではない。最近貧困の原因になっているとも言われている学生支援機構奨学金だが、大学院で借りた奨学金3分の1の確率で半額または全額が免除されることはあまり知られていないのではないか免除されなかったら大きな借金を背負うことになるのでハイリスクな賭けではあるが、単純なギャンブルではないので勝率を上げることはできる。免除される枠は大学ごとに割り当てられているので、学内相対評価で勝てれば良い。背伸びして良い大学院に入ると大変かもしれないが、小さな大学アクティティの高いラボに入れれば免除される可能性はかなり高くなる。私もこのパターンで、日本全体では平凡な大学院生だったと思うが、所属大学では上位に入れた。それから最近お金を出してでも学生を囲いたい大学院もあるから、この辺をうまく使えればお金がなくても進学は可能である卒業後の就職のことに関しては上に書いたとおりである。実感として、そんなに不利だとは思わなかった。研究を続けるか別の道を歩むかの決断はあるかもしれないが、仕事を見つけること自体は難しいことではない。

優秀な人が将来の懸念から博士過程を避けるようになっているという話をよく聞く。それがどの程度本当なのか私はよく知らないが、本当だとすれば残念なことである。真に優秀な人はおそらく研究者として残っていけるだろうし、別の道を探すことだって難しくはないだろう。重要なのは進学前の情報収集だ。良い指導者(色々な意味で)に出会うことは極めて重要である

5.学術界に言いたいこと

それはそうと、博士課程を卒業した後、ポスドク待遇は酷い。なんなら、学生のころよりも生活が苦しくなったりする。私の待遇でも、社会保険厚生年金に入れるだけ全体としてはマシだと言われるようなレベルである

博士まで取った人なら、仕事くらい自分で見つけてこられるだろう。だから別に今いるポスドクをみんな救済しろと言いたいわけではない。ただ、せめてルールくらい守れと言いたいだけだ。大学予算枠の規定で仕方がないのか知らないが、秘書実験補助員と同じ枠でポスドク雇用し、ポスドクにだけ特別暗黙のルール適用することはいい加減やめた方がいい(秘書実験補助員は定時で帰るし、定時で帰れるように配慮される)。本来研究者時間給で雇うのが間違いなのだが、全員を正規雇用できないというのもわかる。だから正規雇用されなくてもいいから、パートタイムで雇うならその規定をきっちりと適用してほしい。そんな中途半端研究者は要らないと思うなら雇わなければいい。自分だってボスからポスドクとして残ってほしいと言われたから残ったのである必要だと思うなら、必要性に応じてお金を出せばいいし、出せないなら逃げられても文句は言わないでほしい。

6.まとめ

大学院は超エキサイティングだったが、ポスドク待遇が酷いため研究をやめることにした。

博士進学および研究人生を賭けた博打であり、勝つためには運が多大に必要であるしかし、単に運だけで決まるわけではない。そこそこ得たいものを得て降りることは可能である研究過程を楽しく思えてかつ優秀な人には博士進学を勧める。

ブコメ返信】人生詰んだ。誰か聞いてくれ

http://anond.hatelabo.jp/20161207184419の続き

自分でも書き足したいと思ったブコメに返信しま

●なんで奨学金借りてまで大学

これが一番多かったし、現実でもこれ言う人多い

一番の理由は18歳の時に大学行きたい勉強したいと思ったからだな

4年間の学費のうち半分は自分で払うっていう約束だったか奨学金借りた

借りた当時は返せると思っていたし、返せないと思って借りる人いないじゃねーの

踏み倒せっていう人も多かったけど俺は返したいと思ってる

金ないやつは大学行くなって言ってるやつ、そもそも金なくても進学したい人の為の制度なんだから誰に聞いてもこれしか返ってこないと思う

金がない人は借りないでくださいなんて項目もなかった。俺じゃなくて奨学金機構にその項目を追加しろって言った方がいいよ

仮にそう書いてあったら踏みとどまったか

●どんなとこ受けてなんで200社も落ちたんだw良りすぐってんじゃねーよ

一般企業福祉関係中心に受けたけどダメだった

そりゃ最初給料が高いとことか名前知ってるとこも受けたりしたけど30社くらい落ちたところでやめた

自宅から通える範囲中心に受けたか

比較採用されやすいであろうコンビニバイト落ちた時はさすがにキツかった

たぶん全体的に面接でチキったりしてるのが原因だと思う

俺は誰かのもとで勤めるのが向いてないのかもしれない

●死亡又は精神若しくは身体障害による返還免除使え

2年くらい前に一度申請したけど却下された

封筒に入ってた奨学金機構顧問医師所見には『発病から日が浅く、病状が好転する可能性がある』とか書いてあったと思う

年金機構奨学金機構、書式は違ったけど診断書の内容と書いた医師が一緒でほぼ同時期に出したけど

障害年金は通って奨学金は通らなかったってことは奨学金機構審査の方が厳しいんだな

マジでこの審査通った人いるのか知りたい


なんか俺は誰も恨んじゃいないし、別に日本死しななくていーから国民死なせんなよって思う

2016-11-24

んー今C++プログラマやってて仕事きついからやめたいなーと思って職業訓練さがしたら、プログラミング関連1個しかなくて、


ソフトウェア管理

 コンピューターに関する基本知識と、Java言語によるプログラム作成システム設計ネットワーク構築等の実技を学びます

※入校時期の記載のない科目は4月入校です。

訓練期間(入校時期) 1年

定員 30名

主な対象者 高卒・離転職

取得可能資格 基本情報技術者

(在校中に基本情報技術者試験の午前問題受験

免除となる「基本情報技術者試験午前問題免除講座

修了試験」が受けられます。)

Javaプログラミング能力認定試験


だって

自分場合基本情報はもう持ってるし、このレベルで1年もやること考えたらあまりにも時間もったいない気がするわ

Javaネットワーク全然詳しくないけど、仮にそれをやるにしても自分の今のレベル考えたらちょっと遠回りすぎる気がする

適当IT技術者派遣にでも登録して実務でいろんなことやったほうがまだマシな気がする

東大女子家賃補助と女子率について

東大女子特定マンションにすんだら家賃補助の話について、東大男子大学生にむけた食事付き格安寮の募集が構内に貼ってあったり、県民寮の募集男子限定だったりするので、おそらくこの処置で住居環境にまつわる援助の差が対等に近づきます

東大以外、東大女子東大男子の住環境問題に興味がないのである程度は仕方ないんですが、ぶっちゃけてもいいんだからちゃんと実地調査して結果発表した方が納得されたのではないでしょうか。

個人的には、世間や他に楽しみのない男子大学生からヘイトを考えるとこの制度ができる以前から東大理系への女子学生入学はあまりお勧めしません。

また、性別関係なく親の収入による補助ですが、すでに学費免除制度はあり、自分の周囲だと、主に地方出身男子大学生が利用していました。

地方出身女性については男女で同じ割合の人が利用したとするとごく少数になってしまうせいか、耳に入ってきてないです。

研究内容や成績優秀者に対する奨学金もあり、学科の教務の前に貼り出してあります

まり女性優遇の前にすることがあるだろうと言われていた類の話はすでに結構あります

大学の教務や教室付近掲示板にだけ貼ってある(特に大学以外から団体からの援助)ことも多いので、学部学科によっては東大生でも知らない人もいます

文系でずっと駒場にいた人とか特にそうです。また、特に理系ですが、そもそも東大生には書類をきちんと整理して揃える、掲示板情報をこまめに収集するというのが苦手な人が多く、対人的にはいじけてる人もそうでない人もよくよく話を聞いたら素朴に夢と専門分野がロマン思考の人が多いので、気づいてない可能性も高いです。

本郷駒場の全校舎の張り紙調べてみて定期的にネットへ流すサービスがあると学生全体の福利厚生上がりそうだと素直に思います。これ書いてる人も、今回の件で県民寮に入ってる女子は聞いたことないな、と思ったら男子限定だったらしい、と卒業してから知りました。書類を4種類以上そろえて出せと言われると辛いタイプの人も結構多いです。

さて、東大女子女子率ですが、自分が出てから数年で大幅に状況が変わっていなければ、農学部文学部経済学部比較的状況がましだったはずです(少なくとも工学部と比べれば桁違いに)。

学振分の枠の都合で女子比較的人気の高い学科のうち教育系や不況時に女子学生の志望が増えやす医学薬学は本当にそこ行きたいならよそへ行った方がよい状況があります。たとえば薬学部薬学科へ進もうと思ったら全校生徒の志望者の中で8人くらいに入る必要があります

東大に来ない方が良い大学教育必要な上で資格と結びつくタイプ学科については不景気だと志望者が増える傾向にあるので、景気が悪いんじゃないでしょうか。

極端なのは工学部特に生物系、化学系でないところで、そういう学科は定員の枠も大きいことが多いです。

その学科の状況やどうしてそうなるかについては、関連しそうな学科Twitter検索リストを置いておきますね。

検索結果を見て、これと同じ温度の空気の中で研究室生活の間ずっと過ごしても平気、気にならない、と言い切れる人か、A先生のもとで何々学を勉強したい、という感じに目的意識がはっきりしてる人しか行かないほうが良いと思います

とりあえず、就職にあたってもエゴサは大事なので大学受験にあたっても進路指導の一環としてやればいいのでは、と思います

2016-11-20

死のうと思ったけど

ぼく「少なくとも奨学金を返すまでは死ねない」

支援機構死ね免除

ぼく「なるほど」

2016-11-19

スーパーコロッケを床に落としました。その後の対応・・・

レッツ、総菜購入!

さっきスーパーに行ったんだが、年配の男性が床にコロッケを落としてしまった。それは床を1mくらい転がった。

ワタクシはそれをどうされるのかなぁ!?と思い、その人を見続けていた。他に見ていた人はいなかった。


するとその人は、おもむろにトングでそれを掴むと、総菜コーナーの紙袋に入れレジに向かった。

ワタクシは思った「え・・・!?買うのォ!?」と。


さてこのケースの場合、いくつかの選択肢が考えられる。

1.この男性のように責任とって買う(しかしトングで拾うのは例外w)

2.お店の人に話して交換してもらう(2個分の代金を払うか1個分で免除してもらうかはお店との話し合い)

3.放置して逃げる(もちろんやっちゃあいけない行為だが)


ワタクシならば、2かなぁと思ったのだ。皆様はどうだろうか?


それでは良い総菜ショッピングををを!

2016-11-16

私は勝ち組

東大入試をうけるなどという苦行を免除されているのだから

2016-11-15

大学女の子増えることの何がいけないの!!!!!!

http://www.asahi.com/articles/ASJCG4WF3JCGUTIL030.html

いいでしょ!大学女の子増えることの何がいけないの!!!!!!!!

苦学生にはもう学費免除とかやってるから!!!!!!!!!

あと!!!!!工学部女の子増える可能性を!!!希望!!!!!!

希望の芽を!!!!!!!摘むんじゃない!!!!!!!分かれよ!!!!!!

東大女子だが

http://anond.hatelabo.jp/20161115002441

三鷹国際宿舎は女子フロアの数が少ないので新入生の女子の枠は留学生含め30人程度、かつ留学生から優先的に入れるので(当然だが)、実質日本人女子は十名以下の定員だ。これはいくらなんでも少ない。

昔は三鷹に入れなかった場合白金が受け入れてくれる場合もあるとあったが多くて4,5名、少ない時は1,2名、しか留学生から優先される(なお現在白金寮はなくなった)。日本人だと地方出身者と親の年収が低い方からになるので、中近距離住まい一般家庭の女子学生ほとんど寮に入れなかった。かといって駒場付近家賃が高くしか民間女子寮ですら決して安くない。通学時間が片道2~3時間かかったとしても千葉茨城埼玉方面からくる女子は通学定期を買って通学したほうが安い。ところが通学だけで一日4~6時間かけてると正直進振りレースには入れないし、サークルなんてもってのほかバイトの余裕すらない。


くわえて地方学生には県人会などの奨学金制度や寮制度があるが千葉埼玉茨城茨城あるかな?)群馬神奈川栃木あたりの首都圏ではあまりそういうのが盛んではない。東京都内もしくは神奈川実家のある富裕層東大女子の多くを占めると言われている)はそもそも寮に入る必要がないし、親だって二年間の補助を受けるよりマンションを買ってやったほうが税金対策やその後の投資の面でも安上がりなのでそうするだろう(東大女子マジョリティである富裕層というのはそれくらいのレベル金持ちが多い)。結局本当にこの補助を必要としているのは、決して少なくない数がいる、授業料免除を受けるほど貧しくはない首都圏郊外に住む親がサラリーマン一般家庭の東大女子なんだよ(年収が300万を切らないと授業料免除も落とされるので実質貧困家庭よりこれくらいの家庭のほうが家計的に厳しい)。


駒場付近で二階以上の1ルームマンション家賃は安くても五万程度から女子学生ならセキュリティ的に六万程度はみておきたいところだ。三万円の補助があれば定期代の三万+補助でちょうどそれくらいの物件が借りられる。当事者には大変にありがたいと思う。



ちなみに二年間だけなのは本郷に進学する学生が多いからだと思われる(逆にいえば最初の二年は必ず駒場に通わねばならない)。本郷では本郷学生課があるのでそちらでなにかやるんでは?

自分一年の時から本郷周辺に住んでいたが、あのあたりは下町なのでギリギリ3~4万くらいのぼろい女子専用アパートがある。一階に大家が住んでいるという形態のやつ。そういうとこにはたいてい院生が入っていて学部の時から借りてるとだいぶ苦労人の扱いをうけた。北区の方へ行けば家賃も下がるし、千葉茨城埼玉あたりからなら自宅から通うという選択肢もある距離だ。その後四年時は柏の葉キャンパスへいく学生もいるので一律補助みたいなやり方はやりにくいのだろう。ちなみに男子場合豊島の寮の定員が多いので中近距離でも豊島寮に入れる(追分などは老朽化でなくなった追分は国際宿舎になったそうです。豊島追分の国際宿舎は毎年各十名程度女子が入れるようだがやはり少なすぎ)


さらにいえば、首都圏郊外出身者の東大女子が応募できる奨学金給付・貸与どちらも)が非常に少ないのも問題だ。特に理系場合対象男子のみとなっている場合も多く、女子というだけで奨学金の応募資格がない。特に企業のだしてる奨学金青田買い意味合いが強く、そのせいで女子敬遠される傾向がある。なんとか取れるのが日本学生支援機構の二種くらい。一種ももらいやすいが、学生補助の対象外になるとバイトにかけなきゃならない時間が段違いにふえるし、バイトをしなくてもいい富裕層の子女や留学生にくらべ勉強時間が削られるので成績上位者にはなりにくいという事情がある。男子しか応募できない奨学金制度是正するなどの処置をとってほしい。


個人的にはそこらへんの事情をかんがみて後輩に進学の相談をされた場合お茶の水女子大を推薦しているくらいだ。東大は入るだけなら楽、でも卒業するのは大変。普通に卒業するのも結構大変なのに、理一なら進振りが大変だし進振り専門課程に進んでからの授業はもっと大変だし、それをこなしつつ生活費を稼いで卒業するのは正直言って困難だ。理系東大女子修士進学率が低いのはこの大変さをさらに二年経験するよりは就職したほうが楽だからだろう。博士過程まで進学すれば授業料免除になるし、東大学振をとりやすいのでかなり楽になるが。





追記:

借り上げの女子寮にしないのはやはりセキュリティ問題だと思いますよ。この建物女子東大生がすんでいる借り上げ寮となるとそれを狙ってくる変質者が必ず来ますから白金でも配達員を装って変質者が入り込んだことがあるみたいなことを白金にすんでた人からいたことがあるし、御茶ノ水女子寮もそのあたりを常に警戒していました。女子寮はどこもそういう問題を抱えています特に一棟全員女子となると誰か一人でもセキュリティホールがいると同じ棟にすむ別の誰かが被害者になる可能性もあるので、一箇所集中で変質者の注意を引きつけるより、大学が紹介できる物件複数ある方がリスク分散になるのでは。


また、自分修士までいって計十二回授業料免除申請しましたが、東大授業料免除基本的に親の収入評価ベースとし、一定値を引いたのち、各家庭の状況に応じて値を引いていって、最終的にゼロになったら免除がおりるという仕組みになっています世帯収入が二百万ちょっとだと一定値を引いた段階で値がマイナスになるので必ず免除に、三百万くらいだと一定値をひいてさらに本人が下宿をしている場合の値を引くとだいたいゼロになるので免除がおります。それより上だと、兄弟高校生もしくは大学生下宿をしていたり、誰かが入院していたり、おじいさんの介護必要だったりするとより免除がもらえやすくなります。ただし、同じように高校生兄弟がいる場合も通っている学校私立のほうが引かれる値が大きいので、「お金がないので公立に」というほんとうの意味であまり裕福でない家庭には不利な計算になります。これでだいたい400~800万(兄弟の人数にもよりますが)くらいの世帯収入の家庭で免除をもらえる家庭とそうでない家庭に別れるます。ちなみに地元被災したなどとなると親の年収にかかわらず次の期に授業料免除になります

自分修士一年の冬に父親のガンがみつかり、春頃から休職をしていましたが、世帯収入判断源泉徴収票で行われるため、卒業まで免除が受けられませんでした。翌年、妹は授業料免除され寮にも入れましたが、基本的に家庭の収入が激減した場合一年耐える必要があります。もらい火事で家がなくなった、とか急に介護必要になって母親仕事をやめた、父親リストラ減給されたなどして世帯収入が激減すると、もともと厳しい状況が更に困難な状況になると経済的理由による休学もやむをえない、現代日本とは思えないような状況になるわけです。このような場合にせめて住居という名目はいえ三万円が次の期からもらえれば、当事者には大変にありがたいです。またその場合女子寮よりも現在住んでいる場所そのままで援助してもらえるほうが引越し費用などをすこしでも節約できるので制度として活用やすいかと思い明日

東大年収区分を設けなかったのは、こういうふうに400~800万ゾーンもっと免除がもらいにくく、かつ本当は低所得世帯留学生よりも補助を必要としている学生を援助するためと思われます本来なら男子学生もこのような処置があるといいとは思いますが、前述の通り男子は寮に入れる余地が多少なりともありますから短期的にあいている寮に押し込むことで解決しているのかもしれません(女子場合その余地もない(なお昔は博士課程で学振をもらってる学生独立世帯であるとして申請すると、収入が低すぎて独立世帯なわけがないと落とされていたらしい(文科省もっと金を出せ



あと奨学金の応募資格の件ですが、有名私立高校OBがやっている女子のみ対象奨学金もあったりしますので一概に「男子のみだからだめ!」と大学が言うわけには行かないのだろうなと思いますアメリカだと「○月生まれのための奨学金」みたいなのがありますが、それに該当しない月のひとが「差別だ!」と言うのはちょっと変ですよね。問題なのは、定期的に企業研修へいくとか、卒業後は入社するように縛りをもうけている男子のみ対象奨学金のようなあきらかな青田買い奨学金だと思います。でもまぁそれも強くは言えない(そういう方針だと言われてしまえば大学は口を出せない)のでなかから改革するほかないのだと思います。こちらとしてできるのはそういった企業就職しないとか、商品を買わないとかそういうことになりますが。

なお自分学部生で奨学金をあさっていたのは就活バブルなみによくなった20062008年より前で企業がかなり学生に対して強気だった時期なので今はちょっと違っているかもしれません。

奨学金でいえば併願不可のくせに一万ポッキリ給与かい奨学金を出している団体は一体何なんだろうかと当時は思ったりしていました…なんなんだろうな、あれ。

http://anond.hatelabo.jp/20161115002441

自分は女だけど地方公立校から一橋に進学した。貧乏とは言わないが一般的な家庭育ち。奨学金をもらいつつ寮に入った。寮の家賃?は光熱費込みで1万円くらいだった気がする。当時は新しくて綺麗な寮でした。学費免除申請したら通った。うちが片親なのもあるけど寮生は割と免除されてた。年収いくら以下ではなくて多分相対評価収入低い人の下位何人って感じだったんだと思う。

寮は実家から2時間以上かかる学生しか入れなかったので地方出身しかいない。地方出身者は公立一般家庭の子が多いけど、東京出身者はほんとお金持ちの子が多いよね。みんな全然自慢とかしない育ちの良い人ばかりだけど、よく聞くと親が大企業の重役とか普通。だから特別貧乏でなくても割と免除されたんだと思う。他の学生の家庭の年収とか知らないけどね。これは10年くらい前の話なので今は分かりませんが。

一橋の寮は飲み会、酒の飲ませすぎが横行していてかなり酷かったんだけど(女子別に大丈夫だけど男子はやばかった)不幸な事件が起きてしまい、今は改善されたはず。自分の在学中に大学がかなり厳しく規制しようとしてたので。(亡くなった学生は本当に気の毒で言葉もないです。自分の子供が、と思うと耐えられないよ)

何が言いたいかって言うと、東大よりは一橋の方が通うのが経済的に楽かもしれない。東大より下ですけど。文系しかないですけど。国立田舎ですけど。東大より単位ものすごく取りやすいと思います。(当時は。今は知らん)



あと、一橋に入った女として思うのは、合コンとかで大学名言いたくなかったよね、やっぱり。引かれるもん。男子インカレサークルで他大の女子と付き合ってるけど女子はそういう出会いはなかなか無いですね。一橋生同士で付き合うのは全然問題ないけど。

あと、地方での一橋知名度の低さ。一橋東工大知名度無さすぎ。

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