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はてなキーワード: 感情移入とは

2016-12-09

http://anond.hatelabo.jp/20161209171643

その共感する際に小さな事柄を吸収して削除して自分の利になる形で反応することが

まさに体験(経験)する前に歴史を読むことで転ばぬ先の杖としているんだけど理解してんの?

自分経験論は実証されたものを礎にしてるって言ってるけどこの増田母は実証例がいくつもあるにも関わらず理解しようとせず

この増田だってそういった歴史に対して共感してないじゃん。

自分共感しようとしてないくせに他人には無条件で共感して欲しいって心の表れでしょ。

からメンタル案件だっつってんだよ。

歴史に対して差異を削除して共感することができることと、

他者に対して似たような経験を持つことから差異を削除して共感することができるのは大して違いがないんだが。

要は自分という個をどこまで消して他者感情移入できるかで思い入れが変わるだろ。

人間の根源的な快・不快喜怒哀楽が備わってれば差異を削除して移入するだけで実体験の有無にかかわらず感情移入ってもんはできるから

違うというならなんで実際に存在しないファンタジー世界キャラを見て泣いたり笑ったりできるんだよ。

ワンピ読者舐めてんのかお前は。

そこに等価の苦労も経験もないっちゅーねん。

相手にそれを求めようとすんのは控えめに言ってキチガイから

同じ経験とか送れるわけねーだろ。

あるのは類似だけだ。

類似なら歴史いくらでもあるから別にてめーの経験じゃなくていいわけで。

結局、この増田母は自分他人の心を理解する上で自分差異を削除するテクニックが幼稚だから実体験が全てだと悟ってしまってるだけの話。

からメンタル案件だっつってんだよ。

奨学金返せなくて辛いなんて借りたことないやつだってどれくらい辛いか分かるっつーの。

自分実体験持ってるから分かる分からないっていうのはアホ。

想像力が圧倒的に足りてないだけ。

それを人のせいにすんな、常識だと吹聴するな。

個人的馬鹿なだけだ。

2016-12-04

映画この世界の片隅に』で泣けなかった理由を考えてみた。



(注:ネタバレまくりです)


泣けなかった。

自分映画で良く泣く派。

君の名は」も「聲の形」もガン泣きした。

でも「この世界の片隅に」はまったく泣けなかった。

とてもおもしろかったし、良い作品だと感じました。

でも泣けなかった。

なぜだろう?

その理由を考えてみた。



【すずさんの人生に「困難>幸福」を感じた】

描かれる当時の社会情勢はハンパなく苦しい。
・知らない人といきなり結婚させられ知らない家族と暮らすはめに
・でもって義姉がきつい性格
・まともに食べるものがない
空襲で姪を失い自分の過失を責める
自分もいつ空襲死ぬかわからない
・手を失い大好きな絵を描けなくなるばかりか、家事もできずに嫁としての労働力にならない
などなど。

「それでも彼女はたくましく生きたのです。素晴らしいのです。」
といってしまえばそれも感動ポイントなのかもしれないけど。
自分はそう感じられなかった。

そう言ってしまうにはあまりにも困難の量が膨大すぎる。
それを受け入れて生きるすずさんに、感動でなく哀れみ的な感情を持ってしまった。

もうこれ以上すずさんの困難を描かないでくれ。
映画を見ながらそう思っていた。
怒りにも似た、冷たい気持ちになった。



底抜けの困難。すずさんとみなしごハッチ

映画を見てから半月くらいたって気づいたんだけど、この気持…。

そうだ!みなしごハッチとおなじだ。
子供の頃アレを見終えた時に感じた気持ちだ。

ハッチ最後のほうでお母さんと会えたけど
そこに辿り着くまでの困難が膨大すぎて、妙に腹立たしかったのを覚えている。
「いやいやお母さんに会えたのはよかったけどさ、ここまでの困難がちゃらになるとは思えんぞ。こんなんでいいのかハッチ?」と変な感情移入をしたのを覚えている。

コレと同じだ。

(多分養子にした)女の子だっていつ白血病になるかわからない。
こうの史子繋がりで「夕凪の街 桜の国」を読んだ人(もしくは実写映画を見た人)はそう感じた人もいるかも。

すずさんに、さちあれ。

2016-11-30

よく泣く

映画ドラマアニメ漫画を見ながら、よく泣く。

しかし、泣いた作品が必ずしも良い作品、心に残る作品、感動した作品なわけではない。

なぜなら途中10しか見ていないドラマのその部分だけでも泣いてしまうことがあるからだ。



泣いてしまう場面を考えると、例えば登場人物が念願叶って歓喜していたり、

あるいは絶望に瀕して喘いでいたり、泣いていたり、怒っていたり、

あるいは感情を押し殺すことによって

その感情がより際立って表現されているところが挙げられる。



要するに感情に大きな動きがある場面だ。

感情の発散がカタルシスにつながる場面も多い気がする。



そして、他人感情の爆発に出会った時に

おそらく泣くことでしか呼応できない自分の姿に気がついてしまった。

自分自身感情の振れ幅というもの

フィクションのさまざまに比べると驚くほどに小さい。

そもそも日常生活の非ドラマチックな日々の中に

感情を揺さぶる起因となるものなどそうそうない。

感情を動かすことに慣れない身の上で

一番わかりやす感情の発露の方法が涙を流すことなのだ。




以下脱線

感情移入というのはこういうことを指す言葉なのかな?

自分感情が揺れることが少ないので

フィクション舞台フィクション人物のあらゆる感情

自分のものとして追体験している気がする。

事象感情のつなぎ方は全て自分の感じ方とは違うという前提のもとで見ているか

感情移入ができない」という文言が出てきようがないのだが、

感情移入ができない」という人は自分登場人物だったら

またはその場に居合わせたら、という立場映画を見ているということなのかな?

主人公感情移入できる/できなかった」という話をされるのがつらい

映画の話でも小説の話でも、共感話題になったらアスペのこちらは口をつぐむしかない。

こちとらフィクション感情移入したことねーんだから、何が感情移入できて何が感情移入できないかまったくわかんねーし。

些細な事なんだけど、こういうのが地味にストレスで人付き合いも億劫になるんだよな。

2016-11-28

自罰? 自己破滅衝動? マゾヒズム

相手の内に貯め続けた抑圧がついに破裂して私の頬を切り裂いた瞬間に感じた、あの胸の軋み、頭と身体に血が逆流したかのような感覚

この断絶される瞬間を私は望んでいたのだろうと思わざるをえない高揚。


幸せになりたくて足掻いている自分の奥に、

私が幸せにならないように行動を抑制妨害してくる自分が確かに居るのだと知覚する。


社会的にも家庭的にも破滅してしまったことだし、もう許して幸せにさせてはくれないものだろうか?

(できることなら、失ってしまった社会的地位家族を再獲得したい。幸せになりたい。)

(ああでも、マイナスから立て直すというのは酷く面倒だよね。頑張りたくないから壊したくなかったのに。)


自分自分の足を引っ張るという性質は、弱者の“言い逃れ”のための衝動だとか。

確かに、“私の妨害をしてくる私”とのバトルを最重要問題にしているうちは、頑張らないと掴めない理想幸せ獲得へ立ち向かわな言い訳になる。

からだろうと全ての電話に出ないし、全てのメールを読まない・返さないから、「あなただけ特別無視している」のではないのだと言い逃れしている。

しかし実際のところ、電話メールなどの予告ナシに他者から切り込まれ行為に対して、めちゃくちゃ磨耗疲弊するという部分はある。)

逃げ恥原作の「なんだか 俺はいつも逃げている」からのくだり、すごく好きなんだよね。身に染みた。

(女だけども、感情移入自己投影するのは圧倒的に平匡さんの方で、みくりちゃんは理想王子様に見えている。)

だって、もう戻りたいよ。(でもどうすればいいかからないんだ)


教会とかで懺悔をすることで、自罰衝動が癒されることもあると聞く。

試す価値あるのかなぁ…という考えを今こうやって増田にぶつけてる。

本当に信じているもの対峙しないと効果なさそうだよね?

涙が流れるほど心震えるのは、“正しいこと”が肯定されるシーンと、美しい男性自意識拗らせて破滅する物語、に触れた時。

“正しいこと”を正しいと認め合うことってさぁ、仕事してるとびっくりするほど少なくない? 私が働いていた環境下がブラックばっかりだっただけかな?

なんかもう生活しているだけで恒常的に信念とか倫理観とか自分の柱を削られまくっていたんだろうね…

綺麗事王道歩いてる職場って何系に多いの? 転職するから教えてほしい。

美しい男性自意識拗らせて破滅するっていうのは完全に自己投影の道ずれ慰めだよね。

文字や絵のイケメン描写よりも、現実の美丈夫が演じている方がたぎる。)

彼らの嘆きがすごくよくわかる。わかるからこそ、“美しい彼らでさえも”救われないということに癒される。私たちの敵はこんなにも強大なのだと(だから負けても仕方がないのだと)。

たぶん女性物語では駄目なんだよね。破滅する女性では“私の道ずれ”ではなくて私自身とイコールになり、ひとりぼっちになってしまうから


スーパーエゴ肥大しすぎている?

ねぇ、私はただ、私が考え得る最善な行動をしたいだけなの。

それを自分自身に阻害される・阻害したいという衝動を消去したいだけなの。

どうすればいいの?

2016-11-24

井伏鱒二ドリトル先生

俺にとっては未就学児の頃から親しんでいたドリトル先生のいち翻訳家というイメージしかない

でも翻訳ものありがちなクソさが今思うと全然なくてコドモに読み聞かせても理解できるっていうヤバすぎる翻訳スキルだったんだな今思うと

しかドリトル先生以外のオリジナルは一冊も読んだこと無いんだよな

ぐぐってたらこんなんみつけた→新訳「ドリトル先生アフリカへ行く」新旧を比較してみた - 紺色のひと

うーんまた久しぶりに読みたく鳴ってきたなあ

月へゆくの挿絵キモさは今見ても多分キモい

あれめっちゃ不気味だった

緑のカナリアが長くて自力で全部読むの大変だったなあ

航海記レジェンド感が好きで何度も読んでた

ねこにくやのましゅーまぐ・・・

スタビンズくん・・・

何度感情移入したことか・・・

ドラゴンボールの気の練習並に、動物語の練習したっけ・・・

トートーがいたら大丈夫っていう安心感すごかったなあ・・・

2016-11-23

自己投影女子に告ぐ

   11/24 長すぎて入らなかった部分を別記事で追記


腐女子こそ夢小説を書くべき論」が話題になって「よくぞ言ってくれた」と喜んでいる人と記事自体に怒っている人がいた。


記事自体に怒っている人、とりわけ「腐女子こそ夢小説を書くべき論」を読んで欲しい層として想定された(と思われる)「腐女子」以外の人について考えてみた。

腐女子こそ夢小説を書くべき論 - 模索中



腐女子以外で、この記事に対して怒っている人たちに、自分たちを「自己投影勢」と自称している人たちがいる。


自己投影勢」とは?

夢小説を愛好する方の中で、主にガチ恋勢などと言われる人たちのことだ。

彼女らは、夢小説に出て来る名前変換が可能な「主人公」に自分だと思いながら、夢小説を読む。


私は怒っているので、キツイ言い回しになっているかもしれない。


この記事を書いている私は、彼女ら「自己投影勢」の「腐女子こそ夢小説を書くべき論」に対する反応に怒っている。


私が怒っている対象は「自己投影勢の肩身が狭くなるから、こういった記事を書いて腐女子が書く夢小説を増やしてほしくない」と言っている人たちだ。

自己投影全般に怒っているわけでもないし、嗜好について私の理解が及ばないと思っていても馬鹿にもしていないし、気持ち悪いとも思っていない。

彼女らに私の嗜好を貶され、排除しようとされない限りは、はっきり言って、彼女らがどう思っているかは興味がない。


嗜好を名指しして「布教をするな」と言われたのでなければ、この記事を書くことはなかった。




上記の自己投影勢の説明ではあまりにいい加減なので、ある程度、前提条件を絞りたいと思う。そのために私の自己投影名前変換に対する考えを記述する。


私と同じ考えだと自信のある方は飛ばしていいと思う。

目印として本題に入る部分に矢印をいっぱい付けておくのでそこまでスクロールして欲しい。




私のスタンスとしては、他人が書いた小説主人公自分だと思いこむことは特殊技能であると思っている。




これは、キャラ恋人自分だと妄想することとは別の話であることを留意してもらいたい。

誰かの恋人になった自分空想すること自体は、誰もが抱くことのある欲求ひとつであると私は思う。空想し、それを作品アウトプットすることもまた、ありふれた行動であると思う。

しかし、小説という作品媒体になったものを読むとき登場人物が「自分だ」とはっきり信じることのできる人は多くないだろう。

これは感情移入とは異なるものだと私は思う。

映画や本を読むときに、話者となる登場人物感情移入してストーリーを疑似体験する。これは基本的エンターテイメントだと思う。

感情移入する登場人物主人公に限らない。幼少の頃に見ていた映画大人になって見ると、幼少の頃に思い入れ登場人物とは別の人物気持ちになって泣いてしまった、ということはよく耳にする話だ。

さて。このとき観客あるいは読者は、登場人物登場人物であって、自分とは別の個体であることを認識している。境遇自分に重ねることはあっても、自分ではないと分かっているはずだ。


ここでいう感情移入共感意味だと思う。

腕にひどい怪我をした人物を見て、自分の腕が痛い気がして顔をしかめる。怪我一つない自分の腕を押さえる。これが共感だ。多かれ少なかれ、誰しもが持っている感覚だといえる。

共感」は人間社会生活を円滑にする上で欠かせないものだ。一説では、サイコパス共感的な感覚先天的に欠いているのだという。共感が出来ないからと言ってその人がサイコパスであるとは限らないことに気をつけたい。


この共感が強すぎることで、映画テレビを見るのが苦痛だという話が、しばらく前に話題になったと思うので、「共感」というものがピンとこない方はそっちを覗いてみるのがいいかもしれない。

"恥をかくシーン"が苦手な人たち

話は戻って、名前変換によって、いくら登場人物自分名前を冠しているからといって、主人公自分だと思い込む、ということは「共感」ではなく「同一化」に当たるのではないだろうか。

サイコパスの話を持ち出してしまったが、専門用語としての話ではないのでその点はご理解いただきたい。


自己投影と称している人の中で完全な「同一化」ができる人はそう多くないのではないだろうか。多くの人が、夢小説の中で恋愛をしているのは小説の中の「わたし」であって、今この世界にいる「わたし」でないものだと折り合いをつける。

自己投影ってなんだっけ - めもかん。

この記事を書いた方も、おそらくそうだろう。


2は、1よりちょっとだけ現実の私と切り離されている。 なんというか、原作世界二次創作世界パラレルワールドだと認識しているのはこの層が多いんじゃないかなあ。 その世界の「私」となって、キャラと接するのがこれに当たる。

「同一化」と書いたものをこの方のいう1とするならば、2は「折り合いをつけている」人たちのことだろう。3の話はここではしない。


この折り合いが付けられた状態は、映画を見て登場人物共感して涙することと差がないように私は思う。




余談 コンピュータ名前変換 ゲーム夢小説

夢小説は、コンピュータインターネット回線の普及によってもたらされたジャンルであると思う。

それまでは小説といえば紙の書籍主体で、印刷物として市販されている小説主人公たちの名前は変えることができなかった。

それが、コンピュータの普及によってテキストの一部を自分名前に変えることができるようになった。これを女性向けとして利用した人が現れる。これが夢小説のはじまりだと思う。

夢小説の出現よりもひと足早く、ゲームでも主人公名前自分名前に変えることができることが「普通」になっていった。その片手で、インターネット上に公開された名前変換可能テキスト群が夢小説と呼ばれることになった。

一見違うもののように見えるが、双方デジタル化によって生まれユーザビリティの結果であり、本質的には同じものであると思う。

そこで、ゲームをしているユーザー自分名前のついた主人公を「自分だ」と思い込むことができるだろうか?

これは、できる人もいる、が正解だと思う。自分選択によって動きを変える主人公が、自分であると思う人もいれば、画面の中で動く人型のイラストを、自分が操っている操り人形だと思う人もいるだろう。

後者については、海外に多い「プレイヤー視点が画面になるタイプゲーム」のユーザー間では減少する可能性がある。ゲーム内のアバターアバターだと認識することは、ゲームプレイヤー自身アバター俯瞰する形になる、多くの日本産ゲーム特有感覚かもしれない。長くなりそうなので、ゲームでの視点の話はこの程度にしたい。

余談の余談

余談の最後に、私が思うゲーム夢小説の違いをまとめて、話を「自己投影」についてに戻していこう。

ゲームには操作性の問題がある。主人公の行動を自分で操る事ができる。この点が、ただ与えられたテキストを読むだけの「夢小説」とは大きく異なる点だろう。

夢小説の中に出てくる登場人物の行動を、読者は変えることができない。

夢小説の中に出てくる登場人物セリフを、読者は変えることが出来ない。

繰り返しになるが、自分意思とは違う行動を取り、違うセリフを喋る主人公に「共感」するのではなく、「自分だ」と思い込む、「同一化」する事ができるということを、私は特殊技能であると思う。

私の一歩先を行っているのかもしれない、とも思う。




同担拒否」を自称する方たちに対して、いくつかの疑問がある。

まず、私が思うのは彼女らは何を読んでいるのだろう?ということだ。

人が書いた小説を読めば、必ず違和感が生じるだろう。お母さんが枕元で、主人公名前子供名前に置き換えて読んでくれることとはわけが違う。クラスメイト貴方主人公小説を書いてもらい、プレゼントしてもらうのとも違う。

ただ、スクリプトを使って文字列自分名前に置き換えているだけだ。

好きな食べ物も、癖も、言い回しも、得意な教科もすべて変換するわけにはいかない。そんなに違う「わたし」とどのようにして「同一化」するのだろうか。

そして、彼女らは自分で書いた小説を公開するのだろうか?

自分恋人の話を綴った物語を公開して、自分と同じように彼を恋人だと思いこんでいる人が読んで、自分体験他人のものにされることが不愉快ではないのだろうか?

このあたりの感情の処理が、私には理解しがたい。


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本題にうつる前に周りくどく鬱陶しい話をしたのは、前提条件をはっきりさせておきたから、と断っておく。

本題はその「自己投影勢」がなぜ「腐女子こそ夢小説を書くべき論」に怒っているか

なぜ、私が「自己投影勢」が怒っていることに対して怒っているか

という話だ。

私がTwitter観測した限り、怒っている理由には大きく分けて2つあったように思う。私が見かけた2つの理由について話をしたい。



怒っている理由その1

自己投影勢」が馬鹿にされたと感じたか

だそうだ。



これは見当違いな怒りであると私は思う。「腐女子こそ夢小説を書くべき論」の中で、たしか

夢小説ってキャラ×自分なんでしょう」「わたし夢小説自己投影しないし」

など書かれている部分はある。

しかし、これは、この記事を書かれた方の意見ではないのだ。少なくとも私にはそう読める。

私が読むところによると、これは、世間から夢小説」に対して向けられている一般的感想だ。

偏見としてあげられる言葉を持ち出すことすら許さないならば、許さない人が偏見を持っている人にやめてくださいと訴えるべきだ。怒りを持っていく場所が違う。

誰が発言するかによって怒りが違うならば、それは貴方の心にある差別が原因だろう。胸に手を当てて心当たりを探ることをおすすめする。


そういうのもあるけどそれだけじゃないよ!


としているが、自己投影的な考え方を否定しているわけではない。むしろ、全体を通して自己投影は誰もが持ち得るものだと書いているように私には読める。

そもそも、「それだけじゃないよ!」は嫌っている人に嫌いなものをそのまま食わせる馬鹿はいないので「夢小説あなたが嫌いだと思っているものよりもずっと多様なものですよ」と話しかける言葉だ。自己投影を貶めることは書いていない。


行間から書いていない言葉を読み取るのはやめたほうがいいと、老婆心ながら言わせていただこう。

そのうち行間から呪詛を感じ取ってこの記事のせいで呪われたなんていい出しそうだ。

ちなみに今わたし貴方呪詛をかけている。嘘だけど。



怒っている理由その2

夢小説から自己投影勢が追い出される、

というものだ。




はっきり言おう。私にはこの感覚がまったく理解できなかった。そして、これを理解したことによって怒っている。

夢小説のはじまりは、自己投影にある、と言っている人がいた。これは当初のことがわからないので、間違っているかあっているか問題にしない。

私がこれに対していうことがあるとすれば「だから何?」だ。

から? 幼稚園児が遊び場の権利を「すべり台わたしが先に使っていたのでわたしのものです」と主張するくらいにどうでもいい。

余談としてゲーム夢小説の部分で触れたが、主人公名前を変えるという考え方自体は珍しくない。それを二次創作に使うことは、誰にでも思いつく可能性があったことだと私は思う。

夢小説流行り始めた当初、このスクリプト自分で書くことのできる人は少なく、多くの人が他人からこれを借りた。

その借りた先の人が「夢小説」あるいは「ドリーム小説」と読んでいたのなら、これは自己投影云々についていた名前ではなく、名前変換というシステム自体につけられた名前であると私は思う。

異論はもちろんあると思うが、自己投影がたしか原初であったとしても「だから何?」と私は返すだろう。


夢小説ルーツでの幼稚なマウント以外に、私は「追い出される」という感覚理解できなかった。なぜなら、10年以上も前から自己投影勢もあったし、オリキャラ勢もあった。共存していたのだ。

古の超大手夢小説検索サイト「ワンドリサァチ」さんのキャッシュからも、当時から細かく別れていた傾向のチェックボックスを見るとわかるのではないかと思う。

ちなみにワンドリサァチさんがページ消失したのはかなり昔のことだ。ワンドリサァチさんの消失夢小説界隈を、まるで神に言語を乱され方方に散ったバベルの塔逸話のように、引き裂いた。


夢小説史はさておき。なぜ突然、オリキャラ勢が押し寄せてきて……なんていいはじめたのか。

しかに数年前から「夢主はオリキャラです」と発言やすくなったことは感じているが、これはオリキャラ夢主で夢小説を書く人たちが、仲間を募り、自身創作を楽しんだ結果であると思う。彼らは自分たちで、自分たちの楽しむ場を作った。これに嫉妬しているとしたら、理解に苦しむところだけれど、同担拒否です!この小説は私じゃないので読めません!なんて言って、他人牽制しまくっている人がいるのなら、仲間が増えないのは当然だろうと思ったのでこの点は言及するのはやめておこうと思う。


私にとっては、自分の好みではない作品が増えたところで、自分の好きなもの絶対数が変化しなければ、どうでもいいことだったのだが、彼女らにとってはそうではなかったらしい。


問題になった「腐女子こそ夢小説を書くべき論」では、腐女子BL主題として扱った夢小説を書くことを勧めている。

このことに対してアレルギーを起こしたように反応している人たちがいた。


腐向け」という言葉が目に入るだけで、不愉快なのだそうだ。

そもそも、オリキャラ夢主と自分の推しが恋愛しているという情報自体が気に入らないのだそうだ。



腐女子が参入することによって、腐向けでもあり夢小説でもあるものや、彼女らにとって不快ものが増えることによって、住処を追われるのだそうだ。



先述の通り、昔からオリキャラ主人公とする夢小説存在していた。

夢小説を愛好する人の中には「腐向け」を嫌う人は多い。しかし、夢小説の中には「腐向け」の夢小説BLDと呼ばれるものもある。BL夢小説彼女らが何を思うことにも関係なく、すでに存在する。


はっきりいいたい。「何様のつもりだ」


インターネット上は公共の場所だ。不愉快ものを見ることもあるだろう。しかしながら、貴方にとって不愉快ものは、誰かにとっての大切なものだ。それを見て貴方が気分を悪くするだけならいい。

気分が悪くなるから、遠慮しろ、肩身を狭くしていろ、というのは傲慢がすぎるのではないか


腐女子も好きなジャンルで、自分が好きなカップリングとは受け攻めが逆のカップリングが増えてしまうこともあるだろう。逆CPは見るだけでイヤだという人も多いだろう。しかし、だからといって自分の気に入らないCPをの悪口を言ったり、そのCPが増えてほしいという人に、私の地雷から布教活動をしないで下さい、と訴えることを考えて欲しい。


私なら人混みで鳩尾に肘を入れるし、靴を踏む。(暴力はよろしくないと思うがそれくらい腹立たしい)


貴方自身の当然の権利と思って言っているそれは、これと同じことだ。恥を知るがいい。




マナーやら何やらで加工して訴えようと、本質は変化しない。貴方自分不愉快からと、他人活動制限しようとしているのだ。いかなる理由をつけようと「布教活動するな」と訴える行為正当化されないことを覚えておくべきだ。




腐女子の人が「自分の好きなものではないので書かない」ということとは、わけが違う。

自分の好きでないものに増えてほしくない、という権利貴方にはない。



そして、自分の好きなものが数で負けるなら、その分は貴方がかけばいい。貴方布教して増やせばいい。貴方夢小説を読んで楽しいと思った人が、同じような小説を書くように努力すればいい。

他人の足を引っ張るだけの行為生産性がない。



あと、検索で引っかかって云々とか言うな軟弱者。心を鍛えろ。

自分の行動の責任自分で背負え。

蝗に怯えて耕作を怠るな。実りのない田畑では人も増えない。


心優しい私は、対処法をあなたに教えてあげようと思う。心して聞くがいい。

Web ブラウザ上の文字列検索して非表示にするNGワード導入しろ。それくらい自分で調べろ。


最後に、そんな発言をしている人が存在するのか疑問に思う人もいるだろう。それでもツイート引用することは控えたことの意思は汲んでいただけたらと思う。

この長ったらしい文章攻撃目的ではない。軽はずみな発言をした人に自分発言を省みてもらうことが私の望みだ。

2016-11-22

http://anond.hatelabo.jp/20161122115021

関係ないけどまほよ駄作っぷりったらなかったな。

士郎でギリギリ共感できるかできないかラインだったのに、さらにそれを超えたぶっ飛び価値観主人公。ありゃ感情移入無理だろ。

ヒロイン演出は素晴らしかったので惜しい。

2016-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20161120160301

おおプロだすごい。

自分作品おもしろいかどうかって、やっぱ編集とかアシに読んでもらって教えてもらうの?

それとも自分おもしろいかどうか判断できる人もいるのかな。

キングダム』の作者は漫画書きながら登場人物感情移入して泣いてたけど。

2016-11-19

http://anond.hatelabo.jp/20161114201217

元増田です。

はてブホットエントリ入りしていてびっくりした。皆さん読んでくれてありがとう

少女漫画男子がこんなに現れるとは思わなかった。何となく白泉社が人気かと思ったらやっぱりそうなんだ。自分は他の雑誌社だと生々しい女子高生が出てきて苦手なことが多い。白泉社だと現実離れした女子が多いから、男性でもとっつきやすいのかも。

そもそも少女漫画好きな人現実で会う機会が、女性を含めても今まで本当になかった。だから、今、ネット現実との落差に驚いている。コミケに行った時も、少女漫画ブースBLに比べて活気がなくて残念だった(BL百合同人活動男子女子も活発だった)。

以下、気になったブコメコメ返ししてみる。

id:natsukitchen この増田お見合いしたいです。なお123の条件が揃ったヒロインでいえば秋里和国『花のO-ENステップ』と清水玲子輝夜姫』をオススメします。むしろ既読だったら結婚したい。

そこまで言っていただけると恐縮です。その二作は読んだことが無かったので読みたいです。

id:TokiMaki わかる。私はつねにヒロイン側に感情移入して読んでいるので、安易パンチララッキースケベのある作品はあまり受け付けない。少女漫画の方がどちらかと言えば《萌え》の波長が合う。あと百合漫画も好き。

まったく同感ですね。ただ『山田くんと7人の魔女』のパンチラは許せます女性作者の魔力でしょうか。

私も百合漫画好きです。最近だと『citrus』『捏造トラップ』読みました。『恋愛ラボ』も大好きですが百合ではないか……宮原るりファンでもあります

id:tokidokioh 僕も少女漫画大好きなんだけど、少女漫画ヒロインって残念美人自己評価の低い子が多くて、自己肯定感の低い面食いオタクからすると理想タイプなのではと思っている

己の駄目な部分を指摘されたようで、一番堪えるコメントでした。私の自己評価の低さは自認してます

ただ、自己評価の高い子もタイプではあります。むしろ「私って何の取り柄もない女の子なのに……」と思っているようなヒロインは苦手です。キャラ自分コンプレックスでヘコんでいる姿に、萌える人がいますが、私は共感出来ないです。モデル体型が好みですが、「貧乳コンプレックスフェチ」はまったく持っていないです。

id:ata00000 萌え漫画女性キャラ記号的というか自我のないロボットみたいに見えることがある。そういうのは苦手だ/理解できない人には、少女漫画の男キャラが好きと言われるとどう思うかを想像してもらえば理解されるかも?

私は萌え漫画女性キャラ記号であると同時に男性的でもあると感じます。逆に少女漫画の男キャラは中身が女子であることが多いですね。『ラストゲーム』は柳が女子っぽいので、半分百合として読んでましたwww

id:ruka98 私は漫画全般好きだけど特に少女漫画子供時代から一番読んでるから嬉しいですし身近にいたら話したいですけどね。その辺り読んでる世代なら清水玲子さんとか知ってますかね?/谷川史子さんとか好きですか?

お二方の名前は知っているんですが読んでないです。申し訳ないです。私は20代半ばなので、その年代の有名作家がすっぽり抜けています。花の24年組の時代作家は母の蔵書を借りてよく読んでいました。『輝夜姫』読まないと……

id:etr “花ゆめいと”では無いことだけはわかった。

下野さんと島崎さんのラジオですか?最近存在を知って、ちょくちょく聴いてます。確かこの前男子リスナーのお便り読まれてましたね。数少ない仲間かと思っていました。

id:pyhu 同じく少女漫画男子。男が少女漫画読むのキメエってなる風潮が辛い。増田よかったら俺のブログ見に来てよhttp://tekitounakansou.hateblo.jp/

ありがとうございます!参考にさせていただきます

id:twikkun 放浪息子少女マンガだと……という下らないツッコミは置いといてさおりん最高クソメガネ滅びろ/挙がってるの最近作品が多くて現役バリバリ感ある。僕は量は読めてないけど吉住渉先生作品が大好きです

志村貴子は言われてみると連載誌が青年誌ですし、少女漫画ちょっと違うかもしれませんね。夏目房之介の説に引きずられていました。でも表現方法からすれば少女漫画でいいとは思います

千葉さんが二宮くんを選んだのは多くの読者の欲望を裏切るものですが、千葉さんの視点から現実的判断だと感じます。明らかに作者が読者の欲望意図的に裏切ったのだと思いました。『青い花』の杉本先輩の変貌も同様の意図なのでしょうね。読者の欲望をあえて否定することが、志村貴子作品が他の恋愛マンガ特に百合)と一線を画す点かもしれません。

id:yokoshimauma 支援!!少女漫画男子大歓迎!!男子目線での新しい発見がありそうだから語り合いたい。/漫画ジャンルわけは便宜上で、少女漫画少女のためのものってわけじゃないと思う。少年漫画好きの女子メジャーだし。

ありがとうございます。語り合える場所があったらいいですね。

ただ、少年漫画少女漫画非対称性はあると思います女性少年漫画は多くても、男性少女漫画が少ないのは、多岐にわたる構造的な理由がありそうです(恐らく読み方の文法の違いに起因するかと。また少女漫画流行の後を少年漫画が追っているという、宮台真司の論考は読んだことはあります。それも関連しているかも)。

2016-11-14

http://anond.hatelabo.jp/20161114185355

むっちゃ感情移入ができる人だから、あれをデータの塊ではなく生命体とみなしての感想なんだろうね。

2016-11-12

子供の頃感情移入感情入力と呼んでいて、気づいたあとでもなぜかなかなか治らなかった

まあ対象入力されてはいるけど

2016-11-10

[]11月10日

○朝食:ヨーグルト

○昼食:助六

○夕食:カツカレー



調子

はややー。

開発サーバーの不調で仕事が全く進まなかった。

別に急ぐ仕事でもないので、今日は定時でさっさと帰って、顔も名前も知らないサーバー管理の人たちの幸運を祈っておいた。



○星の欠片の物語、ひとかけら版

今日発表されたPSVRで発売されるゲーム

超超超超大好きなシリーズを作ってる会社の新作なので、是非ともプレイしたい。

プレイしたいが、PSVR本体含めると10万ぐらいするんだよねえ。

うーーーむ、しか来年にはスイッチも出るし、スコルピオも出るし……

……貯金だな、貯金



FE覚醒

第4章「神剣闘技」をクリア

お店で匂い箱というアイテムを買えば、何度でも雑魚戦ができるみたいなので、ずーっとレベル上げをしてた。

結果、

マイユニ(ロリっ子)、クロムミリエル、ソワレスミア

レベル20になり、今の職業ではカンストした。

スキルチェンジすれば、まだレベルを上げられるみたいだけど、スキルチェンジアイテムが一個しか持ってないので、ちょっと保留中。

それと、いまいちよくわかってないかったんだけど、キャラクタ同士の支援レベルというパラメータを上げると、キャラクタ結婚するらしい。

何も知らずに自分が戦いやすい組み合わせにして支援レベルを上げてたら、自然結婚させてしまい、

クロムソワレ

・フレデリクとスミア

の二組が結婚した。

えー、いや別にゲーム中の彼らが納得してるからいいし、感情移入対象であるマイユニは結婚してないからいいけど、

こんなに唐突結婚されると、若干ビビるな。

あんまりよくわかってないんだけど、



バッジとれ〜るセンター

ノー課金

ポケとる

ログボのみ。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

なんかバージョンアップで、UIが変わって困惑した。

対人戦で頑張るとゲッコウガが手に入るらしいが、対人戦は気力がでないので、挑戦しない。

いまさらシンゴジラを見てきたんだけれど

この映画って自分から積極的感情移入していく

タイプの人でないと面白くないんだろう。

なにも巷で言われているように家族愛恋愛ドラマがほしいとは考えていない。

ただそれ以外にも、登場人物たちの苦悩も絶望葛藤特に描かれている

様子がなかったという感想を持つのは間違っていないと思う。

社会風刺としてリアリティがあるんだろうというのはわかる。その点は面白かった。

面白かったけれど、そのせいで客観的視点を持つことをより強制されてしま

一層作品距離を感じてしまって、全般共感できなくなってしまった。

積極的にあの状況を想像できて、リアリティを感じられない人間でないと

こんな感想になってしまうのかな。

まあ個人的には映像特に迫力を感じられず、ゴジラを怖いと

思えなかったところに一番の原因があるんだろうけれど。

2016-11-07

http://anond.hatelabo.jp/20161106231911

こういうアニメを作ろうとして奔走するけどいちいち邪魔が入ったり圧力がかかったりしていつまでも作れない

ってアニメを作るほうが感情移入できそう

2016-11-06

幸せ黄色いハンカチ」ってどこが名作なの?※ネタバレあり

しがないゆとりが名作だと聞いて観てみたのはいもの高倉健クズすぎて何が面白いのかさっぱりわからなかった。

まだ性豪の武田鉄矢のほうが感情移入余地があるレベル

まあでも、

「せっかく口説き落とした妻が流産したのでDVついでに町の飲んだくれをうっかり殺害しちゃったおっさん

金も仕事もない気のいい若者好意に甘えながら偉そうな説教自分語りをかましつつ家まで送ってもらったらけなげにも妻が待っていた」

っていうストーリーラインはなるほど団塊の世代が好みそうな内容だぁと軽いジェネレーションギャップを感じつつも思ったところ。

これが昔の人の「男の美学」なんだなぁ。そりゃ最近の若者はだらしないわ。

2016-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20161026234123

spotted flower読むにつけ、キャラには悪いがやっぱり報われないからこそ面白いってのあるよなあと思う

逆に報われちゃうとさめるっつーか、まあそうなるよねってのがわかりすぎて何の面白みもないんだよなあ

感情移入度も全然違うし

お話の作り方としてもあるんだろうな

それで終われば丸く収まるのにそうはならないっていうの

からこそ面白みがでてくるという、それを面白いと思ってしま人間ってほんとひねくれてんな

2016-10-26

ちはやふる健全すぎて辛い

1巻からずっと買ってるけど

登場人物すべてがいい子・いい人すぎて辛い

感情移入できない、入り込めない

そろそろどうでもよくなってきている自分がなんか辛い

君の名は。社会現象なのか? おっさん思う

登場人物

わたし……アラフォー、子持ち妻帯者、元漫画読み、アニメはちょいちょい見る(アニメよりラノベ派)、最下層のガンダム好き、アイドルオタク現在進行形

Hくん……アラサー? 子持ち妻帯者、サブカルにそこそこの知識

おっさん……そこらにいるおっさん

大将……焼き鳥屋。10席に満たないカウンターのお店。ひとりでやってる。ちょっと前までアラサー、ぼちぼちアラフォー



場所関西の寂れた駅チカの大将のお店



誰かが言いだした。「君の名は。大人気らしいね

大将「今度の休みに見に行こうと思ってるんです。わたしさん、見に行きました?」

わたし「見たけど、カップルばっかやったで、映画館

H「最近はおばさんとかも増えてるらしいですよ」

わたし「そうなんや、やけどおすすめするほどではないかなあ。シンゴジのほうが」

シンゴジまだやってましたっけ」

「そろそろ終わりそうかな」

しばらくシンゴジの話。

君の名は。に戻る。

大将「そんなに良くないんですか?」

わたし「いや、悪くはないんやけど、ちょいちょい引っかかるというか、素直に感情移入しにくいというか」

H「オタク系の人ってそんな印象ですね」

わたし「そうなん? え? Hは見たん?」

H「見てないですけど」

しばらくして。

大将君の名は。見んでもいいですか?」

俺「まあ、止めはしない。まあまあい映画やとは思う。泣いたし」

大将「泣けるんですか?」

俺「涙腺緩くなってるからなあ」(実際は、みつはの手に好きだって書いてあったとこ「これじゃあなまえわかんないよ」で号泣

大将「今度の休みに見に行ってみます

その後、おっさんが自社の社長に対して愚痴を吠えはじめる。



まあまあわたしの行くお店の客層って30~40代(50代も)にしてはまだ独身が多かったり元々オタクだったりで、新橋? みたいなサラリーマンよりかは感性? ワカメな人も多いんだけれど。

こういうところで話ができるくらいには、浸透してしまっていて、

なんかみておかないといけないかもぐらいには、興味を呼んでいる。

2016-10-23

[]

イレーナ(study)三部作を読んだ。純粋面白かった。ハラハラキドキワクワクさせてくれる、強い物語をずっと読みたいと思っていたので大満足だった。

毒見師イレーナから始まる今回の作品群の魅力は、かなりシビア状況設定にあると思う。主人公が選ぶことになる最初分岐点にしても、殺人を犯した罪で死刑になるか国の最高司令官の毒見役になるかだから押して図るべし。

国の体制面白くて、管理社会主義と呼んでもいいシステムの良い面と悪い面がちゃんと描かれていた。後々出てくる南の民主国家との差異もはっきりしているから、より長所短所が明確になっていた。

孤児院での悲惨過去があり、死刑を免れたと思ったら誰にも気を許すことのできない毒見役の仕事が待っていて、その生死さえ周囲の人々の賭け事にさせられしまうイレーナだけど、なんやかんやで懸命に生き抜こうとするところが格好良かった。時折優しくなるけどいつも心の内が読めない上司のヴァレクを筆頭に、イレーナの周りを彩るキャラクターも生き生きしている。のちに良き理解者になってくれる軍人のアーリとジェンコ武芸のいい市販であり優しいお兄さんたちだったし、同じく軍人マーレンは戦い方の道を決めてくれた姉御肌の人だった。最後まで意地悪な家政婦のマージもいい味を出していたし、料理人ランド裁縫氏のディラナも素敵なキャラクターとして配置されていた。

敵役が憎々しいのもいい。微塵も感情移入できない屑どもなので、最後にはスカッとできると思う。

世界観としては魔術がかなり強力なんだけど、武芸練習をしっかりしているところなんかは精霊の守り人を思い起こさせた。また生い立ちとか境遇を見ると獣の奏者エリンにも似てるところがあるなあって思った。だから上橋菜穂子作品好きな人は楽しめると思う。というか、ファンタジー好きならいける。ファンタジーが好きじゃなくてもいけるはず。テンポもいいし、ちょっと変な言い方だけど章立てがするとずるいので、一度読みはじめたら最後まで読み進んでしまうと思う。

そんな一巻「毒見師イレーナ」は策謀の張り巡らさせた軍国を、平凡な主人公が前向きな性格と機転をきかせて生き抜く物語なんだけど、二巻の「イレーナの帰還」では追放された南の民主国で自分の居場所を見つける物語になる。でもって、この二巻からこのシリーズ最大のヒロインであるキキが登場する。ぶっちゃけしまうと馬なんだけど、口足らずな言い回しや、胃袋の具合から世界のぞく精神性など、本当にかわいらしかった。微妙に主人のいうことを聞かないのもいい。すごくいい。本当に。

さて、二巻では民主国家のいいところと悪いところが描かれている。軍国にはなかった着衣の自由移動の自由がある一方で、路上には幼い物乞いがおり、誰も彼らに手を差し伸べようとはしない。少しでも優しくすれば彼ら際限なく要求するからだってのが理由なんだけど、イレーナは違和感を覚える。完璧国家存在しないと軍国の最高司令官はいうんだけど、現実社会においても同じことが言えるよなあって思った。

物語として二巻は居場所主題にしていると思った。始まりからして生き別れた家族との再開が描かれているし、養成所での身のふるまい方に苦悩するところなんかも、一巻の生き死にの問題とはまた違った悩みを描いている。そんな二巻だけど、テイストとしてはミステリっぽい連続殺人犯を探す展開もあって新鮮な読書感が得られた気がする。ただこの巻からイレーナの性格問題が噴出しはじめるので、もどかしくさせられることが多くなった気がする。

また二巻から翻訳者が変わってたのにはびっくりした。思えばちょっぴり文章が柔らかくなっていたのかもしれない。けどあんまり気がつかなかった。翻訳者ってすごいですね。

三巻の「最果てのイレーナ」は自分自身と向き合う物語だったと思う。この巻は読んでいて結構つらかった。どんどん悪い展開になっていくし、イレーナが覚悟できないから仲間との関係悪化してしまう。追い詰められていくのって嫌な感じだよね。ただその分、最後のカタルシスは大きかったと思う。自分自身と向かい合い、与えられた力の意味を知った途端に形成が逆転するのは気分がいいです。



一巻一巻が長いなんだけど、読みはじめたら止まらなくて、一気に三巻も読んでしまった。どの巻も登場人物が多くて、ちょっと把握するのが難しいところがあるんだけど、それぞれの表裏というか、いい面と悪い面がしっかり描かれていたので、人間味があって生きている感じがよく出ていたと思う。

全巻本当に上質なファンタジー小説だったので、いろんな人に読んでもらいたい。ありがちな中世ヨーロッパモチーフファンタジーじゃないから、そういうのに倦んでる人も安心なはず。加えてヤングアダルトっぽさもあるので、若い子にもおすすめ。朝読書時間に読めば、え、海外小説読んでんのってびっくりさせられると思うよ!

そして、願わくばこの作者の他のシリーズ翻訳してほしい。この三部作の続きとなる物語もすでにあるって話なので。どうかお願いします。翻訳してください。このとおり。

2016-10-20

シン・ゴジラ日本北米の盛り上がりのギャップについて

やったぜ! シン・ゴジラ 北米好調

http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20161020/1476918294

NYに住んでる者だが、日本話題だったので先週末日曜日タイムズスクエアAMCで観てきた。

別に会場は終始いたってずっと静かだった。ゴジラが下に火を吐いたシーンは迫力があったが、それ以外はだれも興奮していなかった。アメリカ人普通ちょっとでもアガるシーンがあればオーディエンスがすぐに反応する。手を叩いたり、大笑いしたり、Hooo!と叫んだり。特に公開初週の週末ではなおさらだ。それがほとんどなかった。最後申し訳程度に拍手がパチパチあったくらいだ。

後ろに座っていたアメリカ人二人組は明らかに終始失笑していたし、トイレに立った際に出会ったアメリカ人は「ゴジラ第一形態)がなんだかweirdだね」くらいの感想だった。子供は「ママゴジラ全然出てこなかったね」と言っていた。

個人的感想としては「よくこんな3流の映画日本全体盛り上がれるな」ということだった。まあ日本にしてはマシな作品を作ったということなんだろうが、それでもあの盛り上がり、持ち上げは異常だ。

まず演技が下手すぎる。最初のだらだら続いた閣僚内の会議のシーンは学芸会かと思った。あの防衛大臣みたいな女性間抜けなしゃべり方や、菅直人チックな首相役のおっさんの過剰な決断力のなさの演出、こういうキャラがいた方が面白いんだろと言わんばかりの半沢直樹に出てたへこへこするおじさんのキャラ作り。ギャグ映画としてみていいのかシリアスな展開を表現したいのかさっぱりわからなかった。アニメキャラにしゃべらせらば違和感はないのだろうが、「そんなこと普通言わねーだろ」というセリフと大げさな演技オンパレードで、小難しい単語連呼すれば緊迫感がでると思っている演出と相まって、チープさがすごかった。なんか映画観た後で批評を調べたらあのあたりの前半の会議のシーンを「リアリティのあるポリティカルサスペンス」などと形容しているようだが、失笑ものだ。。24House of Cards政府内のやりとりなどと比べて欲しい。

そもそも、「国にとって重大事が起きた時の政治決定力のなさ」を描きたいのかもしれないが、そんなの東日本大震災の時に見たばかりなのでなんの新しいメッセージもないし、見ていてちっとも面白くない。あれだけ前半時間を使って視聴者ストレスをためさせたくせに、全然それを映画後半のシナリオ解決させていない。閣僚たちが死ぬシーンももっとちゃんと描くべきだし、いっそ国会を木っ端微塵にすべきだった。主人公矢口立ち位置中途半端で、これまでの決断力のない日本の政治システムを変えていく毅然とした態度があったかというとそうでもない。むしろ矢口チームがギリギリまで粘ったが結局国連核爆弾を落とされてしまった、東京は再び焼け野原になった、これを機に本当に日本は変わらなければいけない、という展開の方が、中途半端ゴジラを停止させてしまうよりメッセージ性が際立って良かっただろう。

あとCGがひどかった。第一形態ゴジラは敵の雑魚キャラかと思ったし、笑えた。街が壊されていくシーンのCGも、ボートとかCG感丸出しでチープさがすごかった。予算がないのだろうが、それならもっと夜のシーンを増やすとか、工夫できる余地があったはずだ。最終形態になって夜に大暴れするシーンは格好良かったから、もっとあいうシーンを増やすべきだった。血液凝固剤を使ってゴジラを止めるシーンでは、絶対ゴジラがまた振り切って動き出すと思ったが、なぜか米軍ミサイルなんかよりよっぽど威力のないであろう電車爆弾で都合よく倒れ、倒れたところに都合よく潰されず待ち構えていたポンプ車で放水開始し、それを都合よく口を開けたゴジラが都合よくチューチュー吸い続けて、結果止まってしまった。劇場全体が「えっ止まっちゃったよ」感でいっぱいだった。

あとなにより全体的なプロット未完成感がすごかった。例えば今年DisneyのZootopiaを見たが、最初から最後までの1シーンも無駄がない。最初に出てきたなんでもないシーンも、実は伏線で、映画最後の方にきちんと回収され、いささか伝統工芸品かのような緻密な構成美を感じさせてくれる。対してシン・ゴジラは、「今のやり取り必要あった?」と思う部分だらけだ。教授調査記者みたいな人に依頼するシーンとか、必要か?そもそも教授動機や背景など最後までよくわからずじまいだし、石原さとみ役の人物の背景の説明が弱いか感情移入できず、最初から最後まで終始全ての言動が突飛で違和感しかなかった。

以上、まとまりがないが、とにかく日本シンゴジラマンセー一色の雰囲気一言物申したかっただけです。終わり。

2016-10-19

anond:20161019011242

返信ありがとう




まず、文脈からすると「実写デビルマン」というもの駄作として語っているようだが、私はその作品を見たことがないので判断ができない。

それと、私はあなたの言っている「一部だけを抜粋したあらすじ」という部分が面白いと感じたために、あなた批判を受け止められない。

そもそも全話通して表現していることを「一部だけを抜粋したあらすじ」と表現するのは恣意的に思う。




その後の批判だけど、

>『最終的に実弾をつかったガチ戦闘行為を行うような軍事組織で』『反乱されたら被害なしに止めることもできないような軍艦無為無策のまま未熟な少女たちだけで航行させる』というトチ狂いぶり

こいつは私もおかしいと思った。だが、本筋に関係ない設定部分なので特に興味がわかなかった。




>メインストリーにおいては事実上まったく成長していない艦長の成長譚に尺の大部分が使われている

艦長が成長していない、という部分には反論したい。

彼女はいつも感情で行動していたが副長と同じ立場経験することで皆に意見を求め動くことを覚えている。

これは艦長としての成長だと思う。




>ほかのクルーはろくに描写もされていない

これは私も残念に思う。特に主計長のミミちゃんの活躍が少なかった。2期では船に乗る前にどの程度物資を持っていくのか、艦長たちと話し合って決めるエピソードを入れてほしいね




艦長サイコパスな上に船に乗り込むところからスタートでまるで関係性を書いてないか

サイコパスについて詳しく知らないのでWikipedia程度の知識申し訳ないが「良心が異常に欠如している」「他者に冷淡で共感しない」「慢性的に平然と嘘をつく」「行動に対する責任が全く取れない」「罪悪感が皆無」「自尊心が過大で自己中心的」「口が達者で表面は魅力的」に当てはまらないので、艦長サイコパスではないと思う。

最後のは当てはまるんじゃないか?と思ったそこのあなた。ミケちゃんは中身だって魅力的なのだ!)




ぶっちゃけ艦長感情移入できないのと同レベルで『ストーリーの最終目標武蔵艦長救出』って言われても困る

艦長感情移入しづらいのは、その通りだと思う。

艦長もえかとの関係性は知識としては理解できるが、感情としての理解ができるほどの描写があったとは私も思わない。

その結果、5話で艦長が飛び出すシーンは今見ても頭では理解できるが、感情では理解できない。




>あと意図的に触れてないみたいだけど、5話以降毎週存在していたツッコミどころには同意してくれたと考えていいのかな?

この指摘はもっともなことだろうと思う。特に7話の夫婦は軽薄すぎるように感じた。

ネズミの設定にも無理がありすぎるとは私は感じている。あの小さな小動物から発せられる電磁波でなぜ教員艦やブルーマーメイドの噴進魚雷が狂ってしまうのか意味不明だ。

また9話でアドミラルグラフ・シュペーに乗り込むシーンがあるが、主砲をバンバン撃ってる甲板上に人が上がって大丈夫なのかと思ったし、

艦長ではなく先に射撃指揮所に行って撃ってるやつを止めるべきだっただろう。

ただ、このあたりの描写で私のはいふりに対する評価は変わらなかった。大まかなあらすじには関係いからね。




とりあえず主題に戻るけれど「WEB上でなぜはいふり駄作扱いされているか」という点に関しては、

上記のような部分が気になる層がWEB上では多くいた、という意見なのかな。

しかに、似たような指摘をしている人もまとめブログコメント欄にいたように思う。

結構いい線いっているような気がする。

http://anond.hatelabo.jp/20161018220841

いや、それほとんど箇条書きマジックだよね

そこまで一部だけを抜粋したあらすじで表現して『おもしろい』かどうか判断するなら

実写デビルマンだって

正義の心を持つ若者悪魔の体と人間の心をもつデビルマンとなり、苦悩しながらも太古の眠りから目を覚ましたデーモンから人間を守るために黙示録的戦いへ身を投じていく」

ぐらいには面白そうにかけるわけで

 

 

実際にはいふりがどうだったかというと、実写デビルマンボロボロだったようにあらすじ以外の部分がボロボロだった

具体的にいえばワンクールの尺の半分以上がネズミと、ゾンビごっこと、赤道祭と、「さすミケ」と、「さすミケ」のための無能大人たちだ

(まあ字面でわかるとは思うけど、「さすミケ」というのは作者補正を味方につけた艦長が好き放題行動して周りからそれを全肯定される状態のことだ)

導入の時点で、少女たちがトラブルに巻き込まれるためだけに

『最終的に実弾をつかったガチ戦闘行為を行うような軍事組織で』『反乱されたら被害なしに止めることもできないような軍艦無為無策のまま未熟な少女たちだけで航行させる』というトチ狂いぶり

インストリーにおいては事実上まったく成長していない艦長の成長譚に尺の大部分が使われているせいで、ほかのクルーはろくに描写もされていない

艦長サイコパスな上に船に乗り込むところからスタートでまるで関係性を書いてないから、

ぶっちゃけ艦長感情移入できないのと同レベルで『ストーリーの最終目標武蔵艦長救出』って言われても困る

あんなポット出ヒロインが最終目標ですといわれてもネズミハザード完全放置ボロボロブルマー組織体制が気になって仕方がない

 

 あと意図的に触れてないみたいだけど、5話以降毎週存在していたツッコミどころには同意してくれたと考えていいのかな?

起源から結末までおかしネズミまわり、本職でも救助にスキッパー使用(ブルマー軍艦使う大義名分どこいった)、整合性と尺を犠牲にしてぶち込まれ劣化ハイスクールオブザデッド等々

これだけでもネット上でバカアニメとして語り草になるには十分だが、本筋も面白くなかったので駄作扱いされてるというだけの話

 

ネットの住人は不出来で痛々しい創作物が大好きだから

妄想ノートみたいに設定垂れ流しばかり多いわりにストーリーとの破綻が多数発生していて、

美少女動物園艦長というメアリースーをぶちこんだ二次創作のような「ハイスクール・フリート」はクリティカルヒットだった訳