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2016-07-28

チャリ持ってない人って生きがい何なの?

至って精神的、肉体的に健康だけど0才の頃から「まぁ別に明日事故で不意に死んじゃっても苦しまずに死ねるなら別にいかな〜」って思ってた。「生まれてきた意味?うーん分かんない、別に人生楽しいけど、もし生まれてこれなかったとしたらそもそも生まれて来たかったって考える意識すらないんだから、そう考えると別にまれて来て良かった〜!!とは別に言えなくない?」とも思ってた。

そんな意識が変わったのはチャリ買ってもらった4才の時。初めて思った。「生まれて来てよかった!!ママありがとう!俺はこのジバ号に乗るために生まれてきたんだ!」

次に意識が変わったのはつい最近、補助輪はずれた時。「絶対、まだ死ねない!公園まで足つかずに行くまでは、まだ死ねない!!」

全部俺の場合チャリ絡みなんだよね〜。

で、思ったんだけど例えばチャリ乗ってない小学生は生きがいなんなの?噴水とかダンゴムシ

no bycicle no life. 単純に疑問で是非教えてください!

みんな読み違えているようだ

独身の人って生きがい何なの?

http://anond.hatelabo.jp/20160728000910

について

追記前の記事を見て「自分意図するところを理解できたがこれは荒れるだろうな」と思っていたら案の定

予想通りのコメントも多くついていた。

追記も言いたいことを補完するのではなくどちらかというとオッカムの剃刀で除外されるような内容だったのも良くないのかも。

元増田が言いたいことはこうだ

・何が何でも生きていたい、生きていきたいと言う強い信念、生への執着が生じてこない事への事漠然とした不安(消極的自殺願望)

・それが結婚を、そして出産きっかけに大きく変貌した(強い生への執着が産まれた事への喜び)

目からウロコ経験をしたことで自己の大きな変化があったが、自分とは別のケースを知りたくなった。

→多分訊き方が悪い


追記部分で気になった、-というか確信に触れたと思った- 部分はここだ。

でも家族が出来て生まれたことに心の底から感謝できるようになった。小学生のころから持ってた上記の”消極的自殺願望”が消失したのを発見して、ものすご~く嬉しくなった

これ本人はサラリと書いているが、心の奥底、魂の願望、-上手に表現できないが- に「生への執着、基礎的な産まれてきた事への感謝消極的自殺願望消失」を願っている自分が潜んでいて、

それが昇華された事に対する純粋な喜びを表現している。元増田が持つ奥深い根本的な願いが成就した幸福感が書かれている。

そして、みんなに訊きたいのは

・他にもこんな経験をしたひとはいませんか。

・同じような境遇(消極的自殺願望を持っていて)で、それが解消されたような事柄自分に起きたような事例を知りたい。

・そして出来れば結婚出産きっかけとしないもの(他例)を知りたい。

といった好奇心から増田であろうと思われる。

無意味に長くなったけれど私の例を。

・私の場合はそれが"解消されてはいない"状態

・それでもちっとも不安(不満)を感じない、焦りを感じない。

独身38歳、男性女性にも縁はない、結婚の予定も候補パートナーもいない。

年収は800~1000万(比較的多いのか少ないのかという知識はない、そもそも金銭にあまり興味がない)

博愛主義で全くの他人他国、他生物であっても幸せ暮らしている様子を知り、感情同化させるような所がある。

・同等に悲しみにも同情してしまう。憎しみは遠ざけよとするタイプ

・解消されていないと書いたものの、それでも焦らない、不満・不安をそれほど感じないのはどこかで自分の命を燃やす日が来ると漠然と考えていて、それを信じているから(多分)

・この日のために産まれたのだ。という事があるとどこかで無神論者のクセに信じ崇めている。


過ぎ去った元増田気持ちを抱えたままもっと遠くまで来てしまったおっさんの戯れ言ここに記す。

雌ックスがしたい。

クソ長い。

入りきらなかったから分割する。

あと、クソキモいムナクソなことがたくさん書いてあると思うから、閲覧注意だ。

ホモ風俗に行きたい。

都内店舗型なんてほぼ存在しないらしい(他県は知らない)。だからウェブサイト写真プロフィールで選んで、電話で予約して待ちあわせてラブホに行くようなやつ。イケメンじゃなくていいんだが、オレよりずっと背も体格もあって筋肉モリモリのひとがいい。

オレを抱えて駅弁ファック出来るぐらいのパワー。

そのパワーと体格で、オレを女の子みたいに軽々と扱って欲しい。

お姫様抱っこから、ベッドに放り投げて欲しい。

当方40過ぎの中肉中背、若干中年太りで腹肉がヤバめの、オタクのオッサン

妻子あり、ただし現在セックスレス

ホモではない。

オレは男に抱かれてみたい。

女になって、体格差のあって力でも到底叶わないような男に押し倒されて犯されたい。

よく考えてみると、どうも小学校の高学年ぐらいから抱き続けてる願望なんだよ。

表面化したり忘れたり発達したり複雑化したりしながらずっと続いてた欲望らしい。

えっとね、永田カビさんの「さびしすぎてレズ風俗にいってみたレポ」を読んだんですよ。

読んで、あ、そうなんだよ、オレもホモ風俗に行きたいんだよって思って。

その欲望だの願望だの抑圧された、自分で抑圧してきた望みだのをちょっと掘り下げて直視してみようと思って。

さびしかったわけじゃないし、永田さんみたいに対人面だの家族面だの人生面だので切実な辛さがあったんでもないんで、同じみたいに語るのは失礼だと思うんだけど、オレもどこにも吐き出せないで生きてきた切実な思いでもあるんだよ。

ちょっと思い出せるとこからとにかく書いてみようと思う。

後で整理して削ったり足したりするけど、とりあえず、小学校高学年あたりから

小学校高学年頃のクラスメイト数名にエロ知識を教わったのが、言ってみたらオレのエロ歴の始まり

の子からみたらアホみたいな、「女にはチンコがなくて、マンコの穴があって、そこにチンコを入れる。男はチンコから精子が出る。マンコの中に出すと妊娠する」ぐらいの知識。

その頃マジで保健体育の性教育なんて「おしべとめしべが~」みたいなのと、チンコとか精巣の断面図、女子の膣から子宮から卵巣までの断面図とかしかやらなかったから。

時代性とか生活圏とか文化圏とかの違いはあるんだろうけど、小学生のオレらには「彼女を作る、彼女セックスする」なんて発想はなかった。

ないこともなかったけど、遠い未来の、大人になってからの話だと思ってた。

男同士で一緒に立ちションとか 勃起チンコの見せっことかはしたけど、ショタBL的な展開はなかったよ。

ただ、服着たまま寝っ転がって抱き合ってセックスごっこみたいなことをよくした。

ああ思い出した、この頃はセックスなんて言葉知らなくて「ベッドシーン」って言ってた。

確かに大人露骨セックスとか言わなくて、ベッドシーンぐらいに濁して言ってたよ。

からベッドシーンごっこだ。

正常位も後背位も座位もなんにも知らないっつうか、セックス実態しらねから、ただ寝っ転がって、抱き合って、足を絡め合うだけ。

誰が女役になるかでよく争いなった。

男役も女役も全然違いないんだけどな。

こんときホモとかアナルセックスの知識があったらオレ、受け役にまわって、今頃完全にホモになってたかも知れない。

まあそれはおいといて、そん時実際はオレは女役をする時すごいドキドキしてた。

女役を嫌がるふりをしながら、本当はいつも女役をやりたかった。

まあ今思うとそうだったな~って感じなだけなんだけど。

ズボンの生足の肌に相手の足や手が触れたりすると、すごく、なんともいえないもやもやとした、変な気分になってた。

この頃にはちょっともうかなり芽があったわけだよ。


中一の時に知り合ったガチオタ友に、初めてエロ同人とかエロマンガとかを読ませてもらった。

ロリコンって嗜好を知ったし、ロリコンに目覚めたのはその頃でそいつのせいだし、機械姦だの触手姦だのアナル姦だのって感じのオタっぽい嗜好に目覚めたのもその頃でそいつのせい。

そのエロ同人とかでそうかマンガアニメ女の子エロい欲望を抱いていいんだ、と思った。


それと、エロマンガの中で犯されてる女の子は、

ものすごく、

気持ち良さそうだ、

と思った。

思ってしまった。

何も考えらんなくなって、ひたすらボロクズみたいに犯されて、快楽の声をあげてんの、すげえなあ・・・・(すげえうらやましいなあ・・・・・)って思っちゃった。

精通より先に、そう思った。


オレが精通したのは、高校卒業してから。遅すぎだよね。

オナニーのやり方がわからなかったんだよ。

だってさ、マンガとかに出てくる男のオナニーって、チンコこすってんのは分かるけど、チンコってこすれないじゃん?

セックスピストンするみたいには、チンコの表面ってこすれない。ヌルヌルがないと擦れない。

昔は高校の頃とかローションだなんだ、手軽に手に入らなかったし、そんな便利なもんの存在知らなかった。

オナホも知らなかった。

性具として存在知ってたのってバイブレーターぐらいのもん(エロマンガによく出てくるから)。

大人のおもちゃ屋とか近くになかったし、あっても入れるわけないし。

濡れがいまいちな女性マンコに塗るチューブ入りの潤滑剤みたいのならあった気がするけど(エロ本広告面とかで)。

どっちにしろ金もなかったしね。

から、どうしごくのが正解なのかって、わからなった。

加減というか、具合みたいのが分からない。

マンガではそこまでわからんのですよ。

それに、中高では、わずかなオタ友を除いて、ぼっちだった。

学校で話す友達がいなかった。オナニーのやり方を相談する相手がいなかった。



まあそんでね、ぐいっと話戻すけど、中学のオタ友に幼女機械だの触手だので犯されたりとか、囚われの幼女マンコにシャンパン流し込まれて、それをグラスにショーっと出して、それをオッサンが美味しそうに飲むとか、囚われの幼女マンコに、サイズ的にきつきつのビー玉をいくつも入れてから、一個ずつ産み出させるとかね、これどっちも内山亜紀なんですけどね。

そういうのがすげぇどきどきした。

ラムラした。

そういうことがやりたいと思った。

でも、目の前、学校身の回りに、そんなこと出来る幼女なんているわけがないんだよ。


からまり自分でやってみた。

なんでか自分身体対象にしてそれらの行為をやってみようと思って、やっちゃったんだよ。


おれ自身はずっとヘテロ

ロリ好きだったけど、クラス女子に恋したり、女性アイドルに恋心抱いたり、エロ妄想したり、女性水着ヌードグラビアに興奮してたし、性自認は完全に男だった。

男として、女性の肌や身体マンコやオッパイに興味シンシンだった。

当たり前に女とセックスやりたくてしょうがなかった。


それなのに、本当になぜか、ロリエロマンガ幼女がされてることを自分でやってみようと思った。

マンコは持ってないから、アナルに。


多分ここ、分岐点だったね。

まあ、小学校高学年で既に兆しがあったんだしさ、素質はあったんだよ。どう考えても。

からやっちゃったんだろう。

もしこの時に身近にお医者さんごっことかいたずらとか出来そうな女の子とか、それか真っ当に彼女でも出来てたら、その志向は消えてたか、というか今ほどに伸びるっつうか、こじらせることはなかったんじゃないかな。

逆にロリ犯罪に走らないで済んだともいうが、おれくらいのオッサン世代でお医者さんごっこはそこそこ普通じゃねえか?

いやオレやったことねえわけだが。

ああ、だからさ、この時既に本当は「女セックス気持ちよさそう」って思ってたんだよね。

それが土台にあるんだ。

でも、まだ、「だからセックスをしたい」とは認めてなかったんだ。

まだ今のオレでも一瞬誤解してた。

「なぜか」とか言っちゃってる。

なぜも何も。

女のセックスが出来る女の身体がうらやましかったんだ。

ただ、性自認が男で、性対象が女だったのもホントなんだよ。

幼女にいたずらをしたかったんだ。

若い少女への性的行為が出来ない代償として、少女の代わりにオレ自身の肉体を、オレに差し出したんだ。

まあそんでさ。

話戻すけど。

自分対象幼女見立てて、試したわけだよ。

最初は指を入れてみた。別に気持ちよくはなかったんだけど、エロマンガ幼女がされてることをしてると思うと興奮した。

それから、でかいビー玉を入れてみた。

直径3cmぐらいありそうなやつ。

次々と3つぐらい。

それを"出産"してみた。

やっぱり特に気持ちよくはなかったけど、興奮はした。

エロマンガみたいにしばらく入れっぱなしにして後で出してみたら、うんこと一緒にというか、うんこの中に入ってた。

それで、"そういうこと"をする前にはしっかりうんこを出しておくようになった。

エロマンガで、機械姦というか、囚われ少女が診察台みたいなとこでマンコやアナル尿道に透明チューブ差しまれて、延々と浣腸媚薬を流し込まれるみたいなシチュがよくあったんで、風呂シャワーのヘッドを外してホースアナルに入れて、お湯を流し込んでみた。

今はシャワ浣なんて言葉を知ってるけど。

これも別に気持ちよくはなくて、ただ、下痢でもないのにザバーッとうんこが出るのは不思議快感があった。

このシャワ浣は、やり方に変遷はあるけど、現在に至るまで、すっかり習慣になってしまった。

そんな感じで色々試して、エスカレートしてった。

段々と、なんとなく気持ちよさというか、性的快感も感じるようになってった。

中でも一番気持ち良かったのが一回だけあって、強烈に覚えてる。

というか、アナルでイけたのはこの時一度きり。

わかんねえけど多分あれ、イったんだろうと思う。

やっぱりエロマンガで、ヒロインマンコにシャワーあてて、いわゆるシャワーオナニーしてたのを見て、試したのよ。

風呂場で、うんこ座りして、真下からアナルにあっついシャワー当てた。

アナルがゆるんでくると、内側の奥の敏感な粘膜にお湯が当って、びくっ!って反応して、アナルがキュッ!とすぼまっちゃう

くすぐったいというか、敏感過ぎて刺激が強すぎるというか。

それを何度か繰り返して、敏感な粘膜に当っても反射的に締めないように、我慢してゆるめるように頑張って、その内に段々ゆるまるようになって、ぽっかり開いたアナルにあっついシャワーを当て続けられるようになって、あっついシャワーが敏感な粘膜にシャーーーっと当たって、強すぎる刺激がずーっと続いて、「なにこれ、何これ、あーなにこれ、うわああ・・・・・」みたいになって、どんどん頭がボーっとなって、真っ白になって・・・・・スパークして、脱力した。

果てたー、って感じ。

ブットイ一本糞が、ぼっとりと出てた。

それが、いまだに唯一のアナルイキ。

アナニー歴約20年あまりの中でその時の一度きり。

シャワーホースでシャワ浣するのは全然けが違うのよ。

ホースが入ってくる瞬間以外は、まあ異物感は別にしても、別段アナルに刺激ねーわけで。

人によりけりだと思うけど、オレは"アナルに熱いお湯"というのが良かったらしい。

時間順よく覚えてないけど、多分、このイキ体験が先にあってその上で"色々試す"にハマったんだと思う。

それとは別で、色々やってくなかで覚えたお気に入りのやり方というか、道具があったんだけど、これらも多分"イキ体験"ありき、だったんだと思う。

お気に入りのやり方、2つあったんだけど、一つは、タオル歯ブラシ風呂場に余計なもん持ち込まなくていいよね。

タオルの角っこに結び目を作る。

これがまぁ、亀頭イメージ

そんで、結び目に歯ブラシの柄を引っ掛けて、アナルに押し込む。

奥に結び目が入ったら、結び目を置き去りにして歯ブラシだけ先に抜く。

で、適当時間置いてから、ゆ~~~っくりと、タオルを引き抜く。

これがすごい。

気が遠くなりそうな快楽

イけなかったけど、すげぇ快楽

タオルのざらざらの摩擦とか、吸水して粘膜に貼り付いたタオルが引き剥がされたりするのが快感なんだろうね。

時々タオルに血の跡があったりしたんで、多分奥の方の腸粘膜を傷つけてたんだと思うけど、ホントやべえ・・って怖くてセーブしてたプレイ

ま、奥っても歯ブラシの柄の長さ分だから、今使ってるディルドより全然手前なわけだが。

二つ目は、コンビニなんかでよく売ってる100mlくらいのしょう油のミニボトル

こういうやつ。

https://www.amazon.co.jp/%E6%AD%A3%E7%94%B0%E9%86%A4%E6%B2%B9-%E6%AD%A3%E7%94%B0%E3%81%AE%E4%B8%B8%E5%A4%A7%E8%B1%86%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%E3%82%86-%E7%89%B9%E6%92%B0-100ml%C3%976%E6%9C%AC/dp/B00O3UY5RW/ref=sr_1_3?s=food-beverage&ie=UTF8&qid=1466531709&sr=1-3&keywords=%E9%86%A4%E6%B2%B9+%E5%B0%91%E9%87%8F

これのキッコーマンのやつが太さ長さ凸凹どれも抜群で、中身のしょう油は捨ててボトルをよーく洗って、中に熱めのお湯(43℃くらい?)を入れて挿入すると、その熱がすげえ快感になる。

繰り返しになるけど、それでもイきはしない。

ヘタに激しくピストンなんてすると普通に肛門が痛い。

ローションがなくて、リンスとかシャンプーでやってたからね。

から、このあっつい醤油ボトルアナルに挿入して、じわー・・・・って快感を味わいながら、ゆっくり出し入れしたり、ゆっくりとぐりぐりこね回したりしてた。

これも病みつきになった。

でもこれもやっぱり中毒になるのが怖かったし、あと余計な道具(ボトル)を風呂場持ち込まなきゃいけないからバレないように神経使うし、だから我慢して時々、ホント一月に一回とかだった。

あと、勃起チンコをいじっても射精まではいかなかったのよ。

"しごく"ってのがホント、加減とかがわかんなくて上手く出来なかった。

カウパーは出てた。

からカウパーのぬるぬるで亀頭をいじったりはしてたんだけど、やっぱり射精にまでは届かなかったし、なんかそれでいいと思ってた感じ。

亀頭気持ちよかったし、アナル気持ちよかったわけで、物足りなさはあったけど、そんなもんだ、それで別に問題ない、と思ってた。いつまでもゆる~く気持ち良いのが続くんで、やめどきが分からないってのはあったか

まあだから、大体飽きるか、疲れるか、あとアナルというか直腸調子次第でもあった。

ほら、下痢の時、うんこを出しても下腹になんか痛いのとも単なる便意とも違うつらさがあったりするじゃん?そういう、腸の調子みたいなの。

そういうの次第で適当にずるずると快感を味わって、なんとなく終了してた。

まりイく快感を知らなかっただけなんだけど。

それで、細かいことは全然覚えてないし、だからきっとそんな強烈な体験じゃなかったみたいなんだけど、ある時チンコのしごき方がわかったわけ。ふと拍子で。

高校卒業して大学浪人してた時。

男なら普通に知ってるはずだし、女も手コキみたいなことしたことあれば普通に分かると思うけど、割と当たり前の、ちょっとした、ささいなコツみたいのあるだろ。

コツっつうか、つまり"皮を握って中身をしごく"みたいなこと。

あえて、もしかしてからない人がいるかも知れないから一応説明すると、たとえば手首の出っ張ってる骨あるだろ、二箇所。その辺りを、反対の手で握るだろ?そんで、握ってる皮はそのままに、中身だけ、出っ張ってる骨の上をこするというか、行ったり来たり出来るだろ?そういうやり方なんだよ、チンコをしごくのって。

今になってみると当たり前だし、少なくとも男なら誰でも知ってる方法なんだけど、当時のオレはそれがずっと分かってなかったの。

分かった時、その時もうすぐに射精できた。

初めて射精出来たら、そりゃあ猿だよね。

一日に5回とかオナニーするようになった。

受験勉強ちょっと飽きるとすぐにチンコしごいてた。

普通中学高校生ぐらいで経験するオナ猿状態に、10代が終わりかけで突入したよ。マジ猿。

じゃあアナル忘れたか?っつーとアナニーほとんどしなくなったんだけど、シャワ浣はもうクセというか習慣化してて、シャワ浣でないとうまくうんこが出来なくなってたんだよ。

マジで困ったことに。

出来ないわきゃあねえんだけど、キレが悪い。

トイレうんこしても、残便感がひどい。

恐らく本来はそんなもんなんだろうけど、あまりに残便なくきれいにシャワ浣でいつも出し切ってたんで、残便感が過剰に感じられたのと、あと多分ホント肛門の締りが緩くなって、残便があるといつまでたってもペーパーで拭ききれないんだよね。

そんなわけで、アナニーというわけでなく、快感を求めるでもなく、シャワ浣だけはずーっと、ほぼ単なる排便行為として続けてた。

続く。

ポケモンピカチュウ

GO世間を騒がせているけど、

「赤緑からやってるぜ!」勢がいるのはいいとして、

ピカチュウからやってる勢の声が聞こえてこないの寂しい。

後ろをちょろちょろ付いてくるピカチュウ可愛かったなぁ。

10年くらい前、小学生ポケモンの話してたらピカチュウモンスターであって、

カセット存在なんて知らなくて、これがジェネレーションギャップ…!って思ったりした。

久々にカセット探してみようかな

久々に緊張で全く喋れなかった

緊張で息が詰まって泣いてるような間の取り方になってしまった

相手への印象を考えたくないほどにボロボロの発表をしてしまったと思う.

中学生の時は学級委員をやってて、人前での発表も全然平気だった.先生から1人だけ発表の内容ではなく仕方について工夫を褒められたこともあるし、むしろ発表は得意だった.

高校生の時は演劇をやった.知らない人の前で演技することも最終的には慣れっこになった.うちは他校と合同発表会みたいなのをしてて、会場での運営は生徒自身がやるような形だった.だから受付や司会も自分らでやらなくてはいけなくて、俺は司会も何回かやった.その場で即興で話を組み立てて喋ることだって慣れた.

高校卒業の時は人前で喋ることに対して恐れは0になっていた.

大学生になった.俺は引きこもった.理由は書くと長くなるけど簡単に言うと精神的に鬱っぽくなって身体に影響出ちゃって大学に行くに行けなくなった.それが2年ほど続いた.つらかったけど少ない友達や、引きこもる前に行ってたサークルの仲間とたまに会っていたか死ぬほどつらくはなかった.

徐々に外に出る練習もして、この春からやっと授業に出られるようになった.何とか通えていた.

期末試験シーズン、俺は取ってる少人数の授業で発表をやることになった.この授業は半期かけて各自が調べたことを最後に発表するってやつだ.

俺は引きこもっていたとはいえ、その間もたまに友人と会った時は全く問題がなかった.身体的にも、精神的にも高校の快活な時と変わりがなかった.

から発表も嫌じゃなかったし、むしろ楽しみだった.俺が見事な発表をかましてやるぜって意気込んでたくらいだ.

なのに昨日の発表当日.俺は全然喋れなかった.

30分前から緊張が襲ってきて、授業5分前ぐらいから呼吸も荒くなってきた.

おかしい.落ち着け..俺は発表得意じゃないか.こんなの錯覚だ.落ち着いて発表しよう...

そう思っていたけど、出来なかった.

発表が始まった最初一言から頭が真っ白になった.

「あっ...すみません緊張しちゃって..」必死苦笑いを浮かべるけど一向に落ち着けない.

喋ろうとしても言葉に詰まる.全然息が吸えないから喋りが続かない.

泣きたくなってきた.これじゃ小学生の発表苦手な子みたいだ.

発表は散々だった.俺は授業が終わってみんながいなくなった教室で座り込んで立ち上がれなかった.

人前なんてへっちゃらだった.得意だった.なのにたった2年、人前に出なくなっただけでここまで喋れなくなるのか.

俺は絶望した.これまでの人生大事に育ててきたスキルものの見事に溶けて消えていたんだ.他にこれほど得意な能力なんて俺にはない 俺のこれまでの人生なんだったんだ.二十数年生きてきた努力が全部消えちまったよ...

死にたい.もう人前に出たくない.

一生引きこもっていたい.でも引きこもっていたくない.

昔のように明るい俺に戻りたい.

人前で緊張せずに喋れる俺に戻りたい.

もう全てが暗くなった.

独身の人ってきちがいなの?

至って精神的、肉体的に健康だけど小学生の頃から「まぁ別に明日事故で不意に死んじゃっても苦しまずに死ねるなら別にいかな〜」って思ってた。「生まれてきた意味?うーん分かんない、別に人生楽しいけど、もし生まれてこれなかったとしたらそもそも生まれて来たかったって考える意識すらないんだから、そう考えると別にまれて来て良かった〜!!とは別に言えなくない?」とも思ってた。

そんな意識が変わったのは結婚して一年が過ぎた20代後半の時。初めて思った。「生まれて来てよかった!!ママありがとう!私はこの人と幸せになるために生まれてきたんだ!」

次に意識が変わったのはつい最近妊娠した時。「絶対、まだ死ねない!この子をまず健康に産むまでは、まだ死ねない!!」

全部私の場合家族絡みなんだよね〜。

で、思ったんだけど例えば30.40で独身の人ってきちがいなの?うつ病とか池沼

no offense です。単純に疑問で是非教えてください!

ポケモンGOって結局……

スマホ使って妖怪ウォッチみたいなことやってるだけ

ARっぽいシステム収集ってまさに妖怪ウォッチなんだけれど。

腕に巻く奴も出るらしいし。




結局、みんな考えることは同じというか、コンテンツの強さが響いてくるというか。

その辺歩いて収集という使い尽くされたシステムの中で上手くいったポケモン

そこに、現実小学生という親和性(これについては、最近の異世界転生ブームとも被る、後述(しない))を持たせて、妖怪に特化したのがジバニャンのやつ。

ほんで一周回って、妖怪ウォッチっぽいゲームシステムAR搭載のポケモンGOが爆誕。

妖怪が見れる妖怪ウォッチポケモンが見れるスマホに置き換えたらそのまんまやん。

独身の人って生きがい何なの?

至って精神的、肉体的に健康だけど小学生の頃から「まぁ別に明日事故で不意に死んじゃっても苦しまずに死ねるなら別にいかな〜」って思ってた。「生まれてきた意味?うーん分かんない、別に人生楽しいけど、もし生まれてこれなかったとしたらそもそも生まれて来たかったって考える意識すらないんだから、そう考えると別にまれて来て良かった〜!!とは別に言えなくない?」とも思ってた。

そんな意識が変わったのは結婚して一年が過ぎた20代後半の時。初めて思った。「生まれて来てよかった!!ママありがとう!私はこの人と幸せになるために生まれてきたんだ!」

次に意識が変わったのはつい最近妊娠した時。「絶対、まだ死ねない!この子をまず健康に産むまでは、まだ死ねない!!」

全部私の場合家族絡みなんだよね〜。

で、思ったんだけど例えば30.40で独身の人って生きがいなんなの?仕事とか趣味

no offense です。単純に疑問で是非教えてください!


●追記です●

独身攻撃したいわけではなかった。マウンティングしたいわけでもなかった。

不快に感じた方ごめんなさい。自身の生きがいを教えてくれた方、ありがとうございます

私の場合は、趣味知的好奇心友達も親も彼氏社会的成功も、生きることがそれなりに楽しい理由にはなったけど、絶対的な生きる理由にはならなかった。

例えば休日友達BBQして楽しい会社で成績上げた嬉しい、ご飯がおいしいやったね。人生ってこういう楽しいことも多いけど、おっちょっとこれは辛いなって心が折れそうになるときもあるし、辛いとまではいえないけどただ漠然とこなすように仕事をして過ごす日々も多かった。

「たぶん人生プラマイゼロだ、幸せときもあれば辛いときもある。人に迷惑をかけることもあれば、人に感謝されることもある。トータルでプラマイゼロなら、ゼロ自分がもし明日不慮の事故で死んでもそれは別にもったいなくはない。突き詰めると、別にまれてこなくてもそれはそれでよかったけどね」ってぐらいでなんとなく生きてた。

死ぬ理由も無いけど生きる絶対的理由がなかった。

でも家族が出来て生まれたことに心の底から感謝できるようになった。小学生のころから持ってた上記の”消極的自殺願望”が消失したのを発見して、ものすご~く嬉しくなった。

独身の人に「結婚してないから生きがいなんてないよ」って言わせて、それを聞いて喜びたくて質問したのではない。

周りの独身は「結婚願望は別に無い、何でそんな若くで結婚したの?」「結婚なんてしたくない、他人と一緒にずっと住むなんて無理」という人の方が多いから、その答えはそもそも想定していなかった。でも実際に言わせてしまってごめんなさい。

夫に依存しているという指摘は、ご指摘の通り。それが良くないことも分かってる。だからこそ、そうじゃない人の意見を聞きたかった。

○追・追記です○

めちゃめちゃ怒られてびっくり。多くの人を怒らせてしまって申し訳ないす。タイトル言葉遣い下品で誤解を与えたんですかね。すみませんでした。

ただ、意図がうまく伝わってない気がする。これで最後にするのですごい長いけど良かったら読んでください。

ご指摘の通り間違いなく幸せ自分自身が決めるもので、ご飯が美味しかったり、夕焼けがきれいだったり、ピカチュウ捕まえたり、アイスのくじが当たりだったり、出世したり、海外出張がうまくいったり、転職成功したり、素敵なタワマンに引っ越せたり、大から小まで幸せってそりゃ世の中にたくさんあるでしょ。

ただ、幸せ時間や日々があっても、例えば病気とか、親戚や親の不幸とか、仕事残業連日で辛いぜ~とか、今日カンファレンスはうまく発言できなかったな~とか、大から小まで辛いことも人生では同じように起きるでしょ。100%幸せってよりは、まぁ人生楽しいときもあるけど辛いこともあるよね。って感じじゃないのかな?私、人生ってハッカキャンディー入りのサクマドロップみたいな物だって思ってるよ。だからこそ上述の”消極的自殺願望”に満たされてきた20何年間だったんだけど。

私はここで幸せと生きがいをまっすぐな線で結んでないよ。それらはあくま独立した関係で、「生きがいが無いあなた幸せではない、生きがいがあるから私は幸せだ」なんて、言ってないんですよ。生きがいがないことを責めてるわけでもないよ。生きがいがなければないって回答してくれるかと思った。別にから不幸ってわけじゃないんだし。

ましてや結婚してない人が不幸だなんて一言も言ってない。結婚したら毎日薔薇色の幸せ人生が送れるとも言ってない!

私は、あくまでも私の個人的見解から怒らないで聞いてね、結婚して生きがいが出来たことで、まぁ辛いことって日常的に起きるし、今後もかしたらとてつもない突風的な大不幸が発生するかもしれない。でもそんなことがあっても家族がいれば、何とか協力しながら私の人生やっていけるかな、ってやっと一息つけたの。時々楽しく、でもたまに溺れそうになりながらも頑張って泳いでたら、不意に浮き輪を渡された感じだった。私的には一人で生きていくのって結構大変で、だから独身の人って結構辛いんじゃないかなって想像するんだけど、回りの独身結婚否定派が多いし。。。一人で満たされて生きていける人っていったいどんな浮き輪を持ってるんだろうって知りたくなったんだよね。

2016-07-27

そういえば少年メイドは楽しく見てはいたけど、こいつら小学生なのに人間デキすぎだろと思ってた

家族こじらせた

典型的機能不全家庭と、典型的子ども放置系家庭の家が近かったのが、全て悪かった。

自分は、どことなく家での居心地が悪かった。

幼なじみ兄弟たちは、自営業の両親が夜中にならないと帰ってこないことが、兄弟が何人いようと寂しかった。

需要供給完全に一致してた。小学生にあがってしばらくしないうちにはもう、一日中幼なじみの家に入り浸ってた。

小学生になったからって、情操教育に手を抜いたら駄目なんだね。

自分は、帰るべき安心できる「巣」の認識がごちゃごちゃになった子どもだったと、今では思う。

どっちが本当の家か、どっちが本当の家族か。

名目上の家庭と、心がある家庭が別々になってた。

夕方になると自分だけ別の所に行かなきゃいけないのが嫌だった。自分だけ一緒に夕飯が食べれないのが悔しかった。みんなと一緒に雑魚寝して眠れないのが寂しくて仕方なかった。

でも、そんな混ぜこぜの慣れ合いが許されるのは小学生まで。中学にあがる頃には、幼なじみたちも成長したのか、もう兄弟だけで充分みたいだった。

最初からそうだったんだけど、段々自分だけ「よその家の子」になって、「兄弟」じゃなくなっていった。あんなにずっと一緒に居たのに。血はつながってないけど兄弟だって言い合ったのに。

幼なじみ兄弟から「本当の兄弟じゃないから」って扱いに下げられて、何処にも居場所がなくなって、焦った。

かといって血縁がある本当の兄弟の方は、情がなかったと言えば嘘になるが、もう家庭という土台部分が駄目過ぎた。人数が居た分兄弟だけでも成り立つようになった幼なじみの家と違って、うちの家は親兄弟がいくつになろうが、血縁のある他人のままだった。

幼なじみ兄弟の輪にもう入れてもらえないなら、自分も本当の家庭に戻るべきなのかとも考えた。

家庭全体は駄目だとしても、せめて兄弟間だけでも本当に家族になれればと、馬鹿みたいな恥ずかしい努力もした。けど、自分みたいに家の外に支えを見つけられなかった他の兄弟は変にこちらに依存してきただけで、多角的関係なんか全く築けなくて、気持ち悪くて、嫌になって、やめた。

子どもだったし、不器用だったし、こちらがいろいろ自分勝手にし過ぎたせいでもあった。

結局、家族という群れの認識をこじらせた自分は、本当の家族の中にも戻れず、幼なじみの家にも当然行けず、どちらも捨てる為に地元を出て、今は東京にひとりで住んでる。

存在を忘れられたくなくて、惨めだろうが必死幼なじみ兄弟に食いついてたこともあった。でも、大学に入って少し地元から距離ができた隙にやっぱり忘れられてしまった。幼なじみ兄弟たちは、大人になった今でも近くに住んで協力して暮らしているのに、自分に対しては東京に長く遊びに来るときにすら連絡ひとつくれなかった。というかそもそも、こちらから連絡しないかぎりもう連絡なんか来ない。幼なじみ兄弟のうちひとりが結婚して、お祝いを用意したから渡すよ・受け取るよという約束もしたが、それも忘れられてて、プレゼントはずーっとうちに放置されたまま。

とっくの昔にウザがられているのはわかっている。小さい頃の慰め合いにいつまでも固執する自分が悪いのだ。

でも、自分にとっての家族兄弟は、幼なじみたちだと刷り込まれしまったんだ。全てがおかしいと気付いた時にはもう修正できなかった。

あんなに懐深く招き入れておいて、やっぱりいらないって急に蹴り出したことを、少しは酷いと思ったっていいだろ。

自分にはもう家族ってのがよくわからない。作れる気がしない。距離感がわからない。

本当の家族も、幼なじみたちも、自分も、たぶん誰も悪くないんだけど。どうしてこうなっちゃったかな。

ただ、ずっと一緒に居たかっただけなんだけどな。

2016-07-26

http://anond.hatelabo.jp/20160726133817

小学生の時に「ノストラダムスの大予言」が流行ったなあ。

あのときは本当に信じていたので、数か月前から死刑宣告を受けているような気分だった。

そこから死は怖くなくなったね、今考えると。

anond:20160726151028

個人的には缶けりの方が好き。

成人してから花見だ!って公園缶けり大会やってた。

そしたらそこら辺で遊んでた小学生が仲間に入れてくれって隠れてる人に話しかけにやって来て、

名前なんていうのー?とか言って夕方の鐘が鳴るまで遊んでたのはいい思い出。

今は隠れやす遊具みたいなやつが防犯の事情とかで撤去されてしまって、缶けりの聖地(と呼んでた公園)も見る影もないが、

今こそ街中でやったら楽しいのかもしれないな

2016-07-25

もっとポケモンにハマっておけばよかった

当方34歳男のゲーマーだ。

初代のポケモンが出たとき高校生だった。ポケモンが発売され、高校教室休み時間中にポケモンプレイする連中がいたが、周りの目は「高校生にもなって馬鹿みたい」というようなものだったと思う。そういうのを馬鹿にしていたイケてる連中は、ポケベルPHSを使って友人とコミュニケーションを取り、授業中は机の下でミニテトリンをして遊んでいた。かくいう僕も、赤と緑の2本展開という初の試みから醸し出すビジネス臭に嫌悪感を抱いていた。そもそも月々数千円の小遣い、自由に使えるお金が非常に限られている中、僕はPlayStationに移行しようとする業界の流れに乗るため、必死で購入資金を工面するのがやっとで、携帯ゲームまでは手が回らなかった。電池代も馬鹿にならないし、画面の質も悪かった。今思うに、当時はまだ携帯ゲームハードルは高かったように思う。またモンスターを育ててバトルするというコンセプトは自分の好みに合わず、結局ポケモンスルーしてしまった。

その後、数々新作がリリースされるも、新作ごとに追加され、ますます手を出しづらく得体のしれない存在になるポケモンについて行けず、ますますシリーズに触れる機会を失っていった。スマブラに登場したりもしているので、何匹か名前は知っている程度のにわかだったが、特段気にもしていなかった。

そしてこの騒ぎである。コンセプトはとても興味深く、心から楽しみたいのに、心から楽しめない。どのキャラにもそれほど思い入れがないのだ。ゲームは好きだし、触れる機会はたくさんあったのに、スルーし続けていた。いろんなキャラを知っているようで、でもあまり知らない。やっぱりシリーズ通してプレイしている人や直撃世代熱狂にはかなわない。自分の好きだったゲームモンスターが街中で出現なんて、そのすごさが想像できるだけに、にわか自分がもどかしくて仕方が無い。こんなにすごいゲームが登場して社会現象になるくらいなら、もしそれを知っていたなら。もっとハマっておけばよかった。この複雑な心境、他で例えるなら、年下の近所の幼なじみアイドルとして芸能界デビュー、じっくり芸歴を重ねて日本代表する女優、そしてハリウッド進出し、もっとから仲良くしておけばよかった的な感じだろうか。

http://mogmog.hateblo.jp/entry/2016/07/25/021253

この記事とか、本当にうらやましく思う。自分がもう少し下の年代だったら、もし発売当時小学生だったらハマっていただろうか。もし発売当時大学生で、お金と友人という環境がそろっていたらプレイしていただろうか。そしてポケモンGO熱狂していただろうか。「ゲームアニメ漫画時間をかけるなんて人生無駄」なんて主張は間違っている。そのファン層が大きければ大きいほど、ファンとつながるきっかけになる。時間投資する価値は十分ある。街中で友達どうして楽しむ、自分よりも年齢の若い人たちがあふれている中を横目で見るたび、わき上がる妙なむなしさ、そしてひねくれた自分にいらだつのだった。

http://anond.hatelabo.jp/20160724235331

ここまで極端では無いけどファッションコミュニケーション障壁になるというこの感覚はすごくある。

ファッションって達成する目的があるようなものでは無いから、興味が無かったりそもそもファッション投資出来る環境で無ければ全く関わらずに過ごしていくことも出来る。



記事で「女性には先天的もの」と言っていたけど多分これは語弊があって、女性はこの感覚を養う環境比較的整っているというほうが近く感じる。

先入観もあるけど女の子はやっぱり子供の頃から気を配る印象があるし、女親もそれなりに手をかけてあげるだろうしむしろ自分の楽しみとして

洒落させてあげることすらあるだろう。そもそも金のかけ方が全く違う。

男についてはこの辺りが全く無い。自分は偶然元記事と同じ 27 歳だけど、少なくとも小学生の頃に男でお洒落意識のある同級生はいなかった記憶があるし

服を買って貰うくらいならむしろそれよりもミニ四駆ゲームソフトなど欲しいものがあり過ぎた。

小学校女の子同士でファッションコミュニケーションは成り経つかもしれないが、男では成り立たない。



そしてこれがなんらかの要因で、自分スクールカースト底辺だったからだけど、周囲がファッションに関心を持つ頃に

それに関わること無く過ごしていくことで必要性を見出せなくなる。

周囲の環境も同じような人で構成されていくようになるから困ることも無い。



ファッション人にせよそうでないにせよこれで住み分けが出来てしまってる人は問題無いというか関係無いんだけど、稀にそうでない場合が出てくることがある。



例えば、あくまで例だけど、採用面接に向けてスーツを着るとする。スーツなんて誰でも着れるだろ、なんでもいいだろという話だろうけど

この誰でも、何でもはファッション人かそうで無いかで恐らく価値観が全く違う。自分の例で言うと多分ワゴンの 2 万しないようなスーツ

着ていたし、ネクタイも色とか適当で締めれればいいと思っていてタイピンは上着着てれば見えないか不要だと思っていた(いる)。

共感する人もいるだろうし常識が無いという人もいるだろう、多分後者のほうが圧倒的に多いはずだ。

もっと言うと住み分け的にはこういう人種スーツ要求されないような職種に着くのが正しい。が、そうでない事情が発生するとこういうケースが起きる。



例えば、恋人が出来た場合ファッション趣味らしいがそれを自分要求してくることは無い。無いんだけど、それと自分意識しないかは別だ。

自分学生の頃から衣替えも不要な程度の衣類を着回している。一緒にいて恥ずかしい思いをさせないんだろうか。

出来ることは改善したいがそういう環境で生きてきておらず知識が無い。価値観が無い。常識が無いと思われるのでは。

妄想乙など余計な茶々が入ると面倒なので書くと、これはほぼ実体験でこれを含めた様々な劣等感に苛まれているうちにふられた。



ファッションについての義務教育をやれとは思わないが、本人が決定出来ない環境でこういった障壁が出来るのは厳しいものがある。



だいぶ元記事から曲解している自覚はあるが、こういう障壁に直面した時に攻撃的な解釈をすると元記事のようになるんだろう。

先にも言った通り住み分け出来ている人間からはこういった価値観理解されず、どちらかに倒した言及しかされないので分かり手が少ない。

トラックバックブコメも(気持ちは分かるが)全体的に人格攻撃ばかりで本質的言及が無かったので気になり、慣れないながら投稿した。

テレビに出ちゃえば後は楽な芸能界

今のお笑い芸人って大して面白くないね



岡田圭右「わーお!!」とか何が面白いの?

こんなの小学生でも出来るよ。

何で一発ネタを使い回そうとするわけなの?

視聴者を笑わせたい気持ちがないんだよ。



又吉直樹とかお笑いのかけらもないじゃん。

こいつで一度も笑ったことないよ。

一生、ペンを握って小説書いとけよ。




今はね、インターネットで個人が顔を売っていける時代なんだよ。

面白い個人がいればそっちに流れていく。

テレビ離れと比例して面白くない芸人も消えていくよ。

まらない芸人たちはスマホゲーのデイリーログインのようにただ仕事をしてるだけ。

スポンサー番組制作者のご機嫌だけ気にしてて、視聴者が笑おうが笑わまいが知ったこっちゃない。

プライベートネタなんて考えるほどお笑いが好きじゃない人たちなんだよ。



知名度に甘えすぎて人を楽しませようって気持ちが薄れてる芸人が多いんだよ。

知名度に甘えすぎて人を楽しませようって気持ちが薄れてる芸人が多いんだよ。

知名度に甘えすぎて人を楽しませようって気持ちが薄れてる芸人が多いんだよ。



頑固おじさんのげんこつを食らって反省しろ!この馬鹿者が!!!!!

人とのコミュニケーション絶望的に苦手

歩きスマホにぶつかるtogetterがバズってるじゃないですか。

そういえば自分も似たようなことをやっていたんですよ。でもチンピラ臭のする人にも近づくし、ただ実際にぶつかることはしない(絶対避ける)っていうのを徹底してましたが。いやこれ威張るところではないか



今回の件で、自分がまたコミュニケーション苦手マンであることを再認識させられてしまいました。

思えば昔から、人とどうやって接したらいいかわかりませんでした。



小学生の頃から国語試験などでよくある「(作者|登場人物)の気持ちを考えよ」が全くわかりませんでした。

人との会話で自分の都合のいいように記憶改竄して話してしまい、後で話の整合性が取れなくなるとしどろもどろになる、ということがよくありました(今でもたまにやってしまます)。

誰かに電話をするときは、たとえ相手が気の知れた人であっても、話す内容をすべて書き下して、一旦深呼吸してからでないとかけられません。

相手に2,3回以上聞き返してもよく聞き取れなくて適当に相槌を打ったり(これは普通の人でもよくあることだと思いますが……)、自分が話しているときに突然ろれつが回らなくなって、一旦会話が中断してしまう、なんてことも。

これが一番困っているのですが、「カクテルパーティー効果」がわかりません。人混みの中(……にかぎらず同じ空間に1グループでも別の話をしている人がいる場合も)で特定の人の声だけを抽出するのはとてもじゃないが無理です。ものすっごい頭を使うし、ボロボロ聞き落として話しの内容がなかなか理解できません。何より他の人達はそんな空間で平気で会話をしているので、簡単そうに会話をしている中で自分けがいまいち輪に入れてなくて、悲しくなります



今は大学生で、リアルで話せる友人は作れていません。(社会的に)この先生きのこることができるのか、ものすごく不安です。

2016-07-24

さない私の性知識について

長年の不登校の結果、私は性教育ほとんど受けてこなかった。

小学生のころに一応ちんちんがどうこうっていう話を担任先生から受けたはずなんだけれどあんまり覚えてない。そもそもその時点で私はインターネットポルノにどっぷりだったので、あんまり真面目に聞いていなかったように思う。

不登校が始まったのは中学生からで、その後高校卒業まで一般的学校には通わなかったので性教育は受けていない。でも前述のとおり私はおさないころからポルノ文化にどっぷり浸かっていたから、ある程度の知識はあるつもり。だった。

一昨日私がエロ漫画を読んでいたときに、「子宮ちんちんがちゅっちゅしてるう」というセリフが出てきた。おきまりのやつである。その後に「膣(ナカ)に出すぞ!」というセリフも出てきた。いつもならなんとなく読んでいたのだけれども、ふとひっかかった。膣ってなんだっけ?

いつも膣と書いてナカと読んできていたので、膣=まんこの中というイメージしかなかった。ていうか子宮ってなんだ?いや子宮が何なのかはわかる。大事赤ちゃんのお部屋(エロ漫画から引用)だ。じゃあ膣は?膣はなんだっけ?

私は自分にびっくりしてしまった。もう10年以上もポルノ文化に浸っていたにもかかわらず、膣の役割=ちんぽのためのオナホくらいの認識しかなかったのだ!!でもよく考えればそれは当然のことだった。今調べたところ膣の役割は、生理の血とかを出すこと、ちんこを入れること、産道になることの3つだった。私はごく健全性癖の持ち主なので、読んでいるエロ漫画にはちんこを入れる役割しか出てこなかったのだ。

ほかにも、エロ漫画世界では確実に孕ませるために子宮口に亀頭をくっつけて射精することがよくあるのだけど、私は「じゃあ逆に考えれば子宮口より手前で出せば妊娠率は低いんだろうなあ」と思ってきていたのだけれど、でも冷静になるとこれも間違った認識な気がする。

勉強してこなかったのだから知らないのは当たり前なのだけれど、私は自分の体のことを何にも知らないんだなあ!とかなりびっくりしてしまった。改めていろいろ考えてみると、私は赤ちゃんがどうできるのかもよく知らない。おちんぽみるく赤ちゃんのお部屋に出すとできるくらいのイメージしかない。

まあだからといって改めて勉強するのかと聞かれたら多分しないと思うのだけれど、はてブ眺めてたら性教育記事が上がってきてたのでなんとなく書いてみた。

博士後期に行かない理由

「『博士課程行くの?』と聞かれたと仮定して、絶対行かないよって決めてる人はその理由を一旦紙に書けるだけ書いてみる。そして最後質問を『なんで修士課程行くの?』に変えて、紙をじっと見る」という遊びは危険なので、該当する人はくれぐれも院試勉強中などにやらないように

というつぶやきがあったのでやる.

行かない理由結論としては研究するモチベーションインセンティブもないことである.

依然として僕の価値観としては, 修士に行って博士に行かないことは妥当だと思えた.

博士後期に行かない理由

- 本当に研究したいことなどない (解決したい問題はあるが, それは小学生宇宙飛行士に憧れるのに似ている)

- このネタ論文をかけるかどうかしか考えていないことに嫌気がさす

- 独立した研究者としてやっていけるとは思えない

- 常に研究のことが頭から離れない3年間(B4, M1, 2)につかれた

- さらに3年間は長すぎる

- 労働環境が劣悪

- 十分な業績をあげようと思ったら, 労働時間青天井

- とても月20万(DC1, 2, etc.)だけでやろうとは思わない

- 日本大学機関は衰退していくであろうという僕の想像 (大学教員という職業狭き門であるし, そもそも魅力的ではない)

- 遥かに労働環境のよい企業内定をもらった

修士課程に行った理由

- 就活アピールできるものは「勉強頑張りました」しかなかった

- 業績を稼いでそれをアピールしようと思った

私の大学時代はとても胸をはってよかったと言えるものではない.

- 1 on 1で飲みに行く友人は片手で数えられる

- 彼女などいなかった

- バイトなどはしていない

- 平日は大学と家の往復

- 土日は引きこもる

- 就活アピールできるもの研究しかない

業績は修士としては十分すぎるほど稼いだ.課程博士審査基準をすでに満たしている.

業績だけみると, 僕の分野の修士では日本においてはトップレベルだと思っている.

しかしその業績は僕ひとりで稼いだものではなく, 指導教員の皆様のおかげである.テーマを自ら考えたものでもない.

(さらに言えば, 僕の研究業界へのインパクトもない)

独立した研究者としてやっていけるとはまったく思えない.

研究することのモチベーションは「就活アピールするものがなくてマズイという焦燥感しかなかった.

2016-07-23

娯楽のない田舎モテないコミュ症が生まれると地獄

俺は北海道田舎に生まれ育ったが、それでもまだ駅前地元では街と呼ぶ)に近いほうの住宅街に住んでいたので、娯楽には困らなかった。

映画館ゲーセンも大規模な本屋もあるし、服を買うのも困らないし、チョイスの良い古本屋もあるので欲しい絶版本もすぐ手に入る。レトロゲームが好きで古いファミコンを買うのも、古本屋でどうにかなった。年に何回かは東京からお笑い芸人バンドが来てライブもある。同人イベントもあるし、アニメショップもある。

友達がいなくて一人で趣味に没頭するしかない奴でも、一応なに不自由なく暮らせた。

東京でいう、八王子町田に住んでる感覚だ。(もちろん北海道田舎なのでそれらの街より小さいが。)

最近高校時代の友人が自転車にハマっているというので、特に目的もなく適当自転車ブラブラしようと誘われた。同じ高校だったが、校舎が別だったので校内で会うことはなく、放課後によく一緒に遊んだやつだ。

大人になってからは車移動しかしなくなっていたので、自転車で車じゃ通らない道を走るのは新鮮だった。

すると友人が「あの山の麓を目指そう」と言う。遥か遠くに山が見えるのだが、とても自転車で行ける距離ではない。しかし暇なのでついていくことにした。

住宅街が無くなり、やがて畑しかなくなり、たまにコンビニがポツポツあるくらいで、建物農家の家くらい。たまに牛もいるぞ。「たいひあります」という看板がやたら多くなり、畑や牧場も無くなると「不法投棄監視されています」というノボリだらけになった。道路脇にはタイヤブラウン管テレビ便器などが転がっている。「監視されています」って、どこにもカメラは見当たらない。

ついにコンビニすら見当たらなくなった。畑も牧場もないが、たまに一軒家は見かける。こんな何もないところに住もうと何故思うのか、謎である

時間くらい自転車を漕いだだろうか。途中、急勾配が連続して自転車には辛かったが、山が目の前になった。街にいたときは、遥か遠くにあって行こうとも思わなかった山が目の前。

その麓には、家が何軒かある。そのうちの一軒が友人の高校の同じクラスの奴の家だという。

ドアのチャイムを押すと、同じクラスだったという彼が出てきて、家のなかに招いてくれた。

家は平成以降に建てたであろう、割と新しい綺麗な家だ。

「ここまで自転車できたの?大変だったろう」と冷えたポカリスエットを頂いた。ここまで来るのに汗だくだ。車に慣れてしまい、社会人になってから運動なんて一切していないので、自転車時間は本当に堪えた。キンキンに冷えたポカリスエットが沁みた。

ポカリスエットを頂きながら、彼の学生時代の話を聞いた。

高校時代は片道三時間かけて高校まで行っていた。彼は慣れていたが、街側に住む連中は自転車なんて精々乗って一時間である

高校時代に一度クラスの連中が彼の家まで自転車で行こうとしたらしいが、あまりの遠さに断念したという。

あんな急勾配を繰り返しながら、毎日片道三時間かけて自転車高校まで通っていたのである。頭が下がる思い。

冬は雪が積もるのでもちろん親の車で送り迎えだった。バス停は一応近くにあるが、一日に二回しか来ないので使い物にならないという。

一応、小中学校は歩いていける距離にあるが、そんな山の麓の何もないところの小学校なんて、同級生は五人しかいない小さい学校だったという。

そんなコンビニ一軒すらない田舎子供が暮らすといっても、娯楽がなにもない。ゲーセン映画館もなにもないので、家で少年ジャンプを読むかゲームをするかしか無いという。

そんなものはもちろんすぐ飽きる。結局、娯楽がない田舎で育つと、セックスしかやることがないという。

遊びに行こうにも、街に行くには自転車で片道三時間小学生には無理だ。コンビニ一軒すらない山にいるしかないのだ。公園もない。結局は、セックスしか娯楽がない。

彼の童貞喪失は小4。同級生女子とだそう。一度セックスを覚えてからは、同級生女子全員とやり、5年、6年の女子全員とセックスしたらしい。

まり小学校中学年になれば全員穴兄弟棒姉妹になるという。小学校中学校時代毎日セックスした。

この話を他の男にすると、みんな羨ましがるという。でも彼は「田舎だし、仕方ないことであって、決して自分モテる訳ではない」と謙遜する。

俺を自転車でここまで連れてきた友人も死ぬほど羨ましがっていたが、俺は羨ましいどころか聞いていて辛かった。辛くしかなかった。

もし俺がそんな学校に通わなければならないとしたら、女子は誰も俺の相手をしてくれずに童貞のままだろう。

小学校低学年のときは仲の良かった男子も、中学年にもなればセックスに夢中で俺の相手はしなくなるだろう。

誰も俺の相手をしなくなり、完全に孤立してしまう。

津山30人殺しだって、村の夜這いシステムから除害されて起きた事件だろう。もし俺がそんな田舎に生まれていたら、完全に(殺人まではしないけど

)そうなっていた。

街側の学校で育ったから、女子から一切相手にされず女友達が一人もいないモテない俺でも、男友達はどうにか作れたが、本当に山に家が無くて良かった…と戦慄しながら彼の家を出た。

ああ、そうか。また三時間かけて帰らなきゃならないのか…

キリスト教徒になってわかったこと

いろいろあってキリスト教徒になりました。

んで気づいたんですけど、日本人って無宗教の人が多いじゃないですか(主語がでかいですか、すいません)。

そうすると、拝金主義とか消費社会に対する批判に触れる機会が文学映画ぐらいしか無いんですよね。

小説ならバルザックとかトルストイ漫画なら岡崎京子とか青木雄二映画ならフィンチャーとか。あとはまぁマルクスですか。

でもこれらって大人になってからじゃないと読めないじゃないですか岡崎京子とかナニワ金融道子どものころに読んでるかもしれないですけど、その根底消費社会拝金主義批判がある(岡崎京子ならたぶんゴダールの影響、青木雄二なら自身経験に加えてマルクスの影響)って気付ける小学生ってなかなかいないと思うんです。

拝金主義消費社会批判に幼いころから触れないもんだから、金こそ全てみたいな価値観蔓延やすくて、よくないと思うんです。増田毎日投稿される労働者の苦悩みたいなの見てると切に思います

その点聖書って子どもでもよく分かる話で「金が全てじゃないんだよ」って教えてくれるんで、いいと思います。どうですか増田見てるお父さん方(布教)。

そういやこの前、カイジを読んだ学生で、利根川演説に感動したって言ってる人がいました。利根川さんはその思想に基づいて行動した結果、焼き土下座させられてるんですけど、いいんですかね。

2016-07-22

いい歳して恥ずかしくないのか。

ポケモンで騒いでいいのは小学生までだろ。

やらずに「批判するやつ」も嫌いだが、やらずに「批判するなっていうやつ」も嫌いだ

ポケモンGOについて。


私も現時点では正直つまらないと思う。私も現時点の作品面白いとは満足したくない。で、それは運営もわかってるはずだから、今つまらないことはつまらないといってもよいと思う。ああしてほしい、こうしてほしいっていうのはありでしょう。それを叶えるかどうかは運営次第だけど。

アニメで一話切り自慢する奴のようにそのゲームをろくにやらずに批判するやつは嫌いだ。でも、そのゲームをやってないのに批判に対して「批判するな」っていうやつも嫌いだ。批判というだけで聞く耳をもたない人ってなんか気持ち悪い。

長続きするゲームってなんだかんだ運営による改善がしっかりしてたり、コンテンツの追加が充実してる。

以前デレステ稼働初日に「曲が少ない」「難易度高い曲がなくて退屈」と批判してる人いたけど、この人が書いてた批判ってたぶん今ではだいたい解消されてる。

まなめ

ポケモンGOも、そうなるんじゃないかな。前身であるイングレスだって最初から今の完成度を誇っていたわけではなかったと聞く。天下の任天堂が、今の状態のままで終わりとするわけはない。






から、今の時点で面白くないとかあわないと思った人は今はやらずに、面白くなってから戻ってくればいい。現時点でpokemonGOそれ自体否定したりとか、あれこれ理由つけてやりませんってのを宣言してる人は何がしたいのかわからない。「ポケモンやったことないのでポケモンGO乗れません…」っていうならやればいいじゃん。バカじゃないの。小学生かまってちゃんかよ。










うお、なんじゃこりゃ、なんでリンク先がまなめになってんだ。

最初ブコメツッコミなかったからやっぱり最初普通文章だったよな。何があった。まなめ陰謀か。