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終身雇用やめるべきか…『日曜討論』各党の主張に議論百出「切られない安心は必要」「無能が切られるだけ」
6月19日、参院選選挙の公示を3日後に控え、『日曜討論』(NHK)では各党の政策責任者が議論を交わし合った。なかでも、“終身雇用をやめるべきか” というテーマが、話題を呼んでいる。
番組では、企業にとってビジネスをしやすい環境が整っているかどうかを基準にした、2022年の「世界競争力ランキング」を紹介。63の国・地域のなかで、日本は34位と過去最低の位置にあった。
そのうえで、日本の競争力を高める課題の一つが雇用だとし、終身雇用の見直しについて、各党党首に挙手制で賛否を求めた。「終身雇用を見直すべき」を選んだのは、自民党・日本維新の会・国民民主党・NHK党、「終身雇用を続けるべき」を選んだのは、公明党・立憲民主党・共産党・れいわ新選組・社民党だ。
自民党党首として参加した岸田文雄首相は、「働く立場からの、選択の幅をもっと広げないといけない。現場には、兼業したい、副業したいなど、いろいろな働き方を望んでいる方がおられる。この選択をできるシステムを作っていかなくてはいけない」と語った。
さらに、スキルを学び直す機会を設け、意欲のある人がより地位の高い分野にステップアップできるシステムを作ることを目指すと話した。
国民民主党・玉木雄一郎党首は、「終身雇用は維持が不可能。産業自体がAIによって置き換わる時代に、どうやって雇用を守るのかという観点から進めていくべき。前提となるのは、万全のセーフティネットです。われわれ国民民主党は “求職者ベーシックインカム” という言葉を掲げている。誰でも無償で職業訓練などの学び直しができ、より賃金の高いところに円滑に移動できる仕組みを整えるべき」と語った。
れいわ新選組・山本太郎党首は「国際競争力を引き上げるために、雇用を流動化させるということ自体がおかしい。国が衰退し続けてきたのは、竹中平蔵さん的な考え方のもとに雇用の流動化が進められて、一人ひとりの購買力が奪われていったことが原因じゃないですか。やらなきゃいけないことは、生産基盤の回帰。国が徹底的に、政府調達で日本国内で作られた商品やサービスを買う。そうやって基盤を強化し、国内の雇用がさらに高い賃金で安定したものへ変わっていくという順番を踏んでいかなくては」と語っている。
「戦後の日本社会では当たり前だった終身雇用ですが、バブル崩壊後は、潮目が変わっています。次第に成果主義が叫ばれ、リストラも横行。2019年5月には、経団連会長が記者会見で『終身雇用を前提に企業運営、事業活動を考えることに限界がきている。外部環境の変化にともない、就職した時点と同じ事業がずっと継続するとは考えにくい』と発言しているほどです」(全国紙記者)
“人生100年時代” といわれる高齢化社会で、いつまでどのように働いて暮らしていくのか――誰もが一度は考えたことのある問題だけに、ネット上では、さまざまな意見があふれた。
《終身雇用があるからこそローンを組んだり、貯金をあまり気にせず経済を回すんではないでしょうか?いつクビにされるか分からない状態にしたらお金使わなくなるよね。》
《終身雇用なんて要らんやろ、無くなっても有能は残って無能が切られるだけ》
《終身雇用なんて既に崩壊してると思ってたわ。てか、終身雇用をなくして、立場が弱すぎる派遣等の非正規もなくして、みんなフラットになればいいと思う。海外は大体そうでしょう》
そもそも終身雇用というのは大企業正社員にしかないもので、終身雇用のデメリットの本質は総合職という会社仕様の兵隊を育成するシステムで出世競争から溢れた人が滞留してしまうことにあります。
しかしそもそも人口の増加が続き企業規模が拡大し続けないとポストは増やせないのですから、人口減少時代に終身雇用ありきでは上記のような滞留してしまう人が増えてしまい、生産性は上がりません。
雇用保証はしつつ、リスキリングを進め人々が生産性の高い業種にもっと移動できるような政策を考えないとだめではないでしょうか。
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Farco | 3時間前
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しかし一方で、短期雇用を中心とした社会では社会不安が増大しやすく、中間層の没落に拍車をかけるので好ましくないのも明らか。
政府は、政策として正規雇用を増やすように誘導するべきで、非正規雇用に頼った方が経済的利益が大きいという状態は、改善しなくてはならない。
必要な雇用を正規の人材で確保することが、産業の基幹となり、安定化に貢献する。最低限必要な雇用まで、非正規雇用で確保しているという産業は、一時的な利益のみで、社会全体の利益を結果的には損なう。
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終身雇用こそ日本がここ十数年デジタルの発展の恩恵を十分に受けられていない所以だと思う。
本来であれば、技術革新によって同じ仕事に必要な人手は少なくなり、余分な人員はそこを離れ、新規事業を始めたり、人手が必要なとこに行ったりして、労働資源が効率的に配分されるべきである。ところが日系企業は終身雇用の下、雇用を守らなければならないので、強引にでも無駄な仕事を作って元の人数でやろうとする、これが労働生産性が低い根本的な原因。
それを抜本的に改善しない限り、日系企業が国際競争を勝ち抜ける未来は、少なくとも自分位は思い浮かばない。
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一つの会社での終身雇用は会社が存続することが前提なので、今の時代難しいかもしれないですが、一方で国民は勤労して納税の義務があるわけで働く場所が確保され、そこで人が働けるよう国は政策を考えないといけないのだと思う。納税の問題もそうだし、働かない人が増えて生活保護費だけが膨れ上がる状況も良くないと思うので。
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voi***** | 9時間前
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必要なのは、需要を増やすことであり、供給側、働く側の効率化ではないことを考えると
終身雇用をどうこう議論するのは、一番の問題である需要不足から目を逸らさせているような気がして
良い気がしません
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終身雇用制度は経済が成長することを大前提としていると思います。成長率が限りなく0に近いかマイナス成長では終身雇用制度は考え直さないと……… この先高度成長期が来るのから話は別でしょうが今の政治家や官僚、経済団体首脳では期待ゼロに近い。
アメリカが終身雇用制度てはないのは、アメリカン・ドリームが期待できるし起業して失敗しても日本のような無限保証で根こそぎ持っていかれないから。そこを改善しないでいきなり終身雇用制度だけを廃止するのは無理があると個人的には思います。
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難しい問題だよね。
終身雇用前提だからこそ企業も賃金を上げづらい一面もある。それで日本は賃金でも海外に置いて行かれているし。
皆が職につける率は上がるけど、賃金が上がりにくい社会と、誰かが職にあぶれるけど賃金は上がりやすい社会と…どっちが良いだろうね?
現実的に日本は経済成長していないのだから、「雇用を守って賃金も上げる」というのは無理があると思う。
ただひとつだけ。
知り合いの地方議員から聞いたのだけど、活動は基本自由なので、沢山登壇して政策を訴えたり作成する議員もいれば、登壇をほとんどせず政策もほぼノータッチで、地元の集まりの顔見せしか顔を出さない議員もいるそうな…。
大きな事をしろとは言わないが、政治家こそ地道な政策作成や調査などの成果主義で良いと思う。
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sno***** | 9時間前
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どうせ中年になれば辞めさせられる、という状況では会社に対する士気はあがりません、問題は、年功序列、ここが一番の問題であって、昭和時代は高給取りの社内ニートおじさんは沢山いましたが、今後は、新しい終身雇用の在り方を模索するべきかと思います
今は、終身雇用の問題点が改善されず、実力主義に代わっていますが、どっちが正しい?というよりも、私的には、双方のハイブリッドであって、両方のバランスを取りながら、評価するのが良いと思います
仕事能力に応じた評価、会社に貢献した年数による評価、これらのバランスだと思います
実力のある人は根幹の仕事を任せ、実力はなくても経験の長いベテランの人は周辺的な仕事を任せ、あまり仕事が伸びない人は、それなりの仕事をさせればいいのだと思います
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try***** | 51分前
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論点が最初からズレているように思います。「終身雇用やめるべきか」ではなく「期中採用をどうやって推進すべきか」で議論すべきです。老若男女いつでも就職できる環境が整えば、自然と「一括採用」は減り、退職・再就職が増えかもしれません。ちなみに、高度経済成長の名残で法的に守られすぎている正社員の待遇を「終身雇用やめるべきか」で議論するのは好ましくない。非正規、派遣、フリーランスの待遇を含めて議論すべき。
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終身雇用制は、労働者の側を束縛する作用もある。私は、自分の勤務経験からそう思う。ブラック企業や中小企業の社員などの多くも同じようなことを感じるのではないだろうか。労働市場の流動性が低いと「首を切られたら人生終わる」というような圧力がかかり、サービス残業や休日出勤なども受け入れてしまう。自分に今の仕事が向いていないと思っても、転職が難しい。
一方、企業側からしても、向いていない人間の首を切れないし、これによって事業の転換も難しくなっている。ブラック企業なら苛め抜いてやめさせるのだろうが、これ自体が望ましいものでない上にコストさえかかっている。
国民民主のいうように、国が転職支援をする、という形でセーフネットを保証するのが、企業、労働者、国の経済すべてにとっていい選択だと思う。
「産業構造ビジョン2010」という少し前の資料があり、「日本は 将来何で稼ぎ、何で雇用していくのか」が議論されていた。
https://www.meti.go.jp/committee/summary/0004660/vision2010_01.pdf
2022年から振り返ってみると、なんでこれだけ分析されているのにネット上での議論はぐるぐる回って繰り返されただけだったのか。
これまで、「日本は高度なものづくりでやっていけるんだ」「いやいや、ものづくりは古い。金融とITで食べていくんだ」
「これからは内需だ」「いやいや、これからは、成長するアジア市場に出て行くんだ」「それじゃ、企業はみんな海外にいってしまうんじゃないか」と、様々な議論がでています。
これに併せて、根拠のない日本礼賛論、何も生み出さない悲観論、実態から乖離した観念論が飛びかっています。
例えば、日本は過剰貯蓄だから消費の比率を拡大しないといけない、という議論を良く耳にします。
しかし、最近では、日本の家計の貯蓄率は、既に米国を下回り、先進国の最低水準となっています。
所得を増やさないで、消費を拡大するのは持続可能ではありません。
しかしながら、賃金の水準を見ると、2000年代の戦後最長の景気拡大期においても、賃金の上昇は見られません。
企業がもうけすぎているから、企業に負担させて消費者に再分配すべきだ、という議論があります。
しかし、国際的に見ると、労働分配率は先進国で最高水準だというデータもあります。
いずれの事実も、「単なる再分配ではなく、全体のパイを増やし、それを所得の拡大につなげていく、という好循環を作り出さなければならない」ということを示しています。
近年、日本の産業は、付加価値拡大の多くを、自動車等の特定のグローバル製造業に依存してきたのは事実です。
しかしながら、実は日本の輸出比率は国際的には低い水準にあります。
これは、特定の企業以外の多くの企業は、世界の成長市場と直接つながっていないことを示しています。
グローバル製造業に極度に成長を依存している日本とドイツは、労働生産性が大きく改善しても、賃金水準はこの20年間殆ど向上していません。
これは、特定のグローバル製造業に依存した成長モデルは、新興国との賃金競争に直面して、なかなか賃金があがらないことを示唆しています。
「企業を補助するのか、労働者を支援するのか」「外国企業を支援していいのか」という国内の内向きの配分論ではないのです。
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je17/pdf/p02023.pdf
国際的にみると、一人当たりの労働時間が短い国ほど、一人当たりの労働生産性も高いという相関関係がみられる。
第 2 - 2 - 5 図によると、2015 年時点の OECD 諸国の中で最も一人当たり労働時間が短いドイツの総労働時間は 1,300 時間であり、我が国の総労働時間の約 8 割に相当する。
他方、一人当たりで測った労働生産性は、ドイツは我が国の水準を 50%近く上回っている。
単純に、こうした国際的にみられる一人当たり労働時間と労働生産性の相関関係を当てはめれば、一人当たり労働時間が 10%減少すると、一時間当たりの労働生産性は 25%高まる計算になる。
先日、ラグジュアリー・トラベルをテーマにしたシンポジウムで基調講演を行ってきました。
「量か単価か」でも整理しましたが、ラグジュアリー、富裕層に向けた対応を行うことは労働生産性の向上に寄与し、絶対的な人数を抑えることで、いわゆるオーバーツーリズム問題にも対応できるようになることが期待されます。
でも、現実的には、なかなか、このラグジュアリー対応は現場では進みません。
日本はバブル期まで製造業社会であり、一億総中流とも呼ばれていたことに加え、日本型社会主義と指摘されるように、全体主義的発想、社会の階層化に対する否定的な発想が高く、富裕層に切り込んだ対応をすることは一般的ではなありませんでした。
基本的なマーケティング用語である「差別化」という言葉自体、かつては使うことが憚られたと聞いたこともあります。
今でも、行政や地域レベルでは、ターゲッティングによって、客層を絞り込むことに難色を示されることは少なくありません。端的に言えば、ラグジュアリー市場「にも」なら問題ありませんが、ラグジュアリー市場「に」となると、一気にハードルが上がるわけです。
一方、事業者サイドから見れば、前述のコラムで示したように、ミドル層の市場が膨張しており、ここにミートしていけば売り上げは増えていく訳で、対象市場をアッパー層に向けアップグレードする動機は弱い。
さらに、事業者の立場からみてラグジュアリー市場が「美味しくない」のは、その利益率が低いからです。
単価が高いのに、利益率が低い? とは、理解しがたいことかもしれませんが、論より証拠。世界最大級のホテルチェーン、マリオットのIR情報からセグメント別の単価と利益率を見て見ましょう。
マリオットグループのセグメント別単価及び利益率(IR情報より)
まず、単価を見てみるとラグジュアリー・セグメントではADR(平均1日単価)は$300前後、RevPAR(販売可能部屋数あたりの売り上げ単価)は$200強となっています。その下のフルサービス・セグメントでは、ADRが$170前後、RevPARは$120といったところ。これが、バリュー・クラスとなるアンリミテッドサービス・セグメントではADRが$130、RevPARは$100を割り込むことになります。
一方、利益率について見てみると、アンリミテッド・サービスは20%を超えるのに対して、ラグジュアリー・セグメントと、フルサービス・セグメントを合算した「フルサービス・セグメント」では10%にも届きません。
マリオットグループでは、収益についてはホテルブランド単位では公表しておらず、ラグジュアリーとフルサービスを合算したものしか出していません。
フルサービス・セグメントの利益率は2016年に上昇していますが、このタイミングで、マリオットグループは、スターウッドグループを買収しています。スターウッドグループのホテル(W、シェラトン、ウェスティンなど)が加わったことが原因と考えられます。
Wは数が限られることを考えれば、利益率の上昇に貢献したのは、ミドルクラスとなるシェラトン、ウェスティンであったと考えるのが自然でしょう。
絶対的な売り上げと利益額を見ても、スターウッドグループ買収前の2015年では、売り上げ(Revenues)はフルサービスの方が高いものの、収益(Profits)ではリミテッドサービスの方が高い状態でした。
買収後は、フルサービスの方が収益も高くなりましたが、これは(ミドルクラスである)シェラトン、ウェスティンの貢献でしょう。とは言え、売り上げではフルサービス$14,300ミリオン、リミテッドサービス$4,002ミリオンと3倍近い差があるのに、収益では$1,182ミリオン対$816ミリオンとかなり接近します。
マリオットグループのセグメント別売り上げと収益(IR情報より)
これらの結果は、ラグジュアリー・セグメントは「単価は高いが、儲からない」ということを示しています。単純な儲けだけを考えれば、バリュークラス、アンリミテッドサービス・セグメントに特化した方が良いとも言えます。
グループ全体で採算を合わせる
にも関わらず、なぜ、マリオットグループがJWやリッツ・カールトンといったラグジュアリー・ブランドを展開するのかと言えば、トップを作ることによって、バリュークラスのホテルにまで、そのブランド力を浸透させ、その競争力を高めるためだと言われています。
例えば、稼ぎ頭であるリミテッドサービスのコートヤードは、ADRを見ればわかるように、日本で言えば、一般的なビジネスホテル(北米は、全般的に日本より宿泊料は高い)であり、付加価値での勝負は難しい(=価格競争に陥りやすい)領域です。でも、ここに「バイ マリオット」をつけることで、マリオットグループという価値を持つようになります。本家のマリオットに比べれば、サービスは限定されるものの、マリオットに対してロイヤルティをもつ顧客は選好しやすくなります。また、CRM、ロイヤルティ・プログラムは共通化されているので、いわゆる「ポイント狙い」の人からも選好されることになります。
これは、マリオットのブランド力を高く評価してくれる市場では、特に有効です。例えば、銀座にできたコートヤードは、一泊3万円位で出ています。これは、北米のADRの倍近い金額であり、北米であればJWクラスです。
どういう交渉の結果、こうなったのかわかりませんが、マリオットというブランド力が作用しているのは否定できません。
また、若者であるミレニアムズ(多くは、まだ、富裕層では無い)にブランドの入り口として、バリュークラスのホテルを使ってもらうことで、生涯を通じた顧客になっていってもらうということも狙っていくことができます。星野リゾートが、近年、ビジネスホテル市場に乗り出しているのは、おそらく、これが狙いです。
つまり、ラグジュアリー・ホテルは、それ単体で儲けていくことは難しく、稼ぎ頭となるバリュークラスをグループ内にもち、全体で収益を確保していくということが必要になるわけです。
国内では、こういう取り組みをしているホテルチェーンは限定されているため、外資が入らなければラグジュアリー対応が進まないのは、ある意味、当然の帰結です。
ただ、これはホテル事業者の立場から見た時の話であり、地域としては、やはり、ラグジュアリー市場はとても「美味しい」市場です。
なぜなら、ホテルの売り上げが高いのに、収益が低いということは、その売り上げを立てるために各種の調達をしているということだからです。
端的な例は人件費です。
ラグジュアリー・セグメントでは、対応力の高さが求められますから、より質の高い人材を多く雇用することになります。これは働く側からすれば、自身のレベルを高めれば、キャリアパスが開けるということになります。
また、ラグジュアリー・セグメントでは、食材が「地のものである」「安全なものである」ということは売り上げと顧客満足を高めることに寄与します。これは、ラグジュアリー・セグメントを利用する顧客が「そうした価値観」と「経済力」を持っているからです。そのため、地元の農業者、漁業者は、こだわりを持った良いものをしっかり作った際の販路が広がることになります。
工芸品などについても同様です。部屋の調度品にしても、売店での取扱商品にしても、単価と顧客満足を高めるに、ホテルは、どこにでもあるものを並べるのではなく、できるだけオリジナルであり、ストーリー性を持ったもの(なぜ、ここにそれがあるのかを訴えられるもの)を揃えることが求められます。そうしたホテルの需要に応えていけば、多くの商工業者は、自身のこだわりを経済価値に変えていくことが出来るようになります。
ただし、こうした波及効果は、ラグジュアリー・セグメントのホテルを中心に、富裕層の利用が持続的に行われていくことが必要です。
持続的な取引関係がなければ、人材が自身のキャリアを掴んでいくことも、農業者や商工業者などが、こだわりを持った商品サービスづくりに取り組んでいくことも出来ないからです。
その意味で、単発のラグジュアリー旅行を誘致しても、地域にはほとんど恩恵はありません。瞬間的な売り上げには繋がっても、人材面についても経済的についても効果は極めて限定的だからです。
しかしながら、前述のように、ホテル側としては収益面だけを見れば、サービスを限定し、大量の顧客をさばく方が儲かるわけで、そちらに動こうとする動機が常に存在します。例えば、ラグジュアリー・セグメントであるにも関わらず修学旅行を受け入れる…というのは、そういう選択の結果でもあります。
そういう動きを抑え、ラグジュアリー・トラベルの恩恵を地域が受け取っていくためには、恩恵を受ける地域としても、核となるホテルが収益を確保出来、ブランド力を高められることが必要条件です。
例えば、富裕層は環境問題や健康問題に対する意識も高い傾向にあります。そうした価値観に合わせ、地域全体で環境負荷の高い製品(例:プラスチック製のストロー)を使わないようにしたり、ジョギングが出来るトレイルを整備したりといったことが考えられます。
地域とホテルが、適切なパートナーシップを組んで一緒に取り組むことで、富裕層が滞在したいと思うデスティネーションになることが出来るということを認識しておきたいところです。
というのも、増田は
理論経済学的には、最低賃金を設定することで、死荷重(最低賃金以下での雇用機会の損失による非効率)が発生し、労働市場の効率が悪くなり、社会全体の効用が下がる、という予測が導き出される
と書いているけれどもこれは正しくなく、経済学の理論の上ではまさにあまりに低い最低賃金(あるいは最低賃金がない)でもあまりに高い最低賃金でも、どちらも社会厚生を悪化させるという予測が導き出され、これが実際上にも問題になってくるから。どうして理論の上であまりに低い最低賃金が問題になってくるかといえば、雇用者と労働者では交渉力に違いがあるため、労働市場は完全競争市場ではないので価格規制的な最低賃金が雇用を増やすケースがあるためだ。興味のある人は「最低賃金 買手独占」で検索してみると色々と解説が見つかるだろう。
では、最低賃金は低すぎても高すぎてもだめな、いわゆる程度問題という時に、たとえば現在の日本で全国一律1500円というのはどのような具合と想定できるかであるが、これは高すぎ(つまり社会厚生を悪化させる)な可能性が高い。
そう考えられる理由は3点。一つは、平均的な人にとっては別に高すぎる最低賃金ではなくても、これまで就労による技能獲得の機会に恵まれなかった人たちなど特定の層にとっては高すぎる最低賃金となり得て、その人たちに皺寄せが行ってしまう可能性があること。もともと恵まれない層に苦痛が集中することは社会厚生を著しく悪化させることである。これは可能性だけではなく、これまでレベルの最低賃金引き上げでも実際に観察されており、ここからさらに1500円まで引き上げればさらに悪化すると予測される。
二つ目は、各都道府県別に時給の分布を見ていくと、1500円というのは時給の中央値を超えてくることもあるくらい非常に大きな数字であるということ。最低賃金が雇用を大きくは傷めない、高すぎない数字は時給分布の中央値の約6割くらいだとされているので、これはやはり雇用に悪影響を与えて社会厚生を悪化させる可能性が高いであろう。
三つ目は、1500円というのは海外で出されている数字を持ってきている面が強いものだけども、日本と海外では労働生産性に大きな隔たりがあるのに同じ数字を求めれば、当然日本にとっては高すぎになってしまう可能性が高いこと。
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO72122240R20C21A5KE8000/
ここで日本の時間当たり労働生産性(就業1時間当たり付加価値)は米国の約6割の水準である。
https://www.jpc-net.jp/research/detail/005009.html
最低賃金に関係してくる層の賃金分布の形状にも日米で違いがあるとはいえ、大まかに言って米国での最低賃金15ドルは日本でいえば全国一律950円程度のものである。1500円はあまりにアグレッシブ過ぎる数字であり、社会厚生を悪化させる可能性が高いであろう。
以上、最低賃金というのは程度問題なので、上げるのがいい下げるのがいいという議論には具体的な数字がないと意味に乏しくなること、そしてたとえば1500円というものを考えると社会厚生を悪化させる可能性が高い、という話でした。たかが1500円でもこうなるのだから、最低賃金に頼らない貧困対策が必要ということですね。
同じく会社経営だけど、元増田とはだいぶ意見が違うので簡単に書いてみる。
①最低賃金をめぐる経済学的な議論には、色々な立場がある。理論経済学的には、最低賃金を設定することで、死荷重(最低賃金以下での雇用機会の損失による非効率)が発生し、労働市場の効率が悪くなり、社会全体の効用が下がる、という予測が導き出されるけど、統計上はこの死荷重による負のインパクトははっきり観測されていない。最低賃金の存在が労働市場を歪めているという実証的な研究結果はない。
②最低賃金という制度の重要なポイントは「地域内では一律に設定される」という平等性にある。つまり、輸出中心の産業(海外の労働力コストと直接競争する産業)を除いたドメスティックな業種では、自社もその競合業種も、労働力の調達コストにおいてみんな同条件の上方シフトを被る。これは、各企業がこれまでと同じ収益性と雇用を維持し、同じ水準のサービスを提供しようとした場合、そのコスト上昇をすべて販売価格に転嫁しても競争力を失う可能性は低い、ということでもある。労働コストの上昇分を販売価格に転嫁しない企業があるとすれば、「企業の収益性を下げてでもシェアを取る」という選択をしたからで、これは人件費に限らず部材調達やその他諸経費の値上げなど、原材料費や外部経費のすべてに妥当する話だ。最低賃金に固有の問題ではないし、いずれは市場の機能によって均衡する。
→これは短期的には正しい。人員1人あたりに期待される労働生産性が上がり、その水準に満たない人は雇用できなくなる。一方で、長期的には正しくない。最低賃金が上昇すると、社会全体での労働財の単位価値が上がり、それによって「時給1500円の仕事」の水準が相対的に下がるからだ。
→労基法を遵守している企業なら、上のやつは不利益変更だからそもそもできない。普通の正規雇用社員の給与体系では、生産性の高い(職位が上、業績が良い)人材の給与が下がって、生産性の低い人材の給与が上がるような人件費の調整はできない。
元増田は、最低賃金アップを「生産性の高い/低い労働者間のバランスを変える問題」としてとらえているようだけど、認識がズレていると思う。ぶっちゃけ、単位労働の価格が上がることによって労働者間のバランスはほとんど変わらない。労働コストが上昇したときに企業が取り組むのは「労働集約的なタスクを、技術集約/資本集約的なタスクに振り替える」ことだ。労働コストが上がると、いままで人間がやってた仕事の中に、設備投資して機械化したりロボット化したりICT化して人を減らすほうが低コストになる仕事が増える。しかもその仕事は、必ずしもブルーカラー労働というわけではない。リンダ・グラットン『LIFE SHIFT』では、各業界の市場成長や機械化の可能性をもとに予測すると、これからの時代に雇用数が減っていく職種は①機械操作/肉体労働、②製造、③事務/管理部門、④セールス、⑤管理職の5職種で、伸びるのは①介護、②警備、③専門職、④技術職、⑤食品/清掃の5職種とされている。
→上で書いた通り、最低賃金アップは「生産性の高い/低い労働者のあいだの力関係を変える問題」ではない。最低賃金が変えるのは「人的労働と機械化のあいだの力関係」で、その影響はスキルの高低や学歴や職歴には関係なく、その職種の主なタスクの定型性が高い(機械化と相性がよい)かどうかによって決まる。だから、セールスだって管理職だって失業する。
→労働コストが上がると、労働者にはそれ相応の労働生産性を獲得してもらわないといけなくなるので、人材教育の重要性が高まる。社会変化によってスキルの陳腐化が加速しても、やっぱり人材教育の重要性は高まる。だから文科省も産業界もやたらとリカレント教育と言い始めている。そもそも未経験者を職業訓練しなければ、既存社員はどんどん高齢化して離脱していく。いまは経験年数の長いハイスキル人材の流動性もすごく高まっていて(顧問名鑑などの高度人材紹介業がそういった人材を活用している)、そういった人材を今の雇用条件で繋ぎ止めることは難しくなっていく。だから企業経営者として、将来的に職業訓練機会を減らしていくイメージが全く湧かない。逆にどれだけきちんと教育できるかを常に意識している。
→失業保険は一時的な問題だからここでは措いておこう。生活保護については、最低賃金の改定は、生活保護の支給条件である「最低生活費以下の収入」に対して正のインパクトも負のインパクトも及ぼす。たとえば最低賃金を500円にした場合、月20日フルタイムで働くパートタイマーの月収は8万円となり、現在の首都圏の最低生活費(約12万円)を下回る。最低賃金を下げることで、いまコンビニやスーパーや工場などで最低賃金で働いている非正規労働者が、みんな生活保護の潜在的対象になってしまう。逆に最低賃金がアップすることで、この最低生活費以上の収入を得て生活保護を脱することができる人々も出てくるだろう。
最後に陰謀論的な読み解きをしているけど、その前にこういう個別の論点をきっちり検証していったほうがいいよ。それが経営者の仕事。間違った前提で間違った舵取りをして、従業員を不幸な目に遭わせてはいけない。
まず、世帯所得中央値の動きは、日本で高齢化が大きく進んで年金所得世帯が増えたので、中央値がそれに引っ張られて労働所得の低い層を示すようになった影響が大きく、こういった時に使うのは間違い。
で、バブル期からなんていう長期的な話では、労働分配率は循環しながらもある一定のレンジに収まっている(例えばさんざん下がったと言われる労働分配率だが2020年はバブル期より上だ)から、日米の購買力格差はほぼ労働生産性の違いからやってくる。
そして、労働生産性を見れば米国はずっと日本より数割高い。バブル期でもそうだ。だから、日米の購買力の違い(増田は単にインフレと言っているが内容から言って購買力のことだろう)といったマクロ的な要因が今さら顕在化しているからなんてことはない。