はてなキーワード: イカとは
うちの実家で飼ってる猫さんは、やぶにらみな青い目がチャーミングな白猫だ。捨て猫で死にかけてたところを保護したので、品種は不明。
実家のすぐ近くに部屋を借りて住んでる俺は、2、3日に一度、猫さんを構いに実家へ行く。猫さんは俺を見るたびに媚び媚びな声でにゃーんと鳴いて爪研ぎ台の上に伏せてスタンバイ。これは、ブラッシングしろという合図だ。
まずは、ドギーマンのシリコンブラシで荒く毛をかき出す。特に首の後ろが気持ちいいらしい。しきりに舌がぺろぺろ出て、ゴロゴロ音がフガフガみたいな変な音になる。ふともものあたりもガシガシすると足がぴーんとなったりして反応が面白いのだが、あんまりやると噛みつきが出るので程々にするのが吉。
次に、DCMのおそうじブラシで浮いた毛を優しくかき集める。実はコレが猫さん的にかなり気持ちいいらしく、目を細めてうっとりしだす。ゴロゴロ音は、次第にゴゴゴゴ……みたいな音になり、全身が液状に垂れてくる。この段階で尻尾も丁寧にブラッシングする。でもあんまり触ると不機嫌になるので、10往復ほどに留める。
さらにドギーマンのナチュラルスタイル木製小判形ツヤ出しブラシで整える。コレをやると真っ白な毛がツヤツヤになって輝き、抱っこしたときモファサァ……と至福の手触りになる。ただ、猫さん的にはあまり気持ちよくないのか「お前またコレかよ手短にな」みたいな顔でこっちをじっと見て、なんなら自分で上書き毛づくろいすら始める。うん、ごめんね我慢してね。
次にエビスのプレミアムケア歯ブラシで顔周りをブラッシングする。うちの猫さんは猫じゃすりより歯ブラシのほうが気持ちいいみたいで、顔が蕩けたカリンさまみたいになる。顎の下をゴシゴシすると首がみょーんと伸びて白いツチノコの出来上がり。へんな生き物だ。
続いて前足の脇あたりを歯ブラシでツンツンと突くと、猫さんは横にごろーんと転がるので、足を持ち上げながら脇、手、肉球、お腹、内腿などを歯ブラシで優しくゴシゴシしていく。特にお腹は、普通のブラシだと刺激が強いのかビクッとなってイカ耳警戒体勢になってしまうので、ここも歯ブラシが良い。
いい感じにトロトロに蕩けた猫さんを、おもむろに抱き上げ、ひっくり返してお姫様抱っこみたいな体勢にして、自分の膝の上に乗せる。猫さんの頭のあたりを指先でコリコリと撫でる。顎の下や口の横などをもマッサージする。ついでに目ヤニをDCMのペット用ウェットティッシュで丁寧に拭き取り、目のまわりと鼻筋も指先で軽くマッサージ。ゴロゴロ音は最高潮になり、ズゴゴゴ……! みたいなロックな音になる。
仕上げに猫耳を親指と人差し指で優しく挟みこむように掻く。猫さんはくねくねと動いて猫まねき猫まねき舌ぺろぺろと忙しくなる。非常に可愛いやら面白いやらで止めどきが難しいが、やっぱりやりすぎると噛みつきが来る。程々がいちばん。
あとはひたすら撫でて撫でて撫で倒す。猫さんが我にかえるまでひたすらにモフる。
しばらくすると「もうええわ!」って感じで猫さんは膝から降りてボケーっとお座りし出すので、追い討ちで背筋に沿って軽く指圧するように撫でる。猫さんは徐々に腰砕けになり、ぺたんとスフィンクスのような伏せ状態になるので、首まわりを優しくつねるように引っ張ってマッサージ。あとは首筋、背筋、ふとももの順に優しくコリをほぐすようにマッサージして、液体猫の完成だ。
うちの猫さんは、もうすぐ21歳になる。近頃は歩くのもヨタヨタするほど衰えたため、自分で毛づくろいが満足に出来ないようになってしまったみたいで、かわりにやってあげなくちゃいけない。
あと何回、こうやってブラッシングしてあげられるのかなぁ……
一刻も早くパイロット、セーラー、プラチナは中華企業に買収されてほしい。台湾のツイスビーでも化。
まぁ別に欧米の企業でもいいけど、欧米の筆記具メーカーも軒なみ経営きつそうだしな。エリカ様の「別に…」発言のあった映画でフィーチャーされてたデルタっていうイタリアの筆記具メーカーがこの間つぶれた。
それに漢字文化圏の万年筆は質が高いし、中華系企業ならその辺の重要性もわかってくれるはずだ。
まぁ好みは人それぞれだから、デザインについてあれこれ言うことはしたくないけど、国産万年筆メーカー3社の絶望的なダサさはデザインじゃなくてコンセプトにある。
それは、「3社のフラッグシップモデルが全部モンブランのパクリ」ということだ。特にプラチナ万年筆な。本家モンブランのマイスターシュテュック(一般的な万年筆を思い浮かべてくれればそれでいい)は、ペン先に「モンブラン」という山の標高4810が刻印されているんだが、プラチナの万年筆にも#3776って富士山の標高が刻印されてるのよ。
これはダサい。マジでダサい。やめてくれと懇願したくなるほどにダサい。
いや、ダサいというよりは、本当にみっともない。恥ずかしい。
創業当時にモンブランをパクったのはわかる。それは仕方ないことだ。
しかし各社創業100年とかいっていて、いまだにそのみっともない万年筆をフラッグシップに据えてるのはどうなのよ。
3社とも、バカみたいに黒金のいわゆる「仏壇万年筆」をいまだに推してるってどうなのよ。マジでみっともないから早くやめてくれと思う。
パイロットは、比較的頑張ってる。キャップレスとか海外でも大人気だし、これこそフラッグシップに据える価値のある技術とコンセプトだろう。キャップレス螺鈿かっこいいし。しかしカスタム、これはダメだ。モンブランのパクリのやつな。パクってるだけならまだいい。しかしこのカスタムのコンセプトは「持ち主に合った万年筆を」だろ。だからカスタム、と言う名前をつけて、豊富なペン先をラインナップしているはずだ。しかし、肝心の軸が選べない。判を押したように黒!代り映え、無し!素晴らしいペン先にクソダサデザインの黒軸。テンション下がるわ。もっと色を選ばせろ。白とかスケルトンとか選ばせろ!フォルカンやウェーバリーにもっと選択肢をよこせ。
セーラーな。ここはギリギリで何とか一応崖っぷちで足のつま先で引っ掛かっていると最大限好意的に見れば言えなくもないような気がふんわりとしてくる雰囲気がある。が、ダメだ。キャップの先にイカリマークつけて他のパクリ万年筆に差をつけてるが、本家モンブランにもキャップ先にホワイトスターがついてるからな。残念ながら、コンセプトは完全にパクリだ。むしろカスタムやセンチュリーよりもパクリ濃度は高いくらいだ。セーラーもペン先は素晴らしい。しかしデザインコンセプトの貧困さがやばい。パイロットのキャップレスのような挑戦的コンセプトの万年筆がない。クロスニブなどすさまじいものはあるが、それを支える軸がまたしてもパクリの黒だ。かろうじてバルカロールが息をしている程度だ。しかしそれも黒。そして公式サイトが00年代の作り。そして死にたいのは、「ふでDEまんねん」という小林製薬も重篤な病に侵されるほどのクソダサネーミングの万年筆。フォントもクッソダサい。中華がパクって「美工筆」という名前で各種万年筆を出しているが、正直クッソうらやましい。美工筆という字面すごい。そしてこの美工筆はいろんな万年筆に対応している。聞いてるかパイロット。
プラチナは最も罪深い。まず適当にプラチナ万年筆の公式サイトいって製品ラインナップを見てほしい。クソが映り込むはずだ。いや、さすがにそれは失礼だが、やはり映り込むのは黒軸のモンブランパクリ万年筆の山。そしてプラチナはパクリデザインの万年筆しか作ってない。「お、これいいじゃん」と思ったらクソ高いor限定品。高い山の標高をペン先に掲げるという罪と合わせて、残念ながらプラチナ万年筆が地獄の最下層いきだ。とはいえセンチュリーの書き味は素晴らしい。無双といって差し支えない。1万円でマイスターシュテュックに迫るペンを持てることは全世界の希望だろう。しかし、ダメ。パクリを積み重ねても3776mにしか到れない。4810mには達することはできない。
むしろ国産3社は他のメーカーにニブ(ペン先)を売る存在になってくれればそれでいい。早く中華企業の傘下に入ってくれ。中華万年筆はガチパクリが多いといっても、パクリ先が豊富で飽きないからな。国産みたいにモンブランしかパクリ先がないのとはワケが違う。凄みを感じる無節操さが熱い。それに、ついに独自デザインの万年筆も打ち出してきた。Moonmanとか。手のひらに収まる万年筆とか、美しいアイドロッパーを追及したり、コンセプトも素晴らしい。
743フォルカンとプロギアとセンチュリー使ってるけど最高だよなこれ。モンブランも素晴らしいけど全く使ってないほどだ。
それゆえにコンセプト丸パクリなのがマジでダサいしみっともないし許せないんで、さっさと中華企業の傘下に入るか、フラッグシップモデルの再考をお願いしたい。
アメリカで、万年筆あんま知らない人の前でセンチュリー使ってて、「それモンブラン?素敵よね!私も旦那にプレゼントしたのよ!」って言われたときのいたたまれなさったらなかったぞ。
まぁその旦那さんが「センチュリーは最高だよ」って力説してくれたから助かったけど。
「あっ、アジア特有のパチモンね…」で終わるぞ。まじやべーよ。
万年筆好きだからモンブランとの細かい違いも分かるし、クソダサ黒軸も大好きになってるけど、これそろそろやばいでしょ。
ペンである以上、似るのは仕方ないけど、似すぎな製品を「フラッグシップでござい」っていうのはもう限界だろ。
ただでさえ「昔ながらの価値観に染まるのが大人の証」なんていう価値観が通じなくなってる時代だぞ。
いつまで「わかる人はわかってくれる」なんていう中学生男子式ゴミ恋愛観に支配されてるつもりだ。それで日本は30年を失い、未来を失ってる最中だぞ。
台湾のツイスビーとかすげぇだろ。VAPEに間違われるんだぞ?それ自体が次世代の証拠だろ。うらやましくて仕方ないわ。ECOかっこいいし、プランジャー式を再定義したのはすげぇ。コンセプトで完全に日本を抜いてるわ。
プレピーいいよ!殺したりなんかしないよ!
むしろそういうユーザー層を広げる施策をとってるくせに行き着く先はパクリ黒軸、と言うクソダサコンセプトを何とかしていただきたい。
あとプラチナならプロシオンもいい。かもしれない。なんかもうよくわからんくなってきた。俺はただ、選択肢が欲しいんだ…。
「今更かよ」とか「お前知ったかぶりしてるやろ?」とか、まぁそれはいいけどさ…。
あんたらは「国産万年筆がダサい、みっともない、コンセプトの丸パクリは恥ずかしい」っていう話に真剣に向き合ってきたのかよ、という話だよな…。
そうなんだよな、後々考えても一番気持ちいいのはその時間なのに、どうして現場では、我慢できなくなって挿入したり、はやくイカせなきゃ!みたいな焦りに囚われたりしてしまうんだろうな
好きを仕事にして、働いてるだけで幸せなやつが、給料低すぎて仕事辞めるからマジ辛いとかマジ舐めてんだろ。
そのクラスの給料で誰もやりたがらなくてソイツもやりたくなくてしょうがない仕事をやって生きている人がいるんだよ。
もしも誰かに投銭出来るって言うなら、俺は絶対ソイツらに金を投げるね。
たとえ元大量殺人鬼だろうと、人格破綻を拗らせた人罪だろうと、息を吸う回数より嘘を吐く回数のほうが多い塵屑だろうと、誰もやりたがらない仕事をやって誰も羨ましがらない金を貰って生きている連中のほうを応援するね。
夢を叶えて、毎日幸せに生きて、それでまだ不幸面してる奴に手を差し伸べたりしねえよ。
たとえソイツがすげえ天才だとしても、どんなに優秀でも、変わらねえよ。
ソイツを支援することで、この世界に技術革新が起こりまくって突然人類皆が今より3割増しで豊かになるなら話は変わるけどさ。
そこまでのことは出来ないだろ?
それなら俺は、俺たちの生活を底辺で支えてくれる奴の元に金を落としやりてえ。
銭を投げるならまずはそっちじゃなきゃ何かがおかしいだろうがよ。
○朝食:めだまやきとスクランブルエッグの中間(下手なだけ)、納豆
○調子
ゲームして、ご飯食べて、本読んで、ドラマ見て、と自分の楽しいをたくさんした。
ちょっと今月は仕事がキツい上に精神状態もヤバくて、キレたり怒ったりしてしまってよくなかった。
頭使わずにできるので、Netflixで「Mr.イグレシアス」という海外ドラマを見ていた。
そうそう、こういうのこういうの、こういうのでいいんだよ、とうなづきながら楽しめた。
それと、さすがにグラブってるだけもどうかと思ったので、本も読んだ。
まだ事件が起こる前までしか読んでないので、どうのこうのはないです。
○グラブル
あと古代布400枚で島素材は統べ分集まる。古代布は1日2回までのデイリークエストで集めるのがかなり効率いいので、日課にする。
どうせ、次に書く素材と天星器のために、グラブらないといけないわけだし。
虹星晶はあと2430個、碧空の結晶があと290個もいる。これは辛い。
近くに学校がいくつかある駅前商店街で、客は若い女の子を中心にたくさん来る。行列こそできないが、客足が途切れることはない。
「夜なのに暑いな」
俺は独りごちてシャツの袖をまくった。もう長袖も限界の季節だ。
俺の両腕にはヤクザだった頃に入れた紋紋がびっしり入っている。その頃ももうそんな時代でもないのに、言われるがままに入れてしまった。
後悔はしていないが、未だに面倒がつきまとう。
今は長袖を着て隠しているから、こんなにイカツイおっさんがタピオカミルクティーを売っていても、怖いもの知らずの女子高生や子供達にはクマの着ぐるみの様な扱いをしてもらえるが、さすがにこれはマズいかもしれない。
そんな事を考えながら、人通りの途切れた夜の街でクマとタピオカミルクティーが描かれたブラックボードを店内に片付けていると、後ろで足音が止まった。
「あ、あの!」
振り返ると女子高生が縮こまって立っていた。
「違うんです! 私をこのお店で働かせて欲しいんです!」
そう言って、長袖シャツの手を腹の位置で祈る様に組み合わせるのを見て思い出した。
「クビになっちゃったんです。お父さんがお金貸せって怒鳴り込んできて……みんな怖がっちゃって……でも、クマの店長さんなら」
客の女子高生にくまのプーさんみたいに呼ばれてる事を俺はこの時初めて知った。
「親父さんはカタギなのか?」
コクリと頷く。
「じゃあ俺なら親父さんにビビったりしねえわな」
彼女が頭を下げた。
「俺は、雇い主兼用心棒ってワケか。ウチの店は小せえカウンターの路面店だからあんまり涼しくねえけど大丈夫か?」
彼女が袖口を押さえた。足も真っ黒なタイツだとその時ようやく気づいた。
「私、寒がりなので大丈夫です」
「私、フルで入れます!高3だし、受験しないから学校は別に行かなくても…」
「でもそうすると」
「時給はとりあえず1300で良いか?」
「え? そんなに?」
お嬢は毎日閉店までよく働いた。学校が休みの日は開店から晩まで。
「お嬢、たまには休んでも良いんだぜ? 別に店だって毎日開ける必要はねえんだ。この店が年中無休なのは、俺がタバコ代と晩酌の酒代位しか金と時間の使い道がねえからなんだしよ」
「お酒飲むんですか?」
「毎日オールドグランダッドを一杯だけな。俺の流儀でね。多くても少なくてもいけねえ」
「あ、そういう飲み方もあるんですね」
お嬢は棒銭を持ったまま珍しいものでも見る様な顔で俺を見ていた。
親父さんはお嬢が入って1カ月後にやって来た。
足元があやしい男が店の前を行ったり来たりしていた。ひどく老けて見えた。
そのアル中の男が再度通り過ぎた所で、俺はゴミ袋を持って店の前に出た。
戻って来ようとした親父さんと目が合ったが、おどおどと引き返して行ってしまった。
用心棒らしい事は何1つしていないが、役目は果たせた様だった。
夏休みになり、お嬢が太鼓判を押すので、タピオカ入りフラペチーノとやらも売り出したら、店には行列が出来た。
なかなかに儲かったが、ブレンダーにかける手間が掛かるので、目が回る程に忙しかった。
冬になって、2人でホッとした。正直もう二度とやりたくない。
それから半年経った3月1日、店のシャッターがガンガンと叩かれた。
「この貼り紙何ですか?」
シャッターに貼り付けておいた紙を目の前に突き付けられた。
「見た通りだよ。店はもう閉めたんだ。元々このビルの建て替えまでの1年の契約でね」
「私、卒業しても働くって言ったのに!」
「店は別の所でやる」
お嬢の顔が若干ほころんだように見えたが、続けて隣県の駅名を言うと、それは消え失せた。
立地の条件や雰囲気はここと似た様なものだが、電車で1時間半の所だ。近くはない。
「じゃあ、もう……」
「鉛筆ビルの店舗の上の2、3階のアパートと丸ごと借りれたんだ。俺と副店長の寮にしようと思ってな」
「そう……ですか」
「どう思う、副店長?」
「え⁉︎ 私?」
「他に居るか?」
「良いんですか⁉︎ あ、でも……お父さんが」
「親父さんにはコレで手を切らせるさ」
「お嬢が受け取らなかったボーナスだよ。フラペチーノで稼いだ金なんだからあんたのもんだろ」
話はつけられるだろう。そういうのが得意な知り合いの力を借りても良い。あの手の男は力関係に敏感だ。
「引っ越したらすぐ出来るよ」
「……勘弁してよ」
「動物心理学」は動物の学習、知覚、認知、生理機構といった諸形質の放散と収斂の原理と過程の解明を目指す心理学の一領域である。
心理学全体の中ではマイナーではあるが、国内の研究者の集まりである「動物心理学会」は、実は数少ない戦前から続く (1933年発足) 学会であったりもする (ただし、悲しいことに、動物心理学が学べる大学は減り続けている)。
だが、動物心理学を学びたいと思った学生が、何から手を取ればいいのか、あまり紹介の記事が世に出回ってない気がした。そこで、独断と偏見で、オススメの書籍を挙げてみた。番号はオススメ順とかではなく、特に意味はない。気になったものを読めば良いと思う。
(1) 動物たちは何を考えている? -動物心理学の挑戦- (技術評論社)
日本の動物心理学の主だった研究者たちが、動物心理学の代表的な研究について平易に語った本
(2) パピーニの比較心理学―行動の進化と発達 (北大路書房)
マウリシオ・R. パピーニ (著)
日本語で鈍器のような大きさでまとまっているのはこれくらいか?
(3) 鳥能力―小さな頭に秘められた驚異の能力 (化学同人)
渡辺 茂 (著)
筆致が軽やかで、ベッドの上で寝転がりながら読んでも十分に理解できる。書名通り鳥限定であるが、名著である。
(4) ハトがわかればヒトもわかる―比較認知科学への招待― (共立出版)
渡辺 茂 (著),
動物行動学の創始者のローレンツがいかに動物と向き合い、その行動を観察していたのかを記したエッセイ
ローレンツの論文は難解で読みづらいことで有名だが、一般向けの著書は対照的に驚くほどとっつきやすい
(6) タコの心身問題――頭足類から考える意識の起源 (みすず書房)
哲学者である著者がダイビングでタコ・イカと接することを通じて彼らの生き方
タコとて侮るなかれ。動物心理学を志す者が覚えていてほしい動物との向き合い方がぎっしり詰まった一冊である。
(7) 動物心理学史―ダーウィンから行動主義まで (誠信書房)
R. ボークス (著)
動物心理学が、いかなる過程で独立した分野として成立したのかを述べた本
ダーウィン (著)
言わずと知れた、ダーウィンの古典である。いつ読んでも何かしら発見があるもので、それが古典が古典である所以なのだ。
余談だが、動物行動学の論文でダーウィンが扱った問題を再び取り上げるときは “Charles Darwin once said…” という殺し文句で始めることがある。
「脳」の起源と、その発生、さらには脊椎動物の脳のデザインがいかに生じたのかを、ホヤから霊長類研究者まで多彩な研究者が論じた本
図や動画が手に入るURLのQRコードがついてくる嬉しいおまけつき
(10) 感覚器の進化―原始動物からヒトへ水中から陸上 (ブルーバックス新書)
岩堀 修明 (著)
眼はいかにして出来上がったのか?感覚器 (視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚) が現生の形になった進化の道筋を解説した本
ユクスキュル (著), クリサート (著)
比較生理学の祖、ヤーコプ・フォン・ユクスキュルが豊かな想像力で動物の生理学的機序からその「環世界」について語った本
名著中の名著である
ヤーコプ・V・ユクスキュル
同著者が、生物の生きる、その固有な世界像について、当時の解剖学的知見と合わせてより詳しく解説した本
(13) あなたのなかのサル―霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源 (早川書房)
フランス・ドゥ・ヴァール (著)
ドゥ・ヴァールはかなり擬人主義的な研究者で、研究者によって評価が真っ二つに分かれる。動物心理学も一枚岩ではない。氏の著作に同意するかどうかは、自分をどのような立脚点に置きたいのかをはっきりさせる意味でも一度は目を通すと良いだろう。
スティーヴン ミズン (著)
人間の心はいかに生まれたか?スティーヴン・ミズンは「元は個別の用途に進化させた認知機能が、文脈を問わず適用できるようになった」認知的流動性により、高度に柔軟な我々の心が生じたと考える
内容は既にやや古いが、独創的な論考の面白さは色褪せない
佐藤 方哉 (著)
行動主義心理学のエッセンスが詰まった本。絶版なので図書館で探そう。
「行動主義」的なものの見方は、認知研究では棄却すべき対立仮説として扱われることが多い。しかし、実際にはその対立仮説は多くの場合単なる誤解であり、藁人形を叩いているに過ぎない。
箱田 裕司 , 都築 誉史 他
比較認知科学は、動物心理学の中でも、動物の認知機能を種間で比較し、その種差や共通性を描出する分野である。比較認知科学の実験では概念や手続きが認知心理学のものを援用することが多い
従って、認知心理学についてよく知るのが重要なのは至極当然なのだ
池内 昌彦 (監修, 翻訳), 伊藤 元己 (監修, 翻訳), 箸本 春樹 (監修, 翻訳), 道上 達男 (監修, 翻訳)
今日、科学の分野間の壁はますます小さくなり、生物学と動物心理学をことさらに区別する必要性も薄くなりつつある。
とはいえ、原書版は鈍器のように重たいので、エッセンシャル版の方が挫折しないと思われる。
泰羅 雅登 (監修, 翻訳), 中村 克樹 (監修, 翻訳)
同様の理由で、自身が神経科学を取り入れるか別に、神経科学についてもどこかで通っておいた方が良いかと思われる。
そもそも、「動物心理学に固有」な方法論というのは現代にはなく、近隣領域と連続的なつながりを持って成立しているのだ。
心理学の成り立ちに関して、コンパクトかつしっかりまとまった本
歴史を学ぶと、どこかで役に立つ。物理学者エルヴィン・シュレディンガーの言葉を引いておこう。
歴史は, あらゆる学問の中で最も基本的なものである。なぜなら、人間の持つ知識には、その成立条件や解決してきた問題や, 果たすべき機能が忘れ去られた場合, その学問的意義を失わないものは存在しないからである。
横澤 一彦 (著)
視覚に興味があるなら、読んでおいて損はない。
(21) メイザー学習と行動 (二瓶社)
ジェームズ・E. メイザー (著), James E. Mazur (原著), 磯 博行 (翻訳), 坂上 貴之 (翻訳), 川合 伸幸 (翻訳)
学習完全に理解したマンになりたい人が必ず読む本。学習完全に理解したマンになりたいなら読もう。
次に読む本としては『オペラント心理学入門―行動分析への道』も良い本である。
(22) 古典的条件づけの理論―パヴロフから連合学習研究の最先端まで
入門レベルでは「犬とベルと唾液」くらいにしか教わらない古典的条件づけが、いかに奥深く、理論的な探求に富んだ領域なのかが概観できる。例えるなら魔術書である。
(23) 感じる脳 情動と感情の脳科学 よみがえるスピノザ (ダイヤモンド社)
これも動物の研究者の本ではないが、ダマシオは身体性を重視する立場の認知神経科学の方向を作った一人だ。
ダマシオは多作で、『デカルトの誤り』『自己が心にやってくる』など、他の著書も面白い。
リチャード・ドーキンス (著)
進化学流布の急先鋒、ドーキンスの一般向け書籍。同氏がスリリングな筆致で進化について語る。
『利己的な遺伝子』の方が有名だが、オシャレさでは『盲目の時計職人』の方が上だ。
V・S・ラマチャンドラン (著), サンドラ・ブレイクスリー (著)
これの動物の研究者ではなく、ヒトの神経科学者の本であるが、大変面白い逸話がたくさん載っているので挙げた。
続編に『脳の中の幽霊再び』『脳の中の天使』も出ていて、どれも楽しく読める
鳥にも我々と同じように目・耳が二つ、舌が一つ、皮膚には触覚受容器が備わっている。しかし、世界の見え方はまるで違うことがわかっている。彼らの感覚世界について、鳥類学者が一般向けに語った本
鳥の代表的な認知研究について、各項目2p程度でまとまった入門書。どんな研究が、どのような方法で行われているのか、ざっと知るにはぴったりである。
ちょっと邦題が間抜けな感じがするが、原題は "Bird Brain: An Exploration of Avian Intelligence” である。
生物という視点から「心」がどのように形成されたのかを解説した本
まとめ方が独特だが、面白いことには間違いない
岡ノ谷 一夫 (著)
動物のコミュニケーションはヒトの「人間らしさ」について何を語るか?
元が高校生向けの連続講義であったらしく、大学生なら誰でも読める。
おまけ
リチャード P. ファインマン
ここ二週間ほど仕事を頑張りすぎたので、ついに疲れが限界に達した。土曜日は起きてもカゼのようなふらふらとした感じで、食料の調達以外ほとんどベットから起き上がらずパソコンをいじっていた。東浩紀が酔っぱらって津田大介と語り合う動画をベットで横になりながら聞いていた。この二人の語りって本当に好きなんだけれど、酔って東浩紀が暴れていたシーン以外覚えていない。日課の筋トレも体を動かしちゃいけない気がしてできなかった。起きていると心臓がドキドキして、なにか神経がイカレてる感じがする。だけれどどうしたらよいのかわからない。
日曜日は起きたら昼になっていた。なんだか全身が痛かった。風邪なのか? いやカゼ独特の全身の熱っぽさは感じない。とにかく体がきつい。それでいて睡眠を貪る余裕もないと感じた。良くないとわかっていながら、ぼーっとPCをいじっていた。何かしようかという気持ちがありつつ何もできず夕方になった。久しぶりにaiueo700の動画をyoutubeで見たら、楽しそうに自転車で街を駆け抜けていた。彼は本当に、生き生きしている。思わず自分も自転車で街へ出かけたくなった。ふと、図書館へ本を返すことを思い出したのでやっと閉館ギリギリの図書館へ滑り込み図書を返却し数冊適当に借りた。
どういうわけか、図書館へ行くと楽しい気分になっていた。たくさんの本を前にして、まだまだ自分には読みたい本があるという前向きな気持ちになれた。本当に人間の感情は不思議だ。途中でファミレスによった。元気をついてくれよと自分に念じつつ、ステーキを食べた。その後、しばらくファミレスで本を読んだ。ルポルタージュを読んでいて、楽しくて一気に読んだ。どう見ても泣くべきでないシーンなのにも関わらず涙が流れ落ちた。なんで泣いてるんだろ。読了の余韻もそこそこに、店を出た。ああ、風が心地よい。頭の中でaiueo700を演じつつ、帰路についた。
やっぱりネットをやって引きこもると精神的につらいものがある。どうしてもネットだとアニメとかラノベとかそういうジャンクなコンテンツに偏ってしまう。面白い情報ってネットでは手に入らない不思議。
ああ、そろそろお薬が効いてきたから、寝るね。
っていうか教育もまともにできてないよね。
そもそも間接経費がないと学校組織そのものが回らなくなっているので、辺り構わず教育だの研究だのの大型予算に応募しているだけで、新分野の創造も新しい教育のためのセンターも時限の予算が切れたらほっぽって次の予算申請の書類書きに追われる。
その上、予算が膨らむ一方で人件費は減り、申請計画を遂行するのは三年任期で、酷い場合は時給1500円で雇われた30台、40代の若手。
本来、彼らが一番研究しなければいけない時期なのに、学会に行こうとすると「先生の給料は研究のために出てるわけじゃありませんから」と言われて、有給をとって自腹でいかないといけない、という…。