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2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321052330

流石に中京大学偏差値62ってのはそもそも高すぎたってだけでは。

あそこは偏差値の割に就職が良いのが良いと言う感じの大学なんだから

高すぎる偏差値になってしまっては色んな意味であれだろ。

同志社とかはまだ心理結構偏差値だったと思うし。まあ駿河台とかはちょっと流石にみたいな感じとは聞くが。

それと臨床心理士なんて心理学部以外からもなるし、教育学部以外から教員になる人みたいに

なるたけ広い視野を持っておきたいと考える学生も多いらしいから、その点も影響してる可能性はあるのでは。

臨床心理学専攻」とは呼ばれない、なんとなく心理関係なくもないようなところ出て、心理大学院から臨床心理コースもあるわけだし

それがある程度一般的となってしまった時点で、もうしょうがないとおもうんだけどなあ。

法律系も経済学部から法科大学院未修コース法曹とかあるわけで。しかもそういうのを「幅広い視野を持った人材」ともてはやす人も多い。

理系の院進に当たって隣接の専門分野に鞍替えする人なんてのは代表的だけど、

教員なんて院も経ずに普通に文学理学あたりからなってってるのが現実だし、著名な教員教職課程受けずに、通信教育免許都ってなった人とかいう状況。

心理にもそういう風潮が波及しておかしいってことはないと思う。

2017-03-17

恐る恐る

けもフレの海外ブログへの日本人コメントで、「ディストピアなのに登場人物イノセントで」、と知ったかぶってるのが怖かった。

イノセントって単語サリンジャーフィッツジェラルド村上春樹継承する文脈中の文脈で、

下手に口にすると文学方面から猛烈なツッコミが入る系なんだが。

もちろんイノセンス押井守は分かってタイトルを付けてる。

彼はイノセンスについて、ことわざだけで物語形成することは出来ないか、というヒントを語った。

ことわざとは脈々と引き継がれてきたもので、イノセンスは今までの物事を繰り返している。

まり純粋さなんて怪しげなもんだ、というメッセージともとれる。これは一義的もので他にも当然議論余地はあるだろう。

けもフレ以前のサリンジャーフィッツが描いたイノセントイノセント故に狂気的で、狂気であるから世界否定しようとする。

フィッツの『グレート・ギャツビー』は世間的な社交界を開く面々を白眼視し、ニック曰くの高潔なるジェイを変彼の中で祭り上げる。

もし仮にけもフレがイノセンス文学ならば、狂気的なイノセンス故に前段階の文明は灰燼に帰したのだという描写があったり、

今の関係性を狂気的な手法で維持するといった、イノセンス帰結を描くのではないかと思われる。しかし本当にそうなのだろうか?



追記:ブコメツッコミならともかく鬱陶しいだけなんですが。

2017-03-15

まり読まない本はどんどん奥へ奥へ行ってしまうという収納形式をしていると

まるで奥に隠されたエロ本みたいな感じで文学小説が大量に発見されるということが起こり

逆な意味で気味が悪い。

2017-03-14

コミュニケーション障害者、社会人になれず

コミュニケーション障害者、社会人になれず。

私はその先輩を尊敬している。

その先輩は強い個性を有していて、文学映像作品独自解釈視点を挟むことができる人だった。周囲の人が話し掛けてもロクに目を合わせずに自分の思っていることを話すし、全く空気を読まない人だったけれど、大衆のそれとは違うなにかを秘めている人だった。

でも、先輩は一年を通して懸命に就職活動をしたにも関わらず、零細企業すらも通らなかった。留年して、もう一度満を持して就職活動に挑むらしい。詳しい就活の話は聞いていないから、企業を選り好みしたのかもしれないし、そもそもエントリーした企業数が少ないのかもしれない。

今でもその先輩を崇拝の眼差しで見つめている。尊敬こそすれ馬鹿にするつもりはこれっぽちもない。

ただ、普通ではない人が普通の人の輪の中に溶け込んで生きていく、たったそれだけのことが遠いものに感じられただけ。

異常者が爪弾きにされるのは当然の摂理かもしれないけれど、そういう人にも最低限の幸福が望めるような、そんな社会がいいと思った。空虚理想論だけど。

2017-03-12

オタク意識高い系作家の手で和製魯迅を生み出そうという夢

必要なのは21世紀の「阿Q正伝」ではないか

中国人日本人趣味嗜好が似ている。



魯迅は当時の文学中国人精神改造を試みた。

当時中国では底辺層精神性の悪さなどが社会問題になっていた。

しか私自身の目で見る限り日本底辺層阿Qレベルまでに低下していないか?



私は一人の日本に住む一人民として日本人から現代魯迅現代阿Q正伝誕生することを一日も早く願っている。

私は読書好きだがさすがに底辺現実を知らないので何も出来ない。

2017-03-11

LGBTに足らないのは文学

大勢の人々の心を真に強く打つ物語LGBTには決定的に足らない

小手先の小賢しい理屈ばかりが先行していて誰もが真面目にそれをとらえようとしない

情動を直接撃ち抜くような、文字通り衝撃的な文学LGBTに無いのだ

から侮られる



男も女も関係ない、

性別の垣根を超えた圧倒的な、心を揺さぶ物語が、

LGBTからこそ生まれたという物語が、

そこには足らない



から人々は、

LGBTに見向きもしない

言い訳理屈などどうでも良い

美しい物語を、私は知りたい

2017-03-10

日本人は幼稚な逆張りヘリクツの前に「阿Q」を読み返せ

日本人は「阿Q正伝」の小説を知らないのだろうか。この作品主人公は「底辺階層」だった。この小説の教訓は、中国人レベルの低さに対する檄文という訳だが、「日本民族云々」と思考停止する日本人は今こそこそ読み返すべきだ。日本大衆代表格「ポストギャルポストヤンキーマイルドオタク」の民度外国人に例えれば何だ?

文学に限らなくても、非ファンタジー作品に出てくる日本現実の町並みが登場する小説群に出てくる登場人物はまさに日本平民や下層そのものだった。日本は恥ずかしながら、国民人格ライトノベル登場人物民度階層は昔の携帯小説登場人物並みに劣化しているのである。だから中国人韓国人を冷笑することは絶対にできない。「瑞穂の国」の現実を考えた方がいい。

オタク向け作品を例にするまでもなく、欧米ならハリウッド作品隣国であれば韓流など、私が親しんだことのあるサブカルチャーには必ずや現実風刺があった。そういえば日本最近ドラマは単なる社会風刺である。私からみれば一昔前の韓国ドラマのものだ。

現代日本人の正体は日本国籍を持ったコスモポリタンで、彼らの云う右翼は、愛国心が極めて低く、日本以外に誇れるアイデンティティのない悲しい人物である天皇制をぼろ糞にいえる左翼のほうがずっとましだ。

そんな連中は、歴史的文学レベルからやり直す必要がある。日本民族云々とホルホルする前にまず、「阿Q正伝から読み返せ。こんな連中に発言権を与え続ければ日本環境はろくなことにならないぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20170310151354

いや、「論争」はなかったし、議論の焦点は「純文学vsラノベ」というところにはなかっただろ。

せいぜい「文学においてライトノベルという新興勢力をどう捉えるか」くらいの話だったよ。

話を盛りすぎ。

2017-03-09

人の妻

妻と別居してから2年くらい。ひょんな集まりから子持ちの主婦と知り合った。私の子供と同じくらいの年齢の子供がいる。

可愛く、とても明るい人で、気が利き、子供思いで、知的で、優しく、歴史文学旅行が好きで、凛とした通る声で話しかけてくれる。左の薬指にはキラキラ光る指輪が。旦那がどんな人か知らないが、良い人なんだろう。幸せ結婚をした人はどれだけ幸せなんだろうとか思った。


最初は羨ましいなあと思ってた。俺とは随分違う人生。こうやって明るい人は幸せに過ごすことができるのだろうと。

それが少しずつモヤモヤとした気持ちに変わってきてしまった。その人のことを思うと胸が苦しくなる。一切の邪なるものを退けたくなる。次会った時、その人と話したら私は真っ赤な顔になるだろうと思う。


自分にはなかった幸せ結婚生活の幻影をその人に重ね合わせてしまっている。普通に外見が好みの人を見た時の胸の高鳴りとは違い、外見、性格人生三本の矢で、私の大事なところを撃ち抜いた。とても重症な恋だ。


相手は人の妻。思ってはならぬ人。会えば苦しさは増すだろう。あの人と会わずに数ヶ月やり過ごせばこの気持ちは和らいでくれるだろう。

2017-03-08

[]

オッドマン11を読んだ。ひっでぇ(誉め言葉)漫画だった。



次。幸せのマチを読んだ。岩岡ヒサエ漫画ほっこりするし全般的にあたたかな内容なんだけれど、ところどころにひりひりする内容を忍ばせてくれるのがいい味出していると思う。

一冊で簡潔なので気軽に手に取ってもらいたい。ひなびかけた商店街舞台にした若者たちの奮闘と恋愛主題を置いているんだけれど、それを見守るとあるキャラクターたちの眼差しが素敵な作品だった。



次。春と盆暗を読んだ。なんかよくわからないけれど、とても魅力に満ち溢れている漫画だった。

一応は恋愛漫画に分類されると思う。でも、全体的に妙に掴みどころがないというか、登場人物たちがありがちなキャラクターからずれているので、不思議読書感を味わえる漫画になっていると思う。

ふわふわとしていて、でも何かしら本質を捉えていそうな物語が好きならあり。もちろん、読み取れていないだけで相応なメタファーが隠されているのかもしれないけれど。




次。おんさのひびきの新装版を読んだ。銃座のウルナの三巻が見つからなかったんだよ。でも、これはこれで素晴らしい作品だった。

内容としては文学小説を読んでいるような感じがちょっとした。登場人物それぞれに懊悩があり苦悩があり煩悶がある。それでも生きていかなければならない子供たちの姿を、精緻に切り取っているなあって思った。

エトもマコも順基も、きっと大人になったらそれぞれの内面で、それぞれの関係性で、何かが変わってしまうのだろう。それでも彼らの十年後ないし二十年後が読んでみたくなる漫画になっていた。

2017-03-06

http://anond.hatelabo.jp/20170306093653

もう小沢健二の才能は枯れ果てて、「あの人は今」「一発屋商法で食ってるだけなんだよ。

周りの人間ファンはそれを認めたくなくて毎回「帰ってきた!」って騒いでるだけに過ぎない。

だってあれだけ仲良かったスチャダラパースカパラ全然反応してないじゃん。

コーネリアスイジメインタビューとかでプライベートは好きじゃないけどさ、

アーティストとしてみるとMETAFIVEとか坂本龍一といっしょになんかやってたり、

デザインあでも色んな人と一緒にやってたりして、着実にステージを上げながら活動している。

やっぱ継続は力だよなーって思うわ。

オザケンオリーブ少女へなちょこ文学少年の成れの果てが信仰するアイドルから抜け出せてない。

見ていて痛々しい。

オザケンブームときに誰がこんな状況を予測できただろう。

2017-03-05

プログラミング得意じゃない情報

外国語が離せない語学

作者の気持ちが考えられない文学

理系のことは知らん

2017-03-03

偏見的な高尚様を紹介するぜ!!

プロ意識「だけ」は高い『自称プロ系高尚様』

限られたSNSちょっと評価が高いだけで粋がってプロ自称する。

デザイン」「イラストレーター賃金」というワードに対してとても敏感。

プロツイートRTしては「まさにこれ私も~」と言ってプロ自論を語る。

絵はプロ並みかと思ったら、いつも同じ構図・着色なし・背景なしという基本すらやらないことがほとんど。だがそれを「自分の味(デザイン)だから」と言って向上させる気はさらさらない。

いいねをくれないと怒るため定期的に崇拝する必要がある。


流行に乗らない私が好き『流行排除系高尚様』

ある作品流行り出すと「理解できない」と言って見下しけなす。

長年やっているジャンルに多く存在する。(某忍者アニメ等)

「~だと思うんだけどどうしてみんな平気なの?」というつぶやきをして作品好きな人を遠回しにディスる

そのためリアオフ共に支持する人がガクッと減る。

から取り繕うように「友達に勧められて無理矢理観た」「流行りが落ち着いたから」と言い訳をしては流行りに乗ろうとする。


語学堪能?秀才知的な私『天才設定系高尚様』

語学、人とは違った趣味ををたしなんでます、というのをツイートで匂わせてくる。

またはオタク的な専門用語時事問題に対する意見を並べて「自分全部知ってますから」感をアピールする。

言ってることは間違っていないが、浅い知識で語ることが多いため、つっこまれると弱い。

もしくは後から付けたような言い訳を並べて同情を誘う。どちらにせよ痛い。

何故か自称洋楽好きも多く「(海外バンド名)最高」「この音楽知らない人はぜひ聴いて」と求めてない情報を投げてくる。

ただし歌詞意味はいまいち理解していない模様。「ここのベースが…」「ここの声が…」しか言わない。


フランクコスは大嫌い『完コス崇拝系高尚様』

衣装小道具は全て手作りじゃないと許さない。

顔を作らない着ただけコスは許さない。

ウィッグを被らないコスコスじゃないと言う。

購入するコスは皆「甘えている」「苦労をしないで」と初心者経験関係なくディスる

そういう本人は体形を絞らない、顔面ケアをしないので、小太り大根脚とニキビ面のコスになっている。

だが周りはお世辞で「カッコいい」と言ってくれるため、努力する気はない。


歴史考察違いは大嫌い『考察違い抹殺系高尚様』

歴史ジャンル(某刀ゲーム文学著名人ゲーム等)に多く存在する。

ゲームシナリオアニメで少しでも歴史と違うと、教科書に毛が生えた程度知識を引っ張ってきては「このシーンは歴史背景を考慮していない」と鼻息荒く指摘する。

なら現パロやマッシュアップなども駄目なのかというとそういう訳ではなく、「自分がやる」か「自分が崇拝している人がやる」ならOKという驚異の手のひら返しをみせる。

とにかく自分と違う意見否定アンド否定。柔軟に対応できない。

2017-03-02

感想でも文学でもなく

判断したことを書くだけのただの仕事

2017-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20170228123141

借金玉は占い師的な能力があって、きわめて属人的体験を、知能や能力に大きなばらつきのあるADHD者のライフハックとして一般化して読ませることに長けているのだけど、そもそもおまえ何者なのよ?ってところで引っかかってノンフィクション文学以上のテクストとしては読めない。

借金玉氏は個人的な働き方のことを描いているのでそれを社会全体に拡張するのは無理筋

借金玉氏は個人社会全体に拡張して発達障害理解を得ようとしているのでそれはさすがに無理筋(読み物としては面白い

・そもそも借金玉氏は個人事業主でもあるのでその感覚を大多数の被雇用者に当てはめるのは無理筋

はてなの人々は無用攻撃的なので話を聞いてもらうというよりマウンティングに近いので会話にするのは無理筋

はてなオールアナッシングな書き方で他者否定方向性が強いのでそもそも対話性がなく発展的なものではないので本当にお前らなんとかしろ人間を支え合うこと無理筋にしてるだろ


これが文学論とかだったらいいんだろうけど、人の生き方に即した問題なのでおじさんほんとうに心配になるよ。

2017-02-27

http://anond.hatelabo.jp/20170227140813

見てなさそうなジャンルを紹介しとこう。

文学アニメも視聴してみてはどうかな。

 

最近のだと「舟を編む」だとか。「有頂天家族」だとか。あとちょっと違うけどハマる人は「ピンポン」とかえらいハマるみたい。

ハルヒ作ってたところが作った「氷菓」もクオリティ非情に高くて入りやすくていい。

文系永遠に作者の気持ちでも考えてろよ〜作者のフレンズと作者の意

文系は作者の気持ちでも考えてろよwwwという文系に対する典型的煽りがある。

元々がネタスレ気味な2chネタなので、「マジレス」するのもどうかと思うが、「本当に文系は作者の気持ちを考えているのか?」について書いてみたい。




これについて書こうと思ったのは、以下の記事を読んだのがきっかである




けものフレンズ考察班VS哲学的ゾンビ

http://honeshabri.hatenablog.com/entry/philosophical-friends




いずれにおいても、根底にあるのは、作者・製作者の意図気持ち考察することこそが重要という発想ではないだろうか。

しかし、少なくとも現在文学において、作者の意図気持ちを推測・考察することはそこまで重要視されていない。

現在では、神としての作者の意図を探るのではなく、主として、作者から離れた作品のものテクストから何が解釈できるかが論じられるのである

(いわゆる「作者の死」。ここら辺の議論ロラン・バルト以降、色々と展開しているけれど面倒なので省略する。)

この考えのもとでは、文系は作者の気持ちを考えているのではなく、「制作者はそこまで考えてないと思うよ」というツッコミはあまり意味がない。

制作者がそこまで考えてなかろうが、作品自体からその解釈が成り立つなら、その解釈は「アリ」なのだ




では、その解釈が成り立つかはどう判断するか?

作者の意図に沿うかで判断することはできない。

判断方法としては、ざっくり言えば、作品の内容と整合するかを基準として、その解釈が支持を得られるか、という多数決的な方法しか取り得ない。

乱暴方法だが、これしか方法がないのである

文学における解釈とは、このようなルールのもとでのゲームとも言えるだろう。

もちろん、作者の意図を探る、というルールゲーム可能ではある。

しかし、個人的には、それよりも作者の意図を離れた解釈を論じるゲームの方が面白いと思うし、そちらが主流なのだ




では、作者の意図解釈と全く関係いか、というとそうでもない。

作者は、あえて明確には表現しないことにより、解釈余地(穴埋めの余地)を持たせることがある。

受け手がそのような作品解釈をすると、作者がこっそり埋めた宝物を見つけることができるのである

はっきり表現しすぎては解釈余地がない。

分かりにくすぎては解釈しようがない。

優れた文学とされるものは、この宝物の隠し方が上手いものが多い。

現代日本において、これを最もうまくやってのける作家の一人が村上春樹だろう。




もっとも、作者が整合的な解釈を想定せずに作品を作ることがある。

新世紀エヴァンゲリオンがこれだと言われており、上述の村上春樹も、ねじまき鳥クロニクルについて似たような批判がされたことがある。

作者の意図する整合的な解釈を求める立場からすれば、このような行為は、作者の裏切りにも思えるかもしれない。

しかし、作者の意図無関係解釈をする考えであれば、そんなに目くじらをたてることではないのではないかと思う。

もっとも、そのような作品に(作者の意図しない)面白い解釈が成り立ち得るかは別論である




以上に述べたことから分かるように、たくさんの人がけものフレンズについて考察をし、その考察がある程度の人に受け入れられているのであれば、制作者がどこまで考えているかはともかく、その解釈は(文学的に)アリなのである

から変な雑音に対する惑わされずに、考察班においては、思う存分考察をしてほしい。

けものフレンズは見たことがないが、切にそう願っている。

2017-02-24

http://anond.hatelabo.jp/20170224115351

何か勘違いしてるようだがSFは「science fiction」つまり科学が題材ならSFというジャンルに含まれから

ガンダムミノフスキー粒子っていう嘘科学を元に作られたSFだし、

マジンガーZ光子力という架空エネルギーを設定してるからSF

スーパー戦隊だって動力源を設定してたらSFになるよ。

ハリーポッター指輪物語SFじゃない。

最初から魔法科学とは別物として描かれているから。

けものフレンズサンドスター周りは科学とは関係ないと言われたらSFとは無関係になる。

その作中の登場人物は「これは科学」と認識していれば科学であり、それが現実になく再現できないものならSFになる。

 

とにかく作品の基盤として嘘科学が要素としてあればSF代表作という扱いにならなくとも

SF作品の1つという扱いにはできる。

それくらいSFは器が広いと考えて欲しい。

女の子が出て来たら萌えジャンルくらいの認識であってほしい。

その中でSFという要素が前面に押し出されてて話にボリュームがあれば純SF文学とでも言えばいいのだろうか?

そういう扱いになる。

ただし、それ以外はSFになれない、SFとは認めないというのは話しがおかしい。

もし海猿現実ではないような海底探査メカが出て来たら海猿SFになる。

それくらい温い認定

からこれはSFだとかSFじゃないとかっていうのは持ってる定規からしてまず間違ってる。

SFという名の定規自体はそんな厳しいもんじゃない。

SFをメインテーマに扱った上でヒットするという条件が厳しくて、

その代表作をもってしてこれ以外はSFじゃないと主張する、その主張がおかしく間違っている。

スターウォーズSF要素を前面に出して売れた作品ではないことは分かる。

やってることは冒険活劇の宇宙スケール版だから

ただし根幹の設定からSF要素は外せないのでこれはSF作品の1つだ。

2017-02-22

漫画ばかり

そういえば、僕の出身中学はとても田舎にあった。

校区に漁村を含み、特に漁村出身男子には蛮カラ気質が顕著であったと思う。

まあ、それでも友人関係は築けたし、一緒に遊びに行ったり楽しくやっていた。

が、今思うとちょっと異常だった。

彼らは、僕が本を読んでいると「ガリ勉だ」とチャカしてくるのだ。

例えば、単行本小説も、ハードカバーも、文学もそれ以外も。

どうも彼らにとって三国志スレイヤーズ経済書もエッセイ詩集新書も全て同じらしく『活字』に拒否反応を示していた。

今、思えばどうも時代を先取りして『イデオクラシー』ごっこをしていたのではないかとも思うのだけど、やはり彼らの両親も似たような反応を示したのだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20170222104203

別にラノベ文学」っていうのは主に「全てのラノベ小説であり全ての小説文学である」というだけの主張でしかいからな。

それか「100年後の『前世紀の文学特集』とかにしれっとラノベが混じってるかもな」という程度の与太話。

なんか増田みたいな人たちは「文学」って言葉に夢を見すぎなんだよなあ。

ラノベ文学化を真面目に考えてる人がいるみたいだけど、こないだ紹介されていたコバルトの『スターライト・ぱにっく! 』なんて文学と呼ばれてますかね。

あとソノラマとか。文学じゃなくあくまラノベに至るまでの中興の祖みたいな扱いになってるはずですけど。

よしんば中興の祖という捉え方が外れていても、少なくとも文学呼ばわりはされてない。

ゲーム文化だってゲーム以外の代名詞は頂いてない。

ラノベラノベとしてその名を残すだけで、文学扱いになるという視点がどうも宙に浮いている。

文学コンプを抱く前に、ラノベ文化はノベ以外には成り得ぬ誇らしい文化です、という他にアイデンティティ確立の術はないかと。

あーめんどくせ

名作の定義ってなんです?

SF定義ってなんです?

ハイファンタジーの定義ってなんです?

文学ってなんでしょう?



全部通ってきて全部はぐらかされたものだわ。

こんなもん文脈理解があれば「某作は不朽の名作と世間では言われいている」、位は判別がつくもんだ。

SF定義だってSFガジェットは登場するがSF説明がないかSFではなくファンタジーだとか笑わせんなと言いたい。

ハイファンタジーは定義範囲を広く取ればSFもその範中でしょうとか、目障りな意見をかますなと思う。

文学に至ってはラノベは後年文学と呼ばれてるかもね、とか妄言も甚だしいというか。

これに関しちゃ文学は心象の苦悩が認められる傾向が強いので、ラノベはあまり範疇に入らないというツッコミが入っててまあいい指摘だと思ったよね。

だったら苦悩と克服のジャンプ漫画文学か、とかわけわかんねえやつが湧いてくるのがいつもの流れ。

厳密性ではなくどの用語が最適か、であって1か0の話ではないんだよ。

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218220626

オウフwww

いわゆるストレート質問言いました!?www

おっとっとwww拙者「言いました!?」などとついプリキュア用語がwww

まあ拙者の場合プリキュア好きとは言っても、

いわゆるニチアサとしてのプリキュアでなく

文学作品として見ているちょっと変わり者ですのでwww

ディズニーの脱シンデレラ主義の影響がですねwwww

ドプフォwww

ついマニアック考察が出てしまいましたwwwいや失敬失敬www

まあ『まどか☆マギカ』へのカウンターアンチテーゼとしての『プリンセスプリキュア』は純粋によく書けてるなと賞賛できますがwww

私みたいに一歩引いた見方をするとですねwww

ポスト魔法少女メタファー戦隊物のコマーシャリズムを引き継いだフォーマットとしてのですねwww

ハートキャッチ』の文学性はですねwwww

フォカヌポウwww

拙者これではまるで"ていおブログ"みたいwww

拙者は"数字ブログ"でもござらんのでwwwコポォ

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170214193556

あるよ

もともと宗教神様存在肯定のための文学ではなくて人が生きる知恵

その地域で生きていく知恵をデータにしたもの

たとえば豚肉だめとか牛肉だめとかはその土地での利用方法が食に適していないもの排除する目的だったり

利用目的制限することで特定生産を高めるとか


なのでその土地を離れたら効力がなくなるはずなのを全然関係ない土地で展開すると

それは宗教というファッション害悪

宗教色の強い地域に入って自分信条における習慣を強行すると悪になるし

自身信仰を維持するために地域に変化を求めたりすることも悪になりえる

宣教師世界中に広めてまわってたのはどこでも同じプロトコル出張宿泊できるようにするため

全国展開のチェーン店宿泊施設の会員を募集してまわってたみたいなもの


コンビニチェーンを長らく細々と続けていた田舎商店の目の前に開くのは悪かといわれたらまあ悪なんじゃないか



基本衛生管理がなってなくて激しい気候のところから戒律とか食事制限なんかが強くあるから

履行しても無駄ではないこともあるだろうけど

ほぼ何たべても死なない近代国家お金でひとの命までも買えるところなんかで倫理マナーを言っても

無駄になることはあるくらいボーダーレス世界古代的な宗教を語る意味はあまりない気がする

それを安全衛生栄養満点な食品の売り上げ妨害のために宗教を持ち出すような構図になったとしたらそれは悪ではないか


実際悪事なりをするのは人間から宗教は悪くない的なことになりそうだけど

人間をして悪をなす根幹が宗教という人間形成する習慣だとしたらそれは悪といってさしつかえないのではないか

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