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はてなキーワード: 自己分析とは

2017-03-23

就活面接うんこをチェックする企業

 サークルの先輩に聞いた話だが、就活生に面接室でうんこをさせて、その外観・芳香品格等によって選考をなす企業があるらしい。嘘みたいな話だが、これが本当なのだ。そもそもなぜ学生うんこをさせるのかというと、そこには創業者の信念がある。その創業者は幼少時代学校ボットン便所内に転落したことがあった。助けを呼ぼうと思ったが強烈な悪臭のため口を開けることができない。そうこうしているうちに同級生たちがやってくる。呑気に排便する同級生を頭上に望むこと十数分、彼は気づいた。良識あり頭脳明晰なる学友の便が美しい光沢を持ちまっすぐ決然と落下していくのに対し、最低にしておよそ褒めるべきところがない学友の便は表面が醜く爛れ、便槽に着地すると不愉快な音をたてる。そう、うんこ人間性は比例するのである。この大発見によって彼は陰謀渦巻く実業界中において成功を手にし、全学生の憧れるホワイト企業創業者となったのである。以上は創業者自伝による。

 つまりうんこによって当人の人柄はもちろん将来における成功ありやなしやまでをも判定することができる、というのがこの企業の言い分なのだ。これによって苦労するのが就活であることは言うまでもない。なにしろ面接会場で当意即妙うんこ放出しなければならないのだ。うんこ面接学生の間で知られるにつれ、いろいろ対策がとられるようになった。就活生はまず自己分析の一環として自らの排便を見つめ直さねばならない。ワークシートに排便日時・場所・形状等を記録し、それを元に企業の求めるうんこを練ってゆく。そして、面接数日前からコーラックビオフェルミン等によって排便を調節し、万全の態勢で本番に臨むのである

 このような方法論が積み重ねられれば、じきに内定へのセオリーが出来上がるのは当然といえよう。就活セミナーでは、理想的なうんこを出すための薬品使用法はもちろんのこと、排便に先立つ下着の脱ぎ方や、はては息むときにはどのような声を出すと好印象かといった問題までも詳細に指導されるようになった。こうして、就活生は志のある者ならば誰でも、面接室でバナナ形のほどよく光沢のある社会人として恥ずかしくない排便をなすことができるようになったのである

 しかし、誰もが似たようなうんこをしてくるようになったので、人事担当者辟易した。なにしろ面接日となれば朝から晩まで皆一様にバナナ形でほどよく光沢のあるうんこアピールしてくるのである。時々は向こうを張ってあえて下痢便を大噴射させてみたり、肛門まわりの剛毛を剃らぬままやってきたりする者が現われたが、そういう人間はむしろ不評で、結局は光沢バナナ形の中からわずかな差、たとえば尻のほくろがキュートだったとかうんこコーンが混じっていたとか、そういう些細な差によって内定者が選ばれることの方が多かった。そういう現状を嫌い、ためしに細いうんこ出してみてよ、などと無理な要求をなす面接官まで最近はいるようだ。

 こういう旧態依然とした面接に対しては、社内でもしばしば批判されている。うんこ面接はもう限界なのではないか、そもそも東大卒うんこ理想的でも働かせてみると無能だったりするではないか、と主張する重役もいる。しかうんこ面接を支持する声は根強い。言葉はいくらでも誤魔化すことができるが、うんこだけは当人人間性を証するものとして否定しがたい説得力を持っている。就活を通じて自分うんこを見つめ直せるならばそれもまた成果ではないか。というのがうんこ面接支持派の挙げる主たる理由であるしかし本当のところは違う。自分過酷なうんこ面接をくぐり抜けて入社してきた、それが今の自分に繋がっている、という社員の思いが、うんこ面接否定を避けさせているのである

 こういうわけで、うんこ面接がすぐに無くなるということはないであろう。就活は恐ろしい世界だ。

2017-03-14

どうしていいかからない

ダメ人間なのだが、就活をしないと行けない。しかダメ人間プライドが高い。どうやっていいかというものを人に聞くことがとても怖い。馬鹿にされそうだからである

また引きこもりであったため人目に触れることを極端に恐れている。自己分析など行えば自分のつらい過去や汚点ばかり出てきてまったく仕事ができるような気がしない。

こんなダメ人間はどうやって就活を進めてゆけばいいのかわからない。ネットを覗けば「仕事がつらい」という文章ばかりが見えてきて未来にも希望が持てない。

たぶんこのままどこも受けず消えてゆくんだろうという思い込みが日に日に支配して来ていてとてもつらい。どうやって勧めたら良いんだろう…

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-03-13

おっぱいに寄せて。

まず始めにこれは作文ではない。ましてや作文に対する御大層な解説でもない。本来はてな匿名ダイアリーの使い方だろうと思う。戯言だ。そして、作文をアップした私の逃げ道だ。

ここ数日で2つの作文をアップした。どちらもなんてことな日常だ。私は今までここ(どうやら増田というらしいですね、なんででしょう)の存在は知りつつもアップすることはなかった。なぜ作文したのか、する意義は何なのか、そして公開する意図は、おっさん創作だろう、すべて分からないままだ。多分それがここの面白いところだと私は思っている。

1つ目の作文をアップした深夜、ここは全くと言っていいほど閑散としていて、URLを付けてナメクジと書かれ、まあねと思いながら寝た。翌々日、ナメクジの作文に300以上のブックマークが付いていた。ドキドキして困惑した。(このフレーズは追記した後ダサいなと思って消した)コメントも1つ1つ読んだ。引用しているブログも読んだ。ついでにツイッターRT先まで回った。気持ち悪いでしょう。嬉しかったんだね。

その中のコメントおっぱいと私との和解だと評されていた。確かに。シャツ問題など眠くなったのと飽きて仕上げきれなかった(コメントで見抜かれていた)分も含めて、おっぱいと私が折り合いをつける過程タラタラと打ち込んだに過ぎなかった。私はこの客観的意見に対して、正しさの違和感勝手に持った。

私の中で、おっぱいとの雪解けはもっと後のことだったからだ。ここから自己分析に過ぎないのだけれど、1つ目の作文は物理問題に対する和解であったのだろう。精神問題に対する和解自分では良さの分からないおっぱいを、自分が好いとする人に良いとされるまでなかったのだと今更わかった。作文の言葉を借りるとすれば、物理問題に対するサポートメンバーブラジャーであり、精神問題に対するサポートメンバーは彼であったんだと気づいた。

2つ目の作文をアップするときこれは読まれないだろうなと思った。2番煎じは好まれないし、自意識過剰に文を教科書的に作り上げたからだ。なぜかといえば、恋愛話をするのが好きではないからで、ダブルミーニングや状況で彼の変化、「この時の作者の気持ちを答えなさい」的文を入れ込んだためだ。

しかし、幸いにもどちらの作文もたくさんの人に読んでもらえたようで、こそばゆい感情をこそばゆく噛み締めている。正直もうネタはない。今冬、乳首に余ってるリップクリームを塗ったらモチモチになった話ぐらいしかない。そして今使ってしまった。オススメしよう。

また面白おかしくできることがあれば、作文しようと思う。

おっぱいぶるんを越えるのは到底無理なので静かにアップすると思う。3つくらいコメントつくといいな。

今日は早めに寝よう。

おしまいおやすみ

2017-03-02

スターを貰ったぞ!

ありがたいことに今年になってからはてぶコメントで星をもらい、数度人気のコメントにしていただいた。ありがとうございます

だけど何で自分が、というのもあって自己分析を試みてみた。

共感出来るコメントを早くにつけた

これは理由がとてもわかりやすい。

ブコメを書こうとしたらすでに似たコメントを書いている人がいたらば頭を唸らせて気の利いたコメントを書くよりスターを付ける方が手っ取り早い。

自分もよくやるスターの付ける動機です。

コメント着眼点が違っていた。

これはすでに100ブクマついていた記事に対してだったけれど、自分と同じ視点コメントがなかった。

例えば『ここ数日寒い』という内容に対して「わかる」「今年の寒さは異常」のようなコメントが並ぶ中、『だからこたつ最高!』という箇所を引用して「こたついいよね」とコメントを付けた。

みんな確かにそうだ、と思ったようで一気にスターが付いた。

大喜利

すべらなかった。



けれど先日たくさん星を貰ったコメントは上記のどれにも当てはまらなくて頭を唸らせている。

そこまで早くブクマした訳でもなく、似たコメントがすでに付いており、大喜利もしていない。

まあでもよくわからないけれどスターを貰えることはとてもありがたく、嬉しいことです。

これから自分ももっともっと他の人のコメントスターをつけていこうと思います

2017-02-28

就活目前に控えてるけど休学したい。

いままで散々企業研究とか自己分析とかインターンとか就活本漁ってみるとかなんかそれっぽいこといろいろしてきたけど

しっくりくるキャリアデザインが描けないままここまできた。

お叱りをうけそうなのだけど、はっきりやりたいことがあるから休学したいというわけではない。

じゃあどうしてかというと、このもやもやしてモチベーションもない状態就活に繰り出して本当にいいのだろうかという不安があるから

もう一つ、ここ最近やりたいことが次々と湧き出てきて、これらを経験したあとであれば、

興味の幅や考え方も今とは変わって就活に対してももっと積極的になれるんじゃないかという気持ちからだ。

(他言語の上達、登山国内外旅行、専攻外の学問への関心、等今まで全然興味が無かったのにこの時期になってどれもちゃんとやりたくなってきた)

あともう一つモラトリアムを延長したい、働きたくないというのもあるけど。

親と話したら、後でネチネチ文句言われたくないから金出すから好きにしろと言われた。(後でネチネチ文句なんて言わないのに)

休学するのお金がかかるかなと思ったけど、所属する大学はそこは問題なかった。

ただ、休学するには病気とか留学とか明確な理由必要らしい。

二度と戻らないであろう学生身分お金心配なく延長できるなら是非したい。

2017-02-09

小学生の頃、母親に「あん女の子じゃないみたい」と言われた

きっかけはよく思い出せないけど、とにかくそう言われた。

多分本人は覚えていないけど、とにかくこれが尾を引いて、わたし高校卒業するくらいまで自分なんかがおしゃれしてはいけないと思っていた。女の子じゃないから。

高校生にもなって着飾ることに興味も見せないわたし心配して、母親はあれこれ服を買ってきてくれたけど、わたしはあまり興味を示さなかった。というか示せなかった。そうしたら母親はなんでそんなに無頓着なんだと怒った。

大学に進学して一人暮らしを始める直前の春、たまたま母親と二人きりで作業をする機会があった。

その時に、母親子育てについて謝られた。なんだったかなあ、2つ年下の弟を優先して辛い思いをさせてごめんね、みたいな感じだった。半分泣いてた。

正直あんまりそんなこと考えたことなかったからびっくりした。そんなことより女の子じゃないって言われたことの方がずっと印象に残ってるんだけどなあ。

高校卒業して、遅ればせながらわたしメイクというもの習得した。メイクをしたら、わたしもおしゃれっていうものをしていい権利を得たような気がした。自分で服を買うことを楽しめるようになった。わたし自分で買った服を着て帰省すると母は喜んだ。

ただ、たとえメイクをしていても自分の顔を見ていられなくて、写真を撮られるのは未だに嫌いだ。旅行に行っても自分写真を撮ってこない私に母親冗談交じりの恨み言を言う。

わたしにとって母親はある種の理想女性だ。専門職についてバリバリ働いているし、家事全般も得意だ。

たぶん愛されて育ったと思う。わたし母親を含む家族が大好きだ。

ただ、就活を控えた自己分析小学校の頃の印象に残ったエピソードを書こうとしたら、「女の子じゃないみたい」と言われた日のことが真っ先に蘇ってきて、無性に悲しい。なんなんだろうなあ。

2017-02-03

http://anond.hatelabo.jp/20170203203417

それ以前に、そのたぐいの「自分がこういう人間なのはこういう環境で育ったから」「こういう経験をしたから」「こういう性格から」みたいな自己分析ってたぶん外れてるだろうなって思うわ。

人の内面からなにが正解なんて永久にわからんけど、自分キャラクター分析してる人って、本質的なことから目をそらしてると感じることが多い。

2017-01-27

学歴信仰幸福階級制度田舎高卒の雑感―

http://anond.hatelabo.jp/20170125191935

これを読んだ雑感。少々長いので要点だけという人は「学歴教の信者として」という小見出しから読んでもらいたい。

田舎出身高卒者として

俺は山の上の村落で育った田舎者で、最終学歴高卒。家から徒歩15分のところにある商業高校卒業した。つまりこの増田の言っている田舎高卒に当てはまる人間だ。

率直に言うと、底辺呼ばわりには腹が立った。なんとかしてこの増田反論を書いてやろうと思って昨日は色々調べたりした。しかし、増田の言っていることは大筋では正論で、この調査は徒労に終わった。

そりゃそうだよな。大卒と比べられちゃ高卒なんて屁の突っ張りにもならない存在だよな。底辺であることを受け入れるしかないよな。そんな諦観が胸を占めた。

でも、どこかに引っ掛かりがあった。確かにデータでは高卒経済的弱者社会的弱者だ。大卒には背伸びしたって勝てっこない。増田の言う通りかわいそうな存在なんだろう。しかしどこか納得がいかなかった。このもやもやした感じは、増田を何遍読んでも、自分の状況を何遍顧みても、消えなかった。

ぐるぐる考え続けて俺が行き着いた答えはなんとも陳腐ものだった。自尊心を傷つけられたから呻いていた、ただそれだけだ。高尚な思想なんてものはありゃしない。犬に食わせておけばいいようなプライド大卒者への劣等感で疼いていただけだ。

悲しいかな、俺は底辺なのにそれを心底では受け入れられずに必死で抵抗していたのだ。そんな不名誉称号を貼ってくれるな! 俺をかわいそうがるな! 俺を不幸な人間だと言うのはやめろ! 俺は胸底でそう叫んでいたのだ。

学歴教の信者として

この自己分析を進めるうちに俺は俺の醜い部分を再認識させられた。俺はなんてみみっちい人間なのだろう、事実事実として受け入れられないなんて。自己嫌悪に陥って俺は頭を抱えた。苦しさ、悲しさ、悔しさ、それらで一杯だった。

俺は頭を上げてパソコンの画面を見た。俺を散々悩ませる原因となった増田が目に入った。俺はそれをもう一度読んでみることにした。読み進めていくうちに、前述したもやもやが、自尊心だけでは説明し切れなかった部分が晴れはじめた。読み終わったとき、俺は一つのことに気が付いた。すごく当たり前でつまらないことかもしれないが、俺にとっては重要な気付きだった。それは俺が増田の言うことを丸っきり盲信しているということだ。

増田文章には大きなポイントがあった。それはこの部分である

しろ田舎高卒東京育ち大卒世界を知らないで、ずっとその地元で生きて死ぬのが幸福なのかもしれん。

事実田舎高卒東京大卒に経済力でも社会的立場でも劣る。しかし、確証されていないものが一つある。それはこの引用文で言及されている「幸福さ」である

増田も俺も東京大卒が属している世界幸福であるという無条件の信仰があった。引用から増田学歴幸福さを結び付けて考えているのは明らかだ。たしか東京大卒の給与は多く、社会的身分も高い。しかしそれが幸福につながっているのかは疑わなければならない点だろう。

果たして本当に田舎高卒東京大卒よりも不幸なのだろうか? 田舎高卒幸福東京大卒の幸福よりも程度の低いものなのだろうか? 俺の学歴信仰にひびが入りはじめた。

幸福は数量化できないし、ましてや比較してどちらがより多いとか、より質が高いとか、言うことはできない。そのような方法人類は持っていない。そうであれば田舎高卒が低級な幸福しか味わえず、東京大卒が高級な幸福を味わえるなんて意味の断定はできないし、するべきじゃない。

叔父として

最後に俺の私生活で起きた変化から学歴幸福について書くことで終わりとしたい。

今年、つまり2017年に俺の姉が出産をした。生まれたのは女の子だ。入院から数日して姉が実家帰省してきた。出産して数日は実家に帰るのが常識だそうだ。初耳だ。

俺は求職中だったので、ほとんどの時間を家で過ごしていた。そこで姉と姉の子の様子を長い時間見ることができた。姉は授乳オムツ替え、赤ちゃんの入浴など、甲斐甲斐しく世話をしていた。それは以前の姉を知っている俺からしたらなかなかの驚きであった。

昔の姉は子供が嫌いだった。そんな姉が子を産み、そして育てている。しかも愛おしそうに。夜中に赤ちゃんの泣き声で起こされても嫌な顔一つせずあやしている。俺はその姿を見て、本当に姉は幸福なのだと感じた。

姉も姉の夫も高卒だ。大学には行っていない。それでも幸福そうである。俺は彼女らの幸福階級分けされて、なおかつ下級なものに分類されるとは思わない。大学に行かなかったからといって幸福を得損なっているとも思わない。

もちろん、東京大卒の幸福も見下してはいない。中央省庁大企業で成果を上げる幸福もあれば、田舎で静かに子育てをする幸福もあるだろう。人間幸福はそれぞれであり、等しく価値あるものであろう。人類幸福を数量化し、比較する方法を得たとき増田が当たっているか、間違っているかが分かるが、その方法がない今はそう考えるのが妥当ではないだろうか。

最後増田の追記を読んで

俺が追記について加えて言うことはない。俺の雑感は以上。冗長文章最後まで読んでくれてありがとう

2017-01-01

なんでAKBやら乃木坂やらが苦手なのかわかった

紅白を見ててふと思い至った。

メンバーが48人(それ以上?)もいて、その皆が同時に狭いところで同じダンスをしている姿が好きになれないからだ。

なぜその姿が好きになれないのか? あまりに沢山の人が密集していて気持ちいからか?

そのあたりはちょっと頼りない自己分析しかないけど、とにかく沢山いてそれが歌って踊ってしてるのが嫌なわけだ。

個体でいえば、結構きな子はいる。

清楚なメイクをしたまゆゆは好きだし、ぱるるの困り眉はたまらないと思うし、今度引退してしまうななみんの美しさは画像を何枚保存してももの足りないくらい。

たくさん居てその中から好みの子絶対見つかるっていうコンセプトはいいけど、歌って踊るのはもう少し少人数にしてくれないかなあ。

2016-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20161229194335

 なるほど。ありがとう。ある程度わかった。

 女の代表ヅラして性欲について語るのが気持ち悪いのだろうね、きっと。

 一応念押ししておくけれど、匿名でもなければ性欲についてなんて語りませんよ。

 でも、性欲をキモチワルイものとして忌避する人は私から見ると辛そうだ。理性的なつもりかもしれんけれど、単に怖がってるだけでしょ?って思う。

 自分の性欲もパートナーの性欲もキモチワルクなんかないよ。パートナーでない人から性的目線で見られることを表明されるのは嫌だけど、表明しないで影でやってくれるだけだったらそんなに怖くないというか、仕方ない。それこそ理性で対処する範囲

 でも重ねて言うけど、匿名でもなければこんなことは言わない。だから匿名でも言えない人からすると、とても気持ち悪く見えるのは理解した。

 できるのならば、なぜ匿名ですら性のタブー忌避してしまうのか、自己分析して書いてくれると嬉しい。

2016-12-20

自称就職活動に詳しいおじさんの使えなさは異常

よく聞くと自己分析精神論テンプレしか言ってない。

こいつから具体的な求人が紹介されることはない。

若者マウンティングしたいだけ、風俗説教おじさんの亜種。

はやくハロワ臨時職員として採用されて、上司国家公務員利用者からシバキ倒されてほしい。

http://anond.hatelabo.jp/20161219072939

自分遅刻魔で、他人を苦しめて自分も苦しめてきたから分かる。

長年の自己分析の結果、少しずつ改善している。

私の場合だけど…考え得る原因はいくつかみつけたので紹介する。

まず私の症状は、昔からギリギリだったけどとくに大学時代遅刻欠席常習犯だった。しかし遊びなどは間に合うことが多かった。

社会人の今は、ふたたびギリギリながらセーフを保っているタイプだ。

それから遅刻癖が顕著なのはから出るのだけで、出先から別の場所へ移動するときはとくに問題なかった。


慢性的な罪悪感

他のトラバにも挙がっていたが、自己肯定感が低く、無意識下で罪悪感を感じていたい欲求を抱えている。


愛情の試し行動

それから、低い自己肯定感ゆえに、「こんな自分でもほんとに付き合ってくれるかな?」と試し行動をしてしまう。これは何度も許してくれる友達に対してやりがち。


●怒りの試し行動

幼い頃のことをよーく思い出してみた結果、数年の長期間にわたり自分時間意図的に奪われ続けた経験があった。

それに対して無意識の怒りをずっと抱えて生きていて、持て余した結果、自ら遅刻をすることで他者の反応を見たがってしまっている。無意識に。


ADHD可能

診断していないのでわからないが、時間管理が異常にヘタクソ。

この気がある人は、最短時間計算してしまうらしい。たしかに…

私は効率を考えてるつもりで、最短でいけば家に何時までいられるという計算で考えてるし、支度が早くできないので結局おそくなる。


一種破滅願望

既に間に合わない時間を越えるときそれから今まさに待たせているとき、強烈な絶望感におそわれる。

こんなクズで私どうなっちゃうの?!しね!!みたいな考えを至って真面目に行ってしまう。負の感情におぼれ、自分の魂に自分で傷をつける感覚がある。

それはそれで、スリリングで、たしか自分は生きてるんだという感覚を伴う。


遅刻魔というセルフイメージ

ここから脱却できないのが一番の問題だった。

たまに普通に早く行くと周囲に驚かれるのも、普段自分の行いを攻められる気がしてしまいまたギリor遅刻に戻ってしまった。

遅刻をすれば、周囲の冷ややかな視線を浴びることになるが、そうして「やっぱり私はクズなのだ…」と再確認する作業自分必要ものであるきがして、もはや日課になってしまった。


とにかく、このセルフイメージを無理矢理にでもかえるしかない。

私による私のための分析に寄れば、アダルトチルドレン的な要素を持つ私は「不成功防衛」に囚われていて、遅刻癖もその一つなのだと思う。

なぜ遅刻をするのか。

遅刻をすることで、直接的間接的に何かしらのメリットが、ほんの少しでも生じているからだ。

遅刻癖は、「クズで欠陥のある私」のセルフイメージを保つのに役立つ。

たとえば親と共依存関係にあるばあい、自立しないことは大いなる貢献につながる。

そして周囲から過度な期待をかけられることもなくなり、後からがっかりさせて傷つくより先にわざと裏切っておけば、自分は傷つかないはずである


こんな感じな考えに、実は囚われていたことにきがついた。

対処法はよくわからないが、とにかくおもいつく限りの無意識をひっぱりだして、一つ一つのエピソードに泣いたり怒ったりして向き合って、自分世界でただ一人の生きた人間であることを自覚するということがいま一番効果があった。

何言ってるんだといわれそうだが、いままでどこか他人事で、自分はどこにもいなかったから傷つこうが傷つけようがかまわなかったのかもしれない。



長い時間をかけて断片的にスマホから書いて、支離滅裂になってるだろうが、なんとなくの意図が伝われば嬉しい。

私自身の頭の整理にもなったから。

増田さんも、あなた自身を大切に扱えるようになりますよう!

2016-12-09

[]秋☆枝「恋は光」

恋をしている女性が光って見える、と考えている男子大学生が、光の正体を探りつつ恋とは何かについて考えていく話



自分には合わなかった

端的に言えばつまらなかった

キャラがあまりにもみんな理性的自己分析できていすぎて、優等生すぎるのが大きい

から事件も起こらない

ドラマがない

理屈っぽいキャラが二人いるせいだけど、文字がやたら多くてこれ漫画である意味ねーじゃんって感じ

とりあえず全部読んだけど、驚くほど話が進んでなくてびっくりする

だらだらだらだら起伏なく続いてる感じ

なんで打ち切られずにこんな続いてるのかわからん

主人公の幼馴染はかわいいと思うけど

続き出たのたまたま見つけたら読むかも(とりあえず光の正体は気になるから)だけど、積極的に続きを待ち遠しく待つ漫画ではない

1巻とラストだけ読めばいいタイプ漫画だと思った

2016-12-05

本当に自分技術が好きなのかわからなくなった

高校時代からプログラミングに興味を持ち、ショボいCGIなんかを書いていた。

んで、大学時代バイト学業に勤しんでいた(情報科には行かなかった)。

就活自己分析してやっぱり自分ITだね!とか思ってSIerになった。

あれから10年、何もしていなかった。

Ajax関数型言語クラウドモバイル統計機械学習色んなトレンドが来たが、自分で何かをやろうとしたことはほぼなかった。

やろうとしたが、マシンスペックがしょぼいと言って何もしなかったり、失敗したり、身につかなかった。

致命的だったのは何かを作ろうという意欲が自分には全くなかった。あんツールがあったら便利だなとか、こんなサービスがあったら楽しそうだとかという気持ちがまったくなかった。

人見知りの性格と、何も作れていない自分が惨めでSNSにも勉強会にも参加できなかった。

この10年、仕事でやっていたプログラミング技術は少しは向上したけど、ただそれだけだった。

プログラマ定年説まで半年向上心も枯れて、人見知りは治らないし、仕事はできない。おまけに鬱持ち。

QiitaGitHubには毎日のように大量のポストが送られる。自分もそのうちの一人になりたかったなぁ。

2016-11-21

プリキュアEDの歌&ダンス映像が好きだ

娘との付き合いでハピチャから観始めた父親だが、正直なところ、ネット実況をしてる大友みたいな、ストーリーに真面目に入り込むような観方はついていけない。

(いや、ゴープリのゆいちゃん&シャット回とかは良かったけどね。でもあの展開は大人向けの演出で、幼児には別に要らんと思う。実際娘はなんもわかってなかったし)



だがEDダンスCGがすごくいいと思う。

プリキュアメモリ」を一見して虜になり、youtubeで他プリキュアEDオールスターズダンス映像を漁りまくった。

どれも良いが、あえて言うなら「ハートキャッチパラダイス」と「夢は未来への道」が特にお気に入りだ。



今までアイドルとかの属性は全く無かった。

実際、アイドルPVアイカツダンス映像とかは、観てもピンとくるものはない。

(細かくいうと、数年前紅白ももいろクローバーZが出てたのを観たとき、あのパフォーマンスはいいな、とは思った)

そうではなくて、なぜかプリキュアというコンセプトで繰り広げる歌と踊りのショーが、自分琴線にビンビンくるらしい。

これがどういう嗜好なのかイマイチ自己分析できない。

亡母が宝塚ファンで、けっこう舞台に連れてってもらったり、ビデオを一緒に観たりしてたので、その延長なのかもしれない。



娘は今はまだ毎週プリキュアを楽しんで観てるが、たぶん次回作の辺りで卒業だろう。来春のドリームスターズくらいまでは何とか一緒に観に行けるかもしれないが。

ミュージカルショーを観に行けなくなるのが残念だ。

今年の一幕終わりで、「永遠のともだち」のダンスで締めたはとても良かった。

2016-11-18

中高生の君たちに言いたい。自己分析なんかしなくていい、自分気持ち肯定するだけでいい。

中学生っていろいろ拗らせやすいから、

下手に自己分析とかし始めると

自分は何やってもものにならない不必要存在なんだ」

無気力になって、貴重な10代を蔑ろにしてしま可能性もあるよ。

まあ自分のことだけどね。



俺は友達もおらず運動もろくにできなかったか

休み時間に突っ伏しているようなスクールカースト底辺だった。

ルックスは、良くて三浦春馬(14歳の母とか出てて影のあった時代全然顔は似てないよ)で、

大抵は実写版ちびまる子の藤木だとか言われるような陰気な感じ。

もう学校に関連するもの全てを家で思い出したくなかったので

教科書なんて絶対開かなかったし、同級生に会うのが怖くて外出は極力避けた。

から再三「不登校になると社会からドロップアウトする」と言われたからか通学はやめなかった。

でも唯一ポテンシャルを感じられたのは学力で、

進研ゼミ暇つぶしに解くだけで平均点+10点ぐらいは最低でも取れるというレベル

学年順位で言えば240人中30位以内。増田と比べるとちょい下くらいかな?

本気出せばもうちょっといけるはずでそれが強みになると思ってた。

から2年生の2学期からテスト対策だけはそれなりにするようになった。

目標偏差値65以上の学校に進学すること。

それ以上あれば文句なしに頭が良いと言えるはずで、当時の俺にとって絶対的指標だった。

でも公立ばかりの田舎は内申点が重要なんだよね。

提出物を全くといっていいほど出さなかった俺の評価はズタボロだ。

若さ故にそんなもの気合で打ち砕いてみせると思っていた俺も

三者面談を重ねる中で偏差値60以上の学校はまず無理だという現実を突きつけられた。

3年生の夏休み明けにはもう俺は全く勉強しなくなった。

自分の決めたあの偏差値ラインは、俺が頭が良いという長所を有するための最低条件だったのだ。

それをクリア出来ない以上、唯一の長所を手に入れることは叶わない。

その時はそうとしか思えなかった。

なんの取り柄もないゴミである為、誰からもまともに相手にされずぞんざいに扱われるのが相応な人間なのだ

そんな人間努力したところで何もなさないことぐらいは俺でもわかる。

そんな風に考えていた。



自分なりに分析してアイデンティティを探求した結果

俺は自分がなんの取り柄もないゴミであることが確定してしまったと思い込んだのだ。



勉強もろくにせずに挑んだ受験でちょうど偏差値60の高校合格した。俺は嬉しいはずもなく、周囲のねぎらいは嫌味にすら感じられた。

高校受験自分を開花させることができなかった俺は、自分に降りかかる不快体験は全て自分のせいなのだとし、終始無気力情緒不安定鬱屈した高校生活を過ごした。

高校地元からそう離れていないので同じ中学からの進学者は二桁以上になる。

彼らが中学時代の俺について有る事無い事広めてくれたことおかげで、中学時代に塾や部活動に関わることが少なく他校生との交流がなかった俺は瞬く間に孤立した。

幸い部活や学外で友人はできたが、終始教室内では嘲りの対象で、「こいつがいるとその場が陰気臭くなる」「こいつさえいなければいいクラスなのに」と後ろ指をさされながら十代後半の3年間を過ごした。

ゴミだなんだと卑屈になった俺はやはり勉強に身が入らず、先生の助力のおかげで留年もなく、なんとか大学への進学を決めて卒業した。



今思えば入学時にそこまで卑屈にならなければいけない所以などなかった。馬鹿にされるところはあったにせよ、こんな俺にも魅力となるところもあったろう。

そんな自分を愛する心を、おぼつかない中学生の思慮で排斥してしまったのだ。

俺が中学生に何か言えるとすれば、下手に自分分析なんかするなと言いたい。

自分が思っている以上に社会には様々な価値観世界があって、君たちが見て来たものだけで自分規定してしまうのは勿体無いと。

君たちの間でまかり通っていることが必ずしも正しいわけでないとも言いたい。

今の俺は正直いって自己分析なんて馬鹿馬鹿しいとすら思うよ。

分析ということは他人にわかるよう簡潔にまとめあげるということだ。

自分のことは自分しかからないし肯定もできないのにそんなことしていいのか?

分析なんかしなくていい、ただ自分気持ち自分否定することがないよう努めればいい。

中学生ができることは、今じゃなくでもいいから、自分気持ちに素直に行動できるように、卑屈にならないように、前に向かって進んでいくだけなんだ。

そして大人10代の初々しい感性を傷つけないよう、挫けそうなときに優しく彼らの気持ちを受け止めてあげなければいけないのではないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20161116142444

2016-11-16

中高生あなたへ送る、進路に関するあれこれ

わたしタイトル考えるのめちゃくちゃ下手くそなのでは?まあいいや)

褒められた人生を送ってきたつもりは無い。

中学の頃、実力テストで学年トップ〜とふんぞり返っていた。

実際、頭いいねと持て囃されたし、学校と塾の授業は比較的真面目に受けていたものの、自ら机に向かった覚えは無いし、自分の実力を過信しすぎたところはある。

ちなみにわたし学校は(市内では頭が良かったとはいえ)学年60人の田舎公立中学である

高校の頃、国公立A判余裕だわ〜とふんぞり返っていた。

わたし高校所謂自称進学校」で、田舎から地区トップ校と言えたような公立高校である

相変わらず授業以外で机には向かわないし、部活もしなくなり気の向くまま生きていた。

中学の時と大きく変わったことといえば学校の中で「落ちこぼれ」のレッテルを貼られたこと。

うちの高校ではテストの結果が著しく悪いと特別講座を受けなければならない。

「さすがにそこまで頭悪くねえわw」とタカを括っていたら数学赤点を取りまんまと引っかかった。

また、勉強する習慣が無いものから毎日のように実施される小テストも落ちまくり、追試の山に追われた。

追試に通いすぎて、数学教師と仲良くなった。

レッテルの上での「落ちこぼれ」の完成である

そんな生徒だったが、模試では数学以外まあまあの点数を取るし、まあまあの大学の判定なら出るし、校内順位も何故か上がっていった。

何故か、上位1~2割には居た。

で、また、性懲りも無く、自分の実力を過信したのであった。

そして何も考えず勉強もせず取り敢えず行ける大学に進学。

現在大学2年のクソババアです。

まだまだ若輩者のクソババアですが、取り敢えず大学まで進んだ者なりに書けることを書きたいと思います

ここまで読んで、「お?自慢か?自慢なら他所でしてくれ」と思った君も、「その程度で何調子乗ってんだ黙れブス」と思った君も、取り敢えずこれだけは聞いてほしい。

中高生の間にしておくべきこと、それは、

勉強よりも自己分析である

このフレーズだけ読むと誤解されそうだから補足すると、勉強をするなという意味ではなく、勉強するより先に自己分析した方がいいぞ、というくらいの意味合い

当たり前だが、自分のことをよくわかっていれば、この先の人生をよりスムーズに生きられるのかもしれない。

そして何より、限られた若い時間有意義に生きられるかもしれない。

順番を間違えないでほしい。

勉強するのに目的を持ってほしい。

でないと大学で詰むぞ。

地獄を見るぞ。

意味がわからないと思うので詳しく話をします。

自己分析自己分析言ってきたが、これはつまり

自分が何をしたいのか」

確立すること。(全然自己分析じゃねえぞとか言わないでくれ)

「何をしたいのか」に適った選択をすること。

これができないと人生ハンドル操作を大きく誤るし、わりと簡単にドブに突っ込む。

上手く操作する人もいるけどね。

例えば、「私は料理人になりたい!」という人。

専門学校に進むことになるだろう。

進路そのままで大丈夫です。

この人の「何をしたいのか」は「料理人になりたい」で、進路もそれに合っている。

自分意思学校に行くし、辛くてもきっと「料理人になりたい!」と目を輝かせていた日を思い出してなんとか頑張れる余地がある。

そして、これはわたしにはまだ言い切れないけれど、おそらく、料理人として就職ができれば、おそらくだが、仕事苦痛ではないだろう。

もう一つ例えを。

「私は別に何になりたいとかは無いけど、昔から日本文学が好きだから文学部に進学したい。」って人。

この人も大丈夫

この人の「何をしたいのか」は「文学勉強をしたい」だから大丈夫

就職に関しては知らないけど、その後の仕事についてもコメントはしないけど、学生生活は好きなものに囲まれてそれなりに幸せに過ごせるはず。

最後に、こういう人がいたとする。

「今の実力で十分行けるし就職余裕だから看護学校志望してる〜」

こういう人、待って、マジで待って。

ほんとに待って。

一旦落ち着いて考えよう。

本当にそれで良いのか??????

読者の皆様には、この人が何故前述の2人とは違うのか考えてみてほしいのです。

何故違うのか?

単純です。

「何をしたいのか」と「手段」が合致していないから。

前半二人はそれぞれ「料理人になりたいか調理師専門学校に行く」「文学勉強がしたいか文学部に行く」と、「何をしたいのか」と「手段」が合致している。

一方で、三人目はどうだろう。

最後の人の「何をしたいのか」はおそらく「看護師になりたい」でもなく、「医療職に就きたい」でもなく、「楽をしたい」。

最後の人は、今から頑張って勉強しなくても進学できるだろうし、確かに看護師免許さえあれば就活に苦しめられずに済む。

なんて思ってるだろうから、結局のところ「楽をしたい」んだろうなと言える。

「楽をしたい」と「看護学校に進学する」はとてもじゃないけど合致しない。

これは中高生のうちは想像できないかもしれないけど、専門学校大学にもクソみたいに忙しくて、クソみたいに遊べない学部がある。

そして資格を取ってすんなり就職が決まったとしても、その先にあるのはちっとも楽じゃない仕事

きっと画面の前にもいる「楽をしたい」そこの君!

頼むからもう1度考えてみてほしい。

進学、就職、と将来のコースを考えると「楽をしたい」に合致する進路はほぼ無いに等しいけど、だからといってそこで進路を適当に決めてはならない。

「楽をしたい」が認められないからといって、正当な他の理由言い訳のように使ってもいけない。

というかそれが一番良くない。

中高生諸君はおそらく行動範囲が通学路くらいだし、わたしに言えたことではないが世界がまだ狭いんだと思う。

から「何をしたいのか」が見つからないこともあると思う。

学校で配られる予備校の進学ガイドみたいな冊子を通してしか将来が見えないと思う。

それでも、というか、だからこそ、わたしは、あなたたちに、世界を広げて、と願う。

しょうもないことからでも良い。

22時はドラマじゃなくてニュース時間にしてみるとか。

通学の電車の中でLINEじゃなくてネットニュースを見てみるとか。

ここで大切なのは、興味無いなと思う記事も読むこと。

「何をしたいのか」に直接的に繋がることはないかもしれないが、少なくとも知ってる世界が広がって、考え方に変化があるかもしれない。

本当は行動範囲をブチ破って旅にでも出れたらいいけど、それはちょっと難しいだろうしね。

説教みたいになっちゃったけど、大学生のクソババアから言えるのはこのくらいです。

わたし世界を知るのが遅すぎた。

大学生になってからではもう取り返しがつかなかった。

進路を間違えた自覚があるし、大学生活も授業もつまらないし、単位は取れないし、もう散々。

だが、失敗したからこそわかることも沢山あったし、人生誰しも一度は失敗するだろうし!って、ちょっと開き直ってきてる。

そんな現状。

歳をとると、自分成功や失敗を語っては若者に言い聞かせたくなるものです。

みんなはこうならないでね。

是非とも、「何をしたいのか」はっきりさせてから進路に向けて勉強してね。

困ったら手当り次第に色んな人に相談するんだぞ。

価値観が固定されないように、できるだけ沢山の人にね。

ババアからは以上です。

ちなみに例に挙げた三人目はわたしのことです。

クソ辛い。ウケる


□追記□

自称ババアはいえまだまだ尻の青い者が書いた稚拙文章にこんなに反応が貰えて嬉しい限りです。

はじめての投稿でこれなので心底ビビってます。青いな。

投稿した時に気づきましたが、よく考えなくても中高生はここ見てませんよね。

もはやギャグですね。

中高生だった頃のわたしに送る文章なのかもしれません。


まだ人生に対するバイタリティは死んではいないと思うので、納得できる答えが出るまでガキらしくもがいて、ババアらしく執着したいと思います

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161107014927

お疲れ様です。

  

顔は悪くないはずだし、胸もある。どっちかというとグラビアアイドルに近い体型で、男受けも悪くはないはずだと信じたい。

自己分析が正しいとしても答えはひとつ、「需要がない」。

誤解を恐れずに言うと「連れて歩くにはピンとこない」タイプ

  

私じゃだめだといつも振られる

これは深刻なミスマッチを起こしている。

今まで目を向けなかった方面にも目を向けるべき。

今まで同年代相手を探そうとしてたでしょ?

まあ普通ですそれが。

年代の男なんてガキです。そういう相手は諦める。

元増田を連れて歩くのにピンとこない奴らだよ?

年代の男からすると元増田は持て余す感じ。受け止めきれない。

上記の通り「需要がない」という状況。

  

から5歳以上年上とかを狙う。

おっさんは嫌い?男からすると5歳下の彼女だったら大体可愛い

この方針転換は、アベノミクスで言うところの需要創出型イノベーションのようなもの(嘘です)。

年上の男には年下の女を愛でる習性がある。ここを狙う。

  

逆に3歳くらい年下とかに行って自分が受け止める側になる。

クソガキから見ても3歳年上くらいの彼女だったらギリギリありでしょう。

これもアベノミクスで言うところの(ry

  

本件の場合自分自身を中心に据えて思考すると、どうしても供給側の理論に陥りがち。

もっと需要者側の気持ちに沿って、自分がどうあるべきか考えると良いと思います

考え方を変えましょう。

年齢的な切り口以外にも突破口はあるかもしれない。

2016-11-04

長年来の友人をブロックして3ヶ月が過ぎた

友人が笑っている夢を先日見て、罪悪感と感傷自己分析が混ざった思考モヤモヤした

けれどブロック解除をする気にはならず

今更こちらから連絡する気にもならず、こちらから頭を下げる道理もなく

次に旧友と縁があるとしたら、どちらかの訃報だろう、などとぼんやり思った

2016-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20161018162814

アヘ顔ダブルピースについてはあの絵そのものというよりも

あいう顔をせざるを得なくなった状況とかヒロイン精神状態みたいなのに同調して欲情できてる気がする。

自分場合はだけど。

賢者タイムになってあの絵だけを見てもなんでこんなので欲情したんだろうと思うけど、

ストーリーの一連の流れの中で出てくれば問題なく抜ける。

ひょっとこフェラも同様。

絵だけだとマヌケ面でしかないけど気が強いヒロインが服従させられてあんな顔になってると思えば欲情できる。

これも自分場合は、だけど。

一枚絵だけだときついけどセリフとか書いてあると案外使える。

ぶひぃぃみたいな鳴き声がついてるくらいでもわりと大丈夫

絵だけだといまいち使いにくいことが多い。

自分場合は絵そのものよりもストーリーとかシチュエーション重視なのだ自己分析してるけど、

人によっては絵そのものでも使えたりするらしいし、人それぞれじゃないかな。

2016-10-06

学歴就職年収に関する独り語り

今年38歳。



関東だけど人口1桁万人の港町に産まれ、育った。

小中くらいはさしたる努力もせずにクラストップクラスの成績。

ミニ四駆ドラクエが好きなどこにでもいるような子供だった。



なんとか通学できるか、って距離まで伸ばしても圏内には進学先の高校は5,6校。

商業科や工業科、水産科なんかもあって、大学進学の可能性が残る普通科があるのは2校程度。

そのうち1校に入ったものの、ガクガクと成績は落ちていった。赤点をなんとか回避、ってことも何度か。

Jリーグが始まったのがこの頃か。


大学進学の可能性が残るという表現を使ったけど、田舎学校なんでレベルは低い。

平均の偏差値は50切ってたと思う。

同学年でMARCHに入れるのが5人以下、早慶は数年に一人いるかも、くらい。

実際には高卒就職する者、専門学校に進む者も多い。




低成績の俺は地方私大しかからず、親に頼み込んで浪人させてもらった。

条件は予備校の寮に入ること。ほぼ軟禁生活。泣いて嫌がったけど仕方なかった。

それでも、そんな環境であっても勉強は怠けてしまっていた。

当時田舎者にはあこがれだった渋谷タワレコに平日昼間から行って、 TK新譜試聴したな。

高校の頃からそうだけど、「勉強法勉強」は好きで、あの方法勉強すれば俺の成績は上がる、って謎な自信だけもっていて、でも勉強はしない。

明日やれることは今日やらない。よって数学的帰納法により、受験日まで勉強しない。

本当にダメ人間だった。

メタ勉強だけは好きってのは10年前にライフハックにハマったのと、今思えば同じ根っこだったんだろうな。




そんな訳で一浪しても入れたのは偏差値50アンダーの私立理系大。Fランク。最近はGランクであるんだっけ?

ここでさら実験科目の出席日数が足らず、留年

成績不良じゃないくて出席日数不足ってところがつくづくダメだな。




ただ、振り返ってみてこの頃ラッキーだったのが2つある。

1つはコンピュータサイエンス教官実力主義者で、当時の第二種情報処理技術者、今の基本情報処理技術者試験合格すれば単位をやるって人だった。

ちょうどインターネットが普及し始めて、テレホタイムになると同時にISDNで繋いでいた時期。

コンピュータ勉強面白くて、出席外で単位とれるならと合格できた。ここで基礎を固められたのはラッキーだった。

もう1つは留年したせいで一般教養科目を余計に取れる余裕ができたこと。

心理学の少人数上級版で、自分テーマを決めて教授と毎回議論できるってクラスだった。

就活に備えた自己分析を、心理学者とサシでできたのはラッキーだった。(ドラッカープロフェッショナルの条件を読めたのもこの頃だったな)




で、就職活動2002年卒、有効求人倍率 0.54 倍。世はまさに大氷河期時代日韓共催ワールドカップの頃。

周りや就活相談室の(ストレートな分、俺より有利な奴の)を聞くと、数十名の小規模企業に入るひと、地元に戻って地元会社に入るひとも多かった。

一浪一留偏差値40台という自分スペックと向き合った。

このままだとヤバいなと、底辺だなと(当時は今のような使われ方をしていなかった言葉だけど)思った。

どうするか。資格もあったせいで業界IT特に SI が有利だろうと思った。

計算機室でCOMPUTER WORLDを読み耽けり、大学図書館日経コンピュータバックナンバー2年分を通読して業界を知った。




そして採ったのは某国コンピュータメーカー1社のグループ会社に絞る集中戦略

親会社企業研究(成り立ち、歴史挫折チャレンジ)を深めれば子会社はいくらでも応用が効くし、心理学者と深めた自己分析と付きあわせて「あなた出会えた私」のストーリーでっちあげれば、志望動機入社後の目指す姿も十分語れた。

このストーリー説得力と、新人研修で取らせることの多い資格を既に持っていることがあれば、自分スペックをある程度カバーできるだろうと思った。




これはうまくハマって、そのグループ会社では全戦全勝、本体でも最終面接まではいった。落ちたけど。

自分が出た大学では「誰もが知っている名前のついた会社に(子会社はいえ)入れる奴」はレアで、まして一浪一留でってのは劇レアだった。




待遇親会社と同一で、初年度、24歳で年収300万円くらい。

でもトレーナーとソリが合わず(今に思えば子供じみた理由だ)、転職

就活の時にはコンサルなんて職種が世にあることを知らなかったけど、

たまたま募集してたITに強い外資コンサルに移って26歳年収400万。

国内限定学歴揶揄する人もたまに見るけど、ボストン採用の同期とか普通にいたな。

そこでのコンサルスキル海外経験のおかげで別のコンサルに移って28年収750万。貯金1000万超えたのもこの頃。

タイミングが超ラッキーで、この直後にリーマンショックがあった。こんな大幅年収アップの転職案件はすぐになくなった。

さら上級SEに戻って30歳800万円。

35歳くらいで外資ベンダー転職して年収1000万円超えて、38の今は1200万円。

年齢で見た年収は社内の平均からは下がるようだけど、まぁ十分満足してる。

株とETFで4000万円くらい持ってる。

金融資産の半分くらいは100年に一度の株の大バーゲンリーマンショック)の時に買った株のおかげ。

その時期にセールワゴンにしがみつくだけの定期定額収入があったのも、またラッキーだったな。




転職活動では、卒業したFラン大学一浪一留は何の問題にもならかった。

しろ英語力の低さを指摘されることが多かったな。





そんな感じ。





基本、世は学歴社会ではあると思う。

俺はあまりその是非の議論には興味はない。

学歴は時には一発でゲームを決める強力なカードであると思う。

でも自分対峙するフィールドでどういう力学が働くかを理解して、持ってるカードを限られたターンの中で増やし、切っていくだけだ。



現在自分収入タイミングの良い転職のおかげだと思う。

自分が好きなタイミングで職を選べるのは、2つ目の外資コンサルであらゆる「ビジネス知的基礎体力」を身につけさせてもらえたおかげだと思う。

自分学歴とは不釣り合いな場所にいられるのは、ここに、大学を出てからラッキーたちに、集約されると思う。



でも、それでも「大卒である」ことだけは一定程度以上の会社では最低条件、前提条件だった。

大手コンピューターメーカーの大ベテランの中には、時代的に高卒の人もいたし、高卒工場勤務から叩き上げで働いている人もいたけれど、もうそれはない。

今の勤め先も入社時にはbachelor以上の英文成績証明書必須だ。



俺はラッキーだけで現状があるとは思っていない。

ただ、ラッキーに加えて必要だったのは、俺の場合は「Fランだろうが大卒」というチケットそれ自体ではなく、浪人留年学費生活費を捻出してくれた両親だったと思う。

父は企業奨学金日東駒専クラスに通い、卒業後に職業選択の自由はなかった。意に添わない異動も俺たち子供のために受けいれてくれた。

母は家が貧しく、家族に反対されながら働きながら自費で通信制高校卒業資格を得た。



学ぶことで人生選択肢が増える。学ぶことは自由につながる。

そのことを身をもって知り、身をもって子に示し、ダメな俺が大学を出るまで支えてくれた両親こそ、俺が今の俺であるために必要だったと思う。



月並みだが、本当に感謝している。



繰り返すが、学歴は強力ではあっても、いくつかあるカードの一枚に過ぎないと思ってる。

俺は馬鹿ダメ人間だったから「Fラン一浪一留」なんて貧弱なカードしか得られなかった。

でもそれも、そんなカードも、両親が必死になって繋いで手渡してくれた大切なカードだった。



その大切な一枚を活かせるような生き方ができて本当によかったと思ってる。

そろそろ俺が浪人する許しを請うた時の親の年齢に、俺がなる。

あの頃の両親のようにありたいと、そうあるための今の収入資産だと思う。



読んでくれてありがとう

2016-09-29

あなたはどんな人間か」という問いへの答え方:就活を終えて

面接を終えた後は、いつも携帯を握りしめていた。

日中か、翌日に電話がかかってくれば次の選考を案内されるからだ。3日後までに何もなければ、まず見込みは無い。1週間後、メールが届く。選考への参加のお礼と、「貴殿の今後のご活躍をお祈りします」という空虚文章。返事すら無いことも勿論ある。いわゆる「サイレントお祈り」。


厭なことは沢山ある。

今日、初めて会った人にさも当然のように「自己PRしてみろ」と言われること。

問われたことに馬鹿正直に答えれば怪訝な顔をされること。

素朴に疑問に思ったことを伝えると、機嫌を損ねられること。

自分長所は何か、短所は何か、と問われること。

考えたこともない将来設計を語れと強要されること。


自己分析という単語がいつから多用されるようになったのかは知らないが、今の用語法は恐らく就活ビジネスの暗闇で生まれたに違いない。

分析する自己なんてない」と口にする学生をよく見かける。

やりたいことは無いし、ライフプランキャリアプランもない。自分に何が向いているのかもわからない。中二病発症する時期でなくとも、自分の将来の夢を描けないことは、別段特別な悩みではない。今の時点で自分に向いている仕事確信していても実際にやれば嫌になる、ということも大いに有り得る。「向いていない」と思っていたことが案外楽しいと思えたりすることもある。そもそも配属を決めるのは会社であって社員ではない。

だが、「どんな仕事がしたいか」と面接官に問われれば答えねばならない。そんなの知ったこっちゃない、会社が決めることには何でも従いますからとにかく入れてくれ、と言うだけでは不採用だ。



あなたはどんな人間なのか”、と問われ、必死に答えた挙句自分否定される。

「お祈り」が来ても、自分には何が足りなかったのか、一切わからない。採用基準に達していても自分の他に評価の高い人がいたのか、達していなかったのなら何処が何点足りなかったのか、学生には教えられることはない。だから就活では皆不安になる。



新卒一発勝負のこの国の就活システムは腐っている。

根本的に変えるべき時が来ていると思うし、いつか変わるだろう。しかし、今すぐには変わらない。就活に疲れ、絶望し、リ○ルート本社の前で白昼堂々焼身自殺しようとも、世の中は変わらない。文句を言っても今すぐ内定は出ない。正社員になりたいのなら愚痴を言うのは一旦止め、とにかくやるしかない。


やるべきことは単純だ。とにかく選考に出来るだけ早期に、沢山参加する。行きたくない企業でも面接を受ける。これだけだ。

早めに内々定を貰って就職活動を終えることが目標なのではない。自分の納得できる会社に行くために、早めに選考に参加することが不可欠なのだ



面接は数をこなせば必ず慣れる。馬鹿げた質問への答え方がある程度は分かるようになる。言ってはいけないこと、言うべきことを察知できるようになる。面接官とのやりとりのうすら寒さが気にならなくなってくる。

「親しい友達は多い?何人いる?」「幼い頃はどんな子供だった?」などと滑稽極まりない質問をしてくる面接官に対して、馬鹿正直に答える必要はないと気が付く。面接官が納得する答えを考え、それを表現する。演じ切る。時には嘘も吐く。それが苦にならなくなる。選考に落ちても逐一気にしないようにする。




自画自賛するような歯の浮く文章を書いたり、話したりするのはただでさえ嫌なものだ。あまつさえ沢山の会社お祈りメールを送りつけられ、自分存在否定され続ける中で、自己PR文章を一人むなしく考えていれば鬱にもなる。自分自分肯定できない時は、他人自分肯定してもらうことが必要だ。他人文章を書いてもらうのも良い。家族、友人、先輩後輩、大学キャリアセンター、頼れる人は誰でも頼るべきだ。一人でマジメに頑張る必要はない。




あなたはどんな人間なのか”という問いで自分を苦しめるべきではない。真剣に考えても答えなど出るはずもない。ただ、面接官の求める話をしに行くだけだ。それが就活だ。

実際のところは、4月から働いてみないとわからない。わからないけれど、それでも4月から挑戦しても良いと思える会社を見つけるまで続けるしかない。




当たり前の話と笑われるかもしれないのだが、9月に入りようやく就職活動を終えた今、1年前の自分に言ってやりたいと思うことを書いた。就活が嫌になって何もかも投げ出したくなった人が読んでくれたらいいなと思う。

2016-09-23

そうだな、大学生活初めの3年間は色んなトラブルはあったし、いっぱい苦しんだことはあったけど、

まぁトータルで見たら自分でも納得のできる道のりを歩んできたとは思う。

何の努力もしてないとは言わないが、やっぱりそれでも足りないものは足りなくて。

自分の持ってる才能って何だろうって色々考えてみたし、一応持って生まれた見た目でも勝負はしてみたけど

お話にはならなかった。ショックは受けたけど、それはそれなりに吸収できるような状況にはあったかな、って思う。

でも、大学4年生から今までの4年間を考えてみると、それはもう暗鬱たる結果というか、

多分全てが自業自得自分の蒔いた種が今芽吹いて一斉に俺を攻撃してるんだと思うんだけど。

研究では何も成果が出ず、それも相まってどんどん堕落してしまった。

後輩にはきちんとしろと怒られるし、きっと今でも許されてはいないのだろう。

正式学会には1度も行っていない。B4の後輩が学会に出ているのを尻目に見ていて悔しくないわけがないが、

そういう事もあるよな、と思いながら続けるしかなかった。続けられていたのか?

就活に関しては自己分析が出来ていなかった。結果、ほとんどの企業に落ちて、

一応推薦を出していた今の会社に受かる。試験を全部受けさせてもらえるという推薦なのでかなりギリギリの橋を渡っていたように思うが、

結局渡ったところで"渡らせてもらった"感が強くなってしまって、すっきりした終わり方というわけにはいかなかった。

でもそこをけってもう1年やるっていう決心も出来なかった。不安だった。就活以上に、研究をこれ以上続けたくなかった。

3年間ゴミのような試料を作り続けてきたために、時間無駄にすることになってしまうのがどうしてもいやだった。


未だに自己分析がよくわかんない。やりたいことってなんだろう。

会社に入って何がしたいかもよくわかんない。何をしているのかも一応は説明できるけど正直詳細まで言えるかっつったら怪しい。

多分本当はやりたい事なんてなくて、ただただ生きていたいだけなんだと思う。生きてるだけで儲けもんだって言う言葉もあるけど本当にその通りで、

ただただ生きているだけの事をまず肯定してもらいたい。そんな事、肯定してくれる人なんて昔の祖父母くらいしかいないんだけどな。


豆腐メンタルだと人は言う。

何をやってもダメ自分から抜け出すイメージがつかめない

まずやってみなきゃわかんないだろって声は多い、確かに俺もそう思うしどうやったってそうすることでしか抜けられない

でもガソリン欲しいもの 心奮い立つようなガソリンが欲しいんだって ああ生きててよかった、次の目標に向かって頑張ろう、

よーし次は○○目指してみるか とか思いたい

ガソリン供給が無い状態でそういう精神状態まで持って行かなくちゃいけないのか?

タフでストイックでなくちゃいけないのか?みんな本当にそうなの?本当に?ねえ強すぎない?

何だよ豆腐メンタルって 言う側は放言ときゃいいよな別に俺の内心なんて推し量る必要もないだろうから

勝手マウント取ってボコボコにしとけばいいし、そういう役回りかもしれねぇな

なんだ「まだ仕事辞めてないの?」って オメーラ冗談のつもりかもしんねーけど俺以外にその言葉使ったことあんのか?

安易社会性が無い事を示唆して悦に入ってんじゃねーぞ殺すぞマジで

あと確かに今の会社ブラックかもしれないっていう話はまことしやかにささやかれてはいるが、

人の働くところにたいしてオメーラからブラックブラックいってんじゃねえ殺すぞ

働く意欲を入社前に挫くんじゃない

あんなに安堵した事は今までないってくらい安堵してようやく得た仕事先で、収入先で、

しかしたらまた俺が心機一転できるようなところになるかもしれない組

そんなところを簡単にやめると思うのか?とりあえずはやってみるだろ一応さぁ

俺は自分勝手だと人は言う 他人に対する思いやりが無いと人は言う

今までを思い返してみると、トラブルの元は確かにそういう所だった。的を射ている。

本当に人の事を思いやる気持ちさえあれば、きっと色んなトラブル回避出来て今頃上手くいっているのかもしれない。

正直、人の気持ちを推しはかるのはとても苦手だ。自分なりに気を遣う事はある。

ただ、それはあくま自分なりだからからない事も多い。言われて初めて気づく事も多いし、それで以前の彼女は別れた。

他人の指摘を受け入れる気持ちが無いという指摘がある。そんなことはない・・・と思ったが、

上でいう仕事関連の冗談やら、人への思いやりが無いというところに非常にショックを受け、色々考えて傷ついたフリ?をしているあたり、

本当なのかもしれない。多分本当なんだ。

だったらどうすればいいんだ。25になって社会性も無い状態で。人への思いやりが無いか仕事でも失敗すんのかな。

するんだろうな。でも親父はそろそろ定年だし、"社会人から"自分の事は自分でしないといけない。

何をすればいいんだ。誰か教えてくれよ。ワガママか。ワガママなのか。ワガママしか言ってねーのか俺は。

俺への指摘をするなら本当にそこも含めて教えてくれよ。わかんないよ。何すればいいんだよ。

よくわかんねーやグチャグチャだ。死ぬという言葉は軽々しく使うべきではないが、

元々無かった思考能力が度重なるブラックアウトでどんどん低下している今、すべてをリセットするという意味で一考してしまっている自分が嫌だ。

家計を圧迫しながらも続けたサークル2つが俺に残してくれたものはなんだったのか?

楽しい思い出と、その裏に潜む強烈な劣等感嫉妬と、それと自分でぶち壊していった人間関係

7年間で、一体俺はいつの物を生み出して壊して、自分を血まみれにしていったのかはわかんないけど

とりあえず今そのすべてをなげうってどこかに行ってしまいたい

なんかもうよくわかんないけどもっと肯定してほしい

唯一歌だけは上手いって言われたけど、それだって、それだってさ。

結局今何も残ってない。

前に進むのってどうやるんだ。

何すればいいんだ。

明日からどう生きればいいの

ひょっとして何事にもやる気が起きないのを人から肯定されてないからっていう言い訳ごまかそうとしてるのかな

そうしたら俺の本当の気持ちってなに?よくわかんない

すげぇ落ち込んでるけどこの気持ちも誤魔化しなの?全部いいわけなの

じゃあ俺の本当の気持ちってなんなの

何がしたいの

どこに行きたいの

誰と生きたいの

しらねーよボケカス自分で考えろ

自分で考えるってどうやるんだ

同期が、周りがまぶしすぎる

でもきっと俺よりつらい体験をしてたり、考える事をしてるからきっと俺より精神的に立派で、

じゃあ勝てないや

勝てないからってあきらめるのかって言われたら諦めないけど、諦めないなら諦めないだけのスタミナをつけなきゃ

I got StaminaってSiaも歌ってるしさ

で結局女の子に助けを求めようとして迷惑がられるでしょ

男に相談するのがベストなのかなぁ


でも結局周りにクソ迷惑かけて生きてきたのは周りから証言でも確かでさ

こういうことをしゃべることも迷惑に繋がると考えるともう誰にもしゃべれねーよ

どうすればいいのかなー全部もみくちゃにして忘れてしまえばいいのかな

あーでも忘れたらまた思いやりを忘れてしま

思いやりを忘れないようにしたら今度はこの悩みが芋づる式で出てきてしま

結局精神性としては何にも変わってないんだろう

子供のころからずーっとこうだ いつからこうだったかはわからないけど、

多分おちゃらけて隠す事が少し上手くなっていただけで元の人間性は最悪なんだなと改めて感じる


セックスは俺にとって救いだったのかもしれない

一晩とはいえ、体を許す事は圧倒的な優越感と達成感を俺に与えてくれたような気がする。

からこそそこに価値見出ししまったが、結局その過程で人をたくさん傷つけてしまっている。

酒も絡んでの話ではあるが、抑圧された本来人間性が出ちゃっているんだから世話無いね

もし俺が今後の人生でまた優越感を見出すためのツールとしてセックスを用いるようになるんだとしたら、

もうセックスはしないほうが身のためなのかもしれない。


でもそんな人生って意味あるの?あるんだろうね。多分。

でも死んだ方が身のためなのか?俺が死んだ事で悲しむ人がいるかどうかはさておき、

死んで迷惑がかかるってのはほんとなのか?

誰に迷惑がかかるんだ?親か?周りの人はむしろ迷惑がかからなくなるだろ

あーでもあれか、無駄に罪悪感とか抱かせちゃうもんな、確かにダメ

きっと爺ちゃん婆ちゃんも悲しむしなぁ

なんで死ぬことも許されてないのだ 自由はどこにいったのだ

2016-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20160911152812

そこまでメカニズム自己分析できるなら

その反射が起こるたびにそれだと気付いて制止したりして徐々に克服できないの?

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