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はてなキーワード: モヤモヤとは

2016-06-30

lgbtの「見せ方」について思ったこと。

なんとなく放送大学を見てたらlgbtのなんたらいう番組をやってた。男から女になった人と女から男になった人と司会の人で、まぁ内容としてはゴリゴリ勉強するというよりも鼎談みたいな感じのことをしてて。そこらへんはよかったんですけど。

出演者女性(元男性)が、派手な和装クラブママみたいな感じの人で新宿2丁目で働いてるらしいんですけど、番組最後歌謡曲を歌いだしたんですよ。いきなり。なんか「その演出いる?」と思って。なんか、いる? それいる? ってなって。

番組目的はよく知らないんだけども、「男らしさ」とか「女らしさ」とかい固定観念lgbtの人たちの足を引っ張る枷になってる部分もあると思うんですけど、「ゲイっぽさ」みたいのも固定観念じゃん。なんでそこをわざわざ強調する(ように見えることをする)のかなと思って。

死ぬほど当たり前のことを書くけど「男」の中にも色々いるわけじゃん。男がみんな車とロボットスポーツが好きな訳じゃないじゃん。ゲイの人にも色々いるわけじゃん。mtfの人も「派手な衣装メイク盛り盛りで人前で唄ったりするのが好きな人」ばっかじゃないじゃん。絶対に。

少数派、性的マイノリティのそういう生き方ex.新宿2丁目ゲイバーで働くmtf)があると知らしめる。それがひいては偏見をなくす道である。わかる。わかるが「マイノリティの中のマイノリティ」の生き方ばかりが取りざたされて、やたら目立ってしまうのは、「マイノリティの中のマジョリティ」にとって不本意なことではなかろうか。

直近の例では、とある裁判官の人が半裸の写真ネットに云々ていう、それは全然よくて。ああこの人はそういう人なのねって感じなんですけど。なんかそれをまた別の検事だかの人が支援かいってパンイチの写真アップとかしてて。それは余計じゃねぇの。普通に支援」を表明するだけじゃダメだったのって。

そういうの見てると「ゲイのおじさんて脱ぎたがりなの?」みたいなイメージなっちゃうような気がして。マイノリティの中のサイレントマジョリティではないが、ゲイのおじさんでも「自分の裸をネットにあげたくない人」の方が多いと思うんだけど(裏は取ってない)、そういう人の声ってわざわざ出てこないじゃん。ネットで裸を見せたがる人もいれば「好きな人の前じゃないと脱げない」ていう人も恐らくいるわけじゃん。

でも脱ぎたがりな人たちのそういうのばっかが見えてくる感じだと、ふっつーの、なんかもう着飾って人前で唄ったり、裸の写真をアップしたりしない、もう極めてありふれたふっつーの暮らしがしたいと思ってる人たちからすれば「自分は違うんだけど」みたいな、どうにもモヤモヤするというか、釈然としない気持ちになってんじゃないのかな、と思ったり。

果たしてゲイらしさ(とはなんだ、という話もあるが)をあえて強調することは、当人たちにとってなんか意味のあることなんだろうか。単にアイデンティティの発露(そういうクイアな部分が当人たちの精神的支柱になっているからもはや否定できないとか)なのかもしれないが。ゲイパレード映像に出てくるドラァグの人たちとかを見るたびになんとなく思う。あるいはそういう「おもしろいところ」から大衆に受け入れてもらおうという気持ちなのかもしれないが。それは諸刃の剣であるよな、という気もして。

念のため書いておくけどドラァグとか裸体をアップする人とかに「そういうのやめろ」と言いたいのではない。あの人たちは、それぞれそういう人ってだけのことであって好きにやったらよいと思うし。気になるのはそれを個人の特性と捉えず「mtfは全部ああいう感じの人なんだー」みたく十把一絡げに考えてしまう人が多いのではないかさらにそういった「らしい」部分を無意識に強調してしまうことが当事者の中でも少なくないのではないか? という点。

「そういう人もいるけど、そうでない人もたくさんいる」ていう意識一般的である状態に持っていかないといけないのでは? それにはふっつーの暮らしをしてるlgbtの人たちがたくさんいるってことをちゃんと伝えるべきなのでは、と思う。ところで放送大学番組に出ていたftmの人は、そこらへんにいそうな感じ(失礼)の兄ちゃんだった。「男から女になる」ことの難しさも一つの要因なんだろうな。

余談ではあるが以前からlgbtに対する風当たりの強さを理不尽に感じることが多くて、放送大学のやつがきっかけでなんとなく書いてみたんだけど、しかしこのエントリもまた自分自身の「差別意識」を赤裸々にするんだろうな。それを指摘されたい、という気持ちもまたあるので、ぜひ気付かせてほしい。

2016-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20160627193126

からだが、先進国HIV感染者が増え続けているのって日本だけだっけ? そういう事実の上で元増田の扱われ方を見ると、何かモヤモヤする。

2016-06-22

夫のツイッター

私が見られる状態にも関わらず、夫がツイッターで「○○な女性とお知り合いになりたかった」

「こういう人がいたら惚れる」というような話ばかりしていて、

私と程遠いタイプの話ばかりだ。

だったらこの人なんで私と結婚したんだろう、とその度にモヤモヤする。

SNSで好みのタイプの話をするなんて、特にめずらしいことではない。

男性なんてそんなことばっかり考えているんだろう。

軽口だとおもって気にしなければいいのか。

本気か冗談か知らないが、私がツイートを見てどう思うか一切考えていないことは分かる。

2016-06-21

http://anond.hatelabo.jp/20160620223031

うち、別姓だけど、モヤモヤするなら止めたらいいんだ。

こういう「感覚の差」は、性別問題だけじゃ済まないぜ。わかってるだろうけど。保育園とか。

でも、案外、「夫のお母さん」が味方になってくれることもある。

あと、妥協はいわないけれど、「子どもができたら夫側の姓にする」で

納得しちゃう夫側は、少なくないんじゃないか



うちは、せめてそうしたらといわれたけど、そうしてない。

子どもも出来て、五年もたてば、誰だってあきらめる。

後々になって墓がなんとかとか意見がでたら、そのとき子ども本人が自分意思で変えたっていいわけだし。

それだって、百年ならまだしも、今の日本で三百年、五百年前の墓を守ってる家が、どれだけあるか。

どうせ消えちまうモノのために、これだけ不愉快な思いをせなならないなんて、こんなバカな話があるか。



(追記)

あと、税金は余分に払ってる。会社の手当も減額。子どもの分だけ。お上にたてつくとはそういうことだ。糞。

2016-06-20

名字を変えたくない

選択夫婦別姓制度を望む者です。


男女どちらの姓にもできるから今の制度でもちゃんと平等が守られてるっていうけど、「いつか自分の姓が変わる日が来る」なんて想像しながら育った男性が一体どれほどいるだろう?

私の姓はそこそこ珍しく、自分でいうのはなんだけどそれなりにかっこ良さがある。

例えば西園寺とかそういうのを想像してもらえればと思う。それに比べて名前は本当に平凡。花子レベル

婚約相手はその逆で、よくある姓に、かっこいい系の名前

ここでは仮に加藤清正としよう。

彼と結婚すると私はいきなり西園寺花子から加藤花子になる。

正直アイデンティティの8割くらい削がれる感じがする。

加藤姓の皆様には悪く思わないでほしいけど、率直に言って本当にイヤだ。

彼は三男だし、お兄さんにはもう息子がいる。私の姓で入籍したいと掛け合ってはみたけれど返事は冴えない。

姓と名のバランスを考えて親がつけてくれたので、変えてしまうのは気がひけるとか。


ハァ?なにそれ


そういえば私の名前が平凡なのも、「お嫁に行ったらどんな名字になるか分からいから」と両親が控えめに命名したからだ。

私が今の姓を名乗り続けることは誰にも望まれてない。

子供が産まれたら夫の姓を名乗らせると思うし、ご近所さんには私だって加藤です」って名乗ると思う。

それでも私は生まれた時の名前のままでいたい。

通帳やクレカパスポートを見た時、入籍前/入籍後で自分人生が分断されたように感じるのが怖い。

それで結局、まだ入籍してない。いつかはするとは思うけど、最近憂鬱にすらなってきた。

このごろはちょっとしたメンバーズカードの入会届けですら、「入籍たらこれも変更手続きしないといけないのか」と思うと億劫になる。

他人から見たらしょうもない悩みだとは思うけど、姓を変えずに済む人はいいよなと心底思う。

もちろん「愛する人と同じ名字になれるなんて最高じゃん」って思う人は同じ名字にしたらいい。

選択夫婦別姓は「どっちにしてもいい」って制度から

ただ、とにかく同姓にしたくない人の願いを否定しないでほしい。

私が結婚適齢期の間には無理かもしれないけど、近い将来こんなモヤモヤ気持ちになる人がいなくなってくれればいいと思う。


追記

思った以上に反応をもらえて驚いてる。誤解もあったみたいなので補足させてほしいです。

・ハァ?の件

これは彼の側が姓を変える気がないことじゃなくて、姓を変えない前提での名付けという生まれながらの改姓に対する自覚の差みたいなものについ憤って書いてしまいました。読み返したら感じが悪かったので少し後悔しています。結局私の姓で入籍しても彼に今の私のモヤモヤを肩代わりしてもらうだけのことなので、それはそれで私の望む所ではないです。


アイデンティティーが八割削がれる件

他人から認知される度合いが弱まるという意味で書きました。あだ名もだいたい名字からとられるし。あくまでそういった個人のラベル問題なので、イエ的なものへの執着とは別物です。


旧姓通称で使えばいいのではって話

それもそうなんだけど、旧姓証明できるものがどんどん減っていくのでどこまで押し通せるのかなと…。例えば新しい職場転職したあと、人事の人は面倒な顔をせずに本名と社内通称とを両方登録してくれるのかな、とか。

まだ色々書きたいことがある気がするんだけど、そのうちまた思いついたらこっそり増田に戻ってきます

マネーモンスターを見た(ネタバレがあるよ)

なんかモヤモヤした。

全体的に面白かったんだけどね。

ハラハラしてなかなか引き込まれたし。

カイルモリーにボロクソ言われるところとかも

泣かしどころかと思ったらそっちか!ってなったし。

でもなんかオチスカッとしない感じだった。

最後の流れ

リーカイル連邦公会堂へキャンビーに会いに行く。

生放送中のカメラの前でキャンビーの悪事が暴かれる。

カイル警察に撃たれて死亡。

エピローグ

みたいな。

なんつーかカイルは救われてないんじゃないのかと。

結局キャンビーは社会的制裁は受けるっぽいけどカイル死んじゃってるしね。

キャンビーが言うように確かに法律を犯してるわけじゃなくて

でもそのキャンビーのしたことによって被害を被る人が出てきて

でも株価が上がってればその人達だってなんの文句もなくて。

最後プラスチック爆弾ベスト(実際はただの粘土)を着せられた

キャンビーに向かってカイルが言うんだ、謝れ、って。間違ってたと言えって。

銃を突き付けられ、起爆装置リモコンを目の前にかざされ、脅された状態

キャンビーは悪かった、wrongと叫ぶ。

それを聞いたカイルは納得したかのように、目的が達成されたかのようにリーの方を振り向き

起爆装置キャンビーへ放り投げる。(スイッチから手を離すと爆発する設定だったが実際は粘土なので爆発はしない)

瞬間、周りを取り囲んでいた狙撃から発砲され、カイルは命を落とす。

カイルはそれで満足だったのかなぁって思ってしまった。

キャンビーの企みによって全財産を失わされ(自業自得の面があるにせよ)

テレビ局に乗り込んでキャスター人質にとってまでやりたかったことが

悪かった、といわせることだったのかなぁと。

エピローグニュースで、キャンビーが起爆装置を放り投げられた時に慌てふためくカット

コラ動画としてvine拡散しているというニュースがあった。

今っぽいなぁと思った。キャンビーがしたことに対して、規制を強めようという動きが出るとか。

なにかしらの運動が起こるとか。そういうんじゃなくて、面白おかし編集して

嘲り笑う対象にするだけで終わり。(海外なんちゃら法で罰が与えられるってニュースもあったけどさ)

みんななんとかならないかな、と思っているんだけど、なにもしない、なにもできない。

ちょっと馬鹿にして、すっきりするだけ。そんな印象だった。

リーカイル連邦公会堂へ向かうところも印象的だったなぁ。

周りには野次馬がたくさんいて、番組でやっていたダンスを踊っていたり、カイル応援していたり。

またウォール街占拠だ!って息巻いていたり。

でもカイルが、イヤホンリーに渡しに来たロンを撃ってしまう。

そしたら蜘蛛の子を散らすように野次馬が逃げ惑う。

カイルはその中で、違うんだ、間違っただけなんだ、と独り言ちる。

なんかね、群衆無責任さを実感させられるような感覚だった。

やっぱり、解決してないんだよね。この一つの事件としては一定収束をむかえたけどさ。

ジョディ・フォスターが答えを示してないって言ってたっけ。うん、問題提起映画なんだなぁと。

ティが言う、来週はどういう番組にしようか?

この先どうなるんだろうね、どうしたいの?って聞かれてるみたいだった。

やっぱうまく言葉に出来ない。なんか良い感想書いてくれる人いないかなぁ。

2016-06-16

http://anond.hatelabo.jp/20160616141856

いやだから上手くなってどうしたいの?

そこがわかないかモヤモヤするんだけど

2016-06-15

ヒーローショーのルールマナーの話

今回の件でデパート屋上とか住宅展示場でやってるようなヒーローショーって、

ルール」はなくて、「マナー」に委ねられてるんだなぁって改めて考えさせられました

別に全てのショーにルールがないと言っているわけではないし、MCのお姉さんが話すことはルールだと思っています


好きなヒーローのかっこいい姿を見たい、それだけなのにマナーのことでモヤモヤしたりするのは嫌だから

10時の時報ヨーイドンチケット取りをする、「ルール」のあるショーが好きです。光と音も多くてかっこいいし。


撮っても撮らなくても、目の前にいるヒーローのかっこいい姿は変わらないと思います

今回の件は、何を見たくてショーに行くんだっけっていうことを考え直す機会になりました。

JFAグラスルーツ。4種の末端から見える景色

http://www.jfa.jp/football_family/grassroots/gr_play/

JFAグラスルーツ『補欠ゼロ賛同パートナーHP

思った通り、地域でもスタッフの数や体制が整った「強豪チーム」の名前ほとんど。そりゃそうだ、コーチの人数も、練習場所試合の会場も相手運営ノウハウもしっかりしてる。複数カテゴリで同等の相手を見つけられる選手層の厚さを持ってる。こういう取り組みも、早くからアンテナ張ってたりあるいは地区協会からあらかじめ粉かかってる。

本当にサポートして欲しいのは地元小学校で細々続いてきた少年クラスなのにな。セレクション最終選考クラスから、軽度の発達障害を疑うレベルまで居て、ようやく8人ギリギリで在籍していて、コーチ複数学年掛け持ちで相手にしてくれるチームの選択肢が近隣小学校少年団くらいしかなく年1回の市大会や県大会ボッコボコにされちゃう楽しいのかなんなのか。

そんなチームが、いちばん最初ボールを触る、グラスルーツなのに。チームの運営指導の骨幹、選手の育成メニュー課題が山積しているのは、上記に挙げられたチームより下のチームなのにな。残念。

地元の小さな少年団は合併、縮小する一方。ここに長年取り組んできた地元大人たちへのリスペクトは無いんだよね。なんかモヤモヤするんだよ。いろんな弊害もあったろうけど...。新しい、地域クラブチームの皆さんは本当に良い指導をされていると思うし、尊敬します。結果も出てるしね。目指せ全国!!海外!!

何か疲れるわー。この勝利至上主義大会遠征引率も疲れるわー。ウチそんなテンションサッカーしてないもん普段。「真剣じゃない」とか叱られるんだろうけど。大会エントリーしなきゃ良いんだよなぁ。この辺がチームグダグダになってるとこでもある。ほら、迷走してるでしょ?さぁ、協会の偉い人、一緒に考えてくれる?

少子化の進行とともに4種の再編は加速度的に進むんだろな。昔ながらのお父さんコーチや近所のサッカー好きオヤジの屍を踏んで。

2016-06-14

コンサート自担に干されて辛い

自担に干されて辛いジャニヲタです。ツアーは無事終わったけど私はぜんぜん無事じゃない!その日の夜は「辛い」「死にたいしかから出てこなかった。今はお陰さまで「もうやだ」も話せるくらいにはなって少しづつボギャブラリ―が戻ってきたかな。干された次の日、気分にまかせて服を選んだら全身黒の喪服コーデができあがって、死んだ顔のまま学校友達に話を聞いてもらったら少し頭が整理されたのでここに残しておこうと思う。

一応ジャニヲタ以外の人に用語解説をしておくと、【自担自分の好きなジャニーズタレント代名詞 【ファンサ】コンサートで(主に特定の)ファンに向けてサービスをすること。投げキスとか手を振るとか 【干される】コンサート自担からファンサをもらえないこと。以上。

自担に干された悲しさを友達に切々と訴えながら、「ファンサ貰えなかった悔しい~~!」だけじゃ収まらない自分の欲深さとイタさに我ながら呆れつつ、結構ジャニヲタあるある思考回路だよね?!って思ってるので干され経験のあるジャニヲタの皆さんと一緒に傷舐め合いたいです。

前置きが長くなりましたが、ここから「干された辛い」の感情因数分解して書き殴っていきます



■干されて辛い理由その1「嫌われてるんじゃないか不安になる」

こういう思考回路キモいのは承知だけど、干されると「嫌われてるのかな?」って反射的に思ってしまう。アイドルファンに対して好きとか嫌いとかの感情を抱くほど興味持ってないよって頭では分かってても、でも「あれ?お呼びじゃない感じ?」っていたたまれなさでその場から立ち去りたくなる。

告白されて嫌な気持ちになる人はいない」っていう一般論があるけど、多分それは望みの薄い片思いしてる人を奮い立たせるためだけの建前で実際は「ないわー」って人に告白されても困るだけだ。だからきっと「アイドル自分団扇を見つけると嬉しい」っていうのも建前で「うわーあいつまた来てるよ」とか、あんまり歓迎されてないファンもいるはずで、あれ?私そういうファンになってる?みたいな。そういう疑心暗鬼モヤモヤするのが辛い。



■干されて辛い理由その2「同担嫉妬する」

もちろん干されたのは今回が初めてじゃないけど、今までは自分言い訳できる余地があった。「埋もれだから見えなかったのかナ☆」とか「昨日ファンサくれたか今日は我慢しろってことかナ☆」とか。

でも今回はどの言い訳にもあてはまらなくて、何より一番ダメージ受けたのが「あの子にはファンサしてたのに!」っていう嫉妬アイドル嫉妬。すごい不毛自分よりも前から自担応援していたいわゆる「古株」のファン自担が手厚いファンサしているのを間近で見て、さぁ次はいよいよ自担がこっち向いたぞ!来るぞ!ってドキドキしてたら来なかった。何にもなかった。古株にはあんなに笑顔だったのに。たったそれだけなんだけど、辛い死にたいもうやだ。

ジャニオタ歴の長い友達愚痴ったら「分かる!!」って全力同意してくれた。彼女が前に好きだったジャニーズは割と古株を優遇するタイプだったらしく、悔しい日々を送っていたらしい。こっちがいくらコンサート諸々に本気で頑張っても古株も頑張るからその差は縮まない。「ファンの中で絶対勝てない人がいるって思うと萎えるよね」って、彼女がまさに今の私の心の声を代弁してくれて「それな!」ってその乗り越え方聞いたら「降りた」って一言。そっか…それ乗り越えてないね

でも、自分が贔屓されたいとか、大切にされたいとか思うそ欲望は、もうアイドルに向けるものじゃないっていうのも分かってる。もうそれってアイドルの楽しみ方じゃないんだよね。自分オンリーワンだと言ってほしいならさっさと彼氏を作るべきなんだよね。いやさっさとできたら苦労しないっていう話ですねすいません。おれ明日から本気出す



■干されて辛い理由その3「コンサートを楽しむテンションじゃなくなる」

ジャニーズを好きになった最初はもちろん私もこんなんじゃなくて、見れるだけで嬉しかったしどんな席でもコンサートテンション上がったし、いつかアリーナ前列とか入ってみたいな、当たると良いなって素直に思ってた。

それが気がつけばお座席こだわりあります系の人になっちゃって。ファンサ貰えなかったら心がどんどん凍りついていって、自担をかっこいいと思う感情さえ鈍くなっちゃって。

これが結構ダメージ大きい。そんな自分に気付いた時すごくがっかりした。あーもう私はアイドル応援してるファンじゃないんだなーって。よく「アイドルを見たいじゃなくて、アイドルに見られたいって思ったらドルオタとして終わり」っていうツイッター格言が回ってくるけど、まさにそれ。落ちぶれたオタクになり下がっちゃってすいません。こんなのがファンですいませんって自担懺悔したい。私もこんな自分もうやだ。



■干されて辛い理由その4「頭冷やされて冷静にならざるを得なくなる」

これまでの私のジャニヲタ活動は、自分応援していることを自担が覚えてくれたら嬉しいなって、いわゆる認知になれたらいいなっていう目標目指して山道を登っていくっていうイメージだった。だから自担ファンサされたら頂上に近づいた気がして嬉しかったし、干されたらその道のりが険しすぎて泣いたりした。でも、実際のジャニヲタ活動はどこにも続いていない平坦な環で、将来に何か残るわけじゃないし、達成感とかも幻に過ぎない。「自担に構われる日もあれば干される日もある」それをただ無意味に繰り返すだけなのかもしれない。そう悟ってすごく虚しくなった。その無意味さに耐えられるかどうかがジャニヲタ必要な強さなのかもしれない。

ジャニヲタなんてずっと続けられるわけじゃないし、どうせいつか止めるなら早く止めるのに越したことはない。分かってるんだよもう。分かってるのに止める決心がつかなくてもうやだ。

でもなんか干された日のこと思い出すと、だんだん「でもチラ見でも目は合ったし悪くなかったんじゃね?」って思い始めてきて、脳の思い出美化機能がすごい。こうやって鈍感力を磨いて次のツアーも張り切って団扇持ってる自分想像容易。辛い。

好きな彼女の受け入れられないところ

僕には彼女がいる。

の子とは趣味も合うし、一緒にゲームしたり動画みたり一緒にいてすごいたのしい。

でも、受け入れられないことがいくつかある。




まず一つ目は、「○○さん(アーティスト)と結婚したい~」と僕の前で言うこと。

冗談のつもりなんだろうけど、何度も何度も目の前で言われると気持ちがこうテンションは下がるしちょっと凹む。

それに○○さんが入院しようものなら本気で凹んで「ホントホントに○○さんならいつでも結婚するのに・・・」と目の前で言われる。泣きながら。

ぶっちゃけ冗談には聞こえないし、言われると凹む。




二つ目は、男友達と遊ぶこと。

これはただ僕が束縛したいタイプからってだけなのかもしれないが、とにかくよく遊ぶ。

朝まで男とSkype通話してたりもする。電話LINEしても連絡つかないときはだいたいそれ。

別に頻度が少ないならいいけど毎週3回はそんな感じ。

浮気とかそういうのはないか大丈夫だし、束縛されたくないと言われたから遊んでもいいよと言ったが、やっぱり気持ち的に嫌だ。

世の中のカップルはだいたいこんな感じなのだろうか?彼氏彼女関係になったのならある程度はそういう異性との遊びは控えるのが普通だと思ってたし、今までお付き合いしてきた元彼女達もそうだったからすごい違和感がある。

僕は他の女の子遊んだりしたら彼女が嫌な思いするだろうと思って控えていたけど、友達とは遊んでもいいじゃんと言われたからそういうものかと思い僕も控えてたけど遊ぶねと言うと僕はダメと言われて喧嘩になった。

自分はよくて僕はダメらしい。




三つ目は、喧嘩をするたびに別れようと言ってくること。

僕は喧嘩をしたなら喧嘩になった原因を話し合って仲直りすればいいだけだと思ってたけど彼女は違った。

喧嘩をするとまず会話することを放棄して逃げ出す。

そしてもうだめだね別れようと言う。

彼女いわくめんどくさくなるともういいやってなるらしい。

お互い好きで付き合ったのに喧嘩したくらいで別れるのは本気で理解できない。(喧嘩の内容にもよると思うが)

喧嘩したとき必ず「私は都合のいい存在だったんですね」と訳の分からないことを言う。

都合のいい存在ってなに?お互い好きで告白してお付き合いすることになったのに都合の良い存在ってなんなんですか?

そしてなぜか僕が女たらしのように言われる。本気で好きになって付き合ったのにこういうことを言われると僕の気持ちバカにされたように思えてくる。

そんなことないし、ホントに好きだよって毎回言っても喧嘩のたびに言われる。




四つ目は、共通友達に付き合っていることを秘密にしていること。

今まで彼女共通の友人がいれば付き合うことになったー!などと報告をして祝福されたりチャチャ入れられたりして過ごしてきたが、今の彼女絶対に周りには言うなと言う。

から僕は誰にも話していない。彼女と付き合ってることを知らない友達彼女と朝まで遊んでるのも知っているのですごいモヤモヤする。




五つ目は、エッチしてる最中元カレを臭わす話をしたりする。

今まではこうだったから~とか。

一番ショックをうけたのは中出ししないの!?とか中出しすると垂れてくるからねとか言われた時。

正直最中にそんなこと言われると萎えるし凹む。

そういうこと言わないでって伝えて、わかったもう言わないようにするって約束はしてもやっぱりそういう話をしてくる。



なんなんだろう。

おそらく彼女と僕は全く合わないのだと思う。

一緒に遊んだり話したりイチャイチャしてるとき楽しいし好きだなあって思うけど、ここまで合わないことがあるともう付き合うのは無理だと思った。




これは僕の心が狭いからなのかもしれないが、やっぱり無理だ。

将来結婚しようねなどの話もでてたりしたけど嫌なことがありすぎて気持ち的にもう限界に近い。

好きな人と付き合えるのは幸せなはずなのに幸せ気持ち最近全くなっていないことに気づいた。




色々書いて気持ちに整理がつきました。

僕は今日彼女と別れます

結局のところはっきりしてほしい

一般事務でマトモな仕事しないんなら早くそう言ってほしいんだけどな

事務的仕事もあるけど他の人もやる程度とか言ってるけどなんか全然やってる事が違うからイメージが持てない

普通あなたは〜担当とか仕事の割り振りがあるんだけどそれもないみたいで

イライラモヤモヤするのでむしろ一般事務みたいな事しかこ会社ではあなたはできませんと言ってくれた方が踏ん切りが付く

それとも見積もりの仕事やるのかなと思ったけど、なんかそれも違うみたいで

いやどうなんだろうとにかくハッキリとしてほしい

2016-06-12

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限りと嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.「○○が××だと言っているのと同じ」といった返しにモヤモヤするのはなぜですか。

基本的に、「相手論理が間違っている」と言いたいときに使う比喩表現だな。

私もその返しはよく使うが、「何がどう間違っているかはうまく言語化できないけれど指摘したい」とき特に便利だ。

で、そのモヤモヤの正体だが、「正確ではないが、だいたい合っている」からという説が有力だ。

例えば、君が「1+1=3」だという間違いを展開させたとしよう(実際はもっと複雑だったり、君が間違っていないケースもあるだろうけれど、今回はこのまま話を進めるぞ)。

さて、この「1+1=3」という間違いを、「2+2=6だと言っているのと同じ」だと返されたらどうだろう。

「だいたい合っている」けれど正確ではない。

「いや、そこは2だろ。1多いぞ」っていうのと、「いや、そこは4だろ。2多いぞ」という指摘は同じではないのだが同じに見えてしまうんだ。

後は掛け算の順序が云々とか、なぜか人と人を掛け算したりとかもするが、人間はあまり数字に強くないからなあ。

では「あなたのその比喩は正確ではない」と指摘することに意味があるのかといえば……どうだろうな。

この返しを使う側としては、そもそも「正確」であるかどうかは問題ではなく、「あなた論理は間違っていますよ」という思いを伝えたいだけだから

まあ、そのために比喩を用いるのが論理屋の愛嬌だな。

一緒に住んでいる彼女に「今日はどうする?」と聞いたら、「岡山に行く」と言う。

「どうして?」と聞いたら、「私が大切に想う人の大切な日だから」と言う。

誕生日か何かかな?と思うも、妙にびくついてるから「それなら行けばいいよ」と言うと

「でも異性だから・・・(後半は聞こえない小声)」と言う。


ちょっと「ん?」と思ったものの、男の親友と言うやつだろう。

から、「気にはなるけど、大事な人なら行っておいでよ」とは言ったものの、妙にモヤモヤする。




んで思い出したのが長友と平愛梨の事だ。

平愛梨は二人を結びつけた親友三瓶の家に週3日は通っているという。

この二人は遠距離恋愛なわけだが、長友は全く気にならなかったのだろうか?

映像を見ている限りでは、お互い100%愛し合っているように感じるし、長友も三平感謝している。



また、平愛梨からも(三瓶には悪いが)三瓶に対する恋愛感情は一切感じず、純粋に人として好きで一緒にいるように見える。

三瓶自身もそんな感じだし、キャラ的に男を感じるわけじゃない。これが斎藤工みたいな人だとまた違うだろう。

から、長友も疑ったりせずに遠距離恋愛でも結婚まで成就させられたのだろう。



でも、僕は彼女の”大切に想う人”の存在を知らない。三瓶なのかファンキー加藤なのか分からない。

彼女の事は信用しているけど、相手情報が全く無い状態では、信用とか疑う以前によく分からない。

芸能界流行っている浮気不倫のような事が一般レベルでどのくらいあるのか分からないけど、

こういう場合、どう対応すれば良いのか、どう受け取ればいいか悩む。



よく「相手の事を信用してるなら、黙って送り出してやれ」的な話を聞くけれど、逆なんじゃなかろうか?

相手が信用できるような情報を開示して相手不安を取り除くから自分が信用されるわけで、

それが無い状態全面的に信用しろというのも無茶な話だ。

少しでも訪ねようものなら、やれ「嫉妬だ!」だの「束縛だ!」って言われるのは心外だと思う。



ま、こういうのって最終的には価値観の違いになっちゃうんだろうね。

僕も彼女と底の部分で価値観が違うと思うので、アモーレにはなれないかもしれない。

2016-06-11

散るログタワーにブクマしてる人たち何なの?

普段互助会批判してる奴らが散るログタワーの建設にこぞって荷担してるのを見ててモヤモヤしてる

はてブシステム使って内輪でウェイウェイやってるんだから互助会と同じじゃん

迷惑だし全然面白くないからさっさと止めてほしい

2016-06-10

オタク差別されている!のか?

オタク差別されている!」とよく耳にする。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。

そうだとしよう。だけど、すごくおおざっぱに言って「昔」と「今」とでは同じ「差別」でもその意味合いが違ってるんじゃないか

「昔」、オタクベタ差別されていた。仮にそうだとしよう。あの偉大なコミケを指して10万人の宮﨑勤が……と。

他方「今」、オタク差別されているとするなら、それはオタク文化社会に受け入れられる上でのアレルギー反応のようなものではないだろうか?



オタク文化はアレルギ=悪だというのか?」そういう価値判断を下したいわけではない。「ある異質な文化社会に受け入れられる際、必然的に一部の面倒な人から拒否反応が起きる」という現象を仮にアレルギーマークしてるだけで、悪だといいたいわけじゃない。僕はオタク文化が大好きだ。最近では「三ツ星カラーズ」という漫画オススメだ。



さて、普通に言って、オタク文化は浸透した。AKB国民アイドルだ。初音ミクラブライブくらいなら誰でも知っている。ガルパンはいいぞ。あるいはハリウッドの超大作にオタク的なエッセンス密輸入されているのを確認してほくそ笑んだり……色んなレベルはあるけど、着実に広まっていると言えるだろう。



「いや、オタクはまだまだ差別されている!」その指摘は正しい。この後触れる。



ラブライブとかってヤンキーオタクあいのこみたいな層にウケたものでしょ?それオタク文化って言えるの?」その指摘も正しい。後で触れる。



そんな中、「碧志摩メグ問題でも「のうりんポスター問題でもいいが、仮に「オタク差別されている!」と感じる事象があるとすれば、それはオタク文化が受け入れられようとしている上での、一種拒否反応のようなものとして捉えると色々とスッキリしてくるのではないか



「お前は「碧志摩メグ」や「のうりんポスター」をどう捉えているんだ!」それはここでは問題にしない。やりすぎと思うにせよ、そんな目くじら立てなくてと思うにせよ、ここではあえてフラット事象を眺めることによって得られるものに注目したいのだ。一応いっておくと僕は、「碧志摩メグ」や「のうりんポスター」はさまざまな当事者の心境や、そのコンテンツをつくるに至る具体的な文脈部外者による評価をどう判断するか、そもそも「当事者」と「部外者」をどのような基準で分けるのかいやそもそも分けられないのかなど多岐にわたる論点を抱えており、善悪二元論で語ることは危険だという立場だ。これを世間では日和見と言うらしい。



まり、すごく大雑把にいって「オタク文化差別されている!」という時の「差別」は昔と今とではその意味合いが異なっていると言うことができる。ここからが本題だ。

たとえば、最近オタク文化に馴染んだ若いオタクが「差別されている!」と憤るのはもっともなことだ。こんなに素晴らしいオタク文化拒否反応を示すなんて、と。

また、古風な「オタク観点から物事を捉えている人が「差別されている!」と感じるのももっともなことだ。かつてオタクは冬の時代を過ごしており、その余波は今でもあちこちに見出される。一貫した観点からオタク差別を捉えるのは妥当なことだし、有意義なことだとも思う。

しかし、昔ながらのオタク観点」をガッツリしょってるわけでもなく、かといって最近オタク文化に親しみはじめたわけでない、そんな中途半端な「オタクであるにも関わらず、「オタク差別されている!」という言説の歴史的に宿る差異にまったく無頓着であり、それなのに「オタク差別されている!」と無邪気に発してしまう、そんな人達が僕は不思議で仕方がないのだ。

これは「真のオタクは……」というタイプの語り口に所属するものでは(おそらく)ない。文章としては同じものが、文脈によって複数意味を宿すことについての注意力、恥ずかしい言葉を使えば「言葉に対する感性」の問題だ。


いまいちピンとこなかっただろうか?それなら申し訳ない。スルーしてくれれば幸いだ。

実は、僕はいくつかの具体的な顔を思い浮かべながらこの増田を書いている。あてはまらなかったり、なんか意味不明と感じたら、多分あなたにとって、それは的外れな問いなんだろう。

「そんな友人にも実は深い背景が……」と思われただろうか?一応、僕とその「顔」は深い関係を築いている。そして、僕のほうがどうやらオタクなのだ

「そういうことって別にオタクだけに限らず……」その通り。そういう見方を全く否定するつもりはない。これは別にオタク文化断罪したいのではなく、単に、実体験で感じたモヤモヤについての増田だ。

「そのような語り口自体増田オタクフォビア的な隠された政治性を暴露しており……」そういうつもりはないが、僕はその見方否定できない。すごくラフに言って「にわかオタク」的なものに疲れているのは事実だ。とはいえ、あくまで対人関係での違和感が根っこにあり、そいつたまたまにわかオタクで」……、という順序だ、ってことを理解してくれれば幸いだ。

この増田がどこかに届くことはできるだろうか?

2016-06-06

生活保護フジロック

神経症生活保護を受けている知人が「フジロックに行くよー!!」とSNSで高らかに宣言しているのを見てしまい、

なんだかモヤモヤしてしまった。

彼の行動にも、「いや、別にいいじゃないか」と思いつつモヤモヤする自分にもモヤモヤする。

2016-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20160603114854

貯金目当てでもはや女としてすら見てない事にモヤモヤする

妻が整形したいと言い出した

そのたびにモヤモヤする

モヤモヤする原因は主に3つ


1つ目は整形というものに対する嫌悪感

嫌悪感というと違うかもしれないけれど

大金を払って美しくなる」ということになんとなく「卑怯」のような感覚があるのだ

容姿を良くしようとするのは結構だが

そのために必要努力(ダイエットのためにジョギングしたり)を金を払うことでスキップしようとする人間になって欲しくない


2つ目は

そもそも整形の必要があるのかということだ

努力ではどうにもならない部分も変えられるのが整形だが

妻の容姿は決して美人とは言えないが、愛嬌があり僕は不満はないし

これ以上を求めてもいない

現状を維持するためというならわかるが

今以上のものを求め顔面工事をすることはまるで「夫以外の男からチヤホヤされたい」と言われているように感じる

感じる、というか実際そういうことなのだろう

ちなみに僕は妻から以外にモテたいとも思わないし、妻以外の女性には嫌悪感を感じるほどなので

もしそれを望むなら妻以外にモテないためにブサイクに整形することすら構わない気持ちだ(金銭的な問題無視すればだが)


3つめは

金銭的なことだ

我が家共働きで、妻は「整形費用は私の貯金でなんとかなる」と言っている

しか同棲してるカップルならまだしも

僕達は夫婦であり、僕の貯金は妻のものでもあるのと同様に、妻の貯金は僕のものでもあるはずだ(そのへんの認識結婚から話し合っていた)

まり妻が自分の顔の工事に百万円払うとすると

それは資金の出処の名義人が違うだけで僕のお金から百万円でてるとも言える

何も二人のお金から自分のために使うなと言っているわけではないし

僕もために自分の好きなゲームを買ったりする

ただ「これは私のお金なのだからどう使おうがあなたには関係ないでしょう」というのは違うと思うのだ



そんなわけで妻の整形を止めたいと思うのだが

僕はどうするのが正解なのだろうか



追記:言葉足らずでした

結婚前のお互いの貯金新生活結婚式等の費用で大半を使い果たしているので

ここでいう「貯金」の大半が結婚してからお互いが貯めたお金のことです

地デジに移行したことで、「「普段当たり前のように見ているNHK民放系列局」がとんでもないチャンネル番号になってる自慢」ができなくなったなあという変なモヤモヤ感。

41chとか訳の分からんチャンネル使ってたな。

2016-05-30

尿がそこから出るのかっていう違和感

増田なら誰か答えてくれそうだから、このところの俺の疑問を書く。

動物の体って、有機物からエネルギーを取り出せるようになってるのマジですごいと思う。神が進化させたとしか思えない。

それで、使われなかったもの排泄物として捨てられるようになってる。これも当たり前だけどよく考えるとすげえ。

で、水分と固形物を分けて捨てるのも良い発想だと思うんだよ。ただ、水分を捨てるのだけは生殖器のとこ使うじゃん。あれがなんか違和感あるの。

そんなうまく出来てんのに、水分の排泄はそこ使うの?っていう違和感。わかんないかな。

尿は不要な水分捨てる、浸透圧の調節とかの機能がある。

それならそれ用のとこがあってもいいのに、そして固形物の便はケツから出るのにさ。生殖器から出んの?って思うわけ。

生殖器の中で管が分かれてんのは知ってる。でもどっちかにまとめるなら機能的にケツのほうじゃね?

なんか動物の身体ってうまくできてんなーと思うのに、これだけエラー感があるのよ。

進化論とかそういうジャンルなのかと思ってそういう本も読んでみたけどいまいち疑問に答えてくれる記述がない。

ってので残尿感に似たモヤモヤがずっとあるんだわ。誰か。

2016-05-26

すぐ泣く女が周囲と自分の為にできること

私はすぐ泣いてしまう女である



物心つく前から私は超が付くほどの泣き虫で、毎日大きな声で泣き出しては母親を悩ませていたと聞く。


幼稚園に入ってもそれは変わらず、朝起きて変な形の寝癖が付いていて/雨が降っていて外が暗くて/朝食の牛乳が熱くて…とまぁ本当にどうしようもない理由しょっちゅう泣いていた。


子どもの頃から泣き虫自覚はあってコンプレックスに感じていた。小学校で作った七夕飾りの、短冊にはこう書いてあった。

「なみだが出ちゃうのを止めれますように」



26歳になった今でも私はすぐに泣く性分を引きずっている。こないだも、狙っていた特売品が売り切れたのを知って一人スーパーで涙を流してしまった。アホちゃうか。


他にも泣きたくないのに涙が出て恥をかい経験枚挙に暇がなく、あんまり振り返ってると虚空に向かって「あー!」と言いたくなってくるのでここらで止めておく。




さて、すぐ泣く女というのは世間的にはまぁ重たくて面倒くさくて、関わると厄介な存在と思われがちであるぶっちゃけ私自身もそう思っている。

しかし涙腺と言うのは思い通りに作動してくれないもので、泣いてる場合でないと頭では分かっていても勝手に涙は出てきてしまうし、止めようとすればするほど止まらない。


泣きたくないのに泣いて、周りに引かれて、自分が心底嫌になって、また泣いてしまう。泣き虫人間ならば一度はそんな経験がある筈だ。というわけで、私が26年この性分と付き合っていく中で培った、なるべくそ場の空気をぶち壊さず、かつ自分気持ちが楽になる工夫を挙げてみようと思う。


自称泣き虫の人は多分皆オリジナル処世術を持っていると思うので、もしそんな人がいたら是非自分のやり方と比べてみて欲しい。




自分をよく観察する

まずはここから始めた。成人するまでほぼ毎日泣いていた(特に問題を抱えていたわけではなく「なんとなく」泣いていた)ので、このままではマズイと思った私は毎日泣いてるとき精神状態を観察することにした。「あ、涙出始めたなー」「今頭がカッとしてるなー」「なんか周り見れなくなってんなー」「なんとなく止まりそうな感じがしてきたなー」…これを毎日繰り返すうちに、私は自分が泣いている姿を観覧者の目で眺めることができるようになった。後頭部あたりにもう1人の自分がいて、眺めている様な感覚だ。


もちろん今でも、喧嘩したり、映画を見たりするとどうも観覧者の目になれない日もあるが、それも半年に1回あるかないか程度になった。これによって、まず「涙は出ているけど気持ちコントロールできる」状態を作ることに成功した。



泣き虫を隠さない。泣いても重くないキャラ振る舞う

いずれバレてしまうのだ。隠していたって仕方無い。


泣く姿を見られてしまう前に、「私が泣くのは日常的なことである」「泣いていても頭の中は割と冷静だったりする」「私が涙を流し始めても放っておいて」「もし不快であれば正直に言って」と、できるだけライトな明るい雰囲気で周知徹底させておくと、後々人間関係もそんなにこじれずに済むと分かった。


また、普段から神経質な態度でいると、いざ涙が出た時にどうしても「積もり積もったストレスで爆発してしまった」風に見られるので、日頃からなるべく「おおざっぱなおちゃらけキャラ」で人と接するようにした。少々イジっても誰も罪悪感を持たないくらいの感じで居ておくことで、色々やりやすくなった。


涙は出しっぱなしでも良いが目ヤニ扱いする

例えば仕事中、電話口で客に怒られて涙が出たとする。そういうときに一番やってはいけないのはメソメソすることだ。ありえないくらいその場の空気が壊れるし客は困惑してしまう。


自意識過剰メソメソは隣り合わせの存在だ。自分のことばかり考えて涙を流す時、人は多かれ少なかれ可哀想雰囲気を醸し出す。

周りの人はどう感じるだろう。なんだか自分が悪い事をした様な気になって、モヤモヤした気分になる筈だ。しかし、メソメソ泣いてる人の涙をしっかり咎められる程胆力のある人はそういない。

可哀想な人は最弱故に最強なのだ。だからこそこういうとき絶対メソメソしてはいけない。

一番意識しないといけない対象は客であり、対応であり、要は目の前の仕事である。泣いてることなど本当-----ーにどうでもいい。


涙の存在を頭から消し去る。一番手っ取り早く涙を止められる。もし涙が出続けても、全神経を仕事に集中させる。「涙よ止まれ」と思うことも禁止。ほっといたら勝手に止まるもの心配なんてしなくても良い。

涙は液体なので、顔面を伝ったり視界を曇らせたりして気を散らしてくる。その時は「目ヤニ邪魔だな〜」と思いながら涙を拭う。不思議と涙に意識が向くことはない。


普通に仕事してる+なんかよく分からないけど目ヤニがめっちゃ出る、といった自己認識で動いていると、声色やテンション普段ともあまり変わらない自分がいることに気付く。

周りも普段と一切変わらない態度で接してくれる。


涙のスルー感謝する

残念ながら、どんなに心頭滅却しても私が泣き虫であることには変わりない。私が重い印象にならないよう努力しても、周りの受け流し方次第では、重たくて面倒くさくて関わると厄介な存在にも十分なり得る。


今周りにいる人達は私がすぐ泣くことをスルーしてくれて、たまに泣き虫をイジってくれる。誰も腫れ物に触るような応対をしてこないことが心地良い。

ちょっとしたことですぐ涙を流すのを見て、イラつくことがあるかもしれない。謂れのない罪悪感でモヤモヤするかもしれない。でも、皆それを受け入れてくれている。申し訳なさを感じる。ありがたい。


のんびりした空気の時を選んで、私は「いつもすみませんありがとうございます」と伝える様にしている。その時は泣かない。泣きそうだなぁと思ったらまた別の機会にする。そのくらい徹底している。

仕事で悩みを相談したり、素直な気持ちを話す時、私は絶対泣かないと決めている。冷静に話ができる人だと思われたいから。




工夫さえしていれば泣き虫でいてもいいのだ、と思うようになってから、私は少しずつ泣く回数が減ってきた様に感じる。

しかしたら、オバサンになる頃には私は泣かなくなっているかもしれない。


ただ現状、周りの人達良心に大きく依存していることは確かなので、理解感謝しつつ自分でももっと工夫できることがないか考え、色々試していくのは続けていきたいと思っている。

ズートピアはなぜ肉食を排除したのか

努力すれば夢はかなう、誰でも何にでもなれる、

差別偏見と戦いマイノリティだって自由自分表現していいんだ

こんなにそれらに配慮した内容が盛り込まれている!いった旨のRTを連日沢山見るようになりました

主人公の隣人は同性愛カップルかもしれないとか

ポップスターのツノはオスのものでは?とか

小さくてかわいいウサギ警察官になれないのか?いやそんな事はない!

決めつけてはいけない!差別はよくない!だって努力すれば夢は叶うのだから

といった主旨をどうこう言うつもりはまったくない

実際映像もすごかったしすごくいい映画だと思う

だがなぜそんな中で、なぜ『肉を食べること』は悪としこれを排除したのだろうか

そこがずっとひっかかっていて、素直に良い映画だった!と言えなくなっている

世界観の設定上やストーリーの進行上そうせざるを得ないのは理解できるのだけれど)

だって望んだものになれる!と謳っておいて肉食獣のそれは奪うのか…と思ってしまって

わりと冒頭からモヤモヤしたままでした

肉食獣だってただ趣味で殺すのが目的ではなく生きるために肉が必要でそれを食らうのであって

それ自体は悪ではないはずだ

野生に戻ったら凶暴になったと本編で言われていたが

何かを襲う時はそれを食べる必要がある時か自分の身を守る必要がある時だ

むやみやたらと目の前のものを殺すものイコール肉食獣ではないわけで

差別なんかダメッて言ってるんだ!!ともてはやされている映画

肉食のこと思いっき差別してんじゃん、と思ってしまって

素晴らしい!と言われていれば言われているほど複雑な心境になる

あんまりここに触れられたツイート等を見かけないので

こんなところを気にしてしまう私の感覚がズレているのかもしれないけど

そりゃあいつ食われるかわからない恐怖と戦っていた草食動物から見たら

捕食者である肉食獣は天敵になるわけだけれども

『狩りをする必要が無くなる』のを仮に利点とするとして

かわりに与えられるものが肉でなく虫などで代用されたものでそれで本当にWin-Winなのか

小さくて可愛いうさぎ警察官になれるのに

肉を食べる事はこの先(この理想郷に居を構える限り)永遠に諦めないといけないのか

肉食獣にとってそれは本当に理想郷なのだろうか

(昔は食べていたという肉を食べてみたくなった、という理由

 殺獣罪(?)を犯す住民はいそう)

狩りをするために牙が鋭くなったもの

足がはやくなったもの 顎が強くなったもの

またそれらから身を守るために角が発達したもの

皮膚が硬くなったもの 耳や目といった器官が発達したもの

動物の特徴になる部分はおおよそ『狩るため/狩られるのを防ぐため』、

『生きるため』に進化してきた部分が大部分だと思っています

今後この理想郷においてその必要が無くなるという事は

それらの器官ももしかしたらどんどん退化してしまうのではないだろうか

服を着て脳が発達し、特徴のある器官が退化していったらどうなるんだろう

みんな人間になるのかもしれないですね

2016-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20160525004218

世間世間というけど、実際の自分世間って自分のまわりにいる人だけなんだし、自分のまわりにいる人とだいたいうまくやってるんだったら、子どもできても別に変わらないんじゃないの。

世間ネット世論とか新聞社会面まで拡張すると生きづらくなるけど、どうせ妊娠したら動きづらいんだからいちいち自分テリトリー外のこと気にする必要ないと思う。

あと、ネットに書き込むのって極端な体験した人か、ちょっとした不快さとかモヤモヤをやり場なく書いてるかどっちかだと思うし、リアル感覚とはずれてる。

(みんな保育園落ちてるみたいに見えるけど、実際には数字から見る限り入れてるほうが多数派で、入れた人はわざわざ入れたとは書かないだけだったりする)

2016-05-24

欲しいものがあって、通販サイトでそれを色々みて、リアル店舗で買ったりしてウヒョーってなるけど、

その後広告枠にずっとその製品が表示されてるのはなんかモヤモヤする。