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はてなキーワード: 滞在とは

2017-04-26

ロード画面はかくあるべき

クルクルが回ったり「読み込み中です」とか出る画面。

あれは一瞬、

「おっ演出かな?」

と思わせるべき画面。

そしてちょっと見てたらローディングだと分かるくらいが良い。

そしたらその分ユーザーは「待っている」という気分が無くなる。

まり読み込みの長さによるユーザー滞在率低下を止められるということだ。

クルクル回すなんてとんでもない。

読み込み中も同じくらいダメ

ユーザーを一瞬「なになに?」って引き込ませなきゃ。

結局

「なーんだ、クルクルじゃん」

って思われても良いのよ。

それはユーザーをだましたことにはならないから。

と、EテレHP見て思った。

詳しくは

http://www.nhk.or.jp/e-tele/find/

を見て欲しい。

うん、けものフレンズ子供に見せた増田経由だよ。何か悪いですか。

http://anond.hatelabo.jp/20170426132344

二重投稿したなら片方消しとけよ

何より肝心要のX氏側の弁明は一言もない

って

小誌の直撃に対して、A子さんとホテルに2時間滞在したことは認めたものの、性的関係を持ったことは否定

とある

流石にホテルに入っておいてヤってないか無罪社会通念上無いわ

不倫だってただホテル等個室に一定時間居たってだけで認定されて離婚が認められるんだぞ

そもそもこんな中途半端に認めるという事は、ホテルに行った事自体否定できない(くらい証拠を揃えられている)んだろうし

http://anond.hatelabo.jp/20170426125846

お約束パターンだと居心地を悪くするだね

・イスを固くして長時間滞在させない

炭水化物ガッツリとらせる

・近所の男子大学生向けメニューを増やす

2017-04-23

奈良観光は3時間で十分と書かれてるって本当?

海外から観光客向けICカード乗車券関西ワンパス」の利用状況が4/18に発表され、滞在時間中央値)では奈良県の4.7時間関西一短かった。

これを聞いて思い出すのが、2014年2015年奈良市長の発言としてあっちこっちで取り上げられた「海外ガイドブック奈良は3時間で十分と酷評報道

仲川市長は「奈良外国ガイドブックには『3時間で十分』と書かれ、通過する観光地になっている。『シカと大仏しかない』とされる現状を脱却したい」と意気込むが、効果的な打開策はまだ見えない。

http://www.sankei.com/west/news/140528/wst1405280062-n1.html

読売All About News Dig週刊東洋経済日経WebComputerReportTOブックスも同様)

いったい本当なのか。産経新聞公開質問状に対する回答によると、市長奈良県の古い調査書を見ただけで、ロンリープラネットなどに書いてあるらしいとしかからないという。

奈良市長の発言根拠は、平成18年の「奈良県外国人観光客実態調査結果報告書」に書かれた内容に基づいていると確認しています報告書では、『ロンリープラネット』等には、奈良観光旅行の紹介を滞在時間程度あれば可能と紹介されており、これを払拭するために観光ルートを紹介した情報発信の取り組みが必要と指摘されています

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=232107930333531&id=126514210892904

しかし、実際にはロンリープラネットにそのような記述はなく、市長根拠としている県も新聞で見ただけ。

報告書名前を挙げた有力な案内書の当時の版を「奈良の声」が確認したところ、「2日かけるのが望ましい」となっていた。県によると、当該の記述新聞記事から引用で、案内書そのものは確かめなかったという。(中略)県観光プロモーション課によると、引用元新聞記事は残っておらず、当時の担当者はどの新聞にどのように書いてあったか具体的なことは覚えていないと話しているという。

http://voiceofnara.jp/news431.html

そこで、奈良県図書情報館協力のもと、産経新聞大阪府下版日経新聞朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞奈良面、奈良新聞奈良日新聞を調査したところ、該当する記事は見つからず。仕方がないので、地道にガイドブックを一つひとつ確認していった結果、おそらくFrommer's Japanじゃないかとわかったけど、時間が十分でなければ3時間であって、3時間で十分ではなかった。

If you don't have much time, the most important sites to see are Todaiji Temple, Kasuga Shrine, and Kofukuji Temple's Treasure House, which you can view in about 3 hours.

http://www.frommers.com/destinations/nara/attractions/overview

アフィリエイトを始めてみたんだが、スマホオーバーが酷い

あるジャンル記事を数年前に書いたんだが、未だに毎日数十のアクセスがある。Google検索トップページからは既に落ちて5ページ目ぐらいなんだが、未だに毎日ある。

せっかくだからとインラインアフィリエイトを貼った。一日で数十程度のクソゴミサイトwwwと笑われるだろうが、他の記事はどのブログサイトでも毎日ほぼ0なんだ。夢ぐらいは見させてくれ。

で、一週間で2万円ぐらい買われた。報酬は現時点で400円くらい。うおお買う人いるんだとビックリした。

でだ本題。インライン以外にスマホオーバー広告も試したんだが、これがクソ。特に最初は表示されず、画面中央辺りから下方向に向けてうっすら現れながら表示されるレイヤーオーバー広告がほんとクソ。

自分自分サイト確認してても恐ろしく鬱陶しく、速攻で外した。ある程度長く滞在してもらって読んでもらう記事から、指でスクロールする度に中央から表示されるのは誤爆を狙われていて非常にストレスフルマックス

まあクリック報酬のアフィリだからしかたねぇって言われるんだろうな。でもそれのせいでこのサイトに居たくないと思われたら買って頂けないので速攻外した。

逆に、あるタイプスマホオーバー広告が欲しい。常に一番下に賢くちょこんと鎮座表示されていて、なおかつスクロールの度に別の広告が表示されるやつ。クルクル回るのは気が散るからダメ

ああどっかで使われていたんだよなあああ。それが使えるならブログ移転しても構わない。

2017-04-22

旦那の機嫌が悪い。

旦那の機嫌が悪い。

自分の思い通りに嫁が動かないから。だ。

ことの顛末はこうだ。

旦那ソフトバンクハッピーフライデーを楽しみにしている。今月はタダで31アイスが貰える。

娘と3人で行ってアイスを食べたいのだ。

旦那帰宅後ご飯を食べ、3人で車で10分の31へ行くつもりだった。

私は専業主婦なのでご飯を作り待機する。

しかし、第1のイレギュラー

ここに会議が飛び込んできた。

帰宅は9時になるという。

娘は10時には就寝する。

アイスはもういいよ、仕事帰りに1人で行ってきなよと言ったが娘と3人で食べたいらしい。

仕方ないので、お風呂とご飯を済ませて待機し、アイスを食べ帰ったら子供は就寝。

主人の夕飯はアイスの後となった。

しかしここで第2のイレギュラー

旦那の母と弟がもうすぐ家に来るという。そろそろ晩御飯を作ろうという時間である。手渡したいものがあるらしい。

そこで旦那は以下のようなプラン提案した。

義理義理弟が18時ごろ訪問するので

そのまま21時まで滞在してもらう。

義理弟の車で母、私、子も31まで移動

旦那31で集合、全員ソフトバンクなのでみんなでアイスを食べて解散

しかし、それなら母弟が訪問するまでにお風呂と夕飯の用意をしなければならない。時間がない。

リビングカーテン一枚で繋がった脱衣所で服を脱ぎ、子がいつカーテンヒラリするかわからないドキドキでお風呂に入るのはいやだ。

精神的にも主人不在で3時間滞在しんどい

夕飯を食べていない2人に見つめられながら夕飯を食べなければいけない。

かといって、2人に出す食事材料もない。

それを考慮して、時間がないかしんどいと言って旦那の案を却下

母弟には普通に帰ってもらい、私と子で31に向かい現場集合を提案した。

しかし、別の車でいくのは嫌というので当初の予定通り、旦那帰宅後3人で出かけることになった。

で、結局会議が延期になったので全ては円滑に進んだのだが…

旦那の機嫌が悪い。

俺の言う通りに動けば全てがスムーズ無駄なく動くのに。という。

わたししんどいと言った部分に関してはしんどい理由がわからないらしい。

家族なんだから気を使うなという。

私にとっては家族と言う名の浅い付き合いの人達だ。

俺の言う通りに動かないのは仕事疲れた俺を労っていないからだ。と。

貴方を労ってるから、1人で行ってきなよと言ったし現地集合も提案した。

機嫌の悪い真相はわかってる。

母弟に娘を見せたいのだ。みんなでアイスを食べたいのだ。

なぜそう言わない。

それはあなたわがままだ。私のしんどさは考慮されていない。

俺の提案は俺が幸せになる方法であって、私が幸せになる方法ではない。

2017-04-16

差別者としての日本人 - KLMオランダ航空

数年前になるが欧州を冬の嵐が吹き荒れた。

アムステルダムスキホール空港も嵐の為大混乱していた。

その為、安全上到着後4時間ちかく飛行機の中に閉じ込められた。

その後、バッゲージクレーム荷物を待つが、延々7時間以上も鞄が出てくるのを待つハメに。結局荷物は出て来なくて、手回り品のみでオランダ旅行するハメに。

はいえ、これらの原因は自然災害なので、KLMに責めるつもりは毛頭無い。

許せないのが、空港でのKLM職員対応である

7時間荷物を待っている間、モニターには「準備中」の情報のみ。

その間、10回以上地職員に状況を尋ねたが、

「とにかくこのテーブルで待機しろ

だけだった。

しかし、後から到着した乗客達は鞄を待つ事無くそのまま通り過ぎて行っている。

残っているのは、アジア人ばかり…

その内、同じく5時間以上隣のレーンで待っていた韓国人団体が怒り出してKLM職員に殴りかかっていった。

まあ、このときばかりは韓国人応援したが。

さて、その後ようやく分ったのだが、実は荷物は初めから出てくる予定は無かったのだ。

白人】の乗客には荷物の送り先を申請する用紙が配られていたのだ。

しかも、軽食ドリンクも貰えたのだ。

そんな案内は一切無く、英語での案内も皆無だったと思う。

しかし、20回ちかくKLM職員に尋ねているのに、彼らは誰もマトモに対応してくれなかった。

しかし、白人乗客への態度は明らかに違っていたのだ。

それを知って、普段は仏の私の怒りは爆発した。

一番気の弱そうなKLM若い女性職員を見つけ、これまでの経緯を説明した。

これが正解だった。

彼女はすぐに荷物配送申請用紙をくれ、ホテルまで荷物を送るべく約束してくれた。

何故、こんな簡単な事を彼らはオフィシャルに案内する事ができず、7時間以上も混雑したバッゲージクレームで待たせようとしたのか真意は今も分らない。

しかし、アジア人だけ取り残されたのは単なる偶然か?

アジア人英語が読めない、分らないからか?

少なくとも、私がヒヤリングできる英語の案内は一度も無かった。

後日、市内のホテルから電話KLMに対し、荷物確認を1日3-4回したが、今日にはお届けしますと言い、ついに届く事は無かった。

結局、着替えも無く、歯ブラシも無いまま、パンツも履き替える事無く旅行を終えた。

最終日にKLM

荷物を送ってくれないので、帰国便搭乗前に荷物を受け取りたい」

電話した後に空港に行った。

空港に行き、事情説明すると、大きな体育館のような建物に通された。

その中には何千という荷物の山。

全てにKLMの荷札が貼られていた。

彼らは、はじめから荷物ホテルに送るつもりなど全く無かったのだ。

これは、天災では無く人災である

帰国後、KLMクレーム電話をすると、滞在中に購入した身の回り品は、領収書があれば1日20ユーロを限度にお支払いします。と言われた。

そんな事、現地では誰も説明してくれなかった。

サービスとか機材とかのレベルではない。

本当に酷い目にあった。

2017-04-06

お母さんが安心して仕事を探せるようになってほしいな

先日、3歳の子供を連れて普通ハローワークに行った。うちの子が少しぐずると、スタッフの方に「お子さんがいらっしゃるとあまり長いお話ができないので、どうしましょうか?」と言われ、なんとなく悲しくなって10滞在して帰ってしまったことがある。

この時に、子供がいるとちょっとうるさくても仕方ないとか相手が許してくれるとか、子連れの甘えた感情が私にもあるんだなと、気持ちを改めるいい機会にはなった。

そして数日後、念のため子供は一時保育に預け、1人でマザーズハローワークに行った。働きたいお母さんが、子供を連れて仕事探しができる場所子育て中の人に特化した求人がある場所

子供を連れて来てる人はいたけど、うるさいというわけでもなく、キッズエリアで遊んでいたり、赤ちゃんは眠っていたりした。

そんな中、「お前らうるさいんだよ!こっちは仕事探しに来てるんだぞ!ちょろちょろしてるんじゃねぇよ!!」と子供を振り払いながら怒鳴る女の人がいたので、やんちゃ男の子を持つと、このぐらい怒りたくなる時があるよな、でも公衆の前でここまで自分の子を叱れるってすごいなと思っていた。

でも違ったようだった。叱られていた2.3歳ぐらいの女の子は「ママ〜〜!!」と大泣きしながら違う女の人に抱きついており、怒った女の人には「落ち着きましょう??」とスタッフさん達がが慌ててなだめている感じだった。

その怒った女の人は「いくらマザーズハローワークからってこんなに子供がいたら仕事探しなんできねぇだろ!私間違ったこといってますか??こんな子供がうろうろしていたら仕事探しできないでしょ??こっちは真剣仕事探ししてるんですよ??間違ってますか??」と続けて怒鳴っていた。

私は気分が悪くなってそのまま帰ってしまったんだけど、怒られていた子とママさんは大丈夫かなと、とてつもなく不安になってしまった。

その人は子供を連れてきている感じでは無かったようだけど、マザーズハローワークに来ているからには母親向けの仕事を探しているのだろうし、そこを利用するしかない状況だったんだろうけど…

もう今日みたいな日は運が悪かったってことなのかな〜〜〜〜???子供いなかったら普通ハローワーク使ってくんないかな〜〜???だって私の接客経験上あれこれ言ってもダメ雰囲気のお客さんパターンでずぜ〜〜〜どうすんの〜〜〜???

でもお母さんたちはやっとここでゆっくり仕事を探したり相談ができるんだよ〜〜〜!!助けてくれい!!

っていうなんかとっても叫びたい気持ちになるのでした。

2017-03-31

就活について覚えていること/考えていたこ

 自分就職するのだな、というのが決定的になったのは、大学三年の正月帰省したときだった。そのとき姉は子どもを身ごもっていて、結婚式の準備を進めている時期だったと思う。両親の住む実家はいつになく浮き足だっていて、居間に鎮座した年代物のコンポが機嫌のよい音楽を流しているのを何年ぶりかに聴いたりした。この雰囲気だったら言っても大丈夫だろうかと思った。家に着いたその晩、おそらく姉の結婚式やお腹のなかの子ものことをしばらく話したと思う、そのあとに切り出した。あのさ、大学院に行きたいっちゃけど。

 予想外に、部屋の空気が一瞬で凍りついたのを覚えている。両親は言葉を発さず、コンポから流れる陽気な音楽荒井由実セカンドアルバムの六曲目、あなただけのもの、)がいっきに、なにか強烈な、皮肉めいた疎外感のようなもの演出する異物となって浮き上がった感触があった。しばらくして、母が重々しく口を開いた、なん言いようね、そげんお金なかよ。大学院てなんね。行ってなんすると。もとより自分も、大学院で何か研究したいことがあるわけじゃなかった、研究というのが何をすることなのかもよく分かっていなかった。ただサークルや何やで接する先輩たち、自分より二年間長く学生でいられる、その二年間は就職せずにいられるひとらのことがうらやましかった。その程度の動機だったから、突如として部屋に現れた重苦しい空気を前にして、うっかり声に出した気持ちは途端に冷え切り、しぼんでいった。なんでんなか、分かった。話を逸らすような話題もなく、アルバムが次の曲に行ってしまうまえに居間を出て階段を上がった。あのコンポ音楽を流しているのを聴いたのはそれが最後だったと思う。

  *

 就活はいろいろな街へ行った。下宿していた福岡から、十分な交通費支給されるとき新幹線飛行機LCCはまだなかったから、スカイマーク)で行き、そうでないとき夜行バスで行った。その土地の知人に当てがあれば泊まらせてもらうときもあり、ネットカフェに泊まるときもあった。神戸三宮とか東京蒲田とか、そのころネカフェに泊まったっきり訪れていない街がいくつかある。

 就活にかかる交通費は多くの同級生にとって悩みの種だったと思う。専攻柄、東京一極集中したメディア広告出版関係企業を受けるひとが多かったせいもあったか、とにかくいか交通費破産せず就活を乗り切るかはひとつ重要テーマとして共有されていた記憶がある。自分もそんなに多くの交通費を出せる状況ではなかったので、受ける企業の数をかなり絞っていた。当時の就活サイト提唱する標準的エントリー数は二十社くらいだったけれど、自分は十社も受けなかった。それでも度重なる関西関東への移動はそれなりに負担で、特に東京会社選考が進むたびに片道半日以上かかる夜行バスを往復するのは楽ではなかった。

 夜行バスが発着するのはたいてい新宿西口だった。あるとき、行きのバスに乗っていた添乗員さんと、帰りのバスでも鉢合わせたことがあり、乗り込みざまそのひとが、就活ですか、がんばってね、と声をかけてくれた。あのひとはたぶん、その数日間だけじゃなくてずっと、何十往復も、あの片道半日はかかる夜行バスに乗りつづけていたのだと思う、いまも乗りつづけているかもしれない。西新宿ビル街を歩くと時々そのことを思い出す。

 支給される交通費収入を得るモデルを立てていたひともいた。関東実家や知人のところに滞在しながら、東京会社をたくさん受け、それぞれの会社に対して福岡東京間の交通費申請して利益を得る手法だったと記憶している。あるいは近場であれば、実際には18きっぷで移動しながら新幹線のぶんの交通費を出してもらう方法もあったらしい。これは静岡会社大阪から来ていた子が教えてくれた。会社でいっしょに最終面接を受けたあと、内々定をほのめかす説明会から帰るバスの中でのことだった。その子はすでに他社から内々定を得ていて、ほんとうはそちらに就職するつもりだと言っていた。第一安倍政権ときで、少なくとも経済政策はうまくいっていて売り手市場だったから、そのように交通費収入を得る目的で、実際には就職する気がない企業内々定までを得る学生はその子だけではなかったと思う。二年後にはリーマンショックが起こって、ふたたび新卒市場氷河期を迎えた(らしい)。もし自分大学院に進み、二年後に就活をしていたら、たぶん学部とき受かったところには受かっていなかっただろう。

 職を得るためにスーツを着ることは苦ではなかった。それは公立小学校から高校までをずっと制服で通わなければならなかったのと同じ程度の義務だと思っていた。大卒でそれをしなくてよい人生がどういう仕組みで成り立っているのか、そのころさっぱり想像がつかなかったし、いまでもその仕組みを十全に理解しているとはいいがたい。いずれにせよ、そうしたもの自分には関係のない、自分に与えられた生の可動域からは逸脱するものだと思っていた。もちろん、自分を取り繕って面接官に良い顔をすることとか、所与の経歴と志望動機矛盾なく有効に繋げる作業会社ごとに行うこと、そうした虚飾じみた行為への疲れはあった。リクナビみん就サイトを見るのも好きではなかった。けれど仕方のないことだと思っていた。ほかに生きられる道があるとも思えなかった、だからメンタツも読んだ、SPIも受けた、そうこうしているうち、他人自分矛盾なく説明するために用意したぎりぎり嘘でない物語の数々は、徐々に内面を染めかえ、自分なかに元々あったそれらと区別がつかなくなっていった。照明がおとされた夜行バスの車中で、自分は眠れずによく手を組んで、いろいろな願いごとをしていたけれど、どうか今度の面接が通りますように、内定が取れますように、そういうこともふつうに願った。

  *

 先日、はじめて海外旅行に行った。羽田から仁川経由でニューヨークへ向かう機内の十数時間体験しながら、ああ、これは博多から東京まで夜行バスでかかったのと同じくらいだなと思った。

 夜行バスに乗っていたとき自分にとって、海外旅行宇宙旅行も似たようなものだった。どうせ行けないのだから費用や行きかたなんて調べても意味のない、視界に入れたってしょうがないもの。行けるわけのない外国の遠さよりも、見慣れた田んぼ、そこにある変わらない暮らし、そういったものに思いを馳せるようになるのは、そのとき自分にはごく自然な成り行きだったと思う。だから新宿の街も好きではなかった。東口ネットカフェに泊まったりから歌舞伎町銭湯に入ったりする小旅行を、楽しんではいたけれど、駅の通路浮浪者排泄物のにおいが漂っていたのを強烈に覚えてもいた。長く住むところではないと思った、その都市に、けっきょくいまは福岡下宿していたのよりもずっと長いこと住んでいる。

 去年はじめて実際に調べた、二月のヨーロッパアメリカへ渡る往復航空券の値段は、盆や正月ラッシュのなかを新幹線実家に戻るのと大差がなかった。どうせ行けるわけがない、他に選べる道もない、と見過ごしてきたものごとの数を考えた。けれど、そのときはたしかに、それが自分の視界に映るもののすべてだった。その視界が十分に広くなかったとして、いまを測るための物差しとしては省みることかもしれない、けれど責められるものではない。いまとむかしの自分は違う、同じものでない、そのことは互いの存在を妨げない。一応は自分お金大学院を出て一年が過ぎ、将来の自分から先借りしているお金を返しはじめて半年が過ぎたいまはそう思っている。

2017-03-28

てるみくらぶ破産

 「てるみくらぶ」は、すでに航空券を受け取っていても、現地で宿泊できないなどのトラブル可能性があるとして、

渡航を控えるよう呼びかけている。一方で、すでに海外出国した人については、

自力対処してもらうしかないとしている。

さらに、社長経営判断ミスが今回の事態を招いたのかと問われ、山田社長は「はい、まさしくそうでございます」と答えた。

観光庁は、26日の時点で「てるみくらぶ」の客約2500人が38の国と地域滞在しているとし、

安全帰国できるよう対応を急いでいます

旅行会社チケット手配して、海外に行ってる間に旅行会社破産して、

ホテルが泊まれないとか、現代日本で起こり得ることなのかと思わず笑っちゃう

2017-03-26

うわ。子供の送迎するママドライバーをよく見かけるせいか

無意識運転ってママがやるもんだと思って読んでたわ

バイアス入っちゃうもんだね




読んでないと思うけど追記

うわあ思い込みも甚だしいよ自分!恥!的な「うわ」だったんだが何かカンに触ったようですまんな…?

自分は車の話のトラバには参加してない、同じ時間滞在してた増田

2017-03-22

アパレルショップ店長だけど、何か接客販売に対して質問ある?・追加2

http://anond.hatelabo.jp/20170321193517

たくさんのブコメ本当にありがとうございます現在休みです。

答えられる限り答えていきます

Q. なんでどこの店の女子店員も「いらっしゃいまへぇ〜ぇ」って変な発声法で声出ししてんの? 業界マニュアルでもあるの?

A. 対象年齢・商品単価の低い店はその傾向なのではないだろうか。

 商品単価の低い店は入客数を促して客単価の低さを客数と点数で稼いで売り上げを取らなければならないので、店内に「活気だし」が必要となる。

 で、「いらっしゃいませ」のテンションが異様に高くなってしまい、ああい発声に…と予測している。

 ちなみに自店では落ついた声で、心地よくタイミング良い「いらっしゃいませ」を徹底している。

 ああい発声したらぶん殴る(それは嘘だが)。

Q. 声かけられるのが嫌だから入りづらくて客足が減っているという可能性は検証しないのかな。。声かけ不要ゆっくり選びたい人用の袋とか用意して欲しい。

A. 当然、その可能性が一番店としは痛手だ…「だから通販で買います」とブコメで書かれてるの見ると、今後の自店の声がけのあり方にも生かしていきたい。

 冒頭のインパクトを狙って書いているため、キツめの表現で、声がけの裏の目的からズバッと書いてしまったが、

 なるべくお客様に圧迫にならないよう自然に。お客様がある程度自然に何かの商品に興味を持ってくれる段階まで滞在してから、声がけするのがベストだと肝に命じている。

 そのためのロープレ(店員同士の接客模擬)も日々行い、検証している。

 ただ、自然お客様が興味を持つまで待っていると、自店のような広い路面店ならともかく、

 キャパの狭い店舗(駅ビルなど)ではどんどん入店してはすぐ出て行く…の繰り返しになってしまい、

 営業時間終了までに誰も残りませんでした…って状態マジであり得る。

 これは店に一週間立ってもらえれば、実感できると思う。

 商品力や訴求力店舗造作PRだけではどうにもならない部分を、販売の力でどうにかするのが自分たち仕事なのだ

 早い段階での声がけが、ある程度必要になる。

 あと、万引き防止という重要な側面も持つ。実は非常に万引き被害がどの店舗どのブランドでもわりと甚大。

 そして、万引きさるとスタッフ監督責任として上から問われてしまう。

 なので声がけしてお客様に「見られている」意識を持ってもらうことも必要なんだ。

Q. アパレル接客ならUNIQLO理想。ウザ絡みしてこないし、こちらから声をかけるとすごく親切に笑顔でハキハ接客してくれる。

A. それが出来るのはユニクロの一点単価の低さと商品数の膨大さと入客数の桁が違う「ファストファッション」の形態から

 「お客様決断までさほど悩まない単価」であればそれができるのだが、

 一点単価が万越えする商品を揃えている店舗では、興味を持ってもらうために、

 丁寧な使用説明や「なぜこの値段なのか」「なぜこのデザインなのか」を、キチンとわかってもらう必要がある。

 単価が10万超えると買う客層が全く変わってくるので話はまた変わるが、

 1〜10万ぐらいの商品を主力として扱う店での買い物の決断って、競合が多い上に一番時間がかかるのだ。

 ファストファションが今の時代に受けている理由というのも、こちらも十二分に理解している。

 自分たち仕事はこの先、形を大きく変えて淘汰されていくのだろうと思ってる。

Q. 「自分コミュ力がある」「人と接するのが好き」と言うヤツに限って、ものすごいスピードでこの仕事を辞めていく""人も育つ前に見切りつけて、猛スピードでどんどん辞めていく。"転職先がすぐ見つかるだけでは

A. そう取られてしまうのはいまのアパレル販売離職率だと本当に仕方がないが、最初から「コミョ力がある」とアピールしてくる人に対しては割と疑ってかかっている。

 あ、これ自分性格が悪いだけか。

 

2017-03-19

Tokyo

東京といえば真っ先に浮かんでくるのは、むかし住んでいた山手線内側のアパートマンションという名前だったが4階建てのそれはその前後に住んだアパートと何ら変わりなかった)の管理人をやってたばあさんだ。管理人と言いながらたぶんそのマンションを立てたのはばあさんで、つまり東京土着の地主だ。だが、ばあさんからはそんな裕福な雰囲気は一切漂ってこなかった。土建関係仕事一家でやっていたからそこそこ儲け話もあったと思うのだが、それ以上に出来の悪い孫達の持ち出しが多いようだった。

このばあさん、戦後復興期に男どもに混じって現場叩き上げてきた強者で、30年前の当時でさえ、真っ昼間からもろ肌脱いで船に入れたセメントを捏ねている豪の者だった。垂乳根が丸見えでも気にしないで、通りがかりの私に「おう!」とか声をかけてくる。こっちはビビってしまって声も出ない。

その近所の魚屋で、よく100円のアジのひらきを買った。その魚屋、その周辺の高級住宅の御用聞きで経営を立てていて、別に100円の干物など売る必要はなかった。一心太助のように「今日タイのいいのが入ったからお持ちしましたよ」みたいに訪問してはその場で「お造りしましょう」と包丁さばきを見せる。そういう仕事なのに、律儀に店の前でアジのひらきを干していた。私はその100円のアジ以外買ったことはなかったが、よく「これもってきなよ」と、それ以上に高級なオマケを付けてくれた。

秋に早朝の公園に行くと、銀杏を拾いに来ている人を見た。毎年来るのだそうだ。古木となった銀杏の木と同じくらいむしから、ずっとその公園には銀杏を拾う人がやってくる。

私にとって東京とはそういうところだ。おしゃれな街でも夢が詰まった街でもない。土着の人々がむかしからの暮らしを立てている場所だ。そこに通りすがりとして、私のようなよそ者が数年とか10年とか、あるいは数十年とか一生とか滞在する。その通りすがりが、いつかは東京の一部になるのだろう。

そうやって街は続いていく。

http://anond.hatelabo.jp/20170319001055

2017-03-10

これまでの増田記事を全部撤回したい…

はてなに戻ると、はてな匿名ダイアリー通称増田)へ行き、脱糞記事群を読んだ。


途中、日本を殺したそうな若い母親保育園に入れなかったとおぼしき子供を連れてきた。彼女は息子に「いい? すごく残酷創作実話があるから、イヤだったら見ないでね」と注意しながら、夫婦仲について書かれた小町的な数々の名記事からめて脱糞真実を息子に伝えようとしていた。私はその親子の姿になぜか、妻と娘を重ねてしまった。


ブコメで、増田ブクマカサバカリ―氏から詳しい解説を受けたのだが、「脱糞について知らないことがこれほどまでに多かったのか」と絶望的な気持ちになった。元々、まとめサイト記事を流し読みするかのごとく15分ほどいれば良いかと思っていたのだが、気がつくと便座に1時間30分も座っていた。便秘心配だ。


ここ10年ほどの脱糞をめぐる騒動なども多数の写真とともに紹介されていた。はてな研究所はてラボ)の理事長しなもん(元・犬)は、はてなのえらいひとに対して公開請求を行い、埋もれた良糞記事を多数手に入れたそうだ。すさまじき便意である


滞在の終盤、私はどうにもこうにも情けない気持ちになってしまった。

もはや友人であるXevra氏に思いの丈をぶつけなければ平静を保てない状態になっていた。サバカリー氏がブコメを打っている最中、Xevra氏に「こっちに来てくれ」と言い、胸の内を打ち明けた。


「エグゼブラさん、オレはもうダメだ」


Xevra:「ただしい読みはゼヴラだ。どうしたの」


「正直、オレは日本で最も多くの増田執筆してきた人間だと思う」


Xevra:「うん、病気だね」


「オレは多分、この8年間で12万以上のブクマを稼いだけど、脱糞タグのついた記事検索してみて、すべてがぶっ壊された感覚を味わってしまったんだ。いかに浅い知識をもとに、増田という本来は重い業務をやってきたのか、と。

今、こうしてこの地にいて色々な話を聞くと、これまでの増田記事を全部撤回したい気持ちになったし、もっと言うと、誰が書いたものであれ、ほぼ全部の増田撤回したい気持ちになった。こんなサイト存在すべきじゃないんだ。去年はちょっとみんなにウケた記事があったんで、こんな糞溜めにも社会を変える力はあるんだ、存在意義はあるんだと勘違いしてしまったけど……ほんとうはあの記事を含めてすべての増田がクソなんだ。すべての増田ウンコ製造機なんだ。


毎水曜毎水曜、ただ惰性のようにすいすいしていたことが実に虚しくなってしまった。一体これまで何をやっていたのかね……。もうオレは廃業しなくちゃいけないのかな」


Xevra:「いや、それは違う。オレだって3年前に増田に来て、おまえが味わったような感覚はたぶん一生わからないしわかるつもりもないが、こうやって野菜毎日350g摂って瞑想睡眠をやることが大事なんだよ。そして、この増田存在も含めて、アジコ君は自分のやり方で皆に伝えればいいんじゃないかな」


その後、私は自分ブログで感極まりはてなネタマンガを流した。




こども:「――それが2014年9月。お父さんが『はてな村奇譚』を連載しはじめたときのことだったんですね」

アジコ:「そうだ。私はそれから一日たりとも350gの野菜瞑想と適度な睡眠を欠かしたことはない。わたし健康になった。わたし健全になった。だが、わたしは――健常だろうか? それだけがからない。月に1500本の脱糞記事を量産しつづける増田たちの姿を見たとき気持ちは、おなじ体験をしたものしかからないだろう。わたしは、彼らを度し難いと感じると同時に、理解したいとおもった。そのためにはまず、インターネットを、はてな理解することからはじめねばならなかったのだ」

こども:「そして、『それ』は完成した」

アジコ:「そうだ。『それ』こそすべての増田を終わらせる記事だ。夫婦ネタも、政治ネタも、保育園ネタも、内部告発ネタも、すいようびも、パンチラ感想も、脱糞も、すべての増田データの塵に還すための最終兵器

こども:「『おっぱいと私。』」

アジコ:「地には平和を。」

こども:「きみたちにはおっぱいを」

アジコ:「すべての増田たちに、おめでとう、おめでとう、おめでとう」

<完>

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304153852

自営だけれど、個人的12月1月2月は似たような感じでほぼ仕事しないので

沖縄マンスリーマンション借りて滞在したこともある

でも正直やること変わらないんだよね、暖かいはいえ海に入れるわけでもなく

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303184433

つか大元見れば、同級生で省庁とか行くのが普通にいるような大学東大?)卒で

海外赴任しているような女が前提の話だろ?

それが何故いつ転落してもおかしくないとかいう話になるのか

そりゃ海外在住ってだけなら底辺を見ればそういうのもいるだろうが(それこそ違法滞在違法バイトで食ってるなんてのみたいに)、

そんなのが前提の話じゃないだろうに

http://anond.hatelabo.jp/20170303183117

海外独身生活出来る時点で、結婚しなくても生活困らない立場である事は確実だろ

それとも観光ビザ入国して違法滞在しながらバイトで食いつないでるようなアレな人を想像してるのかなあ

2017-02-27

マカオ旅行備忘録 サウナ

No.1 サウナ 多分24時間営業

以下のサービスのみなら800HKD≒12000円

 ソフトドリンク食事無料

 12時間滞在可 リクライニングソファ

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 足・顔などの一部のマッサージ +220HKD→クーポンあればタダ ホテルの人に聞いてみよう

 男女問わず上手.

風俗サービス→こちらを選べば上記800HKDは不要プレイが終わっても12時間滞在

 全身マッサージ 上海式・中式 1200HKD≒18000円 手コキ付き.

ショータイム タダ 水着女の子20人くらい出てくる

 選んだらマッサージ・洗体・生フェラセックス1回で60分

 中国台湾ベトナム人  2000HKD≒30000円

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 日本韓国人 4200HKD≒63000円

 嬢は基本的中国語広東語?),時々英語が喋れる

2017-02-21

上野千鶴子の勝ち!

http://synodos.jp/politics/19136

これ読んでおかしいなと思った点

労働力の確保はもはや手遅れ気味ではあるが――現状、米仏独と異なり、日本に来る金銭的・社会的メリットがもはやなさすぎるので、そこのあたりのちゃんとした待遇権利保障教育システム、多様な職種生き方が併存可能な形を整え――移民外国人労働者三顧の礼できていただくしかない。

移民が来たら、賃上げが難しくなるのでは?

しろ「安い賃金で働く移民」が大勢いるのだから企業賃金を低く抑えることが出来てしまう。

日本人が働き口を見つけるには、更に低い賃金で働くときだけで、可処分所得が一向に増えない状況が生まれしまうが、そんな社会は望ましいだろうか?

それでもまだ来たいと言ってくれているひとたちがいる。来てくれているひとたちがいる。そして、なにより実際に来ているひとたちがいる。

そして実際に移民が大量流入したら、失業率悪化したり、親の貧困を引き継いだ格差が広がる一方だろう。それこそ、新自由主義の負の側面以外何者でもない。

上野氏は新自由主義者である

北田暁大さんは、そう言うが、それ逆じゃないの?

 

治安に関しても疑問が。

外国まれ人口比」に関しては、日本OECD先進国のなかでは実質的に最低の数値、1%ほどにとどまる。独米英仏のように10%を超える状況にはなっておらず、治安の悪化心配するような段階にすら到達していない。

経済状況が悪化すれば、外国人滞在者、移民存在関係なく、犯罪率は高まる

敗戦直後、日本治安が良かったなんてどのデータをみたらいえるのか、「昭和30年代」がどれだけ貧しく犯罪の多い社会であったのか、お忘れになったのか。

移民を入れたら、その「昭和30年代」がやってくるかもしれないじゃん。移民に職を奪われ、働いても給料が増えない日本人が、清く正しく生きようとするかね?

上野さんとも北田さんとも違う意見かもしれないが、移民大量流入後の日本でもし治安悪化したら、その主役は移民じゃなく無職日本人だと思うよ。

 

北田さんの考えに同調できる部分もある。

世代間再配分を果たそうにも多くの団塊世代にはそれが難しい。貯蓄額・資産の大きい人びとの資産が、社会的な再配分に向かっていない状況は、上野自身が属する「団塊世代内での断絶を示している。「逃げ切れる団塊」などほんの一握りの人たちであり、そうしたなかで「おひとりさま」などと提唱するのは、社会政策としては絵空事に近く、再配分をなにも考えていないことの証左である

「清く貧しく」というのは「勝ち組」の余暇、娯楽にすぎない。高層マンション生活に退屈した小金持ちの道楽だ。

でもさ、

どれだけ上野氏をはじめとした左派が「アベノミクス」を否定しようと、ここ数年の新卒就職率は高卒大卒ともだいぶ改善されており、ご存知の通り大学院志願者は低減傾向にある。

これって仮に移民が来ても、就職率の改善維持は実現可能なの?

上野さんがお花畑なのはそうだとして、北田さんだって花畑でしょ。

それを踏まえて言えば、移民制限して、何とか国内で再分配を苦しんででもやるしかないよ。

それをやらないで移民を入れても、分配の議論が混乱するだけだよ。

そんなことを思いました丸

2017-02-13

もうあのカフェに行けないな

うつ病会社休職している。

復職して再発し、再休職である

病状はよくなったり悪くなったり。一日中、何もする気力がなく寝込んでしまったり、友達と会う約束をしていたのにどうしても立ち上がって出かけることができない、という日もあれば、一日普通に過ごせる日もある。

でも、最近調子がよいと感じる日が増えてきて、少しずつ回復を実感してきている。以前には、ただ食べて寝て、少し家事をして生きているだけでせいいっぱいと感じていたときがあったけれど、今はちゃんとしなければと気力が出てきている。

今日復職の前段階として、9-17時くらいの間、外に出て頭を動かすことをしてみようと思った。朝から午後過ぎまではハンバーガーチェーン店で、午後2時くらいから近所のカフェで過ごした。

午後のカフェ個人経営のすごく素敵なカフェなのだけれど、平日はお昼時以外は客はまばらだ。

とても居心地がよく、休職の期間中、かなりの時間を過ごした。

平日の昼間に長時間滞在している私を、お店の人はいったい何をやってる人なのだろうと不審に思うだろうか。

最近、そのカフェで本を読んでいると、コーヒーを運んできたお店の人がなんとなく本をのぞきこんでいるような気配を感じた。

時間滞在するときは、追加注文することが多かった。単純に甘いものを食べたくなったり飲みものを飲みたくなったりする、ということもあるし、なんとなくお店に滞在している分お支払いしないと申し訳なく思う気持ちもあった。

ただ、最近休職期間が長引いてきて、少し節約しないといけない、という気持ちが芽生え始めていた。

今日ははじめに食事コーヒーを頼んだ後は何も頼まず、夕方まで本を読んだりタブレットで調べものをしたりして滞在していた。

夕方、お店の人が交代のとき、話している声が聞こえてきた。「.....仕事してるんだ.....しょうがないのかなあ」「wwwwwwww」もしかしたら、カフェにずっと居座る私を批難しているのだろうか。

カフェ経営的には、勉強仕事で長時間居座られるのは回転率が悪くなって困りものだという記事を以前どこかで読んだ。

でも、私が今日いたときカフェは空席が多かった。私が居座っても居座らなくても、他のお客さんの入りは変わらない。

会計とき、ふだんは友好的な雰囲気のお店の人がやけに不機嫌で敵意を示しているように感じた。

お仕事休みなんですか?」そう聞いてくれたら「実は今休職中で、、」などと話すだろう。特に話して支障があることもない。でも、お店の人は無駄に話しかけたりはしないタイプの人だ。私だって、きっと平日昼間からフラフラしてて何してる人なんだろう、と不審に思われているんじゃないかと思いつつも、聞かれもしないのに自分のことをぺらぺら話すタイプではない。

しかしたら、全ては自分の罪悪感から思い込んだことで、勘違いかもしれない。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

なんにしてもしばらくあのお店は行きづらくなってしまった。

だいたい、お会計ときに、お店の人に批難されているように感じたなら、「いつも長居していてすみません〜」などと言えばよかったのだ。そうすれば、「あ、いえいえ大丈夫ですよ。」とか「混む時間帯は遠慮してもらいたいんですよ」とか、お店の人の考えもわかっただろうし、変なきまずさを残すこともなかっただろう。

でも、そういう、対人で予想外の状況が起こったときにとっさに対応する、ということができないのが私なのだ。一人になってから、あのときはあのように反応すべきだったなと思うが後の祭、というのが日常茶飯なのだ

2017-02-12

3回目 ラスト 印象と感想

一旦投稿


毬が転がった後の暗転が、すごく暗闇。DVD撮影日、最前列、と見たので、今まで実はそんな暗くなかった。

ほぼ最後尾だったので、暗闇がすごかった。

その暗闇から「不幸という言葉が…」という一説(長い)(日本どうこうまで入るよ)が聞こえると、井戸の中で亡くなったものの嘆きに聞こえます

場所紀州の孤島。「ここが最後場所」と言う。物語最後場所であるらしい。

ちなみに舞台では紀州の孤島の諸戸屋敷改装しているとやはり最後に言っている。

亡くなられた方が、私たちのいる現代に帰ってこられて、語られているようす。

鬼のことは姿が見えないという。

どうにも諸戸の最後手紙に苦しんだという旨かのような発言に聞こえる。暗記できない…

なんというか簑浦と諸戸やはりお亡くなりになっていて一緒にいる。

私は学生時代の簑浦が「あつい手だね」と言ったこと、~`,+@~若いから嫌悪感なかったということなど、『私』の簑浦は諸戸との恋愛にどうしても繋げてしまう。

というか、学生時代の終わった恋の簑浦、諸戸との友情箕浦というのは、状況的にはスッキリする。いや心理的にもそうなのだけど、後半の解釈がうまくゆかぬのだ…

箕浦「ここからは僕の物語」が、おそらくセリフとして正しいはず。毎日稽古しているようだけどセリフ変わってたらどうしよう…見る回によって難易度違うのは勘弁してほしい…

役者以上に完全に登場キャラクターだよなあこれは。

から結構衝撃だった。

よくよく聞いてないと本当に流してしまう…

諸戸との再会は初代さんちで深山木さんもいる時でしたね。

作中で声が重なるのは4回。

  • あつい手だね
  • ヒグチ?
  • 早くないですか?
  • 僕の(お前の)母親だよ

最初最後はわかる。まん中二つがわからん

「早くないですか」は、もっと諸戸と話したかった(のに邪魔された)という意味

ヒグチは初代と秀子…あ~

言葉に二重の意味がある時に同時に話すのか? いや、私は原作からも「あつい手」を二人が同時に感じる相思相愛エロチシズム表現だと解釈している。これはハッピーエンドを目指すとき絶対に揺るがせない。

私>箕浦って世界への権力差は確実にある。これがな~どこまでを私とし箕浦とするか、というのが厄介にさせている。

いや逆か。おそらくどこかに数式の解があって、それであるならすべて説明可能になるように設定の証拠が上演されているのだ。

『私』と諸戸だと共犯関係のような雰囲気を感じるけれど、箕浦と諸戸は親しく親密にしていてもどこか絶対の別個体感があったんだけどなぁ。う~ん…印象に補正かけている気もする。

諸戸と箕浦萌えるのって、それこそ不倫の恋のように感じて抵抗がある。初代から秀ちゃんに心変わりすることを「恥はないのか」と責めることと、まったく同じ事象が「箕浦が諸戸に心変わりした」という場面でも発生すると思うのだ。

諸戸と箕浦身長であるとか、近い距離感であるとか、激情を秘めた哀しみのHSK×鈍感素直な陽属性ノンケという組合せだとか、萌えなくはないのだけど…ってあーーーー!

これが「諸戸と簑浦は何かへんだぞ」か! そして箕浦完璧ノンケの態度しかとっておらず、盗み見たり接触しようとしたり近い距離にドキドキしていそうなのは、変なのは諸戸の方だ!

学生時代の再来ではないか

そうだ、二回聞いたなと思っていたのはここだ。学生時代の思い出語りで諸戸の友愛や親切に感謝していると『私』は言い募るのだ。セリフの仔細はちがうだろうけど、井戸で襲われかけている時も『私』はそう募る。

どうにも『私』は諸戸と恋愛できる可能性を抱えているように見えてしかたなく…やはり手を握り返さな箕浦に驚いて『私』を見るシーンの解釈が…

あれは握り返すより握り返さない方がエロくないか…?

あれ?もしかして再会してから、諸戸が初めて『私』を見たのがあの時か!?

ねえそれなら、諸戸は「手を握り返されられない」ことに『私』=簑浦の中にある恋の種に気付いたのではないか

から諸戸に見られた『私』は顔を背けその瞬間箕浦は手を握るんじゃないか

恋する人格から初代さんの名前も呼ぶ…?

ああそうか、もし諸戸が自分の身を恋に燃えるイドと美しい友情超自我に分けられたなら…

箕浦が居ないときに『私』と話していたり、

五郎滞在していけと言われた時、諸戸は先に『私』を見て「だってさ。」と言い、それから箕浦を見ている。

秀ちゃんが吉ちゃんの手を自分の胸にやるシーン。あそこは死んでしまいたいというセリフだっけ? 井戸の中で諸戸と死ぬことを受け入れた箕浦は、抱き締める諸戸の手をどうした?

あの時は吉ちゃんは発情していなかった。だから胸に手をやるのは凌辱表現ではなく、秀ちゃんによる吉ちゃんの受容だったのでは。セリフはなんだったか

《みのうら》している箕浦は、諸戸の回想とか見えていない。だから語っている諸戸を見ている。『私』には諸戸の回想が諸戸と同じように見えている。

そう、秀ちゃんに恋したところを見咎める諸戸、めっちゃ非難する諸戸、あれって諸戸よりももう一人の自分みたいだったんだ。ある意味箕浦に似ていた、諸戸とは少し違わなかった?

私、簑浦が同性愛否定するようになったのはあの夜以降で、その倫理形成は諸戸だったのではと思うの。超自我教育で培われるでしょ、簑浦の同性愛嫌悪はそのまま自己否定する諸戸のようだと思うの。

「君は嫉妬しているの?」ってセリフ、あれはああ言うしかない会話の流れででもそしたら嫉妬しているって答えるしかなくてじゃあ今こそ受け入れてくれるの?って流れになるに決まってて…って思うんだけど、そこでも簑浦は友情しか受け取らない…「うん秀ちゃんが無事で嬉しい」って言えばよかったの?

あさましい!」と叫んで振り切って、「(原作セリフ) 死んでたまるか!まっぴらごめんだ!」と

2017-02-09

海外在住15年超だけど在住者(帰国者)は3パターンに分かれる。

海外滞在歴(その国)3年未満 = 外国最高!最高の国!属性 学生ワーホリ

海外滞在歴(その国)3年超-7年未満 = ん。。。この国ってもしかしてここがダメじゃね?反日じゃね?日本マンセー日本最高! 属性 現地人との結婚就職など

海外滞在歴(その国)7年超 = ようやく日本とその国を両方をまともに評価できるようになり、両方のコンテンツを「ふふっ」と流すことが出来る。属性 悟りを開いて覚悟を決めた人

2017-02-03

統合失調症の母をついに入院させた話

先日、独居状態の高齢者である統合失調症の母をついに入院させた。

発症から入院までおよそ四半世紀程かかった。

ここ1年程で近隣とのトラブルが増え、ここ数カ月は週に一度のペースで警察からトラブル報告の電話が来て謝罪に行く日々だった。

そこで「医療保護入院」という形で、本人の了解なしに家族同意により強制的入院を行った。

「こんな長い期間なんで放っておいたんだ」「お前の責任でもあるだろう」という声もあるだろうが、

自分気持ちを整理する意味でもこれまでの経緯を書く。

母は兼ねてより気性の激しい性格で、自分の行動が間違っていると思う事がなく、謝罪したことを見たことがない。

興奮すると激しく怒鳴り散らし、強い言葉で他人を攻撃する人であった。

日常的に暴力を振る事はあまりなかったが、私は10歳になるまではかなり厳しく躾をされ、

時間以上正座状態で延々怒鳴りつけられ、時に激しく叩かれて育った記憶がある。

母は父方が信仰している宗教を激しく嫌っていた。

父が私と弟を連れ、父方の実家や親戚宅に遊びに行く際に、母がついて行くことは殆ど無く、

「もし宗教の勧誘があっても絶対に断れ!」「あれは怖い宗教だ!」と念押しをされていた。

たまに母も父方の実家に来たことがあるが、その際は私も母の影響で、事件が起こることを恐れずっと緊張していた。

夏休みの子どもだけの楽しい父方の親戚宅の滞在は、いつも怖い出来事が起こるのではないかという思いとセットだったが、

母が懸念するような出来事は一度も起きた事が無かった。

そのうち父の浮気を母が疑う様になり、夫婦喧嘩が絶えなくなり、別居となったのが私が10歳の頃

別居寸前の激しい言い争いの末、兄弟二人に「お前らは父と母、どっちに付いて行くのか」と問われた際、

「両親が分かれて暮らすことが嫌だ」と泣きながら主張した事を覚えている。

しかしその頃、私は母の影響を強く受け、父を慕いつつも、母の想像上の悪人である父を恐れていた事もあり、

母方の祖母宅傍に、母と二人で移り住む事となった。そして弟は父に付き、これまでの家に残る事になる。

専業主婦だった母は別居後、販売員仕事を始め親子二人の生活が数年続いた。

そして事あるごとに父の悪口とありもしない怖さを母から聞かされて育った。

余談だが、私は小学1年生から激しいいじめを受けており、別居で引っ越した後もいじめは続き、当時はかなりつらい人生だった。

ある日、私の学校開校記念日と、母の休日が重なった日に、思いつきで弟に会いに行こうか?

という話になり、離婚調停最中に、小学校の校門から出てきた弟をそのまま家に連れてきてしまった事がある。

再開を喜んだ夜になって慌てて父が家にやってきたが、母は玄関の鍵を開ける事なく、父を激しく責め

自分の非は一切認めずそのまま追い返してしまった。結局、その日から狭い借家に母と弟で3人で住むことになり後に離婚が決定する。

中学生の頃、私に激しい反抗期が起こる。これまで母の言いなりであった状態から、徐々に物事を相対的に見れる様に

なってきてから、今までの反動もあり様々な出来事から私は母を強く嫌う様になった。そしてこの感情はいまだに消えることが無い。

対照的に母は会えない期間のあった弟へ強く愛情を注ぐようになる。

私の事には無関心ながらも「高校を出たら最低限の勉強だけして就職して早く家に金を入れる様にしろ。」と言われていた。

しかし弟はスポーツに才能を見出し、なんとか母が体育系の大学に行かせていた。私は母を恨み、弟を羨んでいた。

母が徐々におかしくなっていったのはこの頃だったろうか。

仕事上での人間関係トラブルの話は祖母しょっちゅうしていたが、相変わらず対立する相手を悪くいう事がほとんどだった。

その内、「誰かと話をしている際に、嫌な同僚が盗み聞きをして事情を知っているのでは?」と言い出し、

次第に「盗聴しているんじゃないか?」と言い始めた。そして話の中で彼女の敵になる人間が徐々に増えて行った。

しかし私は「元々の激しい性格と強い猜疑心が招いたいつもの奴だろう」位にうんざりする程度で聞いており、

しばらくは家族親族の誰もが病気可能であることを疑う事はなかった。

就職してしばらくは生活費を払っていたが、とにかくそんな母と一緒に生活をしたくなかったので、

近所に一人暮らしをする事になった。母は「今の仕事がどうなるかわからいか一人暮らしはしないでくれ」と言っていたが

自分性格が招いた結果だと思い、無視して家を出た。そして私は実家生活費を払う事をしなくなった。

近所ではあるが、母と弟と会う事や話すことを極力避けた生活が続く。

母は仕事を辞めパートをするようになった、この頃から私は近所に住んでいた弟や祖母や親戚とも疎遠になる。

しばらくしてカートを引いて歩く母と会う事たまにがあったが、嫌っていたこともあり

まり会話をすることもなかった。

しかし、あれは確実に症状が進行し言動おかしくなり、徘徊をする様になった異常な母だった。

私が母の異常性を指摘すると激高して怒り、頑なに否定した。また、私自身も子供の頃からの嫌いな母と向き合う事になり、

落ち着いて説得することができず感情的しか対応できなかった。

その様な事実に気付きながら、私は再就職先が通勤で遠かった事もあり、実家の傍を離れる事となる。

弟や親戚が母をなんとかしてくれる。自分はあの家族とは関わりたく無い、という思いがあった。

おそらくこの頃の弟の絶望感は想像をするに余りある。体の故障体育大学中退した彼は、徐々に壊れて行く母と二人暮らしを続け、

アルバイトをしながら、母の生活費もまかなっていた。

兄や父には頼れない、母の兄弟である親戚の中でも、母は鬼の子の様な扱いだった為か、親戚にも相談できなかったのだろうと思う。

そして次第に彼も家に帰る事を避ける様になったという。 昼夜の境無しに恨み事と自分が狙われている妄想を、

弟が寝ていようがお構いなしに呪詛の様に話し続けるのに耐えられなかったのだろう。

彼は一時はカルト宗教に通った事もあったそうだ。

その頃私は都内仕事好調彼女もできたが、人間関係の立ち回りで失敗し、今思えば鬱の症状を発症し、結果解雇される事になる。

その後も自営業再就職をするが、運が悪いのか、決定的に欠けた何かがあるのか。最初は順調に勤めても何故か数年すると

上手く行かない状態が何度も続き今に至っている。

幼少期から自己肯定感は低い方だったが、今では自己肯定できる理由さらに少ない人間になってしまい、死を考える日も増える様になった。

しかしこんな私を慕ってくれるパートナーをこれ以上悲しませたく無いというのが、生きる理由になりつつある。

この頃は母の症状もかなり進行しており、必要のないものを買い込み家が物で溢れ、荒れ放題であった。

何年かすると賃貸住宅を出ないといけない状況が何度か続く、弟に頼まれ引っ越しの手伝いをしたこともあった。

普段弟は殆ど家に寄り付かず、母は近所では有名人であった様だ。

しかし何故か日常生活を一人で行うことには支障がなく、買い物や家事などは全て一人でこなせる状態で、

支給された年金と弟の援助で生活を続けていた。風変りな半独居老人しかなかった。

徘徊を行い細かなトラブルはあったではあろうが、周囲に大きな迷惑をかけることはなかったらしい。

ただし、自分が襲われ被害に遭う妄想は常にある為、頻繁な110番通報派出所に入り浸り被害妄想を延々しゃべり続ける事は

しょっちゅうだった様だ。たぶん地域警察官の中でもやっかい有名人であったと思う。

その点では心あたりのある警察官の方には大変申し訳なく思ってる。

仕事はい私たち同様、制度の穴で苦労を強いられる人々であることに変わりはない。

ラバラの家族に転機が訪れたのは、今から数年前に弟に彼女が出来た事がきっかけだった。

母の住む家に通える距離にある、彼女の家で生活を始め、近く家庭を持つ事を報告してくれた。

彼女は大きな困難を乗り越え成功を収めた家で育ち、弟にはもったいない程の素敵な相手だった。

そして彼の子どもが授かった事をきっかけに、母を何とかしなければ、という兄弟での協力体制が築かれる事になった。

これより以前に、弟が役所や医師に相談したこともあったそうだが、散々たらい回しにされ出てきた結論は、

本人に自分病気だという意識病識)が無いと、精神科への通院もできないし治療もできないとの事だった。

そして母の症状は強い猜疑心が伴う為「薬に毒が混入している」「過去に薬で体をおかしくされている」

という妄想を持っており、通院・投薬が難しい状態だった。

入院させるにも費用が高額な為、ワーキングプア状態では結局どうにもならなく何もできない、という結論に達していたようだ。

私も色々調べたが、実際、統合失調症がある程度進行した状態で、病識は無いが日常生活可能しかし治療を拒む状態だと、

いわゆるグレーソーンとなり、周囲の人間お金が無いとどうにもならない状態だった。

そしてこの結論はここ数年、兄弟二人で対処した際にも全く同じ結論にしかならなかった。

いくつかの精神科を兄弟で相談に回ったが、どこもまず本人を連れてこないと話にならない、という結論だった。

また、症状が出てから経過年数が長く比較的症状が重い為、どこも受診を嫌がる兆候があった。

そこで「健康診断に行こう」と言いつつ近くの総合病院に連れて行き、そこにあった精神科も同時に始めての受診をさせた。

はらはらしながらの受診だったが、精神科医統合失調症と病名を告げられても理解が出来ていない様子だった。

母無しで医師に相談した際、入院相談等もしたが、否定的な答えしか戻って来ず、投薬しても発症から長期経過している為、

回復はほとんど見込めない旨。どこも満床ベットが空くまで場合によって半年以上待つことになる旨。

入院には大変お金がかかる。月30万位は行く、生活が苦しいと難しいよねという旨を伝えられ。まるで軽くあしらわれているかの様だった。

今ならわかるが、この医師からケースワーカー存在を紹介されることもなく、国立や県立病院可能性を教えてもらう事もなかった。

自分の事を棚に上げてあえて言うが、面倒事を何とか避けようとしかしなった、この医師の仕事に対する姿勢を私はいまだに腹立たしく思っている。

それでもこちらから持ち掛けた話で、弟が与える健康ドリンクに密かに混ぜて飲ませるという事で薬を出してもらった。

薬は数週間飲ませ続ける事が出来た、その期間は明らかに普段と変わった状態になり、何らかの良い作用が出ている様だった。

僅かに希望が見えたが、次第に蓋が空いた状態で渡される健康ドリンクを疑い出した。

飲むと頭がぼーっとしてだるくなると言い、健康ドリンクを飲む事を拒否し始めた、

毎日離れた母の家まで通う弟の負担もあり、 投薬はそこで終了となった。

同時に[精神障害者保健福祉手帳]の取得を検討したが、結論としては現状で必要が無いものであった。

取得しても得られるメリットは通院をすることで受けられる医療費対象であること。

医療費負担が3割→1割だが、既に母は年金生活者で、医療費1割負担対象者であること。

そして手続きが煩雑という事を事前情報として聞いていたこと。

これらの判断から通院ができない母には不要であった。

今後母がトラブルを起こした際、持っておいた方が無いよりもマシでしょう。

という免罪符程度のものしか無い。という結論になった。

また、通院と同時に市役所への相談介護申請を行い、定期的に家に来てくれるヘルパーさんと信頼関係を築き、

ゆくゆくは薬を飲ませてもらう事も計画したがこれも実現できなかった。

まず、加齢により体の不調があることも理由介護申請を行ったが、統合失調症等の精神疾患介護認定の判定要素に

大きく加味されることが無く、介護度2となった。

ヘルパーさんが定期的に母の自宅に訪れて買い物の連れ添いや、身の回りの世話等をしてくれることになった。

母も最初は喜んでいたが、次第にヘルパーさんが物を盗んでゆくと言い出し、やはり疑う様になった。

そしてヘルパーさんを避ける為か、ヘルパーさんの訪問予定時間に外出することが増えた。

そうなると、介護サービスを受けた事にならなくなる。介護事務所も国にに介護をした事実の申請が出来なくなる為、

実費の人件費が発生するようになる。その費用がは当然私が持つ事になる。(1時間約3000円程度だったろうか?)

そしてヘルパーを家に寄こさないでくれ、と強く言い出し、これも結局お手上げとなった。

結局この時も出てきた結論は、もうちょっと病気が進行しないとどうにもならないね。ということだった。

そして、去年あたりになってから、私の元に警察から頻繁に電話がかかるようになる。

過去にも真面目な新人と思われる警官から、母の妄言を真に受け私の元に安否確認の電話がかかることがあったが、

今回はついに近所の方とトラブルを起こし始めた。アパート近隣の住民迷惑をかけ遂に警察沙汰となった。

どうも明らかな幻聴が聞こえる様になり、彼女人生で登場した嫌な奴をののしったり、

幻聴で助けを求める困った人を助けようとしたり、私たち子供危機を救おうとしたりした結果、大きなトラブルに発展している様だった。

以前より持たせて携帯電話も、しょっちゅう警察通報したり、私たちに電話をし、

一方的にしゃべり続けたりする大事必須アイテムだったが、いつしか持ち歩かなくなり、荷物だらけの部屋に紛れてしまった。

近隣のトラブルはついにアパート不動産屋に伝わり、大家が嫌がり、アパート契約更新一方的拒否され、退去を迫られた。

ヤクザの様な不動産屋に電話口で恫喝され、あなたが面倒を見ないと駄目だろ、引っ越すにしても老人一人を

入れてくれる所なんてどこにもないよ。とまったくもって他人の家庭事情に土足で踏み入る様な事を言われる。

要は親を引き取って面倒を観るなり施設に入れるなりしろ、という訳である。それが出来ればこんな苦労はしていない。

親を引き取って一緒に生活することになったら、私の気が狂うか、母を殺めてしまいかねない。と思ってる。

さら警察や近隣住民からの電話が続く様になる。その都度、謝罪の電話や訪問に向かう事が短い期間に連続するようになった。

これまで半世紀近く、おそらく二番目に被害を受けた人間が、その加害者のしでかした事の為に謝罪に回るという罰ゲームである

しかし、このトラブルの増加あたりから、状況は徐々に好転を見せ始める。

トラブル頻発の経緯からか、独居老人を見て回ってくれる地域高齢者支援センターの方がたまに母の様子を見てくれていたそうなのだ

この頃になると母の症状もだいぶ進み、自分の事を自分ですることが出来なくなりつつあり、言動が破たんしている頻度や時間

長くなってきた。支援センターの方は、そんな母を外部に連れ出し入浴をさせてくれたり、

家の手伝いや話相手になってくれることがあったそうだ。

長く孤独だった母に対し、支援センターの方が母との信頼関係を築いてくれた。

母が病気になってから知り合った人間名前を覚えて良い人物として会話に登場することになった。

この支援センターセンター長さんには感謝しきれない思いだ。

センター長さんの案で母を健康診断に連れ出す事ができた。

そこに私も同行し、その流れで精神科のクリニック紹介してもらい、再度精神科受診させることもできた。

しかし、入院施設もなく、通院投薬が前提のクリニックで紹介された入院施設のある病院は、

かつて散々嫌な思いをした地元の総合病院だった。ウェブサイトで調べた所、当時の担当医師は既にいなかったが、

入院をさせても高額になり、治療をするにも、これまでと同じ結論にたどり着くのは明らかだった。

でも、これ以上トラブルを抱えた状態ではどうにもならない、そこでセンター長さんは老人ホームへのショートステイ提案してくれた。

何度かショートステイを行って次第に慣れてもらい将来的にはそこで生活を、というニュアンスだったと思う。

まず2泊3日で滞在させることになった。滞在時には私も同行し、旅行にでも来たと思って楽しんでくれと言って置いていった。

けっこう喜んでいた様子だったが、結局、最後は自ら老人ホームを抜け出そうとしたそうだ。

怖い何かがいてここにはいられないとの事。母は予定滞在期間より少し早く、自宅に送り戻された。

老人ホームの事も調べた。経済的には何とかなる様になっているが、それにはアパートを引き払い、完全にホームで暮らすことが前提になる。

しかホームでは看護サービスは受けられるものの、やはり薬を強制的に飲ませる事は出来ないそうだ。

また、本人の意思尊重することが前提なので、無理矢理家に帰ろうとする母を拘束することはできない。

また周囲とトラブルを起こした際はやはり退去を求められる可能性がある為、現状での長期滞在は難しいという結論だった。

ここで進退窮まった。引っ越しは迫られる、トラブルは頻発する、治療には金がかかる。同居は実質不可能

正直にいうと少しだけ真剣完全犯罪を考えた事もある。

しか殺人容疑者比率で最も多いのは家族や近親者という事を知って、実現不可能であることを認識した。

こうなったら、母と絶縁状態の親戚を頼りにするしかない。という事になり、自らの恥を含め事情を話し、

母のきょうだいである叔母に当面の入院費を工面してもらった。

その際、医療関連の仕事をかつてしていた母の弟にあたる叔父から

県立の精神病院存在を教えてもらう。あそこなら比較的安くすむかもしれない。ということだった。

アパート引っ越し先を何とか見つけ、ゴミ屋敷引っ越しを済ませ、恫喝をされた不動産アパートの引き渡しを済ませた。

殴りたかったし文句の一つも言いたかったが、こちらは加害者なので、なにも言える状況ではなかった。

翌日、筋肉痛で疲労困憊の状態で県立の精神病院に電話をかけた。

事情を話し、入院費について尋ねると、これまで問い合わせた病院のどこよりも費用が安く入院できるとのことだった。

状況で費用も変わるが、約8万程度だという。さらにこれまで受診した病院と連絡を取ってもらい、事情を把握してもらった。

そして遅くとも2週間位で入院ができるとの事だった。

電話した日の夕方、再び病院から電話があり、明日入院キャンセルになった関係で、

母を連れてくれば、明日そのまま入院できる。と連絡があったのが、つい一昨日の事だ。

正直、すこし拍子抜けをした、これまでの苦労は何だったのかと。

最初に誰かが県立の精神病院存在制度費用についてしっかり教えてくれれば、自分自身できちんと全て調べていれば、

こんな苦労はしなかった。私自身、最初問題から逃げようとしていたし、問題に向き合ってからも苦労の方向性

間違っている事に気付けなかった、しかし、役所介護福祉医療警察、の現場であった人も親類も、

これまで誰もそのアドバイスをくれなかった。いや、耳を傾けようとしなかった部分も多分にあるだろう。

正直、母の病気は隠したい恥という部分もあり、これまで親しい関係の人にしか、打ち明けた事が無かったが、

自分の不甲斐なさと共に、制度の穴に対しても恨み言の一つは言いたいと思ってこれを書いている。

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あと少しだけ以下に続きます

http://anond.hatelabo.jp/20170203210406

2017-01-27

後日譚

http://anond.hatelabo.jp/20170125191352

ただのアラフォーおっさん愚痴話に君ら食いつきすぎやろ。あんな短い文章から俺ら家族バックグラウンドまで勝手に推測して「なんで子供なんか作ったの」とか「そもそも結婚すべきじゃなかった」とか心温まるコメみてホッコリしてましたよ。。。

あの翌日に嫁さんから「聞いたときはガッカリしたけど、よく考えたら夫ちゃんはこれまでも私がたまに女子会に行くときも(月1あるかないか)快く子供二人と留守番してくれてたし、そんなに一人で映画見たいんだったら前もって言ってくれたらちゃんと時間作るよ?・・・・でもそれ誕生日じゃなくても良くない?」とぐうの音もでない正論を返されて、結局誕生日は近場の温泉宿に1泊2日のプランになりました。嫁の名誉のためにいっておくと、たしか運転するのは俺だけど旅行中の滞在費とか食費は彼女が自腹で出してくれることになってます

コメの中に「奥さんの誕生日にはどうしてるの?」ってあったけど、彼女場合は毎回誕生日には欲しいものリストが明確なので(ルンバとかダイソンとか最新iphoneとか)、選ぶ方も楽なんですわ。あとは普段よりちょっといいレストラン子連れでいけるギリギリライン)にいって、息子二人の相手を俺が担当して嫁さんはゆっくり食事堪能できるようにしてあげれば大抵は満足してくれます

俺もあんな返答したら絶対怒るだろうなーってわかってたのに、「なんでもいい」って言葉を真に受けてつい本音を言っちゃって、言った瞬間に彼女の顔色が変わるの見てあちゃーって思ってましたわ。

ただ嫁さんも気を使ってか「夫くんもたまには男友達と飲みにでも行ってきたらいいじゃん。前もって教えてくれたらちゃんと子供留守番してるから」って言ってくるんが、俺は君とちがってそんな男友達いないんですよお前絶対知ってていてるだろちくしょーー。

2017-01-25

40歳誕生日に何してほしい?」って聞かれたから答えただけなのに 追記あり

4歳と2歳の子供(男)がいる共稼ぎ世帯です。

嫁に「そろそろ40歳誕生日じゃん。なにがいい??」って聞かれたから正直に「一人の自由時間(数日)」って答えたら嫁が涙目&あきれ顔で「長男くんもパパの誕生日に何してあげようかって楽しみにしてんのになんであんたは自分のことばっかなの??」って。。。いやなんでもいいからっていったのキミやん。もう子供ができてから本読んだり好きな映画見たりする時間がほぼ皆無なので、子供と一緒に見れないような映画とか見に行ったり一人でぼけーっと山済みした本を読んでみたいんですよ。お金もかからないしいいじゃん。。。

なんか嫁さん時には「家族温泉旅行」みたいな答え期待してたらしいけど、運転するの俺じゃん。いやだよただでさえ疲れてるのに子供二人つれて週末遠出ドライブなんて。

家庭内でもポリコレ回答を用意しないと家庭崩壊ちゃうの?うひー

追記:後日談

ただのアラフォーおっさん愚痴話に君ら食いつきすぎやろ。あんな短い文章から俺ら家族バックグラウンドまで勝手に推測して「なんで子供なんか作ったの」とか「そもそも結婚すべきじゃなかった」とか心温まるコメみてホッコリしてましたよ。。。

あの翌日に嫁さんから「聞いたときはガッカリしたけど、よく考えたら夫ちゃんはこれまでも私がたまに女子会に行くときも(月1あるかないか)快く子供二人と留守番してくれてたし、そんなに一人で映画見たいんだったら前もって言ってくれたらちゃんと時間作るよ?・・・・でもそれ誕生日じゃなくても良くない?」とぐうの音もでない正論を返されて、結局誕生日は近場の温泉宿に1泊2日のプランになりました。嫁の名誉のためにいっておくと、たしか運転するのは俺だけど旅行中の滞在費とか食費は彼女が自腹で出してくれることになってます

コメの中に「奥さんの誕生日にはどうしてるの?」ってあったけど、彼女場合は毎回誕生日には欲しいものリストが明確なので(ルンバとかダイソンとか最新iphoneとか)、選ぶ方も楽なんですわ。あとは普段よりちょっといいレストラン子連れでいけるギリギリライン)にいって、息子二人の相手を俺が担当して嫁さんはゆっくり食事堪能できるようにしてあげれば大抵は満足してくれます

俺もあんな返答したら絶対怒るだろうなーってわかってたのに、「なんでもいい」って言葉を真に受けてつい本音を言っちゃって、言った瞬間に彼女の顔色が変わるの見てあちゃーって思ってましたわ。

ただ嫁さんも気を使ってか「夫くんもたまには男友達と飲みにでも行ってきたらいいじゃん。前もって教えてくれたらちゃんと子供留守番してるから」って言ってくるんが、俺は君とちがってそんな男友達いないんですよお前絶対知ってていてるだろちくしょーー。

トラバで続き書いたのに「本人だったら追記しろよ」とかクレームはいったのでこっちにもコピペ。それ言い始めたらこ書き込み自体釣りかもしれないのにはてな民はこまけーなー。)

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