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はてなキーワード: 公立とは

2017-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20170324111818

幼稚園おむつ禁止だし先生一人にたくさんの園児が預けられるし昼には帰ってくる

預かる時間だけ見てもそら倍の値段は当たり前

それに安いのは運よく公立に入れたらの話で

家の地域公立に入れる時の倍率八倍

落ちたら倍率が下がる年中年からの途中入園を目指すか、毎月三万ほどかかる私立幼稚園に入れるしかない

そもそも日本幼稚園大学の料金が世界から見て飛び抜けて高いのに親同士であちらが安いだの足引っ張ってどうすんの

2017-03-22

http://anond.hatelabo.jp/20170322162513

公立中学に行ったけど、そこまで荒れてなんて無かった一方

頑張って私立に行った人から私立だけどいじめが酷いなんで頑張ったのにこんなことにってとか愚痴を聞かされるような状態だったけど。

どちらも学校という構造運営してるものなんだから私立から荒れないなんてのは不可能なんじゃないんか。

それよか、PTAがないとか軽いとかい理由で行く人が多いと自分の周りでは聞いた。実際には、それも裏切られた人も居たけど。

http://anond.hatelabo.jp/20170322161029

中学受験組は東大に行かせたいというよりも、掃き溜めみたいな地元公立いかせたくないからってだけで勉強させられてる子も多いよ

http://anond.hatelabo.jp/20170322161029

同意東大一部の人達の実情はともかくとしても、

一流の大学が全てなんか小学生から血の滲むような努力をしないと無理、そうじゃなかった奴らは一生底辺ww

みたいな言説を見ると、自分の周りの東大とか言った人がそうでもない人だらけな現実とくらべて違いすぎるだろうと思ってた。

そもそも勉強が足りずに落ちたような人も、東大第一志望の層だけあってわりと結構なところに行ってる人が大多数な現実もあるし。

公立中学普通にいって、公立上位なり、私立の外部進学なり行って、難関大に受かってる人なんて田舎ではかなり聞くし、

東京でも都立日比谷とかは錚々たる名門校だ。


たかだかちょっとサボったぐらいで即一生底辺レベルしかなれんとか厳しい強い言葉を言うのが好きな人

いろいろと間違ってると思う。

奨学金Fラン大学に行ったけど毎日楽しい

Fラン大学奨学金で通っている。

人ならざるもの徘徊する馬鹿高校の窓際で机に突っ伏しながら「まだ働きたく無い!というか働けるわけが無い!」とグズグズ願っていた僕と、

貧乏にもかかわらず「大学くらいは出させないと!」という両親の思惑がよからぬ形で一致した結果だ。

はいえ人並みの努力ができずやる気の無い僕がどこぞの名の知れた大学を目指せるわけもなく、地元にある誰でも入れそうな大学のよくわからない学部

適当に選んだ。

案の定合格。首尾よく4年間のモラトリアムをゲットできた。

しかし、こんな僕でも合格できるんだからAO入試ってすげえな。ホント大丈夫か?


今年の春に二年生になるけれど、大学は本当に良い。

好きな時に起き、好きな時に食べ、好きな時にセックスだってできる(大学に入って彼女ができました)。長時間身体的拘束を伴う高校時代よりはるかに楽だ。

確かに講義はあるが、僕みたいなのが入るような大学なのでレベルは総じて低く、行っても行かなくてもどうとでもなる。

まあ、英語講義ガチで「I have a pen」をやるとは思わなかったが。講師もニヤけるなよ。あれはちょっと傷ついたぞ。

新しく覚えたことといえばパチスロくらいだ。

ろくでもない友人に誘われてはじめたが、あれはハマる。

今やバイトで軍資金を稼いでは、パチ屋に行き時々大学に顔を出すと言う有様で、もう一生こういう生活を送りたいと願っている。


ああ楽しい


僕がこういう生活を送れるのも国が奨学金をホイホイ貸してくれたおかげ。

からその辺の一般人よりよほど国に対する感謝気持ちは持ってると思う。


まあ、世の中的には「金を借りてまで大学に行くなんて無駄!」とか「必死勉強して特待生か国公立を目指せ!」とか色々言われているのは知っている。

でも、少しくらいは大目に見てほしい。

言い古された言葉だけど、子供は親を選べないわけで、貧乏な両親の子だってだけで一般的幸せ(今大卒一般的ですよね?)を

得るのに物凄く高いハードルが課せられるってなんだか不公平じゃん?それを直していくのが国の役目じゃん?

から日本は素晴らしい国だ。

というか、そいういう話をしていくと最終的には不摂生が原因で病気になった人とかも責めざるを得なくなると思うんだけど、それはどうなんでしょうかね。


もちろん、奨学金卒業したらちゃんと返していくつもり。

予想では月々3万。大丈夫でしょう、多分。大卒だしね。

なので、とりあえず今日新台を打ちに行こう!

2017-03-21

二分の一成人式って多分モンペ対策だよね

http://makomako108.net/2017/01/05/nibunnoichiseijinshiki5/

実際、2分の1成人式に出席した親です。そして、元教師でもあります。13年ほどやってました。

この記事に概ね同意意見SNSでよく見る。読んでみて、なるほどと思った。たしかにその通りと。

いっぽう、参加したときはそれはそれでやっぱり感動した。

うーん、なんだろうこの違和感

ところで2分の1成人式って、うちら子供ときはなかったよなと思った。

ただ、調べてみると考案自体1980年代という昔からのようだが、普及はどれくらいなのだろう。少なくとも私の学区では無かったです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/2%E5%88%86%E3%81%AE1%E6%88%90%E4%BA%BA%E5%BC%8F

さて先の記事に戻って考えてみますと、感動ポルノっていう表現を使っているけども、たしかになんかそういう押し付けがましさは思った。

子供は、決まった答えしか書けないよな、と。

参加してみて、いろいろな子供の夢や感謝言葉を聞いた。へえとか、将来の夢にYouTuber声優が多いのって今風だよなと思いつつも、

なんかバラエティ番組を見ているようにも感じていた。

まり、前述の記事で取り上げられている境遇の子供のことは抜きにして、とりあえず9割がたの親は感動ができるとは思いました(ベネッセアンケートより)。

そうなると、現場先生にも凄くメリットがあると気づきます

・夢を語るというプレゼン=正解のない課題をさせることで先生負担が減る

・親御さんに満足を与えられる=モンペ対策(こんな素晴らしいことをしてくれる先生!)

正解のない課題をさせることはとても楽なのですよね。

例えば、割り算の単元に入ったときそれを全員に理解させることは難しいけれど、だいたいが筋書き通りであれば良い作文は、ほんと楽です。

事前にある程度のテンプレプリントを配って、授業時間を割り当てるだけで良いんですから。あと、出来た子供に出来ない子供フォロー

をさせれば良いし。目標クラス全員の行事成功ですから、出来る子供も納得。

※もちろん全校生徒で合唱したりと大変な一大行事になっている学校もあるとは思うけれど。それでも「テストなどの学力関係ない授業」

というのは、それに比べれば気は楽だと思う。

そして、親御さん側も正解を持ち合わせていないため、ほとんどクレームはこないでしょう。

モンペ対策は言い過ぎにしても、ラポール形成には、費用対効果的にきっと相当のプラスだと思いました。

ただ「ほとんどこない」、というのは前述の記事のとおりです。

前述の記事のように、そもそも感謝言葉を全員が述べたい、という前提の行事なので、そうでないケースがあると成り立たない。

そして、記事の著者は「学習が本分」というが、本当にそのとおりと思います

ただ、その学習の前提であるクラス調和先生多忙さが、このような行事を安住させたのではないかと。記事を読んでふと思ってしまいました。

しかに感動はしたけど、たしかに無くても困らない・・・

感動ポルノちょっと煽りすぎだと思いましたけれど、冷静に考える機会を与えてくれたとは思いました。

さて、ですが、ただそれを「じゃー来年からやめようよ」と、一介の親が言い出せないもどかしさは残ります

教育って、楽な方に行こうと思えば、ほんと簡単に行けちゃうんですよね。

だって、よほど受験熱の高い学区じゃない限り、正解ってないですし、子どもたちも、ある程度は楽な方をやっぱり喜びます

まして、厳しいことを厳しくできる学校って、ほんと限られてると思うし。とくに公立はほんといろいろな生徒が来るわけで。

なんか教育制度って、細かい点ではおかしいと思うことはほんとたくさんあると思うのだけど、何からどうすればいいんですかね。

難しい。

2017-03-17

今日愛知県の、公立高校合格発表の日である

首尾よくトップ校に合格して喜ぶ中学生たち。

いっぽう、ツイッターでは、その中学生たちを嫉妬の目で見る、

トップ出身の残り13日ニート人達がうじゃうじゃいるのでした。

正直気味悪いわ()

追記すまん残り14日だった。

2017-03-16

こっちの公立中学行事部活全教+1くらいまで下駄があるって誰かが調査して判明してたな

実際試験の成績は良くても低評価だったやつもいたし

http://anond.hatelabo.jp/20170316202238

公立はそうだと思ってたけど。

意欲とか授業態度とかあるだろ。多分。

中2の頃のカースト最上男子がブスで驚愕した

懐かしくなってふと中学卒アルを見てみたのだけど

中2の頃にクラスで一番影響力を持っていたスクールカースト最上位の男子の顔が平均よりかなりブスで驚愕した

(目頭の皮?が張り出したキツい一重で、鼻が低くて横に広がっていて、おでこが妙にへこんでいる)

私が中2の頃はというか、今になるまで、その男子に対してブスというイメージを全く持っていなかった

とにかくクラス支配している怖い男子というイメージがあるだけで、顔について何の記憶もなかった

 

空気に飲まれているときって冷静な価値判断が出来なくなるんだね

恋愛工学テクニックもこれなら通用してしまうかもしれないって思う

ブス顔であることがわからなくなるくらい支配的な空気をつくれば押し流せてしまう…

マスコミにはサイコパス多いって言うけど最上男子みたいなタイプがたくさん居るのかもしれない

空気をつくって大衆操作するのが上手いっていうか、正常な判断力を失わせるのが上手いっていうか

すごい、長年の呪いが解けたみたいな謎の感覚だ…

 

最上男子女子ワーストブスランキング主催するなどして恐れられていたのだけど

あと日常的に気弱で頭のぼんやりした男子を小突き回して笑いものにしていたのだけど

やりたい放題に振る舞いながら「鏡見ろよ」みたいな下剋上展開もなく、最後まで君臨していたな

みんな最上男子の顔を冷静に判断できてない、ブスだなんて思っても居なかったと思う

中3になってクラス替えで別れたから良かったけど、そいつが君臨してる中2の間は

誰がワーストブスになるか、ワーストキモ男になるか、最上男子の顔色伺って怖がってた

同窓会で会ってないからわからないけど、面接官も空気支配して、良いところに就職して、そつなく生きてそうだな…

 

私は共学の公立高校から共学の国公立大学に進んで、男性率が高いから男女両方と交流してきたんだけど

思い返せば見た目が普通以上の男女は好感度が高い順ランキングをすることはあっても

キモい、嫌いな異性についてランキングにすることは絶対に無かったわ

特定の一人の特定行為について最悪だと悪口を言うことはあったけど

何もしていない人でワーストランキング作るという発想は無かったと思う

この強制エントリーワーストランキングというの、本当に効果的な支配システムだな…

多くの人々は自分ミスターミスに選ばれることまでは期待してなくても、ワーストに選ばれるのは怖いと思ってる

そういう心理を利用して審査員みたいなポジションに収まって最上位…賢いよな早急に死ねばいいのに

2017-03-14

自分

当方大学3年生、就職活動真っ只中であり、先月失恋したばかりでもある。以前とある就活セミナーにおいて、「自分史」を書くと自己分析捗ると言うので纏めてみようと思ったのだが、なんだかダラダラ書いてしまいそうになるので、人の目に触れるという条件ならばちゃんとした文章になるのではないかと、此処「はてな匿名ダイアリー」に試験的に投降してみた。


以下、私立文系現役就活生、その半生のあらましである


誕生小学生時代

私はとある裕福な家庭に、長男として誕生した。

母は底辺出身で、元ヤクザ幹部を父に持ち、成り上がる為にスパルタ教育を叩き込まれ秀才であったものの、「女性である」というただ一点で、評価されることなく、夢叶わなかった人間である

父もまた、底辺出身であり、米の代わりに芋を食うような家で育ち、早くに両親を亡くした境遇を持ちながらも、最終的にはF欄大学だが主席卒業し、好きな分野で食っていこうと考えていたが、推薦で入社した会社が急成長を遂げ上級管理職となってしまい、念願の技術屋にはなれなかった人間である

そんな両親の元に、私は産まれた。

母親は自らの経験から所謂教育ママに、父親は古風な家庭で育った為、マナー生活習慣にこと厳しかった。

両親は私を教育するために、自らのストレス妄執をぶつけてきた。

「どうしてこんなことができないのか」「私はあなたにこんなに投資しているのよ」「お前の為にやりたくもない仕事を続けているんだ」

両親の理不尽社会に対する呪詛が、私の実存破壊していった。

私はまた、いじめを受けてもいた。当時はまだ運動もできずどんくさい奴だったからだ。殴られたり蹴られたり、避けられたり、悪口を散々言われたりした。

親にいじめ告白したものの、「男ならやりかえせ」の一点張りでとりあってはくれなかった。

憎かった。両親が、周囲の人々が、社会が、世界が。

両親に叱られる度に、いじめられる度に、「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す…」と自分の部屋で唱えていたのを覚えている。

本気で両親やいじめっ子を殺す計画を立てたこともあるし、逆に自殺しようと思ったこともあった(いずれも発見されたことで未遂に終わっている)。

上記の計画が失敗に終わった為、何も感じなくなるように、心を殺せるよういつも自己暗示をかけていた。

力が欲しかった。死にたくなかった。生き抜く力が欲しかった。そして認められたかった。愛されたかった。


そんな自分に味方をしてくれた人間が一人だけいた。祖父であった。

祖父はどうやら自分の娘にスパルタ教育を施したことを負い目に感じているようで、両親(特にからから暴言を良く諌めてくれた。

共働きの影響でよく一人で夕飯を迎えなくてはいけない自分に、良くご飯を作ってくれた。(味は大味すぎだったが)

昔の話を交えながら、「力」について色々と話してくれたのを覚えている。暴力権力学力、魅力…生きていくための力について…

戦中戦後混沌とした日本を力が物言う世界の中生き抜いた祖父一言一句には、老い衰えながらも凄まじい説得力があった。


中学生時代

私立に進学させようとする母親に対し、祖父後ろ盾を得ることで私は無事希望通りに公立中学校に進学することができた。

祖父から「力」について学んだ結果、小学生時代において最底辺だった自分スクールカーストものの見事に逆転した。

陸上競技を始めたことで身体を鍛え、喧嘩も強くなったし、会話術を学んだことで周りから慕われるようになり、部活部長や、生徒会長などリーダー役割兼任したり、学力も向上しトップはいかないものの上位に食い込んだ。そして異性の友人がぐんと増えた。これまでの環境が一変したのだ。

だが母親干渉は止むことはなかった。認められることもなかった。学業邪魔になるから課外活動は止めろと言い、トップになれなければ意味はないと口うるさく言ってきた。無理やり塾へ入れたりもした。

そして環境の変化は「人の心というのは力次第でこんなにも変わってしまうのか」と一種疑念を抱くきっかけにもなった。

それでもなんとかやっていけたのは、唯一本音を話せた祖父後ろ盾と、貧乏すぎてろくな学生時代を送れなかった父親わずかばかりの支援があったからだ。課外活動を維持できたのは父のおかげである

(父は学業、というか母の行動について全くと言っていいほど干渉しなかった。巻き込まれるのが嫌だったというのもあるが、仕事に手一杯で余裕がなかったというのもある。事実ウツ一歩手前であった。)


だがこんな日常が長く続くことはなかった。


母の希望によって、確実に試験突破できる県で2番目に高い進学校入学することが決定したその日、唯一心から信頼していた祖父自殺してしまった。祖父肺炎に長くかかっており、これ以上迷惑をかけたくなかったということ、妻(祖母のこと)を亡くしてからずっと孤独を感じていたということが遺書には記してあった。そして「生きろ」とも。

私が祖父の亡骸を観た時、感じたのはひどい喪失感と「生きることに逃げた」という感情から来る怒りだった。

コレ以降、母の私への干渉は激化することになる。



高校時代

私は初めて心から挫折を味わうことになった。私が進学した高校田舎にあったため、小学校から高校まで、ほぼそのまま上がってくる人間ほとんどであり、既にクラス内にコロニー形成されていた。異なる地方から来た私は、その風習に上手く馴染むことができなかった。

加えて、地頭いいわけでは無い私に対し、周りの人間自分より何倍も優秀な奴らばかりであり、中学時代形成されたちっぽけなプライドはぐしゃぐしゃになってしまった。存在理由否定されたかのようにも思えた。

また、再びいじめを受けることになってしまった、いや、巻き込まれたと言ったほうが正しいだろうか。

入学当初、私と同様、雰囲気に馴染めずいじめられている生徒がおり、私は一度正義感故に彼を庇った。それをきっかけに私もいじめの標的となった。担任先生にも相談したものの、「彼(いじめられていた子)の面倒は君が見てくれ」と聞き入ってはくれなかった。(その先生が私が入っていた陸上競技部顧問だったのだから笑えない)

いじめは年度を超えて行われ、いじめられていた子がいじめを苦にして高校を退学し、いじめ実行犯学校から指導を受けるまで続いた。2年次の後期まで続いた。

学校はその事実隠蔽した。

その結果、部活遠征中に競技出場名簿を改ざんされ体育祭に出ることは叶わず(当日までわからなかった)、

女装して踊る予定だった文化祭は前日に衣装を何者かに隠され(これまた部活遠征でいない間の犯行だった)出演することができなかった。(当日来てくれた他校の友人たちに色々謝ったのを覚えている)

その他はまあ陰口や悪口無視程度で済んでいた。いじめは人の業だと割り切っていたし、自分の心を殺せば、特にダメージはなかった。


後ろ盾を失い、学校はいじめを受け、家では両親から干渉され、行き場を失っていた自分は、性に逃げていた。我ながら最低だったと思う。

中学時代に作った女友達のツテを使うことで、絶えず女の子を紹介してもらうことが出来た。

の子の家庭環境や、生い立ち、タイプ男性など様々な情報を聞き出し、ニーズにあった男性像を演じれば、簡単彼氏彼女関係になることもできた。(例えば片親の子なら包容力のある、甘えられる都合のいい男だったり)

承認欲求を満たし、そのうちに罪悪感に苛まれ自分から関係を切っていくというループに陥っていた。最低だと分かっていながらも止められなかった。

そして人の心に対する疑念は更に高まっていった。


いじめが止んだ高校3年次

なんと今までじぶんやあの子いじめてきた人間が、取り巻きが、なにごともなかったかのように普通に親しげに接してきたのだった。これには絶望した。本当に絶望した。いじめ自体は人の業だと、生物習性だと、遺伝子しかたないのだと、割り切ってきた。仕方のないことだと。心を殺して耐えればいいと。しかしなんだこれは、お前らは十字架を背負うこと無く、一切の反省もなく、悪びれもせず、気まずさもなく、あの時俺が挨拶をしたら無視をしたくせに、ただ自然に「おはよう」だと?「いっしょに昼ごはんどう?」だと?「あいつ(いじめ主犯)最悪だよね」だと?グループワークで一切否定してきたくせにこんどは尊重だと?一緒に勉強しないかだと?なんなんだお前らは一体何で出来ているんだタンパク質か喋るタンパク質なのかこれが人間かそうかそうかこれが心か


今まで私は人の心を操っていた反動で、くだらないことにある種「理想的人間関係」というものを思い描いていた。お互いにお互いを高め合える関係 友情努力勝利

いつか素晴らしい友達出会えるのだと、そう信じていた。



私はほとんど学校に行かなくなってしまっていた。公園にいってひたすらに筋トレや走り込みを行い、図書館に篭り、救いを求めて哲学書や思想書、自己啓発書宗教の本を読み漁り、

部活だけ出て帰る。授業をバックレることもあった。幸い制服が無く、度重なるストレスのせいか老け顔なので、補導されるというのはなかった。親に見つかっても怒鳴られるのを耐えればいいだけなので、平気だった。

本を通じて様々な思想を取り込んでいく中で、ただひたすらに耐えるだけだった親に対しての反抗心が芽生えていくのを感じた。

そして遂に「俺はお前の人形じゃないんだよ」と叫ぶことができた。「ごめんなさい」と泣かれた。「すまなかった」と言われた。12月クリスマス前のことだった。


受験勉強をすっぽかして読書思索にふけった結果、案の定成績はビリから3番目であり、浪人をすることになった。




大学時代

から刷り込みによって、座学が完全にアレルギーになってしまい、勉強をすればするほど体調が悪化しながらも、なんとかそこそこの私立大学に潜り込むことができた。

続きは後で書きます

2017-03-13

ぼくはきみの服の中のオッパイを見たかった

Mはぼくと同じ高校で一学年下の女の子だった。


まるで男の子のようなショートカットの髪、金八先生に出ていた時の上戸彩みたいにCUTEな美少女だった。

ぼくの君に対する第一印象はただひとつ「胸がでかい」それ以外のことをぼくは何一つ思いつかなかった。

小柄なきみのカラダに不似合いなほど、その胸の隆起は際だっていた。


きみは一時期、ぼくと同じ学年の男子と付き合っていたね。

から学校への道を並んで来る姿、帰る姿をぼくは覚えている。

そのときぼくは思ったよ。

あいつはあの大きな胸が目当てなのか」と。

もちろんそんなことはなく、彼は知的でCUTEなきみが好きで胸なんかはただのおまけだったのかも知れない。

しかし、どんな言い訳をしたってきみの第一印象が胸であることは疑いのない事実なのだ

それに「どうせ胸が目当て」だなんて高校生の言うセリフじゃないだろう。

自慢じゃないがぼくのいた公立高校男子童貞率96%、つまり童貞クラスに一人くらいしかいなくて、

しかも在学中に処女童貞を失った場合浪人率は100%という恐ろしい世界だったから、だから禁欲正義だったんだ。

もちろんぼくも受験勉強に精を出し、オナニーで精を出す一人の純朴な高校生だった。

受験勉強甲斐あってぼくは現役で大学合格し、その喜びもつかの間、片想い女の子にはあっさりとふられ、童貞期間更新中だったぼくは、翌年の春にきみが関西のある有名私大合格して大学生になったことを知った。

当時のぼくは手紙をよく書いたよ。在学中にちょっとした面識があったのできみにも合格のお祝いと自分大学生としての近況報告のような手紙を書いた。そうしたら一度京都を案内して欲しいという返信が来た。そしてぼくは思いがけずきみとデートできることになったんだ。


大学生になったきみの胸はさらに巨大化していた。

巨乳というのは裾野が広いんだ。

富士山裾野が広く伸びていてるみたいにね。

「えっ、こんなところから胸がはじまるのか!」と思うほどにきみの胸の隆起はクビのすぐ下からはじまっていた。

ぼくはきみの目ばかり見て話をしていたが、視線を下に落とせばそこには胸があった。

かい合ってる男が自分の顔ではなく胸を見ながら話してるなんてすごく不愉快じゃないか

からぼくはいつもきみの目を見て話をしていた。視線を伏せることなんてできなかった。


今思うとなんてもったいなかったのかと思う。サングラスでもして視線を隠して、思う存分胸を見ればよかったじゃないかと。でも、当時はそんな才覚はなかったんだよ。


京都でのデートの後で、ぼくは卑怯にもきみへの手紙の中に「好きだ」というフレーズを書いた。

しかし、そのときのぼくは本当にきみが好きだったのか、それともきみの胸が好きだったのか、正直言ってよくわからない。

ぼくは知的でCUTEなきみを本当に素敵な女の子だと思っていた。

しかし、その100倍くらいぼくはきみの胸が好きだったんだよ。そんなこと手紙に書くはずないけど。




秋になって、いろんな大学学園祭の季節になって、ぼくはMを伴ってN女子大学園祭に出かけた。

高校で同じクラスだったことがある仲間由紀恵みたいな黒髪の純日本風お嬢さんに誘われたからだ。

実はぼくはその仲間由紀恵のこともかなり好きだった。もしもその美女を射止めることができたならば、ぼくは同じ高校のあのさえない童貞軍団を見返してやることができたはずだし。そう、ぼくのあこがれの大本命は実は仲間由紀恵であり、Mの存在価値は「自分とつきあってくれる女」という点にあったわけだから



女子大学模擬店でぼくは仲間由紀恵にMを紹介した。仲間由紀恵はMをみて、Mの胸をちらりとみて、それから妙につっけんどんな態度になった。


あなたはこんな乳のでかい頭の悪そうな女が好きなのね!」と仲間由紀恵は思ったのかも知れない。


そんなことはないんだ。Mは決して頭の悪い女なんかじゃない。

とっても聡明で話していて退屈しない女なんだ。


でもそんな言い訳をするチャンスはなかった。

だって仲間由紀恵はその後ぼくに手紙をよこさなくなったし、彼女が風の噂にお医者さんと結婚したと聞いたのはその数年後のことだ。



女子大学園祭の後に控えていたのは京都大学11月祭だった。ぼくはそこでMと腕を組んだり、手をつないだりして歩くことができた。

普通カップルのように彼女学園祭デートをするなんて幸福をぼくは手に入れた。


しかし、ぼくは手をつなぐ以上のセクシャル領域に足を踏み入れることはどうしてもできなかった。

その理由簡単だ。ぼくは童貞だったから。どうやってその先に進んだらいいのか、ぼくは全くわからなかったのだ。

手を伸ばせばいつでも触れられるような距離にありながら、その胸はぼくにとって相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであったのだ。



そのままお正月が過ぎ、春になった。ぼくはMと初詣住吉大社に出かけ、そこから阪堺線チンチン電車に乗って浜寺公園に出かけた。

潮の香りのするコンクリートで固められた護岸の上の散歩道をのんびり歩き、座って話をした。おだやかな一日だった。



あの頃ぼくたちはいったいどんな話をしていたのだろう。

そうして休日には手をつないで歩き、一緒に映画を見たりしたぼくたちはまぎれもなく「つきあってる」という状態だった。

しかしぼくにとってきみの胸は相変わらず不可視のものであり、かつ不可触のものであった。

どうすればぼくはその二つを可能にできたのだろうか。

まだ20歳にもならない自分はその方法を何一つ知らなかったのだ。

もしもできることなら今の自分が当時の自分に憑依して、知りうる限りの恋の手練手管を用いてその困難を可能にしてあげただろうに。


ぼくは免許を取り、中古車いすゞジェミニを買った。それでMとドライブすることになった。

Mに向かって「どこに行きたい?」と聞いたら「鞍馬」という意外な答えが返ってきた。ぼくたちは鞍馬おもちゃみたいなケーブルカーに乗った。

汗ばむような陽気の中で、同じようにデートしているカップルが居た。

ぼくたちとの違いは彼らがキスをしていたことだった。


ぼくは赤面した。


キスとは、ああキスとは、それは限りなく遠くに存在する行為じゃないか

まだぼくは胸を見たこともないのに・・・


いや、それは違う。少なくとも胸を見るという行為は、キスという行為さらに先に位置するものであるはずだ。

ということは、自分が胸を見たいとか触れたいと思っていたことは根本的な間違いであり、それを実現させたかったら

先にキスという段階をクリアしておかなければならなかったのだ。キスとは、胸を見るための必要条件である

もちろんキスをしても胸を見るところまで到達できない場合もあるだろう。しかし、キスをしないで胸を見るなんてことはどう考えても変だ。

まり自分は、「胸を見るためには先にキスをしなければならない」という恋愛の発達段階の重要法則をそのとき発見したのだ。

ストレートに胸に到達しようと思っていた自分が間違っていたのだった。



乳首を舐めたかっらたまず相手の唇を舐めろ!」



ぼくはその真理をここに理解したのだった。


しかし、破局は突然にやってきた。

Mが教会に通い始めたからだ。

学生のぼくたちがデートできるのは日曜日に限られていた。

その二人のための貴重な日曜日を、Mはこともあろうに私ではなく神に捧げてしまったのだ。

ぼくは一度Mにくっついて教会に一緒に行ったことがある。Mのスクーターの後を、ぼくは実家にあったヤマハパッソルで追走した。

当時はまだ原付ヘルメット着用の義務はなかった。そうして教会に出かけたのも一度きりだ。

ぼくにはきみの胸を見たいという願望があったが、教会聖書を見たいとは思わなかった。

僕に必要なのは聖ではなくて性であり、聖書ではなくて早くぼくを童貞から卒業させてくれる性書こそがぼくにとって必要書物であった。

「汝、姦淫するなかれ」という神の教えは、その反動でぼくの心をますます君の乳房への思いでいっぱいにした。

ぼくは教会についていくのを止め、ぼくたちの仲は自然消滅した。

ぼくがMと最後に会ったのはぼくが大学卒業した春だ。

そのとききみはブラウスボタンを二つもはずしていたから、ぼくは思わず「うっひょ~」と心の中で叫んだ。

そのとき、きみのオッパイはぼくの心の中で永遠憧憬になった。あれから34年経つけど、今でも君の胸は成長を続けているのかい

2017-03-10

都会の中で地方出身と告げる負い目(学生バイト

「あっ○○の出身なんですね」

出身を聞かれてるだけなのに、実家貧乏であることを白状させられてる感じ、嫌いだ

というか東京実家暮らしで楽に入れるけどある程度名の通る大学学生やりながら余暇バイトしてるこいつらに憎しみを覚える


地方には仕事がない、ふさわしい大学もない

マイルドヤンキー高卒社会人)になるつもりがなければ必然都市部大学に進学するのが地方の常だ

東京大学生をやる為の生活費がそうして実家からは出て行く


一人暮らし大変ですもんね」

貧乏人は大変だな、とすら聞こえる

大した労力ではないが毎日家事リソースが減っていく

生活費の為に時間を切り売りさせられ、勉強時間が足りない

ぬるい文系にでも進めば良かったのかもしれない、と信念を曲げた後悔もしたくなる


自分自分なりに頑張って実績ある大学に入ったからそれでいいじゃないか、とも思う

だが東京出身者はその大学に至るまでで、自分学力に合った環境いくらでも選べる

東京出身者は人種サラダボウル、低収入の見本市たる公立中で生活をしなくていい

アホに合わせて勉強をしなくていい


地方にはそもそも公立中学高校しか存在しない

私立は学区に一つ、公立に落ちたときの受け皿という程度でそもそも併願という概念がない

東京私立でも細かく段階的に学校があるし、公立と合わせて同じ学力帯でも選択肢が多い


子供東京へ送り出すのに必要費用で、習い事をさせてもらえたかもしれない

音楽スポーツ語学その他諸々

やったからと言ってプロになれるわけでもないだろうが、やった分だけ色んな場面で世界をほんの少し楽しみやすくなる為の踏み台にはなっただろう


用意された環境で伸び伸びと世界を満喫してるこいつらと、何かを拗らせて世界をつまらなくしてる自分

東京出身者の通ってる大学を聞くとこの先の就職で俺が逆転することもなさそうだ

もし東京出身だったら…

ほんの少しいい大学に通えて、ほんの少し楽しく毎日を過ごせたかもしれない


中高一貫だったんでー」

日常会話を重ねるたびそのほんの少しが心底恨めしい

2017-03-09

http://anond.hatelabo.jp/20170309191043

公立小学校中学受験考慮に全く入れれない層で、当然公立中学行ったけど

普通に頭いいやつは小学校時代から一目置かれてたけど。

やっぱし今と昔ではいろいろと空気が違うんだろうか?

2017-03-08

町興しのための大学設立

どこの自治体も、若者が欲しい田舎大学誘致したいもの

そのためには、田舎の余った土地無償譲渡して、既存大学に別大学を建ててもらう

めちゃくちゃよくある話で、森友学園加計学園だけの話じゃない

東京理科大だってそう



で、結局赤字になって、その自治体の市立大学になって公立化する

そこまで含めて、よくある話

既存私立大学にはそんな旨味はないのではないかなー

休日学校にいる先生

先生はすごい

学校が開く朝7時には職員室にいる

放課後は完全下校の7時過ぎても職員室にいる

もちろん土曜日にも職員室にいる

日曜日も大抵いる

祝日もいる

夏休みもいる

冬休みもいる

春休みもいる

今年の正月三が日は教育委員会から学校を閉めろって言われたか

誰も職員室にいなかったらしい。

今年は。

会議12時まで何日も続いても、毎日授業してる

新婚でも、40過ぎてても、睡眠時間4時間程度で頑張ってる

運動してないのに疲労骨折してる

いつも手足がむくんでる

転任の挨拶あの日から、たいして経ってもいないのに随分と老け込んだ先生

月曜日には染めるのに、金曜日には白くなる髪の毛

どんどん減っていく毛量

今日は化粧のノリ悪いなあとか。

クマが隠しきれてないなあとか。

忙しい時期に合わせて、太ったり痩せたり

毎日学校に来て、先生はすごい

たくさん課題を出す分

たくさんチェックしなくてはならないのですね

土曜日は課外授業

日曜日も長期休暇も祝日も生徒を学校によんで、自主学習

自由参加という建前でしたね

みんな不平は言うけれど先生の方がずっと大変だったでしょう。

三年生の担当は両手で数えられるほどしか休めないと聞きました

三年生の受験指導に全力で、

浪人生の面倒までみる先生

いつか三年生になると土日と平日いう概念はなくなると先生はおっしゃいましたね


予備校にも塾にも行かなくていい

うちが面倒を見る、という先生

ほんとうにありがとうございます



でもいいんです

僕は予備校がいいんです

毎日学校にいるのは辛いのです

学校はいいところです

でもずっと同じ環境に身を置くのは気が滅入るのです

学校予備校二重生活になるとしても、それはそれで気分の転換に良いのです

田舎から有名予備校はありません

ですから先生はいつも予備校のぶんまで僕たちを指導してくださりましたね



結構です

遠慮させていただきます


先生方は休んでください

給料に見合ったぶんの仕事もだけでいいんです

労働基準法について授業しながら笑わないでください

予備校課題学校課題で手一杯になるから行くなと先生は言うけれど

学校課題は減らせなかったのでしょうか

予備校ありきの学校でも良いのではないのでしょうか

そんな学校のせいで有名予備校進出していないのではないでしょうか


志望校を高くしろと生徒を煽てて、

合格できそうにもない大学を進めて、

後期は合格率のために行きもしない国公立を受けさせ

浪人しようとしない生徒にそれでいいのかと説教をした先生

この大学レベルが低すぎるから

推薦を出してくださらなかった先生

東大志望だった子が出願したくないと言った時、今までの先生方の東大対策無駄にする気かと、不安定な時期に責めましたね

継がなくてはならぬ病院のある子に、執拗東大を進めましたね

東大にこだわるのは上から圧力だそうですね

関大志望者数はクラスごとにノルマがあるそうですね

センター対策をすると二次で取れないからと直前まで対策しませんでしたね

毎年センターが上手くいかず出願できない生徒が沢山いますよね

部活OBも年上の兄弟異口同音センター対策必要と言っていましたが

先生は決してしませんね



僕は高校が大好きでした

卒業した今でも大好きです

先生が僕らのことをすごく大切にしてくださったことも知っています

先生のことはすごく尊敬しています

ですが先生も生徒も、毎日学校にいることが当たり前という生活に疑問を感じていました

先生3年間ありがとうございました

無事合格することができて今はホッとしています

ずっと学校で見守ってくださった先生

今だから言います



東進のおかげです!!!


今までお世話になりました。

林先生!!!

2017-03-07

弟が嫌い

弟が嫌いだ。

まれた時からなんとも言えず弟のことが嫌いだ。

大きな理由は無いが、強いていうならば、



ちょっと鼻にかかった声が嫌いだ。



くせげっぽいカールした髪の毛も嫌いだ。



いつもお小遣いがもらえる前に使い切って、母にお小遣いたかる弟が嫌いだ。



スキー家族へ行った時、弟のはいているスキー板の色も嫌いだった。



おにぎりの好きな具が、シーチキンマヨの弟が嫌いだ。



お兄ちゃん大好きといってくるあざとい弟が嫌いだ。



私立中学校受験した弟が嫌いだ。



その私立中学を不合格になって、ろくに勉強もしてこなかったのにワンワンと親の前で泣く姿が嫌いだ。



地元公立高校へ進学した時に、たいした学校でもないのに、浮かれて線路に寝転がった自分の姿を撮影していた弟が嫌いだ。



大学には国立を目指すといいながら2浪して、東京の私学へいった弟が嫌いだ。



大学にも結局ろくにかよわず6年目に中退した弟が嫌いだ。



中退後に家にはかえってこず、仕送り引きこもりのような生活を3年続けていた弟が嫌いだ。



小説家になるといって、何一つ作品をつくれない弟が嫌いだ。



家にかえってから引きこもりのような生活を続けている弟が嫌いだ。



帰ってきてから10年も引きこもっている弟が嫌いだ。



親の葬式にも部屋から出てこなかった弟が嫌いだ。



壁をカリカリカリカリ音をたててくる弟が嫌いだ。



時々ガサガサガサガサと音をたててくる弟が嫌いだ。



寝ている時に、顔に油を垂らしても起きない弟が嫌いだ。



お兄ちゃんが目の前で罵っても嫌がらない弟が一番嫌いだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170307082953

今の基準だと、数学Ⅲを課さずに発展理科もない入試科目場合は、一応入試区分的には文系に分類されるよ。

まあ、だからといって文系とどういう場面でも言っていいかというと流石にアレだけど。

例えば三重大学医学部看護学科だと

https://passnavi.evidus.com/search_univ/0530/ippan.html?department=015

センター試験理科基礎でいい上、二次試験英語だけだから文系でも一応行ける。

センター理科基礎が課されるから理系とかなると、殆どの国公立文系学部理系ということになってしまうから

センター理科があるから理系とはたぶんみなさな場合が多いと思ったけど。

2017-03-06

国公立大学入学できない人は「弱者」か?

NHK正規職員採用されるよりも比較しようが無いほど簡単だ。

http://www.hirosaki-u.ac.jp/rikai/13.pdf

毎年、10万人じゃ済まないレベル国公立大学生が誕生している。


東大京大けが国公立大学ではなくて、センター試験ボーダー表の最下部にある国公立大学に入れれば国公立大学なのだ

公益のために私立大学公立大学化した山口東京理科大学名桜大学のような例もある。

現地の人が必要だと判断した私立大学国公立大学の仲間入りをする例がある。



弱者」って「金沢大学を目指していたけどセンター試験の点が足りなくて、もっと下のランク国公立大学に行く下宿費用も無ければ私立大学に行く金もない石川県民」のような人のことでは?

あるいは「女は大学に行くべきではない」「下のきょうだいのために働いて欲しい」という発想で合格点に届いていても高卒になるような人では?



学びたい人なら誰でも学べるようにするべきだ、というのは理想論ではあるがその予算はどこからも出ないし、学んだ知識を生かす職業には定員がある。

頭の悪い人が過剰な地位権力を得ると、能力不足をハラスメントおよび不正手段で補おうとする。

社会福祉恩恵を受けたい人からすると、まともな人に相談をしたいと考える。



ぐちゃぐちゃ書いたけど、国公立大学に入れなかった人についておそらく誰もが思うことは「なんで勉強しなかったの?」ということだよね。

点が足りていても志望校選びを間違えてどこの国公立大にも入れなかった人は不幸だ。だから、採点側で進学先を絞って、どこかの国公立大学には必ず入れるようなシステムにすべきだろう。



国公立大学センター試験ボーダーランク表の最下部にあるような国公立大学センター試験で6割なくても合格する大学も無くはない。

そういう国公立大学に入る人は「エリート」か? 何百万人受けて数人しかからない試験ではない。もしかしたら就職活動して第一志望の企業に入るほうが難しいかもしれない。


センター試験で6割なくても合格する大学にも入れなかった。勉強を頑張れなかった理由および事情があるなら救済するべきだ。

でも、9割以上はそうじゃないよね?他の人が勉強してる間に遊んでいただけでしょ?高卒になるべきなんじゃないのか?

なんでやるべきことをやっていなかったのに、やるべきことをやった人と同じ身分を求める?



やってもセンター試験で6割取ることが出来ないんだから仕方ないだろ、というなら大学に行くな。みんなが迷惑する。

大学を出ないと社会に出てから過剰に低い扱いを受ける」ことと「頭が悪いのに権限地位を得る」ことはどっちも問題がある。

別に顔と名前割れ状態でも同じことを主張するけど、私の考えに異論がある人のほうが多数派か?

2017-03-04

もう都内子育ては出来ないよ

東京では高度経済成長時代あたりからドーナッツ化現象」と言う現象があった。

都市部から郊外へ人が流出都内公立中学校の統廃合や公立保育園の統廃合や規模の縮小が進んだ。



その流れで都内空き地がどんどん商業ビルオフィスビルマンションに切り替わっていった。

90年代に煩わしい近所付き合いやしがらみの多い地方から脱出する目的上京していく人も増えた、そして2000年辺りにおひとり様ブーム

独身バリキャリ女性が贅沢を楽しむライフスタイルがもてはやされた・・・そして「単身世帯向けに最適化された東京」と言う首都が完成した。

そして「保育園落ちた日本死ね」が突如噴出した。



政府対策を練り自治体保育園を増やそうとしてる、しかし「単身世帯最適化された東京」は一般世帯(夫もしくは妻子持ち)が快適に暮らせるようにするのは無理だ。

一言で表せば「都市計画の失敗」であるしかしもう何十年にも渡って単身世帯向けに最適化され続けた東京を「一般世帯暮らしやす東京」に変えるのは至難の業だ。

90年代に煩わしい近所付き合いやしがらみの多い地方から脱出する目的上京していく人も多かった影響で下町の住人以外は他者への関心も薄い。

公立中学校の統廃合や公立保育園の統廃合や規模の縮小で出来た空き地を売ってしまった以上は買い戻すこともできない。

保育園落ちた日本死ね」を言っている世代の子供が成人している頃には状況が変わっているかもしれないが、今度は高齢化社会だ。

人口が減ってせっかく増やした保育園をまた潰すことになるからなるべく自前で建てたくない・・・・と言うのが自治体本音ではないだろうか。

貧乏低学歴彼氏のいる院卒アラサー女は私だ

職場出会った業者男の子と付き合っている。顔が好みで、若いのに仕事も良くできるところに惹かれて私からアプローチした。

彼氏は謎の大学を出ている。全然いたこともない名前だったので検索したら、偏差値35だった。

彼氏実家貧乏だ。むかーし父親離婚してから母子家庭団地暮らし

それ聞いても、「ふーん」としか思わなかった。話していて機転も効くし身なりもきれいだった。

でも、付き合ってそろそろ1年ぐらい。戸惑いを隠せない。

彼の家族や親戚はみんなブルーカラー。彼も高校定時制に行って働くつもりだったけれど、節目節目でお母さんに「普通科高校に行きなさい」「大学に行きなさい」って言われて、底辺私立高校Fラン私立大学に推薦で入ったらしい。

一方、両親が地方公務員の私は、兄の背中を見て自然中学受験して田舎トップ校に行き、東大目指して浪人までして、東大実戦も東大オープンもA判定無双してたのに、本番では早稲田まで落ちて都内国立女子大入学。一生もの学歴コンプレックスを負った。大学院東大にいったが、所詮ロンダリング

勉強していい大学出ないと貧困連鎖は止まらいから、私が彼なら遮二無二机に向かうだろうし、せめて地方国立大に行くんじゃないだろうか。高校公立を目指して努力するだろう。彼の人生選択が、ほんとうに想像付かない。

案の定、いまわたしはダラダラ公務員やって、彼のほうがよっぽど忙しくて難しいことやってるのに、収入はたいして変わらない、というかいずれ私のほうが稼ぐようになる。

私なんか東大でも早慶でも国公立医学部でもないか友達の中ではダントツ低学歴だし、大学院の同期の中でも一番の低収入なのにおかしな話だ。

私の実家では、夜遅くテレビ禁止だったし、家に本棚がいっぱいあって、そこから好きなものを選んでは読んでいた。今も図書館に行くのとAmazon書籍を買うのが好きでテレビはそろそろ捨てたい。

彼氏の家に行ったら、本棚がなかった。世帯用みたいに大きなテレビが鎮座してて、彼は帰るや否やスイッチを入れる。しかも何を見てるわけでもない。久々に覗かされた番組からは、無駄な雑音とポリティカルコレクトネス概念存在しないかのような悪意のない差別が垂れ流されていた。テレビの前のふたりの会話は、断片的で、どこかに流れていった。

政治観も私も私の友達もみんなゆるやかな左派なのに、彼はネウヨだ。「そんなのは教育のない人がいうことだよ辞めて。」ってたしなめそうになって、言いようもなく虚しくなった。

友達からは「何でその層と出会ってしまたかなぁ…」って呆れられた。私も、生きてる社会レイヤーが違うなぁって時々思う。「深入りする前に別れなよ。どうせ話のつまらなさに我慢できなくなるよ。」「将来、子ども受験のことで揉めるよ。」とも言われた。

それでも離れられないし、愛おしい気持ちが溢れるのは、彼が優しくて、しかも何の遠慮もいらないから。

私もそうだけど、言葉ラリーで遊んでる人間は、たいてい表面だけ合わせて裏では舌を出してる。気遣い言葉に心がこもってないのは、高度な脊髄反射と言ってもおかしくないレベル趣味とか生活スタイルとか、変なとこには拘って逆に常識から無頓着

彼のことばはとき愚鈍とき陳腐だけど、私を値踏みせず受け入れてくれて愛情深い。私が提案したことに「いいね、すごいね」って賛成してくれる。友達といるときみたいに笑いすぎて死にそうになる事はないけれど、穏やかに甘えさせてもらっている。そして、家事をそつなくこなしたりパソコンを直したり、彼にしかできないこともたくさんある。私が女性からという理由でサブに回らせたりも、絶対にしない。

具体的に話せば話すほど、私が彼をワカラナイとしてるところも好きなところも、知識基盤社会を盾にした弱者への差別とその合わせ鏡ではないかと情けなくなる。

大学院社会科学を齧り中道左派を気取って、格差社会とか子ども貧困とかに心を痛めているはずだったのに。大好きな日本国憲法にも差別ダメ絶対って書いてたのに。彼の環境にも人生選択にもほんとうに想像が及ばないのだけれど、それって、心理的に橋をかけるべきところに壁を作っているのは、私だ。

逆に彼は、正論を吐くふりをして、素朴にヘイトを連ねる私といて息苦しくないのだろうか。

私には兄がふたりいる。次兄は東大卒で、長兄は知的障害者だ。親は、長兄について差別された悔しさを下のふたりへの教育に注ぎ込んだ。もちろん金銭的にも。次兄の中学受験成功から、周囲が掌を返したと親は言う。家族の長兄への当たりは厳しく、私も長兄が可愛そうだと思いながらも生理的嫌悪感を拭えないし将来への重い負債に見える。地方のとても歪な家庭である

から大学時代から東京でたくさん出会ってきたほんとうに何不自由なく育ってほんとうに自然に一流大学に行ったリベラルインテリ・シティボーイには引け目を感じて、結婚での家族ぐるみでの付き合いを考えると踏み出せなかった。

結局、私の周りには差別が幾重にも絡まり合って、がんじがらめにされているのだ。私の偏見まみれでしなやかさを失った精神は、そこからすり抜ける術を持たない。

彼はもうすぐ私を実家に呼んでくれるらしい。私は学歴至上主義の親に彼氏存在すら伝えていない。こんなに素敵な彼なのに。

逡巡しているうちに私には30歳の足音が聞こえてくる。

2017-03-03

http://anond.hatelabo.jp/20170303154901

うちの市では保育園なんかでやってるのは福祉、市の子育て支援施設でやってるのはサービス、と言う位置づけっぽい

前者は理由必要だが安価後者理由が要らない代わりに高価(民間の認可外なんかで一時保育やってる所もあるが、そこと大して値段変わらない)



前者の理由の中にはリフレッシュとかも入ってるけど制限があるし

基本的には就労とか緊急保育が優先されるっぽい

近所の公立保育園なんざ、予約開始日の開始時間ぎりぎりに電話かけてももう埋まってますと言われるから

優先枠があるとしか思えん(詳しくは知らんが定期就労で使ってる人が優先とかかも)

http://anond.hatelabo.jp/20170303103854

うちの母親は60代だけど、私が中学生くらいか再就職してたし

母親の友人も皆そうだけどなあ

今はもう皆定年過ぎたけどね



友人も中高生くらいになったら母親パートとかやってる子が大多数だった

別に東京のど真ん中とかではないがど田舎という訳でもない地方都市育ちで、

中学校公立だけど(その都市の中では)地価が高く教育熱も高い地域高校進学校

そこそこ金がある家庭が多かったから、多分他の地域よりは専業率高かったはずだけどね

実際小学校の頃は母親は専業で当たり前で、その前は幼稚園が当たり前、保育園なんて小学校低学年までは存在すら知らなかったよ

でも子供が中高になれば多くの母親は働き始めた



たまたま増田母親けが専業に固執してただけでは?

でなければそういう地域性があるのか



亭主元気で留守がいい、は兼業だろうと当てはまるしなあ

http://anond.hatelabo.jp/20170219135734

アメリカ移住して子供産む人って、最初からそれを覚悟してるものだと思ってたけど…

というか自分アジア人である故の差別とか受けなかったの?

アメリカ人社会に完全に溶け込めてると思ってたの?



増田のようにいずれ帰国するつもりの人は、皆子供日本語教材沢山与えて日本語テレビ見せて

日本人の子供が集まる所にも頻繁に行かせて、日本語能力日本人アイデンティティを育てようと必死だよ

そういう事やってる同類は周りにいなかったの?

つかまだ8歳なのに日本語は「少し話せる」レベルって、もう帰国予定がなく

子供は将来アメリカ国籍選択して日系アメリカ人として生きていく事が前提の育て方では…

そういう人はそういう人で、アジア系が多くてリベラルな風潮で差別されにくい地域を選んで住んでたりするし



その状態帰国するなら、8歳はぎりぎりじゃないのか

もっと年食ったら普通公立小は勿論私立帰国子女クラスでも無理、インターとか入れないとならない子になるよ

日本勉強もついていけなくなるだろうし

その金あるの?

2017-03-02

http://anond.hatelabo.jp/20170302094136

あれ、うちの学校だけかな?まともな私立&国公立はそうでもないのかもしや。

世界史数学選択コースの人なんか、下手したら鎌倉時代にすら行き着いてないわうちの学校

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