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2021-12-11

anond:20211211184543

先日、ラグジュアリートラベルテーマにしたシンポジウム基調講演を行ってきました。

「量か単価か」でも整理しましたが、ラグジュアリー富裕層に向けた対応を行うことは労働生産性の向上に寄与し、絶対的な人数を抑えることで、いわゆるオーバーツーリズム問題にも対応できるようになることが期待されます

でも、現実的には、なかなか、このラグジュアリー対応現場では進みません。

日本バブル期まで製造業社会であり、一億総中流とも呼ばれていたことに加え、日本社会主義と指摘されるように、全体主義的発想、社会階層化に対する否定的な発想が高く、富裕層に切り込んだ対応をすることは一般的ではなありませんでした。

基本的マーケティング用語である差別化」という言葉自体、かつては使うことが憚られたと聞いたこともあります

今でも、行政地域レベルでは、ターゲッティングによって、客層を絞り込むことに難色を示されることは少なくありません。端的に言えば、ラグジュアリー市場「にも」なら問題ありませんが、ラグジュアリー市場「に」となると、一気にハードルが上がるわけです。

一方、事業者サイドから見れば、前述のコラムで示したように、ミドル層の市場が膨張しており、ここにミートしていけば売り上げは増えていく訳で、対象市場アッパー層に向けアップグレードする動機は弱い。

ラグの単価は高いが儲からない

さらに、事業者立場からみてラグジュアリー市場が「美味しくない」のは、その利益率が低いからです。

単価が高いのに、利益率が低い? とは、理解しがたいことかもしれませんが、論より証拠世界最大級ホテルチェーン、マリオットのIR情報からセグメント別の単価と利益率を見て見ましょう。

マリオトグループのセグメント別単価及び利益率(IR情報より)

まず、単価を見てみるとラグジュアリー・セグメントではADR(平均1日単価)は$300前後、RevPAR(販売可能部屋数あたりの売り上げ単価)は$200強となっています。その下のフルサービス・セグメントでは、ADRが$170前後、RevPARは$120といったところ。これが、バリュー・クラスとなるアンリミテッドサービス・セグメントではADRが$130、RevPARは$100を割り込むことになります

一方、利益率について見てみると、アンリミテッドサービス20%を超えるのに対して、ラグジュアリー・セグメントと、フルサービス・セグメントを合算した「フルサービス・セグメント」では10%にも届きません。

マリオトグループでは、収益についてはホテルブランド単位では公表しておらず、ラグジュアリーとフルサービスを合算したものしか出していません。

フルサービス・セグメントの利益率は2016年に上昇していますが、このタイミングで、マリオトグループは、スターウッドグループを買収していますスターウッドグループホテル(W、シェラトンウェスティンなど)が加わったことが原因と考えられます

Wは数が限られることを考えれば、利益率の上昇に貢献したのは、ミドルクラスとなるシェラトンウェスティンであったと考えるのが自然でしょう。

絶対的な売り上げと利益額を見ても、スターウッドグループ買収前の2015年では、売り上げ(Revenues)はフルサービスの方が高いものの、収益(Profits)ではリミテッドサービスの方が高い状態でした。

買収後は、フルサービスの方が収益も高くなりましたが、これは(ミドルクラスであるシェラトンウェスティンの貢献でしょう。とは言え、売り上げではフルサービス$14,300ミリオンリミテッドサービス$4,002ミリオンと3倍近い差があるのに、収益では$1,182ミリオン対$816ミリオンとかなり接近します。

マリオトグループのセグメント別売り上げと収益IR情報より)

これらの結果は、ラグジュアリー・セグメントは「単価は高いが、儲からない」ということを示しています。単純な儲けだけを考えれば、バリュクラスアンリミテッドサービス・セグメントに特化した方が良いとも言えます

グループ全体で採算を合わせる

にも関わらず、なぜ、マリオトグループがJWリッツ・カールトンといったラグジュアリーブランドを展開するのかと言えば、トップを作ることによって、バリュクラスホテルにまで、そのブランド力を浸透させ、その競争力を高めるためだと言われています

例えば、稼ぎ頭であるリミテッドサービスコートヤードは、ADRを見ればわかるように、日本で言えば、一般的ビジネスホテル北米は、全般的日本より宿泊料は高い)であり、付加価値での勝負は難しい(=価格競争に陥りやすい)領域です。でも、ここに「バイ マリオット」をつけることで、マリオトグループという価値を持つようになります本家マリオットに比べれば、サービス限定されるものの、マリオットに対してロイヤルティもつ顧客は選好しやすくなります。また、CRMロイヤルティプログラム共通化されているので、いわゆる「ポイント狙い」の人からも選好されることになります

これは、マリオットのブランド力を高く評価してくれる市場では、特に有効です。例えば、銀座にできたコートヤードは、一泊3万円位で出ています。これは、北米ADRの倍近い金額であり、北米であればJWクラスです。

どういう交渉の結果、こうなったのかわかりませんが、マリオットというブランド力が作用しているのは否定できません。

また、若者であるミレニアムズ(多くは、まだ、富裕層では無い)にブランド入り口として、バリュクラスホテルを使ってもらうことで、生涯を通じた顧客になっていってもらうということも狙っていくことができます星野リゾートが、近年、ビジネスホテル市場に乗り出しているのは、おそらく、これが狙いです。

まりラグジュアリーホテルは、それ単体で儲けていくことは難しく、稼ぎ頭となるバリュクラスグループ内にもち、全体で収益を確保していくということが必要になるわけです。

国内では、こういう取り組みをしているホテルチェーンは限定されているため、外資が入らなければラグジュアリー対応が進まないのは、ある意味当然の帰結です。

地域」の立場から見れば事情が違う

ただ、これはホテル事業者立場から見た時の話であり、地域としては、やはり、ラグジュアリー市場はとても「美味しい」市場です。

なぜなら、ホテルの売り上げが高いのに、収益が低いということは、その売り上げを立てるために各種の調達をしているということだからです。

端的な例は人件費です。

ラグジュアリー・セグメントでは、対応力の高さが求められますから、より質の高い人材を多く雇用することになります。これは働く側からすれば、自身レベルを高めれば、キャリアパスが開けるということになります

また、ラグジュアリー・セグメントでは、食材が「地のものである」「安全ものである」ということは売り上げと顧客満足を高めることに寄与します。これは、ラグジュアリー・セグメントを利用する顧客が「そうした価値観」と「経済力」を持っているからです。そのため、地元農業者漁業者は、こだわりを持った良いものをしっかり作った際の販路が広がることになります

工芸品などについても同様です。部屋の調度品にしても、売店での取扱商品にしても、単価と顧客満足を高めるに、ホテルは、どこにでもあるものを並べるのではなく、できるだけオリジナルであり、ストーリー性を持ったもの(なぜ、ここにそれがあるのかを訴えられるもの)を揃えることが求められます。そうしたホテル需要に応えていけば、多くの商工業者は、自身のこだわりを経済価値に変えていくことが出来るようになります

地域として取り込むことの重要

ただし、こうした波及効果は、ラグジュアリー・セグメントのホテルを中心に、富裕層の利用が持続的に行われていくことが必要です。

持続的な取引関係がなければ、人材自身キャリアを掴んでいくことも、農業者商工業者などが、こだわりを持った商品サービスづくりに取り組んでいくことも出来ないからです。

その意味で、単発のラグジュアリー旅行を誘致しても、地域にはほとんど恩恵はありません。瞬間的な売り上げには繋がっても、人材面についても経済的についても効果は極めて限定的だからです。

しかしながら、前述のように、ホテル側としては収益面だけを見れば、サービス限定し、大量の顧客をさばく方が儲かるわけで、そちらに動こうとする動機が常に存在します。例えば、ラグジュアリー・セグメントであるにも関わらず修学旅行を受け入れる…というのは、そういう選択の結果でもあります

そういう動きを抑え、ラグジュアリートラベル恩恵地域が受け取っていくためには、恩恵を受ける地域としても、核となるホテル収益を確保出来、ブランド力を高められることが必要条件です。

例えば、富裕層環境問題健康問題に対する意識も高い傾向にあります。そうした価値観に合わせ、地域全体で環境負荷の高い製品(例:プラスチック製のストロー)を使わないようにしたり、ジョギングが出来るトレイルを整備したりといったことが考えられます

地域ホテルが、適切なパートナーシップを組んで一緒に取り組むことで、富裕層滞在したいと思うデスティネーションになることが出来るということを認識しておきたいところです。

 
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