はてなキーワード: 瞑想とは
なんか鏡に向かって『お前は誰だ?』って言い続けると気が狂うって都市伝説を想像してると思うけどそれとは違うんで心配しないでいいw
瞑想とかヨガっていうのは自分の体験だとか自己同一性を変容させることだから、もちろん絶対に危険性がないとか、安全とは言えない。
世の中には様々な瞑想法があって例えば激しい呼吸法とか精神の裏側を覗き込むことを目的にするとかマリファナやりながら音楽聞いて瞑想とかはそのリスクが高いと思う。
ここではないどこかへを求めてたヒッピーと瞑想との親和性を考えるとわかりやすい。トリップにはバッドトリップが付き物。
でも、この瞑想法はそういう激しいやり方じゃなく、メジャーな瞑想法でいわゆる宗教的じゃなくて科学的で安全でそれでいて効果があると実体験として思う。
瞑想にはパーリ語でサマタ(高い次元での集中)とヴィパッサナー(洞察、観察)っていう二つのやり方があるけど、
一人でやると危ないのは前者。もちろん、前者にもちゃんとしたやり方はあるんだけど、後者は「あっち側」に行くのを目的にしていない。
というより、その対極で、妄想に気づけってやり方だから、安全だと99.99%言える。
何か認知療法に近いものがあるのではないかなと個人的に思ったら、こういうのがあった。http://www.wikihouse.com/cognitive/index.php?%C7%A7%C3%CE%CE%C5%CB%A1Tips%204
「瞑想」っていう言葉はほとんどの日本人は知っているけど、禅の影響で空だとか「心を無にする」だとかいう漠然とした理解で
1年くらい前までは頭の中が欝っぽい考えでグルグルに回ってても「それでも働かないと生きていけないし」などと言いながら過ごして
まだ20代なんだけど、若いながらも死にそうになっていた。親類が死んだこととかも関係して精神が滅入ってたのもある。
元々病みやすい部類には入っていたのかもしれない。
よく病んだとか言ってたし。今だったら10代の娘とかでも、「ちょー欝なんだけどー」だなんだの言ってない?
そういう悩みから解放されたい一心で、例えばカウンセリングに行ったりとか、まぁ各種様々な方法を探しまくった。
自己啓発とかそんなんに頼ろうが、もう身体が辛くてどうあがいても生産性が上がらなかった。だから直接的に効く方法を探しまくった。
でも効果がそもそもなかったり、一過性であったり、副作用があったり、なにぶん辛いことが多かった。
「金と時間と気力を消耗する」ものばかりだったわけだ。んな方法が続くわけない。
もしかしたら体質でどうにもならないもんなのかと思っていた時に出会ったのが今回ご紹介する「ヴィパッサナー瞑想」。
最近はテレビなんかでも出ているときがあるので知っている人がいるかもしれない。
それなりに有名になってきたのだ。この記事を読んでからでいいんで、googleで「ヴィパッサナー瞑想」で検索してください。
俺が絶対的に要望としてもっていたのは
1.金がかからず、高い質
2.気力がいらない
精神の悩みでいうと
1.胸のつまり(なぜつまるのか、よくわからんが、呼吸するのが辛かった。生きるのがむなしかった。)
2.心の疲れ(潤いがない。乾きまくり、人間にとって優しさが大事とはよく聞いていたけど、なぜかそれを心でよく感じていた。イライラがしんどかった)
3.頭ん中グルグル回る悪い想像(これは今思うとこれに振り回されていたんだなという感じで、重くて、辛かった。)
の3つ。今思うと、よく↑で仕事していたと思うわ。過去の自分を振り返って、自分で自分を尊敬もするが、もっと早くヴィパッサナー瞑想を探せよ!という気持ちにもなる。
「ヴィパッサナー瞑想」は、簡単に言うと今という瞬間に完全に注意を集中するメソッド。俺が最初に読んだのは「意のままに生きられる―ヴィパッサナー瞑想法 」という本だった。
アマゾンの評価も高かったので、買ったのだが、この本が今思うと当たりだった。
開発者のブッダさん自身のむなしさから抜け出すために作られたエピソードとかが載っていて、意欲をかき立ててくれる。(DVDがついてないのが、惜しいけど。)
瞑想法自体はとにかく簡単だった。何しろ一番始めに乗っていたのが歩くままやる瞑想法だったから。
さらに「イライラが止まる」やら「頭の中のガラクタがなくなる」やらの効果が書いてあった。
「本当に歩くだけの瞑想法でこんな効果あんのかよ!?」と思いながら、本を読みながら部屋の中を歩いて、「歩く瞑想」をやったのだった…
「左足から歩くならば、左足に神経を集中させ、「左足」とこころの中で言葉で確認し、同じく「あげます」と実況しながら左足を上げ、
「運びます」と実況しながら左足を運び、「おろします」と実況しながら左足を降ろす。同様に右足も、足の感覚を丁寧に感じながら、ゆっくり歩く。
このように実況中継を絶やすことなく歩くことを続ける。」
というのがやり方。実に簡単。
で、これがめちゃくちゃ頭の中でうずまく妄想を止めるのによかった!
寝る前に座る瞑想法も試してみたのだが、同じようにからだの感覚やこころの感覚を、実況し続けたのだが、いつもはなかなか寝れないのにそのまま寝ちゃっていたのだ。
そして爆睡。ほんとは寝ちゃだめなんだけど。
子供の頃なんて毎日爆睡だったけど、大人になってからは、そういう感覚ってなかった。それが1日にして蘇った。
朝起きたとき「え?……あぁあの瞑想して寝てしまったのか」という感じでぽかんとしていた記憶がある。
で、いつもだったら起きたくないなぁ、あれやらなきゃなってふとんの中でグズグズ妄想が頭ん中を回るんだけど、それに気づく。
あぁ、いつもこの頭の中を回るガラクタに惑わされていたんだって気づく。
精神学者の名越康文も朝の自動思考について仏教を例に説明している。http://igs-kankan.com/article/2011/08/000476/
1日にして「ヴィパッサナー瞑想法すっげえええええええ」となったのだった。
んでその後は、買った本に乗ってある奴を徹底的にやった。歩きながら瞑想するのは体と心が同調されていい。
とにかく気力がいらないという点がよかった。つまり、今に集中しろ、現在に気づけ、観察しろ、ただ知れってことだから。
つまり、"Don't think, Feel!!!"というブルース・リーが説く状態に持っていくということ。
1週間くらいしたら、こころの状態がすこぶる良くなっていた。身体が新しくなった感じがして、呼吸するのが気持ちよかった。
心の疲れはちょっと残り続けていたのだが、3ヶ月くらいやってたら、気付いた時には「あれ、心がなんか静まってる」となってあの重い感覚は7割方消えていた。
怒りも静めることができるようにもなった。
で、今ちょうど1年くらい経ったんだけど、すこぶる調子が良い。歩くのが楽、呼吸するのが楽、良く笑うようになった。このヴィパッサナー瞑想法との出会いが間違いなく自分を変えた。
心の調子がよくなると、体の調子が変わるのは確か。「なんか悟り開いたみたいだな」とよく人から言われます。前までは悟り開いてなかったのかもしれない。
俺のオススメはスマナサーラ長老と小池龍之介。まあ前者の方が俺は好きかな。
大抵この2人が今の瞑想入門の売れっ子って感じ。(他にも色んな入り口があるってことね)
是非、オススメなので、ヴィパッサナー瞑想法知って下さい。大きい本屋にいくと、ヴィパッサナー瞑想コーナーがあったりします。店員さんに聞くといいです。
ちなみに日本テーラワーダ仏教協会というところに載っていました。無料で見れます。http://www.j-theravada.net/4-vipassa.html
余談だけど、このヴィパッサナー瞑想法を開発したブッダさんという人は、凄まじく天才なんだそうだ。
若いときは、王国の王子として生まれて恵まれた生活を送ってたんだけど、生きることのむなしさを感じて、出家して、悟りを開く(笑)
で、仏教っていうの教えるんだけど、それは神やら儀式やら主義じゃなくて、内なる現実をありのままに観察することによって、その本質を理解しろよって言ったんだ。
話が、本当かどうかはこの際どうでもいい(俺は本当だと思うけど)。ヴィパッサナー瞑想法が効果あるのは間違いないのだから。
匿名ダイアリーは巨大ブログだと誰かが言っていた。是非、ヴィパッサナー瞑想法を拡散してほしい。
ちなみに仏教団体(色んな怪しい人達もいるから気をつけてね)の回しもんじゃありません。とにかく良いものには広まってほしいと思う一心です。
勝手な言い草だけど「ヴィパッサナー瞑想法合わない」なんて言う奴は、この世にいないと思う。万人向けに作ってあるから。
というか、西洋人でも瞑想を生活に組み込んでいる人がいるのに、日本人が正しいやり方を知らずに実践していないのはマジでもったいないと思う。
今回は少し前によく聞いた「自分探し」について。
世の中的にもナンバーワンよりオンリーワンだ!と言われていたし、
本当に自由に自分のことを決めていいよってなった途端、
そんな流れだったように思えます。
じゃぁ具体的にどうすれば良いかよく解らず、
でも結局よく解んないですよね。笑
まず、決めなきゃいけないのはこれだと思います。
少しだけ関心があったり興味があるくらいで何個か決めてください。
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1)「それ」が世の中にとってどういうものなのか
2)誰が喜んでくれて誰のためになっているのか
4)その役割を一緒に達成する仲間は誰か
6)自分が、仲間が頑張ることで世の中のためになっている事を実感する
7)それが生きる意味になったりする
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自分がいることでの小さい変化を実感する。
まずはここだと思います。
最初はそれをどういう人ができているのか、
じっくり観察してその人のポジションを奪いにいきましょう!
それってすごく楽しくなります。
自分探しって未だによく解りませんが、
世の中に無数にある役割の一つを全力で掴みに行く事だと思いました
それが一つの答えなのかもしれません。
例えばネットが世界に普及して、ソーシャルメディアというものが生まれ、
もっと小さい規模でも、たくさんの役割が生まれ、
そのポジションを誰かが掴んでいるんしょう。
客観的に考えれば、非常に非効率で誰も得しにくい考え方なんだけど、なかなか抜け出せないんだよね。
「完璧主義でもなんでもなくて怠慢なだけじゃねーか」って一蹴する人は、こういう考え方をしてしまう人を理解出来ていないんだと思う。正論だけど。
この考え方は、自分を苦しめるだけだし、結局成果が出にくくなって周りにも迷惑をかけるというLose-Loseの結果につながりやすいから、直せることなら直したい。
ということで、一年くらいかけて考え方の矯正をしてみようと思う。実験だ。
その方法をここhttp://goo.gl/oiywlとかを参考にして考えてみた。
まずは
①自分がオール・オア・ナッシングの考え方をしやすいことを認め、その考え方は非効率であることを認識する
次は、いろいろ方法があるから、並行していくつか試してみようと思う。
最近試しているのが、
で、これは瞑想とかイメージトレーニングとか、やり方はいろいろあると思う。
オール・オア・ナッシングの考え方をしやすい人ってストレス発散とか、サボり方とかが下手なんだと思うんだよね。自分はそうだ。
うまくリラックスする術を持つことで、コントロールの精度を上げたい。今ところ第二までは習得した。
他には何がいいかな。
ということがいいだろうか。完璧な状態に焦点を合わせるのではなくて、0から始めてどれほど増えたかということに合わせるよう意識しよう。
これって自分がダメな存在であることを認めるということでもあると思う。「自分は完璧な存在だと考えてみよう」とか書いている人がいたが、それは逆効果だと思う。実際オール・オア・ナッシングで成果が出にくくなっているのだから、その点を認めて、だめならだめなりに頑張るかという勢いが必要だ。
合言葉は、
だな。
おっと、でもこの方法ってあんまりダメダメ言っていると自分を責めることになるから、注意が必要だ。まだまだ、自分を責める癖は治っていないようだ。忍耐が必要らしい。
夜の反省の項目に、「今日一日で何ができたか?」を追加しよう。
あとは、
ことにしよう。評価は80%からの乖離の小ささで考えて、90%は目標設定が甘くて70%と同じ評価、さらに100%は目標設定が甘すぎて60%と同じ評価といったように。
結構頑張ってみてやっと80%達成できるような目標を立てる能力を高めることが大事。1日12時間勉強する計画を立てて、達成できないと諦めるパターンは、計画を立てる能力に問題があるはずだよね。
⑤やらないことリストも作る
⑦優先順位を「書きだす」
⑧毎朝部屋を少しだけ整理する
とかかな。
以上!
あとは適宜修正してやってみること。ダメならダメなりに努力あるのみ!
まとめ
②自律訓練法を続ける
⑤やらないことリストも作る
⑦優先順位を「書きだす」
⑧毎朝部屋を少しだけ整理する
日本で始球式をすることも決まっている、話題のサンデル教授の本『これからの「正義」の話をしよう』を読んだ。
シリアスゲーム的な考え方だと思った。押し付けがましくなく、それでいて熱意がある。
ダン・アリエリーの「予想通りに不合理」では、行動経済学として人々の社会規範と市場規範に焦点を当て、さまざまな実験を通して規範の適用の仕方を検証している。
サンデル教授はこれまで社会規範の適用されてきた社会に市場規範を適用するという最近の風潮を危惧している。
それは、アメリカのみならず、諸先進国においても同様だろう。GDPでは幸福は測れないということだ。
そうした現状で、公正な正義を一人一人が認識しようとすることは社会の幸福への試金石になるかもしれない。
宮台真司の推薦文にもある通り、サンデル教授はコミュニタリアン(共同体主義者)だそうだが、一部のコミュニタリアンにとっては違和感のある呼ばれ方だそうで、その原因は「正義は個々のコミュニティが好き勝手に定義したものに過ぎないという相対主義的見方を表しているように思える」からだそうだ。
つまり、コミュニタリアンと呼ぶ側(功利主義、自由主義)がコミュタリアンの物語の探求という考え方を見落としているということだ。
NHKの白熱教室を観た方はわかると思うけれど、サンデル教授は功利主義、自由主義、そして共同体主義を実際に起きた問題や思考実験によって人の正義と自由、正義と権利、自由と権利といった問題を焦点に繰り返し問題提議、検証していく。
5章以降のカントの示した人生観やロールズの考える自由は、より具体的で、わかりやすく、刺激的だ。
人生観で特に印象的だったのは、マッキンタイアの「物語の探求としての人生を生きる」という考え方だ。
自由を追い求める考え方は目的論を独善的とみなす。しかし、現実的には人々は人生という物語を解釈している。
自由に選択できることが真の意志の尊重とするが、
物語の探求という生き方は、アドベンチャーゲーム、ロールプレイングゲームのようにマルチエンディングのような、または、SF的な多世界解釈に近いと思う。
そして、それは強烈だ。これからの諸問題との対峙する時、コミュニタリアンの正義に対する捉え方は安易な自由や平等主義よりも解決への熱意を持っている。
サンデル教授は功利主義、自由主義、共同体主義という選択肢を検証し、最終的にトゥルールートとでもいうように納得させる形で共同体主義への道筋を示した。
心理学者のミハイ・チクセントミハイによって提唱されたフロー体験というものがある。
フロー(英語:Flow )とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。ZONE、ピークエクスペリエンスとも呼ばれる。その概念は、あらゆる分野に渡って広く論及されている。
チクセントミハイが見たところによれば、明確に列挙することができるフロー体験の構成要素が存在する。彼は8つ挙げている。
2. 専念と集中、注意力の限定された分野への高度な集中。(活動に従事する人が、それに深く集中し探求する機会を持つ)
4. 時間感覚のゆがみ - 時間への我々の主体的な経験の変更
5. 直接的で即座な反応(活動の過程における成功と失敗が明確で、行動が必要に応じて調節される)
6. 能力の水準と難易度とのバランス(活動が易しすぎず、難しすぎない)
フローを経験するためにこれら要素のすべてが必要というわけではない。
(フロー:wikipedia [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%BC ])
目的論的な解釈や考え方はフロー体験を促しやすいのではないだろうか。
自己実現理論(じこじつげんりろん)とは心理学者・アブラハム・マズローが、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」と仮定し、人間の欲求を5段階の階層で理論化したものである。又、これは、「マズローの欲求段階説」とも称される。
2. 安全の欲求(safety need)
3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
4. 承認の欲求(esteem)
5. 自己実現の欲求(self actualization)
の5段階に分類した。
自己超越
マズローは晩年、5段階の欲求階層の上に、さらにもう一つの段階があると発表した。それが、「自己超越」(self-transcendence)の段階である。 自己超越者(transcenders)の特徴は
1. 「在ること」(Being)の世界について、よく知っている
5. 深い洞察を得た経験が、今までにある
6. 他者の不幸に罪悪感を抱く
9. 聡明である
10. 多視点的な思考ができる
11. 外見は普通である(very normal on the outside)
マズローによると、このレベルに達している人は人口の2%ほどであり、子供でこの段階に達することは不可能である。 マズローは、自身が超越者だと考えた12人について調査し、この研究を深めた。
(自己実現理論 :wikipedia [ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96 ])
フロー体験や自己超越といった段階は、ただ安易な自由や平等を考える以上に、個々人が社会で生きる目的を認識することが重要であることを示しているように思える。
まず最初に確認しておきたいのは、瞑想というのは些細なことから誤解を生みやすいものゆえ、日常や世間でおおっぴらに扱われるべきではなくて、
個人でやりたい人が勝手にやるものだということだ。だから、コスメショップにおいてひっそり評価されるべき文化の単語である
「クリシュナムルティ」という単語が発せられたこと自体、非常に気まずいものだったことは言うまでもない。
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申し遅れたが俺は特別瞑想と深い関わりのない20代男性であり、ひょんなことから珍しくもコスメショップと関係を持ったのだが、
そこの30代独身美容販売員とオフビジネスで話している時に「クリシュナムルティ」という単語が出て椅子から転げそうなほど驚いた次第である。
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まず女性が瞑想に興味があること自体がなかなか無い。セレブ主婦、有閑マダムが暇にかまけてやったりする可能性はあることはある。
ヨガ教室なんかでね。まあ可能性は非常に低いけど。それからスピリチュアルに傾倒した女性が興味を示すことも無いとは言えない。
まあまず無いけど。他にスイーツな女性が雑誌の「キレイになる」特集記事見てやる可能性もゼロとは言えないがゼロに近い。
あとは宗教をやっていたら瞑想らしきものをさせられることはあるかもしれない。人口的にこれが一番多いのかも知れない。
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さらに30代という年齢層も絶妙と言わざるをえない。20代以下は論外として、まさか30代という若さでそういうややこしい世界に
もつれこむなんて。事情はよく分からないが、よっぽど災難続きの波瀾万丈の人生で計り知れない苦労をしたんだろうと思ったり
せざるをえない。しかもその人は30代前半っぽい。39歳とかの人生の後半戦に差し掛かった人間なら分からなくもないけど。
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瞑想というと30代独身美容販売員なんかがやるものじゃなくて、人生の折り返し地点を過ぎた男性が自分を見つめ直すために行われる
のが通例だろう。そうでもなければ、触れてはいけないもののように扱われるか、あるいは親しい相手の場合は「ええっなんでえ?」と
瞑想をやっている動機・目的を厳しく問い詰められることは必定である。
かくいう俺も20代なのでそういうふうに問い詰められたことは二度三度じゃなかったし、もう完全に宗教か何かの怪しいことをやっている
と思われている次第である。いや俺は瞑想はお試しでしかやってなくて単に知識として興味あるだけなんだけどと弁解しても無駄である。
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誤解しないで貰いたいのは俺も瞑想に多少興味はあるが、瞑想というのは流行になったりブームになったりしないものだから、
「瞑想という文化」らしい文化が無く、だから人々がどう瞑想と関わっているのかは普通分からないものである。宗教団体にでも入らない限りは。
俺もそうだった。分かっているつもりで分かっていないらしい。それを今回のことで激しく実感した。
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思うに、大々的には取りあげられないけど人々の間で根付いている文化というものもあるのかもしれない。
人口的には数千人に一人とか数万人に一人という物凄く少ないものかもしれないけど、目に見えない全国のネットワークのような
ものが存在しているのかもしれない。そういう人達は交流や情報源に相当苦労しているのかもしれない。
http://www.webcreatorbox.com/inspiration/100ways-better-life/
1. 間違いを受け入れる
あなたは人間です。私たち人間は間違う事もあります。自分のしたミスを受け入れて次はうまくいくように努力しましょう。自分自身に罰を与える必要はありません。間違いを受け入れる事が、罪悪感を消し去る唯一の方法です。
2. 友達のミスを許す
誰かに傷つけられる事もあるでしょう。人間は間違うものですし、自分の間違いを受け入れるのと同じように、他の人の間違いも受け入れましょう。最終的に、あなたの必要なものは彼らからの「愛」です。
3. 新しい習慣をつける
私たちは無意識のうちに多くの物事をこなしています。自分の人生に取り入れたい新しい事をこの習慣の中に結びつけてください。習慣は強力です。自分のためにこのエネルギーを利用してください。
4. 自己規律を作る
誰かがあなたに規律を作るのを待たないでください。早いうちに自己規律を作成しましょう。厳しく聞こえるかもしれませんが、自己規律はあなたの人生の多くの物事を容易にしてくれるでしょう。大変かもしれませんが、自己規律があるということは素晴らしいことです。
5. 新しい友達をつくる
手を差し伸べ、恐れないでください。新しい付き合いを始めましょう。起こりうる最悪の事態は拒絶されることです。そうなった場合は次へと進みましょう。
楽しみを刺激する事は、人生に多くの価値を生み出します。今の仕事に満足がいかないのであれば、新しい仕事につきましょう。収入がなくなるのは一時的なものです。乗り越えましょう。
7. いつも食べている物を変える
毎日の食卓に並ぶ食品を変えてみましょう。新しい食事を試すのは健康とエネルギーのために必要です。ヘルシーなものやベジタリアンである必要はありません。いいなと思ったものを試してみましょう。
8. 日記をつける
思ったこと、アイデア、目標、行った事を日記に書くことは、自分が人生の中で何を行ってきたのかを知るいい方法です。必要な物はペンと紙だけですよ。
今日一日の目標、したい事を「今日の一言」として毎朝作成しましょう。どんなものでも構いません。その目標はその日のうちにきっと叶うでしょう。朝起きて最初に今日の一言を言うだけ。とても簡単です。
10. 遠くへ旅にでる
遠くへ旅に出ることはとてもいいことです。わくわくするし、知りえない出来事に満ちています。
あなたの人生がなんだかつまらないのは…リスクを冒した事がありますか?最後に本当に大変な事に挑戦したのはいつですか?最後にリスクを伴う何かに挑戦したのはいつですか?さあ、やってみましょう。
自分自身を管理しましょう。自分の時間で働きましょう。浅はかな考えに思えるかもしれません。そう、保証があるからと好きでもない仕事をしている人にとっては、浅はかな考えに思えるでしょうね。最初の一歩を踏み出さない限り、何も挑戦できません。
13. 仕事場を変える
机を整理し、模様替えをしましょう。仕事場に新しい色を加え、仕事場を楽しめる場所に変えましょう。楽しめない仕事は仕事ではありません。それをしたいと思えるのが仕事です。
繰り返し挑戦し続けましょう。もしあなたが 10. 遠くへ旅に出る をする予定なら、新しい言語も学んでみましょう。たとえそこへ旅行しなくても、新しい言語を学ぶ事は素晴らしい事です。
15. 同意する理由を見つける
反対ではなく同意。私たちは絶えず論争し合います。それをやめましょう。無理に同意する必要はありませんが、もしその必要がある場合は十分な理由を見つけましょう。
あなたが持っていない物は、他の人に与える事もできません。あなたの中に光がなければ、他の人を照らす事もできません。あなた自身にゆとりがないと、誰かに与える事はできないのです。
17. 早起きをする
これは習慣ではなくライフスタイルです。ただ、目的もなく早起きするのでは効果がありません。早起きし、誰よりも早くチャンスを探してください。早起きするという事は可能性を見つける目を開くという事です。
18. 本質を見抜く力を鍛える
事実上、あなたの考えうることががあなたの現実です。それを賢く使ってください。物事の本質の何処に焦点を当てるかを考え、鍛える事で、あなたが今まで想像もしていなかった方法が見つかります。それはあなたの世界の質を高めます。こうした感覚を研ぎ澄ます事で、あなたの人生はより、すばらしいものになるでしょう。
19. ブログを始める
どんなトピックでも構いません。ブログは何か新しくて価値のある物を作り出すだけでなく、あなたの人生に新しい人々を連れてきてくれるでしょう。ブログは人を成長させるツールです。
あなたは自分に才能がないと思っているかもしれません。しかしそれは大きな間違いです。電子書籍を書いてみることは、自分の才能に気づくいい方法です。トピックはあなたが知っている事、勉強したい事などを選びましょう。楽しいですよ。
完璧を目指して努力し過ぎるとあなたの人生を台無しになってしまいます。 人間であるあなたを作っている不完全さがなくなってしまいます。完璧でないことは、逆に価値のあることなのです。 昨日の自分に向かって言いましょう。「もっとよくなったよ!」
22. 自己妨害をやめる
あなたは自分自身が、どれほど自分の負担になっているかを驚くかもしれません。 多くの場合、無意識のうちに、あなた自身を文字通り自己妨害しています。 もし、あなたの人生が、長い期間ずっとうまくいっていないなら、その最大の敵は、自分自身なのです。
人生は公平ではないと感じているかもしれません。そう、人生は公平ではないのです。しかし、それは素敵な事です。個性的で、美しくて、シンプルで、挑戦的で、甘く、苦しく、二度と体験できない、世界にただひとつのものです。自分の人生を見つめ直し、人生を愛する理由を探してください。
きっとあなたは退屈すぎて悲しくなっているのでしょう。そう考えた事はありませんか?今までしたことのない新しい事に挑戦してみましょう。新しいスポーツを始めたり、いつもと違うレストランを選んだり、いつも観ないジャンルの映画を観たり。
25. 争いをやめる
誰かと争うという事は多くのエネルギーを使います。あなたは相手が間違っていると平然と言おうとしますが、それが間違っています。あなたは誰かの間違いを立証するためではなく、人生の驚きを認めるためにここにいるのです。彼らは間違ってはいません。ただ意見が違うだけです。そして、それが人生です。
26. エネルギーを浪費しない
今すぐしなくてもいいと思う事をしていませんか?エネルギーの無駄です。あとどれほどし続けるのでしょう?なぜ無駄にエネルギーを浪費しますか?
27. 無視する事を学ぶ
これは学校で教わるべき事です。私たちは多くの物に焦点をあて、多くの事をしていかなくてはいけません。人生はそういった物に悩まされているのです。物事をこなす事はいいことですが、無視することはもっといいことです。
あなたが最後に「ありがとう」と言ったのはいつですか?それは心から言った言葉でしたか?みんな感謝する事は成功の鍵だという事は知っていますが、多くの人が実行できていません。
29. 負けん気を持ち続ける
あなたの目標のために負けん気を持ち続けましょう。あなたの中にある強い思いを声に出しましょう。負けず嫌いの気持ちはあなたの一部であり、今以上に強くなるために、それを決して否定してはいけません。
触ってはいけない、食べてはいけない、チャンスを掴もうとしてはいけない…あなたが何か本当に欲しい物があったときに、このような言葉が駆け巡るでしょう。こういったもう一人の自分が頭の中であなたを守ろうとします。それを解き放てばよりよい生活を送れるでしょう。
31. 掃除する
楽しいものです。そしてそれはあなたにとってもいい事です。家の掃除をする習慣をつけて楽しんでください。部屋の乱れは心の乱れ。整頓するだけです。簡単なことです。
32. 目標や行動方針を書き記す
あなたはここにいる理由があります。どんな小さな、ささいな事でも、あなたには目的があります。将来の成長する為に必要な目標や行動方針を書いてみてください。それが人生の明るい道しるべとなります。
あなたができると思っている事は、あなたが本当にできる事の半分程度です。それはあなた自身に対してネガティブな考えを多く持っているためです。それらを解決し、可能性を秘めている事実を受け入れ、行動しましょう。
34. 異なったスキルを磨く
学ぶことをやめないでください。ひとつのキャリアにとどまらないでください。たったひとつのキャリアなんて、退屈で、制限のあるものです。今までしてきたこととは全く違うスキルを磨いてください。いつそれが必要になるかわかりませんし、何よりも楽しいものです。
お金と同じように時間を管理するとどうなるか、考えた事はありますか?なにに時間を費やしているのか、どれほど時間にゆとりがあるのかを見てみましょう。
36. 運動する
新記録を作るとか、そういった事はしなくてもいいんです。ただ定期的に体を動かしましょう。体は健康に、頭はすっきりします。よりよい人生を送るための簡単で、取り組みやすい方法です。
37. 親になる
子供を持つことはあなたの人生を大きく変えます。永久に持続的な愛とあたたかい気持ちをもたらします。愛に生き、多くのことを学ぶでしょう。
38. 一日にひとつ、家にあるものを捨てる
きっとあなたの人生は何かの物によって息を詰まらせている事でしょう。思い切って捨ててみましょう。寄付するのもいいでしょう。
39. 週に一度、本を読む
ブログ記事でもかまいません。あなたの心のアンテナを安定させるでしょう。 読書は脳にとって良い食材です。それなしでは怠けてしまい、健康的とは言えません。良い食材と良い関係を持ちましょう。
40. 月間目標を作る
物理的で、精神を安定させ、社交的な生活を送れます。 30日間であなたの人生に何か新しいものを取り入れましょう。 新しい始めることによって、新しい方法を利用して、健康的な生活を送りましょう。
41. 古い友人に電話する
長年連絡をとっていない人と話しましょう。さあ、今直ぐ電話してみてください。素敵な思い出話と新しいチャンスが待っているでしょう。今までの関係を無駄にしてはいけません。
42. 偶然に身を任せる
いえ、偶然なんてありえないですね。嘘をつきました。全ての物事には理由があります。偶然と思える出来事に遭遇したら、それは本当に運がいい事です。それを信じて、身を任せましょう。すべてはうまくいきます。
43. 遊ぶ
どんなものでも構いません。ただ子供の頃のように楽しんでください。目標なしではただのプレッシャーに感じるかもしれません。全ての物事を「ゲーム」だと思って楽しんでください。苦しい時もあるかもしれません。でも大丈夫、ただの「ゲーム」です。
44. 許す
過去に嫌な思いをしたことを、いつまでも根にもってはいけません。恨みを取り除くのは難しいでしょう。しかし、長年の恨みを取り除くのはより困難なものになります。許して自分を開放しましょう。
45. 必要のない問題を解決しようとしない
あなたは粗探しをするためにここにいるのではありません。日々を楽しむためにいるのです。本当に重要な問題のみを解決する事に集中してください。
46. 古くからの敵と和解する
許す事よりも、仲の悪い状況を変える事が重要です。和解し合い、友人となってしまいましょう。それは簡単な事ではありませんが、うまくいくものです。敵の数を減らし、友人の数を増やしましょう。
47. 約束をして、それを果たす
大した事ではなくても構いません。誰か特別な人とでなくてもいいんです。もちろん、難しい事でなくても構いません。約束をし、果たしましょう。気持ちいいものですよ。
48. 本当に嫌いな人とは縁を切る
なんとなく縁を切れないでいる嫌いな友人がいるでしょう。別れてしまいましょう。あなたに、あなたが長年失っていたと思っていたもの(勇気)を運んでくるでしょう。
49. 長年欲しかった物を手に入れる
「お金や時間がなくて我慢している物」…思い切って手に入れましょう。自分を高めるだけでなく、長年あなたを悩ませていた欲望を解放してくれます。
50. 批判するのをやめる
誰かの、そして自分自身の批判をするのをやめましょう。過度の批判はあなたの情熱を失わせます。心を明るくし、人生をそのまま受け入れましょう。
51. クローゼットの中身を変える
自分が着るものがどれほど限られているか知らないと思います。クローゼットをあけて、暗い色ばかりなら明るい色を足してみましょう。簡単に変えることができますよね?
さあ、数えてみましょう。笑顔は正直で、とても強力です。多くの人が嫌な出来事に涙していますが、強力な笑顔だけがその気持を取り除く事ができます。次は一日20回の笑顔を目指しましょう。
53. 黒歴史を消し去る
中1の時のノート?十代の頃書いた寒気のするポエム?もう捨ててしまいましょう。難しいかもしれませんが、過去に囚われていては素敵な人生を歩めませんよ。
54. 観葉植物を育てる
数カ月に一度は部屋に緑を与えましょう。潜在能力を高めてくれるでしょう。また、植物の成長する様子を見る事は、自分の成長にも繋がります。さあ、始めましょう。
55. 違う街や国へ引っ越す
そろそろ生活環境を変えてみませんか?違う街や国へ引っ越してみましょう!最初は戸惑うかもしれませんが、本当にいい刺激になります。
バイクサークルや、話し方教室など、なんでも構いません。新しいグループに参加しましょう。熱中する何かを発見でき、コミュニティー力もアップします。
57. テレビを観るのをやめる
まずは一週間、その後一ヶ月、テレビを観るのをやめてみましょう。その間あなたの精神状態がどのように変化するか感じてください。きっと驚きますよ。
58. 全く違う趣味を見つける
マッチで列車を作ってみたり、コブラを育ててみたり、小さな瓶に船を入れてみたり…。自分の抱えている問題を忘れて、新しい事を始めましょう。
59. 道端で見知らぬ人にハグ(挨拶)を
少し危険かもしれませんが、ハグを返してくれる人もいます。いい刺激になります。
※Mana注:この記事は海外ブログを翻訳しています。海外のフリーハグの文化を指しており、日本では挨拶程度にしておいた方がいいかもです…
サプライズパーティーはいつでも楽しい気分にさせてくれます。あなたが落ち込んでいる時、もしくは友人が落ち込んでいる時に効果的です。友達を誘って、友達にはその友達を誘ってもらいましょう。新しい出会いが待っています。もちろん、楽しむ事が大切です。
61. ハイキングへ行く
週末、ハイキングへ出かけましょう。人工のものより自然のもつ力は強力です。休息が必要であれば、外にでて、自然とふれあいましょう。
62. ペットを飼う
鳥でも、ハムスターでも、犬でも猫でも構いません。落ち込んでいるときの癒しになります。ペットの世話をすることは、人間関係よりもたやすいことです。例え相手がペットでも、愛は愛です。
例えそれを送れないとしても、感謝の気持ちを書き記す事が肝心です。過去に助けてくれた誰かの事を考えながら、その人に言いたい事を書き始めましょう。あなたがどれほど感謝に満ちた人生を送っているのかを知ることができます。
64. 毎日瞑想する
簡単に始められます。心を空にして、感覚に身を任せましょう。難しいテクニックなどはありません。あるがままに瞑想しましょう。
知っている人にでも、知らない人にでも、何か素敵な一言を言ってみましょう。その人の反応から喜びと感謝の気持ちを得る事ができるでしょう。あなたも誰かにそうされたら嬉しいですよね?
誰もあなたに素敵な事を言ってくれないなら、自分自身に言ってみてはどうでしょう?あなたにふさわしい一言を、付箋に書いて机に貼っておくのもいいでしょう。自分に優しく生きてください。
67. 思いついたままに行動する
行動する事を恐れていては何も解決しません。考えすぎると、あなたを余計に混乱させます。流れに身を任せ、自分の思いつきのままに行動してみるのもよいでしょう。無意識の行動によって、本当の自分に驚かされます。
68. 結果に対して議論しない
結果に対して議論しないという事は、争いを避けてくださいと言っているわけではありません。議論から生まれる結果は、勝つか、負けるかしかありません。あなたの望む通りの結果にならずとも、結果が決まったものは受け入れて、それに従う事が人生を円滑にする手段です。
ごまかす事は簡単です。世間は建前や偽りでできていて、時にはあなたもそうする必要があるでしょう。それをやめて、正直に生きる事が大切です。悲しみも、楽しみも、どちらもあなたの人生です。
70. 目標を設定する
明確な決意表明であり、あなたが本当にしたい事です。あなたは目標がありますか?熱中する事がありますか?
71. 他人を助ける
手を差し伸べ、誰かを手助けできるか考えてください。聖者になる必要はありません。誰かに与えるようにみえて、実は自分がもっと多くのものを受け取っているのです。
72. 社交的に
外に出て誰かとふれあいましょう。新しい人と出会うのに慣れましょう。その習慣を身につければ、新しい事を始めるのにも慣れてきます。目標はいいネットワークを作ることではなく、なるべく多くのエネルギー源とつながり、それを手にすることです。
73. 一人の時間をつくる
あなた自身のために必要な時間も十分にとってください。新しい観点に気づくでしょう。あなたはどこにいますか?今後どうなりたいのですか?少し立ち止まって、辺りを見渡してみましょう。
74. 自分で何かを直す
お店に修理に出さず、壊れた窓や車の傷を自分で直してみましょう。どれほど周りのサービスに頼っていたかがわかるでしょう。汗を流して自分
ホメオパシーについての最近の記事を読んで、日本ではカルト療法とまで呼ばれていると知った。
人が死んだり、患者が狂信的だったりで、あまりにもひどい。カルトといわれても仕方ないと思う。
長年イギリスのホメオパシー病院で治療を受けてきて、そういった印象を受けたことがないので、私個人の経験を語ってみようかなと思った次第。あくまでも私の行動範囲内で素人視点です。(子供の頃にイギリスに移住して30年近く。日本語を書く機会があまりないので不適切な表現があったら申し訳ない。言葉が足りないところは指摘して下されば補足します。)
私の通っているのは王立ホメオパシー病院。受診するには地域の受け持ちの医師に紹介状をもらう必要がある。(この国では自分の地域の医者に登録し、 どんな病気でも救急以外はその医者にまず見てもらう。必要であれば専門医のいる病院に紹介される。)ちなみに私は通常医療の専門病院にも通いつづけていて、現在は地元の医師、専門医、ホメオパシー医の3点を行き来している状態。医師同士の連絡もできている。
王立ホメオパシー病院はNHS(National Health Service)の一部なので、他の病院と同じく診察費は無料、処方箋代のみを支払う。この病院のホメオパスは医師免許を持っていて、通常の医師としての勤務経験がある。今までに受け持ってもらった医師達はホメオパシーは通常医療を補助する形で行うもの(Complimentary medicine 日本語で?)で、医療の代わり(Alternative)ではないという立場をとっている。私はホメオパシー病院で血液検査を定期的に受けているし、専門病院で処方される薬も続けている。
私の場合、地元の担当医が紹介してくれたので王立病院にいくことになったが、個人経営のクリニックに自費で通っている人も多くいるはず。個人経営のホメオパシークリニックにはいったことがないので詳しくないが、診察料は安くはない。そして医師免許がなくてもホメオパスの資格があれば開業できると思う。別にクリニックにいかなくても、全国にチェーンのある大衆向けの薬屋でさえ基本のレメディくらいなら揃っているし、自然食品屋でも買える。
ホメオパシー病院で処方されるのはホメオパシーレメディだけではなく、ハーブ系の製品(クリームやオイルなど)、通常医療の薬(抗ヒスタミン剤、消炎剤とか軽いステロイドとか)が出されることもある。病院内には栄養士、マッサージ師がいたり、痛み専門クリニックや、瞑想クラスがあったりもする。
詳しくは書かないが、私の病気は子供の頃に発症し、完治しないとされていて、西洋医学、漢方、民間療法いろいろ試してみたが良くなることはなかった。ホメオパシー病院に通いはじめても数年は何も変わりがなかったし、聞こえはよくても実際に効果のない治療には慣れていたから、大きな期待や失望を抱くこともなかった。専門病院での治療は今まで通り、症状を抑えるため薬を処方されるが、薬に慣れてくると効果がなくなるため、新しい薬を処方されることの繰り返し。
そのうちにホメオパシーの担当医が変わった。完治しない病気だということを受け入れて、この病気と共に生きるにあたって、どうすれば痛み(肉体的、精神的)を少なく、少しでも楽に生活することができるか考えてみようと提案された。それ以来、診察中の会話は私がどのように病気に向き合っているか、に重点がおかれた。
同じ症状でも気丈な時と死んでしまいたい時があったりして、そのムラに合わせてレメディーや薬が処方されたが、医者および医療をあまり信用していなかった私にとって正直に打ち明けることができるまでに随分と時間がかかった。痛みの具合とそれに伴う精神状態などを細かく聞かれる経験は今までになかったし、そういうことに医師が興味を示すこと事態初めてのことだった。そうするうちに少しずつ病気とのつきあい方に変化が出てきた。
長い経過は省略するが、10年経った今、比較的症状が軽い状態を保つことができるようになっている。およそ30年以上この病気と生きてきた私と家族にとって、想像もつかなかったほど温和な状態であるといえる。私の場合、この医師に出会えたことが大きな転機で、その医師がたまたま王立ホメオパシー病院に勤めていたということなのだと思う。だから私の経験談をもってホメオパシーに効果があるとはいえない。
だが、現在のイギリス医療システムでは医者が患者とじっくり話す時間などない。診察時間約5分のうちに、てきぱきと処方箋を書かなければならない。たとえ素晴らしい医師がいたとしても、有意義な診察時間を持てる可能性は残念ながらないに等しいと思う。
ここまで書いて、このエントリーを見かけてなるほどと思った。
って書くとやばい宗教にでもはまった感じがするがそういう訳じゃない。
自分の感情がコントロールできない感じがあって、訳もないイライラ感があった。
2chで煽ったりもした。増田でブクマ稼ごうとしたりした。何の解決にもならないけどね。
未来への漠然とした不安とか、生とか死の意味付けとかから、仏教書を手にとったのがきっかけで
その読書の思ってもなかった副作用として、その感情というか思考のひきこもり感から脱した。
それらは全て自分の思考が引き起こしてて、その思考に気づけってのが仏教の考え。
あとそりゃあった方がいいが生きがいがなきゃ生きていけない訳じゃないことを何千年も前から言ってる。なんせ一切皆苦だからね。
簡単に伝わらんと思うし、別に寺行った訳じゃないから、ちゃんとした考えはわかんないけど、
手当たり次第、自分の状態に参考になるような本読んで、自分の思考とか行動を考えたりしてた。坐禅とか瞑想も一人でやった。
今はそのせいかわからないけど、前とは違う感覚があるし、いわば安定状態にある。
昨日の夜、ドライに挑戦してみた。
アリノトワタリのちょっと奥にある、男の体にあるオンナノコを開発する行為だ。
ゆっくりと快楽をほじくり出す行為は、女性の膣を開発するのに似ている。指先に感じるコリコリした感じが、女性のGスポット近くにある、あのコリコリした部分を想起させる。
ちょっと気持ちいい、程度のものだ。でも、ちゃんと開発すれば、この世のものとは思えないような快楽が待っているはず。
しばらくいじる。ちょっと気持ちいい感じが、波が来ては去っていくような微妙な感じが繰り返し、繰り返し。
そうだ。妄想してみよう。
オンナノコは頭で発情する。
アソコを一生懸命自分の指でかき回してるオンナノコになったつもりで、かき回すように触る。
えっちの時を思い出す。指マンでイく女の子って、腰をどう動かしてたっけ。足の位置は?腰は?そうだ、足はちょっと閉じ気味で、腰は浮き気味だった。
真似すると、一気に快楽が襲ってくる。
あ、これはイく。
あ、あ、あ……
でも、イかなかった。快楽がギューっとあがったと思ったら、ぷっつりと無くなった。
しばらく、体を休める。
ちょっと体を動かそうとして、動かないことに気が付いた。体中にしびれた感じが残っている。
ひょっとして、イったのかな。
トローっとした感じがする。射精したときみたいな、強烈な快楽は無いし、山っぽいものは無かった。
そして、その夜は、眠れなかった。
体は疲れている。実際、体は眠って、頭だけ起きてるような感じだった。どうにもこうにもスッキリしなくて、トイレに行ったのが3時頃。
この感じは、以前にも感じた事がある。
初めての乱交パーティに参加した時の事だ。
今思うと、アレは乱交パーティじゃなかった。輪姦パーティだ。たくさんの男が、輪姦希望の女の子を廻すパーティ。事前の会話タイムで参加理由を聞いてみると、たくさんの男性の下半身に囲まれただけで頭が真っ白になって、あとはイキまくって記憶が消える、と言っていた。こんな可愛い子がなぁ、と思った。
あの夜、僕は初めてアブノーマルなセックスを体験した。ケモノみたいになった。ケモノみたいになる事を望まれた夜だった。そして、その夜、僕は眠れなかった。12時にパーティは終わったが、5時の始発電車に乗るまで一睡も出来なかった。
その体験の後、あらゆる事が変わった。絵の腕が劇的に向上した。セックスの腕もえらく向上した。ただ、前のように、きめ細かい作業が出来なくなった。細かいことをしているつもりでも、出来なくなっていた。何となく、これはレベルアップではなく、クラスチェンジなのだと感じた。
自分の脳のどこかに穴が開いたような感じ。トレパネーションって多分こんな感じだ。実際、今日は今までと違うような感じがした。仕事中にサラサラと落書きしてみたら、えらく上手く描ける。
今夜もドライを試してみたいけど、昨日の夜は結果的に夜更かししていたので、早く寝た方がいいかも知れない。
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自分自身はやったことは無いしどこに行けばやれるのかさえ知らないが、中島らもの小説やら、知人の大麻体験(そいつはインドの小さな村でやったと言っていた)なんかを聞くと、同じような感覚を体験したというのだ。
頭のどこか、今まで開いていない部分が開くというものだ。
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僕は麻薬を使わず、今まで2回、同じような体験をした。
ただ、輪姦パーティ出ようが、ドライやろうが、他の人が同じ感覚になるかどうかは保障できない。
僕は青年時代はヨガだの瞑想だのをしまくって、自分の中の感覚やら気やらオーラやらの感覚が他の人より敏感に繊細に感じられるし、同じような趣味の人に独自の訓練を教わり、自分の中の感覚をだいぶ開発していた。
そういった技術あってこその境地だと思う。
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実はワケあって書けないが、この「頭に穴が開くような感覚」はもう一度味わっている。
これで計3回となる。
別に違法な事ではない。
ただ、この経験は他のと違い「よくある話」じゃないので、個人が特定される危険があるので伏せただけだ。
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これは結局、何の役にも立ってない。どころか、繊細なことが出来なくなったのは仕事に悪影響が出ている。
ttp://takedanet.com/2010/02/post_af6d.html
●ルーズベルトがこの世を去ったとの電報がヒットラー総統の元に届いたとき、ヒットラーは飛び上がって喜び、罵詈雑言を浴びせた。
「ルーズベルトは今次の戦争を第二次世界大戦に拡大させた扇動者であり、さらに最大の対立者であるソ連を強固にした大統領として史上最悪な戦争犯罪者として歴史に残るだろう。」
●ルーズベルトがこの世を去ったとの電報が鈴木貫太郎首相の元に届いたとき、貫太郎は静かに瞑想し、次の弔電を打った。
「今日の戦争においてアメリカが優勢であるのは、ルーズベルト大統領の指導力が極めて優れているからです。その偉大な大統領を失ったアメリカ国民に、深い哀悼の意を送るものであります。」
「伊勢神宮を爆撃した者への神罰」
と報じた。
●ルーズベルトがこの世を去ったとの情報に小躍りする息子を、当時の日本婦人は次のように諫めた。
「あなた、立派なご老人が亡くなったのよ。喜んではいけません。」
・・・・・・・・・
ルーズベルトは人種差別論者として知られ、戦争前から「黄禍日本(黄色人種の日本は世界の禍だ)」と言い、「日本人だけは生かしておくわけにはいかない」と宣言してはばからなかった。
もちろん、それを知っていた貫太郎は、それでも「アメリカ人にとって偉大な」大統領を失ったアメリカ人に「深い哀悼の意」を表している。
民族には優れた民族があるかどうかは判らないが、「民族とその文化」の合計には、優劣がある。それは明らかに、
であった。
個人的にはパクリはあんまり問題じゃないと思うんだけどね。
もちろん引用するのだったら、引用元を書くのがフェアな態度だとは思うけど。
記憶が曖昧だが、なんかの名言に「写真はナイフの一閃、絵画は瞑想」みたいな言葉がある。(別にどちらが優れている、という話ではない)
それから、女は絵が下手というより、脳の作りの違いもあると思うけどね。
実際、女性の場合、空間把握力が弱く、絵が平面的になる傾向がある。
ただ、キラキラしたディテールやレースなんかを細かく描いたり、モヤモヤ・フワフワした感覚をどう視覚化するか、なんかにこだわる傾向があるような。
テンプレ(ハンコ絵)は楽だし見栄えはいいだろうが
消費されるだけで忘れられる作品を描いてて楽しいのだろうか?
別に歴史に名を残したいとかではなくて、生産消費としての(刹那的な)娯楽としての価値観もありだと思うけどね。そのジャンルの間口を広げるという意味で。むしろ、今は、どんな作品を生み出したか、よりも、いかにコミュニティをうまく機能的に持続させていくかがよりコアな問題のような気がしている、個人的には。よく外野が発破をかけようとしているのだろう、そんな煽りをする場合、もっと上のレベルを目指そうぜ!みたいなことを言うけれど、実際、絵を描いている人の動機が違っていたりするからなあ。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
なぜならば、これは、いかなる仕事においても、成功するための最大の秘訣だからである。
腕力は楯を打ち砕き、人を殺すこともできるが、人の心を開くことはできない。これができるのは、目に見えない愛の力だけである。この愛の心をもって、顧客に接しえぬかぎり、私はただの行商人の域をでることはできない。私は愛をもって、私の最大の武器としよう。私に呼びかけられた客は、私の愛の力の前では、結局は、商品を買わないではいられなくなるにちがいない。
あるいは客は、私の説明に納得しないかもしれない。私の話をのっけから信じないかもしれない。私の着ているものを感じの悪い服装だと言うかもしれない。私の顔つきが気にくわないかもしれない。私との売買契約が、疑わしいと思うかもしれない。
しかしながら、どんなにかたく凍りついた地面も、やがては太陽の熱には溶かされてしまうように、私の愛は、人の心を暖め、開いてしまうであろう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
では、どのようにして、それを成しえるのか?
これより以後、私は、すべてのものを愛の心をもって見ることにしよう。そして、私は生まれ変わるのだ。
私は太陽を愛する。それは、私の骨の髄まで暖めてくれるがゆえに…。また、私は雨を愛する。それは、私の心を洗い清めてくれるがゆえに…。私は光を愛する。それは、私の行く手を照らしだしてくれるがゆえに…。また、私は、暗闇さえ愛する。それは、私に星の輝きを見せてくれるがゆえに…。
私は喜びを歓迎する。なぜなら、それは私の心を広げてくれるからだ…。しかし、また、悲しみにも耐えよう。なぜなら、それは私の魂を開いてくれるからだ。
報酬は当然、私に支払われるべきものだから、私は喜んで、それを受け取ろう。しかし、障害も、それは私がその仕事に挑んだゆえに、生じたことだから、同じく喜んで迎えいれよう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
しかし、どのような言葉を持って話しかければよいのか?
私は私の敵をたたえよう。これによって、彼らは私の友となろう。私は友を力づけよう。そうすれば、友は私の兄弟となる。つねに、私は、彼らをたたえるべき理由を探すべく努めよう。けっして、彼らの悪口をかき集めるようなことはするまい。
他人を非難したくなったら、私は自分の舌を噛もう。その反対に、人を褒めたくなったら、私は屋根の上から大声で叫ぼう。
鳥や、風や、海や、そして、大自然のすべてが、彼らの創造主を褒めたたえる音楽を奏でているではないか。そして、人びとも同じく、創造主が創りたもうたものである。その創造主の同じ子らに向かって、私も音楽を奏でることができないはずがない。
これ以後、私は、この秘密をけっして忘れることはない。そして、この秘密が私を変えるのだ。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
それには、どのように振るまえばよいのか?
私は、人びとの行為をすべて愛する。人の行為には、たとえ表面からは見えなくても、すべての人に、褒めたたえられるべき性質のものが秘められている。
私は、愛の力をもって、彼らが心のまわりにはりめぐらした不信と憎しみの壁を崩し去ろう。そして、その場所へ、私は丈夫な橋をかけよう。そうすれば、私の愛は、そこを渡って、彼らの魂の中へ入っていくにちがいない。
私は野心家を愛する。なぜなら、彼らは私を勇気づけてくれるからである。私は失敗者を愛する。なぜなら、かれらは私に教訓を与えれくれるからである。私は王様を愛する。なぜなら、彼も等しく同じ人間だからである。私はおとなしい人を愛する。なぜなら、彼らは神のように謙虚だからである。私は富める者も愛する。なぜなら、彼らは孤独であるから。私は貧しい人も愛する。なぜなら、彼らは、この世の中にいちばん多くいるからである。私は若者を愛する。なぜなら、彼らは若々しい信念を抱いているからである。私は老人を愛する。なぜなら、彼らは歳月のもたらしてくれた知恵をもっているからである。私は美しい女を愛する。なぜなら、彼女らの眼には、悲しみがたたえられているからである。私は醜い人を愛する。なぜなら、彼らの瞳に宿る平和と静けさのゆえに。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
しかし、私は、人々の行いに対して、どのように対応すればよいのであろうか。
その答えは、ただの一語をもって答えられる。「愛をもって」この一語である。ありは人の心を開くための武器である。同時に、他人からの憎しみの矢や、怒りの槍をはね返す楯でもある。災難や失意が激しくこの楯を乱打しても、やがては、春雨のように力を失ってしまう。この楯は市場では私を守ってくれ、一人いるときは、私の心の支えになってくれる。失意のときは泰然、得意のときは冷然とさせ、心の乱れを鎮めてくれる。
楯は日を追うごとに強力になるが、やがては、その楯さえ、私は必要としなくなる。私は、その楯をかたわらへ放棄し、あらゆる武器を持たないまま、世間の人びとの中へ入っていくことができるようになる。そのときこそ、私の名前は、ピラミッドより高くたたえられることだろう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
しかし、私は、はじめて出会う人びとに対し、どのように接すればよいのであろうか?
方法はただ一つである。無言のうちに、心の中で、私は彼に近寄り、そして、「私は、あなたを愛している」と呼びかける。この言葉は、沈黙のうちに語られるが、しかし、それは、私の眼の中で輝き、私の額のしわをぬぐい去り、私の唇に微笑をもたらし、私の声の中にこだまする。そして、この時、はじめて彼の心が開かれるのである。
心がすでに、私の愛で開かれているのに、私の商品を拒みえる者がいるだろうか?
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
私は、何にもまして、自分自身を愛する。
そして、つねに私自身を知りつくすべく努めよう。私の肉体の一部と化した、精神、魂、心のすべてを知りつくすのだ。
私は、自分の肉体の要求に、そのまま溺れることなく、清潔さと適正さをもって、その要求にやさしく応えよう。私は、私の精神が、邪悪なるものや絶望的なるものに引きつけられることをけっして許さず、むしろ、それらを、長い間に培った知識と叡知をもって、高い境地にまで昇華させよう。
私は、独りよがりな自己満足に陥ることなく、瞑想と祈りによって、自らの魂を高めていこう。
私は、自分の心が狭く、冷酷になるのを許さない。人々と、愛を分かちあい、寛容の心を成長させ、世界が暖かい友情で包まれるのが、私の望みである。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
今より、私は全人類を愛する。今この瞬間より、すべての憎しみは、私の血管から除かれる。なぜなら、もう私には、愛する時間はあっても、憎む時間はないからである。今この瞬間より、私は男の中の男になるべく、その第一歩を踏みだす。私は、愛をもって、売り上げを百倍にも増やし、偉大な商人になってゆくのである。
たとえ、私には何の長所がないとしても、案ずるには及ばない。愛さえあれば、成功への道は必ず開けるのである。愛がなければ、あらゆる知識や技術をもっていようと、きっと失敗することだろう。
今日この日を、私は、心からの愛をもって迎える。
そして、私は成功する。