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はてなキーワード: 一般人とは

2016-08-26

Youtuberアイドルには廃止せねばならない共通点がある

小学生の将来の夢の第三位Youtuberになるほどネットタレント生活に馴染んできた。

いま世の中にいるYoutuberの大半を快く思っていないが、一応嫌いな理由が言える程には見るようにしている。で、だ。

僕はそこまで見てとあることに気がついた。「Youtuberアイドル文化には同じクソなところがある」ということ。

簡潔に言ってしまおう、「人が多すぎるので一発当てようととにかく過激になる」である

やはり先駆者は強い。Youtuber先駆者は安定して綺麗な動画で食っていけるが、大学生がその場のノリで開設したようなの(僕が嫌いなタイプ)はとにかく過激なことをする。

人の髪の毛勝手に切ったり、ゲームデータ勝手飛ばしたり、一般人迷惑をかけても家をめちゃくちゃにしても、なんでもいいんだ。一発当てるためだから。

アイドルでも同じ事が言える。ファンとやたら近くなったり、やたらスカートを短くしたり、変に景気アップに絡んだり、下ネタを言わせまくったり、失礼な態度を取らせまくったりする。

問題はこいつらが一発当てちゃうこと。一発当てちゃうYoutuberなら迷惑行為を続けなきゃいけないから本人たちもハラハラだし、アイドル鬱憤絶対にたまってくる。

また、こいつらが一発当てちゃうと今後アイドルYoutuberになりたいと思っている奴らも若干の洗礼を受ける。それが不憫で不憫で仕方がない。

でもなくなんねえだろうな、過激なことしないと一発当てることもできねえもん。

女優記者会見にまつわる違和感

ある女優の息子が性犯罪を犯したってことで、母親としてのお詫びの会見があって、

その席上、某テレビ局記者だかリポーターだかが、下劣質問をしたとかで叩かれてる。


実際、質問は叩かれるべき下劣ものなのだけれど、それに気丈に答えた女優評価は上がっているようだ。

今後の女優芸能活動にとっては、かなりのプラスになるだろう。

実際、「女優さんかわいそう。メディアに負けずに頑張れ」という反応を、ネット結構見かける。




そもそも、なぜ記者会見がこのタイミングで開かれたかといえば、女優が今後も芸能界で生きていかなきゃいけないからだろう。

これが一般人なら、凶悪犯罪がおこったからって、「なんで親がお詫びの記者会見開かないんだ!」と叩いたりしたら、それこそ大炎上するはずだ。

それが、みんな「会見が開かれること」それ自体については当然として話が進んでいるのに、なんとなくモニョる




女優サイドが、「いまはとても、記者会見を開ける状態にないので、そっとしておいてほしい」といってたら、

どういう反応だったんだろう?

それはそれで同情があつまったんじゃないかという気もするし、

もしメディアの側とか、どこぞの文化人」が「なぜ、あの女優は会見しないんだ?」などと発言したら、

そっちのほうが炎上したんじゃないか?とも思う。






そもそもああい記者会見テレビ生中継されて娯楽として消費されていること自体が、かなり下劣ことなんじゃないかと思うんだけど、

違うのだろうか?


そもそもが下劣構造の中の、一部の下劣だけ取り出して叩いている感じに、なんだか違和感をぬぐえない。

シン・ゴジラ」と「あまちゃん

http://anond.hatelabo.jp/20160826072024

なるほど。

なんかよくわからないけど鋭い視点のような気がする。

わからんけど。



共通点はなんだろう?

1.オタク寄りの一般人を巻き込んだこと。

なぜ巻き込めたかのか?わからん

2.ボリュームゾーンは30~40代

なぜその世代なのか?わからん

2016-08-25

たまにニュースに出てきて「一般人アップルに対してモノ申したいことを代弁する」役割を負わされてるウォズニアックって、日本で例えると誰だろう?

インターネット炎上記事はどの程度の影響があるのか?

ここ最近ではPCデポの件でおなじみのヨッピーが大活躍している

以前から思っていたけど、ネットが率先して炎上させた案件って意外とその後が大したことね?

例えば、やまもといちろう氏が攻撃した相手炎上した相手で完全に消滅したパターンはないのではないか

イケハヤ氏に対して攻撃をしていた記憶があるが、案外高知うまいことやってるみたいだ

東京都知事候補者はどうせ勝てなかっただろうし

PCデポは経過観察中ではあるが、案外法的な裁きはなく、一年もすれば平常運転をしているのではなかろうか

週刊文春をはじめとする雑誌TV案件結構悲惨な末路というか

その人の仕事生命を終わらせるケースがあるけど

(舛添氏やベッキー鳥越氏、古くは船場吉兆とか)

ネットで叩きのめされた人たちって、大打撃を受けるのは小物というか

twitter馬鹿やった一般人ぐらいではなかろうか

PCデポについてだってネット民はてブ界隈が吹き上がるほど打撃を与えてるとは思わないんだよな

一時的には盛り上がるけど、一年後には元通りになるレベル程度ではないか

http://anond.hatelabo.jp/20160825132637

ごめん、トラバ先間違えた。



しがない一般人ブログなんか書いても誰も読んでくれないけど

増田ならあなた方が読んでくれるし反応ももらえるし、

って結論出てなかった?



ブログでやれ、なんて返しはほんと意味価値も無いよ

2016-08-24

若者マスメディアへの信用離れ

昨今の若者テレビ新聞といったマスメディアを信用することから離れているように感じる

昔であればテレビ新聞公表された情報は精査せず鵜呑みにし

たとえ嘘の情報であったとしても何も考えず大多数の人は信用していたはずである

それを信用できないとはなんとも嘆かわしいことである

このままではいずれ世の中がまとまら不安定な情勢になるではないか

最近ではインターネット上に情報錯綜

ブログTwitterFacebookなどのソーシャルメディアによって

テレビ新聞やらせ偏向報道などが公開される始末

少数ではあると思うが

少しずつでもこのような自体が明るみに広がってくれば

ますます新聞テレビといったマスメディアの信用が堕ちてしま

昔であれば人経由で少しは広がっていたことかもしれないが

基本的には一部のコミュニティまでで収まっていたはずである

しかしながら昨今では瞬きの間に爆発的に広がってしま

それも長期間に渡って消えずにだ!

これもそれも一般人間が誰でも気軽に情報を発信できるようになった

インターネットのせいであると私は考える

このままいくとテレビ新聞存在価値が遠からずして

減少していく一途を辿る事になると思われるので

これ以上マスメディアにとって不利益情報拡散させないためにも

一般人が閲覧、発信できる情報規制をかけるべきだ

それに伴い新聞テレビを見る事を義務化するべきではないか

良識と見識のある責任感のある大人たちの賛同を求む

釣りクマー

http://anond.hatelabo.jp/20160823230040

保護したい」という気持ち、が動機という方が多いのではと思います

(「他人」に「死にたい」という相談を行った、という今回の前提の場合ですよ?)

 

せちがらい話が許されるなら…

自殺したい」という相談は「自傷他害のおそれあり」として、保護扶助)しなければならないことがあります。もちろん法的に。

これをしなかったからといって、一般人保護責任者遺棄をとられることは少ないと思いますが、医師公務員自傷他害のおそれがあることを認知しておきながら、なにもしなかった(不作為ときは、責任を問われることがあります

 

 だからといって、自殺を止めようとする気持ちを「義務感」だと主張するつもりはありません。

しかしながら、こういった法律があるということは、「困っている人を見かけたら 可能な限り手を差し伸べる」ことが すべての人に期待されている、あるいは期待されてきたからこそ、こういった法律があるのでは、という気がするのです。

 つまり 期待されるということは、本来、人には「相互扶助気持ち」が備わってるのではないか、ということです。

それが実際の行動に移されるとき動機モチベーションはわかりませんが、とにかく助けようという気持ちが人に存在していることは確かなようです。

 

 なお、これが本人の「自殺したいという意思に反しているのに」という部分で、増田さんは問題を提起されているようにお見受けしました。

 

 これについては、増田さんの結論前に解いておきたい誤解ですが、

自殺したいという意思」と「自殺に着手すること(意識)」は、

異なる概念らしいことが、サバイバーから証言で明らかになっています

 具体例で言うと、これまで自殺など考えたこともなかったのに、突然

「そうだ いま死のう!」

と猛然と(数秒~数分以内に)死のうとしちゃう人がいる。

自殺とは、陰鬱として死んでいくものとは限らない、ということを できれば知っておいてください。

 

 いま持っている自殺意思が、実際に着手に到達するのか。それを外部には斟酌(しんしゃく)できません。ともすると「その本人も よくわかっていない」ことがあるぐらいです。

すなわち「救助行為」の一環として行われる「自殺の制止」は、本人の意思を斟酌する必要はありません。

なので、余計なお世話だと考えたかもしれませんが、保護したい気持ちと、自殺意思は別のステージ上の概念なので、両者を結び付けたり・同じテーブル混同して考えないほうがいいかもしれません。

 

 いつか増田さんが納得できる答えに到達できるといいですね。

脱成長」「老人向け再分配」を口にしたことがない奴だけ相対的貧困を論じろ

支援されたところで、ある金オタグッズにぶち込んじまうような「無能で頭の悪い貧困層」が

やりたいことやりたいだけやれるような社会を実現したいんなら。

どんどんジャブジャブ経済成長させて馬鹿でも無能でも生きていけるイージーモード社会にするしかないんだよ。

 

失われたオーバー20年でひたすら国民が縮小するパイを奪い合ってる状況下で、

アニメ専門学校に行きたいと思っていけないのなら無条件に貧困」なんてぬかしたところで、

貧困様が肉をご所望だ!一般人を潰して貧困様に肉を振る舞え!」以上の意味にはならない。

2016-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20160823102711

はてなーのように正しきネットのみを評価するようになればいいんだけど、一般人には難しいのだろうな。

貧困女子高生について思うこと。

私が高校生だったころ、一時期保健室登校だったのだが、毎日睡眠をとりに来る女子がいた。

彼女は一学年下で、睡眠時間を削ってバイトをしているため、寝にきていた。

それは、先生たちも承知の上だった。


そもそも、私の通っていた高校バイト基本的禁止

だけど彼女の家庭は、かなりの問題を抱えていた…らしい。

私は、睡眠のために遅れてしま彼女学業の面倒を見ていた。そのとき、ちらほらと話をしてくれた。

両親ともにパチンコ狂いで、共働きだけど給料は全部パチンコに使ってしまう。

もちろん、彼女学費も、まだ小学生の弟・妹の給食費その他学費も出してくれない。

から彼女バイトをして、自分学費・弟妹の給食費などを出している。

そのバイト代さえ、ときどき親が持って行ってしまう…。

学校側はできる限りのことをしているようだった。

まず、彼女バイト先は学校が紹介したところだった。

なるべく時給がよく、でも危険ではないバイト

昼間は学校に通っているから、自然バイト夕方~夜間になる。

から、その時間帯に働いていても女子高生というブランドを持つ彼女危険さらされないような(つまり風俗だとかそういういかがわしい界隈ではない)仕事を探して、紹介していた。(私が高校に通った当時は援助交際真っ盛りで、女子高生というブランドさえあれば、いかがわしい方法で数万円稼ぐのは楽な時代だった)

そもそも、彼女の家は収入自体がないわけではないから、どんなに日常生活に困窮しても生活保護は受けられない。

収入自体が少ないわけでもないから、奨学金対象にもならない。

福祉課の人や学校の人が何度足を運んでも両親はパチンコでいないか、いたとしても話を聞かない。

あんな親ならいないほうがいい、と、彼女は何度か泣いた。

私は、かける言葉が見つからなかった。うちの親もある意味で毒親で、そのせいで私は病んだけど、彼女と違ってお金に困ったことはなかった。

からとにかく、彼女学業の遅れだけは取り戻させてあげようと、頑張って勉強を教えた。

彼女の、夢の話は聞いたことがない。

彼女が何かをやりたいと思っていたとしても、おそらく進学は無理だろうし、まだ小さい弟・妹のために高校卒業したら働く、と言っていたから。

高卒での就職は、希望する就職先に成績順で割り振られる。「ここに就職したい」という生徒が二人いたとしたら、成績が上の子面接権利を得られるのだ。

から就職希望であっても成績はいいにこしたことはない。

出席時間数はぎりぎりで調整していて、それだけでも不利だからちょっとでも勉強頑張ろうね、と励ました。

そして、(幸い私も勉強だけはできたから)彼女に教えられるだけのことを教えて、私は一足先に大学に進学した。

大学入学してからも、時間に余裕があるときは母校の保健室に行き、彼女勉強を教えた。

そして彼女卒業のころ、保健の先生が、彼女希望していた就職先に就けることが決まったと教えてくれた。

金融関係仕事で、お給料高卒としては高いほうらしい。

できるだけ早く独り立ちして親から離れ、弟と妹の面倒を見ながら暮らしたいと言っていた。

よかった、と思った。

就職が決まったお祝いに、ちょっといいペンケースと筆記用具一式をプレゼントした。(大学に入ってからは私もバイトしてたから、そのお金で)

同情とかじゃなく、純粋彼女応援たかたから。だから勉強を教えたし、卒業後も時間を見つけては保健室に顔を出した。

たぶん彼女は、趣味に使うお金なんて持っていなかった。趣味に使う時間もなかったと思う。

彼女の家庭は、収入だけ見れば「貧困家庭」ではない。だから生活保護奨学金も受けられる対象にはならない。

だけど、彼女は間違いなく例のうららちゃんより「貧困」だ。

救われるべき「貧困女子高生」だったと思う。





型にはまった貧困家庭NHKの例の番組でいうと、家にクーラーないとか、パソコン買えなくてキーボード練習とか)は、わかりやす視聴者イメージさせるための「演出」かもしれないけどね。

でも、ちょっと詰めが甘いんじゃないのかなぁ。

貧困女子高生って設定で番組に出すなら、ツイッター関連なんかあらかじめ調べておくべきでしょ。

女子高生なんてツイッターやってる可能性高いんだし、すぐ特定されるようなことしてるから炎上ちゃうんだよ。

しかも例のうららちゃん、ツイッター削除する前に捨て台詞で「貧困じゃない」みたいなこと書いてたとか。

あと、最近うららちゃんの姉とかいう人が現れてたり。

ぼろが出すぎなんだよ。

スマホも普及して、これだけみんなが簡単ネットアクセスできる状況で、暇を持て余してる人だっているわけで。

あん簡単ツイッター特定されて、散財っぷりがさらされてるのは、NHKの落ち度だよ…。

テレビって、いまだにヤラセをがつがつやってるけどさ…。(業界の人が一般人装って街角インタビューされるとか)

そんなの、すぐ特定されるってそろそろ気づいたほうがいいんじゃないのかなぁ。

貧乏ですー学費ないので学校いけません」とか言いながら、あれだけ散財してたら、そりゃ叩かれるよ。

うららちゃんが、私が勉強教えた子みたいな感じだったのなら、叩かれなかったと思うよ。

探せばもっと適切な人材はいたと思うけどね。

うららちゃん側から売り込んできたのか、NHK側が打診したのかわからないけど…。




これからあい番組やるなら、「ツイッターで散財っぷりを公開してないですよね?」の前確認絶対必要だね。

一般人映画感想について

またまたシンゴジラの話ですよ。違うけど

 

シンゴジラ感想をつらつらと見ていたんだけど、

石原さとみが良かったという感想を書いている人の内容を見てみると

半数くらいの割合で「石原さとみも可愛くてよかった」的なことが書いてあるんだよね

4DXで見ると石原さとみのシーンで良い匂いがするとか笑っちゃったけども

けどさ、シンゴジラのカヨコは別に可愛い」役じゃないじゃない 

 

思ったんだけど、世間の人って

石原さとみが演じるカヨコがどうこう」

じゃなく

「カヨコを演じてる石原さとみが可愛くて良かった」

っていう視点映画役者さんを見ているんじゃないのか?

 

前者の人は「石原さとみの役だけ浮いてて変じゃない」って感想なっちゃうし、

後者は「石原さとみが可愛くてよかった」って感想を書いちゃう

石原さとみについての感想割れるのはそういう視点問題なのかと思った

 

そして思いのほか後者側の人が多いという現実

そりゃ配給会社ジャニ入れろとか恋愛要素入れろとか言うよね

2016-08-22

文字は人並に読めるけども、人並みには書けない。書く字は綺麗でもないし、中学レベル漢字で書けないもの結構ある。

から20年近く前、「どうせ俺が大人になる頃にはパソコン検索すればちょちょっと正しい字が分かるようになる。手書き文字なんて書かなくなる。漢字は正しく読めさえすればいい。」

そう思っていたけども、だいたいそのようになった。でも、現状、文字を書く機会はゼロにはなっていなくて、綺麗に字がかけるようになりたいなと思うこともある。

けれど。「上手に字が書けること」は、今後20年もすれば、「上手にデッサンができること」くらいに希少で、かつ、趣味性の高い行為になっているだろう。

20年後日本では、冠婚葬祭等の人生通過儀礼くらいでしか人前で筆記を披露しなくなる可能性がある。そんな時のために文字練習する人は少なくて、一般人は代筆屋を頼むようになりそうである

また、20年後なら、体を動かすことなく頭で念じただけで好みの美しいフォントで筆記できるようになっている可能性もある。

その可能性を信じて、不精な俺は今後も多分、習字することはないだろう。文字手書きしなければならない機会からはできるだけ逃げるだろう。

シン・ゴジラは、 『特撮好き』なら失神レベルの大傑作で、『一般人』なら視聴に耐えうる娯楽作

シン・ゴジラの真価は、これから広がるであろう一見さんによる批評の中にこそ有る。

まり、「満点からマイナスされうる特撮映画」が帰ってきた、と言う意味だ。

1週間ほど前に話題ゴジラを見に行った。面白かったは面白かった。

が、事前ハードルが上がりすぎていたのか、粗(に私には見えた)の部分が結構気になってしまい、正直世間で言われている程に「大傑作」にはあまり見えなかった。

シン・ゴジラそんなに言うほど面白いかあ??

シン・ゴジラには、決着のカタルシスが無い。

確かにその通りで、それは欠点だ。

それは、長年特撮ファンが受けたくても受けられなかった指摘だ。

特撮ファン向けの映画から一般人向けの映画に

「まあ、子供向けの怪獣映画にしては良く出来てたよね」という感想からの脱却。

対象年齢を考えても酷い」とか「大人の視聴に耐えうる人間ドラマ」とか

そういった「オヤクソクを共有している視聴者」向きの話じゃない。



まり、「ファインディング・ドリーと比べて」とか

ゴーストバスターズの脚本比較して」みたいな、

一般的な映画と比肩しうる水準に特撮映画を押し戻した。

からこそ「大傑作」であり、それ故に「まあまあ面白かった」という感想が併存しうる。

今あるものでやるしか無いんだ。

特撮は、リソースがないことをイイワケにしてきた過去がある。

平成に入ってからゴジラをどれでも良いから観て欲しい。

シン・ゴジラ比較するべくもないヒドイ作品ばかりだ。

一般人から見れば。



最近は「ゼロからプラスして積み上げる特撮映画」しか無かった。

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)特撮部分は良かった」

「(全体の質はハリウッド比較しようも無いけど)ドラマパートはヒドイ」

みたいな「邦画予算規模で制約の多い特撮映画において」という限定が常についていた。

シン・ゴジラは、正面からそれを覆してみせたと思う。

イイワケの無い、特撮映画としてのゴジラ

粗はある。荒削りでもある。

世界最高峰の映画では無く、手を入れるところもまだまだある。

それでも恐らくは邦画現場における特撮映画のベストを尽くした映画だと思う。

それは特撮ファンなら邦画の環境に絶望せずに希望を見いだせる一筋の光であるし、

一般人から見れば、「怪獣映画だけど面白いらしいよ」と観に行ける映画になってる。

まり何が言いたいかというと

日本特撮映画として100万点」のシン・ゴジラで終わるならソレまでだ。

でもきっと「世界の映画の中で70点」のシン・ゴジラだと評価してもらえる。

怪獣を通じて、日本災害を正面から描き、国のあり方をポリティカル視点から捉える。

世の中は稼いだもの正義で、投資してもらえるのは評価された作品だけだ。

その意味で、きっと一般人からみても、投資に一口のれる出来じゃないだろうか。


おまけ

ダシに使ったので、不満点に共感しつつ、違う視点提供しておくよ。

映画観に行った後のファミレスでダベってる感じで読んでもらえればと思う。

(人は感じたことが全てであり、反論しようとは思っていない)

登場人物ゴジラへの理解度が要所要所で不自然に高い』

主人公矢口会議中に巨大生物言及するのだが、この時点で矢口がそう判断に至った材料は精々ネットの動画程度であり、あそこでアレを「生物」と考えるのはかなり不自然だ。

この時点では矢口は単なる夢想家レベルである

矢口の人物像について、多少のフォローはされている。

シン・ゴジラ主人公である長谷川博己演じる内閣官房副長官矢口蘭堂は、

竹野内豊演じる内閣総理大臣補佐官国家安全保障担当)の赤坂秀樹から

会議結論ありきで進んでいる。かき回すな」と助言を受けている。

また、エレベーターの中で、立場が上の人間に対して「楽観やこうあって欲しいという願望が、先の大戦で何百万人も殺した」とワリとハッキリ苦言を呈している。

矢口生物と断定しているのではなく、「巨大生物の可能性を俎上に載せないのはマズイ」と判断しているのではないだろうか。

ネット上の映像フェイクであれば、それを作った人間動機テロで無いことを確認するまで安心しないタイプ

ニュース映像での「巨大生物尻尾」について、ニュースの真偽を問うシーンがないのは映画の都合だと思う。

ニュース第一報だと見るのが妥当なシーンだし、それならアレは何のジョークだと笑うのが現実的ではなかろうか。

同種の別個体については、検討は並行で続けているが、映画の都合でカット、じゃないかな。

個体だとすると、観客は「ゴジラ対究極生物なのか?」という疑念を抱きながら観ることになり集中力が削がれる。


『人の死の描き方について』

(一つは倒れるマンションから逃げ遅れた家族、一つは溢れた川から逃げる男性、もう一つどこかで同じことを思った気がするが覚えていない)

 この点はあまり大きな不満という程では無いのだが、どうにもモヤモヤとしてしまった部分だ。

たぶん、残りの一箇所は、自衛隊戦車が潰れるシーンか、注入第一部隊の全滅の部分じゃないかな。

マンション荷物を詰めていてマンションごと押し倒される家族、川からの逃げ遅れ(たぶん画面の奥側に向かって走る男性)は、

災害の描き方の問題で、ゴジラによる人死を描いているわけではないと思う。

あの一連のシーンで感じる「いまどこに災害が近づいてきているか一般市民には把握できない」という恐怖は演出として一貫していると思う。

(状況把握のしようがなく、気がついた時にはもう遅いという恐怖は、5年たってやっと直視できるようになった映像だと思う)

ただ、予算の都合による表現の制限を感じる部分ではある。

病院とか今まさに災害現場は出てこず、災害が通り過ぎた後の映像だしね。

密室俯瞰した映像に寄る災害描写は、予算制約を逆手に取った脚本の作り方の問題であり、

その意味で「巨大不明生物がなぎ倒したビルにも当然人が残っている」というのを伝える手法に限界があったのかな、と思う。

ほぼあの家族しか直接の被害は確認できないのに、それ以後の緊迫感は違う。

だけど、アレ入れて欲しくない、というのも判る。


石原さとみキャラが明らかに浮いている』

浮いてると思うよ。これはシナリオの歪みが集中してるせいだと思う。

これ、後でちょっと付記するけど、「シナリオの都合の上で」リアリティラインは高く見えるようにしてあるんだと思ってる。

例えば、東京駅前に当然あるはずの広大な敷地について劇中一切言及されていない。明らかに不自然。

筋論として、日本が米国に頼り、米軍日本国内武力行使する、という流れのハズ。

仮にも主権国家に対して、他国が熱核攻撃を短期間に強行する理由がない。

米軍による強行じゃなくて、国連安保理での決議言うてたし)

日本が壊滅するまで自由にさせておき、主権が及ばないところに出てから攻撃になるはず。

ちょっと日本以外のまとまりが良すぎるというか、世界があまりにも日本に対して冷淡すぎる。

日本に核攻撃」という荒唐無稽な一手と、

ゴジラを生み出したのは、牧元教授という日本人では?」という点、

外務省駐在武官無視して政権が直接軍事について外交を行うと言う部分を抑えると

祖母が原爆による被害者であり、日系人アメリカ政権に対して一定の譲歩を引き出しうる通常外交ルート外の存在は、

石原さとみ演じる米国大統領特使のカヨコ・パタースン以外であっても、

やっぱり荒唐無稽に見えるだろうし、どうしても浮いてしまうのは仕方がないと思う。

彼女シナリオの不備による歪みを一手に引き受けて浮いているのだと思う。

まあ、じゃあどう直せば良いかって言うと、アメリカ側を描くには予算が足りなそうだな……

『ヤシオリ作戦について』

ゴジラ原子炉載せて、排熱への対処(生存本能)で進化するって道筋つけると、焼却 or 凍結ってのは判りやすい。

シナリオの都合でアメリカに熱核攻撃を担わせると、日本特撮的な花である爆発(焼却)を使うのは難しい。

そもそも「カタルシスを得られない」ということそのものが、演出意図なのではないかなと思う。



一応、血を流すことから排熱に血流を用いているのではってのは合理性があるし、血液凝固材も30種類?試して効くのは確認してる。

元素変換する相手ならどこに投与しても一緒って意味では、口に見える部分に引っ掛けて体内注入するってのは効果的とも思う。

仮定仮定を積み重ねて、地味な作業原子炉の終息にもってくってのは、福島第一原発事故対応への直喩だろうし。

「ショボい」処理で、しかも「まだ終わってない」ってのを、東京駅に凍結させたゴジラで示しているのでは、と。

政府冷温停止宣言したのも、冷やし続ける必要があるってのも、同じ構図だよね)

 加えて、ヤシオリ作戦に関しては、矢口の陣頭指揮の部分にも中途半端さに違和感があり、これまで徹底して「対策室で対応する政治家」を描いてきて、結局最後は「主人公現場の陣頭指揮を取りに行く」というのを描くのか、というのに少し落胆した。

 せめて矢口本人が言うように「自分現場にいる事で出来た微妙判断」が描かれていればスッキリはしたかも知れない。

一応は、逃げ遅れた人がいるかもしれないけどやる?とか、線量が予定よりも多いけど続行するのか?とか、判断はあったと思う。

どっちかというと、多分最初に感じたであろう「え?総理大臣は逃げるの?残らないの?」みたいな感覚

「いや、指揮官は後方に控えてないと死んだら終わりだから」に観客の気持ちを変えたかったんじゃないかな、と思う。

それでもまあ、良くあるヒーロー映画みたいにゴジラに触れるような最前線までは最後まで行かないし、良かったんじゃないかな。

(良く言われる「陣頭指揮」を観客がどう捉えるかが、映画を見た後で変わったのではないか

『「国」のアピール

 総体としての「日本」とゴジラとの戦いを描くのがテーマであるのであれば、

 あそこまで「東京」のみの話に終始したというのはどうなのだろうと思う。

正直に言えば、予算の都合で、東京のみの話にしないと収拾が付かないと思う。

ただ、あれは東京一極集中への軽い皮肉にも見える。

福島第一原発事故」が「東京駅」で起こったとして、煽りじゃなくて日本としての機能がどうなったか考えるとゾッとする。

その俺の思いと重なるが、何度も「経済的」な話が出てくる。

経済的には莫大な損失とか、熱核攻撃を受けて世界から支援を受けないと復興できないとか。

損得勘定で熱核攻撃を仕方がないと受け入れる「論理」と、象徴的な意味で核攻撃を受け入れられない「感情」との対立軸にも見える。

「国」とは何なのかを観る人に問うシナリオになってたんじゃないかな、と。

まあ観たひとに届かないのであれば、そりゃ成功してないわけだけど。

その他のダメ出しポイント

まあ、観たひとに届かない思いは独り善がりなワケでダメなんだと思うけど、

最初に書いたように、そういう「普通の映画のダメ出し」してもらえるところにシン・ゴジラ価値がある。

と、思うわけで、やっぱり気になる点を俺も最後に列挙して置こう。

東京駅のど真ん前の話が無い

東京駅の正面真っ直ぐに、東京の中心である大きな空間がある。

熱核攻撃をあの付近で行うことに対して、日本人が触れないってのはあり得ない。

「彼らはここがニューヨークでも同じことをするそうだ」とはセリフにあるけど、あれ「ワシントン」じゃないんだよね。

あくまでも経済の中心であるというセリフであって、象徴的なんだけども)

陸上理由が判らない

突然地上にさまよい出た、排熱の為に進化した、冷却のために海に戻った。

突然さまよいでることも、デタラメに動くのも、再冷却の為に海に戻るのも災害っぽい。

鎌倉から上陸する理由がわかんないんだよね。

進化の方向性として陸上に特化してしまったとして、海水を捨てて地上に出てくる理由不明

牧元教授が好きにした結果、ゴジラを生み出して、意思を方向づけたなら判らなんでもないけど。

配偶者を原爆で亡くし、国と核を憎んだ牧元教授なら、先の大戦の直接の責任者である国の象徴にまず向かい、その後アメリカ上陸を目指すのは理にかなっている)

国連安保理が核攻撃容認するのが判らない

途中、スパコン計算能力貸して欲しいって海外の研究機関に依頼するときに、

一旦「ウチの技術を盗むかもしれないから断ろう」みたいなセリフがあるんだけど、

もしも「間に合わなかったら首都が熱核攻撃を受ける」みたいな状態なら、

「ひとを信じよう」みたいなのんびりした話にはならないと思う。

人類ってそんなに日本に冷淡なの?と言う。

秘密裏国連安保理が熱核攻撃容認するって、日本外交ゼロってことになる)

(そうすると、フランスと裏取引する外交技術との整合が取れない)

駆除一本槍なのに違和感がある

シナリオ福島第一原発事故念頭に置いてるからなんだろうけど、

ゴジラに対して調伏(焼却or冷却)しか選択肢が無くなってるのに違和感がある。

最初に言ってたけど、追い出すか、退治するか、保護するか。

保護が無理、退治が難しそうなら、通常は追い出しの手段検討するんじゃないか

餌で釣るのか、行動パターンを読むのか、押し返すのかは別にして。

追い出しにリソースが避けないって言う描写は欲しかったかな……

(これはほとんど「他の個体についての言及がない」ってのと同じポイントだな)

とは言え、

映画を見ながら、実際に災害になったらどう逃げようか俺は考えた。

かなり踏み込んで災害を描いてるような気がするけれども、どうかな。

2次元で抜けるHENTAI連中がシンゴジラを絶賛している

一般人は醒めてるよ。

http://anond.hatelabo.jp/20160821191126

シン・ゴジラそんなに言うほど面白くはないけどそれでいいんじゃね、

俺はスペック的には映画をよくみる一般人アニメディズニーくらいしかみない。そんな俺が思ったシンゴジラ面白い/面白くない論争のこと。映画は月に20本くらいはみる。平日の夜毎日見てるから多分そのくらい。うちにTVないしやることもないからいつも見てる。とはいってもみてるのはハリウッドの有名ドコロが多い。

面白くなかった

まりにも周りで絶賛するひとが多いもんだからシン・ゴジラ映画館にみにいったんだけど、正直俺としては大して面白いと思えなかった。邦画にしてはいいできだな、すごい、と思ったくらい。面白くなさについて細かいところはもう挙げられつくしいるからざっくりというと。

人が死ぬ描写がない / 災害の規模が小さい

人が死ぬ描写がない。描写ってのは別に死体を見せろ、ってわけじゃなくて、主人公(級の登場人物)の同僚やら友人とか家族死ぬ所。ハリウッドとかだとそうやって観客を感情移入させるんだと思う。次に災害の規模も小さい。東京破壊されるのはリアリティあるけど、前述のポイントがあって感情移入がそんなに進んでないのに東京がガシャガシャやられても、そんなに恐怖湧いてこないし、災害の規模も結局東京まりなんだよな、って。俺は東京住まいだけど東京滅んでも京都あたりに首都移せばいいんじゃね、くらいの発想になっちゃハリウッド脳。

この映画、全体通してとにかく絶望感が少ないと思う。絶望インフレしたハリウッドパニックアクション映画を見慣れていると、「このままでは復興にすごくお金がかかってしまう」みたいなネガティティじゃ絶望全然ない。2012とか世界だいたい滅ぶ。

解決策地味すぎ

地味すぎわろた。

シン・ゴジラ = パニックアクション映画 - アクションアニメ

とまあ俺はあんまり好きではなかったんだけど、それに対する問題は多分俺のみかたと事前情報にあったように思っていて。みんなが「絶望する!」「ゴジラ怖い!」って煽るもんだから、俺は(勝手に)シン・ゴジラを「できの良いパニックアクション映画」だと思ってみにいった。でも、フタを開けたら全然そんなことなかった。

ここ、大事なとこだと思うんだけど、シン・ゴジラアクション要素ってすごく地味。自衛隊バンバンやってたけど、リアリティ出すためなのか詳細な描写で引き伸ばしててむしろダレた。あとインデペンデンス・デイ(1)ならあの時点で核使って失敗して、絶望を煽ってる。

解決策が地味なのも、すんなりうまくいっちゃうのも、シン・ゴジラって映画にとってアクション要素によるエンターテイメント性が二の次からだよな、って思っていて。今更だけどシン・ゴジラって、ゴジラという非日常に対して政治という日常的なアプローチ戦う政治家の姿を描いているんだよね。それは3/11への皮肉なのかなあ、とか考えたりするわけだ。重要なところを人の想像力に補わせるような、ストーリーラインを重視した映画とか、日本アニメちっくなストーリーで作られてる感じ。「なにを今更」って言う人も多いだろうけど、ここが多くの論争のポイントなんじゃないかって思ってる。

から、そういう意識で観客自身ストーリーとか意図を深掘りする気持ちで見に行けば、楽しく鑑賞できるんじゃないかなって思う。

B級映画だけど…

率直に言って映画というエンターテインメント産業の中で考えると最高ランクの出来の映画ってわけじゃないと思う。とはいほとんどの邦画ハリウッドB級映画に遠く及ばない出来でつまんない。そういうその他大勢邦画にくらべればすごく出来が良かったと思う。テンポが良くて、ダラダラするシーンが少なかったのはほんとに好印象。続編を作ってこの資産を活かすべきだと思う。

通り魔に切られて日本すごいと思った話

先日、道端で通り魔に腕を切られたときの話をします。

(※サマーランド事件とは別件です)


まりに突然なことだったのでもちろん驚きましたし、

犯人への怒りの感情もありますが、

なによりこの件で一番強く思ったのが、

日本すごい」

ということです。

わたしの語彙力のなさはさておき、

ネット上ではアンチ日本的記事が目立つ中、

日本は良いところもあるよ、ということをまとめたくてこのブログを書き始めました。



【その1】警察すごい

まず事件当日

詳しくは伏せますが、とにかく道端で知らない人に包丁で腕を切られました。

犯人から逃げつつ、警察電話しつつ、場所や状況などを説明しつつ…

と、電話をして2〜3分経ったところで後方から

警察24時でお馴染みのパトカーの音が聞こえてきました。

まりの早さに、

わたし事件とは無関係たまたまパトカーが通りがかっただけかと思いました。

しかパトカーはすぐに近くに止まり

別方向から自転車で来た警察官と共に犯人を捕まえてくれました。

もしあの時、すぐに来てくれなかったら

第2、第3の被害者が出てもおかしくありませんでした。

また、警察官は、刃物を持っている犯人に対しても怯むことな

しっかりと取り抑えてくれました。

一般人にはなかなかできないことです。

本当にすごいです。



【その2】救急すごい

犯人が捕まりほっと一安心

間もなく救急車も到着し、

救急隊員がすぐにわたしの腕を何かで包んでくれました。

その時のわたしは呑気に、

「とりあえずなんか包んでくれたし、病院行かなくても良いんじゃないかな」

なんて思っていたのですが、

周りの人達必死に受け入れ病院を探してくれているので

余計なことは言わず大人しくしていました。

何件かの病院に断られ、

やっと受け入れてくれる病院外科先生が不在とのこと。

とりあえず診てもらえるだけありがたいので、そこにお願いすることにしました。

後になって分かることですが、わたしの傷はそれなりの深さがあったため

縫わないと血が止まらないような状況だったそうです。

救急の方がそこまで分かってくれていたかどうかは分かりませんが、

わたしはただぼーっとしていただけで、

色んな病院電話して必死に受け入れ先を探してくださったり、

本当にすごいと思いました。

また、病院へ向かう最中に、同乗した救急隊員がわたしの気を紛らわせようと

色々と話しかけてくださり、それもとてもありがたかったです。



【その3】受け入れ病院すごい

病院へ到着すると、内科先生

自分は専門ではないので、明日また専門の先生に診てもらってください」

と前置きした上で、診てくれました。

とりあえず止血しようとしたようですが、

血が止まらないので縫うことになりました。

今まで体を縫ったことがないわたしは驚きましたが、

なにより先生自身が、覚悟を決めたような雰囲気を出していたので

わたしは「先生がんばれ」とだけ思って静かにしていました。

先生は、慣れていないのがわたしでも分かるぐらい

一生懸命に、丁寧に、一針一針確認しながら縫ってくれました。

時間ほど経ち、なんとか縫い終わって

誰よりも安心しているのは先生のように見えました。

慣れないながらもしっかり対処してくれた先生すごい。

そして、終始汗だくで目が泳いでいたわたしに、優しく話しかけてくれた看護師さんすごい。



【その4】再び警察すごい

治療が終わり、今度は警察へ移動し事情聴取です。

みんなが想像するあの取調室。

カツ丼を食べるところです(違います)。

担当警察官が、事件の様子を細かく文章でまとめてくれます

時々質問されるので、できるだけ的確に答えます

(こんなことを言うのも何ですが)

基本的被害者は暇です。

でももし警察官がいなかったら?

自分自分の状況を、矛盾がないようにまとめるのはとても難しいですよね。

およそ4時間かかり、まとめられた文章証拠写真たちは

事件概要が的確に抑えてあり、

第三者が見ても状況がわかるものとなりました。

詳しくはよく分かりませんが、この証拠たちをもとに

今後、犯人の罪を裁いていくことになるようです。

犯人を捕まえ、事実関係を明らかにし、罪を裁くことまでやってくれる

警察すごい。本当にすごい。



【その5】形成外科すごい

翌日、紹介された形成外科先生がいる病院へ行きました。

先生は傷口を見てすぐ、

「縫い直しだね」とおっしゃっていて

せっかく前日に一針一針一生懸命縫ってくれた糸を切るのは申し訳ない気もしましたが

専門の先生が言うことなので素直に従いました。

そして形成外科先生は、さすが専門なだけあって

こちらが心配する暇もなく、手際よく縫っていきます

結果的に、先生曰く「数えきれないぐらい」縫ってくれました。

内側も縫った(しかも内側の糸は数ヶ月で溶けるらしい)

ので、傷口はおそらくほぼ残らないだろうとのことでした。

前日の内科先生には充分感謝しつつも、

やっぱり専門の先生はすごい。



【その6】東京都すごい

以上のように、たくさんの方々、たくさんの日本の仕組みによって

わたし事件以外の不満を感じずに、傷を塞ぐことができましたが

1つ気がかりなのが、治療費についてです。

犯人へは怒りもありますが、

わたしは死んだり障害が残ったりした訳でもないので

そこまでの恨みはありません。

ただ、もう、本当に大した額ではないのですが

治療費ぐらいは払って欲しい…と思っていました。

すると、そのことを話した訳ではないのですが、

警察の方から

わたし治療費東京都が払ってくれるという話を聞きました。

どういう流れでそうなるのかは不明ですが、

(また、その条件など色々あるようですが)

こちらに全く否がないのに一方的にケガをさせられて

治療費まで被害者が払うのはおかしい、ということで払ってくれるそうです。

そんな仕組みがあることは全く知りませんでしたし、

そんな仕組みがなければ本当に被害者は損ばかりです。

僅かなお金ですが、そのおかげでわたしの心は大分軽くなりました。

東京都すごい。

そしてそんなお金があるのはもちろん、

普段税金を払ってくださっている国民の皆様のおかげです。

本当にありがとうございます



普段生活していると気付かないことばかりですが、

日本にはこんなにたくさんの仕組みがあり、うまく機能しています

中には問題があることもあるかもしれない、それでもなんとかうまくいくように

今日自分の知らないところで誰かががんばってくれている。

そう思うと、日本ってすごい。

2016-08-21

http://anond.hatelabo.jp/20160821212820

シン・ゴジラは、みんなとにかく観たら何か書きたくなってしょうがなくなる映画なんだなーって心から思う。

これほど人々の「ねえ聞いて聞いて!」を引き出せる作品もそう無い。



まりにも凡庸新規性の無い内容だったから、本文ろくに読んで無いけど

リアルの知人と言い合いになっても後味悪いので、増田で一通り吐き出させてもらった。以上。

案外、リアルで人と語ったほうがいろいろ楽しいと思うよ。ネットだと煽り・水掛け論・粗探し上等でストレスまらない?

老若男女オタク一般人わずリアル話題に出してみたけど、色んな見方があって新発見もあったよ。

可哀想貧乏人はもう居ない

未来に向けて正しい努力をすれば、日本貧困になる事はまずない。

昔は市や県で一番の成績でも進学を諦めざるを得なかった苦学生が居た。今はそこまで出来るなら生活費付きの奨学金が出る。

県や市でトップまで行かずとも、普通の人よりちょっと能力が有る人は、普通仕事をして貧困層から抜け出せるようになった。



今、貧困層から抜け出せない成人は、一般人が救う価値を見いだせない人だ。

怠惰能力が無く、不細工で自制心が無く、約束を守らない嘘つきで、人脈も人的資産も無く、お金はもちろん持ってない。

そんな親に育てられた子供も9割方は同じ道をたどる。



誰もが救済を納得する貧困層はもう居ない。そんな人は自力で上がれるシステムが整っている。

次に行うのは、普通より劣った能力意思しか持てない、それでも生きている人間を救う事。

しかし我々は、そのような「劣った人間」に金を分け与える事を良しとするだろうか?



正直に言えば、放置したい気持ちが有る。が、貧困層は生きている。

絶望の中に放置すれば、彼らは世間に牙をむくだろう。



なので、貧困層を助ける理由は、あくま利己的なものとなる。

自分安全の為に、彼らに生活の糧を分け与える。それと同時に、なるべく多くの人を中間層に引き上げて、世の中を過ごしやすくしたい。

もちろん、出来る範囲でね。



http://anond.hatelabo.jp/20160820004448

日本には四季がある

なんかネットアンケート日本の誇れるところを一般人に聞いたらトップに「四季がある」というのがあって、それを見たネトウヨおちょくるのが生きがいぽい人達が「ネトウヨって日本しか四季がないと思ってんだwバーカ」って盛り上がってるっぽいんだけど、まったく意味が分からない。

なんで「四季がある」が「『日本しか四季がない』と奴らは思ってる」になるんだろう???オーストラリア人自国の誇れるところを「大自然」と答えたら「お前オーストラリアしか自然がないと思ってんのなw馬鹿かw」って嘲るみたいな。

あ、先手うって回答しておくと、俺自身全くネトウヨじゃないしネトウヨ嫌いだしリベサヨ揶揄される側だろうと思うけど、この件は論理問題としてなぜ「ネトウヨw」とバカにする感じの話になってるのかわからなかった。

120選って参考になるか?

アメリカ権威ある雑誌が選んだオールタイムベスト名作◯◯100選!!でさえ見る気が起きないのに、一般人が選んだアニメ120選て・・・

普通個人ブログでやるなら、5~10選くらいに絞って、独断偏見レビューを書いたほうがよっぽど参考になるのに。

タイトルからして「!?」を使ってるところから自分のチョイスへの自信の無さが伺える。

120選を書く人は120選的なレビューから参考にしたことが一度でもあるのだろうか?

まあ、数撃ちゃ当たる方式なんだろうけど。あと、SEO的な強さとか。

シンゴジラが本当に面白いのか観てないから知らんし興味もないけど

今騒いでるやつらの大半は誰かに言われなきゃ見なかったし面白いとも思わなかっただろうな

流行ってるから、偉い人が面白いって言ってるから、これを持ち上げると自分がカッコよく見えそうだから

これって普段オタクバカにしてるマスコミに踊らされる一般人とやらとどこが違うの?

価値ものを「テーマ」とは言わない

少しだけ真面目に言うならテーマというのは「主題」なわけ。「主」って言葉意味はわかるよね。中心であり核心であり、即ち価値なわけ。価値があるから「主」というので、なければ単なる一部分にすぎないの。そんなものを「テーマ」とは言わないですよ。

からテーマを論じたらそれはマウンティングなっちゃうわけ。少なくとも優勝劣敗が存在するわけ。そんで「作品に込められたテーマを探す競争」が人々の中二心をくすぐったりもしたし、作者すらそれに乗って崇高で深遠な「テーマ」を探す競争とかしてたわけ。でもあなたが言うとおり「テーマが主なら、作品は従か?」って疑問が当然出てくるわけ。「いやいやテーマ作品は不可分一体だよ」とか言ってごまかしてもダメなわけ。たかだか数行にまとめた「テーマ」が主なら、二時間映像はいらなくて、最初からテーマだけでいいでしょって話になる。おかしいよね。なんでそんなことになったのか?



そもそもむかしむかし「作り手・受け手」の関係において「受け手」は弱者だったわけ。「作り手」は神の代弁者司祭シャーマンまり天才」。受け手はただの虫けらで、神の子の手で一喜一憂し転がされ泣かされ笑わされ搾り取られるだけの存在だったわけ。でも「批評」という行為によって革命が起きたのが近代という時代だったの。書き手さえ気付かぬ作品のシンの価値発見確立する創造行為としての批評、それが近代的なあるべき作品受容の姿となり、そこで発明された批評家武器がすなわち「テーマ」なわけ。「この作品のシンのテーマは…」とかしたり顔で語る連中は、、ことごとくこの時代に生まれた連中のしっぽなわけ。

それに対して、受け手100%権力を握るべしとした20世紀過激主義者エンタメ派なわけ。どんな作品であろーが、オレたちが楽しめればいーじゃんていう。オレたちが楽しんだ事実けが重要なのであって、作品テーマとかそんなもんあってもクソ、みたいな考えは、一方で作品の質みたいなものを果てしなく劣化させてく危険思想でもあったのだけど。まあそんなことは昨今のアニメを見てる連中ならうすうす気付いていることだとは思うけど。萌え豚だって自分らが萌え狂ってる作品が、50年後100年後まで人類熱狂させるHOTコンテンツだなんて欠片も思っちゃいないでしょ? まあでも、「批評主義テーマ主義」ってしょせんはインテリ玩具であって新しい階級主義だったわけ。それより、萌え豚の方が「ぶひー」言ってればいいか楽しい多数派なわけ。急進派は多数派に敗北するのが歴史必然なわけ。んなわけで、萌え豚が「テーマ=悪。エンタメ至上」という旗印の下に批評家オタク駆逐していったわけ。



そんなわけで、この件についてはどちらが正しいってことも別にないわけ。「それぞれの時代における流行りの作品受容の在り方」でしかないわけ。いずれもその時代なりの必然があって生まれスタイルなわけ。



それより、そういうエンタメ派全盛な脈絡の中であえて「いかにもテーマ的に論じられそうなコンテンツ」をぶっこんで来た所が庵野のタチ悪さだったわけ。つまりテーマを論じる批評という行為自体を巧妙にエンタメ化したわけ。わかりやすく言えば萌え豚という民衆の手にテーマ論という権力解放したということで、これはまさしくアナーキズム可能性の中心なわけ。これがゼロ年代オタク概念の飽和を生んだ庵野革命だったわけ。そして今回は、ゴジラ震災政治、なんつーメジャーコンテンツを使って(政治ももはや萌え豚の旗の下に果てしない劣化を始めていたというタイミングもあって)

一般人までまんまとそれに狂わされてるわけ。そこが庵野の手腕ですげーとこなわけ。だから増田増田やお前増田や俺増田がこうやってネットであーだこーだいうところまでひっくるめて、全部庵野計算したとおりのエンターテイメントなわけで、つまり「やっぱり『シン・ゴジラ』すごいわ」というのがとりあえずの結論なわけ。



というわけで、これがライト左翼の語る「シン・ゴジラ」論なわけ。

http://anond.hatelabo.jp/20160816124615


(追記)ブクマに回答

id:tick2tack 批評オタクが「駆逐」されたのはなんでなのかな?エンタメ派が増えようが批評を続けることに問題はないように思える。単に注目・承認欲求が得にくくなったためとか?

承認欲求と言えばそうですね。すごそうな「批評」に感心してくれる人が減ったら批評やりがいがない。エンタメ派によって「今時『テーマ』とかムキになって論じちゃう批評ってイケてない」というイメージが広まりましたしね。あと、積極的駆逐しなくても、エンタメ楽しい、と一動作に対して批評=考える+論じるの二動作後者は前者にどうあがいても敵わぬ理屈ッ(成る程っ!)、みたいな。「楽で楽しい」方向に流れるのは時代歴史必然でもあるように思います