はてなキーワード: 回れ右とは
二度と来ないとまで書かれたようだから、よっぽど地雷だったんかなと思ったけど
むかつくのは確かにあるから、閲の立場からすれば分からないでも無い
その時の管理人の態度は、別にスルーで良いと思うけど、謝罪と今後の対応とでまあ大人
かと思いきや、請求制の裏サイトの条件が変更し、文句言われた作品を全ページ修正
突然にサイト改装したり、コメントレスページを追加したり。おそらく前のページを自然に消すため
かなりむかついているみたいw
日記やサイト上では押さえているみたいだけど、行動に滲み出ている
返信要らない・二度と来ないと言われても、何か書かずにいられなかったみたいだしw
わざわざ直さんでも。修正するあたり真面目なのかな?
腹が立ったからか。自信作だったのかな?
18禁が20禁になったけど、20才以上なら問題ないとでも思うのかな?
前置きして注意してもらうようにとあるけど、設定の問題でなく
粘着せずに二度と来ない宣言してくれるだけましと言ったら駄目か
おそらく好意的な閲以外に慣れていないみたい
砂かけしたくなるほどの話ってどんなのだろ。気になるw
よっぽど好きなサイトでなきゃ、請求なんてしないけど、それ目当てに請求したくなった。
ふと疑問
私も悪いところがあるので、決して相手だけ悪かったとはいいません。
…が、一方的に悪者扱いされて、でも周囲に「反論したりしたら泥沼だよ」と言われて我慢した分のうっぷんをここで晴らさせてください。
あまり面白いものではないのかもしれないので、気分悪くなりたくない方、あと時間のない方(長いっす)は回れ右、でw
私は、恥ずかしながら小説を書いたりするのですが、ある小説コンテンツ上で公開した小説に「すごい面白かったです。漫画化していいですか?」と書き込みしてきたのがその相手でした。
ほかにも面白かった、というコメントはあったのですが、実際に絵がうまい人に、漫画化までしてもらえる、というので、私は舞い上がりました。
彼は、自分の境遇とその主人公が似ていると言っていて、かなりのスピードで、実際に漫画を描いてくれました(でも、完璧主義らしくて気に入らないところがあったとか言って消されて結局見てませんが。。。)
なので、私も資料探しなんかに協力していたのですが、そのうちにいろいろ話がもりあがり、ほぼ毎日メールをするようになりました。
ところがあるとき、突然彼が登録していたSNSのアバターを女性のようなものに変えたので、その意図を問うたら、謎を解いたうえで自分に会いに来い、と言ってきたのですが、いろいろ問い詰めているうちに結局性同一障害で、体は女なのだ、と告白してきました。
そして今まで話をしていた内容のほとんども嘘だ、と。
それでも私は仲良くなった相手だし、その時はまだ常識のある人物のように感じられたので、いろいろと嘘をつかれていたことを全部水に流して、そのあとも付き合いを続けていくことにしまた。
けれどおかしくなってきたのはそのあとです。
ちょうど去年の今頃くらいからでしょうか。
彼の作っていたSNS上のサークルに参加したのですが、メールでやり取りしていた時とは違い、気に入らないことがあると雑談版に書き込み、その後とにかく攻撃的なメールを携帯にしてきて、ぼこぼこにされたのです。
そのあまりの内容に、私が泣きながら電話をして謝って仲直りをして、を繰り返していました。
はっきり言って今思えばその内容も、矛盾だらけだったし、「それ私悪くないじゃん」的な内容や、彼が勝手に事実を捻じ曲げて発言していたり、自分が言ったことを責任転嫁していた部分も多かったのですが、人格否定するような言葉の羅列に打ちのめされてしまって反論もできずにいたんです。
そのため、もう縁を切ろう、と毎回思いました。ですが、相手は自分を信じていろいろさらけ出してくれたのだし、それを突き放すのはいけない、と我慢して電話をしてつなぎをつけていました。
そうして、ほぼ月一で、ほとんど喧嘩、というより人格否定のオンパレードのメールが来きて、それに私が電話して謝って、の儀式が続いていたある日、突然『忙しいから』と彼がサークルを脱退しました。
その直前にサークルメンバーへのバッシングを書き連ねていた彼は、新たにサークルを立ち上げる宣言をしていましたが、それらのコメントも全部消したうえで突然の脱退……
管理人は直前に私に委譲されていましたが、実質上の管理者の脱退でサークルは混乱しました。
けれどつながってすぐぶち、と切られる始末。
メールも送ったら「アドレスが不明です」といったエラーメールが返ってきて、ほんの一昨日送った時には通じたメールがアドレス変更されて通じなくなっていたのです。
加え、SNSでは私はブラックリストに入れられて彼のプロフも見れない状態となり、完全に連絡が取れなくなってしまいました。
しかも彼は別のサークルを立ち上げ、そこで楽しく新しいメンバーと活動を始めただけでなく、ブラリしてない旧サークルの一部のメンバーだけそこに誘ったり、していて、私もブラリされたほかの子も「ああ、切り捨てられたんだな、と実感していました」
そんな扱いをされてはもうしかたない、と、私を含めたサークルメンバーは、見切りをつけて自分たちで新しいサークルを立ち上げよう、と動き始めたのです――が、その矢先です。
大体1か月くらいたったころですかね。
それも、恐ろしく普通の感じで。
「ちょっと忙しかったから全部シャットアウトしてたんだ、うん。携帯壊れたからここに連絡くれ」
と番号付のメールが来ました。
ガチャ切り、アドレス変更、理由のわからぬブラックリスト入り、突然のサークル脱退。
それで、かなり頭に来ていた私は、完全に無視していたのですが、そうしたら私の小説を上げていたHPブログ、ヤフブロ、どころかアメーバピグのメッセージも送ってきたうえ、私のピグライフの庭にまで出没し、私の名前のわかるところすべてにコメントをしてきました。
バッシングもあれば、すがるようなコメントもあり、日と時間でコロコロと内容の変わるメッセージやコメントがずらずらとならんだのです。
私はペンネームをそのままハンドルネームにしていたので、簡単に追跡できる状態だったとはいえ、ほとんどストーカー状態で付きまとわれ、しかも彼自身の開設したブログで「あいつの書いている小説は俺の盗作だ」とか「サークルの世界観も似たようなの知ってるしな。パクリと言われないといいけど」といったバッシングには、精神的に参ってきてしまいました。
そこで、サークルで関係したメンバー全員で文面を考え、彼がよくメンバーにやっていたように「返信不要」とつけた一方的なメールを送り、絶縁状を叩きつけたのですが、そうしたら今度はトーンの変わったメールが全員に送られてきたのです。
「このたびは迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。一言電話で直接お詫びをさせてください。それができなければ自分は存在する価値がないため、今日中に自殺します」
いや、こけおどしと分かっていたんです。仲間には放っておけ、という人もいました。
でも、自分のせいで死なれるなんていやだ、と思い仕方なく電話しました。
ですが、そこでまた、さらに恐ろしいことを言われたんです。
「いや、実は一回会った時(一回リアで会ってたんです)からマジで好きで、どうしてもつなぎ取りたくて、でもやり方がわからなかったからあんなやり方したんだ」
――正直、馬鹿じゃないの、と思いましたよ。
たとえどんな理由だとしても、一生懸命書いた小説を盗作扱いされ、世界観を馬鹿にされ、それで好きと言われて「本当に???」と喜ぶ女がどこにいよう。
その時はとりあえず、すでにリスカしたとかいう相手を刺激しないように、と温和な感じで話をしましたが、もう話をする気ないことは伝えていました。
でも、私の中にはぐるぐると「盗作」「パクリ」という言葉が渦巻いていました。
何時間もかけ、創意工夫を凝らして書いたものをそういわれるのがショックで、それに正直、相手のことはもうどうでもいいと思っていたし『ネット絶ちする』と言っていた言葉を試す意味で、ブログにこの落ち込みを書いていました。
「お前、ブログに書くな言うたやろ。それに、今思えば俺だけが悪いわけじゃないし、手打ちするなら今まで、俺が更けてるとか、描いてる絵は老け顔が多いとか言ってきた件についてそっちが謝ってこい」
とのこと。
古い喧嘩の内容を蒸し返して…というなら、まあブログに書いた私も私なので納得がいく。
でも、自分が老け顔だ、とか絵が老け顔が多い、と最初に言ったのは自分なのに、それをその場のノリでいじっただけの私が悪いことになっていて、それを謝ってこいという。(逆に何かで私がいじられたことも多々あった)
しかも、前の件って一方的に縁を切ってたのは自分なのに、古い昔の件があるから私が悪いっておかしいでしょ。
あと、
「謝ったら許してやっていい」
あの時は私が「許してやる」はずの立場なのに、なぜ下から私が「許してもら」いに行かねばならないのか。
「俺は精神的に普通じゃないんだから、変な行動をするかもしれないって言ってあっただろ」
それらがあまりにばかばかしかったし、周りみんなから無視するようにアドバイスされていたので、数分おきに入っていた着歴もブログコメントも全部無視していたら、
「もうお互いのことは忘れよう」
とか
みたいな内容のメールが来て、それを最後に連絡は途絶えました。
ようやく連絡が途切れてほっとしているものの、おかげで2作ほど盗作扱いされた小説はあげられなくなりましたし、もやもやしたものが私の中に残りました。
そうしてしばらくもやもやしていたのですが、ふとした拍子に「ボーダー」という存在を知り、ああ、全くあてはまるな、と思ったのです。
来歴の嘘をつき、相手の同情を誘う。
きつい言葉を叩きつけ、激怒するくせに、少しするところりと機嫌が変わって普通に接してくる。
逆にきつい言葉を言われたり、無視されたりすると、自分の存在自体を否定するような言葉を言って消えようとする。
何かあると自殺をほのめかす。
自分が悪かったことを捻じ曲げ、相手のせいにする。
などなど。
でも、今境界性人格障害について知ったのちは縁をきれて本当に良かったな、と思っています。
なんていう考えの人間のそばにいられはしないし、そんな人が支配するサークルではやっていけませんからね。
彼曰く、私は悲劇のヒロインらしいですが、別に同情なんてほしいと思ってません。
ただ腹が立つので吐き出す場がほしいだけです(笑)
そして私の場合、吐き出すのに一番いい方法が文章を書く、というだけです。
これ見つかってまたメール面倒ですが、その時はその時です。
散歩をしていると犬が吼えてきた。
よくあることなので無視していると尻に衝撃があり、前のめりに倒れてしまう。
立ち上がって背後を見るとロープを首から垂らしたでかい犬がいた。
小学生の頃、下校途中に近所の悪評高い凶悪な犬に追い掛け回されて以来、犬という生き物が苦手になので、
正直こいつはやべぇよとびびりまくっていた。
犬の首には首輪があり、首輪にはロープがついている。という事は飼い主がいるだろうし、恐らく散歩の途中なのだろう。
辺りを見渡たしてみるが、それらしい人影はない。ペットを飼うものとしてのマナーがなってねぇよとうんざりした気持ちになり、その場を離れようと歩き出したが、何故か犬がついてくる。
ロープに付属している金属がアスファルトと擦れてちゃりちゃりという音を鳴らしている。
俺は平静を装っていたが、しかし背中には嫌な冷たい汗が流れているのを感じた。
なんなんだ?
この犬は? この状況は? 俺の何がこの犬を刺激した? 興味を惹いた?
緊張感が高まり、もうこれ以上は耐えられないという地点まで来たところで、女性の鋭い、悲鳴にも聞こえる声が響いた。
驚いてそちらを向くと、かなりの速度で駆けてくる二十代後半ぐらいの女性が見えた。犬も女性の方へと走っていった。飼い主と飼い犬の再開である。
女性が屈んで犬を抱きしめる。犬も飼い主の女性の頬を大きな舌でベロベロしている。
よかったよかったと胸を撫で下ろし、俺はその場から立ち去ろうとしたが、背中に「待って!」と声をかけられる。
えっ・・・と思い、振り返ると、女性が厳しい視線でこちらを見ていた。
他人の敵意や悪意には人一倍敏感な俺なので一瞬で狼狽した。
女性が口を開いた。
「どうして人の犬を連れていたんですか?」
違うよ! その犬が勝手に俺に体当たりをかましてきたんだよ! ついてきたんだよ!
弁明しようとした。しかしそこは人付き合いが死ぬほど苦手なニートである。口が動かない。全身が熱くなって、
落ち着きがなくなり、視線が泳いでしまう。どう見ても挙動不審である。女性の目つきは今や犯罪者を見る目そのものだ。
やっと口を開いて、言葉を発する事に成功する。
「じじじぶんはかんけーぃねぃですぅ・・・」
成功ではない。大失敗である。俺は泣きそうになった。というより、視界が涙で滲んできたし、
「あああああ、あの、その犬が勝手に・・・」と言う声は擦れ切っていた。
もう耐えられなかった。俺は回れ右をすると、駆け出した。女性の「あ!」という声が聞こえたが、もちろん無視し、
立ち止まらず、とにかく走った。曲がり角を見れば曲がった。障害物があれば、その影に隠れるようにして走った。
犬が次の瞬間にも先ほどのように背中に体当たりしてくるのではないかという恐怖心が足に更に早く動かさせた。
何分ぐらい走ったのだろうか。気づくと立っていられないほどに疲労していた。俺は座り込んだ。すると自分の口から変な声が漏れた。「うっ・・・うっ・・・」それは自分でも抑えられなかった。嗚咽である。
何でこんな事をしているんだ。なんであの女性にちゃんと説明できなかったんだ。逃げ出さずに、
理路整然と言葉を紡げばきっと厳しい視線は穏やかなものになった。疑いは晴れた筈だ。
なのに・・・なのに・・・俺はまともに口を利くこともできず、変な気持ち悪い声で言い訳し、挙句の果てにはまさに犯罪を指摘された罪人そのものの如く、その場から遁走した。
いい年して何をやっているんだ・・・。もう大人と呼ばれるべき年齢なのに。
犬が悪いんだ・・・犬がきたから・・・犬が勝手についてきたから・・・。
俺は疲れた身体を無理やり立ち上がらせ、どうしようもないほど惨めな気持ちを抱えながら、誰の目につかないように、女性と犬に見つからないように、隠れながら、潜みながら、自分の家へと帰った。
大阪で学生やってたとき。同じ大学で知り合った沙紀って子と仲良くなった。音楽の趣味が合ってたのでよくライブに一緒に行ってた。最初はフジファ ブリックだったかな。あとは友達がやってるバンド見に、田舎の小さいライブハウス行ったりしてた。ライブハウス行った後は地元でたこ焼き食ったりバー行っ たりして帰るのが定番コースで、その日も枚方のBLOW DOWNていうライブハウスに行って帰りに立ち飲みのバーで二人で飲んでた。沙紀は酒が強くて、よく笑う子だった。
と彼女がいうのは金が無い学生の常套手段で、手っ取り早く酔うためにワンショットで飲むわけだ。テキーラが入ると沙紀はガハハハと色気の無い声で 笑って、今日のライブがどうだったとか、あそこの演奏がダメだったなんて批評家に変わってしまう。ただ、ボクはそれは黙ってふんふん聞いているのが好きで はあったので、その時間はそれなりに楽しかった。
いつもは2時間ばかり飲めば帰ろうという流れになるのだけれど、その時は沙紀がいつも以上に酔っ払っていてなかなか帰ろうとしない。どんどこ酒を注文してはガハハハと笑っている。と、突然沙紀が「はい」と手を上げた。
「なに?」
「ばんちゃんはさ、大学出たら何するの?」(※ばんちゃんはボクの当時のあだ名)
「サラリーマンかな」
「似合わんね」
「そうでもないよ。沙紀は?」
「お嫁さん」
「ははあ」
酔っ払っている女に突っ込むのも面倒だったので、てきとうな相槌を打った。正直言って沙紀が主婦やってる姿なんて想像できなかった。だけどボケなのか本気なのかの判別もつかなかったので、いい加減に返事をしたところ沙紀はちょっと怒ったようだった。
「お嫁さんになりたいねん!」
「ええやんか。誰とや」
「それはしらんよ。でもなりたいねん!」
「なったらええがな」
「なりたいの!」
「なったらええ、言うてるやないか」
そんなやり取りしていたら沙紀が急にボクの手を掴んで胸のあたりまで引っ張りあげられた。
「これデートやろ?」
「これってなんや。今この酒飲んでることがか?」
「うん」
「デートってことないやろ。おれら付き合うてるわけでもないし」
正直言ってボクも男なわけで意識してないわけがなかったのだけれど、こんな急展開は想像してなかったわけで、平静を装ってみたりした記憶がある。
「じゃあ、付き合うてよ」
「いや、おまえそんな酒の勢いではやめようや。なんで今やねん」
「今やなかったらええの?」
「ちゃんとしてるときに言うてくれたら、そらちゃんと考えるよ」
考えるって基本的にYESなんだけれども、そこは男としてがっついてないよという格好付けな意識が働いての言葉で。
「考えてくれんの!?」
と言ったところで沙紀はいつもの数倍の笑顔で抱きついてくる。そしてそのままチュー。こっちも酔ってるし、別にいいかとチュー続行。周囲の目線も 気になったけど、そこはもう音楽好きの仲間うちが来るところで、店員も客も基本的に顔見知りだし、ほとんど客もいなかったのでその辺はもう諦めた。
沙紀は唇を少し開いてぱくぱくついばむように吸い付いてくる。ちょっと間がほしくて会話を挟んでみる。
「ちゅうはいつぶり?」
「なんやそれ」
「私酔ってないよ!」
「それは酔っ払いの言う台詞や」
くだらない会話をしつつボクはこのまま沙紀と付き合うのかあ、なんて考えていた。そこで携帯が鳴った。バイト先の友人からだった。沙紀にことわっ てバーの外に出て、電話にでた。内容はバイト仲間で飲んでるから来いよっていう定番のアレで、行けたら行くわつっててきとうに会話しつつ、向こうは後輩の 子とかに電話回して一人ずつ「来てくださいよー」というようなことを言っていた。ようやく電話をきって時計を見ると20分以上も話してし まっていた。急いで店に戻る。すると沙紀がいない。
あれ?店の入り口のところで電話してたから帰ったわけでもないしトイレかな?と思ったのだけれど少し変だ。カウンターの中にいるはずの店員さんが いない。おかしいなと思い店の奥を覗く。すると少し奥まった仕切りの先に人がいた。膝から下だけ見えていた。一人は間違いなく沙紀で、もう一人はこれも間 違いなく店員だった。しかし、おかしい。何故、沙紀がそんなところにいるのか。そして、足の向きから想像するに、沙紀と店員は非常に近い位置で向かい合っ ている。
この時点でボクもある程度は想像できていたんだけれど、仕切りの隙間から中が覗ける位置まで移動すると、やっぱりというかなんというか沙紀と店員 は抱きあってキスをしていた。それどころか店員の右手は沙紀のジーパンの中に差し込まれていた。その時の気持ちは、悲しいともまた違って、単純に「女って なんでそんなことできんのかな」っていう疑問だった。さっきまでボクとチューしていた20分前のあなたはいずこへ?あとライブ友達がいなくなっちゃうなと いう喪失感はあった。
ボクはそのままくるりと回れ右をして店を出、タクシーに乗ってバイト先の飲み会に合流した。女っておそろしいなとがくがく震えながら酒を飲んで、べろんべろんに酔っ払ってカラオケ屋に出入り禁止になった。そんな話を思い出した。
これは自分でも極論だと思うし、どこかがおかしいのは確かだと思うのだが、どこがおかしいのかよくわからないし、人文系音痴の俺には適切な文献を探すことすらできなかったので、誰かが教えてくれることを期待してここに書く。
これを書くきっかけは赤木氏のブログ記事「アグネスは子供の権利をないがしろしている」( http://blog.livedoor.jp/shimanekoblog/archives/1410043.html )とそれにまつわるtwitter上での議論「13歳のセックスする権利」( http://togetter.com/li/28748 )、およびそのブクマを見て違和感を覚えたことだ。。見ればおわかりの通り赤木氏は、フェミ系とおぼしき人を中心に徹底的に叩かれており、同情的な意見はほぼ皆無に見える。確かに赤木氏の言っていることは極論であると私も思う。しかしそれを批判している人にもどうしても違和感を覚えざるを得ないのだ。
赤木氏を批判する側の言うとおり、13歳は性的主体として未熟すぎ、自己責任の原則を適用するのは無茶だと思う。つまり、13歳を性的主体として考えるべきではないのだろう。
しかしながら13歳という年齢は十分性欲もある年齢だ。とすれば、放置しておけばいきさつはどうあれ現実の行動に走ってしまう子供達はいる。それも、同年代同士の恋愛の帰結というような、13歳という年齢を考慮に入れなければ非難することが難しいような経緯のあげくということもあり得る。
これにはどう対処すべきなのだろうか。大人の視線で言えば、ともかく13歳が性行動をすべきではないということになろう。となれば、純潔道徳を推進するというのが論理的に正しい帰結のように思えてしまう。
しかしながら、「純潔」の「じ」の字でも口にしようものならこれまた、赤木氏以上の勢いで血祭りに挙げられることは間違いないのだ。
だとするといったい、この年代の子供をどう扱うべきなのだろうか。世間の良識がどのあたりにあるのか、本気でわかりかねている。
実際俺自身が中高生だった頃は、自分自身を純潔思想で染め上げていた。誤解しないで欲しいのだが、私は何らかの宗教の熱心な信者などでは全くない。単に「責任が取れないことはすべきではない、従って未成年は純潔たるべし」と思っていただけなのだ。そして奥手な男子校生としては、自分が「過激思想」を持っていると気づく余地もなかったし、それで現実とのギャップに何の問題も起こらなかった。
ショックを受けたのは大学入学以降で、周囲が何の疑問も持たずに「恋人がいれば肉体関係になるのが当然」という価値観で行動しているのが理解できなかった。完璧な避妊法なんてないのに、みんな誰もかれも、いざとなれば大学中退して子供を養う覚悟が据わっているともとても思えなかったからだ。もちろん、全員が俺のように考えないのが間違っているとまでは思わなかったが、俺のような考えが「極論」として一笑に付され、何の検討にも値しないかのように扱われたことはショックだった。今の感覚で言えば、うっかりシー・シェパードの本部に紛れ込んでしまったらこのような気分になるだろうか、それほど絶望的な孤立を感じた。
その後周囲と話していて、そのあたりの感覚は高校以前の段階で確定してしまっていることがわかった。つまり、世の常識は良くも悪しくも、「中高生の少なくとも一部は性的主体として認められるべし」なのだ。
そこで俺はますます混乱してしまった。当時、児童ポルノ論議が始まった頃だった。つまり世間様の言っていることは「中高生は性的主体」だが「中高生を性的客体にすることは児童虐待」なのだ。まるでわけがわからなかった。
現在は自分が社会人となっているので「純潔」云々を自分の問題として真剣に悩む必要はなくなったが、それでも未だにこの件はわけがわからない。
こんなことを考えるのは俺だけなのだろうか。だとしたら俺の何がおかしいのだろう。ショックを受けてから十年以上経ったが、未だにまるで見当もつかない。
どこかで見たアメリカンジョークをご紹介する。
深夜パトロール中の警官、路上駐車を見つけ、取り締まるべく近寄っていった。念のためと中を覗くと、そこにいたのは若い男女。これはお邪魔だったかと回れ右をしかけたが、ふと気づいた。この二人、見つめ合うでもなくただひたすら時計を見つめているのだ。
警官、思わず声を掛ける。「君たち、何をしているんだね」
男が答えた。「日付が変わって彼女が18歳になるのを待ってるんですよ」
これがジョークとして成立すること自体、現行法体系における児童ポルノ・児童性愛の定義に無理があることを表しているのではないか。現行法の定義で児童ポルノ・児童性愛として人の道にもとる悪と処断されてしまうものの中には、実際には問題がほとんどないものがあるからこそ、このようなジョークが成り立つわけなのだから。つまり、現行の児童ポルノ・児童性愛の定義は、「百人の罪人を見逃すとも、一人の冤罪を出さない」という現代法の精神と矛盾を来しているということなのだ。それがなぜか、自分が児童性愛者と名指されたくないためなのか、誰もが「王様の衣装が見えないやつは非国民」だと心から信じている振りをしているように思えてならない。
そもそも、児童ポルノ規制の議論をするのであればこのあたりをまず議論しておかなければ、ただの偽善家同士の争いにしかならないのではないか。中高生を性的主体として認めるのであれば、買売春の主体と認めないとしても、中高生を性の対象にすること自体はともかく罪悪ではないということになる(でなければそもそも中高生時代の俺自身を含む、ほとんどすべての人が憎むべき児童性愛者であったことになってしまう)。盗品を買うことが盗みをすること以上に罪悪になり得ないのと同様、「若気の至り」の記録を蒐集すること自体を人の道にもとる悪として断罪することは明らかに行き過ぎであり、単純所持を微罪以上のものとして処罰することには根拠がなくなるだろう。
実際憶測だが、児童ポルノの多くは「被害児童」の買春の結果として撮影されているのではないだろうか。その「被害児童」が本当に全面的な同情に値するのだろうか?少なくとも、当事者を性的主体として少しでも認めない、即ち純潔教育を否定するのであれば、本人が「児童ポルノ製造」に多少なりとも「主体的に」荷担していることは確実なのだ。その種の児童を売春した者、あるいはその記録を蒐集した者の罪は、どう考えても成人に対する強姦や強制猥褻といった典型的な性犯罪に比べてはるかに軽いものとしなければ理屈が通らないだろう。
つまるところ、純潔思想を肯定して、「18歳未満の児童には何人たりとも指一本触れてはならぬ」とする覚悟なく、児童ポルノのあらゆる「被害児童」を純粋無垢の「被害者」として押し切る思想はどこかでその種の「いいところ取り」をしているとしか言いようがないのだ。だからこそ、この議論は宗教論争のようになってしまって、いつまでも収拾がつかないのではないか。
とはいえ、だったらどうすればよいのかと問われても、このような事情でなかなか解決策が私にはわからないのだが。
『コンピューターおばあちゃん』大好きな方は回れ右して欲しい。
コンピューターおばあちゃんが怖い。
楽曲そのものではなく、「情報機器を自在に操り能動的利用を図る高齢者」という意味でこわい。
歌詞のなかのおばあちゃんだけだならまだいいが、「誰だって歳をとる。いわんや悪人をや」。
総ての高齢者がコンピューターおばあちゃん、もといリテラシー老人になったらと思うとこわいぞ。すごいこわい。
人口に占める高齢者割合に比例してネットリテラシーをもつ高齢者だって年々増加している。
そして困窮。「パソコン?そんなん持ってないけどケータイで十分だよね」「どうも情弱ゆとりです(笑)」。
さて、政党政治家は支持者を増やすためにすこし本意の裾をずらしてのばして近づくのは、確実に高齢者方面だ。
選挙に勝つためには、投票率ふくめ人口で大きな割合をしめる高齢者により有利な政策を提案しないとならないから。
ネットという拡声器を得て、ただでさえ大きな声をさらに張らせて叫びはじめる日本全国の高齢者。
彼らが「使い方」を覚えることがこわい。
受動的閉鎖的な利用ではなく、いわゆるネットの力を駆使して叫び始めることがこわい。
本当に困窮している先人を追い詰めたいとは毛頭思わないが、
「高齢である」というだけで社会的弱者という盾を若年層の頭頂部に押し付ける層も確実に存在している。
もはや「高齢である」ことはイコール「弱者」にはならなのではないか?
端的に言えばカネをガッツリ貯め込んだジジババがさらなる悪知恵をつけて生産年齢人口を圧迫することがこわいのだ。
コンピュータおばあちゃんは決して孫の味方なんかじゃない。
でかくて重い筐体を抱えて孫にのしかかるモンスターにだってなりうるのではないか。
戦争や苦しい時代を生き抜いただとか苦労して育ててやっただとか必ず出てくる配慮は今回一切排除させてもらって言う。
こわい。
だからこれ以上悪知恵をつけないでくれ。
私が将来そのひとりになる時がきたら、どうなっているんだろう。
小学校高学年ぐらいの少年が小銭をぶちまけてしまっていたから、
俺は欲しかった本が手に入って気分が良かったので拾うのを手伝った。
拾い終えると立ち上がってお互いに向き合ったのだが、少年の姿を見て驚いた。
長めの柔らかそうな髪が特に印象的だった。
そんな少年がにっこりと笑い、頭を下げて、こう言った。
「ありがとうございます、お兄さん」
綺麗なお辞儀だった。見事といってもいい。良い教育を受けているのだろう。
対して俺は、
「どどど、どういたしましてぇ」
死にたくなった・・・。
小学生相手に情けないにも程がある・・・。
少年はきっとこいつ気持ち悪いなと思っただろうが、それを全く表情にも仕草にも出さず、
またもやにっこり笑って、小さく頭を下げて、「それでは」と歩き去っていった。
私の周りにはいわゆる夢ってやつを追いかけてがむしゃらになっている人達が居る。
彼等と出会ったのはもう数年前で、その時、僕は同じようにがむしゃらだった。
綺麗事をいつも口にしては青春っぽいなぁなんてしみじみ思いながら、頻繁に彼等と顔を合わせ、時には酒を飲み笑い、時には肩を並べ悩んだりもした。
あれから長い時間が流れて、僕は何度も大きな壁にぶちあたって、その度に彼等に助けられた。
けれどある時、その壁が一向に壊れてくれなくなってしまい、そうこうしているうちに僕はすっかり歩くことを忘れてしまった。
最初はなんとかしよう、どうにかしよう、どうにかなるさともがいて見たけれど、その壁にヒビ一つ入れる事無く、今まで来た。
気づけば彼等はすっかり見えない場所まで走って行って、ここからはその姿を見る事すら出来ない。
僕はひとりになった。
壁を鼻先にぴたり添えたまま、ぼんやり立ち尽くすだけだ。
皮肉な事に、その壁の冷たい感覚だけが僕の自我を辛うじて保たせてくれている。
彼等は相変わらず昔のまま、ぴかぴかと輝いていて、それが僕をより一層悲しくさせた。
僕はもう駄目だ、君たちには僕の分まで頑張って欲しい。
そう言えたらどんなにか楽になるだろうか。
けれどそれを口にしたら最後、僕は今までの僕までも否定することになってしまう。それだけはどうしても嫌だ。
四方八方厚い壁。
その中に素手でぼんやり立つ僕はなんと無様なのだろうか。
過去にタイムスリップできるなら、ただ一つあの時の僕に言ってやりたい。
今すぐ回れ右をして、そこにいる仲間たちの元から去りなさい。
けれども今の僕には、そう願う事だけが生きる源になっているから。
どうかどうかこの些細な欲望だけは見て見ぬふりをしてください。
感想。
内容は詳しくは書かないけど、まだ見てない人は回れ右。
ループする物語が漸く転換するあのシーンで、一瞬でいくつもの感想を持った。
喜びやら怒りやら、ハルヒの表情と態度に入り交じる感情の微妙さがじかに伝わってくるようで本当に素晴らしかった。
ああ、このシーンに辿り着くための放送ループだったのかと納得。
ながいながいサスペンデッドだったなあ。
でもさすがに8回は必要ないとは思うけれど。物語の演出として。
話題作りとしては必要かも知れない。
もう一つ、あのシーンでそういえばハルヒってツンデレだったなと思い出した。
最近、一時のブーム(?)が下火になったようで忘れていた。
気がかりが一つなくなった。
ジリジリジリジリジリジリジリジリ。
けたたましくあらゆる人類にとって不快であろう時計のアラームを力任せに叩き、束の間の静寂を欲する毎朝の私。
昨夜は遅くに不定期で放送されるお気に入りのコント番組に見入ってしまったせいか、目蓋が例年より23%重い。
どんより、のろのろと布団から少しづつ這い出ながら、
先刻、この世のすべての災厄の元凶への憎しみを込めるかのような勢いで叩いた目覚ましに目を向けると、午前8時10分。
身なり構わず超特急で走るか、定期的に鬼と化す母親を騙くらかして仮病で休むかのボーダーラインだった。
…よし、走るか。
どうにか決心が固まった。そもそも起床直後の脳であの鬼を丸め込む精神的コストの方が高くつく。
そうと決まれば、血走った目で時計をブッ叩いた時の殺気はどこへやら、
我が身を鼓舞するかのように口に出してみる、「いっけなーい!遅刻遅刻ー!」。
今朝は寝癖も普段よりは酷くない。
寝坊した場合の行動パターンを頭の中で組み立てながら、同時進行で身支度を済ませる。
小学生ではあるまいし朝食を抜いても一向に構わないのだが、
とりあえず「お約束」を意識して、おもむろに食パンの角を口に銜えてみる。
唾液で千切れると格好悪いので、8枚切りから6枚切りのパンと交換する。これで準備は万端だ。
普段は何も言わずに家を出るけれど、ここはやはり「お約束」が優先。
不必要にバタバタと足音を立て急いでます感を演出したのち、「いってきまーす!」と玄関を出る。
食パンを落とさぬように下顎でバランスを取りながら、左手首を探す。
どんなに急いでいても長年の習慣のおかげで忘れることのない腕時計をみると、あと5分でチャイム。
今日は覇気のない副担任がHRを担当する曜日なのでそんなに恐れはないけれど。
緊張感が若干緩んだ瞬間ふと思い浮かんだのは、慌てて着替えていた5分前の自分の姿。
ああ、今日しまパン穿いたんだっけ。
そうだ、そうだった。あの布きれがこんな少女マンガじみた行動の引き金だ。
淡い水色と白の縞模様で、やわらかな印象のしまパンだ。
ちょっと子供っぽい柄なのは自覚しているけど、まあそういう需要もなくはないだろう。なんちゃって。
しかし、私がこれだけセルフお膳立てしても、致命的な、きわめて致命的な事実がひとつある。
そして文字通り、私の家と学校まではほんとうに、「直線」距離なのだ。
直線。道幅が広く見通しの良い、きれいに舗装のされたまっすぐの一本道。
だから。どんなに寝坊しても食パンを銜えてもいっけなーい!と言って走っても。
どんなにやわらかな綿のしまパンを穿いたとしても。
私にドラマは訪れない。決して訪れることはない。 残念ながら、そんな星の下に生まれた。
私はお気に入りの、淡い水色と白の布きれをを片足ずつ道端に脱ぎ捨て、今年通算7回目の回れ右をして家へと引き返す。
午前8時25分。水分を含んでどんよりと重く生ぬるい、夏の風が吹いていた。
**DeathX'mailes* 歌/内藤那津子 作詞/内藤那津子 作曲/内藤那津子 デススマイルズ クリスマイルズ きよしきよしこ デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ きよしきよしこ デスクリスマイルズ *=+=*ⅰ*=+=* ジルバラードもクリスマス ジングルベルが鳴り響くよ プレゼント(ほしい!) 愛と幸せ(ほしい!!) おねだりきよしこ! ホーリーナイト☆ ひと味ちがうよクリスマス ジングルヘルが鳴り響けば ソリを飛ばしてヤツが来る わがままきよしこ サイレントナイト☆ 『ウィンディア泣き虫臆病モン(うわあん) キャスパー生意気ツンデレちゃん(なによぉ!) フォレットネクラでチョー巨乳(スミマセン~) ローザはエロエロテロリスト(うっふん♪) ホルストタウンの3番街 ピザ屋を左折ってタバコ屋右折って 黒猫またいで(ニャ~)回れ右して 門を抜けたらディオール邸!! スーピィ若すぎ歳いくつ?(七ちゅ!) ディオール爺さん大ピンチ!(ひょえぇぇ~・・・) サタンクロウズ、ヘンタイだ!(おまわりさぁん!) いい年こいてるエンジェル発見!(え、誰~!?) ホルストタウンの3番街 お菓子屋右折ってお鍋屋左折って でっかいヘビにグルグル巻かれて(しぎゃー) 門を抜けたらディオール邸!! メリー・クリスマス!!』 デススマイルズ クリスマイルズ 今宵は デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 聖なる デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 願いは デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 叶うよ デスクリスマイルズ マッチの明かりに見えた未来 真っ赤なお鼻のおっきなトナカイ …ちょっとだけ、、 美味しそうデス♪ *=+=*ⅰⅰ*=+=* ジルバラードの クリスマス ケーキをみんなで作ろうよ 苺のせましょ♪(いいね!) 胡瓜のせましょ♪(えー!) よくばりきよしこ! ナイナイナイト☆ エンジェルたちの クリスマス ツリーに短冊、下げたの誰? もみの木(もみもみ) 笹の葉(さらさら…?) 雪降ってきよしこ! スノウィーナイト☆ 『風使いのくせに風邪っぴき(ハックション!) 死霊使いって何使うの?(さぁーねぇ~) 炎使いは放火魔疑惑!?(私じゃありません) 精霊使いはいろいろアレだよ(いやん♪) ホルストタウンの3番街 ピザ屋を左折ってタバコ屋右折って 黒猫またいで(ニャ~)回れ右して 門を抜けたらディオール邸!! 夢使いちゃんはマッチ売り(買ってよぉ~) ディオール爺さん超ピンチ!(ひょえぇぇ~・・・) サタンクロウズ、ヘンタイだ!(きゃぁー★) もう一人、どこかに隠れてる?(え、誰?誰!?) ホルストタウンの3番街 お菓子屋左折ってお肉店右折って でっかい紳士をぶちのめしてたら(うあー)回れ右して ディオール邸!! メリー・クリスマス!!』 デススマイルズ クリスマイルズ 今宵は デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 聖なる デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 願いは デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 叶うよ デスクリスマイルズ デススマイルズ (クリスマイルズ) いつまでも デスクリスマイルズ デススマイルズ (クリスマイルズ) 変わらない デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ みんなで デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ 歌おう デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ きよしこ デスクリスマイルズ デススマイルズ クリスマイルズ きよしこ デスクリスマイルズ マッチの明かりに見えた未来 おっきなお腹の真っ赤なサンタ …とてもすごく、、 懲らしめたいデス♪
タタとかインフォシスとかウィプロとかサティヤムとか、インド系のSIerの進出著しい。少なくともグローバルで見れば、彼らは「勝ち組」なんだろう。
でも、グローバルなんとかとやらがその実アメリカン、それもモルスタ系WASPとかゴールド萬系ジューイッシュとかがたった2年のMBAカリキュラムで学んできた範囲の狭い理論に基づいているのは今さら俺が言うまでもない。
そして、そこで必ず出てくるつまらんフレームワークにハメ込むのが得意なのが、ほかならぬインド系の連中だ。インド系ということで、周辺のバングラとかスリランカとかも(もしあるんだったら)含めてしまっていい。
そういう型通りのビジネスを愚直にやる姿勢、それは過去に日本の製造業も歩んできた道だ。高度経済成長期のようななーんもない時代だったら、そのやり方も成功の余地があった。
でも、このモノ余り、カネ余り、均質化の時代で企業各社はどうやって他と違うことをやろうかとアタマを抱えてるときに、型通りのことをやるしか能のないインド系はまったく使えない。簡単に言えば、気が利かない連中だ。
そういうインド系は、少なくとも今の日本には要らない。日本企業が求めているのは、自身が問題を抱えているときに根源の理由を見つけそれの解決に現場と汗水垂らして頑張ってくれるヤツだ。インド系は、そういうシゴトは今だ残るカーストの下層の役割なんだろう。
もちろん、現場で汗水流し頑張ることは、日本人労働者でも今や下層の役割にあるとされる。でも、彼らの利点は、問題解決というゴールに実に忠実であることだ。仕様でカバーされたことしかやらない、仕様外のことが出た途端に費用を上乗せすると言っても対応しないインド系は要らない。
冒頭で挙げたインド系企業群が、IBMとかNECとか日立とかがやっているようにコンサル業務を拡大させると言われている。まったくもって馬鹿馬鹿しい。機械がガンガン音を立てる現場じゃなく空調の効いた快適なビルの一室で鉛筆ナメナメしながらフレームワークをイジってるかと思うとアタマにくる。そういう連中、あるいはそういうキャリアパスを描きながら日本に大挙押し寄せようとしているインド系は回れ右でクニに帰れと言いたい。
昨日、たまたま通りがかった神社で祭があって、俺、祭のメシとか好きで、思わず特に深い考えもなくお好み焼き買ったんだ。
ところが結構人手が多くて、その場じゃ食えないから、ちょっとワキにそれた公園に入ったんだけど、その公園がまた浴衣とか着たカップルのデートでまったり川を眺めながら語り合ったりする場所で、ちょっと気分が盛り上がったカップルがキスとかしちゃってる場所、少し薄暗い感じの。
足を踏み入れた瞬間、ピザメガネリュックで両手にお好み焼きと発泡酒な俺は、「あちゃー、これは場違い」と直感したんだけど、なんかそのまま「回れ右」するタイミング逃して、ずいずい公園の中心部に向かって入って行っちゃったの。「なんで進むんだ、俺、氏ね」とか心の中で叫びながら、暑くて汗が流れてきたんだけど両手がふさがってるから拭くこともできなくてフゥーフゥー言いながらうつむき加減で歩いてると、周りのカップルの笑い声や会話が全部自分への嘲笑に思えて、立ち止まることもできなくて、早く公園抜けようと早足になったら、なんか余計キモクなってたと思う。
道もわからず必死でカップルの間をすり抜けながら歩いてやっと公園の終わりっぽいところが見えてきたら、なんと川で行き止まり。おまけに広場みたいになってて、もう周りが100%カップル。明らかに俺だけおかしい。その時点で多分もう頭の中パニクってたんだと思うんだけど、そこからまたお好み焼き持って今来た道を戻るとかありえなくて、どうしてそういうことになったのかわからないんだけど、広場の端っこに無理矢理スペース見つけてお好み焼き食っちまおうと思っちゃったわけ。
早くその場を去りたいから、もう必死でお好み焼きほうばってたら、横を通りがかった茶髪だけど髪をきれいにまとめた浴衣姿のスゲーかわいい女の子が彼氏に「キャハハ、すごいほうばってた!」って言ってるのがはっきり聞こえて死にたくなった。
てか涙が止まらなかった。
むしろ僕個人の愚痴なわけだけれども、まずはこの記事を読んでから。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/956179.html
広島県が「人権教育」で知られるなんて知らなかったものだから、広島県福山市在住の高校三年生の僕は上記の内容をより詳しく読みたくて、櫻井よしこ氏の「日本の危機」を購入したんですよ。
「人権教育の柱は、”差別・選別をしない”です。結果として先生はいつも生徒と同じ目の高さにいなければいけない。ですから、普通にあるような授業の始め方”起立、礼”さえもありません。”はい、静かにして” ”席について”と何となく始まり”ここまで”と何となく終わるんです。
僕が小学五??六年生の頃だから、五・六年前になるのかな。僕の通っていた小学校では、「起立、礼」の廃止はありませんでした。
ただ、特筆すべきは給食のとき。
小学校の給食では、日直やら当番やらが「いただきます」の音頭を取るのはどこの小学校でもあることだと思うのですが……
僕の学年、いや、学級ではその「いただきます」の合掌を担任が意図的にやめなさいと言うのです。
先生の言い分は、宗教的に「いただきます」で手を合わせることが出来ない人だっているでしょう?と、いうもの。
他にも何か言っていたような気がするけど、思い出せない。
では、どうやって食事開始の音頭をとるのか。
1.日直が教卓の前に立ち、教室を見回す。
3.皆に給食がいきわたっている事を確認する。
4.「では食べてください」と言う。
僕の学級ではこれが日常だったのです。
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「公立学校の学力低下で、県内外の私学や国立大学付属校への進学を志望する親や子供も多いのです。ところが人権教育絶対の教師は、これが気に入らない。先生は”なぜ私学か” ”なぜ県外か”と苛めるのです。
私の娘も、六年生の時、クラスで一人だけ私学を志望し、先生だけでなく、クラス会や児童からも責められ、一週間食事もできない程になりました」
そういえば僕の担任教諭も飛びぬけた子が嫌いだったなーと思う。
井の中の蛙だけれども、僕は小学生の頃、学習塾に通いクラスの中で一、二を争う成績を修めていたんです。
それでもって県下では最高レベルの中学校、広島大学附属福山中学への進学を志していました。
小学五・六年生と言えば、反抗したいお年頃。
僕も例外ならず、他の生徒とつるんで教師に迷惑をかけていたわけです。
で、僕の担任教諭は、「僕」が教師に迷惑をかける理由を、「僕が国立大附属を志望しているから、塾通いでストレスが溜まるから」と言い切ったのです。
その当時の僕でもさすがにおかしいと思いました。
他にも私学や国立大附属を志していたクラスメイトはいましたが、僕だけに矛先を向けたのです。
その事が理由かどうかは知りませんが、僕が給食を残そうとすると、担任教諭はそれを阻止し、「食べるまで離さない」と言い、昼休憩の間僕をずっとイスに縛りつけたり(残している生徒は他にもいたが)、放課後僕だけを教室に残し、「どうしてこんなことをするの?(どうして私達に迷惑をかけるの?)」と被害者面で聞いてきたり。
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そういえば、僕が小学六年生の頃の日本の首相は森喜朗でしたっけ。
音楽室に六年生だけを集めて、六年生の担任教師二人とプラスアルファの教師が、僕らにこんな質問を投げかけた。
「一番大切なものって何だと思う?」
さぁ、みなさんも一緒に考えて見てください。
「森首相?」
クラスの誰かが言った、しかし答えはNO。
「天皇?」
…教師達の提示した答えは「自分自身」。
その当時アホだった僕は「なるほどー」と思ったりした。
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これはどこの地域でもあることだろうけど、学校行事・式典で国家を歌わない。
小学校卒業間近となったある日、教師達は口々に「歌いたくないなら歌うな」と言ったり、「私達(教師)は歌う事を強制されている」と被害者ぶった口調で言ったり。
卒業式では、「国家を斉唱します」→「起立してください」→「国家斉唱」という流れだったから、歌おうという人は立たねばならなかった。
歌うために起立した人には当然冷たい視線が送られたわけですけども。
それ以前に、「歌いたくなければ立たなくていい」と教師に言われていたので、立つ生徒は皆無に等しかったのを覚えています。
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長々と書いてきたわけですが、他県の教育の現場はどうなのでしょうか。
案外広島県と変わらなかったりして。