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2017-02-24

Microsoft Edge中途半端

なんなんだろうあれ。どこの誰が愛用してんだ。

Chromeシェアトップなのはしょうがないとしても、5%っていくらなんでも低すぎだろ。

仮にもWindows10標準のくせに。というかIEにも負けていやがる。

どうやらIEから移行させたいみたいだけど、今更IE使ってる年寄りは新しいUIなんか覚えないって。

そもそも長所ってもんがあるのか。

『李下に冠を正さず』を中途半端に誤解してる奴が多くて萎え

あれは疑われる事をするなって意味ともう一つ

冠を頂くような立場人間おかしなことをするなっていう

二重の意味があるんだよ

  

安倍自民は現職の首相政権与党から叩かれて当たり前

追求側にもスネに傷があるからってブーメランとしてこの言葉を使ってるやつらは頭が悪すぎる

家族親族自閉症スペクトラムが数人でてる彼が、もし自分の子供がダウン症だったら迷わず中絶するって言ってた。

障害児を育てる苦労を知ってるからこその発言だしそれは理解できるんだけど、

そっちで生まれやす自閉症児については、生まれから3年くらい経たないと判断できない。

ダウン症はだめで自閉症は生まれてこれるのか。

「命をふるいにかける事」を考えると倫理的矛盾ループから抜け出せない。

とても難しい問題だし、解決なんてできない。

とにかく、元気な子供が生まれたら本当に幸せなんだろうな。

それって奇跡みたいなもんなんだ。

子供を産んだことないのに、元気に笑う子供を見てるとすごい奇跡的なものに感じる。

人間中途半端

動物のように弱いものは淘汰されるべきと思う心はあるくせに、ともに支えあおうなんてぺらぺらな道徳心で押さえつけてる。

結局どうなんだ。淘汰をもやむなしとするのか。そうでなければもっと教育なんなりで道徳心を高めてくれよ。

まりにも「お好きにどうぞ」ってする割にいざとなったらぺらぺらの道徳心振りかざしてくる人の多いこと。そして私もその中の一人であることは間違いない。

2017-02-22

誰がため寿司を買う

酔っ払ったお父さんが頭にネクタイ巻いて千鳥足帰宅するときに、指先からぶら下げている寿司折。

サザエさんとかでマスオさんがぶら下げてるやつ(イメージ)。

イラストマンガとかでたまーに見かけるあのお寿司

よくよく考えてみると、あのお土産ってものすごーく中途半端だなと思うわけ。

泥酔してフラフラ歩いて帰ってることから、わりと遅い時間だと思うんだけど、そんな時間寿司を買って帰っても食べる人いないんじゃないかなと。

あの大きさ、形状からして、わりとしっかりとした握り寿司だと推測されるわけ。

夜食にしてはボリュームありそうだし、一緒に食べるにしても本人は泥酔してるし、子どもたちも寝てそう。

なまものなので冷蔵庫に入れておいて翌朝食べるというのもやりにくいし、そもそも朝から寿司というのも箸が進まないよね。

というわけで、奥さんの機嫌をとるために買ったお寿司なんだろうけど、こんな時間にこんなのを買ってこられても...と逆にイラッとされる原因になりそう。

2017-02-20

中途半端な貧しさ

長期休み以外は週に3、4回は会っていた、親友ともいえる友達がいる。仮にAとする。

Aの家は中途半端に貧しい。母子家庭だが上の子ふたり私大に入れられるし、本人はバイトをしていない。学費のためにバイトに追われるレベル貧乏ではないということだ。

しかし、寒がりなのにコートが買えず、ペラペラの服を重ね着している。それで凌げる訳もなく、いつも寒いと言っているし健康被害も出ている。

2000円のアクセサリーを「高い」と言う。700円を超えるランチも「高い」と言う。「8000円のコートって安いよね」という発言共感してくれない。些細なことだが、こういったことの積み重ねにより、確実に「違う」と分かっていた。

いちばん引っかかるのは、毎年ずっと1000円程度の誕生日プレゼントをくれていたことだ。私は、はじめはそのくらいで様子を見て、仲が深まってきたら金額を上げていくのが普通だと思っている。しかし、Aはそうではなかった。金額を隠す努力をしないので、容易に1000円程度だと分かってしまった。

からしかったナイキスニーカーをもらった、ディナーに行くとサプライズケーキが出てきた、といった友人たちの話を聞くと「そういうことだよなぁ」と思ってしまう。

お金が無いからではなく、上記のようなことを私にやる価値がないと思っているからかもしれない。「お互いに親友だと思っている」という確信が持てるほどの色々な出来事があったのに、プレゼントの内容だけでそんな風に疑ってしまう。


最近は別の友達とよく遊んでいるのだが、とにかく楽だ。バイトをしていないという点ではAと同じだが、上ふたり大学院に入れられるくらいの家庭で育っている。10000円を超える服を着こなし、当然暖かいコートも持っている。何にでも興味を示し、私が声をかければ交通費だけで15000円ほどかかる場所でも一緒に行ってくれる。海外旅行にも乗り気である

オシャレな店で1000円ほどのランチを食べ、ショッピングを楽しみ、疲れたカフェお茶する、という王道の遊び方ができるというだけでかなり楽しい都心に出ても食事ショッピングしか楽しめないようなところに住んでいるからだ。

交通費のかからない場所を探したり、高いと思っていなくても「まぁあそこは高いからね〜」と言ったり、持ち物の値段を言わないようにする努力をしなくてもいいのがこんなに楽だとは思わなかった。

Aはガチ貧乏ではないので、お金のかからない遊びを知っている訳ではなかった。こういうところが、中途半端貧乏の不幸だと思う。

成人しているのに100均や300均で買ったもの誕生日プレゼントに選ぶセンスお金のかかる遊びが制限される不便。新しいものに興味を示せない感性

これらが貧しさにより生み出されたものだと分かっていても、一緒にいる上でがっかりしたり、傷ついたりしてしまう。

誰にも相談できず困っていたが、いま、Aとは縁を切ることにした。

当たり前だけど、合わない人と無理に仲良くする必要はないよね。

http://anond.hatelabo.jp/20170220155230

もちろん疑いの心は大敵だけど、そんなのなんだってそうでしょ

何かを習う時に最初一定期間先生を全面信用して服従してみるのが物事を身に付けるコツで

それで駄目なら先生が悪いのかもとかメソッドが悪いのかもと言う話になる




何事も、

言われた通りにやらずに「こんなの駄目」っていう人はいっぱいいるし(いつも中途半端で何も身につかない人)

逆にずーっと言われたとおりにやって成果出てないのに「インチキでは?」って疑えない人も居る(カルト




それでぜぶらのいってる瞑想はよくもわるくも何の効果もない

あれをやって悪い効果が出たっていう人は嘘だろうね

あれはせいぜい眠くなるだけでしょう

2017-02-19

この世の中に居場所があれば

小さい頃から人見知りでプライドが高い人間だった。

親に聞いても、気難しい子供だったとのことだ。



繊細と言っていいのかわからないが、スーファミストリートファイター

位の暴力的描写が怖かったし、人にいわれた事にいちいち傷ついたりして

自分の内に閉じこもる事が多かった。



小学校くらいの時は友達が多かった様な気がする。

嫌な事があるとその人に暴力を振るったり、それが

できないと親に当たり散らしていたりした。親が自分

気持ちを察してくれないと激昂したたいたり蹴ったりしていた。

比較的楽しく過ごせていた様に思うが、いつも満たされない気持ち

あって辛かった。



中学生地元公立高校に行ったのだが、ここがまあひどかった。

基本的治安が悪く、勉強をちゃんとするやつらがいじめられて

いたり、文化的にひどかった。兄の影響でバスケットボール

始めたが、ここも不良たちばかりで基本的に気に入られる様に

たち振る舞う必要があって自分を押し殺すのが必死だった。

勉強ができればまだ良かったのだが、頭が良くなかったし、

勉強に対するインセンティブも無かった。する意味もわからなかった。

今ならわかるが。

中途半端に不良に足を突っ込んでいたが、真面目になろうと思い

中学3年の初め暗いか生活態度を改めた。勉強ができる訳じゃなかった

ので、真面目にもなれないし、居場所が無かった。このときは本当に

苦しくて何をするにも焦燥感しか無くて生きるのが辛かった。



その後、先生からは無理だといわれていた地元工業高校合格する事が

できた。

工業高校基本的資格を取って、工場勤務者を育てるための学校

そこでも生きる意味が見いだせず、ひたすら日々を無為に過ごしていた。

高校では硬式テニスを始めたがいっさい成績を残す事が出来なかった。

勉強なんてやれば出来て、その勉強が将来につながっているという

事もわからず、何か自分を活かせるものは無いかといつも考えていた。

太っていたし、勉強もできないし、背は高くないし、おでこは広い

性格は暗いし自分に自信を持てる要素なんて一つもなかった。



勉強もできないし何にも興味が持てなかったが、

親が専門学校でもいっとけなんて言ったもんで、

情報処理専門学校に行った。受験すれば受かる様

な所だ。専門学校なんてのは。

専門学校なんてのも基本的には資格を取る様な所だが、

勉強する習慣も仕方もわからなかったし、一個も資格

とれなかった。完全に落伍者だ。



その後、地元会社就職する事が出来て、上司

良い人だったが、自分根本的にだめでいつも自己嫌悪

抑うつ気分だった。仕事をしなくて給料泥棒といわれた

事もあった。

今も7年同じ会社にいる。部署は異動しているが、

基本的自分に自信が無いし、人間関係をうまく築けない。



そしてこれから何かが良くなったりする希望

持てない。30歳くらいになったら自殺したいと

思っている。


努力する習慣があれば。親がもっと教育してくれれば

もっと選択肢がある環境であれば。

自分精神的に強い人間であれば

頭が良い人間であれば

素直な人間であれば

他力本願なのはわかっている。

でも、環境も素質もなしに努力なんて

し続けられる人なんてほとんどいないはずだ。

大好きだったとあるゲームシリーズ新規取り込みの名目古参ユーザー唖然とさせるような方針転換を行った。

ファンコミュニティは当然大荒れ。自分も到底受け入れられるものではなかったが、制作サイドに文句を言い続けるような気力もなかったので泣く泣くそシリーズから離れた。

それから数年後、二番目に好きだったゲームシリーズがこれまた新規取り込みの名目で同じようなことになった。ファンコミュニティは当然大荒れで以下略

三番目に好きだったゲームシリーズはそこそこの出来と評価された最新作の売上が伸びず、気がついたらシリーズごと凍結されていた。新作に一縷の望みを賭けていたが、生みの親のような立ち位置スタッフがとっくに退社したという情報を知った時、もう駄目だなと悟ってしまった。ちなみに未だに新作の報はない。

同じゲームが好きな縁で繋がった知人たち(ネットでもリアルでも)は、大体今は流行りのソシャゲに手を出しているかオタク界隈から姿を消してしまたかだ。元は同じ作品で繋がったのだから自分も楽しめるかなと流行っていたソシャゲに手を出してみたが、自分には合わなかった。どうしてもかつて好きだったゲームが頭をよぎってしまう。ガチャしなくてもキャラ手に入ったのになーとか、期間限定シナリオを読み逃すことに焦るなんてなーとか、そういうところから

別に面白い作品ゲームだけじゃないしと思ってアニメ漫画にも一通り目を通しているが、そもそも毎週の放送や連載の先の見えない展開に一喜一憂したくなくてある程度は一作でシナリオが完結しているゲームにたどり着いたこともあり、いまいちハマりきれない。

いくつか完結済みの作品面白いなと思える作品には出会えたので(大体古かったり世間的には駄作扱いで語れる場所は無いものばかりだが)、今はそういったもの自分なりに消化しつつ、好きだったゲームシリーズの旧作を時々立ち上げたりして遊んでいる。

オタク仲間と繋がっていたSNSアカウントは一応残してはいるが、すっかり顔を出さなくなってしまった。

未だに好きだったゲームシリーズには未練があるし、リアルでささくれだった時の息抜きや癒やしをオタク趣味以外でどうにか出来るとは思えない。だが、今のオタク界隈のメインストリーム自分の居場所を無理矢理作る気力もわかない。何となく寂しさや虚しさのようなものを感じつつ、それでもすっぱり卒業できない中途半端状態に時々自己嫌悪のような感情を覚えている。

http://anond.hatelabo.jp/20170219115545

しかも決まって中途半端勉強の跡しかない

その程度の人が落書きしている

DDと名乗る奴が嫌いだ

私はジャニヲタだ。人生の半分以上を某グループを見つめて生きてきた、団扇ペンライトを握りしめ大好きな彼しか目に入らない状態で生きてきた、現在進行形で彼しか見えない。

ここ数年、DDという言葉をよく目にする。事務所担ではなくDD意味は「誰でも大好き」。

すーーーーーーーーっごい、ムカつく。「誰でも」って何?

誰でも大好きなら、わざわざ私の世界一好きな人に近づかないでよ。中途半端なノリで来て偉そうな文章でレポしたり良席入ってマウンティングされるの、当たり前に不愉快

事務所担とか気になるからとかなら何も気にならないから、結局「誰でも」ってワードが引っかかってんだと思う。

や、冷静に考えて「誰でも大好き」とか言ってる奴が「あなたが大好き」と分かり合えるはずないよね。

関わりませんこれから!!!!!

日記を消すな

増田増田いわれて勘違いしてるかもしれないけど匿名ダイアリーなんだから匿名から

さなくていいんだ

あなたが書いたかどうかはわからないって建前なんだから

特別有料会員はID見放題とかないはずだから

とくにブクマされたら消すな

RSSリーダー中途半端に読めるから余計にモヤモヤするんじゃ

こつとしては書いた瞬間に書いたことを忘れるんだよ

そうしたらもうあなたの手を離れたも同然だから

それがはてブゼロでもホッテントリでも国会で取り上げられてもあなたには関係がないか

安心して名前を隠して楽しくやってくれ

2017-02-17

旧日本軍は現地で突然中国人を移動させて逃げられない場所へ移した後、いっせいに射撃

生き残るものがいないように徹底的に殺害したという。旧日本軍の兵の日記などにも記されている。

なのにアパホテル安倍自民党意向を受ける形で南京大虐殺はなかったと隠蔽


上記のように書くと

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「狂い方が中途半端もっと狂ったら。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

という不可解な返答がきた。

さら

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

anond:20170216202022

レス付くと嬉しそうだなあ、

結局さびしんぼうでやってるだけなんだね

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

というこれも不可解な返答がきた。

私はこの人に、「不可解な返答」と書いたが、決して嬉しいわけではない。

またさびしんぼうなのは、むしろこの返答をしてきた方なのではないか

念のため書いておくが、返答してくれと頼んだことはない。まして人を馬鹿にしたり、事実を曲げるために安倍総理自民党ネットサポーターが書いているものならば、なおさら返答は不要である

2017-02-16

絵が描けない

幼少期から描いてたおかげで(せいで)呪縛のような中途半端画力はあるけど、どうしてもペンを握ろうと思えない

握っても理想ばかりが増幅していったせいで満足できるものは完成しないし、あげようと思えない

無責任天才だの囃し立てられたおかげでこのザマ

「遊ぶ=休む」みたいな事考えてる人って魂の根っこから貧困だよね

全力で遊ぶ事も全力で休む事も出来なくて中途半端に休んでいるのか遊んでいるのか分からない状態しか知らないんだろうな。

忙しすぎて(労働効率が低すぎて)、「仕事をしてない状態休み」と考えざるを得ないような人生になってるのだとしたらそれはちょっと可哀想だけどね。

でもそれって休みながら働いてたり、遊びながら働いてるからだと思う。

働く時は全力で働いてないか労働効率が低いんだろうね。

旧日本軍は現地で突然中国人を移動させて逃げられない場所へ移した後、いっせいに射撃

生き残るものがいないように徹底的に殺害したという。旧日本軍の兵の日記などにも記されている。

なのにアパホテル安倍自民党意向を受ける形で南京大虐殺はなかったと隠蔽



上記のように書くと

anond:20170214204918

から「狂い方が中途半端もっと狂ったら。」

という不可解な返答がきた。

不可解なので、不可解としか言いようがない。

旧日本軍は現地で突然中国人を移動させて逃げられない場所へ移した後、いっせいに射撃

生き残るものがいないように徹底的に殺害したという。旧日本軍の兵の日記などにも記されている。

なのにアパホテル安倍自民党意向を受ける形で南京大虐殺はなかったと隠蔽




上記のように書くと

anond:20170214204918

から「狂い方が中途半端もっと狂ったら。」

という不可解な返答がきた。

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。




まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。



もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ



なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。



本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。



「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)



原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。



そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。



また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。



最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。




それでははじめます。



導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。




まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。



そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。



しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業




解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。


同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。


同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?


『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。


諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。


『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。


『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。


すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。




解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。



不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」



感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。(Permalink | トラックバック(0) | 22:47

http://anond.hatelabo.jp/20170215203606

偏差値中途半端に高い所謂自称進学校だと、

「我が校は名門で頭がいいか校則は一切なし!」と教師調子に乗るけど

実際はそこまで頭良くないから統制取れなくなって、結果荒れるというとんだ出来事が起こるんだよ。

校則がない高校イコール自制が取れてる名門校みたいなイメージを語ってる人は多いけど

実際にはこの高校校則なしにしたのは失敗だったのでは、といいたくなるような中途半端なところも多くあるというのを認識してほしいなあと。

http://anond.hatelabo.jp/20170215163313

ぽっくり逝くならええが中途半端に寝たきりなんぞなったらかえって手間暇銭かかるんやぞ判ったらさっさと病院行けやこのクソ雑魚ナメクジ


とお伝え下さい。

どうぞお大事に。

2017-02-13

何かのために子育てをするのはコスパが悪い。

言いたいことはタイトルが全てなのだ

・愛玩するために子育てするなら可愛くなくなった後の寿命が短い猫でも飼った方がいい

自分好みに教育したり、信頼関係を築くのなら自分以外に目移りしない犬の方がいい

・老後の面倒を見てもらいたいのなら、金さえ払えば裏切らない介護施設の方がいい

・迂闊なセックスの結果でしかないのなら、パイプカットの方がいい

何の為にしても、中途半端だし、

何が子供のためなんて親にはわからんし。

2017-02-12

選んでしまって後悔する人生か、選ばなくて後悔する人生

田舎友達は早々に人生を決めてしまっている。

ほかの選択肢が無い、あるいはモデルがいないがゆえに

周りの人間価値観で生きている。人生における伸びしろ

レバレッジが無い気がする。

周りに流されて思考停止している。

逆に自分の居場所を見つけていて、選択する苦しみが少ない様に思う。




都会に生きる、自己決定がよしとされいる人たちは、選択肢

田舎よりは多い様に思うが、いつまでも何かを追い求めている気がする。

どこか精神的に幼い。責任感に欠ける気がする。

そのかわり可能性がある野かもしれない。




どちらを選んでも後悔するものだ。



理想をいえばハイブリッドがいいが、

人生はそんなに都合よく出来ていない。

だとすれば、できるだけ自分が後悔しない選択をしたい。



自分田舎に生きていながら、中途半端知識がある者だから

可能性もないし、地域の中に居場所が無い。


強いていうならネットの中にしか場所が無い。

きっと35歳くらいになったらどん詰まりになって

絶望して死ぬしか無いと思う。

中途半端俺。

社命で部下引き連れて出向してる。

出向先会社メンバーは「出資してもらった会社からきた社員と一緒に頑張る」という意識じゃなくて

出資を受け入れてやったんだから、手伝う社員寄越せ」というスタンス

金出してやって社員行かせて、しか冷遇ってそりゃあーた、無いでしょ…。

俺のミッションは、我慢しろ出資金は5年で回収、IPOさせろの3点。

仮にIPOしても上場益は自分や部下達には入らないし、自分本社に持分還元される金額

せいぜい3桁億程度。しかもワンショット

本社全体の売上からすればゴミみたいな金額のために自分を殺して働く。

回収目処が立たなけりゃ、日本各地、海外にも拠点があるから、好きなとこに行かせてやると。

それ懲罰人事やないか…。

これが中途半端役職ついたリーマン現実。ちなみにお小遣い制で月に4万円だぞ。

http://anond.hatelabo.jp/20170212083507

処女厨云々より物語構成上の問題では。

・無事ではないと救出のモチベーションの低下

強姦済だと物語に対して波が出ない

レーティング問題

ルパン三世がそもそも大人向けの作品であったことを忘れるべきではない。

また、不二子が性を武器にしていることも重要。そして性的陵辱を(直接的な描写ではないにしろ)作中では結構与えられているが、乗り越えていたりするので、それを前提にしたキャラクターでもある。

変わってきてるのは、青年向け漫画モチーフ少年漫画っぽくなってきてて、そこが中途半端エロ要素につながってきてるじゃないかと思う。

昔はガンガンレイプされてたと思うけど、調べてないので留保

中途半端エロ不要

中高生男子ターゲットとしたマンガアニメ等で、ヒロイン女性キャラ衣装露出度高めなのはまだいい。

そういう作品中で、

a.ヒロインならず者に攫われる→絶対にヤられるだろうがよと思うけど案外無事に牢の中

b."性に奔放"みたいなキャラ→モーションかけるくらいで全話通じて案外大人しくしてる

みたいなのは寸止め演出なのはわかるが中途半端ヤキモキするのでやめていただきたい。

ルパン三世の不二子ちゃんは良い。明確に描写されなくても"ヤッてる"のがわかるからだ。エロシーン出せとは言わない。出すとクドくなることもある。だが、「ああヤられたのね」くらいはわかるようにしといてほしい。

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