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はてなキーワード: 感情移入とは

2016-06-28

アスペ発達障害病院逝けという人へ

アスペ発達障害って直せないんでしょ。原因すらよく分かってないんでしょ。

で、医者が何ができるの? コミュニケーション能力挙げるクスリとかあるの?

何それ覚醒剤とか?

病院逝ってどうすんねん。てか病院通い続けてたけど何にもならんかったわ。デプロメールなんの役に立つんじゃい。

他人気持ちを考えるようにとか散々説教されたけど、そのやり方はわかんねーっつってんだろ。

やり方が分からん、っていうとそれは障害があるからっていわれる。どの病院いっても同じようなもんだった。

結論からいえば、俺の場合人生ゲームとして考えて、人間関係演劇だと思うことにした。

心を開くことより、心を見せかけることが大事だと気づいた。俺の本心は伝わらないし、俺は他人本心絶対にわからないから、無理しないで表面的な付き合いで満足することにした。感情を分からせようと必死になることをやめた。そうしたら露骨に俺を拒絶する人は激減

なぜか?しらんけどそもそも誰も俺本人は関心ない。ただ危害を加えなければそこにいてOKってわけだろう。

それに気付いたら簡単だった。ようは思ったことを口にしない。動く前にすこし考える。迷ったら周囲をよく観察して、それでもわからないときは聞く。

ただしなんでも聞くのはダメ。できるだけ必要最低限のことだけ聞く。すこしやり過ぎなくらいメモを取る。苦手な雑談自分の話をせずに「へー」「あー」とかあいずち打ってれば8割はOK。残り2割はウソでもポジティブなこと言ってればとりあえず間に合うっぽい。つまんない、っていうかわりに面白いゆーてれば相手は満足するし平和

そのくらいを気をつければ大丈夫最近バイトできるようになった。まあ、深夜のコンビニバイトだが、だいぶ進歩したぜ。

だけどさ、何でこんな簡単なことを医者ですら教えられないんだ? バカなんだろうか。

いや俺は外国人みたいなもんだからな。言葉が通じないんだろう。親にも人間関係演劇だ、って言ったらびっくりされたしな。なんでびっくりされるのか納得はいってないが、まあOKOK。

はいえ、ここまでくるのは大変だった。けど最近はわりと楽しいし、金稼げる様になったから好きな本買えるようになって更に人生楽しい。今は森博嗣にハマっている。当然登場人物には感情移入できんけど、この作家文章文字の並びがキレイなんだよ。

浮気って

2ch浮気がどうこうってスレのまとめを見るのが好きだった。浮気された方の人間感情移入して、かわいそう、浮気した奴殺してやりてえなって思いながら読むのが大好きだった。当時は10代だったけど20代もそこそこになって、ちゃんとした気持ちというか、こうあるべきみたいな道徳観を作り上げたつもりだったんだけど、浮気をしてしまった。

まさか自分が、殺してやりてえと思ってた立場に落とし込まれると思っていなかった。私は、ダメだとわかっているけど、大抵のことを人のせいにしてしまう。浮気を始めた理由も、付き合っている人にひどいことを言われたタイミングで運良くアプローチしてくれた人がいたからだ。少し綺麗な表現をしたけど浮気浮気である社会的には悪いことです。

浮気相手にも付き合っている人がいたが、どうもその頃別れそうだったみたいだ。その少し後別れてしまった。浮気相手は、私に、相手がいても好きと言ってくれた。でもできれば別れてほしいとも言われた。しばらく二重生活を続けていたが、ある時そういう自分に疲れてしまって、付き合っていた人にしばらく離れてみようと言った。

それから浮気相手と思いっきり楽しく過ごしてみた。その浮気相手にも嫉妬心が生まれしまった。その人に異性の影があるとどうしようもなく辛くなる。それから自分の付き合っている相手と、浮気相手と、天秤にかけるようになった。どちらも本気で好きになってしまたから。なんで相手は1人でなきゃいけないんだろうとかバカなことも考えるようになった。

今、結婚するならどっちだろう、とかい選択に苦しめられている。どっちも別れて新しい人探せばいいの?全部私が悪いのに、全て人のせいにしてしまう。自分幸せになれるのはどちらだろうという基準しか考えられない。2つの選択肢しか物事を考えられない。視野が狭い。どちらにも深い傷を負わせてしまっている。

2016-06-22

http://anond.hatelabo.jp/20160622003021

なんか楽しそうね。

人の情緒を「改善」すること是非はともかくとしてだけど、貴方の夫のように「情緒が足りないっぽくて全然泣かない人」が、よく感動して泣くようになったケースを知ってる。

その人はドキュメンタリー(社会に疎外された人がテーマの物とか)や社会科学系の本を浴びるように享受した結果、「明日は我が身」と他者感情移入する機会が増えたと言っていた。泣く能力後天的に開発した事例。

2016-06-21

ズートピアの残念だったところ

http://anond.hatelabo.jp/20160619102437

男だけど、楽しかったよ。

 

ウサギがあっさりと許された場面にがっくりしたのは同じだけど、

元増田と私とでは、見方が少し違うみたい。

(長文ごめんなさい。以下、ネタバレ

 

キツネがあっさりと、本当に信じられないくらいあっさりと許したのは

私も最大限の違和感を感じたよ。

ほんと肩透かしがひどすぎて、椅子からずり落ちそうになった。

 

そもそも、そんなに簡単ウサギを許すことができるなら、

キツネあんなにひねくれ者にならなかったはずじゃないか

 

だってウサギ出会ったことで

キツネはもう一度人や夢を信じてみようと、

考えを改めはじめたところでしょ?

 

それが、こともあろうにウサギ本人に裏切られたんだ。

本当なら、しばらく立ち直れないはずでしょ。

 

でも、キツネはあっさりとウサギを許した。ありえないくらいあっさりと。

あの場面で思ったのは

ウサギずるーい」

じゃなくて、

映画スタッフずるーい。時間がないからって超ご都合主義!」

「ま、時間がないかしょうがないけどね。でもずるいな」

だった。

あと、

「正直、キツネウサギが仲たがいを始めたら、上映時間が足りなくなるんじゃないか

 ひやひやしてたから、ちょっとほっとしたわ」

とも思った。

 

そんなわけで、ウサギがずるいとは感じなかった。

彼女なりの精いっぱいの謝意を表したわけだし。

いきなり許されるとは思わないけど、彼女は誠意は尽くした。

 

どちらかといえば、

あの場面で変なのはキツネ側の「理解ありすぎる態度」にあるように見えたよ。

 

私は男だし、歳もいっているので、

やっぱり、子供のころの夢をあきらめたキツネの側に

感情移入やすいのもあるのかも。

 

それだけに、

ウサギに裏切られた後にもう一度失意の底から立ち直って、

ウサギや人や夢を信じようとするキツネの話が見たかったな。

キツネの話が薄かった点だけ、ズートピアは残念だった。

(あと、子ぎつねをもっとたかった。子供時代カワイイ

2016-06-19

ゼルダ新作のプレイ動画を観て

ゼルダ新作のプレイ動画を観た。

動画を観る限りではリンクゴブリンを殺しまくっていた。

そのゴブリンはそれなりの文化レベルを築いていそうだ。

これだけ観ると、リンクゴブリン一族を襲って殺しまくる殺戮者にしか見えなくて、感情移入できる気がしないんだよなぁ。

モンスターハンター最初チュートリアル無抵抗草食動物を殺すことに抵抗を感じたのと似ている。

この感覚自分だけだろうか?

2016-06-17

白鳥異伝を読んだ。久しぶりの読書。読みきった充実感はあるけど、荻原規子小説自分には合わないのかもしれないと思った。

少女主人公から仕方がないのかもしれないけど、白鳥異伝も少女小説っぽいなって感想を持った。生まれ持った使命や純真恋愛などもろもろもの要素を練り込んだ大作になっていたと思う。

空色勾玉よりかエンターテイメント性に指針を振っていてので読んでいて楽しかった。特に小倶那の出生および悲劇的な運命は読ませるものがあったと思う。本当に可哀想男の子だった。

一方の遠子なんだけどすごい癖のある人物で困った。最後の方は好きになれたけど、中盤は本当にきつい。菅流に指摘された通りの思い込みの激しい人物で、なおかつ直情的なもんだから本当に共感しづらかった。初めに少女小説的って言ったのはこの遠子の性格が原因。彼女感情移入できるならかなり楽しめる作品なんだと思うんだけど、自分には難しかった。

また遠子に限らず、登場人物が揃いも揃ってものすごく感情に忠実なもんだからわず突っ込みたくなった。激情に駆られても理性が勝って冷静な判断をする場面が、殊に遠子に至っては殆ど無かったんじゃないかと思う。何やってんだよと何度か思ってしまったし、またこうなるのかとうんざりすることも多かった。

また古代日本舞台にしたファンタジーから当然とはいえ、折に触れて運命やら定めやらのキーワードが出てくるのも辛かった。その運命なり定めなりにしても、内実をある程度明らかにしてくれていたらすんなりと読み込めるのだけれど、ぼんやりとぼやけたままある状況下に陥ったのはお前の運命なんだよみたいな流れが出てくるのでもやもやした。まあ運命やら定めって言葉はそのように使いのが普通なのかもしれないけれど。

これら二つの気になる箇所が所々で悪魔合体たかのような読書感を与えてくるもんだから閉口してしまった。もちろんそのように感じる方にも問題があるんだけど、なかなかに辛かった。二度目読むときはその時々の登場人物が抱いている本当の感情がわかっているから楽しめるような気がする。一度目は文章だけを頼りに頭空っぽにして読んではつらいと思う。いろいろ想像して書かれていな本当の気持まで読まないと楽しめない小説なのかも。

その他の人物について。菅流がとびきり良い人物だった。喧嘩っ早くておちゃらけてて尻が軽いのに、面倒見が良くて優しい菅流は遠子と小倶那のいいお兄さんになっていた。七掬や武彦みたいな年長者たちは相変わらずどっしりと構えていて頼りがいがあった。

結局この物語大王が糞なのと、百襲姫が狂ってたのが元凶だったのかなあ。妄執というものは何に対してであれ恐ろしいものだと思った。

二巻三部に渡る物語で、それぞれガラリと話の感触が変わるけれど、一貫したエピソードでもって引っ張っていく小説だった。今度は薄紅天女を読む。

2016-06-06

アニメとか映画の中で、急にインフレが爆発するのが苦手

商業的でなければ成り立たないというのは仕方ないとした上で書く。

でも、やっぱりどうしても苦手なのだ

開始直後のつかみってすごく大切だと思う。

何も知らない人間に、丁寧に、でも冗長になることなく、それでいて大胆に物語を伝える必要があるから

多少はえげつないことをしてても(ビジュアル的にも描画的にも)許せる部分はある。

からつかみは多少派手なことをしたっていい。



好きな作品は、そこからしっかりと丁寧に作品を紡いでくれるやつ。

矛盾がないように、それでいてジレンマが生まれるように、じっくりと考えながらゆっくり感情移入していけるような構成が大好きだ。

その完成度が高いほど、で、最後はどうなる?残りの時間だけでどうやって物語を完結させるんだ!?っていう緊張感がたまらなくなる。

そんな時一番許せないのは、せっかく丁寧に紡いできた物語を外側からインフレ崩壊させて解決してしまう瞬間だよ!

別に作品名さないけどさ、今まで手持ちの武器でせっせと戦ってたのに突然失われた文明が目覚めてしまって地球を引きで映しながら宇宙まで爆風が伸びちゃうような瞬間だよ!



縛られていたルールから開放される爽快感否定しないよ

所属していたものスケールが大きくなった時の自己肯定感否定しない

でもさ、それをされるとすごく惨めになるんだ

だってバカにしてるだろ

自分たちが生きてる価値観なんて、外の価値観から見たらゴミみたいなんだってことじゃないか

もうイフレを爆発させるのはやめて

大体ほむらちゃんはいつの間にあれだけの兵器をそこら中に仕込むことができたんだってばよ

お願いだから同じ目線のまま物語を終わらせてくれませんか。

2016-06-05

双子なんだけど

※若干「狂い月」のネタバレ?有


現在双子の妹と喧嘩して冷戦中。

んで「狂い月」っていうフリーゲームの実況動画見たんだけどトゥルーエンド怖すぎワロタ

今の自分の状況的に怖すぎ

私も妹にハメられるかもしれん

子供とき、私には友達居たけど妹には居なかったし

っていうのは冗談だけど

ひぐらしとか紅い蝶とか、双子が不憫なホラーゲームって多いよね

普段別にフィクションとして楽しめるんだけど

今はこう、ああ、双子でもそっくりでも、こうやって状況が変わるとね…

みたいな、なんか、感情移入???みたいな。

しかし狂い月、演出すごいわ~絵も綺麗だし。

普段は、こういう、ゲーム感想みたいのも妹に言って、2人で騒ぐんだけど

今は話しかけられないので吐き出し。

2016-06-04

ガルパンを観た

http://anond.hatelabo.jp/20160604210038

劇場版をリバイバルで観てあまり面白くなくてちょっとびっくりした…。見所があまりにもない。

公開時にマッドマックスFRに例えてる奴とかいたけど共通点アクションシーンが多いことだけじゃん…。FRみたいな重層的な優良作と並べるとかさすがに失礼過ぎるだろ。

せめてアクションレイアウトがいいとかビジュアル面だけでも見所があるかと期待したけど、それもなし。ガルパンはいいぞって本当にそれしか褒めようがないからこその言葉だったんだな…と思ってしまったよ。

出来がいいから、とかじゃなくて「売れたから売れた」作品なんだなあとつくづく。

まずストーリーが酷すぎるんだが、これはつっこむ価値すらないっぽいので置いておく。キャラ描写はなく記号性でしか成り立ってなくて魅力的に見えない。

何より驚いたのが、劇場作品とは思えないほどしょぼい作画。始まった瞬間からしかも新キャラの顔が歪んでて、以降も大抵ワンシーンのうち誰かの顔が崩れてた。こんなんで誰から文句出ないの?

画面も全体的に立体感がなくて動きも美術も安い。背動用の3Dも無理にコマ落としたせいでガクガクの動きしてるところばかりで、なんで金払ってこんなもん見なきゃいけないんだと。

肝心の戦車も構図ユル過ぎだし動きはチャカチャカと軽すぎだし、戦闘に緩急がないので平板でダラダラ長いだけ。自慢の戦車戦がこれ?ってレベル

戦闘も行き当たりばったりにしか見えないんだけど戦略とかあったの?それっぽい解説してる人もいるけど場当たり的な戦闘ばかりで、演出全然表現できてないじゃん。これを褒めてる人って他にアクション映画を観たことないのか?

話は置いといても作品のウリの女の子戦車部分がこんな有様。これでファンが喜べてるっていうのが信じられなかった。こんなものを褒めなきゃいけない界隈って奴隷かなんかなの?少しでも批判したら死ぬの?本音が言えない中学生LINEグループか?

作品の質が悪かろうが興業でいい成績残すって海猿とか恋空とかのクソ邦画ランキングしまくる構造と全く同じだよね。

こだわるべき部分すらお粗末なものが売れてしまうと以降の作品の質もどんどん悪くなっていくと思んだけど、マニアオタクと言われる層がこんなので喜んでるんだからそら邦画も衰退するしアニメももうそろそろダメなんだなと思って悲しくなった。

追記

ブコメ

キャラ作画の話もしてますアニメ文脈としても見てるつもりです

・ちなみにTVシリーズは観てます これも好きではありませんが

ブコメ感想リンクを見ましたが何も言っていない文章だなと思いました

・どこが的外れなのかを指摘してもらえたらうれしいです

悪口が多いのはそういう感想だったからです。よかったところもありますが、悪いところと被ってる印象です。ジェットコースター上のチームの俯瞰はい映像だったのにカットが短く、面白さが生まれる前に途切れるのが惜しいと思いました。逆に張りぼてはテンドンし過ぎてつまらなく感じました。戦闘に緩急がないというのはこういう部分にも感じた印象です。フィンランド戦車?は素直に面白かったです。能登は好きです

作品面白くなかった理由を考えたら上記の内容になったのであって劇パトと単純に比べたわけではないです

大衆娯楽というのは本来ストーリー比重が置かれるものでは

市街戦?での主観貧乏ゲームみたいで本当にひどかったと思いますTV版の方が主観による没入感はうまくつかっていた印象です

FRガルパンのどちらが好きかなんて個人の嗜好ですが客観的な完成度ならFRです

ジャッキーチェンは行動の動機付けと観客の感情コントロールを丁寧に重ねているからすごいんです

・そういえば音に関してはデカスピーカーで鳴ってる音くらいにしか感じませんでしたが、これは劇場設備がよくなかったっぽいのと、自分の耳がもともとよくないので触れなかったです

・送りたいところには届いたかもしれないけどきちんと評価はされてないという話です

・いろいろな反応をみて疑問なんですがBDだと作画直されてるんでしょうか。キャラデとかじゃなく普通に顔崩れてるカットだらけだったんですけど

トラバ

ファンの人がなんの批判もなく手放しで最高だとか熱いとかスポ根だとか、FR並だとかフューリーよりいいなどと放言するのは本当によくないと思います心配になります

・もちろんただリアルを追求すればいいとは思ってないです。人物キャラに寄せるのは賛成ですがそれがあのチャカチャカなら失敗していると思います戦車リアルモデリング?と軽い動きがあっていなくて逆に張子に見えるのでいかがなものかという感じです。手間はかかるだろうけど演出にあわせてもっと戦車モデルや動きをキャラっぽく可愛くするとかそういう工夫はして欲しかったと思います

普通に劇パトが好きです。戦車映画ではレッドアフガンパットン大戦車軍団が好きです

FRはそのベタな話を成立させるために大量の設定を詰め込んでいると思いますが、ガルパンストーリーメガネ一人の気分で進行されるようにしか見えなかったです

・競技?

2ch晒しは怖い

・恐る恐るみて大半はごもっともと思いながらも、作画が悪くないという人がいてなんじゃそらとは思った

・支持されてる理由だと思ってた女の子戦車レベルが低いのでこれはいかがなものかと思ったです。ただ艦これのように本編より二次的な楽しみ方が強いのかとも感じます

・真に迫れよ!

演出に合わせて戦車キャラっぽくうんぬんは例えのひとつです。面白くなるならリアル一辺倒でも構いませんが、それよりはキャラに寄せた方が作品とは合っていると思います

・確かにFRとき自分の主張のために都合よく作品解釈を扱う人が大勢いて辟易してこっち来るなと思いました。ただ、FRが好きだから擁護するわけではないですが、もともと映画動画movieなわけで、優れたアクション映画というのはそれだけで映画史的に事件になり得るのでそこのところはちょっと事情が違います。また、そのFRの売上がガルパンに負けたのは凄まじい敗北だと思います

http://anond.hatelabo.jp/20160605135117

女の子とか戦車とかは好きだし作品の評判もよくてリバイバルまでしてたから、もしかして劇場版面白いのかと思って観に行きました。完全にミーハーです。劇場アニメ100%ファン向けという理屈はわかりません。また、別に言い訳じゃありませんが、正直にいうとそもそも作品を誇大に喧伝していたのはガルパンファンじゃないのとは思うです

■20160604234004

http://anond.hatelabo.jp/20160605211214

・構図のユルさは簡単に例を上げれば、固定の俯瞰で移動する戦車を見せるところです。他にも奥行きを活かせていない構図など緊張感のないものが多いことを指しています

・何も実際の戦車の動きをそのまま見せろと言っていません。演出がヘボと言ってます

・行き当たりばったりの攻撃回避ばかりで、戦闘における展開の緩急が乏しいです。例えば最終戦ではインパクトのあるものを序中盤に見せたため以降の印象が薄れていると思います

・何かでみた、ガルパン戦闘他人プレイするゲームを横で見ているようなつまらなさという評はしっくりきました

まどマギを観た

http://anond.hatelabo.jp/20160606125236

・改変はやめろ。俺に効く

・改変するってことは自分文章同意しないんでしょうけど、本当にあのストーリーとか作画が平均より悪いと思わないんでしょうか。あの戦車戦で満足なんでしょうか

自分文章ってそんなに雑で無内容なのか…新キャラ登場時の顔の作画とか具体的なものも入れたつもりでしたが

http://anond.hatelabo.jp/20160607111745

・素直に実写と比べたつもりはないです。戦車が出てくるものならナウシカとか劇パト2とか、殺陣がありならガンダムとか、大変つまらないチョイスになります普通にアクションの見せ方が優れてると思います

ジェットコースター上の戦闘的なもので言えばラピュタとかこれまたつまらない上に正確じゃない比較もあります

ガルパンにおける戦闘は、丘をとれば有利なのになぜか敵がいなくて怪しいけどとりあえず行っちゃえ で案の定やられるみたいな展開が連続する印象で、作戦意味も薄くなり、観ていてうんざりしました

・アップでは重量感ある見せ方なのにロングではプラモデルのように軽い動きになるなどの演出の差も観ていてどうかと思います

パースをつければ迫力が出ると言わんばかりのダメ画角や、ロングのカットでは奥行きが間伸びしたものばかりなのも緊張感がなくイライラしま

・歪んでるは変な表現だったかもしれませんが、普通にデッサンが崩れてるということです。他人のしかも高評価ブログで失礼かと思いますが、このページの下の方の顔作画とかわかりやすいです

ttp://reviewotaku.blog.fc2.com/blog-entry-1359.html

直リン回避って意味あるのかな?わかんないけど一応念の為

・奥の目が小さかったり立体感おかしかったり、単純に顔や身体のバランスが崩れてる絵が散見されます劇場でこれを見せられ続けるのは正直苦しいです

http://anond.hatelabo.jp/20160607192341

・もちろん、これよりレベルの低い作品もあるでしょうがこれほど売れた作品は少ないですし、そこを問題に思います

・これが例えば戦車ではなくロボットアニメ劇場版だと考えた場合、このレベルストーリー作画、ぎこちない3D演出、行き当たりばったりの戦闘などでは、批判もっと増えると思います

ロボット戦車に変えるだけで批判が減るならこれほど簡単なことはなく、極論ですがそうやって自浄作用が働かず泥沼化しかけているのではと思うととても暗い気持ちになりました

・もちろん褒めるべきところはあるしファンが最高に楽しんだのはいいことだと思いますが、客観的批判はされるべきだとも強く思っています

自分批判客観的だとは思いません

ガルパンが良かったこと

http://anond.hatelabo.jp/20160611073946

・もしかしたら王道・基本の意味自分と違う捉え方をしている気がしました。自分は娯楽作品としての基本、つまり大勢の観客の視聴に耐え得るストーリーのしっかりした手の込んだ作品を考えていますTVアニメ劇場版はいえ、最低限のストーリーの質を要求するのもこの点からです

・他の続編商法といわれる劇場アニメを観ていないので正確な比較はできませんが、ストーリーの酷さやエピソードの薄さなど、ガルパンはそういった王道基本的な部分に気を使えていないことも気にしています

・ただ、Twitterなどを見た個人的感想ですが、ガルパン艦これに近い受け入れられ方をしている印象を受けました。ガワだけを用意し、観客は本編の物語より二次創作的なキャラクターや背景・関係性を膨らませる楽しみ方です。確かにガルパン戦闘艦これとは比べものにならないですし、こういった楽しみ方をするなら作中のドラマエピソード希薄な方が受け手想像やすいと思います。もちろんこれらはただの自分の印象とその感想です

・また、そのガワの出来がよくないことを今まで批判してきましたが、ただ艦これゲームの出来はよくないしイラスト玉石混交ですので、もしかしてこれくらいのバランスの方がいいのか…?大量の新キャラ投入も疑問だったのですが、それなら納得がいく気はしま

・これって昔大塚英志の言ってたビックリマン的な大きな物語的なこと???

http://anond.hatelabo.jp/20160612095429

ガルパンファン比較されたマッドマックスFRはそれができていたということを元増田に書いていました

・しっかりしたストーリーというのは説得力があるという意味です。そのためにエピソードや設定の作り込みが必要です

・8割が銃撃戦や格闘の映画が好きなのですが、基本的ストーリーは出来ています。あまり売れてはいないと思います

アクション映画感情移入重要なため、この辺りはしっかりやることが当然の作業です

劇場版ファンでない人もお金を払って観る可能性がある以上、特殊だろうとファンサービス作品だろうと他の一般映画と同じ批判に晒されるのは前提条件ではないでしょうか。自分もこれがTV特番だったらあの増田は書かなかったと思います

・また、自分ファンなら雑な新作ストーリーを観せられるよりも、序盤のように新旧キャラトーナメント戦とか総集編に新規カットとかの方が嬉しいだろうと思います。もちろん、面白い新作なら言うことはないのですが。面白くないストーリーなら批判すればいいと思います

ファンサービスの例のうちイツワリノウタヒメあの花は観ていますが完全新作ではないし、総集編形式はご新規さんに向けても作られる印象なのでファンサービスとうまく結びつきません

・また、繰り返しで入り組んで申し訳ありませんが、ストーリーなどの基本を置いてもウリの部分のクオリティに疑問を持った、というのが元増田でした。口調がアレですが、ファンならもっとクオリティにこだわるべきだという内容です

劇場版は観ていませんが、例に出てきたラブライブCGクオリティを褒めている人って少数派で、大多数のファン批判的だと思います

http://anond.hatelabo.jp/20160613215711

ネットではなく紙から情報を得ることを学んだ方がいいのではないかと思いました

トピシュさんのブログを読んで思った事

ドラえもん図書館戦争だけの家庭と、3歳までに1万冊の絵本読み聞かせする家庭

http://topisyu.hatenablog.com/entry/how_to_use_library

ドラえもんは、言っちゃえば、勉強運動もできないのび太によるドラえもんを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。ドラえもんばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子は学校いじめられていないかとか、勉強ができなくてコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。



なんかずーっと考えてしま文章だ。

まず、トピシュの言う通りドラえもんを読む「理由」を考えるのは、思考実験として面白いと思う。

ただ、そんなの本人との対話無しには、冗談抜きに無限に近い可能性が考えられる。



キャラの絵が好きだから画集感覚で見てる。

しずちゃんの裸が見られるからエロ本代わりに見てる。

ジャイアン感情移入して、理不尽暴力を振るう様に憧れている。

スネ夫感情移入して、色々買ってもらえる裕福さに憧れている。

ドラえもん感情移入して、他人に力を貸せるような技術や力に憧れている。

ガチャマニアで、目を皿にして、ガチャ子が出ているシーンを探している。

実は祖父安孫子で、その祖父世界で一番面白い漫画だよ、と紹介されたから心酔している。

実は前世トキワ荘の座敷童で、あの頃自分が見守っていた若者達の行く末に思いを馳せている。

実は正真正銘のタイムトラベラーでもうすでに自分の居た時間軸では焚書され失われたドラえもんが読めるということがただただ嬉しい。



いやもう、滑稽無糖な理由も含めて、山ほど思いつけるんですよね。

で、これらの理由とトピシュさんの言う

ドラえもんは、言っちゃえば、勉強運動もできないのび太によるドラえもんを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。

って、そこまで大差のある意見ではないと思っている。

極論だけど、僕が上げた滑稽無糖な理由可能性が”ない”なんてことはないよね、しかもこれは甥っ子の脳内問題なのだから事実としてタイムトラベルできない事とか、事実として座敷童がこの世の中に居ないこととは、これらの可能性が”ない”理由にはならない。

しろ魔女裁判ガチでやるのが人類だし、狐憑きガチでいたのが人類なんだから、甥っ子の頭の中は自由なんだと思う。



要するに「先入観」をどこまで持っていいのか? みたいな話になるのかなあ。

これはもうインターネットリアルタイム発言のやり取りが出来るわけじゃない人らしい発想でもあると思う。

全部を質問してやり取りしてたら日が暮れるから、ある程度はこちらで質問先読みして答えないといけないっていうね。




はいね、というわけで、大喜利始めます



ONE〜輝く季節へ〜は、言っちゃえば、勉強運動もできない折原によるえいえんのせかいを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。ONE〜輝く季節へ〜ばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子は学校いじめられていないかとか、勉強ができなくてコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。




シノハユは、言っちゃえば、異性愛も近親愛もできないシノによる同性愛を使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。シノハユばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子は家庭で虐待されていないかとか、恋愛ができなくてコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。




クロスボーンガンダムゴーストは、言っちゃえば、ミネバのその先もニュータイプ論もできない長谷川によるサイキッカーを使った一発逆転ストーリー(とその甥っ子が受け止めている可能性はある)。クロスボーンガンダムゴーストばかり読んでいることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。甥っ子はサンライズからF91以降の時代押し付けられているとか、カトキハジメデザインコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。




アクシズ落としは、言っちゃえば、ララァ母親にすることも人類革新題目スペースノイドを引っ張ることもできないシャアによるアクシズを使った一発逆転ストーリー(とシャアが受け止めている可能性はある)。アクシズを落とすことばかり考えていることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。シャアはナナイとの関係がうまくいっていないとか、アムロの嫁のチェーンかベルトーチカコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。



トラフィックス3は、言っちゃえば、エストを自分のファティマにすることもジークのように国を統べることもできないヨーンによるアイシャを使った一発逆転ストーリー(とちゃあが受け止めている可能性はある)。デコースを倒すことばかり考えていることを心配するより、そういうストーリーを心が求めている背景に焦点を当ててみるとまた違った展開もあったかなという気はします。ちゃあは桜子との関係がうまくいっていないとか、姉のアイシャコンプレックスを感じているんじゃないかとかですね。

北海道男児置き去り事件で気づいたこ

私は都内会社員である

友人もいる 恋人は今いないが3度いたことある

一人で過ごすのが好きなたちだ



掲題の事件で私が最も驚いたことは、周りの人がとてもこの事件男の子のことを

心配していることだ

見つかって「よかった 本当によかった」

コメントしていることだ

私は勘違いしていた

私の職場の人がこのニュースに関心を示していたのは、彼が愛情いからだと

思っていた


「いやー見つかって本当によかったですよ 気になってたんです

今朝のニュースでは見つかってなくて、さっきヤホーニュース

知ったんです ほんと良かったな」


どうやら関心を示していたのは彼だけではないらしい

ブコメを読んでも、憶測が外れた奴らにマウンティングしたいとか、親が毒親だとかそういうコメントも見かけたが

やはり多くの人が子男児が見つかったことに安堵していた

事の成り行きに喜んでいた


まりあれか

おかしいのは私か


・ ・ ・


最近ケッチャムの小説を読み終えた

STRANGLEHOLD というやつだ

彼の作品にはクソな人間が沢山出てくる

子供虐待することを屁でもないと思っている奴らだ



私はこのニュース最初聞いて思ったのは

そういう親

虐待するような親だったのかなということだ

よくある話だ

小町でもそういうネタが多い

「あー そういう毒親か あるある

そう思った

続報が出ても、その思いは変わらなかった

その男児について、興味はわかなかった

そんな事件はありふれている

虐待はありふれている

あるある

逆に

なぜ 周りの人は興味がもてるんだろうか

私はその男児のことを知らない 今回のニュースで初めて

その姿を目にしたのだ

なぜ見知らぬ人に感情移入できるのだろう

その男児は、自分にとって、テキスト上の

男児」にしか映らなかった

感情移入 共感の力の差を感じる

人との距離を感じる

自分アスペルガーだと思っていなかったが

その傾向があるのかもしれない




異常なのは自分

2016-06-03

あるだけまし、ととらえるべきか。

マイナーな自カプA×Bには古参の人が多い。十年選手がわりといる。

それだけ長きにわたり愛されているジャンルなんだなあ、とも思う。



この間、久々にサークル参加をした。

隣のスペースの文字書きさんも十年選手

そこのサークルに並ぶ大量の本(二桁に及ぶ続き物)を買い込んで、何事もなくイベントを終え戦利品を抱え帰宅

わくわくしながら本を開いた。



飛び込んでくる文末に「v」や「♪」の乱舞。



え、これを読むの?何年前のweb小説だよ???


地の文も今までに見たことのない形式で、話自体は確かに伏線がはってあったりするのだけれど

原作一人称も違うしで気が散って仕方がない。



というかパラレル的なものなので、年齢立場すべてが違う上

強気で有無を言わせぬキャラA」は「一切強気に出ず口調もほぼ敬語で褒めまくり

弱気だけどいざという時に頼りになるB」は「何でもできるフェロモンしまくりモテモテキャラ」として書かれていた。



誰だオマエ。

誰なんだオマエら。

キャラ崩壊ってレベルじゃねえぞ。

これを二桁冊読むの?まじか。



自体オーソドックス恋愛ものだけど、地の文面白さ(悪い意味で)と一人称の奇抜さでまったく感情移入できない。

マイナーカプに本があるだけましと思うべきか。

思えねえよ。



本人もネタがないネタがないと言っていたし、

ジャンルにハマっているみたいなので新刊が出ないことを祈りつつ見守る。



ちなみにそこでもらったペーパーを友人に見せたところ

「(そのサークルさん)大丈夫ヲチられてない??いじめとかにあってない???」と聞かれました。

今どき住所がっつり乗っけて通販品目だーっと載ってたらまあそういう反応にもなるわな。

2016-05-26

ネットフィクションの内容が批判されていると、すぐに「自分たち現実フィクション区別くらいつけられます」て反発が湧くし、自分もそうあろうとはしているんだけど、

最近読んだある作品は、なんていうか作者本人が現実フィクションを分けられていない感じで、考えてしまった。

登場人物台詞が、まんま作者の思想で主張で、受け手押し付けてるだけじゃないかって。よくあることだけど。

それ読んでると、どうやら作者は本気で、その作品メッセージ性で受け手の何かを変えられると信じてるんじゃないかって感じた。

現実に影響を与えることを目的にしたフィクションというのが存在するのなら、「現実フィクション区別」を本当につけなければいけないのは誰なんだろう。

なりすましデマ風評被害や、創作実話なんかも現実に影響を与えるためのフィクションと言えるし。

作者が「これはただのフィクションで作り話ですよ」って前置きしても、キャラ物語感情移入してしまったファンが、「夢を壊すな」とそれを受け入れないこともあるし。

自分たち現実フィクション区別くらいつけられます」て言うのは簡単だけど、現実はそんな簡単じゃない気がしてきた。

昔好きだったゲームシナリオライターが、たまたまSNSで「自分作品には政治的思想を込めたから、その影響を受けた若者は間違った政治思想には染まらないはず」みたいなことを言ってるのを見て、自分はショックを受けた。

まあ、自分はべつにそいつ意図通りにはならなかったんだけど、まんまとそいつ意図通りに政治的信条まで左右されちまったユーザーはいるのかな?

政治的なことじゃなくても、なんかやたら自分作品バカ若者説教したがる作者ってのもいるし。みんな本当に「現実フィクションは別物」って信じてるのかな?

2016-05-24

[]テッド・チャンあなたの人生の物語」その2

あなたの人生の物語

満を持しての表題作

異星人とコミュニケーションするために言語学者の女性がいろんなアプローチを試みる中で、ところどころに女性の娘へ話しかけるような描写が入る

一見何の関係もないように見えるのに、最後最後でその構成意味がわかったときめっちゃ感動して鳥肌たった

SFお話としてのオチがすごく綺麗につながってて、しかもそれが読みやすさにも寄与する構成になっているという、何重にも考え尽くされた構成

脱帽どころか頭蓋骨外して脳みそ取り出すレベルで恐れいった

どーゆーことかっつーと、娘へ語りかける描写言語解析アプローチフェーズ→の繰り返しなんだけど、言語解析のところはぶっちゃけ読んでて結構きついのよ

からないわけじゃないけど(ここもテッド・チャンのすごいところ。自己満じゃなくて、読者にわかレベルで丁寧に書いてくれる。この話にかぎらず)、

細かすぎて疲れるっつーか、ずっとこの調子で書かれるとちょっとうんざりするなあという感じ

それが娘への語りかけ(これも平易だけど細かいディテールに凝った、感情移入やす描写)がはさまることで、かなり緩和されてるのよ

そんでその構成も、ただの読みやすさのためだけじゃなくて、ちゃんと意味があるの

それが最後最後で明らかになるのよ

もうファーーーーーーーwwwwwwww

ッて感じとうっわまじかよ・・・って感じで思わず本を置いてしまった

SF作家じゃなくて言語学者が書いたのかとばかりに凝りに凝ったディテールの、異星人の言語解析描写は、ほんとやばい

子育てエッセイかな?というくらいの子育てフェーズやばい

全部やばい

いまんとこ面白さは、

あなたの人生の物語>=理解バビロンの塔>ゼロで割る

かな

マジすげえ

もっと早く読んどくんだった

星を継ぐものとか夏への扉なんかより、こっちを先に読むべきんだった

お話としての面白さ・エンタメ性がないとSF小説」と名乗る資格はないと思ってる自分が、まさに求めているものだった

自分が求めていたものテッド・チャンだったんだ

2016-05-19

ズートピア』が描くグロテスクな"多様性"

 『ズートピア』はオーウェル小説動物農場』のディズニー流のアップデートである舞台こそ農場という本来動物がいるであろう場所から都市、街に移されて、動物たちの文明化もはるかに進んでいる。また、田舎と都会という多層的な背景を採用し、人間社会の複雑さがさらに反映され、戯画化されている。戯画化で思い出したが、古くから動物擬人化させて描かれた物語は数多くあり、日本でも代表的なのはその名の通り、『鳥獣戯画』であろう。その中でも『動物農場』がモチーフとされていると断定できるのは、こと権力の逆転が物語の節目として描かれているところだ。さらに、『動物農場』の結末が、「動物主義」という思想を掲げながら搾取的な社会構造が生み出されたのは、人間ほとんど見分けがつかない"2本足で立って歩く豚"であることを考えると、もはや『ズートピア』は『動物農場』の続編的な作品ではないのかと思えるほどだ。

 しかし、私が主に取り上げたいのは『ズートピア』と『動物農場』の相違そのものではない。『動物農場』のアップデートであるなら、そもそも『動物農場』という作品が生み出された背景がそうであったように、『ズートピア』もまた同様に"子供向け"に戯画化されたものではない、ということだ。つまり、ある一定ディズニー並びにハリウッド作品を観る際にどうしても想起してしまう"勧善懲悪"とも呼ばれる単純な力関係に留まる作品として論じてしまうのは、この作品が描いている(我々が住む"先進国"社会酷似した)社会形態のを、グロテスクものとして描いているという事実を見落としてしまう、ということだ。

 「グロテスク」が具体的にどういう性質を指してるかは後に詳しく取り上げるとして、まずは『動物農場』との相似を洗い出そう。『動物農場』では既存権力の持ち主である人間を打倒しようと農場内の長老である豚が呼びかけた後、その長老と同じ種である豚が主導となり人間の打倒と、権力の奪取を果たす。権力の逆転が描かれた後、そこからさらにその権力が腐敗し、かつての権力の持ち主と酷似していく様を描いている。『ズートピア』でも同様に、権力の持ち主である肉食獣を追放し、草食獣が権力を得る。しかし、その後の社会様相の腐敗として描かれるのは、『動物農場』のそれとは違うものである。この肉食獣が追放される背景は、砂川秀樹が「男色近代社会化以前には受容されていた」という言説に対する反論として、近代社会以前から否定的に捉える見方があったことを挙げ、それが近代化社会以降にゲイに対する「病理フレーム」が形成されたことの背景にあるという指摘していたケースと酷似している。すなわち、ズートピアという街にあてはめるなら、冒頭の子ども劇において近代化文明化というものを"進んだもの"とする言説が背景にあるからこそ、その言説が暗に導き出す"野生"というスティグマが、肉食獣という属性表象として充てられた、というわけだ。草食獣であり小動物であるジュデイが警察官を、肉食獣の子どもが税の査察官を目指すということを、それぞれの属性と"相反するもの"への志向(だからこそ"自由"や"可能性"の提示となる)として挙げられていること自体に、すでにこの世界形成する言説の中に、後に肉食獣が「病理フレーム」の中に収められることを暗示している。

 『ズートピア』と『動物農場』でそれぞれ権力の腐敗の在り方が違うのは、『ズートピア』が主題として据えているのは、差別が未だ存在する社会においての振る舞いであり、また、そうした社会対峙することの難しさであるからだ。だが一方で『動物農場』と共通しているのは、たとえ既存社会構造の不当な点を糾弾したものであったとしても、新たに権力に座する者が、特定属性を以てして社会的地位を不当に貶めたり、あるいはその逆に持ちあげたりすること。つまり権力立場にあるものが、いち個体が否応なしに複合的にまとうあらゆる属性の中から任意属性を持ち出したり、あるいは見出したりして、それを根拠権力側の良いように用いることそのもの社会の腐敗を招く、と指摘している点にある。こうしたケースは今日の"先進国"社会においても行われている。そのあらゆるケースの中でも、創業者であるウォルト・ディズニーが、かつて「赤狩り」と呼ばれたハリウッドにおける排除運動に加担していたという記憶を持つディズニーにとっては、なおのこと無縁ではないだろう。なぜなら、その赤狩りこそ、『動物農場』が受容されたのと同じ背景の中で起きた現象なのだから。つまり、『動物農場』が、"反スターリニズム、反ソ連"として受容された時代イデオロギーの中に回収された結果招いた、「赤狩り」という別の形での全体主義化を経た後の問題提起をする為、違った様相社会の変化を描く必要があったのだ。では、その必要はいったいどういう形のものなのか。

 まず、そもそものズートピア』(原題も"Zootopia")というタイトルから振り返ってみたい。誰もがその語感から動物園("Zoo")とユートピア("Utopia")を連想するこのタイトルと、それが充てられた都市の姿や本編内で取り上げられている問題とを照らし合わせると、この名前一種ミスリードを引き起こそうとしていることは誰の目にも明らかだろう。しかし、このユートピアに対するミスリードを行おう、という意図製作者側にあることを考えると、一方でユートピア思想のものを全く信じていないであろう、という可能性が高いものとして浮かび上がってくる。つまり、この作品世界はそもそも、主人公にとっての、あるいはそれに感情移入するであろう観客が考える様なユートピアを描こうという意図の下では成り立っていない、と考えることも決してできなくはない。では、それなら反対にディストピアを描こうとしていた、とするのもまた違うだろう。それこそオーウェルが『動物農場』の後に出したディストピア小説『1984年』で問題としているような、監視カメラシステムを駆使した管理社会は決してネガティヴものとしては描かれていないし、作中で市長と並び権力象徴として現れる警察だって最後にはジュディに味方する。ズートピアに張り巡らされている権力構造が、一様に悪しきもの還元されるものとして描かれていないところを見ると、『映画クレヨンしんちゃん モーレツ!オトナ帝国の逆襲』において大人たちが夢中になる昭和の街並みのように、ユートピアを模したディストピアを描いている、とするのものまた違う。では何を志向していたかといえば、ただひたすら身も蓋も無く、我々"先進国"における社会現在の姿を炙り出すことにこそ本作の力点がおかれていたのではないだろうか。

 オーウェルが『動物農場』で描いたようにユートピアへの志向がある種のディストピアを生み出し、また『1984年』でディストピアは一方で誰かにとってのユートピアであることを描いてきたこと、さらに言えば今までのディズニー作品ハリウッド作品が数多く生み出してきた作品へ寄せられた批判を鑑みれば、主人公ないし観客のユートピアを描くことで何かの可能性を見出そうとする、虚構作家なら誰もが夢見る境地との決別こそが、今のディズニーが走っている地点ではないか、とすら思える。だとするなら、管理化・全体化社会兆しとして表象される監視カメラとの関係、後半で肉食獣と草食獣とが分断されてしまったと言われる前から存在する、小動物と大型動物との"棲み分け"をあからさまに感じる都市デザインマジョリティマイノリティ形成マクロでいうところの都市デザインミクロでいうところの建築様式という、物理的な段階からすでに反映されている)、朝礼時には着席を強要しながら、大型動物に合わせて設計されてるが為に、ジュディが座ると署長の顔すら見えないサイズ感の机とイスが、ジュディが"認められた"後も変更は行われず、それどころかジュディとニックに同じイスを共有させること(1人分の席に2人が座らされているのである)や、かつてジュディに偏見しかいいようがない対応をしてきたことに対して何も悪びれもしなければ、むしろジュディに対して冗談を飛ばすほどの親密さを示してみせる警察署長の態度、そして何より権力に対して何も批判的な態度を持てそうにない警察という組織が持つホモソーシャル性格をあけすけもなく描いているのは、それらに対して作品内で明確な批判が行われないということの薄気味悪さも含めて呈示しているのではないか

 だとするなら、本作が「子供向け」であるが為に、権力に対して批判的な態度を伴っていない、とするのは、少々早計ではないだろうか。確かに、ディズニー子どもを含めた幅広い年齢層の支持によって成り立っている。しかし、その中には子供と呼ばれる低い年齢層の観客もいれば、それこそ子供の頃からディズニーに触れ続けた高齢の観客だっている。そうした状況の中で、こと任意の年齢層の観客だけ取り出し、それにのフォーカスをあてようとするのは、作品もつ性質を見誤ることに繋がるおそれがある。「子ども向け作品からしょうがない」とするのは、すでに子供の在り方を規定づけるものしかないのみでなく、未だ巨大資本によって子供たちが社会へ"馴致"されるべきだとすることへの別の形での肯定にも繋がる。しかし一方で、ディズニーが「子供向け作品」の地位に就いていることも、決して無視していいものではない。ならば、なぜディズニーはずっと「子供向け作品」であり続けたかを問わねばなるまい。結論から述べれば、それは「グロテスク」だからである

 これまで述べた「グロテスク」の定義は、マサキチトセが自身の論考のタイトルに用いた『排除忘却に支えられたグロテスク世間体政治としての米国主流「LGBT運動」と同性婚推進運動欺瞞http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/23399 に依っているところが少なからずある。しかし、ここで取り上げたい「グロテスク」については、美術観点からのものである。どういうことかというと、ディズニーアニメ製作者としての名前を不動のものにしてからずっと追及してきたのは、デザインと動きの"かわいさ"である。"かわいい"とされるものは、その多くが直線的なイメージではなく、曲線的なイメージによって、硬質なものではなく、柔軟なイメージによって構成される。これらの美学根本を辿れば、動物植物をあしらった、古代ローマ美術様式の一つであるグロテスク様式に辿り着く。ツイッター上で「モフモフ」と公式アカウント形容された『ズートピア』を形成する美的様式は、根本からして「グロテスク」なものなのだ。この2つのグロテスク」がピタリと重なり合うのは言うまでもなく、主人公ジュディの造形や仕草であり、冒頭に警察を夢見る彼女暴行を働いたキツネギデオンウサギが(警察官を目指すに値しない)弱者たる徴として挙げた「鼻をヒクヒク」させる動きが、権力関係が決定的に転覆される場面の直前に配置されていることからもわかる。

 「かわいい」は弱者の徴である。それ故に、その「かわいい」を極めたディズニーは、今日アメリカ象徴し、公的権力からも寵愛を受ける地位を築き上げた。つまり、『ズートピア』は、その地位を利用しつつ、現在アメリカをはじめとする先進諸国社会形態の描く"多様性"の脆さと「グロテスク」さを描くことと、またそのヒントや問題は、明白に誰かに取り上げられているわけでなくとも、世界のいたるところにある、この2つを描くことを目論んでいたのではないだろうか。その一例として、コロンビア女性シンガーであるシャキーラ演じるポップスターガゼルモデルとなっている動物であるブラックバックは、オスにしか角が生えていないこと。つまりガゼルトランスジェンダーポップスターであるということが、作品内で明確に言及こそほとんどされていないが造形として現れていることから見ても、決して拭い去れるものではないと私は思う。

2016-05-18

なろう主人公の凡人化問題

最近なろうの主人公が少しずつ凡人になっている。

かってのなろう小説ではお兄さま(魔法科高校の劣等生)に代表されるような圧倒的チートスペック主人公雑魚をなぎ払いながらやれやれしてハーレムを築いていた。

しか現在のなろう小説では主人公の凡人かが進行している。

たとえば今絶賛アニメ化中のRE:ゼロから始める異世界生活主人公は元ヒッキーである

ただしホーリーランドよろしく引きこもり鍛錬法により膂力はそれなりにあるのでそこら辺のヒッキーよりは強い。

はいえ彼の戦闘力チートクラスかといえば全くそんなことはない。

引きこもり100人集めて殴りあわせたらトップ10に入れるかもしれないが健康男子100人を集めたら30位程度だろう。

とてもチートとは呼べない。

死んだら特定時間まで自動的リセットされるコンティニュー能力を持っていることを含めてもとてもお兄様クラスには歯がたたないだろう。

100億回殺されても勝てないと確信を持って言える。



なろう小説主人公の凡人化は現代っ子の目標と自信の低さを表しているといえるだろう。

かっての現代っ子は自分が実は特別な力を持っている可能性を信じることが出来たのでお兄様に感情移入が出来た。

また自分が実際それなりに頭がいいと思っていたりその気になれば努力できると思っていたので策士や努力家にも感情移入できた。

しかし今の子は出来ないのだ。

自分努力できるなんて信じられないし頭がいいなんて思ってない可能性なんて感じない。

頑張ってわずかな可能性を開花させるなんてとてもじゃないけど無理なので降って湧いたちょっとした幸運大事にするぐらいが関の山

そんな心境が今のなろう主人公に現れているのだ。

若者根拠の無い自身を持っている姿は実際滑稽ではあるし、後に黒歴史とした笑い者になるのも目に見えている。

それが人生ネタバレ加速によって幼少期から刷り込まれ根拠の無い自信=人間の恥」とインプットされていったのだ。

そうして若いながら自信もなければ高い目標ももたない「賢い」子供達であふれたのが今の時代なのだ

ミクロで考えればこれは賢い選択なのだろう。

だが国全体で見れば挑戦心のある若者の減少は国の将来性が縮められている状態に他ならない。

「恥を知れ」と叫んで回るのをテレビネット現実で繰り返し続けた果てにあるのがこれである

1億人が手斧を振りかざす現代社会病理がいよいよ形になって現れてきた。

日本の行く末が私は心配でならない。

2016-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20160513115639

まりお前が本当に言いたいことは

漫画主人公現代人に共感されやすモデルになっている」

ではなくて

大衆感情移入やすモデル主人公はその時代背景の流行り廃りが反映されている」

ってことだよ。

何か新しく発見した論理法則ルールがあるんじゃなくて、

任天堂マリオをみればその時代ゲームコンピュータ技術レベルが分かる」

こんな感じのことを言いたかったんだろ?

「その時代流行ったバンドジャケットをみれば服の流行が分かる」

どうだ?ぐっと近づいた感じかな。

 

追記:

「シンイチをメガネかけさせて大人しめの印象を与え、視聴者にすり寄らせた」

これはその通りだと思う。

子ども主人公にしていて時代背景とのギャップがあると余計なツッコミが入りかねないか製作側の配慮として正しい変更だと思う。

2016-05-12

漫画主人公像は時代を表していることが多い そして今

例えば寄生獣のシンイチ。原作のシンイチが爽やかヤンキーなのは、その時代での普遍な人像or理想像を取り入れているのかなと思う。ちょっと当時の普遍理想像が分からいからなんとも言えないけど。そしてアニメシンイチがメガネを掛けた弱々しい一般人になったのは現代普遍な人像を取り入れたからだろう。確かに現代ヤンキー主人公ではリアリティに欠けてしまう。それでは寄生獣の生々しさが欠けてしまうから英断だったのかもしれない。現代では喧嘩物事解決したり友情を育んだりするのは二次元の話だけとなってしまっている。アニメのシンイチは今の視聴者が受け入れやすい、感情移入やすい人物像にしたかったのだろう。


他の例で言うと、GALS!という漫画がある。りぼん2000年頃連載していたタイトル通りギャル女の子達の話だ。舞台渋谷で懐かしのヤマンバギャルとかも登場している。おそらくヤマンバギャルなんて今の子供達なんかは漫画世界しか存在しないと思うだろう。だが連載当時はギャル女の子渋谷にいることも、ヤマンバギャルリアル存在だったのだ。

ブルマ存在もか。昔は当たり前のものとしてリアル存在し、漫画の中にも度々登場していたものだ。らんまとかでよく見た。けど今は現実ブルマの名を聞くことはない。多分今の子供に聞いても全く知らないだろう。漫画の中で登場しているのを見て、本当にこの体操着存在したの?と疑問を抱くぐらいに現実味を感じないシロモノかもしれない。

後半主人公の話からズレてるが、要は漫画とか創作物にはその時代普遍が取り入れられている。特に主人公にはそれが表れやすい、何故なら主人公は読者を作品世界に没入させる役割のため、読者と近い存在になりやすい、ということが言いたかった。

そして今さっき、「ブラック企業に勤めている若者」が主人公漫画を見かけてしまったのだ。このような主人公が生まれしまったことに少し辛くなった。

追記

ちょっと主人公現実像が表れやすいは言い過ぎたかもしれない…すまない。少年漫画系の主人公現実ではなくどちらかというと理想像キャラが作られることが多いしね。ワンピースだってあれは理想像冒険する少年像が現れた主人公だし。少年漫画系は共感ではなく読者が憧れるかっこいい主人公が多い気がするけど。俺TUEE系。コナンもそうだと思うんだけど。

ただ一例としては言えると思うんだよなあ。特に現実の生々しさとかを題材にした描いた作品とかに多い気がする。20年前だったらブラック企業に勤めてる奴が主人公として読者に共感される存在とはならなかっただろう。逆に20年前なら幽遊白書からヤンキー主人公になりえた、それは読者にとってヤンキーリアル存在だったからで。


更に追記

http://anond.hatelabo.jp/20160513120413

俺の雑文を簡潔に解説してくれた方がいたので。

そうか…「その時代流行ったバンドジャケットをみれば服の流行が分かる」…俺はこういうことが言いたかったんだな。

最初漫画主人公なんて限定してしなければ良かったな。的外れになってしまった。

後シンイチに関しては初期はそんなにオラついてなかったんだっけ?…最近中盤だけ読み返したかミギー同化してからのシンイチのイメージに寄ってしまった…ちょっと初期読み返してみる

アニメメガネな感じ程大人しい雰囲気では無かった…と思ったんだけど記憶いかもしれない…

2016-05-05

車の運転ってミスったら一発で死ぬのに皆よく平気でやってるよな

老若男女全国各地で毎日のように車の運転をしてるけど、俺は運転にコンプレックスというか恐怖心があるんだよなぁ。

だって、車の運転って少しでも気を抜いたりミスをしたら、死んだり多額の倍賞を払ったり誰かを殺めたりするじゃん?

俺はもうそういうことを想像するだけで緊張して汗をかくし、運転してる時はそういうことが頭をよぎって、脇汗や手汗や足汗が止まらないんだよね。

免許更新の時に見せられる交通事故映像加害者被害者両方にめちゃめちゃ感情移入ちゃう。恐ろしい。

特に高速道路なんてヤバすぎる。何かの間違いで気を抜いたら絶対死ぬし、迂闊に休憩もできないから一定時間走り続けなければいけないし絶対に集中を切らしてはいけない。そうしないと死ぬ。怖すぎる。

高速道路を走ってると、カイジとかそういう漫画にある感じの、止まったら死ぬレースに参加させられているみたいな感覚を覚える。

昔は親や他人が運転する車に乗ってても何も感じなかったけど、自分免許をとってからは、運転の恐ろしさが身にしみて、他人が運転する車でも高速道路ではおちおちリラックスもできなくなった。

高速道路だけじゃなくて街中で運転してる時も、全く気が抜けないし、もしも他の車とぶつかったりしたらと思うと気が気じゃない。

人通りの多いところや駐車場は緊張するし、見通しの悪いところではい子どもが飛び出してくるのかとビクビクしながら運転している。

あと、法定速度をみんな軽く超えているのもビビる。俺にとっては法定速度くらいがちょうどいいスピードなのに、みんな10キロくらいはオーバーして走ってて遅いと怒られる。それも気が気じゃない。怖い。特に怖い人ほど怒りそうだから怖い。

そんな俺からしたらトラック運転手なんて凄すぎる。あんな重量のある車を深夜の見通しが悪い中、猛スピード毎日運転しているなんて凄すぎる。高速バスとかも凄い。集中力とかどうなってんだろ。頭が下がる。憧れる。

でも世間を見渡すと、こういう俺が運転しながら感じるモヤモヤをみんなあまり考えてないのか知らないけど、みんな運転に慣れている。

老いも若きも男も女も普通に運転というアクロバティックでフィジカル行為をやってのけている。すごい。

こんなに(俺が思う)リスキーな物が移動手段として使われている。確かに便利だけれども。車の便利さの前ではリスクなんて小さいものなのか。

よく「頻繁に運転すれば慣れる」と言われているが、こんな俺でも脂汗をかかずに運転できるようになるのだろうかとコンプレックスに思っている。

物理的死・社会的死が隣り合わせな運転という行為をこなすにはやはり技術以前に、精神的な訓練が必要なのだろうか。

まあ運転しなけりゃいいんだろうけどさ、やっぱり運転ぐらいは出来るようになりたいよ……だって便利じゃん…。

2016-05-01

日本では大人はかっこよくない

その代わり無限の可能性を秘めた少年少女像が信仰されている。

日本漫画映画などの創作物ではあまり格好いい大人主人公を見ない。冒険活劇の主人公高校生までの少年少女が多く、大人はサブキャラ役割が多い。一方洋画アクション物などのジャンルはかっこいい大人がニヒルなセリフを放ってる場合が多い。漫画だって古くはスーパーマンといった大人ヒーロー主人公として活躍している。勿論ハリポタとか子供主人公創作物もないわけじゃないが、日本では圧倒的に大人が格好良く活躍する創作物が少ない。特に近年。

それは何故か?日本では大人は格好良くも希望に満ち溢れてもいないイメージが定着してしまっているからではないか。特に近年。

日本では大学生までが楽しい期間である考える人が多い。対照的社会人以降は40年間社畜として生きなければならない…人生墓場…なんてイメージだ。日本ではバリバリかっこいい仕事して自己実現なんてイメージは弱い。大体不況とかブラック企業とか精神病認知されてきたとか就職難とかその辺のせいなんだろう。勿論楽しく働いて成果も出しまくってる人もいるだろうが、大多数の人が仕事をイヤイヤしてる人ではなかろうか。

日本社会人ルール偏重とかしきたりとかを気にする。それもまた堅苦しいイメージに繋がっているのだろう。

日本では大人はかっこいいものではない。だから大人特に会社員活躍する物語は作られにくい。(探偵刑事活躍する物語はあるがあれは大人でないと出来ない話だからなー、その探偵物も少年探偵コナン金田一少年が強いし)現実とかけ離れ過ぎて皆がイメージしにくいからだ。

子供自分と年齢の近い主人公に想いを馳せる。大人は逆に自分遠い存在であるが故に感情移入することが出来る。自分と近い立場キャラ活躍なんて身につまされてしまうのだ。

勝手妄想を殴り書いたか検討外れなことを書いた気がする。でもこれから世代がかっこいい大人として働ける社会になればいいと思う。

あ、あともう1つ少年少女主人公が多い理由として日本人ロリコンショタコンが多いからだと思う。

大人主人公として活躍してる漫画最近だとトネガワとか…?

[]3DS体験版

まとめて書く

総じてスマホゲーっぽいのばっかで、なおかつレスポンス操作性が悪いクソゲーばっかだった

極めろ瞬間ジャンプ検定

★★☆☆☆

ステージクリア

制限時間内にジャンプでゴールを目指す

スーパードンキーコングシリーズボーナスステージ

スマホゲー的

新鮮さや中毒性はなかった

微妙操作性とギミックレスポンスが悪くてストレスたまる

ナナミと一緒に学ぼ!English日常会話

★☆☆☆☆

クソみたいな英語学習ソフトに、流行声優つければ声オタが買うだろうっていうあまりにも安易な思惑がスケスケでいっそ清々しいレベル

萌えゲーとしてもクソだし学習ソフトとしてもクソ

ピンチ50連発

★★☆☆☆

歩いたり走ったりジャンプしたりロープ登ったり降りたりしてゴールを目指す

スマホゲー的

新鮮さや中毒性はなかった

微妙操作性が悪くてストレスたまる

ぷよぷよテトリス

★★☆☆☆

キャラはまあいつもどおりでかわいい

ただぷよぷよテトリスがバトるってのはゲームバランス的にどうなんだろ・・・

ぷよぷよ連鎖考えるのが苦手だからテトリス選べるのはありがたいけど、それならテトリスやるわってなるし

EDGE

★★☆☆☆

IQみたいにキューブを転がしてゴールを目指す

ステージクリア

スマホゲーから移植

カメラが固定で斜め視点しかないけど操作十字キーから方向感覚がすごくわかりづらい

あとグラフィックが荒くてどうなってるのか見えづらいところがたまにある

動くブロックにくっついて移動しないといけないところで、段差を登る微妙操作要求されるのがすっげーストレス

レスポンスが悪くて思ったようにキューブを動かせないのがすっごくストレス

イルベロデりんじゃ

★☆☆☆☆

製作者の自己満みたいなわかりにくいインターフェイス

まったく爽快感のないシューティング

斬新さも何もないクソゲー

DRAGON Ⅲ CODE:VFO

★★★☆☆

セブンスドラゴンの3作めだって

前2作は未プレイ

主人公NPCっぽくて感情移入できるようになってるっぽい

逆に浮いてる感じがするからどうも苦手だ

バランス世界樹をもうちょいライトにした感じか

オートバトるもあるから

ボスは硬いけど

王道すぎて面白みはなかった

仲間も絵柄はかわいいけど誰もしゃべんないし

体験版だけで十分でした

SWORDS & DARKNESS

★★☆☆☆

ファイナルファイト系の騎士版みたいな

上下移動がめっちゃ遅い

成長は自分で考えられて楽しい

ザクザク進めて強くなれるからいいかなと思うけど、敵がワンパターンすぎる

シンプルで強くなるのを体感できるから個人的には好きだけど地味だしワンパすぎるのはちょっとなあ・・・

ストーリーもだらだらボイス付きで語るのはマイナス

他の体験版もそうだけど、最初世界観とか語りすぎてるのばっかだわ

そんなん知らんでも楽しめるようにすりゃいいのに

最初から設定とか押し付けられてもそんなん知らんがなってなるのが多すぎる

魔神少女エピソード

★☆☆☆☆

エピソード1があるのかとか何もしらん

最初にだらだらボイスつきで説明されるのもうざい

その割にキャラ世界観マッチしてない

ロックマン的なステージクリアシューティング

声優素人っぽい

何のために何をやってるのかが結局全然伝わってこないから全然おもしろくなかった

シューティングヌルすぎるし

何がウリなのかが見えてこない

プロジェクトクロスゾーン

★★★★☆

シャオムウかわいいよシャオムウ

調べたら無限のフロンティアシリーズだったのね

ナムカプセガキャラがいろいろ出てきて2D簡単ボタン操作でド派手な格ゲーチックなアクションを出して敵を倒す

シンプルだけどさすがに手堅いなあと感じさせる

ストーリー微妙っぽかったけど、まあそれ以外がいいから★3.5で四捨五入ちゃう

激働アルバイターKOJI

★☆☆☆☆

バイトゲー

ラーメン作りだけが体験できた

客の要望に合ったスープ選んでお湯入れて混ぜて麺入れてトッピングを選んで客に提供するっていう

ガラケー時代フラッシュげーでかき氷で同じゲームあったわ・・・

単純作業の繰り返しでキャラに魅力あるわけでもなく、つまら

The Keep

★★☆☆☆

劣化キングスフィールドっぽいやつ

キングスフィールドやったことないけど

地味で自分の好みではなかった

戦闘リアルタイム性があんまないし、微妙・・・

ソリティ馬

★★★★★

競馬ソリティアでやるゲーム

ソリティアシンプルに考えていいから

キャラかわいい

シンプルなのにどんどんやっちゃう

クソ面白い

製品欲しくなる

ゲームデザインめっちゃよく考えられててすごい

他のクソみたいなスマホゲーもどきばっかのなかだと、ダントツで図抜けてる

2016-04-27

ワールドトリガーって漫画はどうなってるんだろう

普通に読んだのは一話目だけ。あとはたまに立ち読みパラパラと見るだけでストーリーは把握してない。

で、いつ見ても、モブっぽいキャラ同士で戦っていて、一話目で登場した主人公っぽいキャラがでてない。

今週パラパラと見たらかろうじて一コマだけでてた。

読者が感情移入やすいだろうと思われるもう一人の主人公っぽいキャラはまったく見ない。

あのキャラは話の導入で使われただけで主人公ではなかったのかな。

ストーリーも一話目は異次元から敵が攻めてきてるみたいな話だったけど、いつも人間同士で試合っぽいことをやってるし、どういう状況なのかよくわからん

2016-04-25

少年漫画青年漫画誌に描く女性作家って必ずそれやるじゃん

主人公の男が無茶苦茶みっともない場面の連続

悪いことしてるイケメンにはみっともないシーン一切無い勝ち逃げみたいな

主人公にはサドみたいにしつこく惨めな思いさせていじめるのに悪役のイケメンには一切かっこ悪い場面与えないから

「あ、これ女性作家だな」って感づいて調べてみると必ず当たり

しばらく読んできてからその女性作者が好きなのは悪のイケメンのほうだったんだって気づくんだけど

男性読者が主人公感情移入して読んできちゃってるとストレスだけ溜まる構造




モテ期

マギ

結界師

聲の形

まだまだあるよね咄嗟に思い出せないけど




女性作家がわざわざ男性向けの雑誌で連載を勝ち得てまで

男性憎悪イケメン萌えを発露するメチャクチャ気持ち悪い露出狂みたいなあの行動なんなの?

男女逆なら超気持ち悪いって袋叩きなのにね

少女漫画誌に乗り込んでミソジニー漫画描く男がいたら俺だって叩くよきもちわりいから

ミソジニー捨てられなくてもせめて男性誌でやれって思う




はっきり言ってモテなさそうな・男性関係でしょっぱい思い出ある(マギの作者とか)人ほどそれやるよね

荒川弘ジョージ朝倉少年誌青年誌でそんなことやらないもん

http://anond.hatelabo.jp/20160425095434

実写版ちはやふる上の句みた ひどかった

ネタバレになる部分もあるのでご注意ください。念のため。










ネット含め各所で評判良いってみたし、なんなら増田やらはてブでも悪くなかったっての見たから見に行ったのにさー…まんまと騙されたよね




個人的に良いかも?と引っかかった部分はキャストそれぞれがどこか絶妙に合っている部分があったくらい

机くんは外見似てないけどなんかアニメの声に若干寄せてるような声出すなぁとか、かなちゃんのげっ歯類感…地味めな造形とかヒョロくんも見た目かなりそっくりで良かった

役者個人的好みは別として(好みとしては全体的に嫌いな顔が多かった)イメージはそんなにズレてなかったと思う




演技については、別に誰かが飛び抜けて良いとかは感じなかったけど特別ひどくもなかった…

もしくは、そんな事気にしていられないくらい他の部分がひどすぎて気にならなかった




ストーリー構成について、多少の改変なり詰めるのは良いにしても全体的に唐突・ご都合なのが多かった

結果に至るまでの理由過程動機などが存在しなかったり弱かったり共感できない物ばかり

机くんが部に真面目に参加するようになった理由とかラストで机くんが戦意を取り戻す過程とかさー…




全員で肩ポンポン叩いて行ってなんか回復してるって意味わからんけど?

原作読んでて補完してると仮定したって雑すぎ…

始終ちょろすぎにもほどがあるんじゃ…?





他にも構成的に合宿中の大会で新と太一肉まんが遭遇する部分

どっちがどれだけ距離時間転移したのか分からんけど、別地方同士だよね?

距離移動したとか近いならその描写ないと不自然(眠すぎて見落としたか




あとこれは好みもあるかも知れないけど、ここで千早差し置いて再開とかありがたみ?下がるし白ける

それより前に家電で通じてるんだから必要性もなし(大会太一と決戦とかの重要度高いイベントあったわけでもないし)


ラスト演出ももう下の句へのヒキが見えてるんだからダラダラ会話して通話相手変わって~とかやってないで、

一言「もうかるたやらん」ってのでヒキにすれば良いのにクドクドクドクド…無駄だし衝撃度下がるしで酷い演出

構成演出脚本については他にもキリがないくらいにヘボが多かったし

大事な所軽々とすっとばし、どうでもいいシーンや会話を長々やるおかげで中盤クソ眠くなったし…ホントひどいなと





ただひどいのは上の構成やら何やらだけじゃすまない

音もひどい ただただ爆音出せばいいってもんじゃないだろ!?って感じで何から何までバシンバシンうるさい

最初映画館でみてるからか?とも思ったけどこれも中盤の合宿中の試合あたり具体的にはそのあと太一肉まんが会話する当たりでやっぱおかしいなと確信

まり帰ったロビーで神妙な?感じで会話してるのに足音やら椅子に座る音がドスンバスドン! なに?巨人なの?

SE・BGのチョイスもひどかった、千早試合後寝る所で「しんでるー!?」のギャグ(?)ここも音量が無駄にでかい

台詞かぶりすぎててギャグであろう「しんでるー!?」の台詞が埋もれてるしうるさいしうるさいしうるさい




あとカメラアングル

何?撮影玩具ドローン)でも手に入れて遊びたくなったのかな?!

無意味中途半端俯瞰の図ばかり(特に学校)でキャラに寄れない(感情移入し辛い)し、迫力もない

かるたの床面からの絵以外で煽り図だったのって序盤のスカートみえるかみえないかー!?あたりくらいじゃなの?




で、肝心の競技かるた…これもひどい

横顔のアップ・手元アップ・札が跳んでる絵のワンパターン構図ばかり

加えてかるたに対する解説などもおざなり 競技かるたの題材が完全に死んでる

原作かるたから~というだけで、別に野球だってサッカーだって、なんなら団体競技じゃなくたってなりたつような構成と絵作りだった

原作では途中団体戦はチーム競技だ!みたいな描写があるがこの映画だとその辺も雑だった)

大体、設定的にもそうだけど画面に「お静かに」の札上げてる図写した直後に台詞叫んでるキャラとかなんなの?

わず「いや、黙れよ」ってツッコミそうになったよ

あとスローの挟み所もよく分からん もっと他に挟む所あるだろと思った 尺伸ばしの手段じゃないんだぞ

ああ 更に前述の音響のせいもあって素振りのバシンバシンが本当にうるさい そういうものだとしたって限度があるでしょ…。





もう兎に角ホントにひどい…というか雑だった

これ見て本気で面白いとか悪くなかったとか原作再現とか言ってるの大丈夫か?と心配に…というかこっちが目眩する

それとも原作アニメのお陰で映画では途中すっとばされてる文脈脳内補完増幅されまくってるって事なの?

何より感動!泣きました!とか一番分からん

眠気こらえて滲む涙はあっても、事象因果過程がすっ飛ばされすぎて感動の涙の余地ミリもない…





素晴らしい原作、ついでアニメにもなってるのになんでこんなひどいことになってるのかワケガワカラナイヨ

とにかく雑!色々なところの描写が雑!これできっと下の句では大なり小なり恋愛方面にも振るんでしょ!?

こんな雑な作りので恋愛やられても一ミリ共感できないんじゃないかなー―ーーー!?





まりに良かった派の意見があふれているので書きました

下の句は見に行きません というか存在を早々に忘れるでしょう

ぶっ飛んだひどさなら逆に怖いものみたさで行くのもありかなーと思える分、昨日今日始まったテラフォが前後編だった方が良かったんじゃないかな!?

あっちもあっちで原作素晴らしいのに早々にクソミソ言われてましたね。