はてなキーワード: AVとは
というまとめが話題になっているけど、創作だろ、事実だろと言い合っているのもちらほら見られた。
個人的には、創作だろ、と思って、それゆえに途中からスクロールして結末読んだ。
たぶん、ちゃんと読んだら感動するんだろう。
なので内容については批判はしないけど、創作を事実として提示することについて感じたことをメモっておきたい。
もちろん、
創作だと分かっているよ、その可能性はあるだろうよ、でもさ、別にいいじゃん、書いてある事が良ければ
という意見があることも分かる。本当はどちらかというと、そのポジションでありたい。
「別にいいじゃん、書いてある事が良ければ」よりの考え方である根拠について。
昔、4日間の奇跡という小説を読んで文章あまり上手くないなあと思った。でも、最後まで読んでちょっと泣いた。
創作でも、文章や構成が甘くても、表現しようとするものが確かであれば評価されるべきだろうと思う。
2chまとめでも、イラスト描くようになって同じ趣味の彼女もできたけどイラスト勧めてくれた親友が亡くなった話とか、
風俗嬢を好きになって親友と一緒にAV出演の契約をさせられようとしている窮地を救う話とか、
ああいうの読めるし、いい話だなーって思う。でもゲーセンは読めなかった。
たとえば、あの話の導入部分で違和感を感じた箇所が二点あった。ちなみにこの違和感は4日間の奇跡の文章に感じたものに近い。
一つは、少女と喫煙所で会話をするシーン。もう一つは、イラストと口にした途端、少女が暗くなるというくだり。
細かくは書かないけど、どっちも不自然だった。(そしてそれ以降スクロールした)
些細かも知れない。でも自分で小説書いた事ある人なら分かると思う。
登場人物の立場だったら、どういう振る舞いが自然か、自分の好みやご都合主義が混ざってないか推敲する。
作者の偏好や、その状況の想像不足、物語の展開のため仕方なく不自然になってしまったシーン。
創作ならその不協和音を作者の稚拙さということにして、読み進められる。
ん?ここ作者の個人的な好みで展開しているよねってことも、その作者の傾向として許容できる。
だけど、それが現実にあったこととして語られると、その不協和音はどこで解消すればいい。
事実と言われれば受入れ難い展開も「事実なんだから」と否定できなくなる。「事実」にはその強要がある。
あの話は不協和音の方が強すぎた。その不協和音は事実というの名のもとに感性への受け入れを強要し、受入れ難いあまりに拒否感を起こさせる。
創作と知っていれば、作者の個性や技量ということにして看過することができたのに。
「そうとは言ってもあれは創作」と鷹揚に構えられないのは神経質なだけと言われればそれまでだが。
まあでも、他のまとめを押しのけてああいうのが盛り上がるのは、ギリギリ有り得ない感だからこそかも知れない。
私は女なので女性向けの二次エロを消費しているけど、これは本当にそう思う。
色黒で筋肉質でテカテカしたいかにもDQNな奴と、白豚のようなオッサンの二択しかない。
また、AVで食っていくという生き方を選んでいる時点で人間的に軽蔑してしまう。
演技力も無いので「知的なイケメン」という役を演じることもできない。
三次元エロは私の性的ファンタジーを何一つ叶えることができない。
しかし二次元は違う。性的ファンタジーを叶えるために生まれたキャラクターだから。
DQNか白豚の二択という悲惨な三次元に比べ、二次元キャラは属性がとても多くて選び放題。
AVに出ている時点で清純派ではないので"清純派AV女優"は破綻しているが、
同様に三次元の知的なイケメンはAV男優などやるはずが無いが、二次元ならその夢がかなえられる。
また異性からの性的ファンタジーを受けとめるのは三次元の人間にとっては苦痛だが、
二次元キャラは苦痛を感じない。なぜならそもそも性的ファンタジーによって生まれているから。
自分が祖チンでもテクなしでも早漏でも馬鹿にされないし幻滅されないという安心感から来てる部分が少なからずあるじゃん?
そこまで自分の体にコンプのある男じゃなくても、非処女とヤルなら「前の彼氏が超巨根で俺のチンコに満足できないとか思われたら嫌だな」くらいは思うでしょ。
でまあ、その点から言って処女は男を知らないから安心、と思うんだろう。
でもさでもさ、思うんだけどさ
今の時代の女の子って普通にレディコミやBLに触れてるし、もっと言えば、AV見てるよね?
処女の頃から大学の宅飲みで恋バナの延長で下話して、盛り上がったらキャーキャー言いながらネットでAV探して見たりしたよね。
女友達と貧乏旅行行く時、旅費浮かすためにラブホ泊まって、テレビつけて意味もなくAV流して「これはないわ!ww」とか爆笑したよね。
そういうわけで、しょーじきな話、処女でも男のチンコがどれほどのサイズなのかくらい知ってる。
「日本人の平均は13センチ」(とか12センチとか11センチとか、まあ細かい数値はいい)とか、
仮性包茎は普通だけど真性はダメとか、みんな知ってるよ。何分くらいのピストンが好ましいのかとか。
ちなみに私がいたのは旧帝大なので、オマタも頭もゆるゆるの馬鹿大ってわけでもなく、そこそこまじめな処女が集まっていた。
そりゃ超お嬢様の私学一貫校とかなら、どうやって子供ができるのか知らない処女も実在するのかもしれないけどさ。
つまり何が言いたいかっていうと処女にハコイリとか性的無知を求めるのってすごく無理があるんですよね。
いざコトに及んで、平凡なサイズのちんこを見て「男の人のってこんななの・・!?こ、こんなの入らないよぅ///」とか、そういうのもう、噴飯物です。
どうにもこうにも親が機械の操作について、同じ事を何度も聞いてくることに苛立ってしまったからだ。
機械といっても、車のシフトチェンジなど分からなければできない操作ではなく、ディスプレイに専門用語ではない用語で丁寧に表示されている操作を、逐一毎回聞いてくるからだ。
おまえは日本語が読めないかと最初はバカにしていたが、話を聞くうちにそうではないということがわかった。
どうも失敗することができない操作と失敗してもリカバリーできる操作の区別がつかないらしい。
PCやAV系は失敗できない操作は普通最終確認をしてくることは、使える人はわかっているから、初めて使うソフトウェアやWEBサービス等を使うことが出来る。
その取り敢えず画面に従ってみるということが出来ないようだ。つまり表示を信用していない、いや信用できるか判別できない。
なんか聞いたことがある話かと思ったら、そうだ赤ちゃんのことだと気がついた。
赤ちゃんはチャレンジャーでなんでも真似してしまう。身体的に不可能なことでも、リカバリー出来ないことでも。
この場合、その模倣相手は画面表示だが、リカバリー不可能な操作をしてしまうことを恐れて逐一聞いてくるようだ。
ただ、赤ちゃんは親が見張ってくれるように、一般的にリカバリー不可能な操作は画面で警告してくれる。
まずはそこを教えるべきだったと反省している。
まとめ
床オナニスト素人童貞の俺が、ついに膣内射精成功(しかもコンドーム越し!)
はじめてのソープで童貞卒業した時に俺は、床オナのせいで、強い刺激でしか射精できない身体だと知った。
それから何度か通ったけど、どうしても俺は、嬢の手の中でしか射精できなかったんだ。
今年になって、俺はソープ通いをいったん止めて、いろいろ試すことにした。
ある時、転機は訪れた。
ラブボディとの出会いだった。
最初買う時は半信半疑だった俺も、ラブボディを使ったオナニーにすっかりハマった。
ラブボディのおかげで、俺は、腰を振って射精するという練習ができたんだ。
俺はいろいろな腰の振り方を試して、射精しやすい体勢を憶えた。
あとの俺の課題は、どれだけ勃起を持続させられるかってところになった。
ラブボディを使っていても、5分以上腰を振っていると、だんだんチンコが萎んできて、射精が困難になってくる。
この対策が必要だった。
ついに、リベンジの日が来た。
勃起持続の対策として俺は、オナ禁を3日して、ソープに行く前にもわざわざAVも見て、栄養ドリンクも飲んだ。
マットの上でフェラされながらギンギンの俺。
おっぱい大好きな俺。
騎乗位で入れられても全然いける気配がなくて、ちょっと焦ったけど、
俺が上になって、得意の腰振り体勢を作ってからは早かった。
嬢の膣内はオナホよりも全然柔らかったのに、ほんと1分もかからなかったと思う。
こうして俺は自信をつけたのだった。
2011-12-06 「誰が言ったか」ではなく、「何を言ったか」が問われる時代へ
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20111206
DMMでAVをチョイスする際、必ずレビューを見ます。ジャケ写や静止画は周知の事実ですが参考になりません。動画が見えるようになりましたが決定打には欠けますしそれもまだ一部です。
~先日、結婚し小遣い制になった友人がプレビュー動画のURLをブクマしまくっていると以前話していて結婚てろくなもんじゃないなと思いました~
閑話休題。やはりレビューです。AVの場合、個々の嗜好が激しく特化されているため星が多ければ良いわけでは無く各レビューの質がとても重要です。ですから星5・4・3・2・1・0すべて読みます。5と0は関係者の書込としか思えないものが散見されるので正確には4~1を中心に見ます。何件もレビューを見ていると稀に同じ嗜好の人に出会います。そしてそのレビュアーの一覧を読み深めていくと偶然その作品だけ被ったのか(※)、全体的に同じマインドをお持ちなのかがわかります。彼をフォローします。
一概に言える事柄じゃないのかなと思いました。
デヴィ夫人のブログを読んで本気で気持ち悪くなった。ああいった意見を持った人間がいること自体はともかく、それに対して「よく言った!」「日本人の誇りだ!」みたいなコメントがついてるのを見るとぞっとする。痴漢冤罪は被害者立場を利用した女性からの迫害だから女が悪い!痴漢は性欲を催させるような格好をしているような女が悪い!という免責をしてミソジニー丸出ししてる浅い思考が透けて見えて本当に気持ち悪い。おまけにそれをそのまま強姦に適用しているあたり、女にとって名誉ある男に犯されるのはどういった形であれ幸福であり、それを盾にああいった騒ぎを起こすなんてとんでもない、というような視線まで感じられる。ひっでぇ。それで、朝からそんなものを見かけたせいでテンション下がりまくりな状態で俺は考えたわけである。セックスとは何ぞや。性欲とは何ぞや。もちろん実際に経験がない人間なわけだから限界はあるだろうけれど、それを考えることは無意味じゃないだろうってことで。
そもそも俺が今まで性について触れてきたのって、大体はエロゲや官能小説、エロマンガ、AVというものが殆どで、学校の性教育は全然薄かった。せいぜいが性病の感染に気をつけてくださいねーくらいで、それ以外の部分については一切なし。だから自然とそういうメディアで興奮するようになっていたわけだけど、やっぱりどうしてもそれはオナニーでしかない。セックスではない。セックスっていうのは二人の関係の中で起こる行為だからだ。単なる性欲の発散以上の意味合いを持っていて欲しい、と思う。しかし男にとってそれが難しいのは、どうしても性欲というスイッチがあることだ。それなりに単純なこのスイッチは割と簡単に入るし、条件次第ではそれのことしか考えられなくなる。股間でものを考えてしまう状態というのがどうしてもそこにあるわけだ。ただ、そういった本能のまま、衝動のままの性欲を人間を相手にぶつけるってのは、俺はどうしても肯定できない。だって相手は人間なのだ。自分と同じように考えたり感じたりする人間相手にありのままの性欲をぶつけるってことがどうしても耐えられない。性欲は乱暴な面もあるし、おまけに男はチンコ突っ込んで射精してあーきもちよかった、で済ませられてしまう。それってセックスじゃねえじゃん、と思うわけだ。生身の人間の膣を使ったオナニーでしかない。人間はオナホールじゃないんだぞ。もちろん、そういった性欲の存在は否定しないし、発散する手段はあっていい。そのためにポルノメディアはあるんだと思う。オナニーに際してそれを用いることには俺は賛成だ。確かに「悔しい、でも感じちゃう(ビクン」なメソッドには興奮する。するよ。ちんぽギンギンだよ。でもそれを、もし生身の相手のにんげんにやって、おまけに相手が嫌がってたら、それ、やめるべきでしょ?
あと、恋愛は性欲をデコレーションしただけのことだ、なんて言葉に浸って恋愛の不可能性を指摘した気になっているような奴はどうにかしたほうがいいと思う。恋愛に性欲は不可欠だけど、それをどう運用していくかってことが大事であって、セックスのないプラトニックな恋愛=清純=理想、セックスのある恋愛=生々しい=現実、みたいな稚拙な二項対立に持ってくのだけは童貞として避けていきたい。セックスのあるプラトニックな関係だってあっていいし、セックスのない生々しい関係だってあっていいじゃないですか(そこんとこどうなんですか恋愛経験者の皆さん)。
大事なのは、セックスっていうのは二人のものだってこと。だから普段は仲が良いのに彼氏から乱暴なセックスされてつらいだとか、別れるのが怖くてしたくもないセックスばっかりさせられた、みたいな話を聞くたびに俺はもうやるせなくなってくる。なにやってんだよと。せっかく相手に触れていい、そういうことをしていいっていう関係を築けてるのに、どうしてそこでそうやってしまうんだよ、と。別にうらやましいんじゃなくて(まあ嫉妬だといわれたらそうなってしまうんだろうけど)、なんというか、悔しい。ある程度人と関わっていくことができるような人間にとって、恋愛やセックスって、傷つくことも嫌なこともたくさんあるけど、それと同じ、それ以上に嬉しいことや喜ばしいことがあっていいはずじゃないか。なんでそこで傷つけるだけで終わらせてしまうのかがわからない。なんでだよ。
もちろん性に対しておおっぴらにしろってわけじゃないけど、でも、たとえばセックスが終わった後に、お互いに自由に感想を交わせるような習慣があっていいんじゃないか。女性の側も男性の側も、痛かっただとか、もうちょっと優しくして欲しいだとか、そこを触られたのは気持ちよかっただとか、そういうことをやって、二人でセックスを作り上げていくべきだろ。そうじゃなきゃセックスじゃねぇって。形だけの同意とってんじゃねえよ。悔しくても感じてるって勝手に信じるなよ。本当にセックスできるのか考えろよ、性欲を上手に乗りこなせよ。ポルノメディアみたいなセックスのことを考えるなら、そうでないセックスのことを考えてもいいじゃないか。男が女にセックスしてやる、チンポ突っ込んでよがらせてやるよ、みたいなセックスじゃなくて、清濁併せ呑んで二人だけのセックスを試行錯誤して作り上げていけよ。そうであってくれよ。
だから、こういうレイプだとか性犯罪に関して、セックスを通じて性暴力という形で人が人を傷つけてしまった、不快な思いをさせたってのはだめだ。しかも今回は立場とかの問題も絡んでる。それなのにデヴィ夫人のブログとかそこにつくコメントみたいな意見が支持されるのはやるせない。鈍感にもほどがある。俺はそう思う。
……そう思うんだけど、なんつーか、あくまで童貞の理想論であることも認める。ので、セックスしたことある人、嫌だったセックスをさせられたことのある人、俺みたいな意見って、どうなんでしょう。以上。
言いたいことはまあわかるんだけど
穴の部分だけ指摘しておく。
君は君がネット上の別々の時点・地点で観測したクラスタをひとつの人格として扱ってる。
ていうかはてな村の人達は人を選別する立場にある人間じゃねーよ。
あれはスイミーだよ。
「ピンでいける子が同じ型に抑圧されてる」んじゃなくて
「どうにもならない子を束にしたらいけた」っていう商売なの。
アイドルと呼ぶには不細工揃いなので容姿のバリエーションはむしろ激しいし
マニアは個々を見てる。
同じに見えるのは君がAKBに興味がないだけ。俺もねーけどな。
いや、それを好きなの君だろ。
俺はエロ漫画が好きだ。
黒澤だの小津だの出したところで、昔のAV監督の名前を今、出してるような薄ら寒さを感じる
昔の役者の演技力褒めるのも長瀬愛の騎乗位を今更ほめるような感じでさあ。
「黒澤のマルチカメラはすごかった」とか言っても「村西とおるの顔射は革新的だった。」と変わんねーんじゃないかと。
そりゃあスゴイんだろうけど。
古い話(ミニモニファックだぴょんとか出てたころ)になるが
マジで「今のやつはロリみたいな奴でしか抜かなくて駄目だ、俺らの世代は尼僧で抜いてた」と豪語したオッサンがいた。
どんなAV女優で射精しようが、どんな映画で面白く感じようが勝手だろう。
ギャル系のAV女優で気持ちよくなったからといって、黒髪“清純派”AV女優で抜いた奴よりIQが低いと断定できるのか?阿呆らしい。