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はてなキーワード: 性質とは

2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325102024

例えばLGBTで苦労してる人がいます!というニュースを読んで「はーなるほどねー大変そうだなー、んじゃ次」くらいの温度感の連中が大多数だというのに、LGBTで苦しんでいる人たちがいるというのにお前らはそんな無関心でいいのか!って散々やってきたのがはてな界隈だったろーが。

いやーそれは違うだろ。ハテナブックマークは「ソーシャルブックマーク」だ。それぞれは個人々々の関心事であって「俺はLGBT問題に関心があるな」と表明しているにすぎない。それは別に「お前もLGBTについて関心を持て」とは全然違う。ソーシャルブックマークという性質上それが積み重なるとLGBT話題が大量にホッテントリに出るだけの話だ。「はーなるほどねー大変そうだなー、んじゃ次」でいいんだよ。それを「お前らはそんな無関心でいいのか?」との無言の圧力に感じるならそれは自意識過剰だ。



もちろん「この問題みんなの問題として考えなければいけない」という人もいるだろう。事実そういう問題もある。でもそんなの「ほーん、知らん」でいいんだよ。

無視するか、これに反論するとしたら「その問題別にみんなの問題ではない」と返せばいい。そしたら相手も「いや、これはみんなで考えなければいけない問題だ」とかなんとか返ってくる。それでも知らなくていいと思うなら知らんがなでいい。



で、同様に。お前は「爆サイは知っておかなければいけない」と思うわけだろ。それに対してハテナ民の最多の返信は「知らなかったわ」という答えだ。これは「知らなくていいだろ」という意味合いとは全然違う。

知らないこと自体は悪ではない。今回それを知って「はてサあたりは自分たちが救おうとしてる人種がどんなもの確認したらいいと思う」という部分にも反応して★がついてるんだから、知らなくていいと思ってる人なんてハテナ民の中では少数だよ。

これ右でも左でも割とあるけど「一部を抜き出しているに過ぎないのに、それが全体の総意であるかのように受け取る」って良くないよ。主語がでかいってやつだ。


あと「言わなきゃわかんなかったか?」というのはその通りだ。そりゃこっちの読み取る能力も低かったけどさ、もうちょっと最初から行数多く色々書いてくれよ。少ない文章バカだアホだを主語にされたら内容が認識しにくい。

http://anond.hatelabo.jp/20170324144539

幼児子供を作れないかロリコン生物としておかしい」とか言い出すと

同性愛者はもちろんダイエットする女性徹夜で騒ぐパリピもおかしいことになるので

生物本来性質(これもたいてい素人妄想だが)」と「社会的善悪好悪」は切り分けたほうが良いですよね。

2017-03-24

うちの子供達は片付けをよくするのだが……

それが生まれつきの性質であるかの様に言われ、他人から羨ましがられる事がとても多い。

それが私はちょっと悲しい。


片付けをちゃんとする様にしつけるの、結構大変だったんだけどな……。



自己満足の為に、ここに私が子供達に片付けをさせる為にした事やしなかった事を書いていく。(超長い)

まり誰かの助けになったり参考になったりはしないのだろうな。



オモチャの沢山ある子育て支援センターに通った。

何故かというと、上の子が生まれたばかりの頃は家にあまり物が無かったから。従って片付ける必要が生じなかった。

支援センターには、自分で使ったもの自分で片付けるというルールがあるから、親の私としても子供が中々やる気出さないからといって妥協する事は出来ないし。


・あまり予定を入れず、時間に余裕のある日々を過ごした。

まり経済的に余裕があるとは言えないのだが、専業主婦となった。時間に追われないで子供相手出来るのって気が楽でいい。


・お片付け習慣開始は子がまだハイハイもしないうちから

まだ腰が据わって間もない子のおててに使った積み木を持たせて「さぁ、お片付けしましょうね~」と声をかけ、抱っこで積み木箱の所まで連れて行き、子の手を取って積み木を箱に入れさせる。という感じ。はたから見れば赤ちゃん使っておままごとをしている様だったろう。

子供の見ている前で子供が使った物を片付けないようにした。

見られたら「ママがやってくれるのが当然」と学習されるだろうからソースはない。


おかたづけのうたを作詞作曲した

既存の歌でも良かった気がする。

私自身が幼稚園児だった時、担任先生が片付けの時間中ずっと「おかたづけおかたづけ~、さぁさみんなでおかたづけ~」とリズミカルに手を叩きながら歌っていたので、それを真似た。

ちなみに小さい子供は「おかたづけ」と発音出来ないし聞き取れもしないっぽかったので私は自作おかたづけのうたを「ナイナイあそびのうた」と呼んでるし、歌詞でも「おかたづけ」という単語代用として「ナイナイ」という単語を使っている。余談だけど中国語で「ナイナイ」といえばおっぱいの事だと聞いた事があるのだが、本当だろうか。

ちょっと恥ずかしいが、支援センター児童館など人前でも自作おかたづけのうたを歌ってた。

ママが「ナイナイあそびのうた」を歌い出したら片付けして帰る合図。



・掛け声手拍子子供鼓舞する

子供が歩ける様になりなり、自分オモチャを持ち運ぶ事が出来る様になると、片付けの最中子供が急にやる気を無くしたり別の事に気を取られたりするということが起こる様になった。なので手拍子と掛け声で子供意識をお片付けに引き戻す必要があった。

ナイナイ!(パンパンパン

ナイナイ!(パンパンパン

ナイナイ!(パンパンパン

( ゚∀゚)o彡°

( ゚∀゚)o彡°

( ゚∀゚)o彡°

「片付けなさい!」と叱ると泣いて愚図るだけだが、こうしてエールを送ると不思議と頑張る子供達。

うそう、初期から「片付けましょうね~」と声かけはしていたのだが、子供達は「片付けをする」という言葉意味を中々覚えなかった。上の子は年中さんになってやっと、「これ片付けてね~」だけでも動く様になった。


・指示は具体的に

繰り返すが子供は「片付けて」と言われてもその意味することがわからない。

「片付ける」という単語意味を覚えて貰う為に、まず子供聞き取り易く発音やすい「ナイナイ(無い無い)」を用い「ナイナイしようね~」と声をかけ、「お片付けしようね~」に移行していったが、それを言っただけでは子供はどうしたらいいのか分からないので、

「○ちゃん(子)がおててに持ってるこの積み木を、この箱にポンしてね」

などと指示する。

(「入れてね」じゃ分からないみたいだったので「ポン!」と投げ入れるのを実演してみせ「ポンする」を覚えさせた)


・一人で片付けさせない

一歳位の子供に自主性は期待出来ないと私は思う。なので子供と一緒に私も片付けをした。

子供が途中で嫌がったら、

大丈夫!ぜったいできるよ!」

と言いつつ(子供にというより私自身への言い聞かせである)、手に積み木を握らせて、手を繋いで積み木箱まで子供と行き、子供手を取り積み木を箱に入れさせた。



子供自主性が出てきたら、余計な手出しをするのは止めた。

子供が片付けを頑張っている最中は、

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

ナイナイ( ゚∀゚)o彡°

と励ましながら見守っていた。


すると、しばしば面倒見の良い保育士さんやよその子保護者さんが「あっいいですよ~わたしがやります~」と片付けてくれようとする事があるのだけれど、すかさず

ありがとうございます。でも子供やらせて下さい」

とお願いした。相手に怪訝な表情をされたら「うちの子、今、何でも自分でやりたいお年頃なんです~☆ミ」と言うと、皆気持ちよく納得してくれる。


・やりとげたらめっちゃ誉めまくった。

「すごーい!」

「全部出来たね!」

「パーフェクトだよ!」

などなど。

しか

「さすが女の子だね~」

お姉ちゃんだもんね~」

とは言わない。片付けは女がするものだと思われない様にしたいから。



あと「お姉ちゃんだもんね~」と言われると上の子は嫌な顔をする。下の子の姉という立場負担に思うらしい。

でも、

「さすが○ちゃん!もう○歳のお姉さんだもんね!」

というと、逆に誇らしげな顔をして喜ぶ。「大人のお姉さんみたいだね!」も有効な誉め言葉だった。

ありがとう、本当に助かったよ!」

感謝言葉も忘れずに。

http://anond.hatelabo.jp/20170324222517

「~という設定を用いたフィクション」なので成立してるが。

科学的な空想にもとづいたフィクション総称

SFにおけるニュー・ウェーブ運動参加者は、「SF科学小説ばかりではない」という見解からSFサイエンス・フィクションの略ではなく、スペキュレーティブ・フィクション思索小説)の略だ」と主張。



サイエンス・フィクション定義は、幅広いサブジャンルとテーマを含むために困難であるデーモンナイトはその困難さを「サイエンス・フィクションは、その時にそう呼ばれたもの」と述べた。ウラジーミル・ナボコフは、仮に厳格な定義をするならば、シェイクスピアテンペストサイエンス・フィクションに違いないだろうと述べた[9]。

ロバート・A・ハインラインは、「読むことのできる大半のサイエンス・フィクションの手軽で簡潔な定義は、過去現在現実社会や、科学手法性質重要性の十分な知識に基づいた、可能未来出来事に関する現実的な推測」と述べた[10]。ロッド・サーリングは「ファンタジー不可能な事を起こりそうに描いたものサイエンス・フィクションは起こりそうも無い事を起こりそうに描いたもの」と述べた[11]。アイザック・アシモフ著作で、単に宇宙船宇宙人が登場するのがサイエンス・フィクションではなく、価値観の転倒による驚き、すなわちセンス・オブ・ワンダー必要と述べた。

長山靖生は、SFの成立は「新しくて古い。遡ればどこまでも古く、人類想像力の始まりの地点」までも遡れるとし、「オデュッセイア聖書日本なら古事記竹取物語SFとして読む」ことも可能とした上で、このジャンルを厳正に定める者は1920年代ヒューゴー・ガーンズバックSF専門誌アメージングストーリーズを発行した時期)を成立とするのが常例とした

これは要するに未定義ということなんだが、物語性と野合している、という話は特に書かれていないな。

2017-03-23

オラオラしている男子と本気で向き合う

いわゆる『自称オラオラ系』を愛そうと試みて三ヶ月が経過した。

ちなみにこの自称スタンド使いとは以下と以下に近いの発言をする人々をやんわりと含む。

「裁くのは俺のスタンドだー」「やれやれだぜ」「間抜けは見つかったようだな」「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラー」

この手の発言をされると、そこそこ好印象を抱いていた人物に対しても熱がヒューっと下がるようにウンザリしてしまうので、

そっと距離感をとるように心がけて生きてきた。

何故なら、このセリフを吐く奴のスタンドは近距離パワー型だから

10代ならばこの発言を許そう。

だが20過ぎてこれを主張するのは、近距離パワー型のポジション自称して置くことで実は過剰なスタンドとしての性を意識している他ならず、

その過剰な自意識が見ていて痛々しい。何故そこまで、自分本質客観視できないんだ…。

で、かなりの高確率オラオラしてるやつは他人なり身内なりとすぐモメる。

で、「こんなおれにも はき気のする「悪」はわかる!!「悪」とは てめー自身のためだけに弱者を利用しふみつけるやつのことだ!!」とかいう。

吐き気のするって言ってるオメーが一番吐き気のする要因なんだよ、とは誰も言わない。みんな大人から

そうやって、自称スタンド使い自分さらスタンド使いだと盲信を深めていく。

だが、とある日ふっと

何故ここまで自分自称スタンド使いを憎んでしまうのか。

親の仇のごとく自称スタンド使いを蔑んでしまうのは、自分にも近い部分があるからではないのか。

自称スタンド使いによく分からない因縁つけられ絡まれたりした経験もあるからだと漠然と思っていたが、

しかしたら自分の中に『自称スタンド使い』と同じ魂というか、近い性質を抱いているので、

ここまで無邪気という名のアケスケの下に、スタンド使いを名乗れる彼等がどこかで羨ましいのではないか

彼等はある意味本物の〝天然〟だ。

全くオラオラなどしていない、むしろ花京院っこい性質全開なのに、自分合理的と称し得体が知れない「男脳」と名乗れるほど。そんな自分をつゆほども疑ってはいない。

ある意味「なりたい自分」になっている。自己申告で。

魂は限りなく自由だ。

そんな姿を見ていると、自分がもしかしたら…万が一その橋を渡って彼岸に行ってしまうのではないか…または既にそう他人から思われているのではないか…と恐れ、

身震いし、彼等を憎んで蔑んでしまうのではないだろうか。

一大決心をして、その手の人を憎むのをやめてみた。

たまたま仕事で知り合った自称スタンド使い海洋学者(同い年)と積極的距離を詰めてみた。

飲みにも行ってみた。

「酒飲めない女の子には、きつすぎるぜ」

みたいな痛々しい発言にも、穏やかに微笑んだ。

三ヶ月の検証結果を知りたいかい?

LINEブロックされたよ。

一緒にディオに挑んでボコボコに殴られた彼をとりあえず何とか救急車に押し込んだが、その後どうやら救急車内でディオの血をジョセフに輸血したらしい。

彼はスピードワゴン財団で身柄を確保され、超特急ホリィの元へ帰ることになる。

「てめーは俺を怒らせた」

が、自分LINEブロックされた理由だ。

でもLINEブロックしていただいて、むしろものすごくホッとしてる自分がいる。

人を愛しぬいて得た結論だ。

清々しい朝だ。




http://anond.hatelabo.jp/20170323153637

サバサバしている女子と本気で向き合う

いわゆる『自称サバサバ系』を愛そうと試みて三ヶ月が経過した。

ちなみにこの自称鯖系とは以下と以下に近いの発言をする人々をやんわりと含む。



「私性格が男なんで」「男脳の持ち主です」「根はオヤジなんで」「黙ってればモテるっていつも言われる」



この手の発言をされると、そこそこ好印象を抱いていた人物に対しても熱がヒューっと下がるようにウンザリしてしまうので、

そっと距離をとるように心がけて生きてきた。

何故なら、このセリフを吐く奴らが超高確率地雷から

20代ならばこの発言を許そう。

だが30過ぎてこれを主張するのは、男性寄りに自分ポジション自称して置くことで実は過剰な女としての性を意識している他ならず、

その過剰な自意識が見ていて痛々しい。何故そこまで、自分本質客観視できないんだ…。

で、かなりの高確率サバサバしてるやつは他人なり身内なりとすぐモメる。

で、「本当、ドロドロしてるヤツってメンドくさい。自分サバサバしてるからそういうヤツってすぐ切っちゃう」とかいう。

メンドくさいって言ってるオメーが一番メンドくさい要因なんだよ、とは誰も言わない。みんな大人から

そうやって、自称鯖は自分さらに鯖だと盲信を深めていく。



だが、とある日ふっと

何故ここまで自分自称鯖を憎んでしまうのか。

親の仇のごとく自称鯖を蔑んでしまうのは、自分にも近い部分があるからではないのか。

自称鯖によく分からない因縁つけられ絡まれたりした経験もあるからだと漠然と思っていたが、

しかしたら自分の中に『自称鯖』と同じ魂というか、近い性質を抱いているので、

ここまで無邪気という名のアケスケの下に、サバサバを名乗れる彼女達がどこかで羨ましいのではないか

彼女達はある意味本物の〝天然〟だ。

全くサバサバなどしていない、むしろネチっこい性質全開なのに、自分合理的と称し得体が知れない「男脳」と名乗れるほど。そんな自分をつゆほども疑ってはいない。

ある意味「なりたい自分」になっている。自己申告で。

魂は限りなく自由だ。

そんな姿を見ていると、自分がもしかしたら…万が一その橋を渡って彼岸に行ってしまうのではないか…または既にそう他人から思われているのではないか…と恐れ、

身震いし、彼女らを憎んで蔑んでしまうのではないだろうか。



一大決心をして、その手の人を憎むのをやめてみた。

たまたま仕事で知り合った自称鯖のキャリアウーマン(同い年)と積極的距離を詰めてみた。

飲みにも行ってみた。

「酒飲めない女の子とはさ、結局本当の友達になれないよねー」

みたいな痛々しい発言にも、穏やかに微笑んだ。



三ヶ月の検証結果を知りたいかい?

LINEブロックされたよ。

一緒に飲んでてベロベロに酔っぱらった彼女をとりあえず何とかタクシーに押し込んだが、その後どうやらタクシー内で暴れた彼女を、運転手さんがすみやかに最寄りの警察連行したらしい。

彼女警察で身柄を確保され、警官監視下で一晩を明かすことになる。

友達なのに泥酔してる自分を見放して放置した。ひどすぎる」

が、自分LINEブロックされた理由だ。

でもLINEブロックしていただいて、むしろものすごくホッとしてる自分がいる。

人を愛しぬいて得た結論だ。

清々しい朝だ。

http://anond.hatelabo.jp/20170323051122

大前提として、本来ツイッターSNSではない。

SNSとして使う人も多いとは言え、そうではない人もかなりいるってのも現実から

SNSとして不適切発言が沢山見られるのはもうツイッター性質問題であり、社会がどうこうではないようなきがする。

あいや、本当にSNSであるサービス上でそういう発言しても咎められなかったってことを武勇伝としてツイッターで語ってる人が

たくさんいるとかそういう話だったら違うことになるだろうけど。

母を幸福にしてくれない宗教が嫌いだ。母を幸福にできない自分も嫌い

私は某宗教三世だが、某宗教死ぬほど嫌いだ。

親戚の手前、はっきりと口に出せずにいるが、信者との接触のたびに腹わたが煮えくり返り、その日、一日中気分が悪い。

うちは祖母が熱心な信者で、他宗教には排他的他者にも信教を強制しようとする、ネットで語られる新興宗教信者体現したような存在だった。独善的独裁的で他者反論を許さな祖母が私は大嫌いだった。

娘の母は二世で、家庭環境から価値観としての信仰はあるものの、他者布教はしない消極的な(熱烈信者からはよく思われないタイプの)信者だった。祖母とは真逆のやさしい人で、私は母が好きだった。

私自身は記憶もないうちに入信させられた三世で、新年に謎の会館で数珠で遊んでいたり、自宅で行われる謎のイベントに参加した記憶はあるものの、物心つくと次第にその慣習が疎ましくなっていた。

思春期を過ぎた頃には、内心では完全にアンチと化しており、会合の誘いはのらくらと断り続けたし、選挙活動もその場は適当に応じながら、絶対に票は投じなかった。

近所で信者挨拶されるたびに苦笑いと胃のムカムカが止まらず、挙句の果ては、当てつけのようにこれまた新興宗教の某証人の話に耳を傾ける始末だった。

この憎しみにも近い激しい感情がどこから来ているのか、ずっとわからなかった。

私は「母を幸せにしてくれない」から宗教が嫌いだった。

そして、私は「母を幸せにできない」自分も嫌いだった。

母は数十年、うつ病に苦しんできた。

うつで寝込んでいる母を、祖母信心が足りないとなじり、私に母のために信心するよう強制した。

祖母への反発が強かった私は、祖母の前では頷きながらも、絶対に祈らなかった。

私が祈らないから、母は治らないのかもしれない。

母のために祈れない私は冷たい人間なのかもしれない。

私が母を不幸にしているのかもしれない。

私は「母を幸せにしてくれない」宗教を憎むことにした。

「母を不幸にしている」自分を憎む代わりに。

私は「宗教」というフィルターを通して、「自分」を憎んでいた。

宗教を憎めば憎むほど苦しくなるのは当たり前だった。

自分罵声を浴びせ続けるようなものだったからだ。

私が某宗教を嫌いながら、表面上それを表に出せなかったのは、私の行動の責任が母にまで及ぶことを恐れていたからだ。

私が脱会することで母が信者内で悪く言われるかと思うと絶対脱会できなかった。

玄関先に挨拶に来た議員候補を追い返したかったができなかった。

宗教を捨てることは、母を捨てることだった。


幼い子供は親が怒っていたり悲しんでいたりすると、自分のせいだと思い込む性質がある。

両親が不機嫌だったり、落ち込んでいたりする家庭で育った子供自己肯定感が低くなるのはそのせいらしい。

親を幸せにできなかった挫折感は、「自分は人を不幸にしている」という呪いになる。

殆どの人は、その呪いに気づけないまま、一生、謎の生きづらさを抱え込む。


私は母の幸福を諦めることにした。

引っ越したら脱会届を書くつもりでいる。

結局、私は母を捨てたのかもしれない。

2017-03-21

はてな初心者への備忘録

1.はてなは頭の悪いサイトです

はてなを頭の良いサイトだと思って使うと痛い目を見ます2chニコニコよりも馬鹿だと考えておいた方が安全です。



2.はてな意見は偏っています

はてな住民は先導されやすい、自分たちの考えに固執する、新しい考えを受け入れない、負けを認めたら死ぬと思っている、等のどうしようもない性質を持っていますはてな多数派意見世間ではかなりの少数派であることはよくあります。そしてそれらが大間いであることにはてな住民けが気づいてないない素敵な事態が発生してることもあります。気をつけましょう。



3.はてな成功するのはまず無理です

一部のアフィリエイター互助会で上手くいったりしてますがあれはほんの一握りです。そんな事を夢見るぐらいなら競馬場10万円大穴に突っ込んで当たらなかったら諦めて普段仕事勉強に戻った方がよっぽど人生をまともに使えています



4.はてはにいても頭は良くなりません

役に立ちそうな情報や優秀なエンジニア活躍等が次々に流れてくるのではてなにいると成長できそうな錯覚を覚えるかも知れませんが、それはありえません。成長したいならあとで読むを増やすのに使う時間勉強しましょう。成功したエンジニアはてなをやっているから成長したのではなく、仕事勉強をしたから成長したのです。勉強をするのにはてなはあまり役に立ちません。



以上の4つは絶対に覚えておいてください。そして絶対に忘れないでください。

http://anond.hatelabo.jp/20170321140349

よくわからない人間から的はずれかもしれないけど

「正しいか正しくないのか」ってんは事実関係のことで、それと感情問題はべつなんではないの?

豊洲の件で「安全ではあるが安心できない」ってのあるじゃん

元増田はこの例を使えば、「安全です!」としか(仮のその説明論理手であろがなかろうが)言ってないから、安心できない人をキレさせてるんでないか解釈したが。

感情論理を分離できない性質人間案件って感じか。

ファン」とはどういうものか。あるいは、そうなれない人の思考

とあるファンブログを見ててまさにこれだな、と思ったので。

思うに、ファンと「ファン」は重なり合いながら共存している。

 

例えば、デレステルームアイテムとして太鼓の達人の筐体が実装される。

 

ここで、「ファン」なる性質もつ人は、これをおっとりした智絵里に叩かせて、

大空直美(智絵里中の人で、太鼓の達人が上手い)が降臨してるwwwフフフ…」とニヤける。

ただ、そうやってニヤける人も、実は分かっている。

ルームアイテムアクションが1パターンで、どのぷちデレラがプレイしても機敏に弾きこなすということを。

そう分かってもなお、やはり「趣深いな…」と感じられている。

 

その一方で、「ファン」の性質に欠ける人は、何パターンかあると思うが、

  • そもそも、興味を深く広く拡大していくような習慣がない等で、中の人ネタを知らなかった。
  • 知っていたとしても、脳内中の人など、別の事象(時に時事なども)と連結して楽しさを見いだす回路が鈍い。

複合的な楽しみ方を、「こじつけだ」のように冷笑的に捉えがち。

脳がシリアル処理なのか、それ単体としての評価をするのが美徳のように捉えている所がある。

上の例でいうと、「なんで1パターンなんだ、クソだな」「もっと作り込めよ」「好きだからこそ批判してるんだ」などと思いがち。

期待度はやけに高いし貪欲なのだが、楽しんでいる人たちの受け止め方を見せられても、

信者乙」という感情が先にきてしまい、「それはそれ、これはこれ」と忠告目線を変えない。

彼らも、別に批評家ごっこがしたい訳ではなく、楽しもうという気はあるのだと思う。

ただ自分の思ったとおりに楽しませてもらえないことに対して許容範囲シビアだ。

 

それで、2ちゃんだとかtwitterだとかのネット上のファンコミュニケーションの場において支配的になるのは、

どうしても後者のような捉え方になる。コミュニケーションが広く活発になるほどそうなる。

それはもうどうしようもないことなのかもしれないが、

前者のような「fun」の姿勢

日本語でいうならば「おもしろき こともなき世を おもしろく 住みなしものは 心なりけり」

という発想の人の肩身が狭くなって、ブログで一人つぶやくだけの世界になるのはつらいなあと思う。

 

ファンの中にも「ファン」と、そうでない人がいる。

それを肝に銘じながら、これからどんな娯楽に触れるときにも、「ファン」側の壊れやす感覚に寄り添っていきたいと個人的に思う。

まあでも、そんなに難しく考えることもないんだろう。

娯楽は楽しむためのもので、楽しさは相対的感覚

絶対的な正解の表現はないし、どんな受け止め方をする人がいてもいい。

それだけ忘れなければ傲慢にはならないで済むし、楽しめない自分に幻滅してしまうこともないだろう。

fun」に至るほどにチューニングが一致する、というのは幸運なことだ。

 

 

余談だけども、某橙色はてな村民の、李徴と袁傪の新作漫画もさっき拝読した。

李徴は、映画前のCMを「これはこれ」として評価したのではなくて、

映画体験」の一部として複合的に、次回への期待も込めて(時系列も含めた複合性)受け取ったかポジティブに楽しめたのだろう。

袁傪は映画通のように思える。通になると一つひとつのパーツにこだわって見るようになりやすい。

それゆえに楽しめなくなってしまう。ありがちだけれど、

それを克服できるほどメタ感覚をもって邁進していける人というのはあまり見ない。

というか、それが出来た時点で人から見えなくなるのかもしれない。

袁傪のような通の認識を持ちつつも、総合的な心情としては李徴のように振る舞えるというのが、私の理想だ。

[] #19-1「謝罪謝罪

父が働く会社での話だ。

父の会社にはシューゴという人がいて、この人は会社の顔とも言うべき立場にある。

ただ、この人の言動ヘイトを広めやす性質があった。

大抵の場合はこの人の性質だとして見過ごされることも多いのだが、今回は少々大事になったらしく弁明の場を設ける必要があった。

だが、その必要性に疑問を抱く人もいたのである

当事者であるシューゴさんだ。

はいっても、もはや場は設けられており、今さらなかったことにするのは難しい状態だった。

周りから囲み、そういう状況を作り出さなければ、シューゴさんは世間という漠然としたもの謝罪など一生しないだろう。

父の同僚のフォンさんはそれを分かっていたために強攻策に出たのだが、予想以上にシューゴさんは頑なであった。



「俺にはよく分からない。確かにクライアントには申し訳ないことをしたと心から思っているが、そのクライアントに対しての謝罪と賠償は済んでいる。この場を設ける意味が分からない」

シューゴさんは、別に謝罪すること自体が嫌だと愚図っているわけではなかった。

ただ、わざわざ不特定多数人間に向けて謝る必要性が、彼には理解できなかったのだ。

そんなシューゴさんを、フォンさんは必死に説得する。

シューゴさん。謝罪ってのは必ずしも当事者だけにするとは決まっていないんです」

しかしこの期に及んでも、シューゴさんは頑なであった。

頭を抱えながら、フォンさんは父に目配せをする。

説得を手伝ってほしいのだろう。

だが父は静かに首を振って見せた。

ただ、安易に誰の味方をするわけでもない。

シューゴさんが最後まで頑なであるならそれは仕方ないとも思っていたし、結果として考えを曲げるなら、それもまた意思の一つとして尊重するつもりだったのだ。




「俺は一体、誰に対して、何の意味があって、あの場に立って謝るんだ? そしてクライアントでもない彼らは、一体何に対して怒っているんだ?」

シューゴさん。そんなことはワタシにだってからない。というよりあの人たちも、本当のところは誰も分かっていないんです。分かっていないから怒っているんです。だから謝らなければいけないんです」

「滅茶苦茶だ」

「そうです。滅茶苦茶です。でも、そういう滅茶苦茶なことの帳尻を合わせるのも社会の在り方なんです。その帳尻あわせが“謝罪”なんですよ、シューゴさん。何かをやらかしたら、謝る。それが誰であっても、何に対してでも、謝る必要がなくても、です」

父もフォンさんの言っていることが大した理屈じゃないことは理解していた。

しかし、それでも父はシューゴさんの味方も、かといってフォンさんに追従もしなかった。

それを何度か繰り返すうち、とうとうシューゴさんは折れたと言わんばかりのため息を吐き、それと同時にフォンさんの言葉を静止した。

「もういい。酷い理屈だが、それで納得しよう。だが、覚えておいてくれ。俺は申し訳ない気持ちだとか、そんなものは微塵もない状態であの場に立つ。というより、実際問題そうせざるを得ない。傍目には分からないよう臨みはするが。それでいいんだよな、マスダさん」

はい、それで構いません。あーいう場での謝罪ってのは誰も言わないだけで皆そんなもんです」

こうしてシューゴさんの謝罪ミュージカルが幕を開けた。

(#19-2へ続く)

2017-03-20

http://anond.hatelabo.jp/20170320155429

おまえみたいな、人には向き不向きがあることを理解してない低能性質の悪さときたら

それを勉強でなく運動に置き換えたらすぐ理解する馬鹿も多い

というか何故運動やら他の自分の不得意ジャンルで置き換えて思考するだけの知能をもてないんだろうな

お前の取り得は知能なんじゃないのかよっていうwww

ま、学習できたんならよかったよ

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

2017-03-17

矢張り世間流行猛虎弁である

昨年は君の名は。この世界の片隅にポッピンQなどの猛虎弁を扱うヒロイン映画シーンを賑わせていたが、今年もまた猛虎弁を使うヒロインがまた一人スクリーンに登場する。

ひるね姫であるしかして注目せよ。猛虎弁ヒロイン性質を持つ言語としてこれから日本映画で扱われるのだ!

矢張り世間流行猛虎弁である

昨年は君の名は。この世界の片隅にポッピンQなどの猛虎弁を扱うヒロイン映画シーンを賑わせていたが、今年もまた猛虎弁を使うヒロインがまた一人スクリーンに登場する。

ひるね姫であるしかして注目せよ。猛虎弁ヒロイン性質を持つ言語としてこれから日本映画で扱われるのだ!

http://anond.hatelabo.jp/20170317112611

サイト性質にもよるんじゃない?昔から結婚紹介所的な所は、そのへんもう少しケアがある(苦情が多いと退会させられるとか)と信じるが。機械的希望マッチングだけする所は、出会い系+αくらいになっている所もあるのかも。

昔付き合った人からレビューと星付けられる婚活サイトあったら面白いような気もしたが、地獄っぽい気もした。

2017-03-16

数学原理

1・空間を前提とした→の体系


空間を前提とした→(動き)を線で表すと数直線になる。点や円で表すと「リンゴが2個、ミカンが3個」のような例のような感じになる。

「+」は数直線での右への移動。「-」は左への移動。「×」はその存在の個数。「÷」は中に存在がいくつあるか。「累乗」は次元

このような数の体系の問題は、フローチャートのような形で書き記すことができる。

問題では前提か答えのどちらかに条件、というか限定がある事が多い。



2・空間を前提とした○の体系


・○の外側の体系

点、線、面、立体、円や球など。

点や線など、それぞれの越境問題になる事が多い。答えは○という事で、面以上である事が多い。


・○の内側の体系

集合論。表の問題も同じく。



3・空間を前提とした○→の体系


ゲーム理論



4・ネットを前提とした体系


空間でなくネットワークを前提とした体系がある。



0・答えの性質


答えの性質にはディープラーニング結節点のようなものと、フローチャートとその中の集合のようなものがある。

夢小説個人サイト中心なのがそろそろしんどくなってきた

追記:

主語省いたせいでめちゃくちゃ分かりにくい文章になってることにあげてから気付いたごめん。「私」と言っているところや明らかに主観で話している(思うとか)ところ以外は所謂「大きな主語(書いた人の偏見思い込みによる一般・みんな)」で読んでくださいな。

※サーチからたまたま見たサイトブログ記事がわりとあれ(詳細書いちゃいそうだからぼかし)だったのにカッとなりつつ書いてる。せめて説明文は更新してくれや。


夢小説読んだり書いたりするのが好きだからHTMLタグを打つのも好きというわけではないんだよなぁと改めて実感してしまうなど。

サービス規約違反ロックの厳しさえげつなさはもう何年か前からホット話題だし、移転するなり有料に切り替えるなりする方がいいよと言う人は言うし、移転する人はもうとっくに移転してるし、これから移転するよという人もいるだろうけど、人には限界というものがあって。

それが「このサイト規約違反ロックされています」というメッセージひとつでぷっつりキレてしまう人もいるわけで。

そうなる前に「楽しく続けるために」「なるべく早く」なんらかの行動をしてほしいけれど、そうまでして「続けよう」とは思わない人もいるわけで。

そういうことが突然めちゃくちゃ切なくなってしまった。

私はなんとかサイトを作ったし、今もなんとかやってるけど、時々漠然とどうでもよくなるというか、もういいかなとなる時もあるし、それを「せっかく頑張ってサイトを作ったんだから」「もったいないから」となんとかもたせたりもしている。

個人サイトはわりと「頑張って」作らなきゃいけない。

「頑張れる」程度はその人の性質によるし、「個人サイト」や「夢小説」への思い入れにもよる。

「気楽に」「なんとなく」サイトを作ろうかなと思いたって、すぐに簡単に作れるものではない。残念ながら。本当はそうしてほしいのだけど。

かつては「携帯サイト」がそういう「気楽にサイトを作らせてくれる」サービスだったはずなのに。今やその役割は完全に逆転してしまっている。

サービスごとの煩雑独自タグ独自機能、気を重たくさせる過激広告基準の分かりにくい「規約違反への厳しすぎる制裁。何より、他のサービスPCサイトへの移転のしにくさ。

最初携帯サイトサイトを作ってしまたから、余計にめんどくさくなっている、なんてこともあるんじゃなかろうかと思うぐらい。

作品投稿SNSなら、大体は内容を入れさえすればめんどくさいタグをいれたり調整をすることなくすぐアップできるのに、夢小説は未だにその波に完全には乗り切れてない。

名前変換がついているところでも、そこまで流行ってないような気もする。

個人的に某作れるサービスはあれはあれでまた独自文化を作っているように思われるから個人サイトからあそこに引っ越すのは難しそうな気がする)

(あとSNSだと夢小説ってラベルつけない人もいて探しにくい)


神サイトの神作品を浴びるほど読みてぇ~~~~。

日々数が減ってはいいかと怯えたくねぇ~~~~。


移転の為のガイドみたいなものを作って啓蒙すればいいのか、SNSに引っ越せばいいのか。

どうしたらいいのかよくわからないのもしんどい

というか初心者向けのPCサイト作り方ガイドはわりともうあるよ。探してくれ。

愚痴ってる場合じゃないことだけは分かるけど愚痴らないとやってられない気分だった。


神サイトの神作品を浴びるほど読みたい……。

ジャンルと好きな絵師に冷める話

私が今ハマっているジャンル原作性質考察が多い。あの時死んだキャラ本来目的とかその後どうなったとかいろいろ。

で、その延長としてあの時のコイツの行動は素晴らしかったとか個人賞賛とか入るんだけど逆も多い。

私が好きな絵師もよくこういうの呟くんだけど1、2ツイートぐらいなら(この人この系統キャラ苦手なのかな?)って感じるぐらいなんだけどさすがに、鍵無し垢でずっと言われるとキツいし、好きなキャラはべた褒めレベルに褒めちぎるからキツイを越して拷問

しかフォロワー1000人くらいのいわゆる神絵師とかそういう分類だから余計に厄介と感じてしまう。

別垢もフォローしているけど私は少しダメだと感じたら全部ダメだと思う人間からアイコン見るだけで辛い。

5年間大好きだったけどもうダメです、ブロックします。

数学原理論」


1・空間を前提とした→の体系


空間を前提とした→(動き)を線で表すと数直線になる。点や円で表すと「リンゴが2個、ミカンが3個」のような例のような感じになる。

「+」は数直線での右への移動。「-」は左への移動。「×」はその存在の個数。「÷」は中に存在がいくつあるか。「累乗」は次元

このような数の体系の問題は、フローチャートのような形で書き記すことができる。

問題では前提か答えのどちらかに条件、というか限定がある事が多い。



2・空間を前提とした○の体系


・○の外側の体系

点、線、面、立体、円や球など。

点や線など、それぞれの越境問題になる事が多い。答えは○という事で、面以上である事が多い。


・○の内側の体系

集合論。表の問題も同じく。



3・空間を前提とした○→の体系


ゲーム理論



4・ネットを前提とした体系


空間でなくネットワークを前提とした体系がある。


リストはこのように表す。

(A)→(B)→(C)→(D)

← ← ←


手続きプログラミング言語(C言語など)はこのように表す。

(A)→・(B)→・(C)→・(D)



0・答えの性質


答えの性質にはディープラーニング結節点のようなものと、フローチャートとその中の集合のようなものがある。

http://anond.hatelabo.jp/20170316095608

仕事、って言うと範囲が広すぎるけども

例えば

(1)大きな時間のかかる仕事、なら、その日にできないことがあっても挽回する時間もあるし協力や相談できる相手複数いたりする

(2)現場仕事とかイベントごとみたいな仕事、だと、その瞬間がばっちり決まらないとそれ以外のことも準備も全てだめになる可能性もある。

(3)経理や総務の仕事や使った会議室を後片付けみたいなバックヤード仕事は、一つでも溜めたら他のことまでずるずる滞って迷惑がかかる

家事は(2)、(3)に近い仕事なので、お互い連関した細かいタスクの積み重ね、かつ、タスクの消化率は常に100%であるのが前提になるね。

ライブ的でバックヤード的な性質を持つの家事という仕事

掃除だって、まぁいいかと手を抜いたところで次の日にホコリが増えるだけ。、料理今日はまぁ要らんかと作らないのはNG

洗濯だって、前の洗濯物を畳んでしまっておかないと次の洗濯物が干せない。

ただし、カレー作るつもりだったけどじゃがいもを買い忘れた、という時とか、

今日風邪ひいてるから風呂掃除変わってくれとか、当然バッファーゾーンはあるけど、原則は「溜めたら負け」だね

2017-03-10

お願い。ADHDの人と残業原則反対派は一呼吸置こう

今、ADHDの人と残業反対派で、話が噛み合っていないことが問題になっている。まだやってんのかと思うころかもしれない。手斧スター手裏剣の投げ合いを見ていると疲れてそこから離れたくなるよな。

だがもう少し聞いてほしい。続く過労死運輸業界の疲弊を経て、今ようやく「さすがに労働環境について検討し直さないとまずい」という認識が広まってきたところだ。すぐには解決するわけがないので焦らず妥協案を探る話し合いをゆっくりとでも続けてほしい。



今回主語が大きくてすまない。二者択一ではないということは承知している。

ただ、本来労働者会社」という枠組みで協力し合っていいはずの労働者同士が、現在弱者強者」もう少し正確には「ADHDに多様な働き方を派 対 それでも残業ダメ派」が争点となっている。どうしてこうなった

と、せっかくの話題が膠着してしまったことが悲しかったので、一連の流れを見返してみたら原因が分かった。

この問題残業禁止派は

個人責任を論じても効果はない。会社社会全体を変えなければ解決しない問題であるという認識を皆が持つ必要がある

と考える。他方、

普通の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ」という多数意見を見るとは思わなかった

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

ADHD側に主眼を置いたコメントにも多くのスターがついており、「交渉決裂」の様相を呈している。が、そうではない。単にハテブが100文字しか記入できないからお互い齟齬が発生しているだけなのだ。ここで諦めずに折衷案を探していけば、仕事ができる人もできない人も今よりずっと働きやす環境になるので、長くなるが聞いてほしい。



一連のトピックを追う。昨年10月頭の長谷川秀夫教授残業100時間超で過労死は情けない」等の話題を通過した後、このあたりから始まる。

2016-10-16「長時間労働撲滅運動」には賛成できない http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/16/120846

という内容だ。同時に

人を奴隷のように扱うような企業には反対

とも書いており、お?分かってる人か?と一瞬思わせるが、この人はその少し前に、

問題105時間という残業量それ自体にあるわけではないのです。自分が心から打ち込め、周りともいい関係を築き、素晴らしい人に囲まれているような環境であれば、残業を何十時間しても苦にはなりません。http://www.outward-matrix.com/entry/2016/10/08/113552

という言葉を残している。ワタミ等多くの例があるが、このような人は「自分ができることは人にもできる(できない奴は無能)」と考える傾向がある。疲弊している人や弱者に寄り添う方針とは相容れないように思う。そこでブコメ欄は次のようなものとなる。

このエントリ言及して、同日に次のエントリが上がる。

2016-10-16 会社員には「長時間労働をする自由」など必要ない http://dennou-kurage.hatenablog.com/entry/2016/10/16/173609

これらは先のブコメを追認しており、残業反対派の言いたいことをうまくまとめてくれている。



そして先日、上記を引きとる形で次のエントリが書かれた。

2017-02-24 残業禁止強者ルールなのでは、という話 http://syakkin-dama.hatenablog.com/entry/20170224/1487937935

ここで幾つかの食い違いが出てくる。
  • どうも、効率の悪い人です。それ、効率良く働けるマンしか生き残らないよな。
  • 「え、職場についていけないなら辞めればいいじゃん。無能なんでしょ?」そういう声も聞こえてくる気がします。

まず「無能はやめろという方向のブックマークコメント」はごく少数でしかない。先の2エントリ計、約750コメントの内7つ前後判断が難しいコメントがあるので)。獲得★スター合計、TOP10の1,800個に対し10前後

時間を区切って生産性上げろよ」「効率上げろ」と仰る皆さん

同様に先の2エントリ中にこの方向のブコメは同750中24前後。獲得★スター合計、TOP10 同じく計1,800個に対し16個前後

ここで『残業禁止強者ルール』という重要言葉が出たわけだけど、上に書いたように「無能は辞めろ」「効率上げろ」といった個々人の弱さを責めるコメントはごくわずかだった。

(「残業をしないということは弱者はクビにされる。つまり無能はやめろと言っているのと同義ではないか」という方向から意見かもしれない。しかし私はこの前提が正しくないと考えている。理由は最下部に書く)

前の方のエントリで書きましたけど、効率よく仕事する皆さんにボッコボコにされた悲しい経験があります

とあるように、このエントリには自身の別記事のやり取りでの経験が尾を引いているようだ。(あの記事かな?と思うものはあったが特定できなかった)

であれば当該記事との関連をもう少し明確にしないと、やはり「何の話をしている?」となりついて行きにくい。



このエントリには次のようなハテブコメントが付いた。

これらのコメントを受けて

発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

とのコメントが付く。これは大事な一文なので、続くエントリのあとで合わせて追記する。

2017-2-26 ADHDと「残業禁止ルール」の相性の悪さについて http://menhera.jp/2064

前提が間違っている。

先に記載された通り「労働ダンピングは許せない」は一連の流れにおいて主内容ではない。ダンピング言及したコメントは先の2エントリ12前後/約750コメント。獲得★スター合計、50個前後/TOP10計1,800個。

「噛み合っていないんですよ」と言うのであれば、まず自身が噛み合わせてから話し始める必要がある。

「"仕事が遅いからといって労働ダンピングは許せない"というコメントに対する反論」とするならば正しい。だが、その一部分を主題とせず「一律の残業禁止は是か否か」という大元の流れを自身で呼び寄せたにも関わらず「(全体の話は置いておいて)私は今回ADHD特性をより詳細にお伝えすることで"労働ダンピングは許せない"という人への反論します」という内容でしかないのであれば、そちらがズレている。

はてなで”普通”の人を守るためならマイノリティ黙殺しても仕方がない、それが労働規則だ。という多数意見を見るとは思わなかったね。

残業禁止強者ルール」でのブコメ発達障害者の切実な状況について気を遣いながら書かれたエントリに対して、定時帰りを絶対善視する人たちのブコメ酷薄さが恐ろしい。「残業禁止強者ルール」というのが図らずも証明されてしまってるのでは。

マイノリティーにも多様な働き方を」という主張は正しい。だがここで使うのはズレている。システムとしての安全策を構築するのではなく"弱者自己努力でなんとかしよう(時間はあげるから)"と言っているようなものなのだから



ADHD側の話題が徐々にずれてきているから「主題残業例外を認めるか否かだよな?答えは、ADHDでも例外は認めない。個人責任を負わせてはいけないから」と主題への返答をしたのに「私は全体のことについて話しているのではない。私自身のことに目を向けてほしいのだ」「マイノリティーを黙殺するのか」という方向にもっていっている。

全体の流れを追って話をしている人たちからすると、いきなりポンと話を支流へ飛ばされてしまうと面食らうんです。えっと…今急にその話題に飛ぶの?その話も確かに大切だけど、主題をもう少し詰めてからでないとややこしくなるよ、と考える。


なぜ話が飛んだんだろうか?カドカワさんに「めっちゃいっぱいPV集めたら書籍化」って言われたから無理やり話題を引き入れたのかな?と一瞬勘繰ったが、いや違う、思い出した。

ADHDの人って「途中から話に割って入ってしまう。今言わないと忘れるからという傾向があることを。ああそうか、と自分の中では納得がいって、別に喧嘩するほどのことじゃないなと安心できたんですが、どうでしょうか。

そうでなくても、いちいち全体の流れなんか把握してらんないのでちょっとずれたこと書いてしまうということは誰しも思い当たるふしがあると思う。だから自分の話も聞いてほしい」と思ったり、話がポンと飛んでしまったりすることがあるのは仕方がないけど、同時に、いきなり話題が飛んだことについていけない人がいるのもまた仕方のないことであり、そのことをもって「心無い人たちだ」と思うのは間違い。


このポンと飛んだ話から「言いたいことは発達障害者の切実な状況についてである」を第一に考えられた人はえらい。一方で、他の人がそのことを本当に理解できていなかったかというとそれもまた違うと思う。

話がずれているな、と感じるとき人がすることは二手に分かれる。話題を元に戻すか、一旦主題は置いておいて副題へ移るかだ。しかしこの時点では主題煮詰まっているとは言い難く、このタイミングで副題へ移ってしまうのは主題が疎かになる可能性があった。こうした理由とハテブの100字制限もあり、「ADHDの置かれた立場という副検討課題」よりも主題に対してのコメントが多くなってしまったのだと思う。

残業禁止個人仕事の進め方の話をしてるんじゃなくて、「赤信号は止まりましょう」位のルールの話で。赤信号で止まるのは視覚障害者に厳しいから止まらなくても良いことにしてくれという事にはならないだろう。

そう。視覚障碍者への対応を考えなければいけないのは明らかだが、まずは主題「赤信号は止まる必要がある」という原則を皆が共有する必要がある。しかし「全員が止まるなんて無理」という意見が出ているので「いや、やはり赤信号では全員が止まらなければいけない。なぜなら」という話を進めていく必要がある。



ADHD側が阻害されたと思うのと同様に、根幹の話し合いを疎かにすると以前から話を進めていた残業反対派も進行を阻害されたと感じてしまう。

ADHD管理職をやっている者なんだが http://anond.hatelabo.jp/20170227161628

このエントリでせっかく素晴らしい知見が得られているのに

  • なんかなあ。別に誰も「定常的に一定効率を出せないやつは死ね」なんて言ってないと思うんだけど。問題は「残業規制するのはADHD疎外だ」って主張だよ。それはまちがってる
  • 最初の話は多様性を認めろじゃなくてサビ残認めろだったよな。サビ残と戦おうとしてる人を強者扱いしてかわいそうなADHD物語作ってたよな。多様性認めなかったのどっちだよ。俺は雑な話をしたくないだけだ。

と、内容に直接触れたものではないコメントが最多の支持を得ることになってしまった。この反応は、率直に言うと「"過労死を防ぐ"という核心部分のために残業規制を話し合っていたのにADHDの人に全部持っていかれてしまった……」という"悔しさ"みたいなものかもしれない。そして「ADHDの人にも関係あること話してるのに黙殺だって言わないでよ」と。なぜなら、その残業問題主題にはADHD仕事ができない人も当然内包されているから。どういう意味だろうか?

まり、こう。

仕事ができない人はクビになる」と怖がってるけど逆だよ。現状「周囲に助ける時間的余裕がないから、仕事ができない人に厳しい」んだよ。全体の残業が減って時間的余裕がある世の中の方ができない人へも優しいよ。

夢のある予想だが、しょせん理想に過ぎないだろうか?

ここで一度話を切ります。次の増田では、上記理想論を含め当初から出ている多くの疑問点について一つ一つ答えてみる形で進めます。続けて読んでもらえたらうれしいです。→http://anond.hatelabo.jp/20170310204122

もうひとつ

一番最後エントリ1000ブクマを超えている。ハテナ民がブクマをする理由はこうだ。「うわー長文だしなんか難しそうだな…でも"知らないままで置いておくわけにはいかない"。ポチっとな(後で読む)」。そう、後で読まない。ともかく、皆発達障害の人を見ないことにしてれば良いなんて考えてないんだよ。知っておかなければいけないと分かってるんだよ。

残業規制問題の盛り上がりはまだ始まったばかりで、発達障害、その他沢山の課題順次考える必要がある。そのときADHDについて日々書いてくれている人たちが強力な助っ人になるので、どうか焦らず、でも止まらず書き続けてほしい。

科学的」言説に乗っかるだけの人々

もう2年近く前になるのだが、「変圧器電流1/4倍事件」と(僕が勝手に呼んでいる)いう出来事があった

違法に設置された電気柵に触れ、2名が感電死した痛ましい事件のことは覚えておいでだろう

この事件で、設置者が商用電源をトランスで昇圧していたことが報じられたとき出来事である

当時まだ古舘伊知郎キャスターを務めていた報道ステーションにて、「変圧器電圧を4倍に上げていたので、被害者身体に(変圧器を使わなかったと仮定した場合に比べ)4倍の電流が流れた」(括弧内は筆者注)旨が放送された

これに報ステ憎しの心を抱いた大勢科学に自信ニキが噛みついて醜態晒した(と僕はみなしているが、当人たちにその自覚があるかは定かではない)のである


曰く、「電圧が4倍なら電流は1/4倍だろ」


ことの顛末はこのあたりにまとめられているが、少し分かりにくいかもしれない

100Vを400Vに昇圧したら流れる電流は1/4になる - Togetterまとめ

要するに彼らは「変圧器電圧をn倍すると二次電流は1/n倍になる」という教科書知識を間違って援用してしまったのである

※100Vの電圧に100Ωの抵抗を噛ませれば1Aの電流が流れるが、変圧器を介して400Vに昇圧すればオームの法則により当然4Aの電流が流れる。なおこのとき一次側には(容量が許せば)100V、16Aの電流が流れており、「一次側と二次側を比較すれば」上記の性質が成り立っている

まりこの有名な性質は、ある電圧電流を印加している時の一次側と二次側の電流電圧関係を表すものであって、「変圧器を使った時と使わなかった時」の比較に使うものではないことを彼らは正しく理解していなかった

話が込み入ってしまったが、要するにこの出来事象徴するのは、ツイッターで日頃偉そうに「放射脳」やら「エセ科学」を罵っているような連中の多くも、一皮剥けばこの程度の科学知識しかないということだ

彼らは自分が「科学側」にいるかのごとき尊大な態度を取るが、その実全然理解などしておらず、「科学側」の偉い人の言うことにただ乗っかっているだけだとしたら……なまじ「科学を分かったつもりでいる」ぶん、「放射能」や「エセ科学」に染まっている側よりもタチが悪い

念のため言っておくが、もちろん筆者は科学否定するわけでも、「放射脳」や「エセ科学」を肯定するわけでもない

ただ正確な知識も、それを運用する能力もないのに「科学」を騙る連中が許せない。こういった連中の騙る「科学」はそれ自体彼らの排撃する「エセ科学」と大差ないものになってしまう。

権威ある」言説に乗っかってマウントを取りたいだけの人はたくさんいるが、その燃料に「科学」が用いられるのは悲しいことである

というわけで、科学を語るならせめて小中高の理科はしっかりマスターしよう

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307173159

前の職場いじめがすごかった。いろいろ聞いていると主犯の人達はそれぞれに家庭環境問題がある(あった)と分かった。家庭環境は本人の意志だけでは変えられないので気の毒だとは思うのだが、被害者からするとやはり許しがたいもので、人生を変えられた人からすると忘れがたい。自分被害者だという形だといった側が疑われてしまうので、表面だっていう人はいなかったが、インフォーマルな形で「あの人やっぱり」「奥さんも同じことを職場でしているの」と伝わっていた。業界自体があまり広くないのでそのうち全体に伝わって、いられなくなると思う。本人たちは話をでっちあげて被害者面したり、相手によって態度を変えたりしてうまくやっていると思っているようだけど、それに気が付いている人もそれなりの数いる。人の性質ってそうそう変わらないし、結婚すれば増田もいずれそれに巻き込まれることになるだろう。増田彼女パーソナリティ障害レベルで、本人に自覚があり医者にかかってでも治したいというなら別だけど、ほとんどの人は自分は悪くないと思っているからそうはならないし。個人的には自分からわざわざ被害者だ、弱者だと主張してくる人はむしろその逆である可能性が高いので、極力避けた方がいいということを学んだ。

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