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はてなキーワード: 正月とは

2017-02-21

しかしたらルペンが勝つかもしれんね

ブレグジットトランプで去年は儲けさせてもらったけれど、フランスは無理だと思っていた。

正月の集まりではルペンなんてありえないよと言っていた。

でも、もしかするともしかするかもしれない、くらいのところまできている。

しかし、久々の女性首相がまたもレイシストというのは話としては気が利いている。

フランスらしい。

当選したらエディット・クレッソンに負けじと差別発言しまくってほしいところ。

しかし、このエディット・クレッソンだが社会党所属だったというのが凄い。

これで左派自称してたというのだからから見ると笑える。

昔の左右の軸は経済問題だけだったようで、それはそれで幸せ時代だったのかもしれないけれど。

伊東さんがやけに煽っているのでその気になりそうだ。

困る。

女叩きはいつになったら少しはマシになるんだ?

女叩きはいつになったら少しはマシになるんだ?

見るに耐えない女叩きは2017年には減ってくれと願ったが無駄だった。

新年一発目からやなもん見た

正月男尊女卑」に対する男のコメント

男の醜さ、救いようのなさは想像を超えていた

もう充分失望しきったと思ったのに

減るどころかどんどんひどくなっていく。どんどん悪くなっていく

攻撃すればするほど自分被害者だと思い込む典型から、増えても減ることはないだろう

もう日本ダメだ。近いうちイスラム国にも越される。そのうち世界一男尊女卑国家になる

2017-02-20

病気の世話から逃げているうちに祖父が亡くなった。

祖父が亡くなった。

数年前から退院を繰り返しており、たまに発作も起きて、病院迷惑を掛けていると聞いていた。

また入院することになったから、見に行ってやってくれと親から言われていたが、何かと理由を付けて行くのを先延ばしにしていた。

体調が落ち着けば行くつもりだった。何より、入院している祖父の姿を見たくなかった。

何かあったところで、自分には何もできず足手まといだ。荷が重い。そう思っていた。


祖父はそれほど遠くないところに住んでいて、行こうと思えばすぐ行けた。

最後に会ったのは正月明けだった。

ただなんとなく顔を見せて、お菓子を食べながら夕方ニュースを見て、すぐ帰った。

「またおいで」と言われたのが最後だった。

数日前まで、あんなに会うのをためらっていた自分を恥じた。もっと会って、いろいろな話をしておくんだった。

「おじいちゃんはあなたを一番かわいがっていたんだよ」

葬式で何人かにそう言われるたび、自分を責めた。

つい先日、出張に行ったとき、なんとなく手ぶらで帰ってしまった。お土産を買って、仕事は嫌々ながらも、何とかうまくやっていると言っておけばよかった。


出棺のとき、棺に思い思いの品が入れられた。何も持って来られなかった自分に後悔した。

棺に寄せ書きの手紙が入れられた。控え室にメッセージを書くよう置かれていたものだ。懺悔言葉しか思い浮かばなかった。どう書いていいかからず、やがて式が始まってしまった。

自分名前すらも書けないままだった。最後手紙でさえ、自分言葉を綴れなかった。また一つ後悔をした。


俺は馬鹿だ。こんなことを増田に書いてどうなるっていうんだ。自分言葉ネットに流したところで、じいちゃんには届かないのに。

たまの休日なんて、大したことはやっていなかった。休みの日に部屋にこもってダラダラとネットを見て過ごすぐらいなら、もっと会いに行けばよかった。

ネットよりも、リアル大事にすべきだった。


(追記)

ブコメ>narukami 人から「かわいがっていた」と聞かされたところで特にここに書くような思い出もないのでしょう?

長くなるし、まとまりがつかないので省略しているが、幼少の頃から祖父は近くに住んでいてよく遊んでいるので、たくさん想い出がある。

亡くなってから日経つが、昔一緒に遊んだ想い出ばかり蘇ってくる。


進学をして、社会に出ていくうちに自然と絡む頻度は減っていって、ここ最近は親戚付き合いが面倒に思っていたところだった。

まだ介護までには至っておらず、これから覚悟を決めていく前に、あっという間に逝ってしまった。お礼の一言も言えなかった。

それまでの自分のぞんざいな考えや行いが、これほどまで後悔を生んで自分を苦しめると思わなかった。

残された祖母と両親へは、もう二度とこういう気持ちにならないよう、意識的に付き合いを増やして、介護にも逃げずに最期まで向き合いたいと思う。

2017-02-18

[] アシスタントが欲しい

気づいたら正月から何も書いてなかった。

最近すごく忙しい。忙しすぎてオナニーも週2回しかできていない状況です。

誰かアシスタントやってください。



アナル増田

籍だけ入れて完全別居夫婦って

互いに先生という職業についている男女がいるのだが

30代半ばでお互い入籍→一切性交渉なし→二人共遠方に(大阪東京で)完全別居→それぞれの職場で既婚は聞かれたら答えてる程度→正月とか互いの実家親、親戚など集まりがあったら会うだけ会いにいく→連絡は急病災害等の緊急事態連絡のみ。プライベートまったく干渉しあわない

資産個人管理 共有なし。

これが世間体を保つために結婚しているという状況だが社会的制裁はとくに受けないものなの?

片方がもし死んだらそれなりの処理あるのだろうか… あれって愛しあわなくてもいい履歴書ステイタス示すのみの合理的結婚ってわけなのだろうか

2017-02-15

小町化する増田と、張本化した小町

最近日本死ねやそれに続く小町じみた内容の投稿には、正直そろそろうんざりしている。

自分も「小町でやれ」とトラバ飛ばしたくなってくる。

だが、小町で同じことを言ったとして、果たしてこうもバズっただろうか。

多少身内で盛り上がるかもしれないが、そこから外への広がりは期待できそうにない。

正月のアレにしても、「小町のことだし、どうせ年中同じこと言ってんだろ」と片付けられたはずだ。

ちなみに、小町個人的な印象は、「メインユーザーは暇でやたら自己顕示欲の旺盛な主婦層」で、

そいつらもドン引きの内容を投稿し、『びっくり』とツッコミ書き込みの集中砲火を食らっても、

なお己の見解を曲げようとしない業突張りの巣窟」というものだ。

これがどの程度正確かはともかく、いったんそういうイメージが多くの人の間で定着すると、

もはや何を言っても「小町発」という冠がついただけで割り引かれてしまう。

からこそ、主張の場は小町ガルちゃんではなく、増田でなければならなかったのだろう。



似たような例として思い出されるのが、日曜朝の張本勲である

番組では「御意見番」という扱いだが、もはや氏の意見など、言われるまでもなく誰もが予想できる。

とにかくNPB至上主義であり、マイナースポーツを見れば「何が面白いのか」としかわず

危険スポーツを見れば「こんな危ないことしちゃダメですよ」としか言わない。

張本氏の場合は一周回って様式美の域に到達しているが、そうでなければただ退屈なだけだ。



増田が外部で取り上げられるのも悪いことばかりではないだろう。教育困難校の人も気の毒だと思う。

だが、「増田=かわいそうな人たちの叫び場」なるイメージが定着することには、強い危機感がある。

多様性を失い、陳腐化した先には、メディアとしての衰退が待ち受けているからだ。

現実増田がそうであるように、他からイメージにもまた多様性必要なのだ

そういうわけで今からうんこ漏らします!

2017-02-14

教えてほしいことがあります

この前の正月の話。

久々に実家家族全員集まって、皆で卓についておせちをお食べているときに、クッソしょうもないことで兄夫婦がグチグチと口喧嘩を始めた。

最初はどうでもいい言い合いだったのに、だんだんヒートアップして義姉(兄の嫁)が「おまえは給料が低い」とか「いつも自分のことばっか」とか言い始めた。

実際、兄の仕事は激務薄給で大変なのは家族全員知ってるから、おいおいそれは言っちゃダメだろみたいな空気が流れた。

義姉のこの罵倒ブッチンした兄がヤバそうだったから、僕が落ち着けっつって兄を制止しようとしたら、「おまえは関係ないだろ!!」って言ってきた。

ここで僕も頭に血が上って、「正月早々うるせーんだよお前ら!!」って年に1回あるかないかくらいの大きな声を半泣きになりながら出した。

そのあとは、親父とお袋が何とかなだめてその場は終わった。

ここで質問なのですが、大きな声を出すと目頭が熱くなって涙が出てくる現象は何というものなのでしょうか。感情が昂ぶり大きな声を出すと毎回こうなります。僕の身体が異常なのでしょうか。教えてください。

2016.12危機についての報告

昨年12月我が国(うちの家)では、人口増(ママ第2子出産)による政府ママ負担の増加による治安悪化顕在化してきた。

旧宗主国ママ実家)は、人道的支援名目派兵(おばあちゃん)を政府に打診(ママ電話)した。

しかし、以前に行われた派兵では、地域的な隔絶によってしばらく文化的交流が行われていなかったことから原住民(第1子、2歳)との摩擦、エネルギー問題(慣れないキッチン)、廃棄物問題ゴミ分別)等で政府連携がとれない事態がしばしば認められた。

そのため、旧宗主国による援助は、原料(畑の食材)および経済的支援にのみに限定された。

12月末、原住民(第1子、2歳女児)に伝染病風邪)が発覚すると、状況はさら悪化した。

事態を重く見た政府ママ)により非常事態宣言が発令され、軍(パパ)の国外(家の外)からの一時撤退(パパ年末の休暇)を機に、国民家族)の生命に関わる炊事活動権限行政ママ)より軍(パパ)に移行。続いて伝染病を封じ込めるため、感染者の移動の禁止(寝室はママと新生児のみ入室)の命令が下された。

しかしながら、原住民(第1子、2歳女児、待ちに待った弟と関わりたくてしかたない)の度重なる命令無視(寝室への侵入)が認められたため、強制移住リビング区切りそこで生活)および軍(パパ)による監視隔離した場所子供用布団とパパは寝袋)を実施した。

軍(パパ)の疲弊は大きく(炊事大変、寝袋腰痛い)、原住民(第1子、2歳女児キャンプみたいな状態楽しい)の勢力を押さえ込むことができなくなっていた。

また、原住民(第1子、2歳女児、一人ではじっとしていられない)の移動禁止監視が長引くにつれ食料不安がおきつつあったが、原住民活動の低下(お昼寝)を見計らい、ゲリラ的に軍が輸送(パパが買い出し)を行った。

当初、国民全体で祝うはずであった新年行事外遊(パパママ実家へのあいさつなど)は中止となり、政府ママ)の負担は減少したため次第に行政機能を取り戻し、原住民(第1子、2歳女児、やっぱりママとも遊びたいよね)への教育も次第に効果をもたらしたため、治安はほぼ維持される状態となった。

これをうけて、1月に入ると、軍(パパ)の国外駐留年末年始休暇の終了)を機に非常事態宣言は解除され、我が国治安正常化した。



反省

行政能力ママの体力)は人口増(出産)により想定以上に低下した。

連携のとれない派兵(おばあちゃん)の撤退問題国内に留めた点で評価できる。国際問題化を未然に防いだ。

・軍の練度(炊事活動他)は常に維持する必要があることを認識した。

原住民管理重要性(一番忙しいとき風邪をひく)を認識した。

・軍(パパの仕事)に余裕があったのは天佑であった(正月休みでなかったら・・・)。

・食料備蓄重要性(買い出しも負担になる)を認識した。



評価

旧宗主国の援助を受けつつ、挙国一致で平常化に邁進できた。

・軍(パパ):権限委譲され、政府機能が復帰するまで国民安全確保に努めた。

政府ママ):一部権限を軍に委託することで、政府機能回復を最優先とするこができた。

原住民(第1子):伝染病に負けずによく食べた。弟と仲良くね。

・新たな国民新生児):生まれてきてありがとう

2017-02-12

教師を助けてください。

公立中高の教師に土日はない。

さすがに盆正月くらいは休みなので、

大体360日7時から23時まで働いている。

定時は17時だが、その時間に帰れたのは、何年も働いてきて片手で収まる程度。

仮に定時から1時間後の18時に帰れたとしても、保護者から、私は仕事なのに先生はもう帰ったのかとクレームがあるので、帰ることはできない。

塾に通えないのは差別から学校で見て欲しいという保護者がいるので、夏休み冬休みなどは朝から晩まで部活と塾のような講習授業。


怪我をすれば先生のせい。

喧嘩が起きれば先生のせい。

物がなくなれば先生のせい。

成績が下がれば先生のせい。

部活で負ければ先生のせい。

いじめが起きれば先生のせい。

病院に連れて行くのも先生

休んだ時に手紙を届けるのも先生

部活指導するのも先生

生徒のカウンセリング先生

生徒が自殺した場合ニュースで叩かれ、ネット教師の顔や住所が晒され、周りからは白い目で見られる。

保護者は言う。

先生が話を聞いてあげなかったか先生が何もしてくれなかったからうちの子は死んだと。


40人近くいるクラスの生徒、一人一人と話してもわからないこともある。こちらも人間です。

ラインtwitterなんて言われた場合。見せてと頼んでもプライバシー侵害保護者に言われどうしようもない。

一生懸命頑張っても残業代は出ないし、

土日は何時間働いても、1000円程度のお金しかでない。使う時間もない。残って仕事してるのは、自分意思。と言わされ続ける。

辞められるなら辞めたいですが教師転職活動もできません。360仕事ですから生活できないのです。

みなさん。

教師にまだ望みますか?

公務員からって羨ましいと思いますか?

保護者の皆さんは子どもの将来を壊して〜といいますが私の家庭はもう壊れているんです。子どもをきちんと育てることもできないんです。娘ときちんと話したのは、何日前か覚えていません。旦那に任せきりだから


助けてください。

自殺すれば変わりますか?

とりあげてくれますか?

それなら私は犠牲になります

それで変わるなら。


お願いです。この現状を知ってください。そして、助けてください。

2017-02-08

とあるドキュメンタリータイトルが思い出せない。

とあるドキュメンタリータイトルが思い出せない。

数年前、お正月に妻の実家で見た番組で、どこか地方の子供達数人を大人になるまで、数年単位定点観測する番組で、結婚して幸せになっている子がいたり、どこかのなんらかの旅館掃除仕事して籠りがちの生活している子がいたり、あんなに賢そうな子が大人になったら…みたいに人生いろいろだな~とお正月からちょっと切ない気持になりながら見ていた。

妻の父がチャンネルを回してしまい、最後まで見れなかったか最後まで見たい…。

実家に帰る頻度

別に正月に帰らなくたっていいだろ。

大体GWとかお盆とか年末年始なんか交通機関混みまくってるから移動するのが億劫だし、

何より、貴重な長期休暇を自分のために使うのは悪いことじゃないだろ。

ていうか「顔を見せに帰ってこい」なんか言うけど、そんなに顔が見たいならそっちがこっちにくりゃいい話じゃねーか。

大体他の兄弟と同居してんだから一人帰らないくらいどうってことないだろ。他の兄弟とよろしくやってろ。



定期的に帰ってこい帰ってこいってうるせーからそうメールしてやったら見事に全部スルーしやがった。

来月土日のどっかで帰るかなぁと思ったけど、こう見事にスルーされるとなんだかなぁって感じだ。

2017-02-04

カルト2世もやもや。。。

カルト宗教2世漫画Twitter話題になっていたので。。。

私も母親が熱心な某学会信者だ。

父親母親が熱心に布教活動をすることに対して

かなり放任主義だ。

 

私やほかの兄弟

まれた時から入信させられている。

正月新年勤行会に連れていかれた。

七五三も近所の会館に連れていかれた。

キレイな服を着せてもらえるのが嬉しかったし、

さいこからそれが当たり前だと思っていた。

 

 

中学生になったある日、インターネットが気軽にできる環境になった。

何気なしに某学会のことを検索するといろいろなことが。。。

そこで母親おかしいことに気付いてしまった。

でも、それを受け入れていた自分おかしかったということに気付いて

かなりショックを受けた。

学会に入っているというだけで避ける人もいるんだと。

 

そのころから、近所の集まりにも参加しなくなり、

部活が忙しいことを言い訳にして)

まり家庭訪問がうっとうしいので

突然一人暮らしを始めてみたりもしたのに

母親が某学会に私の居場所勝手に伝えてしまった。

見知らぬ人がしょっちゅう部屋のベルを鳴らす。

その恐怖を母親理解してくれなかった。

 

毎年年末年始帰省すると

今でも新年勤行会に連れていかれる。

それに行かなければ母親のご機嫌はとれない。

今年も行かない家族がいて

そのことに母親は機嫌を損ねてしまい、

なだめるのが大変だった。

 

私は今年結婚するので

来年からは行かないようにしたいのだが・・・

あと、義理家族勧誘をしないでほしいのだが・・・

言葉にはしてみたものの、やらない保証はなさそう。

 

自分母親のことを否定したくはない、嫌いではないけど

この点に関してはどうしても無理だ。

他人自分信仰押し付けるな! 

 

京都ヨーロッパが好きで、神社もお寺も教会も見に行くのが大好きだ。

初詣にも勝手に行くし、おみくじも引く。

他人はもちろん、カルト2世だって信仰自由はあるはずだ。

同じDNAを半分持っていたって、信じるものが違ったっていいじゃないか

そういうことを母親には理解してもらいたいけど

どうしたらうまくできるのだろう?

2017-02-02

夫の父親....

これって普通

1.実の親(夫から見て祖父母)と関係を絶っている。理由不明長男だが、次男に家を譲り「俺は遺産は要らない代わりに世話も見ない」と宣言実家とは30分の距離なのに盆も正月も会わないらしい。育てて貰ったのに....

そのせいで旦那祖父母と会ったことが数回しかないらしい。今度私に子供が生まれるのだが、そのことも伝えてないっぽい。会いに行きたいと言ったが、そんな必要はないと却下された。初ひ孫...お婆ちゃん会いたいんじゃないかなぁ....結婚する際には私たち夫婦から提案してご挨拶に伺わせて貰った。すごく素敵なおうちだったよ。なんでこんないい家を捨てるんだろ。

2.金持ちなのに金にがめつい

高卒だが、某大手家電メーカー就職し、課長ぐらいまでは出世できたらしい。早期希望退職制度に応募して数千万の割り増し退職金をゲット。現在再就職先で緩やかなサラリーマン生活。つまりお金に困っている訳ではない。

だが異様に金に執着している。まず妻に金を渡さない。お金に困った義母からたまに旦那に十万単位で金の無心がくる。また、勿論旦那家族と出かけた時の会計は全部うちがもつ旦那を育ててくれた両親。料理とか、スカイツリー入場料とか出すのは全く構わないし、恩返しだもんね。だが、買い物行くと数百円程度の菓子すら自分で出そうとせず人の買い物カゴにポンポン入れてこられたり、博物館とかの数百円の入場料すら当然のように出させられるとなんとなく...「さっき出してもらったしここはうちが」の一言が欲しいだけなんです。

この前、義両親が義母の母と同居を開始した。(老化が進んだので、田舎から引き取ったらしい)偉いとこあんじゃん、義父。と思ったけど義母から聞くと義父は義祖母から隔月で6万、義母の兄からも隔月で6万徴収しているらしい。やっぱり金か、とがっくり。別に私に関係ないけど、お前なんもばあみゃんの世話してないやんけ!身内から毎月6万もとるんかい

あんころ餅雑煮

っていつも正月香川の変わったお雑煮特集で言われるけど、あれ白味噌+あんころ餅で崩しながら食うんだよ。

から最後ほとんどぜんざい食べている感じで気持ち悪さはないよ。

お澄ましベースお雑煮を食べる地域には理解できないかもしれないけど、白味噌ベースならありありだよ。

2017-02-01

似たようなことを叔母にやられた

http://anond.hatelabo.jp/20170131120959

これと似たようなことを叔母にやられた。母方の祖母が亡くなった時の話だ。

私の母と、母の姉である叔母は元々あまり折り合いが良くなかった。私は母からしか話を聞いてないので一方的見解になってしまっているかもしれないが、少なくとも母の話を聞く限りでは、母の実家はかなりの機能不全家庭だったように思われた。

母は祖母ともあまり折り合いが良くなく(それでもたまに電話くらいはする仲だった)、年に一度の会う機会だった正月訪問すら数年ほど行ってなかった。母は心を病んでいた。折り合いの良くない親族と無理に会わせる必要はない、という父の判断だった。母もそれを望んでいた。

そんなある日、親戚(叔母ではない)から祖母入院したということを聞いた。どのような病状だったのか、私は詳しく聞いていないが、少なくとも、その時点ではそこまで深刻な状況ではなかったようだった。

夜、私がトイレに起きると、居間で母と父が何やら話をしていた。祖母のお見舞いに行くかどうか、みたいな話だったと思う。母は泣きながら「行かなきゃ、でも行けない」「怖い」「お母さんにも姉貴にも会いたくない」というような意味のことを言っていた。父は「無理して行くことない」と応えた。私はその話し合いに口を挟むことはしなかった(当時私はまだ高校生だった)が、私としては母の精神安定を最優先に考えてほしいと思っていた。精神不安定になった時の母に当たられることも多かったためだ。

それから1、2か月くらい経った頃か。部活動が終わって家に帰ると、部屋の中から母の泣き声が聞こえた。中に入ると、ぼろぼろに泣き腫らした顔をした母と、父がいた。処方された薬を飲んで、母が少し落ち着いた後、父から顛末を聞いた。

昼間、普段は全く没交渉だった叔母から母に電話があった。祖母葬儀を終えた、という事務的な連絡だったそうだ。錯乱状態になった母はなんとか父に助けを求め、父は会社を早退して駆け付けた。

泣く母を見るのは初めてではなかったが、あそこまでボロボロになった母を、私は見たことがなかった。

――してやる!

――してやる!

――してやる!!

目を血走らせ、物騒な言葉を口走る母を見て、人はここまで人を憎めるのか、と思ったのを今でも覚えている。

もちろん、私も叔母のしたことは許せなかった。何を思って叔母が「葬儀が終わるまで祖母の死を母に知らせない」という行動を取ったのかはわからない。叔母には叔母なりの理由があったのかもしれないが、叔母とはそれ以来絶縁状態になってしまったので、今さら聞きようもない。

❨実は私一人で一度だけ会いに行ったことがあるが、けんもほろろに追い返された。❩

「ひどい」とその時、私は父に言った。どんな理由があったかは知らないが、どうして祖母との最後の別れの機会を奪われなければならないのか。祖母のたった一人の孫として、理不尽だと思った。


それから10年以上が経ち、先日私は母を病気で亡くした。

葬儀の準備を進める中で、父が私に「叔母さん、どうしたい?」と聞いてきた。私は「一応連絡はしよう」と言った。連絡は父がしてくれた。電話がつながらず、直接話は出来なかったようだったが、電報を打って一応の義理を果たした形だ。

知らせない、という選択が頭をよぎったのは確かだ。しかし、人としてあの人と同じレベルにまで自分を貶めたくはなかった。生前に母に確認したわけではないが、母は多分叔母に来てほしくはなかったと思う。しかし、それとこれとは話が違う。人とのつながりの中で生きている一人の人間として最低限果たすべき義務だと私は思った。

数名しかいない、こじんまりとした葬儀だった。生前仲の良かった母の友達が一人来てくれて、棺の前で最後の別れをした。葬儀屋に渡された花をいくつもいくつも、数えきれないほど入れた。母の友達は「生前に渡せなかったから」と、手作り人形を棺に入れた。

「じゃあね。○○ちゃん、じゃあね」

結局、叔母は葬儀には来なかった。駆けつけてくれた母の数少ない仲の良い親族の人から「私も連絡が取れないからよくは知らないが、どうも年の離れた恋人暮らしてるようだ」と聞いた。繋がりを一つ一つ丁寧に断ち切るように生きてきたその人がどういう最期を遂げるのかは知らないが、私はその知らせを受けることはないのかもしれない。それでいいと思う。

そういうふうに、あなたは生きればいい。

http://anond.hatelabo.jp/20170201162813

盆暮れ正月を問わず、不定期に兄弟を尋ねてはお小遣いをあげて 手なずけておけばOK。

2017-01-28

線維筋痛症の痛みを「ルーシー」と呼んでみようかな。

線維筋痛症休職したあと、復職を前にして不安があったので、人生で初めてカウンセリングを受けることにした。

ありがたいことに、会社制度無料で受けられる。

医療行為ではない)


復職後2回目、通算4回目のカウンセリングで、とてもおもしろい話があったので、書き残してみる。



自分

線維筋痛症にせよ、慢性疼痛にせよ、痛みから逃げようとすると逆効果だ、ということは本で読んだんですね。

ある本には「パーティに招いてもいない嫌な親戚のおばちゃん」、

別の本には「痛みのモンスター(ただし実体も力もない)」と書いてました。

また「ロバが杭につながれて、もがくほど縄が食い込む、という禅の言葉、繋驢橛(けろけつ)」を紹介している本もありました。


なので、最近は「痛みさん、こんにちは」と言うようにしてます

まぁ、毎回は無理ですが(笑)



カウンセラー

それはいいことですね。

うちにくる方の中には、不快事象や症状に名前をつけている人もいますよ。



自分

名前ですか!

それは面白いですね。たとえばどんな名前ですか?



カウンセラー

ある方は「スナフキン」と呼んでました。

ふらっとやってきて、ふらっと去っていく。

いつ来るかは分からないし、彼のありようを変えることもできない、ということですかね。



自分

スナフキン

面白い、実に面白い……ストンと落ちました。

(このあと別の話題雑談



自分

そういえば、正月たまたま早く目が覚めて、NHKBSの慢性腰痛特番と、NHK総合スヌーピー映画を見たんですよ……

前者は慢性腰痛メカニズム後者安心毛布をどうしても手放せないライナスのお話でした。



NHKスペシャル腰痛治療革命 ~見えてきた痛みのメカニズムhttps://goo.gl/w4u4Y0

アニメ Happiness is:「スヌーピー幸せブランケットhttps://goo.gl/gvjAOs



自分

ひらめいた!

私は痛みを「ルーシー」と呼ぶことにしようかと思うんですが、どうでしょう



カウンセラー

いかもしれませんね。



自分

いいでしょう?

ルーシーは、いつやってくるか分からないし、理不尽だし、

でも、チャーリー・ブラウンライナスも、それはそれとして生きている。

野球チームにもいれてやるし、家から追い出したりもしない。



カウンセラー

ルーシーに乗っかかられたら、それはそれで痛いですしね。

痛みを否定することはせず、痛みは痛みで受け止めて、できることをやる、いいことですね。



自分

そんなルーシーが、ときどき精神科医にもなるあたりが、なんともシュールですね(笑)




この日は、結構スッキリした。

無関心な母親

母親は私に対して無関心だった。

衣食住もちゃんと貰ってた、大学も行かせてくれた。

しかしそれだけといえばそれだけ。

小学生の頃、テストで100点を取ってもふーんで終わり、95点だと駄目じゃんと言われた。

中学生の頃、とても気に入った服を見せたら鼻で笑われた。

弟の友達名前は覚えているのに、私の友達名前は何回言っても覚えなかった。

父親から虐待されたとき、味方になってくれなかたし積極的に引き離そうともしなかった。

クソ父親と一緒に住むのが耐えられず、家を出ると言ったときも、自分で稼いだ金でやってねと言った。虐待のことを知っていた癖に。

進学先や就職先を決めるとき、私は相談しなかったし、母から何も聞かれなかった。

就職先を報告したとき、ふーんと鼻で笑われた。

結婚するとき、私は相談しなかったし、母は賛成も反対もしなかった。

結婚しても全く連絡来ないし、こちらからも取る気はない。

会社の人とか友人から正月お盆になると実家帰るの?って聞かれるけど、帰る理由がない。

毒親認知されてきて、ネットにも情報があふれるようになってきたけど、

毒親母親というと、過干渉母親というのが多く出てくる。

私の母は全く干渉してこなかったけど、毒親だと思う。

私も母に無関心になってやると思っていたけど、

この文章を書いていたら、ずっと褒められたい、認められたいと思っていたようだと気付いた。

無駄時間を過ごしていたんだな。

もう少し早く気付きたかった。

2017-01-27

[]2017/01/26

退職した父は買い物以外は基本引きこもって、ボケ防止にナンプレばかりやってる

同じことばっかやっててもボケると思うけど別に言わない

鬱の病歴あるのと頑固で完璧主義・潔癖なところがあって、ルーチンを乱されるとすげーかんしゃく起こしてめんどいから

そんな父が、映画トマトのしずく)を見に行ったんだって

へえ!と思った

正月家族この世界の片隅にを見に行ったのが効いてるのかな

なんにせよいい傾向だ

2017-01-25

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2016年10月21日

「うわー、今度はあの会社が、”業界ジョーカー”を雇ってしまったんか……」世界中職場で働いていて…

デートでバレる「一生、モテない人」の3大欠点

1回会えば「二流の欠陥」は全部わかります

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2016年10月14日

「うわー、この人と話をしても本当につまらんわ……。食事なんかに行かなかったらよかった……」世の中に…

接待でバレる「一生、出世しない人」の4大欠点

二流すぎる「店、メニュー話題」はコレだ!

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2016年10月7日

「この人、『業界レジェンド』として有名な大金持ちやのに、接待となると細部にまで『手抜き』っちゅう…

2017-01-24

正月実家に帰ったら過酸化水素サーバーが有ったんだが

共依存脱却タイトルとしてのバイオハザード

バイオハザード6ピアーズという登場人物がいる。

主人公クリス尊敬しているという設定なのだが、基本的にこの人物プレイヤーに受けが良い。

エンディング付近自己犠牲的なシーンに涙したという理由が多くを占める。

物語の途中、部下の多くを殺されたクリスは怒りにかられて主犯のエイダ・ウォンを追い詰めようとするが、

その手段の選ばなさを薄々感じ取ったピアーズは進言のあまりクリスと一度不仲になってしまう。

その上クリスメンタル面を常に気にかけて記憶を元に戻そうとまでしている。

表面的に見れば暴走する上司抑制する良くできた部下だ。ところがゲーム中に集められる資料を見ると印象が変わる。

彼がBSAAという軍隊じみた組織はいったのは軍人であった祖父から伝統のようなもので、

入隊理由も仲間を専一に考えるクリスに心酔したからだという。入隊前は軍人である意味を見いだせなかったとまで書いてある。

まり度重なるクリスへの助言や助力、参謀ぶりは自分理想としてのクリスを作り上げようとしていたという読み方もできる。

そしてあのラストだ。荒木飛呂彦曰くの「ヴァニラアイスは最も嫌いなタイプ」、という話をそのまま地で行っているとも言える。

これまで他人のレールを生きた人間が結局自己確立しないまま自棄になった、と述べたとしても遠からである



ところでこのゲーム副大統領シモンズという男がある意味黒幕であり(ここらへんはわりと早めに判明するのでネタバレしておく)、

彼は終始エイダに執着している。エイダはエイであることに執着しており、レオン編のヘレナもある人物に過剰な執着を見せている。

実は隠されたテーマとして「執着からの脱却」「共依存の解消」が隠されているのではないかと感じる。

作品タイトルに換言すれば「過去からの脱却」であり、バイオシリーズ自体のしがらみを顕しているように思える。

ここでピアーズのラストに戻ると、クリスを救ったというより依存した自分と決別する捉え方も一応は可能になる。

ジェイク編なども不自然なほどクリスを恨むジェイクが描写されており、やはりここでも過去が取り沙汰される。

この話の中で最初から過去と決別していたのはレオンシェリーというバイオ2の登場人物のみである



とうわけで正月から続いたバイオ5~6は概ね遊んだのでおしまい

2017-01-23

明日は我が身

シャープ経営危機という報道が連日流れていた頃、

同窓会シャープ就職したシャプ男はやってこなかった。



まぁ、運が悪かったよなと、東芝勤務の芝之助がタバコをふかして言っていた。

日立勤務の茨太郎も、うちら重電やってんから安泰だよなとつぶやいていた。



連日、FB更新してやれBBQだ、やれスノボだと更新していた東芝の彼はSNSから消えた。



その芝之助の最後FB投稿正月下呂温泉行ってきました!」というエントリに、

中央銀行勤務の日銀太郎いいね!を押していた。

ソシャゲ課金をやめて1年経った

月1~2万の微課金

プレイ期間は約2年

やめようとおもってやめたわけでもなんでもなく

ハマってたソシャゲ自体が死んでしまったので課金できなくなった



この1年ゲームが死んでしまったことを諦めきれず他のタイトルに移ることも出来ずに

課金したつもり貯金をしていたので正月に散財してきた

20万の予算を用意できたので何を買おうかなと考えて

宝飾品を購入することにした

腕時計ネックレス指輪の3点を購入して丁度20万使い切った



1年間ずっと楽しめたけど思い出しか残らない課金生活とこれから何年も使える宝飾品3点の価値を天秤にかけられないままでいる

2017-01-22

父の癇癪

私の父は数年前、アルツハイマー認知症を経て肺炎で亡くなった。

父は、昔の人によくありがちな典型的癇癪持ちタイプで、気に入らない事があると突然癇癪を起こすのが常だった。

好きなプロ野球チームが、父のお気に召さないプレーなどを示すと「なにやっとんじゃぁっ!!」と晩酌ビール瓶片手にしょっちゅう切れていたし、そのビール瓶を叩き割ってしまって自分で後片付けしていた背中が私の少年時代記憶に焼きついている。

仕事は、一人親方看板製作業で、小中学生の頃よく一緒に手伝いに連れて行かれたけど、現場に一緒に入っている他の会社作業員にブチ切れて怒鳴り散らす事も珍しくない人だった。

私はそんな父が別に嫌いだということはなかった。プラモデル作りや釣り音楽レコード鑑賞などそこそこ趣味を持っていた人で、私は釣りには興味は示さなかったが、プラモデルは好きでよく一緒に作ったものだ。父は職人肌のところがあり、プラモデルはとても上手だったし、音楽趣味も古い世代に多い演歌だけじゃなくて、ジャズニューミュージックなどのレコード豊富にあって、その影響で私の音楽趣味も醸成されたようなところがある。

ただ、夕食時は親父がテレビ見ながらいつ癇癪を起こすかわからないので、私や他の兄弟も大急ぎで食べ終えて子供部屋に逃げる日課。

そんな父に寄り添っていた母も大変だった。そんな風に子供が逃げるように食卓からいなくなってしまう事にまで腹を立てた父は母に怒鳴り散らして、「お願いだからもう少しお父さんと会話して」と母から何度も頼まれたりもした。

だけど、私を含め子供中高生大学生と成長するにつれ自分たちプライベート時間が長くなってくると、自宅が仕事場だったから、家の中には父と母しかいない時間が長くなり、ストレスを溜めた母がアルコール中毒になってしまったこともある。

父は母なしでは生活できない人だった。

夜遅く帰宅した私に「お母さんの様子がおかしい」と深刻な表情で訴えてきて、すぐに寝室にいた母の様子を見に行くと、泣き腫らして目も顔も真っ赤にした母が布団の上で一升瓶を抱きかかえて横たわり、「もうイヤだ。死にたい死にたい!」と消え入りそうな声でずーっと呟き、身体を異常なほど震わせていた。

どう考えても、すぐに病院に連れて行かないといけない状態なのに、父にはそれすらも分からなかったのである

それからしばらくは、私たち兄弟は出来るだけ自宅には早く帰って父母と一緒に過ごすようにしたので、母の状態回復の方向に向かったけども、当時は精神科受診する事すらも忌避される時代だったから分からなかったけど、母は多分かなり重度の鬱病のような状態に陥っていたのだと思われる。

その後、子供社会に出て自立し、一人暮らしを始めたりしてからも親には随分悩まされたけど、父が60を超えるくらいになると糖尿病や高血圧悪化して廃業する事になった。ちなみに子供は誰も家業を継いでいない。

そして、父は念願だった美術勉強を始めるなど、廃業して何年かは穏やかな生活が続いた。私も結婚して孫を見せる事も出来た。

だけどそれも長くは続かず、父のアルツハイマーが発覚して、発覚時には医師から発見が遅れたのであと1~2年でおそらく誰が誰だかも分からなくなる」と告げられ、その日のうちに孫の名前が言えなくなっていたのにみんなが気付いた。

徘徊は酷かった。あれは経験者じゃないと分からないと思うが、ほんとに突然いなくなるのだ。そうとしか言いようがない。例えば五分前に御飯食べてた筈なのに、周りにいた人がほんのちょっとテレビに気取られただけでいなくなっているのだ。そして、辺りを探し回ってすぐに見つかればいいものの、結局一晩見つからないこともしばしばで、しょっちゅう警察のお世話になった。

一度、GPS機器をお試しで身体に装着させようとしたけど、「こんなもんいらん!」と嫌がってしまって無理だった。

ただ、廃業してからずっと癇癪だけはなかった。いつのからか、「お母さんには散々迷惑かけたから優しくする事に決めたんだ」としょっちゅう言うようになり、その言葉のとおり癇癪を起こすことは、少なくとも私の知る限りなかったし、一緒にいた母にも聞いた事がない。

そんな父だったのに、亡くなる年に一度だけ癇癪を起こした。

それはお正月二日の日、実家にみんなが集まっていた和室で、おせち料理を囲んで団欒していた時、母が何かを台所まで取りに行こうとして立ち上がったときにふらっとよろけたその時だった。

「こらっ!そこどけ!」

和室が一瞬にして静まり返り緊張が走った。

多分、足を悪くしていた母に対する父の気遣いだと思うけど、にしてもしばらく聞いた事のなかった癇癪。

母のちょうど隣にいたのは私の息子だったが、それまで笑っていたその息子の顔が引きつっていた。

それから、二ヵ月半ほどして、肺炎を患った父は病院で亡くなった。

昨年くらいから、母も同様にアルツハイマー認知症と分かり、今は施設にいるのだが、この前私が訪れた時、母はこう言った。

「お父さんすぐ怒るから一緒にいてあげてね」

父が死んでも涙一つ流さなかった私だったが、何故か涙が溢れて止まらなくなった。

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