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はてなキーワード: 小学生とは

2016-06-27

アスペADHDを併発してる夫に、カサンドラ症候群になって別居中の妻が最近言ったり送ったりしたことをまとめなおしてみた。




あなたはいつもデフォルトの「あなた」がしっかりとあって、基本的に寝て起きるといつも同じ「あなたからスタートする。

昨夜言い争った内容も、私の涙も、出ていない結論も、あなたに訪れた幸運さえも、きれいに「解決」「終わったこと」になっていて、

「えっ、なにそれ?」「ごめん、思い出せない」「いつの話だっけ?」と忘れ去り、毎日まっさら気持ち気持ちよくニコニコ笑っている。



私はこんなに悶々と悩みを抱えているのに。まだ、何も解決していないのに。

どうしてあなたはそんなに幸せそうな顔でいられるのだろうと、私は静かに憤りを感じる。

そのことに、あなたは気付かない。気付けない。

でも、私の雰囲気の変化を敏感に感じて、だけどそれが何かわからないので、

「どうしたのー?」とニコニコしながら頭を撫でてもらっても、今は私の気持ち逆撫でするだけだというのがわからない。

私が「今はやめて」と言ってしまうと、あなたはどうすればいいかからなくなって、泣きそうな顔でフリーズする。

そして明日になって、今日が昨日になってあなたリセットされるまで、身体的接触自体消極的になってしまう。

まり純粋すぎるあなたを前に、私はまた罪悪感から自己嫌悪に陥ってしまう。



あなたが「昨日」を引きずるのは、心身の調子がとても悪いときだけ。

から、見ているとすぐに調子が悪いのがわかる。

常に私が話すとその場その場では真剣に考えてくれているのはわかるのだけど、何かで気が散ったりしてその場で結論に至らなかった場合、話が翌日に引き継がれることはなかなかない。

引き継がれているとき=考えすぎて身体にも異常が出てしまっている(大体急に40度近い高熱を出す)ときなので、

あなたが苦手な分野の話をするのはとても億劫になるし、熱を出させてしまうと申し訳なくなる。



毎日リセットされるので、行動も思考ほとんど変化がなく他人に影響されない。

ブレない自分を持っているあなたは、その基準の中で厳格で明快な判断を下す反面、

まるで精密機械にように、同じ結果、同じ結論に達するために同じ経過を幾度も辿るので、何度も何度も同じやり取りをして、同じ失敗をする。

あなたは気付いていないかもしれないけれど、私からは、毎日同じ段差に躓き、毎日車輪を再発明してニコニコ喜んでいるような生活を送っているように見える。

から最初からできることは確実にできるけど、できないことはなかなか、時には年単位時間をかけてもできるようにならない。

実は前の失敗を踏まえてアプローチの仕方が変わっていたり、つまずくポイント微妙に違ったりして、あなたなりに変化が全くないわけじゃないのはなんとなくわかるんだけど、

一度失敗したら、気を付けていれば普通二度と失敗しないだろう。と思うようなことで何度も失敗しているのを見ていると、面倒くさくなって頼むのをやめたり、つい手を出してしまう。

私が手を出すと、あなたはペースが乱れて混乱し、蓄積されかけていた経験値はあっという間にゼロに戻る。

あなたの歩みを見守るには、私には忍耐強さが足りないのだと思う。



一つ新しいことを覚えるのに、時間をかけて体と脳に染み込ませる必要があるし、大抵のことはリセットされて翌朝には元に戻ってしまうので、

一緒に暮らしていて相手として、相手に影響を与えている感じがしない。まるでよくできたロボット暮らしているような気持ちになる。

カレーを焦がさず作る練習の為に毎日カレーを食べ続けるのはさすがに苦痛だし、仮に特訓の果てにカレーの玉ねぎは焦げなくなっても、野菜炒めはやっぱり焦がしてしまうのがあなた

特に苦手な、自他の心情や情動の絡むことになると、そもそも全く一般的でない、突拍子もない考え方でこれまで生きてきていたりして、

一般的感覚リアクションに至る理由が全く理解できなかったり、「その発想はなかった!」ということばかりのようで、教えようとすると大変労力がかかるし、それも徒労に終わることの方が多い。



すごく頼れてしっかり者で、同年代の人よりはるか精神的に大人な部分と、普通の人は当たり前にできることができない小学生並の部分が混在していて、そのギャップが激しすぎる。

から、「ただもう少し気を遣ってほしい」とか、「こういうことを察して行動して欲しい」というような小さな不満が、

元の不満が小さいからこそ、『なぜこんな簡単なことが何度言ってもできないのか、それは私が大切にされていないからではないか』とどんどん膨らんでいく。

診断がついて、頭ではあなた特性によるものだと理解しているつもりでも、あなたの優秀な側面も知っているからこそ、「そんな馬鹿な」「できるはずだ」「私でもできるのに」と、どうしても心が納得させられない。

あなたもっとポンコツで、スッパリ諦めがつけばいいのに、諦めきれない。

あなたが私を愛してくれていることは、あなたの態度や行動からとてもよくわかるのだけれど、

あなたの表明してくれる愛情と、そういった未発達な部分からくる対応齟齬で、私の心はひどく混乱し、罪悪感や自己嫌悪に蝕まれ疲弊する。



口に出して頼みさえすれば、なんでも喜んでやってくれるのはわかっているし、その都度私があなたに言うようにすれば家庭が円滑に回るのはわかっているけれど、

全部言葉にして言わなければ伝わらなかったり、項目や手順を紙に書いて掲示しなければいけなかったり、やってくれても思わぬところで失敗したりするのがしんどくて、つい、言うよりも自分でやってしまう。

伝える労力と我慢を天秤にかけて、我慢を選んでいるのは私自なのだけれど、それでも不満が蓄積されていく。

もっと早く診断がついていれば、言わなければわからないものなのだと知っていれば、まだ言っていく方向に頑張れたかもしれないけれど。

ずっと「普通は察して自発的に動けるハズで、それをしないのはやる気がないからだ」と思っていたし、

「なぜ私ばかりが言うという労力を払わなければならないのか(なぜ分からないのか)」

「なぜ書かないとわからないし、今から書く必要のある話をするということも察せないのか」

「なぜ記録を残さないと忘れるのか」

「なぜコミュニケーションをするために、準備に労力を払って、テンポの悪いやり取りをしなければならないのか」と、今もどうしても思ってしまう。

普通じゃないのがあなたの魅力でもあり、弱点でもあるのに、私はあなたに私の思う「普通であることを強く望んでしまう。



カウンセラーとのやり取りの中で、あなたあなた自身まり意識はしないままに、幼いころから自分はなんとなく社会の中で居場所を確保できなさそうだと気付いて、

時間をかけ、工夫を重ねて、人とは方法が違っても概ね同じ結果が得られるように様々なことを訓練してきたことを知った。

その結果、表面上「ちょっと変わった普通の人」風に振る舞えるように努力し続けて、今現在社会的に自立した生活を送れていて、

それが同じような特性による不自由さを持つ人たちの中では、カウンセラー医師が投薬を渋って今後に期待をかけたくなる程度には上々の成果とされることもわかっているつもりだし、

実際、なにが問題なのかさえ正しく認識できれば、大抵のことをゆっくり解決に向かわせられるだけの自己分析能力問題解決能力もあって、

生活改善する意識もかなり高い部類であることも、本などに出てくる様々なケースを読む中でわかってきた。

けれど、それでも、私が無意識に求めてしまう「普通」と、あなたの演じられる「普通」には大きな隔たりがあって、その溝はきっと今後も埋まらなくて、それがとてもつらいし、不安になる。

RE:ゼロつまんねぇ……

最初の頃は結構悪く無いかなーと思ってたけどもうここ5話ぐらい超つまらん。

小学生妄想ノートレベルの内容なのは今に始まったことじゃねえけどよお……それが相応しい舞台ってのがあるじゃん

何でこう厳粛な世界をそのノリで書いちまうのかね。

それしか書けないからですってならそもそもこんなの書くんじゃねえよ。

はぁ……ただの出来の悪いラノベアニメなっちまったなあ。

http://anond.hatelabo.jp/20160627001653

俺も自分の子ども全然かわいくないなあ。

来年小学生だけど、心理的にはネグレクトに近いものがある。会話もめったにない。

嫁に俺の悪口か何か言われ続けているようで、近づくだけで結構嫌がる。増田とちがって離婚をかんがえるほどではないけど、家に帰るのがしんどい毎日

死にたくてしょうがない

先日、会社帰りの電車の中で死にたい気持ちになった。

もちろん比喩ではない。

私は最寄の駅にあるコンビニで、40度のウイスキー二本と梅酒炭酸ジュースを買って家に帰った。

そして「次に死にたくなったときのために」ととっておいた向精神薬(よく覚えてないが、ストラテラジプレキサトリプタノールなど10種類くらいあったと思う)を酒で煽るように飲み込んだ。

そうこうしているうちに夫が会社から帰ってきた。

私は夫が自室に入ったのを見計らい、薬・酒・財布・電話だけを持って逃げるように家の近くの公園に走り込んだ。

そこにあったベンチに座り、なにも考えず、とにかく飲み続けた。

私が覚えているのはそこまでで、気がついたら家の布団にいた。

夫に今何時?ときくと、日曜日の午前6時ですよといわれた。

私は驚愕した。酒を飲んでいたのは金曜日の話で、土曜日がなくなっていたからだ。

夫によると、公園で倒れていた私を誰かが通報したらしく、警官が私を家まで連れてきてくれたそうだ。それからずっと眠り込んでいたと。

もちろん、そんなことは一切覚えていない。

夫は泣きそうな目をして、君が生きて帰ってきて本当によかったと言った。一言も私を責めることなく、泥まみれになった私を洗い、トイレに連れて行き、ずっと私のそばにいてくれたようだ。

私は今、正規社員として勤め、そこそこの収入があり、優しい夫がいる。

それでも私は、会社で同僚に言われた一言に激しく傷ついた時、「これがきっかけで、やっと死ねるのではないか」と一種待ち遠しい気持ちになったのだ。

私が初めて死にたい気持ちになったのは小学生の時だった。当時見た「シックスセンス」の中で、母親食事に洗剤を混ぜて子供殺害したシーンをみて、「これだ!」と天啓を受けた気持ちになった。

私は観賞した数日後に、台所にあった味噌汁の中に洗剤を混ぜて飲み込んだ。何かに混ぜなければ、原液ではとても飲み込めなかったからだ。

だが、私の身体には何の変化も訪れなかった。

その後も、友達とふざけたふりをして体育館ギャラリーから飛び降りたり、完全自殺マニュアルを買って首吊りを試みたりした。

電気の延長コードカバンの中に入っているのを見た友人は不思議そうな顔をしていたが、まさか何時でも首を吊れるように持ち歩いていたなど知る由もないだろう。

自殺を試みていることを人に言ったことはない。 身体に跡が残るようなこともあまりしない(リストカットなどは考えたこともない。あれ、死ねないらしいから)。

自己啓示欲でも本当に迫れているわけでもないなら、私は何でこんなに死にたいのだろうか。

私が発達障害者からだろうか(でもそれならこの世に発達障害者はいなくなってしまう)精神科にはずっと通っているが、はっきりしない。

きっとまた、私は死にたくなるのだろう。

ブコメで「嫌なことから逃げ出したいけど確実に死ぬのも恐いから不覚時な方法をとって死ねたらラッキーくらいの気持ちなんだろう」とつきそうだし私もちょっとそう思う。

あと、さいとーさんのことは全く理解できないです。

耳毛が生えてくる

小学生のころから耳毛が生えてきてた。

「うわあ、お前耳に毛が生えてるぜw」

「う、産毛だろ!」

「ちがうちがう、黒くて太くて髪みたいなやつ。うわあ、すげえwwwwww」

学校行事かなんかで体育館に並んで整列してるときに後ろに立ってるやつがいつもからかってきた。

それ以来3日に1回は耳毛を剃るようになった。

あれから20年近く経ったがまだこの習慣は続けている。

こんな生活が一生続くのかと思うと絶望せざるをえない。

駅のホームに並んでるとき、たまにもさもさの耳毛を生やしたおっさんがいてすげえなと思う。

彼らには耳毛人間としての誇りがあるのだろうね。

他人からからかいなんて気にしない。

他人の目も気にならない。

本来ムダ毛というもの存在しないのであり、耳毛人間耳毛必要なわけで俺らが恥じる必要はないのだろう。

あいう誇り高き耳毛おっさんを見ると俺って本当に小さな人間だなと反省する。

耳毛を誇れるミミゲストになりたい。

それが俺たちの生き様なのだから

2016-06-26

男に生まれたかった

小学生の時野球が大好きで、でも私は女で、女の子友達野球の話をしてもドラマが潰れるから嫌いだしわかんないと言われた。

男の子に言ったらお前女なのに野球好きなの!?と言われた。

そのうち女の子たちには「男ウケを狙ってる」として全員にハブられ&いじめられ、男の子たちには「野球が好きだって言うけど野球部じゃないし、一緒に野球で遊べるわけじゃない」と仲間にはしてもらえなかった。

野球が好きだけどひとりだった。パワプロで対戦してくれるのはコンピューターだけ。

女だから浮いていた。

成人して、今でも野球が大好きなので野球好きな人に一緒に野球を観に行こうと誘ったら断られた。

彼女許可が降りないと思うので、あなたとは行けない」という返事だった。

至極まっとうだ。正論だ。そのとおりだ。そして誠実だ。彼はひとりの男性で、私はひとりの女性だった。

だけど、私はただ野球友達が欲しかっただけだ。そんなこと通用しないというのは分かるが本心だ。

私は野球友達とこのバッテリーインコースの攻め方が好きだとか打者の足の踏み込み方が良いとか最近この選手が好きだとかそういう話をしたかった。

もし男だったら?

恐らく何の困難もなく約束を取り付けられていただろう。

またひとりで観戦するしかないのだ。

から好きなゲームも好きな映画好きな音楽も好きなスポーツも全部男モノ。

男女どちらにも大変な困難があることはわかる。私はそれでも男に生まれたかった。

0.999…は1ではないという友人

「この問題こそ人類文明を持ち始めて以降、最も多く議論されてきた問題なんだ」

とその友人は昭和世代が好んで愛してきたような喫茶店で少し冷めたコーヒーをすすりながら私に言った。

しかし、私はこの問題がそんなに議論されてきたかどうかはともかくとして、

「それは数学的にもう何百年も前にそれは決着した問題であり、完全無欠に=1って事なんだけど」

と断言したのだが、彼は全く怯まなかった。

「それは詐欺に騙されているようなものだ。数学ギミックは君に目くらましを掛けたかもしれないが、俺は騙されない」

確かに、彼はいわゆる文系出身で、長年付き合ってきて例えば飲み会で割り勘にしようといって彼が率先して分割計算したのを見たことはない。

だが、こんな簡単な話を理解できないほどには馬鹿ではないと思ったので、喫茶店には迷惑をお掛けする事になると思いながらも、テーブルの端にあった砂糖の入れ物からスプーン一杯掬うと、それをゆっくりテーブルの上に落とした。

「勿体無い事をするね。その砂糖を作るためにどれだけの労力が払われてきたのか、君は理解しているのか?」

そんな話しはどうでもいい。

私はその砂糖スプーンテーブル中央付近に3センチ程度の円状にまとめ、さらにそのスプーンテーブルの木目に沿うように2本の分割線で区切った。

「わかるよね?1を3で割ると0.333…だ。だが世の中の誰もがこれを再びまとめると無限小の部分が失われる羽目になるとは思うわけがないだろ?」

だが、彼はコーヒーゆっくり飲み干して自信満々にこう反論する。

「あのね、砂糖粒は有限だ。きっちり割ったとして例えば0.33二つと0.34一つになるのだからそれは1になるのが当然で一粒たりとて空中に消えたりしない。それは例えばこっちのグラスに残っている水だってそうだ。水分子数は有限だから分割して合わせたら元通りになるのは当然だ。私が言っているのはそれではない」

困ったな、こいつは・・・と内心思いつつ、テーブルの上の砂糖を布巾で包み込むように片付けながら、仕方がないのでもう少し丁寧に説明する事にした。

「いやいや、まさにこの事なんだよ。砂糖しろ水にしろ、粒の数や分子数を数えたりする人はいない。我々人類はこれらを例えばグラムであるとか容量を用いて表すわけだ。分かるだろ?そういう計算小学生だって間違えないし、いつ如何なるところでも厳密に現実とピッタリ一致する」

私はこれで自分の誤りを認めないほど彼のことは馬鹿だとは思ってなかったのだが・・・

「違うよ、それは当然の事さ。アルキメデスは必ず現実では亀に追いつき亀を追い越す事は万人が現実として認める話だ。ゼノンだってそこを否定しているわけではない。そうではなく我々が用いる論理には必ず無矛盾でない部分が存在するという話なんだ」

ちょっと絶句した。彼が学生時代から哲学に嵌りだしたという話は、それ程親密に付き合ってきたわけではない私も噂では聞いていた。ははぁ、だからそんなことを言い出したのか。0.999…は1ではない等と。

哲学が嫌いな私は最早付き合いきれないと、次の予定もあったし店を出ようと思ってテーブルの端に置いてあった明細票を手に取った。

ゼノンとかよく分からないけど、無矛盾とか何とかゲーデル不完全性定理なんてなぁ聞いた事はあるけど、時間時間なんでとりあえず割り勘にしようや」

「分かった。不完全性定理の話は俺も流石によく知らんから論破されてたかもな。で、いくら?3等分じゃないから割り切れるよな(笑)

「えーっと、・・・あれ?999円だわ、なんかすげー偶然(笑)

「マジかよ!ちょっと見せて・・・わ、マジだ!あはは!、じゃどっちが1円多く払う?」

「いーよ、五百円くれたら俺が千円札で払ってお釣りは君に上げるから

「いらないよ」

と言って、彼が財布から百円玉を取り出したのだが、彼はそれをしげしげと見つめながらこう言った。

「つまりさ、お金なら有限で999円と1000円は厳密に違うのに、無限だと一致する、そこが気持ち悪いって言いたかったんだよ」

そうかなー、私はお釣りは要らないんだけど。

2016-06-25

小学生とき

ブサイクだけどおっぱいの大きい同級生女子男子3人で奪い合って負けたとき

俺の生存競争は終わったのかもしれない

http://anond.hatelabo.jp/20160625202139

これだけ長文書いといて理由不快から一点張りって、小学生じゃないんだから。書いてる途中で自分文章に飽きちゃったのも結局今まで真面目に考えたことがないからでしょ。

増田の望む表現なんてこの先も生まれいから、とりあえず目を潰しちゃえば。身障にでもなったらこんな話も誰か聞いてくれるかも。

貞子vs 伽椰子を観ました(超ネタバレ

ネタバレでーす

気づくとなぜか会話の中心になってしまうのをやめたい。

自分の周りには、自然と人の輪が出来る。

自覚したのは高校生の時で、思い返してみると小学生の頃からそうだった。




コミュ力が高いわけではい。人見知りだし、コミュ障だし、友達も少ないし、人気者というわけでもない。

学生時代は目立たないグループにいた。仲いい人達とだけ喋れる、っていう典型的内弁慶



しかし、複数人で話していると、いつの間にか私がその中心になってしまう。

例えるなら、バラエティ番組の司会とひな壇芸人。「踊るさんま御殿」のさんまとそれを取り囲むタレント、ってのが一番近いと思う。




飲み会の席などで、なぜか皆、私に向かって話をする。私以外の間で会話がないわけではない。相槌や茶々を入れたり、質問を挟んだりはする。

しかし、基本的自分が話の聞き手になってしまうのだ。A→私、B→私、A→私、C→私・・・という風な会話の流れになってしまう。




バラエティ番組の司会とひな壇芸人という例えを出したが、もちろん私から話し手指名しているわけではない。

「この間こんなことがあってさ、」「聞いてよ、アイツがー」「そういやあの話聞いた?」を言われるのが毎回私なのだ。なぜなんだ。




前述した通り、私はコミュ力がなく口下手だ。司会でもタレントでもなく、出来ることなら観覧席で笑っていたいタイプなのだ

話を聞きながら笑い、たまにツッコんだりするポジションでいたいのだ。

しかし、彼らは私を見ながら話す。私は、相槌を打ち、リアクションをし、話の続きを促す。




私は、どうすればいいんだろう。

私がいない時、友人達はどういう風に会話をしているんだろう。

煽りかた講座

■「しね」

20点。短くシンプルであることは良いが、とにかくインパクトが弱い。

ひらがなで書くことで煽り手としての精神的負荷は軽くなるが、言われた際の恐怖感も弱くなる。

もしかして漢字を使えない小学生なのではないかと思ってしまい、その幼稚性に対してはむしろ憐憫の情を抱いてしまう。



■「お前つまらいか死ねよ」

→50点。二人称指定、および漢字記述することで語気を強めることに成功している。

それに加え、死ぬべきとするための根拠を示すことで、より効果的に相手の心を抉ることができる。

ただし、つまらないと判断したのは主観的な印象によるものであるため、別の者が「いや面白いと思うよ」などと擁護した場合においては

しろ煽り手側に「こいつの方がつまんね」等の砲弾が跳ね返ってくる場合があるうえ、

口調の荒さから周囲から理解を得にくい傾向があるため、これを発する際にはいくらかの自信と覚悟必要となる。



■「あなたブログって全然コメントついてませんね」

→80点。客観的事実を述べることにより相手反論を封じることが出来る高等技法

この事実相手コンプレックスであればあるほど深いダメージを与えることが出来る。

さらにあえて丁寧語を用いることで相手への威圧感を与えるとともに、第三者から賛同も期待できるようになる。

これを言われた際には気丈な態度を見せるか(例:「別に気にしていません」「コメント数が目的ではない」)、

煽り手が取るに足らない存在であることを示さなければならない(例:「だが俺の方が年収が上だ」「匿名あなたに言われたくない」)。

この煽りを使うためには注意深く相手を観察することが必要となり、使用者センスが強く問われる。



■「???????????」

→100点の煽りかたはキミ自身で見つけよう!

彼らは、本当に面白いと思っているんだろうか

http://www.konayuki358.com/entry/2016/06/24/190000

こんな内容に、「面白い」という賞賛コメント殺到してるけど、

彼らは本当に面白いと思ってるんだろうか。

小学生なら喜ぶかもしれない。

でも大人面白いと言う内容には到底思えない。

僕の感性がズレてるんだろうか。



他のサイトでもこんな人たちがはてブ数を上げていると思うと、

はてブをもらうことの価値はもう無いように感じてしまう。

物心ついたときから

死にたいと思ってた

6歳くらいの時から親に叱られると私なんか死ねばいいと思ってるんでしょって大泣きしてた

何に泣いてたのかは自分でもわかんない

怒りなのか悲しみなのか

その時からずっと死にたいと思ってた

小学生の時は忙しすぎて死にたいとは思ってなかった気がするけどその後の

中学高校大学ずっと死にたいと思ってた

でもまだ生きちゃってる、なんでかはわからない

恐らく今より幸せだったとしても死にたいと思ってると思う

何事につけても生きるという選択ができない体質なのかもしれない

最近なんかは薄々死ねないことに気づいちゃってて死にたいという気すら起きずに

しかばねみたいに生きてる

死にたいっていうと死ねか生きろかそんな話にしかならないけど、

そういう話が聞きたいんじゃないんだよ

2016-06-24

ドラクエ2の思い出

小学生ときドラクエ2が好きだった。ひたすらやっていた。

ある日、気がついた。

「あれ?このタイミングで"にげる"のところでAボタンを押すと必ず成功するのでは?」と。

カーソルが消える瞬間にボタンを押すと必ず成功した。

そして、経験値0でパーティを3人にするのに成功した。

しかし、人生は甘くなかった。

他の二人が弱すぎるので、三人そろえてからレベル上げをやろうとすると逆に面倒なのだ

いまとなっては、良いおもいでだ。

危ない人に付いて行ってはいけないって小学生でも知っているのに

なぜ,AVに出てしまう女がいるのか

さっさと逃げて,警察行けよ

http://anond.hatelabo.jp/20160624193708

小学生みたいな感覚って言いたんだろ。ダメか? いくつになってもどんなに経験しても、その感覚は抜けないんだよ。悪かったな。

リテラシー

ほら、また始まった。

ゆとり教育のせいで「動物園」が読めないんだと。

失読症と見紛うばかりの無知ゆとりカリキュラムのせいにするなんて、お前こそ再教育必要だ。小学生いじめっ子並みの低劣な批判展開すんな。

というかマジで学習障害とか、そういうのを疑うべきだ。

漢字なんてものは、幼児であればテレビを見ているだけで十分理解できるからだ。

大人だろうとある程度同じなはずだ。いくらテレビが買えないほど貧しい家に生まれ育ったとしても、街を歩くだけで漢字を目にすることはできるからだ。

そうやって人を馬鹿にするだけ馬鹿にして、同情心を懐いたり、考察をして問題を探したりできないのは、科学の世紀における文明人として、十分リテラシーの欠如と言えるんじゃないか

小さい頃から勉強ばかりしていた

※長いです


漢字の書き取りは宿題で出された量の2倍するように言われていたし、夏休みポスターや作文といった任意課題は全部させられていた。



小3の時、私の書道のあまりの下手さに愕然とした母(書道経験者)は、私に書道を教え始めた。毎月子ども新聞コンクールに出品して、夜中まで泣きながら練習することもあった。



小4に上がった時、母は問題集を4冊ほど買ってきて、これから毎日宿題のあとに問題集をやって、それから遊んでもいいと言った。カンニングをしたら、解答欄が一個ずつずれていたこからバレてかなりボコられた。高校にもなると大分減ったけれども、叩かれて痛かったものを3つ選ぶなら、掃除機制服ベルト、健康スリッパだ。



市内にあったゆるい私学に上がってから大分遊ぶようになって(多少WJ界隈にハマったりとか)、成績が上から3分の1になったことを母は怒った。学費もったいない、と言われた。



近くに住む祖母は、「あなたがよくできたら家のみんなが幸せになるんだから頑張りなさい」とよく言った。



祖父は孫の出来を近所中に自慢していたし、私が何かしら賞をとるなりいい成績をとるなりするとお小遣いをくれた。私はそれを母に預け、母はそれに手をつけることな貯金してくれている。祖父は孫への援助も惜しまず、亡くなったとき口座には4000円ちょっとしか入っていなかった。

 

色々あって成績は持ちなおし、なんとかいいとこの大学に受かったけど、色々思うことはある。



私の問題は、勉強ばかりさせられていたことではないと思う。


小学生時代課題漬けは嫌だったけれども、勉強のものは嫌いじゃなかった。


好きな分野を見つけて、迷いながらも博士課程という人生詰んでるコースまで進んでいる。



母は昔から強制的に何かを与えることが多かったけれども、一方、娘が好きなことを追求することにはとても好意的だった。幸い、私自身、読書以外のことに大した興味はなかったから。



から母子家庭なのに高い学費を何年も負担してくれたし、私の今を素朴に応援してくれている。博士課程がいか人生詰んでたとしても。



娘が小4になったとき本屋に足を運んで問題集を選んだであろう母の気持ち想像したり、受験生の時パートを3つ掛け持ちしていたことを考えたりすると、母のことを責める気にはなれない。年をとって丸くなったし。



問題は、私が勉強以外の分野で、自分評価する基準を何ももってこなかったことだと思う。



みんなは「✕✕は真面目で頑張っているよ」と言うし、それが私の長所だも言うし、先生の反応も悪くないけれど、私は自分の勤勉さを評価されたいんじゃない。



研究をせず遊んでしまう時、頑張れない怠惰自分研究やめるべきじゃないかって考えるし(それは一般的な悩みかもしれないけど。好きなことってどこまで頑張れるんだろう)、私の存在は石くれほどの価値しかないと思う。



私はきっと、自分の他の部分で評価されたいのに、(好きなことであろうがなかろうが)勉強ができるかどうか、勉強を頑張れるかどうかしか自分評価する基準がない。

自己肯定感がないとか普通のよくある悩みなのかもしれないけど、それはおいといて)


なんで、勉強ばかりして小さい頃にいい記憶が何一つないのに、勉強しか評価されない世界にまた進んでしまったんだろうって思う。



勉強をとった私はただのブスで、気の利かない、人とうまく話せない、なんの取り柄もない人間しかない。人に教えることもうまくなく、個別指導でほそぼそと教えるだけで、教育実習はぼろぼろだった。



民間就職できるかもわからないけど、できたとして、仕事のできない人として罵倒される、自分のどんな部分も評価されない日々が待っていると思う。



それでも、研究を嫌いになったことは一度もないけども、もう何にも評価されないでもいいから、

勉強やまじめさで評価されない世界に行きたいって、時々夜中にこうして考える。

2016-06-23

リニューアルオープンコンビニ

ぶらさがるカラフルな風船

ベランダから見下ろす小学生

タバコの煙から生える食虫植物

赤と黄と青で走り出す車

エンジンに怒られる

お前はあそこには行けない

 

Abemaのアニメチャンネルコメント本当にキモいな知ってたけど

小学生ぶりにおそ松くん見たらゴキ腐リが出るわ出るわ

お前らクソ女の自己紹介なんか知らねえしおそ松さんの話なんか知らねえよ

あと淫夢なんJ語も寒いだけだから

ニコニコ動画よりはマシかと思ってたけど同レベルだったわ

まあ無料だと乞食も出ますよね

2016-06-22

最近よく、創作活動において承認欲求という単語を目にするので。

普段から思っていることを書きたいと思いました。

承認欲求同人活動をして苦しむぐらいならやめたほうがいいです。

理由は、承認欲求を満たしてくれるたくさんの匿名の誰かはあなたを人としては見ておらず、エンターテイメントコンテンツとして見ているからです。要はあなたの代わりはいくらでもいるから、あなた同人活動をする必要は一切ないということです。

承認欲求が先行する人は、大体においてそれしかできることがない人です。例えば小学生の頃、運動や歌は1番になれないけれど絵なら1番になれる、誰かに褒めてもらえるみたいな体験をしている人はより一層その傾向があると感じます

多くの子供は成長していく過程で、自分よりも上がいるということや、自分は少し上手い人々の中の1人でしかないということに気付きます。そうやって社会性を身につけています。そして、好きだから理由を付けて続ける人もいれば諦める人もいます

世間から見れば、同人活動をする人というのは、好きだから理由を付けて、現実を割り切って続ける人です。社会性が身につかず、同人活動での評価現実での評価区別ができない子供ではありません。成長できていないなら、同人活動あなたという人間を豊かにすることはありません。あなたという人間をより貧しくするだけです。

重ねますが、不特定多数の人からいいねをもらうだけのハッシュタグなど、その場の快楽だけを満たす行為あなたを豊かにすることはありません。上手い人はあなたよりも苦痛を伴う時間をかけています。古い絵柄だから、人気のないジャンルから理由をつけて、思うように人気が出ない自分ごまかして、その場の快楽に逃げている人を見ていると現実が見れていない人としか思えません。

本当に好きなら、家にあるメモ帳ボールペンで絵を描き自己完結できます自分行為に人から評価を貰えないなら意味がないと思うのならば、その行為あなたの好きなものではありません。

嫌なら、苦しいなら、やめて下さって結構です。新たな趣味を探した方があなたのためになります

http://anond.hatelabo.jp/20160622100516

何が20キロなのか知らんが、まあどれであっても低すぎだろ

ヒョロガリの小学生に高負荷トレーニングやらせてんじゃねえだろうな?

2016-06-21

劣等感が消えたってか、劣等感自体妄想だった。

俺は、リア充への劣等感が超絶激しかったんだけど。

いざリア充になれる立場になったら、霧散した。

  

というか、マッタク楽しくない。

合コンだの、友達たくさんだの、週に何回も飲み会だの、バーベキューだの旅行だの。

あれ?と言う感じ。

金も社会的立場も、女も手に入れたが、全然楽しくない。

  

というのも、俺が持っていた「スクールカースト的?」な劣等感なんてなかった。

スクールカーストはあって、俺はそれが『うらやましいもの』と思い込んでたけど。

俺は多分、「なれない」んじゃなくて、「ならなかった」側だったんだわ。

勉強ばっかりしてたから。将来研究医になることしか興味なかったから、そもそも周りに興味なかった。

これってAVとかエロ漫画の見すぎなんだわ。

よく、ドラマとかで王子キャラが、「セバスチャン」的なノリで出てくるけど、あれがリアルだと思う奴はいない。

少女マンガ白馬王子なんてのも、流石にリアルでいたらアホ。

しかし、俺は、信じてしまった。同人エロ漫画なりを。

  

なぜ信じてしまったのか。

それは、見た目がクソブサメンチビデブハゲふけ顔だったから。

でもさ、関係ないんだよ。

動物園不細工動物がいても、別にたんなる動物じゃん。

からしても男ってそういう動物園動物なんだよなあ、リア充世界では。

というか、リア充世界に入った瞬間、女も動物園見世物

そういうクッソ淡白な世界だわ。リア充世界って。

漫画ドラマで見るような、「ウフフ、オホホ」なことは一切無い。

小学生カードゲームや家でゲームやってる時のほうがよっぽどリア充

キモオタコミケ集団同人買い占めてるけど、あっちのほうがよっぽどリア充

カースト上位のリア充集団なんて、女は金持ちペット、男はパズドラ並のクソゲーをやってる気分。

そういうゴミノリ、ゴミ文化にすぎないよリア充集団なんて。

これは、せいぜいパズドラ程度しか楽しめない層のための、ゴミゲーなんだわ。

  

一方で、キモオタ集団カードゲーマーラブライバーみたいなのが本当の面白さ。

こっちのほうがよっぽどリア充

なんで、キモオタ馬鹿にされるって、結局女とやれるやれないの差だけ。

女は、結婚とか恋愛脳みそ馬鹿になってるってか、カワイイとか雰囲気いいみたいなノリじゃないと楽しめないかパズドラばっかりやってるわけ。

女は、『ワンピース』みたいな、まったく戦略もしっかりしてないのにノリや仲間感で敵を倒せたりみたいな、ドキュンノリのファンタジー的なカワイイ系のりしかからない。カワイイ系ノリで問題解決するわけがないんだけど、『ワンピース』では、カワイイ系ノリの絵で雰囲気だけで話が成立している。

リア充ってのは、そういうワンピースノリそのもの馬鹿らしい。

一方で、キモオタはスグ文学に走る。文学なんて、学校図書館でホコリまみれだったでしょ。誰も読まないけど、クッソ面白い

  

結局、この程度のものなんだけど。

キモオタ文学的に考えちゃうから、「キモオタ視点エロ漫画」とかになると、すぐリア充を『勝者、人生楽しんでる』と設定したがる。

二次元絵でメン球やおっぱいを巨大にかいしまったり、体重を30キロ台に設定してしまうような、極端な抽象化をしてしまう。

そういうエロ漫画に俺は騙された。勝手劣等感持っていた。

ドストエフスキーが『地下室の手記』で劣等感まみれの男を書いたり、『賭博者』ってので女に貢ぐ男を書いたりと煽られたのもある。

とにかく、文学が言うんだし、エロ漫画も読みまくって刺激受けまくって。

「これぞ真実だろう、死ねリア充堕胎いじめを産んでるクソ文化死ね他人犠牲にしてリア充とか本当に人間性ねーなバーカ」

と本気で思ってた。

しかし、当のリア充は、「精神的に貧困」な人達ばかりだ。特に女。こんなクソゲーに女はガチでやんないとだめなんだなとアホらしい。

男はこんなんを降りても余裕でキモオタ文化で楽しめるわけで、むしろキモオタ文化のほうが高度なわけだし。

  

う~ん。劣等感消えましたなあ。

キモオタ文化抽象化された「リア充うらみ」をそのままトレースして遊んでいたんだなあ俺は。

まあ、楽しいよね劣等感つのって。

好きだったアイドルAV落ちしたときに泣きながらオナニーしてる奴がうらやましくって、そのアイドルアイドルしてたとき動画必死に漁りまくってファンだった設定で泣きながらオナニーしてるようなもの

そして、その、最初の、「アイドルAV落ちして悲しんでいるオタク」ってのを抽象化して、二次元キャラみたいに物凄い劣等感を抱かせて神格化して。そういう神格化された非実在キモオタトレースして気持ちよくなってたんだなあ俺は。