「お年玉」を含む日記 RSS

はてなキーワード: お年玉とは

2016-08-29

お年玉制度、最大の問題点

それは大人になったらお年玉制度から卒業して当たり前という風潮が最大の問題点なのである

お年玉が年上から年下へ死ぬまであげ続けるものであれば、高齢化社会にも対応した理想的制度として機能する。

歳を重ねるごとに一人あたりの貰える金額が増えていけば、世代間格差もより是正される。

2016-08-24

青木まりこ」現象の解明に迫る

http://www.dangouwasa.com/entry/bookstore-excrement

本屋に行くと便意をもよおす「青木まりこ現象」について、原因は不明」という記事が上がっていた。

 

わたしは「青木まりこ現象」について、以下のプロセスだろうと解釈している。

 

1 本好きの人が書店へ行く

2 大量の本がある

3 リッラクスし、アセチルコリンが分泌される

4 アセチルコリンにより便意をもよおす

 

これを、「1 よく映画レンタルする人がゲオに行く」→「2 大量のDVDブルーレイがある」

「1 文具好きが文具店へ行く」→「2 大量の文具がある」などに置き換えても成立すると思う。

重要かは不明だが、「自力で入手できる」かどうかはポイントになりそう。

例えば子どもおもちゃ屋に行く場合、親にねだるしかない時と、お年玉を握りしめて行った時では、後者場合に便意をもよおしそう。)

 

特に書店について、この現象が取り上げられることが多いのは、大量の本(視覚)に加えて、新刊本のインクのにおい(嗅覚)も作用するからではないだろうか。

 

 

ということで、完全に解決済みだと思っていたので、むしろ未解明なことに驚いた。

2016-06-05

理由のない備忘録

今週も何もなかったがとりあえず今を生きている。



趣味時間をつぎ込み、精神的に追い込まれたので誰も得しない自分語りでもしよう。



12歳で人間不信になった自分は、ただ家にいることと学校に行かなければならない苦痛日常であった。

だが、そんな自分でもその時期に人間関係以外で救いになったものがある。それは「特撮」という存在だった。



それは8月夏休み東北地方田舎でいつも通り帰省していた時であった。

自宅にいる時のように家庭用ゲームがある訳ではないので、携帯ゲーム機は外出時の出需品だった。

好きなようにやれるが、両親がいるので止めるように言われるのが嫌でセーブしている。

そして、暇でテレビを見ようにも関東ローカル再放送番組が多いので結局籠っていることに変わりない。



日曜日の朝はニュース番組だったりとつまらなかったので、その時はテレビ朝日系列チャンネルを回していた。

そこで最初に衝撃を受けたのは、8時に放送されていた「仮面ライダー電王」だった。

ただ普通になんとなく見てはいたが、自分は「今まで見ていた仮面ライダーとは何かが違う」と感じた。

当時放送されていた電王という作品はこれまでの平成ライダーにはなかった「コメディタッチ」の部分が多かったからだ。



ヒーロー作品は生まれて間もない頃から見ていて「テレビマガジン」や「てれびくん」を定期購読していた程だった。

子供ながらにハマっていたのは「激走戦隊カーレンジャー」という作品だった。

この作品電王同様にコメディシーンがいくつもあり、借りてきたレンタルVHS最後まで見終わってはもう一度最初から再生するので、父親ビデオデッキ内蔵のブラウン管テレビを半分壊したレベルだった。



2000年代に入り平成仮面ライダーシリーズ放送されたのだが、当時の内容としては人間ドラマを重視していたのと同時に一般人殺害する描写が生々しかたかである

アギトの頃から始まった夏の映画では、そのような部分が規制もなく突然始まるので特に龍騎ファイズの序盤のシーンは衝撃的だった。

テレビの本放送ライダーだけは知っていて、ストーリー自体はあまり覚えていなかった。

その為、2006年放送された「仮面ライダー響鬼」はこれまでのライダーの風潮を一新とした作品であったため子供ながら理解しがたいものであった。

そこから2年程完全にヒーロー番組とは卒業し、当時流行っていたポケモンなどに時間を費やしていた。



その後久々に見ていた電王自分想像していたものとはかけ離れていた。

ライダーなのにあんなに飛んだり跳ねたり、仰天するものなのか」と思った。

そして、帰ってきてから戦隊までは見ていなかったが電王だけは最終回まで見ていた。

当時の自分はお正月お年玉を貰うと電王関連のグッズにつぎ込み、「さら電王」までのものは何でも買ってしまっていた。



しかし、翌年のキバ電王ロスが始まり1話から最終話まで見ていたが微妙な反応であった。

ここで自分が本格的に特撮ファンになる分岐点が現れたのだ。

それが「仮面ライダーディケイド」であった。

ディケイド平成ライダー10周年作品として制作され、最新の映像技術で再び歴代ライダーが登場するというお祭り番組であった。



平成ライダーあくまで全体的な内容でしか記憶していなかったので、昭和ライダーまでの作品は把握しきれてない。

だが、当時のライダーが再び現代で蘇るというこの企画には正直嬉しかった。

この頃から戦隊シリーズも再び見始め、夏と翌年に始まった冬の劇場版も見るようになった。

幸いにも部活以外の友人で話の話題として使えたのがこの特撮ヒーローの話だった。

その友人も当時はダブルにハマっていてハットやジャケットを着ていたことを覚えている。



そこからは、東映作品だけではなく円谷や東宝作品なども少しずつではあるが廉価販売していない作品だけレンタルしていき、サントラ円盤も買って個々の作品世界観などを知ってきたつもりである

それは今も変わらず同じではある。



少し愚痴をこぼすと、今の特撮ヒーロー作品が、段々歴代登場人物が当たり前のように登場する演出をよく目にするようになったと思う。

それは近年始まったことではなく、昭和作品である設定の理由から、何度か出てくる客演シーンが存在していたことには変わりない。

それが現代になると、これまでの歴代ヒーロー大勢で登場するようになり、演出も以前よりも派手になったというだけの事であると感じている。



もう一点は仮面ライダーがばら撒いた伏線を回収しきれていないまま物語が進んでいることである

昔であれば謎とされていた部分を本編内で解決することがあったのだが、後日談物語の補完としてVシネマ作品ノベライズ展開などで別の主役にスポットを当てるスタイルが増えてきた。

これはファンにとっては悪いことではないが、本来あったはずの個々のキャラクターの設定が生かされずに抹消されてしまっている部分があったりすると感じている。

そして、話の進展が細かく丁寧に描かれている時と何も起こらないまま進んでしまっている時があるなと時々思っている。



これはあくま視聴者としての意見であり、アンチなどを助長している訳ではない。

しかし、以前のように殺人彷彿とさせるものクウガ響鬼電王などのそれぞれの違った見せ方というのが減ってきているような気がしている。

これから死ぬまではライダーわず特撮作品を見届けようと思うが、子供番組と同時に今まで見てきたものとは違う新しいギャップは生まれるのかどうか期待している。

2016-05-15

40才年収400万で2500万貯まった理由

27才で結婚した時に親から1000万入った俺名義の貯金通帳をもらう。

その金を投資信託を買って増えた金が300万

その後毎年30万ぐらいお年玉をもらい続けて400万

今まで俺が働いて貯めた金は800万

7割は親のおかげだな

2016-05-07

私はダメ人間

http://anond.hatelabo.jp/20160502234138

続き。

私はお年玉というものをあげたことがない。

正月に帰るという習慣がないせいか、独身自分を皆が気を使ってなのか、それに甘えてあげる機会を逃している。

お年玉のほかに、お土産手土産というものを買った覚えがない。

職場にも、家族にも。

どこを訪れるときも、手ぶらだ。

どこまでの自己中心的な男だと思う。

人は、何歳くらいからお土産手土産を買うようになるのだろうか。

どうやってお土産の選び方を覚えるのだろうか。

女子にとってのブラジャーの選び方みたいに、おとなの階段だと思うのだ。

2016-05-01

ばーちゃんがしぬらしい

  ばーちゃんがそろそろ限界らしい。オカンが言うには手術とかもしたのだとか。そのことで一家が連絡を取り合っていつ死に目に会いに行くかを話し合ってんだけど、

 正直なところ俺はどうでもいいと思ってる。ばーちゃんとは言っても子供の頃に数回会ったのと、数年に一回何か色々な食べ物を送ってくれるだけ。俺の人生にそこまで関わったわけじゃない。

 でも俺以外の兄弟親族はみんな結構真剣にばーちゃんに会いに行こうとしてる。「よくやるもんだな」なんて思ってしまう。ばーちゃんどころか、そもそも親族全員そこまで好きじゃないし、

 死んでも死ななくてもどうでもいい。というか人間そのうち絶対死ぬし、「そこまで気にするもんでもないんじゃないの?」なんて思ったり。そりゃ、お年玉とか子供の頃はもらってたけど、

 そこまでなんだよな。冷たい話なのかもしれないけど、そこまでなんだよ。悲しくもないのに悲しいフリするのもなんか違うでしょ?。結局冷めた感じの対応って言うか、どうでもよさが前面

 に出てしまっている。

 めんどくせーよなぁ、なんか。

2016-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20160412180854

乞食行為配信逮捕…そもそもなぜ法律禁止されているの?

https://lmedia.jp/2015/03/06/62109/

香川県に住む23歳の男性が、インターネット生放送中に、「お年玉ください」などと、こじき行為を行い、検挙されるというニュースがありました。

このニュースに対して、ネット上ではこじき行為犯罪であるということに対する驚きと、さら書類送検されたということが話題となっています

捕まる。

2016-02-15

おっさん流行りのゲームをやってみた結果

当方アラフォーおっさん

ゲーム好きが多そうなインターネット関連の仕事をしているが、社会人になってから自分ではほとんどテレビゲームには触れていない。今となっては、子供たちがたまに遊んでいるのを眺める程度のものだ。

そんな俺だけど、最近、ひどいソシャゲ課金問題ニュースになったり、実況動画ユーチューバー扇動されるキッズたちがそんなゲームにハマっていたり、息子の3DS発狂して叩き割るヴァイオリニストがいたり、そういうニュースを見て大人が眉を顰めていたりするのを見て、そういうのはものづくりとしてなんか残念だなぁって思い、ふと思い立ってこれを書いている。

俺は本当は元々ゲームが大好きだった。どうしようもなく好きだった。たぶんここでマニアを名乗れるほどでは無いけれど、ファミコン世代ど真ん中で、小学生時代任天堂に憧れ、ファミコンディスクシステムに埋もれて育った。反抗期メガドライブで道を踏み外し、幾多の良ゲークソゲーにまみれてサターン遊んだ(結局スーファミプレステも持ってたけど)。この世代によくいるエンジニアの例に漏れず、ゲーム好きをこじらせた結果、IT関連の仕事に進んだ。


社会人になってからは大好きなゲームで遊ぶ機会は徐々に減り、いつしかまったく触れることも無くなった。

興味が無かったわけじゃないけれど、ネットWebコミュニティ関連の仕事をしていたら、やたら忙しくて使える時間は限られたものになり、そのうち自分の家庭を持つようになり、結果として一見何も生産されない(ように感じる)ゲームにひとりで貴重な時間を費やすのは勿体無いと割りきって考えるようになったのだ。

仕事でもプライベートでも、どうせディスプレイに向かうのなら何か成果物を残せるか、実際に人との繋がりを作れる仕組みに力を入れようと考えるようになった。それはクラシックホームページだったりECサイトだったり、ブログだったりSNSだったりしたのだけれど、いずれにしても「俺たちのインターネット」は今までと違う新しい世界を作るんだ、という気概のようなもの勝手に持っていたような気がする。つまりゲームを作る側でも無い普通人間にとって、「ゲームで遊ぶ」という行為クリエイティブな行動とは考えなかったのだと思う。

そのうち自分の子も大きくなり、人並みにDSWiiで遊ぶようになった。

でも、うちの子たちがそこまでゲームに熱中しているほうでもなく、妻がゲーム嫌いなこともあって、それほど家庭の中でゲーム話題になることはなかった。俺自身Wiiを見たときに、すごいユーザフレンドリーで簡単に遊べて任天堂はすごいなーって思ったり、子供たちとちょっと遊んだスマブラ面白いなーと感じたりしたことはあったけれど、基本的には世代を超えてマリオに親しむ子供たちの姿を見て微笑ましく思ったり、良い物は良いねって言ってみたり、つまりは親として、第三者的感想を述べるという以上に自分自身がのめり込むような体験が再来するようなことはなく、ああ、やっぱり自分少年の頃感じたあの感動や興奮は、あの時期特有のものだったんだろうなあ、子供たちが今のゲームに同じように感じることはあったとしても、自分自身がもう一度あの感覚体験することは無いんだろうなあ、などと悟ったようなことをちょっと寂しく勝手に考えていた。


我が家はそんな、ゲームにそれほど熱くなっていない一家なので、最新のゲーム機ゲームがすぐ家にやってくるというようなこともなく、WiiUも発売から3年経ってようやく我が家にやってきた。息子のクリスマスプレゼントということで、義母が買って送ってくれたのだ。正直随分とリッチクリスマスプレゼントだと思う。

その半年ほど前、なんかイカがインクを塗るゲームが発売されて話題になっているということは知っていた。俺はホッテントリにそのゲームがしばしば上がるのを面白そうだなーと思いながら眺めていたし、息子もそれが欲しかったのだろうということはなんとなくわかった。

かくして、流行から半年ちょっと遅れて我が家にもWiiUとイカのゲームがやってきたのである

すっかりゲームに興味が薄れてしまったおやじである俺は、息子が喜び勇んでイカのゲームで遊ぶのを温かい目で後で眺めていた。とても面白そうだった。

一台のWiiUでは基本的にはひとりずつしか遊べないので、パパにやらせろよと言うでもなく、オシャレでいいなこれ、っていう程度のことを思っていた。



その穏やかな認識が一変するのは、その一週間後の大晦日のことだった。

12月31日仕事やら親戚の都合やらなんやらで予定が合わず、年越しは妻と子供たちだけが実家に帰り、俺はひとり寂しく自宅に帰って新年を迎えることになった。やり残した掃除を済ませて一息つき、ひとりで年末番組を見る気にもならずビールを飲んでだらだらしていたが、すぐ退屈になってしまった。そこで、なんとなく一週間前にやってきたWiiUの電源を入れ、自分ID登録して息子が遊んでいるイカのゲームをやってみたのだ。

ほうほうどれどれ、操作は複雑そうだが簡単に覚えられそうだ、とりあえずバトルに参加してみるか、しかしこれ音楽カッケーな、と……


かくしてイカを操作し始めた俺は、すぐにとんでもない衝撃を受けることになる。なんせ、俺はゲーム体験歴史が軽く15年は飛んでいる老帰還兵なのだ

操作に慣れるまでのタイムは僅か0.05秒にすぎない、とまではイカないが、少なくとも開始30秒後には俺はなんかすごいものに触っているぞという気になりはじめ、思った方向に画面が動き、自分が向いた方に画面が回り、目の前の画面に映るイカが自分と一体化した気分になり、それを気持ちいいと感じるまでに実に1分もかからなかった。大げさでなく、これはすごいことだ。ものすごいUIだ。

正直、まるでダイナモローラーで全力でぶん殴られたかのような衝撃を受けた。

なんだこれは。

気持ち良すぎる。楽しすぎる。

気が付くと、がむしゃらにわけもわからインクを塗っているだけであっという間に1ゲーム終わっていた。

一体、なんなんだこれは……!!

何も考えず次のバトルに参加し、無我夢中インクを塗った。

3戦、4戦と繰り返しあっという間に30分くらい過ぎてしまった。

なんだか涙が出てきた。ていうか、恥ずかしいことにおっさんの俺はひとりでゲームをやりながらボロボロと涙が止まらなくなってしまった。

別に大晦日にひとりでゲームをやっていたのが虚しくて涙が出てきたわけじゃなかった。自由に軽快に動くイカのキャラを見て、夢中で空間を走り回っていたら、子供の頃、家にやってきたファミコンで初めてスーパーマリオを動かしてまるで自分の思いのままにマリオが走ったときの感動や、自分お年玉を貯めて買った発売されたてのメガドラ似非3Dのスペハリ2がぬるぬる動くところを見たときのことや、ゲーセンで「自分の思うままに3D対戦できるゲーム現実になるなんて!」とバーチャロン100円玉を積んだ思い出なんかが次々蘇ってきた。

とんでもないものを作る人がいる。

任天堂はすごい。このゲームを作った人達はすごい。

素直に尊敬するしかない。すごいものを作るなあ、と。

そうだ、楽しいゲームプレイしたとき体験と感動っていうのはこういうものだ。ありがとう、それを思い出したし、世界過去より進化している。


未来だ。これは未来だ。

かつて夢に見た未来がここにある、そんなことを思った。


だってフィールドを思い通りに走り回り、リアル人間同士がスポーツのように対戦でき、公平で、平等で、みんなが活躍できる。

去年の5月から遊んでいる人達にとっては超今さらな話なんだと思うけど、これってとんでもないデザインじゃなイカ

俺は止まった時間から未来たる現代に帰還したのだ。

良かった、どうやら俺が枯れてしまったわけではなかったようだ。だってゲームで遊んで猛烈に感動したもの。良い物は良い、ていうのはこういうことを言うんだろう。


気が付くと、外は元旦の日が昇っていた。

信じられないことに、どハマりしすぎて正月になってしまったのだ。その時にはその日フク屋にあったギアは全部買い、その時持っていたギアの中で一番イカす組み合わせをコーディネートする程度にはインクの沼に溺れきっていた。ちょっと妻と子供たちには言えないが、ひどい年明けだけどどうしてなかなか気持ち良かった。

大人も子供もおねーさんも同じように熱中するのもよく分かる。

すさまじいゲームバランス運営で成り立っている世界だ。幾多の戦場をくぐり抜けてきた歴戦のスナイパーみたいなマニアと、たかしくん5歳(推定)やさくらちゃん4歳(推定)が同じ世界の上で楽しくワイワイとインクを塗って遊んでいるのだ。よくできたレベルごとのマッチングもあるにせよ、殺イカ鬼みたいなプレーヤー前線で戦っている後方で、たかしくん5歳(推定)がコロコロローラーでインクを塗って喜んでいるフィールド。みんなそれぞれ楽しい世界だ。任天堂からできるっていうことはあるにせよ、ゲームで楽しませるんだ、新しい世界を見せるんだという思いがビシバシと伝わってくる。ガチャですり減るばかりのソシャゲのようなものとは本質的に違う。すごいゲームを作るものだと感心しながら家族の待つ実家に向かった。1月1日、俺の頭の中はカラフルインクでいっぱいで、なぜだか不思議クリエイティブな気分だった。


ところで、上の方にインターネットに関わる仕事をしていると書いたけど、もはや「俺たちのインターネット」的なコミュニケーション特別な思いを抱く時代では無いんだなあ、っていうことを改めてしみじみと思った。

普段仕事でわりと年配の方も使うWebサービスに関わっているんだけど、残念ながら2016年現在の今なお、インターネット特別もの得体の知れない不穏なもの敬遠する層があり、そういう世界がある。世代ギャップだけの問題だけではなく、サービスの内容にもよって向き不向きもある。流通業なんかだと、いまだに「リアルネットの戦い」だとか、「紙媒体Webメディア二項対立」なんていうものがあり、「オムニチャネル」なんていう言葉が持て囃されたりする。

仕方ないんだけど相変わらず、クラシックな層に対して「インターネットの普及」を懸命にやらなければならなかったりする(だいたいインフラの話とアプリケーションの話がごっちゃになっている)。正直ウンザリすることもあるけれど、それが現実だと受け止めている。

しかし一方で、イカのゲームで遊ぶ子供たちを見てつくづく考えさせられるのは、もはやこの世界で成長して大人になっていく今の子供たちにとってはインターネットがそこにあるかどうかなんてことは考えることすら無いし、我々が90年代後半から00年台にかけて見てきたような「俺たちのインターネット」としてネットの場を特別視するようなことも無いのだ。彼らにとって、ネット電気水道と同じようにあたりまえにそこにあって、ゲームをやろうとスイッチを入れれば、仲間や対戦相手が生身の人間であることがあたりまえなのだ

既に、テレビゲームで遊んでいてそれがリアルバーチャルかなんていう議論ももうあまり意味が無いんだろうなあ。それはバーチャルな場を使用したリアルであって、線引き自体がよくわからない。近い将来親になる世代に対してはネットは「普及」するものですらなく、このコミュニケーションスタート地点ですらある世界がいよいよ本当にやってくるのだ。



思うがままに書いたけど、たぶん、ずっとゲームをやり続けてきた人から見たら何年も前から当然のようなことなのかもしれないね

対人で対戦できるFPSTPSだってオンラインRPGだって20年くらい前にはあったし、上に書いたようなネットゲーム体験それからずっと培われてきた技術によって成り立っているんだろうなって思った。

でも、そうやって新しい物好きやマニアの層が開拓してきた技術経験がいよいよ一般層にまで展開されて、子供たちが何も考えずにその世界の上で育っていくという現実に、なんだかもううかうかしてられない危機感と楽しみみたいなものを感じずにはいられない今日この頃


任天堂さんありがとうございます。教えてくれたはてなーのみんなもありがとうスプラトゥーン面白いです。

2016-02-06

1月悲報速報のまとめ


悲報】15年の軽自動車販売、前年比16.6%減の189万6201台 4年ぶり減

悲報】15年の新車登録、前年比4.2%減の315万310台 2年ぶり減

悲報生活保護家庭、最多の163万世帯 15年10月時点

悲報実質賃金5カ月ぶり減 11月0.4%、特別給与落ち込む

悲報】15年の国内輸入車販売、1.6%減の28万5496台 6年ぶりマイナス

悲報日経平均戦後初の大発会後5日連続

悲報11月の一致指数、1.7ポイント低下 基調判断は据え置き

悲報】15年11月実質賃金5カ月ぶりマイナスボーナス減響く

悲報12月中旬貿易収支、2591億円の赤字 3カ月連続赤字

悲報11月機械受注、前月比14.4%減 船舶・電力除く民需

悲報12月工作機械受注額、前年比25.8%減 5カ月連続

悲報】発受電電力量12カ月連続マイナス 12月9.9%

悲報百貨店売上高、4年ぶり前年割れ 15年は0.2%減

悲報】第3次産業活動指数11月は0.8%低下 基調判断引き下げ、「一進一退」

悲報11月鉱工業生産確報、0.9%低下 稼働率指数は0.1%低下

悲報】損失額は21兆円に倍増...年金資産運用見直しは大失敗

悲報12月大口電力需要、4.5%減 20カ月連続マイナス

悲報国内粗鋼生産、15年5%減の1億515万トン 3年ぶり減少

悲報実質賃金5カ月ぶりマイナス 15年11月、確報値

悲報国内パソコン出荷、12月14%減 19カ月連続マイナス JEITA調べ

悲報】15年出版販売落ち込み過去最大

悲報】今年の景気「悪化」55%、アベノミクス信頼度揺らぐ

悲報12月小売業販売額、前年比1.1%減 15年は4年ぶり前年割れ

悲報2016年 山梨県内の景気予測 『良くなる』と回答した企業は、0社

悲報】今年のお年玉は"過去最低" アベノミクス子供には届かず!?

悲報12月の実質消費支出4.4%減 4カ月連続マイナス

悲報12月鉱工業生産指数1.4%低下 市場予想下回る

悲報12月の新設住宅着工、前年比1.3%減 2カ月ぶり減 市場予想は0.5%増

悲報】15年の国内自動車生産、前年比5.1%減の927万8238台 12月は2.3%減

悲報GDP1.6%減予測 民間10社、いずれもマイナス 10~12月期

2016-01-28

プレゼントを送りたいけれど理由がない

毎月あげられる理由教えてくれ

相手風俗嬢

一月

お年玉、御年賀

八月

暑中見舞い

十二月

クリスマスプレゼント

理由もないのにあげたら

あいつ入れ込み過ぎてストーカーなりそうてわ怖いとか言われて

出禁になる気がするので

2016-01-22

法事でなくていいよと言われた

せやな」でそのままスルーする

結婚して家出てるんだが子無し。

他のいとこ世代はみんな子持ちで専業主婦典型的昭和な親戚。

自分旦那のとこだけ共働きDINKS

行かなくていいなら行かないほうが気楽だし、その日遊びに行きたい場所もあるから行かずに花代だけ親の口座に振り込もうと思うんだが(親にも年に一度しか会わない。どちらの親も徒歩5分のとこに住んでるけど)

「やっぱり行くよ!行きたいんだよぉ!」とかアピールするのがいいのかね。いいよいいよ、押すなよおすなよのダチョウ倶楽部ごっこの方がいいのだろうか。

私も旦那も人付き合いめんどくさいから行かなくていいと言われたら喜んでいかないタイプ人間なので、よくわからん

私の親から旦那の親から法事類一切行かなくていいよ、仕事あるでしょと言われ続けて親戚にはもう結婚式以来会ってない。

お金だけはお年玉とか振り込んでるんだけど。

2016-01-18

http://anond.hatelabo.jp/20160117161948

金銭的な面ではなく、SNS無しでも成立出来るライフスタイルに憧れているという若い子は一定数居るっぽいね

SNS依存症になると、スマホを失う事は自分社会的な死に直結する、つまり学校自分消滅するのと同じくらい深刻らしい

個人的な話だが、こないだ親戚の子お年玉をねだりに来た時も、スマホタブレットを何台も(趣味で)持ってる俺がLINEフェイスブックも一切使ってないと知って驚愕していた

「お母さん!増田おじさんLINE使ってないんだってアイフォン3台も持ってるのに!」と、まるで学校帰りに空飛ぶUFOを見つけたような勢いだった

http://anond.hatelabo.jp/20160118172721

いやiPhoneは1台だけで残り2台はAndroidスマホだよ

色や形が似てるから子供には同じに見える…というよりは、彼らにとってスマホとは即ちiPhoneの事であり、iPhoneっぽい形と機能を持ったものは全部iPhoneなわけ

からギャラクシー」とか「エクスペリア」とか説明しても、「iPhoneの別種」と認識してしま

2016-01-06

32歳フリーターが諦めていた再就職を目指そうと思う理由

結婚して子供を育てている弟達を経済的支援し難い。

 今現在の月10万未満の収入じゃ2人の子供達に1万円ずつのお年玉と「しろくまちゃんのほっとけーき」を渡すのが精一杯だった。

 まず俺自身経済的に困らないようにしなくちゃ。

バイトなら時間に余裕が持てると思ってた。

 けど結局俺はフルタイム並み(といっても残業はないが)の時間バイトに捧げている。

 どうせ長時間働くなら正社員で働いた方がいいじゃないか。

フリーター生活ならたくさん生産的なこと(趣味を突き詰めたり)ができると思ってただろう?

 実際は違ったじゃないか。

 時間があるだけでは結局だめだった。

 時間×時間をやりくりする能力=実際に生産的なことをする時間、っていう式が現実にはある。

 つまり時間のものが短くても、やりくりする能力を高めれば、

 時間が有り余っている人よりもより生産的になれるかもしれないのだ。

 正社員になったら時間が完全になくなってしまうとか、そんなのは杞憂だ。

④本当に情けないが今の俺は経済的に母に頼っている部分がある。

 だがその母もあともう少しで定年で仕事をやめる。

 いつまでも今の生活を続けられるわけではない。

⑤前職で60歳過ぎの先輩社員から受けたパワハラで受けた仕事に対する恐怖感みたいなものはかなり薄まっている。

 1年以上の時間によって、忘れることが出来てきているんだろう。

 もうそろそろ再挑戦してみよう。

32歳、職歴ボロボロおっさん再就職なんか不可能かもしれないが、一応、とりあえず、ダメ元の精神で行動してみよう。

見返りはちゃんとある

2016-01-05

この前バッグを落としたけど

終点からさらに3つ先の無人駅トイレの中でバッグが見つかったらしい。

中にあったパソコンやら本やらは無事だったけど渡すはずだったお年玉の入った封筒やらは盗られてた

他人の金で食う飯はうまいか。

2016-01-04

年明け一発目のウンコをすべく会社トイレに入ったら便器の中に溜まっている水がブルーレットが入っているような青い水になっていた。

ビルメンナンからお年玉なのだろうか。

それはそれとして「ビルメン」って略称はなんかぐっときますよね。

よそのビルに行ったときに受付の内側の備品に貼られた資産管理シールみたいなやつにビルメンって書かれてたりして、この人たちは電話に出るときは「はいビルメンです」と出るのかなーとか、会議で「ですからそれはビルメンの方で対応していただきたいと…」とか言われたりするんだろうなーと思うと少し楽しい気持ちになる。

グッバイお年玉

そういえば今年の正月はついに「顔を合わせてすらいないいとこの子供のお年玉」の徴収から開放されたわ…!

なぜか親が建て替えてくれて→翌日親に徴収される、の繰り返しがずっと続いてたので開放されたのがスッキリ

会ってるなら渡すけど会ってない子供お年玉あげるのはよくわからんわ。

の子供の顔どころか名前も知らねーし…

2016-01-02

お年玉の使い道

5万円×5人=25万円手に入りました。

しめしめ。



さて、何を買えばよいでしょう?

自己投資方面でお願いします。

2016-01-01

世間的なももクロ評価って

世間的なももクロ評価って、

おいおい今さらももクロかよって感じなんですかね?



でも赤の子オーラはすごいしピンクの子はすげえ頭いいし

の子は緑の子できっちり役割を果たそうって感じだし

黄色の子天才肌だし紫の子言語化できない不思議な魅力があるし

人の力量もそうですが

それよりも5人の関係性がとても微笑ましいんですよね



ファンの異様なあの感じさえなければ私ももっとドップリハマれるのになあ

っていつも思ってます



お年玉も手に入ったのでCDを買おうかと思うのですが

行くぜっ!怪盗少女」以外でおすすめCDってありますかね











「つまらないことを言うぐらいなら黙っといた方が良いよ」

お年玉パンティー買ってきた

 

正月なんか無くしてしまえばよい

うちの夫も所謂マザコンというやつだったということに気付いて、がっかりしている。

今の様式正月はいから始まったのか。


サラリーマン世帯夫婦子供が、遠方の実家義実家帰省する。

そこには他の親戚世帯帰省していることがある。

大晦日紅白を見て、そばを食べて、

元旦にはお節料理を食べ、お年玉を若年者に渡す。



年末年始といえども、直前まで取り掛かっていた仕事の後片付け、

あるいは、ようやく着手できた掃除洗濯年賀状書き。

大掃除なんかに着手できるなら、豪華なモンである


這う這うの体で召還されるままに実家義実家への往路に就く。

本意なら良いだろう。

義実家に諸手をあげて帰りたいひとなんかどれだけいるの?

自分実家でも、折り合いが悪かったら?


やっとたどり着いたと思ったら、「男の人は普段頑張っているからね」でダラダラと横に長くなった姿をしり目に、女…特に若い女性は、子どもの世話(実家粗相があったら大変!!)、集った親戚一同の食事の世話。首をかしげるばかりの義実家の慣習に、感心したテイで付き従う。嫌でも暮らしぶりなんかも見えてしまって、モヤる。「あれウチから援助してるはずなのにこの豪華な食材…。」



だいたい、お節なんかイマドキの食生活食文化との乖離著しいだろう。口に合うわけない。アワビだってあんなひんやりして、出汁は気を使ったか知らないが「甘辛く煮た」一辺倒より、鉄板手際よく炒めてもらってワインと頂いたほうが美味しいに決まってる。




そんなもん、なんで廃止できないんだろうとツラツラと考えてみたけれども。

結局のところ、舅・姑の沽券なんだろう。

「あらお宅今年のお正月はどうするの?」

「ご次男は帰ってこられるの?」

「お孫さんの子守りでお疲れですよねぇ!」


自分の功績とばかり、親族並べ集めて、満足する舅のためなんじゃないの?

不平不満が多い割に決してやめたがらない(なぜなら存在理由が薄まってしまうから)姑のお仕事を奪わないためなんじゃないの?



…そんなことしてる場合じゃないだろう。


正月明けは、どこの幼児も体調壊して小児科は大活況なんじゃねぇの?

「○○さん子ども嘔吐下痢症で休暇延長だって~」でハラスメントの嵐なんじゃねぇの?

帰省中に発生した洗濯物は誰が洗うんだ。

この状態で第二子、第三子って…。

なんで自ら地獄を濃くするのようなことを選択できようか。

女性が輝く社会

とか言ってるらしいけど、ちゃんちゃら可笑しすぎるが突っ込む余裕もない。

根本から間違っているので、突っ込んだところで軌道修正では間に合わない。



これ読んで女うるせーなって思うんだろうけど、言ってる場合か、と。

一人当たりGDP香港、シンガにも負けてOECD20位らしいッスね。

当たり前だよ。

かの国たちはイチイチ朝ごはんを自宅で準備したりしない国じゃない?屋台で食べていくパターン

数日とか、一日未満の滞在でも聞くぐらいだから、他にも色々と違うんだろうよ。


我が国も妙なカタチで共働きは進みつつあるのにね。


親父の世代に憧れて、自分もなんとかして、若い嫁もらって上げ膳さげ膳で暮らせないか、暮らせないとしたら女が悪い、ぐらいに思ってんのかもしれないけど、なわけねーだろうがよ。

あい時代は二度と戻らないよ。

ああ美しきかな日本国


こんなのやめましょう、って言えない私も、その一端なんだろうけれど。

儒教Systemまじパネェ


ま、だからお金持ちとか芸能人は、正月海外に行くんだろうね。

2015-12-31

http://anond.hatelabo.jp/20151230124852

いや常識的には,当日来られなくなった子供の分のお年玉はその親に渡すので,バックれてももらえるのが普通

http://anond.hatelabo.jp/20151231004324

いくつか回答。

その「儀礼」が「なぜ」そして「本当に」必要なのか、という疑問に答えていない。そもそも「なぜ」親戚に会わなくては「いけない」のかという事だ。

まず、「行かなくていいよ」とアドバイスしている人々も、なぜ「不要」と判断できるか、「本当に」不要か、ということに何一つ説明を加えていない。むしろそちらの方に(その無責任さに)驚く。

そもそも、ある親戚同士のつきあいの在り方に、一般的な「べき」論など通用するわけがない。そして、関係者の一番若い人間一人による書き込みから分かる情報など多寡が知れている。そして、いわゆる「親戚づきあい」において、「年に一度」的イベントによるそれは、なかなか洗練された部類に属する。関係者の知能も書き込みを見る限り決して低いわけではない。以上を踏まえれば、その「儀礼」は、関係者間によるそれなりの妥当性の下に運用されているだろうと『推定』できる。要するに、まともな大人同士が、それなりの年月をかけて、合意の下に運営しているシステムから、そこに必要性必然性があるのだろうと推定されるということだ。この状況下では、むしろ必要性妥当性もない」と判断する方に、説明責任があると思うがどうか。

更に言えば、書き込みを見る限り、書き手増田は、そのような親戚間の合意形成に関与しておらず事情を把握していないらしいことは容易に想定され、言い換えれば自分の行動やその余波に対して充分な責任が取れるだけの分別があるようには読み取れない。このような状況で、安易に「行く必要ねーよ」などという尻押しをする方が、いささかおかしいと思う。



両親のメンツ、それ以外に理由はないのかという事だ。

メンツの話など全くしておらず、明白に誤読である自分がしたのは、現実元増田生活の基盤であり、一番の味方であろうと推定される人間に対して、最大の迷惑をかけるような行為は悪手に過ぎない、という話だ。元増田にその方面への配慮が全くないように見受けられたので、そこを指摘する意味も強くある。



両親が年1回になるよう守っていると言っているが、「うちの子部活があって来られないんですよー」とか理由づけて守ってやることもできる。守るってのはそういうことだ。

「守っている」というのはあくま推定に過ぎないが、そもそも元増田は親に対して「嫌だ」と口に出したことも、それについて親と喧嘩したこともないのではないか? それ自体が既に問題だと思わないか? インターネット上の無責任他人があーだこーだ言うのではなく、本来子どもとして親と向き合うべき問題だと思う。その上で、親が全く何もしてくれない、となったときにはあなたの言う理屈も成り立つと思うが、現状ではまだその段階にも達していない。子どもが「なんか嫌そうにしているしー」とかで、先回りして子ども気持ち忖度して勝手に親戚から遠ざけるなどという行為は、少なくとも高校生に対して取るべき対応ではないと思うし、元増田の両親はその意味で正しいと思う。



「年1回の儀礼なんだからイヤミ言われてきなさい」「年1回の儀礼なんだから晒し者になってきなさい」「年1回の儀礼なんだから好きでもない相手にコビ売ってきなさい」こう言われて納得するなら結構社畜精神である

「親戚づきあい」をそのようにしか受け取れないというのは、あなたは相当親戚に恵まれなかったのだろうと推察するが、元増田の親戚づきあいを見る限りどこにも「非道」な内容はない。むしろ、親戚づきあいに対して腰がひけている主たる原因は元増田コンプレックスと読み取れるし、それ自体が簡単な問題だと言うつもりは毛頭無いが、しかしそれは本来元増田自身が(少なくとも親子の対立関係の中で)何とかして解決すべき問題であって、親戚レベル他人に飛び火させてよい問題ではない。



まあ、親戚を楽しませるのはお前の役目とか言ってる時点で相当お察しだが。

どんな集まりでも、参加する際に「参加した人みんなが楽しく過ごせるようにしよう」とするのは参加者の最低の義務だし、「お客様」の立ち位置でなく対等の人間関係での集まりならなおさら当然のメンタリティだと思う。高校生ならば、もう「お子様」ではなく、一人の大人としてその場に臨んでいい年だ。それが親戚の集まりでなく、たとえば友人間パーティであっても同じ事だ。



お年玉給料としたバイトと思えばたぶん丸く収まるが、姪っ子にそう思われるほどに慕われない親戚にも問題があるなと思わざるをえない。

「思わざるを得な」くはない。元増田一方的に苦手意識コンプレックスをこじらせている以外に、親戚に問題があると読める描写がない。元増田が手加減して書いているという可能性はゼロではないが、書いてもいないことを勝手に読み取るのは、読み手の側の単なる「思い込み」ではないか。

それと、「お年玉給料としたバイト」という発想は、元増田の一番ダメな部分なので、そこを肯定するつもりは全くない。この件について「お年玉拒否すればいいんでしょ」というのは全く子どもの発想であって、関係者全員に対して非常に失礼な考え方だ。そういう発想に基づいた言葉がチラとでも出るようなら、この親子の話し合いは一切上手くいかないと思うし、元増田ダメ人間しかならない。



結局は「実生活に何の関係もない親のメンツを立てに行かされる子供」の図式。親側がそういうのを嫌ってくれれば回避できるイベントである

ハッキリ言っておくけど、普通に考えれば親が連れて行くのは「親戚と元増田関係」のためであって、親自身メンツなんて関係ないでしょ。ほとんどの親戚づきあいにおいて、その図式は全く当てはまらんと思うよ? 元増田のために、親戚づきあいを維持することがよかれと思って、引っぱり出してるんでしょうに。「親戚づきあいなんていらねーよ」という増田の皆さんは、この元増田の両親以上の責任感をもって、元増田未来人間関係社会性に対して何かを担保してやってるつもりなのかね? 「行かなくていい」系のコメントしてる増田みんなに言いたいのは、アンタらほんと無責任だな一言だよ。



自分元増田に言いたいのは、物事はいろいろな形で繋がっているものだということ、特に人間関係は。そして、子どもの目から見ただけでは気付かないような仕組みに、元増田はそろそろ気付くべき年齢であり、そういうことについて(どのようなやり方でも)しっかり周囲の大人とコミュニケートすべきだということ。少なくとも、その準備ができていない状況で、嫌だ嫌だで逃げ回るのは子ども以下の振る舞いであり下策だということ。それなら、現状一番易しい形で親戚づきあいスルーする方法を用意してもらってるんだから、素直に乗っとけよ、ってこと。

はいつまでも親にケツを拭かせてんじゃない、と。てめえのケツも拭けないガキならせめて大人しく抱っこされてろよ、ってことだよ。



まあ、「いい大学に入る」以外の人生成功ルート元増田に上手く提示できてないという一点において、元増田の両親に責任の一端がないとは言わんよ。ただ、現状そこを指摘しても、元増田もっと甘やかすことにしかならんでしょ。また、現状元増田が、うまく他人コミュニケートできていないのも大きな問題だと思ってる(元増田だけの責任という意味じゃなく、だよ)。

元増田は、まず来年もっと自分の好きなことやりたいことに自分時間を費やすべきだと思うね。そんで自分の錨をどこかにしっかりと下ろしてったら、初めて、人とホント意味コミュニケートできるようになるだろ。フラフラはしててもいいんだが、根のないフラフラでは周囲も対応しきれんよ。まずは小さな事でも、自分好き嫌いをハッキリさせることから始めるべき。

http://anond.hatelabo.jp/20151230153042

その「儀礼」が「なぜ」そして「本当に」必要なのか、という疑問に答えていない。

そもそも「なぜ」親戚に会わなくては「いけない」のかという事だ。両親のメンツ、それ以外に理由はないのかという事だ。

時間とか年何回とかの「1か10か」じゃなく、会うか会わないか、「1か0か」の答えがない。



両親が年1回になるよう守っていると言っているが、「うちの子部活があって来られないんですよー」とか理由づけて守ってやることもできる。守るってのはそういうことだ。

「年1回の儀礼なんだからイヤミ言われてきなさい」「年1回の儀礼なんだから晒し者になってきなさい」「年1回の儀礼なんだから好きでもない相手にコビ売ってきなさい」

こう言われて納得するなら結構社畜精神である

まあ、親戚を楽しませるのはお前の役目とか言ってる時点で相当お察しだが。

お年玉給料としたバイトと思えばたぶん丸く収まるが、姪っ子にそう思われるほどに慕われない親戚にも問題があるなと思わざるをえない。



結局は「実生活に何の関係もない親のメンツを立てに行かされる子供」の図式。親側がそういうのを嫌ってくれれば回避できるイベントである

2015-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20151230153042

「年に一度の5時間を付き合う」ことによって、あなた一年間分の親戚づきあい免除されているわけだ。

その時間は「あなたを楽しませるための時間ではない」。あなたという存在が、親戚を安心させ、楽しませるための時間なのだ

 

それは考えたことがありませんでした。確かにそうですね。私の考えが浅はかでした。

 

でも、やはり今回は、今回だけは集まり回避したいのです。この一年、将来に向けて努力したり、なにかに打ち込んだりといったことをほとんどしてこなかったので、いとこや親戚に合わせる顔がないのです。同級生がとっくに志望校や行きたい学科など進路を決め、大学受験を見据えて努力しているなかで、自分だけ夢も大学も見つけられずにいることへの焦りもあります。とにかく高学歴揃いの親戚のなかで私の進路のことに矛先が向くのが怖いのです。些細なことかもしれませんが……

 

菓子折りに「用事があり顔を出せなくて申し訳ありません」という親戚のみなさん宛てのメモと、「来年からは参加します、夕方には帰宅します」といった両親宛てのメモを2枚添付するつもりでいました。高校生であれば友達と遊びに出てもべつに不自然ではないですし、父も(甘ったれていると言われてしまうかもしれませんが)親戚の前ではうまく伝えてくれると想定しています。もし父がお年玉を預かってきたら、その時はもちろん自分正月挨拶を兼ねて祖父母にお礼に行くつもりです(そのほうが親戚の集いに出席するよりもずっと楽なので……)。今回のことに関して父に叱責を受けることは当然覚悟していますが、ほかに父や親戚に何か迷惑をかけるということはないと考えます。やはり甘いでしょうか?

http://anond.hatelabo.jp/20151230102633

悪いことは言わないから行った方がよい。つーか、行っとけバカ理由は、「それが『親戚づきあい』だから」。



あなたが、その親戚の集まり回避したい理由を、あなた自身が完全に理解しているかどうか、ざっと読んだだけでもいろいろ想像できるが、そこはあえて問わない。それよりも、切実にあなたが考えるべきことがあるのだから。それは、親戚づきあいというのは、儀礼化するほど簡単になり、儀礼を避けるほど煩雑になるという事実だ。年に一度五時間で済む、というのは、おそらく現時点で「最も儀礼化された簡単な親戚づきあいなのだ



あなたは、正月のその5時間以外の機会に、祖父母宅に行ってきなさいとか親戚づきあい強要されたりしたことがあるだろうか? 多分ないのだろう。年に一度のそれが、黙って逃げ出すほど苦痛だというのは、多分そういうことなのだろう。逆に言えば、「年に一度の5時間を付き合う」ことによって、あなた一年間分の親戚づきあい免除されているわけだ。そこを考えたことがあるか?

あなたの家の正月のその5時間は、あなたの両親にとって、自分の親(あなたの祖父母)に対して「うちはこんな風にきちんと子育てしてますよ、干渉していただかなくても大丈夫ですよ(ニッコリ」というアピールをするための機会になっているだろうと想像する。あなたの両親も多分バカではないのだから、娘が自分の祖父母とあまり親しんでいないことは理解している、そして、あなたに祖父母周りの親戚づきあいを無理強いしようとしているわけでもないのだろう。これまでも、たぶんあなたの知らない所で

「たまには孫を連れてきなさい。躾や教育はちゃんとしているのか。」「はいはい、またもうじきお正月ですから連れてきますよ」

というようなやりとりが何度もあっただろうことは容易に想像される。言い換えれば、あなたの両親は、あなたのためにそうやって親戚づきあい防波堤を務めてくれているのだろう。だから、年に一度だけ娘を祖父母宅に「見せに」連れて行くのだろう。それをバックレる?



言っておくが、あなたがその時間を「楽しくない」と感じるのは当たり前のことだ。その時間は「あなたを楽しませるための時間ではない」。あなたという存在が、親戚を安心させ、楽しませるための時間なのだ。そんな時間が、あなたにとって楽しければもちろん言うことはないのだが、仮に苦痛だとしてもそれは当然のことだ。だが、苦痛からといってそれは避けることができる類のことなのか。あなたはその対価を「お年玉」だと思っているが、それは非常に浅はかな考え方だ。この一事だけで、あなたがご両親に大切にされて(言い換えれば充分に甘やかされて)育てられていることが分かる。



あなたが無断で逃走したらどうなるか? 菓子折をもって正直に「娘は来たくないようなので…」なんて言えるわけがない。そんなことを言ったが最後、「心配した親戚一同」が、あなたを探して東奔西走走り回る羽目に陥ること請け合いだ。いとこをはじめ、叔父さん叔母さん、祖父母がみんな、「ぬくぬくこたつで過ごす5時間」を捨てて、あちこち走り回ることになるぞ。場合によったら正月早々警察沙汰になってもおかしくない。高校生の娘が何も言わずどこかに行くというのは、「善良なご親戚一同」にとったら、それぐらいインパクトのあることなんだよ?

それを分かっているご両親は多分、「体調が悪くて寝込んでいて……いえいえ大したことではなくて…」みたいなごまかし方をするしかないだろう。場合によったら、父親が行って言い訳に、母親は「看病」という名目あなたを探し回る…そんな感じになるかもしれない。そして結局別の機会に、また「ご機嫌伺い」に訪問しなくてはいけないイベントが発生するだけだ。なんのかんのと理屈をつけて。だから年に一度顔見せにいかなくてはいけないのは結局同じだ。むしろ、ご両親にしてみれば、祖父母に嘘は誤魔化さないといけないわ、娘は探し回らないといけないわ叱らないといけないわ、正月だけでなくまたあらためて訪問しなくてはいけないわ、と二重三重に手間である。仮に連絡されたら、警察だって迷惑だ。それだけでなく、祖父母のお見舞い攻撃、様子伺いの電話攻撃、あるいは、「ひょっとして嘘付いてバックレてる?ような娘を育てた躾失敗疑惑への釈明」まで、とにかく面倒この上ないことになる。両親からあなたへの叱責も、そもそも誰にそんな考えを吹きこまれたんだ、とか、日頃の生活状況から思想状況までつっこまれ場合によったらインターネット使用禁止とかスマホ取り上げとか、そういう騒ぎになってもおかしくない。お年玉なんてむしろ些末な問題だ(おそらく両親はあなた宛の「お年玉」を預かってくるだろう。そして、あなたは「病気が治り次第」、お礼の電話をかけ、次回の訪問約束し、そして、両親に伴われてか一人でか、「正月の5時間」以上に苦痛時間を過ごさなくてはならない羽目に陥ることは確実だ。)



あなたの「バックレ」の対価は、あなた自身よりもむしろあなたを守ってくれているだろうご両親はじめ周囲に多大な負担となってのしかかることになる。そうなって初めて、あなた自分の「責任」が、自分の年玉ごときを対価にできないほど大きい物であることを知ることになる。「お年玉いらないからバックレてもいいでしょ?」ハッキリ言うが、それが甘やかされたバカ娘の戯言にしか聞こえない、というのは、こういう事情だ。「行かなくてもいいんじゃね」という理屈にもし一分の理があるとすれば、あなた明日から独立して、親も親戚も全て捨てて、一人で生きていくから構わない、と言える場合だけだ。その覚悟がないなら、あなたにこの件についての決定権などない。(こういうことを、あなたの親は面と向かってあなたには言えないだろうから、代わりに言う。)



から、悪いことはいわない。正月の親戚への挨拶づきあいなど、「儀礼」として淡々とやり過ごしておきなさい。親戚づきあいは「儀礼」で済ませられているウチが、一番平和でいいのだよ。用意した菓子折をもって、親に感謝しながら、殊勝なできた娘のような顔をして、「こないだ見つけたおいしいお菓子、みんなに食べて貰おうと思って買ってきたー」と、ニコニコ愛想を振りまいてきなさい。できれば、大しておいしくない菓子だったりすればするほど、ほほえましさが増していいよ。