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2017-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20170328190411

震災とか何かでかい事件災害があったときに金がないときついと思うけど

その時はその時ってそこを割り切れるなら別にいいと思う

金があっても死ぬとき死ぬしね

2017-03-23

涙もろくなった

子供を産んでから異常に涙もろくなった

私には全く関係のない子どもがひどい目に遭っても

前はあーかわいそーだなーと思うくらいだったのが

今はどんなに辛かったろうと考えると涙が止まらなくなる

子どもを失った親の話など見聞きすれば涙が溢れ出てくる

震災ドキュメンタリー

津波に流された子どもを何日も探して

ようやく見つけた冷たく固くなった子どもを抱きかかえて運ぶ

そんな親の気持ちを考えると堪らない

この世は地獄

子どもの所に行きたいけど自分で死んだら子どもの所には行けない

子どものいないこの世を生きていかなければいけない

地獄

昨日まで温かくて柔らかくてあんなに可愛かったのに

そんな思いをしてる人が何万人もいるなんて

この世は地獄

明日何があるかわからない

今は目の前で可愛く笑っているこの子明日は冷たくなっているかもしれない

私もこれから出かけた先で事故にでも遭うかもしれない

どうしてみんな平気な顔で生きているんだろう

こんな世の中に産み落としてしまって

の子申し訳ないとたまに思う

私は可愛い子どもに会えて幸せだけど

の子はどう思うんだろう

1人でも多くの多くの子どもたちが幸せに生きていきますように

の子幸せに生きていけますように

泣きながらそんなことを考えている私は少し病んでいるのかもなぁ

2017-03-20

日本暴動が起こらない素晴らしい国

日本では暴動が起きない。大震災の後もつつましく日本人らしさを発揮して、暴動なんて起こらなかった。

これから消費税が20%になっても暴動は起こらないし、将来一生懸命に支払っていた年金給付されなくなっても暴動なんて絶対に起きない。

負担する税金が増えたり過労死ギリギリまで働かされて死ぬ人が増えても暴動は起きない。

本当に素晴らしい、つつましい国だ。

2017-03-14

自分幸せ時代に生まれたこと

満州から引揚者中国残留孤児体験談等を読んでいたのだけど、あまりにも悲惨で、辛くて。

自分は何て幸せ時代に生まれたんだろうと申し訳ない気持ちになる。

社会は、世界は、昔よりも幸せ進化しているのだ、とも思ったのだけど、今だって世界には同じくらい悲惨な目に遭っている人、紛争地域に暮らす人はたくさんいるんだな、と思い直して。日本だって福島から避難してる子供達は幸せ時代に生まれたなんて多分思ってないだろう。

これまで健康に大きなトラブルなく生まれ育ったことって、本当に幸運だとしか言いようがない。もちろん未来のことは分からないし、病気になったり震災が起きたりする可能性もあるけれど。

自分ラッキーなことの罪悪感ってどうしたらいいんだろう。フェアトレード商品を買うとかボランティアをしたりするべきなんだろうな。どっちもしたことないけど。

この罪悪感、いつまでもつんだろう。すぐ忘れちゃいそうだ。

昨日のしくじり先生ソニン

あれ、俺じゃん。



まったく興味がない仕事に対して、『やりがいあるから』とか言われて任せられて、やる気がまったくないのに表面上超やる気だして、誰もいないところに行ってストレス発散するべく呪詛を五分くらい東京/南海震災にかけてからの、ニコニコ顔の練習してからまた作業



なるほど。

毎日毎日、『なにやってんだかなぁ、俺』症候群にかかってる根本はそういうところにあるのね。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170312190945

深川下町あたりの戦前観光名所歴史遺産震災・戦災で壊滅した上に、当時の人々が「復旧よりも復興」を掲げたため、古老の記憶がその命とともに消え去る前に、元に戻すことができなかった。


歴史的建造物遺産は、災害消失したらそれで終わり、ではない。


ワルシャワ歴史的町並みのように、ナチスに完膚無きまで消滅させられたけれども、戦後、そっくり復元果たして世界遺産にまで登録された例もある。

戦後70年、ようやく「復興」より「復旧」の方が大切(子孫が自らの歴史的アイデンティとなる拠り所がないことがどれほど深刻なことか)と気づいてくれた人がいるのは嬉しいが、いかんせん、あまりに遅すぎた。


同じくナチス廃墟にさせられたアムステルダムのように、「復旧よりも復興」を選択するのなら、そこに住んでいる住民が誇れるような町並みと建築を整える戦略もありだったが、東京はそれすらしなかった。まぁこれは石川栄耀の思想についていけなかった安井誠一郎の頑迷さによるところが大きい(GHQは巷間に言われるほど冷淡ではなかったと思われるけどね。)

今の東北も「復興」を掲げているけど、のっぺらぼうの住宅地に巨大な津波堤防が子孫のアイデンティにどれほどの傷を残すのか、気づくのにあと50年はかかるだろうね。

都市計画、本当に大切よ。とりあえず地元土木事業者政府の金で潤えばいいや、という考え方は100年かけて故郷を蝕むから

まぁ世界中どこも、こういう失敗を経て成長するけど、この手の精神的成長には石造りの街主体ヨーロッパですら数世紀のスパンがかかってるから日本のようなかつて木造主体の街だと仕方ない部分もあると思う。でもいま、ここで精神的成長しないと本当に近い将来、やばいことになるから

2017-03-12

復興問題汚染問題

3月11日という日関連で、テレビTwitter東日本大震災がらみの話題が多いけど、

個人的には被災地復興放射能汚染問題を一緒に考えるのはどうなのかなと思ってる。

ただの震災だけだったら両手を挙げて復興応援したい。

しかし、放射能が絡んでくると話は変わってくる。

復興よりも土地を離れることを勧めたいと思う。

震災津波だけでも大変なのに、次は放射能による健康被害まで背負うのは

まりにも酷というものだ。

国の「安全だ!コントロール出来てる!」と言う言葉に惑わされないで欲しい。

過去ミドリ十字トクホやらかしているんだから

 

あと、気になったのが、Twitterで「福島のものは他の地域に比べて放射線量をしっかり

検査しているか安全ですよ!」と言っているもの

残念ながら、全部のものがそうとは限らないです。

市場に出回っているものですら検出されているようです。

「べぐれでねが」というサイトで有志の方がいろんな製品(持ち込みもあり)を

検査なさってますが、正直、ここまで汚染されているのかと驚きます

もちろん、福島宮城農作物からも検出されています

けれど、されていないものだってあります

そういう現実を見ると先の「福島のものは他の地域に比べて放射線量をしっかり

検査しているか安全ですよ!」と言い切ってしまうのはどうかと思います

それなら、どうして汚染されているもの市場に出回っているのでしょう…。

検出結果を見た上で、買う買わないを個人的に決定するのがいいんじゃないかと思います

少なくとも、検出されたものは買いたくないですね。

家族にがん患者を抱えているので、食の安全については敏感になってしまうので。

東日本大震災から6年ということで、昨日は多くの震災関係TV番組放送されていた。

自分生活してきた町が崩壊して、人生が変わってしまった人たち。

住むところがある・ないだけでなく「自分の愛した『この町』が奪われたこと」に対する悲劇

もし別の町に住宅仕事が用意されても解決するわけではない。


ところで、自分が同じ状況だったらどうだろうか?

それほどの悲劇でない気がする。

理由愛着障害からだ。


物にも愛着を持たない。

読まなくなった本は古本屋に売って片付ける。

服がくたびれてきたら捨てて、タンスのスペースを優先する。

部屋に飾り気がない、思い出の写真とか旅行先で買ったお土産的なものも好きでない。

友人にはよく「生活感のない部屋だな」と言われる。


震災関係話題にはあまり共感ができないのだが、反感を買うのであまり言わないようにしている。

震災から6年

と言われると、うちのホームベーカリー買って6年かあ、と言うアホみたいな感想しかでてこない

震災の後でパンの品不足が続いてたから買ったんだけど、今でも元気に稼働中

焼きたてパン最高

未確認情報でまとめてんじゃねえよ

性の悦びおじさん、死亡説が流れる?【田園都市線 車内で暴れた男性死亡】 - Togetterまとめ (魚拓)


最後言い訳っぽく「まだ亡くなった男性が性の喜びおじさんと確定したわけではありません。続報を待ちましょう」って書いてるけど、確定していないとわかっているのにそれでもまとめるって相当悪意あるだろこれは。未確認だけど話題からまとめてPV集めたい、注目されたい以外に何の目的があるんだこれ。さっさと消せばいいのに。



自分togetterには割と寛容な方だけどさすがにこれはひどいと思うわ。だからtogetterはクソだと言われるんだよ。

こんなのブクマするやつもアホだろ。


これが奇しくも震災原発デマが飛び交ってからちょうど6年目ってのが悲しい。

2017-03-11

さよならAC

2011年3月11日、未曾有の大災害東日本を襲った。影響は各方面に及んだ。福島原発は爆発し、首都圏を含む広域な交通網は打撃を受けた。多くの人が亡くなり、多くの人が家をなくした。

この震災を受けて、企業各社はCM放送自粛した。震災時のCM放送が法によって規制されている訳ではなかったが、CM放映による非難企業自主的に避けようとしたのである。代わりに、テレビ局人畜無害ACCMを流した。 繰り返されるCMにより、ACは一躍その名を高めていった。

震災から一週間が経った。震災による犠牲者は一万人に迫ろうとしていた。テレビでは未だACCMばかりが流されていた。企業としてはそろそろ通常のCM放送したい気持ちだったが、もし自分会社けがそうすることによって「不謹慎だ!」と言われてしまってはたまったものではない。ネットではとあるACパロディ動画があげられていた。それは冷静に見れば面白くもなんともないものだったが、きっと他に見るものもなかったのだろう、驚くべき再生回数を記録した。その人気にあやかろうとしたのだろう、次々とACCM関連の動画アップロードされた。大の大人が「ポポポポーン」と叫ぶという、滑稽とも見苦しいとも取れる動画群であったが、人々はそれを不謹慎とは受け取らなかった。

二週間が経った。各国から支援が続々と寄せられていた。人々は(被災していなかった地域を含む人々は)それを見て「A国は素晴らしい」だの「K国はやっぱりクソ」だの言っていた。その頃、国会ではある法案が審議にかけられていた。アンチコマーシャルメッセージ法案通称AC法案である。この法律では、震災復興を達成したという判断政府が下すまで、企業テレビCM放送禁止規定していた。何故こんな法律が審議されることになったのかはよく分らない。しかイメージダウンを恐れて企業法案に反対できなかったし、当然のことながら猛反対の立場をとるテレビ局各社は盛んにこの法律弊害を訴えたが、震災報道ヘリコプターを使って被災者迷惑をかけたり、衝撃的な映像をまくし立てるように放送し続けたりしたテレビ局視聴者は既に愛想を尽かしていた。結局AC法案は難なく両院を通過し、テレビで映るCMACのものだけになった。

一ヶ月が経った。とある実業家による億単位義援金や、さるスポーツ選手によるツアーの賞金全額寄付宣言世間では話題になっていた。テレビ局スポンサーに働きかけるのに必死だった。自社のCM放送されないのに企業お金を出すなんてことはおかし論理だったが、それを認めたらテレビ局は立ち行かなくなってしまう。結局、「番組内で可能な限りスポンサー商品を紹介する」ということに決まった。出演者スポンサー企業ロゴ付きの服を着ることが常識になったし、番組の中でそれまでの流れとは関係なく唐突商品の紹介が始まることになった。それでもスポンサーから今まで通りの料金を徴収することは叶わず、経費削減の為にギャラの高い大物芸能人は締め出され、金のかからない素人芸人の起用が急速に高まっていった。ネットではAC関連動画の盛り上がりが、最高潮に達していた。

三ヶ月が経った。全く前例のなかった計画停電が行われ、都心優遇ぶりに一部の人々は憤慨していた。結局テレビは何とか放送を続けられていたものの、以前との差は歴然としていた。番組の内容もそうだが、間々に挟まれCMが全てACの為、テレビ自体一種カルト宗教的色彩を帯びていたのであるAC側もCMバリエーションを増やしはしたが、それも焼け石に水と言える程度のものだった。もはや国民ACの名を知らぬものなどいないという有様だったが、多くの国民は良い感情を持っていなかった。余りにもCMが繰り返された為、段々ネットACパロディにする人も減ってきた。

半年が経った。さる地方テレビ局が、番組内で東北地方のお米をセシウム米と表示したことが大変な物議を醸した。ただてさえスポンサーからの金が期待できなくなっているのに、その上この不祥事ではもはやなす術がなかった。結果、番組のみならずテレビ局までもが潰れた。テレビ局が潰れるなんてことは前代未聞だった。この事件の後極度にテレビ局各社は不祥事を恐れるようになり、人々の反感を買いそうな発言ますます避けるようになった。ネットでは、(直接的な関わりはなかったものの)ついにACは局を殺したと言われた。

一年が経った。大震災の模様が改めて各メディアに取り上げられた。問題は未だ山積みであったし、それとごろか原発を中心とした被害は更に拡大していったが、人々はというと大震災のものより、原発は推進すべきだとか廃止すべきだとか、与党を変えるべきだとか変えないべきだとか、そういった話題に興味を持っているらしかった。AC以外のCMが消え失せてしまったことも、もはや当たり前のこととして受け止められつつあり、誰かが思い出したようにACネタにした動画を作るだけだった。

二年が経った。被災者を除くと、人々は既に震災に関する興味を失っていた。時代は変わった。震災後急速に衰えていったテレビに代わってインターネットが主要なメディアと見なされるようになった。人々はテレビを見なくなり、テレビACCMしかやらないことなんてもう誰も気にしていなかった。企業は力を失ったテレビに代わってインターネット上での広告に力を入れるようになった。ユーザーの好みにピンポイントで合わせた商品宣伝から、見るだけでお金が貰える斬新な広告までもが生まれた。それはかつてのテレビCM以上に多彩で、ユニークで、興味深いものだった。テレビなんてものパソコンが使えない情弱だけ見てればいい。そんな声が強くなっていった。

 五年が経った。この年大震災テーマにした映画が公開された。それは大変な好評を博し、歴史に残る名作とまでも言われた。しかし、人々は未だ故郷に戻れぬ仮設住宅暮らしを強いられている被災者がいることを知らなかったし、被災地寄付することなんて思いもよらなかった。震災は感動という名のビジネスの道具となっていた。同じ年、政府によりAC法案の解除が発表された。瀕死テレビ業界はこの宣告に狂喜したが、すぐに期待は裏切られた。なぜなら、AC法はこれより四年後、2020年東京オリンピックの開催と共に解除だということが知らされたからだ。明らかに、国が立ち直ったことを国内外アピールするための政府戦略だった。このころになると、テレビは見てはいけないものとさえ思われるようになり、まだあどけない子どもたちが何かの拍子にテレビを見て、「ポポポポーン」なんて言った日には親から叱られる始末だった。

 震災から九年が経った。遂にテレビCMが復活する時が来たのである。既にテレビは最盛期を思えば哀れになる程衰退しており、CMを復活させたところでかつての威光を取り戻すことが不可能なことは誰の目にも明らかだった。各局はなんとかスポンサーを見つけようとしたが、もはやあえてテレビで自社のCM放送しようと考える企業はいなかった。「もうこの業界は終わりだ」最後希望を打ち砕かれた業界関係者たちは嘆いた。

 そしてその日がやってきた。オリンピックの開催とともに、首相によって震災から復興が全世界に高らかに宣言された。AC法も解除された。人々は56年ぶりの首都でのオリンピック熱狂した。散々興味がないと言っていた人までも試合の経過を見守ったり、見たことのない程人で溢れかえる東京に驚いていたりした。オリンピックは、成功裏に終わった。

 その一方で避難者は七万を下らなかった。福島出身の子供に対する苛めも収まらなかった。東北地方の食に対する信頼も回復しなかった。原発放置されたままだった。しかし、そんなことに心を痛める人はもういなかった。人々は震災被害なんてものは遥か昔に回復したものだと思っていたのだ。

 それから人々が震災のことを忘れるのに時間はかからなかった。いや、震災のことだけじゃない。この九年間で人々はテレビを忘れた。テレビだけじゃない。テレビで嫌というほど繰り返されていたACのCM―かつてはネタにして面白がった、それから先は忌み嫌うものとして見なしたCM。特異な状況であれほど繰り返し放映され、国民全員がこの先忘れることはないだろうとさえ思ったCM。そのCMのことすらも、震災に関する全ての記憶とともに、忘れていたのだ。

いい機会なのでみんなで読みませんか?

これ↓

http://annualreviews.org/doi/full/10.1146/annurev-marine-010816-060733

Fukushima Daiichi–Derived Radionuclides in the Ocean: Transport, Fate, and Impacts. Annual Review of Marine Science. Vol. 9:173-203. First published online as a Review in Advance on June 30, 2016

2011年以降に海に出ていった放射性物質が、2016年頃までどうなっていったかをまとめたreviewです。

長くて1人で読むのしんどいというのが正直なとこだけど...でも、今後も当分関係ある話で、震災の日くらい、たまには勉強しようかと。これを読んだこともあり。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/51176

ひと言とか数行とか小さな部分でいいから、読み取ったことをトラバブクマコメントに残してくれる人を募集

資料自体は悪くないと思います

とりあえず見やすいところ↓

Fig.1 空から降りる分、直接海に出た分、地下水を介して出た分、川を介して出た分の比較。空の分(15ペタBq)が、地下水や川の500年分くらいデカい。Table 1が根拠。つまり、これまでの論文推定されてきた値。15ペタ...どのくらいかイメージできない。

Fig.2 太平洋の海表面の放射性物質量。2014年頃をピークにアメリカ側まで届いて、広い範囲で通常の5倍くらいの濃度になっていた(これは確かにいい迷惑)。2016年には通常の2-3倍くらいまでで、エリアもかなり減った。まぁ海表面に関しては、普段の数倍程度が数年で止んでるからダメージ比較的浅そう。ただしこれは海表面で、あとで海底の話が出てくる。

Fig.3 見にくいので後で

Fig.4 海底の面積あたりの放射性物質量。同心円があるのはわかるけど、量的にどのくらい問題なのかはこれだけではわからない。

Fig.5 海底の魚と遠洋(非海底)の魚での濃度。縦軸はlogなので凄い差。どの区分も5年で1/10くらいは減ってる。2016年、遠洋魚がはっきり2層化してるのが見える。

http://anond.hatelabo.jp/20170311141205

それとあん関係いかも知れんけど

茨城県っていうと東海村事故ってくらいしか知識なかったし、しか震災後になおさらクローズアップされたけども、

茨城大洗ガルパン とイメージが上書きされたのは大成功だろうなーと思った。

ていうか大洗自体にも原子力施設あるんだけど、高速増殖炉 常陽。でもガルパンに消されてる感じ。

イメージうなぎのぼりですごい。



ちなみに、その常陽の燃料を製造してる工程での事故東海村のJCO事故なんだよなぁ。

震災リアル

変わり映えのない家族愛に注目した特集が多い。無難で分かりやすいからだろうか。御涙頂戴でPV視聴率稼ぎやすいからだろうか。

実際のところ家族愛など微塵も感じたことのない毒親に悩む人間だっているんだけども。

外野からはとてもじゃないけどそんなことは言えないし、内野からでもわざわざ言うことでもない。オフレコしか流通しないエピソードを見聞きする人はいるでしょう。



被災者がいい加減なことを言うんじゃねぇ、と、被災者不謹慎厨は言う。分断。

ここにもちょっとしたポリコレポリコレ棒の問題存在するように感じる。

ポリコレというか、弔い合戦というか、死者にゲタを履かせ花を持たせたい心情というか。

報道側・外野側の気持ちもわかる。無難だし、攻めたことをするのは覚悟必要なのもわかる。かくいう私も増田でね。



個人的ミクロ主観的には震災はまだ続いている人もいる。しか社会全体のマクロとしては、もう感傷に浸ることから抜け出さなければならない段階であって、そういった段階だからこそシン・ゴジラが作れるわけでしょう。冷静さと客観性を取り戻してきているわけです。



なのに先へ進めない時代シルバーデモクラシー感傷、反知性などによって合理性蔑ろにされる。

鉄道の復旧なんかでもそういう話がチラホラと。元通りにするよりも、かねてよりの問題も鑑みてアレコレしたほうがマシでは?がポシャったりする。

「悲しかったり辛いけど、未来のために必要なんだ」という、社会としての意思言動希薄に感じられる。

震災報道とき福島以外のおまけ感が本当にいやだ

もちろん宮城岩手も取り上げられるよ。でもなんか「おまけ」感をうすうす感じるんだよね。結局最後福島にもっていくんだよね。千葉だって東京だって被害はあるんだよ。九段会館天井が抜けて人が亡くなったこととかもうみんな忘れてるよね。

今年で6年経った

http://anond.hatelabo.jp/20110602193012

この増田から6年か。

 

福島は未だに復興されてなくてもはや避難先に根付いてしまった人たちもいるらしい

震災直後では火の海になった気仙沼話題になったけど、こっちのほうは復興したのかな

って、調べてみたらインフラは概ね治ってきたみたいだけど産業震災前の60%程度しか復興していないみたい

http://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/608418.pdf

まああんだけの被害があったらそうそう治らないよね

 

原発の方は、東芝原発LNGに大博打を張って結局半導体産業日本から手放すという大失態をしたのが印象的だった

世界では再生可能エネルギーが続々とグリッドパリティを達成しているのに何たる惨状

しかネット社会ではこの状態になっても未だに「反原発放射脳疑似科学的」とか「再生可能エネルギーは役に立たない」とか悪評が目立つ

思うに最初反原発が今のしばき隊の連中に見つかって変な色がついたのが悪かったんだろうな

あれさえなければもっと受け入れられた選択肢だと思ったんだけど

私自身の転機になった日

[日記]

私自身の転機になった日はいくつもあるが、2010年代に絞って言えば6つある。


2010年1月

今よりずっと景気の悪い時代に何千万もの印税(両親の書いたもの)を家族が手にするようになる。

この両親に嫉妬するようになり、ギャンブルに足を運ぶようになった。



2011年3月11日

私はもともと車はおろかバイクに対しても抵抗感を抱いていた。嫌々取得したと言う言葉が似合うので、免許取得後も当分はほとんど使い道がなかった。

しかし、この日に起きた大震災交通機関が使い物にならないために何をするにも困っていたときに、高校時代の知人が買い替えでいらなくなった二輪車を譲り受けたが、乗ったところ使い勝手の良さを気に入ったので、以降それを使い続けている。

公共交通信頼性を疑うきっかけになった最初事件がこの大災害ではないだろうか?



2013年9月

私は幼少期から鉄道が好き(正確に言えば小学生時代から)だが、耳と目を疑うような事件があった。言うまでもなく観光列車蔓延である

同時期に北海道では公共交通トラブル社会問題になったこともあり、この年から鉄道とは距離を置くようにしている。



2014年3月

2009年からギャンブルを続けていてそれまで平均で何百万も勝利してきたが、たまたま2億~4億ぐらい当たったのが両親にばれてしまい、お金と代わりに家を追い出される。

現在は1LDKか3LDK格安マンションに一人で暮らしているが、なんだかんだで満足している。



2016年4月

totoやlotoの当選トンズラで家を追われて2年たって憂鬱になった私に追い討ちをかける事件があった。熊本大地震列車脱線した。

この時ニュースで知ったことは、公共交通公共資産でなく企業運営遊園地と化していたという実態だった。

この日以降私はオートバイバスJR公営鉄道飛行機での移動が多くなったほか、私鉄を極端に利用しなくなった。また、鉄道好きを隠し通すようになった。



今は執筆原稿料印税totoやlotoや宝くじお金でなんとか地位を立てているが、正直憂鬱状態だ。

2017-03-10

明日震災特番新海誠が出るぞ!

3・11 7年目の真実[字]

2017年3月11日 (土) ごご 2時00分〜

http://www.tbs.co.jp/tv/20170311_413C.html

3.11テレビに新海出すのは震災映画として君の名はが利用されてる気がして気持ち悪い

影響を受けたと明言してるから仕方ないがそこは庵野に代役をしていただいた方が映画政治に汚されないのに

2017-03-09

次に災害にあうのは増田かも

災害は「自分関係ない」って思っている人のところに来る。神戸震災神戸には地震は来ないって言われてたのに来た。東日本大震災被災地ではずいぶん前に起こった大津波を忘れかけて、ほんとは建てちゃいけないところに家を建てたりしてた。九州の人たちは東北は遠いし震災のことはぴんと来ないといっていたら熊本地震が来た。そのうち増田のところにも来るだろう。神戸でも家具が倒れないようにしていたところは被害が少なかったし、東日本大震災でも高台に家を建て、訓練通りに逃げた人は助かった。熊本でもペット避難できる施設を作っていた動物病院で助かった人がたくさんいた。増田震災にあった人の気持ち想像する余裕はないのかもしれないけど、発達障害自分災害にあって避難所生活をしなければならなくなったらどうなるか想像して、準備できることはしておくといいんじゃないかな。障碍者災害にあったらどうなるかという体験談は探すと結構あるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170309135447

http://anond.hatelabo.jp/20170309150212

 2011年2月末、自分私事で転居を決め手続きを進めていた。震災が起こった。

 震災のため急いで転居をする人がいるのではないか自分がお願いする引っ越し業者人員をそちらにさくほうがよいのではとも思った。

 悶々としているうちに転居日が来て、現居所に居る。

 

 震災で生き残ったこと、都市部に転居して生活気持ち好転した事は罪なのだろうか?

 「贖罪」という単語がひっかかった。「後ろめたさ」じゃないだろうか。

 転居のきっかけが自分のように私事であったら、後ろめたさなんか感じなかったかも知れない。

 

 震災という、一度に多くの方々の命と財産生活、つながり等々を破壊してしまうおおごとだから
 被災者の一員として、震災きっかけの転居が人生の転機になったというのは
 今の居所で幸せだというのはタブーのような事なのだろうか?

 否、と自分は思う。

 人生は人それぞれ。一億人に、一億通りの人生がある。

 亡くなった方の冥福を祈ったり、心身や生活が苦しい方々への気持ちなどを忘れるというのではないが
 自身幸せになる道をふさいだり、こっそり歩く必要はないと思う。

 

 増田のように、被災後転居して良い縁(人/モノ/仕事等)に巡り会えた方は他にもいるのでは?

 自分のように、胸苦しい私事で転居したけど生活は落ち着いた人間もいる。

 震災は悲しい事だけれど、人生の転機の一つだったと思うのだ。

 

 すべての人を救うことはできないし、すべての人のために生きることも出来ない。

 人間はそんなに格好良くないと思う。

 

 増田の、今の幸せ大事にしてほしいと思う。 

311島尾敏雄と私

島尾敏雄の「死の棘」という小説を読んだ。浪人時代予備校講師に勧められて買ったもの文庫で600ページと長く、ずっと読めずにいたが、春休みを使って読破することができた。簡単に紹介するなら、「死の棘」は作者の代表的私小説で、夫の浮気の発覚から始まる妻の不調と家族崩壊を記録した作品である

 読み進めていくと、妻の精神異常を和らげるためにと、「私」はこんなようなことを考える。

  『相馬に帰ろう』

 紹介され偶然手に取ったこの本のこの文章を読んだ時、私は名状し難い不思議な感じに襲われた。

 私は、相馬地区で生まれ育った。島尾敏雄相馬地区ふるさとだったのだ。

 そして、未だに故郷原発事故惨禍に見舞われている。

 東日本大震災から6年。故郷自然と思われた。

 正直言って、私はふるさとがあまり好きではなかった。自然はたくさんあって、野馬追という伝統も素晴らしいが、若者が志を高く持つには小さすぎる街だと思った。私はどうしたらなんとも言えない閉塞感を打破できるかを考えては、多分無理だろうなと半ば諦めの感情を胸に秘めていた。

 東日本大震災が起きた。

 私は生き残った。住んでいる地域原発避難指示区域には入らなかったものの、鉄道などインフラは寸断され、私たちは転居した。都会に。

 それからの私の生活は非常に充実したものとなった。幸い、福島出身と明かしても白い目で見られることはなく、田舎ありがちなデキる人の足を引っ張る風潮もなかった。意欲ある人が存分に学び体験できる施設があり、尊敬できる人がいた。若者がより広い世界へ飛び立とうとする意欲を持つには充分だった。

 東日本大震災が起こって6年になる今、私は東京で高いレベル教育を受けられている。あの地震でおぞましい数の人が亡くなり、今も苦しんでいる人が大勢いるが、私にとって6年前の地震人生を大きく変えた分岐点であったように思える。あの地震がなければ、私はここにはいない。

 しかし、本当にそれでいいのだろうか。嫌だったふるさとから、私は逃げるようにしていなくなってしまった。どうすればいいかからなかった。何か違うのではないか、という気持ちが渦を巻いていたが、田舎を離れられる開放感でそれを押さえつけてしまった。大震災を美化してしまった私の思考が正常なものなのか、若さゆえの過ちなのかは未だにわからない。

 小説の中で島尾敏雄相馬に帰ったのは、崩壊してゆく家族とのギリギリ人生をやり直す力を、故郷に感じたからだと思う。多くの人が、故郷自分人生の原点にして、そこの原風景大事にしているように。私が捨てた故郷のそばには、未だに立ち入りが禁じられ、人々が帰ることすらできない場所がある。彼の郷里最近、立ち入りが許可されたばかりで、復旧・復興とは程遠い。故郷に帰ることさえ一生叶わない忸怩たる思い、悩み苦しんだ時に自分が生まれ育った場所が変わり果ててしまった悲しみ、いわれのない差別に苦しみ、福島出身ということに引け目を感じている子どもたちの心情にどうやって接したらいいかからない。故郷を追われ苦しんでいる人に少しでも助けになるように日々研鑽を積んで、その人たちを助ける力、次に世界を揺るがす大事件が起きた時に多くの人を助けられるような力を養うことが、震災をチャンスと捉え故郷を捨て去った自分贖罪だ。

 自戒として、ここに記しておく。

3.11を忘れません、9.11を忘れません、神戸震災を忘れません、熊本大地震を忘れません、

ところで、311ってなんだっけ?

津波が来たのは知ってるけど。死んだ人いるの?

911ってなんだっけ?

ホワイトハウスのそばに飛行機が落ちたんだっけ?

神戸震災ってなんだっけ?

イチローが頑張ったのは知ってるけど。

熊本大地震ってなんだっけ?

しか城が割れたんだよね。

僕は忘れていません。

311も、911も、神戸も、熊本も。

決して忘れてはいません。

震災報道が苦しい

津波でぐちゃぐちゃになって、自衛隊活躍したわけよな。

最初の2週間位で、避難所では自衛隊死体から財布盗んでるのを見たという目撃談を複数から聞いた。

そんなアホな、という気持ちもあるし、そんなこと言うもんじゃない、という気持ちもあるからみんな黙ってたけど。

でも、まあ多分やるよな、と思ったし、今でも思ってる。

規律を守っている自衛隊がそんなことするわけない、という話はタテマエとして、

現場が極限状態で、戦場と変わりないから、キャリアの足りない自衛官精神おかしくしたとも聞くし。

もちろん自衛官でさえそうだとしたなら、一般人でも同じことよな。

何体も重なる濡れた死体から、財布を抜き取る人の気持ちを考えると、暗い気持ちになるんだわ。

戦場だと精神おかしくするから、略奪もレイプ百人斬りも、ああ、やっぱあり得るのだろうなあと。

規律が厳しいとか関係なくて、そういう人は出てくるんだろうなあと。

から自衛隊ありがとう、いえいえ自分たち任務でやってますから、みたいな報道見るとなあ。苦しい。

同じように朝鮮人がどうしたこうしたっていう噂も聞いたが、そっちのほうは明らかに嘘っぽかった。

なんだかなあ。

とりあえず、戦争はよくないなと思った。

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