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はてなキーワード: 物心とは

2024-10-31

anond:20241029192437

裏金問題は大して効いてないと思うんだけどな

勝った元民主党勢力クリーンだと思っているのなんて15年前に物心ついてなかったか盲目的な支持者だけでしょ

インフレとか、都会で米が買えなかったのに何もしなかったこととか、消費税益税が無くなったこととか、散々増税観測気球を上げたこととか、そういうののほうが効いてると思うのだけど

2024-10-30

ゆとり世代だがゆとり世代気質を語ってみる

勉強がどうだったかっていうのはあんまり意味がない。

おそらく一世代上より塾に行ってた人が多い世代から勉強時間は前の世代よりプラス可能性もある。

逆に部活動などを伸ばす人も増えてスポーツ業界の躍進はおそらくこのあたりにある。

社会に出てからの話だが、これだから若い子はと言われるのはいつの時代でも同じだと思う。

だがゆとり時代はその風当たりが大体「このゆとり世代が」という言葉と共にあった。

そしてゆとり世代迎合しよう、みたいなムードは一切なかった。Z世代は逆に「迎合しなければ!汗汗」みたいにオッサンたちが必死になっているがゆとりは「入ってくんな」レベルだった気がする。

上の世代は総じて「ゆとり世代」「平成生まれ(ギリ昭和〜っていうギャグを含む)」でくくってきたし、断絶をされた。

一世代上に関しては氷河期真っ只中で(ゆとりだって氷河期と言われる経済影響受けてるが)人が少ないし、少ない上に冷たい。下の世代に対して自己責任論がある気がする。

でもその世代本来もう一つ上の世代との架け橋になってほしい。

氷河期より上の世代はわりと面倒みがいい。けどセクハラパワハラがやばすぎて同じ人間とは思えない。宇宙人と喋ってる感覚になる。Z世代の後輩は「何を喋っているかからないんです」と言っていたが気持ちはわかる。

からこそ氷河期世代の「一つ上の世代と会話できるコミュ能力」が必要なのにひとがいない。そして現役バリバリなのに年上の部下を持つ管理職ゆとり世代。やりにくいが、やるしかない。そして病む。

氷河期世代の人はパワハラセクハラをする人はそんなに多くはないと思う。だから宇宙人ではなく人として接することができる。

でも「しない」だけで「拒否」しない。セクハラは甘んじて受け入れる。パワハラは耐えるしかないと思っている。

そこに強く「NO」を覚えるのがゆとり世代で、考えてみれば物心ついたときにはセクハラという言葉が生まれていて、家庭科教育も男女一緒にしていたし、男女共に遊ぶのも普通のことだった(どうやら氷河期世代は男女分かれるのが普通だったらしいね)。漫画アニメでも自然同性愛が描かれていたのでおそらくそのあたりの感覚も上の世代とは違う。

体罰はされた記憶はあるが、それが大問題になったりして、このあたりがゆとり教育根本にあったのではないかと思う。まともに育てば「まじで暴力無理」側の人間になったはずだ。

しか氷河期世代は「甘え」と取るだろう。まあ確かに上の世代比較したらメンタル弱いと思うわ、ゆとり

でもNOを覚えるのは同じ世代からその下であって、上の世代は一緒に戦ってはくれない。

氷河期世代は人が少ないと言ったが、それは「正社員で上がった人が少ない」という意味で、ゆとり世代少子化突入して「分母が少ない」。

少数で戦えばどうなるか?疲れる。

大勢の上世代に戦える人が少ない。それはきっとゆとり老害になったら年下から同じように言われるのだろうし、少子化弊害なのだろう。

まれから今まで景気が良かったこともないし頑張っても意味がないというムードはおそらくこういう部分にある。

ゆとり理想論の発展のなかに育ったと思う。若者は少ないか大事で夢を持って良くて男女平等である。そう教わって大人になったが、理想論の中の発展途上すぎて社会は何も変わってなくて、理想とは違いどこにも行けない閉塞感で絶望を感じ続けてきた。

まぁ自分観測範囲の話ではある。

ゆとりでも自由に羽ばたけた人もいるだろう。

世代論はある種、世界情勢や政治の中だけで見た場合シュミレーションというだけだ。

個を大事しろ教育ゆとりは教わったはずだから、ま、世代論はここまでです。

えっ、Z世代以下に何を思うかって?

ネットで顔出しすんの怖すぎ。

2024-10-25

公の場で自分おっぱい揉んで良いのかな

筋トレしてたら乳が現れた。

揉むと柔らかいが揉みごたえのある柔らかさ。

物心ついてから初めて触る女性おっぱいのあのガッカリ感を考えると、これこそが俺の求めていた感触だと言いたい。

 

さて、筋トレ後はこの乳をマッサージして疲労回復を促進させるのだが、これは人前でしても良いのだろうか。

そういえば女性自分の乳を公然と揉んでる姿を見たことが無い。

しかしそれはブラジャーのせいだろうし、自分は男なので揉んでても良いんじゃないか

また、女性は無闇に周囲の男性を誘惑してしまうので外で揉まないのかも知れない。

ただ、その意味では男の俺は問題いか

逃げたい

ちょっとした創作仕事にしている。

最近作家キャラクター性も売上に大きく影響しているし、宣伝も兼ねてXのアカウントとかで発言しなきゃと焦っているのに、それが本当にできない。

自己肯定感微塵もないのにプライド承認欲求がヤバすぎるんだと思う。何か発言していいねが少なかったらどうしようとか、他人の目を気にしすぎている。認めてもらえなかった時の不安が強すぎる。物心ついた頃から常に失敗に怯えている自覚はある。

 

自分とは別人格のつもりで作った捨て垢がいつの間にか仕事に繋がり数年が経った。仲良くはないが知り合いもそこそこ出来てしまって自分と切り分けが出来なくなってしまった。出来るだけ自我を出したくないけど、何かを演じたりも出来ない。

ここから逃げ出したいけどバイトすらまともにできない社不なので他で働ける気もしない。どうしたらいいかなあ。

anond:20241023124704

tikuwa_ore 何の話かさっぱりわからんが、物心ついたときからりぼんジャンプ読んでたし、特に偏見はないな。ワナビー的外れ批判は思いっきバカに笑い飛ばしてやればいい。それだけの話でしょ。何を被害者ぶってんだか。 増田 漫画 ジェンダー 繊細チンピラ

2024/10/24 リンク yellow

2024-10-24

日本漫画史上重要ギャグ漫画10選」書きたかったけど

そんな知識ないんで山上たつひこについてだけ書く。

突然だが、山上たつひこについて書く。

山上たつひことは誰だ。ギャグ漫画家だ。代表作は「がきデカ」。

なぜ急に山上たつひこについて書くのだ。

その直接のきっかけは

週刊少年チャンピオンマンガ10選(試案)」https://anond.hatelabo.jp/20241022172620

10選に「がきデカ」が入っていなかったからだ。

個人的には「がきデカ」はチャンピオン歴代漫画の中で「ドカベン」の次に重要マンガではないかと思う。

売上貢献的にも社会に与えたインパクト的にも、後進漫画家への影響でも、ブラックジャックより上じゃなかろうか。

まあそれはおいといて、悲しいのは「がきデカ」も山上たつひこも、若い人たちには知られていないことである

山上ギャグマンガ史の超重要人物である。「日本漫画史上重要ギャグマンガ10選」みたいな記事を作るなら、絶対入ってくる漫画であるしかし、令和の今においては、その功績に比べて、過小評価されているというか、全然知られていない気がして、この文章を書き残しておこうと思った。

なお、最初は本当に「日本漫画史上重要ギャグマンガ10選」を書こうと思ったけど、そんなに漫画のこと詳しくないんでやめた。詳しい人が書いてくれると嬉しい。とても読みたい。

さて、さっそく本題に入る。

山上たつひこは何をやった人なのか、なぜギャグマンガ史で重要なのか。

一言で言うと「漫画ボケツッコミを持ち込んだ人」である

これは単純にみえてすごい革命だった。

今の若い人は漫画ボケツッコミがあっても、なんも思わないでしょう。物心ついたときから漫画にはボケツッコミがあるから漫画ってそういうもんだと思っているから。でも、これって元をたどれば山上から始まっていることなのだ。

バカボン」とか読むとわかるんだけど、山上以前のギャグ漫画ってボケツッコミなんてないのよ。変な人が出てきて変なことをやるとか、なんかすごくシュール世界が繰り広げられてたりするのがギャグ漫画だった。

1972年山上が「喜劇思想大系」で初めて、ボケツッコミっていうシステム漫画に持ち込んだ。(ちなみに「喜劇思想大系」は山上ギャグ漫画デビュー作。それまではシリアス漫画を描いてた)

例えば、銀さんがぼけて、新八が「おいいっーーー!」て言ったり、ボーボボにビュティが突っ込んだり、ターちゃんにヂェーンが突っ込んだり……まあ、なんでもいいけど、こういうの基本的になかったのよ。こういうのの元が山上たつひこなんすよ。これ、すごくないすか。

山上ボケツッコミをどこから持ってきたかっていうと、これはもう明らかに吉本新喜劇をはじめとする、関西お笑いからだ。山上大阪育ちで関西の笑いに馴染みが深かったのである

それはともかく、山上漫画界にボケツッコミを持ち込んだら、すごい影響力があって、みんな真似した。というより、山上の真似であることも意識されないぐらい「ボケツッコミ」は浸透した。

山上の影響は非常に広範囲に及んでいる。例えば高橋留美子山上たつひこの影響を受けている漫画家の一人だ。がきデカを読んでから高橋作品ギャグシーンを読むと山上の影響がわかる。

一方で、「がきデカ」以降も、赤塚不二夫系統ボケツッコミ区分の薄い関東型のギャグ漫画もそれはそれで生き残っていた。「マカロニほうれん荘」なんかは関東よりのイメージだ。

追記:読み返してみたらマカロニほうれん荘結構、律儀につっこみ入れてた。だからこの記述無視してもらったほうがいいかも)

ギャグ漫画史を関東型と関西型のせめぎあい歴史として見るのも面白いと思っている。誰か詳しい人がいたら描いてほしい。

上記のとおり、山上が出てきてすぐに「ボケツッコミ」の天下になったわけではなくて、しばらくは南北朝時代みたいな感じだったんだけど、今ではギャグ漫画は圧倒的に「ボケツッコミ型」が多い。特に少年誌では。

これはうすた京介存在が大きいのかもしれないが、そのうすたも元をたどれば山上系譜である

もっとうすた京介が直接影響を受けたのは山上ではなく、ダウンタウンをはじめとするお笑い芸人なんだろうが)

今のギャグ漫画家は大体、山上の創始したボケツッコミ漫画をやっていて、山上チルドレンと言っても過言ではない。

もちろん、当の漫画家は山上なんて意識していないかもしれない。「がきデカ」なんて読んだことないという漫画家も多数いると思う。それでも、それらの漫画家が山上が作ったものの延長線上にいるということには変わりがない。

山上の作ったものフォロワーのもとで再生産され、世の中のスタンダードになる。そうすると、新しかった山上表現はありきたりなものになり、山上は忘れられていく。しかし、山上を知らない漫画家が作る漫画も、山上が切り開いた世界で作られた漫画だ。バッハを聞いたことがない作曲家バッハの影響を受けているのと同じことである

話が長くなったが、何が言いたいかというと、山上という漫画家がいたんだよということだ。別に山上尊敬しろとかはいわない(そもそも自分別に山上のこと尊敬してるとかではないし)。ただ、そういう漫画家がいたということを、なんとなく書き残しておきたくなっただけである

なお、これまで述べてきた通り、山上はすごい漫画なのだが、知名度がさほどでもないのは、山上自身漫画界と距離を取っていたことによるものだろう(長らく小説家に転身していた。最近たまに漫画も描く)。

こんなこと言っても詮無いことであるが、もし山上がずっと漫画を描き続けていたら、いまごろは永井豪みたいなレジェンド扱いだったんではないだろうか。

追記

・「本当に山上以前のギャグ漫画にはツッコミってないの?」

この疑問に答えるのは難しい。当たり前だが、この世の中の全部の漫画読んでいるわけじゃないし、特に昔の漫画については知らないことのほうが多い。

何をもってツッコミとみなすかについても、定義がないか主観的判断するしかないし。

細かく探せば、山上以前のギャグ漫画にも、ツッコミに見えるコマもあるんだろうとは思う。

ただ、それらは作品中に出てくる頻度がすごく少ないし、作者としては狙ってツッコミを描いたわけではないんじゃないかと思う。後世の我々から見たら、これはツッコミになっていると判断できるというだけなんではないだろうか。

意図的に「ボケツッコミ」をやり始めたのは山上で間違いないと思われる。

もっとも、今では名前の残っていないマイナー漫画家がやり始めて、それを山上が真似した可能性はある。

しかし、その場合でも世間への影響度からみて、「ボケツッコミ漫画」の創始者山上と言ってよいのではないか

・この文章を読んで「ボケツッコミ型」のギャグ漫画のほうが面白い、とか新しいとか、私が主張しているのだと思われた方がいるなら、それは否定しておく。そんな意図はない。

ツッコミのあるなしに関係なく、面白いギャグ漫画はいっぱいある。「伝染るんです。」や「稲中卓球部」をはじめツッコミほとんどないギャグ漫画にも面白いものはたくさんある。

・今ではギャグ漫画は圧倒的に「ボケツッコミ型」が多い。特に少年誌では。

この書き方はおかしかったかもしれない。「ボケツッコミ型」が多いのはあくま少年誌であって、青年誌少女漫画を見れば、昔から今までずっと「ボケツッコミ型」じゃない漫画のほうが多い気がする。

2024-10-18

アイコンを大サイズで見たら思ってた絵と違ったブクマカ

男性寿命を伸ばすこと、

物心ついたら子宮移植すること、

相撲で全てを解決すること

を主張してるブクマカの人、可愛らしい女の子アイコンだと思ってた

ホーム画面で大きいサイズアイコンを見たら思ってたのと違ってホラーだった

多分他にもこういうケースあるでしょ?

2024-10-17

床オナ大好き増田さん

アラサー恋愛経験なしの身で、幼少期から毎日時間は床オナに費やしてる。

かに風俗に行ったときあんまり気持ちよくはなかったので危機感は覚えたけど、どうせ相手もいないと開き直って現在に至る。

彼女も今後出来そうにないのでデメリットはないかなと思いつつ、生身の女性とのセックスを諦めきれないと節もあるのは事実

でも結局床オナの気持ち良さには勝てないだろうし、各種アダルトコンテンツの「気持ちいいセックス」なんてフィクション産物だろうと薄々感づいてる。

物心ついた頃から続けていることをやめられそうにないし潔く諦めた方がいいんだろうけど、それでも生身の女体の温もりを求めてしまう性欲が憎い!!!

無知であること

物心つく前に両親が離婚した。

父は養育費を払ってくれない人で、母と二人でずっと経済的に苦しい生活をしてきた。

加えて、母は精神疾患を患い、お金がないこともあって人付き合いとか全然できなくて

外食なんてほとんどしたことがない。

友人と軽くランチとか気軽な晩御飯とかだけ。

から、この間の会社飲み会での焼き肉なんて、

十数年ぶり…子供記憶がないころ以来の焼き肉だったんだよ。

から立ち回りもわからなくて。

たから見たら何もしないだめな大人に見えるんだろうな。

母がなくなり、独り身になって、

まぁ一応経済的な余裕が少しずつ出てきた。

だけど、経済的問題クリアしたところで、一緒に遊んでくれるような、外食をしてくれるような友人はいなくて。

若いころにできなかったことを今!みたいなこともできなくて。

この間の飲み会、恥ずかしかった…

こちなかったと思う。もしかしたら楽しくなさそうに見えたかもしれない。

違うんだよ。

あぁ言う場が嫌いなわけじゃない。

でも、自分の生い立ちなんて話せる間柄でもないし

話したところで空気が重くなるのも嫌だし。

からって、いい年して焼き肉初めてなんだーといえる勇気もなくて。

どうしても「恥ずかしい」が先に来てしまって。

恥を忍んで、頑張って飲み会に参加して少しずつ覚えていくしかないんだと思ってるけど

その間に、会社の人たちに呆れられそうで変な奴と思われそうで

好きな人がいるんだよ

でもその人、こんな私みたいな態度の人のこと幻滅しそうな性格してるから

もう挽回は難しそうで

なんで、発展途上の今の段階で出会ってしまったのかなぁ…

まぁ…その人と出会たからこんなことを気にするようになったともいえるんだけど

だんだん、私の人となりが知られていくたびに距離ができてきてしまってるような…?

幻滅されてる…?って、悲しい。

縁がないってことなのかな。

普通の人が普通経験してきたことを経験してない自分が情けないし、

脈がどんどんなくなってく現状も悲しいし。

こんなことな飲み会なんか行くんじゃなかったか

でも、行かないと覚えられないしな

何もせず過ごしてきた時間が長すぎて、とりもどすのがしんどい

2024-10-16

物心ついた時から18年くらいは引きこもりだったが、社会人になる前に脱出できてよかった

2024-10-13

仇を恩で報ずる

当方中年男性

もう良い歳だしリアルで話をする場もないので匿名日記に吐き出してみる。

吐露目的駄文です。

物心ついた頃から両親は仲が悪く毎日喧嘩→そのストレス子供(俺)に当たり散らす、という環境だった。

小学校低学年までは八つ当たりと気付かず自分が悪いと思って怒鳴られたり引っ叩かれる度に泣いて謝っていた。

両親とも世間からは真面目で良い人と見られていた。が、家庭内では真逆というアレ。

父は親父(俺の祖父)が家庭内暴力を振るっていて嫌だったか自分絶対にやらないと誓っていて母にも直接手を上げたことは多分無い。その代わり暴言がひどく超えてはいけないライン(母を罵倒する際にその血筋まで否定するとか)を簡単に超えてくるのである意味暴力以上だったと思う。

母はヒステリーがすごく、普段からドアをものすごい音で閉めたり粗暴さが目立った。すぐ激昂し、物を叩きつけたり皿を投げたり、俺は何かあるとすぐ引っ叩かれた。暴力は手っ取り早く子供を黙らせることができる上に自分ストレスも解消できるということに気付いてしまったんだろうね。癖になってたと思う。母は口も悪くて本当に性格が悪いなと子供ながらに思っていたが、今にして思えば何かの病気だったんだと思う。ノイローゼというか。感情を抑えられなくなるやつ。

小3の頃、友達の家でその家族とお昼ごはんを食べた。

友達食事中にふざけたとき自分は反射的にビクっとなった。友達の親がブチギレると思ったから。

しかしコラっと注意されるだけでさして怒られず、お父さん・お母さん・妹さんも皆笑顔食卓を囲んでいるのを目の当たりにして衝撃を受けた。

うちだったら許されない。食事中に会話自体NGだ。「今日こんなことがあって〜」なんて話をすれば父から「うるせえ!」と怒鳴られるか母から無言で睨まれるかの二択。子供は黙って食え、親に感謝しろ、これがルール食卓光景と言えば父が聞く野球中継ラジオの音、それに対する父の罵声、それを見下すような目で横目に見る母。緊張感の中でコメを噛んでると砂みたいな味がするんだよな。味がしないというのかな。また食事中に水を飲むことも禁止されていがのが地味にきつかった。禁止する理由は「料理を水で流し込むのは作った人(母)に失礼だから」(母談)。意味がわからねえ。どんだけ性悪説なのか。

そんなわけで友人宅の食卓の明るい感じに驚き、同時に自分の家に疑問が生じ始めた。

後日その友達がうちに遊びにきた。

親共働きで不在だったので子供のみ。二人で座ってゲームをしていたが、そこに母が帰ってきた。

友達が若干緊張気味にお邪魔してますと言った側を「どけ!!」と罵声を浴びせて通り過ぎる母。

いきなり怒鳴られた友達顔面蒼白に。

申し訳なさと恥ずかしさで居てもたってもいられず外にいこうと言う俺。

その後もその友達とは親交が続いたが二度と俺の家にくることはなかった。

この件から俺は母に反抗しはじめた。おかしいと思ったらおかしいと言ったし、いつも食らってたビンタも落ち着いて見れば避けられることに気付き躱すようになった。ビンタを食らったときの頬骨の振動音とか目の前がブラックアウトする感じに耐えていたのがアホらしい。自分が悪いと思ってたからね。最初から避けてればよかった。

俺が生意気になったということで母の怒りゲージは数段上がって毎日さらに不機嫌に。

そして母があることないこと父に吹き込みそれを信じた父は問答無用で俺に「出ていけ!」ばかり言うように。それを無視していたら友達の親を悪く言い始め俺がブチ切れ。

そんな毎日の中、近所の人が通報したのか警官が来たこともあった。母がブチ切れて俺を警官自転車に無理やり乗せて「捕まえてもらう!!」とギャオった結果、警官のお兄さんがドン引き。あのひきつった顔は忘れられない。以降警官はこなくなった。

毎日これではさすがに身がもたない。

家庭の中で生きる術として、感情を無にすることに行き着いた。

怒鳴られても詰られても怒りで返さないし凹みもしない。とにかく反応しないこと。空気になること。

これがいちばんエネルギーを食わずに日々を過ごせる。

でも心の奥底に毒は溜まっていたんだろうね。

学校いじめっ子に標的にされ小突かれ始めたとき、毒の放出でとんでもないキレ方をしてその子ドン引きさせたりした。

日々蓄積した怒りを一瞬で解放するとすごい。向こうは子供のおふざけだがこっちは殺し合いスタート覚悟から。対・大人用の怒りだからしかしこの件が教師問題視され、親子面談→母が俺の悪口をあることないこと言う→教師「お前を叩き直す(使命感)」となり、俺の言うことは担任教師に信用されなくなった。いじめっ子調子に乗ってくるし中々しんどかったが、給食が食えるからいか...と開き直った。

中学生になり一転勉強するようになった。勉強は覚えたこと・考えたことを平等評価されるのが良かった。合ってるか間違ってるかが焦点で「お前の◯◯が気に入らないから減点」「今日は気分が良く無いかバツ」とかないのが良い。

から中学を出たら働け、調子に乗るな、自分で稼げとよく言われていた。

正直家を出たかったが何とか大学まで行った方がその後の人生プラスだと思った。

奨学金存在を知らなかったので親に金を出してもらうしか無いと思っていた。

しかしこれまでの経験上なにかをお願いすると調子にのるなと拒否られる。

そこで閃いたのが「普通の家はみんな子供高校に行っている」と言うことだった。

両親は世間体を何より気にするので普通という言葉に弱いことを知っていた。

それを利用するのは下衆、そしてさすがに小賢しいよな...と思ったがこれは両親にめちゃくちゃ効いた。

以降いっさい中学出たら働けを言われなくなった。

それから多少賢いとこに進学し社会に出て一人暮らしをはじめた。

周りは「親のありがたみがわかった」と言っていた。

俺は「一人のありがたみがわかった」と思った。

いきなり怒鳴られたり威嚇されることもない。自分のことを自分でやるだけで生活が成り立つ。こんな楽なことある

両親には産んでもらったこと、経済的な面で支えてもらったことを感謝している。

両親の不仲、子供への当たり方も悪気ではなく、そうしたくないのにそうなってしまっていたのかもしれない。

でもあの子時代はもう二度とやりたくないよ。大人自分でもメンタルがもたないと思う。

仕事で同僚の子時代を聞くと皆温かい時代を過ごしているんだよね。

それに何の疑いも持っていない。

から当然自分も家庭を持ちたいと言う。

俺も結婚はして普通人ぽく振る舞ってるけど心の奥底に毒が残ってるのを感じる。

ふとしたときに父のような度を越した暴言を吐きそうになったり、母のような感情のタガが壊れた言動に走りそうになって意識的に抑えてる。結構強烈な衝動。これをどう昇華させるか。

ネット自分と同じような経験をしている人は親への恨みつらみにかられ、介護の段階でやりかえしてやるなんて意見が少なくなかった。自分もその気持ちはとてもよくわかる。が子供時代に"子供"をやれなかったこと、他人を信用できなくなったこと、寂しいという感情がなくなったこと(これは利点もある)...それって親のせいも結構割合あるだろう?と言ってやりたいのだけど、俺は恩で反すことにした。

両親が憧れていたであろう、でも手が届かずぶつくさ言っていたものプレゼントした。

とても驚かれた。

両親の態度は一変した。

それからお互いに感謝のやりとりをするようになった。

子供の頃、毎日いるだけで苦痛だった実家。毎朝親の顔を見るだけで心臓がキュッとなった。自分が家にいて親が帰ってくるときドアの鍵音でビクっとなる感じ。

あれらが嘘のように過去になった。

正直心の毒はまだ残ってはいるが、恨みつらみのやり返しを選ばなくて本当に良かったと思う。

2024-10-11

嫌いという感情DNAに刻まれてる

気がする。

嫌いな生き物がいる。名前を書くのも憚られるほど嫌い。

文字で見るだけで吐きそうになる。

映像画像で見るだけで大声で叫びそうになる。

その生き物(Aとする)は、物心ついた時から本当に嫌いで、Aを取り扱った絵本などを見て大泣きしていた記憶がある。

理科教科書には写真が載っていて、そのページをホッチキスで止めて絶対視界に入らないようにしていた。

生存的?生物的?本能的?な拒否反応があると思っている。

DNAに畏怖の対象として刻まれているんじゃないだろうか。恐怖症と言っていい。


赤ん坊蜘蛛や蛇を怖がるのは遺伝である、という話がある。いわゆる恐怖実験

先祖が、蜘蛛や蛇などを脅威と見做していたため、遺伝子に情報が刻まれているという話。


蜘蛛や蛇はよく聞くけど、A恐怖症というものがこの世に存在するのか知らない。

Aが嫌い、という人はたまにいるが、恐怖症レベルまで嫌いな人はあまり知らない。

調べたらいるレベルだとは思う。

世間的な嫌われ度でいうと、Aも蜘蛛も大差はないかもしれない。


自分で調べたいのだが、Aという単語を調べて画像が出てきてしまったら気絶するかもしれないし、脳裏画像が焼き付いてしばらく吐き気がするかもしれない。

Aをうっかり見てしまったら、フラッシュバックのように頭に画像が浮かび続け、とんでもないストレスを被るのだ。

正直この文章を打ちながら、何度かAを想像してしまっている…。

うわーーーっと叫んだり、手をブンブン振ったりして想像を掻き消しながら打っている。

これ以上書きたくないな もうやめよ


誰かA恐怖症とその原因について詳しく調べて、Aという言葉を出さずに詳細を教えてほしい。

2024-10-10

anond:20241010112929

物心付いた時に名前への怨みが増してアークたんじぇんとになってしま

2024-10-09

anond:20241009165558

自分物心ついた時からずっと乳児の泣き声が苦手です。でも乳児を苦手というと人間ではないかのような扱いを受けるので大変生きにくいです…😦

耳栓ワイヤレスヘッドホン自衛しながら生活しています

時間が短い

私の父親には重い持病がある。私が生まれる前に発症したもので、とても厳しい食事制限をしなければならない難病だ。幼かった時の私は、物心つくころにはぼんやりとその病気のことをわかっていたが、自分父親を違う人間として区別するほど重く理解してはいなかった。

父親が、会社のことや病気のこと、自分自身のことをよく話してくれる親だったからというのもあるだろうが、ことの大きさをしっかりと理解できるようになったのは中学高校くらいだったと思う。

毎朝、パッと見ただけでは数え切れないほどの薬を飲み、ゼリー果物だけを食べて出勤する。外食する時も、旅行に行く時も、家と同じように自分だけ専用のパックごはんを食べる。運動部だった私の1/3にも満たない量のおかずを皿に盛って共に夕飯を食べる。休日の朝食や昼食を抜くのは当たり前で、代わりに夜には一緒に外食に行ってくれた。

ある日、父親食事記録を見た。自分が生まれる前から、毎食食事感想と、成分の数値の記録が1日も欠けることなく書き連ねられていた。

ある日から、毎朝決まった時間ウォーキングストレッチを日々の日課に加えた。足に巻いていく重りはずっと重さを変えてないと言っていた。

全て、この人が今まで生きてこれた理由なんだろうなと突然思った。

そして大学生になって、治療法が次の段階に進んで、「あ、これから時間父親と別れるまでの時間なんだ」と気づいた。

終わりが決まっていない時間がどれだけ尊いものだったかをその時知った。もっと父親としておくべきだったことを、限りある残りの時間を思いながら、今悔やんでいる。

昔、自分死ぬということがとても怖かったが、今になってより正確に言うなら「いなくなる」ことが怖いのだと思う。

父親はよく「自分は早く死ぬから、お前が母さんの面倒を見るんだよ」と言った。幼い時にはぼんやりと、今もまだ曖昧なまま「そんなこと言わないでくれよ」と祈るように思っている。いなくならないでほしい。ずっとそばにいてほしい。親離れが出来ないことを恥じることができない。自分は離れることに慣れたいと思えないから。

の子供達はどうやって親を離れて大人になるのだろうかと不思議に思う。自分のような関わり方とは対極にあるような親子なら、離れて行くことになんの躊躇いも抱かないのだろうか。世界でたった2人しかいない、自分出会うために生きてくれた人に、依存しない人生自分想像ができない。

2024-10-07

アラサー非モテと床オナと

アラサー発達障害持ちで恋愛は未経験の身です。

大学に入って好きな人はいたけどキモいアプローチをしただけで何もできず。 就職後にソープ童貞は捨て、その後何回か行ったけど、物心ついた頃からやっている床オナのせいでいまいち気持ちよくなれなかった。

そもそも前述の「好きになった人」は「ヤりたい」を取り違えてたうえ、例えヤれてたとしても床オナのせいで期待できる結果にはならなかっただろうと今なら確信してる。

恋愛セックスへの興味が完全に無くなったわけではないけど、いかにも面倒でハードルの高そうな清潔感やら経験の積み重ねやらをしたところで手に入るのが床オナ以下の快楽と思うと一気に冷めてしまった。

恋愛に関するコミュニケーションなんて発達障害持ちのコミュ障には苦痛なだけだろうし、上手く交際までいってもその辛い努力を延々と続けないといけないと思うと、自分にはまるで向いていないのでは?とは常々感じてる。

たぶんこれは自分以外のの非モテにもいえるかもしれないけど、コミュニケーション最上位たる恋愛を何かしら問題を抱えてる人がやるのは誰も幸せにならないのでは?

今は1日数時間を床オナに費やすくらいのポルノ・床オナ中毒で、異性に慣れるために努力したり傷ついたりするのも嫌なので妄想と床オナに生きるのもアリかなと思ってはいる。

おそらくやるべきことは「床オナを辞めてセフレを作るか風俗に通えるようになる。」がベストなんだろうと自覚してるし、先日友達から「確定ではないけど、女性を紹介できるかもしれない」と言っていたけど、いずれも面倒だなという気持ちが勝つ。

ただ、それでも今の自分の思ってることは酸っぱい葡萄なのかもしれないし、恋愛から逃げたことで後悔するかもしれないのが怖い。

自分で決めるしかないことだとは承知の上だけど、何をどうすればいいのかさえ分からん

2024-10-06

母親虐待されてたときの思い出

先日パワハラ上司罵倒されながら、「あ、幼少期の頃もこんな感じだったな」

と色々幼少期を振り返っていた。

物心ついたときからそういう扱いだったためか、虐待をされてもそれなりに冷静だった。

外傷を負うレベル虐待が少なかったのもあるけど。

おねしょで汚した布団と一緒にトイレに閉じ込められたときも、

保育園くらいの子どもなんだからおねしょくらいするだろ、くらいに考えてた。

基本的理不尽なことで怒られてるのは理解してたので、言葉では謝りつつも心の中はそうではなかった。

それよりは喉の渇きと飢えをどうするか、あの小窓から抜け出せるだろうか、そんなことを考えてた。

腐りかけてネトネトになった飯を食べて飢えを満たしたり、罵倒暴力から逃れるためにテーブルやら椅子やらでバリケードを作ったり…

とにかく一生懸命だったと思う。

成長期になり、身体が発達してくると暴力は減っていった。

やっぱり肉体的な優位性は大切だな、と思い、筋トレを始めた。今でも続いてるのだからそこは感謝かもしれない。

異性に対する不信こそあるが、恐怖がそこまでないのは何だかんだ肉体的な優位性があるからだろう。

そして目の前の上司より圧倒的にガタイは良い。だから精神的な余裕がある。同じことだ。

10/5

私の父親はめちゃくちゃ変な人で、私はよく自分の知り合いにその話をよくする 笑い話として

どう変なのかは長くなるからここには書かない

けど、話を聞いた人が全員私の父親のことを「イカれてる」とか「面白い」って言ってるから多分客観的に見ても本当に変な人なんだとは思う


こないだ知り合いの男性にその話をしたところ、共通の知人にその話が伝わって

そしたら、「〇〇さんのお父さん変わってますよね、実は俺の父親もヤバくて……」みたいな感じでその人に話しかけられて

え、そうなんですか〜って結構テンション上がってしまって

なんでかと言うと、物心ついたときから変わり者な父親に振り回されてきて、それを周りの人と比較することで少し寂しい気持ちがあったか

ちょっとシンパシーみたいなものを感じてしまったんだよね

それで、その人の話をよくよく聞くと、

その人の父親も確かに変な人ではあるんだけど、どちらかというと毒親に近くて

口答えすると殴られた、勉強しないと怒鳴られる、家に遊びに来た友達を殴った、とか

そういう、笑い話のレベルではない昔話をその人に延々と聞かされた

話を聞いている途中から「私のお父さんとはタイプの違う人だな」と思い始めて

その人は昔のエピソードトークを嬉々として語ってくるんだけど

なんか変なスイッチ押しちゃったな……って私はちょっと申し訳なく思いながら聞いてた


それで、最後に「俺は子供まれたら絶対虐待ちゃうから結婚したくない。〇〇さんも子供まれたら殴るでしょ?お父さんみたいにw」

みたいなこと言われた瞬間にめちゃくちゃムカついて

「いや、うちのお父さんは優しかったし私はそんなことしないですよ」って早口で返してしまって

そこからその人とちょっとした口論になった



私もスルーすればよかったものを…と思う気持ちもあるけど、その人の言葉の節々から「お前の父親も俺の親父と同じ嫌な奴なんだろ?」というニュアンスが伝わってきてたか

それを受け入れるのは嫌だな、と思ったか咄嗟に言い返した

言い返したときに、私って結構お父さんのこと好きなんだなと初めて自覚した

かに人のこと殴ることもあるけどそれは余程の理由があってのことだし よく怒るけどよく笑うし 他人には優しいし やること全部豪快だけどみっともないことは絶対しないし


エピソードだけ聞いて家の中での態度とか私との関係性を勝手邪推して馬鹿にするって最悪でしょ

お前のダサい父親と一緒にすんなよ

2024-10-05

男児なんて、8歳くらいにならなきゃ物心なんて付かない。それを5~6歳でも性的な目で見ると思う女性は、無知経験無さ過ぎ。

男児母親は我が子を守るために堂々としてろ。育児経験のない女性の目を気にする事ない。社会性が無く我儘なだけ。

もう…社会風紀を若い女性中心にするの止めない?

若い夫婦を中心にしないから、こういう異常なポスト賞賛が集まるんだよ。女の我儘は、過ぎてしまえば別の我儘になるだけ。

どうしても嫌なら、独身女性しか入れない会員制のスーパー銭湯でも作れば良い。庶民の娯楽に過度のサービス要求するな

2024-10-04

北朝鮮に生まれたら物心つく前に死んでおくのが良い

やめときあんなとこ

2024-10-02

anond:20241001181121

“次の妊娠医師から真剣に止められている”

これは、増田の命に危険が及ぶからなのではないの?

あなたの命を大切にしてほしいし、お子さんも大切にしてあげてほしい。

早くに親を失った子は愛着障害になりやすいことが知られているよ。

“肉親の早すぎる死や別離は、絶対的な不在であり、結果的にはネグレクトと同じ効果が生じてしまう。母親がどんなに愛情深い人だったとしても、亡くなってしまえば、髪の一つもといてやることができないかである物心ついてから死別別離は、この世の関わりの儚さや非永続性というものを、子どもの心に刻みこむことになる。それは、持続的な愛情である愛着を育む上では、ダメージ以外の何物でもない。幼いうちに、肉親と死に別れた人は、回避愛着の傾向を示しやすい。”

回避性愛障害〜絆が希薄な人たち〜」より

2024-09-29

母親を見てると、昭和平成を生きた女がどれだけ「ぬくぬく生きてる怠け者」かわかる

タイトルは半分釣り。刺さっちまった昭和平成を生きた女性申し訳ない。娘息子が居るなら、ちょっとだけ子育てについて顧みて反省したら、クソガキを育て上げたor育ててる自分を誇ってほしい。マジでめちゃくちゃ誇ってほしい。クソガキを育て上げるだけですごい。とんでもないストレスと、いらだちと、肉体的負担。全部キツイ。それでもあきらめないし、多少怠けたとしてもずっとじゃない。尊敬に値することでしかない。

父親もっと頑張れ。関心を持て。何が起きてるか把握するのはもちろん、時には母親に異を唱えられるようになれ。任せるな。無関心はクズへの加担でしかない。私もこれから、お前らに必ず、必ず追いつく。大いに顧みて反省する。最善を尽くす。母親反面教師に、父親教師に、そして反面教師にして、必ず追いついてやる。覚悟しろ、追い抜かれるな。私ごとき絶対追い抜かれるなよ。

ただし私の母親を除く。お前は一生霞だけ食って辛うじて生きてろ。

まぁーーーーークソ以下のカス野郎だわ、私の母親。コレを認めるのに、自分の子供ができるまでわからなかった。やっと呪いが解けた気がする。ぼんやり子育てには色んな苦労があるんだろう」で許してた部分があった。違った、アイツがクソでカス畜生なだけだった。家庭って大変で、決して良いものじゃない、って思ってた。大変だけど、決して良いものじゃないけど、あんゴミカスじゃなければ有り余る充実があるってわかった。

一言で集約すると、「自分絶対正しいと思ってるやつは頑張ろうが何しようが最低最悪のクズ」だ。そして私の母親は、「自分絶対正しいとは思ってない、よって自分の正しさを疑える私は絶対に正しい」という2重のドクズだった。

具体例として、兄と私の不仲。兄は私の幼少期からずっと私の悪口を言っていた。私が物心ついたときからから、おそらく一生だろう。私が怒るたびに母親は「やり返したら同レベルだ!」と私を叱っていた。兄を叱っていた記憶など、たったの1回、家族で出かけたとき公衆面前で私の悪口を言ったときくらいだ。そのとき兄は「俺が悪いのかよ!」と叫んで何処かへ行ってしまった。母親はめちゃくちゃ憔悴して、駅員に泣きながら「息子が何処かへ行ってしまったんです!!!!」と泣きついていたことをよく覚えている。私としては「いつもの兄の悪口ね、反応したら私が悪者になってさんざん叱られるやつね」程度だったので、ちょっと叱られたくらいでびーびー泣き出す兄と、びーびー泣いて憔悴する母親に面食らったのを覚えてる。

やがて、私が中学生になって腕力でも兄と同程度になったら、当然ながら暴力沙汰になる。当然、叱られるのは私だ。「何言われても先に手を出した方が悪い!」だ。なお、手を出さずに口で応戦しても「反応するからエスカレートするんだ、お前が悪い」だ。こちらとしても収まりがつかないから「なんでお前は悪口言ったほうを一切叱らず俺を叱る、それで喧嘩が収まると思ってんのか」みたいなことを言うんだが、母親は「お前って言うな!」「(お前って言ってなければ)兄を叱ってなんとかなると思ってんのか!」と怒鳴って終わりだ。あとは一切無視悪口問題なく、悪口に反応するのは最悪だが、母親をお前というのはさらなる一切皆悪の大罪らしい。それ以来、ずっと兄の悪口にしびれを切らすたびに「お前の過剰反応だ」「被害妄想」「悲撃のヒロイン症候群」「キチガイ」「社会通用しない」など、兄を叱る言葉など一つもなく、言われた私の対応が悪いと言い続けていた。私が先に暴力をふるったら「先に手を出したお前が悪い」、兄が先に暴力を振るったら「手を出させたお前が悪い」。手を出さずに母親にうったえても「お前に悪いところは無かったのか!」と言われ、黙ったら「ほらみろお前が悪い」、マジで何もなくても「自惚れんな!」と怒鳴って、お前の悪いところを自覚していないお前が悪い、で終わり。一番記憶に残ってるのは、母親がいるときにもずっと悪口言ってる兄がいて、悪口ヘラヘラ笑ってる母親イライラピークに母親に対して「ずっと悪口言ってるんだけど何も叱らんのか」と母親にいったとき、「からかってるだけだからwwwwwwwww」ってヘラヘラ笑い続けて、兄は好き放題悪口言うチャンスとばかりに堂々と大声でクソみたいなことを雪崩のように言い続け、それの合いの手を入れるように母親は「からかってるだけだからwwwwwwwww」「からかってるだけだからwwwwwwwww」と繰り返したやつ。あまりにも悔しくてその場を離れたんだけど、しばらくして母親が追いかけてきて「そうやって逃げれば済むと思ってる」「悲撃のヒロインヒーローですね、あーカワイカワイソ」」「お前だけが被害者だと思うな」などと言い放ってきたこと。

そして高校生とき浪人生の兄がいつも通り悪口を言い続けていた。私は一切を無視していたが、疑問形の嫌味を言われたときに「はいはい」と適当に流した瞬間、母親は「今のは悪意で言ったんじゃない!お前の過剰反応だ!」と私に怒鳴りつけた。

もう面倒くさいからいいや。とにかくクソな扱いを受けてたんですよ。あのゴミに。

で、最近子供が生まれて、一応義理はあるから報告とかしたんですね。そしたら「なんで◯◯(筆者)は私(母親)を嫌うんだ」みたいなことを言ってきたんですよ。端的に「一生悪口言ってる兄にノーペナルティ悪口言わせ続けた人が何いってんの?」って返したら、マジでキョトンとした顔で「悪口言ったら叱ってたよ?家族で出かけたときとか、すごく理不尽なこと言ってたから」と言ってきた。

あれだけ「悪口に反応するな」「反応するお前が悪い」「反応しなくてもお前が悪い」「悪口言われたお前が悪い」を続けてても、何も記憶に残っていないのだ。記憶に残ってるのは、兄をたったの1回まともに叱ったら、泣きたくなるほど憔悴してしまった、だけ。私がどれだけ涙ながらに訴えても無視、むしろ叱り続けていた母親が、だ。

もはや記憶には「私は正しい」の5文字しか残っていないのだ。私は正しいから、悪口を叱っていた。悪口って悪い発言のことでしょ?悪いんだから、正しい私は叱ってたよ。私は正しいから。ほら、家族で出かけたときとか!でしかない。家族で出かけたときにお前が叱ったのは、周りに人がいたからだよ。言われたほうを叱ったら道理が通らない、なんてことを考える脳があるから兄を叱ったんだろ。で、兄を叱ったことなんてないから、今まで叱られたことのないなんてことのない悪口で怒られて、びっくりして泣いちゃってどっか行ったんだろ、兄は。今まで叱ってなかったから、クソカス脳内での「すごく理不尽なこと」を言っても悪口を言ってるっていう気じゃなかったんだろ、兄は。だから「俺が悪いのかよー!」って泣いちゃったんだよね。で、叱ったことなんてないからびっくりした兄をみて憔悴しちゃったんだろ。いつも叱ってた私がどっか行って泣いちゃったらヘラヘラ笑いながら追い打ちをかけてたのにね。周りに人が居るから悪口言われたほうが悪いと言えない、なんて考える脳があるのに。そして、兄を叱るのは本当に辛かったんだろうね。たったの1回叱ったことをいつまでも覚えてて、20年間悪口言われたほうを叱ってて言ったほうをノーペナにしてたことを一切覚えてない。「今から10万人の黒人と、1人の巨乳ブロンドを◯す」の案件

思い出すだけで疲れるが、これを断捨離しないと進めない気がするから全部吐き出していく。呪詛でも文句でもなんでもブクマなりトラバなりしてください。誰かに見られたという証拠が私の救い?赦し?わからんけど、それになる。

で、上記を全部直接吐き出したあとの極め付き。「増田を傷つけてしまたこと、謝っても意味がないとわかってるけど、謝ります。本当にごめんなさい」だ。違うんだよな、私を傷つけたことに怒ってるんじゃなくて、お前の不正義に怒ってるんだよ。兄を一切ノーペナルティしたことを怒ってるんだよ。私ごときいくら傷ついてもいいんだよ。お前が!!クズ!!!野放しにして!!!好き放題させたことを!!!怒ってるの!!!で、お前が正しいことをしていた面してんのがおかしいって言ってんの。私なんて脆い人間なんだから勝手に傷つくし勝手に復活するの。お前が及ぼせる影響なんてたったの二十数年分。クソほどデカいけど、お前ごときカスクズゴミクソカスに傷つけられたからって怒るけど、こんな激しくないよ。親子の義理だよ、お前は!!人間として!!!どうしようもないカス!!!人間性が終わってるんだよ!!!決して、頭が良くないから間違えた行動をしてしまった、では済まないカスクソゴミクズなんだって

まー、自称お局様にいじめられたから働けなくなった、私に言い続けた「社会通用しない」人でしかないし、祖母からも「頭悪いなりに頑張ってるから許してあげて」なんてなんの脈絡もなく言われるくらい先回りして問題解決してもらってたのに感謝反省もないカスから、本当に甘やかされておままごとだけで社会を知った気になって「私が嫌われるのは正しいことをしてるから!」なんて日蓮畜生マネごとまでしちゃって、日蓮正宗に破門されたような南無南無も一所懸命で。

ぬくぬく生きてる怠け者なんだな、と。飲み込んだので。飲み込んだ!!!!!!飲み込んだ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!恨みつらみ終わり!!!!!!!!!!!!!!!


明日からまた頑張ります

出身地」に関する法律を作るべきではないか

世の中当たり前に「出身地」って使っているが、定義曖昧すぎるだろ。出生地出身地って思って使っている人もいるし。

物心つかない頃に住んでいた場所出身地とするのもおかしいし、働けるようになった年齢で住んでいた場所出身地とするのもおかしい。

小学校中学校の時に住んでいた住所を出身地と定めると法律を定めるべきだと思う。

もちろん転勤族とかで複数場所に住んでいた人もいるから、上限3で任意に選ぶとかにすればいいと思う。

anond:20240929124524

物心ついてからずっと床オナはすごいな…。

もう矯正不可じゃない?

anond:20240929110911

俺を抱卵してた生き物は俺の育ちには関係ないよ

物心ついたときには父と兄と猫しか家に居なかったか

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