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はてなキーワード: 教徒とは

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326083635

クリスマスハロウィンは、沿革をたどればキリスト教関係の薄い行事だし、オカルト色も抑えめだったからまだ受け容れられた。

けど復活祭はどうかなぁ。ガチガチキリスト教お祭りだし、「キリストが復活した日」と言われても「はぁ?オカルト?」って感じじゃない?

※追記

今ぐぐったらどうも復活祭も元は異教徒お祭りだったみたいだな。

2017-03-20

教育勅語ダメなら聖書ダメだよね

過去に数百万単位の「異端」「異教徒」を殺戮した思想の根幹となった書物であり、現在でも聖書記述をもとに同性愛差別が行われてるんだから

こんな危険書物教育の場に持ち込むのは断じて許容すべきではない。キリスト教を教える学校はすべて潰すべき。

2017-03-16

日本会議的なるものや人たちが、あれに惹かれて籠池氏のように稲田氏のように隙だらけのマヌケ暴走をしてしまうのは

結局、自分が持ってる能力以上に権力を持ちたいからなんだろうなと思う。言葉は悪いが馬鹿のくせに威張りたいというか

ゆがんだ家父長制度のなれの果てというか、威張る力すら本当はない力のないものたちが、

幻想の「明治家父長制度的な父権」にあこがれて、おれもあのように権力をふるいたいと願う

己の力のなさを隠すために「強い父=天皇制」を利用する、というか虎の威を借る狐となる。

から彼らは平気で極右である一方で、平気で不敬なことをやったり言ったりする。本当に陛下を敬っているわけでもなくて

しろ天皇機関説的な不敬なんだけど、残念ながら馬鹿から気付いてないんだろう

平成天皇のお考えとはおそらく異なるであろう帝国主義思考、行動へまっすぐ突き進む。

現実に生きていてアジア贖罪の旅を続ける陛下はむしろ不要とすら思っていかねないほどの思考ねじれは

こう考えると理由がつくんだ

稲田氏は父親ゆずり生粋日本会議教徒安倍麻生は二人とも「不肖」であることが、

ファザーコンプレックス的というか、示唆的というか皮肉と言うか。

まぁ、安倍麻生宗教としてどこまでのめり込んでいるか分からん

安倍夫妻に関しては不妊という大きな悩みもあっただろうし第一政権時のぽんぽん痛い辞任の件もあるから

宗教的にのめり込んでもおかしくないようにも思う

そもそも安倍麻生の二人とも、先祖代々のカネモチのくせに馬鹿だもんなぁ。金掛けても馬鹿って相当だぞ。

普通はある程度金持ちなら、馬鹿に生まれても徹底的に金掛けてもうちょっとましな大学行けるのにアレだもの

そりゃ新興宗教にのめり込んでもしょうがない、かもしれん

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-03-09

リベラルを信じぬ者は地獄へ堕ちる

http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/326107228/comment/kakikae

人気コメントより

rgbv お前らが結婚もできず子どもも作れず必死に働いてるのは外国人がいるせいなの?追い出したらトントン拍子に結婚できて子ども授かって給料うなぎ上りになんの??日本死ねって叫んだ方が健全なんじゃないの???



「お前らが結婚もできず子どもも作れず必死

こういうこと言うからリベラルが嫌われるってのがなんで分かんねえかな。

こいつが想定している「お前ら」というものを完全敵視していることが思いっきニュアンスで伝わってる。

結婚もできない、子どももできないことをdisってる。

結婚子どももできないという苦しみに対して全く共感を示そうとしない。

なぜなら外国人に対する生活保護に疑問を呈するということはネトウヨ罪という大罪に該当するからである

たとえ生活がつらくて苦しい思いをしていても、大罪を犯したネトウヨ人が弱者認定されることは決してないのだ。

ネトウヨなんか救う必要はない。っつか死ね

そういうニュアンスが思いっきり伝わってくる。

いや、死ねとは言わないから、せめて日本死ねと言えという踏み絵を迫り、

ちゃんと言えたらネトウヨ判定は見逃してやる、というニュアンスかな。


こうやってリベラル正義を気取っていても、肝心のこういうところで人を見下す態度を取るから嫌われるわけだ。

どんどん嫌われてアンチリベラル勢やアンチポリコレ勢をものすごい勢いで増やしていってる。なのに自分らの馬鹿さ加減を思いっきり棚に上げて、アンチ勢の増加をポストトゥルースなどと言ってバカにしてるというわけだ。救いようのないバカだ。


面白いもんで、リベラル一神教宗教に似てる。

人類の救済をうたっておきながら、実は救済されるのはその宗教信者だけ。

その宗教帰依しなければ、帰依しないその人は救済対象から除外される。人類ではなくなってしまうのだ。

教徒はヒトではないのだ。人非人なのだ

まり先進的なリベラル思想というのも、よくよく考えれば大昔から続いている欺瞞的な宗教の焼き直しにすぎないのだな。


補記:まあ多分嘘でも本当でも「そんなこと言ってない」「どこをどう読めばそんな理解になるのか」などと逃げるんだろうけどな。

サヨクはすぐに定義問題詭弁を弄する。

まあそんなこと言ってなくても言ったように思われること自体問題なわけで、

麻生の舌禍事件ときにここぞとばかりに喜々として叩いていたのは当のサヨクだったわけだが。

差別する意図が無くても受け取った側が差別と感じればそれは差別だという超理論もこねくり回してたし。


追記

んー、案外ブクマがついたな。

んで、案の定「どこをどう読んでもわからん」というやつが出てきた。

まあ、言葉通り受け取ろう。本当にわからないのだろうし、別にからいからと言ってそれをとやかくは言わない。

で、だ。

トラバブクマで「まあわかる」という意見がちらほらあるが、

そういう意見を、「わからん」で済ませてるやつらは、

それでも「わからん」で済ませ続けるつもりなのかね。

まあ、いいんだけどさ。

異端審問で異教徒判決を受けてる身としては、いまさら救いがあるとは毛頭思っちゃないし。

日本死ねという代わりに、日本トランプ投票してリベラル死ねと心の中で呪い続けるまでさ。

お前らも、俺をネトウヨだなんだと呪い続ければいいじゃんか。

お前らも俺を救うつもりなんざ毛頭ないんだろ。

あと一部トラバブクマで、「まともなリベラル」を呪うなって意見もちらほらあるが、

俺が呪いたいのは、

教徒ならどんなに苦境にあっても自己責任だ、もがき苦しんで死ねと呪ってくるまともじゃないリベラルだ。

カタカナサヨクと俺は書いたがな。

まともなリベラルまでとばっちりを受けてかなわないっていうなら、

せめてそのまともじゃないリベラルをちゃんと批判してくれないかな。

サヨクを野放しにしといてその言いぐさはないわ。

でもま、

俺も俺で、朝鮮人死ね死ねって言ってるネトウヨを一々批判するのは超ダルいし、

そんな責任までおっかぶせられても困るっていう気持ちもわかる。

から、放っておいてくれよ。

お互い、そのほうがいいだろ。

理解しあえるって思うほうがおかしいんだよ。

今はそういう世の中だ。

から匿名空間で、素朴な呪いを吐く。

愚者の王を匿名投票で選ぶ。

んで、サヨクはそれを見て嘲笑する。

サヨク気持ちよくなれる。

winwinじゃないか

お互いがお互いのやりたいことをやる。

これが、みんなの望む世界なんだよ。

リベラルを信じずに地獄に堕ちた者は、

地獄にいるなりの生活をするって話。

追記2

ってかホッテントリ入りしたか

バカバカしい話だな。

まあわからないという米が人気入りするのはよいとして、

まあそうだよな、といった感じの肯定してくれてる米も多少はあって、

それがまったく交わることなくすれ違っているのがこの増田ブクマページだ。

もはや一々idコールするのも議論するのも面倒くさい、と。

すぐ隣にわからないというやつとわかるというやつがいて、

そいつらがまったく干渉せずにお互いが言いたいことを言って決して交わろうとしないわけだ。

ボールを投げっぱなし。

誰も受け取らねえ。

誰も拾わねえ。

そりゃそうだわな。

異端判決食らった異教徒が今さらリベラル教徒様と口を利こうなどと大それたことは考えないし、

高潔リベラル教徒様は地獄に堕ちた異教徒と口を利こうなどとそんな汚らわしいことは考えないし、

これこそが分断なんだな。

サヨク様はせいぜい、地獄の釜の蓋を必死で押さえ続けてるといいよ。

でもま、ハルマゲドンが来ることを今か今かと待ってるヤツもいるだろうがな。

それこそ、福島奇形児が生まれることを、

沖縄オスプレイが墜落することを、手ぐすね引いて待ってるヤツのように・・・

2017-02-28

一神教は異教徒侵略するが多神教は慈悲深く寛容で宗教戦争は起こらない」www

 反ムスリム運動の中心となったのが、僧侶のウィラトゥー師である

 彼は「仏教徒テロリスト」として、米国ニュース雑誌タイム」の表紙を飾った。急進派の仏教僧侶たちは「仏陀の九徳、法の六徳、僧伽の九徳」にちなんだ「九六九運動」と呼ぶ反ムスリム運動を展開。「ムスリムは妻を四人娶って子どもをどんどん産み、ミャンマーイスラム教で呑み込もうとしている」「無知仏教徒女性を騙して結婚し、無理矢理イスラム教改宗させ、仏教徒女性としての権利を奪っている」と説法を繰り返した。

 仏教徒ロヒンギャに対する偏見根深い。軍事政権弾圧された民主活動家人権派を自認するジャーナリストの口からも「ロヒンギャ不法移民」という言葉が当たり前のように飛び出すほどだ。

 筆者が昨年7月最大都市ヤンゴンで面会したリベラル派の僧侶に「慈悲と寛容を大事にする仏教の国だからこそ、ロヒンギャを受け入れたらどうですか」と促すと、彼は「ミャンマーには135の民族暮らしていますが、経済移民である彼らをその一つに加えることは絶対に認められません」と気色ばみ、「いわゆる『ロヒンギャ問題』は軍事政権違法行為が原因で起きたのです。軍事政権時代、ヤカイン州の入国管理担当者賄賂を受け取り、バングラデシュ人を違法越境させていたのです」と持論を展開した。

強姦、略奪、そして暗殺…ミャンマーでいま、何が起こっているのか(藤川 大樹) | 現代ビジネス | 講談社(2/3)

2017-02-19

日本キリスト教原理主義共産主義革命するしかない…好きな方選べ

家族カルト宗教洗脳されたせいで家庭が崩壊した

父親単身赴任 母親毎日カルト

毎日地獄だった

いつも異常な母親に怒鳴られていた

金も騙し取られていたと思う

それもこれも何もかも日本神道大乗仏教クズ共が悪い

こいつらが異教徒や多宗派に寛容なせいでカルト日本蔓延した

本当に許せない

教徒弾圧してきた歴史があるヨーロッパカルトは少ない

今なら宗教は毒と言った毛沢東さんの気持ちがわかる

宗教多神教ゴミ

こんなものを讃えるのはクズ偽善者

日本一神教無宗教の国になって欲しい

はっきり言ってやる

教徒弾圧しない宗教なんて弾圧されるべきだ

芸能人カルト洗脳されるニュースを観るたびに身体を引き裂かれるように苦しくなる

カルトだけは絶対に許せないし

カルトに寛容な宗教すらも許さん

大乗仏教神道のような邪教が憎い…まともな人間なんか一人もいない

あんものカルト

教徒=悪 って伝統がなかった宗教はまともな宗教とは呼べないカルト

カルトカルト容認する

から日本宗教カルト新興宗教だらけ

カルト新興宗教母親が入信したせいで家庭が崩壊した人々のほとんどは伝統宗教に異教徒弾圧絶対に賛成だと思う

多神教が良いだの多宗教国家が良いだの偽善を言っているクズ共は恵まれ上流階級人間

日本キリスト教国の植民地になりキリスト教国家になれば良かった

そうすれば今のようなカルト新興宗教大国にはならなかったと思う

しかキリスト教には大乗仏教神道と違って隣人愛精神がある

地域キリスト教教会があれば住民交流の場になり絶対自殺や鬱も減る

大乗仏教神道根本的に地域に何の貢献もしていなくて権力だけある邪教だと思う

日本場合宗教法人税もない

全ての大乗仏教の寺と神社核ミサイルを撃ち込んでもらいたいくらいこの国のカルト新興宗教蔓延の現状が憎い

教徒弾圧を悪だと思ってる偽善者も憎い

2017-02-18

神道仏教例外なく総じて邪教…日本キリスト教になれ

神道仏教の連中は信念も魂もないゾンビのようなクズ

こいつらはカルト新興宗教容認しているようなもん

神道宗教がしっかりしていればこの国にカルト新興宗教蔓延することもなかった

カルト新興宗教のせいでどれだけの子供達が苦しんできたと思う?

カルト新興宗教のせいでどれだけの家庭が破壊されたと思う?

何が日本多神教宗教多様性で寛容だよ

ふざけんなクズ共が

一神教を国全体の宗教にしておけばカルト新興宗教蔓延ることもないのだよ

教徒は許さんって感覚絶対必要

カルトを防げるから

神道仏教とこいつらが容認しているカルト新興宗教のことを考えるだけでイライラしてくる

てめえら全員死ね

多神教が良いとか言ってるクズ共は母親カルトにハマったことで苦しんだ経験もない恵まれた連中だろ?

カトリックなら上から管理があるからカルトしづらい

是非日本カトリックの国にして欲しい

神道仏教クズ共は用済みだ消え失せろ

多神教死ね

神社大乗仏教の寺なんてものは何の頼りもならねーからいらねーんだよ

地獄に落ちろ

僕は今猛烈に怒っている

スマホを叩き割りたかったのを必死我慢したところだ

怒りのあまり頭が熱くて苦しい

神道の神を悪魔として扱い

神道悪魔崇拝の邪教として扱っていくべきだ

絶対に許さな

こいつらのせいで僕は人生が狂った

2017-02-15

売春ツアーは国の恥?個人権利侵害は国の恥では無いのか?

売春に対する忌避感ってのはやはり宗教的なところに端を発するところがあり、

むやみに売春非難することは、特定宗教的立場をもとにした、異教徒ないし無神論者批判になりかねない。

そういった意味でポリティカリーインコレクトだし、

アメリカリバータリアン的に言えば神聖個人権利侵害していることになる。

売春ツアーがもし企業主体となってやっているのであれば、ある程度の公共性を持った主体としての役割上、

特定宗教的バックグラウンドを持った人を不快にするようなことは慎むべきだろう。

しかしながら個人的信条として売春を良しとしている人が、

そういったものに参加することに非を唱えることは、浅薄すぎの感がある。

2017-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20170212141941

教徒なりに受け入れの形はなんとか取れないものかとしてのまだ浅いステップにあるからこその誤解なのにそれが笑えたって…

ムスリムからその騙されてるであろう大学生協や今回の件で確実に動き始めたSJWへの対処をなんとかしないと

日本におけるムスリムにとっては今後百年以上にわたる禍根になりかねないと思うよ

http://anond.hatelabo.jp/20170212141941

そういうのは必要ってうるさく言ってる人とか、認証ビジネスで儲けようとしてる人に言ってよ

こっちは異教徒で、ビジネス上の利益でもない限りそんなものは要らないのに、

うるさい人のせいでねじまれてようとしてる立場なんだから

2017-02-09

仕事」って宗教だということに気づいた

仕事を休んでいて心身ともにリフレッシュしてたら、ふと「仕事って宗教じゃね」ということに気づいた。

辛いことでも頑張らなきゃならないって社会的容認されているのもどこか宗教での修行みたいだし、飲み会で芸とかやるのも宗教儀式っぽいなあ、と。

なんとなくのイメージだけど欧米では仕事プライベートが分かれてるってのも、キリスト教とかの宗教が根強いから、逆にそういう雰囲気容認されているんじゃないかと思う。日本みたいに(自称無宗教者が多いと、仕事自分宗教にしちゃって、その教えから外れると厳しい処分が下るってところがまさに宗教裁判みたいだなあって。

宗派がいろいろあるから一概には言えないのだけれども、日本では「働け!」という価値観が当たり前のように共有されていると思う。もちろん資本主義社会からそうってのも分かるし、読んだことないけれどもプロテスタンティズムとかが背景にあるのだろうとは思うのだけれども、そういう学術的な背景とは裏腹に、普通に働く社会人たちの宗教心って「仕事」教みたいなところにはないだろうか。

仕事」をしていれば御利益に預かれるとか(これは普通か)、「仕事」できつい目に遭わされてもきっと報われるとか、「仕事」の教祖社長とか上司とか)に自分の人間性を無視しても従わなければならないとか、家族より「仕事」が大事とか、「仕事」のために人を殺すとか、はたまた「仕事」に殉じるとか、いろいろと言いようはあると思う。

今の社会にはこのいろんな宗派がある「仕事」教にだんだんと染まらない人たちが出てきて、でも「仕事」教の教徒もまだたくさんいるからいろんな軋轢があるんだと思う。

食っていかなくちゃならないか仕事をしなければならないんだけど、「仕事」教からは逃れたいなあと思った。

2017-02-07

トランプ大統領は負けないって当たり前だろ

http://www.huffingtonpost.jp/2017/02/05/trump_n_14630086.html

当たり前だろ、サヨクどもがおのれの過ちを決して認めない限りは

偉そうにタテマエばかり振り回して人の不満を無理やり押さえ込んできたのだから

タガが緩んだら抑え込まれていた不満が噴出するのはアタリマエのこと

というか、お前らが偉そうにポリコレ棒を振り回してそうした不満を押さえつけていたという意識すらなく、

その不満を全く見もしなければ感じもしない、あたかも「全く存在するわけがないもの」と思い続けてきたというわけだ

それがこうやって表に出てきたらこれ見よがしに「ありえない」とか驚いて見せたりしてな

何という途方もなく傲慢な生き物たちだろう

人の不満にひとかけらの共感理解も同情もなく、

ただひたすらに強圧的に教条主義的に正しいことだけを押し付け

間違っているものは「存在してはならない」としてきた

清潔思想ジェノサイド

まあ百歩譲って、そうした不満を抱える連中は悪魔だったとしよう

そしたら、トランプという悪魔召喚儀式を行う邪教徒大統領当選を許した時点で、お前らの敗北じゃん

彼らが悪魔だとは一言も言ってない?

だったら不満を抱える彼らも「有権者なのだから

意見対立したとしても、その彼らの意見意見として言論の自由民主主義文脈一定の理解は示さねばな

だがお前ら示してないだろ?一定どころかかけらほどの理解

からお前らは彼らを悪魔扱いしてるのとおんなじだよ

理解の出来ない悪」という扱いしかしてねえじゃえか

だったら悪なら悪らしく徹底的に滅ぼしにかかるのが正解なんだよ

それすらもしねえんだからお前らは筋金入りのあまちゃんバカなんだよ

2017-01-29

http://anond.hatelabo.jp/20170129224108

イスラム教徒になるか、異教徒として死ぬかを選ばせようとするだろう。

教徒でもジズヤと呼ばれる税金を納めればオッケーらしいよ。

2017-01-27

埼玉県境に万里の長城」:都民ファースト 政策トランプ流)

2017-01-11

http://anond.hatelabo.jp/20170110234016

うちは自分が無神教、相手カトリッククリスチャン系の家族

夫は特に熱心な教徒ではなかったけれど、夫の家族は土日は必ず教会に行くほどで、式は向こうの要望カトリック方式

夫と義両親の理解もあって、私自身はほとんど宗教には関わらず、子ども洗礼も受けていないし、七五三やお宮参りなどは夫不在で夫の両親には伝えずこっそりやってる。

今のところ特に問題は起きていない。

うちが上手くいったポイントはできるだけお互いパートナーを巻き込まないこと。ナイーブな内容なのできちんと事前に報告・連絡・相談をしていたこと。

お互い相談し、お互いの親同士も理解のうえで譲り合えるなら特に問題ないと思う。

それができないなら同じ宗教の人限定で探した方が無難かも。

2017-01-05

地下猫ははてサじゃない

あいつはただの科学教徒

ニセ科学批判の連中(キクマコとか)と同類

2016-12-23

狂信者うざい

成宮のファンとかASKAファンとかが盲目的に擁護っぽいこと言ってんの、すごいキモいんだけど、一方でワイドショーとか芸能レポーターとかがはしゃいでいるのも不愉快なので、早いとこ対消滅してほしい。

あれって、結局、光と陰ってか陰と陽ってかN極とS極ってか、一対の存在なんだろうか?

それにしても、成宮教徒はてなではあんまり目立たないけど、ASKAブログによる布教成功しつつあるように見えるのは、やっぱり、はてなーの年齢層の問題かな?

2016-12-16

thankfulには「神に感謝」というニュアンスがある単語なの?

Should be thankful that there was no damage.

  

これは直訳すると、

被害が無かったことに感謝するべきだ」

となる。

  

しかし、正確には

被害が無かったことについて、神に対して感謝するべきだ」

翻訳する方がよいのだろうか?

  

文中には神という対象が明示されてないから、翻訳にわざわざそのニュアンスを入れるのは違和感がある。

ここで感謝を向けるべき対象は、せいぜい「被害がなかったという幸運」とか「被害がなかったという結果」ではないか

  

英語に詳しい人がいましたら、解説をお願いします。

 

朝日新聞は信用できないから、ネットで流れてきた情報を信じる(?)

http://togetter.com/li/1059478

オスプレイ事故デマ、「朝日新聞意図的誤訳」にソースなし 米軍司令官感謝されるべき」発言

https://www.buzzfeed.com/kotahatachi/osprey-crash-in-okinawa-debunking



追記

今回のオスプレイ事故で、米軍司令官発言とされた"should be thankful that there was no damage"にはソースがなかった。Calci氏は一応謝罪ツイートを出していたが、デマ飛ばし動機・経緯を全く説明していないから、いろいろと謎が残る。

今回彼がおかし問題行動は、ソースがない英文事実だと偽って流布したというだけではない。この英文翻訳するときに「神に感謝」というニュアンスが正しいと主張したのであるしかもそのことについて、"ネイティブ翻訳チーム"に確認を取ったとも主張していた。

そうというわけなので、ここではただ純粋に、"should be thankful that there was no damage"という英語を読解していきたい。ネイティブがこの言い回しをつかった場合、神に感謝というニュアンス自明なのかどうか。

  

追記2

キリスト教的な価値観に従えば、すべての幸運・結果は神のおかげということになるかもしれない。

そういう意味では、アメリカ人が「被害がなかったという幸運」とか「被害がなかったという結果」に感謝するというのは、結局は神への感謝ということにつながっているのだろう。

  

はいえ、もし「神への感謝」というニュアンスが明確なのだとすれば、これはすごく宗教的信仰のための言葉だということになる。

アメリカ無神論者や異教徒たちは、この言葉をわざわざ避けたりしているのか。ポリコレ的な問題にもなったりしているんだろうか。

私はそうは思えなくて、Calci氏が主張していた英文解釈トンチンカンだと思うんだが、どうなんだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20161216183746

ただのアクシズ教徒ですよ。

ああ、アクア様のねんどろいどは買いました。

これでいいですか?

オタベックアルティンにかこつけて話をしたい

ユーリ!!! on ICE 、見てる?

オタベックアルティン、どう?

カザフ英雄」っていう字面を見て以来、ソワソワしていたものが、ユーリ・プリセキー友達になったあの瞬間に全てが弾けた。

カザフスタンを含む中央ユーラシア・テュルク系諸民族が持つ「民族英雄」の姿をはっきりと感じ取ったからだ。

カザフスタンは、歴史的にテュルク系諸民族が多く暮らしてきた土地である

遊牧騎馬民族繁栄した土地であり、彼らはテュルク系の言語と、それに基づく言語文化を持つ。

彼らの文化信仰あるいは歴史は、口承文芸によって伝承された経緯があり、口承文芸のうちの一大ジャンルとして数えられるのが「英雄叙事詩」と呼ばれる物語形態だ。

カザフに限らずテュルク系諸民族の中で広く伝播した『アルパムス・バトゥル』や、キルギス英雄叙事詩マナス』は邦訳出版されており、母語によって英雄叙事詩世界観に触れることができる。中央アジアを題材とした創作物でおそらく現在もっとも有名なのは森薫の『乙嫁語り』だろうが、作中に登場する馬などの名は、先述の英雄叙事詩にて確認できる。アルパムスやマナスとは叙事詩中での主人公にあたる英雄名前であり、英雄たちは作中でもっとも強く、激しく、時に美しい。

英雄叙事詩」の歴史形態などについては省略するが、重要なのはカザフの地に育まれ文化には「英雄」の存在を待望し、受容する姿があるということである

彼らは街や、施設などに英雄叙事詩中に見られる名付けをし、また街中では英雄の像を見ることもできる。余談ではあるが、キルギス首都ビシュケクに立つ騎馬マナス像の馬には、立派なちんちんがついている。あと動物園の馬もなかなかのブツをボロンしてる時がある。

さて、その英雄についてである

英雄叙事詩の主なテーマの一つに「外敵との戦い」がある。英雄が戦う相手は「異民族」や「異教徒であることが多い。たまに超自然的な怪物と戦うこともある。

敵対する異民族や異教徒を、英雄苛烈に打ち倒していくわけだが、全ての異民族や異教徒が敵となるわけではない。

英雄は、時に異民族友達になる。

英雄(オタベック)は、異民族(ユーリ)と友達になるのだ。

盟友となった異民族とともに、英雄さらなる敵を打ち倒していくのである

(英雄叙事詩中に現れる異民族は大抵がモンゴル系の遊牧騎馬民族な訳だが、細かいことはいいんだよ)

敵についても、少し話をしたい。

英雄異民族敵対し、彼らを倒して強さを示す。異民族の長との一騎打ちはしばしば物語クライマックスとなり、もっとも盛り上がるシーンであると言っても良い。

敵の王との一騎打ちである

YOIにおける王といえば、J.J.ルロワに他ならない。

11話でオタベックアルティン対峙したJJの姿は各位の記憶に新しいことと思うが、ここでもオタベックアルティンが持つ英雄性を感じ取ることができる。

そうして「勝利」を得た英雄は、やがて自集団を束ねる長となり、後世へと名を残す偉大な存在となるのだ。

英雄叙事詩はその他様々なエピソードによって構成されているので、興味を持った皆さんには是非読んでいただきたい。

ここまでの参考文献は以下の通りである

 坂井弘紀2002『中央アジア英雄叙事詩:語り伝わる歴史東洋書店

 坂井弘紀訳2015『アルパムス・バトゥル:テュルク諸民族英雄叙事詩平凡社

 若松寛訳2001『マナ少年篇:キルギス英雄叙事詩平凡社

 若松寛訳2003『マナ青年篇:キルギス英雄叙事詩平凡社

 若松寛訳2005『マナ壮年篇:キルギス英雄叙事詩平凡社

我々は幸運にも日本語でテュルク系英雄叙事詩に触れる機会を持った。最大の感謝をここに表す。

以下、蛇足

オタベックアルティンサマーキャンプを経てバレエからは離れたようだけど、彼はその後どこに行ったのだろう?

個人的に、例の演技終了時のポージングからコサックダンス(ホパーク)の匂いを感じた。

12話で明らかになるのだろうか、期待は大きい。

あと、「サマルカンド序曲」っていうタイトルも気になる。

2016-12-14

連続爆破予告実行犯安藤良太氏に関する考察

まずこの記事にはある固有名称複数出てきますがそれらに他人誹謗中傷する意図はない事を前以て誓わせていただきます

ではまず安藤良太って誰よ?って話から始めます

元恒心教信者(ハセカラ民、恒心教徒ともいう)で2015年末~2016年2月中旬にかけて連続爆破予告事件を実行、

2016年2月逮捕起訴されて同年10月21日猶予判決を貰った21歳の元大学生です。

なぜ、そんな彼の話題を今更するのかと言うわけですが、まず12月1日12月2日サイモントン療法協会被害者の会掲示板通称サヒケー、現存していない)に彼の書き込みがありました。

権利関係で彼の書き込み転載する事は出来ないため、書き込み概要URLへの誘導に留めて以下にまとめておきます

静岡中央署のガサが入った(12/1)12/23修正

嫌疑は身に覚えがない爆破予告12/1)

健康保険証まで持っていかれた(12/1)

・再びガサ入れがありキャッシュカードと再購入したiPhone押収された(12/2)

任意同行に行き虚偽の上申書を提出した所解放された(12/2)

自白強要はなかったとする(12/2)

http://i.imgur.com/ghToK9i.jpg

http://i.imgur.com/d7nNTpU.jpg

http://i.imgur.com/on9fbmv.jpg


これらの資料見れば分かりますけど完全に違法捜査です。

嫌疑関係のない物の押収に加えてクレカキャッシュカードトークンなどのライフライン差し押さえ安藤氏の精神を摩耗させようという魂胆丸見えですし。


そもそも現在日本蔓延ってる爆破予告なんてTorが使われていて、犯人の推測こそ出来ても前科が無い限り特定なんてまずできません。

そしてそれらは近代法の前提である推定無罪原則からして法治国家であるならば起訴有罪判決に持ち込めちゃ行けない代物ですしガサ状出すのだって慎重にならなければいけない物なんです。

なぜか新潟県庁爆破予告書類送検されてしまいましたが…


そしてこれらがどうなったか、というと静岡新聞にて彼が品川静岡無賃乗車静岡中央署に逮捕された事が報道されました。

住所不定と記載されていましたが裁判の人定質問上尾市の自宅を引き払った事を証言してましたし特段不思議な事でも無いでしょう。

まぁカード押収して返さずに任意同行と称して静岡までセコセコ呼び出し続けてりゃ金もすぐ無くなってそりゃそうなりますわな、と言った感じです。

こんなもんが押し通って起訴有罪判決になったら法治国家としての日本は終わりと言っても過言じゃないでしょう。

今後の続報と安藤氏の無事を期待したいところです。


追記

静岡中央署のガサ云々は僕の勘違いでした、申し訳ないです。

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201155154

自分の頭で考えろ」というのは「世間的・学問常識を信じるな」という意味なので、要するに反知性主義

高能様みたいなトンデモ信者陰謀論者、過激派カルト教徒はみんな「常識にとらわれずに自分の頭で考え」ちゃったせいでああなっている

この世でもっと自分の頭で考えている人間統失患者だともいえる

2016-11-14

踏み絵を踏んでも

帰りの電車kindle版ガリバー旅行記読んだ。

オランダ人のふりして日本に立ち寄ったガリバーが「踏み絵は勘弁な」と言って「お前ほんとにオランダ人?」と疑われる場面があった。

で、次のお話「馬の国」を読む前に考えた。

キリスト教神様十字架を踏むと怒るのかなって。

殉教するより踏んで生き延びて信仰を広めた方がいいと思うけど違うのかな。

教徒強制されて十字架を汚したとしても、信仰心が本物であれば構わないと思うのは甘いだろうか。

ちょっと検索したら二十六聖人のルドビコ茨木は「信仰を捨てたら命は助けてやる」と言われて、

「この世の一瞬の命と天国永遠の命を取り替えることはできない」って返したみたい。

信仰を持たない俺にはなかなか難しいね

昔読んでびっくりした遠藤周作沈黙ももう一度読んでみるか。

というかあれ、もっと早く主人公の前に出て来いよキリストさんよ。

で、ガリバー旅行記に出てくるザモスキって観音崎みたいね

マグロ食べに行くか。

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