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はてなキーワード: 物心とは

2017-04-23

高校入学直後に死んでおけばよかった

多分、ネットで何万回と繰り返されてきた話。

22歳、男性無職正社員歴無し、童貞

毎日ネットで誰かを攻撃して留飲をさげるだけの人生を送っている。自殺したいが、する勇気もない。

そんな人間が己の人生を振り返ります




小学校中学校では「神童」と呼ばれた。勉強ほとんどした記憶がない。でもテストはいつもほぼ満点だった。クラスの他の奴が100点を取れない理由が、当時は本気で理解できなかった。

高校県内一の進学校に行く事にした。さすがに塾には通ったが、似たような問題を反復練習して精度を上げるだけだった。入試問題はあっけない程に簡単で、合格通知が届いても特に感慨もなく、淡々入学手続きを済ませた。

私はこんなだったが、両親、特に母親は喜んでくれた。両親は2人とも学がなく、特に母親小学校すら満足に通っていない。私が幼い頃から、「人の2倍給料が欲しいなら、人の2倍働くしかない」が両親の口癖だった。

おかげで物心ついた頃にはいつも家にひとりでいた。両親は昼も夜も働いていた。土日も働いていた。たまに日曜日の晩に家族揃って晩御飯が食べられる時があるが、私はそれが何よりも楽しみだった。

そんな母親から高校合格した時には、ご近所に「○○高校になんとか受かりまして…。」と吹聴しまくっていた。私はそれが大層恥ずかしかったが、母にとっては自慢の息子だったのだろう、私が「あまり自慢するのはやめてくれ」とせがんでも、静かになる様子は一向になかった。

だが、テンプレ通り、私は高校でアッサリと堕落する。周囲は本物の天才揃いで、しか努力家が圧倒的多数だった。他校の授業は受けた事がないので一概に比較もできないが、通っていた高校の授業内容もかなり独特だったらしく、授業はかなりハードだった。

中学までの学習貯金はアッサリ底をつき、1学期の中間テストで壊滅的な点数を取った時、自分は選ばれた人間ではない事を知った。

そこからは早かった。学校には出席日数ギリギリしかわず、あとはバイト三昧の学生生活だった。バイトで稼いだカネはほとんどゲーセンで使った。高校までロクに遊びを知らなかった人間が「遊び」にハマった時の行動は極端で、学校よりも自宅よりも、駅前ゲーセンにいる時間の方が長かった。

さすがにこれじゃいかんと高校3年の時に慌てて勉強を始めたが、当然の事ながら宮廷だの地底だのといった大学には引っかかる事もなく、東京の某大に受かるのが精一杯だった。



この時に何か思うところがあれば、私は変われていたのだろう。だが皆さんのご想像通り、私は変わることができなかった。だからこんな文章をダラダラとタイプしている。



大学に入ると、当然一人暮らしになる。東京大学に入ったんだから、当然そうなる。私のような人間一人暮らしをするとどうなるか。答えは簡単だ。大学に行かなくなる。

起きたらバイトゲーセン大学に行くのはたまにである。その「たまに」が起こって大学に行ったとしても、サークル棟の奴らとダベって終わりである単位は3つぐらいしか取ってないんじゃないだろか。結局、大学は1年休学した後に辞めた。

大学を辞める時、母親に連絡しようか迷った。私は休学している事も告げず、毎月毎月仕送りを受け取り、盆も正月も帰らなかった。休学中も仕送りを受け取るのは心苦しかったが、都会の誘惑に負けた。しかし、さすがに大学を辞めるとなると連絡をしない訳にもいかない。


もしもし?俺だけど、働くことにした。」

大学のみんなと会社を立ち上げる事にしたんだ」

「だからもう、仕送りはいいよ。」

「今までありがとう。」



正直、会話の内容はあまり覚えていない。嘘と見栄と虚飾で糊塗した言葉をひたすら吐き出して、仕送りはもういいと言って一方的電話を切ったような記憶しか残っていない。



大学を辞めても、特に何も変わらなかった。休学中から特にやる事も変わらず、バイトゲーセンに通うだけの人生

いつしかインターネットで誰かを攻撃する時間が増えた。会った事もない、話したこともない、顔も知らない人間が、twitter失言する。ブログ炎上する。そんな人間を、自宅のPCから延々と責めたてる時間が増えた。「叩いてもいい」人間が目の前にいて、圧倒的正しさをもって思う存分叩ける。叩いている時は快感だった。自分正義執行であることに酔った。当初は目についた炎上案件を叩いていたが、叩く対象を探すようになり、失言文句暴言呪詛をすすんで検索するようになった。

見つけた後は、すぐに騒ぎ立てずに、対象個人情報収集にはげんだ。twitterfacebookなどの交友関係から年齢や地元を割り出し、実家写真などをgoogleマップキャプチャする。twitterなら鍵垢になってもいいようにフォローも飛ばす。フォローされやすいように、常時40個前後アカウント管理していた。様々な大学企業趣味嗜好についてのアカウント作成し、1日1回はアカウントに沿った内容で何か呟く。そうやって「育てた」アカウント対象に滑り込ませ、まんまとフォローされてから炎上→鍵付きとなったアカウント情報キャプチャで取得し、ネット拡散する瞬間には無上の快感があった。



そんな生活も2年近く続けてきたある日、実家から荷物が届いた。食べ物だった。段ボールの蓋だけ開けて放置していたが、翌日に母親から電話がかかってきた。「ご飯は食べているか」「元気でやっているか」「たまには帰って来いよ」基本的母親電話上の発言はこの3パターンしかない。なのでいつもは会話もそこそこに電話を切るのだが、この日の母親は違っていた。いつも通りの居心地が悪くなる会話を終わらせようとすると、ふいに


食べ物だけじゃなくて、少しお金も入れといたから、たまには彼女とおいしいものを食べてね。」


「いつ帰ってきてもいいんだからね」


「じゃあね。まだ寒いかも知れんから、温かくして寝るんだよ」


と言って、最後に「おやすみ」と言って、母は電話を切った。


母親から電話を切ったのは、今のところ、この時が最初最後だ。


すぐに箱の中身を確認すると、底の方に封筒が入っていた。中には20万円入っていた。




私は封筒を握りしめて嗚咽した。何もしていない、何もしていない、何もしていない。なんの努力もせずに、ダラダラと時間無駄に過ごし、他人攻撃ばかりしている。こんな何もしていない人間に、生きている価値があるのだろうか。これから何かを成し遂げる気概があるのだろうか。


消えてしまいたい。そう思ったが、自殺する勇気もない。だいたい、自殺できる人間は「自殺する」と強く願って成就しており、私のようにネットでダラダラと「死にたい」「自殺したい」と言っている人間自殺しない。


高校の頃に交通事故か何かで死んでおけば、将来有望若い命として、両親に多額のカネを残すことができた。「惜しい人を亡くした」と皆に同情してもらえた。ところが今はどうだ。今死んだところで、正社員でもない、学歴もない、才能もない。葬式を開いても誰も来ない。働きもせず、ネットで誰かをいびり、母親にお情けの仕送りを送ってもらう。そんな人生になんの意味がある?



特にオチもないが、私の自分語りはこれでおしまいである荷物が届いたのが数日前、それからバイトに行く元気もなく、体調不良と言って休んでいる。遠からずクビになるだろう。



できれば私はどうするべきなのか、教えてほしい。

2017-04-19

http://anond.hatelabo.jp/20170418215328

削除されてしまったものへの返信というものは不躾でありましょうが、よければご一読ください。




先ずご投稿からはお母さまがどのような人柄であるのか、また離婚されたお父様(貴方の実の父ですね)がどのようなお人なのかが良く分かりません。

ですが、貴方相談相手として登場してこない不在性から言って、お父様とは離婚後にあまり連絡を取っていらっしゃらない、

言ってしまえば頼りに出来ない相手であろうという仮定で話を進めます




お母さまは貴方に、物質的な豊かさを与えたことで親の義務は十全に果たしているということを主張されたそうですが、これははっきり貴方に対して負い目を感じているからこそ出てくる言葉でしょう。

正確には貴方に対してではなく、前夫との結婚が失敗であったということに対する負い目でしょうがね。

前夫との破局についてどちらに大きな責任があるのかはわかりませんが、仮に前夫の男性一方的加害者であったとしても、そのような相手婚姻してしまったというのはお母さまにとってはやはり過ちで負い目です。

その後お母さまは幸いなるかな、現在旦那様と再婚をなさり、少なくとも今に至るまで十年程度は結婚生活を維持なさっていることになりますが、

やはり普通に考えて、過去の過ちを繰り返さないようにしよう、今度こそ上手くやっていこうと思っておられるのだろうと思います




そのようにお母さまを等身大の一人の人間として捉えるのはその庇護下にある貴方には難しかろうとは思いますが、上述のような感情の動きは何一つ珍奇でもなければ歪んでもいませんよね?

で、お母さまがそのようにお考えだとしても、当然貴方のお考えとは全く違います

貴方にしてみれば、生まれた時から父親がおらず、物心いたころに家庭に他人侵食してきて、自分とは立場の違う存在を妹であると考えなければならないという、

やるかたのない孤独を抱えさせられてしまった、ということになるのではなかろうかと憶測します。





簡単にまとめれば、お母さまにとって大過去の「離婚」は「過ち」であり過去の「再婚」は「挽回」なのですが、

貴方にとっては大過去の「離婚」は「前提」で過去の「再婚」は「裏切り」だと言えましょう。

この様に、一つの事柄立場がたがえば文脈というのは変わるもので、親子として同じ体験を共有しているはずが考え方感じ方は真逆になってもしまます

貴方が己の生きづらさを「裏切り」に求めてそのことをお母さまに訴えても、

お母さまにとってはそれは「挽回であるために、理解が得られない。ということになるのだと思います




問題の眼目は以上の齟齬にあり、「貴方物質的豊かさを与えたお母さまは親としての義務果たしていると言えるや否や?」

などということは考えるに値しない問題と言えるでしょう。

ですからつまるところは「貴方文脈に則って物事を考えて呉れないお母さまは親としての義務果たしていると言えるか?」なのですが、

これはもう、判ると思いますが、矛盾をはらんでいることです。

だってお母さまには今の夫と今の子供もいるのですからね。今の結婚生活裏切りの所産だと捉えるのは難しいでしょう、

別に貴方貴方以外を天秤にかけてそうするわけでもないでしょうが、どうしてもそうなってしまうのは否めないでしょうね。




私は貴方他人なので、このように冷静に考えられるわけですが、貴方にとっては色々と難しいことでしょうね、幼いですし。

ですが、この様に問題を整理して見渡せば取りあえず今貴方の周りにいる誰かが悪いわけではないということだけは、泣く泣く理解できるのではないでしょうか?

こういった難しいことを体験として判っていくことが、結果として貴方を素敵な人間にしてくれるのではかろうかと私には思われます

お家にとどまるのもいいでしょうし、早期に独り立ちするのもいいと思います

上述のようなことを踏まえた上で、貴方の新しいお父様や妹さん、そしてお母さまのことを見てみてください。少し違った見方が出来るのではないでしょうか。

お辛いとは思いますが、一つ気をしっかりもって頑張ってください。陰ながら応援しております。草々不一。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418151353

嫌いなところ4つ目

幼稚園小学生休みの日、どこか連れてってくれるのも、

 学校行事を見に来てくれるのもいつも母と祖母で、父はパチンコに入り浸っていたこと。



まあ一例でしかないので、もしかしたら家族を優先してくれていた部分もあったのかもしれません。

ただ、私は物心がついたときから、父が「友人とどこかに行く」と話しているのを見たことがありません。

2017-04-15

好きな作品腐女子コンテンツになってしまった

かなしい。

私自オタクで、腐女子理解がないということはない。

でも、好きな作品キャラTwitter

「どう考えてもホモ」だの

「受け受けしい」だの

言われてると流石につらい。

しか腐女子って作品自体よりそのCPにだけ詳しい。

しろここだけ読めばこのCPは語れる!みたいなまとめもリツイートで回ってたり。

全部おもしろいよー!っていっても

結局はCPしか作品を見ていない……。

来年映画大丈夫だろうか………。

追記

物心ついたくらいからずーっと応援してる作品で、原作も全部持ってるし映画も全部観てるし関連イベントにも足を運び関連書籍もグッズもそこそこ集めてるので

去年一昨年でハマった腐女子さん達よりはお金出してると思います


追記2

色々コメントありがとうございます、考え方を見直す意見をくださる方、わかってくださる方もいらっしゃって嬉しいです

うだうだ書きましたが一番に思っているのは

「見えないところでやってくれ」ということです。

今まではあるにしろ見なくて済んでいた二次創作が嫌でも目に入ります

腐女子さん方は自分たちでも隠れるべき存在、みたいな暗黙のルールを掲げているのに実行できてない方が多い気がします。

どうか、BLの話をするならTwitterに鍵をかけてください。

2017-04-12

隠れゲイ就活ものすごく強いのかもしれない、という話

ゲイ自殺率自殺未遂率はとても高いという。

ゲイである私(多くのゲイが多分そうであるように、私はカムアウト=ゲイであることを公表すること、をしない、

まり普通の人」を装って生きると決めた人であることを前以て伝えておく。)からすれば耳の痛い話であるし、同時に身に覚えのある話でもある。




なぜ死にたいのか?ゲイから死にたいわけではない。ゲイというのは、生きていく上でものすごく大量の「嘘」をつかなければならない場合が多いために、それに耐えられず死ぬのだろうと私は考える。

例を挙げて説明しよう。

ゲイである」という事を偽るためには、「私はゲイではないです」と言えば良いのか?

否。

ゲイですか?」と聞かれることなどあろうはずもないし、多分皆さんにもそんな質問の心当たりはないだろう。

「好きな女性タイプは?」「AKBなら誰推し?」

クラスの○○ちゃん、かわいいよな」「昨日のガッキー見た?超可愛い

AV女優誰が好き?」「風俗でさあ・・・

このミクロ情報、そしてこれを見る男性諸賢がおそらくは簡単に応答できる日常の会話、この全てに我々は嘘をつかなければならない。

全てに、嘘をつかなければならない。




これが、ゲイの生きづらさ=死にたさの本質ではないかと私は感じている。

ゲイである」ということに嘘をつくために、ゲイは幾重にも嘘をつかなければならない。

ゲイである」ということを隠して生きてゆくと決めた昼間の星のような人々は、「ゲイではない自分」の構築というアイデンティティ否定しかない行為を、しか思春期に必ず経験しなければならない。

中学時代には初めてのエロ動画とかに興奮し、AKBにハマり、人並みの青春みたいな恋がしたかった。

ゲイではない自分」に、憧れているゲイ自分自己否定ルーティーンはここに完成する。

嘘の自分と実際の自分との乖離に死にたくなる。分かりやすくないですか?




表題に至るまでが随分長くなってしまった。

こうして、ゲイであるということを自覚した日から(そして「他の人はどうやら女が好きらしい」と気付いた日から)、ゲイは生きているだけで嘘をつくようになる。

親を欺き友人を欺き、時には自分好意を寄せてくれた女性(時として恋人体裁を取る)さえ欺きながら年を重ねるとどうなるか?

平気で嘘をつく人間になる。そして嘘の作り込みが異常に細かく、顔色ひとつ変えずに平気で嘘をつく、人をだますプロみたいになるのだ。




就活とは即ち騙しあいである第一志望でもない御社への熱意をまがりなりにでも作り込み、企業を騙しきったら内々定の運びだ。

しろこちとら21年生きてきて、物心ついてからの大多数の時間を嘘だけで過ごしてきた男であるものすごく喋れる。嘘が。真実のように。

親を騙せて面接官を騙せないわけがなく、ということなのだろうか。就活が始まって、面接まで進んだ企業に未だ落とされたことが、ない。

この時点で、内々定は8社。全て一部上場企業だ。だれでも名前を知っているような企業も多い。




まさか就活を始めてみて、こんなことが起こるとは思っていなかった。

喜ばしいことかどうかは分からないが、隠れゲイ就活に多分強い。

結論の付け方も分からないが、とりあえずそうやって、生きている。

http://anond.hatelabo.jp/20170412125626

例えば?

生活全般駄目なのよ、妻が全部やっちゃうから

物心ついたときから母親いなかったからよくわかんないんだよね

何が普通

2017-04-10

オナ筋

オナ禁じゃないわよオナ筋よ。


私はオナニー幼稚園から習慣化してやっていた。

幼稚園で実際にしたこともある。

そんな訳で、言葉を知る前にやり方を知っていた。


物心ついて文献を読み漁ってわかったのは、私は足ピンタイプだということ。

ちなみに女なんだけど、こねくり回してピンとする。


ここ数年、なんだかんだ忙しくて、

昔のように休みの日さえいつもオナニーなんてことにはいかなくなった。

習慣が習慣じゃなくなっちゃった

で、先日、久しぶりにしたんだ。

そうしたらね、ふくらはぎ筋肉痛

足ピンオナニーふくらはぎに力入れるから

筋肉痛になってしまったんだよ。


私、昔陸上部だった。

距離やってたんだけど、

男の先生がいつも増田ふくらはぎはすごいってほめてくれた。

なんだか昔のこと思い出してセンチメンタル


ところで男性腱鞘炎になったりするの?

2017-04-06

死ぬのが怖いと思えない。

死の実感がほしい。

情けなくも30近くにもなって、死の実感を抱いたことがない。

そもそも人の生死立ち会った経験がない(幸せことなのだろうが…)

子供ですら「死の恐怖」については考えるだろう。

私は死のイメージができていないので、死ぬのが怖いという実感がきわめて薄い。なんてことよ。


こんな私でも物心ついた頃に「死んだらどうなる」について一日中考え、泣き喚いたことがある。

その時の最大の不安は「自分死ぬこと」よりも「母が死ぬこと」だった。

しかし成長した今、母が死ぬことについても「まあ仕方ないよね」くらいの印象しかない。

恋人友達自分に対しても「まあ仕方ないよね」とかいって納得しちゃってる。

そもそも誰に対しても愛着が薄いのが問題なのか。

死のイメージがないか愛着が湧かないのか。

死ぬのが怖くなったら今生きてることや他人大事に思えるのか。

私はずっと寝たように生きてないか


死の恐怖」で検索すると「克服ふる方法」系の結果が多く、「死の恐怖を知りたい」なんてページはほとんどない。

保守的に生きてきた代償で、生きててよかったと本気で思った経験なんてほぼない。


死ぬのが怖くなりたい。

自分日常にはわりと満足してるけど、これが一生となるならぞっとする。

まだ若いだけか?それなら尚更、早くケツに火を着けたい。

自殺願望ゼロだけど、自分危険晒すしかないのだろうか?

2017-04-03

殺気というやつ

みんな出せるかな?

殺気とは困ったもの

物心ついた時から無意識であったり、意識してであったり出してしまう。

殺気=怒り、恨み、憎しみではない。

たとえば誰かが殺意を向けて睨んできても、襲いかかってきても怯むことはない。ただの狂気

殺気とは、精神的に相手を殺すこと。

圧倒的力の差に寄る根拠自身ではなく、自分が殺される可能性も内包した結果生まれもの

から、眉間にしわを寄せるわけでも、目つきを悪くするわけでも、胸ぐらを掴んで喚き散らすわけでもない。

体全体から放たれる。

感じられる人間なら肌で感じる

先月も出してしまった。それ以来気まずい。

殺気についてネットで調べてもあまり出てこない。

でも本当に実在する。なぜインターネット普通に語られないのか?

これを抑える方法を知りたい。

当の本人からすると、自分を中心に波紋が広がる

こうだらだら、書いていると自分を守りたい大切にしたいと思う何かがあれば、殺気なんて出ないのかな。と思った

多分ないね。こんご

2017-03-23

母を幸福にしてくれない宗教が嫌いだ。母を幸福にできない自分も嫌い

私は某宗教三世だが、某宗教死ぬほど嫌いだ。

親戚の手前、はっきりと口に出せずにいるが、信者との接触のたびに腹わたが煮えくり返り、その日、一日中気分が悪い。

うちは祖母が熱心な信者で、他宗教には排他的他者にも信教を強制しようとする、ネットで語られる新興宗教信者体現したような存在だった。独善的独裁的で他者反論を許さな祖母が私は大嫌いだった。

娘の母は二世で、家庭環境から価値観としての信仰はあるものの、他者布教はしない消極的な(熱烈信者からはよく思われないタイプの)信者だった。祖母とは真逆のやさしい人で、私は母が好きだった。

私自身は記憶もないうちに入信させられた三世で、新年に謎の会館で数珠で遊んでいたり、自宅で行われる謎のイベントに参加した記憶はあるものの、物心つくと次第にその慣習が疎ましくなっていた。

思春期を過ぎた頃には、内心では完全にアンチと化しており、会合の誘いはのらくらと断り続けたし、選挙活動もその場は適当に応じながら、絶対に票は投じなかった。

近所で信者挨拶されるたびに苦笑いと胃のムカムカが止まらず、挙句の果ては、当てつけのようにこれまた新興宗教の某証人の話に耳を傾ける始末だった。

この憎しみにも近い激しい感情がどこから来ているのか、ずっとわからなかった。

私は「母を幸せにしてくれない」から宗教が嫌いだった。

そして、私は「母を幸せにできない」自分も嫌いだった。

母は数十年、うつ病に苦しんできた。

うつで寝込んでいる母を、祖母信心が足りないとなじり、私に母のために信心するよう強制した。

祖母への反発が強かった私は、祖母の前では頷きながらも、絶対に祈らなかった。

私が祈らないから、母は治らないのかもしれない。

母のために祈れない私は冷たい人間なのかもしれない。

私が母を不幸にしているのかもしれない。

私は「母を幸せにしてくれない」宗教を憎むことにした。

「母を不幸にしている」自分を憎む代わりに。

私は「宗教」というフィルターを通して、「自分」を憎んでいた。

宗教を憎めば憎むほど苦しくなるのは当たり前だった。

自分罵声を浴びせ続けるようなものだったからだ。

私が某宗教を嫌いながら、表面上それを表に出せなかったのは、私の行動の責任が母にまで及ぶことを恐れていたからだ。

私が脱会することで母が信者内で悪く言われるかと思うと絶対脱会できなかった。

玄関先に挨拶に来た議員候補を追い返したかったができなかった。

宗教を捨てることは、母を捨てることだった。


幼い子供は親が怒っていたり悲しんでいたりすると、自分のせいだと思い込む性質がある。

両親が不機嫌だったり、落ち込んでいたりする家庭で育った子供自己肯定感が低くなるのはそのせいらしい。

親を幸せにできなかった挫折感は、「自分は人を不幸にしている」という呪いになる。

殆どの人は、その呪いに気づけないまま、一生、謎の生きづらさを抱え込む。


私は母の幸福を諦めることにした。

引っ越したら脱会届を書くつもりでいる。

結局、私は母を捨てたのかもしれない。

2017-03-20

結婚と死

結婚する。昨日、双方の両親と会話した。そこに反対はなく、ただ祝福の言葉が届いた。帰ってから私は何故か感情抑制がきかなくなり、とめどなく流れる涙をどうすることもできなかった。ブレーキが壊れたように嗚咽をあげていた。

物心ついたときからずっと精神を病んでいた。いつも孤独焦燥感が私を支配するのだった。だから、静かに死ぬことだけを考えていたのに、今は人生ではじめて孤独を奪われてしまった。彼女は語りかけながら、傍らにいて、そっと頭をなでてくれた。

私はもはや死ぬという選択肢を自らの意思にもとづいて取ることがなくなった。今や私は死ぬことの選択を外部に委ねることができる。それは死ぬという選択肢を、「人に求められなくなったとき」――それは自らの決定に於いてではなく最愛恋人に委ねることが出来るということだ。

彼女がいるということで、私のコンプレックスであった「誰にも求められていない」という滑稽な空想否定されるわけだから、私はそれに基づいて自ら死を下すという決定を行うことができない。

出会ってからそんなに歳月を経たわけではないが、間違いなく最愛の人、であるわけだし、そういう人の手によって自分の、かつてのでたらめで無秩序な生が肯定され、死が滑稽な妄想のように扱われるのは、嫌な心地がしない。ずっと誰から必要とされることなく、誰にも愛されることのない、徹底した不干渉、それこそが自らの求めるものであったのにもかかわらず、今はその制約こそが幸せだと思う。そうして死の権限移譲された。

彼女は私がいなければ死んでいたと言ってくれた。何度も言ってくれた。愛の告白にしては些か荷が重いが、それでも、私ですら時として人を救えるというのは、自惚れに近いが、素直に嬉しいのかもしれない。

間もなく結婚だ。式は挙げない。一人で死ぬよりは幸せな結末をどこか期待しながら、今日は二人でカフェにでも行こうと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20170320085249

確かに物心両面で貧しい生育環境は心の寛容さを養わないことはよく分かる

2017-03-13

である事への嫌悪

 この文は私のために書いている。つまりエゴである。少しでも共感してくれる人が世の中にいるのなら、私はきっと救われるのだろう。ただの自己満しかないし、何の飾り気もない剥き出しの存在証明を残したいだけだ。

はいからか、自分が女である事が嫌いになっていた。それは学生時代から既にそうだった。

小学生の時から学校嫌いだった私は、中学生になって制服を着た時、さら学校が嫌いになった。何で女子スカートで、男子ズボンなのだろう。スラックスはあったものの、それは女子に見えないような、スポ根ボーイッシュ女子が着るためのものになっていて、つまりは周りの女子に馴染めない子、変わった子のためのものになっていた。当然、周りと同じことをしているのが安心だった私は、スラックスを履くという勇気根性も無かったし、仕方なく似合わないスカートを履いていた。物心ついた頃から周りより細く、ガリガリ体型だったため、制服があまりにも似合わなかった。顔も田舎の垢抜けない、垢まみれの鈍臭い顔をしていたし、貧相な脚は寒さに弱く、スカートを履くと更に貧相さが強調された。中学生にもなると、女子は途端に色気づき、冬でもスカートを短くし、ブラジャーをわざと透けさせ、スクールカーストの中でポジションを守ることに必死になっていた。そんな中で私は、なぜスカートを短くするのか全く理解できなかったし、何しろ似合わない自分に腹が立ったし嫌気がさしていた。むしろ気持ち悪いと思っていた。スクールカースト上位の女子達は常にギャーギャー騒ぎ、下位の人間を卑しい目で見ていて、押し退けていた。なぜ学校はこんなにも楽しくないのだろう。「友達に会えるから学校楽しい」なんて言う人が信じられなかった。友達になんて学校が無くったって会えるだろう、何故そこをごちゃ混ぜにするのか、意味が分からなかった。さらに、教師は誰にでも対等ではないし、依怙贔屓はするし、所詮はただの人間だった。私は大人に対してだいぶ絶望していた。(続く)

2017-03-03

他人に一番素直だった頃

他人に対して一番素直に接することができていたのは、

思い返してみれば物心ついていない時でも、小学生でもなく、

ネットに触れたばかりの2009年頃だと思う。

好みの絵を描く人や、有名人メッセージを送れることに感動して

かわいい!すきです!仲良くなりたいです!

と思ったままに人に接していた

ネットの中では。

お近づきになる努力も惜しまなかった、今思えば、という行動も多々あるが(調子に乗って会いたいです〜!とか言ったらマジで会うことになって焦るネット弁慶)。

その時得た繋がりは、今も希薄はいえ、話しかけたら返してくれる、名前を覚えてくれている関係が残っている。

今じゃ、それが、ネットでも

好きな有名人にリプを送るのでさえ憚られる(こんな応援リプ、何度も送られてるだろうし私が送らなくてもいいんだよな……とか)し、リアルの方がよく喋るようにはなったが、未だに自分から他人好意を素直に伝えるのが難しい。

2009年頃のネットでは私は、

オタクの絵を描いてるネットの人はみんな友達!仲間!くらいに思っていたし、

そこでは嫌われる要素がないと思っていた。びくびくする要素がないと信じこんでいた。

文字どおりネット上では最強!だと思っていた。

あの頃の最強感は楽しかったなあ。

結論楽しい関係を作っていく方法は、

好きです!仲良くなりたいです!

と素直に伝えていくことなんだが、それが、「仲良くなりたい」と思う人も見分けることができない今の私には非常に難しい。

2017-02-24

自己評価めっちゃ低い

自己評価めっちゃ低いんだけどどうしたらいいんだろう。

褒められるとみんな謙遜していやいやそんなことないですよとか言うからみんなそうなんだと思ってたけど

自分の謙遜は他人とは度合いが全然違うんじゃないか!?て最近ようやく気づいた。

どうしたらいいかからないどころか、褒めてもらう度にあー相手は気を使って嘘で褒めてくれてるんだー申し訳ないなぁーってなる。

ちょっとググって色々見てたら毒親に育てられるとそうなるって書いてあるサイトが多くて

から

・褒められずに育った

否定されて育った

・他の兄弟or姉妹比較されて育った

あたりがよく書いてあることなんだけど、自分は本当に普通に普通に育てられたので全然当てはまらないんだよなあ。

普通に褒められまくったし、末っ子なので甘やかされて育ったと思うw

自分で言うのもなんだけど、どんなことでもやればある程度出来ちゃうのでまわりから頼られるし、器用だねって言われる。

学校の成績はいいほうで、運動普通友達はいたし、彼氏もいる。

でも物心ついたときからずっと、友達彼氏も私がかわいそうだから付き合ってくれてると思って生きてきた。

仕事の昇進や昇給も、嬉しさより申し訳なさしか感じない。

何でだろう?

幼少期に親が…とか、わかりやすい原因が全く思いつかないからどうすれば改善出来るのかわからなくて辛いなあ。

2017-02-21

国鉄時代を知らない若者国鉄車両の良さを語るな」って言うけど

国鉄車両って国鉄時代しか走ってなかったのか?

まれたのは戦後でも、戦争でいろいろあった直後の辛い時代を生き抜いてきたから、

先の大戦の大変さを語るんだという70ぐらいの人がいるように、

物心ついたとき既に国鉄がなかったとしても、「国鉄車両」は地域によっては普通にあったと思うけど。

まあ具体的にどの車両が何年に引退したとかよく知らん人間の戯言だから、詳しい人からしたら嘲笑モンかもしれんが、なんとなくそう感じる人もいるのだということで。

2017-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20170218153941

私も吃音持ちです

同じ境遇(私も物心ついてから発症しました)だと知り書かずにはいられないので失礼しま

吃音が出始めたときにそのアドバイスは、息子さんが覚悟をするきっかけになりますし、親は味方だという証明にもなるので素晴らしいなと思いました

しかし、少しがっつり話をしすぎたかもしれないのでは、とも思います

きっとその息子さんはこれから、(野球の例えで出されていたように、結局身を振るのは息子さん自身から)それこそ助言なんて聞いても意味がないと思うくらい、沢山の高い壁にぶつかってゆくのだと思います

それらの壁は、生きていくためにいつか絶対に乗り越えなければいけないものです。だから、心を落ち着かせるための助言はむしろ鬱陶しく感じられることもあるでしょう。

また、壁をすべて乗り越えるまでは周りと自分を比べて強い劣等感を覚えることになると思います。そこに、親から沢山の助言を貰ったら(親にその気はないと理性ではわかっていても)「親は自分吃音を恥ずかしいと思っている」と感じて、悲しくなり、自分存在否定するようになってしまうかもしれません。

息子さんはまだ今の段階ではそれほど挫折はしていないと思うので、丁度良かったと思いますが、これからは(増田様は既にそうしようと思っていらっしゃるかもしれませんが)[息子さんが相談してきたときは目一杯優しく接する、息子さんが辛そうにしていたら励ましてあげる。その他の時は吃音について触れず、「吃音特別なことである」という雰囲気家族から消す]ということを、同じ吃音持ちとして、お願いします。

もし症状自体は軽くならないとしても、心が強くなって吃音を逆に利用しネタにできるまでになればそれは吃音症を克服したといえると思います。それを含めれば吃音は「時間解決する」ことのように思います。どうかそれまでの長い戦いの中で息子さんの心が折れないようにすることを第一フォローしてあげてください。

2017-02-16

どうやら日本人は「宗教」が「社会」の下に含まれものと考えているようだけども

人類はいわば物心がつくとともに原子的な宗教を持ったといえるし

世界中どこの民族部族を見ても殆ど社会において宗教存在する

宗教人間社会のつながりはそれだけ密接である

本邦においても天皇を祀り仏教のやり方で人を弔うのだから、十分に宗教社会が融合している

社会宗教関係は、社会宗教宗教社会と言ってもいいほどのもの

日本人宗教嫌いだとか無宗教だというのは、その実とても排他的自分たち宗教を持っているということにすぎないのである

2017-02-15

物心ついたときからいっけんやだったけど、団地の子がうらやましかった

2017-02-14

「人の宗教を笑うな」

なんだろう、胸が色々と痛くなってる。自分の中にこんな感情存在するのか。yahoo!トップに踊り狂う、幸福科学文字新興宗教危険な敵というストーリーは、とってもわかりやすくて、スマホを覗き込むバラバラな「個人」となった僕たちに、そいういや日本人という集団の一員だった!とアイデンティティを再認識させてくれる。気持ちいいよね。

俺の父も、今回の清水さんとほとんど一緒。20年くらい前に”幸福”を求めて出家したんです。今回の騒動で「出家」なんて言葉使うんだと驚いてるんだけど、普通企業をやめて宗教団体職員になった父。出家、というのを”瀬戸内寂聴”と、お笑い芸人さんが笑いに変えていたみたいだけど、実際は坊さん的な状態になるわけでは無いと思われる。髪の毛もそのままでいいだろうし、食事制限もなさそうだ。お寺というより、彼らの趣味教会に近い。建物は大体、古代ローマ神殿みたいな感じ。父がお祈り用の仏壇みたいなのを部屋に持ち込んだ時期があったけど、ドラクエばっかりやってた俺は「これはもしや…ダーマ神殿!?」と思ったものだ。

父はずっと家にいなかったから、俺と家族宗教への接点はほどんどなかった。そんな俺が「幸福の科学」のコミュニティに具体的に触れたことがあるのは、人生で3回。


大川隆法スーパーライブin東京ドーム

コラム】すごい昔「幸福の科学」の東京ドーム集会に潜入した時の話

http://rocketnews24.com/2017/02/13/862050/

これだよ、まさにこれ。リンク先見た途端、記憶のドアが開いた。23年前だから、当時10歳足らずの俺を、まだ宗教のことをよくわかってない母親がビクビクして連れて行った。姉は物心つく年齢だから置いてかれたんだと思う。この記事のように15歳くらいで見に行ったら、裏読みで楽しめたかもなんだけど、俺の脳が危険を察知したのか具体的な内容は覚えていない。(ただ竜に乗ったシーンは、リンク先を見ることで蘇った。脳すごい。)ただ、イベントが始まるとき、彼らにおける「お経」みたいなのをみんなで読むシーンだけ、今でも覚えている。周りは自分より背の大きな大人たちで暗いブルーな照明。黒山の人だかりが一斉に立ち上がり、全く前が見えなかった。子供ながらに感じたのは、大人たちの高揚感と空気。内容は違うにせよ、大人になって同じ場所ミスチルコンサートを見たときと、感じ取る空気感は変わらない。彼らにとってはハレの日であり、インディーズバンドメジャーデビューするような、お祭りだったんだね。


東京都内のどっかの集会

これも小学生の時。父親仕事を見る、的な学校課題があったのか?母と見に行ったら、ダーマ神殿内部の集会場みたいな場所で、老人相手に説法を説いている父がいた。イメージ葬式後に坊さんが喋る、ありがたい系の話だったような記憶がある。職員はそこの運営をやったり、教えを説いているっぽい。今回の清水さんは広告塔しての貢献度が高いから、映画出演や広報選挙戦出馬とかさせられるんだろう。ただ出家して職員になったら、教えを広めるのが基本の仕事だろうから、まあ似たようなイメージなのかと推測する。


総本山的な施設での墓の説明

これは大人になってから、なので7年くらい前かなあ。父親から話がある、と、おそらく人生一度きりになるだろう召集がかかった。どっかの山奥。この施設永代供養できる場所があり入りたい。お前の了承が欲しい、と。俺とか母は嫌なら自分で別の墓を選んでもいい、みたいな確認をして、かくかくしかじか。結局了承したんです。ずっと避けていた父の決意というか意思の固さやピュアさを前にして、何も言えなかった。というか、あれ?自分に彼を否定できる根拠ってあったっけ?とも感じました。他者への想像力の無さも、自身の信念があまりに脆いことも体感した。あの時は、あまりに無力だったなあ。んで、ずっとその場所っておじさんの声で呪文テープで流れてるんですよ。なんかこりゃ聴いたことあるなあ?って思ったら、あ!16年前の①のライブセットリスト1曲目のやつ!


散々コスられてきているように、俺もネタっぽく書いたように、”普通”とか”世間”と比較して見ると、みんなで嘲笑できるトンデモ面白い対象なんです。


③の施設見学したんだけど、彼らにはコミュニティがあって(地方経営難ゴルフ場なんかを買い取って作ってるから相当疎外された感はある)そこに怪しい金ピカのモニュメントとか作って、学校なんかも作っている。隔離されて、オリジナルの歌とか教科書とかを元に教育を受けるのだろう。子供はそれが当たり前だと思うんだから洗脳されちゃうよね。歴史教科書とかは興味本位で見てみたい。勝手に乗り移って本出せちゃうくらいなんだからアパホテルなんて比じゃないクオリティなんだろう(と予想される。ちゃんとした内容だったらすみません)。


出家して職員になった父を憎んでいたけど、尊敬していることもある。自分が信じている絶対世界を全く家族押し付けて来なかったこと。これは問題になっている清水さんの両親と圧倒的に違う差だと思う。本来自分課題や状況に合わせて、必要から門を叩く存在であるのが宗教だと思うんだけど。生まれた時から両親から信じ込ませられてしまったら敵わないでしょう。まあ信者の人からしたら、身近な子供自然教育してしまうんだろうし、そうやって宗教って続いてきた歴史もあるんだろうけけどさ。”必要とされている人”のところに、クリーンに行き届けばいいのになあ。


時は流れ、俺は結婚して子供が生まれた。寝息を立てる愛しい我が子を左横に見ながら、ベッドの上で増田投稿する文章ぽちぽち考えている。iPhoneスクロールしていくと、件のニュースに紐づいた感情的ヤフーコメントたちが姿を表す。”普通”の感覚からしたら、よくわかる。だけど自分が生きている世界が、価値観が、本当に正しいと”信じ込んでいる”という側面では、どっちも50歩100歩じゃないなのでは?とも思ってしまう。信じる人にかける言葉も、感情的コメント欄の彼らにかける言葉も、想像してもあまりにも答えがなくて、難しくて。どちらも真剣で、本当は笑っちゃいけない気がするんですよ。


そして自分の子供が物心ついた時にどんな言葉をかけられるのだろう。誰かを嘲笑するのをためらう想像力と、自分が信じるに値する経験を積んで欲しい。それってどう教育すりゃいいのだ?難しくね?

答えが出ずに途方にくれる、新米父さんの自分語りにお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

2017-02-08

ハイパーテキスト偏執

物心ついたときからずっとWeb文章ばかり触れてきた結果、↓のようなWeb媒体以外を体が受け付けなくなってきた。

もはや縦書きがつらいし、数百ページで1単位になっている書籍もつらい。電子書籍は全部HTMLで分割配布してほしい。

2017-02-07

毒親」という枷と、「人格否定」という呪いについての話

毒親」という言葉を知ったのは、つい最近のことだ。

私の預かり知らないところでいつの間にか話題になっていて、理解した瞬間どれだけ救われた気になったか知れない。

私が味わって来た、正体の掴めない息苦しさ、葛藤衝動、そういったものにようやく名前がつけられた気がした。

私の母親は、「否定型」の毒親だ。私の些細な言動に目をつけ、ねちねちと文句を言う。行動や失敗に対してならまだしも、そこから私の過去性格まで取り上げ、事細かく並べ立てては「あんはいっつもそう」と怒鳴り散らすような人間だった。自らの理解できないもの・知らないものは頑として認めなかった。視野が極端に狭く、主観感情しか物事判断できない。父親も、分かりやす否定こそしないものの、自分の主張を押し付けることが多かった。口癖は「自分が言っていることなのだからちゃんと聞け/言うことを聞かないならもう知らないぞ」。両親揃って、典型的毒親の特徴を物の見事に備えていた。

2人に共通しているのは、自分が大好きだということ、自分の非を認めないこと(揃って子供の都合の悪い部分は全て相手に似たと言うのだから畏れ入る)、他者思考や痛みを理解できないことだった。冷え切ったわけではないが夫婦仲はそれなりに悪く、私が幼い時の夫婦喧嘩では怒鳴り合いから殴り合いに発展し、ついには刃物が出た。激昂した母親ヒステリックな甲高い叫びを上げ、父親は声を荒げて母親を突き倒した。

おかげで、今でも女性叫び声と暴力を振るう男性が怖い。

私は物心ついた時から、怒鳴られることを何よりも恐れていた。判断基準は全て「親が怒るかどうか」であり、それ以外はどうでもよかった。勉強をしていれば親は黙っていたか勉強した。反抗すれば物凄い勢いで罵られることは分かっていたから何も言わなかった。弱みや痛みを家では見せなくなった。相談もしなかった。自分意見を言うことを早々に諦め、親の顔色ばかり伺って過ごした。

真綿で首を絞められ続けるような生活だった。はたから見れば衣食住の不自由なく暮らし学費も出してもらい、みんな仲良く恵まれ家族に見えたことだろう。思えば、外面だけは異様に気にする親だった。親が嫌いだ、なんて誰に言っても分かってもらえないと思っていた。

大学生の時に転機が訪れ、鬱になった私は友人と当時の恋人の助けでなんとか立ち直った。完治したわけではないが。親は私を救わなかった。救ってくれたのは友人と恋人だった。そのことが、私の歪んだ認知を大きく変えた。

私は親から逃げようと決心した。

そして、就職を機に家を出た。職場関係上、実家のすぐ近くに居を構えることになったが、同じ家で暮らすよりは遥かに心が穏やかだ。時々の行動報告の電話と、実家への予告なしの拉致と、電話無視すると浴びせられる非難を除けば。ゆくゆくは、結婚などを通じて距離を離していこうと思っている。

親は必ずしも好きになる必要はないし、一緒にいなくてもいい。そんな簡単なことすら分からなくなるほど、毒親のかける呪いは深く濃い。

それでも、枷は外せる。

ゆっくり呪いを薄めていくこともできる。

毒親」という言葉の周辺を垣間見て、そんな気持ちになった。

2017-02-06

[]リゲイーン要塞の反乱

 攻めあぐねるモレツ帝国に対して、テイジー同盟有効な反撃ができているわけではなかった。

建前では彼らは全知的生命自由冬眠をもたらすことを国是としていたが、

赤道地帯の縦深を突破して、モレツ帝国の中枢に迫るだけの国力に欠けていたのだ。

 結果、宣伝工作によりモレツ人民の決起をうながすことや、

亡命者を受け入れることが活動の中心となる。

 皮肉にもゆいいつモレツ帝国転覆可能性があるのは、帝国赤道派遣軍の反乱であった。



 そして、リゲイーン赤道要塞で起こった反乱は未曾有の規模にふくれあがった。

その反乱はいつもと違って南方への移動中ではなく、

軍団要塞に赴任してから起こった。

 しかも、半年間動かなかった。彼らが何をしていたのかと言えば。



寝てた。



「本当に我が国亡命をしなくてよろしいのですか?」

 心配そうなテイジー同盟の軍使に反乱軍司令官は快活に答えた。

「一度冬眠して見たかったのだ。これで思い残すことはない」

 物心がついてから初めての冬眠経験した兵士たちは清々しい気持ちで北へ向かった。

半年間の待機にはテイジー同盟交渉して補給を受ける目的もあった。

 反乱軍司令官はテイジー同盟指導者たちが冬眠から覚めるのを待ったのだ。

だが、同盟指導者たちは密かに冬眠打破の薬を使っていた。

レツ帝国皇族が密かに冬眠を楽しんでいるがごとくである

 鏡の国において禁じられた行為が、それぞれ特権となるのであった。



 リゲイーン要塞反乱軍は三度までも討伐軍を打ち破り、

帝都に迫ったところで多方面から接近する敵軍に包囲された。

 彼らは一昼夜の奮闘の末に壊滅した。

テイジー同盟軍増田アースの反対側でおこなった助攻勢がもっと大規模であれば、

あるいは両国の間にある二つの接触点がもっと接近していれば、

違った結果が得られたかもしれない。

 壮士去って復た還らず。



http://anond.hatelabo.jp/20170205201049

http://anond.hatelabo.jp/20170206112455

保育園幼稚園の違い以前に、

赤ん坊から物心つく幼少期までにどれだけ親の愛情を実感できたか

がその後の人格形成に大きな影響を与えているようですよ。

無条件に自分は愛されている存在であるという確信を持てるかどうかがキモです。



保育園育ちで共働きだったり、片親の片働きでは、

親子が触れ合う時間専業主婦と比べたら圧倒的に減りますよね。

その結果、常に愛されているのか確信が持てず、不安におびえ情緒不安定になります


もちろん、専業主婦幼稚園育ちであっても母親性格問題があれば同じような子供が育ちます

2017-02-01

還暦過ぎた毒母が現役猛毒な件

私、アラフォー幼児の子供が二人。

実家は遠方の他府県。

実家毒母は、いまだに自分の考えを押し付ける。

の子育てに過干渉すぎて、「お母さんの言う通りにしなさい!」って言ってくるんだが、正直クソかと思うよ。

今うちの子が口答えする時期なんだけど、「口答えなんてアンタの育て方が悪いからでしょ‼︎保育園なんかに行かせるからだ‼︎」と、訳のわからないこと言い始めたぞ。

さっきも電話で、「お母さんのやり方が正しいから‼︎後悔するのアンタだからね‼︎」と、キチ全開だったぜ。

しばらく電話を着信拒否したいが、それすると毒母は遠方在住とはいアポ無しで人ン家に来る。(過去実証済)

毒母って治す方法あるの?

ちなみに「お母さんの言う通りに…‼︎」は、私が物心ついた時から言われ続けてきた言葉

私が失敗したら「ほら、お母さんの言う通りにしないから‼︎」。自力成功した事に対しても「お母さんのおかげよ‼︎」。病気になったら「健康管理できてないから‼︎」。

ドラマでもやってるけど、(見た事ないが)、「お母さん、娘をやめてもいいですか?」と、力一杯思っている。

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