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2017-03-23

何だかんだ言われてもやっぱり宗教って怖い

とあるバイトを辞める前日、たまたまいつも一緒にシフトに入るおばちゃんと休憩時間がかぶった。

だいたいいつも笑顔な人当たりのいいおばちゃんで、嫌いな人じゃなかったから休憩室に二人でも嫌ではなかった。

お菓子いる?いただきます、って刺し障りのない会話をしてて、

何がどうなってそういう流れになったか覚えてないんだけど宗教の話になった。

今思えば誘導されたんだろうな。

おばちゃんは俺がどこの宗教にも入ってないとわかるとおもむろに城が印刷されたパンフレットを取り出して、

ここには神様がいるの、と城の天守閣を指さした。

(嬉しそうにこの城は私たち寄付で建てたのよ、とも言われた)

最初は何言ってんだこの人と思ったんだが、いか自分信仰する神様が凄いかを延々と力説され続け、

眼の光が異常に強いこともあり段々と気持ち悪くなっていった。

今まで普通のおばちゃんだと思ってた人が突然わけのわからないことを喋り、コミュ障オタクのように一方的にこちらの反応を無視して話す姿は、一瞬で宇宙人に入れ替わったような感覚に陥る。

雰囲気に呑まれものの、最終的に休憩時間が終わりに近づきパンフレット押し付けられるに留まったため、ゴングに救われた形となった。

その日のバイトの帰り道、もう明後日にはここには来ないんだな、と思った瞬間

おばちゃんが今まで影すら見せなかった勧誘をなぜこのタイミングでしてきたのか繋がった。

職場信者であると漏らされる危険性、それによって自分を見る周囲の目がどう変わるのかを良くわかっていたのだ。

あれだけ盲目的な様子だったのにちゃんとリスク管理客観視ができているのはなんだか狂気的で背筋が寒くなった。

これだけで一概に宗教否定する気はないが、そこに属していない人間からすると何だかんだ言われてもやっぱり宗教って怖い。

2017-03-20

ADHD障がい者雇用

ADHD障害者雇用大企業)してます

業務は清掃や雑用事務補助(電話対応を除く)

時給は最低賃金50円上乗せされたくらい。下手に障害オープンにしたから色々偏見がある。

自分配慮してほしいことや、頑張れることをWordでまとめてパンフレットにして配布したり

努力してるけどなかなか理解が得られない。

仕事は1年の契約更新制でいつ切られるかもわからない。

2017-03-17

からExcelワープロソフトじゃないしWordDTPソフトじゃない!!!

追記

ブクマ読んでたら胃が痛くなってきた。

PowerpointDTPソフト…う、頭が。

おぉ神よ、あなたの悩める子羊の願いを聞き入れ給え。

どうか一太郎ファイルであってもWordファイルであっても、互換性を持ってどちらのソフトでも開けるようにしてくれ給え…。

あ、でもExcelワープロ勢を救うのは地獄の門を開けることになるので、そのまま開けなくていいです。

どうでもいいけど実はFireworks大好きっ子だった。

Photoshopよりも軽快でいいソフトだったのにな…。

ーーーーーーー

何回言ったら分かるんだお前ら!!おぉん!?

上司に何回も違いを説明しても分かってもらえず。

自分説得力を恨むべきなのか。

さ・ら・に!!今お読みいただいている方には朗報です!!(大きなテロップと共に「バーン」の効果音

出向中に後輩ちゃん上司に任せた結果

なんとExcelワープロとして使い、Wordパンフレットが作れるようになっていたんです!!(ここで「すごーい」の声)

利用者の声」

indesignillustratorは専門的過ぎて分からないことがあったんですけど、WordExcelを使ってみて「これは便利だな」と思いました。

Wordだったら機能範囲内であれば全部できますし、Excelを触ってみたら「レイアウトがきっちり決まってるワープロだ」ということに気付くのには時間はかかりませんでした。

おかげ様で顧客の求めるデザインWordでは出来ませんという言い訳ができるようになり、どんどん仕事が(他所へ)流れるようになりました。

文章ファイルを開く度に重いExcelが立ち上がるので、閲覧者はイライラして画面を閉じるようになりました。

はじめは「これは不便だな」と思いましたが、裏を返せばセキュリティ対策にもなると感じ、今では安心して使っています

うおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!!!

おまんら、うおおおおおおおおおお!!!!!!

あばばばばばぁぁぁ!!!

2017-03-10

関西駿台東大文系コースについての紹介

インターネット上に関西駿台の実情に関する情報ほとんど無いので関西(主に兵庫大阪京都奈良近辺)在住の文系東大志望の方の予備校選びの一助となるように書き残しておきます理系の方でも多少は参考になるかと思います

どのクラスをどの講師担当してるかとか一年の予定みたいな情報は「駿台大阪wiki」が詳しいのでそちらを参照してください。



1.自己紹介

2016年3月私立中高一貫校を卒業東大不合格を経て駿台大阪LSクラス入学したのち2017年3月東大文科某類に合格しました。

ゆえに以下の内容は2016年度に大阪校のLSクラスに在籍していた頃の生活に基づくものになります

特に4の項目は年度次第で実情とは異なる可能性があります。ご了承ください。



2.クラス分けについて

 駿台パンフレットにはコースについての説明はあってもクラスについての説明ほとんど無いと思うので説明しておきます

まず東大志望が入りうるクラスLSLA、校舎によってはLBがあります

このうちLS大阪にのみ設置されているクラスで、東大文系EXコースの生徒は無条件で通年このクラスとなります

東大文系EXコース模試認定テストで相応の成績を取れば入れるコースですが、まあ不合格B以上ならほぼ間違いなく入れるんじゃないでしょうか。

合格率とかクラス平均点みたいな指標を頑なに開示しようとしなかったのでクラスの具体的なレベルは把握しにくいですが、聞いた話と自分の知ってる範囲では合格率は7割ぐらいです。

また生徒は某大寺とか某陽や某(一文字なので伏せようがない)高校の生徒が多く生徒の質はかなり高いです。

 次にLAやLBですが、上述のEXコースではない普通東大コースに入った場合このクラスとなります

このクラス東大志望から阪大志望までまとめられるクラスなので、仲間と切磋琢磨出来るかというと微妙と言わざるを得ません。

また往々にしてクラスの人数が多かったり講師の質も落ちるなど待遇面の粗悪さも見られます

合格率に関してはそもそも東大受験者が少ないのでサンプルが少ないですが、まあお世辞にも高いとは言えないんじゃないかなあと。

以上まとめると、「東大志望は極力大阪校の東大文系EXコースに入ってLSクラスに入るべき」だと言えます



3.LSクラスについて

上でざっと述べた内容を詳しく掘り下げます

まずクラスの人数は例年40人~60人だそうです。2016年度は60人弱でした。

男女比は年によってかなり揺れがあるようで2015年度は10%を切っていたそうですが2016年度は20%ぐらいでした。

関東御茶ノ水のSXでもあるようですし他のクラスもそうなのかもしれませんが上位進学校の生徒が多いので高校ごとにかなり群れます。おまけに男子校が多いので騒ぎます

そういう進学校の方々は快適なのかもしれませんがそうでない方はあまり快適に感じられないかもしれません。

実際僕が後期から授業にほとんど出ずに自習室に篭っていた一因はそこにあります

まあ彼らが排他的ってわけじゃないですし他人に直接危害を加えるわけではないですから上手く付き合えば快適には過ごせるんでしょうが



4.授業について

科目別に書いておきます

国語

 現代文は全て中野芳樹師の担当です。やや好き嫌いが分かれます。現役時に林修帰依していた人々は嫌う人が多かったようですが僕は好きでした。

現役時に現代文をほぼノー勉だったあるいは確固とした解答スタイル確立出来ていなかった人にはうってつけの講師だと思います

市販の「現代文読解の基礎講義」を読めば師の授業スタイル垣間見えるんじゃないでしょうか。

 古文複数講師担当しますがお勧め前田師の授業です。

これまた好き嫌いが多少分かれます古文フィーリングでなくちゃんと読むことが出来るようになる授業です。

漢文は週1時間しかないですしその1時間もはっきり言って出る価値はない授業だと思います自習室で句形覚えて赤本解いてる方が有意義でしょう。

数学

僕は数学を現役時にほぼ完成させていたので授業の大半の時間解説を聞き流しながらひたすら大数とか過去問を解いていました。

そのためどの講師がいいのかをはっきり述べる自信はありませんが、どの講師もハズレはいなかったように思います

テキストレベルは前期→後期にかけてかなりレベルが上がります

後期の難しい問題は解けなくても何の問題もないと思います。ただ解けなくても問題いからといって授業を放棄するのは考え物でしょう。

解説をしっかり聞いて考え方のエッセンスを吸収していくことが大事なんじゃないでしょうか。

また週に1回EXLといって大数C~クラス問題を2問50分で解くテストがあります

平均点は毎回10点(2割)程度です。出来なくてもしょうがないけど問題面白いですよ。

英語

概して京大意識した講義が多いです。長文英作の授業と普通の英作の授業が1時間ずつありますし精読重視の授業がめちゃくちゃ多い。というか精読重視の授業しかない。

はっきり言って東大が求めている英語力を養成するのは難しいカリキュラムだと思います。4分の1をを占めるリスニングの授業も5分の1ぐらいを占める自由英作の授業も皆無だし。

東大英語という講座は後期からありますけど1週間に1問要約などの過去問を解くだけのゴミみたいな授業です。

英語の授業は自分に合うものを何個か選んでそれ以外の授業の時間東大に特化した対策に充てるのがいいんじゃないかと思いました。

ただし竹岡師の授業は絶対に出たほうがいいと思います。僕の駿台学費の7割は竹岡師に払ったつもりです。英語観変わりますよ。

通期授業だけじゃなくて講習の自由英作文のエッセンス英単語/熟語特講、直前期の差がつく英単語300(正式名称忘れた)もかなりお勧めです。

特に最後の講座は慶應経済でconventional wisdomとか当たりまくってて試験中笑ってました。

理科基礎

授業に一回も出たことがないので分かりません。東大志望の方なら相当現役時代理科をサボっていたのでもなければ直前期だけちゃんとやれば満点近く取れるでしょう。

●地歴

平常授業(世界史通史、系統地理)は時間無駄判断したのでほとんど出ませんでしたが本試で知識不足が露呈して点数を落としまくったのでちゃんと出た方がいいと思います

ただテキストの質はあまり良くないと思います特に世界史テキストはさっさと捨てて教科書だけ読んでいた方がいいでしょう。地理も絵抜きで白黒の資料集みたいな感じ。

地理論述東大世界史はぼちぼち出ていましたがまあ質は普通でした。

世界史テキストに1980~の東大過去問が全て載っているのが素晴らしいです。赤本を買う必要が無くなります

解答はありませんが赤本程度のレベルの解答があっても特に意味はないのでデメリットにはならないんじゃないでしょうか。

●講習

東大対策の講習はほとんど無いです。確か英語数学しかない。

それ以外に東大志望の方が魅力的に見えるだろうなあと思える講習もあまりありませんでした。

関東駿台の講習のパンフレットを見ると面白そうな講習がたくさんあって羨ましい限りです。

まあ休暇中にやるべきことは講習のバイキングではなく平常授業の復習なんでしょうけどね。



5.模試について

スカラシップ認定はめちゃくちゃ厳しいです。東大志望内3位でも5万しか貰えなかったらしい。

なので必死スカラシップ狙いで全部の模試本気出す必要はないです。駿台全国と東大実戦だけ真面目に受けて後はサボるか肩慣らしでいいんじゃないでしょうか。

ただサボると家に届く成績表が悲惨なことになるので事前にサボる理由を親に説明出来る人だけサボるべきでしょう。あとサボったからにはその日はちゃんと勉強しましょう。



6.総論

 僕は関西駿台東大コースカリキュラムにはかなり不満があります

特に英語は全く東大対策には適していません。まあ京大志望が多数派だしリソースは限られているので仕方がないことではあるんですけど。

また上述の通り東大対策の講習はほとんど無く直前期のプレ講座もほぼ全て映像授業とかいう有様でした。

これは河合塾のエクシードでもおそらく似たような事態になっているので(違っていたら申し訳ない)、散々関西駿台について説明した挙句元も子もない話ではありますが、

金銭的な余裕があるなら東大志望の方は駿台御茶ノ水3号館の東大コースとか河合塾本郷校に入学することをお勧めします。

 金銭的な余裕があまりないとかそこまでする気がない関西在住の方は河合大阪エクシードとか駿台大阪EXでいいと思います

なんだかんだ7割は受かるんで予備校の犬にならずに、また予備校から離れて堕落することが無ければまあ大体受かるでしょう。

あと宅浪は全くお勧めしません。概して生活リズム崩壊しますし鬱になってる人が尋常じゃなく多いような気がします。

予備校100万は決して安くはないですが東大合格のためならそこまで高い買い物ではないんじゃないかなあと個人的には思います

2017-02-19

[]

名前が可愛らしい岐阜県久々利城に行ってきましたわ。

織田信長につかえた森一族に攻め落とされた大変かわいそうなお城ですの。

周辺の木々伐採されて良く整備されており、

お城の構造がじっくり観察できました。

特に二重堀切の遺構が見事です。



構造はいわいる連郭式で、南から北に四段の郭が連なっています

本丸から二の丸三の丸の内部と、三の丸への虎口が見下ろせ、

重層的に虎口を遠距離攻撃できる構造になっていました。

三の丸への虎口に接近するためには三の丸真下

左側面をさらして通らねばならず、

攻め手にはなかなかハード構造ですの。



けれども、守り手にとってもお城の構造には問題が観られます

三の丸二の丸入り口が一カ所しかなく、

坂路を押さえられたら、上の郭に移動することは困難ですわ。

ただし、下の郭は上の郭から全体がみえるので、

攻め手が奪っても集結場所に利用することはできませんわ。

また水の手が最初の虎口の後ろという低い位置にあり、

攻城戦序盤に落とされると三段の多重攻撃を活かす前に、

水不足で苦しむかもしれません。

本丸と北の丸の間の窪地に石で門がつくられた水路跡とおぼしき

構造があったので、そこから水が得られた可能性はありますわ。

後世の改修の可能性もありますし、

さすがに大手口の守りはよく考えられた構造をしていますわ。



久々利城の位置は、県道84号線を見事に管制しており、

本丸周辺から麓の道と人家を見下ろせました。

郭一つに50人ほど詰めることができそうでしたので、

四段と北の丸で250人、踏査できなかった谷を挟んだ西の郭に

地図でみた感じで100~150人に、腰曲輪への+αで、

350~500人くらいが配置できそうでした。

パンフレット地図によれば登り口から本丸までの比高は65メートル

わたくしの鰭では、寄り道しながら13分で登れました。

歩行距離ざっと500メートルでしたわ。



看板によればイノシシマムシに注意ですわ。斎藤道三ってとっても長生きですのね。



縄張図の載っていたブログを参考にリンクしますわ

http://ameblo.jp/tkjsk0231hzannitiroku/entry-11949051251.html

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。




まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。



もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ



なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。



本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。



「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)



原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。



そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。



また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。



最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。




それでははじめます。



導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。




まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。



そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。



しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業




解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。


同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。


同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?


『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。


諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。


『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。


『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。


すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。




解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。



不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」



感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。(Permalink | トラックバック(0) | 22:47

2017-02-09

Re:チャリティーコンサート身体障がい者のための寄付金を集めた場

http://anond.hatelabo.jp/20170207184136

週末に解説とか悠長なこと言ってないで、俺が全部にツッコミ入れ終わる前に何か書いたほうがいいよ。

著作権法38条1項によれば、①非営利で、②料金を徴収せず、③演奏者に報酬が支払われない場合、という3つの要件をすべて満たせば、JASRACに無断で公に演奏しても構わないとされている。

それではチャリティーコンサートはこれを満たすのか

チャリティーコンサートがこれを満たすのか、ではなく、「チャリティーコンサート」と名乗ったコンサートが本当に3要素を満たしていたのか、が争われた内容。

被告らは,本件各演奏会の第1部に関しては,著作権法38条1項が適用されると主張する。

しかしながら,前記1認定のとおり,本件各演奏会は,全体として一つの演奏会であって,第1部と第2部に分けることはできないし,平成11年6月27日開催分までについて,第1部は無料,第2部は有料という明確な区別があったとも認め難く,平成11年7月以降分に関しては,観客から直接入場料名目の金員を徴収することはなかったものの,寄付金を集めており,これは,著作物提供について受ける対価と認められる。

また,被告会社主催する本件演奏会(2)については,被告会社事業として行われていたものと認められる。

そして,弁論の全趣旨によると,少なくともCに対しては平成13年2月11日より前は出演料が支払われていたものと認められる。

そうすると,平成13年2月11日より前の時期について,第1部のみを取り上げて著作権法38条1項を適用することはできない。

(平成13年2月11日以降同年6月24日までの12件に関して)

上記認定のとおり,本件演奏会(2)については,被告会社事業として行われていたものであって,寄付金という方式で対価を徴収としていたものと認められるから,Cに対しても出演料が支払われていないからといって,著作権法38条1項が適用されるということにはならない。

したがって,著作権法38条1項の適用に関する被告らの主張は理由がない。

何回もコンサートを開いてきて、いろいろ言われて名目を変えたから判定が多岐にわたっているけれども、寄付金が入場料と認められた経緯については

平成11年7月以降の演奏会に関しては,被告会社は,寄付金徴収し,寄付した者に対して,記念のパンフレットプログラム等を渡していた。

という事実認定されたのだし、第1部と第2部が実質一体という判断

パンフレット及び入場券には,演奏会が第1部,第2部の構成になっていることやアマチュア団体の出演分に関しては入場料が無料であるというような記載はない。

とか

演奏会チケットパンフレット演奏会場の予定表には,アマチュア団体が出演する第1部とCが出演する第2部に分かれていて,第1部は無料,第2部は有料であるとの記載はなく,むしろ,Cが出演する一つのコンサートであって,そこにアマチュア団体特別出演するとしか認識できない。

(第1部と第2部を分けるアナウンスをして、検札していたという主張に対し)

さらに,①証拠(甲13,26)によると,原告職員確認に赴いた演奏会においては,上記のようなアナウンスはなかったことが認められること,②演奏会における会場の収容

人数は,後記認定のとおり多数であることからすると,第1部と第2部との間に入場券を所持していない者に対して入場券を購入させることが実際に可能かどうかはなはだ疑問である

という事実認定されたものからな。

2017-02-07

子育て現場では男性差別される

男性子育てに参加すべきとかしようとか言われて久しいが、いざ参加すると想像以上に女性社会であることを実感する。

保育園に行く⇒ママたちは賑やかだが、男性には挨拶しないだけでなく基本的無視。おばあさんたちに至っては、なんでこんなところに男がいるの、とばかりににらみつけて来たりする(実話。というか、待機児童ゴマンといるきょうび、祖父母が近くに住んでいる家庭は入園基準の点数が低くなるはずなのになぜかおばあさんたちの送り迎えは多い)。「ママバッグ入れ」とか書いてあるし、パパバッグ入れはどこよ。

リトミック等に行く⇒「ママと手をつなぎましょう!」と言われてもママじゃないし、「みんなで手をつなぎましょう!」と言われても(当然だけど)隣のママ女性講師の方と手をつなげないから一人で突っ立っていて間抜け

病院・クリニックに行く⇒待合室に置いてある雑誌女性向けか子育て物だけ。後者女性向けの記事しかない。パパたちが来ることも多いんだぞ。

親の付き合いもママたちだけ。LINEのやりとりは参加させてもらえないから、子どもたちの交友関係もよくわからないし、流行っている病気などの情報も共有できないし、懇親会の誘いも来ない。

学校説明会懇談会PTA会議基本的に平日だから行けない。専業主婦パートとか時間に余裕のあるママたちだけの集まりになるし、彼女らがPTA行事の日程を決めたりするから仲良しグループの集まりになるだけ。たまに行けても挨拶も話もろくにしてもらえない。

連絡網電話が来る⇒いきなり「奥様はいらっしゃいますか?」とか「奥様に伝えていただいてもいいですか?」とか聞かれるし、ひどい時には「奥様いらっしゃらないんですか、それなら私が次の人に電話しておきますね」とか無能扱いされる。男じゃ用件がわからないとでも思っているのか。

自治体パンフレットも「ママたちのお悩み相談」とか「先輩ママに聞いてみよう」とかそんなのばかり。女性相談員常駐とか。パパたちだって苦しんでいるし、先輩パパに相談したいんだよ。

それでも負けじとしつこく挨拶をしているが、結構折れそうになるし、正直鬱気味だ。パパたちは孤立やすいんだ。何が職場での女性差別だ、女性だって男性差別しているじゃないか

救われるのは、子どもたちが「Aくん(ちゃん)のパパ!」と声をかけてくれること。子どもたちはまだ差別を知らない。

2017-02-02

嫁が疑似宗教に嵌った話(どうせ誰も読まないだろうから気兼ねなく晒せる

以下、初期稿




愚痴を書く場所を求めて増田に来たので無駄に長文。

とりあえず経緯、自分スペック関係団体、嫁のやらかしを列挙する(ダミーあり)





わたし家族

夫婦3~40代小学生の子供二人(下の子は重度の知的障害

わたし:元会社員、数年前に鬱を患って(診断では鬱病ではなく鬱状態)退社

祖父から遺産相続し、物件管理という名の不労所得暮らし(細々と小銭稼ぎはしてる)

・嫁の父は10年ほど前に他界、母が一人暮らし

わたしの母は他界祖母と父と兄弟が残ってる




関係団体

一見すると、意識高い系ミュージックスクール

ミュージカルリトミック楽器演奏など教えている

代表者ワンマン

資金繰りは悪そう←度重なる生徒の親への融資要求、支払いの遅延などがあるよう

事業拡張新規教室の開設など)してはたたみ、それでも将来的には凄いお金稼げる団体になるとか





嫁のやらかし(それ以外の情報も含む

・上の子が生まれ0歳児からリトミックに通い始める(これは別によい

団体代表は元々は市かなんかの補助を受けて別の人物活動してたのだが、方針の違いで喧嘩別れ。嫁は代表についていく(これもまあよい

教室自転車(頑張れば徒歩)で通える場所から必須場所移転。嫁ついていく(これもまあよい

・年に数回、ミュージカルの公演などを実施(この時は主催者が大赤字を背負って開催してたらしい←のちの伏線

わたしが鬱やら母(今は他界)との揉め事やらでテンパった時、代表相談(まあ自分が悪いし仕方ない、がこの辺りから話がおかしくなる

代表の言うことを盲信するようになる

代表事業拡大時にスタッフ(無給)として、手伝うことを決意(軽い手伝いぐらいに聞いていた

スタッフとしての作業家事放棄が始まる

スタッフ作業と上の子イベントミュージカルなど)で下の子わたしを置いて、ほぼ土日は出かける

(このあたりは自分自身の行いの悪さもあったので、甘んじて受け入れていた)

そして数年後……

家事ますますおざなり

毎日スタッフ作業子供のレッスン終わりに会議が入り、小学校低学年の子供との帰宅が深夜近くということが続く。(レッスンは平日週3&土日)

・平日、上の子には夕方からのレッスン前にコンビニおにぎりを与え、夕食はそれだけみたいな

団体事業拡大により、レッスン場所に遠隔地(車で1~2時間、高速使用)が混ざりはじめる(交通費家計圧迫、帰宅時間ますます遅くなる

団体事業拡大と嫁の地位向上(なんかリーダー? に就任?)により、深夜~明け方にまで事務作業PCでのパンフレット作成や客先対応)、睡眠不足

睡眠不足からこの数年で交通事故を数回起こしてる、おかま掘ったり、人を軽く轢いたり(軽く

わたしはこれはまずいと思い始めるも、鬱やらの影響であまり強くでれず、下の子を面倒を放棄しだす(逃避行為ね

・嫁は母(わたしにとっては義母)に下の子の面倒を頼むようになる(ちなみに嫁母はそんなに元気じゃない

そして大事件が。

・上の子のレッスンに下の子と嫁で付き添っていた際、下の子障害持ち)が代表を押した(らしい

代表、怪我。歩行が困難になったらしい

・謝りに行った際に代表からわたし罵詈雑言(数時間に及んだ。内容は「鬱の時にも面倒を見た」「下の子がまだマシに育ってるのは私のおかげ」「(俺)母との問題にも指示を出した」「なのにこの仕打ちはなんだ!」とか。レッスン終わりの子供と保護者も沢山居る中で公開処刑。少なくとも他の子供に聞かせる内容ではなかったと思う。「男はもう信用ならん」とか「ろくに稼いでないわたし生活に対しての批判(まあ当然だけど)」とか)

頚椎に損傷を負ったらしい

慰謝料として500万円要求される→それでチャラにしてくれるらしいので払った

・追加で800万要求される(団体活動に影響が出るので弁護士は挟みたくない、挟んだら数千万から単位賠償になるとの言い分、500万では足らなかったらしい、医者の診断結果も受けて

・嫁、わたし、父、祖母家族会議

・父も祖母も嫁が信者的な行動しているのをうすうす気づいたために反対するも、結局支払うことになり、祖母貯金から

わたし逃げ出す。祖母一人暮らししている実家へ。別居生活が始まる

・ある日、嫁と子供が住んでるマンション管理費の引き落としができてないことにきづく

・ローンやクレジット払いが結構あるので、返済やらなんやら失敗するとヤバいので現状確認

家計管理してる通帳の貯金の残高がほぼ零になり、さらには子供名義の定期預金の数百万円も解約して使用済み(一~二年ぐらいの期間で?

事情を聞くと、団体活動必要だったとのこと(ミュージカルの参加費など

・ちなみに、嫁には4~50万毎月渡し、貯金をするように頼んでいた

・とりあえず、通帳を預かり、嫁の口座を家計通帳に変更して対応

・嫁が銀行クレカ作って50万(限度額)借金

さすがにぶちぎれるも、嫁改善せず←これがちょっと前の話

・嫁は団体子供のレッスン料などを支払えていないようで金を無心されるも断わる

ミュージカルの参加費など10万弱ぐらいするらしい)

 →結局嫁母から融通してもらったらしい

・嫁と子供マンションから実家引っ越してくる(多分代表に言われた言い分は以下

・うちはそれなりの家系で跡取りなので、実家のこともおざなりにはできない

・以前祖母が持ちかけていた家を買うという話はチャラでよいので500万融通してもらえないか団体事業拡大に使うらしい

 (ちなみに、団体の将来的な目標子供の居場所とか作ることも含まれている、障害ある子供も暮らせる場所。嫁はその理想のため(とあと子育て生き方指南)に代表に仕えているともいえる)

・嫁、団体スタッフとしての活動が忙しく、祖母(90才)に下の子の子守を頼むこともしばしば

わたしが関与を拒否しているので依然嫁母への下の子の子守は頻繁に頼んでいる(まあこれについては逃避しているわたしも悪いというかわたしが悪い

団体の薦めで嫁が早朝から夕方にかけて働きに出る(2か月間の期間限定

・朝の下の子の送り出し(擁護学校バス亭まで)は毎朝私の役目に。夕方デイサービスから帰ってくるのは嫁母にお願いしている?

祖母発狂する(元々年に数回発狂する祖母です。無視してたら10日ほどで平常運転に戻るのですが

祖母発狂に加え、ぼけの症状も出始める(これが数日前の話

祖母発狂すると家を片づけるつもりでゴミ屋敷にしてしまうので、家はぐちゃぐちゃ

・それでも嫁は仕事にでかける

そんでつい最近の話(一日の出来事

・上の子が夕食を一緒に食べるという約束祖母わたしとしていた

・さすがに上の子との約束なので、祖母愚痴やら聞きながら、片づけを手伝った

・上の子は、レッスンがあるので帰宅は21時の予定

・ぼけつつある祖母と片づけしつつ、夕食の準備

・下の子は嫁母が見てくれていた

・嫁と上の子と嫁母と下の子帰宅したのは23時

・レッスンやらなんやらが長引いた模様(よくあることで、子供二人を釣れたまま深夜まで帰って来ないのも毎週のようにある

だいたいこんな感じ。

まあ、読んでくれる人はいないでしょうし、全然纏まってません。



簡単に言うと、

わたしの鬱やら家族関係の悩みやら、障害を持つ下の子の養育方針やらで、

元々はただのリトミック先生相談しだした。

リトミック先生教祖様存在に。

(他にも不登校の子を持つ親や旦那と上手く言ってない親から信仰を集めているらしい。

教祖様のレッスンの月謝はそこそこだろうけれど、ミュージカル公演などにべらぼうに金がかかる。

(うち以外にも500万とか貸した家族が居るらしい。多分返済計画なんて立ってない)

とにかく教祖様事業拡張がお好きで将来的には凄い金を稼ぎつつ、社会還元できると信じてらっしゃる

障害を持つうちの子供が教祖様に怪我を負わせた際に、なんか言いくるめられて1300万払わされた。

嫁は貯金を数百万使い果たし、借金までしだした。

嫁は子供第一といいながら、こどもそっちのけで教祖様事業の手伝い(奉仕活動)に御執心。(そのほうが将来的に楽になると信じているから)

挙句外貨を稼ぐために外部で労働までさせられるように(これは勤務先とのコネクションを作るという意味もあるらしい)

世話のかかる下の子の面倒を、まずはわたし、そして嫁母、祖母押し付け、その誰もが壊れていった。

もちろん嫁も面倒は見ている(最近そうは思えないことも増えてきた)。全員で支えることも必要だとはわかっている。

ただ、嫁は教祖様絶対なので、教祖様から与えられた仕事をこなすためには平気で子供犠牲にする(とわたしは感じる)。

実際、教団の手伝いをするようになってから、鍛冶はおろそかになり(元々は毎日洗濯食器の洗いものは溜めない、家庭料理主食副菜味噌汁掃除毎日というスタイル

洗濯ものは溜まり食器は溜まり食事はあまり作らなくなり(作ったとしてもごく簡単ものやきそばとか)、部屋中埃だらけになり、

わたしが家に居る時はまだマシでしたが、耐えかねて家を出てから監視の目がなくなったからかその適当さに拍車がかかった。



全然簡単になりませんね。まあ誰も読んでないんでしょうけれど。

そもそも、わたしが鬱になって、しっかりしてないのが原因なんでしょう。働いてもいませんし。

でも、鬱になる前、子供が小さい時は幸せでした。

の子障害があるとわかった時(わたしの鬱がちょっとマシになってきた時期)も、

辛かったですが、夫婦で力を合わせて育てようという意思は少しはありましたし、協力してました。

ただ、協力してもしても、嫁は教祖様にどっぷりとはまっていき、疎外感を感じるようになりました。

元々、鬱になった時も、嫁が元々依存系の性質なので、うまくこちらも相談できず、悪化したんだろうと思います

家族であるようで、家族理想を演じているだけの夫婦だったんだろうなと。

教祖様の教えが上手く(実際に沢山の信者を従え、奉仕活動お布施させている)、嫁にとってはわたしよりもよっぽど救いだったんだろうなと。

特に障害持ちの下の子の将来を考えた時に、教祖様理想の教団の未来像は魅力的で、それを実現するためには多少の無理をしても将来の投資だと信じられるくらいには。



そもそもわたし家族(父母兄弟祖母)にはまったく愛情を感じず(祖父だけは凄く恩義を感じている)、

それというのも、両親が不仲で父は数か月家を飛び出したり(その血を引いてるから同じことするんだろうな、当時は毛嫌いしてたのに)

母はノイローゼで寝たきりになったり、

父も母も暴力的で、虐待ちっくなことを受けてたし、

両親の不仲のそもそもの原因は(到底うまくいく夫婦ではなかったですが)、祖母の嫁(わたしの母)いびりだったとか複雑な環境が影響しているんだろうなあとか。

みなさん、親を殺そうと思ったことあります? 小学生ぐらいで?

わたしは本当に両親を殺したくて、幼い頭で、強盗犯行に見せかけようと知恵を絞って、珍しく父が帰って来ていて(だけど激しい夫婦喧嘩なんかをやらかした晩)、

二人で寝ている枕元に包丁を持ってたったことあります。結局怖くてどちらも刺せませんでしたが。自殺だって何度考えたことか(最近デハ数年前にも何度か)

思えば、虐待を受けたので、誰かから怒鳴られるとパニックを起こして何も言い返せなくなるし、

子供の頃から逃避癖がひどく、ずっと現実逃避してましたし、

結婚する前に今の嫁と出会って嫁のために頑張ろうと模範的彼氏婚約者旦那父親を演じてきましたが、結局演じてただけなんだろうなと。

幸せ夫婦家族に憧れてたし、それを作りたかったし、作ろうと思ったけれど、当時は作れたと思ったけれどガラス虚像でした。



今はもう人、特に家族と関わるのが面倒です。

の子は将来的にはどこかの施設に入所させるしかないと思いますし(嫁がこの状態で、私一人で支えていく自信はない)

の子洗脳されて、そのうち教祖信者になってしまうんだろうし。

まあ、わたしが不甲斐ないのが悪いといえばそうなんですが、

まさかリトミック音楽教室新興宗教団体はそうは名乗ってないですが)に化けて、

嫁が信者になるとは思ってもいませんでした。

宗教がらみで、家族が離散する話はたまに聞きますが、リアル宗教ではないのに同じ状況に陥るとはね!

ただ、鬱も改善して(というか悟りの境地の劣化版に達した)

面倒事は避け(嫁から、というより教祖から言わせるとそういう困難に立ち向かわないから成長しないらしいですが)、

臭いモノには蓋をして

自由気ままに暮らしたい、そのほうが楽だし・・・

という心境がちょいちょい持てるようになったので、今のところはそれほど不安定精神状態ではないですが、

またストレス耐性ないのでストレスたまるようだと大変でしょうなあ。他人事じゃないんですが。

祖母ストレスたまって壊れかけてるし。

父も頼れる時は頼れるんですが、あんまり頼りにならないし。

父も祖母も昔に比べると丸くなったけれど。



まだまだ書きたいことはありますが、それはこれにレス? を付ける形で後日やろうと思います

(というよりちゃんと読みやすくまとめないとだめですね)

今回のエントリに要約を先頭につけますので、それだけでも読んで下さったらなあと思います

2017-01-30

http://anond.hatelabo.jp/20170129183320

俺の事好きならやらせろと迫るのも、迫られて我慢するのもやめましょうってパンフレットが渡されたのが

だいたい15~20年くらい前だったんだけど

やらせるのが当たり前っていうトラバブコメ付けてるのはどんだけジジイで未開の地に住んでるんだろう

2017-01-24

http://anond.hatelabo.jp/20170124192429

うわーんまだ職場だ、マヂ無理。

情報が少なかったみたいで申し訳ない。

文字情報けが無駄に多いパンフレットより少し分厚い程度の小冊子を製作してます

これくらいなアートボードを並べての力技でやっちゃう方が、レイアウト自由度から言って個人的にインデザよりイラレ使ってます

ノンブルが必要なかったし、この程度ならインデザでやっちゃってます

もう少し情報量の多いものはインデザ一択です。

あとWordでも入稿を認めてくれるところがありますけど、Wordアウトライン化したりできないのでフォント問題とかありますし、基本的にはやってくれないんですけど、うちもブラックなら出す先もブラックなわけで…。

2017-01-18

リーガーだった。(自己保存用)

リーガーだった。

つい先日、取引先の人に「前の会社ではどんな業務をしていたの?」と聞かれた。「プロ契約サッカー選手をしていました。」と聞かれたら驚かれた。僕はJリーガーだった。でも、かつて所属していたクラブサポーターですら、僕の名前を聞いてもピンと来ない人も多いだろう。その程度の選手だった。経歴を詳しく書いても、僕のことが分かるのは僕の知り合いくらいだろう。なので書いてみる。

山に囲まれたド田舎に生まれた。7歳で幼馴染とスポーツ少年団に入った。たまたま選抜に選ばれて、地元広報に載ったりしてちょっとした人気者だった。小学校6年生の時、県外のプロサッカーチームジュニアユース入団試験を受けた。もし合格していたら、両親は仕事を辞めて、家族で引っ越す予定だった。ジュニアユースに入っても、そこからトップチームまで昇格してプロになれるのは一握りなのに、仕事を辞める覚悟応援してくれた。でも僕は落ちた。普通に落ちた。

田舎中学校に進学した。小さな中学校にはサッカー部はなかった。陸上部に入った。1年生の時に、走り高跳びで県大会入賞した。それでもサッカーをしたくて、1年で陸上部を退部した。放課後は親に車で迎えに来てもらい、片道1時間かけて市外のサッカークラブ練習をしていた。中学校卒業すると、県内一のサッカー強豪校に一般入試で入った。

サッカー部部員100人を超え、県外から入ってきたエリートが沢山いた。僕がかつて落ちたジュニアユース出身で、ユースに昇格できずに入部してきたやつもいた。サッカー部寮生活上下関係が厳しかった。4人部屋の寮は、自分以外先輩だった。朝は先輩よりも早く起きた。目覚ましの音で先輩を起こしてはいけないので、目覚まし時計を抱えながら寝て、アラームが鳴って1秒で起きた。6時にはグラウンドに行った。掃除雑用もこなした。なぜか女子マネ雑用ほとんどやらなくて、1年生が雑用係だった。授業が終わるとダッシュでグラウンドに行き、全体練習の後も居残りをして20時過ぎまで練習をした。100人を超える部員の中で埋もれていた。1年生の秋、部内の身体能力体力テストとある項目でダントツ1位を取った。テスト全体でもかなりの好成績だった。これがきっかけで、監督が少し目をかけてくれるようになった。

3年生が引退したあと、2軍チームに入るようになった。そのあとすぐに1軍チームのメンバーに入った。高校サッカー選手権予選にはプロクラブスカウトも来ていた。チームのメンバーで声がかかった人もいる。僕は声がかからなかった。3年生になってすぐ、自転車で転んで手首を骨折した。休んでる間に、期待の1年生にポジションを奪われてメンバー落ちした。最後全国高校サッカー選手権スタンド応援した。目立った活躍もできないまま卒業した。

大学生になって一人暮らしを始めた。プロになることは諦めていた。一応サッカー部に入った。サッカーが好きだったし、就職のことも考えて部活はやっておいた方が良いと思ったからだ。自主練はしなくなり、休みの日は日雇いアルバイトをした。楽しかった。意識が変わったのは、高校時代の1学年上の先輩の近状を知ってからだ。その先輩は高校3年生当時、就職も進学も決まってなかった。卒業後は地域リーグクラブアマチュア契約をしていた。その先輩が地域リーグ活躍し、J2のチームとプロ契約をしたと知った。自分にもチャンスがあるかもしれないと思った。サッカー真剣に取り組むようになった。3年生の時に、部活顧問コネであるJ2チームに練習参加をした。全く練習についていけず邪魔から帰れと言われた。なぜか翌年、そこからまた練習参加の打診が来た。手ごたえはあった。これでダメならもうあきらめがついた。そして僕にプロ契約オファーが届いた。

C契約とよばれるランクの低い契約で、1年契約だった。そのクラブは、J2リーグの中でも資金力がなく、歴史も浅く、リーグ下位のチームだった。当時そのチームは、大学から新加入選手を大量に獲得していて、僕もその1人だった。年俸は詳しく書けないけど200万台だった。そこから税金年金を払うことになる。そんな待遇だけど、一応Jリーガーとなった僕に周りはチヤホヤしてくれた。両親や恩師はすごく喜んでくれたし、ずっと連絡のなかった地元の知り合いや親戚からいきなり連絡が来たし、サインを頼まれたし、1度も話したことのない大学女の子から告白されたりした。

ガラガラ会議室入団会見をして、住み慣れない土地寮生活を始めた。Jリーガーはチャラいイメージがあるかもしれないけど、田舎だし車もないしで、サッカー以外やることがなかった。チームメイトの車に載せてもらい練習場まで通った。ここから華やかなプロ生活の話でもしたいけど、僕はほとんど試合に出れなかった。僕がプロとして公式戦に立った時間は、2年間で合計100分に満たなかった。100試合じゃなくて100分。遠くから親が試合を観に来てくれたことがあるけど、結局1回しか試合を見せることができなかった。その時の出場時間も6分くらいだった。僕は2年で退団をした。トライアウトも受けたけどプロ契約オファーはなかった。そしてサッカー選手引退した。引退した時は冷静だった。自分よりも、両親の方が落ち込んでくれた。

プロをしていてうれしかったことは、社会活動の一環で小学校訪問したことだ。子どもと一緒にサッカーをした。その時に一緒のグループサッカーをした男の子が、僕の所属するクラブチームファンだった。その子は僕の名前も顔も知らなかったけど、それ以来僕の背番号ユニフォームを着て応援に来てくれるようになった。全く試合に出ない僕の背番号ユニフォーム応援イベントに来てくれた。

引退したサッカー選手はただの一般人だ。僕は所属していたサッカークラブから斡旋で、某民間企業インターンシップ半年間受け、その後正社員になった。入社した時期は本当にきつくて、こんな仕事すぐにやめてやろうとか、他にやりたいことを探そうとか思ってたけど、なんだかんだで続いている。サッカーは全くやらなくなった。飲み会で、新しく入ってきた会社の後輩に「ここの会社に入る前はJリーガーをやっていたよ」と言ったら冗談だと思われた。サッカーのことは忘れようとしていた。

年末に母が亡くなった。4年ぶりに実家に帰った。実家の片付けをしていたら、母が保存していたスクラップブックが出てきた。小学生の時に県選抜に選ばれた時の広報高校時代のチームの結果が載った新聞記事サッカー部員として大学パンフレットに載った時の写真入団が決まった時の記事Web配信されたニュース記事印刷したもの、僕の試合を観に来てくれた時のチケットの半券、試合のチラシ、とにかく何でもスクラップしていた。今までのサッカー人生と、母の思いに涙が止まらなくなった。たった2年間でも、プロとしてユニフォームを着れたことを誇りに思っている。

偉大なる元増田様 ttp://anond.hatelabo.jp/20170117145052

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魚拓 archive.is/3Xff2

2016-12-31

1985年まれの「21才」タイムスリップ経験者だけど?

1985年2月27日誕生 大阪で過ごす。当時の両親兄姉の5人だった。

今住んでいる家族とは遺伝子関係がない(話の味噌

迷子から誘拐からタイムスリップで1987年から1997年に来た(タイムスリップ横浜市内に)←これ重要

現在の家庭は両親と妹(1年違い)の4人家族

高校学力テストパンフレットで常に表紙に名前が載ってたのになぜか情報系の短期大学

タイムスリップ後の両親は大手企業関係者だった。

つのまにやら広い部屋の家に

高齢化による定年でジリ貧

卒業独立し、まもなく私塾を開いて教育デビュー

作家志望←now!!

タイムスリップ

父親オタクになり、母親サブカルにはまる。

兄は公立大学鉄道研究にはまる・姉がヤンキー漫画走り屋漫画の影響でバイク乗りに目覚めた。

私は最後まで邪険に扱われていた。

タイムスリップ

帰省のために家族京都に行くことがあるが、その際に両親にタイムスリップ前の実家のあった場所に連れて行かせた

・改造コードを使って2Pプレイときにずるを良くする

カメラを借りてビデオを撮りまくっていた

・当時駅前でよく見かけるようなギャルのまねをしていた

小学生時代

・初めてオタクにはまる、9歳違いの先輩にさそわれたか

ラノベエロ漫画を読むようになった、夜更かしして読んだ

・親に隠れて深夜アニメを見た

中学生時代

エロ小説を書くようになり、小説ラノベの応募で母親におねだりした(テーマは学園もの)

絶版になるまで、母親が書いたことにさせた。原稿料印税母親持ち

高校生時代

自分PCプログラミングをして宿題の回答でずるをした

・高1の夏休みときに友人ら3人と一緒に自転車で長距離移動し、宿泊ではネカフェで過ごした

・高2のとき私利私欲のために自宅の自室を使って小中学生用の私塾を開いて学校問題になった

高校卒業

・夏冬休みは、アルバイトか休む。アルバイトのない日は5日間かけて友人のバイクに二人乗りして地方都市を回った

短大卒業までメールマガジン生活費を稼いだ

私塾での評判はあまりよくない

私塾仕事をサボって、何度もギャンブルやってるうちに生徒にみつかって言い訳したら通じた

年末年始ネットで生配信

2016-12-01

君の名は。」に潜む仕掛け―「無常」と「自我」の「対決」の物語

すでにこの映画を見て2週間は経つ。鑑賞直後の雑感は箇条書きで記してはいたのだが、一応もう少しまとめようと思い立ったのでここに記す。

おそらくほとんど人の目には留まるまいが、ネタバレを含むので、ここから以下はぜひ本作をご視聴の上でお読みいただきたい。

また、私自身はこの作品を1度しか視聴しておらず、またこの映画に関する情報パンフレット以外ほとんど(ネット上の評論も含めて)目にしていない状態であるので、思い違いや抜け、または同様の結論に至った他の方の評論がある可能性があることを了承されたい。

また、本文の後半でいくつかの仏教用語使用している。が、恥ずかしながら私の仏教知識は全くの独学であり、また理解もかなり浅いものである。もし仏教用語または知識に間違いがあれば、ぜひとも私のツイッターアカウント(https://twitter.com/gachikibou)またはメールアドレス(gachikibou@gmail.com)あてにご叱正をいただきたくお願いする次第である


**************


君の名は。」は、大変すばらしい映画だった。

これまで、私は新海誠監督映像作品をいくつか観た(すべてテレビDVD)が、どれも見ていていたたまれない気分にさせられるのがいやだった。今回も「新海監作品」というだけで拒否感が強かったのだが、それを良い形で裏切ってくれる作品であった。

この映画の良い点については、映像作品素人の私でもいくつか挙げることができるが、この文章では、私が「この映画が多くの人の心に深く響いた理由である確信した、ある「仕掛け」について取り上げたい。

私がこの映画で見事な「仕掛け」であると考えるのは、「入れ替わっていた時の記憶は夢のように消えていく」という設定である

ご視聴いただいた方にはわかる通り、この設定は脚本構成必要不可欠であり、それ自体が新海氏の作品テーマの一つである「すれ違い」を生むポイントでもある。

しかし私は、この設定そのものが、多くの観客に非常に深い共感を覚えさせるための、きわめて重要な「仕掛け」であったと確信している。



さて、その「仕掛け」について考える前に、まずは一般的な、夢の「記憶」について少し考えたい。

 

夢の記憶は、実体験のそれよりはるかにもろい。

そもそも、人間が見るほとんどの夢は、目覚めた時には忘れられてしまっているし、たとえたまたま夢を覚えていたとしても、目覚めた後しばらくすると、その記憶が朝のルーチンな行事などによって急速に塗り重ねられていく経験を、多くの人はしているはずだ。

そしてそれは、非常にインパクトのある強烈な夢であっても、実は例外ではない。

 

例えば、前日見た怖い夢について友人に話す時、どうしてもその「怖さ」を伝えることができないというもどかしさを感じたことがある人は多いはずだ。

それにはいろいろな理由が考えられるだろうが、そもそもそうした場合に思い出している夢の「記憶」というのは、実際にはその時の夢に対するおぼろげな「あらすじ」と「『感動』を体験したという『記憶』」を元に、目覚めてしばらく経ってから再構築された、いわば「レプリカである

それは本来の「記憶」ではなく、自分自身によって作られた本来の「記憶」の「代替品」である。そのゆえに、自分自身でもその「記憶」を、生の体験として感じられないのだ。

 

では、なぜ人は、わざわざそのようにもろい夢の「記憶」を、再構築してまで取っておこうとするのだろうか。

それは、その人が、その夢の中で何らかの「感動」(それは「喜び」であっても、人によっては「恐れ」であってもよい)を体験たかである

 

ある夢について、人が「いつまでも覚えている(実際には再構築したレプリカを取っておいている)」のは、その人がその夢の中で、時には現実以上に「感動」させられたからだ。

(つまりは、面白かったテレビドラマアニメDVDなどで保管しておこうという行為と同じである

しかし、そのとっておきたい夢の「記憶」そのものは、前述のように実に「もろい」のだ。

「感動」は個人の心にとって極めて重要体験であり、その存在保証する「記憶」は、ある意味自分のもの」でもあるのに、夢の「記憶」は、いくら手放すまいと抱え込もうとしても、どうしようもなく風化し、変質し、最後には消えてしまう。

すると最後には「『感動』を経験したという『記憶』」という、ある意味抜け殻のようなものけが手元に残るのだ。

この感覚を、自覚している人は多いはずである

 

しかし、人間はそれでも夢の本来の「記憶」をあきらめきれない。

なぜなら、強く「感動」したという事実は、人にとって極めて重要からだ。

からこそ人は、無意識にでも夢の「記憶」を、抜け殻である「『感動』を経験したという『記憶』」を元に再構築して「レプリカ」を作り、それを代替品として残すのだ。

たとえ残しても、その「レプリカ」が、本来の生の「記憶」には及ばないにもかかわらず。

 

**************


さて、ここまで、夢の「記憶」が本来記憶からレプリカ」に置き換わっていく過程を見てきた。

ここまで考えれば、人はもう一つの事実に思い至る。

 

多くの人は無意識のうちに気が付いているのだ。

実は、夢の「記憶」に限らず、人間実体から得られたものを含むすべての「記憶」も、年月が経つと消えてしまう「もろい」ものである、ということに。

「よかったことの記憶は美化される」というが、実際には美化という「脚色」ではなく、後に再構築された「レプリカ」かもしれず、場合によっては「レプリカ」の「レプリカである可能性すらあるのだ。

 

記憶」は、同じ時代の別の「記憶」や、新しい「記憶」、またはその人自身の心境の変化などによって絶えず影響を受け、さらに年月とともに風化する。

そうして形の崩れた「記憶」を、人は心の棚から引き出して眺めるたびに、足りないところや影響を受けたところを成型しなおし、「ああ、あのころはそうだった」と納得して、引き出しに仕舞う。

仕舞った途端に、その「記憶」はまた変質を続け、風化していく。

そのようなものに、果たしてその「記憶」が生み出されたころの、生の部分が残っているだろうか。

 

そしてその「記憶」がもろく変質し、最初のものと変わってしまっているという事実は、最終的には自分のものの「はかなさ」にたどり着く。

自分があの時得た喜怒哀楽の「感動」を保証する大切な「記憶」が、年月を追うごとに変質し、「レプリカ」に置き換わっていく。

さらにその「レプリカ」すら、風化に耐えられずに「レプリカ」の「レプリカ」に置き換わってしまう。

それは人間記憶システム限界であり、そのような「はかない」もの立脚している人間存在限界であり、どうにも抗えない無情な運命である

この残酷な「はかなさ」を前に、人は多かれ少なかれ、悲しみと恐れを抱くのだ。

 

しかし、いくら「はかない」ものであっても、人はやはり「『感動した』という事実」を保証する「記憶」を手放せない。

それを手放すことは、過去の「感動」を手放すことであり、つまりは「自分自身」の一部を手放すことに等しいからだ。

自分自身」を手放したくないという強い思い。これは、人間という存在の持つ、根源的な欲求の一つといってよい。

 

**************

 

さて、ひるがえって「君の名は。である

この作品で、主人公たちは人格の入れ替わりという「夢の体験」に近いもの体験する。

入れ替わっている時の「記憶」は、(夢の「記憶」と同じく)極めてもろく、曖昧ものであることが劇中の様々な演出や、女性主人公祖母経験から示唆される。

また、主人公二人が入れ替わっている最中のことを把握しようと相互に残した記録すら、「世界修正力」とも呼ぶべき現象によって、問答無用に消されていくのだ。

この演出は、夢の中で強烈な「感動」をしながら、夢の「記憶」が消えていくのを経験した人々(たぶん非常に多いはずだ)に、夢の「記憶」の「はかなさ」、どうあがいても失われてしま焦燥感と苦しさを思い出させる。

 

しかさらにその後、この設定の巧妙さが控えている。

この映画において、入れ替わりの「記憶」は、夢の「記憶」と同列にできるものではない。

なぜなら、その「記憶」は(時間軸のずれはあるにせよ)現実世界での体験によるものからだ。

ここで視聴者は(特に視聴者層として想定される若い世代にとっては無意識のうちに)、自分の持つすべての「記憶」そのものも「はかない」ということに気づかされる。

そしてその「はかなさ」は、前述のようにこれまで確かだと思っていた「自分自身」、つまり自我」の「はかなさ」へと続いているのだ。

 

 

この作品が、単なる「恋愛のすれ違い」を描いた作品でない点は、ここにある。

この作品の入れ替わりの記憶に関する「設定」そのものが、人が「自我存在のはかなさ」に知らずのうちに触れる、という高度な「仕掛け」となっているのだ。

 

そしてさらさらに、この仕掛けにかかった視聴者は、「自我のはかなさ」を抱えながら、大災害から人を救いたいという強い想いの結実と、主人公二人の恋の結末を追っていくのである

自我のはかなさ」という「無常」を自覚しながら、それでも捨てきれない「感動」を最終的には得るのであり、これをあえてたとえるなら、大乗仏教における「色即是空」の一端を突き付けられながら、それと相反する「自我」を、恋の思いを主軸にした「感動」として体感させられているようなものである普通人間にとって、これが強烈な体験とならないはずがない。

 

この作品を、「何か『高尚な深み』がない」とか、「ヒットする要素が盛りだくさんで鼻につく」といって評価しない人がいるようだが、前述の「仕掛け」が意識されるならば、その評価は間違っている、と言えるだろう。

確かに、ストーリー上はこの作品恋愛物であり、その結末そのものに何らかの「高尚な思想」は存在しない。

最終的に二人は再会し、そして新しい「記憶」が生まれるだけである

しかし、上記の「仕掛け」による、実は仏教的ともいえる「無常」と、それと対立する「自我」を強烈に意識した構成は実に見事であるし、十分に評価に値すると、私は考える。

 

何より、「無常」と「自我」の対立、というよりは映画エピローグの流れてとしてはむしろ「対決」を、恋愛ドラマをもとにしながらも、とりわけ若い世代視聴者体感(おそらく初経験だ)させるなど、尋常映画ではない。

この点で、私はこの映画日本アニメ映画の中でも特筆すべき存在であると考える次第である

 

**************

 

この映画に関して、もちろん上記以外優れた点は数多くある。

今回記した部分はあくまでも私が特に注目した点であり、冒頭に述べた鑑賞直後の箇条書きの全体量で言えばせいぜい1-2割といったところである

海監督の特徴である映像意図的な美しさや、おそらく何度も検討を重ねて練り上げられた脚本など、評価するところはまだまだあると思う。

しかし、私自身まだ一度しか視聴していないこともあり、また映像脚本に関してはより以上に素人であるので、それ以外の評価は他の方にゆだねたいと思う。

 

そして、私はやはりこの映画は、10から20代の「無常」に関して初心(うぶ)な若い世代に鑑賞していただきたい。

この映画で抉り出されるものは、少なくとも2500年ほど前から人類が立ち向かっている、非常に大きく根源的な問題の欠片である

それに触れた経験というのは、おそらくそ若者にとってかけがえのないものになるだろう。

2016-11-26

このブームの片隅で

1番安いコースだったけどクラウドファウンディングに参加してみた。

・良かった点。

その1

お話の中の彼女から定期的にお便り葉書が届くこと。

ちょっとした絵と一緒に近況が綴られて、彼女の住所から彼女時代葉書で届くのです。

その2

監督と話をする機会があったこと。

原作者に会えると思って会合に出席したのに、原作者はおらず正直がっかりした。

会合終わった後、ロビーに今までステージ上で話してた監督がいたので

パンフレットサインもらって握手してもらった。

映画を見終わったらとても感動したので、もらっといて良かったと思った。

好きな映画監督サインを持ってるって、今になって見返すとなんだかお得な気分。

その時は、正直どんな人かよくわからずにサインをもらったんだけど。

・悪かった点。

その1

自分に届く前に、葉書届きましたーってつぶやき画像を見る羽目になってしまうこと。

このご時世だからしょうがないけど、もうちょっと他の人のことも考えて欲しいなと思いました。

その2

実際の周りの人に宣伝するってハードル高いということ。

40すぎのサラリーマンアニメ映画どうですかって言えるわけもなし。

宣伝カードが送られて来たけど、そっとしまってあります。すいません。

その3

エンドロール自分名前探してたおかげで絵を見逃しちゃってること。

名前も見つけられなかった。残念。

・全体的な感想

もともと原作ファンなので、

普通にいいお話だし、せっかく映画になったので、

みんな見ればいいなと思ってたら、かなりの話題になっていてうれしい。

そんな映画ちょっとでも協力できたのだねっていう、しみじみしたニヤニヤ感を得られたこと。

実際には特に誰に伝えるわけでもないので

クラウドファウンディングに参加して良かったなということを

せめて増田で伝えておきます

2016-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20161124032925

原作未読、映画は2回見た

パンフレットは売切れてた

転覆事故 ? →水原さんのお兄さんの件ね。理解
新な傘 たぶん初夜作法的なことだったはずなのに干し柿を取るのに使ってた
ご飯が突然二人分になり、夜には一人ないし0.5に
なぜ妊娠できなかったのか、誤解したか痩せるすずさん)
白木リンとは おばあちゃん家の座敷童? たしか回想場面も挿入されてた
周作の選択した世界とは ? →別の記事で見た(原作の)リン関係の話? 映画だけだとたぶんわからない
登場キャラ名前共通点 すずさんとリンさん? あとはわからない
減っていく子供たち
昭和20年8月に何が起きるか 来月お祭りのあたりはドキッとした
あの母親とあの子 最後の?
点く明かり 灯火管制
なぜ誰かの前で泣かないのか
隣組が何故挿入歌になって居るのか
闇市ですずは何を買ったか 砂糖だけではなくて?
太極旗意味 別の記事で見た
すずと徑子の焼けていく肌 そういえば日焼けしてたか
カラフルな煙 togetterで見た
妹の腕の痣
謎の怪物 籠を背負ってた? ワニもよくわからなかった
右手
一隻も無い航空母艦
青葉の結末
初めて見た飛行機雲

まだまだわかってないこと多いみたいだ

新興宗教胡散臭い6つの理由

全然無宗教なんだけど、ここのところ「仏教入門」みたいなのをいくつか読んでいる。

昔話とか「昔の人も生きるの大変だったのね〜」的なノリでとても興味深いし、

たぶんお釈迦様って「あの人いっつも良いこと言うよね!」的な人だったのかなあーとか想像するのも楽しい

(ちなみに、お釈迦自体は静かに悟りを開いて手の届く範囲で教えを説いた人で、死後に弟子たちが教えを編纂することで、れっきとした「宗教」になった。らしい)



翻って、いわゆる新興宗教というものが無数にある。

新興宗教」の定義は、

日本では、幕末明治維新以後から近年にかけて創始された比較的新しい宗教のことをいう。』

らしい(Wikipediaより)。

で、そういうのって、得てしてものすごくうさんくさい(完全に主観だけど)。

いや、古い仏教うさんくさいこと言ってる部分はあるし、キリスト教イスラム教みたいな世界宗教もかなり怪しいところはある。

けど世界宗教の怪しいところって、時間を経るごとに権力者が良いように解釈した結果ついてきた怪しさだったり、

時代の流れ的にしょうがないよね的な不合理性だったりすることが大半なので(な気がするので)、

教えの本質だけみてみると、「はえー良いこと言う」くらいの気持ちでは理解・納得できる気がするんだ。



じゃあ、新興宗教の「うさんくささ」の正体ってなんだろうか。

暇なのでいくつかその理由を考えてみる。

もちろん信教の自由はあると思ってるので、別にその新興宗教を信じてる人をどうこう言うつもりはないけど

自分自身の中で何が「怪しさ」だと思ってるのか言語化してみたい。



1.教義がわかりにくい

Wikipediaなんかでそれぞれの新興宗教のページをみると、難しくて全然頭に入ってこない。

固有名詞が多いのと、概念的な話が多いのと、仏教系だと漢字が多いからかなあ。

から共感するとか云々の前に、そもそも理解できない。わからないものは「怪しい」と思う。という論理かな?

ただ、聖書とかも自分で読むとかなり意味不明というか回りくどい言い方多いし、「で?」みたいな逸話が多いし

経典なんかもすげーわかりにくいから、「誰でもわかる!xxx教のおしえ」みたいなのがあるといいのかしら。

あ、だから勧誘パンフレット漫画形式のものが多いのか。



2.変な(でかい・奇抜なデザインの)建物を建てている

デートとかしてて会話が途切れた時、「あ、あの建物変わってる!面白いね!」とか言った後調べて

なんとか教本部 とかだとなんとも言えない気分になりませんか。

あれなんで、でかいのはともなく変なデザインなんだろう?

考えられるのは、

・目立たせることで文字通り目を引いて、その宗教に興味を持ってもらいたいか

・でかかったり変わってたりすると、その宗教流行ってる・勢いがあると思わせられそうだから

信徒が多くて、でかくないと収容できないから(?)

お金があるから

お金持ちはアートが好きだから宗教団体がやってる美術館とかあるし)

...あたりでしょうか。

なんか他に理由思いつく人、ご存知の人いらしたら教えてください。



3.政治に介入してくる(場合がある)

結構これはでかいと思う。

仏教でもお坊さんが政治に介入してきた時代は途端にうさんくさくなったし。

ちなみにお釈迦様のもともとの教えでは、

お坊さんは働きもせず、他人からの施しで生計を立てているくらいなんだから政治に介入とかしちゃダメ!って考え方だから

その意味で、お坊さんの政治介入はもともとの仏教的には「間違ってる」。はず。

新興宗教にしたって、そういう過去の経緯を経て(お坊さんは働かずにお布施生活する等)税制かいろいろ優遇されてる存在なのに、

さら政治にまで介入してくると、なんか図々しいなと思ってしまうのかな?

あとその宗教が「この人に投票せよ」みたいな統制ができちゃうからトンデモ政治家当選する可能性もある。

あーでもこれは、候補者演説したり後援会がいたりすることとどう違うんだろう?

候補者理念公約共感たか応援するんじゃなくて、

xxx教の人だから批判応援しよう、ってなってるから違和感があるのかも。



4.やたら他人アプローチしてくる

その宗教に加入せよ も然り、私はxxx教です!も然り、それに興味のない相手空気読まずにバシバアピールしてくる感じが苦手なのかも。

ただ、宗教布教活動は大昔からセットだったし、何を信じるのも自由から別にいいはずなんだけどなあ...。

あれかな、アプローチしてくるのはいいとして、「やたら」ってとこがダメなのかも。

胡散臭いというか、興味のない相手に対して「しつこい」「鬱陶しい」って感じかな。



5.非科学的なことを言い出す

これは世界宗教にも一部言えることだけど、

「こういう考え方をすると、心に拠り所ができて、何もないときより精神的に安定するよ」はわかるけど

「これを信じないと不幸が起きるだろう」

「これを信じて実践する者のみが幸福になる」とかになると胡散臭さはぐっとアップするよね。

「霊波が」「オーラが」とか、「波動」「飛行」とか言い出すとまじでやばい

ちなみにお釈迦様の肩ばかり持つわけじゃないけど、お釈迦様の教え的には

絶対的な超越者などいない」「常に合理的であれ」って感じだから、かなり地に足がついててほーと思った。



6.献金を迫る(?)

政治介入についてもそうだけど、信仰すること=無欲であること、だと思うからなのか

宗教活動をするのに必要な以上の献金を迫るというのに違和感がある。

というかそもそも、「施し」ってそれに価値見出した人が自発的にするもののはずなので、

月謝とかノルマとかみたいにお金を出せってのはおかしな話だよね。

ただ、今これを書きながら「信仰すること=無欲であること」という前提に偏りがあるのでは?とも思った。

で、信徒個人であれば、その宗教信仰しつつバリバリお金稼ぐぞ!ってマインドの人がいても全然普通だけど、

宗教」それ自体分不相応お金権力を求めて身につけちゃうっていうのが危険だし間違ってるのかな

という考え方に帰着した。少なくとも自分の中では。

なお、檀家制度とか云々で分不相応お金を持ってるお寺がある現状についても、同様の違和感を抱いてます



*****

だいたいこんな感じかなあ。

自分の中でのモヤモヤはだいぶ整理できた気がするんですが、あまり頭が良い方ではないので

他にも大小の理由漏れてるかも。

というか、そもそも別に議論することでもないし、着地「勝手にすれば」って話なんですが

もしなんかあったら教えてもらえると嬉しいです。

2016-11-08

逃げ切り世代本音

http://diamond.jp/articles/-/86178

「その後、会社側は再就職支援として、人材サービス2社を紹介してきた。そのうちの1社は、担当者説明会にすら顔を見せず、案内のパンフレットが置いてあるだけ。そんな会社は信用ならんと、もう1社に支援を依頼したが、求人内容はどれもパッとしなかった。」

結局、仕事選んでんじゃねえか。

若者には「仕事を選ぶな、奴隷になれ」って口を酸っぱくして言っているのに、

自分再就職で切羽詰ってるはずなのに貯金2000万円あるから値踏みする。

「要らない人間としてリストラされた50代」という現実がこの期に及んでも見えていない。

自己責任だと言って責任個人に集約しようとするくせにいざ自分自己責任でホッポリ出されたら経営陣に恨み節

言われた仕事だけやってのんべんだらりと過ごしてたかリストラされてんだろ、自己責任じゃねーか。

この世代説教をするオッサン本質的にはコイツと全く同じ。

貯金と首を切られないと高を括る態度が気を大きくしているだけで、

今を生きる若者と比べて能力メンタルフィジカルもない社会ゴミ

こんなオッサンどもが今の日本上司なんだから、そりゃ国力落ちますわ。

世のため人のためよりもいか自分が逃げ切ることだけしか考えてない。

若者の顔を見たら2枚舌使って「奴隷になれ奴隷になれ仕事を選ぶな仕事を選ぶな奴隷になれ奴隷になれ仕事を選ぶな仕事を選ぶな」を呪文のように繰り返す。

若者無視してブラック企業を辞めだした。

発狂、逃げ切り世代

改善よりまずやる事は若者叩き。

自殺したやつは自己責任

こりゃ社会悪くなる一方ですわ。

この社会ゴミどもはあと20年は有害物質を吐き出し続けるんだから、もう取り返し付きませんよ。

もう絶対アメリカを追いかけることは永遠に無いですわ。

2016-11-05

車の運転が嫌だけど車を買う必要がある

運転というストレスを少しでも軽減させるための装備・機能は欲しいが、車メーカーサイトユーザーレビューサイトパンフレット情報誌は、車も運転好きな人が、車も運転好きな人に向けて作っているので、なかなか要領を得ない。

はてな民は、都市生活なので車は不要、もしくは、運転手いるか関係ないという人が多いと思うけど、だれか詳しい人いますか?

重要視しているもの

重要視していないもの

追記

ブコメありがとうございますセレナ機能がいいのにサイズがでかすぎてダメでした。アクセラも良かったんだけど、似たところで、全車速オートクルーズがあるインプレッサにすることにしました

2016-10-24

買いっぷりが増田いい出す間借リプっ以下(回文

こないだ中国友達の大の親友の満ちゃんと買い物に行ったのよ。

まあ、満ちゃん買いっぷりがすごくて、

1本28,000円の美容液とか平気でぽんぽん買っちゃうし、

こっちはあっけにとられてしまったわ。

なんでも、つい最近発売された新製品美容液みたいで、

以前にサンプルもらって使ってた満ちゃんの話によると、

効果が抜群らしいわ。

女性の望みを叶える、若返りの成分が入ってるらしいわ。

なんか、その若返りの成分って抽象的ね。

私は、ふーんとかって言って聞きながら、

その美容液パンフレットを読んでたの、

主成分は、カカオココナッツオイルモモ果汁ってあって

モモ果汁!?

私の作るデトックスウォーターとそんなに変わらないじゃないって思ったわ。

肌につけるか飲むかの違いじゃない。

あと満ちゃん私に「硒ってなに?」って聞かれたんだけど、

満ちゃんそれ日本にない漢字、私も分からないわ。

って答えたんだけど、

はいつも中国語辞書持ってるので、

硒を調べてみるとセレニウムってのが分かったのよ。

満ちゃん、セレニウムってサプリが欲しかったみたい。

セレブからレニウムなのかしらね

でも、満ちゃんの読めない中国語

そこを私に聞いてくるのが超ウケるわ。私も知らないっつーの。

あと、バリバリ日本仕事してて日本語問題ないっぽいんだけど、

たまに、そうやって私に単語意味を聞かれるの。

こないだなんか「パイン」ってなに?って聞かれたので

パインパイナップルよ」って教えてあげたわ。

なんかそんなところいつも可愛いなってキュンときちゃうわ!

うふふ。




今日朝ご飯

あと一日乗り切れば、

また明日から頑張れるわっ!

ご飯を炊いておにぎり握ってきました。

今回はワカメフレーバーオカカフレーバーとか

買ってみたのよ。

いま色々なおにぎりフレーバーがたくさんあって楽しいわね。

デトックスウォーター

満ちゃんの美容液の成分にモモってあったから、

気分はすっかりモモ気分。

ちょっと桃缶ウォーラーにしてみたわ。

薄く切るのが難しいけど、

ほのかな桃風味がいいわよ。

私は中からキレイになるわっ!




すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2016-10-16

過激宴会芸は全否定できない

http://anond.hatelabo.jp/20161015135908

にあるような接待は、多分営業系の人なら有段者の割合は多いんじゃないだろうか。

正直、こうした芸当(芸というと素晴らしいもの昇華されてしまったようなニュアンスになってしまうがそうではない)は、

全く信頼関係を築けていない状態では有効手段となることがある。

 

営業新規開拓のためにあらゆる手段を使って信頼を勝ち取ろうとする。

すると、なかには気難しい人もいて、なんとか手探りをしていく内に体を張った芸をすることで受け入れてもらえたりする。

相手側も、ここまでやらせしまたからと申し訳ないという心理が働くのかもしれない。

なにより、そんなことをしてしまう間柄になったという証明信頼関係に近い心理状態になる。

実際、有象無象の強豪がいる中で、自分たちだけを選んでもらうというのはかなり難しいことなのだ。

学生はわからいかもしれないが、スペック理屈だけで信頼は勝ち取れないし、

説明書パンフレット説明とは違っている場合なんてザラにある。

 

こんなことをしないといけない世の中であることに絶望するというのは当事者意識に欠ける。

時代世間空気文化連続性があり、将来的にはこういう芸当は減っていくだろうが一昔前は当然のことであった。

その過渡期である現代でもまだまだそういう文化存在してもおかしくない。

そして、自分風習コントロールできるようになった立場になった時に、不要な慣習は減らせばいいだけのことだ。

 

もちろん、立場濫用してこれらを強要する奴もいる。

訴えようにも手段がない。それが現実だ。

から、そういう悪辣な輩は全員が排除しようとすべきだろう。

そういう社会雰囲気作りは指をくわえて見ているだけではなく、全員でやらなくては変わらない。

 

ただ、こういう芸を自主的にやる人間をも否定するのは無意味だといいたい。

世の中には論理的説得力も話術もある人間が信頼を勝ち取れるとは限らず、

そうすることでしか関係を築けない間柄も確実に存在するからだ。

現実小説よりも奇なりで、本当にいろんな人がいて、何が琴線にふれるかわからないのだ。

2016-10-04

昨日ヒスの原因がADHDだったって書いた主婦です

ヒステリー主婦ニートの私が普通兼業主婦になるまで

http://anond.hatelabo.jp/20161003174722

追記してたら長くなったから新しく書いちゃう

病院からADHDかも?言ってくれなかったの?的なコメントへの返信

心療内科はいろんな人が来る。「もしかしてこの病気じゃないですか?」って聞いて怒る人とかいるらしい。

逆に「あなた病気じゃないです。ただ落ち込んでるだけです」とか言うと怒る人もいるらしい。

からADHD以外の薬を処方してもらってる時はどんな病名で薬が出てたのか知らない。教えてくれなかった。

病名を教えたり提案したりはかなり慎重にやらないといけないみたい。


私は主に「ヒステリー」で相談してたからすぐにADHDに結びつかなかったんだろうなって思う。ヒステリーの原因って色々あるし。

「鬱っぽくて家事ができていません」とは伝えていたけど「小さい頃から片付けられないんです」とか言ってなかったし。

「鬱っぽくて家事ができていませんけどヒスはマシになりました」って伝えてたか改善に向かってると思われてたんだろうな。


前のデパス飲んでる夫の増田にも「女性ホルモンが原因」的なトラバがあったしそう思われてたのかな。とか、

ADHDって診断するためにはちょっとお値段高めな検査やきつめの薬も必要になるし安易に薦められないのかな?とか思ったり。


心や脳の病気って目に見えないから慎重になっちゃうんだと思う。患者医者と2人で可能性について話し合って手段を探っていく的な。

例えばPTSDとかだったら怖い事件にあったって事実患者が話してなかったらPTSDですねって言えないと思うんだ。

から私の申告不足だった、ていう私の落ち度が大きいと思う。

洗いざらい話すって結構難しい。どこから病気でどこまでが性格で片付けていいものなのかわからない。

からパンフレット見た時に「そうかーこれ病気かー」って思った。

最初から旦那とか親とか一緒に生活してる人連れてった方がいいのかもね。


別の病院に通ってた時「あなた統合失調症かも」って言われてすごいショック受けたこともあるから、「予想外な病名言われてショック」な気持ちわからんではない。

疑われたのは「夜中にカラオケの音が聞こえてきて眠れない。けど旦那はうるさくても眠れる人だから眠れてます」って言ったのがきっかけだった。

家1、2個分ぐらい離れたラウンジスナック?が防音設備ないくせにカラオケ始めてすごかったの。ハウリングの音が聞こえてきたぐらい。

でも医者からしたら旦那は寝れてるし他の住人は何も言ってないみたいだし「そのカラオケの音と言うのはあなた妄想ではないでしょうか」的なね。

それ言われた時わんわん泣いたよ。私の言ってること信じてくれない!って。

その時も旦那を連れてって「統合失調症じゃない裏付け」を取ってもらった。

カラオケの音は確かに聞こえてますよ。オレはうるさくても明るくても寝れますんで気にしてませんが妻が気になるっていうのは理解できます」って。

医者から謝罪されたよ。やっと信じてもらえて嬉しくてわんわん泣いた。先生も大変なんだなって思った。

で、その時は本当にカラオケの音がヤバかったか診断書出してもらって警察に行って「カラオケの音で健康被害が出てます、何とかして」ってお願いした。

その時は警察も動いてくれて、店に注意してくれたり、周りの違法駐車取り締まってくれたりして治安良くなって嬉しかった。

ADHDの症状チェックしたら「音に過敏」てのもあったからそれもADHD兆候だったんだろうなーって今となっては思う。

その後はその医者が慎重になりすぎちゃって薬の処方箋出すぐらいしかしてくれなくなったか病院変えた。


家事ゼロ生活時代にずっとベッドの中でスマホタブレットいじって病気については色々調べたけど、ネット情報って雑だよね。何もわからなかった。

パンフレットで初めて「うわー私だ」って確信した。

確信してからすぐに検査予約して1ヶ月待ち、検査してから結果出るまで半月待ち、検査結果出た翌日に旦那病院に連れてって診断確定だった。

ミスが多いとか、優先順位決められないとか、何しか生活に困っているけど何したらいいのかわからないって人も試しに心療内科の近くにある処方箋薬局に行ってみるといいよ。

薬のパンフレット病気パンフレットもたくさんある。

すみません病気パンフレット見せてください」って言って入ってったら見せてくれると思うよ。


今日も朝からコンサータ飲んでスッキリ目覚めて、旦那がほってった朝ごはん食べた後の片付けからまり植木の世話とか洗濯とか色々やって今に至る。


私の体調と旦那残業具合によっては旦那帰宅時に薬がほぼ切れてることがたまにあるんだけど、それでもヒスったりはしなくなった。

「ごめん、薬切れてる上に昼間動き過ぎてもう動けない」って伝えるとそういう時は旦那がご飯作ってくれる。


薬の副作用日中食欲が激下がりであんまり食べられてない私の分も作ってくれる。

夜中に食べるとデブるって言うけど「デブってもいいから元気になれ」ってたくさん作ってくれる。

そりゃああの鬱時代の女の捨てっぷりを見てたら今さらデブになるぐらいなんだ?って思うよね。



小さい頃すごいデブな時期があってその時いじめられてて、コンサータ飲む前は食事することすら怖かった。

デブになる上に食べた分のお金がなくなるんだ、って思うときちんと食事をするのが怖くって、カップめんかばっかり食べてた。

お金が少ししか減らない分、マシ。ってね。で、海外製の危なそうなダイエット薬とか飲んでた。だから個人輸入のことちょっと知ってた。

ダイエット薬お金かけてる分まともな食事しようよって今となったら思うけど、本当に優先順位がわかってなかったんだ。


旦那疲れてるのに作ってくれてありがたいな(何かしてもらって申し訳ないって思わなくなった)って思って「いただきます」って言って食べる。

はいただきますもおかえりも言えなかったからそれが言えることだけでも本当に嬉しいんだ。旦那も嬉しそう。



それでもまだ旦那と一緒には起きれない。旦那はそれでいいよって言ってくれてるけど、朝起きて一緒に私が作ったご飯食べて慌てて準備する旦那を見送って、ってやりたいなぁ。

から次の目標がそれ。一気にやって破綻したら旦那申し訳ないし私も辛いから少しずつ頑張っていこうと思ってる。


まだ子供いないんだけど、ちゃんと生活できるようになったら子ども欲しいなーと思う反面、遺伝しちゃったらどうしようとか考える。

そもそも薬飲みながら子作りってできるのかなーとか。

兄妹がいるんだけどそいつ無自覚サイコパス寄生型)っぽいし、何かうちの一族の血ってやばい遺伝あるんじゃないかなって思うと産むの怖い。

2016-10-03

ヒステリー主婦ニートの私が普通兼業主婦になるまで

女、30歳、既婚。ちょっと前までヒステリック専業主婦もどきニートだった。

家事ゼロ生活の鬱期間を経て、今はヒステリーゼロパート兼業主婦生活を実現している。

何でヒステリーが治ったかって結論を先に言っちゃうヒステリーの原因がADHDだってことがわかったから。

コンサータってADHDの薬を飲み始めたらヒステリーがなくなった。ヒステリーがなくなっただけじゃなくって色んなことにすごいやる気がわいてきてすごい人生が充実してる。



これが普通の人の人生なのかーって思ったら何でもっと早く治療しなかったんだろとかって思うけど「まだ30だし間に合った感じじゃん?」とか旦那に言われてそれもそうかって思う。

あと10年遅かったらすごい後悔してたと思う。だって自分ができないと思ってたことができるんだから。凡人以下のクズですって開き直って生きてたのが凡人になれちゃうんだから。もうすごいよ。




ここから私のADHDが判明するまでの生活と判明してから生活がどんななのか自分語りします。

興味ない人はここから読まなくてもとりあえずヒステリーな奥さんや旦那さんを心療内科に連れて行くか、心療内科に行って相談するかしたら大丈夫だと思います

ADHDじゃないにしても色々お薬あるしね。相談するだけでもかなりラクになるよ。どっちの立場だったとしても。



ある日、いつものヒステリー死ぬ死ぬ詐欺(言ってる時は本当に死ぬつもり)でベランダの手すりにのぼった私を旦那力ずくで引きずり落とした。

お互いに体中にケガをした。その時は痛さでギャン泣きして「この暴力夫!DV!」とか罵って疲れ果てて寝た。クズ

翌日起きた時にお互いの体の傷を見て「あ、もうだめだ。どっちか死ぬわ」とか「死ぬ前に旦那の気が狂う可能性もあるな」とかも考えた。

そんなこと考えてる時に旦那が「昨日はごめんね」とか言うの。傷を優しくなでたりするの。

あーもうだめだ早くなんとかしないとって思った。

心療内科に駆け込んで「助けて」って言って泣いたらすぐに治療しましょうってなった。

「通院していい?」って旦那に聞いたら快諾してくれた。




ここから家事ゼロ生活の鬱期間に突入

最初漢方薬とか別の薬とか色々試してヒステリーちょっとマシになった。けど家事とか一切やる気なくなった。元々苦手だったし、微量に残ってたやる気が薬に吸い取られてもう何もしたくないって感じだった。

何をするにも億劫で部屋がゴミ箱状態ゴミに囲まれ生活してた。

それでもヒステリーがマシな分、旦那にとっちゃマシだったんだろうね。旦那が全部家事やってくれた。



でもマシってだけでゼロってわけじゃなかったんだけどね。

散らかった部屋を見て「何で片付けてくんないの!結婚した時は片付けしてくれるって言ったじゃん!」とかって責任転嫁

旦那文句を言う度に部屋を片付けてくれたけど翌日には私が散らかしてるっていうね。もう私がゴミ。まさに部屋がゴミ箱


最初のうちはやりたくないことだけやらない感じだったけど、どんどんやりたいこともやらなくなっていった。

趣味がなくなった。友達も減った。出かけることもなくなってもういいやって感じでお風呂に入る回数も減っておしゃれもしなくなった。

肌ガッサガサの髪パッサパサ。旦那毎日キスしてくれるけどその度に唇からパリパリって音がするぐらい唇もガッサガサ。

なぜかこんな私にも好きとか愛してるとか言っちゃう旦那

旦那が好きって言うんだからもういいじゃん?私ここに囲われてたら死ぬまで生きてけんじゃん?

旦那がこれでいいって言ってるしいいじゃんいいじゃん。とかってほぼ一日中ベッドで過ごすような生活をしてた。




そんな生活の中「私ってADHDじゃね?」って思ったのがある日の通院の帰り。

心療内科の近くの処方箋薬局って心の病気系のパンフレットが超充実してて、そこで出会ったのがADHDパンフレットだった。

ADHDの有名な症状って物を忘れやすいとかじっとしてられないとかだと思うんだけど、中には「些細なことで怒る」とかも書いてあった。

片付けられないとか、物事優先順位が決められないとか、「うわ、私のことだ」と思った。

すぐに先生相談してADHD検査

検査結果と旦那の話とを合わせてこれはやばいADHDですねって診断された。一刻も早く治療しましょうって。

検査結果を見たらIQが平均的だったから、そのせいで今まで誰も問題視してこなかったっぽいらしい。

普通だったら子どものころにそれっぽい症状が出てて先生通信簿とかに色々書かれたりしてADHDってわかることが多いらしい。

けど私はADHDのくせに色々ごまかすのがうまくって今までやってこれてしまった。

それからコンサータを飲み始めたんだけど、飲んだその日から「あ、私やっぱりADHDだったんだ」って確信するぐらい効果があった。




ここからヒステリーゼロパート兼業主婦生活突入

薬が効いてる間は一切ヒステリーなし。

その上、家事やら何やらやる気がわいてくる。生きてる活力っていうか、生きてる自覚っていうか、そういうのがわーっとわいてくる。

薬が切れ始めると悲観的になって愚痴っぽくなるけど、ヒステリーなし。

薬が完全に切れる頃には寝る時間なのでヒステリーを起こす相手がいない。

ヒステリックゼロ生活が実現した。

通院代ぐらい自分で稼ごうってパートするようになったけどそれしながらでも家事できてる。

完璧にはできてない。もともと苦手だし、しばらくサボってた分やり方がわからないこととかあった。

そんなところは旦那が助けてくれた。そりゃもう喜んで助けてくれる。

すごい喜んで助けてくれるんだ。目がキラキラしてるんだ。

家事押し付けてた頃は死んだ魚の目をしながらお皿洗ってたけど、今はすごく活き活きしてる。口笛ふいちゃったり。

新婚のころ思ってた理想夫婦ちょっと近づけたかな?なんて思う。




いかにして妻との接触を避けるか

http://anond.hatelabo.jp/20160708081215

■夫に優しく出来なくて辛い

http://anond.hatelabo.jp/20160713160607

この辺りの増田エントリーされてた時期、私はちょうどADHD検査結果待ってる時で「あー他人事じゃないな」って思いながら読んでた。

特に旦那側の人の方、個人輸入デパス飲んでるっていうのを見て私もショック受けてた。

あー旦那もこんな気持ちなのかなって。デパス飲んじゃいたいぐらい辛いのかなって。飲ませたくないか検査結果早く来いって、そんで薬で人生変われって願ってた。

私は治療が今のところうまいこと言ってて、コンサータの量調整だけでかなりうまくいってる。他の薬は全部すっぱりやめてコンサータだけ。それで人生が劇的に変わった。

まだ3か月ぐらいだけど今んとこびっくりするぐらいうまくいってる。

デパス個人輸入できなくなるって話を小耳に挟んで思い立って投稿してみた。

薬を飲むべきはヒステリー受けてる人じゃなくてヒステリーな人の側だよね本来は。

「夫に優しく出来なくて辛い」の人が書いてるようにヒステリー起こしてる側も楽しくてやってるわけじゃないんだよね。辛いんだよ。

薬で治るなんてこんな嬉しいことってない。


デパス個人輸入できなくなるこの機会に薬を変えるんじゃなくて薬を飲む人を変えてみたらどうだろうって思って参考になればなって思って。


質問もらったので答えるね。

http://anond.hatelabo.jp/20161003175748

既に全部聞いたことある家事ゼロ生活の頃かな。自分でも「何で私みたいなクズと一緒にいるんだろ」ってふしぎでふしぎで仕方なかったから。


>どうしてこの女と結婚したの?

「愛してるからさ」


結婚前にはこういう兆候はなかったの?

「よくわからなかった。怒りっぽいとは思ってたけどこんなもんかなって」


>結果として良くなったようだが、ずっとこれと付き合うつもりだったの?

離婚する気はゼロだった。すごい好きだし」


ついでに書くと

・何でそんなに好きなの?痛い思いして辛い生活強いられて私だったらそんな奴嫌いになるけど?

とかも聞いたことある

それには

「辛いだけじゃなくて楽しいだってたくさんあったし、自分が辛い思いさせてるんだって本当に思ってた。むしろ申し訳ないと思ってた」

ということだった。

すごい菩薩だなって思う。

旦那のおかげで真人間になれて本当に幸せものです。


付き合ってた時の私視点の話をするとさ、ヒステリー起こす前に家に帰っちゃってたんだよね。

カーッと頭に血が上ったらとっとと帰る感じ。半同棲状態はしてたけど半だったから帰る実家もあった。


でも自分で怒りっぽいの度を越してるなって自覚あった。何か病気なのかなって。親が片方殴ってくる親だったしそういう遺伝とかあるのかなって。

すぐに別れるって言ってたし結婚してからも私の方が離婚離婚って騒いでた。本当にゴミクズ

から結婚ってなった時に自分の悪いところプレゼンみたいなのしたけど旦那は全部いいか結婚しよって。

なんていうか、本当にここまでくるまで見守っててくれてありがとうしか言えない。


http://anond.hatelabo.jp/20161004091647

可能性あると思うよ。行ってみてもいいと思う。

できたばっかりの心療内科より、待たされてもできてしばらく経ってる評判の良いところがいい。

心療内科って医者によって本当に態度とか治療方針とか全然違うし。

今はADHD検査をする人が多くて検査予約してから1~2ヶ月待たされる場合があるから気になるなら早めに行った方がいい。

検査してから半月から1ヶ月検査結果出るまで待たないといけない。

あと、うちは旦那の話で裏付け取れたけど、検査だけではっきりわからない場合はこういう「裏付け」が必要になると思う。

小学校のころの通信簿とかで「落ち着きがない」「ミスが多い」とか書かれているのがあったらそれでも裏付けなるみたい。

通信簿とかなかったらいざという時に裏付けの話をしてくれる人を探して相談しておいた方がいいかも。

親でもいいみたい。というか子ども時代から知ってる親の方がいいみたい。

本当にADHDだったら薬でびっくりするぐらい生活変わるよ。

優先順位なんて頭使わずするーっと体が勝手に動いて勝手に決めてくれる感じ。

そっかー、たしかにこっち先にやった方がいいよねー。みたいな感じになる。

2016-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20160928102602

元気なのに病院に行く老人や大量に貰ったまま飲まずに捨てる薬や無意味に掘っては埋めてる道路や異常に高価な使われないパンフレットバカみたいに金を注ぎ込んでるオリンピック

無駄遣いしまくってんのに何で育児介護には金を回さんのだろうな

外人にさせれば良いって政策薄給激務過ぎて外人が逃げまくってると聞くし

2016-09-23

旅行らしい旅行をしたことがない

そもそも田舎出身者は旅行をあまりしない

婆ちゃんちに帰省するとかそういうのが主になるから

キャンプなんかは小学生の頃にしたが、車で行ける距離だった

そんな幼少期のためか、旅行する文化自分に根づいていない

 

おまけに一緒に行く人も居ない

彼女も居ないし友人もあまりいない

居たところで出不精だからめっちゃ頑張って映画に行くくらいだ

海外にすら出たことがない

 

でも旅行云々の記事を見ると楽しそうだなと思う

楽しそうだなと思うけど、面倒だなとも思う

行こうかな、とも思うけど、やっぱりぼっちだし

とか考えて10年は経った

 

そもそも行って何するんだ

聖地巡礼には興味がない

風呂ちょっとだけ興味ある

絶景なんかは好きだけど、海外まで行かないとだめだろう?

建物歴史、興味あるけど、わざわざ行くほどでもない

食べ物も少しなら興味あるが、少食なので普通の人ほどではない

乗り物は酔うから嫌い

海。山。遺跡自然科学etc

 

色々考えると、やっぱり仲間や家族恋人が居てこそ楽しいんだろうなと思う

から結局行けないんだ、行っても意味ない

 

でも観光パンフレット旅行記事が囁くんだ

楽しいよ」「旅行楽しいよ」「おいでよ」

やめろ!楽しくないなんて知ってる!知ってるんだよ!

 

札幌に2年だけ住んだ時、一度も観光しなかったくらいだぞ!わかってるんだ!一人で行ってもしょうがないだろ?

わかってるんだけど。

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