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はてなキーワード: 妄想とは

2016-05-25

http://anond.hatelabo.jp/20160524212100

そば粉小麦粉じゃ、小麦粉の方が安いからじゃね?

そばもそば粉割合減らしてったら100%小麦粉になるし、じゃ最初から小麦粉だけでいいじゃん。

そばとうどんじゃ同じ値段で出さなきゃいけないような感覚があるから、原価が安い方だけで勝負できれば利益が上がる。

そこまで合理化できる企業けが、全国展開に耐えられるってことじゃないのかな。

中後半端なそば。

完全に妄想

2016-05-24

http://anond.hatelabo.jp/20160524223217

日本死ね以降増田自民関係者が増えた気がする

id:Arturo_Uiさんやid:kyo_juさんがたびたび指摘していることではあるが、動員かかっているのかもしれない

舛添さんを悪くいうのも工作員のしわざ

あと容疑者安倍晋三の人も、反安倍おかしい人しかいないという印象操作のための仕込み

実際に精神科とかで調査したら安倍支持者の方が頭おかしい人多いんじゃないだろうか

さもなきゃそもそも工作する必要があるのかって話だし

お前のその書き込みは「精神的におかし妄想癖の反安倍派」と取られる危険性はないの?

http://anond.hatelabo.jp/20160524172300

そもそも妄想だよ

色々捨ててこの状態になってるお局は結構いるけど

面倒見るふりすら放棄してるのに後輩の成果横取りしてキャリア積めるわけないじゃん

盛ってるお局でしょ

統合失調や人違いでストーカーされたら終わりじゃん

ストーカー相手は人違い 公判中も気付かない妄想男 - 東スポWeb

http://www.tokyo-sports.co.jp/nonsec/social/459240/

知ってる人間からストーカーされるのもたまったもんじゃないがこんな奴防ぎようがないだろ

突然殺しにくる奴もいるし

『レヴェナントテーマ解説(2)(ディカプリオのテーマ編)

※「『レヴェナントテーマ解説(1)(イニャリトゥ監督テーマ編)(http://anond.hatelabo.jp/20160523231652)」の続きです。

ポイント1 この文書は何?

『レヴェナント』には、前編で書いた親子愛というテーマのほかに、「資本主義環境問題」というテーマがあります。ただ、このテーマはイニャリトゥ監督自身テーマというより、ディカプリオのテーマが混入したものではないかと思い、文書を分けて説明することにしました。

ポイント2 何で「資本主義環境問題」というテーマがあるって分かるの?

まず監督自身インタビューでそう言っています。加えて、映画の中にも2つ根拠があります

1つは、毛皮商人インディアンとの戦いがサブストーリーとしてあったことです。これは露骨資本主義環境問題対立を描いています

もう1つは、主人公グラス(ディカプリオ)がバッファローの大群に驚くシーンがあった後に、バッファロー頭蓋骨の山を定期的に夢に見るようになってしまい、悩むことです。この背景にはアメリカで実際に行われたバッファロー掃討作戦Wikipediaアメリカバイソンの項目を参照)があります。毛皮商人の一味であったグラスが、バッファローの勇猛さを目の当たりにして、自分が手を貸してきたことの重大さに気が付き、後悔するシーンではないでしょうか。

(加えて、劇中に出てきた「朽ち果て教会」が、タルコフスキーの『ノスタルジアから引用とみて、自然について語ろうとしているのだという見解も見られましたが、そこまで言っていいのか自信がありません)。

ポイント3 これがディカプリオのテーマだという根拠は何?

筆者の妄想です。

ただ、イニャリトゥ監督デビュー作『アモーレス・ペロスから前作『バードマン』まで、環境問題テーマとして扱ったことがありません。というか監督は親子の問題ばかりをテーマにしていて、そんなに環境問題には興味がなかったと思われます偏見)。おそらく監督的には「今回は、大自然の中で、親子愛をテーマにして、『デルス・ウザーラ』みたいな映画が撮りたいぞ」ぐらいの気持ちだったのではないでしょうか。

そこにばりばりのエコロジストであるディカプリオが参加したことで、シナリオに影響を与えていったものと思われます

ポイント4 ディカプリオのテーマかどうかはともかく、結果テーマが複線的になったわけだけど、どうなの?

映像的には、バッファローの大群、頭蓋骨の山、朽ち果て教会など、感動的・印象的なシーンが増えてよかったと思います。背景に映る雄大な自然にも意味が出てきて、それもよかったかと思います

ただ、ストーリーはこれによりかなり難解になりました。特にラストシーンにおけるグラスの状況を考えると、①生きる意味(息子・復讐)を相次いで失ったことで精神崩壊しかかっているが、②自然の偉大さに感銘を受け自らの行いを悔いるエコロジストになっている、という複雑なことになっており、テーマが分かりにくくなっています




おわり

道路族と対決

愚痴です。ごめんなさい。

ウチの家は新興住宅地一角にあり、周囲のほとんどが子育て世代の若夫婦です。そして何故か子だくさんばかり。少子化なんて嘘のようです。ウチは子供がいない世帯袋小路私道なので車が通らず、近所は文字通り道路族のパラダイスです。

平日、休日わず午後になると家の周り(構造説明するのが難しいのですが、四角い家の二面が道に接しており、また脇に仕切りの無いカーポートもあって、そこも道に接しています)で大騒ぎされて参っていました。

こんな状態がもう十年以上ずっと、子供世代が次々入れ替わり連続的に続いていました。それでも「子供のやることだから」「そのうち大きくなるし」と余りにも酷い一、二例を別にすれば、何も言わずじっと耐えてきました。

ですがそんな状況が更に悪化し始めたのは数ヶ月前。カーポートを挟んだ隣の家の兄弟が大きくなってきて、サッカーボールで遊び始めたことからです。以前からガラガラうるさい足漕ぎ車で騒音に悩まさせられて来た子たちでしたが……。

どこかから連れてきた友達と四、五人程度で道路フットサルのようなことをし始めました。見るとそれに時々母親父親友達の親らしき大人などが混ざっている事も。

当然エキサイトしてくると周囲が見えなくなり混戦状況に。そうなってくるとボールがどこに飛ぶのかも分かりません。子供とは言え興奮してくればボールの蹴り方もキツい。

そして恐れていた事態、ウチの壁にそのボールが当たるようになってきたのでした。しかも頻繁に。コツン、ポツンと当たる事はもちろん、次第に家全体を揺るがすようなドスーンという重い音がするように。見ればキーパーの子が、ウチの壁の前に陣取っています。それでも謝りにくるどころか、笑って試合続行。

さすがにこれはマズイだろうと、出ていって子供に「壁には当てないでね」と注意。その時は変な顔をしてそのまま引き下がったけれど、数日後には普通に試合再開。またある日には母親も混ざって遊んでいたので、親にも「敷地ボールが来ないようにしてください」とやんわり抗議。奥さんは曖昧な笑みを浮かべて頷きましたが、数日後にはやっぱりまた試合再開。

凄く憂鬱になったけれど「一度言ったことだから」と様子を見ることに。ですが、残念ながらそういう連中が反省して事態自然に良くなることは無いですね。そのまま数ヶ月がたってゆきました。

一体どうしたものかと考え、とりあえず敵を知るには……と二階から観察開始。そこは寝室で、普段カーテンを閉めっぱなしの部屋でしたが、開けて見たら思った以上に見晴らしが良い。通りの全てが見えます

見ていたらエキサイトしてボールが“事故的に当たってしまう”ばかりか、ペナルティキックのように、止めたボールをわざわざゴールでも狙うかのようにウチへめがけて蹴っていたり、敷地内に勝手に入ってきたり、車にまでボールを当てている事が分かりショックを受けました。

しか自分の家や車には当たらないような場所を選んで遊んでいるんですね、多分。呆れました。加えて、家と家の仕切りの鉄製フェンスに登ってジャングルジムごっこをしている事まで発覚。一応分譲なので、こういう事はやめて欲しい……。

これは何とかしないといけないと思い、昨日その様子をスマホ動画撮影子供だけしかいませんでしたが、そしたらまあ、たった十数分の間に、ウチの壁や車にボールが当たる当たる。敷地子供入る入る。軽微なものも含めれば家や車、各五回以上当たってるようでした。注意したのに気にしてる気配なんて微塵もありません。

そして遂に子供フルスイングボールを蹴って、ウチの壁に「ドーン」と重い音を轟かせて当たり、しかもそのままバウンドして車に「バコン」という鉄板が響く大きな音を立てて当たる、という決定的瞬間の撮影成功

夜に車を見に行ったら、車にはばっちりサッカーボールの泥汚れ跡がついていました。ヘコんでいるかとか、傷がついてるかとかについてはまだよく見ていません。でも試合は続行。謝るなどという概念のものが無いのでしょう。しばらくしたら、飽きたのか家の中に入ってゆきました。

たった十数分でこれですから、ここ数ヶ月、何度家や車にこんな調子ボールが当たり続けていたのでしょうか。

そして昨夜、事の全てを伝えるために二人で隣家訪問旦那さんが寝間着姿でカッタルそうに玄関先に出て来たのですが、なるべく穏便にととりあえず作り笑顔で軽く話し、スマホ動画を見せるも「アー、ハイハイ、スミマセン、コドモニイットキマスカラ」と気のない適当な返事で追い返されそうになったので、頭に来て遂に強い口調で抗議してしまいました。そして「これで改善されないようなら出るとこ出る」と。

そしたら物凄い勢いで逆ギレ。近所に響き渡るような怒鳴り声で「確かにこの件は100%ウチが悪いですよ、でもサー、動画とか隠れて撮って持ってくるとかサー、出るとこ出るとかサー、近所づきあいとしてどうなんスか、だいたいお互いに%÷×≫#@%#@%#>>$)m」と訳が分からないことを言い始めたので仕方なく応戦。なるべく冷静にならなければ、と私は怒鳴らないように気をつけたつもりでしたが……実際はどうだったか自信がありません……。

一応「もう道路では遊ばせないでくれ」と言って、相手にも承諾させましたが守られるのかどうか。

そして一晩経って今、やりきれない思いをここにしたためています。何故私たちが怒鳴られなければならなかったのだろう、と。

お話ししたように子持ち世帯ばかりの地域なので、ウチのような子無し世帯の肩をもってくれる家は恐らくはおらず、きっと尾ヒレのついた話がまたたく間に広がる事でしょう。もしかしたら昨夜は私の知らないLINEグループなどで盛大に悪口大会でも開かれていたかも知れません(妄想ですが)。

もともと挨拶する程度でしたが、それでも今後近所付き合いは壊滅的でしょう。今朝車を見たら、どこから降ってきたのかトランクの上に噛んだガムが落ちていました。

とりあえず昨夜のやり取りは全てスマホで録音しておきましたが……。これから何があるか、そしてどうするか、と言ったところです。ため息しか出ません……。

Googleで「道路族」と入力すると、サジェストに「道路族 死ね」って出てくるんですね。ひっそりと問題になっているのでしょうか。心中お察し申し上げます

長文お読みいただきありがとうございました。

2016-05-23

『レヴェナント』のテーマ考察

『レヴェナント』を観た。

監督の前作『バードマン』に比べて難解で、現段階ではテーマがさっぱり分からないのだが、主に海外サイト議論を参考に、テーマ考察をまとめておくことにした(これを踏まえてオーディオコメンタリーインタビューが出るのを待つことにする)。

そこで以下、結論難解な理由、様々な視点から問題提起、現段階で考えられるテーマ妄想)の順に書いていくことにする。

1. 結論(先出し、めんどくさい人はここだけ読めばOK)

考えながら書いたので、思ったより文章が長くなってしまった。結論を先に書いておく。

(1) 『レヴェナント』はどういう物語

『レヴェナント』をそのテーマに基づいて要約すると次のようになる。

主人公グラスは、その人生の全てであった息子ホークを殺されたことで、生きる意味を見失い、死亡する。 しかし、息子を愛する気持ちにより、死と再生を繰り返し、野生動物に生まれ変わってまで生き残り、宿敵フィッツジェラルドのもとにたどり着く。

最後の戦いではフィッツジェラルド瀕死の重傷を負わせた末、神の代行者リーによる神罰を引き寄せ、息子の敵を討つ。 息子を失い、復讐という目的も失ったグラスの精神崩壊し、(ブチャラティ的な意味で生き延びていた)肉体もついに死を遂げる。

(2) 『レヴェナント』のテーマは何か

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

2. 難解な理由

(1) 単純なテーマに落とし込みづらい

『レヴェナント』のストーリーを単純に言えば、「復讐心に捕らわれた男が、大自然の中で死闘を繰り広げるが、最終的に復讐をやめる話」である(図式的に表現すれば、『大いなる勇者』+『デルス・ウザーラである)。

このストーリーを見たとき、すぐ連想するテーマは、①復讐のむなしさであったり、②大自然と対比された文明批判である

しかし、①復讐のむなしさがテーマだと言い張ることには疑問が多い。というのも、(後述するように)復讐をやめた後の主人公の表情は発狂寸前のそれである復讐を完遂して破滅するか、中止して救われるかの方がテーマとしては明確なはずである)し、監督自身インタビュー復讐物語を描くこと自体には興味がないと答えているからだ。

さらに、②文明批判テーマだと言うのも苦しい。というのも、この映画には文明に対する疑問が提示されることがないからだ(『デルス・ウザーラ』のデルス、『大いなる勇者』のジョンソンのように、文明対立する人物が出てこない)。

ということで、『レヴェナント』は単純なテーマ理解することが困難である

(2) 解釈に影響を与えそうな要素が満載

『レヴェナント』は昔の映画からたくさん引用をしている上、宗教的意味ありげな要素がたくさん散りばめられている。さら監督過去作品との整合性まで考慮に入れるとすると、どの要素にどの程度力点を置いて物語解釈すれば良いのか分からないという問題があり、これがテーマ理解の妨げとなっている。

(3) 特にタルコフスキー引用が難解

(2)と関連するが、『レヴェナント』ではタルコフスキーの諸作品(『僕の村は戦場だった』、『鏡』、『ノスタルジア』、『アンドレイ・ルブリョフ』)から引用が多数なされている(これを分かりやすくまとめた動画がある:https://vimeo.com/153979733)。

しかタルコフスキー作品と言えば、それ自体が難解映画の筆頭である。そこから引用となると、どういう意図なのか(タルコフスキー意図をそのまま継いでいるのか、ただタルコフスキー表現が気に入ってやりたかっただけなのか)が皆目検討がつかないのだ。

3. 様々な視点から問題提起

そういうわけで、『レヴェナント』は難解な映画なのだが、海外ファンサイトでいくつか有力な問題提起がなされていたこから、これをいくつかまとめておく。

(1) [視点Ⅰ] イニャリトゥ監督過去作品から見る

ア. うまくいかない親子の関係

まず、イニャリトゥ監督過去作品では、「うまくいかない親子の関係」が描かれることが多い。

監督の前作『バードマン』では、監督そっくりの父親が、娘に全く愛されず尊敬もされていないことに気が付き、悩む様が描かれる。また、デビュー作『アモーレス・ペロス』では、マルクスそっくりの元反政府活動家が、活動のために家族を捨てたことで愛する娘と会えず、悲しむ様が描かれている。

これらの作品に比べ、『レヴェナント』は異質である。というのも、主人公グラス(ディカプリオ)と息子ホークの関係は互いに愛し合っているからだ。

この点をどう評価するのかがまず1つの問題である問題点α)。

イ. 死と再生

前作『バードマン』で、主人公は、演技に悩んだ末、舞台拳銃自殺をする場面で、拳銃実弾を込めて自分のこめかみに発射する。その死を賭した演技が絶大な評価を受け、主人公は自らの弱さの象徴であるバードマンを打ち倒すことに成功する。

こうした死と再生イメージは、映画でよく用いられるモチーフである(『鏡』、『8 1/2』など)が、『レヴェナント』ではこれが3回(数え方によっては2回とも4回とも)も行われる。

① 熊に襲われ瀕死となり、フィッツジェラルドに埋葬されるが、立ち上がる。② インディアンに追われ、川に流されるが、生還する。③ 崖から落下したのち、馬の中に隠れ、回復する。

ではそれぞれ、何に生まれ変わったのだろうか。前作『バードマン』で主人公は、拳銃自殺ギリギリのことをすることで、弱さ(バードマン)を克服した強い人間に生まれ変わった。では本作ではどうか。

これについて、海外サイト面白い考察があった。グラスは死と再生を繰り返すたびに、野生動物に生まれ変わっているというのである

(ア) 熊

まず最初にグラスは熊に生まれ変わっている。その表れとして、グラスは熊の毛皮を着て、首に熊の爪のネックレスをしている。さらに川で魚を手づかみにし(木彫りの熊)、それを生のまま食べている。

(イ) 狼

次にグラスは狼に生まれ変わっている。その表れとして、インディアンバッファローの肉をもらう際、四つんばいになって人間にへつらっている。そしてインディアンが肉を投げると、これを貪るように食っている。

(ウ) 馬

さらに、グラスは馬に生まれ変わっている。これは冷たい夜を生き抜くために、馬の死体の中に隠れ、後に這い出ていることから明らかである

(エ) 謎の肉食獣

最後の戦いにおいて、グラスは牙と爪で戦う肉食獣に生まれ変わっている。これは、銃を放棄し、斧(牙)とナイフ(爪)で戦っていることに表れている。

上記の見方はそれ自体面白い見方だと思うが、これによって何が言いたいのか、というのはまた1つの問題である問題点β)。

なお、グラスが当初の瀕死状態から山を走るところまで回復するのは、死と再生を何度も繰り返すからだという見方があった。

(2) [視点Ⅱ] タルコフスキー引用から見る

先に貼った動画https://vimeo.com/153979733から明らかなように、『レヴェナント』ではタルコフスキー作品から引用が非常に多い。

そのうちよく解釈に影響を与えそうなものとして挙げられるのは、「宙に浮く女性」、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」、「鳥」、「朽ち果て教会」、「隕石である

このうちここで取り上げたいのは、「ラストシーンでグラスがこちら(観客側)を凝視する表情」である。他の引用解説が面倒くさすぎるので各自ぐぐってほしい。

この表情の元ネタは、『僕の村は戦場だったである。この映画主人公イワンくんは、ソ連少年兵であるが、母と妹をナチスによって殺害されている。問題の表情は、そんなイワンくんがナチス相手戦闘を仕掛けるシミュレーションを1人でしていたときのものである

まり、この表情は、純粋で愛に満ち足りていた少年の心が、ナチスへの復讐心で歪み、壊れかかるときのものである

これをそのまま『レヴェナント』のグラスに類推するならば、グラスの心は最後の戦いの後、壊れかけていたことになる。

しかし、『僕の村は戦場だった』と違い、『レヴェナント』では復讐を止めた後にこの表情をしている。そのため、イワンくんの内心をそのままグラスに類推していいものか、グラスは最後にどういう心境だったのか、という問題が生じる(問題点γ)。

(3) [視点Ⅲ(おまけ)] 監督目標から見る

イニャリトゥ監督インタビューで、目指している映画として以下の5本を挙げている。

黒澤明デルス・ウザーラ』② コッポラ地獄の黙示録』③ タルコフスキーアンドレイ・ルブリョフ』④ ヘルツォークフィッツカラルド』⑤ ヘルツォークアギーレ/神の怒り』

共通点は、いずれも撮影に困難が伴った映画であるということである

①『デルス・ウザーラ』では秋の風景を撮るはずが雪が降ってしまったためソ連軍を動員して人口葉を木に付けた、②『地獄の黙示録』では台風でセットが全て崩壊した、③『アンドレイ・ルブリョフ』ではソ連当局検閲が通らず製作から公開までに10年以上の歳月を要した、④『フィッツカラルド』では実際に巨大蒸気船を滑車を使って山越えさせた、⑤『アギーレ/神の怒り』では撮影過酷から引き上げようとした俳優を銃で脅した、などなどの多数のエピソードがある。

そうすると、「テーマとかどうでもよくて、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃ・・・」という疑念が湧いてくるのである問題点δ)。

(4) [視点Ⅳ] 「復讐神の手にある」の意味から見る

これはグラスが途中で出会った一匹狼のインディアン言葉だが、意味は正直言ってよく分からない。

ただ、ラストシーンでグラスが復讐を委ねた相手インディアンリー誘拐されたポワカの父親である。このことから海外サイトの中には「リー神の手、すなわち、神の復讐の代行者である」との解釈が多く見られた。

(5) [視点Ⅴ] グラスの生きる意味から見る

イニャリトゥ監督作品テーマはいずれも生きる意味にまつわるものであるが、この点に関してグラスが2つの重要言葉を残している。

All I had was my boy... but he took him from me.“

「私にとって息子は全てだった。しかフィッツジェラルドは私から息子を奪った。」

“I ain't afraid to die anymore. I've done it already.”

「私はもう死ぬことを怖れていない。私は既に死んでいる。」

息子が全てだったという台詞は、グラスの生きる意味が息子にあったことを示している。そしてこれは、デビューから親子の関係を描き続けてきた監督自身言葉でもあるだろう。

息子がフィッツジェラルドによって殺害されたことで、グラスは生きる意味を失う。代わりに「復讐」という意味見出したかのようにも見えるが、それによって再生した姿は上述したように、野生動物の姿である

このことからすると、私は既に死んでいるという台詞は、「生きる意味を失ったことで、人としては既に死んだ」ということを意味するのではないだろうか。

(6) [視点Ⅵ] グラスは死んだのか論争から見る

海外サイト掲示板などで最も熱く議論されている論点は、グラスは死んだのか?という点である

これが問題となる理由は、①復讐モノの物語復讐者の死で終わる場合が多いということと、②戦いに勝利したとはいえグラスも致命傷を負っていること、③スタッフロールが始まってもグラスの吐息が聞こえること、といった事情があるからである

さら映画外の理由であるが、④前作『バードマン』においても主人公最後に死んだのか死んでいないのかで論争があったこともこの議論に影響を与えている。

死んだ説に立つ人は①②の事情を挙げ、死んでないよ説に立つ人は③④の事情を挙げている状況にある。

しかし、これもテーマとの関係で考える必要がある(問題点ε)。

4. 現段階で考えられるテーマ妄想

これらを踏まえて、現時点で筆者なりに『レヴェナント』のテーマについて考察してみたいと思う。

(1) 問題点α:監督過去作と違い、『レヴェナント』では親子(グラスとホーク)が愛し合っている。これにより、監督連続して掲げてきた「親子」というテーマ消失・変容したか

結論

① 『レヴェナント』においても主要テーマは「親子」である

「親子」というテーマは『レヴェナント』においても依然として維持されている。

その根拠は、(a)グラスの息子ホークというキャラクター史実存在していないのにわざわざ登場させたこと、(b)監督インタビューに対して、息子を登場させたのは親子関係を題材にすることで物語がより複雑で充実したものになると考えたからだと答えていること、(c)デビューから前作まで延々親子関係テーマにしてきた監督が、ここに来て生涯のテーマを捨てたとは考えにくいこと、である

② しかし、「親子」というテーマに対する切り口が、前作までとは違う。

前作までの切り口は、分かり合えない親子の問題をどう解決するか、というものであった。『レヴェナント』はそうではなく、子供を生きる意味としてきた親が、子を喪失したとき、どうなってしまうのか、という切り口で「親子」というテーマに迫っている。

その根拠は、(a)グラスが息子ホークが人生の全てであったと言及していること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(2) 問題点β:グラスは死と再生を繰り返す過程野生動物に生まれ変わっているが、これは何を表現しているのか。

結論:息子ホークを失ったことで、グラスが生きる意味喪失し、結果、人間としては死んだということを表現している。

その根拠は、(a)野生動物へと生まれ変わるタイミングが、息子ホークを失ったことをグラスが認識した時点からであること、(b)グラスが息子を失ったことで一度死んだと(解釈しうる)発言をしていること、である

(3) 問題点γ:ラストシーンでのグラスの表情の意味は何か。

結論:グラスの精神が壊れ(かかっ)ていることを意味している。

その根拠は、(a)元ネタである僕の村は戦場だった』のイワン少年がやはり精神が壊れかかったときにこの表情をしたということ、(b)息子ホークという生きる意味に加え、復讐という一応の生きる目的さえ失ったグラスには、これから生きる意味が何もないこと、である

(4) 問題点ε:グラスは死んだのか。

結論:グラスは死んでいる。

この問題は前作『バードマン』で同様の問題が争われたときと同様、作品テーマから考えなければならない。

前作『バードマン』で主人公の生死について争いになったとき、生きている説が有力となった理由は、作品テーマが「『中年危機』を迎え、娘ともうまくいっていない父親が、この先どう生きていけばいいのか」というものであったという点にある。つまり主人公が死んでしまうとこのテーマとの整合性が取れないのだ。

しかし『レヴェナント』では、主人公は既に自分は既に死んでいる旨を明言し、生きる意味を新たに獲得した様子も認められず、その心は壊れかけている。

ここから解釈が分かれるところだが、『レヴェナント』のテーマは「親が子をいかに愛しているか」という点にあるのではないか

グラスは本人が言うように、息子ホークの死亡を確認した時点で、死んでいた。それにもかかわらず死と再生を繰り返し、フィッツジェラルドのもとにたどり着いたのは息子を愛する精神の力(つまりジョジョ5部のブチャラティ的な意味で生きていただけ)によるものではなかったか

フィッツジェラルドを打ち倒し、インディアンリーによる神罰を引き寄せた時点で、彼の精神崩壊し、肉体的にも精神的にも死亡したのではないだろうか。

(5) 問題点δ(おまけ):監督は、むちゃくちゃつらい撮影がしたかっただけなんじゃないの?

結論:それはインタビュー見てるとそうかもしれない・・・。

5. 結論(再掲)

本作のテーマは、親が子を愛する気持ちいかに強く、大きいものか、ということである

ものすごく大事な物があるときにそれを落としたり壊したりする妄想がふっと浮かんできて目が覚める事がある。

大事ものを慎重に扱ってる時それを壊す自分妄想することもある。

多分気を払っている事自体ストレスなんだろうと思う。

後者はそうだと言い切れるけど前者は心配症の一種なんだろう。

中途半端が一番悪い

ブサイクでも、ファッション等に必死なれば下の中か下の上くらいにはなる中途半端希望を残すブサイクとかより、

本当にどうしようもないブサイク中のブサイクの方が、凌辱妄想要員としてイケメンより役に立つよ。

生理的嫌悪感あるくらいのブサイクでも、自分と直接関わりがなければ、かなりオナネタに使える。

(ただし、向こうがこっちに関わろうとしてこられるとキツイ

増田的に一番の鉄板ネタは、森の中で無理やりやられる奴です。

ツイッター人間関係めんどくさい

自分は腐で趣味で絵を描く。

扱ってるジャンルが楽しくて、最近オフ活動再開した。

今度スペースもとってイベントにも出る予定。

ジャンルは有名な作品なので、一般ファンの目に最低限触れないよう腐向けの絵に関しては鍵垢で公開をしている。

その鍵垢は別ジャンルから再利用(こんなにハマると思ってなかった)で鍵外せないので急遽新垢をつくり、作品ファンの人やCPファンの人をフォローしてやりとりをしはじめた。

っていうかほぼロムとリプ用で絵はあげてない。

ある時、新垢の相互フォロワー(鬱で薬飲んでるとか呟いてた、そう若くなさそう)から鍵垢にフォロー許可がきたか許可してこっちからフォロバした。

しばらくたって、自分から何か言うことはあっても、あっちは何も言わないし、ファボもこない。

他の人の絵には片っ端からファボつけて、小説にも妄想にも反応してるから、みてないわけではならしい。

作風合わなかったんだな、と思い、そういうの見せ続けるのも忍びねえな…とブロブロ解した直後にDM

ほんと外して1分くらいで来た。

まじでびびった。

文面的には何でブロブロ解したのかって内容で「あなたの絵が好きだったのに」ってことも書いてあって

正直、今まで無反応だったのに何言ってんだこいつは…?と思いつつ

「絵が見たいだけならPixivでどうぞ」ってのをやんわり送ったら、残念です的な返信が来てそこはそれで終わった。

その日、Pixivに一点爆撃。

初めてのことだったんで、本当にあるんだな、とちょっと動揺した。

動揺ついでに運営に連絡した。

犯人誰かとかはいいんで、できればその人が私の作品を見れないような措置をと運営にお願いした。

爆撃は2日で終わった。

ちょっとだけ、もしかしたらそのブロブロした人が爆撃したんじゃないかなーと思ってた。

そこまで陰湿だとは思いたくなかったけど、タイミング的にどうしても疑ってしまって。

それで、試しにPixivのページ覗いてみたら凍結されてた。

こりゃー注意しといた方がいいかもなーと思ってたら、リアル除けのためとかで、垢に鍵かけだした。

まあタイミング重なっただけかもだし、と思ってたら新垢の方を向こうからブロブロ解されてた。笑った。

その後、こっちが絵をあげたタイミングで〇〇欲しいー!(私の〇〇絵や妄想に対しては例のごとくスルー)を連発した別の人も同じようにブロブロ解、その後に新垢でフォローしてくれと頼み、まあ色々あり、先日無関係の人整理するかーのつぶやきのあとブロブロ解されてた。

なんかもうめんどくさいし、終わったからどうでもいいんだけど、若いからなのか活発にオフとかやっててどこにでも出没しては、他のフォロワーとやりとり繰り広げてて、挙句おおっぴらにキャラ名前出してエロ話してて、いたたまれない。

あとこの二人が仲良くて、そこに別のメンヘラかまってちゃんも加わったので、その一帯から距離を置いてる。

この事実を関わってる全員に話すわけにもいかず、オフ会したりプレゼント企画したりしてるのをなまぬる〜い目で見つめてる。

その二人が来るのではないかという事だけでせっかくスペースとってるイベントに出れるのかわからないのが悩み。

作品愛が消えたわけじゃないだけにめんどくさい。

http://anond.hatelabo.jp/20160522144101

童貞妄想だなとしか思えない…、慶応の女がこんな事負け犬みたいなこと書くわけねーじゃん

2016-05-22

http://anond.hatelabo.jp/20160522130903

>悪いものを食い止める効果もあるよね

ないよ、抽象的な批判プロ制作側に意図があってそう作ってるケースがほとんどである以上元増田のような批判は正当かどうか証明できない

証明できない以上そう思っただけでしかなく食い止める効果にすらならない

互助会レベルなら言及して波及させる時点で更にマヌケ

>具体的抽象的を辞書で引くことからやりなおそうな

2 頭の中だけで考えていて、具体性に欠けるさま http://dictionary.goo.ne.jp/jn/143386/meaning/m0u/

辞書を引くことからやり直そうな笑

抽象的なもの抽象的としか言いようがないだろマヌケ

批判する側が他人の内心を勝手妄想して君の具体的に言いたいのはコレとコレとコレのことだね!と決め打ちしなきゃいけないのか?笑

脳みそ腐ったイチャモンマン開き直りって他人調査コスト思考コスト転嫁させて自分意見を深堀しないフリーライダーな時点でイケダハヤトと同レベルだなぁ笑

>お前よりはマシだよ

こういうのを典型的レッテル貼りっていうんだよ笑

きちんとした批判必要!と叫ぶ脳みそ腐ったクソマヌケに限って巧妙に混ぜてくるんだよなぁ笑

はてなー感情任せに動いてると思われるのを恥に思う程度の分別はある

感情任せに動いてると思われるのを恥だと思ってるからマシ!!って言うけど実態感情的に動く他のコミュニティマヌケより上だと思いながら一見それっぽい自分の心地いい理屈同意しまくる時点で一生自覚できないゴミと同レベルだという証明なわけだが笑

>奴等が批判に対してする反撃で一番多いのは

>「私が楽しんでる気持ちを害するな!」とか「楽しんだもの勝ち!」というもの

>豚の理屈だろ

>豚の足場に居直る奴はこっちも人間扱いはせんわ

批判で正しいこと言ってる僕ちゃんの自分に酔える権利を害するな!と叫ぶ豚の自覚症状のなさ笑

自分が気に入らないもの理屈こじつけイチャモンつけて周囲に害を及ぼすゴミだと気付こうな

そもそも是正したいなら直接制作側にでも送ってろよマヌケ

ネトウヨ犯罪者100%はてサ犯罪者率0%

いつも慰安婦レイプする妄想オナニーして「もう一度戦争が起こればまた慰安婦レイプできる」と戦争を願っているのがネトウヨ

隣人の資格なし

ネトウヨ地球から出ていけ

 

それってそいつ一切関係ないよね?って話に無理矢理カップリング要素押し込めて妄想してる奴ってなんなんだ

そうでもしてこじつけないとやってられないのか

2016-05-21

[]咲 159局「準備」

僕の応援する心ちゃんの出番は……



ありませんでした!

ありませんでしたが、心ちゃんの保護者である遥さんの誕生日が昨日だったので、メデタイですね。

なんと作中登場時では25歳、現在のシノハユ時間軸だと26歳かな?




そして、本編では新キャラがたくさん出てきました。

新道寺の比与森さんは、久々の大人だしシノ世代可能性がありそう。

高知県に多い名字らしいですので、シノハユが全国まで進まないと出てくる可能性は低そうですが。



sakiの魅力は登場人物豊富な設定だと思っているので、こうしてキャラクタが増えると妄想の種がたっぷり撒かれた感じです。



あと、すばら先輩へのフォローが入ったのもよかった。

確かに言われてみると、高遠原中学団体で成績で残したわけでもないのに、九州の名門に越境する、すばら先輩は色々謎が深そう。

(そして、そこを目指して頑張ってる加藤さんも)

個人戦で結果を残してスカウトされた、とかありそうですね。

けど、すばら先輩の入学年は、二人一組の能力者の姫子さんが内定もらっているので、スカウト枠が実質一つ減っていて、みたいなことを妄想するの楽しい



すばら先輩の実力にもフォローが入ったことだし、

こりゃもう、新道五位ありえるんじゃないでしょうか!

大阪の二校はスピンオフがあるんだから、そっちで頑張ろう!



まあぶっちゃけ、勝ち負けよりも、ストーリーの量が僕の焦点なので、スピンオフ確定の大阪二校が素直に羨ましい。

今や、創作物において「恋愛ではない絆」は男女の間にしか成り立たないのではないか

他に一途に愛する恋人や伴侶がいようとも、同性キャラとの捏造恋愛妄想を止める事はできない。でも男女であれば恋人や伴侶が別にいればその存在によって他の異性キャラとの妄想は食い止められる。

いや、男と女であっても年が大きく離れていたり近親者だったりすると危ない。原作では全くそんな関係でなくとも、何故かそこに性愛を見出されてしまう。

年齢の釣り合う他人の男女の間柄でしか恋愛や性欲を前提としない人間同士の関係性がそのままファンに受け入れてもらえる事はなくなっているのではないか。何とも逆説的な話で。

2016-05-20

http://anond.hatelabo.jp/20160520215915

腐女子フィクション二次妄想をしても、生身の男子を触ったり盗撮したりしねーだろ

男性痴漢の怖さを伝える」じゃなくて、完全に腐女子ヘイトだろ

男性痴漢の怖さを伝えるたとえ話を考えた

冬頃だったか、『男性痴漢の怖さを伝えるたとえ話』として、『女性男性をいつでも咬みつく世界』っていうのを見た。

 

 

それは、わたしとしてはイマイチぴん、と来なかったし、

実際、『美女に咬まれるならご褒美です』と言う男性も見かけたりしたので

わたしとしても同じくたとえ話を考えたのだった。

 

  

一般的エロ』と『BL』の立場が逆転した世界

 

あなたは、17歳の健康優良男子である趣味野球とかサッカーで、太陽の下で爽やかに汗をかく。最近クラスに気になる女の子なんかもいる。

 

 

あなたはふとコンビニに立ち寄った。若い女性が笑みを浮かべて、雑誌コーナーの角に常設されたBLコーナーで18禁BL立ち読みしている。

それは日常にありふれた当たり前の風景なのだが、エロBLの表紙に浮かぶ『健康野球少年鬼畜コーチにゆっくり脱がされて……?』なんて見出しを目にしてしまった時は

ああ、俺はなんて失敗をしてしまったんだろうと自分を責めた。

胸に感じる不快感は、自分がうっかりあのコーナーを見てしまったせいだ。あれは見てみぬふりをしなければならない。

そもそも、何でコンビニ18禁BLコーナーがあるのか、という問題提起をすることはなかった。生まれた時からある、当たり前だからだ。

 

 

 

あなたには仲の良い友達がいる。それは、クラスメイトかもしれないし、部活仲間かもしれない。

あなた電車通学だ。友達と一緒に電車に乗り、他愛もない話をしながら下校している。

ある日、あまり友達の話が面白かったから、少し過剰にスキンシップをした。それは、頭を撫でたりとか、胸を叩いたりとか、そこまで派手ではないアクションだ。

しかし、瞬間近くにたまたま居た女性が、鼻息荒く傍らに居た、彼女の友人らしい友達に話しかけた。

「ネェ、あの子たちどっちが攻めかしら!」

「えーわたしは髪が短い子かなぁ」

そこから先は、あなた友達の濡れ場が、さも楽しそうな猥談として展開された。近場に居る人はそこそこ耳にしているはずなのに、誰も彼女達を咎めない。

それどころか

「ちっ……公衆面前でイチャつくからこうなるんだよ」

と、あなた友達を責めるような声まで聞こえた。あなたはたまらなく恥ずかしくなって、急いで次の駅で降りた。

 

 

降りた駅で、友達と話した。

「一緒に下校するのやめようか」

「ええ、俺はなにもわるいことしてねぇよ! おかしいのあの腐れた女たちだろ!!」

あなたはそう抗議したが、友達はその日以降一緒に帰ってくれなくなった。

 

 

悔しくなったあなたは、いくつか上の兄に相談をした。

「あのなぁ、人様の見えるところで過剰なスキンシップを取るお前が悪い。俺だって課長に目を付けられないように注意して……」

しかし、兄の職場愚痴に変わってしまった。

兄は兄で、仲の良い同僚と一緒に居ると、セクハラ上司として名高い課長に「やっぱり兄くんはそういうところが受けなんだよ~~」とからかわれるらしい。

それは、昔からよくあることで、デフォルメされて何回もドラマ漫画に登場している、本当にありきれた話だ。

ありきれた話なのに、いざ自分当事者となると、あなたは悔しくて悲しくてしょうがない。

ついには匿名掲示板でそのうっぷんを晴らそうとするが、帰ってくる反応は

イケメン自慢乙」「つーか自分に自信がなきゃそんなこといえないよねwww」

「女だってブサメンイチャイチャしてるのはイヤだし」「本当はそう言う気があったんじゃないのwww」

と、からかわれるばかりで、あなた心配してくれたのは少ない人数だった。

 

 

 

本屋でもDVD屋でも、基本的にはキラキラとしたイケメン揃いのものばかりだった。

男性ターゲットとしたかわいい女の子商品は、『殿方向け』と固有ジャンルとして呼ばれ定着していた。

最近は『殿方向け』もその数を増やしていたが「最近は『殿方向け』ばかりが多くなってアニメ自体面白くなくなった」「『殿方』は文化衰退の敵」と

過激な事を言う女性も少なくなかった。

『殿方向け』愛好家は、ひっそりと愛好家同士で繋がりをもち、自慢のエロ披露していた。

それは本当にクローズドものだったが、昨今のSNSの発達でその存在感を示し、その存在認知されはじめた。

はいえ、テレビではBL的なものはあたりまえに流れるにも限らず、『殿方向け』に限ってはNHKなどで特集され、やや特殊オタク、として扱われていた。

まだまだ、BL一般エロの間には溝があるのだ。

 

 

こんな問題もあった。ある時期、性悪な男が「今、この人俺に向かってひどいことをいいました」などと女性に吹っかけて、名誉棄損罪で訴えたり、金銭要求したりしたのだ。

時にはグループで行ったりもしたこの『クサレ冤罪』は社会現象となり、それ以降、冤罪に怯えて女性たちは電車に乗った。

いつ、目の前の男性自分を指さして名誉棄損で訴えて来るかわからない。『絶対に声がでないマスク』が流行し、女性たちはそれをつけて電車に乗った。

いわく、このマスクをつけていたから、彼に対してBL妄想など口走ってません、というモノである

 

 

しかし、冤罪の恐怖は本当におびえている被害者さえも萎縮させてしまった。

あなたいくら自分の身に起きた悔しい思いを訴えても「大げさ」「冤罪目的なんじゃない?」とフタをされてしまったのである

あなた高校生のうちに、何度か同じような目にあった。スポーツマンタイプ高校生腐女子の好物なのだろうか、数えれば一週間に一度は『自分対象としたエロ妄想』を耳にした。

ひどいと写真を撮られたりもした。ひとりで居ても、妄想を話されることもあった。3人で居たら3P妄想だった。

男子高生のあなたは、酷い性的暴力の嵐の中に居た。

でもあなたは諦めていた。これはそういうもので、逆に商品価値さえあるんだ。自分は貴重なんだよ、うん…………

そう思うことで自尊心を保ち、生きづらい世の中を、あなた今日電車通学していくのである


 

 

読んでイヤな気分になったのは

書いていて思ったが、読んでイヤな気分になったのは、男性自身よりもむしろ腐女子のみなさんではないかと思う。

一般エロBLを逆転してみた結果、そもそもの目的が『男性痴漢の怖さを伝える』っていうのもあり、BLが完全に悪者になってしまった。

しかし、性的なモノを扱うって言うのは時に酷く対象を傷つけると思うのだ。

腐女子には古来より『隠れる』『当て字』『専門用語』と身を隠す忍者の様な文化があるが、それはきっとその為だろう。

SNSの発達により、そういったものが廃れつつあるが、わたしとしてはある程度の『隠れ』は必要だと思う。

 

 

そして、男性のみなさんも、もしこちらを『腐女子ってサイテーだな!』と思ったのならそれはお門違いだ。

ほとんどの腐女子公衆面前で、聞こえるところで萌え話はしない(まぁ、一部のキチガイは除いて)

本人に無理矢理干渉し、自分妄想リビドーを果たす、それが痴漢なのだ

もし、『腐女子ってサイテーだな!』って思ったのなら、それが女性が日頃思っている『痴漢死ね』の気持ちである

任天堂映像戦略から妄想を膨らませる

スプラトゥーンCGアニメは非常にありそうです、シオカラーズEDダンスする姿が目に浮かびますもん(笑)

ただ映像作品を作って新作ゲームタイアップするだけなら、色々挙げられたように、色々やってるんですよね。

なので、もう少し予想を膨らまして、こんなのが面白いかも、を考えてみました。



ずばり「映画館にアミーボを持って行こう企画」です。



ポケモンだと、もう十年ぐらい映画館ゲーム機ソフトを持って行くと新しいポケモンが貰えるんですよね。

なので、その応用で映画館劇場内に「アミーボをタッチするとアミーボに特別データ記憶させる機械」を設置する、なんて楽しそうです。

これの利点は家庭用ハードリリースされているソフトでも、映画館に行ったこととの連動が出来る事ですね。

スプラトゥーンのアミーボを持って映画館に行って、専用の機械にアミーボをタッチして、特別コスチュームをゲット! とかどうでしょう

(え?、映画の前売り券にダウンロードコード付ければ良い? あー、それもそうかも)



で、ここからさらに、予想を大きくして、

任天堂映画でアミーボに記録したデータを遊ぶ専用の総括ゲーム」が出る事を予想します。(我ながら、予想がデカすぎますが)

アミーボは、一つのソフトデータしか保存できないという特性がありますよね。

からスプラトゥーン映画を見に行って、ガールのアミーボに特別データを保存したら、

次のマリオ映画を見に行ったときに、ガールのアミーボを使って、マリオ特別映画版再現コースダウンロードできないじゃないですか!?妄想妄想を上重ねしています

もちろん、マリオ映画マリオファミリーのアミーボを使えっていうのがスジですが、そこはわざわざ球団を売って作った資金です、どでかく行きましょう。

それがズバリ任天堂映画でアミーボに記録したデータを遊ぶ専用の総括ゲーム」こと



ミートモfor任天堂ムービー」です。



このゲームは、ミートモの家庭用ゲーム機版ですが、アミーボで映画館から持ってきた「映画見たよデータ」を使って遊ぶゲームです。

そう「映画見たよデータ」がある人しか、遊べないんです。

から逆に言えば、ネタバレし放題!

Miiの部屋には、見た映画DVD(のポリゴンモデルです)が蓄積されていって、

そのDVDゲーム上で使うと、Miiが「スプラトゥーン映画シオカラーズライブシーンはどの曲が格好よかった?」みたいなネタバレ質問をしてきて、

答えると、フレンドの答えも見れちゃう



なんて感じで、ゲーム映像の融合がアミーボを介して行われたら面白いなあ、

と思って予想を膨らましてみました。


---

とうとう来た任天堂IP映像コンテンツ化を、今のうちから予想しておく!

http://yamanashirei.blog86.fc2.com/blog-entry-2104.html



コメント欄に書いた内容のコピペ

考えてて楽しかったので、忘れないようにするため、はてなに持ってきとく。

2016-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20160518125709

否定する根拠が何もないのにニセ科学批判の連中がウゼえなあと思って

あいつらネトウヨのくせに患者人権踏みにじって病気まで妄想扱いしやがって

人間のクズ所業

患者に向き合おうとしないレイシスト

自身が集合無意識排除されにかかっているという妄想

少しあれなものが混じっているかもしれないと自身を振り返る

日常生活をやるにはややテンションが高い考え方だ

2016-05-17

地方東京と俺

「都会人気質人間が全員都会に行ったら、非都会には非都会人気質人間しかいなくなるじゃん」というトートロジー的な思いを昔から持っている。これは、東京に行きたいのに行く根性のない自分に対する肯定から来る思いだろうか。それともこの戯れ言自体が、丸の内のシュッとした金融っぽい会社に颯爽と通勤する平行世界自分妄想なのだろうか。



四国某市で生まれ育ち、大学関西某市で暮らした。地元でも下宿先でも、味わったのは「アーケード商店街」の衰退だった。実家の近所には人口の割には人通りの多い(多かった)商店街があった。家族でよく行った「おたこう」の親父は連帯保証人になって知り合いの借金抱えてどこかで死んでしまったという噂を最近聞いた。下宿から原付きで川を渡って行った。たまに競輪も寄った。大学の居心地が悪かった俺は、好きだったアーケード雰囲気を味わいに、もしくは学生ほとんど見かけない空間でうろうろしたかったのか、その心境は定かではないがあの界隈をさまよった。人もまばらな、昔からやっていた百貨店がつぶれた。



隣の隣街のイオンに行く人間が多かった当時、俺は相当変わり者だったと思う。その頃から喫茶店銭湯巡り・レコードあさりサブカル漫画などに目覚めた。両親が無職だったため当時貧乏学生だった俺は、少年ナイフの某曲冒頭のメロディがかかる場所に行く交通費さえ惜しく、部活等の予定がなければ大抵は「市内」に出掛けていた。これを4年続けていたため、次第に都会を受け付けない体になっていった。



就活を期に坂の上に引っ越した。原宿がなくなったのでタワレコがなくなって大ショック。その時点で駄目すぎ。それでもDUKEにはよく通ったが。東亜も潰れた。街はシャッターだらけになった。年末年始くらいしか人が多くない。隣町のショッピングモールに行く奴ばかり。仕事もつまらん。彼女とも別れた。街でもモールでも小中高の知った顔に会う率が高すぎる。給料も安すぎる。なんか街も嫌いになるし文体適当になる。あの商店街にあったレコード屋って引っ越してクソになったよな~。そういえば原宿の跡地に明屋はいってたな。なんか、東京っぽい感じの。おしゃれ文具とかおしゃれカフェとかあるの。フーンって感じだった。



親戚の親戚の知り合いぐらいの人が会社をやっていて結構稼げるとのことだったので引っ越してまで転職したのに稼げなくて色々騙されたけどまた別の会社転職して、ここはある種の東京かと思ったが俺の幻想だった。もう出たほうがいいと思う。ここは京都バッタモンだ。ハリボテのような風景だ。あの美術館のおかげで戦火を逃れたという噂もあるが。引っ越し最初は新鮮だったがもう飽きた。ただ東京っぽさを出そうとしてる店も出てきた。東京東京しかないのにねえ。田舎者の考える東京という感じか。バーも、そういう感じの店が多い。



安定収入を得たのと出張で年に何回も東京に行くが、行く毎に魅力が増していく。大阪もそう。そもそも自動車社会って自体ダサいセンスない。サブカル知らない。馬鹿ドキュンが多い。皆程度が低い。一人で飲む奴・一人で外出する奴をバカにする・変人扱いする。俺はそういう事は絶対にしないぜ。車も持っているが、ほとんど使わないぜ。大体さあ、「車持ってないと生活できない」って、俺の地元の兵藤くん家族全員チャリで揃ってどこにでも行って「生活してた」けど、あいつらは「生活出来てない」の?違うだろ。単にみじめなだけだろ。もっと物理的な「クソ山奥」とかの話ではないのか。程度問題だろ。それが加速したせいでイオンばっか儲かりやがって。イオンが一番栄えてる地方都市って観光に行った時にイオンが一番なせいでそこ独自喫茶店とか洋食屋とか飲み屋とかその他ILLな店が全部潰れた後なんだよな。俺みたいに商店街自体が好きな旅行好きにとっては不遇の時代で、イオン肯定化する奴は全員敵ぐらいに思っているし最初に書きたかった事も忘れた。遊びに来る友達は皆いい街に住んでいると皮肉か何か分からないが褒めてくれる。地元の奴はこの辺には来ない。車が混むし来ても駐車場が高いから。金曜は職質されそうでヒヤヒヤしたが大丈夫だった。どの店に行ってもその話題でもちきりだった。居心地は正直いい。あと案外よそ者扱いされないというか。俺が鈍感だからかもしれんが。余談だがあの地区のはずれに、タランティーノ映画と同じ名前居酒屋があっておすすめ。あと林源十郎商店は文具好きにおすすめですねえ。あとオレ文具大好きなのでうさぎやのあるこの県は最高だなあと時々思う。長い。どうせ誰も読まないから俺の日記みたいなものか。



はてなのやりすぎで、東京絶対的な正しさに洗脳されてる気がする。シュッとしたITベンチャーでジットハブとかを使わないと死ぬ気がする。東京教、略して「東教」みたいな宗教ないのか?入信したい。ムスリムみたく一日何回か東京タワーのある方角に敬礼的なことをする地方民。そういえばこくまろ潰れたらしいな。バラも火事になって移転したらしい。南海湯も閉湯になって取り壊されたらしい。あそこ築100年くらいだったと思うんだけど。紀和温泉もよく行ったなあ。関係ないけど、あの辺って遊郭っぽい所ないか



7月から吉祥寺引っ越します。今週末に物件を探しに行く予定です。

童貞を捨てたい。セックスがしたい。

何なんだよ日本

イチモツ活躍じゃねーのかよ。

29年出来てないんだけど?

どうすんだよ俺活躍できねーじゃねえか。

だってお前らみたいにセックスしてみてえよ。

普通にデートして、手繋いだりして、一緒にご飯食べてくだらない事を話して、ちょっとお酒も飲んだりしていい感じになって、良かったら家に来ないか?って勇気を出して聞くんだ。それで家に来るんだけど俺、どうしていいかからなくて、気まずい無言の時間が続くんだ…

でも、流れでキスして、舌を入れるんだ。服を脱がして、ブラに苦戦して、パンツを剥がすんだ。

これがマンコか!!!

それで触って、指を挿れたり舐めって、もちろん俺もしてもらうんだ。

何だこれは!!!!!!!!危ないっ!!!

オカモトを装着するんだけど、上手く転がってこないうえに、毛が挟まって痛えんだ。そんな事に集中している内にチンポが萎えしまいそうになったりして焦るんだ。でも何とか持ちこたえて始まるんだ。上下に良く馴染ませるんだ。

かい!!!!!!!!

どうやって動いたら良いんだ、こうか?これでいいのかって。上になってもらうんだ。でももう近づいている限界

まだだ、まだだ、俺にはしたいことがもっとあるんだ、ここで終われねえんだよ…

終わった…

やりたかったことの10分の1も出来なかった…




こんな妄想なんかじゃなくて、1回でイイからしてみてえよ!

お前らカネがないとか、就職だ、上司がなんだ、色々言うけど、夢1個叶えてんじゃん!!

俺みたいに29年出来ない男だっているんだぞ?死ぬほどしてみてえよ!!1回でもいいから。

何なんだよこの中指と薬指!!タイピングするためじゃねえっつーの!!2本死ね!!

性欲の欲槽がすぐに一杯になって、次から次へと溢れてくる。

頭は真っ白になってどうしたら良いかからくなる。

死んでもしてやる、30までにかんじょ作って1回はしてやる。このまま終われるかよ…

あと3時間と少しか

俺に神などいなかった…

こんな愚痴コナンで吐くことになるとは思わなかった。

これから書く文章はただの1女オタク(夢女子腐女子兼任のしょうもない愚痴になる。


名探偵コナン純黒の悪夢公開以降あるカップリングがめちゃくちゃ流行ってる。赤安。もともと大好きなCPだったか流行り始めはめちゃくちゃうしかったもののここ数週間の盛り上がりは異常だ。例えるなら黒バス弱ペダとうらぶおそ松の爆発的なヒットに似ている(PixivTwitterでの盛り上がりについての話だ)。


純黒の悪夢は本編にミステリー要素は少ないながらもド派手なアクションシーン、天海祐希という史上最高のゲスト声優による迫真の演技、少年探偵団たちの活躍博士の有能さ、そして何より赤井秀一安室透の直接対決からの共闘が見られるかなりエンターテイメント性の高い映画だった(個人の感想です)。初見ときには涙を流し放心してしまった。というのも私は赤井秀一が大好きで去年からこの作品の公開を楽しみにし続けてきたかである。私は人生殆どコナンと歩んできたといっても過言ではない年齢なのだが、初恋怪盗キッド運命の人白馬探、永遠の憧れが赤井秀一、好みのタイプは沖矢昴というただの悲しい女オタクであり、さらに腐っているので冒頭に述べた赤安もおいしくいただいていた。


純黒公開前までは。


公開から日経ってから見に行ったのだが、ネタバレ回避のため離れていたTwitterPixivを鑑賞後に見て驚く。

(((赤安増えすぎじゃね…????????)))

初めのうちはあまり気にしておらず、むしろ好きなCPキャラクターイラストがたくさん見られてうれしいな~くらいに思っていた。ところがどうだ、実際増えたのは赤安赤安赤安赤安そそて赤安。赤井秀一安室透単体ではない。どれもこれもCP要素のあるものばかり。そして赤井秀一は右利きにされ安室透は若干色が白い(私の記憶が正しければ服部平次安室透は同じトーン)。


それはなぜか。答えは簡単、”今までコナンにあまり興味は無く、せいぜい幼いころに見ていた程度の層"が,今回"純黒を流行りに乗って見たところ赤井安室関係性を好きになり”そして”まとめサイトなどを適当に読んで知識をつけ(たつもりになり)それにより赤安を語ろうとしているから”だ。少なくとも私にはそう見える。(実際Pixivコナンに興味はなかったけれどまとめサイトだけ読んだので~という文章を見た。)


もちろん全員が全員そうではないだろうし純黒を見る前からもともと好きだったという人はたくさんいるとは思うのだがあまりにも”適当にわか”が多すぎる気がしてならない。


前述したとおり私は殆ど人生コナンとともに歩んできたが、それを別に驕るつもりはないし別ににわかだって増えていい、ただキャラを、CPを語る前にまずキャラを好きになってほしいと願うだけだし本当に好きなのかを1回落ち着いて考えてみてほしいだけだ。人生とも呼べる1作品流行になって消費しつくされすたれてしまうのが嫌で、これまでそうなった作品のように荒れてしまうのも本当に嫌だ。つらい。まじでつらい。自分みたいなファン所謂厄介な老害といわれるのもわかる。すまない。それでももう少しだけ書かせてほしい。


別に人生をやり直して赤井秀一との出会いと別れと再会をリアルタイム体験してこいとは言わない(実際体験できないのは本当にかわいそうだと思うしそこに優越感を感じるのは許されていいと思うし沖矢昴の正体を最初から赤井秀一だと知って見るのはまったくもって悲しいことだなと思う)。それでも今からゆっくりでも原作コミックアニメを見返すことはできると思う。最近赤井秀一安室透に関しては赤と黒~、ミステリートレイン緋色~を見ておけば良いという輩がいるらしいがいいわけがない。初登場のあの怪しい赤井秀一を見てほしい。赤井秀一を知ってほしい。赤安が好きというのであれば赤井秀一安室透を自分の目でどんな人物であるか見極めてほしい。


面倒だなと思うかもしれないがこんなことを言わせてしまうほど魅力的な男なんだよ赤井秀一は。異次元狙撃手を初めて劇場で観たとき、あのラストシーンで泣いたあの時の気持ちを少しでもいいからこれから赤井秀一を好きになる人たちにわかってほしい。






5.18 追記

こんな戯言が多くの方に読んでいただけているようで驚きました。

(ちょっと気になるコメントにたいして)

①一応、ただ「ニワカが大好きなCPを私が想ってるのと違う形で消費するの耐えられない」というだけの文章ではないのでご所望の通り改行を入れ、ほんの少しですが読みやすくしてみました。

キャラを本当に愛した上であなたの仰る「強制ホモ妄想」が出来てしまうのが腐女子だと思っています。厄介な生き物ですみません

面倒なりに私はこれからコナンを愛していきますありがとうございました。