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2017-03-25

儒教が逆に中年高齢者を生き辛くしてる件

あれってふんぞり返りたい少数の連中にはこれとないものだけど

ほとんどの(まともな)人間他人と対等か、ちょっとマウンティングするくらいの地位

自分を留めておきたいんだよな

それが儒教のせいで 年上=学がある という

社会の無言のプレッシャーが否応なしに圧しかかってくる

そうなると 自分の失敗を認める=尊敬するに値しない無能 となるから

どうしても年下に責任を擦り付け、自分権威を保持しなければならない

いい加減、こんな無意味なモノは捨て去るべきでしょ

誰も得しない

2017-03-24

女性生き方

恋愛至上主義が何をもたらすかを分析するのに十分な結果が集まりだした近年、

ようやく最適な女性生き方が見えてきたのではないか

 

容姿だけで重宝されるレベル女性若い段階で容姿を磨き、とにかく結婚を求めるのが良いだろう。

正味な話、大学無意味雑学を身につけるより、ひいては就職活動をするよりも優先して婚活するべきだ。

大学生のうちに結婚なんてのも悪くない。

極端な話、受験勉強をしているくらいなら結婚相手を探したほうがいい。

とにかくハイスペック男性結婚し、出産をすれば、その瞬間女性としてのプレッシャーから解放される。

早めに解放されれば、残りの人生は好きなことに取り組むことができる。

 

逆に容姿に恵まれない女性は、とにかく勉強をし、学び、いろいろな経験をするべきだろう。

美人でなければいけない場所に足を運んでみたり、底辺労働をしてみたり、様々な人間を見るべきだ。

見識を広げれば、学問だけでない部分の知性も養われる。

知性があれば、内面を見る男性とも成就やすくなるし、重ねてきた経験から得た勇気を使い

男性アプローチすることもできるはずだ。

 

おや、これは結婚幸せの前提なのでは、と思われるかもしれない。

残念ながら、現代文化という場で育った女性の大多数が結婚出産という呪いからは逃れられない。

その呪いから解放されるには、それを達成するしかないのだ。

一生使わない江戸時代将軍名前を覚えるよりも、とにかく呪いから解放されることのほうがQOLを上げることができるはずだ。

しろ勉強なんてもの結婚してからでもできるのだから

2017-03-23

就活のせいで涙が止まらない

匿名日記が書けるサービスがあるんですね。

始めて知りました。

ちょっと長くなるかもしれないですけど、今思ってる事書かせて下さい。

就活が始まって1ヶ月経ってないけどもう既に辛い。

夜寝て、次の日が来るのがこわい。

こわいから何か不安に思うと調べずにはいられなくて、気付くと夜中に「就活 しんどい」「就活 死にたい」「就活 つらい」って検索かけてる。

文章読んでると涙が出てきて、止まらなくなって。

ここ3日くらいは泣き出すと止まらなくて3時間くらいずっと泣いてる。深夜の3時から6時くらいまで。

最後の方はなんで泣いてるのか分からなくなってる。

泣きたくないのに、もう寝たいのに、止まらなくて次の日には瞼が腫れちゃって。

夜涙止まらないって調べると、うつ病とか出てくるけど私はなりかけてるのかな?それとも思い違い?わかんないや。


短所っていう欄に書く言葉を使うと、私は心配症です。

内定もらえなかったら?

って思うとなんかもうこわくなって、駄目かもしれないって思っちゃうの。

駄目だった時の安心材料みたいなのが欲しくて母に、

就活駄目だったら院に行ってもいい?

就活駄目だったらどうしよう?

って聞いてみたの。

返答は、

あなたなら大丈夫

私が欲しい言葉はそういう事じゃないんだ。それはかえってプレッシャーになるだけ。だから今日も泣いてる。

嘘でもいい、嘘でもいいから、院に行ってもいいよ、とか、とりあえずやってみて駄目だったらそれでもいい、とか、何か逃げ道みたいなのが欲しかったんだ。

就活くらいで死にたいなんて大袈裟だ、社会にでたらもっと死にたくなる事がある。

なんてコメント見かけたりするけど、あなた尺度で私の辛さをはからないでって思う。

今本当に悩んでて、先の事なんて今眼中にないの。

こんなのも乗り越えられないなんて今後やっていけないよ、って言葉、すごく嫌い。

あなたにはこんなのかもしれないけど、わたしにはこんなにもつらい事なの。

から欲しいのはそういう言葉じゃなくて、就活が駄目でも違う選択肢はあるんだってそういう希望みたいなもの

ただの自己中なんだけど。


話がちょっと変わるけど、

ES書いてると、何でもかんでも体験談を入れなさいってなる。

自己PRにはプログラミングのこと

学業には学科主席のこと

課外活動には部活のこと

書いてみたよ。

じゃあ長所には?短所には?

もうネタが無いよ。

ううん、あるにはあるんだけど、

所謂オタク業みたいなやつ。

そういうのってなんで書いちゃ駄目なんだろうね?

だって私はそこから色々経験したんだよ?

部活にも入ってたし、バイトも1年くらいはやった。

でもそれ以上に好きなもの時間を費やしたと思う。

始発電車乗って物販並んで忍耐力鍛えたなぁとか、SNSで仲良くなった年上や年下の人と別け隔てなく会って遊んだりしたなぁとか、イベントだっていっぱい行って充実してたなぁとか。

特技?声優さんの声の聞き分けとか結構得意。CMとか流れると反応しちゃうよね。

でも書けない。

ついこないだ同人小説作ったよ。

全部自分計画して、表紙の依頼とかして売ったよ。

現実ってシビアだなぁって実感したよ。

企画から販売まで、それこそ宣伝まで自分でやったよ。

アンソロに参加してみたりもして。

なんでそういうの書くといい目で見られないの?

これって立派な経験じゃないの?

って、思うの。

職種によっては良い、とかあるけど、じゃあ駄目な職種では何を書けばいいのよ。

何もしてこなかったからじゃん、って言われたらそれでおしまいだけど、でも今の私を作ってるのはそういう経験なんだよ。

無駄ものなんてなかったと思う。

しかったり、たまに苦しかったり、そういうのを経験してきたから今の自分がいる。

別に学業を疎かにした訳じゃないし、ちゃんとオールS取ったりしたよ。主席だって2年連続でなったよ。

でもやっぱり頑張ったことは?経験したことは?そう聞かれると最初に思い付くのは世間的に言うオタクってやつ。

そういうのを堂々と言えない今の日本は嫌い。

好きなものを好きって言えないんだもん。

自分否定されてるみたいで辛い。

なにもない人間だって言われてるみたいで辛い。


なんだかまた泣けてきちゃった、

今日は何時間泣くことになるんだろう、


たぶんきっとまた書きに来ます

2017-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20170321010649

浪人生」という肩書に対するプレッシャー?かなんかで浪人してもやるきなくす人とかは

総せざるを得ないみたいな話は聞いたな。

ま、一般的にはこうだなんて話は参考程度にして、自分には何が合うのかを考えるのがかなり大事だよ。何にしても。

参考書ベストセラーを無批判に買いまくればいいなんて思ってるような人はやっぱり成功しにくいっぽいし。

2017-03-20

仕事行きたくない理由を考えてみた

転職で、期待されてプレッシャーが大きい

・新しい部署職種での採用で、全て自分でやらなければならない

・なんでも質問してと言われても、分からないことが分からず、何を聞けば良いのかわからない

・全員忙しくて、気軽に質問できる雰囲気ではない(職場に1時間ほどしか居ないこともある)

・今の仕事相談・報告出来る上司が居ない

・このまま中途半端仕事していたら、いつか見限られるのではないかという不安

・「この人は仕事をしていない」と思われるのが怖い


書き上げてみたらすべて対人関係が原因だった

遅くまで寝れなかったり、夜中目がさめたときに涙が出ていることが増えた。

初めての転職、初めての正社員で辞めたら次がない。

自分能力不足、コミュニケーションをとるのが下手なのが原因なので、なんとかしたいけど、どうすれば良いのかわからない。

学歴自慢やめてくれ

小学生の頃から塾に通って毎日時間勉強して、親からプレッシャーにも耐え、確かに君は努力したんだろう、頑張ったんだろう。だけどその話を私にするのはやめてくれ。

私は地方出身だし、ふつう大学はいってないから(音大とか美大とかそっち系にいった)、東京のいろんな大学名前を出されてもわからないんだ。

マーチ意味もわからないんだ。東大が一番すごくて、私立なら慶應早稲田がすごいってくらいしか知らないんだ。

今書きながら自分もびっくりしたけど、これら以外の頭良さそうな大学名前を知らない、それくらいよくわからないんだ。

あと、偏差値を気にしたこともなかったから、偏差値の高さを話されてもよくわからないんだ。50が真ん中ってことしか知らない。

から私に学歴自慢の話するのをやめてくれ。君が何を言ってるのかまったく理解できない。

あと、学歴自慢から話をつなげて、努力(勉強)をできない奴はダメな奴みたいな話もやめてほしい。

わたしは運良く学費を出してもらえたか大学にいけたけど、私の子ものから友達たちは大学なんてお金がないから行けなかった人たちがいっぱいいるんだ。

大学どころか、家に本棚ひとつもない学習机もない勉強してると「家事しろ!」って怒られる、そんな環境で育って、勉強することが人生を助けてくれるってことを教わらないまま大人になった人たちがいっぱいなんだ。

君の話をきいてると、今もきっと日本中にいる、そんな環境で育つ子どもたちが社会から見捨てられて、大人になったらただの努力不足の自業自得の人として扱われるってことを見せつけられてるみたいでつらいんだ。

から私に学歴自慢するのをやめてくれ。そういうのは、似たような環境で育ったもの同士でやってくれ。

似たような、お金があって子ども教育に関心のある親に育てられたもの同士でないと、それは努力自慢じゃなくて、ただの親自慢にきこえるんだ。あるいは運の良さ自慢。そういうのに「へーすごいね」って言ってあげれるほど心の広い人間じゃなくてごめんな。

2017-03-13

感想について

同人で人と繋がり、色々な人と話すようになってから感想をやたらと求めてくる類の人間が苦手になった。

非常に萌えたシーンがあったりどきどきと胸を高鳴らせるようなシーン、思わず涙したシーン色々ある。

だが私はそれを言葉にする事が苦手だ。

面白いものを楽しかった、面白かった悲しかったというのを越えてどこがどのようにどうであったと言葉にしようと考えた時点で考察する意識に切り替わってしまい、楽しかった幸せであった記憶が上書きされてしまう。

それが嫌で、最初に感じた楽しさや悲しさ嬉しさを忘れたくなくて、面白かったです以上の言葉が出ない。

だが、感想強要する類の人達はそんな言葉では満足出来ないようで、非常に長い感想を求めてくる。

そもそも私にも好みがあり、好きなカップリングでも苦手な話の時もある。

やはり苦手だなという感想の時など、苦痛以外の何者でもなかった。

己も作品を作る側なのだが、面白かったよと一言頂けたら儲けもの程度なので感想強要の人の気持ちがよくわからない。

確かにモチベーションはあがると思うが、相手強要するのは如何なものだろう。

強要されるとその人の作品自体「これを読めばまた感想言わなければならない」とプレッシャーで楽しめない。本を買う事自体気が重くなる。

しがらみなくもっと純粋に好きなカップリングを楽しみたい。

ある時を境にその人とは疎遠になったが、今も偶に名前を見かけるとぐっと胃が重くなる。

今でも感想強要してるのかなと思いつつ、私のようにそれを苦痛に思っている人がいなければいいなと思う。

2017-03-12

転職して数ヶ月して気づいたこ

大手からベンチャー転職して、風通しが良くなった

面接してくれた人が速攻退職して不安を感じる(前職でも全く同じことが起きた)

転職して結果状況は良くなったが、色々非効率なところに不便さを感じる

・そのお陰で自分でどうしたら効率よくなるか考えるので、実力が試される

・前職は誰にも真実を言わず辞めたことで、前職時代の人に色々詮索されてめんどい

新卒と違い、即戦力を求められることのプレッシャー半端ない

完璧求めないスタイルベンチャー感独特で、自分性格上合わない

・成長する上で転職は間違いなく重要だと痛感

2017-03-11

合格体験

現役時代私立専願で早慶MARCHに全滅しましたが、1年の浪人生活で旧帝法学部合格できました。

数学世界史化学については、浪人生活が始まってから取り組み始めました。

この1年間何をしたかというと、基本的には予備校カリキュラムに忠実に従っていました。

予備校テキスト以外では、システム英単語高校時代教科書過去問を利用した程度です。

予備校テキストを繰り返すだけで1日が終わってしまい、市販参考書に手を出す暇がありませんでした。




日々の生活は、朝8時前に予備校に行き、夜7時半まで勉強していました。

1週間の予定をたて、予習と復習を中心に、丁寧に勉強することを心がけました。

理系科目については、予備校テキストに取り組む前に、教科書の該当部分をノートにまとめ、教科書簡単問題に取り組みました。

夏前までは、とにかく数学時間がかかりました。

浪人開始から理系科目に取り組むことになったので、かなり慎重になっていたのですが、結果的には一番の得点源になりました。

基礎と標準問題を徹底的に繰り返したのがよかったのだと思います

その他の科目については、繰り返しになりますが、とにかく予備校テキストを繰り返し、センター過去問二次過去問に早い時期から取り組んでいました。

効率的勉強をしようとするのではなく、普通勉強をすることを心掛けるのが良いと思います

あと、先手必勝で、夏までは我武者羅に頑張りました。自分は、プレッシャーに弱いことが現役時代経験から分かっていたので、後半で余裕が欲しかたからです。

先手必勝は、結果が出てくるとそれを維持しようとモチベーションも保てるのでお勧めです。まぁ、余裕は最後までなかったのですが。




予備校をちゃんとやる」という当たり前の結論になっていて、大変申し訳がないです。

しかし、「普通に勉強する」ために、多くの工夫をしていました。

基本方針は、「気持ち精神論)ではなく、環境構築」です。

これについては、山ほど社会人向けの勉強方法本に書いてあるのでそれを利用しました。

気持ちの部分で気を付けていたこともあるにはあるのですが、役に立ったのかは不明です。

私は、とにかく真面目な人間を演じるという意識予備校では生活しました。

例えば、模試の前に、「やべぇ、全く勉強してないぜ」とおちゃらけることを意識的に止め、「良い点数を取りたいかギリギリまで勉強する」と友達に話していました。

これ、友達も感化されたのか、一緒に真剣勉強してくれたので、良い学習環境友達とも作り上げることができました(その友達第1志望に受かりました)。




結局、1年でセンターは5割強から8割強に(前年度も一応受けていました)。早慶MARCHの受けたところは全勝、旧帝合格という感じでした。

まれて初めて計画的生活していましたが、うまくいって良かったです。

計画的でつまらいかと思いきや、かなり充実感も感じていて、うまくいきだすと楽しくもなりました。

今、やりたいことがたくさんあります。この1年で得た経験を基に、丁寧にいろいろなことに取り組んでいきたいと思います

以上です。

2017-03-08

http://anond.hatelabo.jp/20170308120854

そこで再配達は有料制度ですわ。

ドライバーがその時間帯に『絶対』行かないと駄目だからプレッシャーぱないだろうけど

それが駄目なら、再配達無料だけど配送センター着順に一定数を配達で、結果センターで何日か保管される。速達には別料金とか

2017-03-04

幸せになる方法(前編)

数年前に2回程増田投稿した増田です。

ネットから収入が月300万を超えたので、思いを吐露したい。

http://anond.hatelabo.jp/20130602143115

ネットから収入が月100万を超えたので、思いを吐露したい。

http://anond.hatelabo.jp/20120603083800

相変わらずあんまり幸せではないので、俺が幸せになる方法考察してみたので投下します。

長いので最初に3行でまとめてみました。興味があれば、もっと読んでいただければ。

長いので3行で

・俺は収入時間も超セレブリティだが不幸だぜ。

収入一定以上を超えると幸福感はほぼ変化ないぜ。

収入一定以上を超えると、それに比例して期待感が増す上にその期待が裏切られるため不幸感が増すぜ。

⇒俺は不幸だぜ。

俺のあれこれについて箇条書きで紹介

俺とは

独身一人暮らし

・30代の男性

・家とか喫茶店で一人で仕事してる。

・税引き前の利益が年間3000〜4000万円なので結構収入がある。

絶対にやるべき仕事時間は1日10分くらいなので結構時間がある。

・やれば更に収益が伸びる作業に1日6時間くらい費やしている。

俺の現在問題点

・取り立てて不幸というわけでもないけど、全く幸福感を感じない。

・世の中が灰色がかって見えている。

・ぺふぺふ病(清水)にかかっている感ある。

俺の目標

幸せになりたい。

俺がちょっと不幸な理由考察

さて、ここから不幸な理由考察していく。

何度も書いてるけど俺はちょっと不幸だと感じている。

以前の増田では単に「お金があっても幸せじゃないんすよ」と書いていたが、最近それについてもう少しだけ深く考えてみた。

まず、幸せと金の相関に関して、以下の記事が少しだけ役に立つ。

第2部 これを超えると不幸になるらしい「年収900万円=最大幸福」説は本当か?

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41296

「'02年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学心理学者ダニエル・カーネマン教授面白い研究をしています。それによると感情的幸福年収7万5000ドル(約900万円)までは収入に比例して増えますが、それを超えると比例しなくなるんです」

4年前の記事なのでドル円現在とは微妙に違うけど、今なら年収750万円を超えると幸福感は増えないと書いてある。

理由としては、それくらいの収入があれば普通生活を送る分にはほぼ十分だから、ということで俺も納得している。

問題はその収入を超えると「逆に不幸になる」というところ。

俺は年収が750万円を超えて増え続けたとして「幸福度ほとんど上がらない」と予想していたが、実際には「逆に不幸になる」わけだ。何で不幸になるんだろう?

冒頭のカーネマン教授研究によると、年収7万5000ドル幸福度ピークだった。これは、そのくらいの額を稼ぐ生活が、収入で得られる満足感とかかる費用(仕事プレッシャーや忙しさ)のバランスがいいということなのだろう。

薄い考察だ。

俺は年収7万5000ドルなんざ4倍以上超えてる上に、仕事プレッシャーなんてほとんど無いし、全然忙しくもない。

でも不幸だ。

プレッシャーも忙しさもないが、収入が増えれば増えるほど不幸感が上昇していると感じている。

何故か?

答えは「期待感」にあると思う。

お金持ちになれば他人からチヤホヤされるのでは?

お金持ちになれば女の子からモテるのでは?

お金持ちになれば他人から尊敬されるのでは?

収入が増えると、それに比例して上記のような期待感勝手に膨らんでしまう。

しかし、実際には収入けが増えても一人で仕事をして他者と交わらなければチヤホヤされないしモテないし尊敬もされない。

その結果、「俺はこんなに頑張ってるのに何故チヤホヤされないのか」「俺はこんなに世の中に貢献してるのに何故モテないのか」「俺はこんなに税金も支払ってるのに何故病院でスゲー待たされるのか」という不満が増大する。それも、年収が増えれば増える程、こういった不満は増大し続ける。

そういうわけで、年収が750万円を超えると、

お金で得られる幸福感は変わらない。

期待感は膨張を続け、そしてその期待は裏切られ続ける。

ということになり、不幸感が増大するということになる。

よし、俺が不幸を感じる理由がスゲー納得いったわ。つらたん

じゃぁ期待感を捨てれば解決か?

「金なんていくらあったって別にチヤホヤもされないし、モテないし、病院ではスゲー待たされるよ。期待なんてしない。」ってのを理屈として納得したところで、別に幸せにはならないよな。

世の中を斜に構えて見るようになるだけだ。

まぁ、大前提として「金だけでは幸せになれない」ということは理解できた。

では、俺が幸せになるにはどうすればいいか

長過ぎるので後編に続く。

http://anond.hatelabo.jp/20170304121101

2017-03-03

元増田です。

http://anond.hatelabo.jp/20170302172738

元増田です。

予想より反響が出てビビった。

昨日は嬉しいやら驚きやら戸惑いやら焦りやらプレッシャーやら喜びやら色々な感情ごった煮になってそのままのテンションで、そういえば小説でこんな書き方あったよなーと思いながら書いてたら、案の定日本語の間違いとか突っ込まれますね。うわー恥ずかしい。

なれないことはするもんじゃねーや。すみません

かいコメントありがとう

これから彼女実家に向けて出発する。もちろん日本酒は二本買ってみた。

ほな、行ってくるわ!

2017-03-01

いじめをさせないには

学校に行かせないのがてっとり早いんじゃない。いじめという現象が起こる場所なのはあると思うし。

友達と仲良くすべきみたいなプレッシャーいじめっ子になる理由になるなら一人で過ごすことが悪でないのを伝えるとか好きなことして時間を過ごせるほうがいいよね。

共働きしないときつい環境子供の寂しい気持ちを増やしてるのはあるかもしれないけど、いかんせん親が駄目だと両親いようと荒れるからな。子供ばかりに押し付けないで大人がやっぱりどうにかしないと駄目なんだわ。

2017-02-28

戦う気力で鬱が楽になった

何かすごい正体がない話っていうか、適当な話かも知れないというか、まだまだやり始めて日が浅いか一時的ものかも知れないって前提で。

自分子供が欲しかった。能力的にも収入的にも問題は無かった。

奥さんが、子供大嫌いで、子供持ちたくない人だった。

何度も話し合ったがダメだった。妊娠した時に発狂して、話し合ったけど、とても子育てが出来る状態とは思えず、仕方なしに堕ろすことを止められなかった。

それが、10年後になって、鬱になって現れた。

離婚すりゃいいかも知れない。

こんな自分の子供がほしいと、同じような境遇女性が言ってくれている。だけど、お互いもういい年齢だ。更に俺はどこに行くにも便利な所に建ってる家がある。近所に商店街があって、安くて美味しい飯が毎日食べられる。

これを手放すのは難しい。

で。

何で鬱になってるんだろうと思った。先祖全ての努力無駄にしてしまう事、自分子供を産まないばかりに、今までずっと家を継いできた方々の努力を無にする事。そういった事に申し訳が立たないという思いがまずあった。そして、責められている自覚が合った。

実家には何も言われていない。先祖の霊的なものだ。まぁ実際に霊が見えてるわけじゃなく、そう感じてたという話だ。

子供が欲しかった。でも、もうこの年齢じゃ、ダメだ。鬱も発症してるし。

で。

先祖の霊と戦う事にした。

お前らが俺をいじめから、生きる気力が無くなった。このままじゃ魂が死ぬ。俺が無気力になったら離婚どころじゃねぇよ。奥さんからは俺から離れる事は絶対にない。財政的にも無理だし、彼女にとって実家は敵だし、もう体を売るには若くない。

から、俺はもう、子供を産むのは無理なんだ。

奥さんが突然死でもして、家の事がすんなりまとまって、次の職場が今よりいいところでも無ければ無理だ。

で、奥さんが死んだら、今の鬱の俺はもう耐えきれないよ。

俺を無気力にしやがって。先祖の連中は何も判ってねぇ。田舎特有の苛めってやつか。だから、おれは声を荒げて言った(頭の中で)。もう無理なんだよ、まぁあるかも知れないが、少なくともお前らが俺を苛めて確率下げてるんだって。で、俺がもうダメになったら、もう、完全に無理だぞと言ってやった。

そしたら、大分心が楽になった。

正体不明守護霊にぶちかましてやったらすっきりした。消えてた性欲も復活した。何より心の中にある闇が大分取れた。

まぁ同じような境遇の人が果たしているのかと思うが、鬱の解消の一例として挙げておく。見えないプレッシャーがあるなら、何かの人格が有るかのように扱い、その振る舞いを責めるって事。霊を信じろとかそういう意味ではない。

2017-02-27

ラブライブ!サンシャイン!!って本当に「こわい」

ラブライブ!サンシャイン!!ライブに参加したお話です。

昨日今日横浜アリーナで開催されたこのライブ、本当に素晴らしい内容でした。

私は2日目は残念なことに昨晩から体調を崩してしまったため、初日のみの参加でしたが、本当に満足のいく、多幸感の溢れるライブでした。

なかでも、アニメ劇中シーンを再現した「想いよひとつになれ

ステージ上部にピアノが設置され、桜内梨子さん役の逢田梨香子さんが懸命に目の前の88鍵と向き合う姿に心を揺さぶられました。

鍵盤を押す指が震えており、間違えないように慎重に…という心情が顔に表れており、それが大きなスクリーンを通して客席や全国の映画館へ流されているのかと思った時には、本当にこんなことしていいのかとも思いました。

ピアノ経験もなかったことでしょう。まさか、そんな自分横浜アリーナで1万人を越えるファンの前でピアノを弾かされるなんて思ってもいなかったことでしょう。

彼女が当初、この構成を発表された時にどんなキモチになったのか、そもそもいつどこでどんなふうに発表されたのか、1人のファンである私には想像余地もありません。

もし自分が同じ立場だったら、泣きながら拒否する以外に道はないと思います。怖いもん。

それでも、逢田さんは初日の公演で見事に弾ききりました。本当に心に訴えかけてくるようなパフォーマンスでした、ありがとうございました。

さて、本日の公演。

私は参加していない身分なので自分の瞳で確かめていないことなのですが、どうやら演奏途中で間違え、曲も止まってしまったんだとか。

肩を震わせる彼女のもとに、すぐに他のメンバーが駆け寄り、その後もう一度はじめからやり直したんだとか。

もしこれが本当なら、本当に頭が下がると同時にめちゃくちゃ「こわい」と思いました。

まずは逢田さん、本当にお疲れ様でした。頭が下がるばかりです。是非ともその場で応援させてもらいたかった。

そして、これってスゴくこわい問題だなって思いました。

奇しくも今日の公演でピアノを間違えて曲を止めてしまったこと、偶然です。

しかし、このハプニングがありライブは俗に言うエモい状態に入り、多くの観客の感動を呼び起こしたことでしょう。

よく「ハプニングを楽しもう」「ライブハプニングは付き物」と言われますが、毎回毎回こんなハプニングがあったんじゃ観てるこっちも仕方がないです。

うまく表現できないため言葉の綾があるのですが、それでエモさを感じるのってすごいこわい問題じゃないですか?

μ'sの3rdライブ体験した方なら同意いただけると思うのですが、個人的彼女たちの全てのライブを通して、最も印象に残っているMCと言われ、3rdライブアンコールでのあのシーンを挙げる方々が多いと私は思っています

端的に言えば「演者の泣く姿を垣間見たい」そして「頑張れ」って言いたいっていうエゴ権化みたいなアレ。

昨日の伊波さんのMCで印象的だったのが、多くの観客が執拗拍手をしていたのに対し、「泣かせようと思ってるでしょ!」とバッサリ切ったあの場面。

あの一言で、図星を突かれた方々もいたのではないかと思います

しかたから泣く、悲しかたから泣く…涙には様々な種類がありますが、感情の経過と変化の結晶が涙だと私は考えています

決して、私たちが左右できるようなものではない。しかし、それを意図的に求めようとしている、つまり多少のハプニングに姿を表してほしいと思っていること。(今回のピアノの一件では、流石に観客側も一瞬凍りついたと聞いていますが…)

それって不健全じゃないですか?

というかそもそも、ピアノ初心者ピアノを弾かされるってこと自体がスゴい異常なことだと思っています

これはAqoursや多くのアーティストパフォーマンス全てに言えることだと思います

私もいくつか楽器を嗜んでいるため、パフォーマンスをする側の精神をある程度は理解しているつもりです。私の場合、多い時には何百人以上の観客を前に演奏披露することがあるのですが、やはりライブをするというのは楽しいです。

一方で、練習はやはりストレスが重なりますあくまでも私の想像ですが、Aqoursダンスレッスンなどでも様々なストレスプレッシャーがあったかと。そして特に。今回のピアノ披露は何よりもまず、彼女プレッシャーが画面越しに伝わってきました。人ってあんなにも必死な顔をするものかと。

しかに感動は産んだかも知れませんが、私のフォロワーさんの言葉を借りれば、彼女を追い込んでいたのは言うまでもないと。

ライブで自他共に楽しむため、もっとライブを盛り上げるため…というのを重々承知の上で、それでもやはりあのピアノの一件は本当に大変だったんだろうなと感じました。そもそも、そんなこと本当にやらせていいのか。マジでわかんねぇ。書き掛けの文章な上に、自分でも言葉の綾が多く見受けられる文章なのですが、これ以上の表現が思いつかなかったため、ここで筆を置かせていただきます


ダンスの話になるのですが、あれだけの時間を掛けて、あれだけ完成度の高いステージ見せるのってラブライブ!くらいですよね。

以前、μ'sの飯田里穂さんが仰っていたことですが、ラブライブ!のリハは本当に長期スケジュールだったとのこと。おそらく、今回のAqoursもそうだったのでしょう。

そのせいか、他のライブでは感じられないような感動を覚えることが多々あります

このような完成度の他に、ラブライブ!ではなく、ラブライブ!サンシャイン!!だけで私が感じたイメージが2つあります

ひとつは、年齢が近いこと。

私は現在21歳で、Aqoursメンバーとも歳が違いのですが、本当に同年代なのかと頭をひねるくらい、彼女たちは本当に輝いている。

特に渡辺曜役の斉藤朱夏さん。彼女ダイナミックながらも指先まで繊細にコントロールされたダンスには本当に開いた口がふさがりませんでした。きっと、あのステージに上がるまで何年も何十年もの積み重ねがあったことと思われます

年齢が近いせいか、μ'sの頃は少しお姉さんくらいに見えていたメンバーも、Aqoursでは明らかに他人事ではない、自分のすぐそばの出来事のように様々な事象を感じるようになりました。

そしてふたつめに、ラブライブ!サンシャイン!!という作品が、ラブライブ!の頃よりもより観客をコンテンツに取り込もうとしている姿勢

ラブライブ!で散々言葉にされてきた「輝き」

この「輝き」の正体、物語を通して一度もそれが何なのか名言化されることはありませんでした。

一方、ラブライブ!サンシャイン!!では「輝くこと=楽しむこと」と第13話で名言化されました。この後に披露されるMIRAI TICKETの1シーンで、千歌さんが「一緒に輝こう!」と観客席(=いわゆる私たちの側)へと訴えかけるというものがあります

また、この傾向はAqours物語の根幹にも通じているのではないでしょうか。

Aqours自分たちの歩みを「0を1にする物語」と題しました。ここまで物語テーマを明らかにしたこと、当時の私には本当に驚きでした。

μ'sが「1を100にする物語」であれば、Aqoursは「0を1にする物語であるということ。μ'sの頃には明言化されていなかったことが、Aqours物語ではわかりやすく、伝わりやすく(そしてあえて伝えようと)私たち提示されたのでした。

この2点の結果、私はAqoursコンテンツに足を踏み入れることに、圧倒的当事者意識を感じざるを得なくなりました。

μ'sの頃はどこか他人事のように見ていたというわけではないですが、Aqoursライブを見て「自分も何かを始めたい」「何かやり遂げたい」と昨日のライブを見て強く思うようになりました。

これって、制作側のピンポイントな狙いに見事に食らいついた事例だと思っており、この2日間のライブでまさにAqoursライブを通して私たちに伝えたかったことだと感じています

以前よりも強く、当事者としての意識を持たざるを得なくなったAqoursライブ。このコンテンツを追い続ける限り、進めば進むほどその魅力に打ち負かされることが容易に予想できるのが素直に「こわい」と感じました。

最後になりますが、初日のみの参加ながらも、Aqoursライブ本当に楽しかったです。

一年前は「いや、μ'sがファイナルライブやるんだからAqoursの2ndシングルとかしらねぇよ!」とAqours関連の情報をぶった切っていた私ですが、幸か不幸か意志薄弱な私は、昨年夏にコロっと斉藤朱夏さんにヤられてしまいました。

先ほど、これほどダンスに鍛錬を重ねているのは極めて稀だと書きましたが、それもあってか本当にライブを観ることが楽しくて仕方ありませんでした。

今年の夏には神戸大阪西武ドームを巡るツアーもあるんだとか、また彼女たちの奏でる音楽身体を預けられる時間が来るという事実だけで、今から心が踊ります

これはまだ先の話だと思いますが、彼女たちもスクールアイドル。きっと終わりがあると思いますしかし、今この瞬間は本当に楽しい。その多幸感、際限のない底知れぬ多幸感こそが、私がラブライブ!サンシャイン!!のことを「こわい」と感じる一番の理由です。

なんだかんだ言いましたが、やっぱりラブライブ!ってスゴいです。ライブという空間が非日常的なものであるということを理解しつつも、やはりラブライブ!には何か他のコンテンツには無いものがあるのだと思います。あの4時間が本当に楽しすぎてこわかった、今後もコンテンツオタクとして心の扉を更に下へと開き続けさせられるのが本当にこわい。

ラブライブ!サンシャイン!!って、本当にこわい作品

そして、とても重いものです。

このコンテンツは本当に重い。あまりにも重すぎる。

本当に重すぎて、絶対にいつか自ら離れてしまう気がする。

まり多幸感は、ライブが非現実だと理解っていてもいつか何かで身を滅ぼす気がする。

その日が来るまで、せいいっぱい楽しみたいものです。

最後になりますが、Aqoursの18人のメンバーの皆様、2日間本当にお疲れ様でした、そしてありがとうございました。

花粉症でぶっ倒れている私が書くのもアレですが、もう少しだけ寒い季節が続きます。どうかご自愛ください

2017-02-25

聲の形を分かろうともしない、石田。それが僕だ

人とコミュニケーションが取れない、楽しくない。

そう思うようになってずいぶん経った。

きっかけははっきりと覚えていて、中学生とき人間関係トラブルを起こしたことが原因だ。

それ以来、自分からコミュニケーションをとることに対して臆病になった。

最初グループのうちの一人であるBと些細なことで喧嘩した。

原因はもう忘れてしまったが。

僕は仲直りするきっかけを見いだせず、意地になって謝ることもできず、

Bとは口を利かなくなった。

グループの別のAが、一度仲直りしたら?ときっかけを

作ってくれたことがあったが、自分些細なプライドを優先し、

それを無視してしまった。

その後、理科の授業で、唾液のデンプンを分解する作用に関する実験があった。

班員のうち二人の唾液を混ぜても、分解できるか実験してみろ、

というような指示があった。僕はAと同じ班だった。

一人はもう一人の男子が手を挙げた。

もう一人は誰も手を挙げなかったので、

じゃんけんで決めることになった。

じゃんけんは僕が負けた。

でも、僕は唾液をさして仲のよくない男と混ぜられるのが気持ち悪くてしかたなかったので、拒絶した。

今思えば、じゃんけんに参加した時点でそれを拒否することは筋の通らない話だと思う。

でも僕は、うまくいかない人間関係や、思春期慢性的不安から来るイライラといった身勝手理由自分正当化し、

拒絶の言葉を放ってしまった。

「お前、もういいわ」

僕の身勝手さに愛想を尽かしたAはそう言って、自分の唾液をビーカーの中に吐いた。

その日Aと口を利くことはなかった。

今回は100%自分が悪いという自覚はあったが、またしても謝ることはできなかった。

もやもやしたものを心のうちに秘めながら、僕は下校した。

この日のうちに謝ることができていれば…と今でも思う。

次の日から、僕の学校生活は一変した。

僕の身勝手さに他のクラスメイトも愛想を尽かしたのか、

クラスメイト全員から無視されるようになった。

たった一日の間に、急激に変わってしまったクラスに僕はただただとまどい、呆けるしかなかった。

とりあえず、寝たフリをしたり、意味もなく学校内を徘徊したりして、やり過ごした。

Bとの喧嘩はともかく、Aへの一言には後悔しかなく、謝りたいと思ってはいたが、

まりの劇的な変化に、僕は怯えてしまい、逃げることしかできなかった。

けれど、事態はどんどん悪化した。

最初無視だけだったが、やがていじめを受けるようになった。

筆記用具を壊されたり。

僕の机だけ掃除のあとイスが降ろされていなかったり。

体育の授業で卓球があったが、どこにも入れてもらえず、50分間壁に向かって打ち続けたり。

別の男子グループからプロレス技みたいなのを掛けられたり。

酷いあだ名で呼ばれたり。

AやBから無視されたり、何かされたりするのは仕方がないと思っていたが、

学年全体がほぼ敵のような状態になってしまい、

怖くて怖くて仕方が無くて、僕は前述のように逃げることしかできなかった。

気が付いたときには自分一人ではどうにもできない状態に外部も自分内面も変わってしまった。

僕は自分意志ではないが、親の言うことを聞いて勉強はそこそこやっていたので、

勉強を頑張って他の同級生がいないような高校に行けば、やり直せると思っていた。

からどんなに辛くても勉強は続けて、中学同級生が数人しかいない学校に入った。

けれど、原因を作ったのは自分はいえ、誰も助けてくれなかった、もしくは攻撃してきた

大多数の他人への不信感から、僕は人と積極的に関わる意欲を失っていた。

僕は高校時代、話したことが無い人には一度たりとて、自分からは話しかけなかった。

高校1年のときは、みんな友達がいないので、話しかけられたし、それをきっかけにして、

話す人ができた。

けれど、進級するに従い人間関係が固まってくると、そういう消極的姿勢では

友達の少ない僕はどんどん浮いた存在になった。3年生の時には、クラス友達が一人もいなかった。

卒業式とき卒業文集白紙のページは白紙のままで、

僕は下級生と一緒に、卒業生の誰よりも早く帰宅した。

3年間高校に通ったが、何の思い出もできなかった。

大学では学部ではぼっちだったが、入ったサークルには少しだけ馴染めた。

どこか自分と似たような、これまでの学生生活に馴染めなかった人が集まるようなサークル

だった。

そこで人の優しさに触れたり、人と何か協力して物事に取り組んだり、飲みにいったり。

やっている活動自体はあまり楽しくなかったが、そこにいる人たちは好きだった。

けれど3年になって、サークルを引っ張る立場になると、僕はそのプレッシャーに負けた。

自分がさして楽しくないことを、後輩に教えるのが苦痛だった。

また心無いことを言う人間が、年下とはいえきっと僕より濃い人生を送ってきた後輩に何か教えるなんておこがましい

とも思っていた。自分のつまらない劣等感コンプレックスを克服できなかった。

一応最後までやり遂げたが、かたちだけだったと思う。

直接接した後輩とは最後まで打ち解けることができなかった。

高校よりは自分の中に何かが残った大学生活だったが、悔いは残った。

すっかりコミュ障となった僕は就活では苦労したが、生存本能の為せる業かどうにか自分に嘘をついて

1社だけ内定をもらって事務仕事をしている。

けれどコミュケーションが取れない、愛想はない、仕事もできないで肩身は狭い。

仕事楽しいと思ったこともない。

他人のことは怖くて、外にいるだけで疲れる。

自分のことが愛せず、当然他人のことも愛せない。

友達もいない。

彼女もいない。

少し好きなことはあるが、趣味と呼べるものもない。

今僕は24だが、このままいくと何にも楽しみを見いだせず、

会社では疎まれ、やがてはクビになり、プライベートはずっと一人で、

死んだ顔のまま、年だけを重ねたおぞましい中身空っぽオヤジになって

誰に気付かれることもなく死んでいくのが容易に想像できる。

聲の形」という漫画を読んだとき、まさに自分のことだと思った。

石田自分のしたことに向きあって人の痛みを知る、立派な青年となって、

成人式同窓会を「可能性」と言える男になった。

対して僕は自分に向きあえなかった石田だ。

成人式トラウマしか捉えられず欠席した、逃げるしか能のない男になった。

年を重ねれば重ねるほど、可能性は失われていく気がする。

気の持ち様次第で、年を取ってから自分を変えられる人もいるかもしれないが、

そのハードルはどんどん高くなっていく気がする。

どんどん上がるハードルを目の当たりにして、これから先僕はどんな人生を歩もうか。

僕には明るい未来なんて見えないが、心臓は鼓動を止めない。

自分で止める勇気もない。

どんなことになろうとも、天寿を全うする。

その事実からだけは、僕でも逃げられそうもない。

http://anond.hatelabo.jp/20170225101207

成程ね…「許容されている」かあ…。確かに、自分が適切に対応しようと意識して接している為に、相手にとっては「頑張ってるなあ」とか「こんな自分に接してくれている」と優越感を感じさせてしまっているのかもしれない。「明らかにどう見てもおかしい女」は、パニック状態無意識プレッシャーを感じたり、発達障害で症状が出てしまう様な状況じゃないと出ないので、「塩対応」や「つっけんどん」な対応をしてみようかな…。アドバイスありがとう

2017-02-23

http://anond.hatelabo.jp/20170223041613

別にその辺は男も女も大して変わんないと思うなあ。

努力でどうにかなる、個人的脱出できると思ってるやつは、報われるかは別として努力するだろう。

逆に言えば、非モテの大半は「努力なんかしたって無駄」という無力感にとらわれているし、

それはかなりの割合で実際正しいんじゃないかとも思う。

男はまだ金さえ稼げば救いがあるって言われるし、実際それで救われるケースもあるんだろうけど、

個人的にはそうは思わない。結局、やってることは援交おじさんと変わんないからね。



そういうわけで、現実的要求としては、「ただ巻き込まないでほしい」って言いたい。

恋愛競争プレッシャーから解放されたい」ってまさにそれだよ。

交際相手がいないからって変なマウンティングしてきたり、勝手ホモ扱いしたり、

少子化になるのはてめーらのせいだとかスケープゴートにしてくるのだけやめてくれればそれで十分。

そういうのは同じ競争してる人同士でやっててください。



人気者になりたいとか、理想相手かいうのも、大半はただ妄想でやってるだけ。

努力無駄で、巻き込まないでほしいのに巻き込んでくるから妄想に逃げるしかないの。

ところがその妄想にまで踏み込んできて、それはポリコレ違反だとか、もうええ加減にせえよと。



蛇足になるけど、我々はどうでもいいことに興味を持ちすぎだと思うんだよ。

非モテ妄想なんかどうだっていいじゃん。現実アイドルめった刺しにしちゃうのは論外だけどさ。

文化圏の違う人の言うことは何でも本気100%みたいにとらえちゃう部分があるわけだけど、

そうやっている限り、衝突以外何も起きない。

嫌いなものからはできるだけ遠ざかって、お互い関わり持たずに平和的に暮らすしかないよ。

2017-02-22

自尊心ってどうやって育てるんだ?

いつも自信がない



誉められるのは、たまたま運が良かっただけ



失敗するのが怖いから不言実行



親は毒ではないが過保護否定が多かった

誉められた記憶ほとんどない



先生成功体験を積むしかないって言うけどさ、成功しても運が良かったになるから努力の結果と思えないんだよな



自尊心ってどうやって上げればいいの?



今も仕事プレッシャーに潰れそうだよ

ゲイオープンで恵まれてるけど生きづらい

カミングアウトなんて言葉自分には合ってないくらい、そもそもクローゼットもなくて、親、友達職場自分ゲイだって知ってて、彼氏も紹介しまくってて、

幸いにも、強い差別劣等感ゲイであることに関して与えられないで、アラサーまで生きてきたけど、

生きづらくない、なんてこともなく、結局生きづらい。

オープンなだけであって、クィア的でない、積極的権利獲得家なわけじゃない。というかオープンってなんだ。隠す意識ほとんどなく来ちゃったよ。

からLGBT」界隈で浮く。自分マイノリティとしての思いみたいのはあるんだけど、「LGBT」のテーマあんまり重なっていなかった。

ホント批判とかじゃなくて、もう、なんか自分ぬるま湯甘ったれて恵まれててすんません、ってなる。話せなくなる。

権利とかもちろん保証されたいし(彼氏同棲してから将来の不安とか考えるようになった)、遺族年金裁判も気になるし、

でもこういうのってマジョリティ政治参加な気がして、葛藤する。んなのどっちでも正しいのに、オープンで恵まれてる自分葛藤してるのとかクローゼットの中だ。クローゼットあったわ。

いや、彼氏に話すけど。いや、でも夫に妻に政治の話をするのか? いや政治の話ではないし。なにこれ。社会通念との軋轢? いやマイノリティ社会に溶け込めないマイノリティ

というか恵まれてるのか?

……恵まれているのかって考えると、恵まれてるんだよな。生きてるし。自殺する人、多いからつらい。

まれてたら、恵まれない状況になるまで健康に生きるしかないのか。

法律が変わるのはいつも悪いことが起きてからから、本当に真面目に政治のいい国の国籍を取る方が現実的なんじゃないか、とか考えちゃうのいやだ。


この前、フェイスブック結婚ラッシュ見てて、けっ!って思って、自分結婚指輪買ってプロポーズしたぜって投稿したら(実際去年同棲中の彼氏にした)、

いやそんなにユーザーいたの? 普段いいねって2、3件じゃん!って突っ込みたくなるくらい桁が二つ違ういいねとかがついて、俺そんな友達いた?ってなった。

なんか、こういういいねが1万集まったら、内縁関係認めまーすとか、保険は無理だけど年金は認めるよとか、遺産関係以外のお金簡単に認めらんなくてねぇ、戸籍上の表記くらいはさせましょとかしてくれればいいのに

あー、政治的


逆に、じゃあノンケ友達女子友達に、話せるかって、いや話した所で……ってなる。話すけど。

そういえば昔、高校同窓会公務員になった同級生に、みんな(性的少数者)がまとまれ法律はすぐ動かせるでしょ?とか言ってきたけど、

いや、もうホント誰かまとめてよ、ってなる。

クローズオープンも正しいのに、両立できないの疲れる。

いや確かにクローズ社会的障壁だと思う。でもなんかそうかな? 別に言いたくないことを言わされる必要ないし。

なんで秘密にするのかって話になると、体裁とか学校とか思春期とか教育とか価値観とか親とか、色々言われるし、全部しっくり来るし。

それ聞いちゃうと、よくもまぁ自分は全部かいくぐってきたなって思うし。

ずっとクローズでもいいじゃん。って本当に思うから本当に会う人に言ってるんだけど、

オープンのお前に言われたくねぇ、みたいになるから、結局そもそもオープンのお前に言われたくねぇって面と言ってくれる関係の人としか話してないな。

そう考えると、別にオープンなわけじゃなくて、生きやす人間関係の方へ流れていってるのか。

嫌なやつからは逃げてる。ということは、やっぱり自分マイノリティ性ある?

いや、嫌なやつとか普通に他の人と変わらない率でいるよ。戦う時もあれば、逃げる時もあった。

贅沢なのかな。贅沢なんだろうな。

とっととゲイとか普通になんないかな。

オープンだと、ゲイとか初めて会ったとか言われんの。バカなの?

たかもしれないけど、って添える人、ありがとう精神的波風立てないの大事

でも、オープンとしては、そもそもオープンに話したいわけで、別に取り立てて自分ゲイであることが重要でないわけで、

もっとね、さらっと流そう。

と上からで言ってみても、そもそも、さらっと流せる人だと思えた時点でしか言ってないわ。ちんちくりんだわ。

中学ん時はめっちゃ喧嘩したな。喧嘩しといてよかったな。キモいかいうやつにブチギレてたな。

なんでゲイであることに自信あるんだろうと考えても、別にないし、自尊心も大してないし、鬱になったことだって普通にあるし、鬱治ってんのかって言われたら治るとかってもんじゃねぇしって言い返すし、

あーでも一つは親はあるんだろうな。

12歳の時に言った時、ダメだったら家を出てどうにでも生きてやろうって思ってたな。そういう意味では自分普通じゃないって自覚してたな。

拍子抜けした。

今になって母と話すと、当時は母はそういう相談ダイヤルとかも使ってみたり、LGBT家族的なのも調べたりしてたらしくて

(当時、親に衝撃を与えていたのを気づかなかった。気付かなかったもんだからそれから親の前でもイケメン筋肉芸人とかに普通にハマったりしてた。ポスターとか貼ってた)

そういうとこでの色々な違和感とかも感じたり、もちろん違和感だけじゃなかったけど。違和感があったからこそ(多分俺がゲイであることに悩んでなかったから)、

最終的に、俺は俺だしいっか、ってなったらしい。


うん、恵まれてる。


生きづらいだなんて、口が裂けても言っちゃいけない。



でも政治的オープンゲイによる強制オープンはよくないって常々思うから自分はそういうオープンにはなりたくないなってクローズ友達の前で少し気をつけてるかも。

なんで俺がゲイ同士に挟まれにゃならんのだ。



もう、極端、やめよう!

オープンクローズも同じように保証しましょ。現状通りか。

えーでも、金持ちになって子育てとかしたいわ。悪影響とか言われても知らんわ。国内に敵がいるなら海外で育てる。

そんなに金ないや。

まれるの早すぎたのかなぁ。同性で子供つくって育てる未来の方が生きやすかったかなぁ。

ゲイで、オープンで、同棲してて、

それ以上を望むなってプレッシャーは嫌だし、じゃあ権利獲得に尽力しろっていうのも。

グラデーションの性のように、政治的グラデーションゲイでいいじゃん。ってか政治的グラデーションノンケばっかりだよ世の中。

いや、何が言いたいんだろう。

わりと、普段からこの微妙オープン性のせいで極端な意見ばかり聞かされてるのかもしれない。

ノンケからしかり、女子からしかり、クローズからしかり、クィアからしかり、

アメリカみたいな劇的変化もいいけど、まぁ、なんか取り立てて、とっとと普通になればいい。

2017-02-20

警察沙汰になる、というのは相手の親にとって大きなプレッシャーになる

http://anond.hatelabo.jp/20170216121402

から積極的警察弁護士医師などを巻き込んでいったほうが、いじめっ子は動きにくくなるんだよ。アホ。

2017-02-19

パンツを履いた大勢人間がいる空間を見たり、その集団に近づくと

本当に泣きそうになる。

怖くて、気持ち悪い。

その空間にいることもままならない。

数週間後に自分はその現場にいなければいけないらしい。

卒業式なら欠席すりゃいいんだけど、そういうわけにもいかない。

しかも、結構真面目な場。


プレッシャーとか、失敗したらどうしようとか、色々あるけど

それ以上に、パンツだらけの空間に耐えられそうにない。

誰かわかってくれねーかな。


特に同級生パンツ履いてるのが、死ぬほど辛いんだ。

自分も同じ格好していてもしていなくても、本当に辛い。

何なんだろうな。




http://anond.hatelabo.jp/20170218224319

2017-02-18

スーツを着た大勢人間がいる空間を見たり、その集団に近づくと

本当に泣きそうになる。

怖くて、気持ち悪い。

その空間にいることもままならない。



数週間後に自分はその現場にいなければいけないらしい。

卒業式なら欠席すりゃいいんだけど、そういうわけにもいかない。

しかも、結構真面目な場。




プレッシャーとか、失敗したらどうしようとか、色々あるけど

それ以上に、スーツだらけの空間に耐えられそうにない。

誰かわかってくれねーかな。




特に同級生スーツ着てるのが、死ぬほど辛いんだ。

自分も同じ格好していてもしていなくても、本当に辛い。



何なんだろうな。




追記

もっと批判されるかと思ったけど、温かいコメントありがとうございます



トラックバックでも言ったけど、能面ピエロなども恐怖症。

マトリックスは見たことない。逃走中も苦手だけど、知っている人が真剣なことをしているのが怖いんだろうな。



実は工業系の学生で、卒業研究の発表会や学会の出席が決まってる。

就職スーツじゃない方がいいなとか漠然と思うけど

目の前の卒業式卒研学会がもう辛すぎて、卒論書くのはいいけどそっちの方が辛くて本当に泣きそう。



別件で心療内科はかかってたことあるんだけど、これ行った方がいい?

なんていうか、いい誤魔化し方ないかな。



こんなんでへこたれてちゃこの先生きていけない…なんて言われるんだよ。



追記2



様々なお言葉、本当にありがとうございますありがとうございます…。

ホッテントリ…。

賛同して頂ける方々、勇気をもらいました。



制服はまだ大丈夫だったけど、同じ方向に向かう同じ学校の人々を見るのが辛い。

私服選びがめんどくさいのはよく分かるし、スーツの「ちゃんとしてる感」に拒否しているのだろうか。

今でも登校がすごく苦手。小中学校大丈夫だったのだけど。

幸い今の学校徒歩圏内なので助かっているけど、それでも大勢人間と登校が本当に苦手。

たまに通勤ラッシュに巻き込まれると、焦っている人々を見て足が竦む。

進路やインターンシップ説明会とか、真面目にならなきゃいけない雰囲気というか。



普段ふざけて遊ぶ同級生が真面目になっているのも見ていられないし、お世話になっている先生がご飯を食べているのも見ていられない。

怖い、気持ち悪い、その場から消えてしまいたい、みたいな。



でも、決してスーツ嫌いなわけではなく、素敵なスーツもたくさんあるし、それを着こなす方々は男女問わずかっこいい。

スーツ否定をしているわけではなく。

ただ、普通にそういう空間に馴染んで、こういうことを思わずに、普通に生きたいな、とか思う。

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