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はてなキーワード: メリットとは

2016-06-28

目標が達成できないと嘆くほとんどの人の共通点

今まで色々な人と仕事してきた中で、このところ使えない奴の共通点に気づくことができた。

使えない奴とは、絶対納期を割る人間、もしくは締め切りギリギリを手につけないで結局徹夜進行になる人間だ。

それは、その人を取り巻く環境が整理されているかどうかという点に尽きる。

無駄ものを身に着けてないかデスク無駄ものが置かれていないか、いつ使うかもわからないものが出しっぱなしになっていないかかばんの中に使いそうにないものばかりがはいっていないか、商談中にもう使わない資料を出したままにしていないか、話が頻繁に横道にそれることはないか必要確認が不足することはないか、余計な知識や資格ばかりを欲しがったり身につけていたりしないか、、、などなど

いちいち挙げていてはきりがないが、どれも共通して言えることは、周辺環境が整理されていないということだ。

こういう人間は、得てして”何事も損することがもったいない”と考えているのだ。

後悔恐怖症と言ってもいいだろう。

例えば普段滅多に使いもしない道具を机の上に出しっぱなしにしている人間理由を問えば、大半は「使うときに探すのが面倒くさい」と答える。もしくは、「持っていることを忘れてしまうのを防ぐため」という人間もいる。

使いもしない道具をかばんの中に入れっぱなしにしている人間も、「いざ使うときになくて困ったから」と答える。

商談中に資料しまわない人間もそうだ。しまった後にもう一度出せと言われるのが面倒くさいからだ。

一度の後悔が原因でそれをお守りのように持ち歩いているなら、持ち歩いている時間の大半は無駄である

それなのに、一度でも持ち歩いていたことのメリットを感じてしまうと、手放せなくなってしま人間がいるのだ。

そういう人間はなぜ仕事ができないというと、目標達成のために必要な取捨選択ができないからだ。

もったいないと思う気持ちが強すぎて、不要ものまで抱え込んでしまうのだ。

別に仕事に限った話ではない。

ニュースサイトにかじりついて、常に最新のニュースを知っていないと気がすまないし、一つでも情報を見落とすことを恐れて常にリロードを繰り返してしまう。

ソーシャルゲームの体力を計算して常に満タンにならないようにゲームを起動して、課金はせずとも最大限の結果を導こうとするのもこの人種だ。

一見して合理的に見える。

しかし、その中において合理的では合っても、人生という全体においては非常に不合理なのだ

なにせ一番大切なリソース時間をどんどんと失っているのだから

目先のものもったいないと飛びつくことは、お金を使わなければ無料なわけではない。

人生のすべてのものを生み出すために不可欠な時間が支払われているのだ。

それに気づいていない人間が、しっかりと計画的目標建てて仕事を完遂できるわけがないのは明白だ。

ちなみにこの増田はここまで15分で書いた。

誤字チェックはせずこのまま登録ボタンを押して完了だ。

私の時間というリソース無駄になるが、これでもし世の中の時間効率がほんの僅かでもプラスになれば、わたしの15分は有効だったといえる。

それが巡り巡って世の中を少しずつ良くし、その中で生きる自分生活が少しずつ良くなるのだ。

広義で言えば、日本経済が良くならない理由もこれだ。

個人が自らのもったいないに縛られることで、環境リソース還元できないでいるのだ。

さぁ、皆ももっと有益情報増田で共有しよう。

広告費なんて入らなくても、それが元で世の中を少し良くすることができるかもしれないのだ。

必要なことは、個人が価値を抱え込むことではなく、多少のフリーライダーを許しても、その中で気づいた人間たちが積極的に世の中を回していける環境を作ることだ。

さぁ今すぐこの増田ブクマしよう!

それが世の中を良くする第一歩だ!

2016-06-27

ゴ魔乙やってるけど自分がいるギルドアクティブ自分含めて2人しかいなくてつらい

いままでなんとかDだったのが今週からEランクに落ちてしまった

ナンちゃんのメガレーザーは一瞬ギルド抜けてCランク自動承認ギルドに入ることでゲットできたけど、古巣に戻っても張り合いがない

まあギルド内一位を取るのは簡単というメリットはあるけれど、しかしEランである

一日だけ体験したCランギルドのギルド戦の、チェインが両ギルドとも100を越えて伸びていくさまは完全に別世界だった

うちなんて10チェインいくことないぞ

八月以降カトレアさんが報酬になったらそれを取る時は今のギルドを一瞬抜けるのではなくそのままCランクのとこに移住してしまいたい

http://anond.hatelabo.jp/20160627200348

へえ、じゃあ子供産んで具体的に何のメリットがあるの

貧乏シングルマザーになるリスクまで負って

プロに専門的能力以外の高潔さを求めるのは間違い

変な自分写真ネットに上げたくらいで、「あぁ、ストレス溜まってんだな。お仕事ご苦労さまです…」くらいなもんで、責めて立て何のメリットがあるんだ?一番不寛容なのは誰だよ?マスコミが煽って、人を不寛容に駆り立てているんだろう。いい加減、お為ごかしは止めろよ。

今後、あらゆるプロ現場に、能力ではなく、問題を起こさないだけの2流3流が配置されるようになると思うと、本当にゾッとする。

いいんだよ。プロは。その分野で立派なら。女泣かせたって、きっちり賠償金払って和解すんならいいだろう。本当に、道徳警察蔓延る世の中はクソだよ。

世界日本に近づいている?

貿易関連の仕事をしている。

英語中国語もでき、客先もそれらの国なので常にそういった国の

価値観に接し続けて、日本グローバル化を望み続けていた。


でも、最近考えを改め始めている。


もちろんトランプ旋風とイギリス選挙きっかけだ。

グローバル化する事で出てきた多くの問題を、理想カバーし続けるも

もはや流入する移民対応しきれなくなっている国が増えている。

香港シンガポールなどの国も同じ傾向が続くとしたら、どこで

均衡するかを政府は決定できるのだろうか。


ある程度の保護を伴う社会民主主義的な政策が、中国を含めてもほぼ世界的に

デフォルトになりつつある現状、経済動向に依る人口比の急激な変動は

政策にも大きく影響を及ぼす。

そのリスクを考えるなら、今の日本のように移民外国企業の流入障壁

維持する方がむしろ長期的な成長政策も維持しやすい。そもそも貧困層であれ、

富裕層であれ移民メリットによって移動するリスクを取れる人々だ。

イギリストルコ化したら、誰がイギリスに魅力を感じるのだろう。


参入障壁は国=そのエリア個性も維持し、観光産業地政学的なメリット

維持しやすくなる。魅力をいつまでも保ち続けやすくなるのだ。

アイデア世界を移動するが、土地の魅力はそこに居続ける。そうなる方が

グローバルという言葉の魅力はむしろより強まるのではないか


まり世界はより現在日本のようになっていく。


こんな風に今日ふと思ったんだが、どうだろう。

2016-06-26

パチスロを打つことについて、自分自身への手紙

1 まず最初に断言しておこうか。

 パチスロを(習慣的に)「打つ」ことと「打たない」ことを比較したら、

 「打たない」方がより良い。

 そんなことはわかっている?

 うん、そうだろう。

 わかっててやめられてないか問題なんよね。

2 パチスロを打ってはいけないなどとは言わない。

 そんな義務はない。

 道徳的にも、法律的にもパチスロを打ってはいけない義務があるとは思えない。

 普通パチ屋普通にスロ打って逮捕されたりなんかしない。

 誰も決して打つなと俺に強制していない。

 打つか打たないかは完全に「選択」の問題なんよ。

3 パチンコパチスロを打たない人が打つ人に対して言うセリフ代表的もの

 「パチンコパチスロは必ず客が負けるようになっている。わざわざ金を失いにいくようなものだ。

 打ちに行っているやつはバカだ。」

 これ自体は確かに正しい主張ではある。

 だが、これをスロ打ちの人間への批判の論拠にする奴は救いようの無いバカだ(俺もお前も思ってるよな?)。

 「必ず客が負ける」というのはあくまでも最終的な収支の話だ。

 一回一回の勝負では当然勝つこともある。

 でかい金額が短時間で手に入ることがある。

 たとえ設定が1であったとしてもだ。

 「負けるから打つな」なんてのは、的外れなのだ

 一度ずつの勝負で見れば、常に勝つ可能性はある。

 そして俺自身を含めスロを打つやつのほとんどは直前の勝負勝敗しか頭に無い。

 パチスロを打つかどうかは、「打ってはいけない」という決まりを守るかどうかと言う問題じゃない。

 勝つ可能性も負ける可能性もあるが、「打つ」と「打たない」どちらを選ぶかの「選択」の問題だ。

 曲がり角を左に行くか、右に行くかという選択と同じだ。

 どちらも同じ地位にある選択肢って言えばニュアンス通じるか。

4 パチスロを打たない方が良い理由は勝ち負けの先にある。

 打たない方が良い理由は、「どんなに勝っても意味がない」こと。

 スロで勝ちまくって、あぶく銭が増えまくっても俺自身を取り巻く現実ほとんど変わらない。

 パチスロでどんなに勝ちまくったとしても、結局手に入るのは金だけ。

 それも「あぶく銭」、重みを感じられない金だ。

 スロで万枚を出しまくって、100万以上買ったとする。

 だが、それが何だろう。

 出来ることは物を買うことだけだ。

 自分自身人格、周囲の人間人格、嫌な社会自分過去未来職業を直接変えられない。

 銀行口座の残高が増えるくらいか

 クソみたいな現実を変える力は、自分自身の行動にはあるが、スロで得るあぶく銭にはない。

 あぶく銭は現実を変えない。変えてくれない。

5 お前はスロット打ちの習慣を断ち切ることができるはずだ。

 お前は過去スロットを打ってはやめる、また打つを繰り返してきた。

 年単位で打たなかったこともあれば、数ヶ月だけのこともあった。

 やめるために重要なことは今日一日、その日一日だけに着目することだ。

 明日、あさって、来月、来年、スロを打つかどうかはその時期が来た時に自分しか選択」できない。

 とりあえず今日だけは打たないを積み重ねれば良い、というかそれしか出来んやろ。

 パチスロという博打に対する自分自身感情、考え方をもっともっと理解すれば、

 より楽にやめられるだろう。

6 パチスロを打ちたがっている自分へするべき問いかけは「負けたらどうするの?」もしくは「負けるかもしれないぞ?」

 ではない。

 「勝ったとしてメリットがあるか?」、「あぶく銭を得る必要があるか?」だ。

 あぶく銭を得て、それを使って買いたいと思っているもの価値を見極めることだ。

 俺自身を含め博打をする人間は往々にして、本当は必要ないものを得ることを博打をすることの言い訳にする。

 理由があるからパチスロを打つのではなく、パチスロを打ちたいから無理やりあぶく銭を得なければならない理由でっち上げ

 自分を納得させようとする。

 自分で思ってるよりも巧妙に自分を騙せるのだ。

7 「勝ったとして、このクソみたいな現実が少しでも直接変わるだろうか?」でも良い。

 今現在自分はもう既に必要ものを十分に持っていることを思い出せるはずだ。

8 矛盾しているように聞こえるかもしれないが、

 「パチスロを打つことをしないようにしよう、我慢しよう」という考え方をしてはいけない。

 「しないようにしよう」と考えているつもりでも、結局パチスロという博打意識を向けている。

 最初距離を置くために考えていたつもりが、結局打つべ理由を考えてしまう。

 当たり前だ。

 パチスロ打ちにとって、パチスロ最上の娯楽なんだから

 パチスロをやめても、今までパチスロで埋めてきた「暇な時間」というものは消えない。

 何らかのことでそこは埋めなけれならない。

 ほぼ一年中、さらに一日中営業しているパチンコ屋は手っ取り早くその暇を埋めさせてくれる。

 そこが罠なのだ

 「パチスロをやめる」=パチスロを「しない」ではなく、パチスロ以外のことを「する」ということに意識を向けなければならない。

 これは必ずしも言うほど簡単じゃない。

 パチスロ打ちにとって、パチスロは色鮮やかで華やかな映像で映し出され、パチスロ以外のことは灰色で塗りつぶされた廃墟映像に映る。

 幸い俺はゲーム好きだから、代わりの行動はあるが。

9 理想としている自分は、パチスロを打たないはずだ。

 機械の前で延々とボタンを押しながら不毛博打をする自分理想じゃない。

 それこそが、パチスロをやめるべき理由の最たるものかもしれない。

10

 

 

 

恋愛至上主義、やめませんか

ここ何年かで声高に叫ばれていたグローバル資本主義がいろいろあって反発を生み、翻って反グローバル資本主義が台頭してきつつある。

変わって、恋愛至上主義。何かいいことがあっただろうか?

メリットがあったのは男女ともに一握りの美男美女だけ。少なくとも、増田なんて読んでるお前らにはほぼ無いだろう。

高望みしたって得られるものは僅かである。卑屈であることは重々分かっている。




西野カナには悪いが、やめちまえよこんなもん。

イライラしてしまったこと。

職場で、とある仕事を後輩が中心になってやることになった。

今までは、私が結構やっていた仕事で、今後は後輩がやることになるらしい。

という話を、上司が後輩に説明していたところ、ものすごい拒否反応。

なんか、大変になるから嫌なんだそう。

それをやっていた立場からするとわからないでもないから、

ちゃんとサポートすると言ってるのに聴く耳持ってくれない。

(ちなみに、口だけではなく今までもちゃんとサポートしてきている)

しまいには、半泣きになりながらひたすら拒否

確かに細かいタスクの寄せ集め的な仕事なので、煩雑といえば煩雑な面もあるけど、

それをやっていたおかげでいろんな仕事をこなせるようになった。

というような、やることでのメリットもちゃんと伝えたのだけど・・・拒否

小さい子どもが、いやいやをしているようだった。

で、次の日休んだ。

何となくだけど予感はしていた。多分休むんだろうなと。

以前、上司ちょっと厳しいことを言われた(パワハラ的なことではない)次の日も

休んだから

正直、イライラしてしまった。

後輩の気持ちもわかる。

わかるけど、自分ときはどうだっただろう。他の人はどうだっただろう。

誰一人、目を輝かせて「やります!」と言った人はいなかった。

みんな、ため息をつきながらも「やります」と言ってやってきた。

ここで逃げても、絶対に同じようなことは起きる。

後輩の仕事を見ているとそれが予想できる。

から、踏ん張ってほしいのだ。

2016-06-25

[] ウォーターフォールメリット

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

から始まった何年ぶり何度目かのウォーターフォール (vs アジャイル) 論争だが,この記事もその反論記事支援記事も含めて,「ウォーターフォール採用する(せざるを得ない)理由」について書いてあるものはあっても,「ウォーターフォールメリット」について書かれた記事が見当たらないのには驚く。

各種記事

私は間違っていた。ごめん。ウォーターフォールは何のメリットも無い

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2016/06/20/080807

まずこの記事。「メリットはない」って言ってるんだから,書いてないのは当然なのかもしれないが,アジャイルメリット=なぜアジャイルがいいのか,についても書かれていない。これではFUDといわれてもしかたない。

日本アジャイル流行らない理由

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

日本アジャイル流行らない理由」≒日本ウォーターフォール採用される(消極的な)理由は書いてあるが,ウォーターフォールメリットについては書かれていない。

ウォーターフォール開発プロセス有効

http://ledsun.hatenablog.com/entry/2016/06/21/102501

タイトルから期待して読んだが,「ウォーターフォール課題と言われてるものは,実は解決されてるよ」という記述が大半を占める。

最後の一節は「アジャイル問題」として,「変化に人間がついていけない」点が挙げられていて,その裏返しでウォーターフォールがいいよ,ってことを言いたいのかもしれない。しかし,アジャイルは「変化に機敏に対処する」ことが眼目であって,何でもかんでも変化させなければいけない,というものではないので,指摘自体的外れに見える。

ウォーターフォールアジャイルを考える

http://arclamp.hatenablog.com/entry/2016/06/23/172941

冒頭,

まず、「ウォーターフォールは何のメリットも無い」は嘘です。何のメリットもないもの存在するわけないので。

とあって,メリットを語ってくれるかな,と期待させるが,結局「スコープが確定しているならウォーターフォールでいい」,という消極的採用理由が述べられるだけで,メリット積極的採用理由は述べられていないように見える。

ウォーターフォールメリット

ではウォーターフォールメリットは何なのか?

それを語る前に,まずウォーターフォール定義しておく。現在日本ウォーターフォールとして認識されているプロセスは,国防総省式の「戻りの線」なしのものである。即ち,確定した要件なり仕様なり(以下まとめて「スコープ」と呼ぶ)は変更しない。「ウォーターフォール」という名前自体が,この一方向性に由来している。従って,ウォーターフォール定義としては,「(フェーズゲートを超える際に)確定したスコープは変更しないプロセス」で良いだろう。

この定義に沿わないプロセスは,「偽ウォーターフォール」であり,以下に述べるウォーターフォールメリットを受けることはできない。メリット享受できないだけでなく,この種の「偽ウォーターフォール」は(「偽アジャイル」同様)大きな害悪を撒き散らす。

さて,「確定した要件仕様は変更しない」ことのメリットは何か。パッと思いつくのは「手戻りがない」ということである。確かにこれはメリットと言えるかもしれないが,手戻りがなくてうれしいのは主に作業者である。これでは弱い。もう一歩踏み込んで「手戻りがない」と発注者/受注者含め何がうれしいのか。

答は

納期 and/or コストぶれるリスクを小さくできる」

である

すごく当たり前のことなのだが,これが書かれている記事が見当たらない。

そしてウォーターフォールメリットはこれだけで,それ以外にはメリットと言えるものはおそらく存在しない。

やはりウォーターフォールにはメリットなどほとんどなかった

ここで,前節で登場した三つの要素「スコープ」「コスト」「納期」に注目してみる。

よく見るとこれらは,いわゆる「QCD」に対応している。ちなみにここでいう Quality (品質) は「バグがない」等の「問題の不在」だけを指すのではなく,本来意味での「品質」,即ち利用者の役に立つか,使いやすいか,ということまで含むものであるスクラムアジャイル)を知る人であれば,「トレードオフスライダー」の「品質」に相当するものだと理解してもらえればよい。

そうすると,前節のウォーターフォールメリットは,以下のように言い換えることが可能である

ウォーターフォールメリットは<品質を固定することで>コスト納期ぶれるリスクを小さくできる点にある」

これで問題が明らかになった。要するにウォーターフォールは,コスト納期のために品質二の次にするプロセスなのである

その結果,これまでどんなことが起きてきたか

あくまで変更を行わなかった場合

開発の途中で,要件仕様問題が見つかったとしても,あくまウォーターフォール定義に殉じると,出来上がるのは「使いにくい」「使われない」システムである

事業会社IT会社に転生させることが、これからSIerミッション」 ( http://gothedistance.hatenadiary.jp/entry/2016/06/20/153941 ) に,その実例らしきものがでてくる。

禁を破って変更を行った場合

これを行った瞬間からウォーターフォールはその(ほぼ)唯一のメリットを失い,混沌が始まる。

最も多いパターンは,発注者側が(もはやスコープ品質を固定するという前提が失われているにも関わらず)納期コストの確定というメリット享受を譲らず,プロジェクトデスマーチ化する,というものであろう。あるいは,コストは譲るが納期は譲らない,というパターンの方が多いかもしれないが,いずれにせよデスマーチ化につながりやすいことは間違いない。

そしてこの副作用として何が起きたかというと,受注者側がそれを見越して納期コストバッファを積むようになった。当然それは見積もりの不透明感につながり,発注者側に受注者が「ボッて」いるのではないかという不信感を植えつけることになった。要するにお互い不幸になったのだ。

うまくいくのは非常に限られた条件が成立する場合のみ

スコープの変更の必要が生じたら,どちらに転んでもいい結果は得られない。となると,ウォーターフォールがうまくいくのは,「スコープが明白で,変更の可能性が全くない」開発案件に限られる。統計をとったわけではないので,そのような案件がどの程度あるかはわからないが,直感的には「ほとんどない」のではないかと思う。なぜなら,そこまでスコープが明白であれば,今はパッケージSaaSのようなレディメイドのものを導入する方が安いし早いしリスクも小さいからだ。

もう一つの可能性としては,スコープが変更不要になるまで,とにかく事前の準備と調査を徹底的に行う,というパターンもありうる。しかし,これは「準備と調査」の過程事実上いろいろ試作することになる(そうしないと変更のリスクが消せない)ので,もはや作業プロセスの大半が実はウォーターフォールではない,ということになるだろう。

アジャイル銀の弾丸ではない

ではアジャイルプロセスを導入すれば,これらの問題はすべて解決するか,というとそういう話ではない。ウォーターフォールメリットが(ほとんど)ないことと,アジャイル有効であることとは,独立議論である

そもそも「アジャイル」というのは考え方であってプロセスではない。だから,考え方を理解せずにプロセスだけ導入すると「偽アジャイル」になって,害悪を撒き散らすことが多い。

アジャイルの考え方は,主に以下の2点でウォーターフォールと大きく異なる。

1. スコープの変化がありうることを前提としている

2. スコープ品質=役に立つこと(=使えないものを作らないこと)が最優先であり,そのためにコスト納期が変化を(ある程度)受け入れる

この考え方こそアジャイル本質であって,CI/CDやDevOpsなどは,変化にすばやく対応するための道具にすぎない。もっといい道具があればそれを使えば良いし,CI/CDがなくても変化に迅速に対応できるのなら使わなくてもいい。

また「スコープに変化がありうること」は必ずしも「スコープをできるだけ確定する」こととは矛盾しない。リスクを下げるために,スコープはできるだけ確定する努力をする,というのはアジャイルでも変わらない。変えるべき時は変える,という点が違うだけだ。なんでも後で決めればいい/変えてもいい,というのは「偽アジャイル」であって,害悪しかない。

もちろんこれがあれば何もかもが解決する,という類のものでもない。上述の2点があるだけで(少なくとも今のたいていの開発案件において)ウォーターフォールよりマシになりうるとは思われるが,別の問題(例:納期コストの変化をどう扱うかという問題)も,同時に導入されてしまう。特に日本では請負契約によるソフトウェア開発が一般的であり,これが「納期コストの変化」と絶望的に相性が悪い。

もっとも,今の「ウォーターフォール」によるソフトウェア開発が,請負契約の成立条件である契約時にスコープを確定(し,変更しない)」を厳密に守っているわけでもない以上,これだけを理由アジャイル否定するのはどうかとも思う。

契約については,IPA等でも取り組みがあるようだが,いずれにせよ契約を行うのは発注者と受注者であり,受注者側だけでどうこうできる問題でもないので,発注者側の意識の変化を期待するしかいかもしれない。

表現規制賛成派になってずいぶん経つ

(※下の方に追記をした。ブコメへの反応が種だが、俺の考えを説明したつもりなので、読んでいただければと思う。

長すぎて途中で切れたようだ。続きはこちら。http://anond.hatelabo.jp/20160626174144 )

俺は表現規制に賛成だ。

厳密に言えば、厳格なゾーニングを求めている。エログロホラーが大好きな人間として、少年マンガ誌における性的表現は一掃してほしいし、機会あらばパンチラ差し込んでくるような深夜アニメには嫌悪感を覚える。公共空間に貼られるポスター性的表現不要だとも考える。極論になるが、積極的に根絶やしにしてほしい。(追記:この極論部分に関しては謝罪訂正する・7詳細は下の追記の段に書いたので、そちらもお読みいただきたい)

最近ブコメなどでもかまびすしい「まなざし村認定が大好きな連中のことは本当に嫌いだし、絶滅してほしいとも思っている。(追記:絶滅部分については謝罪する)

まぁ俺が思ったからといって性的表現がなくなるわけでもないし、一部のオタク連中の過剰な防衛本能を根絶できるわけでもない。強制できることではないからな。

しかし俺は規制の是非を問われたら「規制は仕方ない。当然だろう」と答える。

実際に規制実施されても特に思うところはない。

それで好きな作品が回収されたり、好きな作家が食えなくなったりしてもまぁそんなもんだろで終わるだろう。

「お前の作品への愛はそんなものかよ」と思われるかもしれないが、好きな作品が生み出される素地を蹂躙してきたのはオタクたちなのだから仕方がないだろう。うなぎを食い尽くせばもう食えなくなる。それだけのことだ。

それに、表現規制には希望も持っている。

規制があったほうが表現は豊かになるだろうということだ。江戸時代奢侈禁止令などが出たおかげで色彩感覚が発達したように、時の幕府批判するためにメタファー技術が発達したように、制限があってこそ発達する表現方法はあるだろう。俺はそれが楽しみだ。まぁ当然異論はあるだろうが、俺のこの期待は否定はされたくない。

俺が本格的に表現規制に転じたのは、「閃乱カグラSV」を見てからだ。アレを見て俺は心底気持ち悪いと思った。あれは許せなかった。

この作品は、「着せ替え」ができる。で、珍しいことに、着せ替えパーツを体の色んな所に配置できる機能がある。例えば、メガネを目の位置にかけるのか、おでこにつけるのか、鼻の方までずりさげるのか、みたいなものだ。この機能自体は素晴らしいと言えるだろう。しかし、この作品では着せ替えパーツに「コケシ」がある。コケシを一体何に使うんだ?…言うまでもなく、性器に突っ込めるようにするためだ。コケシを「体のどこにでも配置できる」のなら、当然股間に突っ込んで喜ぶ奴が出る。そしてこのゲームの悪質なところは、それを「ユーザー選択」にしてCERO審査をかわしたことだ。この作品レーティングはD(17歳以上)だ。Zではない。コケシを最初から股間に突っ込んだ状態の装備にしたらZは避けられないだろう。着せ替えパーツ移動のアイディアが先かコケシが先かは定かでないが、結果としてコケシを女子高生性器に突っ込むことを是とするゲームとなったのだ。そういうゲームを良しとし、ユーザーは喜んだのだ。

俺はこれらをみて、あぁ、もうダメだなと思った。

こんなのを見て自浄作用に期待など出来ない。できるのなら、する。やれるなら、やる。オタクに限らず、どんな階層の人でもそうだ。うなぎは今年も売れるだろうからな。ましてやオタクなんて生活費を削ってまでグッズを買うような連中だぞ。

Twitterで、イラストレーター出身漫画家さんとこの件について話せる機会があった。俺の「規制やむなし。自浄作用などない」というつぶやきを引用してらしたので、しばらく話をした。できればこんな形で話したくはなかったが(大好きな方なので)、結局そこでも「あぁ、もうダメなんだな」と再確認することになった。その漫画家さんの意見は「自浄作用はある。だから極端で性急な規制危険」というまっとうなものだった。確かにそのとおりだ。15年前なら間違いなくそうだった。しかし、この十数年で何か具体的な自浄、自重があっただろうか?「カグラSV」がCERO Dで通るような時代だ。あれにどれだけのオタクが疑問をもったのだろうか?あれは結構売れたはずだが、問題にはならなかった。件の碧志摩メグや「のうりん」のポスター騒動も見てみるといい。対立しかなかっただろう。0か1かの感情的な罵り合いばかりで、グラデーション議論はなかった。やめさせたい側と、それを攻撃する側の両者だけが燃え上がり、「お互いにどこまで歩み寄れるか」の話など掻き消えた。どこに妥協点を見つけるかが最も必要議論だったのに、それがなかった。

ブコメtogetterなどでの「またまなざし村か」系のコメントをみるにつけ、もはや相互理解不可能だろう。このような0か1か、敵か味方かしか考えない連中が排除されない限り、ひたすらに先鋭化を極めていくだろう。そしてその先鋭化の果てに、一発でぶっ潰されるような未来があると俺は想像している。

どうせこのまま先鋭化していくオタクたちの「表現」にはついていけなくなったのだしな。

こないだも、「グルメ漫画エロい顔をする必要があるのか」みたいな話があったろ。あれでも極端な話が大好きな連中が幅をきかせてたよな。

そろそろ過剰な性的表現に抵抗を覚える層が目に見える形で増えてくる時期になってきただろう。そしてタイミングよく(必然的に?)、極端な議論が大好きな層も表出してきた。

案外、今後数年でかなり大きな対立になるかもしれないな。

そうなると、もう今までのようになぁなぁでやっていくことは不可能になる。どっちか選ぶ時が来るだろう。

その時には、規制を俺は望む。

規制されようが、されまいが、表現は続いていくからな。

大阪都構想や、イギリスEU離脱みたいなものだ。変化はほしい。(EU離脱に関しては様々な要因があると理解しているが)

ガッチガチ規制が敷かれて、結果性犯罪が激増することになるかもしれんが、まぁそれは原因と結果の螺旋だ。過剰な規制の前段階には過剰な表現があり、その結果を社会が負う。出生率問題解決するかもしれんしな。

もちろん、個人的には妥協点を見つけたい。

ゾーニングをはっきりと設定し、過激作品保護してもらいたい。

しかしそれも、無理かもしれない。いや、多分無理だろうなと思う。だいたいもう諦めはついた。

過去現在の過剰な性的表現作品への楽しみよりも、規制後の作品がどうなるかが楽しみになってきたからかもしれない。

現状でも、性的表現を使わずに色気ある表現をする作品は沢山ある。

俺はもう、「妥協点を見つけよう」と説得して回るのに疲れた。もうやめる。

あとは規制反対派のみんなが自分利益のために、いろいろと頑張って活動してくれ。どこまで鋭くなっていくのか、見守っていくよ。

  書き始めた時は「規制積極的に賛成する!」と熱が入ってたが、途中で熱気が抜けて諦観しか残らなくなった。なので文章の前の方と後のほうでずいぶんテンションが違う。一応修正はしたが、それでも熱の入りが違うことはわかると思う。

変化を嫌い、変化に順応できない規制反対派は滅びても仕方がない、みたいな話に持って行こうともしたけど、流石にコレは無理筋だな。でも正直ちょっと思ってる。表現規制っていう劇薬を投与したほうがいいよなってな。憲法よりは影響が無いんだから憲法改正以下のテンション表現規制を迎えてもいいんじゃねーか?

話が散らかったな。

とりあえず、俺はもうやめるわ。

■追記

いろいろ反響があったみたいだな。いろいろな指摘があってなるほどと思うところも多かった。

表現規制ゾーニング混同しているという指摘があったが、確かに一緒くたにしていたな。俺の中ではゾーニング理想だが、おそらくそれは実現しないだろうと思っている。理由は、規制派と反対派が全く歩み寄りの姿勢を見せないからだ。そうであれば、一発規制もやむなしと思っている。理想としては「ゾーニング規制」だが、それは多分無理だろうなと、ブコメなど見て改めて思う。

また、単純に俺の好き嫌い規制からめているのではないかという指摘もあったが、俺の好きなもの規制されて構わない。なくなっても別にいいということだ。この種の規制の話になるといきなり理性がぶっ飛んで極論でしか殴り合わなくなるものだが、まぁそうなってしまったな。すまない。嫌いなものが悪と言っているわけではない。気に入るもの、気に入らないもの、いずれも悪とされて滅ぼされても仕方ねえよなということだ。そうしてきてしまったのだから

いくつかのブコメへ返信をする。




b:id:wschldrn

ゾーニングを望むと言ってるこういう人たちが、規制いか必要かは語っても「何をどうゾーニングするべきか」を具体的に語らないから不信感がある。当然モザイクなど性器修正には反対してるんだよね?

何かについて話すとき、その対象全てについて一度に語らなければならないということはないだろう。そんなことをしたら一つの意見一冊の本くらいになってしまう。この日記では俺は「ゾーニング理想だが無理そうだ。規制もやむなしだろうな」ということを書いている。ゾーニング問題積極的に話されるべきだと思うよ。俺はもう諦めて、規制でいいやという立場だけど。で、規制ゾーニングの話からいきなり「当然モザイクなどの〜」と飛躍するのはどうか。モザイクも広義のゾーニングのはずだ。売る場所を分ける、売る相手身分証などで限定する、表現の一部をモザイクや黒塗りで抑える、そもそもそういう表現を用いない、など、ゾーニングにも各段階が必要になるはずだ。現状そういったゾーニングはすでにあるが、それらがさほど機能しておらず、拡大解釈が横行している。それが本文に書いたカグラの例だ。なので、俺はゾーニングは無理だろうなと思ったわけだ。あなたゾーニング論は聞いてみたいし、より多くの人がするべきだと思っている。

b:id:cloq

自分が気に入らないものを生み出している主体を「オタク」と大雑把にくくるのやめてくれませんかね

アニメマンガラノベなどを好む人」のことを指して俺は「オタク」という言葉を使ったつもりだ。大雑把にくくったつもりはない。この日記で「オタク」が使われている部分を「みんな」だとか「人」に変えても成り立つと思っているのだが。俺はオタクの中からオタク問題点を書いたつもりだ。

id:petalgeuse

>>こんなぼんやりした考えなのに表現規制に賛成してしまうのか…という困惑しかない<<

民主主義において、はっきりとした考えでくだされる決定がどのくらいあるだろう。イギリスの決定ははっきりした考えでなされたのか?少なくとも、俺の諦観を晴らしてくれるはっきりとした考えは、オタクたちの中からは出てこなかった。あなたのその書き込みもまた、はっきりしていないのと同じく。はっきりしないからこそ、大衆の決定は恐ろしいのではないか?そのことを理解しているなら、もっと危機感を持つべきだと思う。

b:id:D1953ColdSummer

手の込んだ釣りだけど、安定の「ゾーニングの具体的な境界例」を出せない表現規制賛成派ですね、と一言残しておく

安定の「妥協点を見つけようと努力をしない一言居士」ですねと一言残しておきたい。まぁそういう売り言葉に買い言葉は置いておいて、俺は上述のようにゾーニング主体に書いたつもりではなかった。ゾーニングは無理だと諦めたから、全滅してしまえばいいという話を書いたというわけだ。「規制賛成派の意見」ではなく、「俺がなぜ規制に賛成することになったか」を書いたつもりだ。その理由は、諦観だ。

b:id:KariumNitrate

『俺は表現規制に賛成だ。/厳密に言えば、厳格なゾーニングを求めている。』 ここまで読んでゾーニングの話かなと期待した私に詫びてもらいたい。なんだよ『積極的に根絶やしにしてほしい』って。

申し訳ない。詫びる。本文にも書いたが、最初は頭に血が上った状態かいたのでそのような表現になった。俺の気持ちとしては、「適切なゾーニングを施し、表現規制から逃れてほしい。しかし、どうも歩み寄りの姿勢妥協点を探ろうという議論にはまったくなっていない。ならばいっそ、規制されて痛い目を見ればいいのだ」という怒りの発露だ。ゾーニングができればいいと思うんだがな。どうも無理そうだと俺は思う。あなたはどう思う?ゾーニング解決出来そうか?何年も前からゾーニング大事」と言う声は聞こえるが、それが形になったか?なりそうか?なる前に事態が急変しないか

b:id:otihateten3510

正論っぽかったけど途中から暴論になった。個人的には混沌とした時代のほうが好き

最初のほうが暴論っぽかったと反省しているのだが。後半のほうが暴論かな?混沌とした時代定義にもよるのかもしれないな。規制で固められたなかから漏れだす表現と、先鋭化し一般人理解を得られなくなった過剰表現、いずれも混沌とは違うものと俺は思っているが。混沌の中にも秩序が必要だと思っている。例えばコミケの「全員参加者」という建前もまた、混沌の中の秩序ではないか?全員がある程度のモラルを持って円滑に進んでいく、それが望むところではないかな?俺は表現において、それが崩れたと思っている。あなたはどう思う?

b:id:tnishimu

増田文章気持ちいか規制してくれませんか? 規制賛成派なら賛成してくれますよね?

皮肉のつもりかしらんが、あなたとそれに星をつけているid:jakuon id:zions id:clworld id:dddeee id:mamimp は何を考えているんだ?俺は上述のように「俺が嫌いだから規制しろ」とは言っていない。そんな物言いを繰り返せば、歩み寄りも話しあいもできなくなってしまう。それを望んでいるのか?

id:ysync

>>そもそも、規制することで社会的メリットは本当にあるの?青少年エロいもの見たらダメって時点で意味わからん。今どきの子供はネットでいろいろ見れちゃうだろうけど目立った変化はあったの?<<

理解されていないようだ。俺は「規制やむなしだろうな」という立場だ。規制積極的になっている人たちはメリットではなく、デメリットを見ているのではないか。そして、彼らの考えるデメリットを覆すことが現時点でできていない。今時の子供の目立った変化はもうすでにあるのではないかデータは持っていないし、どうやってデータを取ればいいのか俺はわからないが。ろう。20年前に比べて、エロ表現がどのくらい変わったかを考えれば、答えに近いものは見えてくるのではないか。20年前はふたなり奇形ジャンルだった。今やすっかり市民権は得たな。AVも見てみるといい。過激な内容がどれくらい増えたか性的表現過激さの加速度が、目立った変化とはいえるのではないかと俺は思っている。あなたは納得しないだろうが。そういう可能性もあると、頭のどこかに置いてもらいたいな。それと、青少年エロいものを見たらダメとは言っていない。ゾーニングで細かく分けるのが理想だが、それが機能していない現状では。

b:id:takashi1970

自分の嫌いなもの悪という思考がなぁ

b:id:djwdjw

この「性的もの=悪」という強烈な刷り込みに対して論理的説明が欲しいな。

「俺の意見=『性的もの=悪』」という強烈な思い込みも、ぜひとも再考していただきたいのだが…。俺は性的表現も好きだ。本文にそう書いているだろう?それでも尚、諦めに至ったよと言っている。伝わらなかった申し訳ないが、あまり他人意見を断定しないようにしてほしいな。それが歩み寄り、相互理解の第一歩なのではないか

b:id:hazardprofile

規制のおかげで豊かになった表現()ってその「こけし」のことじゃんか喜べよw

b:id:jaguarsan

規制のお陰て豊かになった表現」てのがこけしだし、こけし排除できる表現規制って相当ムチャだぞ

例えば、ゲームキャラクター自由に閲覧できるモードを搭載しているゲームは多々ある。そしてそれらのゲームでは、CERO対策のためにスカートの中は覗けない仕様になっているものも多いだろう?それと同じことをするのは無理なのか?0か1かでなく、グレーゾーンはある程度残しながらも一般的に許容されるレベルを残して行くような「ゾーニング」は無理なのか?俺はそのようなゾーニングを望んでいたんだよ。過去形の話だ。

b:id:kirifuu

ゾーニング話題じゃないのか…。/増田のように個人的嫌悪感を「公共利益」のような漠然とした正しそうな言葉ラッピングして規制を言い出すケースは正にまなざし村じゃねーの。

俺としては、他人意見をよく読まずに「まなざし村」とラッピングしてしまあなたもまた十分に「まなざし村」だと思ってしまうのだ。そしてそれが「これはもう規制になってもしかたないな」という俺の諦観につながった。俺の意見公共利益などではない。「話し合えないなら戦争になるしか無いだろう」だ。そして、俺は反対派はその戦争に勝てないと思っている。だからこそ歩み寄りが必要だと思っていたのだ。

b:id:nost0nost

こうやってわざとミスリードして憎しみや対立を煽るから嫌われるんだろうな 規制に賛成とか反対以前に人間として問題がある まとめサイトとかと一緒の愚劣で卑怯人間

俺はあなたのその意見は良くないと思う。俺の一つの意見を読んだだけで俺の人格否定するというのは貧しい行いではないか?確かに俺の意見には極論が多く、またいくつかの混同があった。だからこそ、会話が必要なんじゃないか?俺は俺の意見を言う。それに対して反論や指摘がある。そして妥協点や着地点を見極めていくのが人間の理性ではないのか。「憎しみや対立を煽るから嫌われる」「人間として問題がある」「愚劣で卑怯人間」これらのような非情攻撃力の高い言葉は、相手徴発し、正常な会話を出来なくさせるものではないのか?コレに関しては俺ははっきりと抗議する。そのような言葉遣いはやめてくれ。100文字の短いブコメの中にこれだけの強い言葉を並べるあなたに疑問を感じる。あなたのこの文章がまさに、憎しみと対立を煽ってはいいか?それが目的なのか?

EU離脱派勝利のことについて一生懸命書くのでブクマ200くらいください

EU離脱派が勝利を収めましたが、この原因は貧困層いじめすぎた・甘やかさなかったせいだと思います

原因というか富裕層にとっての敗因でしょうか!?

 

貧困層は今回の選択が必ずしも自分たちメリットになるとは考えていません!

もちろんデメリットとなることが分かっている者もいるかもしれませんが大半はそれも分かっていません!

ではなぜ、メリットになるともデメリットになるとも詳細が分からないことを決定したのでしょうか?

それは、嫌がらせからです!

 

自分たちの持つ富裕層に対する不安・不満・疑念

個人では力が無い故に形にならなかった感情

それが団結することで明確に力になろうとしている!

旧・民主党政権誕生した民衆心理完全に一致しているのです!

自民党に不満がある、でもそれを形にして表現するだけの力が無い、

その状況に上手くのっかかれたのが民主党だったのです!

まり民主党民主党自身のチカラによって当選したのではなく、

民衆の想いが具現化する対象に選ばれただけだったのです。

ですから、まともな政治主導もできずに野党に逆戻りしたわけですね。

これは自民党が「貧困層の動きを軽視しすぎた」ことに支払わされた代償であり、

決して野党の大勝利ではなかったのです。

そして自民党政権にすぐに戻ったのも民衆自分たちの想いが具現化したもの

正義戦士」ではなくて自分たち短剣で刺し回る「悪魔」だったことに気付いたからでしょう。

そして野党政治主導する力がそもそも無いことを今の世代に露呈させたことから

今の野党の弱体化に繋がったと考えられます

まり結局は反省して元に戻したんです。

本当に選択が正しければまだ民主党政権が続いてるわけですから

 

イギリス民衆も同じようにEU離脱することで自分たちの不満を具現化したかったのです。

低所得者ありがちな現実問題の解消よりも心理的充足を優先させる傾向が大衆にも当てはまったのです。

これから先にイギリス貧困層は今までよりもさらに多くの負債をかぶさり、

自分たちが生み出した「悪魔」に心臓を刺されていることに慌てて気づき、遅まきで後悔するのだろう。

後悔先に立たずとはこのことですね!

たちが悪いのが、勇ましく泥を被ろうぜと富裕層にけしかけた結果だとしても、

富裕層よりも所得の低い貧困層や直接的な被害にあった株に手を出していた貧困層~中流層は線路に飛び込んだのではないでしょうか?

 

これは数が増えすぎたせいで自ら暴走して死に至らしめる「蝗害」とどこか似ています

不安や不満を具現化するのが目的、と言いましたが

民衆すら気づかない真の目的は「私たち暴走しない範囲で上手く騙すか、

恩恵を与えて欲しい」というメッセージを切実に富裕層に向けて送ることなのです。

コチラの方が本当の脅しなんですよね。

私たちが蝗害になってしまう前に、貧困層いじめをやめて欲しい」というメッセージが本当の真意だったのです。

このことを今の富裕層がきちんとキャッチしないことには、人類滅亡まで永遠に貧困層由来の蝗害は発生し続けます

 

お互いが不幸にならないためにも本当に変わらなければいけないのは?

教養もない、お金もない、選択肢もなければ、才能もない、覚悟も無い、時間もない、味方もない。

そんな貧困層は変わりません、奴隷のための存在ですから

奴隷奴隷で居続けるための最低限のボーターを調整することが富裕層義務なのです。

全体を調整する役目が選ばれた人間には責務としてあったはずです。

大衆管理されることを望んでいますが、

虐げられることは望んでいないのです。

 

いじめ駄目!絶対

2016-06-24

月面基地今日も曇りだった。

現在月面基地原子力発電使用電力を賄っているわけだが、実のところこれがものすごく効率が悪い。

毎日毎日、何便も行き来する往復機の貴重な貨物エリアの一部を、この原子力発電必要な資材が占めていることを考えれば、いかにももったいない

月面基地建設開始前は太陽光発電が考えられていたものの、いざ建築が始まれば大量の物資人材生活必需品を運び込む過程で往復機が頻繁に離着陸を繰り返したため、巻き上げられた大量の塵が太陽光を遮ってしまったのだ。

残念なことに、大きく舞い上げられた塵は静まる前に次の往復機を迎え、なかなか地面に戻れず、徐々に空中土量は増大していった。

と、まあ日光の遮光だけでもやっかいなこの塵なのだが、更にやっかいなのは太陽光パネルの上に堆積する事だ。

月面に風はなく、雨も降らない。土砂が堆積した太陽光パネルは清掃するまで機能を果たさないが、この土砂除去をやるのは人力なのだ

水は貴重なので洗い流す訳にはいかず、これも貴重だが、空気で吹き飛ばせばまた舞い上がって落ちてくる。

結局、掃除用の粘着ローラーで一枚ずつ掃除して行かなくてはいけないのだが、パネルの数は数万枚単位で、更に電力不足からまだまだ増設必要があった。

これだけで貴重な人手を使い切る訳にもいかないので、太陽光発電はあえなく放棄されたわけだ。



ただし、急遽設置された(とはいえ、検証の上、数年がかりではあるが)原子力発電もかなり効率が悪く、かなりの資源を発電施設に投入せざるをえない状況である

原子力発電を回すために往復機は更に増便せざるをえず、舞い上げられる塵は一層増大する。



しかし、実のところ、この塵も決して不利益ばかりをもたらすわけではない。

確かに、太陽光発電は妨げられる。その上、通信妨害するし、往復機も傷だらけにして著しく寿命を縮めるが、それでも、人間が月面で常時活動可能になるメリットは大きい。

高熱に対してよりも極寒に対する準備の方がしやすい。

今までは直射日光が地面にあたる数日間はモグラのように基地に籠もっていることを強いられたが、現在では、かなり活動可能な期間が増えた。



今後の検討課題としては、現在の日陰を享受し続けるか、やはり日光を奪い返すかで協議必要であろうが、我が研究室としては、課題の一環として月面の大部分に粘性のあるスライムを敷き詰める技術の開発に着手する予定である

現時点では社名を伏せるが、太陽光パネル製作大手と、有名オモチャ会社より研究支援確約をえており、新技術は今後の宇宙開発において革新的手法となると考えられることから宇宙開拓史名前を刻む勢いで頑張って欲しい。



月面基地駐在する研究者から、地上の助手達に宛てたメールより。なお、彼は日本の古いポップソングを愛好し、いつも口ずさんでいた)

悔しい

自分とある開発業務従事している。末端のコーダーとして参画している。

PJが全体のシステム構成で、そのシステムを動かすための部品を作っているのだが、その全体PJリーダーとこちらのリーダーの仲が悪い。

分かりづらいのでシステムリーダー部品リーダーとしておこうか。

まぁ社内のそんな遠くない関係で上記のような訳だから、お互いが居ない時にはお互いがお互いの事をdisることを聞かされるわけだ。

が、自分としては正直なところ面倒だし、どうでもよくて、客が喜ぶ良いものを作りたいだけなのだ技術者として知的好奇心を満たし、経営としてコストメリットがあり、客として困ってる事が解決できて、担当者として楽ができる物ができればそれで良いのだ。良いと思っていた。

社内のイザコザで情報共有もろくに出来ないので、嫌な顔はされるけどシステム部品双方のPJに顔を出してはあれこれディスカッションしていた。

だが、今日システムリーダーからこちらの部品はいらないのじゃないかと言われた。

まぁお互いのリーダーが嫌いあってるからそういう気持ちになるのはわかる。わかるが、それを越えて担当者同士で情報共有し、自分PJだけ上手くいけば良いという誘惑を払い、邁進してきたつもりだった自分は何なのか。

何か裏にある真意があるのではと本人に聞こえるくらいの声で周りに助言を求めた。真意は何だったのかと。

求めたというより頭が真っ白になってしまい、泣かないように何か話そうとして結果としてそうなった。今考えれば話を振られた方も困ったと思う。申し訳ない事をした。

今も動悸が激しく中々考えが纏まらないこともあるが、何にしても、悔しい。ただただ悔しい。

結局のところ、ここで頑張る意味とは何なのだろうか。今はわからなくなってしまった。

ウォーターフォールの話してるSIerの人の話の危機感のなさ

私は間違っていた。ごめん。ウォーターフォールは何のメリットも無い - メソッド屋のブログに対するSIerからの反応を見て危機感がないよなーと思った。

「ウォータフォールは一切メリットがないので止めておきなさい」っていう言葉メリットって誰にとってのメリットかっていうのに齟齬がある感じ。

そういう意味この記事の小噺

受託開発の要件定義フェーズあなた要件を変えないと顧客にとって不都合が起こることがわかったとします。社内で相談した結果、えらい人がこう言いました。

確かに不都合はあるかもしれないけど、固まった要件自分から揺り戻すなんて出来ないぞ。これ以外やりませんって合意を取らないと前に進めないだろ? その変更が違う変更を産むかもしれないし、お前それ膨らんだ時に責任取れるの?

SIerの抱える問題本質だと思うんすよね。

実際につくった後で「思ってたんと違う!」と言われても、「要件定義合意した通りですよね?」と言える仕組みで自分たちお金を貰えないリスクを抑えてるんでしょ?

から顧客にとっての価値言及せずにウォーターフォールにもメリットがあるって言うのはポジショントークじゃないですかね。

そりゃ「ウォーターフォールは一切メリットがない」なんてことはないですよね。SIerにとっては。

ウォーターフォールじゃないと契約できないとか日本の文化があるからアメリカのやり方はなじまないとか言ってて、じゃあその日本に馴染むやり方で価値のあるシステムが組めてるのかっていう。より価値のあるシステムを生み出そうとしてるのかっていう。

そうやって現状に甘えてるばかりで、より価値を生み出せるやり方をするプレイヤーが出現したらどうなるのか、みたいな危機感がないですよね。

知らんけど。

EUじゃなくてYJの話 ※ヤングジャンプでは無い

SMAP騒動名前が知れ渡ったので注釈なしに書く。



2003年 NEWSデビュー山下智久を中心とした人数変動制という仕組みをとってたため少し実験的でもあったが、とりあえずデビューした。ちなみにプロデューサーメリー。(サブ・ジュリー)。12月ONE OK ROCKボーカルが素行不良すっぱ抜かれて脱退。

2004年 関ジャニ∞デビュー既存Jr.ユニットからデビューだった。関西限定デビューなど、これも実験的。初期はお試しグループ(駄目だったらこっそり解散)として存在していたはず。ちなみに当時のプロデューサージャニー(基本ジャニージュニア担当である)。NEWS選抜錦戸、内が先に行ってしまったため、遅れをとらないようにという配慮だったかもしれない。

2006年KAT-TUNデビュー既存Jr.ユニットからデビュー。既に人気があったが2005年に内のフジアナウンサーとの事件があり、全員二十歳になるまでデビューできなくなったものだと思われる。ちなみに当時のプロデューサージュリージャニーが作ったと記憶結構関わってんのかなって感じ。確か辞めちゃった飯島じゃ無い敏腕マネ居たよね)



2006年3月KAT-TUNデビューを控えていたところ、1月NEWS草野未成年飲酒暴行疑惑がかかって脱退。

内の処分正式に決まってないのでNEWS関ジャニ∞が宙ぶらりん状態。ただ今はノってるKAT-TUN売りたい。売るためにはFCとかも作らないといけないけど、先に2つデビューしてるグループFCを作らないと変。錦戸NEWS関ジャニ∞の掛け持ち問題もある。

って感じで出来たのが06年4月発足の「YOU&J」という3グループ合同ファンクラブ。これが通称YJ

このファンクラブ会報がまとめて1冊。1グループ分の会費で3つのライブに応募できる仕組み(コンサートは会員にならないとそうそチケット当たりません)。

から錦戸亮ファンになればNEWS関ジャニ∞どっちにもいけばよかったし、KAT-TUNライブ関ジャニ∞ファンが居たりした。

(ただまぁ2006年いっぱいNEWS活動休止処分を受けていたので、実際初期は2グループ合同FCって感じ)

交流があったので当時のファンたちは、お互いの曲とか構成キャラについて詳しかったりする。



このグループ同士にライバル意識が芽生えるのは当然のことで(錦戸は板挟みであるし、仕事は通常の2倍だった)比べられることで、結構良い効果を生んでいた気がする。3グループメンバーが同じ舞台に立っていたこともあった。

ただそれがファンを困らせることになる。

成長していく3つのグループが売れて、Jr.から他のグループも見ていたファンたちばかりではなく、「このグループけが大好き!」って人が増え始めた。(なんか赤西デビューすぐ留学した)。

じゃあ何が起こるかというと、チケットがとれなくなってくる。(赤西も帰ってきた。)

自分の行きたかったライブに、違うファンが入ってる。

グループごとに人気の格差も出てくる。ファン同士もギスギスする。

いつまでたっても会報が年に数回、他のデビューした先輩と同じ厚さで(もしくはそれより薄い)1冊しかこない。

会報の間、大きなライブが重なって、1つのグループがなにもしてなかったとしたら、2グループしか載ってない会報がくる。



もういい加減に全くチケットがとれない公演が連発しだした2010年赤西仁がついに脱退。つまり彼がYJにおけるイギリスのようなものである

ただ直ぐにYJから抜けたわけではなく、赤西ソロ活動が始まる。ちなみに内も含めて、それらは全てYOU&Jとして処理された。この時点で<NEWS関ジャニ∞KAT-TUN赤西・内>の合同FCとなっている。辞めて行ったもの情報リアルタイムでそれらのファンに届くし、ライブにも行ける状況である

便利でもあり、複雑な想いだ。(ちなみに赤西は大体海外に居た。)



で、グループ格差がどんどん広がる。(当時頭一つ抜けたグループは察して。)チケットがとれない。ファンの不満も広がる。もうすでにYJメリットなど無い。

それぞれ個人での人気も高まっていた。連ドラに出るものソロで歌を出すもの。その筆頭の(といっても、彼はJr.時代から超人である山下智久グループ脱退の意思を表明したのが2011年10月。そこで錦戸も両立の限界を感じNEWSから脱退の流れになる。(彼の掛け持ちとはなんだったのか、という議論もある。)



いよいよYJ意味が無い。そこで同年12月やっとのこと解散の報告がきて、3つのグループはやっとのことで2012年6月ごろから自分たちファンクラブを作ることができたのだ。(赤西は個人メールサービスとなり、内はJr.扱いとなった)



今でも時々思うのだ、このYOU&Jとはなんだったのだろうと。

お互いを高め合うためには必要だったのかもしれない。

しかし、それは初期のほんの一部の話だ。同時期にデビューということでピリピリムードはあったし、十分にお互いをライバル視するという状況は整っていた。YJが無くても、彼らは努力していたと思うのだ。何故かってそれは数百人の候補ジュニアから選ばれし者だからだ。FC会員はお金さえ払えば他のグループとの掛け持ちは可能だし、コラボさえしてれば、お互いのファン交流可能だったはずだ。

もし当初からYJが無ければ、会報ファン自分たち気持ちを率直に伝えられたのではないだろうか。

オフショット満載とかで、素をさらけだせたのではないだろうか。

もっとはやく自分たちファンしか居ない場所で、自分たちの本当の気持ち吐露できたのではないだろうか。



そんなことを何故かEUの情勢を見ながら思っている。

YJも、EUも、いずれ、崩壊しなければならないものだったのだろう…。



YJ遺族と呼ばないで…!

2016-06-23

金と割りきってオッサンSEXする女の子

風俗はわかる。あと、出会い系でワリキリ援交もわかる。



でも、素人無臭動画に出てる女の子たち、

たぶん出会い系アプリで捕まった子なんだろうけど、アホやろ。

お前らの動画世界中拡散されて一生消えへんぞ。

大手AV会社と違って、権利関係曖昧からどんどん転載され続けるぞ。

まともなAV会社と違ってギャラもだいぶ安いらしいし、全然得しないだろ。

あの北海道CMタレントの子も、人生の前半で人生詰んじゃっただろ。

何で脱法的な無修正ハメ撮り動画なんかに出演するかね。



ああ、一人だけ知ってる女の子が出演したことあるけど、

の子ホスト狂いだったし、周りの評判聞くと社会的孤立しかけてる子だったし。

でも、ホスト貢ぐ金が必要なら風俗とか出会い系で援交とかで十分じゃん。

何で無修正AV出演なのか。ああいうのって何か特別メリットあるの?

http://b.hatena.ne.jp/zaikabou/20160622#bookmark-291553757

このざいかぼうの発言には解説が欲しい

故意老害発言をすることで何のメリットがあるんだろう

狙いがわからない

はてブユーザー以外への印象操作

低能ネトウヨらんどるふですら弁当爺の発言おかしさを指摘できるほどで、はてブユーザーであの発言を無条件に肯定する奴はほとんど存在しないだろう

弁当爺に、はてブユーザー以外への影響力ってあるんだろうか?



シロクマ馬鹿馬鹿馬鹿だとは思っても頭が良いとはただの一度も思ったことがなく

逆に弁当爺は頭が良い、教養があると思っていた(過去形)だけに、比較するのもおこがましい

そうまで言えるくらいだから現状は非常に不可解だ

認知症とかではないと思うがなあ、なんとなくだが

いつも思うんだけどリモート会議時に顔の映像って必要

言語より表情から読み取る情報の方が多い…って親しい(もしくは親しくなりたい)相手とのプライベートな会話が前提でしょ。商談の初回や面接などを除き、プロジェクト仕様打ち合わせや進捗確認では各々の細かい心理状態などビジネス必要のない情報ノイズなのでは?10歩譲って体調やモチベーション確認必要だとしても声のトーンでだいたいわからない?

仮に数%のメリットがあるとしてもわざわざそのために環境セットアップしたり有料サービス使ったりコストかける意味あんの?大抵誰かが映らない等でなかなか開始できず時間食ったりするし。

ってことで弊社の会議はいつもSkype音声通話です。Microsoftに買われてから品質が低下する一方なのが悩み。

2016-06-22

追記および村中璃子氏の連載記事に関して (後編)

「利用される日本科学報道(後篇)」について

子宮頸がんワクチン薬害研究班に捏造行為が発覚 ― 利用される日本科学報道(後篇)

http://wedge.ismedia.jp/articles/-/7080

さて、後篇であるサブタイトルに「捏造行為が発覚」とはなんとも穏やかではない。

後篇の内容は、池田氏発言検証マウス実験に対する批判が主である

マウス実験についての指摘内容は、これまた私の指摘と同じなので割愛する。

またそれとは別に、発表資料内で示された図とグラフ(資料ページ59: 自己抗体の沈着の写真グラフ)はチャンピオンデータによるものではないか、との疑問も呈されている。

確かに、写真は1種類でグラフエラーバーが無い点からも、疑問を抱くのは妥当であろう。



そして村中氏がその詳細について調べるため、実験担当したA氏を探し出して取材したところ驚くべき証言が得られた、というところで記事は終わっている。

あとは月刊Wedge7月号を読んでくれという、「続きは映画館で!」的な終わり方であり、少々拍子抜けだ。



その過激サブタイトルにも関わらず、後篇の記事中では「捏造行為が発覚」していない。

せいぜいチャンピオンデータ使用示唆されたくらいだが、これも疑義まりで、とても「発覚」とは言えない。

そもそも、チャンピオンデータ使用は「捏造」と異なる形態研究不正である(不正と見なされない場合すらある)。

捏造」はデータのものでっちあげる行為であるため、「チャンピオンデータ」のような都合よく選別したデータを示す行為とは明確に区別されるのだ。



このような乏しい情報でもって「捏造が発覚」というような非常に強い表現をするのは、控えめに言ってもやりすぎであろう。

月刊Wedge7月号の村中氏の記事について

子宮頸がんワクチン薬害研究班 崩れる根拠、暴かれた捏造

村中璃子, 月刊Wedge7月pp.40-44

Web記事だけでは片手落ちなので、Wedge本誌の記事についても解説していこう。ええそうです。買いました(\500)。

本文4ページ中、1.5ページは後篇の内容とほぼ同じであったが、Web版を読んでない人には序文として必要であろうから、とやかくは言うまい

この記事の目玉は、A氏への取材で得た実験内容の詳細および池田氏捏造行為についてである



A氏の証言をまとめると

(1) マウス実験はごく初期段階の試験的なもので、使ったマウスも3~5匹程度であった

(2) HPVワクチン以外の血清で緑色蛍光を呈した写真存在したが、発表資料には採用されなかった

(3) 資料中のグラフ写真は1匹のマウス(N=1)からチャンピオンデータであった

(4) 自己抗体が沈着した写真ワクチン接種個体の血清を正常マウスの脳切片に添加して蛍光染色し、撮影したものであった

(5) 自己抗体ワクチン接種個体の脳に沈着していた証拠はない

(6) 血清をとったマウスに接種したワクチンの量は50ul (濃度は不明だがヒト換算で通常接種の100倍以上らしい)



これらの証言を読んでわかるように、A氏の証言全面的に受け入れたとしても、研究不正に該当しそうな行為チャンピオンデータを用いた点だけであり、「捏造行為」の存在は見出せない。

村中氏は、証言(2)に対して「重大な捏造である」と断じていたが、チャンピオンデータのみを示す行為が「捏造」でないことは前述の通りである

また、証言(4)と(5)に対しては、ワクチン接種個体の脳に自己抗体が沈着していたかのようにミスリードしていたという点が批判されていたが、これもまた「捏造」ではない。

まりWeb版とWedge本誌の記事を通して、池田氏らが「捏造行為」をしたという根拠は一切示されていないことになる。



さらに、記事の最終ページでは池田氏学長選挙エピソードやその上昇志向といった人格面の描写が過半を占め、最後の結びは以下のような文章であった。

それぞれの立場動機から捏造に手を染める研究者たち――これが国費を投じた薬害研究班の実態だ。

子宮頸がん罹患リスクを負ったワクチン未接種の少女たちとワクチン人生を奪われたと苦しむ少女たちの未来は、こんな大人たちの手に委ねられている。

(月刊Wedge7月号 p.44)

これらの批判、ともすれば中傷は、池田氏らの名誉を著しく傷つけるものであり看過し難い。

捏造というのは、科学者に対する批判としては極めてインパクトの大きい言葉であり、軽々に投げかけて良いものではないのだ。



私は元増田池田氏らの発表および発言内容を「言い過ぎ」と評したが、村中氏の方が「言い過ぎ」度合いでははるかに上である

過激煽情的表現は、耳目を集める上では有利かもしれないが、それは科学的な議論批判をするうえではノイズしかならない。

村中氏の取材批判の内容そのものは概ね適切であり、あえて過激な言い方をせずとも十分に説得力訴求力があるはずだ。

是非、客観的で誠実な議論に戻っていただきたい。



A氏は実在するのか?

Wedge本誌の記事で中核となっているのは明らかにA氏であった。

彼(または彼女)の実在性についてここで論じてみたいと思う。



村中氏の記事によれば、A氏は以下のような来歴を持つ人物のようだ。

実際に手を動かしたのは、信州大学産科婦人科教室の誰なのか。

筆者は周辺取材を重ね、それがこの4月信州大の准教授から関東圏の新設大学教授職に転出したA氏であることを突き止めた。

であれば、信州大学産科婦人科教室メンバーからA氏の正体がわかるかもしれない。



以下は信州大学産科婦人科教室メンバーリストである

上は現在(2016年6月)公開されているリスト、下がInternet Archiveというサイト(WEB魚拓の凄い版と思ってくれれば良い)に保存されていた2015年10月メンバーリストである

信州大学 産婦人科教室スタッフ紹介(2016年6月現在

http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/i-sanfu/about/post_9.html



信州大学 産婦人科教室スタッフ紹介(2015年10月現在

http://web.archive.org/web/20151209020718/http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/medicine/chair/i-sanfu/about/post_9.html

これらをみると、2015年10月時点で産婦人科教室所属している准教授存在しない。

そのため、A氏が産婦人科教室に配属されたのは少なくとも2015年10月以降であると考えられる。

しかし、村中氏によるとA氏は2016年4月転出しているとのことだが、配属からわずか6カ月ほどで転出というのは少し速すぎるように思う。医学系ならそうでもないのだろうか?

さらに、2015年10月より後に教室に配属されたとして、そこから翌年3月の発表までにマウス実験を終わらせるのは少々厳しいのではなかろうか。



もちろん、取材源の秘匿等の理由記事中には偽の来歴を記していた可能性もあるし、村中氏がこんな嘘をつくメリットも思い浮かばない。

結局、A氏の実在性は不明瞭なまま残ってしまった。

個人的には実在しているように思うが、非実在でも驚かないといった程度に私は認識している。



村中氏の連載についての総評

氏の連載を通して読んでの批評を述べるとすれば、「客観的事実に基づく批判はまっとうであるが、それ以外の部分が煽情的に過ぎる。対立する話者の悪魔化をおこなうべきではない」といったところか。

HLA型にまつわる遺伝子頻度と保有率の取り違え、マウス実験がヒトには適用できない点、チャンピオンデータだけを提示する行為などに対する批判などは妥当ものであった。



しかし、池田氏らの行為について悪意的にとらえ過ぎているきらいがあり、人格面での批判も目につく。

また、池田氏らがマスコミを利用して何かを企んでいる、というような論調が全篇にわたって存在している(タイトルからして「利用される日本科学報道である)。



その帰結としてなのか、「捏造」という科学者にとって極めて強力な(したがって非常に強い証拠必要な)批判を無根拠に突きつけるといった行為にまで及んでいる。

(恐らくこれは村中氏が認識していた「捏造」の定義が間違っていたことに起因するが、それにしても杜撰である)



氏の精力的な取材情報発信は、HPVワクチンに関して薬害説に傾きがちなマスコミ報道において、貴重なカウンターパートとなっている。

なればこそ、冷静で客観的表現を心掛けることで、より良き論評ができるのではないだろうか。

願わくは、煽情的表現は避け、客観的かつ冷静な筆調でもって語っていただきたいところである



最後

なぜか池田氏らを擁護するような内容になってしまったが、私はそもそも彼らの見解について批判である

元増田もそういう意図で書いたし、HPVワクチン積極的な接種勧奨の再開を望んでいる。

しかしながら、元増田でも述べたとおり、評価すべきところはその立ち位置に関わらず評価すべきであるとも考えている。



村中璃子氏に対しては極めて批判的に論じてしまったが、総評でも書いたとおり、氏の活動は褒むべきものである

HPVワクチン問題について多くのマスコミセンセーショナル薬害説に傾いた立場を取ることが多く、そういった状況で村中氏のような立場から論じてくれるジャーナリスト存在重要だ。

村中氏については、その立場応援させていただくとともに、穏当な表現でもって議論してくださることを願ってやまない。



以上、もし間違いや事実誤認等の不備があれば指摘していただけるとありがたい。

2016-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20160618211423

新卒内定が取れない人が嘆いているのに、別に新卒で泣くても社員になれるし〜とかい意見

そんなの検索すれば、いくらでもそうやって成功した人のエピソードは出てくる。

でもそのルート選択しないのはめんどくさいからなんだよね。

新卒入社したら、懇切丁寧に研修してくれるし昇進ルートも見えてる。

口開けて待ってれば誰かが指示してくれる・

中途入社で求められるのは、若かろうとも「即戦力

必要とされるスキルを身につけるのが面倒くさい(ちょっとくらいは努力しろよ)

アルバイトから正社員、ってなれる人もいるんだろうけど、なれるっていう保証はない。

リターンは大きいけど、リスクがどれくらいあるのか見えない。

からリスクメリットも含めてリスクの見える新卒入社に縋る。

結局、大学出て社会人になっても「よちよちいい子ですねー、じゃあ次はコピー取りの仕方覚えましょうねー」って

手取り足取り教えてもらう権利新卒カードが欲しいんでしょ。

増田はみんなわかってるっぽいけど、30超えたら新卒だろうと中途だろうと使える奴しかいらないよ。

2016-06-19

共産党政権を取れば経済問題は完全に消滅する

アンチ共産主義の連中はあらゆる経済問題共犯であり原因

肉屋と豚の例えでいえば共産党投票しない人間はすべて豚であり殺されても自業自得

こんなことはマルクス以来ずっと常識であり続けてきたのだが資本主義に脳髄をレイプされた彼らはアンチ共産主義叫び続ける

すぐれたエンタメはすべて共産主義であることからみても資本主義メリットなどない

例えばエヴァで全人類液状化し混ざり合うのは共産主義を讃える表現であることは有名

そもそも一般的物語構造というものが「資本主義により生じた問題共産主義により解決する」という形をとっているので共産主義はあらゆる問題解決策であり、このことから経済をよくしたいのに共産党投票しないというのは頭がおかし

http://anond.hatelabo.jp/20160618201540

からしたらヤれもしない女と友達になるメリットが皆無じゃん

2016-06-17

よいことをするのに理由必要ない

なぜ日本難民ほとんど受け入れないのか - BBCニュース

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.bbc.com/japanese/video-36476470

難民を受け入れてもメリットがないからするわけないってブコメが沢山あるけど、よいことをしよう倫理を果たそうってときにどうしてメリットがどうみたいな下世話な話になるのでしょう。

人としてなすべきことは、メリットがどうとか俗っぽいこととは一線を画して果たされるべきではないでしょうか。

言うなれば、よいことをできるっていうそ自体メリットです。

1.0から学ぶJava

タイトルを見て釣られクマーな皆さんこんにちは

ホッテントリメーカーで作るような煽りタイトルって、みなさんもう見飽きてると思うんですよね。

今調べたらホッテントリメーカー2008年だそうで。どうりでねー。古臭いなーと思いましたよー。

「一から学ぶJava」ってのをね、1.0にするだけでこんなに素敵なタイトルになるんだから面白いですねー。

タイトルを思いついただけだったんですけど、思いついたらやっぱりちゃんと中身も書かないと行けないじゃないですか。やだー

面倒くさいんですけどね。ちょっと1.0から学んでみましょうか。

Java 1.0 1996年1月23日

Javaの1.0がリリースされたのは1996年1月23日ですね。発表されたのが1995年5月23日でJavaの誕生日といった場合にどちらを取るかで揉めることがあります。

かれこれ20年前なわけで、当時のパソコンというとハードウェアはCPU が Pentium 133MHz メモリ16M とかそんな感じだったかなあ。今どきの携帯電話の例としてiPhone 6sを挙げるとCPUが1.85GHz メモリ 2G ってんだから凄いですね。OSは1995年11月23日リリースされたWindows95とかそんな時代背景です。インターネットがようやく一般に普及し始めたところでしょうか。

今から思うと相当弱いハードウェアですけども、そろそろVM方式を採用しても良さそうな、そんな時代でした。インタープリタだと流石に遅い、でもC言語のようなコンパイル言語だと"Write once, run anywhere"とはいかない、という判断もあったのだろうと思います。Javaが純粋なオブジェクト指向言語ではなくintなどのプリミティブ型を持つというのは、当時のマシンスペックを考えた場合、ある程度妥当な判断だったと言えるでしょう。これが後々苦しくなってくるわけなのですが。

Javaを作った会社はSun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)というアメリカの会社で、2010年1月27日オラクルにより吸収合併され今はありません。SolarisというOSとSPARCプロセッサでUNIXサーバーの販売で90年代後半までは一人勝ちのような状況だったと聞きます。当時にすでに「ネットワークこそがコンピュータ」(The Network is the Computer)というモットーを掲げてたんだからおかしい。1996年リリースのJavaが標準でネットワーク機能を備えていたのもこのあたりの思想から来ているのかもしれませんね。

当時のプログラミング言語としてC++が挙げられますが、C++でのプログラマへの負担といいますか、ヒューマンエラーの起きやすさといいますか、その辺を改善する目的で開発されたのがJavaだったわけです。

1996年の時点にこんな言語が登場したのですから革新的でした。

いろんな企業がJavaに賛同します。その中にはMicrosoftもありました。この時期、Microsoftは次期のWindows開発用のプラットフォームにJavaを据えようと考えていました。その後、袂を分かつことになるのですが……。

プログラム言語として構文などを見ると、C++を強く意識した構文なのは間違いなく、しかしポインタ演算を廃してポインタを機能を限定した「参照」に置き換えるなど簡素化が多く見られます。C++からはいろんな機能が削られています。関数ポインタ、構造体、演算子オーバーロードテンプレート((テンプレートについては実装が間に合わなかったという話を聞きます))などなど。そのためC++の劣化であるように揶揄する人もいますが、こうしたものを捨てて言語仕様を比較的小さくシンプルに抑えた点は評価に値すると思います。しかし、今でもこうした削減された機能を愛する人からはJavaを腐す要素として挙げられてしまうのでした。

Java 1.1 1997年2月19日

Wikipediaからピックアップすると1.1での大きな機能追加は

といったところです。当初よりJavaの内部文字コードUnicodeで文字を表すchar型は16bitで設計されていました。Unicodeは当時それほど普及しておらず、Unicode対応のテキストエディタさえ少なかったと記憶しています。時代を先取りしていると言えますが、大きな誤算はUnicodeが当初16bitのコードポイントに世界のあらゆる文字を格納しようとしていたことで、漢字圏の我々からすると16bit=65,536程度の空間に文字が全部入るわけないだろ!というものだったが故に早々に破綻し、Unicodeは21bitのコードポイントに拡張されることになるのです。これはまた後の話。

なんにせよ、日本語が対応されたのは1.1からで、日本でのJavaの採用が始まったのはこの頃からと言えましょう。

当時のJavaのGUIはAWTというものでしたが、これを用いたGUIの開発は当時は結構行われていたイメージですね。Visual BASIC でGUIを作るプロダクトも結構あったと思います。GUIのためのオブジェクト指向言語としてJavaが使われていたイメージがありますね。JavaBeansもそのための仕様でした。件のsetter/getterの話題に繋がっていくのですが。

JDBCはJavaとデータベースをつなぐインターフェースです。RMIではあるJava VMから別のJava VMにオブジェクトを送って実行する、といったことができます。こうした機能が用意されたことで、ソフトウェアフロントとしてのGUI、裏方の実装のためのネットワーク機能、データベース機能、さらにはソフトウェアを配布するためのJava Appletという布陣でJavaでのソフトウェア開発が加速していた時代といえます。

Microsoft Visual J++ もこの時代ですよ。

Java 1.1以降のバージョンのものは互換性確認のためにOracle Java Archiveからダウンロードすることができ、今でも入手することができます。もちろん、Java7ですら2015年4月にEOL(End of Life,サポート終了)となっているので、通常利用するのはJava8としてください(本稿執筆時点)。

当時のドキュメントを見るのも一興です。現在と比べると標準APIがかなり小さい。なお、当時のjavadocは今とはデザインが大きく異なります。

  • java.applet
  • java.awt
  • java.awt.datatransfer
  • java.awt.event
  • java.awt.image
  • java.beans
  • java.io
  • java.lang
  • java.lang.reflect
  • java.math
  • java.net
  • java.rmi
  • java.rmi.dgc
  • java.rmi.registry
  • java.rmi.server
  • java.security
  • java.security.acl
  • java.security.interfaces
  • java.sql
  • java.text
  • java.util
  • java.util.zip

この時代であれば、全パッケージを舐めて標準APIを学ぶこともそう難しくはありませんでした。この時代から触っている人間は新バージョンが出るたびに増えるAPIを順に学んでいけたのです。しかし、現代にJavaを学ぶ場合、どのバージョンでは何があって……というのをいちいち学ぶ必要はほぼありません。Java5以前は一緒くたでいいと思いますし、一部のAPIで歴史的経緯があってねーというのを知っていればおそらく十分ではないでしょうか。

Java 1.2 1998年12月8日

strictfpキーワード浮動小数点演算をやる人は覚えておきましょう。JavaはパフォーマンスのためにCPUの浮動小数点演算を扱うことが許されており、そのため実行するCPUによって精度が異なることがあるんですね。まあ今時のCPUだと大丈夫だとは思うんですが。

リフレクション機能ではJavaのクラスを抽象的に扱うことができます。設定ファイルに書かれたクラス名のclassロードして実行する……みたいなことができるんですね。フレームワーク的なものを作る場合には多用することになります。

1.2からは新しいGUIのSwingが採用されました。AWTがOSごとのGUIパーツを用いていたためデザインに違いがあったのに対し、Swingでは統一的なルック・アンド・フィールが用いられるようになりました。まぁ今ならJavaFXを使うのが良いと思います。

初期のJavaはやはりVM方式の実行速度の遅さが指摘されていました。実行時の構文解析を伴わないだけインタープリタよりは早いものの、実行バイナリを作るC/C++よりは遅い、そうした評価です。ここではサン・マイクロシステムズのVMにJIT(ジャストインタイムコンパイラ)が乗ったことが挙げられていますが、JIT自体は別の会社が先駆けて開発していたことは記しておきたいと思います。

JITコンパイラは実行時にJavaのバイトコードを環境のネイティブコードコンパイルして動かす技術です。この後、JITコンパイラ、動的再コンパイル技術、世代別ガベージコレクションを備えたHotspotといった様にJavaVMは進化していきます。現代では実行時の最適化が進み、大きなスケールで見た場合、Javaの実行速度はC/C++での実装と比べてそれほど遅れるものではありません。遅くても倍の時間は掛からない程度といったところでしょうか。

あとは特記すべきはコレクションフレームワークです。皆が多用しているであろうjava.util.Listやjava.util.Mapといったライブラリが整備されたのがこの時なのです。それ以前はjava.util.Vectorやjava.util.Hachtableというクラスが可変長配列の機能を一手に担っていました。今ではVectorやHashtableは使うべきではありません。

Microsoft 離反

Java の開発はSun Microsystems が主導していたけども、すべてがSunのものだったというわけでもなく。Javaには多くの会社が出資していてその中のひとつMicrosoftだったわけですね。

Microsoft の Visual J++ では delegate とか独自機能拡張もありましたけど、裁判で問題になったのは J++ でコンパイルしたclassファイルMicrosoftのVMでしか動かないという部分ですね(他社製のVMで動くclassファイルを作ることもできる)。classファイルがどこのVMでも動くの大事だろ、"Write once, run anywhere"だろ、お前何してくれてんの!と喧嘩になったわけです。当時のMicrosoftブラウザまわりでも独自拡張がやりたい放題、標準規格?なにそれ美味しいの?みたいなスタンスをあちこちで見せていたものです。

結局、この事件でMicrosoftのJavaはバージョン1.1相当でストップ。好き勝手にやれないなら独自に言語作るわーとばかりに.NET フレームワークと C# といった方向に舵を取ります。

JavaがPC上でのUI開発の主力になろうとした勢いはここで潰えます。

Java EE

Java SE とは別にこの時代に Java EEリリースされていることは特記しておきたいですね。これ以後、それまでのCGIに取って代わって、JavaはWebサービスの開発のプラットフォームとして多用されるようになります。

2000年あたりからはJavaはGUI開発というよりは、Webサービスの開発が主流という流れになっていきます。インターネットサービスが非常に発達していった時代、背後ではとてつもない量のJavaのプログラムが支えていたわけです。ただまあ、こうした産業利用は一般的ユーザーの目にはあまり入らないわけです。一般人からすればJavaといえばJava Appletみたいなイメージはずっと残っていたでしょうが、実体としてはJavaといえばServletという時代になっていたわけです。

企業で用いられる社内システムにもServletは多く採用されました。

理由はいろいろ挙げれると思うのですが

というのが大きな理由だろうと思います。JSPというテンプレートエンジンを用いてHTMLを整形してWebページを作り出す、というアーキテクチャある意味では便利で簡単でした。

もっともHTMLの表現力に足を引きずられるため、GUIの機能性という点では後退したわけなのですが。それでもメリットが大きいと判断されたのでしょう。というか、まともにGUIを組めるプログラマがほとんどいないから、GUIのシステム開発がなかなか成功しないってのもあったんでしょうけどね。

iアプリ Javaアプリ EZアプリ

2000年あたりというと携帯電話の普及も取り上げなければなりません。現代のスマホガラケーに比べれば非常に機能は貧弱で、まさに携帯「電話」でした。要するに電話とメールぐらいしかできなかったんですね。

そこにdocomoiアプリJフォン(ボーダフォンを経て現ソフトバンク)のJavaアプリ、auのEZアプリという携帯電話上でちょっとしたアプリが動くよ!というのが乗るようになってきたんです。これがJavaを組込み用途にコンパクトにしたJava MEというものが土台となっていて(正確にはiアプリちょっと違う)Servletと並ぶJava言語の大きなもうひとつの領域となっていました。

iアプリは当初は容量が10k byteまでといった制約があり、容量制限が非常に厳しかったのですが、新機種が出るたびに容量は緩和されていきました。

docomoiアプリ含めiモードによって一世を風靡します。こうした土台を作ると、その上で商売をしたい人がたくさんやってきて、勝手にコンテンツを作ってくれる。docomoはそれらから手数料を取るので労せずして大金を稼げるというわけです。賭場の胴元というわけです。

この賭場が、将来にAppleiPhone, GoogleAndroidに荒らされることになります。docomoがなかなかiPhoneを出さなかったのもiモードという自前の賭場を失うことを良しとしなかったためです。金づるを失ったdocomoSamsungと組んで独自の携帯向けOSであるTizenの開発に乗り出します。そんなTizenですが鳴かず飛ばず。噂ではインドあたりではリリースされたとか、なんとか。

RIA時代

話を2001年に戻しましょう。

Microsoft離反でGUIのプラットフォームとしてのJavaというものは存在感を弱めていました。この分野の復権に寄与したのはJava 1.4 (2002年2月6日)で導入されたJava Web Startです。

Java Appletブラウザ埋め込みで動作したのに対し、Java Web Startではブラウザから起動しつつも独立したアプリとして起動するのです。

Webシステムが企業の社内システムに採用された話は先に述べたとおりですが、やはりWebシステムのGUIというのはHTMLに引きずられて貧弱だったんですね。

端的に言えば入力値が数字かどうか?みたいなチェックがなかなか難しい。HTML上でJavaScriptでやるわけなんですが、なかなか気持よく入力できるような感じにはならなかったんですね。

また、Ajaxによるブラウザのページ遷移を伴わない通信というのが出てきたのも2005年ぐらいなので、入力値に対してサーバ問い合わせするようなことはできなかった。当時だと一旦画面遷移させないとできなかったわけです。

こうした事情から、クライアントサイド、要するにPC側でもっとリッチなUIが使いたい!という要望があったわけです。Webシステム使いにくい!という不満の噴出と言ってもいい。そこで出てきたのがRIA (Rich Internet Applications)というわけです。

Javaは1.0時代のAppletからそうですが、ネットワークを介して別のPCにプログラムを送り込み、そこで動作させるという能力を持っていました。それこそまさにRIAに求められる機能性だったわけですね。

RIAの代表とされるのは

あたりです。三つ巴の戦い、どこに軍配が上がるのか!?と注目されましたが、勝利したのはHTML / JavaScriptでした。

Google MAP で注目を浴びたAjax技術、それまでブラウザでは不可能と思われていた高級なGUIをHTML / JavaScriptで実現させました。もうやめて欲しいですよね。せっかく脱ブラウザの流れが来たと思ったのにまたWebシステムに逆戻りですよ。

RIAが失速した理由として考慮して置かなければいけないのはスマートフォンの台頭です。RIAでは端末を選ばずどこでも同じアプリが動かせる点がポイントひとつでしたが、スマートフォンではそうは行かない。"Write once, run anywhere"を破壊したのはスマートフォンだったというわけです。

しかし、先日インストールなしでアプリを実行するAndroid Instant Appsが発表されたりしまして、結局RIAの思想といいますか、要求というのは今でも息づいているのだなと思った次第です。

Java 5 (2004年9月30日)

1.3 / 1.4 では機能追加はあっても言語構文が大きく変わることはありませんでした。大きく変わったのはJava 5です。この時からバージョニングが変わって1.5ではなく5と表記されるようになりました。

Java5の特徴はなんといってもジェネリクス。それまでjava.util.Listにデータを出し入れするのにはキャストが必須だったわけですが、ようやくキャストから開放され型の安全度がぐっと高まりました。その他に以下のような変更があります。

言語としては随分変わっったわけですが、もうかれこれ10年以上前のことですからこれらの機能が「Java5から導入された」という知識は今となってはあまり必要とされません。これらの機能が使えないJava 1.4で開発をする事案が殆ど無いからです。0ではないのが悲しいところではありますが。

その後

Java 6 (2006年12月11日)がリリースされた後、Java 7 (2011年7月28日) が出るまでJavaは停滞してしまいます。その間にSun Microsystemsという会社がなくなってしまったためです。

Sun Microsystems の経営状況が悪化しており、ついに身売りをすることになりました。身売り先はIBMともGoogleとも噂されましたが結局2010年1月27日オラクル吸収合併されました。

Javaの停滞中にはJava VM上で動く非Java言語も台頭してきました。Scalaなどですね。

やや戻って2007年Androidが発表されます。Androidの開発言語にはJavaが採用されていますが、実行環境はJava VMではなく、ライセンス的な事情でJava(TM)は名乗らない微妙な位置関係にあります。

Java 5 以降で大きく言語仕様に手が入るのは Java 8 (2014年3月18日)です。並列処理を行うためのStream APIと、そのために簡易に関数を定義するためのラムダ式が導入された点が大きいですね。日付APIも刷新されました。

このように、Javaは1.1の黄金時代から今に至るまで利用ジャンルを転戦しながら産業の土台となって支えてきた歴史があります。ジャンルの趨勢により浮き沈みもあります。今後についても決して楽観視はできないでしょう。Javaを学ぶことはプログラミングを学ぶステップとしては意義はあると思いますが、Javaを学べばゴールというわけではありません。プログラム言語次世代へと移りつつあります。業界動向には注視していきましょう。

2016-06-16

年収1300万になって思うこと(ITエンジニア

■ 経緯

リーマンショックの時に26歳で新卒

 

1年目  100万 新卒3ヶ月で不本意ながら退職個人事業主ニート

2年目  240万 バイト

〜中略〜

一昨年 380万 2社目

去年  580万 3社目

今年  1300万 フリー(※年収じゃなくて年商、なお借金200万)

 

 

■ 思うこと、意外だったこと、気づいたこ

 

・思ったより幸福度が薄い

・周りの反応は変わらない(そもそも知らない)

・飲みに行く暇もないので、奢ることもない

・というかぼっちすぎて不安になる

医者弁護士くらいの稼ぎらしいが、医者弁護士ほどに偉い感じがしない

IT業界って正社員メリットが無さすぎな気がする

大企業や安定を信じないで実力主義を貫いてきたが、多分間違いだったと思う。自分場合ゴリ押しただけ

大企業でのほほんとしてる奴ら、楽しそうだなと傍から見てて思う

・まあどうせ受からないんだけど

・受からなかった会社の奴らより給料高いのは少しだけ溜飲が下がる

・でかい組織というのは本当に煩わしい、何であいつらは出世ゲームを作りたがるのか

FF7マスターしたぜんたいかマテリアを売った時の不思議な虚無感を覚える

・5年後も1000万以上稼いでる自信がない

・常に求人チェックしてるが「チームリーダー 600万〜800万」とか書かれても上限からして今より下でなんとも言えない気持ちになる

・高時給バイトメールが来ると「いいなこれ!行きたいな!!」と思う

・いい会社があれば正社員に戻りたいが、いい会社がない

・今に限ったことではないが、仕事以外が進捗ゼロすぎる

・同じくらい稼いでるITエンジニアは大体私生活破綻しててどうなのと思う

・でも結婚してる奴は幸せそうに見える

・さっさと法人化したほうがいいよと言われるが、昨日の今日すぎて何とも言いがたい

不労所得がほしいと思ってサービス作りを頑張る → 不労じゃないんだよなあそれ

・3000万くらい稼ぎたいけど普通に働いてるなら無理だ

グリーン車高い、タクシーとか無理 ← 貧乏性??

・移動時間もったいない、この移動時間があれば◯円稼げるのに!と思ってしま

・はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり 意味:働きまくると時間がなくなるから楽どころか辛くなる(違うか)

金持ちキャラはやっぱ資産家じゃなきゃ無理だと思う(金持ち時間がある+派手な遊び)

お金とか年収とかって、ゲームで言うところの点数やレベルみたいに思ってたけど

 そんないいものじゃない気がしてきた

・稼ぐというのはあくまで長期戦で、短期でバッと上がっても大したことがない

社会的信用度は、1000万のフリーランス<<<300万の正社員 という現実

給料が高いところ=成長できる場所 とは限らないので、高年収を保つには高いところに居続けてはいけないという矛盾が生じる

・そのおかげで「3年は同じ会社で頑張れ」とか言いつつ自分は1年で転職してる

・たぶんだけど、事業タイプの人は途中から金を使うより稼ぐほうが楽しくなってくるのではないだろうか

タックスヘブンはまだ興味が無い

・2500万以上稼いでる人が日本に15万人以上居るらしい。キモい

・1000万は、アメリカITエンジニアだと底辺クラスキモい

年収変動が大きすぎて、普通感覚が持てない

・億の遠さを感じる

・多いと言ってもせいぜい3人分くらい、無力感がある

・どこまでいつまで頑張ればいいのかいまいち分からない

年収というのは個人の頑張りや優秀さと別の要因が大きすぎてどうかと思う(特に最近

・BIって程度によっては有りなんじゃないかな、と思いつつ別にどうでもいい

ITエンジニアの一番美味しいところは、エンジニアでありながら様々なビジネスに関われるというコンサル的な面も含んでいる点だと思うが、

 これをきちんと活かしているエンジニアは3%も居ない

・「あー金ほしい」という口癖が言いづらくなった 最近はもっぱら「あー死にたい」とつぶやいている

納期が怖い

1月あたり手取り換算で70万くらいだと考えると、PCをホイホイ買うのは躊躇われる

年金を信じないとすると、月20万くらい貯金しないといけないと気づいて絶望する

・「人月は入れ替えてはいけない」は知ってたが、金と時間も入れ替えちゃいけないと気づいた。両方大事

年収の1/4を家賃に当てるなんて不安でできない→結果平均的な暮らしになる

 稼いでる人が貯めこむ理由が分かった気がする。重要なのは将来に対する不安の解消だ

・1000万目指すより600万で幸福を追求した方がいいと思う

しか仕事の虫になって、全力で成長していないと600万を保つのが厳しい

 仕事の虫になって全力で成長を目指すと600万など越してしまうが不幸になる

 バランスが難しい

金もらってもコンビニ弁当、他に選択肢がない

2chの有名トレーダーとかもカップ麺食ってるよね

・結局のところ、いい商品というもの規模の経済限界まで安くなるから、良いものは基本常識的な値段になる

・つまり金が増えても生活の質は大して上がらない(これは誰でも高品質享受できるわけで、良いことだと思う)

・でもライザップとかああいうのに少し興味が湧く(でも高すぎて引く)

お手伝いさんってどうなんだろうと検索したが、そもそも部屋が荒れ放題で任せられない

健康は金で買えないという言葉の重みを感じる

 まあ金無くても不健康なんだけど

・昔、「金額とか貯金を気にしなくても生きていけるくらいに稼ぎたい」と思ったが、まだそこまで至れていない

・ちびっ子とくだらない遊びがしたい

・世の中、貧乏暇有りと金持ち隙無ししか居ないなら、一体誰が幸せなのかと思う

あんハピ♪ 泣ける