「感情移入」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 感情移入とは

2016-08-25

AV見る時って誰視点

色々なAVを見て回っているんだけどなかなか自分好みの作品に当たらなくてなんでだろうって考えてたら他の人とは視点が違うんじゃないかという結論に達した次第。

それで気付いたのは、自分は挿入されている女優視点で見ているということ。

同性愛とか受け願望があるわけではなくて、女優気持ちよさに同調するような感じ。

証拠に、男優の声や息遣い不快しかないし、アナル開発をするつもりも一切ない。

かといって自分女優気持ちよくしているような気分になって興奮しているのとも違う。

あくま女優がどれほど気持ち良いのかを自分に置き換えて興奮している。



それで、いつも女優2人の3Pもの見てて思うのだけど、どうして挿入されていない側の女優男優を愛撫するのだろうと疑問だった。

そこで挿入されてる女優を愛撫したらもう頭のなかぐちゃぐちゃになるくらい気持ちいいんじゃね?って思うんだけど、そういうAVって実際ほとんど見たことがない。

AV男性のものからって、男優側に感情移入されるものとして作っているのかもしれないけどみんなそれを望んでるのかな。

男優目線視聴者目線、NTR目線いろいろあると思うけど、女優目線って変?

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823143352

それで、なぜ

米軍を中心とした国連軍の飽和攻撃でも駄目だった!」

「ゴッジーラは…化け物か…いや…神…か…」

「我々はゴジラに対してなすすべがないのか…!?

オーマイゴ…オーマイ…」

日本!お前だけが頼りだ!」

「頼む!!」

「サムラァイ!」

GO!ヤシオリサクセン!」

って流れにできなかったというと

今の日本世界危機を救えるだけのイメージがあまりにも現実とかけ離れすぎてたから。

もうこの一点に尽きる。

昔のロボコップ3の敵役が日本産忍者ロボット時代ならまだしも

GDPアメリカのみならず中国にも負け、

国債は膨らみ年金問題も山積み雇用は増えず非正規の救済もなく移民を取らない代わりに国民全員が奴隷化していく斜陽の国。

日本もまだまだしてたもんじゃないなと傷の舐め合いでシックスセンスし合うような国力だと客観的判断してるから

なので今の日本人日本人世界を救ったなんてストーリーは到底受け入れられないし納得されない。

せいぜい板挟みされてこき使われて泥被らされてる中でストロー使って新鮮な空気を吸えましたくらいの落としどころじゃないと共感してもらえなかったってこと。

それが核使えば終わるだろうな=バンカーバスターでのダメージ有効描写、との東京なくなっちゃうらめえええ電車アタックストロー注入!ってオチ

空想ですらヒーローになれない国。

世界はちゃんと救う方法はあるけど自分たちが被る泥を減らすための努力しました、というだけの話。

電車アタックなんてこれがインドネシア中東に出てきて応用できるわけないじゃん。

完全に日本という特殊環境下でできた作戦

未来的にも救ったのはマジで日本だけなんだよな、これ。

から電車の無い田舎感情移入できないって日記があったんだよ。

冷却液なんてデータもらった国はどこでも思いつくわけだし。

日本世界を救った!って話を見せられると恥ずかしくと顔赤くなる国。まだまだ恥は捨てたもんじゃないな。

そんな国の状況と国民性によって不幸にも最後で捻じ曲げられた脚本

俺がシン・ゴジラで一番悲しかったのがこれ。

 

どこまでも自虐体質。

そのくせ変にプライドが高い。

まさにシン・ゴジラを持ち上げてる層の性格ターゲットにしてる。

庵野の得意分野だな。

なので冷えた目でしか見れない人はとことん違和感しか目に写らない。

 

最後の人間が出てきそうなのも本当にこの後無事ゴジラ解体できるのか?という日本人の詰めの甘さを臭わせるエンドにしか見えない。

何度もいうけど冷却後の対応について何も話されてないのがもうね。

考えるのがめんどくさくなった感がパない

http://anond.hatelabo.jp/20160823113750

ウルトラマンからの流れだろうけど動きがなんかちゃっちいんだよね。

軽いというか巨体が動いたら街がどうなっちゃうのぉん?!みたいな疑問の答えがなくて

ただノコノコ歩いてるだけ。

地面にあれだけの熱量ぶっかけても地盤沈下せずにちょっと焼けるだけで済む。

あいう細かいところで感情移入できなくなるんだよなあ、

パシフィックリムと比べたら悪いけどCGの出来以外でもそういうところが駄目だと思った。

エヴァと同じで重さを感じられない。

重さを感じられない巨大物に神々しさとかを感じない。憧れも無い。

http://anond.hatelabo.jp/20160823013053

原作改編する必要ないんだよな~

アニメカットしまくりのくせに設定はあります、みたいにせこさが見えてて

微妙にもやる

原作小鳥普通に主役のはずだし、むしろここに感情移入するキャラなんだが…。

2016-08-22

シン・ゴジラ後乗り感想

あんまりにも絶賛以外の初期批評ボコボコにされるのを見て恐れをなし増田に投下する所存

ネタバレあります


矢口描写

現実派の赤坂理想家の矢口という対立描写がされていたが、矢口が非常にできる人オーラを出しているのであまり対比が感じられない。

冒頭で矢口が巨大生物云々という空気の読めない発言をするが、観客からすれば「真実」を指摘しているわけで、この時点での矢口の未熟さを感じる人はあまりいないと思われる。

赤坂が「空気を乱すな」とたしなめるが、この時点で赤坂矢口感情移入する観客からすれば嫌な人でしかない。

その後も矢口は周囲のフォローを受けながら巨災対を回していくわけだが、失敗描写殆どないのでやはり矢口は有能に見えてしまう(よく見ると矢口1人では全く回ってないのだけれど)

よりわかりやすく示しても良いと思った。決定的な失敗をするとか、巨災対に陰口言われるけど成長して信頼されるとか。

はいえ、現状の構成にも利点はある。矢口感情移入すれば(そしてそれは容易であるヒーローとして楽しめるし、深読みすれば矢口成長物語としても楽しめるので。

実際この2人と、矢口-松尾コンビのやり取りは楽しく見ることができた。


■カヨコ

さんざん言われているけれど、やはり浮いている。怪獣映画であるとしても浮いている。たまにゴジラが一番リアリティないだとか、ヤシオリに向けたリアリティラインの降下要因だとか言われるが納得できない。

対人物と比較したときにカヨコが浮いているのは紛れもない事実である

人とゴジラ対話してチームでも組むならカヨコの存在違和感いかもしれないが、そんな荒唐無稽なことは起こらない。

ゴジラリアリティがないからカヨコにリアリティがなくても良いという主張は、実質映画の全てを免罪し映画自体評価を下げてしまうのであまりよろしくないと思う。

カヨコがいたかリアリティが感じられなくなりヤシオリを素直に楽しめたか?NO。

あのテンプレアメリカンキャラ付けルー語は勘弁して欲しかった。

個人的には老獪な紳士とかだと良いなぁと思います萌えるので。


ゴジラの生態

これはこの映画最大の魅力ではなかろうか?

前段で書いたこと、これから後段で書くことはあくま映画をそれっぽくするためのオマケ。

ゴジラの設定は最高だった。あのぶるぶるするちょっと残念なサンショウウオが画面に現れたときですら大興奮だった。その後のそれっぽい科学説明科学的に正しいかは問わない)もそれに拍車をかける

絶望感を盛り上げるWho will know (24_bigslow)/悲劇(熱線の時のBGM)もいいが、 Persecution of the masses (1172)/上陸も不気味さと不安感を煽る絶妙音楽だと思う。

日本武力の総力を投入しても基本的にはただ平然と前進し続けるゴジラ。お決まりの「やったか!?」。この古典的台詞ですら場面を盛り上げる。

そして熱線。かっこいいの一言に尽きる。まずガスをはき出してそれに引火し、炎が収束していくあの描写オタク心を存分にくすぐってくれた。ギャレス・エドワーズの熱線描写で大興奮していた自分にとって、あのシーンだけでもこの映画価値がある。

ガメラ2ラストのような火の海の中で暴れ続けるゴジラを遠くから描いたカットも最高。そして全てが終わった後、エネルギー切れのロボットのように眠りにつくゴジラ。1連の流れは”美しい”の一言に尽きる。この場面だからこそWho will knowも生きる。いきなりIf I died~で始まる歌詞無駄示唆的でよい。

その後東京にたたずむゴジラを見たときは少々ギャグっぽいなと思ったが、熱線を掃き終え眠りにつく描写のかっこよさはそれを上回る。

熱線描写までは積極的破壊をしないところも評価したい。サンショウゴジラはただ進んでいるだけだが、それだけで甚大な被害をもたらすという絶望感は心地よかった。それは見慣れたゴジラの姿になっても変わらない。

従来策のように、なんでビルに戦いを挑むのかと思わせられる部分はなかった。


■前半と後半の乖離

前半部分の完成度の高さに比べて、映画後半はどうしても見劣りする。

ゴジラという強大な存在感に支えられていた映画が、外国という相手しかも顔も言葉も見えない!)にその対象を変えたことで一気に魅力が薄れてしまった。

この映画に出てくる外国人は、漫画テンプレか、顔の見えないよくわからない相手である。正しく世相を反映しているのかもしれないが、ずいぶんと内向的な描き方だと感じる。

さて、後半魅力が薄れた理由は核攻撃とそれに対する主人公達の反応に説得力がなかったからだと思う。露悪的な見方かもしれないが、突然嫌悪感を前面に押し出す主人公達の反応があまりにも唐突に感じられる。

攻撃有効性は巨災対の中でも認められている。勿論自分絶対にノーだが、この映画は前半で日本にとって東京いかに大切かを延々としゃべらせているので、地方在住の自分としては「地方だったらここまで抵抗するか?」と穿った見方をしてしまう。

理想化の矢口の反応はわかるが、ここで赤坂感情的になるのも解せない。日本人皆の共通認識と言えばそれまでだが、もっと説得力のある反対理由が欲しかった。ぶっちゃけ核がゴジラにきかないのでは...?という手応えが欲しかった。

既に東京ゴジラにより破壊汚染されているわけだし。

ヤシオリ作戦カタルシスに欠ける。絵のシュールさも勿論、電車爆弾程度でゴジラが転ぶのか?と思ってしまう。脚本の都合上仕方ないかと思うが、観客に仕方ないと思わせている時点で失敗といえる。

地面を爆破してバランスを崩すとか、そういう描写の方が説得力があったかもしれない。

口に散水車で液体を流し込む絵もあまりにもシュール。ヤシオリというかヤケクソ。

前半は素晴らしく没入感のある映画だっただけに、後半冷めてしまったのは本当に残念。とはいえ前半があったが故に後半もまあ許せるかぐらいの気分にはなれるし、この映画を良作たらしめている。


政治云々

初代ゴジラには議会ゴジラ情報を統制したい与党っぽいおじさんと、事実公表しろと迫るおばさんのやり取りがあったりする。

一方シンゴジラでは政治描写殆どない。基本的には現内閣とその下部の各省庁から集められたチームが職務をこなす様であって、あれは行政と呼ぶべきだろう。

ゴジラが海に帰った後、国会でのやり取りがあっても良かったかも知れない。それこそ初代のようなやり取りを。民主主義云々言うのなら国会野党を欠くのは片手落ちである

科学者へ無邪気な信頼を置いているのも気に掛かる。今作はわかりやすいほどに震災モチーフと言われているが、であればあのとき科学がどういう状況だったかを考えるとこの映画は無邪気すぎる。

あのとき間違えたものも正解したものもいた。にも関わらず今作の巨災対の科学への絶対的信頼は怖い。

彼ら・彼女らは行政人間ではあるが同時に科学知識を持つ専門家としても描かれている。そのギーク達が超人のごとき活躍。本当に福島を扱いたいならあまりに呑気ではないか

これは穿った見方をすればギークが有能な指導者に見いだされ日本を救う物語とも取れる。この設定は映画の魅力を損ねるわけではないが、高める訳ではない。

また日米の主役である矢口とカヨコは両者とも世襲政治家で若くして高い地位についている。きっと矢口支持率も高いのだろう。親の七光りも存分に使っている。

これが皮肉なのかどうなのかはわからないが、その上矢口は(危機はいえ)小休止時にシャワーもせずに働きづめで有り、皆もそうであることを賞賛する。

庵野が描いた主人公がこのような仕事人間なのは興味深い。


総評

良作。見て損だと思う事は絶対にない。見た人を必ず楽しませてくれるはず。

一方で気になる欠点存在し、その欠点を吹き飛ばすには後半の尻すぼみもあり傑作とまでは言えないと思う。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白くはないけどそれでいいんじゃね、

俺はスペック的には映画をよくみる一般人アニメディズニーくらいしかみない。そんな俺が思ったシンゴジラ面白い/面白くない論争のこと。映画は月に20本くらいはみる。平日の夜毎日見てるから多分そのくらい。うちにTVないしやることもないからいつも見てる。とはいってもみてるのはハリウッドの有名ドコロが多い。

面白くなかった

まりにも周りで絶賛するひとが多いもんだからシン・ゴジラ映画館にみにいったんだけど、正直俺としては大して面白いと思えなかった。邦画にしてはいいできだな、すごい、と思ったくらい。面白くなさについて細かいところはもう挙げられつくしいるからざっくりというと。

人が死ぬ描写がない / 災害の規模が小さい

人が死ぬ描写がない。描写ってのは別に死体を見せろ、ってわけじゃなくて、主人公(級の登場人物)の同僚やら友人とか家族死ぬ所。ハリウッドとかだとそうやって観客を感情移入させるんだと思う。次に災害の規模も小さい。東京破壊されるのはリアリティあるけど、前述のポイントがあって感情移入がそんなに進んでないのに東京がガシャガシャやられても、そんなに恐怖湧いてこないし、災害の規模も結局東京まりなんだよな、って。俺は東京住まいだけど東京滅んでも京都あたりに首都移せばいいんじゃね、くらいの発想になっちゃハリウッド脳。

この映画、全体通してとにかく絶望感が少ないと思う。絶望インフレしたハリウッドパニックアクション映画を見慣れていると、「このままでは復興にすごくお金がかかってしまう」みたいなネガティティじゃ絶望全然ない。2012とか世界だいたい滅ぶ。

解決策地味すぎ

地味すぎわろた。

シン・ゴジラ = パニックアクション映画 - アクションアニメ

とまあ俺はあんまり好きではなかったんだけど、それに対する問題は多分俺のみかたと事前情報にあったように思っていて。みんなが「絶望する!」「ゴジラ怖い!」って煽るもんだから、俺は(勝手に)シン・ゴジラを「できの良いパニックアクション映画」だと思ってみにいった。でも、フタを開けたら全然そんなことなかった。

ここ、大事なとこだと思うんだけど、シン・ゴジラアクション要素ってすごく地味。自衛隊バンバンやってたけど、リアリティ出すためなのか詳細な描写で引き伸ばしててむしろダレた。あとインデペンデンス・デイ(1)ならあの時点で核使って失敗して、絶望を煽ってる。

解決策が地味なのも、すんなりうまくいっちゃうのも、シン・ゴジラって映画にとってアクション要素によるエンターテイメント性が二の次からだよな、って思っていて。今更だけどシン・ゴジラって、ゴジラという非日常に対して政治という日常的なアプローチ戦う政治家の姿を描いているんだよね。それは3/11への皮肉なのかなあ、とか考えたりするわけだ。重要なところを人の想像力に補わせるような、ストーリーラインを重視した映画とか、日本アニメちっくなストーリーで作られてる感じ。「なにを今更」って言う人も多いだろうけど、ここが多くの論争のポイントなんじゃないかって思ってる。

から、そういう意識で観客自身ストーリーとか意図を深掘りする気持ちで見に行けば、楽しく鑑賞できるんじゃないかなって思う。

B級映画だけど…

率直に言って映画というエンターテインメント産業の中で考えると最高ランクの出来の映画ってわけじゃないと思う。とはいほとんどの邦画ハリウッドB級映画に遠く及ばない出来でつまんない。そういうその他大勢邦画にくらべればすごく出来が良かったと思う。テンポが良くて、ダラダラするシーンが少なかったのはほんとに好印象。続編を作ってこの資産を活かすべきだと思う。

2016-08-21

まり評価が高すぎるシン・ゴジラ

シン・ゴジラに関する新しい話題を見ない日はない、というくらい日本中熱狂してるくらいの感がある。

たまーに、「つまらん」みたいな評価を見かけることはあるものの、総じて非常に評価は高い。

もちろん、悪い映画だとは全然思っておらず、それなりに面白く楽しめたのではあるが、一つの映画作品としてどうかということになると抜きん出て優れている程とは思わなかった。

それは多分、俺がエヴァファンであり、序で見た「ヤシマ作戦」を知っていたからかもしれない。あっちの方が圧倒的に面白い

思うに、もしこのシン・ゴジラを撮ったのが庵野監督でなかったらどうなっていただろうかと思う。

色々と細かく拘った部分に対する評価は同様に高かったかもしれないが、映画としての評価はこれほどまでには高くなかったのではないだろうか?

庵野でなかったら「ヤシマ作戦」のパクリだと言われたのは間違いなかろうけど)

天才庵野が多方面に考え抜いた作品であることはよくわかるし、意図的ヒューマンドラマ的部分を省いたというのもわかる。観客にあまり感情移入させないというのは、多方面に対する庵野なりの気遣いからだろうと思われるけど、実際のところ映画単体の面白さという面ではやや疑問符が残る。リアル官僚的なやりとりはそれはそれで面白いのは認めるが、所詮フィクションである映画としてはどうなのか。

というわけで、俺としては100点満点で69点以上は出せない作品しか思えなかった。

無論ゴジラ映画としては極めて完成度は高いし、初代は初代であるが故に超えられないとしてもそれに肉薄するくらい素晴らしいとは思う。これほどのリアリズムは幻術家庵野でなければ出来なかったに違いない。

2016-08-20

例の貧困JK彼女擁護するはてなー嫉妬が止まりません

http://anond.hatelabo.jp/20160820120834

お小遣いが全く貰えない高校生が目の前に現れたらそりゃ黙りますよ。

自分が遊興費のやりくりに苦労したんだからお小遣いゼロ高校生の苦しみがどれ程のものかなんて言われんでも分かるって。なんてかわいそうなんだと心から同情するよ。

私はね!!!大学生になってやっと初めて手にした金銭的余裕、趣味お金を注ぐことの喜びをこの貧困JK漫喫していて、しかはてなーたちが「別にこんなの普通ですわよね、貧乏人の足の引っ張り合いは見苦しいですわ(オホホ」って言ってるのにすんげーーー腹が立つの!!!!めちゃくちゃ嫉妬してるの!!!!!!!!

君が私は普通生活を送ったって言ったように、私もそう思ってた。でもじゃあ何で『正直、この程度の消費で「豪遊」と表現する界隈が理解出来ない。』がトップブコメになるんですか!おかしいじゃないですか!あんな充実うきうきオタライフは高校生の私には考えられなかったよ。DVDTUTAYAで借りるものであって買うもんじゃなかったし、漫画友達と回し読みするもので自室の本棚にぎっしり並んでるものじゃなかった。高校生あん生活を送れたら間違いなく贅沢でしょ、豪遊でしょ、散財でしょ。ねえ、そう言ってよ!ブルジョワ高校生だったはてなーなんて大嫌いだ!チクショー!

で、似たような怒りや嫉妬を前にも経験したなーって思い出したんだけど、名作映画フットルース」を鑑賞した時でしたわ。

1回しか見てないから(そしてこれから絶対に見返さない、ムカツクから)、あらすじもあやふやなんだけどさ、確か締め付けの厳しい大人たちのもとで高校生たちが鬱屈しながらも最終的に自由を勝ち取るとかそんな筋書きだったと思うの。あれ、1ミリ感情移入できなかった。

だって自由がないわ~」とか言いながら車やバイクをぶいぶい乗り回してるんだよ!?バーに入ってお酒飲んでるし、煙草も吸って。SEXして帰りが遅くなちゃった~☆とかさ。異世界すぎてクラクラした。こういう10代の人生の楽しみ方もあったんだなって嫉妬して悲しくなった。

うん、分かってるよ。自分が叶わなかった青春時代を過ごしている人に老害よろしく嫉妬してるだけだっていうのは。それでもはてぶのマリー・アントワネットたちにはすんげーイライラする。

2016-08-17

笑いのツボや感動するツボは人それぞれと認識されているけれど

怒りのツボは人それぞれと全然認められていない感がある。

「これは人の心があれば怒るべき!!」みたいな意見すらあるけれど、全然その怒りに共感できないというか確かに怒りが湧いてくるけど「言うほどか?」となることが多い。

この経験は誰にでもあるのではないかと思うが、「まあ人それぞれだからね」で片付けられているとはあまり思えない。

「こんな良い話で感動出来ない奴は人の心がない!」みたいな同調圧力は近年著しく減少傾向にあるが、「この問題で怒らない奴は人の心がない!」はバリバリ存在している気がする。

ネットでいうならば、ある出来事に怒っている人とその怒っている人たちに怒っている人がよくある光景である

それは出来事自体への興味も関係あるかも知れないが、怒りのツボが違うんだと思う。

例えば最近だとSMAP関連のニュースSMAPに同情したり事務所に怒っている人がいるが、現状、私はみんなほど共感ができていない。ひどい話だとは思うけれど。

SMAP自体への興味がないんじゃないか」と言われればそうかもしれないが、私は人並みにSMAPに興味があると思うので、事務所側に怒っている大勢の人と私にあまり興味の度合いで差はないと思える。

「元々感情が薄い方なんじゃないの?」と言われても、私も激烈に怒る時が人並みにあるし、別の話題では怒ったりもしている。

思うに、これも怒りのツボが違うだけなんだと思う。

SMAP騒動で言えば、「理不尽環境にある彼らと抑圧する権力側」という図式が一応あるので、それが好きな人がわりと多いのだろうと思う。

それはおそらく現実だけでなくフィクションにも当てはまって、フィクション内でこういった図式が出てきた時に、共感して怒るか怒らないかには好みの差があるのだろう。

また、「なんであの人怒っている?」というように、怒りのツボがわかりづらい人も当然いるだろう。

そして、これも当たり前の話かもしれないが、笑い上戸や泣き上戸がいるように、何にでもすぐに怒る人がいるのだと思う。

いつ見ても何の話題にでも怒っている人がネットを見ていても存在するが、その人は怒りのツボが浅いのだとすれば説明がつく。

しかし、よくよく考えると、怒りのツボは人それぞれの共感能力の差でしかないのかもしれない。

上の例で言えば、私は皆ほどSMAPにそこまで感情移入していないから怒りも湧いてこないとも考えられる。

だが、それは笑いや感動の場合でも同じだろう。

笑いのツボでいえば、感情移入共感が先にあり、そこから笑うかはそれぞれのツボによると言え、これは怒りの場合でも同じだと考えられる。

このように怒りのツボというものが人それぞれに存在すると考えれば、もっと人々は寛容になれるだろう。

「なんであいつ怒ってんだ?」「なんでこれを見て怒らないんだお前は!」といった押し付け合い・強要ではなく、「ああ、あれがあの人のツボに嵌ったんだな」という視点大事なのかもしれない。

無能政治家官僚

彼らによって起こされた問題、あるいは彼らが解決できない問題を、観客・読者が感情移入できる庶民側に立つ主人公側が解決するというのは一つのエンターテインメントの定石ではあるのだけど、一種ポルノみたいな物でもある。

2016-08-15

エロ漫画を読むときちゅういすべきこと

女の子感情移入しすぎてはいけない

たった数ページのカタルシスのためだけに簡単破瓜をチラシ陵辱され初キスをうばわれる

読者からすれば読み終われば抜けば終わりだが作中の女の子それからも長い長い人生がまっている

そういう意味では宇治川先生は誰よりも非実在青少年に優しいのかもしれない

2016-08-14

感情移入させる報道が苦手

https://www.buzzfeed.com/kazukiwatanabe/family-told-about-their-son-and-hitotsubashi-lawschool?utm_term=.pmMRq1pAE#.tyNb62Laz


この記事を読んで思った。感情移入させる報道が苦手だ。

Aくんとご遺族は本当にお気の毒だったと思う。しかしそれは置いておいてこの記事の書きっぷりが嫌いだ。

被害者の育った家庭はこんなに立派で幸せそうに見える。被害者は愛されて育ったのだろう。被害者は素敵な人柄だったらしい」

記者の「読者に感情移入させるぞ」って意気込みがすごい。こうも記者主観丸出しで書かれると記事全体も相当なバイアスがかかっているんじゃないかと身構えてしまう。

マスコミには淡々事実を伝えて欲しいのだが(どの事実を伝えるかという取捨選の問題はあるにせよ)、マスコミはどうやらそうではないらしい。障害者施設襲撃事件被害者の氏名が公開されなかった時の反発はすごかった。

何でこんなに感情移入を促す報道が嫌いなのかは分からない。多分、人の感情を揺さぶって世の中を変えようとするのって報道っていうか政治っぽいなって思ってしまうからかもしれない。

2016-08-08

月9のようなアニメが増えている気がしなくない

アニメの魅力というのは現実物理法則から自由になれるところだ。

しかし、大して自由にならず月9のような実写でやりゃいいようなアニメが増えている気がしなくない。

旅館で働いたり、耳が聞こえない子の恋愛話や、コンクール目指したり別にアニメでやらなくていいだろというものを見かける。

まぁ、それが売れているのなら仕方がない。

映画業界的に利益を出せるのはアニメだとかいう話を聞いたことがある。

そんな話の真偽は確認する気はないが、もしそうならば大して実写と変わらない内容をアニメにするのはウケがいいということなのかもしれない。

確かに、自分自身は実写が好きではない。

実写というのは、変に出演者の見てくれであれこれライフスタイルやらを想像してしまう。

容姿のいい女ならイケメンとやりまくってるんだろうなとか、自分のことをバカにするんだろうななどといった具合にだ。

皆が皆とは言わないが、自分と同じような現実人間を見るということが嫌になっている人間が増えているのかもしれない。

日本人向けアパレル外国人モデルを使うのは、日本人モデルだと客が感情移入できないとかいう話をしょうもないウェブで見たことがある。

そんなものかもしれない。

とにかく実写の女の子を見ると、イケメンセックスしまくりなのだとか想像してしまう。

どんなに昼ドラ的な内容でも月9的な内容でもアニメにした方が感情移入できるし醒めないのだ。

シンゴジラ絶賛組との境界

まあ、いろいろあるんだろうが。

小難しい話はどうでもいいので、アクションがババーン!、ヒロインが泣いて感情移入できるのがいいんだよ!

アルマゲドンでも見てろ。

ちはやふるアオハライドやら青空エールやら、ああいった適当青春映画若者を釣るのが今の映画界なんだよ!

→つか、映画ドラマでいちいち感情移入とかしてんのかお前?変態仮面感情移入してからこい。


何度も楽しめる!

→一回でわからないとかなんやその糞コンテンツ

エヴァゴジラやんか!

→いちいち嚙みついてんじゃねーよエヴァオタ。上から目線感想いわないと死ぬ病気か。

2016-08-05

今更蒸し返すのも何だけど、一週間くらい前の奴

最近ブクマを見返して驚いたんだけど、「独身の生きがいって何?」って増田についてたトラバ「お前が憎い」が1000超えしてたけど、そんな皆が言うほど名文だったか

なんか文章がすげー作為的な感じがして全然心の底から書いてる感じがしなかったし、2ちゃんあたりでよく書き込まれてそうな「悲劇的な俺」臭が強すぎた。

だって本当に自分境遇を呪ってる人ならもっと具体的に自分の惨めったらしい境遇とか這いつくばってる状態とか書くでしょ。具体的に。幸せそうな元増田と対比させて。

あと文章が懲りすぎだろ。表現に気を使っているというか、「悲劇的で憎しみ溢れている感じ」を一生懸命表現しようとしすぎている気がするところが、今ひとつ感情移入出来ないところだなぁ。

文章に余裕があるというか。「お前増田で凝った文章練る余裕あるじゃん」って突っ込みたくなるというか。最後の三行とか、「それ本当に心の底から書いてます?決め台詞ドーン!って思ってない?」って感じ。

結局なんか皆があれを絶賛してるのが今ひとつピンとこないんだよなあ。

Facebookで絶賛されそうな安い感動的なコピペの逆バージョンみたいな。わかりやすネガティブというか。

リアリティを売りにしてる割にはリアリティが感じられない文章だと思った。

まあ、1000ブクマ超えたエントリはなんとやらと言うし、わかりやすいからバズったのねって思っておきます

2016-08-04

http://anond.hatelabo.jp/20160804174700

そういう前提に感情移入できないというのはあったのかもしれない

ここ最近評価される映画って現実味ってキーワードっぽい

ズートピアとかバットマンとか、何これファンタジーじゃんで終わらない追体験的な感情移入できるもの評価されてる感じ

自分ズートピアは何これ嘘じゃんで終わったけどシンゴジラはまあまあ楽しめた

でもよくよく考えたらシンゴジラ現実味はまだまだ足りてないのかもしれないって感じがした

ノンフィクションにはそこまで興味ないけどギリギリまで超現実っぽいファンタジーを見たい

パシフィックリムはあまりきじゃなかった。二足歩行ロボットで戦う意味がわかんないし。それ言ったらエヴァもなんだけどアレは元々巨人ベースにしてるからアリなのかもっていう

2016-08-03

https://note.mu/ohanhan/n/nb4c6e4657b25

是非は別として、この書き手が明確に見間違えている、あるいは見落としていることについて

1)現実(日本)VS虚構(ゴジラ)のキャッチコピーについて

この映画は「ゴジラという災害」と「日本」の戦いであり、明らかにそれを意識した作られ方をしているということ。

まり登場人物は誰一人ヒーローではない。フィクショナルな意味でのスーパーヒーローは出てこない。

作中でも語られる通りに代替可能キャラクターであり、しかし彼らが活躍するからこそ「一人の英雄」ではなく「日本」が見えてくるのだ。

さんざん指摘されているように、ヤシオリ作戦の内容は「ヤシマ作戦」と酷似している。

(①敵がエネルギー充填のため停止中 ②空撃は自動的に追尾破壊日本中が集結)

シン・ゴジラ」の作中に明確なヒーローヒロインがいれば、エヴァンゲリオン同様に世界シンジ綾波笑顔に集約されてしまう。

熱く盛りあがりたければ自己犠牲を出せばいい。感動的なBGMを流せばいい。スローモーションをかければいい。

感情移入を誘発させて、画面に向かって叫ばせればいい。むしろ観客を感動させようと思うのなら、こんなに簡単なことはない。

それを「ないかダメ」ではなく、「なぜそうしなかったんだろう」という疑問を持って本作と向き合ってもらいたい。

そのうえで、内容が気に食わないのなら仕方がない。自分の好きなものと違うからだめ、という見方はあまりもったいない

2)キャラクター家族について

兄弟恋人家族。当然いるだろう。

矢口、カヨコ共に親の七光りであることは強調されているし、なによりあるキャラクターの薬指には指輪が光っている。

だが本作で書かれているのは理想国家であり、登場するのは理想公務員たちだ。

ゴジラが本性を発揮し、津波地震原発とその表すものが明らかになっていくうち明快になるが、

言ってしまえば彼らは「こうあってほしかった」とされる東日本大震災原発事故対応する日本国家だ。

から彼らには徹底的なリアリティ必要とされ、ストイックさが求められる。

悲劇に立ち向かうたびに恋人電話して、励まされて頑張る、だとか

田舎に帰って親に説教されて立ち直る、とか 死にゆく前に子供の顔を思い出す などの

よくある展開に飲み込まれない、強靭でありながらステレオタイプに寄り過ぎない国家公務員からだ。

書き手が疑問に思っている「出世の野心」についてはもっと明快で、これは彼らの軽口にすぎない。

「国のため!」「私たちがやらなければ誰がやるんですか!!」といったような言動安易ナショナリズムを刺激し、

また誰もが聞き慣れており、その言葉は嘘と虚飾にあふれている。なにより非常に陳腐なのだ

それこそ書き手が「言わせるなよ」と評した「ゴジラより怖いのは人間」といった表現と同じように。

詳しくはゴジラ(1984)をご参照願いたい。

3)スクラップアンドビルドへの違和感

震災直後のテレビ報道を見てもらいたい。

朝起きれば津波。昼休みに流される車。倒壊する学校。鳴り止まないサイレン

街が泥水に覆い尽くされ、数えきれない人々が瓦礫の山と共に砕かれていく。

バラエティ番組自粛CM自粛、連日の黙祷、増え続ける犠牲者行方不明者。

確かにこの頃「何度でもやり直せる!全然OK」等と唱えていたら、書き手同調する人は多かっただろう。

だが震災より既に5年半が経過している。また先日の熊本震災、あるいは津久井やまゆり園の例に見るように、

悲しみは絶え間なくやってくる。

そういった中で明るい展望見出し、これからの立ち直りを示唆することが悪いとは到底思えない。

また繰り返すように、本作は理想国家公務員たちが作り上げた理想災害対処である

4)作戦微妙

「うまくいくのかいかないのか」は勿論重要煽りポイントだ。

書き手が腐るほど見てきたという作品群は、恐らく以下のようなカタルシスの産み方を目指していたものだろう。

対立相手作戦説明

→②主人公が対案説明

→③話が折り合わず決裂。主人公が対案を実行に移す

→④予期せぬアクシデントが発生する

→⑤とっさの機転で切り抜ける

→⑥無事に悲劇回避する

→⑦対立相手に認められる

が、本作はその点を利用していない。しようとしていない。それは映画を見ればわかる。

まずは②にあたるものが本作にはない。作戦目的以外、つまりどう実行するか?の点について、

本作では最後まで伏せられている。

本作では、作戦自体カタルシスなのだ

自衛隊ゴジラ誘導し、

新幹線在来線爆弾としてゴジラにぶつけ、

発破をかけたビルゴジラを押しつぶすという作戦を観客に提示する、その絵だ。

ビル鉄道に「日本技術力、ひいては日本のもの」を読み取るのもいい。

(今までゴジラ破壊されてきたものの逆襲という背景を深読みしてもいい)

もし書き手が少しでも頭を使って本作を見ていれば、流石にゴジラ東日本大震災と重ねているはずだ。

そこから何も読み取ろうとせずに、フィクション世界物差しで本作を「ご都合主義だ」と言っているのであれば

読み取り方を完全に間違えている。

本作はリアリティを追求しつつ、観客に「これは東日本大震災メタファーですよ」「そして彼らは非常に有能な公務員たちですよ」と

前半までに否応なしに畳み掛けることで、

本作の、少しでも間違えたら全てのシーンが冗談になってしまうヤシオリ作戦について「嘘」を認めさせるという高度な作り方をされているのだ。

最後

書き手は「私は震災家族を亡くしている」などという設定があれば、

「ごく自然ゴジラ震災や核と重ねることもできる」という。

仮に本作がゴジラ映画初体験だったとしてもだ。

上陸した第二形態に押し流される車

・押し潰される団地

炎上する東京

・頻出するガイガーカウンター

・明確に原発封鎖を目的としたコンクリートポンプ車に似せたゴジラ沈静化作

ここまでされても「ごく自然ゴジラ震災や核と重ねることもでき」ないのであれば、

ここまで書いた文章はすべて無駄で、純粋リテラシー問題だ。

褒める褒められないの視点に立ててすらいない。

問題文が読めていないのだから、出した答えが正解しているわけがない。

もちろん、書き手否定した文章すべての答えが正解であるはずもない。

からもちろん、こういう人にこそブルーレイを買って何度も見なおしてもらいたい。

映画は何回も見れば見方が変わるものだし、繰り返し話すことで理解は当然広がっていくはずだ。

一回で全てを理解してしま自分の中に全てを落としこんでしまった人よりも、この書き手は本作を何倍も何倍も楽しめるのだから

監督が語った「見終わったら、ぜひみなさん議論してほしい」というのは、恐らくそういう意味なのだ

シン・ゴジラいまいちだった派としてシン・ゴジラ批判批判しておきたい

ネタバレがっちり含みますので嫌な人は見ないように。



シン・ゴジラいまいちだった派の全員がこのような意見だと思われるのは心外なので批判しておきたい。

絶賛されている『シンゴジラ』が個人的に58点の映画だったので海に身を投げたい | 二十日・de・おぼーん | note

とにかく登場人物にまったく感情移入できない

登場人物感情移入するつくりではないのだから当然のこと。

政治描写に絞り込むために背景はあえてオミットされていると見るべきだ。

かと思えば「大統領になりたい」だの「総理になりたい」「幹事長になりたい」だの政治的野心をのぞかせる台詞ポンポン出てくる

これはナイチンゲールなどが言う「構成員自己犠牲のみに頼る援助活動は決して長続きしない」と同様のことではないかと思う。

政治家は、名誉欲や出世欲、あるいは「国を守りたい欲」といった個人的欲望によって仕事をしている。

それは「人のために働く」ことと相反しない。

あえて「無私無欲な英雄的人物」を描かないことがリアリティを生んでいるのである

現場にいる主人公たちが簡単に「スクラップビルド」みたいなことを口にするのもどうかと思う。

これもつまり政治家という「キャラなのだと思う。

廃墟となった町を前に、ことさらに嘆いてみせるのはニュースリポーター仕事であって、政治家のやることではない。

終わったことは終わったこととして、いかに立ち直るかを考える。

という割り切り、切り替えの早さを描いているのではないか

カタルシスを生むはずのヤシオリ作戦

前段の「感情移入」もそうだが、「主人公には感情移入させねばならない」「物語カタルシスを描かねばならない」という観念に囚われすぎている。

こういう物語だったらこう描くべきだよね、という気持ちが先行しすぎているタイプ批評家であるように感じる。

シン・ゴジラは「リアル政治ドラマ」と「フィクション特撮映画」を描いた物語なのだ

からこれだけ綿密に取材して政治家官僚キャラ作りをしてきたくせに、

フィクション側の画面へ行った途端に「無人在来線爆弾」なんてものが出てくる。

その構造批判こそすれ、ヤシオリ作戦のもの荒唐無稽さに突っ込むのは野暮である

主人公作戦チームってあれだけ人数いるのにマキ・ゴロー博士暗号解読して凝固剤の生産を手配しただけで実は大したことしてないよね

その二つだけでも十分なうえに、ヤシオリ作戦立案したのはあのチームでしょう。

解析したゴジラ遺伝子データから放射能除染できる

あれはゴジラ放射性物質半減期が短かったという話で、ゴジラ遺伝子データから除染できるという話ではなかったと思うが…

全然ハーフに見えない高圧系女子石原さとみが「40代大統領になるのがドリーム」とか言ってるけど、アジア丸出しの顔でなれるわけないだろとか

女性アジア系で若年、というハンディを乗り越えたいからこそのドリームなんじゃないですか。

この人、10年前にも「黒人がなれるわけないだろ」とか言ってそう。

「本当に怖いのはゴジラじゃなくて人間」とか言わすなよ

まったくだ。

ゴジラの造形は最高

腕が小さすぎない?

曲もいいし

冷静になるとああまで過去作をオマージュする必要もなかったんじゃないかという気が。

特撮だっていい

放射火炎以外のCGがしょぼかった…

http://anond.hatelabo.jp/20160803115905

それ「感情移入」や「共感」を用いて説明すべきことじゃないよね

http://anond.hatelabo.jp/20160803115030

主人公がウジウジしてるのが嫌い、ってものすごく主人公感情移入して見ているように読めるけど

シン・ゴジラ主人公共感できないところがむしろ好き

エヴァ嫌いだけど楽しめた

シン・ゴジラエヴァのものだという感想が見られるけど、そのもの?え??

私がエヴァ観てウンザリした点、一番嫌いな点は、碇シンジ葛藤の鬱陶しさと中だるみ。シン・ゴジラには一切それが無かった。

また、エヴァ主人公感情が高ぶると強くなる、夢のある少年向けフィクションだけど、

シン・ゴジラ主人公感情的になるほど強くなり勝てる世界観じゃない。

選ばれし主人公一人の感情不思議な才能パワーで解決できる夢のある世界ではなく、チームの力で解決している点も、エヴァ全然違う。

矢口蘭堂がやっていたの、マネジメントだったよね。父親のせいで巻き込まれ可哀想中学生碇シンジとは全く違う、大人らしい主人公だ。

エヴァのものだという人、音楽明朝体しか観ていなかったの?

「人のバックボーン」なんてリアルで充分

主人公やその他の登場人物家族気持ちなどのバックボーン描写が薄く、

非人間的で感情移入が出来なかったという感想があったけど、主人公感情移入出来ないと映画が楽しめないタイプですか?

私は政治家でも官僚でも研究者でもない無力な労働者から共感可能なのは帰宅中の地下鉄構内を逃げ惑ったり、体育館避難したり、

逃げ切れず死亡したりしてる一般人しかない。それでもめっちゃくちゃ面白かったけど。

他人気持ち他人がどうやって育ったか他人が何にコンプレックスを抱き、何に囚われているか

そんなのフィクションの力を借りずとも、金を払わずとも、生きていれば聞かされるわけ!自伝を聞かされる人生だよ!

その点、矢口蘭堂のような存在はそう居ない。居ても関われない。現実ありがちなせこい自分語り映画館に出向いてまで聞くのではなく、

フィクションからこそ現実では中々見られない恰好良い行動を見たい。「等身大」とかフィクションに求めてない。

その欲求をシン・ゴジラは充たしてくれた。

血液凝固剤のポンプ車を一度全滅させられた矢口蘭堂の表情の変化、その立ち直り、切り替え、最高に恰好良かった。

私も含め多くの人は、敵の実力を軽んじて失敗する。悪い状況になったらとりあえず絶望しておくだけで対処を考えない、しないから抜け出せない。

矢口蘭堂は最高のトップだ。存在感謝するタイプの人。関われなくてもいい。

映画館には圧倒的な非日常体験を求めたい

私が映画館に行くときIMAXで観るからIMAXが生きるような映画しか映画館で観ない。

大迫力映像でないなら、自宅の小さい画面で充分なの。ゲオで100円になってからでいい、Huluいいわけ

シン・ゴジラIMAXで観て最高の映画だった。劇場公開中に行けて良かったなってしみじみ思う映画

この手の作品邦画で失敗が多く、私は最近ハリウッド映画しか観ていなかった。

邦画からここまでの体験を得られて本当に嬉しい。制作委員会でなく東宝一本で作られたのも熱いね

日本から出てくるフィクションは、巻き込まれて無理やり戦わされる可哀想少年兵の話が多くて、大人がそれを生産・消費しているのが悪趣味だなと思っていた。

でも進撃の巨人は良いし、最近日本発のフィクションムードは良いと思う。

「巻き込まれた未成熟主体性のない少年」に「可哀想」と「感情移入」「共感」して自己憐憫を重ねて消費する感じにはもう飽き飽き。

というかもう共感に飽きた。視聴者自己憐憫に寄り添う作風にも飽きた。そんなの日常だけにして。

 

msdbkm 主人公しか見てない人なのかしら

はあ?泉修一保守第一党政調副会長安田文科省研究振興局基礎研究振興課長も最高でしたが?それぞれどのように最高だったか、魅力を網羅した記事でないと見てないことになるんですか?

[]松原利光「リクドウ」

それなりにおもしろ

高橋ツトムアフタヌーンで連載してるブラックボックスっていうボクシング漫画と、テーマとか主人公の設定とかちょっとダブった

でもこっちはちょっとあしたのジョーっぽいところもあるな

六道(ろくどう、りくどう)とは、仏教において迷いあるもの輪廻するという、6種類の迷いある世界のこと。

ふーん

爽やかスポーツボクシングマンガではなく、エロスアンドばいおれんすって感じだから、万人にはおすすめできない感じかなあ

いまんところどのキャラにも感情移入しづらい

主人公空っぽに見えて得体のしれなさがあって、多分この主人公が負けても読者はなんとも思わないんじゃないかなって感じがするくらい

2016-08-01

シン・ゴジラ」に一般市民が出てこないわけ

みなさん、もう「シン・ゴジラ」は見ました?自分は「島本和彦氏の敗北宣言」(http://togetter.com/li/1006140)を知って、興味がわいたので今日見てきました。


結果、自分としては大変おもしろかったです。傑作だと思います


しかしながら、見る人を選ぶ映画のようで、例えばYahoo!映画での評価(http://movies.yahoo.co.jp/movie/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9/354182/review/)は1と5が目立つ結果となっています。その中でこの映画欠点として言われている理由ひとつに「一般市民登場人物がいなくて感情移入が出来ない」というものがあります


確かに、この映画の中では一般市民群衆として描かれるだけで、主要人物としてはもちろんサブキャラとしても出てきません。出てくるのは政治家官僚自衛隊員ぐらいです。庵野監督がどういう意図でこういう構成としたのかは知る由もありませんが、ひとつ可能性を思いついたので書いておきます


みなさん2011年3月11日に起こったことと、それに続く数日のことはまだ覚えていらっしゃるでしょう。


この映画の中の一般市民はその時の私たちです。


津波に町が呑みこまれたり、原発屋根が吹き飛んだり、放射性物質の飛散状況を気にしたり、そのくせ月曜日には会社学校普通に通っていた私たちです。知らないことな映画スクリーン上で俳優が演じて見せることに意味があるでしょうが、見る人が既にそのような体験をしているのなら、不必要ということではないでしょうか。


そういう意味では、実に日本人に向けた映画だということが出来ると思います