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2017-01-17

修論を終えた感想

 無事に修士論文を提出し、諮問の日程も決まった。


 大学によると思うが、ウチの場合修論を提出した段階で、博士後期課程への進学と学位発行がほぼ決まる。逆に提出した段階での差し戻しを食らう場合は、修士論文撤回の憂き目となる。教授も出せるように指導するし、学生も間に合うようについて行かなくてはならない。とりあえず提出できたので問題がなければ、このまま無事に修了、進学となる。良かった。


 よくある適当私大阿呆学部卒業したので、司法試験を受けるでもないのに卒論は書かなかった。留年もかました典型的マジメ系クズ学部時代の禊ぎをすませることができ、うれしく思っている。ウェーイでもDQNでもオタクでもなかったあの頃の残念さ、大学卒業してから放浪にも似た十年を、期せずして総決算する機会となって良かった。


 文系修士博士無意味だと騒がれて久しいが、そんなことないと思う。そもそも社会的無意味無効な誤差として処理される人間にとって何かしら一つをやり遂げた記念が、社会的認証されることは自信を得る機会になる。もともと無意味人間には、意味のあるものだ。


 幼少期から思春期青年期にかけて自信を育む機会を生かせなかった人間には辛いことが多い。自信の無さが生活態度、言動に現われるし、結果、多少の理不尽なり違和感を周囲に与えて暮らすことになるからだ。その齟齬が対人関係軋轢となる。


 もちろん修士号をもらったところで、身に染みついた挙動の滑稽さ、可笑しさが拭えるわけではない。聖痕のように残るものだろう。それでも、何かをやり遂げたという実感が、ありふれて大したことではない修士論文の提出という事柄に込められていて、少しだけ自信を得ることができた。


 4月から博士課程に進む。同時に研究分野の珍しさと新しさもあり、ある企業研究員として雇ってくれることにもなった。学振は落ちたけれど、博論を書きながら、研究員という願ってもない形だ。

 もう若者ではない。朝、鏡をみると、残念なおっさんが寝ぼけてくたびれている。老いつつある両親に会った際、母に結婚について聞かれたが、それはあきらめている。でも、覗いてみたい世界があり、その世界研究員という形で足をつっこんで暮らしていけるのだ。悪くない。

 21世紀も後半になる頃には、僕はこの世界からログアウトしているだろう。それでも、自分が残した浅薄で僅かな研究や記録が、後継の偉大な天才と俊英たちのいくらかの踏み台になり、また諸俗凡人の皆さんに少しでも益するならば、それでいいじゃないかと思っている。百年後に一度、次の誰かが少しだけショートカットできるための一行を書く仕事、それが僕の務めだ。


 修士論文を書くということは、最低限、その分野の歴史の全体が見えており、研究史の中で自分立ち位置を把握した上で、浅彫りの僅かながらも確実な成果を置いていくことを意味する。そうすることで、今までぼんやりと見えていた世界がくっきりと鮮明に見えてくる。ザルだった視点が、精細さをもってくる。それが世界他者自己の精彩さに変わってくる。分野によるし一概にも言えないかもしれないが、僕はそういう経験をした。


 修論を出し終えて、本当にやって良かったと思っている。

看護学生

看護学生してて思ったこと。

もちろんプライバシー保護は大切なので、掘りいったことは書きません。

ひとつの例として受け取ってもらえればと思います


わたし

看護大学4年、もうすぐ国家試験

教員陣は怖い人が多い

・なんとかなるから大丈夫と思ってる

ヘタレ

・きらいなことは行動計画発表


まず、大学でのこと。

1年の頃からフルコマでびっしり勉強が始まり医療ことなんてちんぷんかんぷんながらも頑張って覚えた解剖生理学

途中に挟まれ技術演習。血圧測定のテストではダブルステートで教員と聴いた。よくできていた人にも粗探しをされ、文句しか言えないのかと思った。

2年くらいになると文系大学で現れる〝全休〟。そんなものはなかった。「起きたら2限始まってたあ〜」なんて有り得ない。1限すら落とせない。絶対に、這ってでも1限に行く。単位を落とすことさえ許されない。実習が始まるから授業どころではなくなってしまう。わたし大学ナース服を着る時は黒髪でなければいけなかったので、大学生活はほぼ黒髪夏休み染められるのが嬉しかった〜。


3年から始まる領域別実習。(2年生からのところもある?)

教員が鬼に見えた。

病棟へ行き、行動計画指導者に見せる前にまず教員チェックが入る。

「なんで?」

「は?」

あなたは昨日の夜何をしてきたの?」

教員言葉が痛かった。わたしを見る視線も痛かった。逃げ出せるもんなら逃げ出したかった。

毎日2時間くらいしか睡眠時間が取れないくらい、必死に受け持ちさんの疾患と症状を見比べて立てていた行動計画。こんなに必死にやっても褒められることはなかった。

それがやっと終わっても次にやってくるのは指導者への行動計画発表。指導者2人+教員2人VSわたし、なんてこともあった。実習の中でいちばん嫌いな時間だった。グループメンバーがズタボロに言われてるのを見て、ああ……わたしもこうなるんだ……と毎日思ってた。

アセスメント看護計画教員からコメントが心に刺さるものが多くて毎日泣いていた。甘えかもしれないけど、もっと言葉の棘をなくしてほしいと思った。


唯一実習で癒されるのは患者さんとの時間。本当にありがとうと言いたい。ベッドサイドが病棟いちばん落ち着く場所かもしれない。まあそれでバッ!とカーテンが開いて教員が現れた時はもう\(^o^)/こんな感じだけど。

そんな患者さんだけど、アセスメントして計画を立てるためにこんなこと聞くの?みたいなことまで聞かなければいけない。根掘り葉掘り聞かれて患者さんは嫌じゃないかな?とか、わたしだったら聞かれたら嫌かもしれないな、、なんて考えながらお話をしていた。聞いてきたことをアセスメントに加えても、不足があって指摘される。ここ聞かなきゃ!って思うけど、どうやって聞けばいいんだろう…とかなり悩んだ。病態よりもコミュニケーションに悩むことが多かったかもしれない。御家族から聞けることは御家族が面会に来られた時しかチャンスがないからもう必死(笑)きっと変な言葉になってただろうな〜。


指導者への報告の仕方とか、ケアの手順とか、調べてきてもやっぱり実際の病棟とは違う。仕方ないけど悔しかった。


あとは、ナースステーションの居心地の悪さ。記録部屋を用意してくれる病院ならまだいいけど、それがないところはナースステーションにいるしかいから頑張って看護師さんたちの邪魔にならない場所(隅の方)を探して居るけど、邪魔じゃないかな?ここ使うかな?といつもら気にかけていてナースステーションは好きな場所ではなかった。実習に来てごめんなさいといつも思ってた。


あと、やることがなくなる、もしくは何をやればいいかも分からなくなると始まる病棟散歩(笑)教員指導者に見つからないように病棟をうろうろした。だって何したらいいかわかんないんだもの。聞くにも「なぜ私に聞くの?」って言われるから1度聞いたらもう聞けない。うろうろするしかない。


領域別実習が終わって卒業研究。いわゆる卒論のようなもの。3年生の2月とかから始めて、国試勉強とか就活しつつ10月に完成させる。文系大学と比べるのもおかしいけど、わたしは同時進行でやることが多いから、卒論くらいでなんであんなに文系大学は騒いでるんだろうって思った。

最後に。

鬼の教員だらけで大変だったけど実習は休まず行ったし、単位ひとつも落とさなかった。普通のことだけど。なんとかなるもんだと思った。寝れなくても、病棟で泣いても、怒られても、なんとかなる。大学生だけどあまり大学生らしい生活はできないからそこだけ覚悟必要かな。


で、今は国試直前。

こんな時間に起きてることも、こんなの書いてることもあまりよろしくないです。でもなんとかなることを信じて頑張ります


追記です。

なぜ度々患者さんへ許可をとるのかについて。

インフォームド・コンセント(事前に説明許可を得ること)ぜったい!と教えられているので、何をするにもまずは「次にこれしたいのですが、いいですか?(簡単に言うと)」と聞かねばなりません。

それもきっと患者さんからしたら、いちいちうるさいなあってなりますよね。でもそれをしないと、教員指導者(学生指導看護師)から「え?許可とってないの?ならできないよ」と言われてしまます。なかなか難しいことばかりで……。

受け持ち患者さんに受け持ち開始の時に「毎回許可をとらねばならないため、何度も聞いてしまますすみません」と聞いたりしたらいいのかもしれません。ただ、全く余裕もなく毎日焦って不安でぐちゃぐちゃになっているので、できないだろうなっていう思いもあります。もうわたしは実習が終わってしまったので、就職してから学生を受け入れる側になったときに気をつけていきたいと思います学生が受け持たせていただくとき患者さんへの説明が、「嫌なことは断っていいです」スタンスなのであまり説明のことは説明されてないと思うんです。やらなければいけないですね。

2017-01-15

生きる目的とは

この時期おなじみの研究室ネタです。

研究室に配属されてから、ずっとこのことを考えている。

もはや何のために生きているのか全くわからない。

もう疲れた。ゴールしたい。

死んだらウンタラカンタラという人はよくいるかも知れないけど、正常じゃない精神をもっているひとは死ぬのが一番ラクな方法であることをしっている。

せっかく死ぬんだから死ぬつもりで頑張れといっている人もいるけど、やっぱり死ぬのが一番ラクなんだ。

ただ、まわりに迷惑をかけたくないからコトを起こさないだけ。

どこでこんなふうになったのか、ちょっと振り返ってみるとする。

これを読んでいる人の反面教師になれれば幸いである。


小学生の頃

そこまで人生に悲観するような人ではなかった。あたりまえだ。このころから壊れていたらそれこそ怖い。

自発的物事に取り組めていろんなことを楽しんで経験できたと思う。

だけど、今思うと凶兆はでていたのかもしれない。

この頃から負けず嫌いだった。負けたくなかった。

ただ要領はよかったので、少ない努力他人を打ち負かすことができた。

この時からか、勝ち負けにこだわり続けるようになったのか。


中学生の頃

この時も持ち前の要領の良さを活かして勝負ごとではそこそこの成績は残してきた。

だけど、嫌な逃げ癖を覚えてしまった。

部活剣道をやっていたが、練習がとても厳しくよくサボっていた。

しか練習をただサボるのではなく、練習中にわざと倒れたり、持病があるといって病院に行くと嘘をついたりしていた。

まり外面を守りながらサボる、クソみたいなサボり方だったのだ。

わざと過呼吸を起こして家に帰ってゲームをしていたということもあった。

救いようが無いな。


高校生の頃

要領が良かったので、地元トップ高校に入ることができた。

しかも無勉強で入ったといろいろな人に誇張していた。

実際は毎日2時間勉強していたのにな。

まり見栄っ張りだったのか、この時からも。

そのせいであとで自分の首を締めることになるとは思ってもいなかっただろうに。

地元トップという理由高校に入った自分は何の目標もなくのうのうと生きていた。

部活中学校の時みたいに苦労したくなかったので、ほとんど遊んでいる登山部に入部した。

この3年間は本当に無駄時間を過ごしていたと思う。

高校3年の夏、担任先生志望校を伝えたら鼻で笑われたから、頭にきて大学受験勉強をした。

それだけだったな。振り返ってみると

大学生の頃

そこそこの大学(旧帝)の理系に入ることができたが、入った目的担任先生を見返してやりたいということだけだった。

入ったあと無気力になり、サークルにも入らず家に引きこもるようになる。

厳密には大学には行っていたので引きこもりでは無いが、授業を受けて帰宅してネットサーフィンをするという日々を繰り返していた。

無論友達ほとんどいない。どこの大学はいるのが重要ではなくて、大学に入って何をやるのかというのが重要であると気付き始める。

このときから、生きる目的を探すように、探すことにすがるようになる。

研究室配属

生きる目的人生目標も無い私は、学年トップの成績がなければ配属競争に負けるという噂があった研究室名前を配属希望書に書いて提出した。

単なる見栄だ。自分他人より優れているということを証明たかった。

いま思うとこれが人生最大の過ちだったと思う。

もちろんその研究室の専攻分野に興味を持っていたのは確かだった。しかし、大まかな動機は上にあったソレだ。

ここの研究室の人たちは皆優秀だった。噂通りだった。

しかもみんな背骨のあった人であった。(http://next49.hatenadiary.jp/entry/20090222/p2

自分にはなかった。もっと言えばこの時に育てることができなかった。

見栄で研究室内でだれもやってない難しいテーマを選び、玉砕した。

そのテーマ研究企業との共同研究だったため、強い責任を感じていた。

また誰もやっていないテーマだったため、質問しにいっても迷惑がかかると思い、質問にあまり行けなかった。

行ったとしてもすごく辛かった。迷惑を掛けている気がして。

次第には研究室に行かなくなった。教授に、先輩に、同期に、クソ野郎レッテルを貼られるのがいやで。

順調に悪循環を築き上げていった。

卒論は糞みたいなのを書き上げて卒業した。自他共に認める糞だった。

大学成績が良かったため、大学から賞を戴いたが、自分は糞製造機にしか過ぎず、もらうには不適切だと思って更に気分が落ち込んだ。

大学院生

旧帝の理系学生は院に行く、というよくわからないしきたりに流されて、大学院に行った。

これも間違いだった。糞製造機と成り果てた自分はもはや研究に熱意もなく、ただただやらなければならないことをこなすだけだった。

面白くもなく、楽しくもない。

昔は楽しかったのかもしれない、もうよくわからない。

M1だが、生きる目的目標もなく、割り振られた仕事すら放棄し、研究室にも行かず、ここ増田愚痴を書いている。

精神科にも行った。カウンセリングにも行った。だけどやっぱり何のために生きているかからなかった。

もうなにもしたくない。生きる目的もない。

こんな苦しいことが続くなら、とっとと楽になりたい。

振り返ってみると、糞野郎になった原因は、逃げて逃げて楽して見栄をはったからだとわかる。

至極当たり前だ。しかも中身がない。

そんな人が、中身のある集団研究室)に放り込まれた結果、病んだだけ。

なるほど。

22年間生きてきて学んだことがこれだけかと思うと涙がでてくる。

あとはどうやって皆に不便を掛けずに退場する方法を考えるだけである

2017-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20170109200731

大学で身に着けるのは情報主体的インプットしてアウトプットする技術よ。

一方的先生の言うことを教わってればよかった小中高と違って大学自分で授業選んだり、自分研究テーマを見つけて、自分で調べて考えて卒論書かにゃならん。指導教員は使い倒せ。

これを真面目にやってればほどほど使い物になる人間になれる。

ホリエモンみたいな大学不要論者はなまじ出来がいいか自分課題を見つけて自分で調べて考えてアウトプットする技術トレーニングしなくても自然に身に着けられるものだと思ってるんじゃないかと思ったりもする。

2017-01-07

卒論終わる気がしない

世の大学卒業している人々ってすごいんだなあ

理系からだろうか、そんなことは関係ないのかな。卒論ってなんでこんな苦しいんだ…教授に会いに行くのが辛い…

頭がくらくらする時間のなさでどうにかなる気がしない 卒業したい…

2017-01-06

やる気がでない

 卒論と向き合わなきゃいけない日々なのに今日一日は昨日進捗出したし〜とか甘い考えの元こたつに入ってぐだぐだして過ごしてしまった。今日やったことってなんだっけって考えるとソシャゲピクシブ漁り・ツイッターテレビ・買い物とか思い出す限り最高に息抜きしかしてなかった。昨日の進捗も思い返すとそんなにやったっけという気持ちになり、今頃焦ってきた。

 携帯をしているだけで3時間とか余裕で使えてしまうから、やらないとな〜と漠然と考えつつ携帯をいじる、みたいなアホなことをしている。結果起きてから何もしてない。

 やる気でるまで待っていたんだけど、無理だった。理由として今やることと向き合っていなかったからだと思う。今やることが結構漠然としたことで、目標は決まっているけどやる行動は決まっていない感じだった。とりあえずこれをやろうって決めるとちょっとはやる気でた。TO DOリストって大事だ。TO DODODODODODODOみたいになったけど。

 あと教授と話すのがすごく苦手なので会うのが億劫でやだ〜!ってなる。かといって話さない道はないのでおとなしく進捗を出して少し自信を持って話せるようになる外ない。けどこの自信を持つ、がプライド高くもってしまいすぎると話す前から自分で圧迫してしまってやっぱり会いに行くのやめようとか思ってしまう。実際そんなことが5回以上ある。

 期限をきっちり決めることは重要だなと思う。自分場合月曜までにやろう〜と心の中で決めてて、でも別に厳守というわけではなくて、終わんないし火曜…みたいな感じでずるずる伸ばしてしまう。これ非常にまずくて結果的教授確認とるのがめっちゃ遅くなる。なんか罰とか設定したい…一回だめなごとに親に仕送り一万とか。最早先生が会う時間決めてくれれば一番いい気がする…頼む…。

 あとずるずると長い期間やってしまうせいで、だらけてしまう。時間あるって勘違いちゃうんだよね。そんでもって進捗が微妙だったりするので、長い間いなかったのにこんだけ?みたいなこと言われるのを危惧してまた取り組むけどやっぱりそこまで進まない…ということが多い。ほんと長い期間やるのはだめ。短いスパンでテキパキやってテキパキ休むのが理想なんだろうなあ。自分はどうも、休む時間をとりすぎてしまう気がする。ツイッターとかふいに見るんじゃないよ…。タイマーでもかければいいのだろうか。

とりあえずまとめ?

・やる気が無い時はTODOリストかいてみる

・期限を決め、厳守する。

・休む時間とやる時間をきっぱり分ける

期間的にもあとすこしだし、ここを乗り越えればなんとかなるという心意気でモチベを保ちたい。今更だけどさ!

あと、こういうのかくと少しやる気あがる気がした。終わり。

2017-01-05

卒論単位やばい

 10月ごろから進めているはずの卒論がまったく進んでいなく、毎週教授に進捗報告しているはずなのに全然進んでいない。

 どうにかしないとと思って教授の元に質問しに行こうかと思っても怖くてなかなか行けない。実際何回か辛辣言葉をかけられて行きづらい。どのくらい進めたらもっていっていいレベルなのかがよくわからない。教授メールなどで連絡するのが嫌いなのか、毎回教授の部屋を尋ねなければならない。ノックをするのが毎回怖い。よくわからなくて家に閉じこもってしまう。研究に対する調査とかしていると頭がぐらぐらして寝っ転がってしまときがしばしばある。効率が悪くすすまない。

 今期は単位が全部とれているはずが、前期にあと数点というところで単位を落とし、先生メールをおくって救済処置をと思ったがだめだった。一応後期にとっておいた講義を受けるが、課題がひどく重いせいで卒論すすめる時間も少なくなってしまっている。地味に講義英語でやられるせいで英語が苦手な自分はよくわからないうえに講義のたびに頭がいたい。一緒に受ける友達もいないので聞くこともできないしつらい。適当講義をとった自分馬鹿だが、これを受けないと単位が死んでしまうので毎回死んだ目をしながら受けている。課題はわからないときがあると気が狂って部屋の中で暴れることもしばしばある。

 あと一ヶ月半近くで卒論は終わるのか、単位はとれるのかが心配でならない。就職先は決まっているもの卒業が伸びたらだめになっちゃうのではとか、親に迷惑をかけてしまうとか、色々考えてごちゃごちゃする。今までの大学生活は割とちゃんとできていた気がする、単位だって今まではちゃんととれていたのにつめが甘かった。なんとなく過ごしていればさらっと卒業できるものだと思っていたのが本当に馬鹿だった。

 とりあえず教授にあうのが怖いが明日勇気を出してみる。冬休みから会っていない。こんな自分をまだ指導してくれるのかが不安。だめだったら、おとなしく秋卒業か退学かを選びたい。と思っているものの実際に春卒業できなかったら鬱に殺されそう。実際単位を落とした時は死のうかと本気で考えていた。病院に行くべきだろうか。明日大学行ったら色々考えよう

2017-01-01

新しい年になっても辛気くさい気分のままだから、寝る前に浸りきって、朝が来たらより良い2017年のために頑張りたい。

そのために書いたクソポエムです。




2015年12月31日、私は自分アイドル絡みで涙を流す日が来るなんて思いもしなかった。純粋に、そこまでの思い入れがなかった。ないと思っていた。ましてやジャニーズアイドルなんて。

同級生女の子たちが楽しそうにジャニーズの話をしているのが理解できなかった。カッコイイと言うそ感覚が分からなかった。テレビきらきら歌い踊る彼らを見ても、彼女たちと同じ熱量で歓声を上げることなんてできそうもないという結論を下すほかなかった。

それでも、女子として学校生活を送る以上「好きなアイドルって誰?」という質問を避けては通れない。そんなとき、私は「SMAPとかかな」と曖昧に笑みを浮かべて答えた。

私は今、社会人1年生。留年なしのストレート。周りは「SMAPなんておっさんじゃん」と切って捨て、「変わってるね」と私のことを笑った。

中学1年のときには花より男子の2期目が放送され、みんな嵐に夢中だったし、デビューしたばかりだったHey! Say! JUNPや関ジャニ∞ファンの子もいた。ごくせんの影響でKAT-TUNが好きな子もいた。その4グループ以外にも、SMAPより後輩のグループなんてほかに沢山ある。

でも、私は「好きなアイドル」にSMAPしか挙げなかった。嵐のグループ名は認知していたし、花より男子は見ていたか松潤名前も知っていた。適当に嵐ファンの振りをすることも、いま思えばできた。

でもやっぱり、当時の私はSMAPが好きだと言っていた。あの子たちと同じ熱量できゃあきゃあ言ったりできないのに。

SMAP世界に一つだけの花が好きだった。オレンジ夜空ノムコウが好きだった。SHAKEも好きだった。がんばりましょうも。好きな歌が沢山あった。

母親スマスマをよく見ていた。母は自分世代だった近藤真彦が好きで、その後輩たちの動向も気になるらしかった。

世界に一つだけの花ダブルミリオンを達成したと知らせるラジオを母と一緒に聞きながら、小学生のころ、飛び跳ねて喜んだことがある。そのころの私は世界に一つだけの花が空で全部うたえた。



2016年、年明け早々に流れたSMAP解散報道を知ったのは、卒論を書き終えて自堕落昼過ぎまで惰眠を貪り、起き抜けに枕元のスマホを手に取ったベッドのなかだった。

嘘でしょ、と反射的に思った。SMAP解散報道は今まで何度もされて来たけれど、どれも誤報で、結局SMAP解散しなかった。だから今度だって誤報に決まってる、つまんない憶測でしょ、信憑性なんかない、と思った。

記事を読み進めていくうちに、今度はかなり深刻らしいと悟った。

気がついたら、涙が一筋こぼれていた。

驚いて、びっくりして、それからダブルミリオンの知らせを聞いたときの嬉しい気持ちを思いだした。

母親SMAP番組をよく見ていたから、SMAP総合司会をやった年の27時間テレビも、SMAPメンバー5人で旅行した5人旅も、見ていた。それぞれのメンバー個人でやっている番組も見ていた。

気がついたら、私は5人のことをけっこう知っていた。少なくとも中学生だったあの日苦し紛れに「SMAPが好き」と答えていたあのころより、ずっと沢山のことを知っていた。

最初は5人じゃなくて6人で、メンバーがひとり脱退しちゃってるとか。2回もメンバー逮捕されてるのに、解散してソロでやっていく判断はしなかったとか。

27時間テレビで見たライブときの顔、5人旅で見た意外な仲の良さ。

SMAPSMAPが好きって気持ち

いろんなことを知っていて、点と点を線で繋げられるまでに私は成長していた。昔は分からなかったことの意味が、頭のなかを巡っていた。

自分の部屋を走り出て、リビングにいた母と不安気持ち解散報道について話し合ったことを覚えている。

それから、例の謝罪があって、解散が決まって、署名が37万人以上も集まったり世界に一つだけの花トリプルミリオンを達成したり、スマスマが終わったり、8面も新聞広告が載ったりした。

私は不安や、よく分からない憤りや悲しみを抱えて、それを眺めていた。画面の向こうで、紙面を見つめて、いろんなことは言うけど、言うだけだった。

母親相談して、アルバムBlu-rayを買ったぐらいかな。やったことって。

年の瀬が迫るにつれて、どんどん心配になるのに、なんだからさら遅すぎる気がしていた。

さら、本当はちゃんと好きだったって気付いても、遅い。

ジャニーズなんて」みたいな気おくれも、私を笑う周りの声も、真面目に取り合わなきゃならないようなものじゃなかった。そんなものさっさと捨てればよかった。

ずっとそのままでいてくれるって、いつの間にか思い込んでいたから、多分あまえていた。

いなくなると知って初めて大切さに気付くなんて、やってる本人はドラマチックに浸れるかもしれないけど、やられた方は堪ったものじゃないことは、ずっと前から実地体験して骨身に染みてたはずなのに。

罪悪感が、今さら好きですなんてますます言えなくした。

2016年最後の日、初めてアイドルラジオを聞いた。SMAPの、中居さんのラジオ

終わったとき、泣いていた。涙が一筋じゃ済まなかった。ぼろぼろ泣いていた。

2016年が終わった。




27時間テレビノンストップライブの録画がまだ残っていたので昨日、改めて見た。格好いいな、と思った。思ってる。SMAPが好きです。

2016-12-28

くのいちねん,鬱もどき浮気もどき

僕の1年を振り返ろう.


3月 

卒論制作でとても忙しい.3月末の学会まで出た(卒業するのに)

4月  

・某企業入社 規模は2000人位で,業界では大手だ.稼ぎはそこそこになるのかな?

想像以上に激務でビビる毎日終電

5月  

・激務でつらい

大学時代親しくしてた女の子と会ってしまう(彼女いるのに)

女の子(上記)とお酒飲んじゃう.飲んじゃうだけ.

6月  

・激務でつらい,出勤前に体調を崩すようになる.

女の子(上記)とお酒飲んじゃう.うちに泊めちゃう.泊めちゃうだけ.

7月

・激務でつらい,勤務中トイレで吐きながらも続ける.頑張ってた.

女の子(上記)とお酒飲んじゃう.女の子の家に泊まっちゃう.泊まっちゃうだけ.

8月

・激務でつらい,勤務中トイレで吐きながらも続ける.頑張ってた.

女の子(上記)とお酒飲んじゃう.女の子のこの家に泊まったし,うちに泊めちゃう.泊まって,泊めちゃうだけ.

9月

・激務でつらい,勤務中トイレで吐きながらも続ける.頑張ってた.

女の子(上記)とお酒飲んじゃう.女の子のこの家に泊まったし,うちに泊めちゃう.泊まって,泊めちゃうだけ.

10月

・激務でつらい,勤務中トイレで吐きながらも続ける.頑張ってた.

・突然,全部がだめになって,出勤前,涙が止まらなくなる.泣きながら上司電話して病院へ行く.→適応障害とか鬱とか診断される(幾つか病院回った)

11月 

休職

12月 

・今に至る


現在休職中,どうなることやら.

転職も考えてるけど体は動かない…


彼女のこと大好きだけど,遠距離だし寂しくなって女の子に会ってしまう.

あってもご飯だけだし,それ以上何もないけど…


来年はしっかりした人間になりたいです

2016-12-12

http://anond.hatelabo.jp/20161212224845

新規性にもいろいろある。

昔やられている研究を別の観点から分けて見たり、まとめてみたりして論じるのも新規性だし。

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea02.htm

オズボーンとか参照しつつ、適宜面白そうな組み合わせなり改変なりすればいいわけで。

・Substitute(入れ替えたら?)

・Combine(統合したら?)

・Adapt(応用したら?)

・Modify(修正したら?)

・Put to other uses(使い道を変えたら?)

・Eliminate(取り除いたら?)

・Rearrange/Reverse(並び替えたら?逆にしたら?)http://www.idea110.net/post_7.html

そもそも1つの研究は1つのことしか言っていないはずだから、昔の研究ですべての観点検証しつくされているのはよほど人気がありかつ古くから研究されている分野でないとないのでは。卒論レベルでは場合によってはその新規性とやらが仮に過去研究の追試だったとしても追試したという点での新規性いいんじゃないの。まぁ完全に追試だけだったらちょっと指導教官の力量を疑うが・・・

卒論2

http://anond.hatelabo.jp/20161212223235

学部レベルのものはい研究であるんだから新規性必要ものだと思ってたんたけど、そもそもその前提が間違っていたのか?

卒論で提出するものとほぼ同じ内容のもの学会で発表するときとか、オリジナリティはどこなんだってやたら言われるんだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20161212223235

東大生でさえ毎年云千人という単位卒業していくのに卒論新規性なんか求めてどうすんの?

教授もそんな個人情報の塊重要視してないし、学部生に期待もしてないから、書きたいもの書け。

卒論

新規性とかオリジナリティとか、他学部の人はどうやって作ってるのかすごい気になる。

自分情報系だから新しい技術を取り入れるとかでわりとこじつけれるけど、文学部とかどうしてるんだろ?やり尽くされてるイメージが強い。

2016-12-01

こんにちは12月

こんにちは12月

卒論はまだ1文字も書いていない

卒業したい

締め切りまであと14日


















助けて

2016-11-15

卒論通過儀礼

卒論、つらい。

自分の頭のなかを今輪切りにしたら、多分この二単語が縞模様を作っている。

卒論を書きはじめるまで、自分はそこそこデキる学生だと思っていた。

研究室の同期のなかではレポートの出来も一番良いと褒められることが多かったし、

そもそも通っている大学だって旧帝大だ。

教授との仲も良好で、コミュニケーション能力を褒められることも多々。

デキるやつだと思い込んでいた。

でも、今、卒論を通してその自己認識いか薄っぺらで都合の良いものだったか思い知らされている。

圧倒的に読書量(文学部)・知識量が足りない。

今までの学生生活、思い返せば何をしてきたんだろう。

人に見せてきた明るい性格も虚勢だったみたいで、今はメンタル系の薬を飲んで心を落ち着かせるので精一杯だ。

大学生活、インターネット趣味時間を浪費して何も身に付けられなかったのに、

上っ面を取り繕うのだけは上手いか自分無能さに気付くこともできなかった。

周りは気にし過ぎだとか、十分能力はあるとか言ってくれる。

でも、自分脳みそ人間性も、がらんどうだ。

研究テーマが、つまり自分の関心の所在がわからないのもきっとそのせいなんだろう。

世の中のひとはどんな気持ち卒論に臨むんだろうか。

私みたいに、自分無能さに打ちひしがれて、死んだほうがましだって考えたりしてるんだろうか。

卒論はそういう通過儀礼なんだろうか。

そうだとして、これを「通過」できる自信が正直自分の中に無い。

卒論、つらい。

2016-11-04

http://anond.hatelabo.jp/20161104232759

早稲田だろうとどこ行こうと、この文章力じゃ卒論もムリムリww

学歴云々以前に、図書館で『〜話し方が9割』でも借りてきて読んだほうが君のためだぞ。

2016-10-20

17公務員落ち民間企業就活中だが絶望している

公務員最終面接落ち後、9月から民間就活を始めた。

並行して新卒向けエージェントも利用。

でもあんまりいい求人ないな、それに落ちた理由も詳しく教えてくれない。

そして昨日、ハロワが行う合同面接会で応募した企業の最終面接が落ちた。

初めての役員面接はきつかった。

うまく説明できなかった。話がかみ合わなかった。説教いたことも言われた。

威圧感がすごく、緊張した。質問を返すのに精いっぱいで熱意を伝えられなかった。

から落ちたんだと思う。

だが受かっていれば就活は終了していたはずなのに。

自分面接が苦手だと思う。

えっと、えっとと言いながら話す。聞き取りづらいと思うが治らない。

緊張していることと準備不足だからだろう。

めちゃくちゃ入りたい!と思う企業が見つからない。

最近は転勤なし・土日休みという「条件」で探す就活をしているからだと思う。

志望業界とか特にない。とりあえず正社員で働かせてくれ。

そもそも、求人を出している企業が少なくなってきていることもありあまり業界

絞っても意味ないんだと思う。

企業研究同業他社との違いを理解しろと言われるがどうしろっていうんだ。

ホームページ就職サイトをみる、または会社説明会ぐらいしかない。

日経テレコム非上場会社情報あんまり載っていないとわかった。

何よりつらいのは卒論が終わっていないことと周りが内定貰っていることである

同じく公務員目指していた人たちはみんな合格している。

ゼミ内定がないのは自分だけ。

友達就活を終えている。

ツイッターをみると楽しそうに遊んでいるのがとてもうらやましい。

家族もまだ決まらないのか!とピリピリしている。

恋人も気を使ってくれているのが痛いほどわかる。つらい。

ごめん内定なくて。心配かけてごめん。

本当に就職できるのかな、と不安気持ちでいっぱいだ。

こんな自分採用してくれるところはあるのだろうか。

最近の口癖は「死にたい

独り言が多くなった

就職自殺を考える学生気持ちがわかる気がする。

といってもまだ自分10社ほどしか受けていない。

100社ぐらい受ける人もなかにはいると聞く。

その強靭メンタルどこから来るんだ。すごい

就職したい気持ちはあるがやる気もなくなってまあなんとかなるっしょ

って開き直って楽観的に考えてしまうこともあるがやっぱり最後は死にたくなる、つらい。

とりあえず卒論をすすめて、また就活をする。

面接は嫌いだ。志望動機を考えるのが苦手だ。

から働いている人を見ると面接クリアした人たちだ、すごいなと思う。

社会人になりたい

もう就活なんて嫌だ

死にたい

2016-09-26

思うこと

街の中で、アベック、いわゆる「リア充」を見て、

「妬ましい」とか「死ね」とか「刺されろ」とか俺は一切思わない

しろ

「こいつ、容姿体型属性性格の4ファクター全てが許容範囲内にある相手を見つけて、好きになって、付き合って、関係を持続させてるのか、スゲエ」と思ってしま

これだけのステップを乗り越えてきてるって、

例えるなら大学卒論並みの大事業だな、とまで思う

2016-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20160920192134

「シコシコ」「シコる」がそういう意味に定着したのは、ビーバップハイスクールからではないだろうか。なんていう仮説を立ててみた。

だれか卒論テーマに使って。

2016-09-19

卒論の提出間際という夢見てた

焦ってた

なんでこんな夢見たかなあ

締め切り間際のなにかが形を変えたのか

2016-09-14

ニートだけどシン・ゴジラ登場人物学歴とか考えた

矢口蘭堂早稲田大学政治経済学部政治学科卒業(現役)。在学中に一年オックスフォード大学交換留学卒業後は発足したての国際協力銀行に入行。日本企業が関与する途上国インフラ整備プロジェクト等に携わる。退職政治家に。

赤坂秀樹:父は財閥商社マン麻布中学校高等学校卒業東京大学法学部第3類(政治コース卒業一浪。現役時は慶大法に合格していた)。BCG入社。在職中にノースウェスタン大学ケロッグスクールMBAを取得。退職政治家に。

カヨコ・アン・パタースンハーバード大学飛び級卒業。専攻は比較政治学

志村祐介実家京都の旧家。洛南高校卒業京都大学法学部卒業(現役)。

大河内清次:秋田高校卒業東北大学法学部卒業

・東竜太中央大学法学部卒業

・花森麗子:上智大学外国語学部ロシア語学科卒業卒論テーマロシア対日政策卒業後、大手保守系新聞社就職女性としては異例の出世をする。在職中に執筆した国防論に関する本がスマッシュヒットTV等にコメンテーターとして呼ばれる機会が多くなり、保守系論客として名を上げる。保守第一党の誘いを受け、政治家に。

尾頭ヒロミ桜蔭中学校高等学校卒業京都大学大学院理学研究科修士課程修了(生物学専攻)。

・財前正夫:防衛大学校卒業

里見祐介:名古屋大学文学部卒業一浪)。

泉修一早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。在学中には早稲田大学雄弁会会長を務めた。卒業丸紅入社めっちゃ稼ぐ。退職政治家に。

・森文哉:東京大学大学院薬学研究科修士課程修了。

・間邦夫:大阪大学理学部卒業一浪)。アマースト大学卒業チューリッヒ工科大学にて博士号取得(生物学)。博士課程在学中から欧州分子生物学研究所研究員として勤め、博士取得後も継続するが、人間関係が原因で退職日本帰国するも、日本での人脈づくりを全くしてなかったプラス学説異端っぷりでアカポスを得ることは出来ず。長い間ポスドク非常勤講師として糊口を凌ぐ日々が続く。50前にしてようやく城北大学ポストを得るも、准教授より上には登れないでいる。

ベテラン官邸職員高卒。既婚。

ゴジラ学校には行ってない。

2016-09-02

http://anond.hatelabo.jp/20160902145218

卒論に対してどこまで添削が入るか次第な気もする。

2016-09-01

[]卒研不安

成績は中の下か下の上くらいのしがない理系大学生

思ったことをとりあえずインターネッツの海に放しておくことにする。

卒論できんのかしら……。

卒業研究での大切な点①

研究室にはなるべく毎日行く。

まあ、卒研研究室生活について書いてあるblogだとよくある話。

気分的に本当に今日は無理みたいな日も来るかもしれないから……。

ちなみに、私は豆腐メンタルからそれなりにある。(求 解決方法

同期が全く研究室に来なくて見放されつつあるのを見るとますますそう思うよ。

to doリストを作る習慣

実験やって、週報ppt作って、中間報告用レジュメの構想も練るなんてのはまあある話。

頭の中であれもこれもやらないと考えていると混乱するから、締め切り日順にto doリストを作るといいきがする。

締め切りはないけどやらにゃならんことも多いだろうから、そういうのは逆算して自分なりの締切りを設けておく。

頭の中も整理されて少しは気が楽になる。

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