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はてなキーワード: 空虚とは

2017-04-18

焼き直し剽窃増田

記事を何度か窃盗されたことがある。

具体的には焼き直しで、こちらが書いたものを妙に勢いのある安っぽいブログ調に変換して新着入りするという具合だ。

投稿して一日目にパクることもあれば、一ヶ月後に極めて類似した記事抽出することもある。

先日の施設超能力記事はややその気があったが、中身が空虚だったため放っておいた。

新着入りのタイミングは不自然なくらい早く、セルクマの疑いも残る。

何れにせよ自分の硬い文章はウケなくてもわざとやってることだ。

大きな注目を集めなくとも楽しんでくださる少数の方がいることで個人的には成り立っている。

それを墓荒らしのように掘り起こして、自分の財宝のごとく見せびらかす愚行をこれまで五、六回もやられた。

自分以外の人物被害にあった人もいるだろう。

飯系ネタををわざと自由詩っぽく遊んで書いたものを、安ブログ風に変換されて辟易したことがある。

ここの他の増田か彼自身家は知らないが、なんでも読者に受け入れられる内容でなければ価値が発生しないのだそうだ。

注目されたら中身がなくても良いらしい。

私の妄想ならまだ良いが、数時間間隔でパクって深夜に新着、というケースはやはり不自然だろう。

もっともこれを書いたところで私の立場は不利にしかならないのだろうが。

2017-04-11

人徳とか人柄とかそんな言葉空虚だし意味ないだろって思ってたけど

実際に能力があっても人間的にクズなやつに遭遇すると

他にどうしようもなくそういう言葉で拒絶せざるを得なかったという事実から

人徳というものの内実がなんなのかということについて真面目に向き合わねばならないのかなとも思った

浅田真央が嫌いだ。

浅田真央引退するらしい。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170411/k10010943961000.html



僕は以前から浅田真央が嫌いだったが、

こういう節目に際しての文章の中には思いがけない名文がしばしばあるし、浅田真央の事が観測範囲に入らなくなって暫く経つから

しかしたら、僕の知らないうちに彼女に何か変化があって、意外と名文に出会えるかもしれない、

そう思って、引退表明のブログ文を読んだ。



期待はずれだった。

そして予想どおりだった。



書かれていたのは空虚言葉だった。

書かなければいけないことを通りいっぺん書いただけ。



応援に対する感謝】【これまでの実績】【引退を考えるようになったきっかけ】【引退を決定づけた出来事】【これから展望



そこには「浅田真央でなければ書けないこと」が何もなかった。

定型文のようなどこかで聞いたような言葉ばかりである

誰かに何かを伝えたいという情熱がなかった。表現がなかった。




そして、それは彼女の"演技"に常に感じていたことだった。




彼女の演技を初めて見たのはいつだったか

彼女の最盛期がいつなのかは分からないが、世間の流れに疎い僕でも彼女存在認識した訳だから

多分、選手としてはかなり能力の充実していた良い時期だっただろう。




当時、テレビで見る度に、なにやらレポーター解説者達が興奮して誉めそやし、確かにいい得点を出していた。

しかし、すごいはずの彼女の演技を見ても自分の中にはなにか漠然とした印象しか残らなかった。




技術的にはすごいんだろう」

自分はそう思った。

「一方で、芸術点はあまり高くつかないはずだ」

そうも思った。




しかし、現実には芸術点でも高い得点を出していた。それも結構安定して。

(多分そうだったと思う)




正直、自分感性おかしいのかもしれないと思ったし、今でも少しそう思う。




しかし、自分にとっては、例えば村主章枝安藤美姫高橋大輔の演技のような迫力・表現したいという欲望を感じなかった。

かと言って、例えばプルシェンコのような優美さも見受けられなかった。

ただ無機質な身体の動きがあるだけだった。少なくとも"表現"と言うにはあまりにも味わいがなかった。




身体を使ってする表現とはなにか。

それは"言葉にならない言葉"を全身から振り絞ることでないのか。

形にしきれない情念を見るものに対し訴えかけることではないのか。

あるいは、興奮や緊張、その上にの存在する楽しさなど、自らの心向きを寡黙な雄弁さで伝えることではないのか。




僕の言っていることがピンとこないなら、例えばバレエを見てほしい。

若手の登竜門であるローザンヌコンクール、中でもコンテンポラリーおすすめである

https://www.youtube.com/results?search_query=%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%B6%E3%83%B3%E3%83%8C+%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC




ともあれ、彼女は確かにアスリートなのかも知れないが、芸術家ではなかった。

表現したいものがなかった。

初めのころはお子様だから仕方がないと思っていたが、いつまで経ってもそうだった。

ただ技術を高めたいというスポーツマンとしては立派な動機があるばかりで、

表現をしない自分勝手さを本当に見苦しく感じたし、

僕はそんな浅田真央が嫌いだった。

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170402171317

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

採点表を明らかにしよう。

安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉などという言葉が交わされている

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、(中略)猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

それは違うのでは? どの方向性で作ったにしろ、その方向性を極めた「完成度が高い作品」ならば、そのテーマが刺さる人を惹き付けるだろう。

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

予言証拠にするのはやめよう。

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

この説は正しいと思う。確かにネットがなければ、こんなヒットは生まれなかっただろう。しかし、0を1にはできないよ。

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

アニメを楽しんで、それを共有するのも楽しい」って感じじゃないかな。確かに「共有する楽しさ」があることが「アニメ単体の楽しさ」が成立する条件になってる人はある程度いると思うけど、今この時代に「アニメ単体の楽しさ」と「共有する楽しさ」を分離するのはあまり意味がないと思う。

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

これは妄想が過ぎるんじゃないかな。少なくとも証拠がいるよ。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

ステマ説が出て、勢いに歯止めがかかるのを防いだという点では、重要だけど、それ以上ではないと思うな。どうでもいいけど「ステマーケティング」って面白い言い方だな

結論

空虚なだけではブームにはなれないよ。ブームになるということは、何かの完成度が高いということで、そのブーム主体たるアニオタはなんだかんだ言って長くアニメを見てきた人たちだ。ということは、けものフレンズには、旧来の作品にはなかった「何か」があったことに他ならない。「アンチステマ運動アイコンとして完成度が高く、他に類がなかった」みたいな評価をすることは可能だと思うし、それが流行った一因ではあることは上に書いたけど、「流行ってるアニメステマだ」なんて思ってる人がそう多いとは思えないから、主な原因としては説得力不足かな

じゃあ、なんで流行ったんだって言われそうだけど、「けものフレンズ」は1話も見てないから、何も言えない。

2017-04-02

けものフレンズ考察を装ったアニオタ批判

自分ブログに書くとなんだか炎上しそうなのでここに書くことにする。

けもフレ人気が各地で大爆発を起こしているが、さすがに褒められすぎ、評価されすぎ、持てはやされすぎである

この作品はどう評価しても100点満点中あげられるのはせいぜい30~50点くらいである。

アニオタ界隈のけもフレを評価する声として「安心してみていられる」「脚本がよくまとまってる」「やさしいキャラが魅力」などという言葉が交わされているが、これらは全て嘘っぱちのように聞こえてならない。

こんな薄い言葉表現される毒にも薬にもならない作品は、「よくできましたね」くらいの評価を得ることはありえるが、猛烈に人を惹き付けて心を揺さぶる名作にはなりえない。

本当に人の心をガッツリと射貫く作品というのは、たとえガタガタでブサイクな出来だとしても、何か一つくらい魂に響く「核」のようなものがあるはずだ。

「けもフレ」に心を揺さぶられた人間などきっとほとんどいない。そう言っている人間がいたとしたら、熱狂的な空気につられて思い込んでいるだけなのだ

その証拠にきっと「けもフレ」はすぐ忘れ去られる。あと一か月もしたら、おそらくこの作品には誰一人言及しなくなるだろう。

***

「けもフレ」人気のインフレーション理由は、基本的ネット空間における「極性化現象」であるといえる。

アニオタコミュニティという空間の中では、アニメ評価を巡ってぐるぐると再帰的な「言語ゲーム」を続けていく内に、しだいに表現に尾ひれがついて妄想が膨らんでいく傾向がある。

その中では、凡百のストーリーが「絶巧の脚本」になり、平坦な芝居が「神演技」になり、チープな謎が「深遠な哲学」になる。

このような現象は、ネット炎上などでよく観測されるメカニズムである

ちょっといたずらをしただけの大学生や、何気ない発言をしただけの女性が、集団極性化した暴徒によって糾弾されまくる構図は、ネット上で毎日のように見られる風景である

ネット上の言語ゲームというのは、往々にしてこのような「過剰」に至るのだ。

***

基本的アニオタというのは、他者媒介しないと何も考えられない、何も感じられない存在である

どんなアニメ面白いのか、どんなアニメ自分が好きなのか、そのアニメ自分にとってどういう価値を持つのか、一人では判断がおぼつかず何かを基点としないとリアリティを感じられない。

人間とは多かれ少なかれこういう側面を持つ動物だが、アニオタはこの性質がむき出しの形で露わになった存在である

アニオタは、基本的自分欲望することを欲望している。アニメを楽しみたいというよりは、アニメを楽しんでいる自分を楽しみたいのである

なのでアニオタにとって重要なのは作品のものではなくてその作品を取り巻く「人々」や「言葉」や「その評価」、いわば「アニメコミュニティ」という場そのものである

この「場」に埋め込まれることによって、アニオタは初めて作品に対して欲望を抱くことが可能になるのだ。

このことは、アニオタを語る上で押さえておきたい重要ポイントである

***

アニオタたちが「けもフレ」を担ぎ上げる理由、「けもフレ運動」の意図を強引に深読みしようとすれば、次のようにも解釈できる。

昨今のランキング市場は狂っている。

そこで上位を占めているものは、メディアSNSを通じてステマ的に人気を煽りブーストを仕掛けた「張りぼて」の作品ばかりと言っていい。

アニオタたちはこのランキング市場にどっぷりと身を浸し、どっぷりと依存しつつもキレている。

メディアに対してももちろんキレているが、それにまんまと乗せられている自分自身にもキレている。

その鬱々と溜め込んだ感情が、今回突発的に「けもフレ」を通じて連結した。

「けもフレ」という作品は、徹底的に薄味で、徹底的に無難で、徹底的に空っぽであり、「本当に売れたいのか?」と問いかけたくなるような、いかにも「ステマーケティング」と縁のなさそうな装いをしている。

神輿は軽いほど良い」という言葉があるが、「けもフレ」こそはアンチステマ運動アイコンに相応しい空虚作品であった。

アニオタたちは「けもフレ」を神輿として担ぎ上げて、自分たちを操縦しようとするランキング市場のかく乱を目指すための意味不明舞踏を開始した。

これは江戸時代流行したとされる「ええじゃないか運動」を彷彿とさせるものである

アニメ評価をかく乱せよ」

アニオタたちの目論みは、自分たちに向けられた圧力を全く同じ方法相手オウム返しにすること、「張りぼて」に対して「別の張りぼて」を擁立して推し上げることであり、これは俗にいうミラーリング作戦というものである

この作戦は幸か不幸か一定の成果を上げていて、アニメ関係者や一部のマーケッターたちは、なぜ「けもフレ」がこれほどまでにウケているのかを理解できずに、困惑の表情を見せているという。

真実などどこにもない。ウソを倒すのはまた別のウソ

ポスト真実時代の戦い方が、まさにここにはある。

***

アニオタたちがもし上記の行動を「自覚的」にやっているのだとしたら、それはいかにもオタクらしく捻くれていて、しかし少々のユーモアも感じさせる、気の利いたいたずらのようにも思える。

しかしもし無自覚的・無意識的にそれをやっているのだとしたら、それは鬱々とした大衆の暗い感情病理的に発露してしまたかのような、なんだかこれから先が心配になってしまう「症状」だともいえる。

このような運動は秩序を打ち壊しカオスしか生み出さない。

このような運動アニメ界隈を通じて別の空間に波及してしまわないことを祈っている。

2017-03-31

報酬系が満たされないのに延々と頑張れとか、自分信じろとか空虚過ぎる。

この言葉もいまだから言えることで、当時自分が関わっている世界はいえば必ず反論が来る台詞だった。

喉元まででかかって、いや自分が頑張れないのが悪いんだと追い詰めているうちに壊れた。

2017-03-25

物干し竿を使わずシーツを干すノウハウシェアしま

天気が良かったので、シーツ洗ってみた。

シーツきれいなほうが気持ちイイ。

しかし、ワンルームアパートには、そんなに大きな物干しはない。



!?



物干しがないことに気が付いていれば、コインランドリーで何とかしたかもしれないし、コインランドリー代とニトリの新品の値段を天秤にかけて洗うのをあきらめてニトリで新しいのを買ったかもしれない。

こんな花粉の季節に外に干すわけにもいかないし、第一、窓を開けた外にはベランダや物干し場はなく、空虚雑居ビルの壁があるだけだ。



困った。



窓辺で思案に暮れいていたとき、二重になったカーテンレールが目にとまった。

カーテンレールは、布を吊るすことができる特徴を持つ、レールです。





カーテンレールは、窓側のレールに遮光カーテンを付けてある。つまり、部屋側のレールには何もつけていない。

この未使用のレールの駒にリボンタイを使って洗濯ばさみを4つほど固定し、シーツ洗濯ばさみでカーテンのように吊るしてみた。



グレイト!



シーツを干せない危機を脱することができた。

ということで、シーツを干す場所がないときは、カーテンという布の代わりにシーツという布を吊るせばよいというお話でした。

2017-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20170316133315

趣味や友人との約束なら出掛けられるという点が非典型的なんですよね。

典型的なうつ病は、一日のうちのほとんどで抑うつ気分(悲しみ、空虚感、絶望感)が見られ、興味や喜びの喪失が(状況限定的ではなく)ほとんど常にある。

そしてその状態が、少なくとも2週間以上毎日続くというものですから

あるとき活動的で、あるときは動けないというのは非典型的です。

コンビニに置かれるエロ本について

#コンビニエロ本を売らずにおむつを売れ

https://togetter.com/li/1090143

先日、このようなtwitterでこのような侃々諤々があったということを知った。

私はコンビニでの勤務経験もないし、子持ちの母親でもない。

コンビニ日用品ラインナップにおむつを加えるべきか、については

既に議論も尽くされているだろうから、敢えて触れる必要はないと思っている。

それは各店舗地域の客層・需要収益性を考えて判断すればよい。

問題エロ本の方だ。

コンビニで働いたことのあるような人たちですら

雑誌棚の成人向けコーナーに置いてある本について、多くの人が誤解しているように見える。

勿論、これは出版社流通説明不足に起因するものだと思うが

18禁雑誌を堂々と販売している」という主張は

少なくとも法的には、或いは出版業界としては正しくない。

まず、コンビニに置いてある漫画や実写系のエロ本

確かに雑誌の傾向としてはエロ本しか表現しようがない。これは間違いない。

しか結論から言うと、コンビニに「18禁(成人向け)の雑誌」は置いていない。

出版社所謂18禁、成人向けの雑誌書籍には一目でそれと分かるよう

成人向けのマーク記載する必要があり、そのマークのついた雑誌特定書店通販しか購入できない。

成人向けマークのついた雑誌書籍は、表紙の段階から下着はもちろん、乳首性器露出といった過激描写に特徴づけられる。

内容も様々で、激しい性描写人倫に悖る行為暴力的猟奇的な内容まで含まれる。

これらの雑誌書籍コンビニでは売っていない。

(というよりも、コンビニが店に置くことを許可しないのだが)

このマークによる流通制限出版社による自主規制ゾーニングである

ではコンビニに置いてある括弧付きの「エロ本」とは何か。

これには成人向けマークがない。

極論すれば、様々な週刊誌や「少年~」「ヤング~」という

漫画雑誌となんら変わるところはない一般向けの「普通雑誌である

青年誌を読む人にとって、「ヤング~」という漫画雑誌

描写のある漫画が載っていることは驚くに値しないだろう。

或いは、週刊誌に時折ヘアヌード袋とじがあることはよくご存知のはずである

では週刊誌は、「ヤング~」は18禁雑誌だろうか?

コンビニの成人向けコーナーに置かれている雑誌書籍は、これらと本質的な違いはない。

少なくとも法的にこれらを明確に区別する根拠はない。 ※青少年条例に基づく有害図書規制個別指定されたものを除く

ただ、エロの占める割合が高いというだけの話であり

例えば漫画場合、性描写自体は「ヤング~」の延長にある程度だ。

性器に対する修正もかなり強く、この点は特に成人向けマークのある雑誌差別化されている。

成人向けコーナーにある雑誌の表紙にきちんと目を通してほしい。

確かに扇情的ものは多いが(エロ本である以上、当然ではあるのだが)

下着のようなものはなく、そう見えるもの殆ど水着である

エロ本のくせに、乳首性器露出していない。

雑誌ビニール紐で縛っていない店舗でも青いシールで封がされており

立ち読みはできないようになっているはずだ。

何故か?

様々な年齢や客層が利用するコンビニに置かれるからだ。

ふと目に入ってしまっても、直接に性的ものが映り込まないよう細心の注意が払われている。

水着グラビア写真が表紙を飾る雑誌と、果たして要素としてどんな違いがあるだろうか?

エロ本であることは否定し難い。

しかし「18禁雑誌」ではない。

あくま出版社は誰でも買える、一般向けの雑誌として流通させている。

だが現実に、コンビニでは成人向けコーナーへそれらエロ本隔離されているではないか

そう言われるのはごもっとである

それらエロ本店舗の隅に隔離したり、未成年エロ本を売ろうとしないのは

コンビニ各社の陳列・販売における自主的判断によるものである

これは流通側の規制であり、雑誌を作った出版社意図とは基本的関係がない。

畢竟、コンビニが「一般向けの雑誌を成人向けとして扱っている」ということになる。

ここが多くの人が誤認するもとになっている。

実際、コンビニでは成人向けコーナーにあるようなもの

ある書店では普通雑誌の横に並んでいるということも大いに有り得る。

その書店配慮が足りないかもしれないが間違っているわけではない。

流通各社による、方針の違いでしかない。



「成人向けマークがどうとか、そんなものレトリックしかない。

 エロ本エロ本であり、やはり子供の目の届く可能性があるコンビニにあるのはおかしい。」

「あの表紙で普通の客に配慮しているつもりなのか?

 結果的不快に感じている人も少なくはないのだし、カバーをかけるなどして対処するべき。」

こうした意見も大いに出てくるであろうことは想像に難くないし、

それらについて賛否どちらの立場に与するつもりもない。

ただ「そもそも18禁雑誌コンビニ置いてあるのがおかしい」という

事実誤認による空虚な論難を避け、より建設的な議論を促すためにも

出版流通による自主的規制を通り抜けた末に店舗に並んでいるという実態はより広く知られる方が望ましい。

2017-03-14

コミュニケーション障害者、社会人になれず

コミュニケーション障害者、社会人になれず。

私はその先輩を尊敬している。

その先輩は強い個性を有していて、文学映像作品独自解釈視点を挟むことができる人だった。周囲の人が話し掛けてもロクに目を合わせずに自分の思っていることを話すし、全く空気を読まない人だったけれど、大衆のそれとは違うなにかを秘めている人だった。

でも、先輩は一年を通して懸命に就職活動をしたにも関わらず、零細企業すらも通らなかった。留年して、もう一度満を持して就職活動に挑むらしい。詳しい就活の話は聞いていないから、企業を選り好みしたのかもしれないし、そもそもエントリーした企業数が少ないのかもしれない。

今でもその先輩を崇拝の眼差しで見つめている。尊敬こそすれ馬鹿にするつもりはこれっぽちもない。

ただ、普通ではない人が普通の人の輪の中に溶け込んで生きていく、たったそれだけのことが遠いものに感じられただけ。

異常者が爪弾きにされるのは当然の摂理かもしれないけれど、そういう人にも最低限の幸福が望めるような、そんな社会がいいと思った。空虚理想論だけど。

2017-03-08

同性の先生が好きだったわたし美男高校地球防衛部LOVE!の話

女子高生だった頃、学校先生に恋をしていました。

先生は一回り以上年の離れた、けれどそんなことは感じさせない、お茶目で可愛らしくて、取っつきやすくて優しくて、それでいてどこか陰のある女性でした。

いわゆる百合BLにも触れてきたオタクわたしは、だからそういう、同性への恋心に対する嫌悪感のようなものはありませんでしたが、戸惑いもあまりなかったのですが、苦しみはありました。

世間の「当たり前」から大きく外れることが、存外、孤独で辛かったのです。

相手先生というのもまた、その恋の認められなさに拍車をかけ、わたしの心を暗く染めていきました。

授業などで会えるうちは、むしろ好条件でもあったのですが、学年が変わり、担当教員が変わってしまうと、必然的に会う機会はほぼ消滅し、相手迷惑も顧みずに会いに行くことなど出来ないわたしは、せいぜい廊下駅前で偶然すれ違うことを願って、行動パターンに多少の工夫を加えるくらいで、あとはただ、行き場のない思いを抱えながら、一人鬱々とするばかりの日々を送っていました。

暗い青春でした。

三年生になり、今の恋とこれから人生と、そして大学受験までが心にのしかかり始めた頃には、正直何度も死にたいと思っていました。それでもそれを実行に移さなかったのには、いくつも理由があったのでしょうが、そこに先生存在があったことは間違いありません。

先生が好きだから辛くて、先生が好きだから幸せでした。




オタクわたし受験中も、なんだかんだでアニメを見ていました。

その中で出会った『美男高校地球防衛部LOVE!』は、随所にBL的要素を含むギャグ作品で、疲弊しきった精神も手伝ってか、あっという間にどっぷりとのめり込みました。

のちに特に好きな話数となった八話の録画を、朝に見た日の昼に第一志望の合格発表があったのですが、無事合格したことよりも、八話の内容のほうに興奮していた一日だったことは、今でもよく覚えています

受験に追われる日々にも、受験を終えた空虚な日々にも、迫りくる卒業に怯える日々にも、防衛部を見ていました。進路は決まってもまだ、先生への想いという問題を抱えていたわたしにとって、防衛部は恰好の逃げ場所でした。



ギャグアニメとして面白かったという点のほかに、作中における「愛」の描かれ方に、知らぬ間に精神を救われていた点が作品にはまった理由なのだろうと、後になって思いました。

タイトルにも「LOVE!」とあり、メインの五人は「愛の王位継承者・バトルラヴァーズ」として変身ヒロインまがいの格好で敵と戦い、そして物語の主軸にはキャラクター(男)からキャラクター(男)への特別な思いが関わっていて、その特別な思いのことを、作品のすべての楽曲の詞を手掛けた作詞家の方が二期の放映中にブログ「恋」表現されていたので、それは恋だというのが公式見解と言っても過言ではないのですが、その「恋」が、この作品では良くも悪くも特別視されていなかったのです。ただの一つの愛の形であって、それ以上でもそれ以下でもなかったのです。

同性同士だからといって貶めることもなく、かといって無闇に美化したり祭り上げることもないその姿勢が、まさにその同性同士の恋の渦中にあった自分を受け入れてくれているようで、その心地良さにきっと、当時のわたしは救われていました。

そして今でも救われているのでしょう。





先生への恋は当然成就していません。卒業の日に勇気を出して手紙を渡したわたしは、その後幸福なことに返事を貰い、振られ、そしてまたその辛さを掻き消すように、防衛部に深くはまっていきました。

あの頃防衛部に出会っていなかったら、と考えると恐ろしくなります自分自分肯定することの出来ないまま過ごして、卒業して、そして特にのめり込めるものもなくただ漠然とした悲しみや苦しみを抱きながら春休みを経て大学生になって、キャンパスライフを過ごして。……過ごせていたでしょうか。それすらも不確かです――というのは言い過ぎかもしれませんが、少なくとも今、大学二年生の春休みを過ごしている今、ここまで日々が充実してはいなかっただろうというのは、それなりの確信を持って言うことが出来ます

防衛部のおかげで楽しい時間を過ごすことが出来ました。

防衛部のおかげで、今、楽しいです。

ファンがそれぞれ思い思いの言葉作品を人に推そうと努めるそんなジャンルですが、わたしはこんな言葉で、それが刺さるかもしれない誰かに向けてこの作品を推したいです。



様々な愛の形を温かく描いている、美男高校地球防衛部LOVE!と、その続編の美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!を是非見てください。






今月13日と14日にはニコ生で一挙放送があります。18日には両国国技館イベントがあり、チケットは各プレイガイドにて一般販売中です。

わたしの恩人である作品を、どうかよろしくお願いします。




ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292218619

ニコニコアニメスペシャル美男高校地球防衛部LOVE! LOVE!」全12話一挙放送 http://live.nicovideo.jp/gate/lv292217383


美男高校地球防衛部LOVE!LOVE!ALL STARチケット

ぴあ http://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventBundleCd=b1755041

ローソン http://l-tike.com/search/?lcd=73256

e+ http://eplus.jp/sys/main.jsp?prm=U=14:P1=0402:P2=218276:P5=0001:P6=001

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307183200

増えないと思うよ。今まで通りの使い方をする層は減らないってだけで、ネットで何かを起こそうとする気配は消えてくると思ってる。

SNSの下火、WEB2.0空虚さ、結局ソシャゲ課金かよ、ってくらいネットコンテンツには元気がない。

そして人口で言えば中国インドは今後通信量が増えるかもしれないけど、日本は減少すると考えるのが普通だと思うけど。

しろ中国一人っ子政策の痛手で高齢化社会まっしぐらなので、長期的に見れば見るほどネット利用者は減ると思う。

ふわふわした理屈はそのくらいにしてほしいんだよね。

2017-03-05

群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。

おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」



はい ▶いいえ



おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」



はい ▶いいえ



おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」



はい いいえ



万歳王様万歳。」

2017-02-20

http://anond.hatelabo.jp/20170220225152

そうでしたか

いや脊髄反射トラバして悪かった

そうなると不思議だね

経済的には非常に自立した人として生きていけるはずなのに、

精神的には全く依存的な状況にあるという



いわゆるフェミニズムの抱える問題にも繋がりそうな話題だね



あなたの話、非常に面白いインスピレーションをもらえた気がする

社会性だけは完全に個我が独立しているのだけれど、

自尊心は全く空っぽ空虚女性が量産されているのかもしれないな

女性が心を満たされるというのはどういうことなのか

感情面での女子の充足というものを随分とおざなりにしすぎてきたのかもしれない

男に付き従うのが女の幸せという古臭い価値観からは脱しながら、

ただ男と張り合いさえすれば良いというのも違う、

女の心、気持ち精神の充足とは何なのか



彼女らが直面している問題は、そういうところにあるのかもね

2017-02-11

x けものフレンズを観ているとIQが下がる

o けものフレンズを観ていると我々がいかに愚かな生き物なのか思い知らされる。それに対して彼女はどうだ。

相手の良さを見つけ尊重し、

過ちがあれば素直に謝罪し、

自分の大切な部分は譲らず、

何より優しさに溢れている。

私も彼女のようになりたい、

少しでも彼女に近づきたい、

そう思い真似をしてみても、

セリフ空虚に響くのみだ。

そうだ彼女はこうも言った、

得意なことはそれぞれ違う、

それならこんな私にだって

何かがきっとできるはずだ。

またも間違うところだった、

とりあえず今はそのお礼に、

素直に喜びを叫んでみよう、

今度は真似でなく私なりに。

2017-02-04

20年来の夢を手放した

達成目前にして、長年の夢を手放した。

夢を目前にして気づいたことは「全然楽しくない」だった。

最初から叶えるための場所を間違えてしまい、でもトントン拍子に進んでしまい、

数年それなりに、いやかなり努力をしてしまった。

ここを逃したら後がないと思い込んで自分気持ちを見ないふりして、

周囲からも「なんか違わない?」と言われながらも適当に流していた。

でもいざ叶う段階にきて、急に「これをやり続けるのか?」と冷静になって

それをし続ける自分が辛くてたまらなくなった。

目の前にある夢の肩書きが急にくすんで見えた。自分の望むものが見えなかった。

もはや夢と自分をつなぎとめるものは「夢のために努力をしてきた」という

アイデンティティへの執着でしかなかった。


手放してみたら思いの外楽だった。

多少の空虚感があるが、今までの空回りの努力時間

「してみたかったけどできなかったこと」に充てられる。

数年会っていなかった友達と会って、それから頻繁に遊ぶようにもなった。

夢以外に時間を使うことに罪悪感をおぼえなくなった。

ちょっと前までは散々「ここを逃したら後がない」と思い込んでいたけど、

今は「いつでも好きなときに挑戦できる」という気持ちになってる。

2017-01-19

村上春樹症候群と弱さ

高校時代から7年ほど付き合った彼女と別れて、半年が過ぎようとしている。

元彼女と別れて以来、首輪を外されたぼくは、節操無く女性と遊んでいる。そして寝ている。

べつに、合コンに行ったり、渋谷ナンパをしたりしているわけではない。ふらっと知り合った人と、そのままなし崩し的に関係を持つ。

親密になると、彼女たちはぼくに要求するようになる。抱いた男の責任というやつだろうか。普通カップルとして、当たり前にやるべきことを要求してくるのだ。

ぼくは、それが嫌いで逃げる。そのたびに、彼女達は多少傷ついているのだろう。そういうことを繰り返すと、ぼんやりとした空虚気持ちと、彼女たちを切り捨てることへの罪悪感がのしかかってくる。

村上春樹的な出会いと別れを繰り返すが、彼女たちは物語の中の登場人物ほど聡明でも、ミステリアスでも、メンヘラチックでもない。ただの女の子で、ぼくもまた主人公ほどクールに別れを演出することもできない。

2017-01-15

いかぶさるように

いかぶさるように、かぶせるように楽しさを積み重ねていくのだろうけど、不安は消えない

なんの不安かもわからない空虚な物かもしれないけれど、消えない

ただ、目を合わせて相手が先に逸らしたらもうそれだけで一杯になる

弱い弱い

今日も会えるけど、プライベートとは違うから解決はしなさそうだ。

2017-01-13

達ちゃんは語りたい

ちょうどアニメ放送と被るので若干語ってみますね。

はいってもぼくの場合は軽度であることと、ここ数年ちゃんとした受診をしておらず不正確な部分が多いです。

なにより自己診断の面が強いので話半分でお願いしたいです。ほんと半端者です。

からしましょう。とりあえず職場の話からです。

自分心療内科受診したきっかけは職場でのトラブルでした。よくあることです。

当時20代半ば、事務系と土方が半々の職場でした。特に事務系でそのトラブル遺憾なく発揮しました。簡単にいうとこんな感じです。

事務殆ど書類作りと整理、パソコン分手書き半分という感じです。量はあります新人研修の延長を超えません。この仕事を2年ほどしていましたが、ほぼ毎月同じようなことで怒られてばかりです。

例えばある1ヶ月の内容は「別の部署から仕様書を貰う->物品をパソコン入力->契約->受領->請求書を貰う->書類一式揃えて支払いに回す」とこれだけです。仕様書が遅いとかは特になく、むしろとても早く持ってきてくれます田舎なので契約もいつもの業者ばかりでとても楽ちん。そこそこの人がやれば月の半分は遊んでいられるような、そんな仕事です。

でも僕は、これが全然できませんでした。書類様式を覚えるのも何ヶ月かかったか。常に上長監視し、先輩からアドバイスを貰い、業者も他部署も全て好意的でした。それなのに9割がた僕のところで何もかも止まっていました。点検が終わっていない書類デスクは常に満杯。最後は僕の印鑑すら取り上げられた始末です。

僕を庇ってくれる人もたくさんいました。でも僕の仕事ぶりはその好意を軽く踏みにじります笑顔で泥を投げつけてました。

毎月同じような書類の不備と怒轟の嵐。

僕の安らぎは、たまにある社外での泊まり込みの施設整備でした。その時は何もかも天国だったのです。

もうわかると思いますが、僕は自分のことを客観的に見るのが苦手です。知らないことを知られたくないがために質問もあまりしなかったと思います。そのくせ自分勝手解釈で行動するので優先順位は全てデタラメコンプライアンスに触れるようなことを堂々としようとしたのは2・3度ではなかったはずです。僕は僕を理解せず、周りも人の形をした汚泥をみる表情に変わりました。

当然こんな状況で仕事が長く続くはずがありません。

とうとう本部の人から社内のカウンセリングを勧められ、そこから外部の病院への通院となりました。

僕の幸運は、会社業務比較的緩いことと、そのような精神面での問題に寛容な風潮があったこと、そして通院したのがそこそこマトモな部類に入る(と通院仲間から言われた)ことでした。たまたま駅の看板を頼っただけなんですが。

病院のことを話します。

そこはいわゆる心療内科であり、鬱や僕のような人間のためのリハビリを行う施設も併設しているやや先進的な場所でした。

初期に2時間弱のテストを受け、僕に発達障害の傾向があると言われました。残念ながら口頭説明だったので詳しい結果については明確に覚えていません。

そこから色々あり退職準備と併行して自立支援プログラムを受けることとなりました。入院ではなく平日はそこに通院して一日を過ごすのです。治療ですが内容は極めて簡単ものが多く、知らない人が見ると幼稚園老人ホームのような印象を持つかもしれません。

僕はそこでもポンコツでした。なんでも話せますしどんな個性も許される場ではありますが、僕はとにかく無知独りよがりで幼稚でした。職場環境のせいではないことをこんな形で理解するとか、今思い出してもきつい。

自分のことをちょっとします。

僕は心療内科広汎性発達障害と診断され投薬治療も受けました。でも効果があったのかはいまでも疑問です。そもそも心理テストの結果も一般人寄りだったはずですし、退職後にその病院から遠く離れてしまったので今となってはどうなのかよくわかりません。転院先は面倒であまり好印象でなく辞めてしまいました。

僕が他と違っていると感じたのは小学生くらいからです。当時から随分と幼稚な行動が目立つ子供でした。テストの成績が悪いわけではありませんし素行が悪いのではなく、しかし振り返ると妙に浮いていました。

「ふわっと」した感覚が今でも続いています。たぶん精神年齢実年からマイナス10歳くらいかと思います

この歳になっても生きづらさは続きます。とにかく物をなくしがちなのです。子供の頃からこの現象を「妖精仕業」と考えるほどに日常化しています

物をなくすというと勝手に捨ててしまう印象かもしれませんが、違います表現が難しいですが思考身体がずれるのです。無意識下でものを移動しているので、過程がまるで見えないこともしばしばです。自転車ライトを靴の中に入れていたり、手袋を片方だけコートポケットに入れて放置したり。必要ものを手に持っていたのに、玄関先でそれを持っていないことに気づいて部屋とを何往復もします。

誰にでもあることかもしれませんが、僕の場合はそれがほぼ毎日起こります。だから僕の周りにはものが溢れます

必要ないものでも捨てられません。常に目に見えないと危険です。机の中にしまったら次にいつ取り出すか不明なまま時が過ぎていきますしか整理整頓もできないので部屋には書類や本が地層となります

から僕はペンメモ帳を手に持ってどこかに置こうとした場合、できるだけ指差し確認をするようにして脳に刷り込みます

僕にとってペンメモ帳大事ものです。日々の出来事を書くのさえ億劫ですが、これがないと自分の最低限のことさえ空虚に感じます。役に立っているというより精神安定剤です。

心の支えは、同じゲーム仲間だったりこんな風に拙い文章を書くことくらいです。それもだいぶつらいですが。

今度再就職しますが、決して良い結果にはならないと思っています。僕は、僕の中の子供をどうしても躾けられないのです。また同じ失敗をするのかと憂鬱です。

僕は普通の人のように振る舞えない、けれど亜人にもなれない。半端者です。

よく発達した発達障害の人がとてもまぶしい。

2017-01-04

まとめブログコメントを書く

タイトルだけ読むか、スクロールして気になるコメントがあればツッコミをかく

実際これ以上にお手軽なストレス解消法がない

もちろんあとでコメントを読み返したりなんてしない

増田も同じ気持ちで書いてる

じっくり読んでいる人がいるなんて気がしれない

放言って言葉があるけど、まさしくそ

海とか山にいって叫ぶストレス解消法と方向性は同じだと思う

ネット言葉意味がないなんてのは前提でしかない

意味のない言葉意味を見出すという遊びはできると思う

現実世界でも本質は一緒だなんてうそぶいてもいいし

ただ空虚世界がいつも隣にあって、私が本当の姿だよといつと囁いておるのは精神に悪いだろうと思う

恋人が欲しい

2017-01-02

現場も知らずに空虚理屈だけで偉そうなこと言うクソ経営者

正社員派遣パートアルバイト現場のことも知らずに偉そうに給与以上の仕事をしていない、経営のことを何も分かっていないと偉そうなクンロクを垂れるゴミ経営者ども



。。。。おおっとちょっと待てよ、これって、現場を知らずに偉そうなこと垂れ流すってところだけ抜き取ると、

まんま、

はてブゴミどもと完全にかぶっていか



現場のことも知らずに偉そうにあーだこーだとクンロク垂れる

うおっ!

これってはてなーまんまのことじゃん!



そーかそーか、はてなーって意識高いだけの現場を知らないクソ経営者のあつまりだったのか!

道理で、一見ためになりそうなこと言ってるように思わせて、

聞いた後で体中からごっそりと魂が抜けてしまう症状に苛まれしまうのも納得の理由だった!

2016-12-25

夢小説サイト運営をやめた

サイト運営をやめた。

ついでにSNSもやめた。

作品を書くことは2度とないと思う。


リクエスト企画をやってみたことがあった。メッセージが予想以上に来たことがうれしかった。わたしに書いて欲しい作品があると思ってもらえたことが嬉しくて、たくさん書いた。

でもそれに関する感想は何もなかった。リクエストした人間が読んだとか、そう言うのもまるでなかった。わたしの書いたものダメだったのか、感想を書くほどのものを出せてないのかと思って凹んだ。自分の描きたいもの以外のものを書くときは書くときにとても気を使うからすごく気合い入れて書いたのに、書いても書いてもわたしを満たすのは空虚ばかりになっていった。だからリクエストをやめた。


夢小説を書く人や読む人とお話がしたくてSNSを始めた。

好きなシチュの話ができると思ったけどどうやら違った。うちの子(創作ヒロイン)可愛い語りに巻き込まれただけだった。最終的にわたしにそのヒロインを使って何か書けといって来るのが嫌になった。

人形可愛い以外の話をされなかった。わたしの考えてた物事との差異が生まれ始めて、辛くなった。

サイトアカウントを置いていたらサイト経由で話しかけてくれる人がいた。感想をくれることもあってとにかくうれしかった。

でも連載書いてる時にオチはこっちがいいと言われ始めたときに辛くなって来た。わたしが描きたい方向性と違ったからではなくて、単に他人に指図された方向にものを書くのが嫌だった。

別の人が書いたあのキャラの夢が一番好きと言われてるのを見たときに凹んだし、くやしかった。ごめんね、気に入ってもらえるものが書けなくて。

結局、SNSが向いてなかったかSNSもやめた。

サイトを閉鎖すると書いた途端にやめないで欲しいと言われた。

ごめんね、もっとくそれ聞きたかったよ。もうわたしは2度と作品を書くことはない。

こんなところでクソポエム垂れ流すくらいしかできないんだから、そもそも向いてなかったんだ、サイトも、SNSも。

2016-12-19

"「高校まででいい」という奴等は間違いなく馬鹿”←待て

arrack 人類全体の知識量がうなぎのぼりなのに「高校まででいい」というブコメスターつけてるはてな民は間違いなく馬鹿である。ただでさえ知識集約社会にむかってるのにそんなに経済敗戦したいのか?

理屈としては頷きかけるけど、理屈しかないと思う。

この人達は「勉強が苦手な層」の実態を知ってるのかな。

高校の時点で偏差値40切ってるような人達のことだよ。

彼等は高校行ってる甲斐あんまりないし、大学なんかまるっきり余計だ。

高卒差別さえなければ行かなくていいFラン大学時間お金を浪費させられてる。

そんで体力とか機転がものを言う仕事はてな民が苦手そうな仕事)に就く。




いや彼等は何らかの犠牲者だ、

中学高校から環境底上げして彼等のような学力落伍者を出さないようにするんだ、

っていう遠大な社会計画の話なら別だけどね。

少なくとも大学をどう変えたって彼等は救えないよ。

高いお金払ってFラン大学いって、簡単な英作文すらぶっ壊れたまま。

そもそも抽象的な思考が苦手だし。




勉強が得意で向学心も有るのに学費がなくて進学断念、って人を救ってあげる(もちろん大賛成だよ!)

のとは全然別の種類の問題が有るんだ。

彼等のような勉学的おばかさんを社会から根絶する計画があるなら大いに話し合いたいが。

そういう抜本的な計画がなく、Fラン大学にカネを注入し続けるならそれは誰の為にもならない。

大卒を雇いたいという企業空虚体裁差別のために社会全体でお金をどぶに捨ててるだけだ。

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