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はてなキーワード: 文学とは

2017-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20170218220626

オウフwww

いわゆるストレート質問言いました!?www

おっとっとwww拙者「言いました!?」などとついプリキュア用語がwww

まあ拙者の場合プリキュア好きとは言っても、

いわゆるニチアサとしてのプリキュアでなく

文学作品として見ているちょっと変わり者ですのでwww

ディズニーの脱シンデレラ主義の影響がですねwwww

ドプフォwww

ついマニアック考察が出てしまいましたwwwいや失敬失敬www

まあ『まどか☆マギカ』へのカウンターアンチテーゼとしての『プリンセスプリキュア』は純粋によく書けてるなと賞賛できますがwww

私みたいに一歩引いた見方をするとですねwww

ポスト魔法少女メタファー戦隊物のコマーシャリズムを引き継いだフォーマットとしてのですねwww

ハートキャッチ』の文学性はですねwwww

フォカヌポウwww

拙者これではまるで"ていおブログ"みたいwww

拙者は"数字ブログ"でもござらんのでwwwコポォ

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170214193556

あるよ

もともと宗教神様存在肯定のための文学ではなくて人が生きる知恵

その地域で生きていく知恵をデータにしたもの

たとえば豚肉だめとか牛肉だめとかはその土地での利用方法が食に適していないもの排除する目的だったり

利用目的制限することで特定生産を高めるとか


なのでその土地を離れたら効力がなくなるはずなのを全然関係ない土地で展開すると

それは宗教というファッション害悪

宗教色の強い地域に入って自分信条における習慣を強行すると悪になるし

自身信仰を維持するために地域に変化を求めたりすることも悪になりえる

宣教師世界中に広めてまわってたのはどこでも同じプロトコル出張宿泊できるようにするため

全国展開のチェーン店宿泊施設の会員を募集してまわってたみたいなもの


コンビニチェーンを長らく細々と続けていた田舎商店の目の前に開くのは悪かといわれたらまあ悪なんじゃないか



基本衛生管理がなってなくて激しい気候のところから戒律とか食事制限なんかが強くあるから

履行しても無駄ではないこともあるだろうけど

ほぼ何たべても死なない近代国家お金でひとの命までも買えるところなんかで倫理マナーを言っても

無駄になることはあるくらいボーダーレス世界古代的な宗教を語る意味はあまりない気がする

それを安全衛生栄養満点な食品の売り上げ妨害のために宗教を持ち出すような構図になったとしたらそれは悪ではないか


実際悪事なりをするのは人間から宗教は悪くない的なことになりそうだけど

人間をして悪をなす根幹が宗教という人間形成する習慣だとしたらそれは悪といってさしつかえないのではないか

2017-02-10

なぜ左翼三浦朱門は死んで喜んで叩いてるのにDV井上ひさしの時は叩かなかったのか?

まるで普段韓国を叩きながらも安倍総理やらかしスルー擁護ネトウヨみたいではないか

フィクション作品人格は分けて考えよ」は幻想なのか? 一応第三の新人なんだぞ? 文学はその程度なのか?

けものフレンズを観て反省しろ

2017-02-09

推理ノート舞台「孤島の鬼」(2017版:江戸川乱歩 原作

昭和文学を、『情愛推理ミステリーとして真相を探します。

推理小説におけるロマンス描写」を、絶対真実な添え物とスルーするのではなく、本当の謎解きは情愛部分にあったのだとみなします。



随時更新


はじめに

私の持論として。一番大事なことは『自分作品スッキリ楽しめたか』という部分であり、正解のない舞台作品考察というものは『よりスッキリした心で作品を愛する』ために行うべきである、と考えている。

作者の真意とかメッセージとかは観客に都合のいい時にだけ引っ張り出せばよい駒であり、エンタメ世界に『解き明かすべき絶対の謎』なんて無いのである

「楽しんだモン勝ちや!」である



その観点で言えば、初見の私の感想は、もうグッドエンドとして十分だった。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

作品構造を分解すると唸るほどしっかり構築されていることがわかり、「ただ自分が見たままを感じ、考察などせず楽しむべき」類いの舞台ということが浮き彫りになって仕方がない。



しかし私は、好奇心と言うか…感動を共有できない淋しさと言うか…出所のわからない衝動に駆られて、本作を『ミステリー』として推理することに踏み込んでしまった。

そしてこの目的で2回目観劇したことを多いに後悔していたのだけど、今わずかばかりの希望の光が見えてきた。

犯人トリック推理する殺人ミステリーではなく、二人の人間の有り様を推理する情愛ミステリー

簑浦も諸戸も幸せになれる最適解。



ですので、自分でも自分なりのトゥルーエンドを目指しますが、時間リミットがあるため、もし同じくこの迷宮にうっかり足を踏み入れてしまった探偵さんがいらっしゃれば、ご助言を賜れると幸いです。

目指すゴールは『スッキリ楽しめて、より作品を好きになる』こと。



謎:世界構造登場人物

本作は深い意味で「原作に忠実」だと感じるのだけど、原作をそのまま演じている訳ではない。

今のところ私にとっての最大の謎は、この世界階層構造登場人物である

私に見えたキーパーツを挙げていく。

世界構造

これらの関係性・正体がまだわからない…

また、注釈の挿入タイミングを正確に記憶していないので、区別が間違っているかもしれない。



登場人物

基本的に諸戸は今回の舞台上では同一存在だと考えていますが、そう見えるだけかもしれないため分けておきます



重要証拠

随時更新

謎:観客の主観による『明言されていない内容のミスリード検証

我々は『なぜ』錯覚していた?

推理中に変動するため随時更新

人物相関

人物像まとめ

前提として、本編はすべて「諸戸」と「簑浦」で代替できる隠喩要素のみで編纂されている。(秀ちゃんの手記、丈五郎過去、など)

また、一般的に「嫌悪感」を感じるもの排除し、極限まで美しく描いている。(ビジュアルはもちろん、諸戸の性的侵略も)

本編の《みのうら》
  • 『私』と『箕浦』が演じている
  • 本編の世界を生きているので未来を知らない
わたし
  • 本編の語り手
  • 原作では「主人公(或は副主人公)」
  • 諸戸と対、ないし鏡のような同等の関係。簑浦?
  • 『私』と『箕浦』が演じている
  • 本編世界の上位存在なので、(少なくとも諸戸が亡くなるまでの)未来を知っている
  • 《みのうら》として本編に介入できる
  • 《みのうら》を操ることができる?

→諸戸から握手を握り返さない『箕浦』に諸戸は驚き『私』を見詰める。すると『箕浦』は諸戸の手を握り返した

諸戸(《わたし》の世界
諸戸
  • 簑浦を同性愛として求めて止まない
  • 自身に対して非常に強い罪悪感や劣等感を抱えており、スーパーエゴとイドのちぐはぐさに苦しみ怖れ震えている
  • 「諸戸の葛藤自意識」と、「諸戸と簑浦」について、2017舞台版では秀ちゃんの手記で語られている。(正面を向いて語っている時の内容は隠喩パーツ)

----

箕浦
  • 完全なるノンケ
  • しか同性愛嫌悪していない
  • 諸戸から性愛アピールをまったく感知できない。しかし諸戸が自分に恋していることを頭では理解している。しかしわかっていない。
  • 諸戸を親友と思ってとても信頼している
  • そのため「初代を殺したのが諸戸ではないか」と疑った時、井戸の中で諸戸が性愛の拒絶に唸り雄叫びを上げたのとよく似た体で、のたうち回りながら信頼の裏切りに悶え苦しんでいる
  • 学生時代のあの夜に諸戸が泣きながら請うた「わかってさえいてくれればいい」「どうか僕から逃げないで」「僕の友情だけでも受け入れて」「僕が一人で想っている自由だけでも許してくれないか」という願いを、字面通り叶えようと作り変わった簑浦
  • 諸戸からの接触に拒絶しない
  • 諸戸と共に友情のまま逝くことを井戸の中で受け容れている
  • しかし、井戸の中で諸戸が簑浦に「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と、矛盾する願いを請うてしまったため《みのうら》から追い出される
  • 《みのうら》と《わたし》を演じる
  • 『私』とは別人
  • 『私』とは並列の存在で強弱なし。お互い干渉できる。

-

『私』
  • 同性愛嫌悪している
  • しか学生時代再現を諸戸と行っていた際、あの夜の諸戸の嘆願を哀しそうな顔で聞いている。
  • あの夜のせいで学生時代で諸戸との関係は終わったと思っていた。実際に以後彼は井戸まで《みのうら》役を降りる。
  • 諸戸が『箕浦』演じる《みのうら》と接触した時、諸戸に向けて嫉妬するような軽蔑するような視線を向ける。それは秀ちゃんに恋した『私』が「軽蔑するかい?」と問いかけ「恥はないのか!?」と返した諸戸(《わたし》の世界の方)が向けた視線と似ている。
  • 『私』が諸戸に「嫉妬している?」と尋ねてしまったがために、諸戸が抑え込んでいた愛欲が暴走する

-



随時更新

世界構造考察

随時更新

情報求む

  • 冒頭の『妻の傷』は「右側」と言われたか位置を明言してない気がするが…)
  • 石田さん演じる箕浦は、『諸戸』と呼んでいたか
  • 諸戸は2回、自分嫉妬告白している。対初代と対秀ちゃん。その告白の様子と、それを聞いている『私』と『箕浦』それぞれの様子と反応はどうだったか
  • 手記の中での秀ちゃんと吉ちゃんの服に汚れはあるか
  • 島で会った秀ちゃんと吉ちゃんの装い
  • 発狂した丈五郎について「私はあの景色が忘れられそうにない」と語っていたのは誰か?(舞台版での役者と正確な言い回しだけでも大変助かる)
  • そもそも原作内での「書き物」(本編)が、簑浦と諸戸の共著である可能性が非常に高いのだけど、その辺りの原作考察情報

→本編は経験談の体なのに、諸戸のセリフにも括弧を入れて諸戸のモノローグが挿入されている。簑浦のモノローグはほぼ《私》であるのに、諸戸のモノローグはしっかり《僕》

根拠資料

観劇2回目の備忘録http://anond.hatelabo.jp/20170208235429

(着眼項目リスト理由http://anond.hatelabo.jp/20170207171941

観劇2回目で受けた印象:http://anond.hatelabo.jp/20170209051208

初見感想を書いた後のメモhttp://anond.hatelabo.jp/20170207200710

2回目後の本記事に収まらないメモ:随時更新

参考資料

2017-02-08

TBS ひるおび また安倍首相に媚びてる 田﨑の嘘もフリップを使って垂れ流し。

TBS ひるおび また安倍首相に媚びてる 田﨑の嘘もフリップを使って垂れ流し。

また極右安倍晋三自民党の嘘を垂れ流してるのか。田﨑!ゴルフをお願いしたのは、安倍総理の方だったんじゃないのか。それをあたかトランプから言ったように、しているが、そもそも電話の内容なんて、音声もなければ、本当のことはわからない。安倍の依頼で適当に作文したんじゃないのか。そういえば、「青山文学」「」文豪あほ山しげはるによるねつ造かもしれないな。ジャーナリストなのに安倍が有利になるように作文しまくって自民議員に。共同通信時代から盗んだカネで今度は国民から税金泥棒か。

YAHOOにも書いたが、安倍総理に都合の悪いことはすぐ消されるのでこっちにも書いておこう。

http://anond.hatelabo.jp/20170208120653

何かこれ見てて思ったけどなろう層(って一緒くたにするのもあれだが)が求めてるのって別に娯楽性じゃないよな。自己肯定感とかそんなのじゃないか

それを埋める小説ってそれこそラノベとかになってきちゃうような気がする。文学って基本的に辛い現実とどう向き合うかみたいなのがテーマにあると思うから、上の要件を満たさないような。

セリフの羅列やト書きみたいなものまで有るのに、そこに文章芸術性を意味する文学という呼称が冠されるとは思えない。

ラノベ文化として記録される程度。

ラノベが後年あれは文学性があったとか言われて再評価される可能性は否定できない

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

めも・下書き

箕浦が諸戸の性愛を受け入れられない理由、私も最初世間体のようなものかしらと推理したけど割りとソッコーでなんか違うなと思った。

そうか、世間体を気にし、そこに拒絶の理由を望んだのは諸戸なんだね。

そして世間体とは諸戸の超自我でもある。

ここは諸戸のイドが超自我を壊して箕浦に襲いかかっている。

突然見ず知らずの相手から凌辱されるとなるとそりゃもう恐怖だけれど、箕浦は諸戸に何度も口説かれているのだから「改めて掘られかけたからって白髪になる程のもん? 箕浦くんどんだけだよ」みたいな超他人事の薄情な感想も少しあったのだけど、

ここは「諸戸の『イドが超自我を壊した』という恐怖体験」でもあるのだね。



スマボさん貴重なお写真ありがとうございます

演劇で白一色の衣装って割りとよくあるからあんまり深読みしなかったけれども、

「孤島の鬼」で「白」と言えば、箕浦白髪。諸戸の性愛を拒絶する色。

諸戸の衣装けが(外側は)真っ白であるならば、高潔、潔癖、嘘、なんかのイメージに加えて「諸戸の超自我世間体」みたいなものもあるのかも。

諸戸が生きる白一色の世界

その白い世界を消す暗闇。

「諸戸の衣装の内側の汚れは視力が足りなくて見えなかった」と言ったけれども、井戸の奥の暗闇の中では本当に諸戸の汚れがはっきりとは見えない・認識されなかったのだ。



追記。

原作未読×舞台観劇済み』の私と、『原作既読×舞台観劇』の友人とでひたすら「孤島の鬼」の推理をしているのだけど、これが非常におもしろい。

私は容疑が上がる度に「原作ではどうであるか?」を質問するのだけど、友人からドンピシャ舞台上で聞いた覚えがあるセリフが返ってくる。

まり舞台上で起こったことは原作での必要充分であったのだ。原作曲解してはいないのだ。

これは自分証拠漁りに原作を調べていては起こり得ない『脚本家と私達の原作認識が同じ』という発見をもたらした。

まぁ、友人の文学センスが冴え渡っていて『名探偵』であったから起きた事象可能性もあるけどね。



友人との対話の中で生まれ発見をいくつか拝借

  • 『秀ちゃんと吉ちゃん』、『諸戸の超自我とイド』、どれも望んでくっついた訳でも、対立した訳でもない。
  • から「『私』と『箕浦』」も彼ら自身意思で生み出したり解離したりする類いのものでは無いのでは? 理由道理も無いしね。
  • 原作『簑浦』どおりの『私』、原作『簑浦』とは印象が食い違う『箕浦
  • 同一人物であるはずの彼らをどうにも分け隔てているのは、諸戸の目線にあると思えてならない。
  • 諸戸から見た簑浦→『私』
  • 諸戸が見落とした簑浦→『箕浦

あ、そうか。「望んだ形とは違う」から名前が違うのか。

諸戸が欲しかったのは性行為を含む愛・《簑浦》。

プラトニックな愛・《箕浦》なら存在した可能性が微レ存だった。

『諸戸が見落とした簑浦からの愛の可能性・箕浦』は原作に対して創作にあたるから名前が異なるのでは?



追記。

これは「うみねこのなく頃に」ではないか

今夜の観劇観測検証する項目もっと精度上げていこう…

観劇後は推理を立て直そう。

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170206010251

トトロって面白いまらないなんて目線で見る映画だっけ。

こないだも重箱するやつに引っかかってしんどかったんだけど、片隅はエンタメかという話。

いわゆる原義のエンタメは片隅も引っかかるので片隅はエンタメだという話をゴリ押しされた。

ではなく昨今エンタメといえばTVトークショー映画で言えば一大スペクタクルみたいなイメージがある。

そこで「片隅はもうちょい文学的な側面があるでしょ」

というと今度はエンタメ文脈が付加されて後年文学になりうる、とかめんどくさい話が出てきたり。

だったら進撃の巨人だって円谷プロから続く怪獣もの文脈変身ヒーローもの文脈を暗に含んでるので文学側面がありますね、とかわけわかんない屁理屈が出てくることになる。

じゃあトトロという作品に対して第一に上げる意識エンタメで間違いない言えるかどうか。

そうなるとこの元増田みたいな目線で見ることになる。まあ流石に釣り記事だとおもうけど。



ちなみに一番めんどくさかったのがファンタジーの話。

SFファンタジーなのでSFは広く取ればファンタジーです、と言ってゴリ押しするおかしなやつがいた時。

2017-02-05

小林さんちのメイドラゴン観てて、ケツァールコアトルさんの一人称が僕っ娘であることに考えてしまった。



両手に収まりきらないおっぱい健康的に垂れ下がった臀部、オッドアイが印象的な彼女女性だ。

だが、お酒に狂わされたせいとはいえ、妹と同衾した過去を持つ彼女はBであり、Qだ。

その象徴が僕だ...だが、彼女から僕を取ったら何が起きるのだろう。



〜わ、みたいな言い方をかなりご年配の翻訳者の書いた海外文学しか見なくなった今、

書き言葉に置いて、中性化はかなり進んでいるといって良いだろう。

俺が僕であたしで吾に変えても問題はない。混ぜたら危険、なんてことはないのだ。

だが、それはまた一人称によってしか文脈性別をもたらせない怠慢ではないのか。

俺はこれを書いているのが男だとどうやって証明すればよい?



幼女戦記の3話を1.1~1.2倍速の早回しで見るとシューゲル博士

閉経後の何も怖いものがなくなった妙齢女性しか見えなくなるのは

飛田さんがベテランであるがゆえに、男ではなく科学者としての喋り方、

それも容易に想像やすステレオタイプ狂気のそれを演じているがほかにならない。

そして台本台詞から男がなくなった博士は正直おばさんでいい気がする。。。アーデルハイトって女性名詞じゃねーかちくしょう

2017-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20170202221904

うそう。

あんなの評価するとか文学をわかってないザコのやることだよな。

円周率有効数字議論が見落としているたった一つの問題

算数問題円周率3.14とするとき、半径11の円の面積を求めよ」の解を379.94とするのは誤り?(togetterまとめ) https://togetter.com/li/940931



このリンク先の議論が見落としていること。それは、「面積」という言葉についてもまた複数定義可能であるということ。これだけで、スムーズ問題解決できる。

具体的な導入方法としては、たとえば算数時間の(教科書の)はじめに、「算数のじかんに『面積』っていうのは、計算で出た結果のことだからねー。」と確認させることにする。つまり厳密には

小学校 算数」において「図形の『面積』」とは、算数指導範囲内で計算される式の結果求められる数で表されるもののこととします。

という風に「面積という言葉を再定義」させればよい。これによって、円周率を3.14とするという条件下で半径11の円の面積を求める問題の答えは「379.94」で無事正解となる。「非ユークリッド幾何学ガー!」とか(理系の)斜め上方向に吹き上がらなくても「円の面積」という言葉定義の方を広げれば問題解決。【現状問題ない・無駄指導内容増やすな派】に対しても、特に莫大な手間や子供理解を求めることでもないので受け入れられるだろうし、【有効数字ガー派】に対しても、「あ、面積って言葉意味が違うんで」で終わり。教員の方に対しては、なんでそんなことを言わないといけないかということについて研修させることで、レベルアップを求めることができて万々歳。



以上から言えること。理系の皆さんはもう少し人文系学問(たとえば言語学哲学歴史政治学文学)を真剣に学ぶべきだということです。よろしく。

2017-01-28

文学純文学は分からないが

遠藤周作の『深い川』を読んでいる。

インドに向かうそれぞれの人物事情を記す冒頭と、その中のひとり基督教の男をたぶらかすリリスのような女、美津子のパートまでを読んだ。

基本的に今までのあらすじ的には上記通りでしか無い。内面描写が諸所に語られるものの、なんとなく内面の向かう先は分かってしまう。

何が悪いのかといえば、その内面描写の向かう先が分かる、という時代なのだろう。

美津子の考える基督教の牧師の男への侮蔑自分目的のなさ、妻を失ったと悲嘆に暮れる男の当たり前な感じ。

ここでもTwitterでもそうなのだが、一体全体メンタルというものはどうすれば新味に満ち溢れるのだろう。

理解しがたいヤンデレのようなキャラ作りでしか見いだせないものなのか。否、そもそもメンタルというものは古風で古典的ものだ。

からすべてのメンタルエモーションが集合するSNSによって小説陳腐化した。

タイトルが恐る恐る表記されているのは、カフカドストなどの風刺も含めた比喩を持ちうる人々を、情緒こそが文学という枠内に入れることはできないからだ。

遠藤周作先生の底を知らないので何とも言えない部分は残るものの、少なくとも1/3程度読んで単なる心理描写部分しか読み取れない小説SNSと大差がないと感じられてしまう。

作中引用のテレーズ・デスケルウにしたところで何かに引っ掛けてある様子はない。

1995年刊行なのでオウム事件がかかわらないとも思えないのだが。

よく言えば間口が広くオタクっぽくないと言えるが、逆に言えば誰でも読めて安易に感動できる作りといえる。

問題遠藤周作というよりも、小説世界における利点であった心理描写の利点がメディアごと失われていると思ったことだ。



一応不信混じりに1/3なので、文句をいうなら最後まで読んでから読者としての未熟さを露呈したい。

2017-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20170127140841

俗に文学とされるものダイバーシティの低さは文学学問として勉強していた奴なら完全に把握してるレベルやと思うんやが。

なろうのダイバーシティも大概やけど、それと比べたって文学バラエティに富んでるとはいえんはずやで。

2017-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20170125213038

起伏が少ないと資格刺激がないからそうなる。だからみなさん本当の裸でなく、

嗅覚聴覚、触覚、味覚、言語シチュエーション、そういうのを駆使して興奮を楽しもうとする。

文化度上げていこう!

視覚、→リップクリームとかメイクとかマニキュアとか目線とか体位とか、裸になっても残るものはある。

嗅覚 →良い香水とかアロマでくらくらするというのはある。安物はダメ。二人で研究を。

聴覚 →言葉責めとかある。いろんな文学がある。耳はとても敏感なところ。吐息で興奮するし。好き好きあいしてる、って睦言は重要

触覚、→以下省略

味覚、

シチュエーション

2017-01-17

文学を知らなければ、どうやって人生想像するのだ(アニメか?)

懐かしい

君の名のヒット前だったんだな

あと3ヶ月、半年遅ければこんなコピー死んでも出せなかっただろうに

侮蔑する意図はないとかよく言うわ

たかれたらそりゃそう弁明せざるをえないだけってだけのくせに

ほんと原辰則

http://anond.hatelabo.jp/20170116163025

面接官 「質問質問で返すなあーっ!!疑問文には疑問文で答えろと学校で教えているのか?

    わたしが「文学って役に立つの?」と聞いているんだッ! 」

2017-01-16

文学って言葉の響きの割に

新しい物を生み出すイメージが全くと言っていいほど無い。

http://anond.hatelabo.jp/20170116163025

ところで、社会一般では「文学」ってどういうものだと思われてるんだろうか?

延々と「作者の意図」だけを勉強するとかそういう認識なんだろうか?学生から社会人一般認識とか知らんし、この記事見た時まずそれを思った。

http://anond.hatelabo.jp/20170116180529

で言われてるような所謂文学部によくある学科」で分類するとかそんなに知名度あるのか?なんか普通は知らん分類をひけらかしてるだけみたいに見えた。

個人的には、どうせ小説家になろうとしてるとか言われるんだろうな、っていう諦めみたいな考えが強い。

http://anond.hatelabo.jp/20170116204526

馬鹿の見本だな

文学が何をする学問か知らんのだろう

延々と作者の気持ちでも考えてると思ってんのか?

文学仕事

http://anond.hatelabo.jp/20170116163025

いや普通に文学とされている分野の学問も役に立つと思うんだが……。

大学文学部でやるような内容は大きく分けて

英文学、仏文学などのなんたら語学

国文

哲学倫理

地理

歴史

などに大別される。心理とか教育とか社会かいろいろ他にもあるけど。この内国分以外の「なんたら語学」は、外国語を専門的に知ってるという点だけで結構使えると思う。

じゃあ国文は役に立たないかというとそうでもないのではないだろうか。だって、ある作者とか時代とかの文章研究したり、研究した結果を読み込むっていう経験は、普通に仕事上で「分析」あるいは「分析結果の活用」を行う際にいいものとなると思うんだ。

哲学倫理も、仕事のやり方とかが本当に正しいのかを判断するものとなるし、こういうのは法律の成立に関わっている場合も多いからそっち方面も期待できる。あと心理にも繋がる場合もあるのでは。

歴史だって人生を生きる上での、「模範的ストーリー」あるいは「反面教師ストーリー」の宝庫だし、国文と同じような分析云々も役に立つ。

地理も、地域学とかを考えれば活用できないことはないとは思う。





といってもそもそも「大学で学んだことを活用させたいと全く思ってない」企業には無関係だろうし、職種によってはかすりもしないだろうってのは現実としてあるのはわかってるけど。

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