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はてなキーワード: 主観とは

2017-05-27

http://anond.hatelabo.jp/20170527162930

デブは不健康には完全同意だが

「醜い」は主観から、醜いがOKなら美しいもOKだろ

デブは美しいが不健康。って言ったって良いって事になる

http://anond.hatelabo.jp/20170527151345

さっきから気になってたんだが、全体の中の何%いるのかわからんが、少なくとも全体ではないものを、自分主観思い込みでそれがあたかも全体の共通行動であるかのようにカテゴライズするのは増田としてどうなのか。

囲碁AIが勝ったかAIがすごいっていうのも主観だと思うんですよね

囲碁なんて役に立たないですやん

http://anond.hatelabo.jp/20170527141520

言いたいことはわかるが、「2次元のほうが可愛い」というのは単なる個人主観で、AI人間を上回ってしまったのは事実だろ。

幾ら何でも例えが乱暴すぎるわ。

俺の母は幼い 精神年齢がだ

母は70をこえてなお仕事をしており、同年代と比べてもかなり元気な方だ。脳みそもはっきりしていてそこそこの知性はある。ボケてもいない。しかし、精神年齢はそれとは対称的だ。精神疾患専門用語を避けると「精神的に未成熟」と言っていい。心は子供身体は老人。

具体的な例をあげようとしてもうまくいかないのはしかたない。自分自身で母の言動表現しきれるのは無理だと思っているからだ。ただし会話をしていると以下のような傾向が見れる。

あげるとキリがない。古臭い表現では自己中となるだろう。とにかく怒りっぽい上に論理的な話が殆ど通じず、言葉暴力相手ねじ伏せることしか頭にない。客観的事実相互理解ではなく、自身主観こそが何よりも正しいと思っている。そのくせ警察等の公権力客観的事実には勝ち目がないとわかっているらしく、それらを避け続けている。

彼女が爆発するのは特に家の中だった。私の祖父母を持ち前の言葉暴力によって完全に支配し、実質的家庭内ヒエラルキートップであったのだ。手を出せば噛まれると知って、不用意なことをしなかったので彼女はずっとその地位にいた。

彼女の夫であり30年近く連れ添った理解者であり家族であり、つまり私の父親は「彼女出会った当初から精神年齢が)幼い様子だった」と語ってくれた。つまり結婚する前から彼女にはその性質があった可能性があるのだ。半世紀も前にこんな怪物が街なかで今よりも元気に活動していたと思うと悲しくなる。

彼女の弁護をすると、彼女は嫁ぎ先である我が実家借金返済のために多額の財産を手放したと聞く。それは父親も認めており、幼かった私自身もそのゴタゴタに巻き込まれものだ。だから彼女が嫁ぎ先とその人間をよく思っていないのは物心ついた時からわかっていた。

なにせ、彼女自身旦那さえも名字で呼ぶのだから高橋家ならば「高橋さん!」と呼ぶ。激高すると名前を忘れるらしく、息子である私さえも「高橋くん!」呼ばわりだ。

彼女にとっては、自分と家の人間は完全に区別されるものらしい。

はいっても、母の言動は極めて異質だ。モンスタークレーマーモンスターペアレンツ典型例を犯したこともある。機嫌が悪いという理由レストラン店員小一時間も怒鳴ったのは今でもおぞましい記憶として残る。

つい先日も野良猫の餌に関して母はトラブルの渦中にあった。野良猫に餌を与えている女性を母が注意(※本人談)したのだが、母は猫のエサ以上に自身侮辱した相手女性言動の方が気に食わないらしい。私が相手を泳がせて情報を聞き出そうとしても、その様子を自身への裏切り行為と捉えたらしく激高していた。自分が気に入らないことはなんでも食って掛かる。どんなにコンセンサスを取ろうとしても自分主観を曲げることは決してない。わがままも1時間となえれば通じるとおもっているようだ。

彼女は強い。自身主観で捉えたことを徹底的に相手押し付け喚き散らすこと。これが彼女の唯一の武器であり、誰も崩せない鉄壁の防御だ。論理的攻撃もなにもかも捻じ曲げる。自身が不利になれば悲劇のヒロインを演じて相手を別の角度から侮辱する。誰も攻略できない。

だが、問題は私の方にある。

そんな母なので心療内科に通わせることは不可能だ。明日天皇制王政になったほうがまだ現実的だと思えるくらいに。だからそんな母に対しては、周りの方が適切な距離感を持って接する必要がある。相手が変わらないならばこちらがどうにかするしかない。相手の安い挑発に乗って口喧嘩に発展してしまうことが最も危険行為なのだ

それが自分にはできていなかった。血脈なのか私も母のような性質を受け継いでいるのか、冷静で理知的なことができない場面が多い。

どうしたらいいのか。

朝、目が覚めると自分の姿を目の前にして天に昇っていたらいいのにと思っている。

2017-05-23

自分の髪くらい好きな色に染めさせろ

ツイッターにてとあるツイートを見かけた。

男性から見て、女性の髪色は

黒髪が好き:茶髪が好き=8:2

というツイッター上でのアンケート結果。

それに

日本人女性のみなさん、殿方の本音をご覧ください」という文言まで付随していた。

女の私からすれば

「だからなんなんだ??」

と感じる。

黒髪の方が茶髪に比べて好み、ということに関しては、個人趣味からあいい。人の好みを否定はしない。

だが自分の好みを他人押し付けようとするな。



殿方の本音?知るか。そもそも顔も名前も知らねえ男共の好みに女がハイそうですかって従うわけねえだろ馬鹿か。

女がみんながみんな、男の気を惹きたい一心で生きてると思うなよ。自分の髪一番見てるのは、周囲の男でもなんでもなく、自分自身のものなんだよ。自分の好みの色に染めるに決まってんだろ。

百歩譲って自分好きな人の好みに寄せたりすることはあると思う。だがその人以外の大多数の意見など知らん。最低でも顔も知らんような相手意見など知らん。

これは私の主観だが、

黒髪信仰処女信仰は似ている気がする。

黒髪が良いんじゃない、要するに処女性を求めているんじゃないか

黒髪しろ処女しろ、それを相手の「個性」ではなく「ステータス」としてしか見れない男は、残念ながらもう周りから敬遠されてると思う。

相手を一人の人間として受け入れるのではなく、相手自分好みに仕立て上げる方向にしか頭が働かないんじゃ、女どころか誰も近づかないんじゃないか…。


話がかなりズレたが、つまり私が言いたかったことは、

男ウケなどと言って自分意見をあたかも周囲の総意のように見せかけて押し付けようとするな

ということだ。そんなに黒髪が好きなら黒髪女優が出てくるAVでも見てオナニーしててくれ。

http://anond.hatelabo.jp/20170523023909

客観的データを用いずに自分観測範囲のみで語る奴は妄想現実区別がついてない

自分認知している世界だけで物事を把握しようとするだけのただの主観厨でオタクとなんら差異はない

2017-05-22

いじめは人を変える

 以前いじめられたことがある。理由は私が「Aでない」から。それは加害者側の主観であると後々知ったが、未だに「Aでない」という自己評価がつきまとっている。そして二人の私が心の中に同居するようになった。

 あれ以来、Aでない人に出会うと「Aじゃなくても大丈夫だよ」と思う自分と「Aじゃないなら罰を受ければいいのに」と思う自分が同時に存在している。表面的には前者を全面に押し出しているが、心の中は後者でいっぱいといった感じだ。私よりもAでない人はたくさんいるのになぜ私だけ苦しまないといけなかったのか、なんでこいつはのうのうと暮らしているのかと苛々して仕方がない。

 後者の私はいつか加害者になると思う。いじめから数年後、加害者と同じ立場になったとき、彼らの気持ちを深く理解してしまった。同じ過ちを繰り返さないように抑えているが、いつ箍がはずれるかわからない。

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521171138

なるほど。あなたの言うとおりだ。自分主観ものを言い過ぎだ。気づかせてくれて有難う。

男性が白い目で見られることに対する認識は、たしか男性になったことがないので、甘いと言われても仕方ない。もっと寄り添って考えるように気をつけるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170521165439

そのの言い方だと、「現実存在する問題は、現実として存在するのは認めるけど、それは”男女の問題として捉えない”」っていう、結局は「お前の主観」じゃねえか。

問題の捉え方なんてどうでもいいわ。本質は「問題存在すること」と「その問題に対する現実的対処法が存在するか否か?」「現実的対処法がない場合、どうしていくべきか?」だろ。その点では一応は考えているみたいだが、「社会が変わること」が前提では、少し甘い。

あと、「男性が(略)白い目で」についての認識がかなり甘い。そういうケースで「男性が白い目で」みたいなのを本人の覚悟問題とするのは「男女差別」だろ。

そういうケースにおいて、女性側が「女性としての責任果たしてない」なんて言われることなんか、普通だぞ?そういうの、「差別」って言わないか

主観で物を言いすぎだ、お前。

http://anond.hatelabo.jp/20170521162857

うーん、お前の主観ではそうかもしれんけど、女性が働き続けたくても子育てとか絡むと非正規雇用に甘んじなくちゃいけないとか、男性育児休暇取れないとか、男性育児休暇取ると死ぬ酷白い目で見られるとか、いろいろね。

結局男性社会人として模索できる選択肢が多く、女性制限の中で生きていかなきゃいけないのが現状だしね。

ただ、逆に「男性専業主夫という道を選択するのが難しい」というのもあるから一概には言えないけどな。例えば、専業主婦を選べる女性は、男性経済力を基盤に、ノーリスク起業する選択肢や、好きなことをして生きる選択肢を選べる。男性女性経済力を基盤にそれをやろうとしたら、夫婦共に納得していても、世間的にはヒモ扱いだからね。

2017-05-19

会社に貢献するということ

毎年個人目標を決めなければならない。

営業の人は売り上げとか数字に出てわかりやすいが、自分技術職なので関わった仕事が直接どう売上に貢献したのかは見えにくい。

つの売り上げにしても、営業ディレクターデザイナーエンジニア、その他バックオフィスの方、色々な人が関わった上でのものだ。

で、前述の目標設定だが

会社にどう貢献できるの?」

「何をもって成長とするの?」

会社関係ないことやられても評価にならないから」

と詰められ、結局自分目標がどうなったのかよくわからない。

「ではどのような目標を立てれば良いですか?」と聞いても「評価者の主観にならない目標」と言われ、具体的には?と聞いてもはぐらかされた。

そもそも主観のない評価など無理なのでは?前日の飲み会で「〜さんすごいとかゴマすって気分良くしておけばいい」とか言ってたの自分ですよね?

それ以降、自分作業会社に貢献しているのかどうか不安不安で仕方なくなった。

特に裏方的な作業必要だとわかっていても、評価されないのではという思いがあって空しくなったりする。

地味な作業ルーチン作業は嫌いではない。

ただ、表立ってわかりやすい何かをしなければまた評価でボロクソに言われるんじゃないかと怖くて仕方がない。

営業感謝されても売り上げが上がっても「自分はこのプロジェクトに参加してたので売り上げに貢献できた」とは言えなくないか

技術者としてアサインされ、もちろんその中で提案したりすることがあっても、それが売り上げにクリティカルに貢献したかどうかはわからないだろう。

この作業会社に貢献しているのだろうか?と一々考えていたら仕事自体への情熱が失われてしまった。

勉強会を開く人のことも、きっと評価のためにやってるんだろうと思えて参加しようとか協力しようとか思えなくなってしまった。

社外の勉強会も「業務関係ない勉強会とか無駄なので」という声が脳裏に蘇って参加しなくなった。

自分のためよりも会社に貢献しないと居場所がなくなってしまうのではないか?クビになるのではないか?何か一つでも、何か、何か会社に貢献しなければ、という脅迫概念で出社すら辛くなってきた。

ちなみにこの会社貢献度は毎月測定される。1回目の測定は謎の理由で可もなく不可もなくだった。

毎日が息苦しい。

2017-05-18

文章うまい

みんなきっと賢いんでしょうね

みんな読ませる文章を書くよ

増田くらい書けるのが普通で、他の界隈の文章力が貧弱なだけでは。

あと主観でいえば増田の平均的文章ってそんなに巧くないと思うけど。

まず日本語を書け、と思うのがAmazonゲームレビュアー

http://anond.hatelabo.jp/20170518123852

弱者保護的な観点と、実際犯人として捕まえるうんぬんの話に距離があると思われます

痴漢されたように感じた」と主張すれば、それはまず事実として認定しましょう。っていう主観に疑問を挟まない弱者保護的な流れがあって。ただ、実際捕まえるには客観必要なので。どう考えてもやっている場合以外は有罪にしてはダメなのだと。本人はされたと思ったのに捕まらいから、イライラするのではないかと。

意見交換会合コンではない(n番煎じ)

国際基督教大学International Christian University、ICU

私の母校だ。

2人の卒業生婚約日本(の一部)が盛り上がる中、ただただ一卒業生として発信したいことがあるので、筆を取った。

まず初めに、この文章ICU卒業生代表文章ではない。

"過剰な一般化"かもしれないし、統計的データがあるわけじゃない。

から、これは私の主観経験によって構成された文章となっているはずだ。

ーーーーーーーー

結論から言うと、彼らが知り合ったきっかけとされる"意見交換会"が"合コン"だったということは非常に考えがたい。

(学校の規模が小さすぎて、自分の"友達の友達"でほとんど全員にアクセスできるため、学内合コンなどほぼ有り得ない。)

他の大学の方からすれば信じられないかもしれないが、ICU生の大多数は学内しろインカレしろ合コン経験である

ICU生はだいたい「他の大学と"違う"」という理由で、ICUを選んで入学している。

ICUは、上京を目指す若人が一般的に憧れるような"キラキラ"した大学ではない。

すごい地味な大学だ。

周りに学生街と呼ばれるようなものはないし、キャンパス内にスタバはもちろんない (武蔵境駅前にはあるけど)。

では、みんな何を求めて、ICUに入るのか。

ある人にとってはそれが、英語教育だったり、リベラルアーツ教育だったり、特定メジャー(専門分野)だったり、学校雰囲気だったりする。

何を求めて入学たにしても、ICU生は何故か批判的思考を知らぬうちに身につけていく。

そんなICU生の大多数が共通して敏感に反応するのは、"性"が関わるトピックについてだと思う。

それが、ICU卒業生在校生が、意見交換会合コンに対して、異論を表明している理由でもあるのではないだろうか。

合コンというのは、良くも悪くも"社会的押し付けられた性へのイメージ"の結晶と言える。

(男性が〜〜すべきとか、女性は〜〜するとか、そういう類のこと)

ICU生の大多数はぶっちゃけ、この"性へのイメージ"に超批判である

くだらないと思ってるし、押し付けられたくないと思ってる。

から合コンにも無関心/批判的だし、実際行っても"需要"はないと思う。

だって相手から求められる"性へのイメージ"を体現し(て)ないから。

こんな感じで、ICU生は合コン経験を貫くのではないだろうか。

勉強で忙しいとか色々な主張があると思うけど、私はそう思っている。

てか、書いてて眠くなってきたので寝る。

起きてまた気が進めば編集しよっと。

2017-05-16

http://anond.hatelabo.jp/20170516215631

個人主観の話に確証バイアスがかかってるかもしれん、なんて当たり前のことだろ。

それがわからん奴もいるのも確かで、確認してくる奴の事情もわかるけど、それでも確認するまでもないことの確認に付き合わされるとイラっとはくんだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20170515194949

元増田です。

仰ることはその通りだと思うんですが、それも結局イラストレーターさんの主観なんですよね。全員がそう思ってるわけじゃない。「露骨だ」と感じるボーダーラインは人それぞれ、一律じゃないんです。

鼻息おじさんだって、駅まで必死に走ってきた人と悪意の人をどう見分けますか? 圧力おじさんだって、何かの理由必死に体勢を直そうとしてるだけかもしれない。変な話、その日の心理状態や、その男性の「外見」にだった主観簡単に左右されてしまうと思います

そういう「悪意は見抜ける」と仰る人が非常に多いですが、僕は「それは全ての人に出来ることじゃない」と思います。どれだけ痴漢非難されようと痴漢行為を働いてしま男性が根絶されないように、です。

そういう人にあたってしまリスクは(ゼロにすることはできないまでも)出来る限り下げたいと思うのは人として自然なことじゃないでしょうかね。

2017-05-14

俺が好きな物批判するな!それは俺を批判しているのと同じだ!

と、要約できるような発言をしている男性を見るととてもゲンナリしますね。

自分アイデンティティ自分個人で持つべものであって、他の物事依存していては駄目だと思います

特にアニメ漫画が好きな男性に多いんですよね。

作品に対して考察意見の交換を行っている場所ですぐにヒートアップして「違う!この作品は間違っていない!間違っているのはお前だ!」と叫び始めてしまう癖がついてしまっているようで見ていて不安になります

とある作品のもの」と「その作品に対する自分主観」がまずゴチャゴチャになっていて、更には「作品に対する主観」と「自分価値観全て」が同一視され、最後には「自分脳内にあるその作品イメージ」と「自分アイデンティティ」がピッタリと重なってしまい、それとは違う意見が出てくると「自分という人間」が批判されたように感じてしまう傾向にあるみたいなのです。

そういう人、たまにいますよね。

私、そういう人がとても駄目なんですよね。

何を考えたらそういう思考になるのかをここまで論理的に整理してもなお、何だか腑に落ちないような気持ちになってしまうんです。

頭で何となく理解可能だけど、心では完全に理解不能とでも言いましょうか。

しかたらこういった方々はパーソナリティ等において何らかの障害があるのでしょうか。

もしもそうなら私は謝らなければいけないのかも知れません。

障害のある方を気持ち悪いと思ってしまっているのですから

ですが気持ち悪いという感情が生まれしまう事を止めろと言うのも理不尽なのではないかとも感じます

私は彼らとどう接すればいいのでしょうか。

無視するという行為人間に深刻なダメージを与えるという研究成果がある以上は関わらないようにするというのも決して正しい選択とは思えませんし。

人間社会コミュニケーション、とてもむずかしい。

難しいことを考えていたら頭がパンクしそうになってきました。

昼ごはんでも食べてきます

医療関係者への質問

https://www.youtube.com/watch?v=Lsvmd7Kys3k

上記はyoutuberアナフィラキシーショックの症状が出たとし(症状の進行は穏やか)、救急車を呼ぶ動画である。(内容は見なくても良い)

しかし、周囲に彼を病院に運ぶことができる人間がいる状態であるにもかかわらず、

救急車を呼ぶという物珍しい動画を撮りたいという気持ちもあってか、

救急車を本人が呼び、それを待っていた。

 

それを動画にしたことに、私は疑問を感じる。

救急車は本人が病院へいく力がないなどの緊急時にとる最終手段のように考えている。

この時はよかったかもしれないが、場合によっては別の人の病院へいく移動手段を奪いかねない。

なぜ周囲の友人が彼をいち早く病院に運ぼうとしなかったのかが甚だ疑問であ。

 

動画コメント欄では小さな子がメインで、好きなものを守ると言う姿勢が強いため、

この疑問を動画コメントに残すことは不毛である

 

私のあくま主観だが、この場合救急車を呼ぶべきシチュエーションではなかったように思う。

が、それはあくま素人判断なので医療関係者意見を伺いたい。

拡散を願います

恥の文化()

これは私の主観から来る見解にすぎないのだが、日本人の誇る「恥の文化」なるものは、日本人を苦しめる害悪に他ならないのではないだろうか。

人の善意に頼る文化ならばそこに人を信じる気持ちが生まれ清々しい。

人の道徳に頼る文化ならばそこに礼を重んじる思いが篭り恭しい。

だが、人の羞恥心、体面への執着に依存する文化というのは、どうにも陰湿で収まりが悪いものとして、私は感じてしまう。

何故ならば、羞恥心を感じずにすむように生きろというのは、何も語っていないかである

方針がないままに忖度を求めている。

命じる側は一切のリスク責任を負う事なく、朝三暮四を平気で行えるような指針を示している。

言ってしまえば、後知恵で幾らでも文句をつけつつ、自分立場はいくらでも守ることが出来るよう命じる、下衆の類である

恥の文化においては、誰もがこの、「高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変対応を命じる下衆」に成り下がっていく。

本来理想は誰もが「己に恥じない高貴な人間」となるはずだったのが、方針の組み立てを誤りその場しのぎを繰り返した結果、正反対の所へとたどり着いたのだ。

もはや、「恥の文化」そのものが、日本にとっての「恥」でしかない。

我々は「恥」を重んじる文化から脱皮しなければならないのではないだろうか。

未だにこんな古臭い文化伝統として奉り守り抜こうとするなど、本当に恥ずかしい。

今年は有名どころの「◯◯周年」が多すぎ

2017年の。



ほかにもまだありそう。

個人的には5年区切りでアニバーサるのは微妙だけどあえて入れた。

あと有名かどうかは個人主観

2017-05-12

「君にとって自分はその程度の人間なんだ」と感じると安心する

はじめに言っておこう、これは1メンヘラ女の主観であり歪んだ文章である

ここで「あ、触れちゃいけない人種だな」と思ったらすぐに戻ってほしい。お互いの平和のために。

この内容が「メンヘラ特有感情」なのか「一般人にもあるある感情」なのかはわからない。こちとら一般感覚を持ち合わせていないからな!スマンな!

ただ文章全体からメンヘラ臭はすると思う!各自消臭しつつ読んでくれ!


さて本題、「君にとって自分はその程度の人間なんだ」と感じると安心する。

相手にとって無価値なほど安心するよ。

我が儘を言って相手が耐え切れず、いざ自分の前から去っていくと「ああ、やっぱりそうだよね」ってむしろ納得する。ホッとする。ああ本当にクソ野郎だな。

これ、大好きな人や大切な人にしかやらない。余計タチ悪い。

なので嫌がることをしてしまった後は自己嫌悪に陥る。嫌なら始めからやらなきゃいいのにな。その時は自分制御がどうしても効かない。人格問題ありすぎる。

これがやめられないんだよね。根付いてしまったものは強い。いや、ついこの間までやめようとすら思っていなかったけど。

所謂『試し行為』ってやつでしょ。自分でも分かってんだ。

相手を試して自分のこと本当に愛してくれているのか見極めてるの?とか思うかもしれないけどそれは少し違う。60点くらい。

なぜなら落としどころが分からいから。いつ、どのタイミングで試し行為を止めていいのかわからない。

からこっちの我が儘がどんどんエスカレートして、相手が耐え切れなくなって終わる。それ以外の終わり方を知らない。

まぁそれで良かったんだよね。それで私は安心してた。「だよね!耐えきれないよね!重いよね!」って感じ。失敗したとも思わない。

かといって去って行った人間に「私と離れられて良かったね!」とまでは思えない。「私から離れていくんだ、じゃあもういらない」なんて考える。

この関係は本当に良くないよ。お互い疲弊しきって潰れていくだけだもん。何の為にもならない。


そうやって要らないと決めつけて今までの人間関係を終わらせてきた。どんどん孤独になっていくけど自分の心は傷つかない。楽だった。

友達でさえ少ない人間なんだから当然周りに人がいなくなるよね。気付いたら一人しか残ってなかったよ。

で、その一人の話をしたいんだけど、どうしよう山田でいいか山田の話な。

山田漏れずに私から洗礼を受けたわけよ。我が儘迷惑行為面倒なこと嫌がること何でもやった。本当に申し訳ない。

山田のことは大好きだし愛しているし、だからこそ毎日自己嫌悪の繰り返し。私が山田から離れようと何度も思った。

けどこの山田がしぶとくて。一番の被害者なはずなのに、タフなのかなんなのか今でも私の近くにいるわけだ。こんなにクソ野郎なのに。馬鹿なんじゃないか

私は早く安心たかったのに。「耐えきれない」と言われて独りになって、自分の安定した立ち位置に戻りたかった。人と深く関わることがこんなにも不安定なんて。


そこでこちら側も色々と考えたわけだ。そして結論が「山田を失ったら、こんな人は二度と現れない」と。

山田から離れたくないと、こんなクソ野郎でもメンヘラ野郎でも近くに居たいと、思ってしまったわけだ。ごめんなさい。こんな無価値人間がごめんなさい。

ああなんだこれ、書いてて辛いな。思ったよりもしんどい。今すぐ消したい。

まあ、うん、それでその為にはこの試し行為を止めなければいけないわけだよ。さすがにそのくらいは分かる。

そこで一連のこの行為文章にでもまとめて頭で整理しようと、こうして1時間ディスプレイと睨めっこしている。自分の為だよすべて。

そうだね、近くに居たいと思うようになってからは今のところ、この試し行為は落ち着いてる。制御できた。すごい私。すごいぞ。

まあーーでも簡単には変われないよね。今でも安心を求めてる。きっとボロが出る。その時に捨てられたらどうしようか。自業自得だろうな。


という、お話でした。少しぶれた気がする。少しどころじゃないか。こんな長文に付き合ってくれて有難う。時間を割いてくれて有難う。

文章にまとめると色々見えてきていいね。私は今まで自分を守りすぎていたんだな。

きっとしばらくは変われないけどどうにか真人間になりたいと思う。

左翼(それともはてサの?)の限界

富裕層年寄り優遇するなとか富の再分配しろとかBIを導入しろとか言うけどさ

http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20170511170337

上記記事コメント欄を見て何度めかわからないけれど「左翼的な言説の限界と言うか気持ち悪さというかなんかもやもやするもの」についてのメモ

初めに断っておくと、自分個人は穏健な左翼的人間だと思ってる。この辺曖昧なのは「それそのものの人」に「お前なんかニセモノだ、死ね!」と棍棒で叩かれるのが怖いからであって、内心ではちゃんと穏当左翼だよ悪いスライムじゃないよぷるぷる、と思ってる。再配分はした方がいいと思うし、生活保護の捕捉率は上げたほうがいいと思ってるし、戦争はしないほうがいいと思ってるし、言論思想の自由大事だと思ってる。

でも、一方で、それは「俺という個人がそう願ってる」であるとも思っている。

ただ単純に「俺という個人がそういう政治的思想で、つまりは、そういう好みで、そうなればいいなあ、そうしたいなあ」と思っているという意味だ。

でも、政治的記事へのはてブコメントを見たり、世の左翼的な言説をするひとの発言を読んだりしていると、割と頻繁にどうしようもない違和感を感じる。

たとえば「再分配しないと社会が歪むでしょ」「再分配しないと治安悪化するでしょ」「再分配しないと経済が伸びないでしょ」みたいな種類のコメントだ。

それらって、まず第一に、本当に本当なんだろうか?

例えば、社会が歪んだ結果、カタスロフ的なことが起きて世界が滅亡する――というような想定がなされているのであるならば、全人類が私欲を捨てて力を結集するというのにはインセンティブがあるのは明らかだ。しかし、想像だけど「社会が歪むでしょ」といったときの「歪む」って、そういうレベルの大災害を想定していない気がする。

そして第二に、だとすると、それって主観マターなんじゃないだろうか? つまり、歪んでいると感じない人(例えば富裕層)が存在する程度の「歪み」なんではないだろうか?

治安悪化するでしょ」「経済が伸びないでしょ」もそうだ。程度の問題主観マターになってしまう気がする。

ここ2000年くらいの歴史を見ても、相対的評価すれば、いまは全地球的に豊かで幸福時代だと思う。歴史上最も格差が広がっているこの時代に、最も幸福なのだとすれば、格差が人を不幸にしているというのは、どういう説得力をもっているんだろう?

最初に言ったように、俺個人は再配分政策に賛成だ。もう少し弱者ケアをしたい。だから、そういう歪みや経済悪化を感じる主観があるってことそのものは、別に問題だとは思わない。ただ、でもそれは「俺はそう感じているんだよ!」でしかないので、他者を説得するに足るものではない。

違和感を感じるのはそこで、はてサであるいは左翼言説でよく見られる「~(は自明)でしょ」「そうすべきなのは明らかでしょ」「それが正解でしょ」という態度だ。

その発言を行った時点で「説得できた」と思っているような態度と言い換えてもよい。

左翼の人たちは、なんだか、「正しさ」に過剰な自信を抱いているようにみえる。「正しい(と自分自身で思っている)結論」を呟けば、それで話は終わるというような、その発言にあるような未来がやってこないのは、政府の/権力者の/資産家の陰謀であるとか、衆愚が正しさを理解しないかであるとか、なんだかそういうニュアンスを感じる。

個人は、どうしてもそこで安心して話が終わったという気持ちになれない。

俺が左翼っぽい、福祉とか再分配をもうちょっといい感じにしたいと思っているのは、純然に俺の好みでしか無いと思うし、そんな好み程度の発言で誰かを説得できるとも思わない。

日本社会の歪みについては、歴史的に見ても、今ある歪みを直せば別の種類の歪みが出てくると思う。それは福祉ケアするという変更ですらそうだと思っている。この歪みとあの歪みのどっちがいいかっていうのは、まだそれを実行してないので選べないけれど、「歪みのない完璧社会が来る」なんて思えない。「いまよりましなのはこっちなんじゃないかなあ、好み的な判断だけど」くらいしかいえない。

治安の悪化については、うん、格差が広がると治安悪化すると思う。でもそれを前提とすると、日本世界的に見て治安トップクラスに高いので、まだまだ格差はちいさくて、この先格差をどかーんと広げる余地があるっていう結論になってしまうんじゃなかろうか?

経済の発展については、最低賃金は上げたほうがいいと思う。でも、資産からお金没収してそれをやるなんてやったら、それこそ経済ぶっ壊れると思う。私有財産権という、民主主義が旺盛や封建制から血みどろで奪った権利を「俺の好み」程度で犯すのは、到底「正義」だとは思わない。

何度も言うけれど、俺個人福祉とか再分配をもうちょっといい感じにしたいと思っている。けれど、それはただ単に俺の政治思想的な好みの問題であって、「俺が正義で唯一正しい結論を言えるから」ではない。当然他の好みの人もたくさんいるのだ。自由主義グローバリズムは、地球規模で見れば多くの人を救ったと言われれば、そうなんだと思う。俺個人は、そっちの思想の人を「お前は不正解」と断罪できるほどの「正しさ」をもっていない。

さまざまな政治信条の人が暮らす社会自分の願いの方向に動かすのは、粘り強い議論とか、空気の醸成とか、そして選挙とかを経なければならないのだ考える。

仮にそっち方向に社会が進み始めたとしても、その後やってくるのは、プロジェクトを立ち上げた時に出てくるような、うんざりするほどの運営トラブル制度バグと、それを一個一個デバッグしてアップデートしていくクソ長い時間だと思っている。

なので、「左翼的決断正義でしょ/当たり前でしょ/そうしないと社会滅びるでしょ」みたいな「正解を言ったんだからわかれよ」みたいなコメントを読むとものすごい違和感を感じるし、日本左翼的思想限界ってここ――つまり「俺たちは正しいのでそうならないお前らが悪い」という、政治的対話妥協拒否する、傲慢怠惰さなんじゃないかと思う。

今よりもっと良い社会がほしいのなら、今よりもっと対話テーブルで汗をかく必要があるんじゃなかろうか。多くの人たちに自分たちの主張を「好き」になってもらえるように。

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