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はてなキーワード: 中途半端とは

2016-09-25

いまだ根強い「本当はSTAP細胞はあった!」説がやっぱりおかしいこれ

いまだ根強い「本当はSTAP細胞はあった!」説がやっぱりおかしいこれだけの理由 | ハーバービジネスオンライン

生物系の科学者の人が書いてることだけど、

こういう中途半端意識を持った科学者発言STAP細胞問題を余計に間違った方向に持っていってるんだと思う。




生命科学専門家の間で「STAP細胞存在の真偽」についてはまったく話題にならない。それは、論文が取り下げられた時点で研究実体がなくなったとみなされるからだ。その一方で、現在、小保方氏の支持者を中心に、STAP細胞存在を信じる非専門家の人々は、少なくない。

という部分はおそらく言いたいことは正しいんだけど、

その後にドイツ実験結果報道に関する事を言っていて、

その中でドイツの結果はSTAP細胞の作製に成功したことを主張しているわけではない、としている。




言ってることは正しいんだけど、こういう、STAP細胞が実際にあるかどうか、ということと結びつける事自体

無意味なことだ、ということをしっかりと伝えるべきで、ドイツの結果が成功たかどうかに言及すること自体一般の人への誤解を招く。

これを書いてしまうと、じゃあドイツ実験がもし仮に成功してたらどうなんだ?という議論をしたがる人が出てくるわけで。



極端な話、彼女が本当にSTAP細胞作成成功していたとしても彼女の罪は消えないし功績は得られない。

まず、論文としてあれだけの嘘や不正を盛り込んだ物を書いてる時点でその成果が100%正しいものだったとしても解雇並の処分を受けるレベル

特に医学生命系の研究では「たまたま発見された様なものは山ほどあり、それを科学的に理解して利用出来る事に価値があるわけで、

よくわかんないけど気づいたら出来てました、なんてのは何も意味がないし、ましてやそこに嘘を記述してこうやって作れる、なんて言うのはただの不正しかない。




彼女の罪はSTAPが出来た、と嘘を付いたことではなく、あり得ないほどの不正を入れ込んだ論文を発表したこと、ということをきちんと認識してもらいたい。

2016-09-23

もうあと3ヶ月で年越しガキ使なのか

っつーか2016おわるのか

2012がテンキー使わずにすごく打ちやすかったときから2013でうちづらくなったなあときてついに201を打ったあとが7までくるのか

すごく中途半端気持ち悪いな

西暦リセットして欲しいな

また0年からはじめようよ

2016-09-21

映画「蟹の形」が失敗した理由

映画「蟹の形」を観に行った。

普段ズワイガニ派だが、

タラバガニはいえ「カニ」なので期待して食べ行ったのだが

ズワイガニ全然違ったので面食らった。



CMでは足10本のカニの看板

店の入り口で「わしゃわしゃ」と動き回る。

そしてデュークエイセスの歌う主題歌「とれとれピチピチカニ料理」と流れる。

これだと普通にタラバガニもカニの一種想像するとおもうのだが

現物を知らない人はどう思っただろう。



思い出してみれば、たしかタラバガニは足が10本じゃなかった。

タラバガニは8本しか足がないし、

足の向きや姿形もズワイガニとはまったく異なっている。



「真っ赤な甲殻」を持つカニはあくまモチーフの一つであり

タラバガニヤドカリの仲間である

かに道楽は「カニ料理」を出す店だったはずだ。

それがなぜか和名ではカニと命名され、

カニなのに実はヤドカリという

生物分類上の矛盾を作り出してしまった。



この辺りの事情を知らないとかに道楽CMだけ見たら

ああ、普通にタラバガニもカニの一種なのかなと思ってしまう。

で、実はヤドカリと面食らうという。



CMもっとヤドカリ感」を全面に出すべきじゃなかったかな。

中途半端に「カニ」を名乗っているか

おかしなことになってるんじゃないだろうか。



http://anond.hatelabo.jp/20160920164244

2016-09-20

Google検索に無茶ぶりをしてみたら・・・ワイルドワイルドビート板」

ワイルドワイルドビート板」の検索結果

ワイルドワイルドビート板
約36500件

第1候補サイト2016年9月20日現在

ウェルカム トゥ BEAT(ビート)板 | WAO! English BEAT特設ブログ BEAT板



なんだか軽快すぎて中途半端ちゃらんぽらん雰囲気ブログがヒットしてしまった。

英語発生促進アプリ「ワオイングリッシュビート」の特設ブログで、。その名前BEAT板。

リンク先はそのBEAT板の「ウェルカム トゥ BEATビート)板」という記事

どうやら「ビート板」で引っかっかってきたようだ。

とりあえず読んでいくと、小野ほりでい氏がよくやっている様なゆるいキャラクターが掛け合いを行う形式で、ブログのコンセプトが説明されていた。

その、赤坂泰彦小林克也のミックスみたいな英人とハッチポッチステーションパペットみたいな髪型エマによる凡庸なやりとりを読み解いたところ、このブログ英語学習指南の他に外国人との話題作りのためのネタを紹介してくれるらしい。

美容」「エステ」「グルメ」など大人の女性ハッピーになれる情報

モテる男になるための「トレーニング」の秘訣や「必須アイテム」の紹介

ハンドメイド」や「食材」の豆知識

知られざる「歴史」や「スポーツ」の教養

の紹介の最後インド式英語ワンポイントレッスンを差し込むとのこと。

とどのつまりバイラルメディアってことか。



想像から遠く離れたサイトがヒットし、テンションが少し下がってしまったが、エマセリフである一言がやたらと気になってしまった。



ちなみにブログライターは「WAO! English BEAT」のストーリーで学ぶ

インド式英語ナゴヤ・マシーン」に登場するキャラクターたち。

もちろん私もライター



ナゴヤマシーンってなんだよ。

名古屋どっからきたよ。

架空キャラライターっていうのを見たのは進研ゼミ以来だよ。

万が一炎上したらなんかややこしいことになりそうだぞ、おい。

その他の検索結果(トップ3)

WAO! English BEAT特設ブログ BEAT板

ビート板 - Wikipedia

総括

ワイルド・ワイルド・ウエスト」という映画をご存知だろうか?

名だたる映画撮影監督を務めたのち「アダムスフミリー」で監督デビューしたバリー・ソネンフェルド

ラッパーとしてグラミー受賞を果たす成功を収めたのち「バッドボーイズ」や「インディペンデンス・デイ」への主演により俳優としても飛ぶ鳥を落とす勢いだったウィル・スミス

両者が当時大ヒットした「メン・イン・ブラック」に続くディザスタームービーとして手を組んで制作した映画が「ワイルド・ワイルド・ウエストである

スチームパンク調のウェスタン映画という斬新さと巧みなVFX話題を集め興行収入も上々だったのだが、内容は酷評されその年のゴールデンラズベリー賞を5部門も受賞してしまった残念な映画である

素晴らしいスタッフのもと、期待感を抱かせる派手な映像を用意しながら、結果的駄作烙印を押されたこの作品は、「なんか惜しい映画ランキング」が存在したのならばトップ10に食い込むだろう。



で、今回はこの迷作が引っかかることを期待したわけだが、実際は「ビート板」に引っ張られすぎた。

水泳関係するサイトが引っかかればまだ納得もできたが、トップ3のうち2つは学習教材のPRのためにつくられたブログである

季節外れのビート板を面白い判断した自分が憎らしい。

映画聲の形」が失敗した理由

映画聲の形」を観に行った。

原作は未読だが、最初マガジン掲載された読み切りは読んでいた。

ヒット作を量産してる京アニなので期待して観に行ったのだが

予告と全然違ったので面食らった。



予告は主人公の耳の聴こえない女の子

勇気を振り絞って「好き」と告白する。

そしてaikoの歌う主題歌「あ〜恋をしたのは〜」と流れる。

これだと普通に恋愛映画想像するとおもうのだが

原作を知らない人はどう思っただろう。



思い出してみれば、たしか読み切りはそういう話じゃなかった。

主人公障害者イジメクズ障害者女の子は転校し、

いつしか主人公イジメられる側に回り、

自分のしたことの罪深さを身を以て経験する。




障害」を持つ女の子あくまモチーフの一つであり

主人公イジメクズ男の子である

読み切りは「イジメ」がテーマだったはずだ。

それが連載と同時に障害を持つ女の子主人公格上げされ

聴覚障害を持ってるけど可愛い女の子主人公という

聴覚障害者アイドルを作り出してしまった。



この辺りの事情を知らないと映画の予告だけ見たら

ああ、普通に恋愛物なのかなと思ってしまう。

で、内容のヘビーさに面食らうという。



予告でもっとイジメ」を全面に出すべきじゃなかったかな。

中途半端聴覚障害をメインにもってきたか

おかしなことになってるんじゃないだろうか。

この映画テーマボケてるのはその辺の失敗にあると思う。

[]ダンガンロンパ外伝 絶対絶望少女 終了

エンディングまでみた

作中でも自己言及してたけど、とくにどんでん返しもなくあっさり終わった

すこーしだけまたかよ!ってのはあったけど

モデリングはかわいかったけどくちのモデリングがきになってしかたなかった

なんかおばあちゃんみたいな口してたんだよな

こどもはみんな助かったみたいな感想クリア前に見てたけど、雑魚はともかく戦士たちが生きてるって描写はなかった気がするんだが・・・

★の数は、

初代→★4

2→★3

絶対絶望少女→★2

って感じかなあ

ストーリーとか言い回しとかお下劣さとしてはダンガンロンパさはあったけど、こどもが敵だったせいかいろいろ中途半端だったし、途中のイベント無駄に長い割に大した内容なかったし、

ゲーム性はそもそもクソだし

単体で見れば★1が妥当

ダンガンロンパファンアイテム意味で★1つプラスしてやるかーってくらい

コイン集めにくいくせにおまけ解放するのめっちゃ大変だし一度クリアしたらやる気なくすわ・・・

おまけ小説も2のおまけの成田良悟よりつまらんかった

せっかくTPSなんだからそれを使ったミニゲーム(2のみらくるものみみたいな)とかつけろよ!と思った

狙撃とかさー

2016-09-19

[]9月18日

○朝食:野菜ジュース

○昼食:カレービュッフェ

○夕食:考え中



調子

はややー。

お昼ご飯に、カレービュッフェカレーは少しだけ食べて、野菜サラダをもりもり食べた。

ただ、外人店員さんにイマイチ注文が伝わらなかったらしく、もうお腹いっぱいで「いらないです」と断ったはずなのに、ナンを持ってこられた。

お腹いっぱいだけど、食べ放題で残すのはさすがにマナー悪いし……

と思い、頑張って食べたら、お腹がいっぱいで気持ち悪くなり、日が落ちるまでぐったりしてた。

その後、ReCoreをプレイ開始!!!

さすがにまだクリアしてないけど、感想は次の○で!



○ReCore

パートナーとなる犬型ロボットと協力するのが特徴のTPS

だと、思ってただけど、フタを開けてみると、予想通りのTPS要素ももちろんあるんだけど、

マリオ64」とか「バンカズ」みたいな「アスレチック」もあって、二つのゲーム性を楽しめる感じ。

ストーリーは、パンデミックから逃れるために地球脱出した人類が、ファーエデンという星に移住するために、テラフォーミングを始めるが……って感じかな。

主人公ジュールちゃんが健気で可愛い感じで、凄く良い感じ。

ジュールちゃんは何かのトラブルがあって、ロボットマックと2人っきりなんだけど、またこのロボットマック可愛いんですよ!

リアルの犬は噛んだり吠えるから怖いんですが、ゲームの犬はただただ可愛くて素敵です。



で、まずはTPS部分の感想から

・敵が赤青黄の色(他にも紫とか緑もあるみたい)で別れてるから、それに対応する「同じ色」の射撃をすると、弱点がつける。

チャージショットは強力!

パートナーのロボに必殺技の指示を出せる

・敵の体力を減らして行くと「コア」をぶっこ抜けるチャンスタイ

って感じのシステムなんだけど、単純ながらこの「敵と同じ色で打つ」って凄く良いね

よくゲームで剣槍弓の三すくみとか、炎は草に強くて草は水に強くて水は炎に強い、みたいなシステムあるけど、あれ新しいの覚えるの正直しんどいんだよね。

あと、「コア」のぶっこ抜きが楽しい、やる事は「綱引き」なんだけど、ワイヤーで敵のコアをつかんでぶっこ抜き! ってのが爽快感あって超楽しい



次にアスレチック部分は、

二段ジャンプ+空中ダッシュで足場を乗り継いで行く感じのよくある感じかなあ。

けど、キビキビ動くし、足場のつかまり判定がゆるゆるだから、かなり適当にやってても「スタイリッシュ感」が出て、楽しい

サンセットオーバードライブの時も思ったけど「プレイヤー自分ことをイケてるプレイをしたように思わせる感」って、年々進化してる部分だと思うんですよね。

昔のゲームやると、こう「これぐらい普通だろ?」を感じちゃって、なんかこう成功した自分を褒めたくなるというより、失敗した自分がアホらしく思えてくることが、よくあるんだよねー。(とは言え好きなゲームなので、ちょっと具体的に言及するのは辞めますが)



ごめん、ここまで書いてる途中にご飯食べたくなって、ご飯食べてたら、お酒飲みたくなって、お酒飲んじゃったので、メチャクチャ中途半端な上にで、

ここからいまいちな所」を書いて以降と思ったんだけど、もうちょっとフラフラしてきたので、寝ます

一行で言うと「ロード長過ぎ」です。



バッジとれ〜るセンター

ノー課金

改めて見るとドダイトスって格好いいな、一瞬課金しかけた。

ポケとる

ニャース稼ぎのみ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2016-09-17

違うねん

http://anond.hatelabo.jp/20160917141955

日本は村タイプやねん

アメリカ個人タイプやねん

でもやり方だけ、中途半端個人タイプやねん、権利主張が中途半端個人タイプやねん

責任義務だけ村タイプやねん


個人だと

やれる範囲をやる、やらないものはやらない、自分責任を負う。

中途半端から

やれない範囲もやる、空いている時間があれば他を手伝う、自分責任を負わない。


勝ち取ったものではなく、与えられた個人主義の弊害やね。

誰も見ていないところだと下品ものを食べます

親や兄弟がいない時(高校生なので実家暮らし)に下品なモノの食べ方をするのが趣味です。

ケータイ見ながら、大きい音を出しながら、中途半端に食べて寝てまた食べたり、など。

最高に下品なことをしている気がして、今までいい子にしてた僕から解き放たれる気がする。

タイトルにも書いたけど人の前ではやんないよ。

2016-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20160914211816

これ中途半端知識と決めつけで立論してブコメで総ツッコミパターンなので増田に書いて正解だと思うよ。

つーかマクロス・・・

2016-09-13

http://anond.hatelabo.jp/20160913041353

議論したければまず議題をあげるべきだし、議論したくなければ最初から何も発しなければいい。

増田意図がわからない。

中途半端に議題をあげるから消化不良となり、こうやって皆に指摘される。

2016-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20160911194251

「極端な例」なんだから司法現実にどう処理するか考えてもあんうまみはないと思うが。

まあ中途半端元増田の例に似てたのが良くなかったのかもしれない。

もっと極端な例を出そう。

竜王勇者に、自分の命の対価に世界の半分をやると言った。

勇者同意したが、竜王勇者にくれてやったのは闇の世界だった。

勇者はブチ切れた。

竜王は「世界は光と闇でできていて、闇の世界はちょうど半分だから問題ない」と言った。

竜王ごまかしを行ったのか? たぶんそれはイエスだ。

竜王ごまかしたが、契約契約なのか?

こんなところかなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20160911002559

名乗り出たい人は最初からこんな所に書かない。

意見世間に向けては発信したいけど、匿名でいたいという様な、中途半端な人々。

【えっ...まじかよ】成功者共通して持つマインドが公開され話題

いろいろ試してみたけど、

全く成果がでないという状態に陥ってませんか?

アフィリエイトFX転売PPC不動産投資・・・

など全てにチャレンジしてみたけど思うような結果が出ない。

これはいわゆるノウハウコレクターと呼ばれる人のことですが、

こうした人が結果を出せないのには

ちゃんとした理由があります


http://directlink.jp/tracking/af/1444817/wbu0VmWJ-jFhjJH9U-CajYWCT7-TX6GP7i2-yyL1T0A2/

ノウハウコレクターノウハウ手法)を求めて

常に渡り鳥のようにいろんなことを試します。

あれこれチャレンジするのはいものの、

どれも中途半端で終わってしまう。

もちろん成果なんて出るはずもない。


僕も以前はそうでした。

こうしてメルマガ執筆していますが、

成功する以前はあれこれ試してみては失敗を繰り返す毎日でした。

生活はどんどん困窮していいき

預金残高は減る一方・・・

しかし、ある時気付いたのです。

成功者はみんな”ある共通したマインド”を持っていることに。

今回のご案内では、

この業界トップクラスの実績を誇るレジェンド

「野心の会」というビジネスコミュニティを発足しました。

そこでは成功者になるために必ず必要となるマインドを学ぶことができます

そのマインドを手にした時、

今まで集めてきたノウハウが初めて活きてきます

その瞬間あなたは一気に飛躍するはずです。

そして、なんと発足記念として

期間限定特別講義無料で公開してくれるそうです。

まり今がチャンスです。

http://directlink.jp/tracking/af/1444817/wbu0VmWJ-jFhjJH9U-CajYWCT7-TX6GP7i2-yyL1T0A2/

この動画講義をきかっけにノウハウコレクター卒業してください。

敬語の崩し方がわからない。

から書くことは個人的な悩みのようなものなので、別のところで書くべきなのかもしれないけれど、自分の頭の中を整理するために書いてみる。

敬語の崩し方が分からない。

私は基本的に初対面の人間に対して敬語で会話をするのだけれど、どこから敬語を崩したらよいかが分からず、いつまでも敬語で話し続け相手との間に壁を作ってしまう。

相手が年下だ!と分かった瞬間にいきなり敬語を崩すのは失礼なんじゃないだろうかと考えてしまい、相手が年下であっても敬語を使い続けてしまうのだ。

高校の頃同じクラスに、誰にでも一貫して敬語を使う真面目キャラの子がいた。

彼はかなり仲のいい友人に対しても丁寧な敬語で会話をするので、その様子から面白い人」として認識されていた。仲のいい人もそうでない人とも同じ言葉使いで会話するのだ。真面目って突き抜けると面白いんだな、と好感を持って見ていた。

どうせ敬語を崩せないのなら、私も彼のような「真面目すぎて面白い人」をめざそう!と思ったのだけれど、これがまたうまくいかない。

中途半端なのだ

敬語を崩すときもあるし、崩せないときもある。

自分の中で明確な基準もないし、どっちが心地いいのか良く分からない。

敬語で話し続けなきゃいけない関係が心地いいかというとそうでもないし、

敬語簡単に崩せるかというとそうでもない。

自分敬語を崩すことに関してずっと悩み続けているので、相手もそうなんじゃないかと思うこともある。(特に年下が私に対して敬語を使っているとき

私は自分敬語を使う人に対して「敬語なんか使わなくていいよ」と言うのだけど、それでも相手敬語を使い続けたりすると「私と距離をとりたいのかな」と思ってしまう。

あれ?今気づいたけど自分の行動が自分に返ってきているのか?

敬意をはらっているのなら敬語を使わなければいけない。

敬語を使わなくなったら距離が近づいた証拠

みたいな思い込み自分の中にあるのかもしれない。

だけど、やっぱり分からない!!

誰か、敬語をやめるグッドなタイミングはいつなのか、どうやって崩していけばいいのか教えてほしい。

(もし、そのようなセミナーがあったら金払って参加する

2016-09-10

ただの営業努力放棄じゃん

アフターアワーズの作者がさらに5000部売れないと次巻が出せませんっていってるやつ。

平積み用ポップとかブックカバーとか売る気満々じゃん。最後宣伝放棄して作者と読者にやらせてるようにしか見えん。

なんか重版を売るためのダシにされたような……。ウリナリの木彫りのブラビ像で見たことあるよこれ!

こんなことやって編集部営業部無能晒すだけだし、同じ雑誌で連載してる人とか打ち切りになったりしてる人とかは「じゃあ自分は?」って思うだろうし、なんで作者に営業までさせてんのよ。小学館は作者に営業分の給料も払ったれ。

こうなったら5000部売れて次巻も出せるようにならないと本当にいいところがない話だわ。



いっそのこと特設サイトもつくって「今何冊売れました!あと何冊!」みたいなカウンターまでつくったらいいんじゃね?

そこまでイベントしろよ。やり方が中途半端なんだよ。これからヒバナ編集部新刊出る度に同じことするのか?



とりあえず、売れるといいね

2016-09-09

コンプレックス

WEBデザイナーほどのデザイン/アドビ製品操作スキルがあるわけでもない

プログラマーほどのプログラミングができるわけでもない

マーケターほどのマーケティングアクセス分析知識があるわけでもない

ディレクターほどの交渉力、調整力があるわけでもない



全部やってるけどどれも中途半端

輪るピングドラムで「きっと何者にもなれないお前たちに告げる。」ってセリフ聞いてドキッとした

拗らせヤンデレが自滅したはなし

別名と言うか、長々と書いてみると。拗らせた承認欲求依存嫉妬心独占欲を爆発させたヤンデレ、その根源に巣食い続けた劣等感のはなし。

今こうして自分で並べても笑える程に、救いようのない要素だけで生成された恋の寿命は、三年に届かず終わりを告げました。大層に書き出してみましたが、結局何があったのかと言えば、好きな人を失いましたという、20文字にさえ満たない、世間一般に転がっているような、何の変哲も無い話なんですけど。

そんな、何の変哲も無い話だからこそ、タイトルを付けるにあたって、ヤンデレと言えば多少はライトに聞こえるだろうかと希望を籠めて。それでも結局は、どうしようもない程構ってちゃんな我儘メンヘラが、独りの人間を食い潰した話です。追い詰めて追い詰めて、限界がきて縁が途切れて、そして、私も自滅しましたという笑えない救えない話です。

それでも、この文章を書き切ることで、この喪失感が埋まりやしないだろうかという期待をしています。悲しいです。苦しいです。でもそれ以上に、この恋がもう駄目だったのだという事を、誰より私自身が理解しているつもりです。そう書きながら、それでもやっぱり苦しいですと続けたくなるぐらいには、依存していた心はどうしようもなく、矛盾していて。

それから、もうひとつ私自身、時間がある時は常にネットの読み物を漁っていて。匿名のまま、色々なことに真剣に長文を書いている人がいる。そういうのを読むのが、好きなんです。以前Twitterで見掛けたんですけど、文字や長文を読むことに依存していて読み物のジャンルは問わない、っていう状態。私、それも当て嵌まるなぁって想ったので…どうしようもないこの歪んだ恋のなれの果てが、とあるヤンデレの恋の顛末が、ネットを漂う読み物のひとつになればいい、と想っています。こんな想いは有り得ないと一笑に付されるのでも構わないし、この歪んだ欲求が誰かに共感して貰えるなら、それはそれで凄く嬉しいこと。勿論匿名ダイアリーなのでそれを私が知る術はおそらく無いんですけど、それでも、このメンヘラ日記が誰かに見て貰えるのなら、この恋が誰かの時間潰しになるのなら、なんて願望も抱いています

わたし最初にあの人と出逢ったのは、共通趣味世界で、その場所Twitterでした。

まずはその上手さに本当に驚いて、心底、凄いと想いました。ただ見惚れて、あの人にしか出来ないことに、心から惹かれた瞬間のことを、未だに強く覚えています。この人と関われなかったら後悔すると想って、勇気を出して声を掛けて、関わりを持てるようになって。そこから幾つかの幸運が重なって、あの人に、私の出来ることも認めてもらうことが出来て。一緒に、趣味に携わることが出来て。

毎日毎日Twitterでお互いにすごい熱量でその趣味のことを話すことが出来るようになって…本当に幸せでした。仕事が終わって、あの人がTwitterに浮上するのが本当に毎日の楽しみで、どちらともなく声をかけ、楽しい会話が始まって…眠る瞬間までそれが続くんです。本当に、睡眠さえ惜しい程、ずっと喋っていたいぐらいでした。あの時期、私の思考回路自由時間もすべてあの人の為にあったと言い切れますし、憧憬尊敬混じりの好意は、募る一方でした。たくさん時間を重ねて、私自身も、あの人の思考回路を占められていた自信があります。恋情ではなかったとしても、好かれていた、という自負も。本当に、私の一目惚れに近かったので…奇跡みたいな話だと、状況だと、ずっと想っていました。ずっと、夢中でした。まるで夢のような日々が、あっと言う間に始まって、私の日常侵食していきました。

だけど、奇跡はやっぱり奇跡で。私にとっての夢は、長くは続きませんでした。

その趣味世界で、あの人は、私より素敵な人と、出逢ったんです。それはいつか起こることだと理解していましたが、本当にあからさまなぐらい、毎日たくさん話していたTwitterでの会話はぱたりと止みました。あの人は、新しく出逢った人と毎日時間を重ね、私としていた時と同じように…いいえ、それ以上の熱量で、沢山の言葉をその新しい人に向けました。趣味は私ではなくその人とやるようになり、私が構って欲しくて、お話がしたくて近付いても、ええと、その頃はまだ星のマークでしたので、星が飛んでくるだけで。やるせなくて、悲しくて悔しくて寂しくて、どうしようもなくて。私はその時、一回目の失恋しました。

所詮Twitterでの話し相手を失っただけだ、と笑われるかも知れません。それでも、会話をする内容や頻度、趣味世界の話。文字はその人に惹かれるには充分な要素であると、私は想います。あの人に向けていたのがその時点で好意だったのか、恋情だったのか、その当時の私にも、今想い返してみても、断言は出来ません。それでも、欲しくて欲しくて堪らない人が私の方を向いてくれない、明確に"興味を失われた"その感覚に、涙が溢れて止まらなくなりました。毎日毎日、あの人がTwitterに居るのに、私とは話さずに、新しい人と、趣味に夢中になっているその姿をぼんやりと見ているその日々が、辛くて苦しくて、息を止めてしまいたいと想って。それでも、Twitterから離れることは出来ませんでした。心の何処かで、あの人が私の方を向いてくれていたのなんて最初から奇跡だったのだからと諦めを付けようとしている自分自身が居るのに、それに堪えることも割り切ることも出来ず。新しい人が私よりずっとずっと上手な人だったので…劣等感も悔しさも、仕方ないと想う心も。全部が、綯交ぜになったまま、ただ、其処に存在し続けました。

そして、私自身も、誤魔化すように、また違う誰かと出逢いました。そして、趣味の話を、あの人以外の人と、とりとめも無く喋っていました。文字は凄いと想います。笑っていなくても、笑えます。心が沈んでいても、テンションは幾らでも取り繕えます。そんな風に、Twitterでは誤魔化しながら、現実世界では泣いて吐いて、眠れなくて、ただひたすら、あの人が恋しくて、悔しくて。私は飽きられたんだ、捨てられたんだと泣いて喚いて、だけど新しい人の上手さに叶う気もしなくて、幸せそうに楽しそうに趣味に耽るあの人を見るしか出来ず、絶望するように目の前が真っ暗になって……失った喪失感で一杯の、日々でした。

それから、日を重ねましたが私とあの人の立ち位置は、共通趣味世界の仲間、のままでした。私が一方的に抱いた喪失感失恋感覚も、悔しさ寂しさ、嫉妬心も…言葉になる事は無く、消える事も無く、勿論あの人が知ることも無く…ただ、私の胸の内で、私の心に影を落とし続けていました。時折言葉を交わすことはありましたが、あの人が夢中なのは、新しい人でしたから。幸せそうだなと想いながら胸の何処かが酷く痛み、けれど私よりずっと上手な二人を見て、お似合いだなと感じて。苦しみながら、憧れながら…そんな、矛盾を孕んだ生温い日々を送っていました。

そんな日々が変わったのは、知り合って数か月経った頃。奇跡の夢から覚めて、絶望の淵に立って。

それでも、私があの人を好きなことは変わらないし、趣味だって辞めるつもりはない。そんな、一方的に私だけが居心地の悪い関係は、突然新しい道を見出します

既存趣味の…変化版?に、二人で手を出す事になったんです。匿名で、伏せに伏せて今更、なのですが…例えるなら、パン作りが趣味だったなら、二人でお菓子作りにも手を出すことにした、とか。ネットゲーム趣味だったなら、二人で新しいサーバーにも行くことにした、とか…調理ゲームなどの趣味としての大きな枠組みは変わりませんが、何にせよ"二人だけ"の、ことが出来ました。それは私にとってとんでもなく幸福なことで、近くで見るあの人の出来ることに、やっぱり改めて憧れ惹かれました。その憧憬に加えて今度は、その素晴らしいことが、私だけ、独り占めが出来るんです。新しい人ではなく、私となんです。そんな感覚に、嫉妬で喘ぎ、苦しんでいた自身が満たされ癒されるような、快楽を味わいました。好意も恋情もすべて含めて私はこの人が好きで、関わっていたくて、話がしたいんだ、という気持ちが、確固たるものに変わりました。

其処からは、また、幸せな日々が始まりました。飽きられ捨てられたと想っていた、それでも好きだった、あの人との関わり。大きな枠組みが同じとは言え、やはり今までの趣味範疇からは少々外れていたので、二人とも新しくTwitterアカウントを取りました。二人ともいずれ誰かをフォローする予定ではいましたが、その時点ではお互いにお互いだけをフォローしているアカウント。そこは私にとって堪らなく居心地が良い、幸せ増長させる秘密場所になりました。

毎日繰り返す、共通趣味世界の話は昔の熱量を想い出して堪らなく胸がときめきましたし、そのアカウントは二人だけと言う気易さからか、少しずつ世間話も入るようになって。あの新商品が美味しかったよだとか、今度どこでどんなイベントをやるみたい、だとか。他愛ない日常世間話はまるでLINEのような一対一の会話で、Twitterで新しい人は勿論誰かに向けて話されるのとは確実に違うものだと感じて、私は至上の喜びを味わいました。

あの人が私と、私とだけ喋っている、ということ。嫉妬を拗らせて鬱屈させていた私が、あの人を独占出来るその時間依存していくのに、時間はかかりませんでした。けれど、同時に。過ぎたる幸福は、抱いてはいけない欲を育てるのも、早かったのです。

私は次第に、あの人が、今まで通りのTwitterアカウントで喋ることに、恐怖と苛立ちを覚えるようになったんです。

どうかしていると、笑われるでしょうか。あの人の自由を奪う行為に、賛同はきっと得られないでしょう。解っています、解っていても、それでも、尚。脳裏にこびりついた、また捨てられるという恐怖が、私の心を蝕んだんです。

また奇跡が起こって、私はあの人と二人の場所を手に入れて。これ以上無い幸せを味わいながら、その幸せは、いずれ弾けるものなのだと心の何処かで想っていて。あの人がまた新しい誰かと出逢うのはいつだろう、私には抗えない、勝てない、私よりもっとずっと上手な人と出逢い、その人に惹かれるのは、いつだろう?また、私との会話をぱたりと辞めてしまうその時は、いつ訪れるんだろう…?

そんな恐怖が日に日に増していき、あの人が今までのアカウントで喋っていると、その恐怖と焦燥感で一杯になるようになりました。あの人に捨てられる、飽きられてしまう恐怖が、あの絶望が、どうしても忘れられないんです。奇跡が覚める瞬間のあの足場が崩れるような、あの感覚を、二度と味わいたくはなくて。新しい人と出逢ってしまったら、私が勝てないことは目に見えていて。

まりの恐怖に、私は、あの人に、二人の場所に居る時間を増やして欲しいと、今までのアカウントに行く頻度を少し減らして欲しいと、お願いしました。それは、強制力のあるものでは無かったと記憶しています。ただ、二人の場所が大好きで大事であること、たくさんの人と繋がっているTwitterアカウントで皆に囲まれている姿を見ていると、寂しいこと、嫉妬してしまうこと…。今想い返しても、少し甘えたような可愛い我が儘だった、と想います。勿論、自分可愛いと言っているのではなく――後々言うことになる言葉に比べれば、かわいいもの、と言う意味で。

結果的に、この行為は私を泥沼に落としました。

最初に私がその葛藤を、恐怖を…嫉妬独占欲に言い替えてあの人にぶつけた時。その我が儘をあの人は喜んで受け入れてくれました。そして同時に、あの人が新しい人と出逢った頃、私自身その孤独に堪え切れずに誤魔化して他者と関わっていた頃。あの人も、他者と関わる私に対して嫉妬をしてくれていただなんて、リップサービスだとしても嬉し過ぎることを教えてくれました。私は、堪らなく幸せでした。そして、憚ることなくあの人に好意を伝えることが出来て、あの人からも、好意が返って来て。二人のTwitterアカウントは、本当の意味特別で、秘密場所に、なりました。迷うことなく二人の関係を恋だと定義付け、二人で趣味世界に没頭しました。お互いが、お互いのものになったんだと、幸せで、日々が満ちていました。あの人に感じる憧憬混じりの恋情はもう私の一番根の深い場所まで侵食していて、あの人が二人のTwitterログインしてくれるのを今か今かと待って、二人の時間に躊躇いなく依存して…あの人が喋るたびに、通知が来るようにして。専用の通知音が、私の幸福を彩りました。

から、きっと忘れていたんです。夢が覚めるものだと言うこと、奇跡が長くは続かないことを。もしくは、見ない振りを、気付かない振りを、していたのかもしれません。

そもそも、私の我が儘は叶えられたとは言っても、その言葉に―二人のTwitterに居て欲しいというお願いに、強制力はありません。今までのアカウントログインしたところで、私以外の人と本来趣味に没頭したところで…それを責め咎める権利など、私には最初から無いのです。

元々他者に囲まれることも、評価されることも好きなあの人は、今までのアカウントも変わらず利用していました。二人のTwitterにも勿論来てくれてはいましたが、私自身も今までのアカウントで喋っていましたし、割合は日によって変わりました。

今、本当に、此れを書いている今、想い返せば。これで満足出来なかった時点で、この恋は、いつか終わる運命だったのだろうと、私は想います。私は、幸福の量にも、恐怖の量にも、堪えることが出来なかったんです。あの人が今までのアカウントで喋っていると、恐怖で恐怖で、堪らなくなりました。叶えて貰った筈の我が儘では物足り無くて、納得出来無くて。不安は益々色を濃くするばかりでした。だって、また新たな人に出逢ってしまってからでは遅いのです。もっと素晴らしいことの出来る人に出逢い、惹かれて、あの人が私のことをまた捨ててしまってからでは、遅いのです。私が、その新しい人に勝てる訳は無いのです。だからこそ、二人のTwitter時間は堪らなく安堵して幸せで、もっと此処に居て欲しいと願うように、なりました。

それからの私は、恐怖と絶望に憑りつかれ、唯一の希望が二人のTwitterだ、と定義付け、お願いを繰り返すようになりました。いつものアカウント趣味の話をして盛り上がっているところに水を差すように帰って来てとコールしたこともありますし、今日はあちらのアカウントに行かないで欲しいとお願いしたこともあります今日だけはのもので居て欲しいとお願いし、それが表面的に叶えられ、私は仮初の満足を得て…そして、翌日になればまた不安に駆られ…気付けば、私のお願いは、お願いと言う枠を随分と超えるようになっていました。今日は行かないで欲しいと言う回数は日に日に増え、ある時は酷く甘い言葉で、ある時は、酷く乱暴な言葉で。まるでDVの飴と鞭のように、私はあの人を、追い詰めました。

好意嫉妬独占欲を盾に、私の歪んだお願いは時として命令染みた強制力を持つようになりました。あの人が他者と関わろうとしたら、私も同じように他者と関わって、嫉妬しまたかと問うてみせて、それなら二人でTwitterに籠りましょう、嫉妬するのは痛いでしょう、と…身を以て感じさせるようなこともあって…まさに、泥沼でした。私は、あの最初に"捨てられた"感覚から、抜け出せていませんでした。あの人を、根底から信じられなかったんです。いつか誰かに惹かれ消えてしまう人なのだと想い込んで、もう、その固定観念から、抜け出せなくなっていたのです。私の行動はエスカレートし、あの人の行動を制限し、出来ることがどんどん消えていき、いつしかTwitterアカウントに割く時間は逆転して――二人で、二人の居場所だけに引き籠るようになっていきました。

それでも私の膨らんだ恐怖は拭い去ることが出来ず、私は二人の居場所に居ても尚不機嫌で、苛立ちが隠せなくなる日が、増えてきました。お互いに没頭していたはずの趣味の話も出来ないことが増えて。そんな日々が、楽しい筈がありません。あの人は楽しさを求めて今までのアカウントログインし、私は其れを見て益々苛立ちと恐怖を募らせて…まるで、鼬ごっこです。沈み始めた泥沼は底無し沼のようで、私も、きっとあの人も。正解が解らないまま、お互いの可能性を、殺し続けました。

何処かで、きっと満足出来るラインがあった筈なんです。だけど私は、それを見付け出すことは出来なかった。満足することは、出来なかった。あの人は私の歪んだ独占欲嫉妬を受けながら、他者と関わることを辞めはしませんでしたが、それでも出来る限り、私に愛を誓ってくれました。でも、それって、とてもとても中途半端で、生半可で、生殺しなんです、と書いてしまう私は、やっぱり冒頭にも書いた通り、救いようのない、ヤンデレメンヘラだと想います

でも、だって、私はこんなにもあの人が欲しいのに、私はあの人だけで構わないのに、あの人と二人きりで趣味に没頭していられるなら、それだけでも幸せなのに。どうしてあの人は、私を愛していると言いながら、他の人を見るんでしょう。そんなに、他の人と行う趣味楽しいですかと問いたくなって、そうですよね私なんかと一緒に居るより楽しいですよねと、黙ったまま、傷付くんです。勝てる訳が、無いから。あの人が他の人と関わるたび、私よりずっとずっと凄い人と出逢って、どこかに行く為じゃ、ないんですか?どうして、私を見てくれないんでしょうか、と、恐怖から来る理不尽で身勝手欲求が、抑えられないんです。劣等感が身動きを取れなくさせて、あの人に、誰より愛していると言って欲しい、認めて欲しい、何処にも行かないと言って欲しい…と、私の存在意義は、どんどんあの人から言葉に委ねられました。承認欲求を満たして欲しい、独占欲嫉妬を慰めて欲しい。そんな風に、転げ落ちていきました。

何度も何度も責めました。何度も何度も謝ってくれて、二人の場所に居ると誓ってくれました。それでも、あの人は想い出したようにいつものアカウント趣味世界を拡げては知らない誰かと出逢って、愛されそうになるんです。気が気じゃなくて、私は、いつも、あの人を監視していないと、落ち着いていられなくなりました。その頃にはもう、私の余裕なんて微塵も残っていなくて、私とあの人の趣味の話は殆ど無くなっていました。悪循環だ、と気付いた時にはもう遅く、趣味の話なんて残っていない、ただあの人の存在に執着して二人の場所に籠り切り固執する私と、息苦しそうに、私とは趣味を共有出来ないと判断して、いつものアカウントにもログインし続けるあの人が、残りました。今、想い返しても、可哀想だ、って想います妄想に憑りつかれてしまった私の心も、その我が儘に振り回された、あの人も。

そんな悪循環から抜け出す術があれば、それを私が知っていれば、この文章にも起承転結が生まれて、もしかたらこの恋はハッピーエンドを迎えられたのかも知れません。もしくは、少しでも泥沼から抜け出せたのかも知れません。けれどこれは、私の歪んだ恋心が終わるまでの顛末ですから、結局は"このあとも、あの人が限界を迎えるまで、この地獄のような鼬ごっこは繰り返されました"と、作者が放り投げたような展開しか、待っていません。

私は、趣味世界に二人で没頭したくて、あの人の存在が行動が誰に与えられることが許せなくて、何処にも行かないように安心したくて、生活のすべてを呟くように義務付けました。お願いのつもりでしたけれど、暗に脅迫いたことを含んでいる言葉など、命令しかないと、今は想えます。それでも、私は、そうしないともう自分を保っていられなかったんです。帰宅したら二人のTwitterに来て、眠る瞬間まで、居て欲しい。会話をしながら、その返事が1時間以上空くのは堪えられませんでした。誰かと連絡を取っているかもしれない、もしかしたら見えないだけで、いつものTwitterで誰かとDMしているかもしれない…。そんな妄想に憑りつかれて、居ない時にはただひたすらあの人を責め、あの人の存在に餓え続けて。言い争うことも毎日のようになっていき、互いの言葉はどんどん酷くなり……そして、決定的な終焉を、迎えました。言っていいライン、と言うのは確実に存在して、それでも餓えて麻痺して、心の何処かで被害者を気取っていた私は、その地雷を、踏んでしまいました。それはあの人にとって堪えられる言葉ではなく、けれど其れを言うに至ったまでの経緯も私にとって堪えられるものではなく。お互いに追い詰めて、お互いに限界を迎えて……当然と言えば当然の、結末でした。

あの人は私と関わりたくないと言い、私も、もうこの恋を続けてしがみついても幸せになどなれないと、想います。この先、私が癒える方法など私自身では想い付きもしませんし、それはつまりあの人の自由を許せないことです。息苦しい想いだけを、させることになるのです。私も、裏切り続けられ疲弊し、泥沼に沈んだままです。追い詰め、逃げ、それを責め……そんな悪循環しか戻れないと、お互いに解っていて、だからあの人は私との関わりを無いものします。そして私はそれを上手く出来ずに、この文章を、書いています

依存しきっていた、毎日交わしていた言葉が無くなって、私の日々は表面上、穏やかです。

ただ何もせずとも、ぼんやり時間は過ぎていきます。けれど、壊れてしまった私の箍はどうしようもなく、今でも、あの人が何をしているのかを考え、頭のおかしヤンデレから解放されてきっと幸せなのだろうと想うのに、一言でいいからまたあのTwitterで喋ってくれないだろうかと待ち、いつものアカウントはいかないで欲しいと、願ってしまうのです。

愛しています、と、愛していました。どうか私のことを忘れて幸せに、と、今すぐ私と死んでくれたら良いのに。今、あの人に向ける言葉は何を想ってもぜんぶが矛盾していて、自分の往生際の悪さに、辟易しています。この恋に未来は無かったと、泥沼だと散々書き連ねてきたのに、それでも尚、この恋さえあの人さえ居れば私は他に何も要らなかったのにと、未練がましいことばかり想ってしまって、でもその数分後には、最低だと、あの人が私にしたきたことを反芻しては心の中で罵って。私はどうしたいのか、もう解らないまま、この文章を書き終えようとしています

私はこの恋をまだ教訓には出来ていませんから、お説教染みた、愛した誰かを大事にしてくださいだとか、相手を信じてだとかをこんこんと語る気はありません。この文章は何処まで行っても私の歪んだ恋愛録でしかなく、フェイクが多分に含まれている時点でその記録としても殆ど価値は無いものです。それでも、この飽きる程に長い文章が、愛しくて愛しくて堪らなくても上手くいかなかった、拗れて病んだこの愛情存在していたことが、このネットに残れば良いなあ、と想っています

ネット論者としてデビューして褒められることにどのような価値があるのか

早慶以上の大学院生の上澄み5%ぐらい、大学教員の上澄み2割ぐらいのは、

ネット上で論者として目立とうと思って戦略的に振る舞えば、

それなり以上に安定的に目立てる実力はあると思っている。

また、そのレベルよりもやや低め、あるいは結構低めのレベルの見識しかもたない人でもネット上で

煽り」の言説に特化していけば、目立つことっていくらでも可能になっている、

 

悩ましいのは、

そこそこにちゃんとトレーニングすれば、将来、それなりにきちんと期待できるぐらいの20代前半ぐらいの子

中途半端ネットで褒められたり、目立つ小技を覚えて、小さなコミュニティ内で目立っているのをよく見かけること。

あれって、どう評価すればいいのか、微妙だよなあ、と常々おもう。

 

ネット評価されることがうまく自信につながって、本人の成長にうまく活かされるのならばいいのだけれども、

低いレベルで安定してしまって自己模倣をしてしまう人もけっこういるからなあ。

 

まあ、別にネットでの評価だけじゃなくて、仕事での評価にせよ、学会での評価にせよ、友人から評価にせよ、

評価を得たところで満足してしまったら、そこで成長はとまる。もっとも、無限に成長しろと言いたいわけではないが。

だけれども、自分のある種の能力というのが、いまどのような状況にあるのか。

自分が本当に目指したい地平はどこなのか、ということを

何であれ、自覚的にきちんと自己評価をはっきりとするクセを付けなければいけないよな、としみじみと思う。

(これは半分は、自分への言い聞かせでもあるのだけれども。)

 

低いところでとどまると、せっかくポテンシャルがあるのに、ある水準以下にとどまる言説しか繰り出せなくなっていく。

若手論客的な人を横目にみていると、そういうことが頻繁に見受けられるので、ほんとに残念だよなと思う。

別に誰とは言わないけれども、まあ、若くて名前が出るような人はネット上で知ったかしてる有象無象なんかよりは

いくら馬鹿にされてても、たいがいはそれなりに教養もあるし、頭いいとは思うのだけれども

 

もっとも、知識人としてのキャリアでなく、実業家としてのキャリア人生の途中で切り替えたいと思う人もいるし、

そういう人は別に、好きなように人生あゆんでくれればいいとは思う。

 

まあ、本人の自覚問題だよな、とほんとに。

2016-09-08

[]『ハートビート

舞台ニューヨーク主人公ダンサーを目指す女子大生。その恋のお相手役はバイオリニストを目指すストリートミュージシャン男子女子はややお金持ち、男子結構貧乏なのだバックグラウンドが語られないので、この映画ではそういう人物のストーリー関係いから!という潔さはある。が、モヤモヤが残る。

恋愛パートストーリー展開がベタすぎてクスッとしたが、あの人やあの人はなんだったの?と思うような中途半端に描かれる人が多く結構稚拙映画。ただダンスシーンはとても良かった。というか見所はダンスシーンのみと言い切りたい(あくま個人意見)。

冒頭若い男子上半身裸でバイオリンを弾いてて失笑新版ゴーストバスターズ』の受付男子自分ブロマイド写真のようなもの披露するシーンがあるのだが、それも楽器と半裸の自分。ひょんなところでシンクロ男子楽器の組み合わせは欧米的になにかの暗示なのか気になるところ。

なお、バレエのシーンで女子が透けるスカートを着用しており、パンツらしきものが見える。

2016-09-06

続、藤沢数希の経歴に関係する情報を集めています

http://anond.hatelabo.jp/20151028235324

去年この時期にこのエントリーを書いた増田です。

あれから色々と藤沢数希についての情報が出て来るようになったので今一度まとめます

何が情報ありましたら教えてください。

//

概論。

1、著作から情報

計算科学物理学博士号を取得後ポスドクを経て

金融機関で計量的な研究モデル作製やリスク管理分析やトレーディングに従事とある

2、発言情報

東京以外出身、年齢は四十台団塊ジュニア中学受験を経て国立大学へ。

大学工学部修士からアメリカへ。大学時代東京南東に住んでいたと思しき情報あり。

プログラマー経験ありと発言

3、ブログから情報

文系でも金融研究職に就ける、営業負け組みではない発言

2008年09月会社が駄目になった発言

4、発言検証

先ず第一学問的なバックボーンから

藤沢数学物理学素養は一切ない。また工学部で学ぶ基礎的な方程式から理解できない。

物理学研究者と言うのは嘘。伝統的な工学部学科ではなく情報関係専攻と推測。

計算機科学コンピューターサイエンス)か計算科学か。

研究や知能水準からいって、工学系のコンピューティングシミュレーション専攻と推定

金融機関自称専門職であったと言う記述と一致。要はせいぜい統計屋。

第二に大学について。

知能水準から言って中堅国立東京に限れば電通・農工・現首都大

藤沢数希日本大学いついて無知から批判していた時にその条件に外れていた事、地理的要因から言って確率が一番高いのは電通大

第三に職業について。

先ず金融全般知識役割や仕組、法律経済学経済政策について無知であること

そしてネット上の投稿記事を見てもとてもではないが経済に明るいとはいえない。

ワイドショーレベル新自由主義経済政策新書ニュースコピペしかない解説

厳密な区分としてのアナリストではないことは確実。山本一郎氏の発言と一致。

次に金融専門職、せいぜい統計屋ですら実際の仕事内容と認識が一致しないことこの程度では厳しいことから疑わしい。

なにより現場よりの分析トレードに関して言えば実務経験から過去発言無知経験と切り捨てられているの経験は無いだろうこと

その発言水準を考えれば研究職も疑わしい。一般事務と言った後方業務確率が一番高いか、あるいは営業だと思われます

藤沢自分知的水準から職務内容を誤解しているのではないか

そして会社山本氏から情報で元国際証券と言うのがある。そして会社が駄目になったと言う発言と時期が合うのはアムロ銀行

時系列を考えれば国際証券合併以降リストラに合いアムロ転職するもリーマンショック首になり再就職できない可愛そうな人。

最後恋愛経験について。

これはもういうまでもなく男子一貫校から工学部修士からアメリカへと言う経歴から若い時代には異性に触れてこなかったと思われます

キモい恋愛工学(笑)を自信で真に受けて空気も読めずうしじまいい肉に実行し表立って嘲笑されたこと

独身であることから非モテであるのは確定。

//

補論。

藤沢大学外資海外企業と言ったものに纏わる発言は全て作り話が確実。

情実や事例を知っているふりをしているだけ。全て。

当然の如く実物の藤沢は年相応に吹け元々映えることもしないどこにでもいる普通のオッサンです。

これに加えて藤沢には発達障害疑惑、病的な虚言壁の疑惑が絶えず提訴されている。

//

結論

以上のことを総合して藤沢人生を立証すると

藤沢数希子供のことからリガ勉強するも頭が悪すぎ中途半端工学部しか進めず

工学いろはから理解できず統計計算処理でお茶を濁し

博士号まで取得するも専門的な仕事や高待遇職業にも就けず

典型的日本や二流企業の木っ端サラリーマン会社都合や景気で真っ先にリストラされお先真っ暗な人間

現在投資家を名乗っているものメルマガの内容がニュースコピペ以上ではないことからしても実態はない無職だと思われます

恋愛経験も皆無でしょう。

藤沢数希はそんな自分の惨めな人生を認められず理論物理学者だの証券会社エリートだの嘘を付き

そればかりかコンプレックスから高学歴日本社会普通サラリーマンを延々と作り話で中傷する本物のクズ

そして経歴詐称を利用して他人の本のを切り貼りしたゴミ馬鹿に売っている詐欺師でもある。

愚にもつかない実用性のない思いつきと経験成功もしていないのに俗流成功論・ビジネス論を語る三文文士

その最たるものが、四十半ばのオッサン提唱する強姦指南書こと恋愛工学(笑)です。

2016-09-03

ストレスセックスで解消できたら楽かもしれんと思ったが

セフレを作れるスペックもなければ風俗に行く勇気もなかった

中途半端に理性が働くそもそも俺は童貞だった

2016-09-01

図書館にいる子に話しかけるな

新学期だね。

自殺がどうのとかい記事を見ると、一時「図書館にいる子はそっとしておいてあげて」という話題で盛り上がっていたのを思い出す。

最後まで責任を取れないなら、中途半端好奇心で話しかけないで、みたいな内容のブログがすごく賛同を得ていた。

あれを見て、「放っておいていいんだ」と、なんだか安心した。

求められない限りこちらから助ける必要はない。自分の手助けなど、相手には不要お節介しかない。

完璧主義をやめるのをやめたら楽になった

※多くの完璧主義の人にはあてはまらない内容が含まれている可能性があります

動力のないタイプ完璧主義で、物事先延ばしにしたり、長続きさせられなかったりすることに自己嫌悪を感じていた

それに伴う精神的な疲れもあり、実生活問題が生じるほどだったので治療を始めた

心療内科カウンセリングに通い、その手の書籍ネット情報を色々と読んだ

基本的完璧主義というのは、あまりよくない思考のクセ、治したほうがよいこととして扱われているように思う

もちろん、それを重く考えすぎないほうがよいという但し書きがつくのだが

私は「ほどほどに、バランスよく、いい加減に、完璧ではない自分を受け入れて」生活するように心がけた

薬の服用や周囲の人との関わりを増やすこと、認知行動療法などによって、以前に比べれば自分のことを客観的に見られるようになった

しか気持ちどんよりしていて、「中途半端」という言葉がいつも頭の中をよぎっていた

自分がしている今の生活に、どこか無理があるような気がする

そこで考え方を変えて、以前のように「今日こそは完璧な一日を過ごそう」という意識生活をしてみることにした

すると毎日がとても楽しく充実して、何事にもやる気が出るようになった

完璧主義でもいいんだ。そう思うことで本当の意味自分を受け入れられたと感じた

その生活の中で私は治療前の自分との違いを意識することがあった

それは「完璧」の基準ものすごくゆるくなったということ

物事価値観世間基準他人基準に偏りすぎていたんだけど、治療によってある程度自分基準とのバランスをとることができた

良いことも悪いことも自分次第という概念を、ただの格言理想として知っているだけでなく、体感として身につけられたと思う

そのことによってあらゆる結果を「世の中の人から見ればダメダメだろうけど、自分的には完璧、最高」と捉えられるようになった

何か失敗をした場合も「勉強になった、次に生かせる。完璧」と考えられる

もし人に迷惑をかけるようなミスをしたらさすがにそうはいかないだろうが、今の自分なら以前より冷静に対処できると思う

ある意味事実ねじ曲げて捉えているのかもしれないが、今の自分にとって大事なのは、本当に完璧かどうかという事実ではない

完璧にできた(ように思える)充実感があれば満足なのだということに気がついた

完璧主義を治すのは簡単ではない

幼い頃の環境など様々な理由で、「完璧を目指している方が楽」な自分をしっかりと作ってしまっているか

まずは今の状態から、徐々に「ほどほどでいいじゃん」と心から思える自分になっていければいいと思っている

2016-08-29

からそのときやってるアニメは全部観るけど登場キャラもグッズも興味なかった。

そのあたりでアニオタの人と共感できない会話がけっこうあったか自分の事を「アニメ好き」と名乗ったことがある。

すると普通の人からアニオタ区別がつかないと言われ、世間の目を気にしないでアニオタを名乗れる突き抜けたやつから中途半端野郎と言われた。

もうめんどくさいかアニオタって言っとけばいいやってなって十数年。

最近アニオタって名乗ったら「お前はアニオタじゃない、ただのアニメ好きだ。アニオタを名乗るには十年早い」とアニオタ名誉職っぽい響きで返された。

頭ではおっさんになってると分かっていても実感としてジェネレーションギャップを感じた。

時代は変わったなぁ…