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はてなキーワード: もってのほかとは

2017-03-24

増田記事いいね!したいんだけど

はてなアカウント晒したくないしもちろん Facebook アカウントなんてもってのほか

匿名のままいいね!できる仕組みを実装して欲しい。

アカウント晒したくないけど「面白かった!ありがとう!」という気持ちを伝えたいんだ!

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170319211850

なんだか今の自分を見ているみたいだった.自分は18年新卒就職先を選んでいる段階(IT系なので良くも悪くも就活が終盤に入り始めている).

無駄に長くなったので現在の状況を1文で先にまとめておくと,

就活中の私,夢を追ってやりがい搾取っぽいITベンチャーに行くか,大学の推薦を使って堅実に大手SIerに行くか,母を養うことを念頭におきつつ考え中.

みたいな感じ.


もう少し詳細に書くと,もともと仕事としてはゲームプランナーとかWebディレクターとかプロダクトマネージャーとか,そういう仕事がしたかった.

でも,業界業界転職が多いし年収上下しそうだし雇用形態も雑だし(裁量労働制残業なしは当たり前)体壊さない自信がない.

そもそもそこで生き続けられる技術が現時点の自分には欠けていると思うが,それでもWeb系,ゲームからそれぞれ内定は貰えたので全く向いていないというわけでもないらしい.

ちなみにどちらも従業員100は越えているし,10年以上続いているところもあるので,入ったら入ったでまぁ何とかなりそうな気もする.


また,ラッキーなことに大学院の推薦を使えば比較簡単にそれなりに福利厚生も良い大手企業に入れる可能性があり,

いっそのことこちらを使って安定した生活をするべきなのではないかと考え始めている.


ここで問題家族の方だ.家族は母と妹が一人(両親は離婚済み).今は良くても十年後あたりからは母を養う必要がある.

就職先がどこだとしても,新卒初任給から母親のために貯蓄を始めるつもり.ただ,母にいくら用意するべきか相談すると

平然と「50で仕事を止めて100まで生きる,年金は当てにならないから6000万用意しろ」とかほざく.

今までの経験上,母はいつどのタイミングで金を無心しにくるかわからない.

妹は家の事なんて微塵も考えずに私立の4大に無理やり入学するような人間なので,相談してもそんなこと知るかの一点張り

結果的に(実際に使う金額はさておき)自分けが母に資金提供をする人間になりそう.


母親に使い潰されて死ぬのはもってのほかだと思う反面,

夢だ何だと言っていた話は,もっと言えば学生時代から開発すれば既に叶えられていたような気もしていて(という話を関係各所からされた),

結局自分の夢なんて,仕事にするレベルのものではなくただの趣味レベルだったのではないかと思い始めた今日このごろ.


だったら収入転職比較不安定であろうベンチャーに入って親からの無心にビクビクするより,

大手企業に入って稼ぎを堅実にした方がいいかもしれない.土日休めて残業が少ないところに入れれば趣味開発で何でもできる気がするし.


なんか,まとまってないし,既に自分の中では答えが出ているような気もするけど,一応増田に垂れ流しておく.

どちらが正解というわけでもない気がするけど,どちらに倒れてもある程度納得できてしま自分がいるので,色んな方々の意見は聞いてみたい.



どうでもよい話,なんだろうけど.元増田は優しいなと思うのは,なんだかんだ言って自分から親を養おうとしているところだよね.

結局親が自分自分のことを何とかしてくれればそれで済む話だから,私なんてさっさと親消えてくれないかな,とか思ってしまもの

2017-03-18

http://anond.hatelabo.jp/20170317061305

バカとは一緒に旅行出来ないってことだろ。

そもそもヨーロッパまで行くなら現地の食事を楽しむのが筋で、自炊などもってのほかしかも買いすぎて結局金の節約にもなってないしホテル罰金取られるとかバカしか言えない。

2017-03-17

自分では何も出来ないという話。

思えばずっと甘やかされて育ってきた。

以下、かなり長い自分語りが続くので注意。

先に今現在の話をしておく。

現在私は大学の2回生で、2回生とは言いながら単位を落としすぎて留年した身であるクズと言っても差し支えないだろう。実家田舎のため上京して都会の大学に通っている。具体的金額は伏せるが、親には割と多めの金額仕送りとして貰っていた。

私は長男として生まれた。結局2人目以降は出来なかったので、1人っ子として育った。

不自由ない生活をしてきた。

幼稚園の頃から愛情たっぷりに育てられた。

特に母は本当に私に優しく接してくれた。

私が幼い頃は父と母がよく夫婦喧嘩をしていて、父がよく大声で怒鳴っていたし、母が私にその愚痴を漏らすことが時々あったので、幼少期の私の両親に対する印象は、母が優しい人で、父は怒らせると怖い人、という印象であった。

当時の親や周囲の私の印象は「我の強い子」であったらしい。思い通りにならないと直ぐに癇癪をおこしたそうだ。記憶する限りでは、水泳の授業が嫌いで、水泳のある日は玄関先でこれでもかと言うくらいに抵抗していた。

母は躾はしっかりしていたので、例えば服を脱げば洗濯機に入れるとか、食べた後の食器は台所に運ぶとか、そういうことはきちんと私に教えたし、私も素直に聞いていたらしい。

私が小学校に通うようになると、色んな人と関わる機会が増えた。他の友達の家に遊びに行くようになった。遊びに言った感想は、「何だかちゃごちゃしている」といった感じだった。恐らく共働き家庭だったり、親があまり片付けたりしないような家庭だったのだろう。もちろん綺麗な家庭も、恐らく3割くらいはあったと思うのだが、子供心に「他所の家庭はもっと雑」という印象が残った。そういう余計な影響を受けて、これまで躾られて出来ていたことをしなくなったらしい。これは結局高校卒業までしていないことになるので、相当である

関係あるのかどうかは分からないが、この頃に学校でも奇行が目立つ。喧嘩が弱い癖に、喧嘩をよく吹っかけた(そして返り討ちにあっていた)。小学校低学年だからまだ許されたのだろうが、かなり過激なことをやった。クラスメイトスカートを捲ったりもした。当然学年中の女子から嫌われた。馬鹿である。当たり前のように友達は居なくなった。落書きをよくするようになった。友達ほとんど居なくなったが、ノートにでかい絵を描いて(というか落書きをして)それを見せびらかしたり、長い迷路を書いたりして、周囲の興味を引こうとしていた。健気と言えば健気である。「友達が欲しい」とよく言っていたそうである母親に泣きついたりしていた。

母親も、この時期は何故かかなり厳しかった。もちろん素行が悪くなったこともあるが、他にもゲームの件がある。私は幼稚園卒業するころあたりからゲームが好きだった。あまりにも没頭するので、「1日に30分まで」という制限を課された。が、それを素直に受け入れるわけもなく、毎日のように文句を言ったりして親子喧嘩をした。思えばなぜあそこまで熱中していたかは分からないが、ゲームは今でもかなりやっている方だと思う。とにかくゲーム人生のようなものだった。多分尋常じゃないくらいのハマりようだったのだろう。

そんな小学校低学年を送った。

中学年(3年生)くらいになると、流石にさっきのような奇行はなくなった。が、失ったものはそう簡単には戻らない。相変わらず孤独生活をしていた。この頃になると、いわゆる「クラスの人気者」に対して逆恨みから喧嘩を吹っかけていたような記憶がある(そして返り討ちにされる)。まあとにかく、喧嘩が絶えなかった。そんな時味方でいてくれたのはやはり母である。母は相変わらずゲームに関しては厳しかったが、学校での対人関係では味方でいてくれた。おそらく私の悪い点はちゃんと指摘していたのだろうが、それでも当時の私からすれば無条件の私の味方だった。

悲しいことに、それでも自分の思い通りにならないことがあると癇癪をおこして親に暴言を吐いたりしていたらしい。

高学年になると、県内進学校目指して中学受験勉強をするようになる。低学年の頃から学力の高さには自信があり、塾ではほぼ成績1位であった。まあ、自主的勉強していたわけではなく、自宅での勉強は母が付きっきりだった。しかし、受験しようと言い出したのは私自身であり、親としては別に受験はしなくてもいいという意見だったそうだ。負けず嫌いだったのもあり、勉強苦痛だったが我慢してやれていた。

この頃になるとわりと多くの友達が出来ていたように思う。まあ、親友と言えるほど親しい相手は数人なのではあるが。

小学校通して、友達が少ないという割には活発で、よく色んな人と遊んだ矛盾しているように聞こえるが、要するにそんなに仲良くない人にも突っ込んで遊びに誘っていたわけである友達を人数で計って多い方がいいと言う単純な発想で、家に1度に多くの人が遊びに来た方が偉いという考えである。今思えば極端すぎるが…まあ、自分の好きなもの優先なので、病院に行く予定があるのに勝手に遊びに行く約束を重ねてそちらを優先しようとしたりとかしていた。自己中心的の極みである。まあ、当然親に怒られるのだが…

そしてついに女子からの評判は最悪のまま小学校生活を終えた。まあ、妥当である。ことあるごとに私のことが嫌いという態度を取るので(一種いじめである。いわゆる「〇〇菌がうつる」とか、席替えで隣になった女子が机を離すとかは日常茶飯事)、こちらも腹が立ってよく喧嘩を吹っかけていた。今思うと馬鹿であるが。女子というものは口達者で、特にそういうところが嫌いだった。女性なんて信用してなるものか、女性というのは陰湿で口達者で陰険で裏表のある連中だ、と子供心に思った。

無事志望校合格して中学生になった。この頃からコミュ障を発揮し始める。元々喧嘩を売るしかコミュニケーションの取り方を知らないのだから仕方がないのかも知れない。人との距離の取り方が分からない。友達が出来なかったわけではないが、そんなに多くはなかったと思う。この頃ラノベにハマる。オタク路線まっしぐらである…かと思いきや、意外とドライであった。色んなラノベ漫画を読むのではあるが、一つの作品キャラにどっぷりハマることは無かった。グッズなどはあまり買わなかった。

相変わらずゲームが好きだったし、その事で母と揉めていたのも相変わらずである。ただ、褒められる機会は減ったような気がする。相対的に怒られることが増えた。この頃になると、私にとっての母の印象はただ怒る人になってきていた。

この頃「うごメモ」に出会う。当時DSiパラパラマンガアニメーションを作れるソフト配信されていたのだか、これが使いこなすと結構クオリティの物が作れる。これをインターネット投稿出来るのだ。凝り性な私が作ったうごメモ一定の評価を得た。そのジャンルではそこそこ名の知れたという程度の作者にはなった。どハマりしたのは言うまでもない。やはりそこでも母との対立であるクオリティの高い作品を作りたいのに、時間制限(しかもかなり短い)を課してくる母が憎かったのは覚えている。

まりにやめようとしなかったので、ついにそのDSi永遠に没収された。突然の引退である。同時にゲーム禁止令を出され、これが4年間続くことになる。うごメモ続けたかったのに。

一方で生活面ではさながら幼稚園児かというレベルでの親への甘えっぷりが続いていた。至れり尽くせりである。何でも母がやってくれるのである。この頃から生活面での親へ依存から全く抜けられていない。要するに親離れ出来ていないのだ。この時点で母も対策すべきだ思うが、甘やかしてこのまま放置されていた。

中2のとき初恋をした。クラスの中でもかなり可愛い子であり、要するに私は面喰いだったわけである。先述の女性不信の癖に、「この子だけは純粋無垢で優しくて大丈夫」とかい根拠の無い自信があった。ハマるととことんハマって思い通りにならないと嫌な我の強い性格がここにも発揮されたのか、とにかく追いかけ回す、その勢いまさにストーカーと言っても差し支えない。当然嫌われる。だが、その子は優しいので直接的に迷惑と言わない。告白してもフられるものの、嫌いだとハッキリ言わない。そういうわけなので、私は「ワンチャンある」と3年間くらい信じ続けるハメになるのだ。

そのくせ、何故か他の女の子にもアタックした。いや、アタックしたというか、ただ手当りしだいに告白してただけである。その人数たるや7人である。たぶん誰でも良かったんだと思う。誰でもいいから、異性に好かれたかったのだ。女性不信のくせに。結果は全滅である。当然といえば当然。まあ仲のいい女子なんてひとりも居なかった。関わる機会が無かったわけではないはずなのだが…部活女子の方が多いのだが、部のほかの男子女子と仲いい癖に私はなんとなくその輪の外にいたような感じだった。私だって女子と仲良くしたかったのに。ずっと決まった男子とつるんでいた。間違いなくスクールカースト下層だった。

こういう学校のことは、親にはあまりさなくなっていた。なんだか恥ずかしいのである。なんというか、学校生活、つまり小学校より成長した感じを両親に見せたくない。ずっと小学生のままで居たいような感覚である。要するに甘えてるのだ。この期に及んで。一丁前に恋なんかしてる姿なぞ死んでも見せたくなかった。

高校でもこんな感じである。この頃にはすっかり物事に対するやる気というものをなくし、宿題すらやらなくなって行った。学校に行ってる間は授業はそこそこ真面目に受けるのだが(人並みである)、自宅では全く勉強しない。面倒くさいし、自主的勉強してる姿を親に見られるのが何より気持ちいからだ。

まあ、塾に行っていたのと、学校での授業はそこそこ真面目に聞いていたお陰で、わりといい大学には合格したのだが、自習はほぼ全くしていない。勉強する習慣も皆無である部活も、文化部ではあったが、練習は真面目にやらなかった。努力らしい努力をしてない。この頃にはもう何かを頑張ると言うことをほぼしなくなっていた。何故だろうか…。

ずっと家でこっそり買ったゲームをしたりとかしていた。

そういえば中高生とき携帯スマホの類は親が買ってくれなかった。理由は明白である。まずゲームの件があるから電子機器を与えるのはまずいし、トラブルを引き起こすことも多くメールなどさせたくなかったのだ。一方私としてはそういう電話とかメールとかLINEかいう繋がりから自分が疎外されているのが嫌で、またそれが原因で輪に入れないのが嫌でやはり抗議した。そして親子での衝突は絶えなかった。

そして大学一人暮らしである

親に甘え続けスネをかじり続けた結果、ろくに身の回りのこともしないクズ大学生の出来上がりである。面倒くさいので次第に出席すらしなくなり、面倒くさいのでテスト勉強はせず、部屋の片付けもせず、洗濯は週1回、辛うじて風呂にだけは入るという堕落しきった生活である自炊などもってのほか仕送りは遊ぶ金(しかも大概一人で遊ぶのである友達もほぼ居ない)に消える。自分自身酷いと思う。

少しは書いたが、高校までの私の親に甘えきった生活も改めて書くと、

着ていた服を洗濯機に入れるなどせずに脱ぎ散らかす

食べ終わった食器放置

偏食が激しく母にはわざわざ別メニューを作ってもらう

部屋の片付けも母担当、の癖に母の片付けにいちいち文句を言う

風呂入る順番と時間文句を言う(入りたい時間に、1番目に入りたいのである)

などなどまあ酷いものである。下二つは文句を言って結局喧嘩になるのだが上三つは本当にそうであったのだ。ちなみに偏食の件、最初は本当に偏食であったのだが今は大体の場合「親の前でだけ食べられない」感じである。親がいないと普通に食べるものも多い。

まりに酷いので私自身が高二あたりの時に「小さい頃甘やかしすぎたからこうなった」みたいな事を親に言ったら「私の育て方は間違ってない、あんたが勝手にそんなクズになっただけだろ」と言われた。でも親に甘えちゃうから自分から直す気がないあたりが私のクズっぷりである喧嘩ばかりしてきているし親は嫌いだ。でも親に依存している。

最近は「努力ができたらなあ」と切に思う。目標があっても、そのためになにもしないので何も変わらない。面倒くさいからだ。何か行動を起こし継続して努力出来れば、とよく思う。でもできない。自分の好きなことにすら努力出来ない。

ただ、人にちやほやされたいだけ。承認欲求の塊である過去孤独からだろうか?親の愛情は少なくとも幼少期はたっぷりに受けてきたはずだ。自分に自信が無い。どうしてだろうか。虚栄心ばかりだ。まるで山月記の李徴である。臆病な自尊心尊大羞恥心の獣である。変なプライドだけはある。

さて、どうしようか。

2017-02-25

「【キャラクター名】の夢女子はありえない、なぜなら【キャラクター】とくっつくから」と鍵なしアカウントつぶやく腐女子の人


個人の悲しみ日記です。

前提の思想

二次創作に貴賤なし

偶然、タイトルのような趣旨ツイートを見つけた。

それってさ、A×Bの好きな腐に、A×Cが好きな腐が「AはCとくっつくからA×Bはありえない」と言ってるのと同じじゃないかなって。

同じ腐相手なら言わないであろう解釈違いゆえの呟きの発信を容易に行う理由って何かな?夢なら数が少ないから叩いてもいいって思った?

自分が納得できるのはカップリングだけだから自分のTLにはカップリングしか流れてこないから?

中学生高校生ギリギリ大学生までならわかるけど成人済みってプロフに書いてあった。

悲しくて憎くて腹立たしくて上手く表現できないのですが、二次創作って総じて原作への異物混入だと思っています

それを自分と、自分観測しうる範囲でのマジョリティ世界しか物を見ようとしないうえに夢というものを聞きかじった知識判断しようとする。

または夢という概念アップデートをしないまま夢を語る。それがとっても腹立たしいです。

別に改めろとか謝れとはいいません。ただその言葉には責任を持ってほしいと思いました。ツイートは鍵をかけない限りWWWに発信され、全世界人間が見れるんです。

悪意がない暴言が許されるのは中学生までだと個人的には思います

「【キャラクター名】がほかの女とイチャイチャするとかもってのほか

「【キャラクター名A】が【キャラクター名B】以外と幸せになるなんてありえない」

「【キャラクター名A】との夢女とか正気?【キャラクター名B】がいるのに?」

「【キャラクター名A】と【キャラクター名B】の間を引き裂くなんて」

等々、冷静になりきれなくなりそうな言葉が沢山発信されています

特定を避けるため趣旨を損なわない範囲で改変しています目的は叩きではないので。

たとえば固い絆でむすばれた二人の同性キャラクターがいるとします。

その二人の片割れをずっとファンとして応援しているのも夢です。

夢小説/夢絵の範囲は広く、キャラクター恋人にも、親にも、兄弟姉妹、息子に娘、よくいくレストラン店員、駅員、アパート管理人、飼い猫などの視点を借りることができる、またはなれるものが夢だと思っています

ですから二人を引き裂く、片割れから割れを奪うものとして罵倒(そのつもりはなくともここまでひどいこと書かれたら罵倒と取りました)するのはお門違いだと思います

腐と夢は対立項ではないと個人的には思います。だからこそ、昔書いていたり読んでいたかもしれない夢小説をその時の知識のまま語らないでほしいともいます

からと言って夢を勧める意図はありません。ただ中途半端知識で語ってほしくないと言うか。批判するなら言葉を選んでほしいというか。

例えが近しいか不明ですが、A×Bが本命CPだったとして、C×D信者にA×Bの的外れdisを見たらイラッとする、そんな気持ちなんだと思います

まさかとは思いますが、#夢小説あるあるかいう未だに正気で使っている人が存在するのが信じられないクソタグ夢小説を知った気になっていないと信じたいです。


ただ、こうなってしまったというか自分発言がどこまで見えているのか想像できない状況を生んだのは時代のせいだと思っています

フォローしているひとの情報しか基本的に流れてこない状況だったらそれが世界のすべてだと思ってしまうのはしょうがない状況で、改善は難しいものと思います

しょうがない状況ではありますが、腹立つものは腹立ちます。逆CPからCP批判されてたらイライラしますよね、多分そんな気持ちなのかなって思います

以上、とりとめのない愚痴でした。

2017-02-16

まれて初めて映画館で見た作品

俺の場合は何を見たか覚えてないんだ。無論内容もわからない。アニメと実写の2本立てかなんかで、仮面ライダーっぽいのとキャンディキャンディらしきものという記憶がある。無論それはバラエティーに富んだ子ども向けテレビの人気者大集合のやつなんだろう。

だが俺の親はテレビをめったに見せない教育方針だった。子ども向けの番組などもってのほか。なぜそんな子どもを連れて行ったのか今も謎だ。

予告編記憶はない。作品が始まったときのワクワクもない。予備知識はせいぜい「仮面ライダー」「キャンディキャンディ」ということばくらいしかないのだ。スクリーンに展開する映像をただぼさーっと眺めるほかない。つまらないという記憶もない。多分ちゃんと見てはいなかったのだろう、よくわからない時間だなと思っていた。反応のなさからか、親は映画館に行こうと再び誘うことはなかった。

さて俺も子を持ち、もうそろそろ映画館に連れて行っても良い頃合なのだろうと思うようになった。ただ、自分映画館初体験の侘びしさを振り返ると、連れて行った映画が必ずしも子のためになるとも思えないのだ。なによりも、負の連鎖か、俺も子にはテレビを見せていないのだから

2017-02-12

デートでの距離が辛い

35歳女。最近婚活で知り合った男性何人か付き合うことになったけど、デート中の距離が辛い。

私はどんな人とでも人一人が入るくらい間を開けて歩きたい。それより近づかれるのは嫌。手をつなぐな点もってのほか。なんで歩くのにそんなくっつかないといけないのか。

座る時の距離も辛い。原則対面でお願いしたい。どうしても横しか座れない時はできるだけ距離は開けてほしい。そうじゃないと気持ちが落ち着かない。

距離が近いことを指摘すると大半の男性は変な顔をする。その場で怒ってきた人もいた。怒りたいのは私の方。ほんと距離は開けてほしい。そういう男性にはその日のうちにLINEお断りする。「あなたはどこかずれている」と。

理想男性とはまだ巡り会えていない。

2017-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20170206200946

俺もそれはかねがね不思議に思っていた

中国スパイ工作員仕業と思えば一番ラクな解釈だが、まさかそんなのいないだろうしな

戦後70年になろうというのにいまだに歴史認識だのとそういう話を永遠と続けているところを見ると、

中国戦争被害者という図式がいまだに生き残っているのではないのだろうかと

から戦争被害者である中国戦争加害者である日本文句を言うのはもってのほかだという認識なのではないか

カビの生えた臭い思考だとは思うが、しかしいまだに中国歴史認識カードを切っていて、

それが有効であるということはそのカードの効力を信じている人間もいまだに日本大勢いるということだ

で、中国の味方をしておけば、

悪い加害者である日本人という立場から離れて免罪符を得られるうえに、

中国批判をするのは酷い日本人だと見下してマウンティングする快感にも浸れるという二重に美味しい構図がある

アメリカはただの戦勝国でせいぜいパールハーバー軍人が奇襲を食らった程度だから被害者にはならんわな

さらには世界支配する米帝というヒール役にぴったりの属性を持ってるから

こいつはいくらでも叩いてもOKなのでいくらでも叩くわけだ

そんなとこじゃね

2017-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20170131113853

その昔、昭和の頃、バブルがはじける前には、土地神話というもんがあってのう

地面は無尽蔵に値段が上がり続けるもんだと思われてたんじゃよ

さらに言えばの、現物土地じゃなきゃ―ダメと思われてたんじゃ

マンションなんてもってのほかちょっと遠くても土地付き戸建てこそ至高と思われていたんじゃ

その辺りがいかにも田舎から集団就職で出てきた農家の二男坊、と言ったところじゃろうのう

2017-01-16

就活のやる気が起きない件

就活のやる気が起きない件。

就活のやる気が全くといって起きない。正直、自分としてもそろそろ準備をしておかなくてはいけないと

思ってはいる。だが、やる気がでない。リクルートスーツすら買っていない。エントリーシート志望動機なんてもってのほか

履歴書の準備すらしていない。

(就活ビジネスにおける『やりたいこと』とは違う意味での)やりたいことも、あるっちゃある。だけどそのやりたいことを

やっても、食える保障は正直言って数%もない。(食える保障がないというのは、現在から将来に渡って食える保障がないという意味ではなく、

もしそのやりたいことをやったとして、向こう一カ月分のお金を稼ぐことすらままならない、という意味だ)

から自活してちゃんと生きていくためには、やりたいことをやる傍ら、どうしても働かなくてはいけないという現実

横たわっている。だから自分は働かなくてはいけない。だが、やる気が起きない。

どうすればいいのだろう。就活のことを考えると、今日もうなされる。それにもうすぐ試験も近い。

レポートの期日も迫ってきている。

一体自分はどうすればいいのだろう。とりあえず今やれる範囲のことをやろうとは思っていて、

就活サイトを見て興味ありそうなインターン(ただし行けるかどうかはわからない)にエントリーしてみてはいるのだが…。

はぁ。元から毎日楽しい方ではなかったが、最近は輪にかけて毎日が楽しくない気がする。

一体僕はどうすればいいのだろう。

2017-01-05

億万長者になったつもり生活

人生は苦しい。

そのあまりの苦しさから、人はみな「億万長者になりたい」と願う。

例に漏れず、私も早速「億万長者になりたい!」と初詣で願ってきた。

また、そのための取り組みをしていないこともない。


だが、最近は『億万長者になったつもり生活』をしてみてもよいのではないか、と思えてきた。

なぜそんなことを思ったか? 順を追って説明していこう。


1.億万長者とは

そもそも、私の考える億万長者とはなにか?

それは『不労所得生活を送っている者』である

たとえば大家であり、地主であり、

株をたくさん持っているおじさんであり、

あとは週に1度しか出勤しない会社役員である


要するにサラリーマンのように週5勤務でなく、年収300万円程度の生活を維持でき、

望まなければ人に会わなくともよい生活を送っている人たちである

「じゃあ初めから仙人になりたいと言え!」という話だが、私はたとえ7億円を手にしても



08:00 起床。たまご焼きと玄米の朝食をとる。

09:00 ようやく洗濯機を回す。マルチタスクは苦手だ。

10:00 Twitterしょうもない大喜利をする。

13:00 近所の猫が集まる猫スポットあいさつに行く。

15:00 バス繁華街へ。無駄カフェへ入りカフェインをとる。

18:00 野菜炒めセットと豚バラ、スーパーマリオRPG中古を買って帰宅

20:00 ゲームをする。大人になってからやっと回復キャラ重要さを知ることができた。

00:00 就寝。



といった生活を送るにちがいないので、

ここでは「億万長者 ≒ 無職ニートと同じような生活を送る人」とさせてほしい。

2.なぜ億万長者になろうと思ったか

本音で言うと「人がこわい」だが、建前を話しておくと、

とある精神疾患発症してしまい、世間一般生活を送ることが難しいからだ。

できれば人に会いたくないし、飲み会なんてもってのほか

そんな夢のある夢のような夢でしかない夢を実現するには、たくさんのお金を持つしかない。

そう考えていたし、今もそう考えている。

3.億万長者になるのは難しい

世間から離れたいのに世間一般の考えを引っ張ってくるのは癪だが、

億万長者になることは難しい。というかほぼ無理である


会社勤めで目指すなら、年収1,000万は必要だろう。キツい。そして飲み会に出なくてはならない。

起業をしても望みは薄い。部活でさえ後輩を持ったことのない人間に、果たして上司が務まるのか。


ならば相続はどうだ? 奨学金なしで大学に入れてくれた親父には本当に感謝しているが、おそらくそれほど遺産はない。

よし、株だ! 始める前から長期投資派なので難しい。FX言わずもがな

不動産投資で行こうか? なおさら長期投資である


現在無職雇用保険計算に入れると、あと1年は慎ましい生活を送れる貯金はあるが、

実用的な資格もなく、実務経験ほとんどない。そもそもフルタイムで働けない。

そんな私に唯一希望があるのが、アフィリエイトだ。

「アフィ」という文字列を見ただけで、激昂する読者もいるかもしれない。

アフィリエイトの悪評はご存知の通りである。ここではあえて弁明もしない。


だが、そんなアフィリエイトでさえ、月10万円の生活費を稼ぐのは至難の業だ。

事実、開始4ヶ月目での収益はたったの1,000円であるお年玉の方がまだ高い。

実際、そのほとんどの時間は様々な学習に割かれており、実作業時間を考えれば、

また有象無象アフィリエイターたちの数ヶ月目の報酬実績を見れば、悪くない滑り出しではある。

1年後にはなんとか10万円ほどをコンスタントに稼げているであろう。

しかし、月100万円への道のりはほとほと遠い。

そんな生活を送っているためか、最近は『億万長者になったつもり生活』を夢想している。

4.億万長者になったつもり生活とは

まり、『週3,4の仕事で慎ましく生活する』である

それはなぜか?

私は先ほど、人に会わない理想生活を書き記したばかりだが、本気の本気で億万長者になった妄想

眠りに落ちる前にひたすら繰り返す生活を何年も続けた結果、このような知見が得られた。


「寂しい」である

そう、億万長者は寂しいのだ。


アーリーリタイア、つまり30代40代半ばで隠居生活に入った人たちのブログを読んでも、

相当な仙人気質の人でない限り、何かしらの仕事をしている。

なぜか?

「寂しいから」だそうだ。


会社へ行かなくていい生活とは、つまり会社へ行かない生活であるから

町内会にでも参加しない限り、同人活動を行わない限り、人に会う機会がほとんどない。

から、億万長者には「(そこまで稼げないが)人と会うことができ、楽しく続けられる仕事をする」人が多い。


これを億万長者でないままやってみよう、というのが『億万長者になったつもり生活である

5.なったつもりのメリット

そのメリットとはなにか。

ズバリ、「今を楽しめる」である


億万長者なのだから投資や貯蓄のための余剰資金ガンガン稼ぐ必要はない。

億万長者なのだから、絶えず話の行方に気を使い、いつ応答を求められるかに怯える飲み会に出る必要はない。

億万長者なのだから資産を減らさない程度の、寂しくならない程度の仕事でいい。


そのつもりになるだけで、人生の悩みが少し和らいでしまう。

スーパーマリオRPGだって100周くらいしてもいいのだ。

あいかわらず人は怖いけれども、週5フルタイムでないのなら、いくらか続けられはするだろう。

これほどすばらしい「なったつもり」。試さな価値はない。

6.その覚悟必要かもしれない

なんてことを言いつつも、なったつもりにもリスクはあるし、

踏ん切りだってなかなかつかない。

世間一般生活を難なく送れている人は、

「え? 今さら?」

「もうみんな知ってたぜ!」

義務教育で習っただろう?」

と言うかもしれない。既に実践しているかもしれない。


物事を始めるのであれば、できるだけ早いほうがいい。

そして正直、私はまだ若い

時間というチャンスがある。

なったつもり生活とは、そのチャンスをみすみす捨てることだ。

もったいない教の信奉者でもある私にとって、これほどもったいないことはない。


「し、しかし……」と思い悩みながら、その悩みをこうして長文にしたためながら、

そのてんびんを私はひたすらに凝視している。そろそろ目が痛くなってきた。


賢明増田の諸兄は、

果たしてどのような選択を、そして生き方をしているのだろうか。

2016-12-26

http://anond.hatelabo.jp/20160625202139

私も規制に賛成です。

今の表現界隈はあまりにも男性天国すぎてモラルが無い。

児童ポルノ禁止されているのに、何故未成年キャラクター性的表現を盛り込む事は許されるのか。

それを観た子供女性はどう思うでしょうか?

非実在人物からどうとか以前に、そのような表現を許す事自体人権を著しく侵害しています

特に成人向けゲームアニメマンガは酷いものです。

女性を性の道具としてしか見ていないんじゃないかと疑うような物が平然と作られて売られており、

目を覆いたくなるような現状。

さな子供が居る身としては、あのような物を好んでいる人がうようよしているのかと思うと不安で仕方がありません。

人間として何かしらの欠落があるのは明白ですから、国をあげてカウンセリングを推奨していくべきです。

私もエロを全て規制しろとは言いませんが、ポルノを許すとしても互いに同意の上での健全な内容で、

かつ悪意を挟む余地の無いレベルまで規制することは必要でしょう。

性的暴力表現などもってのほかです。

それに、国は今クールジャパンと言って日本サブカルチャー世界に売っていこうとしているのですから

なおさら世界基準に合わせた規制をするべきです。国連から規制せよと再三指摘されていますよね。

世界に胸を張って日本表現物を売っていくためにも、まず徹底して悪辣なものを一掃し、クリーン状態に持っていかなくてはなりません。

2016-12-13

昨日、とある女児アニメの界隈で話題になった記事。わかる人だけ「ああ、あの話ね」と思ってくれればいい。

くだんの記事は削除済みだし、本人もこれ以上この件に触れるつもりはないらしいので、読んでいて収まりがつかなかった部分を吐き出させてほしい。(本人に直接、何らかの連絡手段を用いて意見する気がなかった以上、特にマウントを取る意図がないことだけは最初に述べておきたい。)

細部に多少首を傾げるところはあれど、そこは本人に飛んだリプライで触れられていることだし、今更どうこう言うつもりもない。

あの記事で述べられた大意に関しては、おおむね賛同できる。セクシャルマイノリティへの、無意識のうちの忌避感を嘆く彼の気持ちはよくわかるし、もっとフラット社会形成されれば、それが最善のかたちだとも思う。

けれど、この界隈で常々「逆差別的」言動に生き辛さを感じていた人間いたことも、わかってほしかった。

くだんの記事でも挙げられたジャンルでの二次創作では、百合大勢を占めていることもあって、本当に見過ごされてしまいがちではあるんだけど、ヘテロCPに対する批判的言説も存在しているということもまた事実なんだ。

この界隈で生きてきて、「そのキャラクターアイドルから、男女恋愛もってのほか」だとかいもっともらしい理由で、公式で描かれた関係すら否定するような言葉を、少なくとも両手、両足の指を使っても数えられないくらい聞いた。

そのあとに続く言葉は、決まって「だから百合大丈夫」だった。

くだんの記事を書いた彼にも、(たぶん皮肉意図で用いていたのだろうけれど)同性愛肯定するあまりのそういった言動は目立ったし、それで傷付いていた人間いたことも知ってほしかったし、それについては完全に見過ごされていたと、そう感じた。

誤解のないように言っておくと、自分はくだんのジャンルでは、異性間のカップリングと、同性間のカップリングのどちらも好んで読んでいる。だからこそ、「フラット社会」を願う彼の思想が、同時に逆差別的な言動を生み出していたこともすごく残念に思う。

少なくとも創作世界では、「ひとがひとを好きになること」ってもっと単純なことでいいと思うし、そこに境界を設けていがみあってるのを見るのにも、そんな言葉を浴びるのにも疲れた

愚痴っぽくなってしまったけれど、平和に生きたい。平和に楽しく公式から供給を得て、二次創作を読んで暮らすことができればそれでいい。

2016-12-11

[] ゴシック調の椅子に座って膝の上で猫を飼っていれば世界征服できますか?

昔そう聞いたので試してみたいのですが。

三毛猫にしたいと友人に相談したらもってのほかだと怒られました。

世界征服有効な猫としてミケやキジトラ候補外扱いにするのはどうかと思います

そんなの世界征服差別だと思いませんか。

2016-12-05

世界は変えられない。

例の「日本死ね」について。

思い返すと、この手の暴言にまつわる炎上騒動っていくつかあって、近年問題になってるヘイトスピーチとか、ツイッターから出てきた「アイヌ殺す」とか。「日本死ね」もその一つ。

個々の騒動をそれぞれ思い返してみると、「これは許せる」「これは許せない」「発言自由は認めるけどボコボコに叩かれるべき」とか案件ごとに対するスタンスって微妙に違ってくるんじゃないかと思うんだよね。

例えば、

在日へのヘイトスピーチ公権力規制も辞さないが、待機児童問題顕在化させる意味でも「日本死ね」はドンドン言うべき。

みたいな人もいれば、

◆ 「日本死ね」は言葉かいを慎んでほしいけど、文脈的にも特に害意のない「アイヌ殺す」までは叩かれなくてもいいんじゃない

みたいな人もいたり、

表現の自由に照らせばどのケースも「発言自由自体は守られるべき。規制などもってのほかだ。

ネット上と言えど、公空間で「死ね」だの「殺す」だのという言葉かいは認められるべきじゃない。どのケースでも規制視野にいれるべき。

◆ アベ政権がとにかく嫌い。政権への攻撃材料になるのなら何でもウェルカム

みたいな人もいると思う。濃淡もあれば偏りもある。「これはOK、でもこれはNG」ってどうなの? と言いたくなる気持ちもわからなくはない。

だけど、よくよく考えればそういう「偏り」があるのって、ある意味当たり前なんだよね。

○○を貶されるのはどうでもいい、けど□□を否定されるのは我慢ならない。

例え理屈は立たなくても、感情レベル対応に差が出てきてしまうのはもうしょうがないことだ。僕らはマシーンじゃない。許せるものもあれば、許せないものもある。

だけど、ちょっとでも自分の中に「多様な物の考え方を許容したい」という思いがあるのなら、何かを「許せない」「叩き潰したい」と思った時、一歩立ち止まって、

相手にも許せるものと許せないものがある。自分がそうであるように』

と思いを巡らせてみるべきなんじゃないか

自分が許せるものが、相手には許せないかもしれない。相手が許せるものが、自分にとってそうじゃないように。

僕らは自分相手の間にある深い断絶を認めるべきだ。相手自分が違う人間であることを認めるべきだ。「世界は変えられない」と認めるべきなんだ。

そこを認めていかないと、行きつくところは言葉通り、自分相手が「死」ぬしかなくなってしまうよ。

2016-11-23

から汗が出るのを治したい

世間一般ではこれを涙と呼ぶだろう。

だが、私の感覚としては汗と同じだ。


だいたい緊張したとき、興奮したとき、1分以上自分の話をするとき、などなど恐らくは交感神経というものが高ぶった時脇汗同様に目汗がでるといった感じ。


仕事で1分以上話が長引くとじわりじわりと目から汗(もう面倒だから以下涙)がでてきて、目に涙がにじんでいるのが相手にも認識できる程度にまでうるっうるになる。盛大なあくびのあとみたいな目といったらわかるかな。

これが中途半端に優しい人に見つかるとやっかいで、「増田ちゃん大丈夫オロオロ」と突っ込まれる。そっとしておいてくれ、これはただの汗なんだ。


上司面談をしているときや、転職面接をしているときハローワークの人と話しているときも泣きそうになるのをこらえるのに神経が行って話したいことも堂々と話せない。次第に泣く方向に身体シフトし始めて涙声になっていく体たらく

情けなくて、ほんとう恥ずかしいんだ。


こんなんだから転職に至ってはどういう仕事をすればいいのか考え始めてしまう。

プレゼンなんて(やったことないけど)もってのほかだし、対面で長時間対話しないといけないシチュエーションも恐らく難しくなってくる。

自分としては、人と話すのは嫌いではない。人嫌いとかではなく、むしろ好きなほう。

仕事上でも、会議とか打ち合わせとかの場面は好きで、無駄会議とかでも楽しむことができるほど。


上司面談していたとき自分仕事状況を話していたら目からあふれ出た涙がこぼれて、つー、と流れていった。上司はさすがに大丈夫か?と心配してくれたけど、私としては泣くほどの精神状態ではなかったので大丈夫です、心の汗ですとしか言いようがない。

話している最中

「あ、やばいまた涙腺ゆるんできた、ああいま目に涙たまってきてるの課長気づいてるかもなあ、あ、なんかきづいてるっぽい表情してる…はずかしいーおさまれおさまれここで泣くとか意味わからんそんな状況じゃないからとにかく淡々と、淡々と語ってこの場を去ることのみイメージするのだ…。」状態


そして最近、涙がでるパターンが以前よりなんとなく掴めてきた。

交感神経が高ぶるだけではなく「自分の話をするとき」「自分の話を親身に聞いてくれる状況のとき」そして「受け入れられている感覚を覚えるとき」に特段の感情がなくとも自然と涙が出てしまう、とわかったのだ。


から泣き虫だったので、親からはよく「泣いてすむと思うな」「お願いだからすぐ泣くな」といわれ続けてきた。思春期も「あんたはすぐ泣くから大変だった」といわれ続けてきた。そんなこと言わんといてお母さん。

そういったことを言われる度に、誰だってそんなつもりで泣くんじゃないよね、time will tellって心境だったから、泣いて迷惑かける私は悪い子、イコール大人になっても泣き虫なこの状況は自尊心に悪影響を与えているんだ、と思う。


私が子供のころに泣いていたのは、身体的な特徴としての涙腺の弱さ(そんなものがあるか知らんけど)と、精神的な弱さ(心を言語化できない、わかってもらえないもどかしさ)が原因ではないかと思っている。

大人になっても涙腺が崩壊する原点がここにあるのではないか


まり、人に自分の話を聞いてもらうことが、自分の中で至上の喜びに位置づけられていて、元来の感受性の強さ(人の気持ちに敏感だった。持病で人目を気にして生きてきて自尊心が低い等)から脊髄反射的に涙が出てしまうのではないか??


ここで問題なのが、改善方法が見つからないこと。

私は女だが、世間にはびこる「泣けば済むと思っている女」というレッテルが大嫌いだ。だが、自分は傍からみれば「すぐ泣く女」なのだ

から治したい。泣かないことが、自分を強くするのではないか、そう思っているから。


涙腺を除去する手術もあるかもしれないけど、怖くて調べられない。

できればほかの方法で、と思いつつもあとは心療内科程度しか思いつかない。認知行動療法なら少しずつとか効果があるのだろうか?


こんな軽度の症状でも、心療内科にお世話になっていいものなのか…

泣き虫女」を卒業したい。普通ときに泣きたい。

2016-11-15

テレビ新聞週刊誌映画もつまらない政治なんてもってのほかだ!

とか建前でみんな言ってるのにまとめサイト

東大女子だが

http://anond.hatelabo.jp/20161115002441

三鷹国際宿舎は女子フロアの数が少ないので新入生の女子の枠は留学生含め30人程度、かつ留学生から優先的に入れるので(当然だが)、実質日本人女子は十名以下の定員だ。これはいくらなんでも少ない。

昔は三鷹に入れなかった場合白金が受け入れてくれる場合もあるとあったが多くて4,5名、少ない時は1,2名、しか留学生から優先される(なお現在白金寮はなくなった)。日本人だと地方出身者と親の年収が低い方からになるので、中近距離住まい一般家庭の女子学生ほとんど寮に入れなかった。かといって駒場付近家賃が高くしか民間女子寮ですら決して安くない。通学時間が片道2~3時間かかったとしても千葉茨城埼玉方面からくる女子は通学定期を買って通学したほうが安い。ところが通学だけで一日4~6時間かけてると正直進振りレースには入れないし、サークルなんてもってのほかバイトの余裕すらない。


くわえて地方学生には県人会などの奨学金制度や寮制度があるが千葉埼玉茨城茨城あるかな?)群馬神奈川栃木あたりの首都圏ではあまりそういうのが盛んではない。東京都内もしくは神奈川実家のある富裕層東大女子の多くを占めると言われている)はそもそも寮に入る必要がないし、親だって二年間の補助を受けるよりマンションを買ってやったほうが税金対策やその後の投資の面でも安上がりなのでそうするだろう(東大女子マジョリティである富裕層というのはそれくらいのレベル金持ちが多い)。結局本当にこの補助を必要としているのは、決して少なくない数がいる、授業料免除を受けるほど貧しくはない首都圏郊外に住む親がサラリーマン一般家庭の東大女子なんだよ(年収が300万を切らないと授業料免除も落とされるので実質貧困家庭よりこれくらいの家庭のほうが家計的に厳しい)。


駒場付近で二階以上の1ルームマンション家賃は安くても五万程度から女子学生ならセキュリティ的に六万程度はみておきたいところだ。三万円の補助があれば定期代の三万+補助でちょうどそれくらいの物件が借りられる。当事者には大変にありがたいと思う。



ちなみに二年間だけなのは本郷に進学する学生が多いからだと思われる(逆にいえば最初の二年は必ず駒場に通わねばならない)。本郷では本郷学生課があるのでそちらでなにかやるんでは?

自分一年の時から本郷周辺に住んでいたが、あのあたりは下町なのでギリギリ3~4万くらいのぼろい女子専用アパートがある。一階に大家が住んでいるという形態のやつ。そういうとこにはたいてい院生が入っていて学部の時から借りてるとだいぶ苦労人の扱いをうけた。北区の方へ行けば家賃も下がるし、千葉茨城埼玉あたりからなら自宅から通うという選択肢もある距離だ。その後四年時は柏の葉キャンパスへいく学生もいるので一律補助みたいなやり方はやりにくいのだろう。ちなみに男子場合豊島の寮の定員が多いので中近距離でも豊島寮に入れる(追分などは老朽化でなくなった追分は国際宿舎になったそうです。豊島追分の国際宿舎は毎年各十名程度女子が入れるようだがやはり少なすぎ)


さらにいえば、首都圏郊外出身者の東大女子が応募できる奨学金給付・貸与どちらも)が非常に少ないのも問題だ。特に理系場合対象男子のみとなっている場合も多く、女子というだけで奨学金の応募資格がない。特に企業のだしてる奨学金青田買い意味合いが強く、そのせいで女子敬遠される傾向がある。なんとか取れるのが日本学生支援機構の二種くらい。一種ももらいやすいが、学生補助の対象外になるとバイトにかけなきゃならない時間が段違いにふえるし、バイトをしなくてもいい富裕層の子女や留学生にくらべ勉強時間が削られるので成績上位者にはなりにくいという事情がある。男子しか応募できない奨学金制度是正するなどの処置をとってほしい。


個人的にはそこらへんの事情をかんがみて後輩に進学の相談をされた場合お茶の水女子大を推薦しているくらいだ。東大は入るだけなら楽、でも卒業するのは大変。普通に卒業するのも結構大変なのに、理一なら進振りが大変だし進振り専門課程に進んでからの授業はもっと大変だし、それをこなしつつ生活費を稼いで卒業するのは正直言って困難だ。理系東大女子修士進学率が低いのはこの大変さをさらに二年経験するよりは就職したほうが楽だからだろう。博士過程まで進学すれば授業料免除になるし、東大学振をとりやすいのでかなり楽になるが。





追記:

借り上げの女子寮にしないのはやはりセキュリティ問題だと思いますよ。この建物女子東大生がすんでいる借り上げ寮となるとそれを狙ってくる変質者が必ず来ますから白金でも配達員を装って変質者が入り込んだことがあるみたいなことを白金にすんでた人からいたことがあるし、御茶ノ水女子寮もそのあたりを常に警戒していました。女子寮はどこもそういう問題を抱えています特に一棟全員女子となると誰か一人でもセキュリティホールがいると同じ棟にすむ別の誰かが被害者になる可能性もあるので、一箇所集中で変質者の注意を引きつけるより、大学が紹介できる物件複数ある方がリスク分散になるのでは。


また、自分修士までいって計十二回授業料免除申請しましたが、東大授業料免除基本的に親の収入評価ベースとし、一定値を引いたのち、各家庭の状況に応じて値を引いていって、最終的にゼロになったら免除がおりるという仕組みになっています世帯収入が二百万ちょっとだと一定値を引いた段階で値がマイナスになるので必ず免除に、三百万くらいだと一定値をひいてさらに本人が下宿をしている場合の値を引くとだいたいゼロになるので免除がおります。それより上だと、兄弟高校生もしくは大学生下宿をしていたり、誰かが入院していたり、おじいさんの介護必要だったりするとより免除がもらえやすくなります。ただし、同じように高校生兄弟がいる場合も通っている学校私立のほうが引かれる値が大きいので、「お金がないので公立に」というほんとうの意味であまり裕福でない家庭には不利な計算になります。これでだいたい400~800万(兄弟の人数にもよりますが)くらいの世帯収入の家庭で免除をもらえる家庭とそうでない家庭に別れるます。ちなみに地元被災したなどとなると親の年収にかかわらず次の期に授業料免除になります

自分修士一年の冬に父親のガンがみつかり、春頃から休職をしていましたが、世帯収入判断源泉徴収票で行われるため、卒業まで免除が受けられませんでした。翌年、妹は授業料免除され寮にも入れましたが、基本的に家庭の収入が激減した場合一年耐える必要があります。もらい火事で家がなくなった、とか急に介護必要になって母親仕事をやめた、父親リストラ減給されたなどして世帯収入が激減すると、もともと厳しい状況が更に困難な状況になると経済的理由による休学もやむをえない、現代日本とは思えないような状況になるわけです。このような場合にせめて住居という名目はいえ三万円が次の期からもらえれば、当事者には大変にありがたいです。またその場合女子寮よりも現在住んでいる場所そのままで援助してもらえるほうが引越し費用などをすこしでも節約できるので制度として活用やすいかと思い明日

東大年収区分を設けなかったのは、こういうふうに400~800万ゾーンもっと免除がもらいにくく、かつ本当は低所得世帯留学生よりも補助を必要としている学生を援助するためと思われます本来なら男子学生もこのような処置があるといいとは思いますが、前述の通り男子は寮に入れる余地が多少なりともありますから短期的にあいている寮に押し込むことで解決しているのかもしれません(女子場合その余地もない(なお昔は博士課程で学振をもらってる学生独立世帯であるとして申請すると、収入が低すぎて独立世帯なわけがないと落とされていたらしい(文科省もっと金を出せ



あと奨学金の応募資格の件ですが、有名私立高校OBがやっている女子のみ対象奨学金もあったりしますので一概に「男子のみだからだめ!」と大学が言うわけには行かないのだろうなと思いますアメリカだと「○月生まれのための奨学金」みたいなのがありますが、それに該当しない月のひとが「差別だ!」と言うのはちょっと変ですよね。問題なのは、定期的に企業研修へいくとか、卒業後は入社するように縛りをもうけている男子のみ対象奨学金のようなあきらかな青田買い奨学金だと思います。でもまぁそれも強くは言えない(そういう方針だと言われてしまえば大学は口を出せない)のでなかから改革するほかないのだと思います。こちらとしてできるのはそういった企業就職しないとか、商品を買わないとかそういうことになりますが。

なお自分学部生で奨学金をあさっていたのは就活バブルなみによくなった20062008年より前で企業がかなり学生に対して強気だった時期なので今はちょっと違っているかもしれません。

奨学金でいえば併願不可のくせに一万ポッキリ給与かい奨学金を出している団体は一体何なんだろうかと当時は思ったりしていました…なんなんだろうな、あれ。

2016-11-06

アニヲタ趣味は隠すべきか

隠すべきではない。

ただ俺が言いたいのは、本当に好きなら人の目なんて気にならないはずだとか、人の目を気にするなんて趣味に失礼だとか、そんな高貴な話ではない。



俺は今20歳である

自分萌え絵が好きな事が恥ずかしいし、まして他人にそのことを知られるなんてもってのほかである

しかし周りはどうだ

やたらでかいストラップをバッグつけた、所謂ライバーは休みの予定を仲間と楽しく立てているし

うたプリ?か何かのソシャゲをやってる、所謂腐女子は輪の中でガールズトークを弾ませている。

勿論圧倒的多数派というわけではない。しかしそれに眉をひそめる人は居ないように感じる。

アニメは他の趣味と何ら変わりない、一般的な、明るく楽しい趣味の一つとして扱われている。



まぁ所詮自分の視界内の話でしか無いが、そんなに特殊な話ではないと思う。

考えてみれば当たり前の話に思える。

しろスマホSNS世代で、わざわざ意識して見に行かずともネット萌え絵は溢れているし、TVCMでさえよく見る。

そんなありふれたもの嫌悪感を抱けという方が無理があるのではないか

新垣結衣ファンだと公言しても、上原亜衣のAVで抜いているとアピールしている事にはならないように

君の名は話題に出している大量の彼らを快楽天と結び付けるのは無理があるように思う。(例え話は下手なんだ許してくれ)



では何故俺は隠すのか。

俺にとってそこには何故か、とても、ものすごく、おおきな壁がある。

恐らくネット遍歴のせいだろう。俺の見ていた場所ではアニメ話題隔離されていて、隔離されている側からしてもそれが当たり前だったし、それが一番平和だった。

この点に関してはなんだかんだでそう世間と大差ないだろうと感じていた。

俺の判断はほぼ間違っていなかったと思う。

ただ一つの勘違いは、俺が考えるべきは世間でなく、同じ年代人間であったということだ。



多分明日俺が、

「実は俺もアニメよく見るんだ。いままで隠してたけどさ、ホーム画面もダブルタップでほら、古谷向日葵ちゃん。可愛いよなぁ。ゆるゆりよいよね。おっぱいもいい 心が洗われる」

なんて言い出したとしても、彼らは暖かく俺を受け入れてくれるだろう。

でも俺はそうしない。



こんな哀しい奴にならない為に、今迷ってる若い人は、隠すべきでない。

腐男子だけど腐女子からBL読むな」って言われた

小さい頃から兆候はあったんだけれど中学に入って間もなく、もしかして俺って男が好きなのかなと思うようになって、

それからもうちょっと経ってから男だけじゃなく女にも興奮するとわかってから、俺って何なんだろうと思って、

そんなときたまたまブックオフで読んだ、スラダンスピンオフかなと思って手に取った本が二次創作ボーイズラブだった。

しか最初は「こんなものがあるなんて」と驚いたけれど、もっと続きが読みたいと思って、気がつけばこっそりBLを買うようになって、

俺ってやっぱり男が好きなのか、バレたらみんなから嫌われるかな、気持ち悪いと思われるかなと思い悩むようになった。



大学生の従姉妹の家に遊びに行ったときBLマンガを見付けて、もしかして理解者になってくれるかもと思って、

とにかく一人で思い悩むのが辛かった自分は従姉妹に、自分が男を好きかもしれないこと、BLをこっそり読んでいることを打ち明けると、

俺を否定せずに受け止めてくれて、それからBLマンガをこっそり読ませてもらうようになって、

うれしいな~と思うようになってからしばらく経った頃、従姉妹が俺をある場所に連れて行ってくれた。

いわゆる腐女子同士のオフ会で、そこにいけば俺の理解者がもっと増えるかも、という従姉妹心配りだった。



俺はとにかく緊張しっぱなしでオフ会に参加した。当日に突然の参加だったからみんな俺の存在に驚いていたし、

俺がBL好きであることを従姉妹がみんなに告げてから、しばらく口論っぽい感じになっていて、俺はだいぶ肩身が狭かった。

中でもひとり、大人の女性がすごく怒っていて、従姉妹も説き伏せるのに困っているようだった。

どうもその人にとっては、男の俺がこの場にいることが不快らしく、やっぱり男がいると変なのかなと思ってビクビクしていると、

その人が俺に向かって「もうBLを読まないでほしい」と言ってきた。なんでだろうと思っていたらその人によると、



「男はみんな、いつも女を性的に観て暴力を与えたり搾取したりしている」


BLにハマるというのは、性的搾取され続けた女が、自分意志で誰にも迷惑をかけず男を性的に消費することができる機会」


ボーイズラブにハマるのは女だけの特権。男がBLをハマるのは女から機会を奪うのと一緒。搾取行為である


「男がBLを読むのは間違っている」「男が男との恋愛に憧れるのは誤り」



といったことを、子供向けに噛み砕いた感じで言われてしまった。もちろん一字一句一緒というわけではないけれど、概要はこんな感じだったと思う。

見ての通り偏ったフェミニズムなんだけれど、なにぶん俺はそのときまだ13とか14そこらの子供だったから、

男が女を性的搾取とかフェミニズムとかこれまでの人生で考えたことなんて一切なかったし、そのときは緊張もしていたもんで、

しかも目の前で年上の女性が怒っているし、とにかく自分が悪かったんだと思って、「わかりました。ごめんなさい」とだけ謝って、従姉妹と一緒にそそくさとその場を後にした。

雰囲気は最悪だったので、従姉妹は俺に謝ってくれたんだけれど、俺はとにかく頭の中がこんがらがっていて、とにかく怖かったということだけ覚えていて、

それから家に帰ってひとりでいるときにあのことを思い出すと、急に胸が苦しくなって、喘息のように咳と涙が止まらなくなった。

パニクっていてよくわかっていなかったけれど、その頃は自分セクシャリティに関して思い悩んでいたこともあって、

面と向かって「男がBL読むな」「男が男を性的に観るのは間違っている」と言われたことはかなりメンタルに響いていたようで、

しかも「俺は女にも興奮できる男だから女の人に迷惑をかけていて、そのうえでさらに男を好きになるという悪を上塗りしているんだ」と思うと、

自分否定され、存在を誤りだと言われ、悪者にされた悲しみと、自分「悪」であることの自己嫌悪とがないまぜになったような感覚に落ちて、

誰に謝ればいいのか、これから自分はどうすればいいのかなんてことを考えて、とにかく胸が張り裂けそうでずっと咳き込みながら泣いていた。

その日から今まで親には内緒で買ったBLを、夜中にこっそり遠くのゴミ捨て場やどこかの側溝に捨てたりして全部処分した。



大学に入った頃には、自分がはっきりとバイだと自覚して、そもそもあの人の考え方がおかしいんじゃねえかとわかるようになり、またBLを読むようになった。

気持ちが上向けば幸せがやってくるのか、理解のある腐女子彼女もできたのでそれなりに充実するようになったのだけれど、

昔あったことを彼女に話すと、本当にわずかではあるけれど腐女子の中にいると、そんな主張をしている人を時折見かけるとのこと。

ネットで調べてみたら、あの日俺の前で怒っていたあの人と同じ主張をしている人がゴロゴロ出てきてビックリした。

てっきり、あの人はかなり特殊存在で、似たような人は二人といないだろと思っていたくらいなので。

ゲイバイ親でも殺されたのかってくらいの恨み節や、自分達のおかげでゲイ権利を獲得できたのだといった主張が並んでた。

これらの主張を読んでいるとあの日のことを思い出して、心臓がドキドキいって落ち着かなくなり気分も悪くなる。

考えてみればあの人にとって「男は女を性的搾取する存在」なので、「女を性的に見ない男」の存在自分達の主張を脅かすことになるんだろうし、

今ならあの人に反論することも可能だけれど、当時は子供だったのでしょうがない。

もちろんそんな主張をする腐女子なんかごく少数、多分フェミニストの中にだってごく少数なんだろう。

彼女が多少フェミニズムに噛んでいる関係上、フェミニスト人達意見を聞くことが多いけれど、

「私達のフェミニズム女性の権利向上や搾取撤廃は掲げているだけであり、男性から権利を奪ったりLGBT否定するなんてもってのほか

 とはい思想運動である以上、そういう主張が過激な人たちの存在否定できず、こちらとしてもとてもわかりあえず、悩みのタネ」と話していた。

女性が歩んできた歴史や現状を考えれば、俺は男性蔑視といった極端でないもので限りフェミニズム思想にはわりかし肯定的なほうなのだけれど、

それでもあの日のことを思い出すと胸がざわついて呼吸が荒くなるし、そのためフェミニズムを支持したくても複雑な気分になってしまい、心が折れてしまう。



まあフェミニズムがどうとか腐女子がどうとかに関係なく、俺はそんなに頭がよくないんで知識や考えが足りているわけじゃないけれど、結局言いたかったことは、

自分がどんな思想を持っていても、あんまり悪辣に他人セクシャリティ否定しないでほしいってことだけなんだよ。特に子供相手には。

俺は口が裂けても腐女子に対し「BLを読むな」なんて言えないし、そんな気もさらさらない。

時々、腐女子を叩くゲイも、本当にごく少数見かけるけれど、それもやめろよな。

ここまで書いて結構スッキリしたよ。吐き出すのって大事だねやっぱ。あんまりこういう長い文章書く機会ないんで、文章ヘタでごめんな。

2016-11-05

PV数や収益ばかり気にしてるアフィブロガーへ

PV数や収益ばかりひけらかすアフィブロガーをたくさん見てきたが、物を書くというのはそういう数やお金ばかり優先するようなもんじゃないとずっと思ってきた。

内容で人に感動を与えたり笑いを提供したり、ちょっとした雑学を読んでもらって読者が読んで良かったと思えることを書くのが書き手存在意義だと考えていた。炎上なんてもってのほかである

そう考えながら自分はずっとブログを書いてきた。何十万アクセスも、ましてや収益なんて一切なかったが、読んでくれた人が読んで良かったと思えるような内容を考えてずっと書いてきた。

そうしてやっと書籍を出せることになった。自分名前を使ってだ。内容は特定を避けるために公表しないが本当に嬉しかった。書籍化が決まった夜はセブイレブンで少し高級な肉まんプレミアムモルツを買って、泣きながら肉まんを頬張った。本当に嬉しかった。

正直儲けることを考えてアフィリエイトをやろうかと考えたときもあった。でもそれでは自分が何のために文章を書くのかわからなくなりそうで、金のために文章を書くだけの人間になりそうでなんとか踏みとどまってきた。

アフィブロガーは確かにアクセス数はすごいし収益もすごい。だが数年たてば誰も貴方の様なアフィブロガーの名前は覚えていないだろう。記事の内容だって忘れられるだろう。だって皆でアクセス数が稼げる内容ばかり書いていたのだから、そこに貴方アイデンティティはない。

書籍化したら絶対言ってやろうと思っていた。文章を書くというのはただ金を稼ぐためにあるわけではない。読者の人生の肥やしになるために書くのだ。それが積み重なって自分の肥やしになる。文章なめるな。文章を尊ぼう。文章で人を幸せにしたい、そういう人達文章が世に広まることをずっと願っている。

2016-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20161024203443

あるある

作者がクズだと作品捨てるよな。

これだから作者のことを知るメリットはない。

あとがきや近況を読むべきではないし、SNSフォローするなどもってのほか

2016-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20161020082527

その時々の常識風俗によって見えない線はあって、超えると批判の声が大きくなる

たとえば岩下新生ペンライト

作ってる側は大まじめに新生姜を模していたが卑猥に見えるということで

嫌がらせも起きたりしたとのことで引っ込めざるを得なくなった

でもそれはその時その時で個々の案件を皆で見て判断するしかないことであって

明確に線が引けるわけではない

まれる前に消し去りたいなんてもってのほかってこと

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